(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-25
(45)【発行日】2024-08-02
(54)【発明の名称】結晶構造解析方法、結晶構造解析装置及び結晶構造解析プログラム
(51)【国際特許分類】
G01N 23/2055 20180101AFI20240726BHJP
G01N 23/20058 20180101ALI20240726BHJP
G01N 23/205 20180101ALI20240726BHJP
【FI】
G01N23/2055 310
G01N23/20058
G01N23/205
(21)【出願番号】P 2021191414
(22)【出願日】2021-11-25
【審査請求日】2023-12-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000250339
【氏名又は名称】株式会社リガク
(74)【代理人】
【識別番号】110000121
【氏名又は名称】IAT弁理士法人
(74)【代理人】
【識別番号】100093953
【氏名又は名称】横川 邦明
(72)【発明者】
【氏名】山野 昭人
(72)【発明者】
【氏名】松本 崇
(72)【発明者】
【氏名】神田 浩幸
【審査官】小野 健二
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/181508(WO,A1)
【文献】特開2017-90374(JP,A)
【文献】特開2005-249787(JP,A)
【文献】国際公開第2020/160671(WO,A1)
【文献】山下恵太郎,微小結晶を用いたタンパク質X線結晶構造解析におけるデータ処理システムの開発,日本結晶学会誌,日本,2018年05月31日,60巻(2018), 2-3号,104-112
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00-23/2276
H01J 37/00-37/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の試料に基づいて結晶の構造を特定する結晶構造解析方法であって、
前記複数の試料の個々に、放射線の入射角を変化させながら放射線を照射することにより、個々の試料内の複数の結晶格子面に対する回折点強度及び信頼度を求めてデータを取得するデータ取得工程と、
複数のデータを1つにまとめる処理であるマージを行うか否かをマージ基準指標に基づいて個々のデータ毎に判定するマージ判定工程と、
マージを行うと判定されたデータに関して、それら複数のデータを1つにまとめるための処理であるマージを行うマージ実行工程と、
マージの結果として得られたマージ後データによって結晶の構造を特定する結晶構造特定工程と
を有することを特徴とする結晶構造解析方法。
【請求項2】
前記データ取得工程は、
前記複数の試料のうちの1つである第1の試料に放射線を照射しながら、第1の試料に対する放射線の入射角を変化させることにより、第1の試料内の複数の結晶格子面に対する回折点強度及び信頼度を求めて第1のデータを取得し、
放射線を照射する試料を前記複数の試料のうちの他の1つである第2の試料へ替えて、第2の試料に対する放射線の入射角を変化させることにより、第2の試料内の複数の結晶格子面に対する回折点強度及び信頼度を求めて第2のデータを取得し、
前記マージ判定工程は、
複数のデータを1つにまとめる処理であるマージを行うか否かをマージ基準指標に基づいて前記第1のデータ及び前記第2のデータ毎に判定し、
前記マージ実行工程は、
マージを行うと判定された前記第1のデータ及びマージを行うと判定された前記第2のデータに関して、それら複数のデータを1つにまとめるための処理であるマージを行う、
ことを特徴とする請求項1記載の結晶構造解析方法。
【請求項3】
前記複数の試料における前記第1の試料及び前記第2の試料以外の第n(nは1,2以外の正の整数)の試料に対して、さらに放射線を照射すると共に第nの試料に対する放射線の入射角を変化させることにより、当該試料内の複数の結晶格子面に対する回折点強度及び信頼度を求めてさらに第nのデータを取得し、
マージを行うか否かをマージ基準指標に基づいて第nのデータについて判定し、
マージを行うと判定された第nのデータと、第nのデータを取得するまでに得られたマージ後データとの間で、さらにマージを行う
ことを特徴とする請求項2記載の結晶構造解析方法。
【請求項4】
前記データ取得工程は、
前記複数の試料のうちの3つ以上の個々に、放射線の入射角を変化させながら放射線を照射することにより、個々の試料内の複数の結晶格子面に対する回折点強度及び信頼度を求めてデータを取得し、
前記マージ実行工程は、
マージを行うと判定された3つ以上のデータに関して、それら複数のデータを1つにまとめるための処理であるマージを行う、
ことを特徴とする請求項1記載の結晶構造解析方法。
【請求項5】
前記マージは、回折点強度によるマージ、信頼度(SIG(I))によるマージ、及びデータが欠けている部分を補完するマージの少なくとも1つであることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか1つに記載の結晶構造解析方法。
【請求項6】
前記マージ基準指標は、Rint及び/又は完全性及び/又は結晶の方位であることを特徴とする請求項1から請求項5のいずれか1つに記載の結晶構造解析方法。
【請求項7】
前記マージ判定工程において、前記複数のデータの個々を取得する毎に、個々のデータに関して、マージを行うか否かの前記判定を行うことを特徴とする請求項1から請求項6のいずれか1つに記載の結晶構造解析方法。
【請求項8】
前記マージ判定工程において、前記複数のデータの所定数を取得した後に、取得した複数のデータの個々に関して、マージを行うか否かの前記判定を行うことを特徴とする請求項1から請求項6のいずれか1つに記載の結晶構造解析方法。
【請求項9】
所定数だけ取得した前記データをソート基準指標に基づいて並び揃えることを特徴とする請求項8記載の結晶構造解析方法。
【請求項10】
前記ソート基準指標は、FOM、Rint及び完全性の少なくとも1つであることを特徴とする請求項9記載の結晶構造解析方法。
【請求項11】
前記複数のデータの所定数を取得した後に、取得した複数のデータを結晶格子に基づいてクラスタ毎に分類し、同じクラスタに分類されたデータについてマージを行い、異なるクラスタ間ではマージを行わない
ことを特徴とする請求項8から請求項10のずれか1つに記載の結晶構造解析方法。
【請求項12】
放射線を出射する放射線源と、
前記放射線源から出射した放射線を試料に入射させる放射線入射手段と、
前記試料を移動させる試料駆動装置と、
前記試料で回折した放射線を検出する検出器と、
前記放射線源、前記放射線入射手段、前記試料駆動装置及び前記検出器の動作を制御すると共に前記検出器の出力信号に対して結晶構造解析のための演算を実行する演算処理部と、
前記演算処理部に対して結晶構造解析の手順を指令するプログラムと、
を有しており、複数の試料に基づいて結晶の構造を特定する結晶構造解析装置であって、
前記プログラムは前記演算処理部に次の工程、すなわち
前記複数の試料の個々に、放射線の入射角を変化させながら放射線を照射することにより、個々の試料内の複数の結晶格子面に対する回折点強度及び信頼度を求めてデータを取得するデータ取得工程と、
複数のデータを1つにまとめる処理であるマージを行うか否かをマージ基準指標に基づいて個々のデータ毎に判定するマージ判定工程と、
マージを行うと判定されたデータに関して、それら複数のデータを1つにまとめるための処理であるマージを行うマージ実行工程と、
マージの結果として得られたマージ後データによって結晶の構造を特定する結晶構造特定工程と、を実行させる
ことを特徴とする結晶構造解析装置。
【請求項13】
複数の試料に基づいて結晶の構造を特定する結晶構造解析の手順を指令するプログラムであって、
前記複数の試料の個々に、放射線の入射角を変化させながら放射線を照射することにより、個々の試料内の複数の結晶格子面に対する回折点強度及び信頼度を求めてデータを取得する手順と、
複数のデータを1つにまとめる処理であるマージを行うか否かをマージ基準指標に基づいて個々のデータ毎に判定する手順と、
マージを行うと判定されたデータに関して、それら複数のデータを1つにまとめるための処理であるマージを行う手順と、
マージの結果として得られたマージ後データによって結晶の構造を特定する手順と
をコンピュータに実行させることを特徴とする結晶構造解析プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子線、X線、中性子線、等といった放射線を用いて試料の結晶構造を解析する結晶構造解析方法、結晶構造解析装置及び結晶構造解析プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
物質の性質を把握するための手法として物質の結晶構造を解析する方法がある。従来、物質の結晶構造を解析する方法として、電子線、X線、中性子線、等といった放射線を用いた解析方法がある。例えば、特許文献1によれば、試料の中の複数の微小領域に順次に電子線を照射し、個々の微小領域で回折した電子線によって回折データを取得することにより複数の微小領域に関して複数の回折パターンを取得し、これら複数の回折パターンに基づいて試料の結晶構造を解析する。
【0003】
ところで、データ処理の分野において、従来、例えば非特許文献1及び非特許文献2において、マージ(Merge)と呼ばれる処理が行われている。マージとは、複数のデータを1つのデータにまとめる処理のことである。
【0004】
本発明者は、複数の回折データに基づいて物質の結晶構造を判定する際に、個々の回折データは完全性が低い場合でも、それらの回折データをマージすることによって得られた回折データの完全性が高くなることがあることを知見した。このような完全性の高い回折データを用いれば、物質の結晶構造を高い信頼性で解析することができる。
【0005】
しかしながら、放射線を用いた結晶構造解析においては1種類の試料に対して多数の結晶から得られる多数の回折データが取得される。これらのデータの全てに関してマージを行うことは大きなデータ処理能力を必要とし、大きな経費及び長い処理時間を必要としていた。また、結晶構造解析において単にデータをマージするだけでは、信頼性の高い結果は得られなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Acta Cryst.(2019).D75,782-791 "Methods for merging data sets in electron cryo-microscopy", Wilkinson et al.
【文献】Journal of Applied Crystallography (1997).30,421-426, "Outlier Treatment in Data Merging", Robert H. Blessing
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上述した従来の結晶構造解析方法における上記の問題点に鑑みて成されたものであって、信頼性の高い結晶構造解析結果が得られる結晶構造解析方法、結晶構造解析装置及び結晶構造解析プログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る結晶構造解析方法の第1の発明態様は、複数の試料に基づいて結晶の構造を特定する結晶構造解析方法であって、前記複数の試料の個々に、放射線の入射角を変化させながら放射線を照射することにより、個々の試料内の複数の結晶格子面に対する回折点強度及び信頼度を求めてデータ(例えば
図6のData-1, Data-2, Data-3,…, Data-n)を取得するデータ取得工程と、複数のデータを1つにまとめる処理であるマージを行うか否かをマージ基準指標に基づいて個々のデータ毎に判定するマージ判定工程と、マージを行うと判定されたデータに関して、それら複数のデータを1つにまとめるための処理であるマージを行うマージ実行工程と、マージの結果として得られたマージ後データによって結晶の構造を特定する結晶構造特定工程とを有することを特徴とする。
なお、上記記述においてカッコでくくった符号は、発明を理解し易くするために実施形態中の対応符号を付記したものであり、発明を限定するものではない。
【0010】
一般に、回折線が検出器に入射するときには、回折線は検出器の検出面上に点状(すなわちスポット状)に入射する。この点状の回折線の入射点が上記の「回折点」である。そして「回折点強度」とは、検出器の検出面上に点状に入射した回折線の強度である。
【0011】
本発明に係る結晶構造解析方法によれば、マージするか否かをマージ基準指標に基づいて判定し、その判定結果に従って複数のデータを選別してマージすることにより、信頼性の高い結晶構造を得ることができる。また、多数の回折データに関してマージを行う際に、マージを行うべきデータか、あるいはマージを行うべきでないデータかを、マージ基準指標に基づいて判定するようにしたので、データ処理の負荷を軽減でき、それ故、少ない経費で短時間に解析処理を行うことができる。
【0012】
本発明に係る結晶構造解析方法の第2の発明態様において、前記データ取得工程は、前記複数の試料のうちの1つである第1の試料に放射線を照射しながら、第1の試料に対する放射線の入射角を変化させることにより、第1の試料内の複数の結晶格子面に対する回折点強度及び信頼度を求めて第1のデータ(例えば
図6のData-1)を取得し、放射線を照射する試料を前記複数の試料のうちの他の1つである第2の試料へ替えて、第2の試料に対する放射線の入射角を変化させることにより、第2の試料内の複数の結晶格子面に対する回折点強度及び信頼度を求めて第2のデータ(例えば
図6のData-2)を取得し、前記マージ判定工程は、複数のデータを1つにまとめる処理であるマージを行うか否かをマージ基準指標に基づいて前記第1のデータ及び前記第2のデータ毎に判定し、前記マージ実行工程は、マージを行うと判定された前記第1のデータ及びマージを行うと判定された前記第2のデータに関して、それら複数のデータを1つにまとめるための処理であるマージを行う。
この発明態様は、2つの試料に対してデータ(Data-1, Data-2)を取得し、マージすべきと判定された2つのデータに関してマージを行う結晶構造解析方法である。この発明態様は、例えば本願図面の
図5、
図7、
図9及び
図12に示されている。
【0013】
本発明に係る結晶構造解析方法の第3の発明態様は、上記第2の発明態様において、前記複数の試料における前記第1の試料及び前記第2の試料以外の第n(nは1,2以外の正の整数)の試料に対して、さらに放射線を照射すると共に第nの試料に対する放射線の入射角を変化させることにより、当該試料内の複数の結晶格子面に対する回折点強度及び信頼度を求めてさらに第nのデータを取得し、マージを行うか否かをマージ基準指標に基づいて第nのデータについて判定し、マージを行うと判定された第nのデータと、第nのデータを取得するまでに得られたマージ後データとの間で、さらにマージを行うことを特徴とする。
【0014】
この発明態様は、2つの試料に対してマージを行うようにした上記第2の発明態様に関して、さらに3つ以上の試料に対して1つの試料ごとに順々にマージを行うことを特徴とする結晶構造解析方法である。
より具体的には、例えば、複数のデータ(Data-1, Data-2,…,Data-n)の最初の2つ(Data-1, Data-2)に関してマージを行ってマージ後データ(Data-1+Data-2)を求め、そのマージ後データと次のデータ(Data-3)に関してマージを行ってマージ後データ(Data-1+Data-2+Data-3)を求め、さらに、繰返して、マージ後データ(Data-1+Data-2+…+Data-(n-1))と次のデータ(Data-n)に関してマージを行ってマージ後データ(Data-1+Data-2+…+Data-(n-1)+Data-n)を求める。この結晶構造解析方法によれば、効率良くマージができ、信頼性の高い結晶構造を得ることができる。
この発明態様は、例えば本願図面の
図5、
図7、
図9及び
図12に示されている。
【0015】
本発明に係る結晶構造解析方法の第4の発明態様は上記の第1の発明態様において、前記データ取得工程は、前記複数の試料のうちの3つ以上の個々に、放射線の入射角を変化させながら、放射線を照射することにより、個々の試料内の複数の結晶格子面に対する回折点強度及び信頼度を求めてデータ(例えば
図6のData-1, Data-2, Data-3,…, Data-n)を取得し、前記マージ実行工程は、マージを行うと判定された3つ以上のデータに関して、それら複数のデータを1つにまとめるための処理であるマージを行うことを特徴とする。
この発明態様は、3つ以上の複数の試料に関していっぺんにデータを求め、これらのデータに関してマージを行うか否かの判定を行い、マージを行うべきと判定された複数のデータに関していっぺんにマージを行う結晶構造解析方法である。
【0016】
本発明に係る結晶構造解析方法の第5の発明態様において、前記マージは、回折点強度によるマージ、信頼度(SIG(I))によるマージ、及びデータが欠けている部分を補完するマージの少なくとも1つとすることができる。
【0017】
本発明に係る結晶構造解析方法の第6の発明態様において、前記マージ基準指標は、Rint及び/又は完全性及び/又は結晶の方位とすることができる。
【0018】
本発明に係る結晶構造解析方法の第7の発明態様は、前記マージ判定工程において、前記複数のデータ(例えば、Data-1, Data-2,…,Data-n)の個々を取得する毎に、個々のデータに関して、マージを行うか否かの前記判定を行うことを特徴とする。すなわち、本発明態様は、逐次測定を行うことを内容とする発明態様である。
この発明態様は、例えば本願の
図5に示されている。
【0019】
本発明に係る結晶構造解析方法の第8の発明態様は、前記マージ判定工程において、前記複数のデータ(例えば、Data-1, Data-2,…,Data-n)の所定数を連続して取得した後に、取得した複数のデータの個々に関して、マージを行うか否かの前記判定を行うことを特徴とする。すなわち、本発明態様は、連続測定を行うことを内容とする発明態様である。
この発明態様は、例えば本願図面の
図7、
図9及び
図12に示されている。
【0020】
本発明に係る結晶構造解析方法の第9の発明態様は、連続して所定数だけ取得した前記データをソート基準指標(例えば、FOM,Rint,完全性)に基づいて並び揃えることを特徴とする。この発明態様によれば、目標に適したデータから順にマージを適用できるので、迅速な処理が可能になる。
この発明態様は、例えば本願図面の
図7、
図9及び
図12に示されている。
【0021】
本発明に係る結晶構造解析方法の第10の発明態様において、前記ソート基準指標は、FOM、Rint及び完全性の少なくとも1つとすることができる。
この発明態様は、例えば本願図面の
図7、
図9及び
図12に示されている。
【0022】
本発明に係る結晶構造解析方法の第11の発明態様は、前記複数のデータ(例えば、Data-1, Data-2,…,Data-n)の所定数を連続して取得した後に、取得した複数のデータを結晶格子に基づいてクラスタ毎に分類し、同じクラスタに分類されたデータについてマージを行い、異なるクラスタ間ではマージを行わないことを特徴とする。この発明態様によれば、試料に複数の異なる化合物の微結晶が含まれる場合でも、それぞれの化合物についての結晶構造を取得することができる。
この発明態様は、例えば本願図面の
図9及び
図12に示されている。
【0023】
本発明に係る結晶構造解析装置は、放射線を出射する放射線源(例えば、電子銃5)と、前記放射線源から出射した放射線を試料(S)に入射させる放射線入射手段(例えば、集束レンズ6,偏向器12)と、前記試料を移動させる試料駆動装置(11)と、前記試料で回折した放射線を検出する検出器(13)と、前記放射線源、前記放射線入射手段、前記試料駆動装置及び前記検出器の動作を制御すると共に前記検出器の出力信号に対して結晶構造解析のための演算を実行する演算処理部(21)と、前記演算処理部に対して結晶構造解析の手順を指令するプログラム(メモリ22)と、を有しており、複数の試料に基づいて結晶の構造を特定する結晶構造解析装置であって、前記プログラムは前記演算処理部に次の工程、すなわち、前記複数の試料の個々に、放射線の入射角を変化させながら放射線を照射することにより、個々の試料内の複数の結晶格子面に対する回折点強度及び信頼度を求めてデータを取得するデータ取得工程と、複数のデータを1つにまとめる処理であるマージを行うか否かをマージ基準指標に基づいて個々のデータ毎に判定するマージ判定工程と、マージを行うと判定されたデータに関して、それら複数のデータを1つにまとめるための処理であるマージを行うマージ実行工程と、マージの結果として得られたマージ後データによって結晶の構造を特定する結晶構造特定工程と、を実行させることを特徴とする。
なお、上記記述においてカッコでくくった数字、文字等は、発明を理解し易くするために実施形態中の対応符号を付記したものであり、発明を限定するものではない。
【0024】
本発明に係る結晶構造解析プログラムは、複数の試料に基づいて結晶の構造を特定する結晶構造解析の手順を指令するプログラムであって、前記複数の試料の個々に、放射線の入射角を変化させながら放射線を照射することにより、個々の試料内の複数の結晶格子面に対する回折点強度及び信頼度を求めてデータを取得する手順と、複数のデータを1つにまとめる処理であるマージを行うか否かをマージ基準指標に基づいて個々のデータ毎に判定する手順と、マージを行うと判定されたデータに関して、それら複数のデータを1つにまとめるための処理であるマージを行う手順と、マージの結果として得られたマージ後データによって結晶の構造を特定する手順と、をコンピュータに実行させることを特徴とする。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】本発明に係る結晶構造解析装置の一実施形態を示す図である。
【
図2】
図1の結晶構造解析装置の機能を模式的に示す図である。
【
図3】
図1の結晶構造解析装置の構成機器である試料ホルダを示す平面図である。
【
図4】
図1の結晶構造解析装置の構成機器である制御装置を示すブロック図である。
【
図5】本発明に係る結晶構造解析方法の一実施形態である逐次測定の流れを示すフローチャートである。
【
図7】本発明に係る結晶構造解析方法の他の実施形態である第1の連続測定の流れを示すフローチャートである。
【
図8】マージ基準指標の1つである結晶方位の変化を説明するための図である。
【
図9】本発明に係る結晶構造解析方法の他の実施形態である第2の連続測定の流れを示すフローチャートである。
【
図10】クラスタ分類における分類基準となる結晶格子を模式的に示す図である。
【
図11】分子構造に応じた結晶格子の違いを例示する図である。
【
図12】本発明に係る結晶構造解析方法のさらに他の実施形態である第3の連続測定の流れを示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明に係る結晶構造解析方法及び装置を実施形態に基づいて説明する。なお、本発明がこの実施形態に限定されないことはもちろんである。また、発明の主たる部分を図示し、発明と関連の無い部分は図示を省略することがある。
【0027】
(第1の実施形態)
図1は、本発明に係る結晶構造解析装置の一実施形態を示している。本実施形態の結晶構造解析装置1は電子顕微鏡機構部2と制御装置3とを有している。電子顕微鏡機構部2は筐体4を有している。この筐体4の内部に、電子銃5、集束レンズ6、試料ホルダ7、対物レンズ8、中間レンズ系9、及び投射レンズ系10が設けられている。筐体4の内部の底部には検出器13が設けられている。検出器13は例えば複数のピクセル(すなわち画素)を平面状に並べて成る検出器である。複数のピクセルの個々にX線が入射したときそれらのピクセルから電気信号が出力される。試料ホルダ7は試料駆動装置11によって駆動される。試料ホルダ7の上方位置に電磁偏向器12が設けられている。
【0028】
本実施形態では、電子銃5によって放射線源が構成される。また、集束レンズ6及び電磁偏向器12によって放射線入射手段が構成される。
【0029】
試料ホルダ7の先端部の上面に試料Sが置かれている。電子銃5から放射された電子線Rは、集束レンズ6によって集束されて試料Sに照射される。必要に応じて電磁偏向器12によって電子線の進行方向に変化がもたらされる。照射された電子線は試料Sの結晶格子面で回折すると共に当該試料Sを透過する。試料Sで回折した電子線により、対物レンズ8の焦点面に回折像Qが形成される。回折像Qは、中間レンズ系9及び投射レンズ系10によって拡大され、そして検出器13上に結像する。この結像により、検出器13上に回折像が形成される。回折像は例えば
図2(a)に示すような像として現れる。
【0030】
図3は試料ホルダ7の先端部分を
図1の上方から見た状態を示している。試料ホルダ7の先端部にはグリッド15が搭載されている。グリッド15は格子状の部材である。グリッド15は網目(すなわち格子目)16を有している。網目16は、例えば円板状の金属部材又は円板状の樹脂製部材上に多数の直線を印刷その他の手法によって形成することによって作られている。試料は、粒状に調整された後、グリッド15上に分散状態で載せられる。グリッド15の外径は、例えば直径3mmである。1つの格子目16の大きさは、例えば100μm×100μmである。化合物の1つの粒が1つの試料Sである。複数の格子目16の1つ1つの中に、複数の結晶が存在することがある。つまり、1つの格子目16内に何十個の結晶が存在することがある。試料を照射する電子線のビーム径は、例えば数μmである。測定においては、1つの格子目16の中の複数の結晶を測定するが、1つの格子目16についての測定が終了した場合や、あるいは良い結晶が見つからない場合には、他の格子目16に移動して結晶を探し、良さそうであれば測定を実行する。そして、この操作を順次に繰り返して行く。
【0031】
試料ホルダ7はグリッド15の表面を通る中心線X0を中心として矢印Aのように所定の角度で回転移動できる。この回転移動により、試料Sへ入射する電子線の入射角度を変化させることができる。電子線の入射角度を変化させることにより、複数の結晶格子面(すなわち、ミラー指数が異なる結晶格子面)からの回折データを得ることができる。
【0032】
図4は、
図1の結晶構造解析装置1に含まれる制御装置3をブロック図によって示している。同図において、制御装置3は演算処理部21及びメモリ22を有している。演算処理部21は、例えばコンピュータの演算処理部によって構成されている。メモリ22は、半導体メモリ、ハードディスク、等といった記憶装置によって構成されている。
図1の検出器13の出力端子は入出力インターフェース23を介して制御装置3に接続されている。
【0033】
メモリ22は、コンピュータの演算処理部21に対して結晶構造解析の手順を指令するプログラムを記憶した領域と、プログラムによる演算処理の際に処理データを一時的に記憶するための領域と、測定結果である回折データを読出し可能に記憶する領域と、を含んでいる。上記のプログラムは、CD(コンパクトディスク)等といった記憶媒体に記録されたプログラムをメモリ22の所定領域内にインストールしたものであっても良い。
【0034】
図1の電子銃5、試料駆動装置11及び電磁偏向器12は入出力インターフェース23を介して制御装置3に接続されている。また、液晶表示装置等といったディスプレイ24及びキーボード等といった入力装置25が入出力インターフェース23を介して制御装置3に接続されている。
【0035】
結晶構造解析装置1は、例えば
図2(a)に示す回折図形を多数枚(例えば、数百枚以上)取得し、これらの回折図形に対してデータ処理及び構造解析を行う。この構造解析により、試料Sを構成する結晶構造(例えば
図2(b)に示すような結晶構造)が決められる。以下、結晶構造解析装置1によって実行される電子線回折測定を具体的に説明する。
【0036】
(逐次測定)
図5は、
図1の結晶構造解析装置1によって実現される電子線回折測定の一例である逐次測定のフローチャートを示している。この逐次測定は、1つの試料粒(すなわち1つの結晶)についての測定が終了した段階で、マージするか否かを決定する測定手法である。マージとは、複数のデータを1つのデータにまとめる処理のことである。本明細書では、マージによって得られたデータをマージ後データと呼ぶことがある。
【0037】
制御装置3は、まず、ステップS1において基準値を初期化する。具体的には、測定済み試料数にk=0を設定し、マージするか否かの第1の基準指標であるRintの初期値Rint(0)=0.5を設定し、マージするか否かの第2の基準指標である完全性(k)=0%に設定する。
【0038】
「Rint」は、等価な反射の強度の一致度のことである。等価な反射とは、結晶の対称性のために同一の強度を持つべき回折点を形成することになる反射のことである。計算式は次の通りである。
ここで、|Ii(hkl)-〈I(hkl)〉|は、i個測定されている等価な回折点hklのi番目の強度と平均強度との差である。〈I(hkl)〉はi個の回折点の平均強度である。
また、Σ
hklΣ
iI
i(hkl)で除する(割る)のは、i個測定されている等価な回折点hklの強度の総和で規格化することである。i個の等価な回折点の総和(ΣiIi(hkl))を、さらに全てのhklについて足しているので、ΣhklΣiIi(hkl)は全ての回折点の強度の和になる。ΣhklはΣhΣkΣlの意味である。Rintはマージを行うか否かの第1の基準指標である。
【0039】
「完全性」とは次の通りである。結晶格子と回折対称(=結晶の対称性)が分かると測定すべき回折点の数を計算できる。実際の測定は、測定すべき回折点を目指して測定スケジュールが立てられるが、必ずしも全ての測定すべき回折点が測定できているとは限らない。完全性は、測定すべき回折点のうち、どのくらいの割合の回折点が実際に測定されているかの指標であり、理想的には100%である。完全性は、データの良否の尺度、ひいては構造解析結果の信頼性の尺度の1つである。完全性はマージを行うか否かの第2の基準指標である。
【0040】
目標とする光学的な分解能に到達するために、測定すべき回折点の数は格子定数の大きさと結晶の対称性から計算することができる。上記の完全性は、測定すべき回折点の数を分母とし、実際に測定された反射の数を分子とした値である。完全性は実際には0%から100%までの値となる。現行の国際結晶学会の論文投稿規定では、0.83オングストロームの分解能の場合、完全性が98.5%以上でないと警告が出されることになっている。
【0041】
次に、制御装置3は、ステップS3において1つの結晶に対する測定を行い、さらにステップS4でデータ処理を行う。このデータ処理においては、回折点強度I、信頼度SIG(I)、Rint及び完全性を求める。具体的には、
図3において1つの試料Sに電子線ビームを照射しながら、試料に対する放射線の入射角を所定の角速度で連続的に変化させる。このとき、1つの試料Sで回折した電子線によって
図1の検出器13上に回折像を形成する。この回折像は検出器13によって検出され、検出によって得られた回折データが
図4の制御装置3へ伝送される。制御装置3は、伝送された回折データに基づいて、結晶格子面ごとの(すなわちミラー指数ごとの)回折点強度及びその信頼度(SIG(I))を求める。なお、試料に対する放射線の入射角を所定の角速度で連続的に変化させることに代えて、試料に対する放射線の入射角を、必要に応じて、所定の時間間隔で間欠的に変化させることができる。
【0042】
以上により、
図6におけるデータData-1が求められる。また、制御装置3はData-1に関する完全性を求める。
図6ではData-1に対して69%の完全性が得られたことを示している。
【0043】
次に、制御装置3はステップS5において、今回のRint(k)の値と前回のRint(k-1)の値とを比較する。今考えているのは最初のデータであるData-1なので、比較するのはRintの初期値になる。この比較において、Rint(k)≦Rint(k-1)ならば(すなわち、Rintが悪化していなければ)、ステップS5でYESと判定され、Data-1に対してマージを行うものと決定する。
【0044】
次に、制御装置3は、
図1の試料ホルダ7を試料駆動装置11によって駆動して、別の試料に電子線が照射されるように試料ホルダ7を移動させる。この状態で、再度、ステップS3の結晶の測定及びステップS4のデータ処理を行って、この結晶の結晶格子面ごとの回折点強度及び信頼度を多数個、求める。これにより、
図6におけるデータData-2が求められる。ここでRintが悪化していなければ(ステップS5でYES)、Data-2に対してマージを行うものと決定する。また、制御装置3はData-2に関する完全性を求める。
【0045】
次に、制御装置3は、Data-1及びData-2の両方に対してマージを行うことが決められた場合に、ステップS6へ進んでData-1とData-2との間でマージを実行する。具体的には、(1)
図6の回折点強度に関してのマージ、(2)
図6の信頼度SIG(I)に関してのマージ、(3)
図6においてデータが欠けている部分のマージ、を行う。詳しくは次の通りである。
【0046】
(1)回折点強度に関してのマージ:
の各式に基づいて、前回データData-1と今回データData-2との間の同一回折点の平均(mean)の強度Imeanを求める。この値が
図6のマージ後データ(Data-1+Data-2)においてマージされた強度となる。
【0047】
なお、「i」は、同一のミラー指数hklを持つ回折点(すなわち、結晶学上における同一の回折点)の数を足し合わせるためのインデックスである。同一回折点は、一般的に、個々の測定で得られるデータにも複数含まれている。従って、マージの際には個々の測定データに含まれる同一の回折点の数の和と同一の数の同一の回折点が存在する。例えば、データ1にn1個の回折点が含まれ、データ2にn2個の回折点が含まれれば、インデックスiの範囲はi=1~N(N=n1+n2)となる。
【0048】
また、「ωi 」は、信頼度σi の二乗(分散)の逆数であり、各回折点の重みである。ここでの信頼度は『σi 』=SIG(I)である。「σi 」は、回折点iの強度の統計的な揺らぎ(例えば標準偏差)である。揺らぎなので、小さければ小さいほど信頼度は高くなる。従って、例えば信頼度が低い、即ちσが大きいほど、ωは小さくなる。このため、ωが小さいほど、平均化する際に重み付けが低く扱われることになる。
【0049】
(2)信頼度に関してのマージ:
ここでの信頼度はσmeanであり、σmeanはマージにより平均化された強度の信頼度である。
に基づいて、Data-1とData-2との間の同一回折点の平均化された強度の信頼度σmeanのマージの値を求める。σint 又はσext の大きい方(max)を信頼度σmeanのマージの値とする。この値が
図6の(Data-1+Data-2)においてマージされた信頼度σmeanになる。
【0050】
なお、「σint 」は、「平均の強度Imean」と「Ii 」と「回折点iの重みωi 」とから改めて平均の分散を計算し、自由度で規格化したものの平方根(標準偏差)である。また、「σext 」は、平均化した回折点の分散の平均値の平方根(標準偏差)である。
【0051】
(3)データが欠けている部分のマージ:
例えば
図6において、Data-1の(a),(b),(c)の部分は、Data-2にはデータが存在するが、Data-1ではデータが欠けている部分である。また、Data-2の(d),(e)の部分は、Data-1にはデータが存在するが、Data-2ではデータが欠けている部分である。本実施形態においては、いずれか一方のデータに存在しているデータを、(Data-1+Data-2)においてマージされた値として記録する。
【0052】
以上によりマージ後データ(Data-1+Data-2)が得られた後、制御装置3はステップS7においてデータ(Data-1+Data-2)の完全性を計算する。すなわち、結晶の格子定数と結晶の対称性が決まると、目標とする光学的な分解能に到達するために特定の分解能(通常は0.83オングストローム)の測定すべき回折点の数を計算できる。実際に測定できた回折点の数を、理論値である測定すべき回折点の数で割った値が完全性となる。すなわち、
完全性=(測定された回折点の数)/(理論的に測定可能な回折点の数)
となる。本実施形態において、データData-1の完全性は69%であった。データData-2の完全性は65%であった。そしてデータ(Data-1+Data-2)の完全性は91%であった。
【0053】
次に、制御装置3は、ステップS8において、今回のデータの完全性(k)と前回のデータの完全性(k-1)とを比較する。具体的には、
完全性(k)-完全性(k-1)≧5% (式7)
すなわち、完全性の増加分が5%以上であるか否かをチェックする。完全性の増加分が5%よりも小さい場合(ステップS8でNO)は、S6でマージしたデータをS9で破棄して1つ前のデータへ戻し、ステップS2~ステップS4へ戻って、次の結晶の測定を行い、そのデータ(例えば
図6の例ではData-2の次のデータData-3)について回折点強度及び信頼度を求める。また、Data-3についてRintを求める。なお、Data-3以降のデータは
図6では図示を省略している。
【0054】
次に、制御装置3は、ステップS5において、前のマージ後データのRintに比べてRintが悪化しているか否かを判定し、悪化していなければ(ステップS5でYES)、ステップ6へ進んで、前回のマージの結果として得られたマージ後データ(例えば
図6のデータ(Data-1+Data-2))と今回のデータData-3との間でマージを行う。この後、マージ後データの完全性を算出する。次に、制御装置3はマージの結果として得られたデータ(Data-1+Data-2+Data-3)についてステップS8において完全性の比較を行う。この処理は完全性の増加分が5%以上になるまで行われる。
【0055】
完全性の増加分が5%以上になった場合(ステップS8でYES)は、ステップS10へ進んで完全性が所定の指定値、例えば98.5%以上であるか否かをチェックする。完全性が指定値よりも小さい場合(ステップS10でNO)は、ステップS2へ戻って次のデータData-4を得るための結晶の測定(ステップS3)及びデータ処理(ステップS4)を行う。そして基準指標であるRintの評価(ステップS5)及び完全性の評価(ステップS8)の結果に応じて、前回のマージ後データと今回のデータとの間で再度、マージを行う(ステップS6)。
【0056】
そのマージの結果、ステップS8で完全性の増加分が5%以上であり、さらにステップS10で今回のマージ後データの完全性が指定値よりも大きくなれば(ステップS10でYES)、処理を終了する。以上の処理により、マージの結果としてマージ後データ(Data-1+Data-2+……+Data-n)が得られる。なお、Rintの評価及び完全性の評価によりマージを行わないと判定されたデータについてはマージ結果後のデータには含まれない。以上により、マージによってデータが補完され、さらに質の高いデータを得ることができる。なお、本実施形態では、
図6のData-1,Data-2,……,Data-nは、例えば数個~数千個の数で取得される。
【0057】
以上のように、逐次測定においては、1つの結晶の測定が終了した段階(例えば、Data-1,Data-2,…,Data-nの個々が取得された段階)でマージするか否かを判定し、必要な複数のデータについてマージを行って、データを補完することにより質の高い最終的なマージ後データを得るようにした。このため、1つのデータに含まれる反射の回折点数が少なく、1つのデータだけでは良好な結晶構造解析結果が得られない場合でも、信頼性の高い結晶構造を取得できるようになった。
【0058】
(第2の実施形態:第1の連続測定)
図7は連続測定の一例を示している。連続測定は、指定個数の結晶(すなわち、指定個数の試料粒)の測定を全て終了した段階で、マージするか否かを決定する測定手法である。制御装置3は、まず、ステップS11において基準値を初期化する。具体的には、測定済み試料数にk=0を設定し、指定個数として第1指定値(例えば数個~数千個)を設定する。
【0059】
次に、制御装置3は、ステップS12~S15において、第1指定値の数だけの結晶の測定を連続して行い、さらにデータ処理を行う。具体的には、
図3において1つの試料Sに電子線ビームを照射しながら、試料に対する放射線の入射角を所定の角速度で連続的に変化させる。このときに1つの試料Sで回折した電子線によって
図1の検出器13上に回折像を形成する。この回折像は検出器13によって検出され、検出によって得られた回折データが
図4の制御装置3へ伝送される。制御装置3は、伝送された回折データに基づいて、結晶格子面ごとの(すなわちミラー指数ごとの)回折点強度(I)、信頼度(SIG(I))、Rint、完全性、FOM及び結晶方位を求める。これにより、例えば
図6のデータData-1が得られる。なお、試料に対する放射線の入射角を所定の角速度で連続的に変化させることに代えて、試料に対する放射線の入射角を、必要に応じて、所定の時間間隔で間欠的に変化させることができる。
【0060】
ステップS14において、制御装置3は、回折点強度(I)、信頼度(SIG(I))、Rint、完全性、FOM(k)及び結晶方位を計算する。S14のデータ処理は
図5のステップS4のデータ処理と同じである。また、「FOM」はFigure of Merit(有効度因子)である。
FOM=a×(1-Rint)+b×完全性 (式8)
である。「結晶方位」は、
図8に示すように、例えば結晶の(1,1,1)軸と試料回転軸X0との成す角度θとして計算される。なお、結晶の軸は(1,1,1)軸に限られるものではなく、必要に応じて適宜の軸が選択できる。
【0061】
結晶の測定(ステップS13)及びデータ処理・FOM計算・結晶方位計算(ステップS14)は結晶の測定個数が第1指定値に到達するまで、繰返して行われる(ステップS15)。これにより
図6のデータData-2,……,Data-nが求められる。なお、Data-3以降のデータは
図6では図示を省略している。測定個数が第1指定値に到達すると(ステップS15でYES)、制御装置3は、ステップS16において、回折データData-1,Data-2,……,Data-nをFOM(k)の高い順、又はRintの低い順、又は完全性の高い順にソート(すなわち並び揃え)する。
【0062】
さらに、制御装置3はステップS17において、ソートされた回折データについて指定個数として第2指定値を設定する。この第2指定値はステップS11の第1指定値以下の数値である。次に、制御装置3は、ステップS20において、結晶方位の変化が10°以上である場合(ステップS20でYES)に、ステップS21においてマージを行う。
【0063】
具体的なマージの手順は
図6を参照して説明した
図5の逐次測定の場合と同じである。すなわち、ソートされた順番でData-1とData-2とのマージで(Data-1+Data-2)を作成し、次いで(Data-1+Data-2)とData-3とのマージで(Data-1+Data-2+Data-3)を作成し、以下これを繰り返す。なお、結晶方位の変化が10°よりも小さいデータに関しては、マージを行わない(ステップS20でNO)。結晶方位の変化が10°よりも小さい場合は、マージを行っても完全性が良くなる可能性が低く、マージをする必要性が低いからである。
【0064】
次に、制御装置3は、ステップS22において、マージの結果として得られた回折データに関して完全性の計算を行う。そして、完全性の増加分が5%よりも小さければ(ステップS23でNO)、S21でマージしたデータを破棄して、1つ前のデータへ戻し(data(i)=data(iー1))、ステップS18~ステップS22へ戻って、マージを繰り返して行い、さらに完全性を計算する。ステップS23で完全性の増加分が5%以上になった場合(ステップS23でYES)には、ステップ24で完全性が指定値以上になったときに、処理を終了する。
【0065】
以上のように、第1の連続測定においては、指定個数の結晶の測定が終了した段階(例えば、
図6のData-1,Data-2,…,Data-nの全てが取得された段階)でマージするか否かを判定し、必要な複数のデータについてマージを行って、データを補完することにより質の高いデータを得るようにした。このため、1つのデータに含まれる反射の回折点数が少なく、1つのデータだけでは良好な結晶構造解析結果が得られない場合でも信頼性の高い結晶構造を取得できるようになった。
【0066】
また、本実施形態では、取得した複数の回折データを、FOMの高い順、又はRintが低い順、又は完全性が高い順にソートした上で、それらの複数の回折データに対して順次にマージを行うことにした。このため、本実施形態によれば、少ないマージ数で効率良く信頼性のある結晶構造を得ることができる。
【0067】
また、本実施形態では、ステップS20において結晶の方位を一義的に定義した上でマージを実行するようにしたので、マージの効率を高めることができ、さらに少ないマージ数で効率良く信頼性のある結晶構造を得ることができる。
【0068】
(第3の実施形態:第2の連続測定)
図9は連続測定の他の例を示している。この第2の連続測定も、指定個数の結晶の測定を全て終了した段階で、マージするか否かを決定する測定手法である。制御装置3は、まず、ステップS31において基準値を初期化する。具体的には、測定済み試料数にk=0を設定し、指定個数として第1指定値(例えば数個~数千個)を設定する。
【0069】
次に、制御装置3は、ステップS32~S36において、
図7の第1の連続測定の場合と同様に、第1指定値の数だけの結晶の測定を連続して行い、さらにデータ処理を行う。具体的には、
図3において1つの試料Sに電子線ビームを照射しながら、試料に対する放射線の入射角を所定の角速度で連続的に変化させる。このときに1つの試料Sで回折した電子線によって
図1の検出器13上に回折像を形成する。この回折像は検出器13によって検出され、検出によって得られた回折データが
図4の制御装置3へ伝送される。制御装置3は、伝送された回折データに基づいて、結晶格子面ごとの(すなわちミラー指数ごとの)回折点強度(I)、信頼度(SIG(I))、Rint、完全性、FOM及び結晶方位を求める。これにより、例えば
図6のデータData-1が得られる。なお、試料に対する放射線の入射角を所定の角速度で連続的に変化させることに代えて、試料に対する放射線の入射角を、必要に応じて、所定の時間間隔で間欠的に変化させることができる。
【0070】
さらに、制御装置3は、ステップS34において、回折点強度(I)、信頼度(SIG(I))、Rint、完全性、FOM(k)及び結晶方位を計算する。FOM及び結晶方位については
図7の第1の連続測定の場合と同様である。
【0071】
制御装置3は、さらにステップS35において、データData-1を結晶格子に基づいてクラスタ分類する。結晶格子は、
図10に示すように、a軸長さ、b軸長さ,c軸長さ、α角度、β角度、及びγ角度によって規定される。例えば、
図11に示すように、シチジン、アセトアミノフェン、4塩化白金酸カリウム(II)を例にとれば、
図11のa,b,cの各長さ及びα,β,γの各角度によってそれぞれの結晶格子が特定される。
【0072】
複数の物質間でa,b,c,α,β,γの各値が異なっていれば、それらの物質は異なる結晶構造を持つことになり、それらの物質は異なる化合物である。
図9に示す本実施形態においては、ステップS35において、a,b,c,α,β,γの各値が±10%以内に収まる物質同士を同一クラスタに属する物質として分類する。なお、どの項目に関してクラスタ分類を行うかについては、必要に応じて任意の項目を選択して適用できる。
【0073】
結晶の測定(ステップS33)、及びデータ処理・FOM計算・結晶方位計算(ステップS34)、及びクラスタ分類(ステップS35)は、結晶の測定個数が第1指定値に到達するまで連続して繰返して行われる(ステップS36)。これにより、
図7のData-2,……,Data-nが求められる。測定個数が第1指定値に到達すると(ステップS36でYES)、制御装置3は、ステップS37において、データData-1,Data-2,……,Data-nをFOM(k)の高い順、又はRintの低い順、又は完全性の高い順にソート(すなわち並び揃え)する。
【0074】
さらに、制御装置3はステップS38において、ソートされたデータについて指定個数として第2指定値を設定する。この第2指定値はステップS31の第1指定値以下の数値である。次に、制御装置3は、ステップS41において、結晶方位の変化が10°以上である場合(ステップS41でYES)に、ステップS42においてマージを行う。
【0075】
具体的なマージの手順は
図6を参照して説明した
図5の逐次測定の場合と同じである。但し、本実施形態では、マージは同一クラスタ内で行われ、クラスタが異なる物質間ではマージを行わない。すなわち、同一クラスタに属する複数の回折データにおいて、ソートされた順番でData-1とData-2とのマージで(Data-1+Data-2)を作成し、次いで(Data-1+Data-2)とData-3とのマージで(Data-1+Data-2+Data-3)を作成し、以下これを繰り返す。なお、結晶方位の変化が10°よりも小さいデータに関しては、マージを行わない(ステップS41でNO)。
【0076】
次に、制御装置3は、ステップS43において、マージの結果として得られた回折データに関して完全性の計算を行う。そして、完全性の増加分が5%よりも小さければ(ステップS44でNO)、S42でマージしたデータを破棄して1つ前のデータへ戻し(data(i)=data(iー1))、ステップS39~ステップS43へ戻って、マージを繰り返して行い、さらに完全性を計算する。ステップS44で完全性の増加分が5%以上になった場合(ステップS44でYES)には、ステップS45で完全性が指定値以上になったときに、処理を終了する。
【0077】
以上のように、第2の連続測定においては、指定個数の結晶の測定が終了した段階(例えば、
図6のData-1,Data-2,…,Data-nの全てが取得された段階)でマージするか否かを判定し、必要な複数のデータについてマージを行って、データを補完することにより質の高いデータを得るようにした。このため、1つのデータに含まれる反射の回折点数が少ないために1つのデータだけでは良好な結晶構造解析結果が得られない場合でも、信頼性の高い結晶構造を取得できるようになった。
【0078】
また、本実施形態では、取得した複数の回折データを、FOMの高い順、又はRintが低い順、又は完全性が高い順にソートした上で、さらにクラスタ分類し、それらの複数の回折データに対して順次にマージを行うことにした。このため、本実施形態によれば、少ないマージ数で効率良く信頼性のある結晶構造を得ることができる。
【0079】
また、本実施形態では、ステップS41において結晶の方位を一義的に定義した上でマージを実行するようにしたので、マージの効率を高めることができ、さらに少ないマージ数で効率良く信頼性のある結晶構造を得ることができる。
【0080】
さらに、本実施形態においては格子定数に基づいて複数のデータをクラスタ分類することにしたので、次のことが言える。すなわち、
図3の試料ホルダ7には、基本的に同一化合物の同一結晶系を持つ微結晶が存在する。しかしながら、異なるクラスタに属するデータは異なる格子定数を有するので「異なる化合物」と言える。又は、同一化合物であっても異なる結晶構造を持つ「多形」である。従って、複数のデータに関して同一クラスタ内にあるもの同士をマージして、それらを別の構造として構造解析する必要がある。そして、異なるクラスタ間にあるもの(すなわち、異なる結晶構造を持つ結晶のデータ)はマージしてはならない。それ故、本実施形態では、複数の結晶から得られた回折データであって、格子定数に応じてクラスタ分けした複数回折データを、同一クラスタ内でマージする。
【0081】
(第4の実施形態:第3の連続測定)
図12は連続測定のさらに他の例を示している。この第3の連続測定も、指定個数の結晶の測定を全て終了した段階で、マージするか否かを決定する測定手法である。この第3の実施形態は
図9に示した第2の実施形態と基本的な流れは同じである。第2の実施形態(
図9)と第3の実施形態(
図12)とで異なるのは、第2の実施形態におけるステップ35のクラスタ分類工程を第3の実施形態においてステップ59のところ、すなわちステップS56のソート工程とステップ61の結晶方位の変化度合の判定工程との間に配置したことである。
【0082】
本第3の連続測定においても、指定個数の結晶の測定が終了した段階(例えば、
図6のData-1,Data-2,…,Data-nの全てが取得された段階)でマージを行うか否かを判定し、必要な複数のデータについてマージを行って、データを補完することにより完全性の高いデータを得るようにした。このため、1つのデータに含まれる反射の回折点数が少ないために1つのデータだけでは良好な結晶構造解析結果が得られない場合でも、信頼性の高い結晶構造を取得できるようになった。
【0083】
また、本実施形態でも、取得した複数の回折データを、FOMの高い順、又はRintが低い順、又は完全性が高い順にソートした上で、さらにクラスタ分類し、それらの複数の回折データに対して順次にマージを行うことにした。このため、本実施形態によれば、少ないマージ数で効率良く信頼性のある結晶構造を得ることができる。
【0084】
また、本実施形態では、ステップS61において結晶の方位を一義的に定義した上でマージを実行するようにしたので、マージの効率を高めることができ、さらに少ないマージ数で効率良く信頼性のある結晶構造を得ることができる。
【0085】
さらに、本実施形態においても格子定数に基づいて複数のデータをクラスタ分類することにしたので、次のことが言える。すなわち、
図3の試料ホルダ7には、基本的に同一化合物の同一結晶系を持つ微結晶が存在する。しかしながら、異なるクラスタに属するデータは異なる格子定数を有するので「異なる化合物」と言える。又は、同一化合物であっても異なる結晶構造を持つ「多形」である。従って、複数のデータに関して同一クラスタ内にあるもの同士をマージして、それらを別の構造として構造解析する必要がある。そして、異なるクラスタ間にあるもの(すなわち、異なる結晶構造を持つ結晶のデータ)はマージしてはならない。それ故、本実施形態では、複数の結晶から得られた回折データであって、格子定数に応じてクラスタ分けした複数回折データを、同一クラスタ内でマージする。
【0086】
(第5の実施形態)
図5に示した実施形態においては、1つ目の試料粒についてデータ(Data-1)を取得した段階でそのデータについてマージをするか否かを判定し、さらに2つ目の試料粒についてデータ(Data-2)を取得した段階でそのデータについてマージをするか否かを判定し、マージをすべきデータが2つ揃った段階でそれらのデータについてマージを行ってマージ後データを取得する。そしてさらに、次の試料粒に関してデータを取得してさらにマージを行うか否かを判定し、マージを行うべきときには、既に取得されたマージ後データと次のデータとをマージする。そして、このようなマージ処理を複数の試料粒に対して順次に繰り返す。
【0087】
図7に示した実施形態においては、所定個数の試料粒について連続してデータ(Data-1, Data-2,…,Data-n)を取得した段階でそれらのデータについてマージをするか否かを判定し、マージを行うと判定された複数のデータをソートする。そして、ソート後の順番に従って、2つのデータをマージしてマージ後データを取得し、そのマージ後データを次のデータとマージする。そしてこのようなマージ処理を繰り返して行う。
【0088】
図9及び
図12に示した実施形態においては、基本的には
図7に示した実施形態と同様にして、所定個数の試料粒について連続してデータ(Data-1, Data-2,…,Data-n)を取得した段階でそれらのデータについてマージをするか否かを判定し、マージを行うと判定された複数のデータをソートする。そして、ソート後の順番に従って、2つのデータをマージしてマージ後データを取得し、そのマージ後データを次のデータとマージする。さらに
図9及び
図12の実施形態では、取得した複数のデータを格子定数に応じてクラスタごとに分類し、同一のクラスタ内においてデータのマージを行う。
【0089】
以上のように、
図5、
図7、
図9及び
図12の実施形態では、取得した2つのデータ毎にマージ処理を行うことにした。しかしながら、本発明は、この実施形態に限られず、次のようなマージ処理を行うことも含む。すなわち、複数の試料粒のうちの3つ以上の個々に、放射線の入射角を変化させながら放射線を照射することにより、個々の試料粒内の複数の結晶格子面に対する回折点強度及び信頼度を求めて3つ以上のデータ(例えば
図6のData-1, Data-2,…,Data-n)をまとめていっぺんに取得し、さらに、取得したそれらのデータのうちマージを行うべきと判定された3つ以上のデータに関して、それら複数のデータを1つにまとめるためのマージ処理をまとめていっぺんに行うことも可能である。
【0090】
(その他の実施形態)
以上、好ましい実施形態を挙げて本発明を説明したが、本発明はその実施形態に限定されるものでなく、請求の範囲に記載した発明の範囲内で種々に改変できる。
例えば、
図1に示した電子顕微鏡機構部2の構造及び
図4に示した制御装置3の構造は一例であり、必要に応じて他の構造を採用することができる。
【0091】
また、以上の実施形態では電子線回折によって
図2(a)の回折図形を必要な個数、例えば数百枚以上、取得した。しかしながら、回折図形は電子線以外の放射線、例えばX線、中性子線、等によって取得することもできる。
【符号の説明】
【0092】
1:結晶構造解析装置、2:電子顕微鏡機構部、3:制御装置、4:筐体、5:電子銃、6:集束レンズ、7:試料ホルダ、8:対物レンズ、9:中間レンズ系、10:投射レンズ系、11:試料駆動装置、12:電磁偏向器、13:検出器、15:グリッド、16:格子目、R:電子線、S:試料、X0:中心線、Q:回折像