(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-25
(45)【発行日】2024-08-02
(54)【発明の名称】造血幹細胞移植を受けている患者を治療するための便細菌叢
(51)【国際特許分類】
A61K 35/74 20150101AFI20240726BHJP
A61K 35/741 20150101ALI20240726BHJP
A61P 37/06 20060101ALI20240726BHJP
【FI】
A61K35/74 A
A61K35/741
A61P37/06
(21)【出願番号】P 2019540408
(86)(22)【出願日】2018-01-26
(86)【国際出願番号】 EP2018051941
(87)【国際公開番号】W WO2018138251
(87)【国際公開日】2018-08-02
【審査請求日】2020-12-14
【審判番号】
【審判請求日】2022-11-14
(32)【優先日】2017-01-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】FR
(73)【特許権者】
【識別番号】507416908
【氏名又は名称】ソルボンヌ・ユニヴェルシテ
(73)【特許権者】
【識別番号】501089863
【氏名又は名称】サントル ナシオナル ドゥ ラ ルシェルシェ サイアンティフィク
(73)【特許権者】
【識別番号】500248467
【氏名又は名称】アンスティテュ ナシオナル ドゥ ラ サントゥ エ ドゥ ラ ルシェルシェ メディカル(イーエヌエスエーエールエム)
(73)【特許権者】
【識別番号】505138886
【氏名又は名称】アシスタンス パブリク-オピトー ドゥ パリ
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100092624
【氏名又は名称】鶴田 準一
(74)【代理人】
【識別番号】100114018
【氏名又は名称】南山 知広
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【氏名又は名称】胡田 尚則
(72)【発明者】
【氏名】モハマド モーティ
(72)【発明者】
【氏名】ハリー ソコル
【合議体】
【審判長】冨永 みどり
【審判官】山村 祥子
【審判官】齋藤 恵
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2016/0143961(US,A1)
【文献】Transplant Infectious Disease,2016年07月,18(4),p.628-633
【文献】BLOOD,2016年10月,VOL:128,NR:16,PAGE(S):2083-2088
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K
Caplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
受領患者における同種異系造血幹細胞(HSC)移植に起因する移植片対宿主(GVH)疾患の予防のための便細菌叢のサンプルであって、前記便細菌叢のサンプルが、HSC移植前に投与され、
前記便細菌叢のサンプルが、前記HSC移植の1週間~12か月前に前記HSC移植の前の前記受領患者の消化管に移植され、前記移植が必要に応じて繰り返される、サンプル。
【請求項2】
前記便細菌叢のサンプル及び前記造血幹細胞が、同一のドナー対象に由来する、請求項1に記載の便細菌叢のサンプル。
【請求項3】
前記サンプルが、前記HSC移植の1週間~8か月前に前記HSC移植の前の前記受領患者の消化管に移植され、前記移植が必要に応じて繰り返される、請求項1又は2に記載の便細菌叢のサンプル。
【請求項4】
前記サンプルが、前記HSC移植の1週間~6か月前に前記HSC移植の前の前記受領患者の消化管に移植され、前記移植が必要に応じて繰り返される、請求項1又は2に記載の便細菌叢のサンプル。
【請求項5】
前記サンプルが、前記HSC移植の1週間~4か月前に前記HSC移植の前の前記受領患者の消化管に移植され、前記移植が必要に応じて繰り返される、請求項1又は2に記載の便細菌叢のサンプル。
【請求項6】
前記サンプルが、前記HSC移植の1週間~3か月前に前記HSC移植の前の前記受領患者の消化管に移植され、前記移植が必要に応じて繰り返される、請求項1又は2に記載の便細菌叢のサンプル。
【請求項7】
前記サンプルが、前記HSC移植の1週間~8週間前に前記HSC移植の前の前記受領患者の消化管に移植され、前記移植が必要に応じて繰り返される、請求項1又は2に記載の便細菌叢のサンプル。
【請求項8】
前記受領患者が癌に罹患している、請求項1~
7の何れか1項に記載の便細菌叢のサンプル。
【請求項9】
前記受領患者が、悪性血液疾患に罹患している、請求項1~
8の何れか1項に記載の便細菌叢のサンプル。
【請求項10】
請求項1~9の何れか1項に記載の便細菌叢のサンプルの製造方法であって、
i)前記ドナー対象からの便サンプルを抗凍結剤及び充填剤を含む生理食塩水性溶液と混合す
る工程、
ii)任意に、その後、濾過する工程、
iii)貯蔵のために凍結
し、前記サンプルを解凍する工程、
を含む、
方法。
【請求項11】
前記混合及び凍結の工程が、嫌気性条件下で行われる、請求項
10に記載の
製造方法。
【請求項12】
前記投与が直腸経路又は経口経路による、請求項1~
9の何れか1項に記載の便細菌叢のサンプル。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、造血幹細胞(HSC)移植を受けている患者の治療に関する。
【背景技術】
【0002】
造血幹細胞は、全ての血液細胞株に由来する細胞である。分化により、これらの細胞は、あらゆる血球(赤血球、白血球、血小板)を生じさせることができ、そしてまた自己複製することができる。
【0003】
造血幹細胞移植は、特定の血液疾患及び特定の癌の治療における主要な治療法である。実際に、それは、化学療法及び/又は放射線療法による治療の強度を大幅に増加させることを可能にし、その結果、障害の治療、又は回復をもたらし、患者の生存率が向上する。それはまた、癌疾患の制御に寄与することができる新しい免疫系を患者に導入することを可能にする(同種移植の場合)。
【0004】
著しい血液毒性を伴うこれらの治療後に行われる移植は、骨髄の再構築及び血液細胞を通常の生産状態へ戻すことを可能にする。造血幹細胞移植は、いくつかの種類の病状:急性白血病、骨髄腫、リンパ腫又は特性の固形腫瘍(乳癌、精巣癌、卵巣癌、神経芽細胞腫等)等の悪性腫瘍、及び先天性又は後天性の欠乏症(免疫不全症、無形成症、代謝欠乏症及び代謝異常症等)等の非悪性疾患の治療に用いられる。
【0005】
2種類の移植が行われ得る:
- 自己移植、これは、患者が、骨髄、又は数週間、数か月又は数年前に末梢血から採取した自分自身の幹細胞を受領し、凍結保存する。
- 同種移植、(又は「同種異系移植(allogenic graft)」)、これは、適合性の有無にかかわらず、関連するドナー、又は適合性の有無にかかわらず、無関係のドナー、又は臍帯血細胞が必要である。
【0006】
移植は、いくつかの工程で行われる。移植を受ける数日前に、当該患者は、典型的に、骨髄破壊的又は骨髄非破壊的である前処理(conditioning)を受ける。これは、受領者の骨髄を破壊し、移植を受けさせるために、多かれ少なかれ厳しい化学療法及び必要に応じて全身照射である。一般に、その目的は、ドナーの造血幹細胞をその中に発生させ、それにより受領者の破壊された骨髄を取り換えるために受領者の骨髄に存在する全ての細胞を破壊することである。
【0007】
次いで、造血細胞の移植は、静脈内輸血によって行われる。移植の後に、患者が、もはや免疫防御を受けていない一定期間の形成不全が続く。
【0008】
同種移植の場合、同種移植に先行する「前処理」は、移植の拒絶反応を防止するために十分な免疫抑制を作り出すこと、及び必要な場合、悪性細胞に対する抗悪性腫瘍効果を得ることを可能にする。しかしながら、この有益な効果は、ドナーと受領者の間の免疫反応に関連した移植対宿主(GVH)疾患の高いリスクによって相殺される。さらに、「前処理」は、予防的又は治療的な抗感染治療を必要とする、細菌、ウイルス又は真菌感染のリスクに患者を曝す。
【0009】
現在まで、これらの深刻な合併症の治療法は、完全に満足のいくものではない。
【0010】
そのような合併症に対する予防的又は治療的アプローチが、依然として必要とされている。
【発明の概要】
【0011】
「発明の概要」
この治療上の必要性に応えて、本発明者達は、HSC移植と便細菌叢移植とを組み合わせることを提案する。本発明者達は、便細菌叢ドナーが、HSCドナーと同じである場合の利点をより具体的に特定した。発明者達はまた、同種の状態の場合であっても(便細菌叢ドナーとHSCドナーが同一の場合)、便細菌叢ドナーとHSCドナーが異なる状態であろうと、HSC移植前の便細菌叢移植の利点を確認した。
【0012】
従って、本発明の一態様は、受領患者における同種異系HSC移植に起因する感染性又は非感染性合併症の予防及び/又は治療における便細菌叢のサンプルの使用に関し、ここで前記便細菌叢のサンプル及び前記HSCは、1人の同一ドナー対象に由来する。
【0013】
便細菌叢移植は、HSC同種移植の前又は後に実施され得る。
【0014】
本発明の他の態様は、受領患者における同種異系HSC移植に起因する感染性又は非感染性合併症の予防及び/又は治療における便細菌叢のサンプルの使用に関し、ここで、前記便細菌叢のサンプルは、HSC移植の前に投与される。
【0015】
有利には、便細菌叢は、同種異系HSC移植後の移植対宿主(GVH)疾患の発生を予防する、又は発生のリスクを低減することを可能にする。
【0016】
便細菌叢はまた、病原菌によるコロニー形成に起因するであろう敗血症をも含み得る感染性合併症のリスクを低減することも可能であり、特に、細菌は、抗生物質に対して多剤耐性であり、同種異系HSC移植の前、及び患者の骨髄破壊的又は骨髄非破壊的前処理が始まる前でさえも感染する。そのような感染症は、典型的に、同種異系HSC移植に対して禁忌である。本発明による便細菌叢移植は、この禁忌を解決し、患者は前処理及び同種異系HSC移植を受けることが可能になる。
【0017】
受領患者は、特に癌、特に悪性血液疾患、さらには、非悪性疾患に罹患している可能性がある。
【0018】
本発明の他の態様は、癌、特に悪性血液疾患に罹患し、同種異系HSC移植と受けているか又は受けた受領患者における癌の治療における便細菌叢のサンプルの使用に関し、ここで、前記便細菌叢のサンプル及び前記HSCは、好ましくは一人の同一のドナー対象に由来する。
【0019】
ここでもまた、便細菌叢移植は、HSC移植の前又は後に実施され得る。
【発明を実施するための形態】
【0020】
「発明の詳細な説明」
受領患者
想定される患者は、年齢及び性別にかかわらず、造血幹細胞移植を受けた、又は受ける予定のあるヒトである。患者は、HSC移植によって治療することができる何れかの障害を患っている。これらは、特に癌、遺伝的障害、造血系及び/又は免疫系に影響を及ぼす障害である。特に、慢性骨髄性白血病、急性骨髄性白血病、急性リンパ性白血病、骨髄増殖性症候群、骨髄異形成症候群、NHL(非ホジキン悪性リンパ腫)、ホジキン病、多発性骨髄腫、特発性髄質形成不全、発作性寒冷ヘモグロビン尿症、ヘモグロビン症、先天性免疫不全(SCID、Kostmann、Wiskott-Aldrich)及びファンコニー貧血を含む固形腫瘍、悪性血液疾患が言及され得る。
【0021】
造血幹細胞移植の前に、患者は前処理(又は準備)を受けるが、これは、骨髄破壊的又は骨髄非破壊的治療であり得る。
【0022】
この種の治療法のレビューは、Petersen et al,2007(血液悪性腫瘍の治療における治療原理のアロ反応性.Danish Medical Bulletin, May 2007,54:112-39)に示される。骨髄破壊的治療の例は、以下の通りであり得る:シクロフォスファミド(120mg/kg)とブスルファン(16mg/kg)との組み合わせ、又は吸収放射線線量12Gyでの患者の全身照射。
【0023】
骨髄非破壊的治療の場合、患者は、12Gy未満の放射線線量で全身照射を受けるか、シクロフォスファミド及び/又はフルダラビンに基づく化学療法を受けることができる。例えば、D-6及びD-5に1回50mg/kgのシクロフォスファミドの静脈内注射、及びD-6~D-2(D0は、造血幹細胞移植の日である)に25mg/m2のフルダラビンの注射を含む、骨髄非破壊的リンパ球減少性の治療を提供することが可能である。Sandmaier et al, Semin Oncol. 2000 Apr: 27 (2 Suppl 5): 78-8を参照。
【0024】
Dulery et al, Biol Blood Marrow Transplant. 2018 Jan 11. p ii: S1083-8791(18))に記載されているように、チオテパによる逐次的前処理も可能である。
【0025】
用いられる造血幹細胞は、何れかの供給源、例えばドナー対象由来の末梢血又は骨髄に由来し得る。
【0026】
便細菌叢
本発明は、特定の実施形態において、HSCドナー対象と同じドナー対象から有利に生じ得る便細菌叢移植を実施する。
【0027】
「便細菌叢」とは、健康な個人の糞便中に存在する微生物、特に細菌の叢(flora)を意味する。ヒトの腸内細菌叢は、ヒトの胃腸系(胃、腸及び直腸)に見られる微生物(バクテリア、酵母及び真菌)の集まりである。微生物多様性は現在、成人個体の優勢な腸内細菌叢を構成する約10の細菌種であり、1014の細菌の量であると推定されており、各個体において、200,000~800,000遺伝子、すなわち、ヒトゲノムの遺伝子数の10~50倍の細菌メタゲノムを表す。子宮内は無菌であるが、腸は生まれた日からコロニーが形成され、独特な個々の細菌叢へと発達している。それぞれの人は、種に関して比較的近い細菌を持っている。しかし、それら細菌叢の正確な組成(種、割合)は、主に(種の3/4以上)宿主に特有である。
【0028】
「便細菌叢の移植」又は「便細菌叢のサンプルの移植」は、健康な個体から患者への便微生物叢、特に細菌叢の投与を意味する。
【0029】
本発明の内容において、造血幹細胞移植の「受領患者」は、造血幹細胞の「ドナー対象」及び便細菌叢サンプルの「ドナー対象」とは異なり、ある特定の実施形態において、造血幹細胞のドナー対象は、便細菌叢のサンプルのドナー対象でもあることが理解され得る。造血幹細胞のヒトドナー対象は、好ましくは、受領患者と良好な組織適合性を有する、すなわち、ドナーは、可能な限り受領者に近いHLAタイピングを有する。従って、少なくとも5~10個のHLA抗原が適合性であることが好ましい。
【0030】
好ましくは、便細菌叢のドナー対象は、健康な対象である。「健康な対象」とは、腸内細菌叢の不均衡又は医療の専門家によって診断された/認識された病状に罹患していない対象を意味する。また好ましくは、便細菌叢のドナー対象は、同じ環境に住む患者の近親者、好ましくは家族の一員である。
【0031】
便細菌叢のサンプルは、典型的に、ブラウティア(Blautia)属、ルミノコッカス(Ruminococcus)属、ユーバクテリウム(Eubacterium)属、ホルデマニア(Holdemania)属及びクロストリジウム(Clostridium)属からの細菌、特に、ルミノコッカス・オベウム(Ruminococcus obeum)種、クロストリジウム・ハセワイ(Clostridium hathewayi)種、ユーバクテリウム・デスモラン(Eubacterium desmolans)種、ドレア・ロンギカテナ(Dorea longicatena)種、ルミノコッカス・ラクタリス(Ruminococcus lactaris)(Blautia producta)、ユーバクテリウム・コントルツム(Eubacterium contortum)種、ルミノコッカス・ファエシス(Ruminococcus faecis)種、ホルデマニア・フィリホルミス(Holdemania filiformis)種、クロストリジウム・ソルデリイ(Clostridium sordelli)種からの細菌を含む。
【0032】
便細菌叢のサンプルは、便細菌叢を構成する細菌、特に嫌気性細菌の生存力を保持するように有利に注意しながら、当業者に公知の何れかの手段によって得らかつ、保存され得る。
【0033】
この工程は、好ましくは、ドナー対象から便サンプルを採取することによって行われる。実際に、便サンプルは、ドナー対象由来の便細菌叢を含む。従って、当該方法は、ドナー対象から、便細菌叢を含む少なくとも1つの便サンプルを採取する工程を含む。好ましくは、便サンプルは、少なくとも10gの重量である。
【0034】
便細菌叢のサンプルは、解凍状態で使用するために凍結され得、又は新鮮な便から調製され得る。新鮮な便と冷凍サンプルの混合も可能である。
【0035】
特定の実施形態によれば、サンプルは、
i)ドナー対象からの便サンプルを抗凍結剤及び/又は充填剤を含む生理食塩水性溶液と混合すること、
ii)任意に、その後、濾過すること、
iii)貯蔵のために凍結する前に、混合及び凍結の工程が、好ましくは嫌気性条件下で行われること、
によって解凍することにより得られる本発明において用いられる。
【0036】
そのような便細菌叢のサンプルを調製するための方法は、例えば、特許出願WO2016/170285に記載される。
【0037】
それは、特に、以下の工程を含み得る:
a)ドナー対象から少なくとも1つの便細菌叢サンプルを採取する工程、
b)a)で得られた前記サンプルを、好ましくはサンプル採取後5分以内の制限時間内に、好ましくは酸素に対して密閉された収集装置に入れる工程、
c)b)で得られたサンプルを、少なくとも1つの抗凍結剤及び/又は充填剤を含む少なくとも1つの生理食塩水性溶液と混合する工程、
d)任意に、特に、0.7mm以下、好ましくは、0.5mm以下の直径の細孔を含むフィルターにより、c)で得られた混合物を濾過する工程、及び
e)典型的に、-15℃~-100℃、好ましくは-60℃~-90℃の温度で凍結することにより、c)又はd)で得られた混合物を貯蔵する工程、
工程b)~e)は、好ましくは、嫌気的に行われる。
【0038】
サンプル(a)で得られた)を、好ましくは酸素に対して密閉された収集装置に入れた後、任意に、33℃~40℃の温度で最大75時間インキュベートされ得る。好ましくは、このインキュベーション工程は、35℃~38℃の温度で、24時間~73時間の間行われる。理想的には、この工程は、約37℃の温度で72時間行われる。あるいは、サンプルは、任意に、2℃~10℃の間の温度で、最大75時間インキュベートされ得る。好ましくは、このインキュベーション工程は、4~8℃の温度で24時間~72時間の間行われる。
【0039】
次の工程c):この工程は、b)で得られたサンプルを、少なくとも1つの抗凍結剤及び/又は充填剤を含む少なくとも1つの生理食塩水性溶液と混合することを含む。
【0040】
典型的に、生理食塩水性溶液は、水及び生理学的に許容される塩を含む。
【0041】
典型的に、塩は、カルシウム、ナトリウム、カリウム又はマグネシウム塩であり、塩化物、グルコン酸塩、酢酸塩又は炭酸水素イオンを含む。
【0042】
生理食塩水性溶液は、少なくとも1つの酸化防止剤を任意に含み得る。酸化防止剤は、特にアスコルビン酸及びその塩(アスコルベート)、トコフェロール類(特に、トコフェロール)、システイン及びそれらの塩形態(特に塩酸塩)及びそれらの混合物から選択される。
【0043】
好ましくは、生理食塩水性溶液は、以下を含む:
- 塩化ナトリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、塩化カリウム、グルコン酸ナトリウム、酢酸ナトリウムから選択される少なくとも1つの塩、及び
- 任意に、好ましくは、L-アスコルビン酸ナトリウム、トコフェロール類、L-システイン塩酸塩一水和物及びそれらの混合物から選択される少なくとも1つの酸化防止剤。
【0044】
典型的に、塩は、5~20g/L、好ましくは、7~10g/Lの濃度で生理食塩水性溶液中に存在する。
【0045】
典型的に、酸化防止剤は、生理食塩水性溶液中に、溶液の全容量に対して0.3~1重量%の間の量、好ましくは溶液の全容量に対して0.4~0.6重量%の間の量で存在する。好ましくは、酸化防止剤が、L-アスコルビン酸ナトリウムとL-システイン塩酸塩一水和物の混合物である場合、L-アスコルビン酸は、溶液の全容量に対して0.4~0.6重量%の量で存在し、及びL-システイン塩酸塩一水和物は、溶液の0.01~0.1重量%の量で存在する。
【0046】
好ましくは、生理食塩水性溶液は、少なくとも1つの抗凍結剤も含む。抗凍結剤は、特に氷晶の形成に起因する凍結によって引き起こされる損傷から、サンプルを保護するために使用される物質である。
【0047】
好ましくは、抗凍結剤は、ポリオール、二糖~五糖(すなわち、二糖、三糖、四糖及び五糖)、DMSO及びそれらの混合物から選択される。好ましくは、抗凍結剤は、ポリオール類、三糖類及び二糖類、DMSO並びにそれらの混合物から選択される。より優先的には、生理食塩水性溶液中に存在する抗凍結剤は、二糖類又は三糖類である。
【0048】
使用可能なポリオール類の中には、特に、グリセロール、マンニトール、ソルビトール、及びまたプロピレングリコール又はエチレングリコールがある。使用可能な二~三糖類の中で、同一又は異なるユニットを有する二量体、三量体、四量体及び五量体が挙げられ得、前記ユニットは、グルコース、フルクトース、ガラクトース、フコース、N-アセチルノイラミンン酸から選択される。使用可能な二糖類の中で、特にトレハロース又はその類似体の1つ、又はサッカロースである。最後に、DMSO、又はジメチルスルホキシドが、標準的な抗凍結剤である。
【0049】
これらの抗凍結剤は、単独でも、混合物でも使用され得る。
【0050】
典型的に、生理食塩水性溶液中に存在する抗凍結剤の総量は、溶液の全容量に対して3~30重量%、好ましくは、溶液の全容量に対して4~20重量%である。
【0051】
好ましくは、抗凍結剤は、グリセロール、マンニトール、ソルビトール、DMSO、プロピレングリコール、エチレングリコール、トレハロース及びそれらの類似体、サッカロース、ガラクトース-ラクトース並びにそれらの混合物から選択される。より優先的には、抗凍結剤は、ガラクトース-ラクトース又はトレハロースである。
【0052】
好ましくは、生理食塩水性溶液は、少なくとも1つの充填剤を含む。
【0053】
充填剤は、好ましくは、デンプン又は排泄物の部分加水分解物から選択される。デンプン、特にコムギ又はメイズの部分加水分解物、並びに排泄物の部分加水分解物は、大量のマルトデキストリンを含む。マルトデキストリンは、デンプン又は排泄物の部分加水分解の結果であり、異なる糖(グルコース、マルトース、マルトトリオース、オリゴ-及び多糖類)によって構成されており、その割合は、加水分解度の関数として変化する。
【0054】
好ましくは、生理食塩水性溶液中に存在する充填剤は、マルトデキストリン混合物であり、その中でマルトデキストリンの量は、溶液の全容量に対して4~20重量%である。
【0055】
好ましくは、生理食塩水性溶液は、以下の両方を含む:
- 上記の少なくとも1つの抗凍結剤、すなわち、ポリオール、二糖~五糖(すなわち、二糖、三糖、四糖及び五糖)、DMSO及びそれらの混合物から選択される、及び
- 上記の少なくとも1つの充填剤、すなわち、デンプン又は排泄物の部分加水分解物から選択される充填剤、好ましくは、充填剤は、マルトデキストリンによって構成される。
【0056】
好ましくは、この場合、抗凍結剤の量は、溶液の全容量に対して3~30重量%、好ましくは、溶液の全容量に対して4~20重量%である; 及び充填剤、好ましくはマルトデキストリンの量は、溶液の全容量に対して4~20重量%である。
【0057】
均一な混合物を得るために、b)で得られたサンプルを少なくとも1つの抗凍結剤を含む少なくとも1つの生理食塩水性溶液と混合する工程c)は、混合することによって特に実施され得る。
【0058】
好ましくは、b)で得られたサンプルは、0.5重量:10容量~2重量:2容量の間に含まれるそれぞれの重量/体積比で前記生理食塩水性溶液と混合される。サンプル:溶液の重量/容量比が、0.5重量:10容量に等しいは、サンプルが、10容量の溶液(例えば10ml)に対して0.5重量(例えば0.5g)で混合されることを意味する。好ましくは、サンプル:容量の重量/容量比は、サンプルの1重量/溶液の1容量(1重量:4容量)に等しい。
【0059】
この工程が実施されると、任意の工程d)が実行され得る。工程d)は、特に0.7mm以下、好ましくは0.5mm以下の直径の孔を含むフィルターにより、c)で得られた混合物を濾過することを含む。そのような濾過は、粗い粒子を保持すること、及び目的の細菌(便細菌叢を構成する)を濾液中に保持することを可能にする。
【0060】
次いで、工程c)又はd)に続いて、後者が行われるとき、得られる混合物は、-15℃~-100℃の間に含まれる温度で凍結すること:これは工程e)である、により貯蔵される。好ましくは、凍結温度(従って貯蔵温度)は、-60℃~-90℃である;より優先的には、それは、約-80℃又は約-65℃である。
【0061】
凍結させるために、工程c)又は工程d)に続いて工程e)の前に、サンプルが一定の容量を有するようにするために、混合物を予め分注することができる。例えば、等分することは、50ml、100ml、150ml、又は200mlに等しい容量を有する検体を得るために行われる。好ましくは、等分は、100mlに等しい容量を有する検体を得るために行われる。
【0062】
この凍結保存工程は、処理されたサンプルを少なくとも2か月間保存することを可能にする。このように保存されたサンプルは、解凍後も品質が良い。好ましくは、当該方法は、e)で得られた凍結サンプルを嫌気的に周囲温度まで解凍する工程f)を含む。この回答工程f)は、凍結サンプルを35℃~40℃、例えば37℃の温度で数分間(典型的には、2~10分間)水浴中に入れることによって行われ得る。解凍工程f)はまた、凍結サンプルを、2℃~10℃の間、例えば4℃~8℃の間に含まれる温度に10~20時間置くことによっても行われ得る。
【0063】
このようにして周囲温度で解凍されたサンプルは、次に受領患者に投与され得る。
【0064】
好ましい実施形態において、大便は、放出後6時間以内に微生物学的セキュリティステーション(microbiological security station)で取り扱われる。ドナーからの便は、秤量され、体重計、ブレンダー、滅菌容器及び滅菌医療機器(注射器、フィルター等)を用いることによって生理食塩凍結保存溶液(グリセロール+NaCl 0.9%、10/90 V/V)と混合される。均質化は、50~100gの便に対して500mlで行われる。-80℃で凍結する前に全ての固体残渣を除去するために、得られた懸濁液は、滅菌包帯ガーゼ及び滅菌容器を備えた漏斗を用いて濾過される。
【0065】
便移植の前日に、凍結した溶液は、一晩解凍するために、冷蔵庫(4~8℃)に置かれる。便移植の日に、溶液は、浣腸バッグに入れられる。材料は直ぐに使用できる状態である。
【0066】
他の実施形態において、新鮮な大便、すなわち凍結されていない大便を使用することが可能である。
【0067】
好ましい実施形態において、大便は、放出後6時間以内に微生物学的セキュリティステーションで取り扱われる。ドナーからの便は、秤量され、体重計、ブレンダー、滅菌容器及び滅菌医療機器(注射器、フィルター等)を用いることによって生理食塩水性溶液(NaCl 0.9%、10/90 V/V)と混合される。均質化は、50~100gの大便に対して500mlで行われる。得られた懸濁液は、全ての固形残渣を除去するために、滅菌包帯ガーゼ及び滅菌容器を備えた漏斗を使用することによって濾過される。次に、溶液は、浣腸バッグに入れられる。材料は直ぐに使用できる状態である。
【0068】
治療指標
受領患者における同種異系HSC移植(HSC)に起因する感染性又は非感染性合併症の予防及び/又は治療方法は、本明細書に記載されており、便細菌叢のサンプルの前記受領患者への投与を含み、前記便細菌叢のサンプル及び前記造血幹細胞は、好ましくはドナー対象に由来する。「同種異系HSC移植に起因する感染性又は非感染性合併症」とは、特に、同種異系HSC移植に対する患者の前処理、患者の免疫防御を低下させる前処理による合併症、並びに同種異系移植事体による合併症、すなわち、特に急性及び/又は慢性形態の移植対宿主(GVH)疾患を意味する。
【0069】
そのような治療を必要とする患者の造血幹細胞移植(HSC)による治療の方法も記載されており、そこでは、HSC移植の前及び/又は後に、適切な量の便細菌叢のサンプルが、前記患者に投与され、前記便細菌叢のサンプルは、好ましくは、HSCと同一のドナー個体に由来する。
【0070】
用語「治療」は、回復をもたらす治療的又は一時緩和の治療、障害又はそれに起因する疼痛の症状を改善、排除、低減及び/又は安定化することを含む。
【0071】
用語「予防」は、予防又は予防的治療に相当し、これは、障害の発生又はその発症の危険性を低減及び/又は遅延させる治療に関して、障害の予防をもたらす治療に等しく相当する。
【0072】
本発明の内容において、便サンプルの移植は、受領患者が、HSC移植後に、1つ以上の感染性又は非感染性の合併症を発症するリスクを低減し、及び/又はHSC移植後に生じる1つ以上の合併症を改善又は治癒する。
【0073】
便細菌叢のサンプルが、HSCと同じドナーに由来するという事実は、FMTが、HST移植の後に行われる場合に患者による便細菌叢移植(FMT)のより良い耐性を可能にする。実際に、従来のHSC移植の間に、ドナーの免疫細胞は、受領患者に移される。従って、FMT中の免疫反応は、受領患者の体内にこの同じドナーからの免疫細胞が存在するという事実によって低減される。
【0074】
HSC移植の前に行われるFMTは、HSC移植及びその前処理の前に、候補患者が保有している可能性のある耐性菌、例えば、シトロバクター・フロインディー(Citrobacter freundii)又はシュードモナス・エルギノーサ(Pseudomonas aeruginosa)による何れかの感染を低減又は排除することを可能にする。
【0075】
それはまた、HSC移植の候補患者の腸内細菌叢の修正を可能にし、従って、HSC移植後に起こり得る合併症の発生率を低減させることを可能にする。
【0076】
本発明はまた、感染に関して抗生物質の治療を低減することを可能にする。
【0077】
感染性合併症は、特にクロストリジウム又はエンテロコッカス(enterococci)、特にバンコマイシン耐性エンテロコッカス(enterococci)(VRE)又は古典的な抗生物質に対して耐性を有する何れかの病原菌による感染である。
【0078】
クロストリジウム・ディフィシル(Clostridium difficile)感染症、特に再発性感染症が、特に標的とされる。感染症合併症を引き起こす可能性がある他の日和見性の種の中には、E.フェカリス(E. fecalis)、P.ミラビリス(P. mirabilis)、又はE.コリ(E. coli)が挙げられる。
【0079】
最もよく知られている非感染性合併症は、移植対宿主疾患(GVH)である。急性GVHは、一般に、HSC移植後6か月以内に発症し、ドナーと受領者間の遺伝的不一致に依存して10~80%の頻度で発生する可能性がある。慢性GVHは、一般に、それが移植後100日を超えて起こる際に、又はこのGVHの特定の臨床的特徴の効果として、そのように呼ばれている。
【0080】
他の合併症には、移植後の腸疾患及び他の消化性合併が含まれる。
【0081】
他の態様において、癌を患っており同種異系造血幹細胞移植を受けている又は受けた受領患者を治療するための方法が記載されており、当該方法は、前記患者への便細菌叢のサンプルの投与を含み、前記便細菌叢のサンプル及び前記造血幹細胞は、好ましくは、同一のドナー対象に由来する。
【0082】
用語「治療する」又は「治療」は、癌の進行を遅らせること、完全な寛解、又は再発のリスクを減らすことを含む。
【0083】
これは、上記のように、特に固形腫瘍又は悪性血液疾患を含み得る。
【0084】
実際に、同じドナーからの便細菌叢移植及びHSC移植は、残存癌細胞の排除に関して相乗効果を提供し、従って癌の持続的寛解を提供し得る。確かに、HSCは、免疫的核細胞(特に、ナチュラルキラー細胞、リンパ球B及びT)を含み、それらは、既にドナーの環境に接している。従って、これらのHSCは、ドナーの共生細菌(腸内細菌の叢)の抗原によって予め活性化されたリンパ球及び他の特異的免疫ファクターを含む。特定の作用機序に縛られることなく、本発明者達は、受領者に移植されたこれらの活性化前の免疫エフェクターが、移植された細菌によって再刺激されると仮定する。
【0085】
一方でヒト造血幹細胞(HSC)を、他方では便細菌叢のサンプルを含む組み合わせ製品(「パーツのキット」)も本明細書に記載されており、当該HSC及び当該便細菌叢のサンプルは、好ましくは、同一ドナー個体に由来し、同時に併用するため、又は上記のようなHSC移植による治療において経時的にずらすために使用される。
【0086】
一方で適切なパッケージ中にヒト造血幹細胞(HSC)、他方で適切なパッケージング中に便細菌叢のサンプルを含むキットも供給され、ここで好ましくは、前記HSC及び前記便細菌叢のサンプルが、同一ドナー個体に由来する。一方でHSC、他方で便細菌叢のサンプルを採取する方法は、当業者に周知であり、及び特に上記に記載されている。本発明による「キット」は、構成されている両方の要素が組み合わせて使用されること、及びそれらを同一の患者に使用するために一緒に又は別々に保管され得ることを意味する。
【0087】
プロトコール
便細菌叢のサンプルは、前記HSC移植の前又は後に受領患者の消化管に投与され得る(用語「移植された」も用いられる)。
【0088】
患者は、便細菌叢のサンプルの単一投与、又は例えば4~8日又は2~8週間離れた反復投与を受けることができる。
【0089】
特定の実施形態において、便細菌叢のサンプルは、前記HSC移植の後、受領患者の消化管に1週間~2年間、好ましくは1週間~1年間、より好ましくは1週間~6か月間、さらにより好ましくは1週間~3か月間移植され、必要に応じて繰り返される。
【0090】
他の特定の実施形態において、便細菌叢のサンプルは、前記HSC移植の前、受領患者の消化管に1週間~12か月、好ましくは1週間~8か月間、好ましくは1週間~6か月間、より好ましくは1週間~4か月間、好ましくは1週間~3か月間、又は1~8週間、好ましくは1~6週間移植され、必要に応じて繰り返される。
【0091】
一般に、投与量は、移植された便細菌叢の細菌及び他の微生物による消化管のコロニー形成が可能になるような量である。
【0092】
投与量は、典型的に、上記のように、便サンプルから調製された生理食塩水100ml~1L、好ましくは約500mlから構成される。
【0093】
好ましくは、便細菌叢のサンプルは、サンプル1g当たり1010~1013の細菌を含む。
【0094】
便細菌叢のサンプルの移植は、直腸経路による投与、経口経路による投与(例えば、凍結乾燥形態、又はカプセル剤の形態で)又は細菌叢の腸管への移入を可能にする何れかの方法により行われ得る。例えば、浣腸バッグが、この目的に用いられ得る。便細菌叢のサンプルの移植はまた、結腸を検査するために通常用いられる結腸内視鏡によっても行われ得る。
【実施例】
【0095】
以下の実施例は、本発明を説明するものであり、その範囲を限定するものではない。
【0096】
実施例1:急性骨髄性白血病に罹患している女性患者における同系便細菌叢のHSC移植後の移植
【0097】
プロトコール:
患者は、急性骨髄性白血病に罹患した16歳の少女で、最初のHSC同種移植後に再発した。
【0098】
この患者は、化学療法薬の組み合わせを含む低減された前処理の後、母親から2回目のHSC移植を受けた。患者は、移植の6日前に5mg/kgのチオテパ、その後、移植の5~2日前に40mg/m2/日のフルダラビン、及び移植の5~4日前に3.2mg/kgのブスルファンを受けた。最後に、移植後3~5日に、患者は50mg/kg/日のシクロフォスファミドを受けた。
【0099】
患者は、移植直後に急性移植対宿主反応を発症せず、移植後83日にシクロスポリン-A及びミコフェノール酸モフェチルに基づく彼女の免疫抑制治療を中止することが可能であった。
【0100】
しかしながら、移植後の最初の数か月の間に複数の細菌性合併症(敗血症、多剤耐性細菌)が観察され、薬効範囲が広い抗生物質の使用が必要とされた。移植後1か月、患者は、クロストリジウム・ディフィシル感染の第1のエピソード(episode)を発症し、これはメトロニダゾールによる治療が成功した。移植の2か月半後、バンコマイシン耐性エンテロコッカス(enterococci)(VRE)の存在が、直腸スワブによって検出された。メトロニダゾール及びフィダキソマイシンによる治療に耐性のあるクロストリジウム・ディフィシル感染の再発のため、HSC移植の3か月後、次いで、第1の便細菌叢移植(患者の母親、HSCドナーに由来する)が行われた。
【0101】
母親からの大便は、生理食塩凍結保存溶液(グリセロール + NaCl 0.9%、10/90 v/v)と予め混合された。均質化は、50~100gの大便に対して500mlで行われた。得られた懸濁液は、全ての固形残渣を除去するために、滅菌包帯ガーゼ及び滅菌容器を備えた漏斗を使用して濾過された。次に、溶液は、浣腸バッグに入れられ、すぐに使用できる状態にした。
【0102】
結果:
胃腸の症状は著しく減少し、検査は、クロストリジウム・ディフィシル感染からの回復及びバンコマイシン耐性エンテロコッカスの根絶を示した。
【0103】
HSC移植の6か月後、患者は、薬効範囲が広いβラクタマーゼを産生する病原菌クレブシエラ・ニューモニエ(Klebsiella pneumoniae)による敗血症を伴う汎血球減少症、及びVREキャリアの状態を示した。加えて、患者は、クロストリジウム・ディフィシル感染症又は胃腸移植対宿主反応を示さずに、腹痛及び著しい下痢を示した。
【0104】
同じドナー(母親)からの第2の便細菌叢移植(FMT)は、VREコロニー形成を治療するために患者に実施された。FMT後、臨床徴候は改善し、VREは、もはや検出されなくなった。
【0105】
HSC移植の12月後の直腸スワブによって、多剤耐性菌(特にクロストリジウム又はVRE)は、検出されなかった。
【0106】
HSC移植の3年後、患者は、急性白血病から完全に寛解している。
【0107】
実施例2: 急性リンパ性白血病に罹患している女性患者における同系便細菌叢のHSC移植後の移植
【0108】
患者は、彼女の母親(ハプロタイプ一致)からHSC移植を受けたとき、後にDulery et al.の上記に記載されているように、チオテパによる逐次前処理を伴う、化学療法のいくつかの過程の後に再発した急性リンパ性白血病に罹患している19歳の女性であった。
【0109】
この移植に続いて、彼女は、急性GVH(治療済み)、次いで慢性GVHを発症した。
【0110】
HSC移植の4か月後、彼女は、バンコマイシン耐性エンテロコッカス(VRE)陽性であることが検出された。
【0111】
HSCの6か月後及び8か月後、彼女はまた、彼女の母親から便細菌叢の移植を受けた。ここで当該サンプルは、実施例1に記載されているように調製された。
【0112】
その後、直腸スワブによって多剤耐性菌は、検出されなかった。
【0113】
HSC移植の2年後、患者の白血病が再発したとき、GVHの兆候は改善の過程にあった。
【0114】
実施例3:急性樹状細胞白血病に罹患している男性患者における同系便細菌叢HSC移植前の移植
【0115】
急性樹状細胞白血病と診断された47歳の患者は、化学療法を受けた(誘導期にメトトレキサート、イダルビシンとアスパラギナーゼの混合、次いで2回の統合期に)。この患者は、シトロバクター・フロインディーに対して陽性であるとテストされ、これはHSC移植の禁忌であり得る。
【0116】
彼は、HLA同一の姉妹に由来する便細菌叢移植を受け、それによってシトロバクター・フロインディーのコロニー形成が解消され、患者は、HSC移植を受けることができた。チオテパ、ブスルファン及びフルダラビンを含む前処理の後、HSC移植(同じく彼の姉妹から)が、9日後に行われた。
【0117】
実施例1で説明したように、姉妹からの大便は、便細菌叢移植用に調製された。
【0118】
患者は、HSC移植後に急性移植対宿主反応を発症せず、同種移植の4か月後のシクロスポリンに基づく彼の免疫抑制治療を中止することが可能であった。
【0119】
最近感染症の合併症(バンコマイシン耐性スタフィロコッカス(staphylococcus)感染症(VRSA)を含む)は、限定的かつ、制御されていた。
【0120】
移植の1年後、患者は寛解している。
【0121】
実施例4: 急性骨髄性白血病に罹患している男性患者における非同系便細菌叢HSC移植前の移植
【0122】
急性骨髄性白血病に罹患している64歳のこの患者は、最初に二時化学療法で治療された。
【0123】
化学療法の導入治療中に、この患者は、シュードモナス・エルギノーサによる重度の敗血症を発症した。
【0124】
実施例1のプロトコールに従って調製した彼の娘からの大便から便細菌叢移植が行われ、それにより多剤耐性病原体の陰性化が可能になった。
【0125】
HLA同一ドナー由来の末梢幹細胞の同種移植は、41日後に、主要な感染性エピソード(episode)の非存在下で、そしてブスルファン及びフルダラビンで前処理した後に行われた。
【0126】
移植後に急性消化性GVHは、観察されなかった。
【0127】
患者は、寛解期にある(HSC移植の2年後)
【0128】
実施例5: 急性骨髄性白血病に罹患している男性患者における非同系便細菌叢HSC移植前の移植
【0129】
この42歳の患者は、初回化学療法に抵抗性を示したが、二次化学療法には反応した急性骨髄性白血病に罹患していた。
【0130】
この患者は、関連する全身性感染症合併症を伴わずに、多剤耐性シュードモナス・エルギノーサのコロニー形成を示した。しかしながら、HSC同種移植及びその結果としての免疫抑制状態の観点から、彼の姉妹から便細菌叢移植を行うことが決定された。このFMTは、実施例1のプロトコールに従って行われた。46日後に、Dulery et al.上部に記載されているように、チオテパによる逐次的前処理の後に、彼のハプロタイプの兄弟からHSC移植を受けることができた。
【0131】
移植後に特別な合併症(GVHも感染もない)は観察されなかった。
【0132】
しかしながら、この患者は、白血病を再発し、そしてHSC移植の11か月後に死亡した。
【0133】
実施例6: 急性骨髄性白血病に罹患している女性患者における非同種便細菌叢HSC移植前の移植
【0134】
この45歳の患者は、急性骨髄性白血病に関し高リスクと診断され、モーリシャスで、二次化学療法で治療された。
【0135】
彼女は、姉からHLAと同一のHSC同種移植を求めてフランスに到着した。
【0136】
移植前評価のための入院期間中及び複数の心肺併存疾患の問題を解決するための期間中に、直腸スワブにより、抵抗性シトロバクター・フロインディーが検出された。同時に、患者は耐性クレブシエラ・ニューモニエに感染したことに注意すべきである。
【0137】
便細菌叢移植(彼女の夫に由来する、実施例1に記載のプロトコールによる新鮮な便及び冷凍便の混合物)直腸的に行われ、これは、シトロバクター・フロインディーのコロニー形成を解消し、16日後に患者はHSC移植を受けることができた。
【0138】
患者は、移植後の形成不全の期間中に多い感染性合併症を示さなかったことに留意すべきである。移植のD60まで検出可能であったクレブシエラ・ニューモニエは、その後の直腸スワブにて、もはや検出されなかったことにも留意すべきである。
【0139】
患者は、HSC移植後にGVHを発症しなかった(3か月の追跡調査)。