IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ JFEスチール株式会社の特許一覧 ▶ ユシロ化学工業株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-冷間圧延方法 図1
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-25
(45)【発行日】2024-08-02
(54)【発明の名称】冷間圧延方法
(51)【国際特許分類】
   B21B 1/22 20060101AFI20240726BHJP
   B21B 45/02 20060101ALI20240726BHJP
   B21B 38/00 20060101ALI20240726BHJP
【FI】
B21B1/22 L
B21B45/02 310
B21B38/00 D
B21B38/00 F
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020101841
(22)【出願日】2020-06-11
(65)【公開番号】P2021194669
(43)【公開日】2021-12-27
【審査請求日】2023-04-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000115083
【氏名又は名称】ユシロ化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】石井 健登
(72)【発明者】
【氏名】神宮 貴文
(72)【発明者】
【氏名】馬場 渉
(72)【発明者】
【氏名】加藤 倫彬
(72)【発明者】
【氏名】馬 衛国
(72)【発明者】
【氏名】伊澤 圭司
(72)【発明者】
【氏名】細田 貢司
【審査官】中西 哲也
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-094013(JP,A)
【文献】特開平10-273688(JP,A)
【文献】特開2001-038402(JP,A)
【文献】特開2017-006960(JP,A)
【文献】特開2002-224731(JP,A)
【文献】特開2016-172274(JP,A)
【文献】特開平06-190427(JP,A)
【文献】特開平03-099717(JP,A)
【文献】特開2019-167423(JP,A)
【文献】特開2006-022126(JP,A)
【文献】特開平10-176180(JP,A)
【文献】特開平03-109494(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21B 1/00-99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属板の冷間圧延を、各圧延スタンドの入側から前記金属板の表面および裏面に圧延油エマルションを供給しながら行うに際し、前記金属板の表面および裏面に供給する圧延油エマルションの圧延油濃度を、前記金属板の表面および裏面で個別に調節し、前記圧延油エマルションの圧延油濃度を前記金属板の表面より裏面において高くする、冷間圧延方法。
【請求項2】
前記圧延油エマルションの供給は、前記圧延油濃度の調節に加えて、前記圧延油エマルションの流量を前記金属板の表面および裏面で個別に調節し、前記圧延油エマルションの流量を前記金属板の表面より裏面において大きくする、請求項1に記載の冷間圧延方法。
【請求項3】
金属板の冷間圧延を、各圧延スタンドの入側から前記金属板の表面および裏面に圧延油エマルションを供給しながら行うに際し、前記金属板の表面および裏面に供給する圧延油エマルションの圧延油濃度および/または流量を、前記金属板の表面および裏面で個別に調節し、前記金属板の表面における前記圧延油エマルションの圧延油濃度と流量との積が、前記金属板の裏面における前記圧延油エマルションの圧延油濃度と流量との積の0.20~0.90倍(但し、0.71倍、0.50倍、0.33倍を除く)とする、冷間圧延方法。
【請求項4】
前記圧延油エマルションの圧延油濃度および流量を、圧延負荷に応じて調整する、請求項1から3のいずれかに記載の冷間圧延方法。
【請求項5】
前記圧延油エマルションは、基油に40℃における動粘度が60~600mm /sである合成エステルを主成分として含有し、かつ圧延油を水に希釈したときの体積分率における平均粒径が1.0~4.0μmとなるエマルションである、請求項1から4のいずれかに記載の冷間圧延方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属板の冷間圧延方法に関する。特に、薄鋼板の冷間圧延方法、中でも食缶やその他容器の材料として使用されるブリキ鋼板やラミネート鋼板などの原板の製造工程において、一次冷間圧延および焼鈍工程の後に再度10~50%程度の圧延を行う二次冷間圧延(Double Reduce:DR圧延)に適用可能な冷間圧延方法に関する。
【背景技術】
【0002】
缶詰や缶飲料などの、容器の材料として、例えば厚みが0.120~0.600mm程度の薄鋼板が使用されている。薄鋼板は冷間圧延後に焼鈍を施すことにより製造されるが、厚さが小さく硬度が高い薄鋼板を製造する際には、焼鈍後に2回目の冷間圧延(DR圧延)を施すことがある。このDR圧延は、10~50%の圧下率にて行われる。
【0003】
DR圧延においても、潤滑液として圧延油エマルションが用いられるのが通例である。圧延油エマルションの粒径は潤滑性に影響を及ぼすが、潤滑性を上げるためにエマルションの粒径を大きくすると、鋼板表面に白い斑点状のムラが生じる、モトリングが顕在化する。また、圧延機内に付着したエマルションは時間経過とともに粒径が大きくなり、これが鋼板に滴下すると、ロールバイト(ワークロールと鋼板の接触部)に吐出された直後のエマルションとの粒径の違いから、圧延後の鋼板表面にムラが生じる。この表面欠陥もモトリングと呼ばれることがある。容器用鋼板の表面性状に対する要求は年々厳しくなる傾向にあり、更なるモトリング対策が求められている。
【0004】
モトリングの発生を圧延油の観点から防止する方法として、特許文献1には、圧延油の基油の融点温度と鋼板の表面温度の関係に着目して、鋼板表面温度が基油の融点温度の10度以上高い時にモトリングの発生が低下することを利用した方法が提案されている。しかし、特許文献1の方法では、モトリングの改善はみられるものの、表面品質基準の厳しい製品の製造には依然不十分である。
【0005】
また、特許文献2には、インラインミキサーを用いて圧延油エマルションの粒径を小さくする方法が提案されている。この方法では、粒径を小さくすることによりエマルション吐出時の鋼板への油分展着量であるプレートアウト量が減少し潤滑不足となる問題がある。特に、圧延負荷の高い材料が増える傾向にある現在においては、本提案は十分な対策になり得ない。
【0006】
この特許文献2に記載の技術に代表される、圧延油エマルションの小粒径化による潤滑不足の問題を解消する手段として、圧延油エマルションの圧延油濃度および、圧延油エマルションの流量を増加させることが考えられるが、圧延油がロールバイトに導入される量には限界があるだけでなく、流量および圧延油濃度を上げることは、圧延機内に圧延油をより多く付着させることになるため、これに起因するモトリングは悪化する。また、流量を無闇に上げることは吐出される圧延油エマルションの粒径を小さくする要因にもなる。その上、一般的には圧延油エマルションは、熱水と圧延油をあらかじめタンク内で所定の濃度にして管理されるため、圧下率が高く潤滑性の求められる製品に合わせた濃度設定にする必要があり、この圧延油エマルションを低圧下材の圧延に適用すると、スリップの懸念等が生じる上、圧延油の原単位悪化にもつながる。
【0007】
この点、特許文献3に記載の冷間圧延方法は、圧延油の供給ノズルの手前にスタティックミキサーを設けて、このスタティックミキサーに供給する温水あるいは圧延油の量を制御することによって、圧延油エマルションの濃度を調節することが可能になっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開平10‐128404号公報
【文献】特公昭56‐15962号公報
【文献】特開平5‐169103号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献3に記載の冷間圧延方法をDR圧延に適用しても、上記したモトリングの問題を十分に解消するのは難しい。すなわち、圧延油がロールバイトに導入される量には限界があるだけでなく、圧延油濃度を単に高めることは、圧延機内に圧延油をより多く付着させることにもなるため、これに起因するモトリングは悪化することになる。
【0010】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、特に薄鋼板製造の工程であるDR圧延において、圧延に必要な潤滑性を確保しつつ、圧延油使用量を抑え且つ表面品質の優れた鋼板を製造するのに適した冷間圧延方法について提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、以下の知見を得た。
すなわち、特許文献3に記載の圧延油の供給手法をDR圧延に適用した場合に、モトリングの発生を十分に抑制できない原因について鋭意究明したところ、鋼板の表裏面に対して同一の系統で圧延油を吐出させる場合、その吐出量は潤滑性の悪い鋼板裏面の吐出量に合わせる必要があること、そうすると鋼板裏面での潤滑性を確保する為に鋼板表面は圧延油の吐出が過剰となること、そのために鋼板表面におけるモトリングの発生が十分に抑制されないこと、を見出した。そこで、鋼板の表面および裏面について独立して圧延油の濃度および/または流量を制御すれば、例えば、鋼板裏面の吐出量を多めに表面を少なめに設定することが可能になり、潤滑性を確保しつつもモトリングの発生を抑制し得ることを知見するに到った。
【0012】
以上の知見を元にさらに検討を重ねた結果、圧延に必要な潤滑性を確保しつつ、圧延油使用量を抑え且つ表面品質の優れた鋼板が得られる冷間圧延方法を開発することに成功した。その要旨構成は、次のとおりである。
1.金属板の冷間圧延を、各圧延パスの入側から前記金属板の表面および裏面に圧延油エマルションを供給しながら行うに際し、前記金属板の表面および裏面に供給する圧延油エマルションの圧延油濃度および/または流量を個別に調節する、冷間圧延方法。
【0013】
2.前記圧延油エマルションの供給は、前記圧延油エマルションの圧延油濃度を前記金属板の表面より裏面において高く、および/または前記圧延油エマルションの流量を前記金属板の表面より裏面において大きくする、前記1に記載の冷間圧延方法。
【0014】
3.前記金属板の表面における前記圧延油エマルションの圧延油濃度と流量との積は、前記金属板の裏面における前記圧延油エマルションの圧延油濃度と流量との積の0.20~0.90倍である、前記1に記載の冷間圧延方法。
【0015】
4.前記圧延油エマルションの圧延油濃度および流量を、圧延負荷に応じて調整する、前記1、2または3に記載の冷間圧延方法。
【0016】
5.前記圧延油エマルションは、基油に40℃における動粘度が60~600mm2/sである合成エステルを主成分として含有し、かつ圧延油を水に希釈したときの体積分率の平均粒径が1.0~4.0μmとなるエマルションである、前記1から4のいずれかに記載の冷間圧延方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、圧延機内への圧延油の付着量を増加させずに、高圧下での圧延を行えるため、滴下起因のモトリングの発生を確実に抑制することが出来る。従って、特に薄鋼板製造の工程であるDR圧延において、表面品質の優れた鋼板を、該圧延に必要な潤滑性を確保しつつ、圧延油使用量を抑えて製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明の実施形態に係る冷間圧延装置とエマルション供給設備の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態を説明するに当たり、金属板は鋼板および冷間圧延はDR圧延をそれぞれ典型とする。
本発明は、冷間圧延を、各圧延スタンドの入側から鋼板の表面および裏面に圧延油エマルションを供給しながら行うに際し、鋼板の表面および裏面に供給する圧延油エマルションの圧延油濃度(以下、単に濃度と示す)および/または流量を、鋼板の表面および裏面で個別に調節することを特徴とする。圧延油エマルションの濃度および/または流量を鋼板表裏面で個別に調節するには、圧延機内に付着する圧延油量を低減する一方、圧延油原単位を悪化させることなく十分な量の圧延油を供給するため、圧延油エマルションの濃度および流量をリアルタイムに調整できる、例えば後述する圧延油エマルション供給装置を使用することが有利である。一般的に、圧延油エマルション供給には、あらかじめプレミックスタンクで熱水と濃度に応じた圧延油を撹拌して作製したエマルションが用いられている。この方法では、圧延材や圧延状況に応じてリアルタイムに圧延油の濃度を変更することは出来ない。
【0020】
そこで、本発明では、このようなプレミックスタンクを使用せず、圧延油と熱水を鋼板と各圧延スタンドのロールとの間に供給する直前に、スタティックミキサーを用いて混合し、圧延油エマルションを供給直前に作製する。その際、スタティックミキサーへ導入する、圧延油および熱水の流量を各々制御することによって、圧延材や圧延状況に応じて、即時圧延油エマルションの濃度および流量を変更することができる。かように圧延油エマルションを供給することにより、例えば潤滑性が低くても圧延可能な材料では圧延油エマルションの濃度を低くし、より高い潤滑性が求められる材料を圧延するときは圧延油エマルションの濃度を高くするという、操業が可能となる。また、材料別に濃度を設定できるため、圧延機内に供給される圧延油の総量を低減することが出来、潤滑油の滴下に起因するモトリングの発生を抑制することが出来る。
【0021】
ここで、鋼板の表裏面で同一の系統でエマルションを吐出させる場合、その流量は潤滑性の悪い裏面の流量に合わせる必要がある。そうすると裏面での潤滑性を確保する為に表面は圧延油の吐出が過剰となり、モトリングの程度も悪化する。そこで、圧延油を供給する吐出直前にスタティックミキサーを、鋼板の表面側および裏面側にそれぞれ配置することにより、鋼板の表面および裏面について独立して圧延油の濃度および/または流量を制御することが肝要である。この構成によって、鋼板の裏面の例えば流量を多めに、表面の流量を少なめに設定することによって、潤滑性を確保しつつもモトリングの発生を確実に抑制する効果が得られる。
【0022】
特に、DR圧延においては、鋼板の表面および裏面の各々に供給する圧延油エマルション中の圧延油の総量、すなわち圧延油エマルションの濃度と流量との積が、鋼板の表面で鋼板の裏面の0.20~0.90倍になる、制御を行うことが好ましい。なぜなら、鋼板表面においては、吐出されたエマルションの液溜りが形成されるため、液溜りが形成されない鋼板裏面の0.20~0.90倍の圧延油総量でも十分な潤滑性を確保することが可能である。また、このように圧延油総量を低減することにより、モトリングを低減することが可能となる。
【0023】
次に、本発明の方法を実施する際に用いる冷間圧延設備の好適例を、図1に示す。すなわち、図1は、この設備において、鋼板をワークロールおよびバックアップロールを用いて圧延する際の、圧延油エマルションの作製および圧延油エマルションの塗布の要領を示す概略図である。なお、複数スタンドで圧延する場合は各スタンドに同様の設備を備えることになる。
【0024】
図1において、符号1は圧延される鋼板であり、図の左から右に向かって進行する。鋼板1は、ワークロール2a, 2bのロールバイトにて所定の板厚まで圧延される。このロールバイトに鋼板1が噛みこむ部分に向かって、潤滑の為に圧延油エマルション3a, 3bが供給される。圧延油エマルション3a, 3bは、その供給ノズル4a, 4bの手前に設置されている、スタティックミキサー5a, 5bにて熱水と圧延油とを撹拌することにより作製される。熱水および圧延油は各々、圧延油タンク6および熱水タンク7にて管理されている。熱水および圧延油は、圧延油タンク6および熱水タンク7から、鋼板1の表面および裏面の各々の系統にて、各々のポンプ8a, 8b, 9a, 9bを介して、各々のスタティックミキサー5a, 5bへ供給される。上記の各ポンプにおいて、熱水および圧延油の各スタティックミキサー5a, 5bへの供給流量は独立に制御される。各々のポンプを独立して制御することによって、リアルタイムに圧延油エマルションの濃度および流量を、鋼板1の表面および裏面毎に独立して調整することが出来る。
【0025】
上記の圧延過程において、ロールバイトに向かって供給される圧延油エマルションは、一部が飛散して圧延機内に付着することは不可避である。付着した圧延油エマルションは、周囲の空気の流れや蓄積によって滴下し、圧延中の鋼板に再度付着する場合がある。従来はこのような場合にもモトリングが発生していたが、後述する、乳化安定性が高く、時間経過によるエマルション粒径の大径化が起こりにくい圧延油を使用することにより、異なるエマルション粒径に起因するモトリングの発生を防止することが可能である。
【0026】
しかしながら、どんなに圧延油エマルションの乳化安定性が良くても、ロールの摩耗粉や他の異物と混合した状態の圧延油エマルションが鋼板上に滴下するとモトリングの原因となる為、前記の供給ノズル4a, 4bから供給される圧延油エマルションの濃度は出来るだけ低い方が良い。上記のとおり、本発明では、圧延する材料によって圧延油エマルション3a, 3bの濃度および流量を制御することができる。具体的には、制御部11にて熱水供給ポンプ8a, 8bおよび圧延油供給ポンプ9a, 9bからの流量を独立に制御し、圧延油エマルション3a, 3bの濃度および流量を適正化することにより、圧延機内に飛散する圧延油エマルションの量を抑制しつつ、高圧下材など潤滑性が求められる材料もチャタリング等の圧延異常を発生することなく圧延することを可能にしている。
【0027】
その際、圧延油エマルション3a, 3bの流量を変化させることにより、鋼板1の表面及び裏面へのエマルション中の圧延油総量を変化させることが可能である。たとえば潤滑不足の場合は、エマルションの流量を増加させることが考えられる。しかし、エマルションの流量を増加させることは、エマルション中の油滴が流量増加による剪断力を受けて粒径が小さくなるため、潤滑性の向上に対しては阻害要因となる、おそれがある。
一方、エマルションの濃度を変化させた場合、エマルションの濃度の変更はエマルション流量の変更に比べて、エマルション全体の流量変化が小さくなり、粒径の変化も小さくなる。つまり、濃度を優先的に変化させた方が、その変化が潤滑性に与える影響が小さくなるため、より好ましい。
【0028】
次に、上記した冷間圧延に好適に用いる圧延油について、詳しく説明する。この圧延油は、高粘度エステルを主成分とし、且つ粒径の小さいエマルションを使用することで潤滑性確保とモトリング防止の両立を可能とするものである。
【0029】
従来、モトリング対策として圧延油エマルションを小粒径化し、モトリングを抑制することが知られているが、圧延油エマルションを小径化することでプレートアウト量が減少し、高圧下を必要とする圧延時には、必要な潤滑性を確保できないという問題がある。本発明者らは、圧延に必要な潤滑性を確保しつつ、表面品質に優れた鋼板を得るために、小粒径のエマルションでありながら、優れた潤滑性を得る手法として高粘度エステルを圧延油に組み込むことにより、ロールバイトへの導入油量の増加を図りつつ、油膜強度を向上して、必要な潤滑性と鋼板品質を確保する手法を見出した。
【0030】
具体的には、基油に40℃における動粘度が60~600mm2/sである合成エステルを主成分として含有し、かつ圧延油を水に希釈したときの体積分率の平均粒径が1.0~4.0μmとなるエマルションであることが好ましい。
まず、40℃における動粘度が60~600mm2/sである合成エステルを主成分とする基油にするのは、動粘度が60 mm2/s未満の場合、導入油量の充分な確保が困難となって潤滑性が不足する可能性がある。一方、動粘度が600 mm2/sを超えた場合、エマルションの体積分率の平均粒径を1.0~4.0μmに調整することが困難になるからである。なお、主成分とは、20~80質量%程度の含有であることが好ましく、さらに好ましくは35~70質量%程度の含有が好ましい。
【0031】
さらに、圧延油を水に希釈したときの体積分率の平均粒径が1.0~4.0μmとなるエマルションとするのは、エマルションの体積分率の平均粒径が1.0μm未満の場合、鋼板への油分展着量であるプレートアウト量の確保が困難となって潤滑性が不足する可能性がある。一方、体積分率の平均粒径が4.0μmを超えた場合、鋼板表面上にモトリングが発生する可能性がある。ここで、圧延油を水に希釈したときの体積分率の平均粒径とは、ベックマン・コールター社製の精密粒度分布測定装置マルチサイザー4にて測定した、50%径(メディアン径)を指す。
【0032】
本発明で用いられる高粘度エステルとしては、40℃における動粘度が60~600mm2/sである、アジピン酸などのジカルボン酸のエステル,ダイマー酸のエステル,トリメリット酸などの芳香族カルボン酸のエステル,ヒンダードアルコールとカルボン酸のエステル,ヒンダードアルコールの部分エステルとジカルボン酸やダイマー酸を反応させて得られる複合型エステル,ポリマー型エステルが挙げられる。高粘度エステルは二種以上混合使用してもよい。
【0033】
必要により,牛脂,豚脂,ヤシ油,パーム油,パーム核油,ヒマシ油,菜種油,綿実油などの動植物油脂,マシン油,スピンドル油,タービン油などの鉱油,前記動植物油脂から得られる脂肪酸および合成脂肪酸とネオペンチルグリコール,トリメチロールプロパン,ペンタエリスリトールなどのヒンダードアルコールとの合成エステルを一種以上併用してもよい。
【0034】
非イオン性界面活性剤としては,ポリオキシアルキレンアルキルエーテル,ポリオキシアルキレンアルキルフェニルエーテル,ポリアルキレングリコールモノエーテル,ポリオキシアルキレン脂肪酸エステル,ソルビタンエステル,ポリオキシアルキレンソルビタンエステル,アルキルアルカノールアミド,高級脂肪酸、多価脂肪酸および重縮合したオキシ脂肪酸の少なくとも1種とポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール,グリセリン、ソルビトール等の多価アルコールの少なくとも1種とのポリエステル型高分子活性剤,ABA共重合型高分子活性剤が挙げられる。
【0035】
必要により,陰イオン性界面活性剤および陽イオン性界面活性剤を併用してもよい。陰イオン性界面活性剤としては,アルキル硫酸エステル塩,ポリオキシアルキレンアルキル硫酸エステル塩,アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム塩,カルボン酸アミン塩,カルボン酸ナトリウム塩,ポリカルボン酸アミン塩,ポリカルボン酸ナトリウム塩,アルケニルコハク酸アミン塩等が挙げられる。陽イオン性界面活性剤としては,アルキルトリメチルアンモニウム塩,ジアルキルジメチルアンモニウムクロリド,アルキルピリジニウムクロリド等が挙げられる。
【0036】
本発明の圧延油には、上記成分の他に必要に応じて公知の添加剤,例えば油性剤,極圧剤,酸化防止剤,防錆剤等を添加することができる。油性剤としては、ステアリン酸,オレイン酸,リノール酸,リノレン酸,アラキン酸,ベヘン酸,エルカ酸,トリメリット酸,パーム油脂肪酸,牛脂脂肪酸,大豆油脂肪酸,菜種油脂肪酸等が挙げられる。極圧剤としては、トリアルキルフォスフェート,ジアルキルアシッドフォスフェート,モノアルキルアシッドフォスフェート等のリン酸エステル,トリアリルフォスファイト,ジアルキルフォスファイト,モノアルキルフォスファイト等の亜リン酸エステル,硫化植物油エステル等の硫化油脂,硫化オレフィン,硫化鉱油等が挙げられる。酸化防止剤としては、2,6-ジ-t-ブチル-p-クレゾール,ペンタエリスリトール テトラキス(3-(3,5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート)等のフェノール系化合物,N-フェニル-1,1,3,3-テトラメチルブチルナフタレン-1-アミン,ジノニルジフェルアミン等のアミン系化合物が挙げられる。防錆剤としては、オレイン酸等のカルボン酸アミン塩,スルホン酸ナトリウム塩,スルホン酸アミン塩,パラフィンワックス,ペトロラタム,アルケニルコハク酸エステル,オレオイルザルコシン,ベンゾトリアゾール等が挙げられる。
【0037】
本発明の圧延油は粒径が小さく乳化安定性が高いため、潤滑液が圧延機内に付着したとしても、付着した潤滑液中の圧延油エマルションは時間経過によって粒径が大きくなりにくい。そのため、鋼板に落ちたとしても、ノズルから吐出されたばかりの圧延油エマルションとの粒径差が小さい為、モトリングの発生を顕著に抑制することができる。
【実施例
【0038】
次に、実施例に基づいて本発明をさらに具体的に説明する。以下の実施例は、本発明の好適な一例を示すものであり、本発明は該実施例によって何ら限定されるものではない。
一対のワークロールとバックアップロールからなる4ハイ圧延機を使用して、鋼板の冷間圧延を行った。鋼板の元板厚を0.15mmから0.38mm、圧延後の目標板厚を0.12mmから0.35mm、板幅は約700mmから1100mmとした。
【0039】
以上の冷間圧延において、図1に示すところに従って、鋼板の表面および裏面に供給する圧延油エマルションの濃度および/または流量の比率を、表1に示すように変化させて圧延を行った。その際のモトリング発生率およびチャタリング発生率を調査した結果について表1に併記する。
【0040】
なお、モトリングは目視により発生を確認し、チャタリングは圧延荷重の変動をモニタリングすることで発生を確認した。両者とも[発生した部分の鋼板の重量]/[圧延した鋼板の重量]により発生率を算出した。
【0041】
発明例であるNo.1~11はいずれもチャタリング発生率が7%以下、かつモトリング発生率が6%以下であり、冷間圧延された鋼板は良好な表面品質を示した。また、圧延油原単位も1.2以下であり、圧延油の使用量が抑えられている。
【0042】
一方、比較例であるNo.12は、前述の特許文献3に開示されている方法に従う圧延を行った事例である。No.12では、チャタリング発生率は良好であるものの、モトリング発生率が8%を超えており、冷間圧延された鋼板は表面品質に劣っていた。
【0043】
【表1】
【符号の説明】
【0044】
1 鋼板
2a ワークロール
2b ワークロール
3a 圧延油エマルション
3b 圧延油エマルション
4a 供給ノズル
4b 供給ノズル
5a スタティックミキサー
5b スタティックミキサー
6 圧延油タンク
7 熱水タンク
8a 熱水供給ポンプ
8b 熱水供給ポンプ
9a 圧延油供給ポンプ
9b 圧延油供給ポンプ
10a バックアップロール
10b バックアップロール
11 制御部
図1