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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-23
(45)【発行日】2024-07-31
(54)【発明の名称】フェライト系ステンレス鋼材
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240724BHJP
   C22C 38/50 20060101ALI20240724BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20240724BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20240724BHJP
   C25F 1/06 20060101ALN20240724BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/50
C22C38/54
C21D9/46 R
C25F1/06 B
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020218547
(22)【出願日】2020-12-28
(65)【公開番号】P2022103734
(43)【公開日】2022-07-08
【審査請求日】2023-08-31
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(74)【代理人】
【識別番号】100182925
【弁理士】
【氏名又は名称】北村 明弘
(72)【発明者】
【氏名】田井 善一
(72)【発明者】
【氏名】溝口 太一朗
【審査官】田口 裕健
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-132899(JP,A)
【文献】特開2018-135591(JP,A)
【文献】特開2017-172027(JP,A)
【文献】特開2004-169154(JP,A)
【文献】カナダ国特許出願公開第3121216(CA,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 9/46- 9/48
C25F 1/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.050%以下、Si:1.00%以下、Mn:0.04~1.00%、P:0.050%以下、S:0.030%以下、Cr:16.00~25.00%、Ni:1.00%以下、Cu:0.60%以下、Mo:2.00%以下、N:0.030%以下、Al:0.500%以下、Ti:0.080~0.500%、Nb:0.500%以下かつNb及びTiの合計含有量が6(C+N)以上(C及びNは、C及びNの含有量をそれぞれ表す)であり、残部がFe及び不純物からなる組成を有するフェライト系ステンレス鋼を素地として、
明度指数L≦45、クロマネチックス指数-5.0≦a≦5.0、-5.0≦b≦5.0を満たす黒色酸化皮膜が表面に形成されており、
前記黒色酸化皮膜が形成されていない素地露出部を有し、
前記素地露出部の面積率が0.01~3.0%、素地露出部の最大面積が100μm~10000μmかつ
前記素地露出部表面に形成された不働態皮膜がCr分率≧40%を満たす、フェライト系ステンレス鋼材。
【請求項2】
前記フェライト系ステンレス鋼は、さらに、質量%で、Zr:1.00%以下、Co:1.00%以下、V:1.00%以下及びW:1.0%以下からなる群から選択される1種以上の元素を含む、請求項1に記載のフェライト系ステンレス鋼材。
【請求項3】
前記フェライト系ステンレス鋼は、さらに、質量%で、REM:0.100%以下及びCa:0.100%以下からなる群から選択される1種以上の元素を含む、請求項1又は2に記載のフェライト系ステンレス鋼材。
【請求項4】
前記フェライト系ステンレス鋼は、さらに、質量%で、Sn:0.100%以下及びB:0.0100%以下からなる群から選択される1種以上の元素を含む、請求項1~3のいずれか一項に記載のフェライト系ステンレス鋼材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面に黒色酸化皮膜を有する耐食性に優れたフェライト系ステンレス鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼は耐食性に優れた素材であるだけでなく、ステンレス鋼が有する光沢のある銀白色の地肌を活かして内装及び外装建材等に使用されている。さらにステンレス鋼の意匠性を高める目的で化学発色法、塗装法、酸化処理法などの方法を用いて、黒色を代表とする色調が付与されることも多い。
【0003】
特許文献1や特許文献2に記載されているような酸化処理法によってステンレス鋼表面に黒色酸化皮膜を形成する手法は、ステンレス鋼の汎用的な製造工程である連続焼鈍設備を用いた連続的な処理が可能であり、化学発色法など他の処理に比べて高い生産性を有する。さらに酸化処理法によって形成した黒色酸化皮膜は保護性のあるCr酸化物が主となる層が形成されるため、高い耐食性を有している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2019-178392号公報
【文献】特開2018-135591号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1や特許文献2に記載されているような、酸化処理法によって形成された酸化皮膜は、主にCr酸化物層からなるため高い耐食性を有する一方で、部分的な点状の異常酸化部が不可避的に形成される場合がある。
【0006】
以下、図1を参照して、異常酸化部についてより詳細に説明する。
図1は、異常酸化部を説明するための模式図であり、(a)は異常酸化部を有する酸化皮膜が形成されたステンレス鋼材を示す平面図、(b)は断面図、(c)は(b)の四角形枠内の拡大図である。図1(a)に示すステンレス鋼材は、表面に酸化処理法によって形成された黒色酸化皮膜4を有する。この黒色酸化皮膜4は、主としてCr酸化物(Cr)からなり、表面側にはCrに加えてMnとCrの複合酸化物やTiとCrの複合酸化物が形成されることより黒色の色調が付与されている。しかしながら、酸化処理法により酸化皮膜を形成する際にCr主体の黒色酸化皮膜4が形成されずに、局所的にFe系酸化物が成長し、Fe主体の酸化皮膜4からなる異常酸化部9が形成されることがある。なお、本明細書において、黒色酸化皮膜4と異常酸化部9とを合わせたステンレス鋼材表面に形成された酸化皮膜全体を単に「酸化皮膜」と称することもある。
【0007】
また、図1(b)及び(c)に示すように、黒色酸化皮膜4と素地3との界面近傍の素地表層5には、Al酸化物(Al)やTi酸化物(TiO)などの介在物が存在し、さらに、素地表層5の表面側には、酸化皮膜4側にCrが抜け出て相対的に周りの素地3に比べCr濃度が低くなったCr欠乏層51が存在する。Cr主体の酸化皮膜4は、緻密かつ均一な構造を有するため、その下の素地3を保護する保護皮膜として機能する。一方、Fe主体の酸化皮膜からなる異常酸化部9は、Cr主体の黒色酸化皮膜4に比して隙間の多い構造を有するため、保護皮膜として十分機能しない。酸化処理法によって表面に酸化皮膜が形成されたステンレス鋼材は、異常酸化部9が形成され得るため、異常酸化部9が早期の発銹を招く恐れがあり、さらなる改善が求められていた。
【0008】
本発明は、上記のような問題を解決するためになされたものであり、表面に黒色の酸化皮膜を有する耐食性に優れたフェライト系ステンレス鋼材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記の課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、酸化処理法による酸化皮膜を有するフェライト系ステンレス鋼材の耐食性向上には、異常酸化部及びその下に存在する介在物やCr欠乏層を除去すること、さらに、これら異常酸化部等を除去した後の素地露出部に耐食性の高い不働態皮膜、すなわちCr濃度の高い(Cr分率の高い)不動態皮膜を形成することが有効であること、それには酸化性の酸である硝酸水溶液中での電解処理が有効であることを明らかにした。
すなわち、フェライト系ステンレス鋼の組成及び酸化皮膜の色調を制御した、表面に酸化皮膜を有するステンレス鋼材に対して、硝酸水溶液中で特定の条件のもと電解処理を施すことで、正常な黒色酸化皮膜の溶解を生じることなく異常酸化部及び異常酸化部直下の素地表層を溶解させることができ、かつ、溶解後に露出した素地の表面にCr分率の高い不働態皮膜を形成させることができること、その結果、黒色の色調を維持したまま耐食性を向上できることを見出し、本発明に至った。
【0010】
上記知見に基づき完成された本発明の要旨は以下のとおりである。
(1)本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼材は、質量%で、C:0.050%以下、Si:1.00%以下、Mn:0.04~1.00%、P:0.050%以下、S:0.030%以下、Cr:16.00~25.00%、Ni:1.00%以下、Cu:0.60%以下、Mo:2.00%以下、N:0.030%以下、Al:0.500%以下、Ti:0.080~0.500%、Nb:0.500%以下かつNb及びTiの合計含有量が6(C+N)以上(C及びNは、C及びNの含有量をそれぞれ表す)であり、残部がFe及び不純物からなる組成を有するフェライト系ステンレス鋼を素地として、明度指数L≦45、クロマネチックス指数-5.0≦a≦5.0、-5.0≦b≦5.0を満たす黒色酸化皮膜が表面に形成されており、黒色酸化皮膜が形成されていない素地露出部を有し、素地露出部の面積率が0.01~3.0%、素地露出部の最大剥離面積が100μm~10000μmかつ素地露出部表面に形成された不働態皮膜がCr分率≧40%を満たす。
【0011】
(2)上記(1)に記載のフェライト系ステンレス鋼材は、前記フェライト系ステンレス鋼の組成において、さらに、質量%で、Zr:1.00%以下、Co:1.00%以下、V:1.00%以下及びW:1.00%以下からなる群から選択される1種以上の元素を含有してもよい。
【0012】
(3)上記(1)又は(2)に記載のフェライト系ステンレス鋼材は、前記フェライト系ステンレス鋼の組成において、さらに、質量%で、REM:0.100%以下及びCa:0.100%以下からなる群から選択される1種以上の元素を含有してもよい。
【0013】
(4)上記(1)~(3)のいずれか一に記載のフェライト系ステンレス鋼材は、前記フェライト系ステンレス鋼の組成において、さらに、質量%で、Sn:0.100%以下及びB:0.010%以下からなる群から選択される1種以上の元素を含有してもよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明の上記態様によれば、黒色酸化皮膜を有する耐食性に優れたフェライト系ステンレス鋼材を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】異常酸化部を説明するための模式図であり、(a)は異常酸化部を有する酸化皮膜が形成されたステンレス鋼材を示す平面図、(b)は断面図、(c)は(b)の四角形枠内の拡大図である。
図2】電解処理工程において異常酸化部が除去されて素地露出部に不働態皮膜が形成されるまでの過程を説明するための模式図であり、(a)は異常酸化部を有する酸化皮膜が形成された状態を示す断面図、(b)は硝酸電解終了後の状態を示す断面図である。
図3】耐食性の試験に用いた接着体の図であり、(a)は平面図、(b)は側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態について具体的に説明する。本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて、以下の実施形態に対し変更、改良などが適宜加えられたものも本発明の範囲に入ることが理解されるべきである。
【0017】
(1.本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼材)
(1.1 化学組成)
本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼材(以下、単に「ステンレス鋼材」と記載することがある。)の素地は、質量%で、C:0.050%以下、Si:1.00%以下、Mn:0.04~1.00%、P:0.050%以下、S:0.030%以下、Cr:16.00~25.00%、Ni:1.00%以下、Cu:0.60%以下、Mo:2.00%以下、N:0.030%以下、Al:0.500%以下、Ti:0.080~0.500%、Nb:0.500%以下かつNb及びTiの合計含有量が6(C+N)以上(C及びNは、C及びNの含有量をそれぞれ表す)であり、残部がFe及び不純物からなる組成を有する。すなわち、本実施形態に係るステンレス鋼材の素地は、常温での金属組織が主としてフェライト相となる化学組成を有している。
ここで、本明細書において「不純物」とは、素地のフェライト系ステンレス鋼を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップなどの原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。例えば、不純物には、不可避的不純物も含まれる。
【0018】
また、本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼材の素地は、さらに、質量%で、Zr:1.00%以下、Co:1.00%以下、V:1.00%以下及びW:1.00%以下からなる群から選択される1種以上の元素を含んでもよい。
また、本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼材の素地は、さらに、質量%で、REM:0.100%以下及びCa:0.100%以下からなる群から選択される1種以上の元素を含んでもよい。
さらに、本発明の実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼材の素地は、さらに、質量%で、Sn:0.100%以下及びB:0.0100%以下からなる群から選択される1種以上の元素を含んでもよい。
以下、各元素の含有量の限定理由について説明する。
【0019】
(C:0.050質量%以下)
Cは、ステンレス鋼材の耐粒界腐食性(鋭敏化抑制作用)や加工性などの特性に影響を与える元素である。Cの含有量が多すぎると、ステンレス鋼材の加工性及び耐粒界腐食性が低下してしまう。そのため、Cの含有量の上限値は、0.050質量%、好ましくは0.045質量%、より好ましくは0.040質量%である。一方、Cの含有量の下限値は、特に限定されないが、Cの含有量を少なくすることは精練コストの上昇につながる。そのため、Cの含有量の下限値は、好ましくは0.0005質量%、好ましくは0.001質量%である。
【0020】
(Si:1.00質量%以下)
Siは、ステンレス鋼材の耐酸化皮膜剥離性や耐高温酸化性を向上させる元素である。Siの含有量が多すぎると、加工性及び靭性が低下する。そのため、Siの含有量の上限値は、1.00質量%、好ましくは0.90質量%、より好ましくは0.80質量%である。一方、Siの含有量の下限値は、特に限定されないが、ステンレス鋼材製造時の酸化皮膜剥離による表面品質低下を抑制する観点から、好ましくは0.05質量%、より好ましくは0.10質量%、更に好ましくは0.15質量%である。
【0021】
(Mn:0.04~1.0質量%)
Mnは、脱酸元素として有用な元素であるとともに耐酸化皮膜剥離性や耐高温酸化性の向上に有効な元素である。また、MnはCrとの複合酸化物を形成することで、黒色の色調形成に有効である。Mnの含有量が多すぎると、腐食起点となるMnSを生成し易くなるとともに、フェライト相を不安定化させる。そのため、Mnの含有量の上限値は、1.00質量%、好ましくは0.95質量%、より好ましくは0.90質量%である。一方、Mnの含有量が少なすぎると、上記の効果が十分に得られないことがある。そのため、Mnの含有量の下限値は0.04質量%、好ましくは0.05質量%である。
【0022】
(P:0.050質量%以下)
Pは、ステンレス鋼材の溶接性や加工性などの特性に影響を与える元素である。Pの含有量が多すぎると、上記の特性が低下する恐れがある。そのため、Pの含有量の上限値は、0.050質量%、好ましくは0.045質量%、より好ましくは0.040質量%である。一方、Pの含有量の下限値は、特に限定されないが、Pの含有量を少なくすることは精練コストの上昇につながる。そのため、Pの含有量の下限値は、好ましくは0.001質量%、より好ましくは0.010質量%である。
【0023】
(S:0.030質量%以下)
Sは、腐食起点となるMnSを生成し、ステンレス鋼材の靭性などの特性に影響を与える元素である。Sの含有量が多すぎると、上記の特性が低下する恐れがある。そのため、Sの含有量の上限値は、0.030質量%、好ましくは0.025質量%、より好ましくは0.020質量%である。一方、Sの含有量の下限値は、特に限定されないが、Sの含有量を少なくすることは精練コストの上昇につながる。そのため、Sの含有量の下限値は、好ましくは0.0001質量%以上、より好ましくは0.0005質量%以上である。
【0024】
(Cr:16.00~25.00質量%)
Crは、ステンレス鋼材の耐食性及び耐酸化性を向上させるのに有効な元素である。Crの含有量が多すぎると、ステンレス鋼材の靭性が低下するとともに、酸化皮膜の成長を阻害し、黒色の色調を有する酸化皮膜を形成できない。そのため、Crの含有量の上限値は、25.00質量%、好ましくは24.50質量%、より好ましくは24.00質量%である。一方、Crの含有量が少なすぎると、上記の効果が十分に得られないことがある。そのため、Crの含有量の下限値は、16.00質量%、好ましくは16.50質量%である。
【0025】
(Ni:1.00質量%以下)
Niは、ステンレス鋼材の耐食性及び靭性を向上させるのに有効な元素である。Niの含有量が多すぎると、フェライト相が不安定化するとともに、製造コストも上昇する。そのため、Niの含有量の上限値は、1.00質量%、好ましくは0.90質量%、より好ましくは0.80質量%である。一方、Niの含有量の下限値は、特に限定されないが、上記の効果を得る観点から、好ましくは0.01質量%、より好ましくは0.05質量%である。
【0026】
(Cu:0.60質量%以下)
Cuは、ステンレス鋼材の耐食性を向上させるのに有効な元素である。Cuの含有量が多すぎると、フェライト相が不安定化するとともに、製造コストも上昇する。そのため、Cuの含有量の上限値は、0.60質量%、好ましくは0.55質量%、より好ましくは0.50質量%である。一方、Cuの含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.001質量%、好ましくは0.01質量%である。
【0027】
(Mo:2.00質量%以下)
Moは、ステンレス鋼材の耐食性及び耐酸化性を向上させるのに有効な元素である。Moの含有量が多すぎると、ステンレス鋼材の加工性の低下、製造コストの上昇を招くとともに、耐酸化性向上が向上し黒色酸化皮膜の形成が困難になる。する。そのため、Moの含有量の上限値は、2.00質量%、好ましくは1.90質量%である。一方、Moの含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.001質量%、好ましくは0.01質量%である。
【0028】
(N:0.030質量%以下)
Nは、耐粒界腐食性(鋭敏化抑制作用)や加工性などの特性に影響を与える元素である。Nの含有量が多すぎると、ステンレス鋼材の耐粒界腐食性や加工性が低下する。また、後記するように、黒色酸化皮膜の形成には、Tiを必要とするが、Nの含有量が多くなると、TiNが析出するため鋼中の固溶Ti量が減少し、黒色酸化皮膜の形成が阻害される。また、形成された窒化物は、腐食の起点になりやすく、耐食性、特に耐孔食性を低下させる。そのため、Nの含有量の上限値は、0.030質量%、好ましくは0.028質量%、より好ましくは0.025質量%である。一方、Nの含有量の下限値は、特に限定されないが、Nの含有量を少なくすることは精練コストの上昇につながる。そのため、Nの含有量の下限値は、好ましくは0.0005質量%、好ましくは0.001質量%である。
【0029】
(Al:0.500質量%以下)
Alは、黒色酸化皮膜を形成した際に素材表面にAl酸化物を形成することで酸化皮膜の剥離を抑制するのに有効に働く元素である。他方、Alの含有量が多すぎると、ステンレス鋼材の靭性が低下する。そのため、Alの含有量の上限値は、0.500質量%、好ましくは0.450質量%、より好ましくは0.400質量%である。一方、Alの含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.001質量%、好ましくは0.010質量%である。
【0030】
(Nb:0.500質量%以下、Ti:0.080~0.500質量%、Nb及びTiの合計含有量:6(C+N)以上)
Nb及びTiは、耐粒界腐食性(鋭敏化抑制作用)などの特性に影響を与える元素である。さらにTiはCrとの複合酸化物を形成することで、酸化皮膜に黒色の外観を付与する。
Nbの含有量が多すぎると、ステンレス鋼材の加工性及び靭性が低下する。そのため、Nbの含有量の上限値は、0.500質量%、好ましくは0.480質量%、より好ましくは0.450質量%である。
また、Tiの含有量が多すぎると、ステンレス鋼材の加工性及び表面品質が低下する。そのため、Tiの含有量の上限値は、0.500質量%、好ましくは0.480質量%、より好ましくは0.450質量%である。
一方、Nb及びTiの含有量の下限値は、耐粒界腐食性を低下させるC及びNの含有量との関係から制御される。具体的には、Nb及びTiの合計含有量の下限値は、6(C+N)、好ましくは7(C+N)、より好ましくは8(C+N)である。ここで、C及びNは、C及びNの含有量をそれぞれ表す。また、Tiの含有量が少なすぎると、上記の効果が十分に得られないことがある。そのため、Tiの含有量の下限値は、0.080質量%、好ましくは0.090質量%以上、より好ましくは0.100質量%である。
【0031】
(Zr:1.00質量%以下、Co:1.00質量%以下、V:1.00質量%以下、W:1.00質量%以下)
Zr、Co、V及びWは、ステンレス鋼材の耐酸化性を向上させるのに有効な元素である。Zr、Co、V及びWの含有量が多すぎると、ステンレス鋼材の加工性及び靭性が低下するとともに、製造コストの上昇につながる。そのため、Zr、Co、V及びWの含有量の上限値はいずれも、1.0質量%、好ましくは0.8質量%、更に好ましくは0.5質量%である。一方、Zr、Co、V及びWの含有量の下限値はいずれも、特に限定されないが、好ましくは0.001質量%、より好ましくは0.01質量%である。
【0032】
(REM:0.100質量%以下、Ca:0.100質量%以下)
REM及びCaは、フェライト系ステンレス鋼材の耐酸化性を向上させるのに有効な元素である。REM及びCaの含有量が多すぎると、フェライト系ステンレス鋼の製造コストの上昇につながる。そのため、REM及びCaの含有量の上限値はいずれも、0.100質量%、好ましくは0.080質量%、更に好ましくは0.050質量%である。一方、REM及びCaの下限値はいずれも、特に限定されないが、好ましくは0.0001質量%、より好ましくは0.003質量%である。なお、REMは、Sc、Y及びランタノイドの合計17元素の総称であり、希土類金属を意味する。具体的には、La、Ce、Nd等が挙げられ、これらのうち1種を単独で、又は2種以上を組み合わせて含有させることができる。含有される希土類元素が2種類以上である場合、上記REM含有量は、これら希土類元素の総含有量を意味する。添加の方法としては、例えば、希土類元素の混合物であるミッシュメタル(MM)を用いて、REM含有量が上記の範囲となるように含有させてもよい。
【0033】
(Sn:0.100質量%以下)
Snは、ステンレス鋼材の耐食性を向上させるのに有効な元素である。Snの含有量が多すぎると、Snが偏析し、製造性が低下する。そのため、Snの含有量の上限値は、0.100質量%、好ましくは0.080質量%、より好ましくは0.050質量%である。一方、Snの含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.001質量%、より好ましくは0.005質量%である。
【0034】
(B:0.0100質量%以下)
Bは、ステンレス鋼材の二次加工性を向上させるのに有効な元素である。Bの含有量が多すぎると、ステンレス鋼の疲労強度が低下する。そのため、Bの含有量の上限値は、0.0100質量%、好ましくは0.0080質量%、より好ましくは0.0050質量%である。一方、Bの含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.0001質量%、より好ましくは0.0005質量%である。
【0035】
(1.2 ステンレス鋼材の構成)
図2(b)は、後述するように、本実施形態に係るステンレス鋼材1の表面近傍を模式的に示す板厚方向の断面図である。図2(b)を参照して、本実施形態に係るステンレス鋼材1は、フェライト系ステンレス鋼からなる素地3と、素地3の表面に形成された黒色酸化皮膜4とを有する。
(酸化皮膜)
本実施形態に係るステンレス鋼材1における黒色酸化皮膜4の素地3側は、主としてCrが形成されたCr酸化物領域42である。このようなCr主体の酸化皮膜は、緻密かつ均一な構造を有し、素地3を保護する保護皮膜として機能するため、本実施形態のステンレス鋼材1は耐食性に優れる。また、本実施形態に係るステンレス鋼材1における黒色酸化皮膜4の表面側は、TiとCrの複合酸化物やMnとCrの複合酸化物の割合がCr酸化物領域42よりも高いTi/Mn濃化領域41であり、これら複合酸化物の存在により、酸化皮膜に黒色の色調が付与されている。
【0036】
(酸化皮膜の色調)
本実施形態に係るステンレス鋼材1は、黒色酸化皮膜4が形成された表面(素地露出部以外の表面)の色調に関して、明度指数L、クロマネティクス指数a、bが特定の範囲にある。これらの数値は、JIS Z 8722:2009に準拠する色調測定を任意の5点で行い、平均した数値を、JIS Z 8781-4:2013に準拠するCIELAB(L表色系)である明度指数L、クロマネティクス指数a、bで示した値である。本実施形態に係るステンレス鋼材1の黒色酸化皮膜4は、その表面が、L≦45.0、-5.0≦a≦5.0、-5.0≦b≦5.0の範囲を有している。
【0037】
(素地露出部の面積率及び最大面積)
本実施形態に係るステンレス鋼材1は、後述の電解処理工程により、酸化皮膜中に局所的に形成された異常酸化部9及び異常酸化部直下の素地表層5を溶解しているため、素地露出部7が特定の範囲で存在している。すなわち、本実施形態に係るステンレス鋼材1は、素地露出部7の面積率が0.01~3.0%、素地露出部7の最大面積が100μm~10000μmである。耐食性向上のため、異常酸化部9の除去は有効であるが、素地露出部7の面積率や最大面積の増加は外観の低下を招くことになる。したがって、本実施形態に係るステンレス鋼材1の表面における、観察面積全体に占める素地露出部7の合計面積を、素地露出部7の面積率と定義した場合、素地露出部7の面積率は0.01~3.0%であり、より好ましくは2.0%以下、さらに好ましくは1.0%以下である。また、一つあたりの素地露出部7の面積は100μm~10000μmであり、好ましくは9000μm以下、より好ましくは8000μm以下である。
【0038】
なお、本明細書において「素地露出部」とは、黒色酸化皮膜4の一部が除去されたて黒色酸化皮膜4が形成されていない部分、すなわち、後述の電解処理工程により、酸化皮膜中の異常酸化部9及び異常酸化部直下の素地表層5を溶解することにより、異常酸化部9及びその下に存在するCr欠乏層51や介在物6(以下、「異常酸化部等」と記載することがある。)が除去された箇所を意味する。この異常酸化部等が除去された箇所は、素地3の表面が露出しているわけではなく、自然酸化により素地3の表面に形成された不働態皮膜8が露出していることになる。しかしながら、不働態皮膜8は厚さが数nm程度と極めて薄いものであり、上方から表面を見た場合、素地3の銀白色がほぼそのまま見えるため、本明細書においては、異常酸化部等が除去され、不働態皮膜8が形成された箇所を、素地露出部7と呼ぶこととする。
【0039】
(面積率及び最大面積の測定方法)
これらの数値は、光学顕微鏡を用いて、鋼材表面のエッジ部を除く任意の5点について1mm(1mm×1mm)の面積を観察して得られた数値である。
素地露出部7の面積は、倍率200倍の光学顕微鏡で撮影した写真を用いた画像解析により求めることができる。黒色酸化皮膜4が存在する部分は黒色、異常酸化部9が残存している部分は黒色もしくは茶色、素地露出部7はステンレス鋼素地3の銀白色で観察されることから、二値化処理により、白色部の面積を測定することで、素地露出部7の面積を求めることができる。素地露出部7の面積率を求めるときは、測定面積全体を測定し、5箇所から得られた数値の算術平均を算出した。また、素地露出部7の最大面積を求めるときは、最も大きな素地露出部7近傍の拡大部位で測定し、5箇所から得られた数値の最大値を用いた。
【0040】
(素地露出部の不働態皮膜組成)
本実施形態に係るステンレス鋼材1の素地露出部7の表面に形成された不働態皮膜8は、Cr分率≧40%を満たしている。後述の電解処理工程において、異常酸化部等を除去する際に、電解処理溶液として硝酸水溶液を用いることで、異常酸化部等が除去された後の素地露出部7に形成される不働態皮膜8のCr分率を40%以上とすることができる。
素地露出部7表面の不働態皮膜8の組成はグロー放電発光分光法(GDS)により分析でき、JIS K 0144:2018に準拠するグロー放電発光分光分析法(GD-OES)(Glow Discharge Optical Emission Spectrometry)により測定される。この際、分析範囲が素地露出部のみに含まれるように分析範囲を限定する。得られた表面プロファイルにおいてO(酸素)が最大値の4分の3となる点におけるCr濃度/(Fe濃度+Cr濃度+Mn濃度+Ti濃度)×100を素地露出部7表面における不働態皮膜8のCr分率(%)とする。
【0041】
本実施形態に係るステンレス鋼材1は、異常酸化部8及びその下の素地表層5に存在するCr欠乏層51や介在物6が除去されており、さらに、これらが除去された箇所(素地露出部7の表面)にはCr濃度の高い不動態皮膜8が形成され、この不動態皮膜組成がCr分率≧40%を満たすことから、耐食性に優れる。そのため、素地露出部7表面の不働態皮膜のCr分率は、好ましくは43%以上、より好ましくは45%以上である。これによって、黒色の色調を維持しつつ耐食性により優れたステンレス鋼材を提供することができる。
【0042】
本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼材1は、素地の化学組成、酸化皮膜の色調、素地露出部における面積率、最大面積及び不働態皮膜組成が所定の範囲であるため、所望の黒色色調を有しつつ耐食性に優れる。そのため、本実施形態に係るステンレス鋼材1は、高い耐食性が必要とされる環境で使用される意匠部材として用いるのに適している。意匠部材としては、特に限定されないが、建材、配管、意匠性が必要とされるマフラーなどの自動車用排気系部材など各種部材が挙げられる。
【0043】
(2.本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼材の製造方法)
本実施形態のステンレス鋼材は、例えば、以下の方法で製造できる。上述した化学組成を有するフェライト系ステンレス鋼スラブを熱間圧延し、得られた熱延コイルを焼鈍、酸洗した後に冷延率50%以上で冷間圧延した後、表面を#180以上の研磨ベルトで仕上げ研磨を施す。得られた冷延板(素地)を酸化性雰囲気において1050~1080℃で2~3分焼鈍することで、素地表面に黒色酸化皮膜が形成される。なお、黒色酸化皮膜の厚さは、200~1000nmであり、250~900nmであることが望ましい。黒色酸化皮膜の厚さは、焼鈍温度及び焼鈍時間により調整できる。
【0044】
(異常酸化部及びCr欠乏層や介在物の除去方法)
図2は、電解処理工程において異常酸化部が除去されて素地露出部に不働態皮膜が形成されるまでの過程を説明するための模式図である。図2(a)は異常酸化部を有する酸化皮膜が形成された状態を示す断面図であり、図2(b)は硝酸電解終了後の状態を示す断面図である。
図2(a)に示すように、酸化処理法により素地3の表面に酸化皮膜を形成する際に、Cr主体の黒色酸化皮膜4が形成されずに、局所的にFe系酸化物が成長し、Fe主体の異常酸化部9が形成されることがある。
このようなステンレス鋼表面に不可避的に形成され得る異常酸化物9は、緻密かつ均一な構造を有するCr主体の黒色酸化皮膜4に比べて、隙間の多い構造を有するため、保護皮膜として十分機能せず、異常酸化部9の存在により早期の発銹を招くおそれがある。そのため、耐食性のさらなる向上のためには、異常酸化部9の除去が有効である。
【0045】
また、図1(c)に示すように、黒色酸化皮膜4と素地3との界面近傍の素地表層5には、Al、TiOなどの介在物6が存在し、さらに、素地表層5の表面側には、黒色酸化皮膜4側にCrが抜け出て相対的に周りの素地に比べCr濃度が低くなったCr欠乏層51が存在する。したがって、異常酸化部9が除去されて素地5の表面が露出した箇所においては、Cr欠乏層51や介在物6が素地表層5に存在するため、異常酸化部9を除去しただけでは、十分な耐食性が得られない。そのため、耐食性のさらなる向上のためには、異常酸化部9の除去のみならず、異常酸化部9直下に存在するCr欠乏層51や介在物6も除去しておくことが有効である。
これらの除去は、電解処理溶液として硝酸水溶液を用いた電解処理によって行う。
【0046】
図2を参照して、この電解処理工程では、酸化性の酸である硝酸水溶液中でFe系酸化物が溶解することで、酸化皮膜中の異常酸化部9が除去される。これにより異常酸化部9が除去された部分では、素地3の表面が露出する。さらに、異常酸化部9が除去された後の素地3が露出した箇所においては、硝酸水溶液中で素地表層5が溶解することで、Cr欠乏層や介在物が除去される。また、硝酸電解は、金属が溶解するだけでなく金属の酸化を促進することから、Cr欠乏層51及び介在物6が除去された後の素地3の表面(素地露出部7)は、硝酸水溶液に浸漬されることで、Cr分率の高い不働態皮膜8が形成される。
【0047】
上述の通り、本実施形態に係るステンレス鋼材1は、異常酸化部9及びその下に存在するCr欠乏層51や介在物6が除去されているため、ステンレス鋼材1の表面近傍は図2(b)に模式的に示されるような断面を有することとなる。換言すると、図2(b)は、本実施形態に係るステンレス鋼材1を板厚方向に切断した断面における表面近傍を模式的に示す断面図である。
【0048】
(電解処理溶液)
電解処理は、酸化性の酸である硝酸水溶液中で行う。硝酸水溶液の濃度は70~150g/Lであり、溶液温度は45~60℃である。硝酸濃度や溶液温度が低くすぎると、Fe系酸化物が十分に溶解せず異常酸化部9の除去が困難となったり、Cr欠乏層51や介在物6の除去が困難となったりする。また、硝酸濃度や溶液温度が高すぎると、黒色酸化皮膜4の溶解を招き、色調を悪化させる要因となる。さらに、素地3の過剰な溶解を招くことで、黒色酸化皮膜4が大きく剥離してしまうことがあり、外観を悪化させる要因ともなり得る。
【0049】
また、硝酸水溶液中に含まれるFeイオンの量は50g/L以下とする。使用に伴い、除去された異常酸化部9やCr欠乏層6等の沈殿物から溶け出したFeイオンが、硝酸水溶液中に混入することがあるが、硝酸水溶液中のFeイオンの量が多いと、Fe系酸化物の溶解が促進されず異常酸化部9の除去が困難となる。また、Feイオンが多く存在すると、Feイオンが優先的に酸化してしまい、素地3に含まれるCrの酸化が促進されず、不働態皮膜8の再生を妨げる。
【0050】
(電解処理)
電解時の電気量は150~900C/mであり、このときの電流密度は90A/m以下である。電気量が少ないと異常酸化部9や、Cr欠乏層51、介在物6の除去が困難となる。また、電気量が多いと、黒色酸化皮膜4の溶解を招き色調を悪化させる要因となる。さらに、素地3の過剰な溶解を招くことで、黒色酸化皮膜が大きく剥離してしまうことがあり、外観を悪化させる要因ともなり得る。
【0051】
なお、このような電解処理条件であれば、正常に形成された黒色酸化皮膜4はほとんど溶解されず、ほぼそのままの状態で残り、局所的に形成された異常酸化部9及びその下の素地表層5に存在するCr欠乏層51や介在物6のみが除去されることになる。
ここで、Fe系酸化物は、Cr酸化物(Cr)に比して溶けやすく、また、素地3のステンレス鋼自体も、耐食性のあるCr主体の酸化皮膜4に比して溶けやすいため、硝酸水溶液に浸漬してわずかな電流を流すことで溶解する。そのため、電気量が少なくなるように制御することで、Fe系酸化物及びその下の素地表層5のみを優先的に溶解して、異常酸化部9及びその下に存在するCr欠乏層51や介在物6を除去することができる。
【0052】
以上の工程により、本実施形態に係る表面に黒色酸化皮膜4を有する耐食性に優れたフェライト系ステンレス鋼材1が製造される。
上述の工程によれば、所望の外観を維持しつつ耐食性の向上を図ることができるため、本実施形態に係るステンレス鋼材1は、黒色の色調を有し、かつ耐食性に優れる。そのため、本実施形態に係るステンレス鋼材1は、高い耐食性が必要とされる環境で使用される意匠部材として用いるのに適している。意匠部材としては、特に限定されないが、建材、配管、意匠性が必要とされるマフラーなどの自動車用排気系部材など各種部材が挙げられる。
【実施例
【0053】
以下に、実施例を挙げて本発明の内容を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定して解釈されるものではない。
【0054】
表1に示す化学成分を有するフェライト系ステンレス鋼を熱間圧延し、板厚3.0mmの熱延板を作製した。この熱延板に1050℃で3分間焼鈍を施した後、ドライホーニングを用いて表面の酸化スケールを除去した。その後、板厚1.0mmまで冷間圧延し、1000℃で1分間の仕上焼鈍を施した後、120番、240番の乾式研磨紙を順次用いて手研磨を行い、鋼板表面の酸化スケールを除去した。表1に記載の化学組成は、質量%で示されており、残部がFe及び不純物である。下線は、本発明の範囲外であることを示している。なお、表中のREMは希土類元素を意味し、ここでは、La、Ce、Ndを含むミッシュメタル(MM)を用いた。
【0055】
【表1】
【0056】
その後、得られた上記のステンレス鋼板の表面に黒色酸化皮膜を形成するため、大気雰囲気下で1050℃、3minの熱処理を施した後、幅70mm、長さ120mmの試験片を切り出し、端部に被覆導線をスポット溶接で取り付けた後に導線接着部が隠れるよう端面幅10mm四方及び裏面をテフロン(登録商標)シールテープで被覆して電解処理の供試材とした。電解処理溶液の種類、濃度、Feイオン濃度、温度、電流密度及び電気量は表2に示す。電解処理溶液400mLを入れたガラスビーカーを恒温槽で溶液温度を調整しつつ、供試材と白金対極を浸漬させ、電源で所定の電流を流すことで電解処理を行った。なお、溶液中での電解方法は、間接通電法とした。
【0057】
【表2】
【0058】
電解処理後の供試材において、酸化皮膜の色調、素地露出部における最大面積、面積率及び不働態皮膜がCr分率、ならびに耐食性について測定して、それぞれの事項を評価した。以下に測定方法及び評価方法を説明し、測定結果及び評価結果を表3に示す。
【0059】
(色調の測定方法)
供試材表面のエッジ部を除く黒色酸化皮膜部の5箇所について、測定径3mmφの分光測色計を用いてJIS Z 8722:2009に準拠した色調測定を行い、平均値をJIS Z 8781-4:2013に準拠するCIELAB(L表色系)である明度指数L、クロマネティクス指数a、bで示した。
【0060】
色調の測定条件は、以下の通りである。
装置:コニカミノルタ 分光測色計 CM-700d
光源:パルスキセノンランプ
受光素子:デュアル36素子シリコンフォトダイオードアレイ
ターゲットマスク:Φ3mm
測定:10°視野
補助イルミナント:D65 昼光、色温度6504K
正反射処理モード:SCI
【0061】
(素地露出部の面積率及び最大面積の測定方法)
さらに供試材表面のエッジ部を除く黒色酸化皮膜部の5箇所について、デジタルマイクロスコープで1mm×1mmの範囲を倍率200倍で観察した。そして、それぞれの箇所において、二値化処理した後の白色部の面積を測定することで、素地露出部の面積率及び最大面積を画像解析により導出した。面積率は5箇所の平均を、最大面積は5か所の中の最大の値を用いた。
【0062】
(不働態皮膜組成の測定方法)
供試材表面の素地露出部においてJIS K 0144:2018に準拠するグロー放電発光分光分析法(GD-OES)にてGDS分析を行い、素地露出部の不働態皮膜のCr分率(%)を測定した。ここでは、Oピーク強度が最大値の3/4となったポイントにおけるCr濃度/(Fe濃度+Cr濃度+Mn濃度+Ti濃度)×100を素地露出部の不働態皮膜のCr分率(%)とした。
【0063】
GDSの測定条件は、以下のとおりである。
装置:株式会社リガク GDA750
分析径(アノード径):Φ4mm
電圧:650V
Ar圧力:2.8hPa
【0064】
(耐食性の評価方法)
上記電解処理を施した供試材から、幅50mm、長さ100mmの測定用試験片12を切り出した。この測定用試験片を用いて図3に示す接着体11を次のようにして作製した。なお、図3(a)は接着体の平面図、(b)は側面図である。まず、測定用試験片12の4つの切断端面のうち短辺1箇所を除いた3辺の切断端面を、ゴム13(信越シリコーン株式会社製の一液縮合型RTVゴムKE44)を用いて被覆した。次に、70mm×150mmのベークライト板14の上に20mmφ×10mmのポリエチレン製チューブ15を2個配置して接着し、その上にゴム13で被覆した測定用試験片12を接着した。このようにして得られた接着体11を用いて、塩乾湿複合サイクル試験で耐食性を評価した。具体的には、測定用試験片12が水平面に対して75度の角度となり且つ被覆されていない短辺が下側となるように接着体11を複合サイクル試験機内に設置した後、5%塩水噴霧(35℃、2時間)、乾燥(60℃、25%RH、4時間)、湿潤(50℃、95%RH、2時間)を1サイクルとして5サイクル行った。複合サイクル試験後は、接着体11の水洗、乾燥を行って接着体11の表面の発銹率をJIS G 0595:2004に準じて評価し、素地露出部7のレイティングナンバ(RN)が9.5以上(発銹面積率≦0.05%)の場合を○(耐食性に優れる)、レイティングナンバ(RN)が9.5未満(発銹面積率>0.05%)の場合を×(耐食性が不十分)と評価した。
【0065】
上記の各評価結果を表3に示す。
【0066】
【表3】
【0067】
表3に示すように、本発明の範囲に含まれる実施例1~7のステンレス鋼板は、素地の化学組成、酸化皮膜部の色調ならびに素地露出部における最大面積、面積率及び不働態皮膜のCr分率のいずれも基準を満たしており、耐食性試験においても良好な結果を示した。
【0068】
それに対し、比較例1~12のステンレス鋼板は、素地の化学組成、酸化皮膜の色調、素地露出部の最大面積、面積率、不働態皮膜組成もしくは耐食性のいずかで実施例よりも劣っていた。比較例1、2は硝酸電解の溶液濃度が高いあるいは溶液温度が高いため、素地露出部の最大剥離面積が基準を満たさなかった。比較例3は硝酸電解の電気量が多いため、素地露出部の面積率及び最大剥離面積が基準を満たさなかった。比較例4はさらに、電気量が非常に多かったため、黒色酸化皮膜の大半が剥離し、酸化皮膜の色調基準も満たしていなかった。比較例5硝酸電解の溶液濃度が低く、比較例6は硝酸電解の溶液中のFeイオン濃度が高く、比較例7は硝酸電解の溶液温度が低く、比較例8は電気量が少ないため、銀白色の素地露出部は観察されなかった。すなわち、異常酸化部が十分に除去されずに残存したものと考えられ、耐食性の評価基準を満たさなかった。比較例9は硫酸ナトリウムによる中性塩電解のため、素地露出部の不働態皮膜のCr分率が低く、耐食性の評価基準を満たさなかった。
【0069】
比較例10及び11はそれぞれS量及びC量が基準よりも多いため、素地露出部の面積率が基準を満たさなかった。硫化物や炭化物が素地表面に露出すると、その周辺に異常酸化部が形成されやすく、多くの異常部が形成されたためと推定される。比較例12はCr量が基準よりも少ないため、素地の耐食性が低く、素地露出部の面積率及び最大面積が基準を超えたため、耐食性の評価を満たさなかった。
【0070】
以上の結果からわかるように、本発明によれば黒色酸化皮膜を有する耐食性に優れたフェライト系ステンレス鋼材を提供することができる。
【符号の説明】
【0071】
1 ステンレス鋼材
3 素地
4 黒色酸化皮膜
41 Ti/Mn濃化領域
42 Cr酸化物領域
5 素地表層
51 Cr欠乏層
6 介在物
7 素地露出部
8 不働態皮膜
9 異常酸化部
11 接着体
12 測定用試験片
13 ゴム
14 ベークライト板
15 ポリエチレン製チューブ
図1
図2
図3