(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-24
(45)【発行日】2024-08-01
(54)【発明の名称】転がり軸受の保持器および転がり軸受
(51)【国際特許分類】
F16C 33/38 20060101AFI20240725BHJP
F16C 19/06 20060101ALI20240725BHJP
F16C 33/32 20060101ALI20240725BHJP
【FI】
F16C33/38
F16C19/06
F16C33/32
(21)【出願番号】P 2020077049
(22)【出願日】2020-04-24
【審査請求日】2023-03-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100087941
【氏名又は名称】杉本 修司
(74)【代理人】
【識別番号】100112829
【氏名又は名称】堤 健郎
(74)【代理人】
【識別番号】100155963
【氏名又は名称】金子 大輔
(74)【代理人】
【識別番号】100150566
【氏名又は名称】谷口 洋樹
(74)【代理人】
【識別番号】100154771
【氏名又は名称】中田 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100142608
【氏名又は名称】小林 由佳
(74)【代理人】
【識別番号】100213470
【氏名又は名称】中尾 真二
(72)【発明者】
【氏名】石田 光
(72)【発明者】
【氏名】辻 直明
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 千春
【審査官】藤村 聖子
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-090489(JP,A)
【文献】特開2014-040901(JP,A)
【文献】特開2011-007288(JP,A)
【文献】特開平07-332374(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 19/00-19/56
F16C 33/30-33/66
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
環状体の円周方向複数箇所に転動体を保持するポケットが形成された転がり軸受の保持器であって、
前記ポケットの中心を含み保持器軸心に垂直な平面で切断した断面内における、
前記環状体の外周面側の前記ポケットの開口縁と前記転動体との前記環状体の径方向のすきまである外径側の径方向案内すきまδ1が、前記転動体の直径の1~2%であり、
かつ前記環状体の内周面側の前記ポケットの開口縁と前記転動体との前記環状体の径方向のすきまである内径側の径方向案内すきまδ2が、前記外径側の径方向案内すきまδ1の1.5倍以上であり
、前記転がり軸受にラジアル荷重が負荷されない非負荷域において前記転動体をポケット外径側転動体案内とし、前記転がり軸受にラジアル荷重が負荷される負荷域においては、前記転動体をポケット内径側転動体案内とし、
前記環状体の径方向寸法である帯幅が前記転動体の直径の40~45%である、
転がり軸受の保持器。
【請求項2】
請求項1に記載の転がり軸受の保持器において、前記ポケットのピッチ円径を前記転動体のピッチ円径よりも小さくした転がり軸受の保持器。
【請求項3】
請求項1に記載の転がり軸受の保持器において、前記外周面側の前記ポケットの開口縁を含むポケット案内面と、前記内周面側の前記ポケットの開口縁を含むポケット案内面とが、互いに異なる曲率の曲面で構成されている転がり軸受の保持器。
【請求項4】
請求項1に記載の転がり軸受の保持器において、前記外周面側の前記ポケットの開口縁を含むポケット案内面が曲面で構成され、前記内周面側の前記ポケットの開口縁を含むポケット案内面が平面で構成されている転がり軸受の保持器。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載の転がり軸受の保持器において、前記保持器は、互いに軸方向に重なる二枚の環状体で構成され、各環状体は、円周方向に所定の間隔で並びそれぞれが前記ポケットの内壁面を構成する複数のポケット壁部と、円周方向に隣り合う前記ポケット壁部同士を連結する複数の結合板部とを有する転がり軸受の保持器。
【請求項6】
請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載の転がり軸受の保持器において、前記保持器は、前記ポケットが前記環状体の軸方向一側面に開口された冠形状である転がり軸受の保持器。
【請求項7】
請求項1ないし請求項6のいずれか1項に記載の転がり軸受の保持器を備えた転がり軸受。
【請求項8】
請求項7に記載の転がり軸受において、前記転動体がセラミックボールである転がり軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、転がり軸受の保持器および転がり軸受に関し、例えば、合成樹脂製保持器等に適用され、保持器に起因する異音を抑制することができる技術に関する。
【背景技術】
【0002】
転がり軸受に使用する合成樹脂製保持器が提案されている(特許文献1)。
この合成樹脂製保持器は、軸方向に対向する二枚の環状体からなり、前記二枚の環状体の間に玉を収容する複数のポケットが周方向に間隔をおいて形成されている。この合成樹脂製保持器はいわゆる転動体案内形式であり、軌道輪案内形式の保持器に比べて保持器の内周面、外周面の過度の昇温および摩耗を防止得る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
図15に示すように、転がり軸受100の内外輪104,105間にラジアル荷重Frが負荷され、dn値(dn値=内径d×回転速度n)=20万以下の低速回転で運転した場合、転がり軸受100に負荷域LDと非負荷域NLが発生し、保持器101は振れ回りおよび径方向の変形を繰り返しながら回転する。
【0005】
この場合、従来の樹脂製波型保持器は、
図16および
図17に示すように、ポケット102と転動体103との転動体103の径方向すきまδaが内径側(
図17の「B」側)よりも外径側(
図17の「A」側)が大きく、ポケット102の内径側で転動体103に接する転動体案内となる。このため、
図15および
図18に示すように、非負荷域NLの転動体103が保持器ポケット内径案内面102aから径方向の力F1を受け、外輪を振動させ異音を発生することがある。
【0006】
この発明の目的は、保持器に起因する異音を抑制することができる転がり軸受の保持器および転がり軸受を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この発明の転がり軸受の保持器は、環状体の円周方向複数箇所に転動体を保持するポケットが形成された転がり軸受の保持器であって、
前記ポケットの中心を含み保持器軸心に垂直な平面で切断した断面内における、
前記環状体の外周面側の前記ポケットの開口縁と前記転動体との前記環状体の径方向のすきまである外径側の径方向案内すきまδ1が、前記転動体の直径の1~2%であり、
かつ前記環状体の内周面側の前記ポケットの開口縁と前記転動体との前記環状体の径方向のすきまである内径側の径方向案内すきまδ2が、前記外径側の径方向案内すきまδ1の1.5倍以上であり、
前記環状体の径方向寸法である帯幅が前記転動体の直径の40~45%である。
前記転動体の直径の1~2%とは、転動体の直径の1%を超え2%未満である。
前記転動体の直径の40~45%とは、転動体の直径の40%を超え45%未満である。
前記各径方向案内すきまδ1,δ2は、前記保持器と前記転動体との位置関係が、複数箇所の前記ポケットの配列円の中心と複数個の前記転動体の配列円の中心とが一致する位置関係である状態におけるすきまである。
【0008】
保持器を転動体案内とする場合に、外径側の径方向案内すきまδ1を転動体の直径の1%以下にすると、保持器の案内すきまが過小となり、保持器が昇温する。外径側の径方向案内すきまδ1が転動体の直径の2%以上の場合、保持器の案内すきまが大きく、保持器が振れ回り、保持器音が大きくなる。
保持器の帯幅が転動体の直径の40%以下の場合は保持器の剛性が低下し、保持器が異常となるかまたは保持器の振動が大きくなる。帯幅が転動体の直径の45%以上の場合、転がり軸受の動空間容積が増加し、静止空間容積に保持されるグリースが減少するため、転がり軸受の寿命の低下を招く。また、ポケットと転動体との間でグリースせん断抵抗が増加するため、保持器の振動または昇温が大きくなる。
【0009】
この構成によると、保持器の帯幅を転動体の直径の40%を超え45%未満にすることで保持器の剛性を高め得る。これと共に、外径側の径方向案内すきまδ1を転動体の直径の1%を超え2%未満、内径側の径方向案内すきまδ2を外径側の径方向案内すきまδ1の1.5倍以上とする。これにより、転動体はポケット外径側転動体案内となり、非負荷域の転動体は保持器から径方向の力を受けない。したがって、転動体が転がり軸受の外輪を振動させず、保持器に起因する異音を抑制することができる。
【0010】
前記ポケットのピッチ円径を前記転動体のピッチ円径よりも小さくしてもよい。このように保持器のポケットと転動体との位置関係を定めることで、転動体を容易にポケット外径側転動体案内とすることができる。
【0011】
前記外周面側の前記ポケットの開口縁を含むポケット案内面と、前記内周面側の前記ポケットの開口縁を含むポケット案内面とが、互いに異なる曲率の曲面で構成されていてもよい。このように複数のポケット案内面で各径方向案内すきまδ1,δ2を定める場合、ポケットのピッチ円径を転動体のピッチ円径よりも小さい構成等とする場合よりも、シール等の他の軸受構成部品に対して保持器を非干渉とする設計を容易化できる。
【0012】
前記外周面側の前記ポケットの開口縁を含むポケット案内面が曲面で構成され、前記内周面側の前記ポケットの開口縁を含むポケット案内面が平面で構成されていてもよい。
このように複数のポケット案内面で各径方向案内すきまδ1,δ2を定める場合、ポケットのピッチ円径を転動体のピッチ円径よりも小さい構成等とする場合よりも、シール等の他の軸受構成部品に対して非干渉とする設計を容易化できる。
【0013】
前記保持器は、互いに軸方向に重なる二枚の環状体で構成され、各環状体は、円周方向に所定の間隔で並びそれぞれが前記ポケットの内壁面を構成する複数のポケット壁部と、円周方向に隣り合う前記ポケット壁部同士を連結する複数の結合板部とを有してもよい。この場合、二枚の環状体を互いに対向させ、いずれか一方の環状体に対して他方の環状体を軸方向に押し込む簡単な動作によって、保持器を組み立てることができる。
【0014】
前記保持器は、前記ポケットが前記環状体の軸方向一側面に開口された冠形状であってもよい。この場合、二枚の環状体で構成される保持器よりも部品点数を低減でき、保持器構造を簡単化することができる。
【0015】
この発明の転がり軸受は、前述のいずれかに記載の転がり軸受用の保持器を備えたものである。この場合、この発明の転がり軸受用の保持器につき前述した各効果が得られる。
【0016】
前記転動体がセラミックボールであってもよい。この場合、例えば軸受鋼等から成る鋼球よりも比重を小さくして転がり軸受の高速化を図ることができるうえ耐熱性を高めることができる。
【発明の効果】
【0017】
この発明の転がり軸受の保持器は、環状体の円周方向複数箇所に転動体を保持するポケットが形成された転がり軸受の保持器であって、前記ポケットの中心を含み保持器軸心に垂直な平面で切断した断面内における、前記環状体の外周面側の前記ポケットの開口縁と前記転動体との前記環状体の径方向のすきまである外径側の径方向案内すきまδ1が、前記転動体の直径の1~2%であり、かつ前記環状体の内周面側の前記ポケットの開口縁と前記転動体との前記環状体の径方向のすきまである内径側の径方向案内すきまδ2が、前記外径側の径方向案内すきまδ1の1.5倍以上であり、前記環状体の径方向寸法である帯幅が前記転動体の直径の40~45%である。このため、保持器に起因する異音を抑制することができる。
【0018】
この発明の転がり軸受は、前述のいずれかに記載の転がり軸受の保持器を備えたため、保持器に起因する異音を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】この発明の実施形態に係る保持器を備えた転がり軸受の断面図である。
【
図4】同保持器を、ポケットの中心を含み保持器軸心に垂直な平面で切断した断面図である。
【
図6】非負荷域における同保持器と転動体との位置関係を部分的に拡大して示す断面図である。
【
図7】負荷域における同保持器と転動体との位置関係を部分的に拡大して示す断面図である。
【
図8】同保持器および従来保持器を音響試験する試験機の断面図である。
【
図10】従来保持器の音響試験結果を示す図である。
【
図11】この発明の他の実施形態に係る保持器のポケット付近を部分的に拡大して示す断面図である。
【
図12】この発明のさらに他の実施形態に係る保持器のポケット付近を部分的に拡大して示す断面図である。
【
図13】この発明のさらに他の実施形態に係る保持器を備えた転がり軸受の断面図である。
【
図15】異音発生のメカニズムを説明する図である。
【
図16】従来保持器を、ポケットの中心を含み保持器軸心に垂直な平面で切断した断面図である。
【
図18】非負荷域における従来保持器と転動体との位置関係を部分的に拡大して示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
[第1の実施形態]
この発明の実施形態に係る保持器および転がり軸受を
図1ないし
図9と共に説明する。
<転がり軸受について>
この転がり軸受は、例えば、モータ用転がり軸受として用いられる。但し、この転がり軸受をモータ以外の用途に適用することも可能である。
図1に示すように、この例の転がり軸受1は、深溝玉軸受であって、内輪2と、外輪3と、内外輪2,3の転走面2a,3a間に介在する複数の転動体である玉5と、各玉5を保持する保持器6とを備え、さらに非接触シールである密閉板4を備えている。玉5は、鋼球またはセラミックボールである。
【0021】
内輪2の外周と外輪3の内周間に環状空間が形成され、この環状空間の軸方向両端の開口が密閉板4,4により閉鎖されている。閉鎖された環状空間に潤滑用のグリースが封入されている。外輪3の内周面にシール取付溝が形成され、内輪2の外周面に内輪シール溝が形成されている。密閉板4は、鋼板等から円板状に形成される。密閉板4の外端がシール取付溝に取付けられ、密閉板4の内端が内輪シール溝に所定の隙間を隔てて挿入されて内輪2に対して非接触とされている。
【0022】
<保持器6について>
図2および
図3Aに示すように、保持器6は、転動体案内形式であり、互いに軸方向に重なる二枚の合成樹脂製の環状体10,10で構成されている。
図1、
図4に示すように、保持器6は、二枚の環状体10,10を結合した状態において、環状体10,10の各外周面が同径の円筒面を成し、環状体10,10の各内周面が同径の円筒面を成す。
【0023】
図3A,Bに示すように、各環状体10は、合成樹脂を例えば射出成形して形成される。二枚の環状体10,10は、互いに同一形状であり同一の金型で成形可能である。前記合成樹脂としては、例えば、ポリアミド(例えばPA46)、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)等を採用し得る。各環状体10を形成する合成樹脂には、強度を高めるために、ガラス繊維またはカーボン繊維またはアラミド繊維等が添加されている。
【0024】
各環状体10は、複数の半円筒状のポケット壁部13と、複数の結合板部14とを有する。複数の半円筒状のポケット壁部13は、円周方向に一定の間隔で並びそれぞれが玉5を保持するポケット12の内壁面を構成する。複数の結合板部14は、円周方向に隣合うポケット壁部13同士を連結する。
【0025】
結合板部14は、二枚の環状体10,10を結合したときに面接触する合わせ面15を有する。結合板部14における合わせ面15の中央付近には、軸方向に突出する結合爪16と、他方の環状体10の結合爪16が挿入される結合孔17とが形成されている。
結合爪16の軸方向先端部に鉤部19が形成され、一方の環状体10の鉤部19は、他方の環状体10の結合孔17の内面に形成された段部18に係合する。この係合により結合爪16が結合孔17から抜け止めされ、二枚の環状体10,10が互いに結合される。
【0026】
結合板部14は、突出壁部20および収容凹部21を有する。突出壁部20は、一方の環状体10の合わせ面15における円周方向一端に、軸方向に突出するように設けられている。収容凹部21は、一方の環状体10の合わせ面15における円周方向他端に設けられ、他方の環状体10の突出壁部20を収容する。結合板部14が前述の突出壁部20および収容凹部21を有することによって、二枚の環状体10,10を結合したときの環状体10,10の合わせ目が、ポケット12の軸方向中央からずれた位置にくるようになっている。これにより、軸受運転時、玉5の遅れまたは進みにより玉5が結合板部14に接触するとき、二枚の環状体10,10の合わせ目の位置に玉5が接触することを防止し得る。したがって、玉5を安定して保持することが可能となる。
【0027】
二枚の環状体10,10を結合した状態において、突出壁部20および収容凹部21は、突出壁部20と収容凹部21の間に周方向および軸方向の隙間22,23が生じる大きさとされている。これにより、環状体10を射出成形した後の収縮差により突出壁部20と収容凹部21が干渉するのを防止することができ、二枚の環状体10,10の結合板部14における合わせ面15同士を確実に密着させ得る。
【0028】
各ポケット12の円周方向両端部には、玉5の外周に沿う部分凹球面25がそれぞれ形成されている。部分凹球面25は、玉5を間に挟んで玉5の進行方向の前後に対向して形成されている。部分凹球面25の曲率半径は玉5の半径よりも僅かに大きく設定されている。
【0029】
図4は、この保持器6を、ポケット12の中心P
12を含み保持器軸心L1(
図2)に垂直な平面で切断した断面図である。
図5は
図4のポケット12付近の部分拡大図である。前記ポケット12の中心P
12とは、
図3Aおよび
図3Bに示すように、二枚の環状体10,10を互いに結合した状態で、各ポケット壁部13の軸心L2と、各ポケット12の円周方向両端部における部分凹球面25,25の各中心部を通る線L3と、が交わる点である。
図4および
図5に示す前記断面内における、環状体10の外周面側のポケット12の開口縁10aと玉5との環状体10の径方向のすきまである外径側の径方向案内すきまδ1が、玉5の直径d5の1~2%(1%を超え2%未満)である。複数箇所のポケット12の配列円の中心Cpと複数個の玉5の配列円の中心Cbとが一致する保持器6と玉5との位置関係において、外周面側のポケット12の開口縁10aと、このポケット12に挿入された玉5との間の環状体10における径方向の距離が、前記外径側の径方向案内すきまδ1に相当する。
【0030】
さらに前記断面内における、環状体10の内周面側のポケット12の開口縁10bと玉5との環状体10の径方向のすきまである内径側の径方向案内すきまδ2が、外径側の径方向案内すきまδ1の1.5倍以上である。複数箇所のポケット12の配列円の中心Cpと複数個の玉5の配列円の中心Cbとが一致する保持器6と玉5との位置関係において、内周面側のポケット12の開口縁10bと、このポケット12に挿入された玉5との間の環状体10における径方向の距離が、前記内径側の径方向案内すきまδ2に相当する。
【0031】
このように外径側の径方向案内すきまδ1、内径側の径方向案内すきまδ2を定めることで、玉5をポケット外径側転動体案内としている。具体的には、保持器6のポケット12と玉5との位置関係につき、ポケットPCDであるポケット12のピッチ円径PCD
12をボールPCDである玉5のピッチ円径PCD
5よりも小さい位置関係とすることで、ラジアル荷重が負荷されない非負荷域において玉5をポケット外径側転動体案内としている(
図6)。なおラジアル荷重が負荷される負荷域においては、玉5をポケット内径側転動体案内としている(
図7)。さらに環状体10の径方向寸法である帯幅Hが玉5の直径d5の40~45%(40%を超え45%未満)である。
【0032】
<音響試験>
本実施形態に係る保持器を備えた転がり軸受と、従来保持器を備えた転がり軸受と、を比較する音響試験を
図8に示す試験機30により実施した。
<試験条件>
試験する転がり軸受の呼び番号:6312
回転速度:3000min
-1
荷重:ラジアル荷重Fr=4000N
確認項目:聴覚による異音の有無
【0033】
試験機30は、ハウジングHsに二個の転がり軸受BR1,BR2を介して駆動軸31が回転支持され、この駆動軸31の長手方向一端部がベルトを介して図示外のモータの駆動により軸心C1回りに回転駆動可能に構成されている。前記二個の転がり軸受BR1,BR2のうち、前記モータに近い
図8右側の転がり軸受BR1を試験する転がり軸受とし、反モータ側の
図8左側の転がり軸受BR2を支持軸受としている。前記モータの駆動により駆動軸31および各転がり軸受BR1,BR2の内輪を回転させ、ベルト荷重にてラジアル荷重を転がり軸受BR1に負荷させる。
【0034】
【0035】
<周波数分析結果>
試験機30による周波数分析結果によれば、
図9に示すように、本実施形態に係る保持器(表1:本発明保持器)では、
図10に示す従来保持器に比べて、異音周波数帯が低下した。
【0036】
<作用効果>
保持器を転動体案内とする場合に、外径側の径方向案内すきまδ1を転動体の直径の1%以下にすると、保持器の案内すきまが過小となり、保持器が昇温する。外径側の径方向案内すきまδ1が転動体の直径の2%以上の場合、保持器の案内すきまが大きく、保持器が振れ回り、保持器音が大きくなる。
保持器の帯幅が転動体の直径の40%以下の場合は保持器の剛性が低下し、保持器が異常となるかまたは保持器の振動が大きくなる。帯幅が転動体の直径の45%以上の場合、転がり軸受の動空間容積が増加し、静止空間容積に保持されるグリースが減少するため、転がり軸受の寿命の低下を招く。また、ポケットと転動体との間でグリースせん断抵抗が増加するため、保持器の振動または昇温が大きくなる。
【0037】
本実施形態の保持器6によると、保持器6の帯幅Hを玉5の直径d5の40%を超え45%未満にすることで保持器6の剛性を高め得る。これと共に、外径側の径方向案内すきまδ1を玉5の直径d5の1%を超え2%未満、内径側の径方向案内すきまδ2を外径側の径方向案内すきまδ1の1.5倍以上とする。これにより、玉5はポケット外径側転動体案内となり、非負荷域の玉5は保持器6から径方向の力を受けない。したがって、玉5が外輪3を振動させず、保持器6に起因する異音を抑制することができる。
【0038】
ポケットPCDであるポケット12のピッチ円径PCD12をボールPCDである玉5のピッチ円径PCD5よりも小さくすることで、玉5を容易にポケット外径側転動体案内とすることができる。
二枚の環状体10,10は同一形状であり同一の金型で成形可能であるため、金型の共通化を図れることから、製造コストを低減することができる。また二枚の環状体10,10を互いに対向させ、いずれか一方の環状体10に対して他方の環状体10を軸方向に押し込む簡単な動作によって、保持器6を組み立てることができる。
転動体がセラミックボールである場合、例えば軸受鋼等から成る鋼球よりも比重を小さくして転がり軸受1の高速化を図ることができるうえ耐熱性を高めることができる。
【0039】
<他の実施形態について>
以下の説明においては、各実施の形態で先行して説明している事項に対応している部分には同一の参照符号を付し、重複する説明を略する。構成の一部のみを説明している場合、構成の他の部分は、特に記載のない限り先行して説明している形態と同様とする。同一の構成から同一の作用効果を奏する。実施の各形態で具体的に説明している部分の組合せばかりではなく、特に組合せに支障が生じなければ、実施の形態同士を部分的に組合せることも可能である。
【0040】
[第2の実施形態]:ポケット複合R形状
図11に示すように、外周面側のポケット12の開口縁10aを含む(開口縁10aが位置する)ポケット案内面32と、内周面側のポケット12の開口縁10bを含む(開口縁10bが位置する)ポケット案内面33とが、互いに異なる曲率の曲面で構成されていてもよい。
【0041】
この例では、保持器6のポケット12と玉5との位置関係につき、ポケットPCDとボールPCDとが一致する位置関係としている。外周面側のポケット案内面32の曲率半径R32は、内周面側のポケット案内面33の曲率半径R33よりも若干小さい。さらに、外周面側のポケット案内面32の曲率中心C2は、ポケット12の中心よりも内径側でかつポケット案内面側の円周方向一方寄りに位置する。内周面側のポケット案内面33の曲率中心C3は、ポケット12の中心に位置する。内周面側のポケット案内面33と外周面側のポケット案内面32とは滑らかに繋がる。図示しないが、内周面側のポケット案内面33と外周面側のポケット案内面32とを繋ぐポケット案内面を形成してもよい。
【0042】
このように複数のポケット案内面32,33で各径方向案内すきまδ1,δ2を定める場合、ポケットのピッチ円径を転動体のピッチ円径よりも小さい構成等とする場合よりも、シール等の他の軸受構成部品に対して非干渉とする設計を容易化できる。その他前述の実施形態と同様の作用効果を奏する。
【0043】
[第3の実施形態]:ポケット球R+ストレート形状
図12に示すように、外周面側のポケット12の開口縁10aを含むポケット案内面32が曲面で構成され、内周面側のポケット12の開口縁10bを含むポケット案内面33が平面に構成されていてもよい。
【0044】
この例では、保持器6のポケット12と玉5との位置関係につき、ポケットPCDとボールPCDとが一致する位置関係としている。外周面側のポケット案内面32の曲率中心C2は、ポケットPCD上に位置し、且つ、ポケット12の中心よりもポケット案内面側の円周方向一方寄りに位置する。
このように複数のポケット案内面32,33で各径方向案内すきまδ1,δ2を定める場合、ポケットのピッチ円径を転動体のピッチ円径よりも小さい構成等とする場合よりも、シール等の他の軸受構成部品に対して非干渉とする設計を容易化できる。その他前述の実施形態と同様の作用効果を奏する。
【0045】
<冠形保持器>
図13および
図14に示すように、保持器6Aは、環状体10の一側面に一部が開放されて内部に玉5を保持するポケット12が環状体10の円周方向複数箇所に設けられた冠形状であってもよい。この保持器6Aは一つの環状体10から構成され、この環状体10の軸方向一側面にポケット12が開口されて冠形状に形成されている。各ポケット12のポケット壁部は部分球面状に形成されている。保持器6Aのポケット開放側を軸受軸方向内方に向け、ポケット背面側がシール部材4Aにやや離隔して対向するように配置される。各ポケット12の開放側には、円周方向に対面する一対の爪状の先端部34,34が軸方向に突出して設けられている。
【0046】
この保持器6Aにおいても、保持器6Aの帯幅Hを玉5の直径の40%を超え45%未満にすると共に、外径側の径方向案内すきまδ1(
図5参照)を玉5の直径d5の1%を超え2%未満、内径側の径方向案内すきまδ2(
図5参照)を外径側の径方向案内すきまδ1の1.5倍以上とする。これにより、玉5はポケット外径側転動体案内となり、非負荷域の玉5は保持器6Aから径方向の力を受けない。したがって、玉5が外輪3を振動させず、保持器6Aに起因する異音を抑制することができる。この保持器6Aは一つの環状体10から構成されるため、二枚の環状体で構成される保持器よりも部品点数を低減でき、保持器構造を簡単化することができる。
図示しないが、環状体10の軸方向一側面にポケット12が開口され、且つ、一対の爪状の先端部34,34が形成されていない冠形保持器であってもよい。
【0047】
第一の実施形態における各環状体10のポケット壁部13は、半円筒状に限定されるものではなく、半球状であってもよい。
転がり軸受は、非接触シールだけでなく接触シールを適用することも可能である。またシール無しの開放形の転がり軸受としてもよい。
転がり軸受は、深溝玉軸受に限定されるものではなく、例えば、アンギュラ玉軸受、円筒ころ軸受等の他の転がり軸受であってもよい。
いずれかの転がり軸受を工作機械、産業機械、車両等に適用することも可能である。
各環状体を3Dプリンターまたは機械加工により形成することも可能である。
【0048】
以上、実施形態に基づいてこの発明を実施するための形態を説明したが、今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではない。この発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0049】
1…転がり軸受、5…玉(転動体)、6,6A…保持器、10…環状体、10a…外周面側のポケットの開口縁、10b…内周面側のポケットの開口縁、12…ポケット、13…ポケット壁部、14…結合板部、32,33…ポケット案内面