(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-24
(45)【発行日】2024-08-01
(54)【発明の名称】ダイヤモンド製品の形成方法
(51)【国際特許分類】
H01L 21/3063 20060101AFI20240725BHJP
C25F 3/02 20060101ALI20240725BHJP
C25F 3/30 20060101ALI20240725BHJP
【FI】
H01L21/306 L
C25F3/02 B
C25F3/30
(21)【出願番号】P 2022579148
(86)(22)【出願日】2021-03-04
(86)【国際出願番号】 EP2021055513
(87)【国際公開番号】W WO2021176015
(87)【国際公開日】2021-09-10
【審査請求日】2022-09-06
(32)【優先日】2020-03-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】GB
(73)【特許権者】
【識別番号】514233369
【氏名又は名称】エレメント シックス テクノロジーズ リミテッド
(73)【特許権者】
【識別番号】522354263
【氏名又は名称】ユニヴァーシティー オブ ウォーリック
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100103610
【氏名又は名称】▲吉▼田 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100109070
【氏名又は名称】須田 洋之
(74)【代理人】
【識別番号】100119013
【氏名又は名称】山崎 一夫
(74)【代理人】
【識別番号】100123777
【氏名又は名称】市川 さつき
(74)【代理人】
【識別番号】100111796
【氏名又は名称】服部 博信
(74)【代理人】
【識別番号】100123766
【氏名又は名称】松田 七重
(72)【発明者】
【氏名】タリー ジョシュア ジェイムズ
(72)【発明者】
【氏名】コブ サムエル ジェイムズ
(72)【発明者】
【氏名】マクファーソン ジュリー ヴィクトリア
(72)【発明者】
【氏名】ニュートン マーク エドワード
(72)【発明者】
【氏名】マーカム マシュー リー
【審査官】河合 俊英
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-159513(JP,A)
【文献】特開2011-195411(JP,A)
【文献】国際公開第2008/029736(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 21/3063
C25F 3/02
C25F 3/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイヤモンド製品を形成する方法であって:
ダイヤモンド材料を供給すること;
sp
2結合炭素を含む損傷層を形成することであって、前記損傷層の存在が、上方にあり前記損傷層と接触している第1のダイヤモンド層と、下方にあり前記損傷層と接触している第2のダイヤモンド層とを画定する損傷層を形成すること;並びに
前記損傷層を電気化学的にエッチングし、そこから前記第1のダイヤモンド層を分離することであって、イオンを含有する溶液中で前記電気化学エッチングを実施し、前記溶液の導電率が少なくとも500μS cm
-1であり、電解中に前記イオンがラジカル種を形成できるエッチングを行うこと
を含む方法。
【請求項2】
前記イオンが、過硫酸イオン、硫酸イオン、シュウ酸イオン、塩素イオン、炭酸イオン、及び金属イオンのいずれかから選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記エッチングが、少なくとも2mm
2 hr
-1、少なくとも5mm
2 hr
-1、少なくとも10mm
2 hr
-1、20mm
2 hr
-1、30mm
2 hr
-1、及び少なくとも40mm
2 hr
-1のいずれかから選択されるエッチング速度で行われる、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記ダイヤモンド材料の撮像
すること及び前記ダイヤモンド材料の経時的な材料損失を監視すること
を可能にするように、電気化学セル内で、前記損傷層を有する前記ダイヤモンド材料と電極とを並べることによってエッチング速度を測定する、請求項1~3のうちいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記電気化学エッチングを、少なくともアノード、カソード、及び電解質を含む電気化学セル内で実施し、且つ前記イオンが前記電解質中に存在する、請求項1~4のうちいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記イオンが、前記電気化学エッチング中に、0.01Mから、前記電解質中の前記イオンの溶解度上限までの濃度で存在する、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記電気化学エッチングを、少なくとも50℃、少なくとも70℃、及び少なくとも90℃のいずれかから選択される温度で実施する、請求項1~6のうちいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記ダイヤモンド材料がドープされている、請求項1~7のうちいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記ダイヤモンド材料が、窒素、ホウ素、リン、及びケイ素のうちいずれかを用いてドープされている、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記損傷層が黒鉛材料を含む、請求項1~9のうちいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
イオン注入工程による前記損傷層の形成を更に含む、請求項1~10のうちいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
前記損傷層を電気化学的にエッチングするステップの前に、前記ダイヤモンド材料の表面に支持構造を取り付けることを更に含み、前記支持構造、及び前記支持構造を取り付ける手段が、前記電気化学エッチングが行われる溶液に対して実質的に不活性である材料で形成されている、請求項1~11のうちいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダイヤモンド製品、特に、薄いダイヤモンド材料及び/又は膜を形成する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
薄い(サブミクロン)ダイヤモンド膜は、新たな光及び量子エレクトロニクス装置に応用されているが、従来手段によるこうした薄膜の製造は非常に難しい。
市販のダイヤモンドプレートの厚さは、現在約5μmから数mmの厚さである。この厚さを実現するために、こうしたプレートはダイヤモンド研磨材を用いて機械的に研磨される。ダイヤモンドは硬いため、下限値よりも薄く研磨することは極めて困難であり、実現可能な厚さであっても、ダイヤモンドはくさび形で、試料の部分ごとに厚さが異なる。試料にこうした起伏や不均一性があるため、膜を薄くするには限度があり、結局は望ましい平均膜厚よりも厚くなり、量子応用への使用が限定される。
加えて、ダイヤモンドは非常に硬いため、研磨材による研磨によって表面下損傷が生じることが多く、量子応用のために材料を用意する場合には、更なる処理工程が必要となる。これはバルクダイヤモンドでは大きな問題ではないかもしれないが、フォトニクス用途などの薄膜では、ダイヤモンドの強度と光学的透明度の両方を低下させるため極めて望ましくない。この損傷は化学援用研磨などの他の方法を用いて軽減できるものの、完全に防ぐことはできない。
所望のサブミクロン厚を得るのに用いられる技術の1つに反応性イオンエッチング(RIE)がある。RIEは、化学反応性の高いプラズマを用いて、ダイヤモンドの表面から材料を除去するドライエッチング技術である。しかしながらRIEは処理速度が遅く、通常、1時間でエッチングできるのが数十nmである。そのため、すでにミクロン単位の厚さの試料にしか適していない。RIEは基本的に等方性であり、最終的な形状は開始面によって決まる。故に、研磨されたくさび形のダイヤモンドにRIEを適用すると、表面は薄くなるが、厚さのばらつきは解消されない。
【0003】
Parikhらによる研究(Appl.Phys.Lett.1992,61(26),3124-3126)は、イオン注入とエッチング(ウェット又はドライのいずれか)の組み合わせを用いて、薄く均一なダイヤモンド膜を製造できることを示している。この手法では、ダイヤモンドにイオン注入を行い、使用するエネルギーに応じた深さの、イオンが静止する損傷層をダイヤモンド内に形成する。このイオン注入の後、950℃で30分間アニールを行うと、このエンドオブレンジ損傷層がグラファイト状になる。続いて、高温のクロム酸-硫酸からなるウェットエッチング、又は酸素下で550℃のアニールを行うドライエッチングのいずれかを用いてこのグラファイト層を除去することができる。いずれの除去法でも、グラファイト層の上にあるダイヤモンドの薄層が外れる。この技術の主な利点は、イオン注入工程で、表面下方の制御された一定距離に、エッチング可能な層を形成することで、基板の2つの面が平行に研磨されていなくても、均一な厚さの膜を確保できることである。より厚い、又はより高品質のダイヤモンド層が必要な場合は、基板上にダイヤモンド層を更に成長させた後で、電気化学エッチングとリフトオフを行うことができる。続いて、必要に応じて元の基板からダイヤモンドをRIEで除去することで、高品質の過成長材料のみを残すことができる。
【0004】
Marchywkaら(Appl.Phys.Lett.63,3521(1993))は、化学エッチングの代わりに電気化学エッチングを用いて同様の膜を得て、グラファイト層を除去できることを示している。この例では、2cmの間隔を空けた白金電極間に試料を置き、200Vの印加バイアスで100mAの電流しか流れないよう十分なクロム酸を加えた深さ1cmの蒸留水に浸漬した。次いで、膜が完全に分離されるまでこの電圧を印加した。しかしながら、この条件ではエッチング速度が極めて遅く、3×3mmの膜の分離に10時間かかった。このことから、材料除去面積を表すエッチング速度は概算で0.9mm2 hr-1となる。
同じ著者らによる研究(J.Electrochem.Soc.,140,2,(1993))では、真の双極配置で高抵抗性媒体を使用すると、電流の大部分が、ダイヤモンド内に注入されたグラファイト層を通って流れ、それによりエッチング速度が上がるとされ、特に高抵抗性媒体の使用が提唱されている。
更に最近の研究でParikhら(Nanoscale,2016,8,6860)は、1MeVヘリウムを注入した後、1300℃でアニールした。著者らは、脱イオン水と等しく混合した飽和ホウ酸の溶液を使用した場合、電気化学エッチング速度が0.25mm2 hr-1であったと報告した。電解質としてホウ酸を選択したことに関する説明はほぼない。ダイヤモンド試料の調製の項で詳細に説明するように、3.5×3.5mmのHPHT基板に2MeV炭素を注入してこの実験を再現したところ、エッチング速度がわずかに速くなった(0.8±0.04mm2 hr-1)。
【0005】
薄膜の製造に加え、注入の後にリフトオフ技術を用いるこのような工程は、多くのダイヤモンド加工手順に応用されている。例えば、従来の手法では製造が困難な構造のダイヤモンドが必要となる、マイクロスケールの浮遊単結晶デバイスの製造などである。このような工程は、ホモエピタキシャルCVDダイヤモンドを成長基板から分離する際にも有用である。特に、高品質の単結晶ダイヤモンドの成長には、成長の種となる高品質のダイヤモンド基板の使用が必要となる。しかしながら、ダイヤモンドが硬いため、この基板を取り外すのが難しく、材料の損失が生じる。この問題を軽減する有望な方法に、注入後にダイヤモンドを基板から取り外すリフトオフ技術の利用がある。
注入及びリフトオフ技術は様々な用途で研究されているが、エッチング工程については殆ど理解されていない。文献では、ホウ酸、クロム酸、及び水道水など少数のエッチング溶液や電解質が使用されており、これら全ての研究に共通するのは、エッチング速度が非常に遅いということである。米国特許第5891575号明細書にも数多くのエッチング溶液が記載されているが、これらは50~300Vの印加電位で1~100nA cm-2の電流が流れる状況で使用するよう強調されており、導電率が非常に低い溶液であることを示唆している。
そのため、エッチング速度が向上し、分離時間が短縮されるような、改良された工程が必要とされている。
【発明の概要】
【0006】
光学機器や電子機器での使用に適した厚みを持つ薄いダイヤモンド層を製造するための改良された工程が必要であることは明らかである。
【0007】
こうした背景から、第1の態様に従って、
ダイヤモンド材料を供給すること;
sp2結合炭素を含む損傷層を形成することであって、損傷層の存在が、上方にあり損傷層と接触している第1のダイヤモンド層と、下方にあり損傷層と接触している第2のダイヤモンド層とを画定する損傷層を形成すること;並びに
損傷層を電気化学的にエッチングし、そこから第1のダイヤモンド層を分離することであって、イオンを含有する溶液中で電気化学エッチングを実施し、溶液の導電率が少なくとも500μS cm-1であり、電解中にイオンがラジカル種を形成できるエッチングを行うこと
を含むダイヤモンド製品の形成方法が提供される。
より具体的には、驚くことに発明者らは、損傷層を電気化学的にエッチングするステップにおけるエッチング液の選択及び濃度、特に、溶液の適度に高い導電率(例えば500μS cm-1超)及び適切な化学特性が、速いエッチング速度を実現する上で極めて重要であることを見出した。これは、高抵抗性媒体のみを提唱し、使用する化学物質を検討していない先行研究(J.Electrochem.Soc.,140,2,(1993))とは異なるものである。これの重要な側面は、印加された電位においてイオンがラジカル種を形成する能力であり、より多くの、又はより高度な酸化ラジカルを生成するエッチング液であれば、エッチング速度が上昇する。
これはまた、溶液が脱イオン水の導電率(0.5μS cm)を有する、すなわち溶液の抵抗性が高い条件を説明する米国特許第5891575号明細書の教示とは正反対である。この導電率に合わせるには、米国特許第5891575号明細書で提案されているように、H2SO4の希釈溶液を用いて、約100nMの濃度で溶液を調製する必要がある。
正しいイオンを選択すると、既知の電気化学エッチング工程と比較して、エッチング速度が有意に上昇する。具体的には、本発明者らは、公表されている方法で達成できる速度よりも1桁以上速いバルクエッチング得度を観察した。これは、製造時間を大幅に短縮し、ひいてはコストを大幅に削減するため有利である。
【0008】
本明細書で使用する用語「損傷層」は、周囲のダイヤモンド材料の結晶構造とは異なる結晶構造を有する炭素の層を指す。用語「層」は、ダイヤモンド材料内に分離した領域を形成することに対し、実質的にダイヤモンドの1つの面から別の面まで延在する領域を画定するのに使用する。ただし、層にわずかな不連続性が存在し得ること、及び/又は損傷層はダイヤモンド材料の前記面において完全には露出していない可能性があることは理解されよう。しかしながら、電気化学エッチングの効果を発揮するには、活性なエッチング液種が損傷層に到達する必要がある。損傷層は、ダイヤモンドのsp3結合炭素構造に対し、主にsp2結合炭素の層である。
損傷層の存在は、ダイヤモンド材料内に2つの異なる領域、すなわち、上方にあり損傷層と接触している第1のダイヤモンド層と、下方にあり損傷層と接触している結晶ダイヤモンド層とが存在することを意味する。
【0009】
ステップ(a)で供給されるダイヤモンド材料の寸法に制限はない。通常、ダイヤモンド材料の厚さは、約10~約1000μmの範囲、好ましくは100~500μmの範囲である。
ステップ(a)で供給されるダイヤモンド材料は、化学蒸着(CVD)法又は高圧高温(HPHT)法で製造されていてよい。HPHTダイヤモンド材料でのバルクエッチング速度は、構造欠陥密度が低いためか、一般にCVDダイヤモンド材料よりも速い。
電気化学エッチングステップの前に、ダイヤモンド材料をアニールして損傷領域をsp2結合炭素の連続層に変換するステップを実施してもよい。
供給されるダイヤモンド材料はドープされていてもいなくてもよい。ドープされている場合、ドーパント原子はn型又はp型半導体を作製し得る。p型ドーピングは、例えばホウ素原子を用いて材料を注入することによって実現し得る。n型ドーピングは、例えば窒素原子、リン原子、又はリチウム原子を用いて材料を注入することによって実現し得る。ドーピングはイオン注入によって実現でき、当業者は好適な技術に精通しているであろう。
供給されるダイヤモンド材料は、単結晶又は多結晶であり得る。更に、供給されるダイヤモンド材料は、HPHT又はCVDダイヤモンド材料であり得る。
ダイヤモンド材料の寸法に制限はなく、ダイヤモンド製品の最終用途によって異なる。単結晶ダイヤモンドの好適な寸法の例は、最大線寸法が少なくとも6mm、少なくとも8mm、少なくとも10mm、少なくとも15mm、及び少なくとも20mmである。
任意で、供給されるダイヤモンド材料は研磨されていてよく、特に、損傷層を形成する前に機械的に研磨されていてよい。研磨ステップが含まれる場合、好ましくは、イオンが通過するダイヤモンド材料の表面が、100nm未満、50nm未満、20nm、及び10nm未満から選択されるRa粗さまで研磨されている。
【0010】
損傷層はイオン注入によって形成し得る。イオン注入時に、ダイヤモンド材料表面下方に注入層が形成される。当業者はイオン注入技術に精通しているであろう。具体的には、イオン注入は高速イオンビームを用いて実施し得る。イオンビームは気体プラズマから生成され、イオンと電子の混合物を含む。イオンは、小さな電界によって混合物から分離した後に加速させ、より強い電界及び/又は磁界を用いてダイヤモンド材料に向けることができる。強い磁界を用いると、注入に単一のイオン種を選択することが可能となる。好適なイオンの例に、ヘリウム、炭素、窒素、及びホウ素があるがこれらに限定されない。
ダイヤモンド材料内に形成される注入層の深さは、使用するイオンビームのエネルギーによって異なる。通常、好適なイオンビームの運動エネルギーは1×104~約1×107eVの範囲であり、この場合、注入層は約10nm~約5μmの深さに形成される。注入層の深さは、SRIM(Stopping Range of Ions in Matter)シミュレーションを用いて算出できる(Ziegler,J.F.et al.,SRIM-The Stopping and Range of Ions in Matter(2010).Nucl.Instruments Methods Phys.Res.Sect.B Beam Interact.with Mater.Atoms 2010,268(11-12),1818-1823)。イオンの最小線量は約1015イオン/cm2であり、通常、約1016~約1020イオン/cm2の範囲である。イオン注入ステップの時間は、通常、1分間~5時間の範囲、より一般的には、必要な線量に応じて2~10分間の範囲である。イオンの電流及びステップの時間によって、注入されるイオンの量が決まる。イオン注入ステップは、通常、真空下で実施する。イオン注入は、普通は-200℃から室温の間の温度で実施するが、それより高い温度でも可能である。
イオン注入ステップによって、ダイヤモンド材料表面下方に損傷層が形成される。損傷層の厚さは、通常、10~1000nmの範囲、好ましくは20~500nmの範囲である。損傷層の厚さは、イオンビームのエネルギー、イオン電流、及び/又はイオン注入ステップの時間を調整することによって制御できる。
上述のように、損傷層は、周囲のダイヤモンド材料の結晶構造とは異なる結晶構造を有する炭素材料の層である。しかしながら、注入ステップ中に使用するイオンに応じて、他の原子を少量含んでもよい。損傷層に存在し得る他の原子の例に、ヘリウム、ホウ素、窒素、及び水素がある。
【0011】
イオン注入ステップ後にダイヤモンド材料をアニールしてよい。ダイヤモンド材料に注入されたイオンのアニーリングには、損傷領域をsp2結合炭素層に変換する効果がある。
アニーリングステップは、500~1500℃の範囲、好ましくは1000~1400℃の範囲の温度で実施し得る。アニーリングステップの時間は、0.5~16時間の範囲であり得る。アニーリングは、アルゴン若しくは窒素などの不活性雰囲気中、又は真空下で、例えば約1Pa未満の圧力で実施する。
アニーリングステップ後に得られる生成物は、sp2結合炭素を含む損傷層を有するダイヤモンド材料であり、損傷層の存在が、上方にあり損傷層と接触している第1のダイヤモンド層と、下方にあり損傷層と接触している第2のダイヤモンド層とを画定する。
任意で、イオン注入ステップ後に、化学蒸着(CVD)法によって、イオンを注入したダイヤモンド材料表面の上にダイヤモンドの層を成長させることを含む追加ステップを含んでよい。成長させる層(以下「過成長層」という)の厚さは、本発明の方法によって作製するダイヤモンド層の最終使用目的によって異なる。本発明の方法によって作製するダイヤモンド層が光学用途で使用するものである場合、好ましくは、過成長層の厚さは数nm~約10mmの範囲である。本発明の方法によって作製するダイヤモンド層が電子機器で使用するものである場合、好ましくは、過成長層の厚さは約1nm~約100μmの範囲である。
ダイヤモンドを蒸着させるCVD法は現在確立されており、特許及び他の文献で広範囲に説明されている。一般にこの方法は、解離してプラズマを形成する際に、ラジカルなどの反応性ガス種やその他の反応種をもたらすことができる原料ガスを提供することを含む。原料ガスは、マイクロ波、RFエネルギー、炎、高温フィラメント、又はジェットベースの技術などのエネルギー源によって解離して反応性ガス種を生成し、これが基板上に蒸着してダイヤモンドを形成する。
この追加ステップを含む場合、ダイヤモンド材料中に作製される第1のダイヤモンド層は、損傷層の上方にあるダイヤモンド材料部分と、過成長ダイヤモンド層の両方を含む。
【0012】
電気化学エッチングの前に、損傷層を有するダイヤモンド材料を浄化してよい。例示的な浄化ステップは、硝酸カリウムで飽和させて200℃に加熱した濃硫酸の混合液中で約30分間行う。このステップに続いて、硫酸中で2~30分間煮沸した後、超純水で洗浄してよい。
上述の通り、電気化学エッチングステップは、ダイヤモンド材料中の損傷層をアニールすることによって形成される層のsp2結合炭素を選択的にエッチングするエッチング液種を電解によって生成するイオンの存在下で実施する。好適なイオンの例は、過硫酸イオン、硫酸イオン、シュウ酸イオン、塩素イオン、炭酸イオン、及び金属イオンのいずれかである。任意選択として、イオンは電気化学エッチング中に、0.01Mから、電解質中のイオンの溶解度上限までの濃度で存在し得る。
イオン含有溶液の導電率は、任意で、少なくとも500μS cm-1である。
電気化学エッチングは、少なくともアノード、カソード、及び電解質を含む電気化学セル内で実施する。上述のイオンは、電解質中の溶液中に存在する。
これまで、電気化学エッチング工程で考慮すべき重要事項は、電気化学セル内に存在する電解質の抵抗率であると考えられてきた。しかし本発明者らは、そうではないことを初めて明らかにした。より具体的には、以下の実施例に示すように、本発明者らは、電解質として数種類の塩溶液の存在下で、且つ以前に公表されたものよりも全て高い導電率でエッチングステップを実施して調べた。試験した溶液は全てエッチング液として機能したが、驚くことに(同等の導電率で)特定の溶液は他の溶液よりも有意に良好な性能を示した。つまり本発明者らは、公表されたデータに反して低い抵抗率が好ましいことを見出しただけでなく、イオンの選択、特に、電気化学的にラジカルを生成できるイオンの選択が重要であることも示したのだ。硝酸カリウムを除く全ての電解質(K2CO3、KCl、K2C2O4、及びK2SO4)で、公表されている工程よりもエッチング速度が向上した。このようなイオンは、単にエッチング液の導電性を高める以上の方法でエッチング工程に寄与している。
試験した全ての溶液中で最も速かったものに硫酸イオンがあった。硫酸イオンの供給源に特に制限はなく、好適な例に、硫酸カリウム(K2SO4)、及びNa2SO4などの水溶性硫酸塩がある。
電気化学エッチングステップで使用する電気化学セルの性質に制限はなく、当業者は好適な電気化学セルに精通しているであろう。アノード及びカソードは、任意の導電性材料から形成し得る。好ましくは、アノー及びカソードは同じ導電性材料から形成されている。好ましい導電性材料に、炭素、及び白金などの貴金属がある。好ましくは、アノード及びカソードは白金から形成されている。アノード及びカソードは、液体電解質中で互いに離間して配置されてる。続いて、2つの電極間に電圧を印加し、電解質中に電界を発生させる。印加電圧は、通常、10~300Vの範囲である。
【0013】
使用する電解質は、イオン源を溶解できるものであれば何でもよい。例として、希硫酸及び蒸留水などがある。硫酸イオン含有溶液の場合、好ましくは、電解質は酸性である。この点に関して本発明者らは、驚くことに、電解質がプロトン(H+イオン)源を含む場合、バルクエッチング速度が更に上昇することを見出した。理論に縛られることを望むものではないが、H+イオンは、硫酸イオンが溶媒と相互作用して、エッチング工程において同じく活性であるOHラジカルを生成する速度を上昇させると考えられる。従って、有利にはステップ(b)も、酸性pH、即ち約7未満のpH、好ましくは約3未満のpHで実施する。酸性pH値で観察されるその他の利点を考慮すると、電解質は希硫酸(H2SO4)を含み、それにより酸性pHを確保しながらも、存在する硫酸イオンの濃度も最大化することが特に好ましい。これには、硫酸は純粋な状態では水と完全に混和する液体であり、沸点が高いため蒸発が限定的で、且つ溶液が蒸発しても電解質に塩が残留しないという更なる利点もある。
損傷層を含むダイヤモンド材料は、電解質中のアノードとカソードの間に非接触で配置される。好ましくは、損傷層が露出している面(又はその表面に最も近い面)が電極とほぼ平行になるように配置する。sp2結合炭素層は、電解質中に活性イオンが存在する結果として生成される活性エッチング液種が通過する「チャネル」を形成し、その際にsp2結合炭素層を、CO2及びCH4などの小さな炭素含有分子に変換する。非ダイヤモンド炭素を除去することで、第1のダイヤモンド層が損傷層から分離し、その結果、上述のダイヤモンド製品が得られる。
【0014】
損傷層のバルクエッチング速度は透過型顕微鏡イメージングを用いて測定できる。例えばUSBデジタル顕微鏡(Veho Discovery VMS-001、倍率20~90倍)を使用して、タイムラプス画像で電気化学エッチングステップの進行を撮影し得る。そのようなタイムラプス画像の例を
図1に示す。このタイムラプスデータは、後でMATLABスクリプトを用いて解析できる。具体的には、最初の画像で関心領域を画定し、スクリプトのRGB値と一致する明るいエッチング領域に対応するその領域の割合を計算する。続いてこの割合を、エッチングした面積に変換し、これを時間の関数としてプロットして、エッチングプロファイルを作成することができる。この技術を用いて、通常1~10秒の時間分解能でエッチングプロファイルを作成し、これを使って、エッチングの進行と速度を正確に追跡することができる。
エッチングプロファイルは通常S字状であり、これは、
図2に示すように3つの異なるセクションに分けることができる:i)エッチングが殆ど行われていない導入領域;ii)エッチングの速度が最高になり、材料の大部分が除去されるバルクエッチング領域;並びにiii)残存材料の量がわずかであるため速度が低下し、最終的にエッチング量が無視できる限界に達する容量上限。大抵の場合、この限界では材料が残っておらず、sp
2結合炭素材料が残っていない(又は無視できる量である)ため、最終的にエッチング速度が遅くなりゼロに至る。バルクエッチング速度を計算するために、バルクエッチング領域ii)が線形であると仮定し、バルクエッチング速度をこの領域の勾配として決定する。
本発明の方法を用いて、2~40mm
2 hr
-1の範囲のバルクエッチング速度が観察された。
【0015】
最終用途によっては、第1のダイヤモンド層は非常に薄く、扱いがかなり難しい場合がある。しかしながら、当業者はそのような薄い材料を取り扱う技術に精通しているであろう。例えば、蒸留水中で第1のダイヤモンド層を第2ダイヤモンド層から離して浮かせる手法がある。続いて、第1のダイヤモンド層を別の基板上に浮かせ、膜の下の水をティッシュで取り除くことで、新しい基板に半永久的なファンデルワールス結合をもたらすことができる。別の手法では、接着剤(シアノアクリレート系接着剤など)を用いて、予め成長させたダイヤモンドフレームに、第1のダイヤモンド層を接着する。これはステップ(b)の前後いずれでも実施できる。(b)を実施した後、フレームを用いて、損傷の危険性なくダイヤモンド製品を扱うことができる。
ダイヤモンド製品の寸法に制限はない。しかしながら本発明の方法の利点は、電気化学的除去の高速化により、工程が非実用的な遅さになる前に大きなプレートを分離できることである。
更なる態様では、本発明は、本明細書に記載の方法によって得られるダイヤモンド製品を提供する。
更なる態様では、本発明は、本明細書に記載の方法によって得られるダイヤモンド製品の、光学製品における使用を提供する。
更なる態様では、本発明は、本明細書に記載の方法によって得られるダイヤモンド製品の、電子製品における使用を提供する。
更にまた別の態様では、本発明は、本明細書に記載の方法によって得られるダイヤモンド製品の、電気化学製品における使用を提供する。
【0016】
更なる態様では、多結晶ダイヤモンド材料を含むダイヤモンド製品が提供され、ダイヤモンド製品の平均厚さは30μm以下であり、走査型電子顕微鏡イメージングで測定した多結晶ダイヤモンド材料の平均横方向粒径は5μm以下である。この平均厚さと平均横方向粒径との組み合わせは、上記第1の態様に記載の技術によって可能となる。
任意選択として、平均横方向粒径は、10μm超、15μm超、及び20μm超のいずれかから選択される。
更なる態様に従って、平均厚さが50μm以下の単結晶ダイヤモンドプレートと、電解中にラジカルを生成できるイオンに対して実質的に不活性である接着剤で単結晶ダイヤモンドプレートの表面に接着された支持構造とを含む複合体が提供される。接着剤は任意でエポキシを含む。単結晶ダイヤモンドプレートは、任意で、25μm以下、10μm以下、5μm以下、1μm以下のいずれかから選択される平均厚さを有する。
次に、以下の図面及び実施例を参照して本発明を更に詳しく説明するが、これらは決して特許請求の範囲を限定するものではない。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】t=0からt=120分のHPHT単結晶ダイヤモンド材料の電気化学エッチング工程を表した画像である。各画像は、0.3容量%(0.05M)H
2SO
4中でのエッチングを約8分ごとに区切ったものである。
【
図2】K
2SO
4の0.25M溶液中の4.1mm CVD試料におけるin situ透過型顕微鏡イメージングによる例示的なエッチングプロファイルを示す。
【
図3a】ステップ(b)で使用する電気化学セルの概略図で、ダイヤモンド材料及び電極の配置を示す。
【
図3b】ステップ(b)で使用する装置の顕微鏡カメラ、フローシステム、及びバックライトを示す写真である。
【
図3c】エッチング中に顕微鏡カメラで撮影した画像である。
【
図4】実施例1で説明する0.25M支持電解質溶液中の様々なダイヤモンド材料のバルクエッチング速度を比較したグラフである。
【
図5】実施例3で説明する3.5mm CVD単結晶ダイヤモンド材料について、バルクエッチング速度に対する硫酸塩濃度をプロットしたグラフである。
【
図6】K
2SO
4及びH
2SO
4からなり、硫酸塩濃度(concentrate)は一定のままpHを低下させた溶液中の4.1mm CVD単結晶ダイヤモンド材料のバルクエッチング速度を示すグラフである。
【
図7】ホウ素ドープ多結晶ダイヤモンドのエッチングの顕微鏡画像である。各画像は、実施例4で説明するように、t=0から25分ごとにエッチングを区切ったものである。
【
図8】光学等級多結晶ダイヤモンドのエッチングの顕微鏡画像である。各画像は、実施例5で説明するように、t=0から25分ごとにエッチングを区切ったものである。
【
図9】電解後の様々な塩溶液の電子スピン共鳴(EPR)データを示す。
【
図10】ダイヤモンド製品を形成する例示的なステップを示す流れ図である。
【
図11】ダイヤモンド製品を形成する例示的なステップを概略的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
材料と溶液
溶液は全て、25℃で抵抗率が18.2MΩ cmであるMilli-Q水(Millipore Corp.)から調製した。
使用した電解質はDI水中0.25Mの塩を含んでいた。試験した塩は、硝酸カリウム(KNO3、99.97%、Sigma Aldrich、英国)、塩化カリウム(KCl、≧99%、Sigma Aldrich、英国)、硫酸カリウム(K2SO4、純粋、Acros Organics、米国)、炭酸カリウム(K2CO3、ACS試薬、Sigma Aldrich、英国)、及びシュウ酸カリウム(K2C2O4、>98.5%、Sigma Aldrich、英国)であった。
硫酸(H2SO4、>96%、Merck、英国)はDI水中0.3容量%(0.05M)で使用した。
【0019】
ダイヤモンド試料の調製
特に明記しない限り、全試験で、厚さが約500μmのCVD及びHPHT単結晶ダイヤモンドプレート(Element Six Technologies Ltd.、Harwell、英国)をダイヤモンド材料として使用した。各試料の前面はnm程度の粗さまで機械的に研磨し、後面はμm程度の粗さまでラップ仕上げした。次いで、1平方cm当たり2×10
16個の炭素原子(2MeV)を注入し(Ion Beam Centre、University of Surrey、英国)、SRIMシミュレーションによる算出で、表面から約500nm下方にエンドオブレンジ損傷層を形成した。
次いで、注入試料を1300℃で2時間アニールし、イオン注入によって形成した損傷層をsp
2結合炭素層に変換した。
図2に示すデータは、3.5×3.5mmの正方形CVDプレートを用いて収集した。
図4に示すデータは、3.5mm四方及び4.1mm四方のCVDプレートと4.2mm四方のHPHTプレートを用いて収集した。
図5に示すデータは、3.5mm四方のCVDプレートを用いて収集した。
図6に示すデータは、4.1mm四方のCVDプレートを用いて収集した。
図8に示すデータは、5mm四方のBDD CVDプレートを用いて収集した。
【0020】
注入特性評価
SRIM(Stopping and Range of Ions in Matter)シミュレーションを使用して、各試料に厚さ約1μmの損傷領域をもたらすイオン注入によるエンドオブレンジ損傷層のおおよその深さと幅を算出した。
酸洗浄
ダイヤモンド試料の酸洗浄は、KNO
3で飽和させて加熱(200℃)した濃縮H
2SO
4(Merck、>96%)の混合液中で30分間行った。続いて、200℃のH
2SO
4中に更に30分間おき、超純水(>18MΩ cm、Millipore corp.)で洗浄した。
電気化学セル
電気化学エッチングステップ(b)は、特注の3D印刷セル(Lulzbot Taz6)で実施した。このセルは、損傷層を含むダイヤモンド材料と電極の正配置を可能にし、エッチング中の試料を透過撮像するための光路が得られるように設計されていた(
図3a及び3b)。
USBデジタル顕微鏡(Veho Discovery VMS-001、倍率20~90倍)を使用して、タイムラプス画像でエッチングの進行を撮影した。特に明記しない限り、電極は直径0.75mmの白金線2cm(総面積0.5cm
2)を6mmの間隔で使用した。可変DC電源(Elektro-Automatik GmbH、EA-PS 9750-04)を使用して2本の電極間に電圧を印加し、30Vの制限電圧モードで、電流は溶液組成に依存させて作動させた。一定の溶液組成と温度を維持するために、フローシステムと一緒に5~90℃の温度制御リザーバーを使用した。電解質はこのリザーバーからセルに循環させ、流出口を経由して還流した。
【0021】
画像解析
MATLABスクリプトを使用して、全てのタイムラプスデータを解析した。フレームはそれぞれビデオキャプチャから抽出した。最初の画像で関心領域を画定し、続いてその領域のうち、スクリプトのRGB値と一致する明るいエッチング領域に対応する割合を計算する。次に、この割合を面積に変換してエッチング時間に対してプロットし、エッチングプロファイルを作成する。エッチング速度を表1で比較する。
【表1】
【0022】
電子スピン共鳴(EPR)
EPR用溶液はDI水中0.25Mの塩(硝酸カリウム、塩化カリウム、及び硫酸カリウム(K2SO4、分析グレード、Sigma Aldrich、英国)など)を含んでいた。硫酸(H2SO4、96%超高純度、Merck、英国)は0.3容量%で使用した。
0.05MのH2SO4、0.25MのK2SO4、0.25MのKCl、又は0.25MのKNO3を含む溶液の電解を、1つのコンパートメントセルで実施した。電源(Elektro-Automatik GmbH、EA-PS 9750-04)を使用して、溶液中に配置した2本の白金電極(電極領域、0.5cm2、エッチングセルで使用したものと同じ形状)間に30Vを印加した。15分後に約20mgの5,5-ジメチル-1-ピロリン-N-オキシド(DMPO;Enzo life sciences、米国)を混合物に添加し、完全に混合した。得られた溶液から電解混合物のアリコートを採取し、EPRスペクトルを記録した。
DMPOスピン付加物のEPRシグナルを、HS円柱共振器(4119HS/0207;Bruker、ドイツ)を装着したXバンド分光計(EMX;Bruker、ドイツ)で298Kで記録した。測定は、内径が1mmの石英EPR管(Wilmad(登録商標)石英(CFQ)EPR管;Sigma-Aldrich、英国)で実施した。全測定で、以下の分光計パラメータを使用した:不飽和マイクロ波電力20mW;中央磁界3520G;スキャン幅100G;振幅変調0.5G。報告した全てのスペクトルは、9回のスキャンの平均値である。EPRスペクトルのフィッティングとシミュレーションは、EasySpinのMATLABパッケージ(バージョン5.2.25、Stoll,S.;Schweiger,A.EasySpin,a Comprehensive Software Package for Spectral Simulation and Analysis in EPR.J.Magn.Reson.2006,178(1),42-55.https://doi.org/10.1016/j.jmr.2005.08.013.)を用いて実施した。
【実施例】
【0023】
(実施例1)
非ダイヤモンド炭素の損傷層を有するダイヤモンド材料のバルクエッチング速度に対する様々なアニオンの影響
それぞれ0.25Mの一定濃度のアニオンを含む上述の電解質を、3種類の異なるダイヤモンド材料で実施した電気化学エッチング工程における電解質として使用した。具体的には、3.5mm四方のCVDダイヤモンド材料、4.1mm四方のCVDダイヤモンド材料、及び3.5mm四方のHPHTダイヤモンド材料で、これらは全て、sp
2結合炭素の損傷層を有するように上述の処理を施していた。観察されたバルクエッチング速度を
図4に示す。
KNO
3を除く全ての電解質で、公表されている方法よりもエッチング速度が向上した。エッチングが最も速かった電解質はK
2SO
4で、そのバルクエッチング速度は公表されている方法よりも1桁以上速かった。バルクエッチング速度がこのように大幅に向上することで処理時間が短縮され、処理にかかる時間とコストが大幅に節約できる。
【0024】
(実施例2)
sp
2結合炭素の損傷層を有するダイヤモンド材料のバルクエッチング速度に対する硫酸イオン濃度の影響
硫酸イオンを含む電解質を使用すると、有利なバルクエッチング速度が得られることが確認されたことから、バルクエッチング速度に対する硫酸イオン濃度の影響を調べる実施例2を実施した。
硫酸塩(SO
4
2-)の濃度が0.03~0.25Mの範囲で異なるK
2SO
4溶液中のバルクエッチング速度を測定した。実施例1で測定した中で0.25MのKNO
3のバルクエッチング速度が最も遅かったことから、このデータを比較のために加えた(硫酸イオンは0M)。0.25MのKNO
3溶液の導電率は25mS cm
-1で、硫酸塩溶液の導電率は、範囲にわたって4~40mScm
-1まで変化した。結果を
図5に示す。
図5から、硫酸イオン濃度が0.06Mまでは硫酸塩濃度の上昇に伴ってバルクエッチング速度が線形増加を示すことがわかる。その後、硫酸イオン濃度が0.06Mを超えるとバルクエッチング速度がプラトーとなるが、以前に達成されたよりも大幅に速いバルクエッチング速度である。最初の線形関係は、電極表面における硫酸イオン濃度上昇の結果であるとみられ、つまりは多くの活性エッチング液種が生成されており、従って、硫酸イオンは活性エッチング液種の生成に直接関与しているという実施例1の仮説を裏付けている。
バルクエッチング速度におけるプラトーは、1つ又は2つの要因の組み合わせによって説明できる。第一に、損傷層界面の活性エッチング液種の濃度が上昇することで、損傷層内の活性部位がエッチングの律速段階となる。第二に、活性エッチング液種濃度が高くなると、これらの種が結合する可能性が高くなるため、0.06Mを超えると損傷層界面の活性エッチング液種の数は実際には増加しない。
電解質を追加しなかったため、K
2SO
4溶液の濃度が上昇し、電解質の導電率も上昇した。しかしながら、硫酸イオンが60~250mMの領域では、導電率が4mS cm
-1から42mS cm
-1まで増加しているにもかかわらず、速度に顕著な変化は見られない。このことは、この状況では導電率がバルクエッチング速度に殆ど影響を与えないことを示唆している。
【0025】
(実施例3)
sp
2結合炭素を含む損傷層を有するダイヤモンド材料のバルクエッチング速度に対するpHの影響
ダイヤモンド材料のバルクエッチング速度を更に向上させるために、pHが硫酸イオン含有電解質溶液に及ぼす影響を調べた。K
2SO
4とH
2SO
4の混合液を使用してpHを変化させ、一方、総硫酸イオン濃度は0.25Mに維持した。
結果を
図6に示す。
pHの低下とそれに伴う導電率の増加(42~89mS cm
-1)が、バルクエッチング速度の上昇に影響を及ぼすことが見出された。しかしながら、実施例2に示すように、導電率の変化はバルクエッチング速度に殆ど影響を与えないため、バルクエッチング速度の上昇はpHの低下によるものである可能性がある。
観察されたバルクエッチング速度はプロトン(H
+)濃度の増加に伴って全般的な上昇傾向を示し、プロトンも律速段階に関与していることを示唆している。特に、pHが7から0.8に低下するとバルクエッチング速度が2倍上昇することは、電解質として酸性度の高い溶液を使用すると、バルクエッチング速度が更に有利に上昇することをはっきりと実証している。
【0026】
(実施例4)
光学等級の単結晶ダイヤモンドに代わる単結晶ホウ素ドープダイヤモンド(BDD)の使用
本手法がドープダイヤモンド材料にも適用できるかを調べるために、約10
19個のホウ素原子cm
-3でドープした5mm
2のCVD単結晶ダイヤモンド材料の電気化学エッチングを調べた。この材料は、検討した他の全ての材料と同じ方法で注入及びアニールした。
光学エッチングデータは、色の変化があまり大きくないため通常の方法で処理することが難しいものの、
図7からわかるように、sp
2結合炭素層が除去されていることは目視で明らかである。5mm
2のプレートが0.25MのH
2SO
4溶液中で60分間で完全に分離し、非ドープ材料と同等の分離時間となった。
【0027】
(実施例5)
光学等級単結晶材料に代わる光学等級多結晶材料の使用
本手法が多結晶ダイヤモンド材料にも適用できるかを調べるために、4mm四方のCVD光学等級多結晶材料の電気化学エッチングを調べた。この材料は、検討した他の全ての材料と同じ方法で注入及びアニールした。
図9からわかるように、sp
2結合炭素層が除去されていることが目視で明らかである。4mm四方のプレートが0.25MのH
2SO
4溶液中で60分間で完全に分離し、非ドープ材料と同等の分離時間となった。
ヒドロキシルラジカルの存在を確認するために、上述のように電解後の様々な塩溶液でEPR測定を行った。ヒドロキシルラジカルの存在は、損傷層のエッチング速度に影響を与えると考えられている。
図9は、塩化カリウム溶液と硫酸カリウム溶液の実験データとフィッティングデータを示す。
図9の3つのトレースに示されるピークはヒドロキシルラジカルを示し、ピーク下面積はヒドロキシルラジカルの存在量を示す。
図9から、硫酸塩溶液では塩化物溶液よりもはるかに多くのヒドロキシルラジカルが生成されたことがわかる。これは、硫酸塩溶液中のダイヤモンドでは塩化物溶液中のダイヤモンドよりもエッチング速度が速いという
図4に示したエッチング速度と一致している。
【0028】
方法の例示的なステップを
図10に示す。以下の番号は
図9のものに対応している。
S1.ダイヤモンド材料を供給する。これは単結晶又は多結晶ダイヤモンド材料であってよい。単結晶ダイヤモンド材料の場合、天然又はHPHTダイヤモンド材料であってよい。更にダイヤモンド材料は、例えば窒素、ホウ素、リン、及びケイ素のいずれかでドープされていてよい。
S2.sp
2結合炭素を含む損傷層を形成するように、ダイヤモンド材料にイオン注入を行い、損傷層の存在が、上方にあり損傷層と接触している第1のダイヤモンド層と、下方にあり損傷層と接触している第2のダイヤモンド層とを画定する。
S3.任意選択のステップとして、損傷層中のsp
2炭素の量を増加させるためにダイヤモンド材料をアニールしてよい。
S4.エッチング工程中にラジカルを生成できるイオンの存在下で、損傷層を電気化学的にエッチングする。損傷層のエッチングにより、第1の層と第2の層が分離される。好適なイオンに、過硫酸イオン、硫酸イオン、シュウ酸イオン、塩素イオン、炭酸イオン、及び金属イオンがあるがこれらに限定されない。
【0029】
次に、
図10のステップの一部を模式的に示した
図11を見ていく(縮尺は正確でない)。
図11aは、供給されるダイヤモンド材料1を示し、これにイオンを注入する。
図11bは、第1のダイヤモンド層2及び第2のダイヤモンド層3を示し、それぞれが、イオン注入ステップ中に形成されたsp
2結合炭素を含む損傷層4によって隔てられている。
図11cは、電解中にラジカルを生成できるイオンの存在下での電気化学エッチングを示す。電気化学エッチングは損傷層4に優先的に行われる。
図11dは、損傷層4がエッチングで除去され、第1の層2が第2の層3から分離された様子を示す。
【0030】
分離層を損傷層から取り外すと、分離層は非常に薄くなり、分離層を傷付けずに取り扱うのが困難となることがある。この問題に対処する方法の1つが、国際公開第2016/058037号に記載されているような支持構造を設けることであり、支持構造は、多結晶ダイヤモンドを接着、蝋付け、若しくは過成長させることによって、又は、エッチング工程を切り抜けることが可能な手段であれば、任意の好適な手段によってダイヤモンド材料に取り付ける。例えば、ダイヤモンドなどの材料で作られたマスクをダイヤモンド材料に接着してよく、これにより、取り外した分離層を容易に取り扱うことができる。
多結晶CVDダイヤモンドの薄いプレートを作製する場合、本発明により、そのようなプレートは、従来可能であったよりも大きな平均横方向粒径と少ない量のsp2炭素を有することが可能となる。多結晶CVDダイヤモンド材料のプレートは、通常、小さな粒のダイヤモンド材料とかなり大量の非ダイヤモンドsp2炭素(ラマン分光法で検出可能)とを含む核生成面(CVDの成長が始まる面)、及び大きな粒のダイヤモンド材料と、成長条件が正確に制御できた場合には、少量の非ダイヤモンドsp2炭素とを含む成長面を含む。そのような多結晶CVDダイヤモンド材料のウェハは、核生成面から成長面に進むに従って、ダイヤモンドの粒径が大きくなる。
多結晶CVDダイヤモンドの薄いプレートを得る先行技術を用いて、薄いプレートを直接基板上に成長させると、核生成面近くに形成される。そのようなプレートは平均横方向粒径が小さく、sp2炭素含有量が比較的高い。
比較的厚いプレートは、成長面の平均横方向粒径が大きく、sp2炭素含有量が低い状態で成長させることができる。上述の技術を用いて、成長表面から層を取り外し、平均横方向粒径が比較的大きく(5μm超)、厚さが30μm以下の薄層を残すことができる。平均横方向粒径は10μm超、15μm超、20μm超であってよい。
多結晶CVDダイヤモンド表面の平均横方向粒径は走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて測定した。多結晶CVDダイヤモンド材料の表面のSEM画像では粒子間の境界が見えるため、個々の粒子が識別及び計数できる。従って、多結晶CVDダイヤモンド表面の領域をSEMを用いて撮像し、画像を通る線に沿ってダイヤモンド粒子の総数を数え、続いて、線に沿った粒子の数で線の長さを割ることによって、平均横方向粒径を得ることができる。SEM画像を通る多数の線をこのように(任意で垂直方向に)分析し、撮像領域にわたる横方向の粒径について平均値を計算することができる。
本発明を具体的に示し、実施形態を参照して説明してきたが、添付の請求項によって定義される本発明の範囲から逸脱することなく、形態及び詳細を様々に変更し得ることは、当業者には理解されるであろう。
次に、本発明の好ましい態様を示す。
1. ダイヤモンド製品を形成する方法であって:
ダイヤモンド材料を供給すること;
sp
2
結合炭素を含む損傷層を形成することであって、前記損傷層の存在が、上方にあり前記損傷層と接触している第1のダイヤモンド層と、下方にあり前記損傷層と接触している第2のダイヤモンド層とを画定する損傷層を形成すること;並びに
前記損傷層を電気化学的にエッチングし、そこから前記第1のダイヤモンド層を分離することであって、イオンを含有する溶液中で前記電気化学エッチングを実施し、前記溶液の導電率が少なくとも500μS cm
-1
であり、電解中に前記イオンがラジカル種を形成できるエッチングを行うこと
を含む方法。
2. 前記イオンが、過硫酸イオン、硫酸イオン、シュウ酸イオン、塩素イオン、炭酸イオン、及び金属イオンのいずれかから選択される、上記1に記載の方法。
3. 前記エッチングが、少なくとも2mm
2
hr
-1
、少なくとも5mm
2
hr
-1
、少なくとも10mm
2
hr
-1
、20mm
2
hr
-1
、30mm
2
hr
-1
、及び少なくとも40mm
2
hr
-1
のいずれかから選択されるエッチング速度で行われる、上記1又は2に記載の方法。
4. 前記ダイヤモンド材料の撮像を可能にする電気化学セル内で、前記損傷層を有する前記ダイヤモンド材料と電極とを並べること、及び前記ダイヤモンド材料の経時的な材料損失を監視することによってエッチング速度を測定する、上記1~3のうちいずれか一項に記載の方法。
5. 前記電気化学エッチングを、少なくともアノード、カソード、及び電解質を含む電気化学セル内で実施し、且つ前記イオンが前記電解質中に存在する、上記1~4のうちいずれか一項に記載の方法。
6. 前記イオンが、前記電気化学エッチング中に、0.01Mから、前記電解質中の前記イオンの溶解度上限までの濃度で存在する、上記1~5のうちいずれか一項に記載の方法。
7. 前記電気化学エッチングを、少なくとも50℃、少なくとも70℃、及び少なくとも90℃のいずれかから選択される温度で実施する、上記1~6のうちいずれか一項に記載の方法。
8. 前記第1及び第2のダイヤモンド層が、化学蒸着(CVD)によって形成されたダイヤモンドを含む、上記1~7のうちいずれか一項に記載の方法。
9. 前記ダイヤモンド材料が単結晶ダイヤモンド材料である、上記1~8のうちいずれか一項に記載の方法。
10. 前記単結晶ダイヤモンド材料が、少なくとも6mm、少なくとも8mm、少なくとも10mm、少なくとも15mm、及び少なくとも20mmから選択される最大線寸法を有する、上記9に記載の方法。
11. 前記ダイヤモンド材料が多結晶ダイヤモンド材料である、上記1~8のうちいずれか一項に記載の方法。
12. 前記ダイヤモンド材料が、化学蒸着(CVD)法及び高圧高温(HPHT)法のいずれかによって作製されたダイヤモンドを含む、上記1~7のうちいずれか一項に記載の方法。
13. 前記ダイヤモンド材料がドープされている、上記1~12のうちいずれか一項に記載の方法。
14. 前記ダイヤモンド材料が、窒素、ホウ素、リン、及びケイ素のうちいずれかを用いてドープされている、上記13に記載の方法。
15. 前記損傷層が黒鉛材料を含む、上記1~14のうちいずれか一項に記載の方法。
16. イオン注入工程による前記損傷層の形成を更に含む、上記1~15のうちいずれか一項に記載の方法。
17. 前記損傷層を電気化学的にエッチングするステップの前に、前記ダイヤモンド材料の表面に支持構造を取り付けることを更に含み、前記支持構造、及び前記支持構造を取り付ける手段が、前記電気化学エッチングが行われる溶液に対して実質的に不活性である材料で形成されている、上記1~16のうちいずれか一項に記載の方法。
18. 上記1~17のうちいずれか一項に記載の方法によって得られるダイヤモンド製品。
19. 前記ダイヤモンド製品が、単結晶ダイヤモンド材料、多結晶ダイヤモンド材料、ホウ素ドープ単結晶ダイヤモンド材料、及びホウ素ドープ多結晶ダイヤモンド材料のうちいずれかを含む、上記18に記載のダイヤモンド製品。
20. 光学製品、電子製品、及び電気化学製品のうちいずれかにおける、上記18又は19に記載のダイヤモンド製品の使用。
21. 多結晶ダイヤモンド材料を含むダイヤモンド製品であって、前記ダイヤモンド製品の平均厚さが30μm以下であり、且つ走査型電子顕微鏡イメージングで測定した前記多結晶ダイヤモンド材料の平均横方向粒径が5μm以下であるダイヤモンド製品。
22. 前記平均横方向粒径が、10μm超、15μm超、及び20μm超のうちいずれかから選択される、上記21に記載のダイヤモンド製品。
23. 平均厚さが50μm以下である単結晶ダイヤモンドプレートと、電解中にラジカルを生成できるイオンに対して実質的に不活性である接着剤によって前記単結晶ダイヤモンドプレートの表面に取り付けられた支持構造とを含む複合体。
24. 前記接着剤がエポキシを含む、上記23に記載の複合体。
25. 前記単結晶ダイヤモンドプレートが、25μm以下、10μm以下、5μm以下、及び1μm以下のいずれかから選択される平均厚さを有する、上記23又は24に記載の複合体。