(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-25
(45)【発行日】2024-08-02
(54)【発明の名称】分子の構造および配座を決定するための電子回折イメージングシステム
(51)【国際特許分類】
G01N 23/20058 20180101AFI20240726BHJP
H01J 37/20 20060101ALI20240726BHJP
H01J 37/22 20060101ALI20240726BHJP
【FI】
G01N23/20058
H01J37/20 C
H01J37/22 501Z
(21)【出願番号】P 2021523744
(86)(22)【出願日】2019-10-24
(86)【国際出願番号】 IB2019059152
(87)【国際公開番号】W WO2020089751
(87)【国際公開日】2020-05-07
【審査請求日】2022-10-14
(32)【優先日】2018-10-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】518283469
【氏名又は名称】ブルカー エイエックスエス ゲーエムベーハー
(74)【代理人】
【識別番号】110001243
【氏名又は名称】弁理士法人谷・阿部特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ロジャー ディー.ダースト
(72)【発明者】
【氏名】クリストフ オーリンジャー
【審査官】嶋田 行志
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-013703(JP,A)
【文献】国際公開第2017/118494(WO,A1)
【文献】特表2016-532267(JP,A)
【文献】欧州特許出願公開第01503399(EP,A1)
【文献】Holography and coherent diffraction with low-energy electrons: A route towards structural biology at the single molecule level,Ultramicroscopy,Elsevier B.V.,2014年12月02日,Vol. 159,pp. 395-402,doi: 10.1016/j.ultramic.2014.11.024
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00-G01N 23/2276
H01J 37/00-H01J 37/36
H01J 49/00-H01J 49/48
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
Science Direct
Scitation
ACS PUBLICATIONS
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
サンプルの単一のターゲット分子の3次元構造を画像化するための電子回折画像化システムであって、
前記サンプルに向かう第1の方向に、少なくとも15nmの横方向コヒーレンス長を有する電子ビームを放出する電子源と、
前記サンプルによって回折された電子を検出し、その空間分布を示す出力を生成する2次元電子検出器と、
前記サンプルが配置されているサンプル支持体であって、前記サンプルが配置されている前記
サンプル支持体の領域内において電子に対して透過性を有し、および、少なくとも2つの垂直方向への前記サンプル支持体の並進を可能にするように、かつ、前記サンプルを異なる角度方向に回転させることを可能にするように構成された、前記サンプル支持体と、
前記ターゲット分子を前記電子ビームの中心となるように、前記
2次元電子検出器の出力に応じて前記サンプル支持体の前記並進を調整する調整装置と、
を備え
、
前記電子ビームは、2次元でサンプル基板を横切ってコリメートおよび走査され、一方、前記回折および透過された電子は、前記2次元電子検出器によって検出され、
前記調整装置は、前記2次元電子検出器によって検出された回折分布の重心を特定し、および、前記重心を前記電子ビームの中心に実質的に位置合わせするように前記サンプル支持体を調整する、
ことを特徴とする電子回折画像化システム。
【請求項2】
前記電子ビームは、5keVと30keVとの間の動作エネルギーを有することを特徴とする請求項1に記載の画像化システム。
【請求項3】
前記電子源は、前記
電子ビームの直径を、前記ターゲット分子のサイズの3倍以下に制限するビーム調整光学系を含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の画像化システム。
【請求項4】
前記ビーム調整光学系は、前記電子源によって放出された高度に発散する電子を遮断することを特徴とする請求項3に記載の画像化システム。
【請求項5】
前記調整
装置は、30nm未満の混同の球を維持するように制御されることを特徴とする請求項1ないし
4のいずれか1つに記載の画像化システム。
【請求項6】
前記電子源、
前記2次元電子検出器、および
前記サンプル支持体は、それぞれ真空環境に配置されていることを特徴とする請求項1ないし
5のいずれか1つに記載の画像化システム。
【請求項7】
前記電子源は、10
-9mbar以下の真空内に配置されていることを特徴とする請求項1ないし
6のいずれか1つに記載の画像化システム。
【請求項8】
前記サンプル支持体は、10
-6mbar以下の真空中に配置されることを特徴とする請求項1ないし
7のいずれか1つに記載の画像化システム。
【請求項9】
前記サンプル支持体は
、前記
サンプル基板が取り付けられている剛性の支持体構造とを含むことを特徴とする請求項1ないし
8のいずれか1つに記載の画像化システム。
【請求項10】
前記剛性の支持体構造は、前記サンプルが配置される前記
サンプル基板の領域に隣接する開口部を有することを特徴とする請求項
9に記載の画像化システム。
【請求項11】
前記支持体構造の開口部のサイズに対する前記サンプル支持体の厚さは、前記サンプル支持体の360°回転中に、前記電子ビームが前記支持体構造によって遮られる角度が5度未満であるようにされたことを特徴とする請求項
10に記載の画像化システム。
【請求項12】
サンプルの単一のターゲット分子の3次元構造を画像化するための方法であって、
前記サンプルを、前記サンプルが配置されているサンプル支持体の領域内において電子に対する透過性を有する前記サンプル支持体上に配置することであって、前記サンプル支持体は、少なくとも2つの垂直方向への前記サンプル支持体の並進を可能にし、および、前記サンプルを異なる角度方向に回転させることを可能にするように構成され、
少なくとも15nmの横方向コヒーレンス長を有する電子ビームを、電子源から前記サンプルに向かって第1の方向に向けることと、
2次元電子検出器を用いて前記サンプルによって回折された電子を検出し、および、その空間分布を示す検出器出力を生成することと、
調整装置によって、前記ターゲット分子を電子ビームの中心となるように、前記検出
器出力に応じて前記サンプル支持体の位置を調整する
ことと
、
を含
み、
前記電子ビームは、2次元でサンプル基板を横切ってコリメートおよび走査され、一方、前記回折および透過された電子は、前記2次元電子検出器によって検出され、
前記調整装置は、前記2次元電子検出器によって検出された回折分布の重心を特定し、および、前記重心を前記電子ビームの中心に実質的に位置合わせするように前記サンプル支持体を調整する、
ことを特徴とする方法。
【請求項13】
前記電子源は、5keVと30keVとの間の動作エネルギーを有することを特徴とする請求項
12に記載の方法。
【請求項14】
前記電子源は、前記
電子ビームの直径を、前記ターゲット分子のサイズの3倍以下に制限するビーム調整光学系を含むことを特徴とする請求項
12又は
13に記載の方法。
【請求項15】
前記調整
装置は、30nm未満の混同の球を維持するように制御されることを特徴とする請求項
12ないし
14のいずれか1つに記載の方法。
【請求項16】
前記サンプル支持体は、前記サンプルが配置されている前記
サンプル支持体の領域内において電子に対して透過性を有する
前記サンプル基板と、前記
サンプル基板が取り付けられている剛性の支持体構造とを含み、前記剛性の支持体構造は、前記サンプルが配置される前記
サンプル基板の領域に隣接する開口部を有し、前記サンプル支持体の360°回転中に、前記電子ビームが前記支持体構造によって遮られる角度が5度未満であるように、前記サンプル支持体の厚さに対して前記支持体構造の開口部のサイズが決められたことを特徴とする請求項
12ないし
15のいずれか1つに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一般に、電子イメージングの分野に関連し、より具体的には、構造および配座の両方を決定するための生体分子のイメージングに関連する。
【背景技術】
【0002】
従来の手段による大きな分子、特に生体分子の構造の決定は、そのような分子が本質的に無秩序であるか、または単一の配座(conformation)をとる可能性があるという事実によって複雑になる。従来の測定技術では、単一分子に関するすべての詳細を提供することはできない。それにもかかわらず、多くの生物学的に関連するプロセスは生体分子の配座変化に依存しているため、単一分子のすべての構造の詳細を決定する手段を持つことが非常に望ましい。
【0003】
X線結晶学は、生体分子の原子構造を解明するために近年選択されている方法である。放射光と自由電子レーザにより、より優れたX線源が利用できるようになり、結晶化が困難で、小さなナノサイズの結晶しか生成できなかった分子の構造を解明することが可能になった。ただし、結晶学では分子の結晶化が必要であり、多くの生体分子は結晶化が困難または不可能であるため、X線結晶学ソリューションの候補としては不十分である。
【0004】
コヒーレントX線回折も過去にナノスケールの物体の3次元構造を調べるために使用されてきた。この方法では、サンプルにコヒーレントX線のビームを照射し、X線ビームに対して回転させて2次元画像のセットを収集する。次に、これらの画像を反転して、3次元の電子密度プロファイルを決定する。ただし、この方法は、X線による放射線損傷が非常に深刻であるため、生体高分子の検査には適していない。つまり、構造を解明するのに十分な情報が収集されるずっと前に、単一の分子がX線によって完全に破壊される。
【0005】
核磁気共鳴(NMR)分光法は、生体分子の特性評価にも使用でき、結晶化を必要としない。ただし、現在は比較的小さな分子に制限されており、通常はサイズが約30kDa未満である。そのため、真核生物のタンパク質の少なくとも70%はNMRによる溶解に適していない。
【0006】
NMRのような低温電子顕微鏡法(「クライオ(cryo)EM」)は、結晶化を必要とせず、大きなタンパク質やタンパク質複合体を解くのに特に適している。ただし、クライオEMにもサイズ制限があり、現在、約80kDa未満の分子はこの手法では解決できない。
【0007】
これらの制限に加えて、本質的に無秩序であるか、または複数の配座をとる生体分子は、低温電子顕微鏡法またはX線結晶学のいずれにも従順ではない。このような非常に柔軟な分子は、NMRを使用して特徴付けることができるが、上記のように、NMRは比較的小さな分子の構造しか決定できない。したがって、生物学的に興味深い分子の大きなクラス、すなわち、大きな柔軟なタンパク質は、現存する構造の解決技術に従順ではない。
【0008】
上記に加えて、ほとんどの既存の構造溶液技術は、比較的大量の精製タンパク質を必要とする。これには、タンパク質を最初にクローン化し、いわゆる発現システム(タンパク質を発現するために特別に最適化された細胞培養)によって大量に発現させる必要がある。ただし、すべてのタンパク質を簡単にクローン化して発現できるわけではない。容易にクローン化および発現できるタンパク質であっても、結晶学またはクライオEM用のサンプルの準備には、ターゲットタンパク質のクローン化、発現、精製にかかる時間、そして、回折品質の結晶(結晶学用)又は高品質の単分散Cryo-EMグリッドのいずれかの準備にかかる時間など、数か月かかる場合がある。
【0009】
コヒーレント回折イメージング(CDI)として当技術分野で知られている技術は、十分なコヒーレンス長を有するシンクロトロンおよび自由電子レーザのような大規模X線設備で使用されてきた。ただし、原子分解能を達成するために必要なプローブ強度は、多くの生体分子のイオン化を引き起こすのに十分な高さであり、その後のクーロン爆発を引き起こす。分子が爆発する前に、数フェムト秒で単一分子の構造を解くことが提案されているが、これは実際にはまだ達成されていない。これはCDI技術の適用性を制限し、現在、ナノサイズの耐放射線性サンプルにのみ適切である。さらに、技術の進歩により、最終的にCDIを単一分子に適用できるようになる可能性があるが、現在のCDI技術では、分子の2次元構造しか決定できない。したがって、そのようなシステムでは、3次元構造を決定するために、多くの同一の分子からのデータをマージ(merge)する必要があります。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【文献】Wood et al、「フィールド支援反応性ガスエッチングによって製造されたイリジウム単一原子チップ」応用表面科学、第367巻、2016年3月30日、277頁~280頁
【発明の概要】
【0011】
本発明によれば、単一分子サンプルの3次元構造を画像化するための電子回折画像化システムが提供される。サンプルに向かって第1の方向に電子ビームを放出し、例示的な実施形態では、5keVから30keVの間の動作エネルギーを有する電子源が提供される。線源は、ビーム径をサンプル分子のサイズの3倍以下に制限し、線源によって放出される高度に発散する電子を遮断することによって動作することができるビーム調整光学系を含む。一実施形態では、電子ビームは、少なくとも15nmの横方向コヒーレンス長を有する。
【0012】
2次元電子検出器は、サンプルによって回折された電子を検出し、回折された電子の空間分布を示す出力を生成する。サンプルは、サンプルが配置されている支持体の領域内の電子に対して実質的に透明であるサンプル支持体上に配置されている。サンプル支持体は、少なくとも2つの垂直方向への移動を可能にし、サンプルを異なる角度方向に回転させるように構成されている。単一分子サンプルを電子ビームの実質的に中心に保つように、および/または検出された回折強度を最大にするように、検出器出力に応答してサンプル支持体の並進を調整する調整システムも提供される。あるバージョンでは、調整システムは、30nm未満の混同(confusion)の球を維持するように制御される。
【0013】
例示的な実施形態では、電子源、検出器、およびサンプル支持体はそれぞれ、排気された環境に配置されている。特に、ソースは10-9mbar以下の超高真空環境に配置することができる。サンプル支持体は、10-6mbar以下の真空中に配置できる。サンプル支持体の回転中に電子ビームの低度の閉塞を可能にするために、支持体は非常に低いアスペクト比で構築される。一実施形態では、支持体は、電子に対して透明である基板と、基板が取り付けられている剛性の支持体構造とを有する。その支持体構造は、グリッドであってよく、サンプルが配置される領域に隣接する開口部を有し、また、開口部のサイズに対するサンプル支持体の全体的な厚さは、サンプル支持体の360°の回転中に、電子ビームが支持体構造によって遮られる角度が5度未満であるようにされる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明による電子線回折イメージングシステムの概略図である。
【
図2A】厚さ10nmのポリマー層20keVのビームエネルギーを示す説明図である。
【
図2B】5keVのビームエネルギーでの10nmの厚さのポリマー層における電子散乱の描写を示す説明図である。
【
図3A】放出されたすべての電子が電子ビームにコリメートされている電子ビームナノエミッタの概略図である。
【
図3B】本発明で使用される電子ビームナノエミッタの概略図であり、ビームのコヒーレンスは、約3度以下より高い放射角度を遮蔽することによって最適化される。
【
図4】本発明で使用されるサンプル支持体の概略図であり、支持グリッドに取り付けられた電子に対して透明な基板を含む。
【
図5】タンパク質ナノ液滴の拡大表現を示すサンプル支持体の一部の概略上面図である。
【
図6】サンプル分子から回折された電子エネルギーの空間分布を示す説明図であり、電子ビーム内の分子のセンタリングに使用できる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
図1は、本発明によるコヒーレント電子回折計10の例示的な実施形態の概略図である。コヒーレント電子エミッタ12は、コヒーレント電子のビームを生成することができるいくつかの異なるエミッタのうちのいずれかである。このようなエミッタの例では、非特許文献1によって説明されているように、単一原子のチップを使用する。このタイプのエミッタは、比較的長いコヒーレンス長と比較的長い動作寿命を提供することが知られている。しかしながら、タングステン・ナノチップおよび六ホウ化ランタン(lanthanum hexaboride)・ナノワイヤエミッタなどの他のコヒーレント電子エミッタも使用することができる。
【0016】
エミッタ12は、コリメート電子光学14に結合されている。この実施形態では、光学系は静電的であり、エミッタから電子を抽出し、それらをターゲット分子のサイズの約2~3倍のサイズ(例えば、50~300nmの範囲)の直径を有するビーム16にコリメートする。より大きな直径のビームを使用することができるが、より大きなビーム直径はより多くの散乱電子ノイズをもたらすので、ビームはターゲット分子のサイズの10倍未満(例えば、1000nm以下)であることが好ましい。このような電子ノイズは信号対ノイズ比を低下させるため、より長い露光時間が必要になる。
【0017】
図1の構成では、光学系は、5~30keVの範囲のエネルギーを有するビームを生成するように設計されており、例示的な実施形態では、10~20keVの範囲が使用されている。動作エネルギーを30keV未満に保つことで、生体分子の変位放射線による損傷を最小限に抑える。ただし、エネルギーが低すぎると、電子の散乱が高くなりすぎて、回折信号が減衰し、散乱ノイズのバックグラウンドが増加する。したがって、ビームエネルギーは好ましくは最低5keVである。これは、
図2Aおよび
図2Bの電子散乱プロットによって示されている。
図2Aは、20keVのビームエネルギーでの10nm厚のポリマー層での電子散乱を示している。これは、典型的なタンパク質での散乱をシミュレートしている。示されているように、このエネルギーレベルでは電子散乱はほとんどない。対照的に、
図2Bは、5keVのビームエネルギーでの同一のポリマー層での電子散乱を示している。これにより、回折信号が低くなり、散乱の程度が高くなる。
【0018】
また、
図1には、エミッタのエッジからの高度に発散する電子を遮断するように配置された光学系14の部分18が示されている。これらの発散電子を遮断すると、電子ビームの有効コヒーレンス長が向上し、単一分子サンプルなどのより小さなサンプルを検査できるようになる。
図3Aは、放出されたすべての電子が電子ビームにコリメートされたナノエミッタを概略的に示しています。このようなナノエミッタは通常、5~8度の立体角で放出され、コヒーレンスは、先端(仮想ソースサイズが最小)に最も近く放出される電子で最も高くなる。しかしながら、本発明では、ビームのコヒーレンスは、
図3Bに概略的に示されているように、約3度以下よりも高い放射角度を遮蔽することによって最適化される。
【0019】
低エネルギーの電子は空気中を伝播しないため、回折計全体が真空環境に配置される。
図1のシステムのエミッタ12および光学系14は、超高真空(UHV)(すなわち、10
-9mbar未満の圧力)にポンプで送られるソース真空チャンバ20内に配置されている。この低圧は、エミッタチップをエッチングする可能性のあるイオンの影響を最小限に抑えるため、ソースの動作寿命を最大化する。ソースチャンバ20に隣接するのは、検査されるサンプルが配置されるサンプル真空チャンバ22である。サンプルチャンバ22は、いくらか高い圧力(10
-6mbarの範囲の高真空(HV))で操作することができる。これは、UHVチャンバを操作するよりもコストがかからず、ポンプのダウンタイムが短縮されるため、保守性が向上する。
【0020】
サンプルチャンバ22内に配置されているのは、サンプルを取り付けることができるサンプル支持体24である。支持体24は、サンプルの近くの低エネルギー電子に対して非常に透明でなければならず、帯電を防ぐために高い導電率を持たなければならない。
図1の実施形態では、支持体は、グラフェンまたはその誘導体の基板を有する。特定のグラフェン基板は、過去にさまざまな分野で使用されてきたが、以下でより詳細に説明するように、本発明の基板は、単一分子検査に適合されている。
【0021】
サンプル支持体24は、並進(translation)ステージ26および回転ステージ28を含むサンプルステージ上に配置されている。並進ステージ26は、2軸(XY)ステージまたは3軸(XYZ)ステージであり、サンプルを電子ビームと位置合わせするために、サンプルの位置を調整するように制御される。並進ステージは真空互換であり、ナノメートルの分解能と精度を備えている。本実施形態では、並進ステージ26は、圧電性であるが、他の制御手段も可能である。本実施形態では、並進ステージおよび回転ステージは、サンプル支持体が取り付けられているゴニオメータの一部である。
【0022】
並進ステージ26は、電子ビーム内でサンプルを回転させるように制御される回転ステージ28を支持する。回転ステージ28は、単一の回転軸を有するか、または2つの直交する回転度を可能にする。
図1の実施形態では、回転ステージは、完全な360°回転をサポートするが、限定された角度範囲を有する回転ステージを使用することもできる。回転ステージには、ビームのサイズの何分の1かのオーダーの非常に小さな混同(confusion)の球(SOC)がある。これは通常、最大で数十ナノメートルのオーダーのSOCを意味する。このような小さなSOCを維持することは非常に困難であるため、SOCを最小限に抑えるためにアクティブフィードバックを使用することが好ましい。例示的な実施形態では、サンプルが小さな角度で回転するたびに(これにより、サンプルをビームに対して小さな距離だけ平行移動させることができる)、サンプルは、以下で説明するように、並進ステージ26を使用してビーム内で再センタリングされる。詳細は、以下で説明される。
【0023】
SOCを最小化し、サンプル分子をビームの中心に維持することで、各回転ステップの測定信号が最大化される。本実施形態では、回転ステップの数は、ユーザが選択することができるが、サンプル分子の完全な特徴付けを提供するために、数百ステップが望ましい場合があると予想される。
【0024】
図1に示されるように、サンプル30は、電子ビーム16の経路のサンプル支持体24上に配置されている。当業者は、図中の構成要素が原寸に比例して示されていないが、むしろ、本発明を最もよく説明するように描かれていることを理解するであろう。サンプルによって回折された電子は、電子検出器32によって検出される。検出器は、回折パターン全体を収集するのに十分な大きさのアクティブ領域と、2オングストローム以上のオーダーの再構成解像度を提供するのに十分小さいピクセルサイズを備えている。例示的なバージョンでは、検出器は5×5cm
2と10×10cm
2との間の活性領域、および50μm~100μmのピクセルサイズを有する。
【0025】
検出器のピクセルサイズは、システム自体の寸法を基準にして作成する必要がある。例えば、電子ビームのエネルギーは、最初に、明確な回折信号を生成するのに十分に高いが、分子自体への損傷を最小限に抑えるのに十分に低くなるように選択される。例示的な実施形態では、ピクセルサイズ、波長、検出器距離、およびサンプルサイズの間の関係は、以下によって与えられる。
ピクセルサイズ=(距離)(波長)/(2)(サンプルサイズ)
【0026】
この関係は、コヒーレント回折イメージングシステム自体の回折限界を考慮に入れている。これらの基準を満たすいくつかの可能な組み合わせを次の表に示す。
【0027】
【0028】
したがって、例として、λ=0.14Åのドブロイ波長を持つ8keVの電子の場合、70μmのピクセルサイズに関して、10nmのサンプルサイズで約2Åの分解能を達成できる。シャノンのサンプリング定理(500ピクセルの場合)を使用すると、3.5cmの検出器サイズが得られる。
【0029】
例示的な実施形態では、検出器は、サンプルへの放射フルエンス(fluence)を最小化するように、単一の電子感度を有する。例示的な実施形態では、検出器は、回折強度の全範囲の収集を可能にするため、約106のダイナミックレンジを有する。代替の実施形態では、検出器は、105未満のダイナミックレンジを有し、およびビームストップを使用して中央のビームを遮断する。このような場合、ビームストップ付近の低次回折が構造解にとって重要であるため、中央ビームをブロックしながら、ビームストップをできるだけ小さくする必要がある。検出器表面は、好ましくは、チャンバ22の真空環境にあり、真空環境の外側に配置された読み出し電子機器34に接続されている。この配置により、電子機器の冷却と検出器の保守が簡素化される。ある特定のバージョンは、光ファイバーウィンドウを介して電子計数操作用に最適化された高感度カメラに結合されたシンチレータースクリーンからなる電子検出器を使用する。
【0030】
上記のように、サンプル支持体の基板は、サンプルの近くの低エネルギー電子に対して非常に透明であり、高導電性でなければならない。
図1の実施形態では、基板は単原子グラフェン(graphene)であるが、3次元イメージング用に最適化されたグラフェン誘導体を使用することもできる。以下で説明するように、測定範囲を最大化するために、アスペクト比が非常に低いサンプル支持体が使用される。
【0031】
簡単にするために、
図1は、基板24上に配置された単一のサンプル30を示す。しかしながら、この実施形態の例示的なバージョンでは、支持体は多くのサンプルを保持することができる。これらのサンプルは、
図1の実施形態で使用されるサンプル支持体の拡大された概略図である
図4に示されるように、一定の間隔で支持体表面を横切って離間される。支持体は、グラフェン層との電気的接触を改善するために、導電性の外部を有する強くて硬い材料からなるグリッド38上に存在するグラフェン層36を含む。例示的な実施形態では、金などの導電性金属でコーティングされた窒化ケイ素を使用して、所望の剛性および導電性を提供する。導電性外層でコーティングされたグラファイト、窒化ケイ素または窒化アルミニウムなどの他の材料も同様に使用することができる。グリッド材料として導電性金属(例えば、銅)を使用することも可能であるが、剛性が不足しているため、より厚い必要があり、その結果、グリッド層による電子ビームの閉塞が増加する。
【0032】
サンプル30はグラフェン層36上に存在し、電子ビームはグリッド部分38の間の空間を通過する。グリッドは非常に薄く作られているため、サンプル支持体を回転させたときに電子ビームの閉塞(occlusion)がほとんどない。例示的な実施形態では、グリッド38は、約10μm以上の開口部および0.5μm未満の厚さを有し、少なくとも170°の画角を提供する。例示的な実施形態では、サンプル30は、ビームの閉塞を最小限に抑えるように、グリッド部分間のそれぞれの空間の中心に配置されている。この点でのサンプルの正確な配置は、例えば、中空原子間力顕微鏡(AFM)チップを使用して、グリッド開口部の中心位置に非常に少量の希薄タンパク質溶液をナノピペットで塗布することによって達成できる。
【0033】
本発明によるターゲット分子の位置およびセンタリングは、異なる方法で行うことができる。
図5は、基板36およびグリッド38を有するサンプル支持体の一部の概略上面図、ならびに基板上に配置されたサンプル30のうちの1つの拡大図である。この例では、サンプル30は、1μm未満の直径を有するタンパク質ナノ液滴であり、これは、関心のある複数のターゲット分子を含む。分子は液滴内にランダムに分布している可能性があるため、目的の分子を選択して電子ビームの中心に配置する必要がある。分子を、タンパク質溶液からの粉塵粒子または塩結晶などの考えられる汚染物質42から区別することも必要である。
【0034】
一実施形態では、ターゲット分子の位置は、システムを点投影顕微鏡モードで操作して、分子が暗いパッチとして現れるシャドウグラフを生成することによって達成することができる。これらのパッチのサイズおよび形状は、特にターゲット分子のおおよそのサイズがその遺伝子配列から推定されるので、実際のターゲット分子40と可能性のある汚染物質42とを区別するためにユーザによって解釈される。十分な詳細を提供するために、各シャドウグラフは基板の小さな領域のみをカバーし、システムの平行移動ステージを使用して基板を2次元で移動し、他の領域の点投影シャドウグラフを取得できる。
【0035】
別の実施形態では、電子ビームは、2次元でサンプル基板を横切ってコリメートおよび走査され、一方、回折および透過された電子は、検出器によって検出される。ビームがターゲット分子をスキャンすると、検出可能な回折電子信号が発生する。この電子信号の分布は、電子ビームサイズと分子サイズの畳み込みによって決定される。ビームサイズが分子サイズよりも大きい場合、回折電子強度の2次元分布は分子よりも大きくなる。次に、この分布の幾何学的重心を計算して、
図6に概略的に示すように、ビームのサイズよりも優れた精度で分子を特定できる。
【0036】
図6に示す分布例は、yz平面での回折電子強度とスキャン位置との関係を表わす。この分布は、この平面内の位置に対する強度の2次元マップであり、分布の重心44を計算して、ターゲット分子の位置を求めることができる。さらに、ビームサイズが分子のサイズに匹敵すると仮定すると、既知のビーム幅は、2次元強度マップからデコンボリューション(deconvolve)されて、分子のおおよそのサイズと形状とを決定することができる。分子のおおよそのサイズがその遺伝子配列からわかっている場合、この情報を使用して、分子を不要な汚染物質と区別することもできる。
【0037】
別のアプローチでは、分子のサイズは、重心位置の近くで収集された回折パターンから推定することができる。すなわち、測定された回折パターンの自己相関関数は、分子サイズの推定値を提供する。
【0038】
分子構造の決定中、分子は、
図1に示す回転ステージ28を使用して、サンプルビームに対して回転する。一般に、分子の回転により、分子は電子ビームに対して平行移動するため、このプロセス中に分子をビームの中心に保つために並進ステージが使用される。これは、サンプル分子が回転するたびに、回折された電子エネルギーの重心が特定され、および、並進ステージがビーム内の分子を再センタリングするために使用されるように、上記の重心特定プロセスを使用して行うことができる。これは、上記の点投影法と比較したこのビーム走査法の利点である。特に、スキャンプロセスは、サンプルホルダまたは電子ビームを再構成せずにコヒーレント回折測定中に、その場で実行することができる。
【0039】
本発明は、その特定の実施形態を参照して示されおよび説明されたが、当業者であれば、添付の特許請求の範囲によって定義される本発明の精神および範囲から逸脱することなく、本明細書において形態および詳細の様々な変更を行うことができることを認識するであろう。