IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 林兼産業株式会社の特許一覧

特許7526770フグ科魚類用駆虫剤経口組成物、フグ科魚類用やせ病予防剤経口組成物、並びにこれらを用いたフグ科魚類用粘液胞子虫駆虫方法及びフグ科魚類のやせ病の予防方法
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-24
(45)【発行日】2024-08-01
(54)【発明の名称】フグ科魚類用駆虫剤経口組成物、フグ科魚類用やせ病予防剤経口組成物、並びにこれらを用いたフグ科魚類用粘液胞子虫駆虫方法及びフグ科魚類のやせ病の予防方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/35 20060101AFI20240725BHJP
   A61P 33/10 20060101ALI20240725BHJP
【FI】
A61K31/35
A61P33/10
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2022165915
(22)【出願日】2022-10-14
(65)【公開番号】P2024058503
(43)【公開日】2024-04-25
【審査請求日】2024-05-28
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000251130
【氏名又は名称】林兼産業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120086
【弁理士】
【氏名又は名称】▲高▼津 一也
(74)【代理人】
【識別番号】100139262
【弁理士】
【氏名又は名称】中嶋 和昭
(72)【発明者】
【氏名】田中 泰彰
(72)【発明者】
【氏名】藤田 幸辰
(72)【発明者】
【氏名】市來 薫
(72)【発明者】
【氏名】村田 敬
(72)【発明者】
【氏名】笠間 康宏
【審査官】高橋 樹理
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/062246(WO,A1)
【文献】Fish Pathology,2017年,Vol.52, No.2,p.63-67
【文献】Parasitol Res,2002年,Vol.88,p.861-867
【文献】The Israeli Journal of Aquaculture-Bamidgeh,2006年,Vol.58, No.3,p.157-169
【文献】Deseases of Aquatic Organisms,2018年,Vol.132,p.37-48
【文献】令和4年日本魚病学会秋季大会プログラムおよび講演要旨,2022年09月,p.21 Abstract No.210
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
サリノマイシン、医薬として許容されるその塩及びそれらの混合物のいずれかのみを有効成分として含み、フグ目フグ科に属する魚類の体内に寄生したEnteromyxum leei及びSphaerospora fuguの一方又は双方を駆除するために前記フグ目フグ科に属する魚類に経口投与されることを特徴とするフグ科魚類用駆虫剤経口組成物。
【請求項2】
前記有効成分の1日あたり投与量が、魚体重1kgあたり0.5~10mgであることを特徴とする請求項1に記載のフグ科魚類用駆虫剤経口組成物。
【請求項3】
投与間隔が12時間以上72日以下であることを特徴とする請求項に記載のフグ科魚類用駆虫剤経口組成物。
【請求項4】
1日当たりの投与回数が1回を超えず、且つ1週間あたりの投与回数が4回以上7回以下であることを特徴とする請求項に記載のフグ科魚類用駆虫剤経口組成物。
【請求項5】
サリノマイシン、医薬として許容されるその塩及びそれらの混合物のいずれかのみを有効成分として含み、フグ目フグ科に属する魚類の体内へのEnteromyxum leei及びSphaerospora fuguの一方又は双方の寄生を予防するために前記フグ目フグ科に属する魚類に経口投与されることを特徴とするフグ科魚類用やせ病予防剤経口組成物。
【請求項6】
前記有効成分の1日あたり投与量が、魚体重1kgあたり0.5~5mgであることを特徴とする請求項にフグ科魚類用やせ病予防剤経口組成物。
【請求項7】
投与間隔が12時間以上72日以下であることを特徴とする請求項に記載のフグ科魚類用やせ病予防剤経口組成物。
【請求項8】
1日当たりの投与回数が1回を超えず、且つ1週間あたりの投与回数が4回以上7回以下であることを特徴とする請求項に記載のフグ科魚類用やせ病予防剤経口組成物。
【請求項9】
フグ目フグ科に属する魚類の体内に寄生したEnteromyxum leei及びSphaerospora fuguの一方又は双方を駆除する方法であって、
有効成分としてサリノマイシン又は医薬として許容されるその塩を単独で含む経口組成物を、前記有効成分の1日あたり投与量が、魚体重1kgあたり0.5~10mgとなるように前記フグ目フグ科に属する魚類に経口投与する工程を有することを特徴とするフグ科魚類用粘液胞子虫駆虫方法。
【請求項10】
前記経口組成物の投与間隔が、12時間以上72日以下であることを特徴とする請求項に記載のフグ科魚類用粘液胞子虫虫方法。
【請求項11】
1日当たりの投与回数が1回を超えず、且つ1週間あたりの投与回数が4回以上7回以下であることを特徴とする請求項10に記載のフグ科魚類用粘液胞子虫駆虫方法。
【請求項12】
フグ目フグ科に属する魚類の体内へのEnteromyxum leei及びSphaerospora fuguの一方又は双方の寄生を予防する方法であって、
有効成分としてサリノマイシン又は医薬として許容されるその塩を単独で含む経口組成物を、前記有効成分の1日あたり投与量が、魚体重1kgあたり0.5~5mgとなるように前記フグ目フグ科に属する魚類に経口投与する工程を有することを特徴とするフグ科魚類のやせ病の予防方法。
【請求項13】
前記経口組成物の投与間隔が、12時間以上72日以下であることを特徴とする請求項12に記載のフグ科魚類のやせ病の予防方法。
【請求項14】
1日当たりの投与回数が1回を超えず、且つ1週間あたりの投与回数が4回以上7回以下であることを特徴とする請求項13に記載のフグ科魚類のやせ病の予防方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フグ科魚類用駆虫剤経口組成物、フグ科魚類用やせ病予防剤経口組成物、並びにこれらを用いたフグ科魚類用粘液胞子虫駆虫方法及びフグ科魚類のやせ病の予防方法の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
粘液胞子虫は、刺胞動物門粘液胞子虫鋼に属し、水棲無脊椎動物と脊椎動物の2つの宿主間を交替する複雑な生活環を有する顕微鏡サイズの寄生虫である。特に養殖魚等の魚類に対し産業上深刻な影響を与える種が多く知られており、具体例としては、双殻目に属するCeratomyxa属(ミカヅキムシ)、Chloromyxum属(シノウネンエキムシ)、Enteromyxum属(ハチノジホウシムシ)、Henneguya属(ウチワムシ)、Hoferellus属(ズキンネンエキムシ)、Myxidium属(ツムガタムシ)、Myxobolus属(シズクムシ)、Sphaerospora属(タマホウシムシ)、Thelohanellus属(イッキョクホウシムシ)、多殻目に属するKudoa属が挙げられる。
【0003】
わが国における粘液胞子虫を原因寄生虫とする養殖魚の感染症として広く知られているものとしては、1990年代頃から九州地方の養殖トラフグにおいて確認されるようになったやせ病(粘液胞子虫性やせ病)が挙げられる(非特許文献1参照)。やせ病を発症した病魚は、頭骨が浮き出て目が落ちくぼむほどのやせ症状を呈し、最終的に死亡する。原因となる粘液胞子虫は、腸管に寄生し、腸管上皮組織の増生及び剥離を特徴とする病理変化を引き起こす。その結果、栄養吸収及び浸透圧調整に障害が生じ、やせ症状を引き起こすと考えられる。
【0004】
トラフグのやせ病の病原体としては、病魚の腸管上皮組織より新種の粘液胞子虫Leptotheca fugu及び未同定種のMyxidium sp.が発見されたが、その後の18SリボソームRNA遺伝子を対象とする遺伝子解析等の結果に基づき、前者はSphaerospora属に転属され、後者は、Enteromyxum leeiに同定された。Enteromyxum leeiは、キプロスにおけるヨーロッパヘダイ、韓国におけるターボット等、種々の養殖魚及び水族館の飼育魚からも発見され、感染が報告された海産魚は50種を超える。上述のとおり、生活環には交替宿主の介在が推測されるが、胞子形成前の栄養体が魚から魚に直接伝播するために、養殖場内で急速に伝播し、被害が拡大しやすいことも問題となっている。
【0005】
トラフグをはじめとするフグ科に属する魚類のやせ病に対する治療法及び防除法は未だ確立されていないのが現状であり、種苗及び中間魚の導入時にPCR法等による検査を行い、飼育環境への感染魚の混入を避けることが、感染拡大を防止するための事実上唯一の方法となっている。
【0006】
薬剤による粘液胞子虫の駆除に関しては、ヨーロッパヘダイに対するEnteromyxum leeiの駆虫薬として、サリノマイシンナトリウム及びアンプロリウムからなる合剤の使用(それぞれ、魚体重1kgあたり70mg、及び100mg)が報告されている(非特許文献2参照)。この報告によれば、病魚を衛生環境下(21℃)で飼育し、上記用量で投薬を実施したところ、約6週間で正常のシストが消失した。
【0007】
また、米国の水族館で飼育される複数魚種について、サリノマイシンナトリウム及びアンプロリウム(それぞれ、魚体重1kgあたり70mg、及び100mg)からなる合剤の経口投与による治療を行ったところ、死亡率の低下および臨床症状の改善をもたらしたことが報告されている(非特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【文献】柳田哲矢、「粘液胞子虫やせ病」、魚病研究(Fish Pathology)、第52巻、第2号、2017年、p.63-67
【文献】E. Golomazou et al. The Israeli Journal of Aquaculture - Bamidgeh, 58(3), 2006, 157-169. URI: http://hdl.handle.net/10524/19172
【文献】Michael W Hyatt et al. Diseases of Aquatic Organanisms, 2018 Dec 11; 132(1): 37-48. doi: 10.3354/dao03303.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
粘液胞子虫の寄生によりやせ病を発症した魚類は、腸管上皮組織の剥離により栄養の吸収効率が低下するため、発症後の駆虫が成功したとしても、その後の発育が悪化するため、養殖魚の場合、歩留まりの低下や商品価値の低下の問題が生じる。しかしながら、やせ病の原因となる粘液胞子虫の寄生を予防する方法は確立されていないのが現状である。更に、トラフグをはじめとするフグ科に属する魚類のやせ病の原因寄生虫を駆虫する方法、フグ科に属する魚類のやせ病の原因寄生虫の寄生を予防する方法のいずれについても、確立した方法は存在しないのが現状である。非特許文献2及び3に記載のサリノマイシンナトリウム及びアンプロジウムの合剤は、フグ科に属する魚類への適応が未確認であること、単位魚体重あたりの投与量(それぞれ、魚体重1kgあたり70mg、及び100mg)が多いため、養殖槽等の開放水系において餌料に混入して投与した場合、摂餌率の低下及びそれに伴う投与効率の悪化を招くおそれがある。
【0010】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたもので、フグ科魚類用駆虫剤経口組成物、フグ科魚類用やせ病予防剤経口組成物、並びにこれらを用いたフグ科魚類用粘液胞子虫駆虫方法及びフグ科魚類のやせ病の予防方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記目的に沿う本発明の第1の態様は、サリノマイシン、医薬として許容されるその塩及びそれらの混合物のいずれかのみを有効成分として含み、フグ目フグ科に属する魚類の体内に寄生したEnteromyxum leei及びSphaerospora fuguの一方又は双方を駆除するためのフグ科魚類用駆虫剤経口組成物を提供することにより上記課題を解決するものである。
【0012】
本発明の第1の態様に係るフグ科魚類用駆虫剤経口組成物は、前記有効成分の1日あたり投与量が、魚体重1kgあたり0.5~10mgとなるように前記フグ目フグ科に属する魚類に経口投与するためのものであることが好ましい。
【0013】
本発明の第1の態様に係るフグ科魚類用駆虫剤経口組成物は、前記有効成分の1回あたり投与量が、魚体重1kgあたり1~10mgとなるように前記フグ目フグ科に属する魚類に経口投与するためのものであってもよい。
【0014】
本発明の第1の態様に係るフグ科魚類用駆虫剤経口組成物は、12時間以上72日以下の投与間隔で前記フグ目フグ科に属する魚類に経口投与するためのものであるされることが好ましい。
【0015】
本発明の第1の態様に係るフグ科魚類用駆虫剤経口組成物は、1日当たりの投与回数が1回を超えず、且つ1週間あたり4回以上7回以下の投与回数で前記フグ目フグ科に属する魚類に経口投与するためのものであるされることが好ましい。
【0016】
本発明の第2の態様は、サリノマイシン、医薬として許容されるその塩及びそれらの混合物のいずれかのみを有効成分として含み、フグ目フグ科に属する魚類の体内へのEnteromyxum leei及びSphaerospora fuguの一方又は双方の寄生を予防するためのフグ科魚類用やせ病予防剤経口組成物を提供することにより上記課題を解決するものである。
【0017】
本発明の第2の態様に係るフグ科魚類用やせ病予防剤経口組成物は、前記有効成分の1日あたり投与量が、魚体重1kgあたり0.5~5mgとなるように前記フグ目フグ科に属する魚類に経口投与するためのものであることが好ましい。
【0018】
本発明の第2の態様に係るフグ科魚類用やせ病予防剤経口組成物は、前記有効成分の1回あたり投与量が、魚体重1kgあたり1~5mgとなるように前記フグ目フグ科に属する魚類に経口投与するためのものであってもよい。
【0019】
本発明の第2の態様に係るフグ科魚類用やせ病予防剤経口組成物は、12時間以上72日以下の投与間隔で前記フグ目フグ科に属する魚類に経口投与するためのものであるされることが好ましい。
【0020】
本発明の第2の態様に係るフグ科魚類用やせ病予防剤経口組成物は、1日当たりの投与回数が1回を超えず、且つ1週間あたり4回以上7回以下の投与回数で前記フグ目フグ科に属する魚類に経口投与するためのものであるされることが好ましい。
【0021】
本発明の第3の態様は、フグ目フグ科に属する魚類の体内に寄生したEnteromyxum leei及びSphaerospora fuguの一方又は双方を駆除する方法であって、有効成分としてサリノマイシン又は医薬として許容されるその塩を単独で含む経口組成物を、前記有効成分の1日あたり投与量が、魚体重1kgあたり0.5~10mgとなるように前記フグ目フグ科に属する魚類に経口投与する工程を有するフグ科魚類用粘液胞子虫駆虫方法を提供することにより上記課題を解決するものである。
【0022】
本発明の第3の態様に係るフグ科魚類用粘液胞子虫駆虫方法において、前記有効成分の1回あたり投与量が、魚体重1kgあたり1~10mgであることが好ましい。
【0023】
本発明の第3の態様に係るフグ科魚類用粘液胞子虫駆虫方法において、前記経口組成物の投与間隔が、12時間以上72日以下であることが好ましい。
【0024】
本発明の第3の態様に係るフグ科魚類用粘液胞子虫駆虫方法において、1日当たりの投与回数が1回を超えず、且つ1週間あたりの投与回数が4回以上7回以下であることが好ましい。
【0025】
本発明の第4の態様は、フグ目フグ科に属する魚類の体内へのEnteromyxum leei及びSphaerospora fuguの一方又は双方の寄生を予防する方法であって、有効成分としてサリノマイシン又は医薬として許容されるその塩を単独で含む経口組成物を、前記有効成分の1日あたり投与量が、魚体重1kgあたり0.5~5mgとなるように前記フグ目フグ科に属する魚類に経口投与する工程を有するフグ科魚類のやせ病の予防方法を提供することにより上記課題を解決するものである。
【0026】
本発明の第4の態様に係るフグ科魚類のやせ病の予防方法において、前記有効成分の1回あたり投与量が、魚体重1kgあたり1~5mgであることが好ましい。
【0027】
本発明の第4の態様に係るフグ科魚類のやせ病の予防方法において、前記経口組成物の投与間隔が、12時間以上72日以下であることが好ましい。
【0028】
本発明の第4の態様に係るフグ科魚類のやせ病の予防方法において、1日当たりの投与回数が1回を超えず、且つ1週間あたりの投与回数が4回以上7回以下であることが好ましい。
【発明の効果】
【0029】
発明によると、フグ属フグ科に属する魚類におけるEnteromyxum leei及びSphaerospora fuguの寄生を原因とするやせ病の治療及び予防に関し、原因病原体の駆虫及び寄生の予防を可能にするフグ科魚類用駆虫剤経口組成物、フグ科魚類用やせ病予防剤経口組成物、並びにこれらを用いたフグ科魚類用粘液胞子虫駆虫方法及びフグ科魚類のやせ病の予防方法が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0030】
<フグ科魚類用駆虫剤経口組成物及びそれを用いた駆虫方法>
本発明のある実施形態は、フグ目フグ科に属する魚類の体内に寄生したEnteromyxum leei及びSphaerospora fuguの一方又は双方を駆除するためのフグ科魚類用駆虫剤経口組成物(以下、「駆虫剤経口組成物」と略称する場合がある。)に関するものであり、同実施形態に関連する他の実施形態は、フグ目フグ科に属する魚類の体内に寄生したEnteromyxum leei及びSphaerospora fuguの一方又は双方を駆除(駆虫)する方法(以下、「駆虫方法」と略称する場合がある。)に関するものである。駆虫剤経口組成物及び駆虫方法における有効成分、投与量及び投与間隔は両者に共通するため、以下、駆虫剤経口組成物及び駆虫方法について特に区別せずまとめて説明する。
【0031】
駆虫剤経口組成物は、サリノマイシン、医薬として許容されるその塩及びそれらの混合物のいずれかのみを有効成分として含み、フグ目フグ科に属する魚類の体内に寄生したEnteromyxum leei及びSphaerospora fuguの一方又は双方を駆除するための経口組成物である。なお、「経口組成物」とは、経口投与のための組成物をいい、「サリノマイシン、医薬として許容されるその塩及びそれらの混合物のいずれかのみを有効成分として含み」とは、フグ目フグ科に属する魚類の体内に寄生したEnteromyxum leei及びSphaerospora fuguの一方又は双方を駆除するための有効成分として、サリノマイシン、医薬として許容されるその塩及びそれらの混合物のいずれかのみを含むことを意味し、他の効能を有する医薬組成物又は他の有効成分との併用又は同時投与を排除するものではない。
【0032】
サリノマイシンは、抗菌性及びコクシジウム抑制性を有するイオノフォア治療薬として知られており、IUPAC名は、(2R)-2-[(5S,6R)-6-[(1S,2S,3S,5R)-5-[(2S,5R,7S,9S,10S,12R,15R)-2-[(2R,5R,6S)-5-エチル-5-ヒドロキシ-6-メチル-2-テトラヒドロピラニル]-15-ヒドロキシ-2,10,12-トリメチル-1,6,8-トリオキサジスピロ[4.1.5.3]ペンタデカ-13-エン-9-イル]-2-ヒドロキシ-1,3-ジメチル-4-オキソヘプチル]-5-メチル-2-テトラヒドロピラニル]ブタン酸、CAS番号は、53003-10-4で表される化合物である。
【0033】
サリノマイシンはカルボキシル基を有するが、カルボキシル基の全部又は一部が、医薬として許容される塩を形成していてもよい。サリノマイシンのカルボキシル基と、医薬として許容される塩を形成する対イオン(陽イオン)としては、少なくとも投与量のフグ科フグ属に属する魚類に対し、毒性等の有害な作用を示さず、水不溶性等の医薬用途に適しない性質を示さず、所望の薬理作用を有する限りにおいて任意のものであってよいが、具体例としては、ナトリウムイオン、カリウムイオン等のアルカリ金属イオン、マグネシウム塩、カルシウム塩等のアルカリ土類金属塩、アンモニウム塩等が挙げられる。
【0034】
先述のとおり、薬剤による粘液胞子虫の駆除に関しては、ヨーロッパヘダイ及び水族館で飼育されている複数魚種に対し、粘液胞子虫の一種であるEnteromyxum leeiの駆虫薬として、サリノマイシンナトリウム及びアンプロリウムからなる合剤の使用(それぞれ、魚体重1kgあたり70mg、及び100mg)が報告されているが、サリノマイシン単独で少量投与された例は報告されておらず、フグ目フグ科に属する魚類への投与例についても同様である。
【0035】
駆虫剤経口組成物の投与の対象となる魚類は、フグ目(Tetraodontiformes)フグ科(Tetraodontidae)に属する任意の魚類(以下、「フグ科魚類」と略称する場合がある。)である。好ましくは、駆虫剤経口組成物の投与の対象となるフグ目フグ科に属する魚類は、養殖の対象となっており、Enteromyxum leei又はSphaerospora fuguの感染によりやせ病を発症する魚類である。具体例としては、サバフグ属(Lagocephalus)に属する魚類(シロサバフグ、クロサバフグ、カナフグ等)、トラフグ属(Takifugu)に属する魚類(トラフグ、カラス、アカメフグ、サンサイフグ、クサフグ、メフグ、ヒガンフグ、コモンフグ、マフグ、ショウサイフグ、ゴマフグ等)、ヨリトフグ属(Spheoeroides)に属する魚類(ヨリトフグ等)が挙げられる。
【0036】
駆虫剤経口組成物による駆除の対象となる粘液胞子虫は、フグ科魚類のやせ病の原因病原体であるEnteromyxum leei及びSphaerospora fuguである。
【0037】
駆虫剤経口組成物は、上述の有効成分(サリノマイシン、医薬として許容されるその塩、又はそれらの混合物)を経口投与に用いられる任意の担体と混合することにより製造される。有効成分は、固体のまま担体と混合してもよく、所定の濃度の水溶液等の溶液の形態で担体と混合してもよい。担体は、フグ科魚類が経口摂取可能であり、毒性等の有害性を有しないものであれば、任意の担体を使用することができるが、担体として最も好ましいのは養魚用飼料である。飼料の形態は、フグ科魚類の養殖に通常用いられるものであれば特に制限はなく、具体例として、例えば、タンパク質源として魚粉、又はその一部を、脱皮大豆粕、コーングルテンミール、菜種油滓、綿実粕、ヒマワリ粕等の植物性タンパク質含有材料で置換したものに、馬鈴薯デンプン、フィードオイル、無機化合物、ビタミン混合物、α化馬鈴薯デンプン(例えば2~4重量%程度)、デキストリン等のその他の栄養源を配合した配合飼料が挙げられる。飼料の形態も、フグ科魚類の養殖に使用されるものであれば特に制限はなく、例えば、ペレット、クランブル等のフグ科フグ目に属する魚類が摂取しやすいものが好ましく用いられる。
【0038】
駆虫剤経口組成物に含まれる上述の有効成分の1日あたり投与量は、魚体重1kgあたり0.5~10mg、好ましくは1~10mgである。有効成分の1日あたり投与量が魚体重1kgあたり0.5mgを下回ると、十分な駆虫効果を達成することができず、有効成分の1日あたり投与量が魚体重1kgあたり10mgを超えると、摂餌率の低下を招くおそれがある。駆虫剤経口組成物の担体として養魚用飼料を用いる場合、例えば、1日当たりの飼料の消費量から、フグ科魚類1尾が1日に摂取する飼料の量(以下、「1尾・1日当たり摂取量」という。)を算出し、或いは養殖されているフグ科魚類の平均体重に基づいて1尾・1日当たり摂取量の推定値を求め、1尾・1日当たり摂取量の飼料に対し、上述の投与量の有効成分を添加する。なお、フグ科魚類の平均体重は、養殖されているフグ科魚類の全部又は一部の体重の測定値の平均値を用いてもよく、養殖日数又は魚齢に基づく推定値を用いてもよい。
【0039】
駆虫剤経口組成物の投与間隔は、12時間以上72日以下である。投与間隔が12時間を下回ると、駆虫効果が飽和し費用対効果が低下し、投与間隔が72日を超えると、十分な駆虫効果が得られなくなる。駆虫剤経口組成物の担体として飼料を用いる場合、上述の範囲内で投与間隔を給餌間隔と一致させることが好ましい。具体的には、1日当たりの投与回数が1回を超えず、且つ1週間あたり4回以上7回以下の投与回数で、駆虫剤経口組成物をフグ科魚類に経口投与する。具体例としては、週に4~7回(週5回の場合、例えば、休日を除く月曜日から金曜日。)、1日1回の決まった時間の給餌の際に、上述の有効成分を添加した飼料(駆虫剤経口組成物)を経口投与することが挙げられる。
【0040】
<フグ科魚類用やせ病予防剤経口組成物及びそれを用いたやせ病の予防方法>
本発明の他の実施形態は、サリノマイシン、医薬として許容されるその塩及びそれらの混合物のいずれかのみを有効成分として含み、フグ目フグ科に属する魚類の体内へのEnteromyxum leei及びSphaerospora fuguの一方又は双方の寄生を予防するためのフグ科魚類用やせ病予防剤組成物(以下、「やせ病予防剤経口組成物」と略称する場合がある。)に関するものであり、同実施形態に関連する更に他の実施形態は、フグ目フグ科に属する魚類の体内へのEnteromyxum leei及びSphaerospora fuguの一方又は双方の寄生を予防する方法(以下、「やせ病予防方法」と略称する場合がある。)に関するものである。やせ病予防剤経口組成物及びやせ病予防方法における有効成分、投与量及び投与間隔は両者に共通するため、以下、やせ病予防剤経口組成物及びやせ病予防方法について特に区別せずまとめて説明する。
【0041】
やせ病予防剤経口組成物の有効成分、投与対象となる魚種、感染予防対象となる粘液胞子虫、経口組成物の形態については、駆虫剤経口組成物の場合と同様であるため、詳細な説明を省略する。また、やせ病予防剤経口組成物の投与量及び投与間隔についても、有効成分の1日あたり投与量の上限値が、魚体重1kgあたり5mgである点を除くと、駆虫剤経口組成物と同様であるため、詳細な説明を省略する。
【実施例
【0042】
実施例1:サリノマイシンナトリウムによる駆虫試験
やせ病を発症したトラフグの当歳魚を約5000尾ずつの2群(投与群及び対照群)に分け、対照群にはサリノマイシンナトリウムを含まない飼料を、投与群にはサリノマイシンナトリウム(米ぬか油かす、炭酸カルシウム、流動パラフィンとの混合粉末。サリノマイシンナトリウムの含有量:10重量%)を、1日の摂食量に相当する重量に対し3~5mg/BW(魚体重1kgあたり3~5mg)の割合で添加した飼料(駆虫剤経口組成物)を、5回/週の間隔で(月曜日から金曜日まで、1日1回決まった時間に)給餌(経口投与)した。試験開始から3週間後及び12週間後に、投与群及び対照群より10尾ずつをサンプリングし、各群の平均魚体重及び採取した腸管内溶液の顕微鏡下での目視検査により決定される寄生スコア(下記の表1参照)の平均値を決定し、両群の結果の比較を行った。結果を、下記の表2に示す。なお、表2において「*」はp<0.01、「**」はp<0.001、「***」はp<0.0001であることを示す。
【0043】
【表1】
【0044】
【表2】
【0045】
上記の結果より、試験開始後3週間後には、投与群における寄生スコアについて、対照群のそれに対し有意な改善が認められた。試験開始後12週間経過後も、投与群における寄生スコアの有意な改善効果は維持されており、投与群における平均魚体重についても、対照群に対し有意な増加が認められた。これらの結果から、投与群において、低用量(1日当たり3~5mg/BW)のサリノマイシンナトリウムの単独での投与により、3週間経過後にはやせ病の原因病原体である粘液胞子虫の駆虫により寄生スコアが低下し、腸粘膜の状態が改善することにより栄養状態が改善され、対照群よりも魚体重が有意に増加することが確認された。
【0046】
実施例2:サリノマイシンナトリウムによるやせ病の予防試験
健康なトラフグの当歳魚を約5000尾ずつの2群(投与群及び対照群)に分け、対照群にはサリノマイシンナトリウムを含まない飼料を、投与群にはサリノマイシンナトリウム(米ぬか油かす、炭酸カルシウム、流動パラフィンとの混合粉末。サリノマイシンナトリウムの含有量:10重量%)を、1日の摂食量に相当する重量に対し3mg/BW(魚体重1kgあたり3~5mg)の割合で添加した飼料(やせ病予防剤経口組成物)を、5回/週の間隔で(月曜日から金曜日まで、1日1回決まった時間に)給餌(経口投与)した。試験開始から1月後、2月後、3月後、4月後、5月後及び6月後に、投与群及び対照群より10尾ずつをサンプリングし、投与群の平均魚体重及び採取した腸管内溶液の顕微鏡下での目視検査により決定される寄生スコア(上記の表1参照)の平均値を決定した。結果を、下記の表3に示す。
【0047】
【表3】
【0048】
上記の結果より、低用量のサリノマイシンナトリウム(1日当たり3mg/BW)の投与により、やせ病を発症していない健康なトラフグと同程度の魚体重の増加及び低い寄生スコア(0~0.2)が、6月に亘り維持されることが確認された。なお、対照群における寄生スコアの平均値は、試験開始後6月経過時において2.8であった、これらの結果より、投与群において、対照群に対しやせ病の発生(寄生スコアの増加)が顕著に抑制されていることが確認された。