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特許7525998光触媒反応を用いた放線菌の培養による有用代謝産物の生産方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-23
(45)【発行日】2024-07-31
(54)【発明の名称】光触媒反応を用いた放線菌の培養による有用代謝産物の生産方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 1/06 20060101AFI20240724BHJP
【FI】
C12P1/06 A
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2019240182
(22)【出願日】2019-12-25
(65)【公開番号】P2021101689
(43)【公開日】2021-07-15
【審査請求日】2022-12-05
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和元年6月20日 2019年度課題研究中間発表会にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和元年8月30日 https://www2.aeplan.co.jp/jsme2019/koen.pdfに掲載された日本微生物生態学会第33回大会の講演要旨集にて公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和元年9月12日 日本微生物生態学会第33回大会にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和元年9月26日 令和元年度課題研究発表会にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和元年10月14日 第15回弟燕祭にて発表
(73)【特許権者】
【識別番号】520021543
【氏名又は名称】奥居 美音
(72)【発明者】
【氏名】奥居 美音
【審査官】中島 芳人
(56)【参考文献】
【文献】特開昭58-220694(JP,A)
【文献】Water Air and Soil Pollut,2016年,Vol.227/No.7,PP.1-13
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 1/06
DB名 CAplus/REGISTRY/MEDLINE/BIOSIS/EMBASE(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
放線菌培養中に、培地内で二酸化チタン存在下菌体への紫外線照射を伴う光触媒反応を起こし、抗生物質を生産させる光触媒反応培養工程を含むことを特徴とする抗生物質の生産方法。
【請求項2】
前記光触媒反応培養工程の前後に、暗所で前記放線菌を培養する暗所培養工程をさらに含むことを特徴とする請求項1に記載の抗生物質の生産方法。
【請求項3】
紫外線の波長は波長315~400 nmで、照射時間は120分であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の抗生物質の生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は微生物から有用な化合物を得るための培養方法に関する。
【技術背景】
【0002】
放線菌は、抗生物質などの有用な化合物を生産することが知られている。ここで、「代謝産物」は、生体内の代謝によって生じる代謝中間体及び最終的な生成物のことであり、その中でも有用なものを「有用代謝産物」という。ここで言う有用代謝産物は、代表的には抗生物質を想定しているが、本発明はこれに限定されるものではなく、抗生物質以外の物質(抗がん剤、生理活性物質、農薬や医薬品の製造原料、高分子分解酵素等)であっても良い。従来の放線菌に抗生物質を生産させる方法として、培養中に照射する光源の波長を調節したり(例えば特許文献1参照。)、培地に添加する化合物を検討するなどがある。一方で、光触媒反応は有機物の分解や殺菌手段として用いられているが、微生物の培養中に付与し、有用な化合物を生産させる方法は知られていない。
【先行技術文献】
【文献】特開2018-57371号公報
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、放線菌培養中に光触媒反応を起こした場合にのみ得られる化合物を得られる放線菌の培養方法を提供することが目的である。
【課題を解決させるための手段】
【0004】
[1]放線菌培養中に、培地内で光触媒反応を起こす、光触媒反応培養工程を含むことを特徴とする有用代謝産物の生産方法。
[1]放線菌培養中に、培地内で二酸化チタン存在下で菌体への紫外線照射を伴う光触媒反応を起こす、光触媒反応培養工程を含むことを特徴とする抗生物質の生産方法。
【0005】
[2]上記[1]記載の放線菌に有用な化合物を生産させる方法において、前記光触媒反応培養工程の前後に、暗所で前記放線菌を培養する暗所培養工程をさらに含むことを特徴とする請求項1に記載の有用代謝産物の生産方法。
[2]上記[1]記載の放線菌に抗生物質を生産させる方法において、前記光触媒反応培養工程の前後に、暗所で前記放線菌を培養する暗所培養工程をさらに含むことを特徴とする請求項1に記載の抗生物質の生産方法。
【0006】
[3]上記[1]又は[2]に記載した有用代謝産物の生産方法において、前記有用代謝産物は抗生物質であり、前記光触媒は二酸化チタン、光源は紫外線で、照射時間は120分であることを特徴とする有用代謝産物の生産方法。
[3]上記[1]又は[2]に記載した抗生物質の生産方法において、紫外線の波長は波長315~400 nmで、照射時間は120分であることを特徴とする抗生物質の生産方法。
【発明の効果例】
【0007】
本発明によれば、培養中に光触媒反応培養工程を含むものは、そうでない場合の試料と異なる代謝産物を含むほか、同じ代謝産物でも生産量が向上し、代謝産物は病原菌に対する抗菌活性が向上することがある。
【0008】
放線菌A、Bの代謝産物において、超高速液体クロマトグラフィーから代謝産物や代謝物量の変化が確認できた。表1、2は放線菌Aの試料の超高速液体クロマトグラフィー分析チャートであり、表1は光触媒反応培養工程を含まない場合の試料、表2は光触媒反応培養工程を含む場合の試料のものである。表2、3は放線菌Bの試料の超高速液体クロマトグラフィー分析チャートであり、表3は光触媒反応培養工程を含まない場合の試料、表4は光触媒反応培養工程を含む場合の試料のものである。
【表1】
【表2】
【表3】
【表4】
【0009】
放線菌Aについて、光触媒反応培養工程を含まない場合の代謝産物が活性を示さなかったシュードモナス属の細菌に対して、抗菌活性の発現、黄色ブドウ球菌に対する活性の増大が確認できた。光触媒反応培養工程を含む場合の試料の結果が右、含まない場合の試料の結果が左である。(表5及び表6の通り)
【表5】
【表6】
【0010】
光触媒反応培養工程を含む放線菌Bの代謝産物は、光触媒反応培養工程を含まない代謝産物が茶色であるのに比べて赤くなっており、(表7および表8の通り)その赤色の代謝産物をカラムクロマトグラフィーによって分離し、枯草菌に与えると光触媒反応培養工程を含まない代謝産物に比べ枯草菌に対する抗菌活性が増大していた(表9および表10の通り)。光触媒反応培養工程を含まない場合の試料と、その抗菌活性評価の結果がそれぞれ表7、表9、光触媒反応培養工程を含む場合の試料と、その抗菌活性評価の結果がそれぞれ表8、表10である。
【表7】
【表8】
【表9】
【表10】
【0011】
[実施形態]
ここで有用代謝産物の生産方法について説明するにあたり、以下、「有用代謝産物の生産方法」を単に「生産方法」と記載することとする。この生産方法は、放線菌培養中に、培地内で光触媒反応を起こす、光触媒反応培養工程を含むが、放線菌の培地内で光触媒反応を起こすのに都合が良い状態になるまで暗所で培養を行う事前培養工程や、放線菌と放線菌を培養した培地から有用代謝産物を抽出する抽出工程も含むものとする。この抽出工程は、菌体と培地の粉砕、溶媒などを用いた抽出、遠心分離および乾燥などを含んだ工程とする。
【0012】
ところで、実験形態に係る放線菌は、グラム染色で陽性を示す細菌のうち、細胞が菌糸を形成して細長く増殖する特徴があり、ストレプトマイシンに代表される抗生物質などの有用な代謝物を生産することが知られている。
【0013】
また、実験形態に係る生産方法は、光触媒反応培養工程の前、または後に暗所培養工程を含むことができる。
【0014】
実験形態にかかる光触媒反応は、二酸化チタン(以下、TiOと表す)を用いたものであるが、二酸化チタンの荷電体の電子が紫外光に励起されると、その電子は比較的還元力の強いものとなると同時に、非常に酸化力の強い正孔も生成される。従って、酸化チタンに適切な助触媒を組み合わせれば、水を酸素と水素イオンに酸化、また同時に水を水素と水酸化物イオンに還元するほどの酸化還元能を示すことが知られている。そのため、酸化チタンの応用例として、酸化作用を利用した有害物質の分解や色素増感太陽電池という太陽電池も作られている。
【0015】
光触媒反応培養工程及び、暗所培養工程は、行う回数は限定されないが、例として10日間の暗所での培養期間のうち、5~8日目のみ1日120分の光触媒反応を起こす、という方法を挙げることができる。
【0016】
紫外線源に波長315~400nmの蛍光管型ブラックライトを短時間(90、120、180分など)使用した場合、放線菌の気中菌糸および菌体に目立った影響を与えず、寒天培地に光触媒を添加しているため、寒天培地内部でのみ光触媒反応により物質の多様性が現れる。多様性は、発生したOHラジカルにより化合物の分子構造を変化させる現象に誘発され現れると考えられる。すなわち微生物に影響をあたえずに細胞外において従来と異なる化合物を生産させることができる。また、寒天培地とは、寒天を用いた培地を指し、特に、微生物学や植物学の分野で、微生物や細胞を培養するために用いられるものとして広く知られている。気中菌糸は、気生菌糸または気中菌糸とも呼ばれ、細菌に属する放線菌や真菌(糸状菌またはかび)が基質(天然物や培地)から栄養分を摂取して生育する場合、基質内へ入らず空気中へ伸びる菌糸のことを言い、その一方で基質内へ伸ばす菌糸を潜入菌糸また栄養菌糸と呼ぶ。このような微生物では、潜入菌糸と気中菌糸の形や色も分類の基準なることが多いが、それらの形や状態は培養条件で異なり、抗菌性物質を含む培地では気菌糸だけを出す場合もあると言われている。
【0017】
上記のように、菌が代謝産物を生産している途中で光触媒反応を起こし、代謝産物の分子構造を変化させることによって代謝産物や、代謝産物量の変化を引き起こしている可能性が考えられる。
【0018】
実験形態に係る生産方法に用いる放線菌は、特に限定されない。
【0019】
光触媒反応を起こすにあたっては、光源に紫外線、光触媒にTiOを用いる。紫外線を発する装置は特に限定されないが、例えば、光源として蛍光灯を用いることができる。
【0020】
[実験例]
以下、実験例として実際に放線菌の培地内で光触媒反応を起こして培養した例を上げて本発明をさらに詳しく説明する。なお、以下に示す実験例はあくまで具体例であり、本発明は実験例に制約されない。
【0021】
放線菌は、発明者が土壌から分離し、抗生物質を生産していた二種の放線菌、放線菌A、Bを対象に実験を行なった。
【0022】
(1)TiO添加培地(培地組成を表11に示す)に植菌し、有用代謝産物を生産させる準備として30℃の暗条件で4日間培養した。液体培地でも実験を行なったが、寒天培地を用いた際のような良い結果を得られなかった。液体培地ではTiOが菌体にも触れやすく、光触媒反応によって菌体の成長や代謝が大きく妨げられたためと考えている。
【表11】
【0023】
(2)5~8日目に1日120分の紫外線照射(光源の種類を表12に示す)を行い、光触媒反応を起こした。
【表12】
(3)再び暗条件の培養に戻し、2日間培養した。
(4)抽出は粉砕した培地をメタノール(以下、CHOHと表す)に浸して行い、遠心分離と濾過,乾燥によってでTiOとCHOHを除去後、オクタデシルシリルカラムで0、30、60、100%のCHOHで分画し、100%CHOHで溶出された成分を試料とした。
【0024】
二種の放線菌について,試料を超高速液体クロマトグラフィー(SHIMADZU Prominence UFLC LCMC-2020、以下UFLCと呼ぶ。)で分析し,光触媒反応が及ぼす影響を比較した。UFLCとは、カラムクロマトグラフィーにおいて、現在では分析物の注入から検出・定量までを一体化して自動的に行えるようにした装置として広く知られており、再現性の高い分析が比較的簡便に行えるものである。UFLCにおいて、各物質は比較的鋭いピークとして検出され、分離および検出の能力が従来の液体クロマトグラフィーより良い。移動相としては、カラムや装置に悪影響を与えない範囲で各種の溶媒が使用される。水や塩類の水溶液、アルコール類、アセトニトリル、ジクロロメタン、トリフルオロ酢酸などが用いられる。
【0025】
抗菌活性評価は、それぞれ20μgの試料を円形濾紙に含ませて検査菌に置き,阻止円の大きさを比較した。放線菌の培養中に光触媒反応培養工程を含む場合、含まない場合に比べ、放線菌Aの試料のシュードモナス・プチダと黄色ブドウ球菌への抗菌活性が増大し、(表5及び表6の通り)放線菌Bの試料は枯草菌への抗菌活性が増大した。(表9、表10の通り)
以上の実験例より、本発明が、「放線菌培養中における培地内での光触媒反応の付与により、従来とは異なる有用代謝産物を生産させる新技術」として、産業上極めて有益であることが明らかとなった。
【0026】
以上の結果は、放線菌の培地内に光触媒を添加せずに紫外線照射を行なった場合や、放線菌の培地内に光触媒を添加するが、紫外線照射を行わなかった場合には得られなかったため、光触媒反応を起こしたことによると考えられる。また、完成した有用代謝産物に対して光触媒反応を起こしても抗菌活性を失うだけだったため、放線菌培養中に光触媒反応を起こす過程が必要であったと考えられる。
【0027】
尚、本実験例においては光触媒はTiO、光源は紫外線と記載しているが、それに限ることなく、例えば培地を寒天培地に限らず、液体培地を使用する実験例も考えられる。