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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-23
(45)【発行日】2024-07-31
(54)【発明の名称】周波数フィルタ
(51)【国際特許分類】
   H03H 9/54 20060101AFI20240724BHJP
   H03H 9/17 20060101ALI20240724BHJP
【FI】
H03H9/54 Z
H03H9/17 F
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020093701
(22)【出願日】2020-05-28
(65)【公開番号】P2021190809
(43)【公開日】2021-12-13
【審査請求日】2023-05-09
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「RFエネルギーハーベスティング応用向け圧電素子の研究」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】899000068
【氏名又は名称】学校法人早稲田大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】柳谷 隆彦
(72)【発明者】
【氏名】木下 紗里那
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 裕友
【審査官】石田 昌敏
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-036915(JP,A)
【文献】特開2010-178543(JP,A)
【文献】特開2013-168748(JP,A)
【文献】特開2017-224969(JP,A)
【文献】国際公開第2017/094520(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H03H 9/00- 9/74
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
a) 第1圧電材料製である圧電層であって分極が所定の一方向を向いている第1層と、第2圧電材料製であって分極の前記第1層に垂直又は平行な方向の成分が前記第1層の分極における前記方向の成分と180°異なる方向を向いている圧電層又は非圧電性の絶縁材料製である非圧電層から成る第2層とを交互に1層ずつ繰り返し、合わせて所定数積層したものであって、前記第1層の厚さd1と前記第2層の厚さd2が前記第1層内の音速v1と前記第2層内の音速v2を用いて0.5×(v2/v1)d1≦d2≦2.0×(v2/v1)d1の範囲内にある積層体と、
b) 前記積層体を積層方向に挟むように設けられた1対の電極と
を備える周波数フィルタであって、
該周波数フィルタが10Wの高周波電力に対する耐電力性を有するように前記所定数が設定されている
ことを特徴とする周波数フィルタ。
【請求項2】
前記第2層が前記非圧電層から成ることを特徴とする請求項1に記載の周波数フィルタ。
【請求項3】
さらに、前記1対の電極の一方の側に音響ブラッグ反射器を備えることを特徴とする請求項1又は2に記載の周波数フィルタ。
【請求項4】
a) 第1圧電材料製である圧電層であって分極が所定の一方向を向いている第1層と、非圧電性の絶縁材料製である非圧電層から成る第2層とを交互に1層ずつ繰り返し、合わせて所定数積層したものであって、前記第1層の厚さd1と前記第2層の厚さd2が前記第1層内の音速v1と前記第2層内の音速v2を用いて0.5×(v2/v1)d1≦d2≦2.0×(v2/v1)d1の範囲内にある積層体と、
b) 前記積層体を積層方向に挟むように設けられた1対の電極と
を備えることを特徴とする周波数フィルタ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、携帯電話の基地局等で使用される、高周波電力に対する周波数のフィルタリングを行う周波数フィルタに関する。ここで「高周波電力」、及び後述の「高周波電圧」はそれぞれ、電磁波を受信することにより得られる高周波信号及び/又は電磁波を送信する際に用いる高周波信号の電力及び電圧をいう。このような高周波電力及び高周波電圧の周波数は、典型的には50MHz~30GHzの範囲に含まれる。
【背景技術】
【0002】
携帯電話サービスでは、携帯電話の端末との間で電波を送受信する基地局が市中に多数設置される。端末と基地局のいずれにおいても、アンテナで受信した電磁波に含まれる多数の周波数から特定の周波数を抽出し、その特定の周波数を有する高周波電力を生成する。
【0003】
端末では従来より、アンテナで受信した多数の周波数を有する電磁波を高周波電力周波数フィルタに通すことにより、特定の周波数を有する高周波電力を抽出している。そのような高周波電力に対する周波数フィルタとして、圧電体薄膜の表面に1対の櫛形電極を噛み合わせるように設けた表面弾性波(Surface Acoustic Wave:SAW)フィルタや、圧電体薄膜の両面に1対の電極を設けたバルク弾性波(Bulk Acoustic Wave:BAW)フィルタが挙げられる(例えば特許文献1を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2012-049758号公報
【文献】特開2020-072284号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
SAWフィルタやBAWフィルタは、電極間の耐電圧性が低く、基地局で処理することが必要とされる、大電力の高周波電力に対する周波数のフィルタリングを行うことができない。そのため、従来、携帯電話の基地局では空洞共振器を用いて周波数のフィルタリングを行っている。しかしながら、SAWフィルタやBAWフィルタは数mm角程度に小型化することができるのに対して、空洞共振器は数百mm四方という大きさを有し、小型化することが困難である。近年、ビルの影となる場所など、大規模な基地局からの電磁波が届き難い都市部において小型の基地局を設けることが求められているが、そのような小型の基地局において空洞共振器を用いると、基地局の占有空間が大きくなり、設置コストが上昇するという問題が生じる。
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、小型化が可能な、圧電体薄膜を用いた周波数フィルタであって、携帯電話の基地局で取り扱う大電力の高周波電力に対する周波数のフィルタリングを行うことができる周波数フィルタを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために成された本発明に係る周波数フィルタは、
a) 第1圧電材料製である圧電層であって分極が所定の一方向を向いている第1層と、第2圧電材料製であって分極の前記第1層に垂直又は平行な方向の成分が前記第1層の分極における前記方向の成分と180°異なる方向を向いている圧電層又は非圧電性の絶縁材料製である非圧電層から成る第2層とを交互に1層ずつ繰り返し、合わせて所定数積層したものであって、前記第1層の厚さd1と前記第2層の厚さd2が前記第1層内の音速v1と前記第2層内の音速v2を用いて0.5×(v2/v1)d1≦d2≦2.0×(v2/v1)d1の範囲内にある積層体と、
b) 前記積層体を積層方向に挟むように設けられた1対の電極と
を備える周波数フィルタであって、
該周波数フィルタが10Wの高周波電力に対する耐電力性を有するように前記所定数が設定されている
ことを特徴とする。
【0008】
本発明に係る周波数フィルタでは、多数の周波数を含む高周波電力が1対の電極間に入力されると、それらの周波数を含む高周波電力、高周波電圧がそれら電極間に発生する。これにより、積層体を構成する各層のうち1層おきに設けられた各第1層は、圧電効果によって、前記多数の周波数のうち厚さd1及び音速v1により定まる特定の複数の周波数で、周波数毎に同じ位相で振動する。
【0009】
一方、第2層は、圧電層から成る場合と非圧電層から成る場合のそれぞれにおいて、以下のように振動する。
【0010】
第2層が圧電層から成る場合には、圧電効果によって、前記多数の周波数のうち厚さd2及び音速v2により定まる特定の複数の周波数で振動する。ここで、d2が(v2/v1)d1又はそれに近い(0.5~2.0倍の)値を有することにより、各第2層は、前記特定の複数の周波数(すなわち、第1層と同じ周波数)で、周波数毎に同じ位相で振動する。また、分極の第1層に垂直又は平行な方向の成分が、第1層の分極における前記方向の成分と180°異なる方向を向いていることにより、第1層の振動方向に関して、第2層の振動の位相は第1層と逆位相となる(180°異なる)。その結果、第1層と第2層の振動が相まって、積層体全体には、1層あたり半整数となる複数の波数、及びそれら複数の波数に対応する前記特定の複数の周波数を有する共振が生じる。
【0011】
第2層が非圧電層から成る場合には、第2層には圧電効果による振動は生じないものの、第1層からの振動を受けて、第2層が第1層と同じ特定の複数の周波数で振動する。d2が(v2/v1)d1又はそれに近い(0.5~2.0倍の)値を有することにより、第1層の周波数を有する振動が第2層における共振条件を満たしている。その結果、第2層が圧電層から成る場合と同様に、積層体全体には、1層あたり半整数となる複数の波数に対応する、前記特定の複数の周波数を有する共振が生じる。
【0012】
以上のように、圧電層から成る場合と非圧電層から成る場合のいずれにおいても、多数の周波数を有する高周波電力が入力されると、それら多数の周波数のうち特定の複数の周波数で積層体が共振する。その結果、前記特定の複数の周波数を有する高周波電力のみが増幅されるため、本発明に係る物は高周波電力の周波数フィルタとして機能する。
【0013】
本発明では、第1層と第2層を合わせた数(前記所定数)を多くするほど、電極間の絶縁体(圧電体又は圧電性を有しない絶縁体)が厚くなるため、より大きい電力を有する高周波電力に対して周波数のフィルタリングを行うことができる。携帯電話の分野においては、送信される電磁波の出力は、端末では最大で1W程度であるのに対して、基地局では10~100Wである(例えば特許文献2参照)。そこで本発明に係る周波数フィルタでは、電磁波の出力に応じた10W(又はそれ以上)の耐電力性を有するように前記所定数、すなわち第1層と第2層を合わせた層数を設定している。この層数を多くするほど、耐電力性が高くなる。また、フィルタリングされる周波数は、1層あたりの厚さにより定まるため、この層数を多くしても影響がない。
【0014】
耐電力性は一般に、使用中の劣化を考慮して、所定の電力を一定期間継続的に入力した場合を想定して定められる。本発明の周波数フィルタを携帯電話の基地局向けに使用する場合には、この所定期間は少なくとも3年とする。
【0015】
第2層の材料に前記第2圧電材料を用いる場合には、該第2圧電材料は前記第1圧電材料と同じ材料であってもよいし、異なる材料であってもよい。また、第2層の材料に前記非圧電性の絶縁材料を用いる場合には、該絶縁材料は圧電体ではない絶縁性の材料から成る層であってもよいし、圧電性を生じ得る材料ではあるものの分極が第2層内でランダムな方向を向いていることによって第2層全体では圧電性を生じないものであってもよい。
【0016】
前記第2層が非圧電層から成る場合には、圧電層から成る場合とは異なり作製時に第1層211と第2層212の分極の方向の関係を調整する必要がないため、圧電層から成る場合よりも容易に作製することができる。
【0017】
本発明に係る周波数フィルタはさらに、前記1対の電極の一方の側に音響ブラッグ反射器を備えることが好ましい。音響ブラッグ反射器は、音響インピーダンスが異なる2種類の層を交互に積層したものである。音響ブラッグ反射器の各層の厚さを、積層体内に生成される振動の周波数を有する音波のブラッグ反射が生じるように定めておくことにより、積層体の振動のエネルギーが外部に漏れることを抑えることができる。
【0018】
なお、携帯電話の基地局用という用途を問わず、圧電層である第1層と非圧電性の絶縁材料製である非圧電層から成る第2層を交互に1層ずつ積層した積層体を備える周波数フィルタは、これまで知られていなかった。このように第2層として非圧電層を用いることにより、作製時に第2層に所定の方向で分極が生じるように制御する必要が生じないため、容易に積層体を作製することができる。この場合、耐電力性が、携帯電話の基地局用の周波数フィルタに要求されるものよりも低くとも、他の用途で周波数フィルタとして用いることができる。これらの点を勘案した、本発明に係る周波数フィルタの他の態様のものは、
a) 第1圧電材料製である圧電層であって分極が所定の一方向を向いている第1層と、非圧電性の絶縁材料製である非圧電層から成る第2層とを交互に1層ずつ繰り返し、合わせて所定数積層したものであって、前記第1層の厚さd1と前記第2層の厚さd2が前記第1層内の音速v1と前記第2層内の音速v2を用いて0.5×(v2/v1)d1≦d2≦2.0×(v2/v1)d1の範囲内にある積層体と、
b) 前記積層体を積層方向に挟むように設けられた1対の電極と
を備えることを特徴とする。ここで前記所定の1方向は任意の方向とすることができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明により、携帯電話の基地局で取り扱う大電力の高周波電力に対する周波数のフィルタリングを行うことができる、圧電体薄膜を用いた周波数フィルタを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明に係る携帯電話の基地局用の周波数フィルタの第1実施形態を示す概略図。
図2】第1実施形態の周波数フィルタにおける第1層及び第2層の分極の方向を示す図。
図3】第1実施形態の周波数フィルタを製造するためのマグネトロンスパッタ装置の一例を示す概略図。
図4】第1実施形態の周波数フィルタの製造工程を示す概略図。
図5】第1実施形態の周波数フィルタの変形例を示す概略図。
図6】第1実施形態の周波数フィルタ(石英ガラス製の基板で支持)につき、変換損失を実験及び計算で求めた結果を示すグラフ。
図7】第1実施形態の変形例の周波数フィルタにつき、インピーダンスを実験及び計算で求めた結果を示すグラフ。
図8図6に示した例とは第1層及び第2層の層数が異なる周波数フィルタ((a)~(c))及び参考例の周波数フィルタ((d))につき、変換損失を実験及び計算で求めた結果を示すグラフ。
図9】本発明に係る携帯電話の基地局用の周波数フィルタの第2実施形態を示す概略図。
【発明を実施するための形態】
【0021】
図1図9を用いて、本発明に係る携帯電話の基地局用の周波数フィルタ(以下、単に「周波数フィルタ」とする)の実施形態を説明する。
【0022】
(1) 第1実施形態の周波数フィルタ
(1-1) 第1実施形態の周波数フィルタの構成
図1に、第1実施形態の周波数フィルタ10の構成を示す。この周波数フィルタ10は、第1層111と第2層112を交互に1層ずつ繰り返し、合わせて所定数積層した積層体11と、積層体11をその積層方向(図1の上下方向)に挟むように設けられた第1電極121及び第2電極122とを有する。
【0023】
第1層111は圧電材料から成る。また、本実施形態では第2層112も圧電材料から成る。第1層111の圧電材料を第1圧電材料と、第2層112の圧電材料を第2圧電材料と、それぞれ呼ぶ。第1圧電材料と第2圧電材料は同じ圧電材料であってもよいし、互いに異なる圧電材料であってもよい。第1圧電材料及び第2圧電材料には、酸化亜鉛(ZnO)、窒化アルミニウム(AlN)、窒化アルミニウムにおけるAl(アルミニウム)の一部をSc(スカンジウム)に置換したAlScN(Al1-xScxN、0<x<1)、酸化亜鉛にMgやCaをドープした(Zn, Mg)Oや(Zn, Ca)O、チタン酸鉛(PbTiO3:PTO)、チタン酸鉛におけるTi(チタン)の一部をZr(ジルコニウム)に置換したチタン酸ジルコン酸鉛(PbTi1-xZrxO3:PZT)等、種々の圧電材料を用いることができる。
【0024】
第1層111及び第2層112はそれぞれ、以下に述べる方向を向いた分極を有する。
【0025】
第1層111の分極P1の方向は第1層111に垂直であってもよく、平行であってもよく、さらには第1層111に対して傾斜して(すなわち平行でも垂直でもない方向を向いて)いてもよい。
【0026】
第2層112の分極P2の方向は、その分極P2の第1層111及び第2層112に平行な成分(平行成分)P2//が第1層111の分極P1の平行成分P1//と180°異なる方向となる(図2参照)か、又は、分極P2の第1層111及び第2層112に垂直な成分(垂直成分)P2⊥が第1層111の分極P1の垂直成分P1⊥と180°異なる方向となるようにする。なお、図1及び図2では、分極P1及びP2はいずれも第1層111及び第2層112に対して傾斜している(平行でも垂直でもない)例を示したが、分極P1及び/又はP2が第1層111及び第2層112に対して平行であってもよいし、分極P1及び/又はP2が第1層111及び第2層112に対して垂直であってもよい。
【0027】
第2層112の厚さd2は、第1層111の厚さd1の0.5×(v2/v1)倍~2.0×(v2/v1)d1倍の範囲内とする。ここでv1は第1層111内の音速、v2は第2層112内の音速である。第1層111と第2層112が同じ圧電材料から成る場合には、通常はv1=v2となるため、d2はd1の0.5倍~2.0倍とすればよく、典型的には第1層111と第2層112を同じ厚さとすればよい。
【0028】
第1層111及び第2層112は、上記のように交互に1層ずつ繰り返し、合わせて所定数積層している。この積層数を多くするほど耐電力性が高くなる。そこで、周波数フィルタ10では、携帯電話の基地局で使用する周波数フィルタとしての耐電力性を確保するために、10~100Wの範囲内を上限値とする耐電力性を有するように、第1層111及び第2層112の積層数を定める。そのような耐電力性を満たすことは、シミュレーションや予備実験を行うことで確認することができる。
【0029】
積層体11の層数は、10W(又はそれ以上)の耐電力性を十分に確保するためには多い方が望ましいが、多過ぎると製造に手間を要するため、これらを勘案して適宜定めればよい。
【0030】
第1電極121及び第2電極122は上記1対の電極に相当する。第1電極121及び第2電極122の材料は、導電性を有していれば特に問わない。
【0031】
(1-2) 第1実施形態の周波数フィルタの製造方法
図3及び図4を用いて、第1実施形態の周波数フィルタ10の製造方法を説明する。図3に、周波数フィルタ10を製造するためのマグネトロンスパッタ装置30を示す。マグネトロンスパッタ装置30は、内部が真空ポンプ(図示せず)によって排気される真空容器31を有する。真空容器31内には、マグネトロン電極32と、マグネトロン電極32の上面に対して傾斜した基板ホルダ33とを備える。マグネトロン電極32の上面には、周波数フィルタ10が有する各層の材料となる板状のターゲットTが載置される。マグネトロン電極32にはマッチングボックス341を介して高周波電源34が接続されている。基板ホルダ33は板状の導電体から成り、接地されている。基板ホルダ33の一端には、冷却水により基板ホルダ33の該一端を冷却する冷却機構35が設けられている。
【0032】
第1層111及び/又は第2層112の材料にターゲットと共に気体を用いる場合には、真空容器31に気体導入口(図示せず)を設ける。例えば、AlNやAlScNから成る第1層111及び/又は第2層112を作製する場合には、AlやScのターゲットを用いると共に、作製時に気体導入口から真空容器31内に窒素ガスを導入する。
【0033】
周波数フィルタ10を製造する際には、まず、基板ホルダ33に基板Sを取り付け、マグネトロン電極32の上面に金属から成るターゲットTMを載置する。この状態でターゲットTMをスパッタすることにより、基板Sの表面に第1電極121を作製する(図4(a))。
【0034】
次に、マグネトロン電極32の上面に、第1層111の材料となるターゲットT1を載置する。この状態で冷却機構35により基板ホルダ33の一端を冷却しつつ、ターゲットT1をスパッタすることにより、基板Sの表面に第1層111を1層作製する(図4(b))。その際、基板ホルダ33がマグネトロン電極32の上面に対して傾斜していること、及び基板ホルダ33の一端が冷却機構35で冷却されていることによって基板Sの面内に温度勾配が生じることにより、第1層111の分極P1は第1層111に対して傾斜する。
【0035】
次に、基板Sを一旦基板ホルダ33から取り外し、基板Sをその法線を軸として180°回転させたうえで基板ホルダ33に再度取り付ける(図4(c))。それと共に、マグネトロン電極32の上面に、第2層112の材料となるターゲットT2を載置する。この状態で冷却機構35により基板ホルダ33の一端を冷却しつつ、ターゲットT2をスパッタすることにより、第1層111の表面に第2層112を1層作製する(図4(d))。その際、上記のように基板Sを回転させたこと、並びに第1層111の作製時と同様に基板ホルダ33が傾斜していること及び基板ホルダ33の一端が冷却機構35で冷却されていることにより、第2層112の分極P2は第2層112に対して傾斜した方向を向き、且つ、第2層112に平行な分極P2の成分が第1層111の分極P1とは逆方向となる。
【0036】
その後、最初の第1層111と同じ方法によって第2層112の上に次の第1層111を作製し、その第1層111の上に最初の第2層112と同じ方法によって次の第2層112を作製する、という操作を繰り返し行う。これにより、第1層111及び第2層112を所定数ずつ作製する(図4(e))。
【0037】
最後に、マグネトロン電極32の上面に金属から成るターゲットTMを載置し、この状態でターゲットTMをスパッタすることにより、基板S上の第1層111及び第2層112のうち最後に作製した層の上に第2電極122を作製する(図4(f))。その後、必要に応じて基板Sを除去する(基板Sを残したままでもよい)ことにより、周波数フィルタ10が完成する。
【0038】
(1-3) 第1実施形態の周波数フィルタの動作
第1実施形態の周波数フィルタ10は、第1電極121と第2電極122の間に多数の周波数を含む高周波電力が入力されると、それら多数の周波数を含み、その高周波電力の大きさに応じた大きさの高周波電圧がそれら電極間に発生する。これにより、積層体11に含まれる各第1層111及び各第2層112にもそれぞれ、それら多数の周波数を含む高周波電圧が厚さ方向に印加される(なお、各層に印加される電圧の総和が第1電極121と第2電極122の間の電圧に相当する)。
【0039】
すると、各第1層111は、圧電効果によって、前記多数の周波数のうち第1層111の厚さd1及び音速v1により定まる特定の複数の周波数で、周波数毎に同じ位相で振動する。その際、各第1層111の分極P1が同じ方向を向いていることにより、各第1層111は同じ方向に振動する。一方、各第2層112は圧電効果によって、第2層112の厚さd2及び音速v2により定まる特定の複数の周波数で振動する。振動の位相は、第2層112の分極P2の平行成分P2//の方向(第2方向)が第1層111の分極P1の平行成分P1//の方向(第1方向)と180°異なることにより、第2層112は第1層111とは逆位相で振動する。さらに、d2がd1の0.5×(v2/v1)倍~2.0×(v2/v1)d1倍の範囲内にあることにより、第1層111と第2層は同じ特定の複数の周波数で振動して共振状態となる。これら特定の複数の周波数は、1層あたり半整数となる複数の波数にそれぞれ対応する。
【0040】
このような共振状態が形成される結果、前記特定の複数の周波数を有する高周波電力のみが増幅される。そのため、第1実施形態に係る物は周波数フィルタとして機能する。
【0041】
第1実施形態の周波数フィルタ10は、10~100Wの範囲内の所定の電力に関する耐電力性を有するように、第1層111及び第2層112の積層数が定められているため、そのような電力に対応する出力を有する携帯電話の基地局で使用することができる。
【0042】
(1-4) 第1実施形態の周波数フィルタの変形例
図5に、第1実施形態の変形例である周波数フィルタ10Aを示す。この周波数フィルタ10Aは、第1実施形態の周波数フィルタ10における第1電極121の積層体11とは反対側の面に音響ブラッグ反射器13を設けたものである。音響ブラッグ反射器13は、音響インピーダンスが異なる2種類の層131、132を交互に積層したものである。各層131、132の厚さは、積層体11の振動の周波数を有する音波のブラッグ反射が生じるように、それら各層131、132の材料に応じて定める。このような音響ブラッグ反射器13を設けることにより、積層体11の振動のエネルギーが外部に漏れることを抑えることができる。
【0043】
(1-5) 第1実施形態の周波数フィルタに関する実験及び計算結果
次に、第1実施形態の周波数フィルタについて行った実験及び計算の結果を説明する。実験では、第1実施形態の周波数フィルタ10を石英ガラス製の基板で支持したもの、及び変形例の周波数フィルタ10A(すなわち、音響ブラッグ反射器13を設けたもの)を作製した。作製した周波数フィルタ10、10Aでは、積層体11には第1層111と第2層112をそれぞれ6層ずつ、合計12層積層したものを用いた。第1層111及び第2層112の材料にはいずれも、Sc0.43Al0.57N(ScAlN、x=0.43)を用いた。第1層111の厚さd1及び第2層112の厚さd2はいずれも、目標値を5μmとして作製したが、得られた積層体11の全体の厚さの測定値が52μmであることから、実際のd1及びd2は平均値で約4.3(52/12)μmである。なお、計算ではd1及びd2の値を5μmとした。これらd1及びd2の実験での目標値及び計算で用いた値である「5μm」は、400MHzを中心とする周波数領域で周波数フィルタ10Aが機能するように定めた。音響ブラッグ反射器13は、周波数が400MHzである音波のブラッグ反射が生じるように作製した。
【0044】
作製した周波数フィルタ10に対して以下の実験を行った。第1電極121と第2電極122の間に高周波電界を印加した。この高周波電界は、積層体11において逆圧電効果により機械的振動に変換される。機械的振動は石英ガラス製の基板の底面で反射され、積層体11において圧電効果により高周波電圧に変換される。本実験ではこの高周波電圧を測定し、得られた高周波電圧に基づいて挿入損失を求めた。そのうえで、得られた挿入損失から石英ガラス製の基板内で生じる機械的損失を差し引くことにより、圧電効果による電気機械変換の効率である変換損失を求めた。併せて、等価回路モデルによって実験と同じ構造を構築し、理論的変換損失を計算で求めた。これら実験及び計算の結果を図6に示す。これら実験及び計算結果は、400MHz(0.4GHz)付近を含む多数の周波数において変換損失が低下しており、周波数フィルタとして機能していることを意味している。
【0045】
図7に、作製した周波数フィルタ10Aについて(電気的な)インピーダンスを測定した結果を、計算結果と合わせて示す。実験値、計算値共に、400MHz付近の周波数において、200Ωを超えるインピーダンスが得られており、周波数フィルタ10Aが十分な耐電力性を有する。
【0046】
なお、ここでは実験の簡略化のために周波数を400MHzという比較的小さい値としたが、第1層111及び第2層112の厚さをより薄くし、それに応じて第1層111及び第2層112の層数を多くすることにより、携帯電話の基地局で使用される、より高い周波数帯(例えば3.5GHz帯や4.5GHz帯)においても使用することができる周波数フィルタを得ることができる。
【0047】
図8に、第1層111及び第2層112を合わせた層数が(a)8層、(b)4層、(c)2層である場合について、変換損失を実験及び計算で求めた結果をグラフで示す。各層の厚さは、図6及び図7に実験及び計算結果を示した12層の場合と同じ(実験については目標値)である。参考のために、第1層111が1層のみであって第2層112がない(本発明には含まれない)場合についても同様の実験及び計算を行った(図8(a))。第1層111及び第2層112を合わせた層数が少なくなるほど、変換効率が極小になるグラフ中の位置は少なくなるが、いずれも、横軸が400MHz前後である位置には極小値が存在しており、400MHz前後の周波数で動作することがわかる。但し、層数を少なくすると、耐電力性は低下する。そのため、耐電力性とコスト(層数が多くなるほど増加する)と勘案して、第1層111及び第2層112を合わせた層数を定めるとよい。
【0048】
(2) 第2実施形態の周波数フィルタ
図9に、第2実施形態の周波数フィルタ20の構成を示す。この周波数フィルタ20は、第1層211と第2層212を交互に1層ずつ繰り返し、合わせて所定数積層した積層体21と、積層体21をその積層方向に挟むように設けられた第1電極221及び第2電極222とを有する。これら各構成要素のうち、第1電極221及び第2電極222はそれぞれ、第1実施形態の周波数フィルタ10における第1電極121及び第2電極122と同様である。
【0049】
第2実施形態では、第2層212には、非圧電性の絶縁材料製である非圧電層を用いる。そのような非圧電性の絶縁材料として、典型的にはSiO2等、圧電性を有しない誘電体が挙げられる。その他に、圧電性を生じ得る材料ではあるものの分極が第2層212内でランダムな方向を向いていることにより、全体では圧電性を生じないものを第2層212の材料として用いてもよい。
【0050】
第1層211には圧電体から成るものを用いる。第1層211の分極方向は、各第1層211が同じ方向でありさえすれば、任意である。従って、第1層211の分極方向は、第1層211に垂直であってもよいし、第1層211に平行であってもよく、さらには第1層211に対して傾斜していて(垂直でも平行でもなくて)もよい。
【0051】
なお、図9に示した例では積層体21中の各層のうち第1電極221に最も近い層を第1層(圧電層)211としたが、この層を第2層(非圧電層)212とした(従って積層体21の全体では、図9に示した例における第1層211と第2層212と入れ替えた)構成を取ってもよい。
【0052】
第2層212の厚さd2は、第1実施形態の場合と同様に、第1層211の厚さd1の0.5×(v2/v1)倍~2.0×(v2/v1)d1倍の範囲内とする。
【0053】
第1層111及び第2層112の層数は、第1実施形態の場合と同様に、携帯電話の基地局で使用する周波数フィルタとしての耐電力性を確保するために、10~100Wの範囲内を上限値とする耐電力性を有するように定める。
【0054】
第2実施形態の周波数フィルタ20は、基本的には第1実施形態の周波数フィルタ10と同様の方法で作製することができる。但し、図9に示すように第1層211の分極P1の方向が第1層211に垂直である場合には、基板をマグネトロン電極の上面に対して傾斜させたり基板の面内に温度勾配を形成する必要はなく、基板をマグネトロン電極の上面に平行に配置したうえで第1層211及び第2層212をスパッタ法で作製すればよい。
【0055】
第2実施形態の周波数フィルタ20は、第1電極221と第2電極222の間に多数の周波数を含む高周波電力が入力されると、それらの周波数を含みその高周波電力の大きさに応じた大きさの高周波電圧がそれら電極間に発生する。これにより、各第1層211は、圧電効果によって、前記多数の周波数のうち第1層211の厚さd1及び音速v1により定まる特定の複数の周波数で、周波数毎に同じ位相で振動する。一方、第2層212には圧電効果による振動は生じないものの、第1層211からの振動を受けて、第2層212は第1層211と同じ特定の複数の周波数で振動する。ここで第2層212の厚さd2が、第1層211の厚さd1と同じであるか、又はd1に近い0.5×(v2/v1)倍~2.0×(v2/v1)d1倍の範囲内にあることにより、第1層211の周波数を有する振動が第2層212における共振条件を満たしている。その結果、積層体21全体には、1層あたり半整数となる複数の波数に対応する、前記特定の複数の周波数を有する共振が生じる。これにより、第2実施形態に係る物は当該周波数に関する周波数フィルタとして動作する。
【0056】
また、周波数フィルタ20は、第1層211及び第2層212は、上記のように交互に1層ずつ繰り返し、合わせて所定数積層していることにより、携帯電話の基地局で使用する周波数フィルタとしての耐電力性が確保される。
【0057】
第2実施形態の周波数フィルタ20は、第1実施形態の周波数フィルタ10とは異なり第1層211と第2層212の分極の方向の関係を調整する必要がないため、図4で示したような特殊な製造方法を用いることなく、より容易に製造することができる。一方、第1実施形態の周波数フィルタ10は、第1層111のみならず第2層112も圧電体であることにより、第2層112も振動の発生源となるため、第2実施形態の周波数フィルタ20よりも強い出力信号を得ることができる。
【0058】
なお、第2実施形態の周波数フィルタ20を携帯電話の基地局以外の用途で使用してもよい。その場合、用途によって(例えば携帯電話の端末用の場合)は、10Wの高周波電力に対する耐電力性は要しない。
【0059】
(3) その他
以上、第1実施形態の周波数フィルタ10、その変形例の周波数フィルタ10A、及び第2実施形態の周波数フィルタ20について説明したが、本発明はこれら3つの例には限定されず、種々の変形が可能である。例えば、第2実施形態の周波数フィルタ20に、第1実施形態の変形例の周波数フィルタ10Aと同様に音響ブラッグ反射器を設けることができる。
【符号の説明】
【0060】
10、10A、20…周波数フィルタ
11、21…積層体
111、211…第1層
112、212…第2層
121、221…第1電極
122、222…第2電極
13…音響ブラッグ反射器
131、132…音響ブラッグ反射器を構成する層
30…マグネトロンスパッタ装置
31…真空容器
32…マグネトロン電極
33…基板ホルダ
34…高周波電源
341…マッチングボックス
35…冷却機構
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9