(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-25
(45)【発行日】2024-08-02
(54)【発明の名称】人工肺およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
A61M 1/18 20060101AFI20240726BHJP
B01D 63/02 20060101ALI20240726BHJP
B01D 69/12 20060101ALI20240726BHJP
B01D 71/26 20060101ALI20240726BHJP
【FI】
A61M1/18 525
B01D63/02
B01D69/12
B01D71/26
(21)【出願番号】P 2022505138
(86)(22)【出願日】2021-02-24
(86)【国際出願番号】 JP2021006812
(87)【国際公開番号】W WO2021177095
(87)【国際公開日】2021-09-10
【審査請求日】2023-09-13
(31)【優先権主張番号】P 2020035292
(32)【優先日】2020-03-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000109543
【氏名又は名称】テルモ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000671
【氏名又は名称】IBC一番町弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 健
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼間 蓮成
【審査官】黒田 正法
(56)【参考文献】
【文献】特開昭59-044267(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61M 1/18
B01D 63/02
B01D 69/12
B01D 71/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のガス交換用多孔質中空糸膜を有する人工肺の製造方法であって、
シリコーン化合物を、表面張力が70dyn/cm未満である有機溶媒に溶解して、コート液を調製し、
50hPa以上150hPa以下の陰圧下で、前記中空糸膜の内表面を前記コート液と接触させて、前記内表面にシリコーン化合物を含むコート層を形成することを有する、製造方法。
【請求項2】
前記有機溶媒が、n-ヘキサン、シクロヘキサン、アセトン、ブチルアルコール、1-プロパノール、イソプロパノール、クロロホルム、ジエチルエーテル、芳香族炭化水素およびフッ素系溶媒からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記中空糸膜の少なくとも一部がポリプロピレンまたはポリメチルペンテンで形成される、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記中空糸膜の外表面に抗血栓性高分子化合物を含む被膜を形成することをさらに有する、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記シリコーン化合物は、下記式(1):
【化1】
上記式(1)中、R
1~R
8は、それぞれ独立して、炭素数1以上6以下のアルキル基、炭素数6以上30以下の芳香族炭化水素基、または、炭素数1以上6以下のエチレン性不飽和結合含有基、アミノ基、水酸基、カルボキシ基、マレイミド基、チオール基およびハロゲン基からなる群から選択される反応性基を表わし;nは、1以上100,000以下である、
で示される、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
複数のガス交換用多孔質中空糸膜を有する人工肺の製造方法であって、
シリコーン化合物を、表面張力が70dyn/cm未満である有機溶媒に溶解して、コート液を調製する調製工程と、
50hPa以上150hPa以下の陰圧下で、前記中空糸膜の内表面を前記コート液と接触させた後、前記有機溶媒を乾燥させる接触・乾燥工程とを有し、
前記接触・乾燥を複数回繰り返すことにより、前記内表面にシリコーン化合物を含むコート層を形成することを有する、請求項1~5のいずれか1項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工肺およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
多孔質中空糸膜を有する人工肺は、長期間の使用に伴い、ガス交換性能が低下することがある。ウエットラング、血漿リークは、その主な要因とされている。ウエットラングは空気を高圧で吹き込み、中空糸膜から結露水を取り除くことにより、ガス交換性能を回復することができる。一方で、血漿リークは人工肺の不可逆的な性能低下を引き起こすとされている。人工肺の長期使用において、血漿リークによる問題の解決は必須であり、今までに多くの検討がなされてきた。その中で、耐血漿リーク性を向上させる手段として、中空糸膜に存在する微細孔を塞ぐ、もしくは、中空糸膜の微細孔を極微細にするといった方法が採用されてきた。
【0003】
例えば、特開2002-035116号公報によると、ポリプロピレンからなる多孔質中空糸膜の外表面にシリコーンコーティングを施すことによって、血漿リークが生じにくくなり、長期の使用が可能となると記載されている。
【発明の概要】
【0004】
しかしながら、特開2002-035116号公報に記載された手法によると、高真空下でプラズマ放電中のシリコーンモノマー気中において、中空糸膜の連続線を0.5~50m/分で移動させて、シリコーンモノマーを中空糸膜の外表面上で重合させることによってシリコーンコーティングが行われる。そのため、コーティング工程に複雑な設備や長時間を要するという問題を有していた。
【0005】
そこで、本発明は、より簡便な手法により耐血漿リーク性を有する人工肺を提供することを目的とする。
【0006】
本発明者らは、上記の問題を解決すべく、鋭意研究を行った。その結果、シリコーン化合物を特定の有機溶媒に溶解したコート液を、特定の陰圧下で中空糸膜の内表面と接触させることにより、当該内表面にシリコーン化合物を含むコート層を形成できることを見出した。
【0007】
すなわち、上記目的は、複数のガス交換用多孔質中空糸膜を有する人工肺の製造方法であって、シリコーン化合物を、表面張力が70dyn/cm未満である有機溶媒に溶解して、コート液を調製し、50hPa以上150hPa以下の陰圧下で、前記中空糸膜の内表面を前記コート液と接触させて、前記内表面にシリコーン化合物を含むコート層を形成することを有する、製造方法によって達成できる。
【0008】
また、上記目的は、複数のガス交換用多孔質中空糸膜を有する人工肺であって、前記中空糸膜は、内腔を形成する内表面と、外表面とを有しており、前記内表面にシリコーン化合物を含むコート層が形成され、前記外表面に抗血栓性高分子化合物を含む被膜が形成される、人工肺によっても達成できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、本発明の一実施形態に係る中空糸膜外部血液灌流型人工肺の断面図である。
【
図2】
図2は、本発明の一実施形態に係る中空糸膜外部血液灌流型人工肺に使用されるガス交換用多孔質中空糸膜の拡大断面図である。
【
図3】
図3は、本発明の他の実施形態に係る中空糸膜外部血液灌流型人工肺の断面図である。
【
図5】
図5は、本発明に係る中空糸膜外部血液灌流型人工肺に使用される内側筒状部材の一例を示す正面図である。
【
図6】
図6は、
図5に示した内側筒状部材の中央縦断面図である。
【
図8】
図8は、参考例1において中空糸膜の内腔に有機溶媒を通液する際に用いた回路図である。
【
図9】
図9は、参考例1において中空糸膜の内腔に有機溶媒(ローダミンBで染色したアセトン)を通液した前および後の写真である。
図9のAは、通液前の中空糸膜の可視光下での外観写真である。
図9のBは、通液後の中空糸膜の可視光下での外観写真である。
図9のCは、通液後の中空糸膜の外表面に巻いてあった紙の可視光下での写真である。
図9のDは、通液後の中空糸膜のUV照射下での外観写真である。
図9のEは、通液後の中空糸膜の外表面に巻いてあった紙のUV照射下での写真である。
【
図10】
図10は、実施例および比較例における気体透過性を表すグラフである。
【
図11】
図11は、実施例および比較例における耐血漿リーク性を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、複数のガス交換用多孔質中空糸膜を有する人工肺の製造方法であって、シリコーン化合物を、表面張力が70dyn/cm未満である有機溶媒に溶解して、コート液を調製し、50hPa以上150hPa以下の陰圧下で、前記中空糸膜の内表面を前記コート液と接触させて、前記内表面にシリコーン化合物(前記コート液の調製に用いられるシリコーン化合物および/または当該シリコーン化合物の架橋物)を含むコート層を形成することを有する、製造方法に関する。
【0011】
本発明に係る人工肺の製造方法によると、特開2002-035116号公報に記載されている製造方法と比較して、より簡便な手法により耐血漿リーク性を有する人工肺を提供することが可能となる。本発明に係る方法によると、表面張力が70dyn/cm未満である有機溶媒を用いることにより、中空糸膜の内腔にコート液を容易に通液させることができる。一方で、本発明者らの検討によると、有機溶媒の表面張力を小さくするにつれ、中空糸膜の細孔を介してコート液が中空糸膜の外表面へと漏出しやすくなることが判明した。そこで、中空糸膜の内腔を50hPa以上150hPa以下の陰圧下とすることで、コート液の漏出を防ぎつつ、内表面にシリコーン化合物を含むコート層を良好に形成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
また、特開2002-035116号公報に記載されている製造方法によると、中空糸膜の外表面にシリコーン化合物を含むコート層が形成される。一方、本発明に係る方法によると、中空糸膜の内表面にシリコーン化合物を含むコート層が形成される。これにより、水溶性の抗血栓性高分子化合物(例えば、ポリメトキシエチルアクリレート(PMEA))を含む被膜を有する人工肺において、耐血漿リーク性を向上させることが可能となる。すなわち、水溶性の抗血栓性高分子化合物を含む被膜は、通常、水を含む(好ましくは水を85質量%以上の割合で含む)水系溶媒に抗血栓性高分子化合物を分散させた水性コート液を中空糸膜の内表面または外表面と接触させることによって形成される。しかしながら、特開2002-035116号公報の製造方法により中空糸膜の外表面にシリコーン化合物を含むコート層を形成した場合において、外表面のシリコーン化合物を含むコート層の上にさらに被膜を積層させようとすると、シリコーン化合物を含むコート層の撥水性により水性コート液がはじかれ、被膜が良好に形成できないという問題点を有していた。また、シリコーン化合物を含むコート層が形成されていない内表面に被膜を形成した場合、内腔を陰圧にして水性コート液を通液させると、外表面のシリコーン化合物を含むコート層の一部が剥がれるといった問題点を有していた。そのため、水溶性の抗血栓性高分子化合物を含むコート層を有する人工肺において、特開2002-035116号公報の技術を適用した場合、所望の抗血栓性または耐血漿リーク性を確保できないという問題点を有していた。本発明の製造方法によると、中空糸膜の内表面にシリコーン化合物を含むコート層を形成し、外表面に水溶性の抗血栓性高分子化合物を含む被膜を形成するため、所望の抗血栓性および耐血漿リーク性を兼ね備えた人工肺を提供することができる。
【0013】
以下、本発明の好ましい実施の形態を説明する。なお、本発明は、以下の実施の形態のみに限定されない。また、図面の寸法比率は、説明の都合上誇張されており、実際の比率とは異なる場合がある。
【0014】
本明細書において、範囲を示す「X~Y」は、XおよびYを含み、「X以上Y以下」を意味する。また、特記しない限り、操作および物性等の測定は室温(20~25℃)/相対湿度40~50%RHの条件で測定する。また、「Aおよび/またはB」は、AおよびBの両方、または、AもしくはBのいずれか一方を意味する。
【0015】
以下、本発明の人工肺の製造方法について詳細に説明するが、本明細書では便宜上、先ず本発明の製造方法により得られうる人工肺について説明した後、本発明の製造方法について説明することとする。なお、人工肺についての説明および人工肺の製造方法についての説明は、相互に適用されうる。
【0016】
<人工肺>
本発明の一形態に係る人工肺は、複数のガス交換用多孔質中空糸膜を有する人工肺であって、前記中空糸膜は、内腔を形成する内表面と、外表面とを有しており、前記内表面にシリコーン化合物(前記コート液の調製に用いられるシリコーン化合物および/または当該シリコーン化合物の架橋物)を含むコート層が形成され、前記外表面に抗血栓性高分子化合物を含む被膜が形成されることを特徴とする。
【0017】
本発明に係る人工肺の詳細を、図面を参照しながら以下で説明する。
【0018】
図1は、本発明の一実施形態に係る中空糸膜外部血液灌流型人工肺の断面図である。
図2は、本発明の一実施形態に係る中空糸膜外部血液灌流型人工肺に使用されているガス交換用多孔質中空糸膜の拡大断面図である。なお、本明細書において、中空糸膜外部血液灌流型人工肺を単に「中空糸膜型人工肺」または「人工肺」とも称する。また、本明細書において、ガス交換用多孔質中空糸膜を、単に「多孔質中空糸膜」または「中空糸膜」とも称する。
【0019】
図1に示される実施形態において、中空糸膜外部血液灌流型人工肺1は、多数のガス交換用多孔質中空糸膜3がハウジング2内に収納されている。
図2に示すように、中空糸膜3は、中央にガス室を形成する通路(内腔)3dを備えている。加えて、中空糸膜3は、その外表面3a’と内表面3c’を連通する開口部3e、3fを有している。酸素含有ガスが流れる中空糸膜3の内表面3c’には、シリコーン化合物を含むコート層16が形成されている。また、血液接触部となる中空糸膜3の外表面3a’(場合によっては、外表面3a’および外面層3a)には、抗血栓性高分子化合物を含む被膜18が形成されている。なお、コート層16はシリコーン化合物に加えて他の成分を含んでもよい。ここで、他の成分としては、特に制限されないが、ポリオレフィン、脂肪族炭化水素、無機微粒子、架橋剤などが挙げられる。好ましくは、コート層16はシリコーン化合物のみから構成される。同様に、被膜18は抗血栓性高分子化合物に加えて他の成分を含んでもよい。ここで、他の成分としては、特に制限されないが、他の抗血栓性物質(例えば、ヘパリン)、架橋剤、増粘剤、防腐剤、pH調整剤などが挙げられる。
【0020】
シリコーン化合物を含むコート層16は、酸素含有ガスが流れる中空糸膜3の内表面3c’の少なくとも一部に形成されればよいが、長期間の使用におけるガス交換性能の維持(耐血漿リーク性の向上効果、ウエットラングの抑制効果)などの観点から、内表面3c’全体に形成されることが好ましい。なお、
図2に示される実施形態において、シリコーン化合物を含むコート層16は、内表面3c’の全体に亘って内表面3c’側の細孔の開口部3fを塞ぐように形成されているが、シリコーン化合物を含むコート層16はガス透過性が高いため、十分なガス交換性能を有しうる。また、シリコーン化合物を含むコート層16は、中空糸膜3の内面層3c(場合によっては、内面層3cおよび内部層3b)に存在していてもよい。
【0021】
同様に、抗血栓性高分子化合物を含む被膜18は、中空糸膜3の血液接触部である外表面3a’の少なくとも一部に形成されればよいが、抗血栓性生体適合(血小板の粘着/付着の抑制・防止効果、および血小板の活性化の抑制・防止効果)などの観点から、外表面3a’全体に形成されることが好ましい。なお、
図2に示される実施形態において、抗血栓性高分子化合物を含む被膜18は、中空糸膜3の内部層3b(場合によっては、内部層3bおよび内面層3c)に存在してもよいが、中空糸膜3の内部層3b(場合によっては、内部層3bおよび内面層3c)には実質的に存在していないことが好ましい。抗血栓性高分子化合物が実質的に存在していないため、中空糸膜の内部層3bまたは内面層3cが膜の基材自身が持つ疎水性の特性がそのまま保持され、血漿成分の漏出(リーク)を有効に防止できる。本明細書において、「抗血栓性高分子化合物を含む被膜18が中空糸膜3の内部層3b(場合によっては、内部層3bおよび内面層3c)には実質的に存在していない」とは、中空糸膜3の内表面3c’(酸素含有ガスが流れる側の表面)付近に、抗血栓性高分子化合物の浸透が観察されないことを意味する。後述する人工肺の製造方法の好ましい実施形態で説明するように、抗血栓性高分子化合物のコロイド液を塗布することで被膜を形成することにより、抗血栓性高分子化合物が中空糸膜3の内部層3bまたは内面層3cに実質的に存在していない形態とすることができる。
【0022】
本実施形態に係る中空糸膜型人工肺1は、血液流入口6と血液流出口7とを有するハウジング2と、ハウジング2内に収納された多数のガス交換用多孔質中空糸膜3からなる中空糸膜束と、中空糸膜束の両端部をハウジング2に液密に支持する一対の隔壁4,5とを有し、隔壁4,5とハウジング2の内面および中空糸膜3の外面間に形成された血液室12と、中空糸膜3の内部に形成されたガス室と、ガス室と連通するガス流入口8およびガス流出口9とを有するものである。
【0023】
具体的には、本実施形態の中空糸膜型人工肺1は、筒状ハウジング2と、筒状ハウジング2内に収納されたガス交換用中空糸膜3の集合体と、中空糸膜3の両端部をハウジング2に液密に保持する隔壁4,5とを有し、筒状ハウジング2内は、第1の流体室である血液室12と第2の流体室であるガス室とに区画され、筒状ハウジング2には血液室12と連通する血液流入口6および血液流出口7が設けられている。
【0024】
そして、筒状ハウジング2の端部である隔壁4の上方には中空糸膜3の内部空間であるガス室に連通する第2の流体流入口であるガス流入口8を有するキャップ状のガス流入側ヘッダー10が取り付けられている。よって、隔壁4の外面とガス流入側ヘッダー10の内面により、ガス流入室13が形成されている。このガス流入室13は、中空糸膜3の内部空間により形成されるガス室と連通している。
【0025】
同様に、隔壁5の下方に設けられ中空糸膜3の内部空間に連通する第2の流体流出口であるガス流出口9を有するキャップ状のガス流出側ヘッダー11が取り付けられている。よって、隔壁5の外面とガス流出側ヘッダー11の内面により、ガス流出室14が形成されている。
【0026】
中空糸膜3は、疎水性高分子材料からなる多孔質膜であり、公知の人工肺に使用される中空糸膜と同様のものが使用され、特に制限されない。このように中空糸膜(特に中空糸膜の内表面)が疎水性高分子材料からなることにより、血漿成分の漏出を抑制することができる。多孔質膜に使用される材質としては、公知の人工肺に使用される中空糸膜と同様の疎水性高分子材料が使用できる。具体的には、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリメチルペンテン等のポリオレフィン樹脂、ポリスルホン、ポリアクリロニトリル、ポリテトラフルオロエチレン、セルロースアセテート等の高分子材料などが挙げられる。これらのうち、ポリオレフィン樹脂が好ましく使用され、ポリプロピレン、ポリメチルペンテンがより好ましく、ポリプロピレンがさらに好ましい。すなわち、本発明の好ましい形態では、中空糸膜の少なくとも一部(好ましくは、中空糸膜の全部)は、ポリオレフィン樹脂で形成される。本発明のより好ましい形態では、中空糸膜の少なくとも一部(好ましくは、中空糸膜の全部)は、ポリプロピレンまたはポリメチルペンテンで形成される。
【0027】
中空糸膜の内径は、特に制限されないが、好ましくは50~300μm、より好ましくは80~200μmである。中空糸膜の外径は、特に制限されないが、好ましくは100~400μm、より好ましくは130~200μmである。中空糸膜の肉厚(膜厚)は、好ましくは20μm以上50μm未満、より好ましくは25μm以上50μm未満、さらにより好ましくは25~45μm、さらに好ましくは25~40μm、さらに好ましくは25~35μm、特に好ましくは25~30μmである。なお、本明細書において、「中空糸膜の肉厚(膜厚)」とは、中空糸膜の内表面と外表面との間の肉厚を意図し、式:[(中空糸膜の外径)-(中空糸膜の内径)]/2で算出される。中空糸膜の肉厚の下限を上記のようにすることによって、中空糸膜の強度を十分確保できる。また、製造上の手間やコストの点でも満足でき、大量生産の観点からも好ましい。また、中空糸膜の空孔率は、好ましくは5~90体積%、より好ましくは10~80体積%、特に好ましくは30~60体積%である。中空糸膜の細孔径は、好ましくは0.01~5μm、より好ましくは0.05~1μmである。中空糸膜の製造方法は、特に制限されず、公知の中空糸膜の製造方法が同様にしてあるいは適宜修飾して適用できる。例えば、中空糸膜は、延伸法または固液相分離法により壁に微細孔が形成されてなることが好ましい。
【0028】
なお、本明細書中、「中空糸膜の細孔径」とは、抗血栓性高分子化合物によって被覆される側(外表面側)の開口部の平均直径を指す。中空糸膜の細孔径は、以下に記載の方法によって測定される。
【0029】
まず、走査型電子顕微鏡(SEM)で中空糸膜について、抗血栓性高分子化合物によって被覆される側(外表面)を撮影する。次に、得られたSEM像について画像処理を行い、細孔部分(開口部)を白く、それ以外を黒く反転させ、白い部分のピクセル数を測定する。なお、二値化の境界レベルは、最も白い部分と最も黒い部分の差の中間の値とする。
【0030】
続いて、白く表示された細孔(開口部)のピクセル数を測定する。このようにして求めた各細孔のピクセル数およびSEM像の解像度(μm/ピクセル)に基づいて細孔面積を算出する。得られた細孔面積から、細孔を円形とみなして各細孔の直径を算出し、無作為に、統計学的に有意な数、例えば、500個の細孔の直径を抽出し、その算術平均を「中空糸膜の細孔径」とする。
【0031】
筒状ハウジング2を構成する材料もまた、公知の人工肺のハウジングに使用されるのと同様の材料が使用できる。具体的には、ポリカーボネート、アクリル・スチレン共重合体、アクリル・ブチレン・スチレン共重合体などの疎水性合成樹脂が挙げられる。ハウジング2の形状は、特に制限されないが、例えば円筒状であり、透明体であることが好ましい。透明体で形成することにより、内部の確認を容易に行うことができる。
【0032】
本実施形態における中空糸膜の収納量は、特に制限されず、公知の人工肺と同様の量が適用できる。例えば、ハウジング2内に、その軸方向に向けて並列に約5,000~100,000本の多孔質中空糸膜3が収納されている。さらに、中空糸膜3は、ハウジング2の両端に中空糸膜3の両端がそれぞれ開口した状態で隔壁4,5により液密状態に固定されている。隔壁4,5は、ポリウレタン、シリコーンゴムなどのポッティング剤で形成される。ハウジング2内の上記隔壁4,5ではさまれた部分は、中空糸膜3の内部側のガス室と中空糸膜3の外側の血液室12とに仕切られている。
【0033】
本実施形態では、ガス流入口8を有するガス流入側ヘッダー10およびガス流出口9を有するガス流出側ヘッダー11が、ハウジング2に液密に取り付けられている。これらヘッダーも、いずれの材料で形成されてもよいが、例えば、上述のハウジングに用いられる疎水性合成樹脂により形成されうる。ヘッダーはいずれの方法によって取り付けられてもよいが、例えば、ヘッダーは、超音波、高周波、誘導加熱などを用いた融着、接着剤を用いた接着または機械的に嵌合させることによって、ハウジング2に取り付けられる。また、締め付けリング(図示しない)を用いて行ってもよい。中空糸膜型人工肺1の血液接触部(ハウジング2の内面、中空糸膜3の外面)は、全て疎水性材料により形成されることが好ましい。
【0034】
本実施形態では、抗血栓性高分子化合物の被覆(被膜)は、中空糸膜の外表面(外部灌流型)に選択的に形成される。このため、血液(特に血漿成分)が中空糸膜の細孔内部に浸透しにくいか、または浸透しない。ゆえに、中空糸膜からの血液(特に血漿成分)の漏出を有効に抑制・防止できる。特に抗血栓性高分子化合物が中空糸膜の内部層3bおよび中空糸膜の内面層3cに実質的に存在しない場合には、中空糸膜の内部層3bおよび中空糸膜の内面層3cは、素材の疎水性状態を維持しているため、高い血液(特に血漿成分)の漏出(リーク)をさらに有効に抑制・防止できる。したがって、本発明の方法により得られる人工肺は、高いガス交換能を長期間にわたって維持できる。
【0035】
本実施形態に係る抗血栓性高分子化合物の被覆は、人工肺の中空糸膜の外表面に必須に形成されるが、外表面に加えて、他の構成部材(例えば、血液接触部全体)に形成されてもよい。当該構成をとることにより、人工肺の血液接触部全体において、血小板の粘着/付着および活性化をさらにより有効に抑制・防止できる。また、血液接触面の接触角が低くなるので、プライミング作業が容易となる。なお、この場合には、本発明に係る抗血栓性高分子化合物の被覆は血液が接触する他の構成部材に形成されることが好ましいが、血液接触部以外の中空糸膜もしくは中空糸膜の他の部分(例えば、隔壁中に埋没する部分)には、抗血栓性高分子化合物が被覆されていなくてもよい。このような部分は、血液と接触しないので、抗血栓性高分子化合物を被覆しなくても特に問題とならない。
【0036】
また、本発明の方法により得られる人工肺は、
図3に示すようなタイプのものであってもよい。
図3は、本発明の方法により得られる人工肺の他の実施形態を示す断面図である。また、
図4は、
図3のA-A線断面図である。
【0037】
図3において、人工肺(中空糸膜外部血液灌流型人工肺)20は、側面に血液流通用開口32を有する内側筒状部材31と、内側筒状部材31の外面に巻き付けられた多数のガス交換用多孔質中空糸膜3からなる筒状中空糸膜束22と、筒状中空糸膜束22を内側筒状部材31とともに収納するハウジング23と、中空糸膜3の両端を開口した状態で、筒状中空糸膜束22の両端部をハウジングに固定する隔壁25,26と、ハウジング23内に形成された血液室17と連通する血液流入口28および血液流出口29a、29bと、中空糸膜3の内部と連通するガス流入口24およびガス流出口27とを有するものである。
【0038】
本実施形態の人工肺20は、
図3および
図4に示されるように、ハウジング23は、内側筒状部材31を収納する外側筒状部材33を備え、筒状中空糸膜束22は内側筒状部材31と外側筒状部材33間に収納されており、さらに、ハウジング23は、内側筒状部材内と連通する血液流入口または血液流出口の一方と、外側筒状部材内部と連通する血液流入口または血液流出口の他方とを備えている。
【0039】
具体的には、本実施形態の人工肺20では、ハウジング23は、外側筒状部材33、内側筒状部材31内に収納され、先端が内側筒状部材31内で開口する内筒体35を備える。内筒体35の一端(下端)には、血液流入口28が形成されており、外側筒状部材33の側面には、外方に延びる2つの血液流出口29a,29bが形成されている。なお、血液流出口は、一つであってもまたは複数であってもよい。
【0040】
そして、筒状中空糸膜束22は、内側筒状部材31の外面に巻き付けられている。つまり、内側筒状部材31が筒状中空糸膜束22のコアとなっている。内側筒状部材31の内部に収納された内筒体35は、先端部が第1の隔壁25付近にて開口している。また、内側筒状部材31より、突出する下端部に血液流入口28が形成されている。
【0041】
そして、内筒体35、中空糸膜束22が外面に巻き付けられた内側筒状部材31、さらに、外側筒状部材33は、それぞれがほぼ同心的に配置されている。そして、中空糸膜束22が外面に巻き付けられた内側筒状部材31の一端(上端)および外側筒状部材33の一端(上端)は、第1の隔壁25により、両者の同心的位置関係が維持されるとともに、内側筒状部材内部および外側筒状部材33と中空糸膜の外面との間により形成される空間が外部と連通しない液密状態となっている。
【0042】
また、内筒体35の血液流入口28より若干上方となる部分、中空糸膜束22が外面に巻き付けられた内側筒状部材31の他端(下端)および外側筒状部材33の他端(下端)は、第2の隔壁26により、両者の同心的位置関係が維持されるとともに、内筒体35と内側筒状部材31との間に形成される空間および外側筒状部材33と中空糸膜の外面との間により形成される空間が外部と連通しない液密状態となっている。また、隔壁25,26は、ポリウレタン、シリコーンゴムなどのポッティング剤で形成される。
【0043】
よって、本実施形態の人工肺20では、内筒体35の内部により形成される血液流入口17a、内筒体35と内側筒状部材31との間に形成される実質的に筒状空間となっている第1の血液室17b、中空糸膜束22と外側筒状部材33との間に形成される実質的に筒状空間となっている第2の血液室17cを備え、これらにより血液室17が形成されている。
【0044】
そして、血液流入口28から流入した血液は、血液流入口17a内に流入し、内筒体35(血液流入口17a)内を上昇し、内筒体35の上端35a(開口端)より流出し、第1の血液室17b内に流入し、内側筒状部材31に形成された開口32を通過して、中空糸膜に接触し、ガス交換がなされた後、第2の血液室17cに流入し、血液流出口29a,29bより流出する。
【0045】
また、外側筒状部材33の一端には、ガス流入口24を備えるガス流入用部材41が固定されており、同様に、外側筒状部材33の他端には、ガス流出口27を有するガス流出用部材42が固定されている。なお、内筒体35の血液流入口28は、このガス流出用部材42を貫通して外部に突出している。
【0046】
外側筒状部材33としては、特に制限されないが、円筒体、多角筒、断面が楕円状のものなどが使用できる。好ましくは円筒体である。また、外側筒状部材の内径は、特に制限されず、公知の人工肺に使用される外側筒状部材の内径と同様でありうるが、32~164mm程度が好適である。また、外側筒状部材の有効長(全長のうち隔壁に埋もれていない部分の長さ)もまた、特に制限されず、公知の人工肺に使用される外側筒状部材の有効長と同様でありうるが、10~730mm程度が好適である。
【0047】
また、内側筒状部材31の形状は、特に制限されないが、例えば、円筒体、多角筒、断面が楕円状のものなどが使用できる。好ましくは円筒体である。また、内側筒状部材の外径は、特に制限されず、公知の人工肺に使用される内側筒状部材の外径と同様でありうるが、20~100mm程度が好適である。また、内側筒状部材の有効長(全長のうち隔壁に埋もれていない部分の長さ)もまた、特に制限されず、公知の人工肺に使用される内側筒状部材の有効長と同様でありうるが、10~730mm程度が好適である。
【0048】
内側筒状部材31は、側面に多数の血液流通用開口32を備えている。開口32の大きさは、筒状部材の必要強度を保持する限り、総面積が大きいことが好ましい。このような条件を満足するものとしては、例えば、正面図である
図5、
図5の中央縦断面図である
図6、さらに
図5のB-B線断面図である
図7に示されるように、開口32を筒状部材の外周面に等角度間隔で複数(例えば、4~24個、図では、長手方向に8個)設けた環状配置開口を、筒状部材の軸方向に等間隔で複数組(図では、8組/周)設けたものが好適である。さらに、開口形状は、丸、多角形、楕円形などでもよいが、
図5に示すような、長円形状のものが好適である。
【0049】
また、内筒体35の形状は、特に制限されないが、例えば、円筒体、多角筒、断面が楕円状のものなどが使用できる。好ましくは円筒体である。また、内筒体35の先端開口と第1の隔壁25との距離は、特に制限されず、公知の人工肺に使用されるのと同様の距離が適用できるが、20~50mm程度が好適である。また、内筒体35の内径もまた、特に制限されず、公知の人工肺に使用される内筒体の内径と同様でありうるが、10~30mm程度が好適である。
【0050】
筒状中空糸膜束22の厚さは、特に制限されず、公知の人工肺に使用される筒状中空糸膜束の厚さと同様でありうるが、5~35mmが好ましく、特に10mm~28mmであることが好ましい。また、筒状中空糸膜束22の外側面と内側面間により形成される筒状空間に対する中空糸膜の充填率もまた、特に制限されず、公知の人工肺における充填率が同様にして適用できるが、40~85%が好ましく、特に45~80%が好ましい。また、中空糸膜束22の外径は、公知の人工肺に使用される中空糸膜束の外径と同様でありうるが、30~170mmが好ましく、特に、70~130mmが好ましい。ガス交換膜としては、上述したものが使用される。
【0051】
そして、中空糸膜束22は、内側筒状部材31に中空糸膜を巻き付けること、具体的には、内側筒状部材31をコアとして、中空糸膜ボビンを形成させ、形成された中空糸膜ボビンの両端を、隔壁による固定の後、コアである内側筒状部材31とともに中空糸膜ボビンの両端を切断することにより、形成することができる。なお、この切断により、中空糸膜は、隔壁の外面において開口する。なお、中空糸膜の形成方法は、上記方法に限定されるものではなく、他の公知の中空糸膜の形成方法を同様にしてあるいは適宜修飾して使用してもよい。
【0052】
特に、中空糸膜は、1本あるいは複数本同時に、実質的に平行でかつ隣り合う中空糸膜が実質的に一定の間隔となるように内側筒状部材31に巻きつけられることが好ましい。これにより、血液の偏流をより有効に抑制できる。また、中空糸膜は、隣り合う中空糸膜との距離が、以下に制限されないが、中空糸膜の外径の1/10~1/1となっていることが好ましい。さらに、中空糸膜は、隣り合う中空糸膜との距離が、30~200μmであると好ましい。
【0053】
さらに、中空糸膜束22は、中空糸膜が、1本あるいは複数本(好ましくは、2~16本)同時に、かつ隣り合うすべての中空糸膜が実質的に一定の間隔となるように内側筒状部材31に巻きつけられることによって、形成されたものであるとともに、中空糸膜を内側筒状部材上に巻き付ける際に、内側筒状部材31を回転させるための回転体と中空糸膜を編み込むためのワインダーとが、下記式(1)の条件で動くことによって内側筒状部材31に巻きつけられることにより形成されたものであることが好ましい。
【0054】
【0055】
上記条件とすることによって、血液偏流の形成をより少ないものとすることができる。このときの巻取り用回転体の回転数とワインダー往復数の関係であるnは、特に制限されないが、通常、1~5であり、好ましくは2~4である。
【0056】
また、中空糸膜型人工肺20においても、
図2に示すように、酸素含有ガスが流れる中空糸膜3の内表面3c’には、シリコーン化合物を含むコート層16が形成されている。また、血液接触部となる中空糸膜3の外表面3a’(場合によっては、外表面3a’および外面層3a)には、抗血栓性高分子化合物を含む被膜18が形成されている。ここで、中空糸膜の好ましい形態(内径、外径、肉厚、空孔率、細孔の孔径など)は、特に制限されないが、上記
図1において記載したものと同様の形態が採用できる。
【0057】
<人工肺の製造方法>
次に、本発明の人工肺の製造方法について詳細に説明する。当該製造方法は、複数のガス交換用多孔質中空糸膜を有する人工肺の製造方法であって、シリコーン化合物を、表面張力が70dyn/cm未満である有機溶媒に溶解して、コート液を調製し、50hPa以上150hPa以下の陰圧下で、前記中空糸膜の内表面を前記コート液と接触させて、前記内表面にシリコーン化合物(前記コート液の調製に用いられるシリコーン化合物および/または当該シリコーン化合物の架橋物)を含むコート層を形成することを特徴とする。
【0058】
本形態の製造方法では、まず、シリコーン化合物を、表面張力が70dyn/cm未満である有機溶媒に溶解して、コート液を調製する(以下、単に「(1)コート液調製工程」、「コート液調製工程」または「工程(1)」とも称する)。そして、50hPa以上150hPa以下の陰圧下で、中空糸膜の内表面を当該コート液と接触させる(以下、単に「(2)コート液塗布工程」、「コート液塗布工程」または「工程(2)」とも称する)。以下、各工程について説明する。
【0059】
(1)コート液調製工程
本工程では、中空糸膜の内表面に塗布するためのコート液を調製する。上述のように、コート液はシリコーン化合物および特定の表面張力を有する有機溶媒を含む。
【0060】
(シリコーン化合物)
本明細書において、シリコーン化合物は、中空糸膜の外表面側から内表面側へと血漿が漏出するのを抑制する機能を有する。また、中空糸膜型人工肺においては、血液から気化した水分が中空糸膜の内腔に貯留するウエットラングという現象によりガス交換性能が低下するという問題が生じうるが、シリコーン化合物は、当該ウエットラングを抑制する機能をも有する。シリコーン化合物は、主骨格にシロキサン結合(Si-O-Si)を有する高分子化合物であれば、特に制限なく用いることができる。中でも、耐血漿リーク性に優れたコート層を形成できることから、シリコーン化合物は、下記式(1)で示されるシリコーン化合物であることが好ましい。すなわち、本発明の好ましい一形態によると、シリコーン化合物は下記式(1)で示される、人工肺の製造方法が提供される。
【0061】
【0062】
式(1)中、R1~R8は、それぞれ独立して、炭素数1以上6以下のアルキル基、炭素数6以上30以下の芳香族炭化水素基、または、炭素数1以上6以下のエチレン性不飽和結合含有基、アミノ基、水酸基、カルボキシ基、マレイミド基、チオール基およびハロゲン基からなる群から選択される反応性基を表わす。nは、1以上100,000以下である。
【0063】
式(1)で示されるシリコーン化合物では、R1~R8の全てが、それぞれ独立して、炭素数1以上6以下のアルキル基または炭素数6以上30以下の芳香族炭化水素基であってもよいが、R1~R8のうちの少なくとも1つが、炭素数1以上6以下のエチレン性不飽和結合含有基、アミノ基、水酸基、カルボキシ基、マレイミド基、チオール基およびハロゲン基からなる群から選択される反応性基であることが好ましい。より好ましくは、R1~R3のうちの少なくとも1つと、R6~R8のうちの少なくとも1つとは、それぞれ独立して、炭素数1以上6以下のエチレン性不飽和結合含有基、アミノ基、水酸基、カルボキシ基、マレイミド基、チオール基およびハロゲン基からなる群から選択される反応性基を表し、R1~R3のうちの残りと、R4~R5と、R6~R8のうちの残りとは、それぞれ独立して、炭素数1以上6以下のアルキル基または炭素数6以上30以下の芳香族炭化水素基を表す。さらに好ましくは、R1~R3のうちの1つと、R6~R8のうちの1つとは、それぞれ独立して、炭素数1以上6以下のエチレン性不飽和結合含有基、アミノ基、水酸基、カルボキシ基、マレイミド基、チオール基およびハロゲン基からなる群から選択される反応性基を表し、R1~R3のうちの残り2つと、R4~R5と、R6~R8のうちの残り2つとは、それぞれ独立して、炭素数1以上6以下のアルキル基または炭素数6以上30以下の芳香族炭化水素基を表す。式(1)で示されるシリコーン化合物が反応性基を有することにより、コート層を形成する過程(例えば、有機溶媒を乾燥する過程)において架橋反応が進行し、当該シリコーン化合物の架橋物が生成しうる。これにより、コート層の密着性、耐久性が向上しうる。
【0064】
コート液の調製に用いられるシリコーン化合物(好ましくは式(1)で示されるシリコーン化合物)が反応性基を有しない場合、当該シリコーン化合物がそのまま中空糸膜の内表面に形成されるコート層に含まれうる。一方、前述のようにコート液の調製に用いられるシリコーン化合物(好ましくは式(1)で示されるシリコーン化合物)が反応性基を有する場合、中空糸膜の内表面に形成されるコート層には、コート液の調製に用いられるシリコーン化合物(つまり、未架橋のシリコーン化合物)および/または当該シリコーン化合物の架橋物が含まれうる。すなわち、中空糸膜の内表面に形成されるコート層には、コート液の調製に用いられるシリコーン化合物および/または当該シリコーン化合物の架橋物が含まれうる。
【0065】
式(1)における炭素数1以上6以下のアルキル基または炭素数6以上30以下の芳香族炭化水素基としては、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、フェニル基、フルオレセインおよびその誘導体由来の基が挙げられる。ここで、フルオレセインの誘導体としては、例えば、フルオレセインイソチオシアネート、N-ヒドロキシスクシンイミドフルオレセイン、オレゴングリーン、トーキョーグリーン、SNAFL、カルボキシフルオレセイン、カルボキシフルオレセインジアセテート、アミノフルオレセインが挙げられる。中でも、流動性、硬化後のヤング率の観点から、メチル基、エチル基が好ましく、メチル基がより好ましい。炭素数1以上6以下のエチレン性不飽和結合含有基としては、ビニル基、ビニルオキシ基、アリル基、アリルオキシ基、プロペニル基、プロペニルオキシ基が挙げられる。アミノ基を含む官能基としてはアミノ基、アミノフェニル基が挙げられる。水酸基を含む官能基としては水酸基、フェノール基、カテコール基が挙げられる。カルボキシ基を含む官能基としては、カルボキシ基、マレイン酸基が挙げられる。マレイミド基を含む官能基としては、マレイミド基が挙げられる。チオール基を含む官能基としては、チオール基、チオフェノール基が挙げられる。ハロゲン基としては、フルオロ基、クロロ基、ブロモ基、ヨード基が挙げられる。中でも、架橋反応性が良好であることから、ビニルオキシ基、アリルオキシ基、アリル基が好ましく、ビニルオキシ基がより好ましい。
【0066】
式(1)におけるnは、特に限定されないが、好ましくは1以上100,000以下であり、より好ましくは1以上10,000以下である。nが上記範囲内であると、陰圧下においてファイバー内腔に通液することができる。
【0067】
シリコーン化合物は、市販品または合成品のいずれを使用しても構わない。市販品としては、例えば、ダウコーニング社製のSYLGARD(登録商標)184、186が挙げられる。
【0068】
シリコーン化合物は、1種が単独で使用されてもよいし、2種以上が組み合わされて使用されてもよい。
【0069】
コート液中のシリコーン化合物の濃度は、特に制限されないが、中空糸膜の内腔におけるコート液の通液性を向上させたりする観点から、好ましくは10mg/mL以上800mg/mL未満であり、より好ましくは20~400mg/mLであり、さらに好ましくは100~300mg/mLである。コート層を1回のコート液塗布工程にて形成する場合には、十分な厚さのコート層を形成する観点から、当該濃度は、100~400mg/mLであることが好ましく、100~300mg/mLであることがより好ましい。コート層を複数回のコート液塗布工程にて形成する場合には、当該濃度が低くても十分な厚さのコート層を形成できることから、10~100mg/mLであることが好ましく、20~70mg/mLであることがより好ましい。
【0070】
(有機溶媒)
有機溶媒は、シリコーン化合物を溶解する目的で使用される。本形態の製造方法において、有機溶媒は、コート液を中空糸膜の内腔に通液させるために、表面張力が70dyn/cm未満であることを必須とする。有機溶媒の表面張力が70dyn/cm以上であると、シリコーン化合物の溶解性が低下したり、コート液の通液が困難となったりすることから、コート層が良好に形成できないおそれがある。シリコーン化合物の溶解性を向上させたり、中空糸膜の内腔におけるコート液の通液性を向上させたりする観点から、有機溶媒の表面張力は、好ましくは50dyn/cm以下であり、より好ましくは40dyn/cm以下であり、さらに好ましくは30dyn/cm以下である。表面張力の下限値は、特に制限されないが、中空糸中を問題なく流動させる観点や、コート液が中空糸膜の細孔を介して透過するのを防ぐ観点から、好ましくは15dyn/cm以上である。有機溶媒の表面張力の数値範囲としては、好ましくは15dyn/cm以上70dyn/cm未満であり、より好ましくは15dyn/cm以上50dyn/cm以下であり、さらに好ましくは15dyn/cm以上40dyn/cm以下であり、特に好ましくは15dyn/cm以上30dyn/cm以下である。なお、1dyn/cmは0.001N/mである。
【0071】
本明細書において、有機溶媒の表面張力(2種以上の有機溶媒を混合して用いる場合は、混合した有機溶媒の表面張力)は、デュヌイ氏表面張力計(伊藤製作所製)を用いて20℃にて測定する。詳細には、鋼線の中央に取付けた細桿の先に白金環を吊し、水平の位置で有機溶媒の液面と接触させ、ノブを廻し鋼線を捩って白金環を引上げ液体の表面から離れた瞬間を目盛板と指針で読取り、その値を有機溶媒の表面張力(dyn/cm)とする。
【0072】
有機溶媒としては、例えば、トルエン(28.5dyn/cm)、キシレン(28.4dyn/cm)等の芳香族炭化水素、シクロヘキサン(25.3dyn/cm)、n-ヘキサン(18.4dyn/cm)、n-ヘプタン(20.1dyn/cm)、ジエチルエーテル(16.96dyn/cm)、ジイソプロピルエーテル(17.1dyn/cm)、メチルヘキシルエーテル(23.5dyn/cm)、酢酸エチル(24.0dyn/cm)、酢酸ブチル(25.2dyn/cm)、ラウリン酸イソプロピル(30.1dyn/cm)、ミリスチン酸イソプロピル(28.3dyn/cm)、メチルエチルケトン(24.6dyn/cm)、メチルイソブチルケトン(23.9dyn/cm)、ラウリルアルコール(24.0dyn/cm)、アセトン(23.3dyn/cm)、ブチルアルコール(25.4dyn/cm)、1-プロパノール(23.7dyn/cm)、イソプロパノール(23.0dyn/cm)、2-エチルヘキサノール(26.9dyn/cm)、クロロホルム(26.7dyn/cm)、ハイドロフルオロエーテル(13.6dyn/cm)、ハイドロフルオロオレフィン(17.9dyn/cm)、ハイドロフルオロカーボン(13.6dyn/cm)、ハイドロクロロフルオロオレフィン(14.6dyn/cm)、ハイドロクロロフルオロカーボン(12.7dyn/cm)等のフッ素系溶媒が挙げられる。中でも、シリコーン化合物を良好に溶解できるという観点や、低沸点で有機溶媒の除去が容易であるという観点から、n-ヘキサン、シクロヘキサン、アセトン、ブチルアルコール、1-プロパノール、イソプロパノール、クロロホルム、ジエチルエーテル、芳香族炭化水素、フッ素系溶媒が好ましく、n-ヘキサン、アセトンがより好ましい。これらの溶媒は、1種のみが単独で使用されてもよいし、2種以上が混合されて使用されてもよい。すなわち、本発明の好ましい一形態によると、有機溶媒が、n-ヘキサン、シクロヘキサン、アセトン、ブチルアルコール、1-プロパノール、イソプロパノール、クロロホルム、ジエチルエーテル、芳香族炭化水素およびフッ素系溶媒からなる群より選択される少なくとも1種である、人工肺の製造方法が提供される。なお、シリコーン化合物を溶解する溶媒の表面張力が70dyn/cm未満となる限りにおいて、表面張力が70dyn/cm以上の有機溶媒が含まれていても構わない。
【0073】
コート液は、上記シリコーン化合物および有機溶媒以外に、必要に応じて、添加剤を含んでもよい。添加剤としては、カルナバワックス、PDMS-PEG、架橋剤が挙げられる。
【0074】
(2)コート液塗布工程
本工程では、50hPa以上150hPa以下の陰圧下で、中空糸膜の内表面をコート液と接触させる。本工程は、必要に応じてその他の操作を含みうる。
【0075】
ここで、コート液の塗布対象となる中空糸膜の形態(材料、内径、外径、肉厚、空孔率、細孔の孔径))は、上記の<人工肺>の項目において説明したので、ここでは詳細な説明を省略する。
【0076】
中空糸膜の内表面をコート液と接触させる際に、中空糸膜の内腔を50hPa以上150hPa以下、好ましくは50hPa以上100hPa以下の陰圧下とする。陰圧とする方法は特に制限されないが、例えば、真空ポンプ(例えば、ダイヤフラムポンプ)と中空糸膜の一方の末端を気密に接続し、真空ポンプを作動させることにより陰圧とすることができる。なお、後述の実施例に記載するように、気圧は真空ポンプの表示圧力の値を採用するものとする。
【0077】
このように、中空糸膜の内腔を所定の陰圧下とした状態で中空糸膜の内表面をコート液と接触させる。コート液と接触させる方法は特に制限されないが、真空ポンプと接続した状態の中空糸膜の他方の末端(真空ポンプと接続されていない方の末端)からコート液を注液する方法が挙げられる。この方法によると、コート液が真空ポンプが接続されている側の末端へと移動することにより、中空糸膜の内表面と接触する。中空糸膜の内表面とコート液との接触時間は、特に制限されないが、好ましくは5~180秒間であり、より好ましくは15~120秒間であり、さらに好ましくは30~60秒間である。
【0078】
中空糸膜の内腔と接触させるコート液の量は、所望の厚さのコート層を形成する観点から、膜面積あたり、10~10,000mL/m2であることが好ましく、30~1,000mL/m2であることがより好ましく、40~200mL/m2であることがさらに好ましい。
【0079】
その後、必要に応じて、塗膜に含まれる有機溶媒を乾燥させる。乾燥方法は特に制限されないが、例えば、減圧乾燥、常圧における高温乾燥といった方法が挙げられる。高温乾燥における乾燥温度は45~80℃が好ましく、乾燥時間は1~48時間が好ましい。すなわち、本発明の好ましい一形態によると、複数のガス交換用多孔質中空糸膜を有する人工肺の製造方法であって、シリコーン化合物を、表面張力が70dyn/cm未満である有機溶媒に溶解して、コート液を調製し((1)コート液調製工程)、50hPa以上150hPa以下の陰圧下で、前記中空糸膜の内表面を前記コート液と接触させた後、前記有機溶媒を乾燥させて((2’)コート液塗布・乾燥工程)、前記内表面にシリコーン化合物を含むコート層を形成することを有する、製造方法が提供される。
【0080】
乾燥後のコート層の膜厚は、特に制限されないが、好ましくは0.1~10μmであり、より好ましくは0.5~7μmであり、さらに好ましくは1~5μmである。コート層の膜厚が0.1μm以上であると、十分な耐血漿リーク性が得られる。コート層の膜厚が10μm以下であると、ガス交換性能の低下を防ぐことができる。
【0081】
50hPa以上150hPa以下の陰圧下で、中空糸膜の内表面をコート液と接触させる操作は、1回のみであってもよいし、複数回であってもよい。前述したように、コート液中のシリコーン化合物の濃度が低い場合には、当該操作を複数回行うことにより、十分な厚さのコート層を形成できる。当該操作を複数回行う場合は、当該操作の後、有機溶媒を乾燥させるというサイクルを1サイクルとして、当該サイクルを複数回繰り返すことが好ましい。すなわち、本発明の好ましい一形態によると、複数のガス交換用多孔質中空糸膜を有する人工肺の製造方法であって、シリコーン化合物を、表面張力が70dyn/cm未満である有機溶媒に溶解して、コート液を調製する調製工程(1)((1)コート液調製工程)と、50hPa以上150hPa以下の陰圧下で、前記中空糸膜の内表面を前記コート液と接触させた後、前記有機溶媒を乾燥させる接触・乾燥工程(2’)((2’)コート液塗布・乾燥工程)とを有し、前記接触・乾燥工程(2’)を複数回繰り返すことにより、前記内表面にシリコーン化合物を含むコート層を形成することを有する、製造方法が提供される。
【0082】
なお、上記操作または上記工程(2’)を複数回繰り返す場合の回数は、特に制限されないが、2~5回が好ましく、2~4回がより好ましく、2または3回がさらに好ましい。
【0083】
以上の工程(1)および(2)により中空糸膜の内表面にシリコーン化合物を含むコート層が形成される。本形態に係る人工肺の製造方法は、工程(1)および(2)に加えて、任意にさらに他の工程を有しうる。他の工程としては、下記の(3)抗血栓性被膜形成工程が挙げられる。当該工程は工程(1)および(2)の後に行われることが好ましい。
【0084】
(3)抗血栓性被膜形成工程
本工程では、中空糸膜の外表面に抗血栓性高分子化合物を含む被膜を形成する。すなわち、本発明の好ましい一形態によると、中空糸膜の外表面に抗血栓性高分子化合物を含む被膜を形成することをさらに有する、人工肺の製造方法が提供される。抗血栓性高分子化合物および被膜の形成方法は特に制限されず、公知の手法を適宜採用することが可能である。
【0085】
(抗血栓性高分子化合物)
抗血栓性高分子化合物は、血液接触部である中空糸膜の外表面に塗布されることにより、人工肺に抗血栓性を付与する化合物である。
【0086】
抗血栓性高分子化合物は、抗血栓性や生体適合性を有するものであれば、特に制限なく用いることができる。なかでも、上記特性に優れるという観点から、抗血栓性高分子化合物は、下記式(I)で示されるアルコキシアルキル(メタ)アクリレート由来の構成単位を有すると好ましい。
【0087】
【0088】
式(I)中、R3は、水素原子又はメチル基を表し、R1は、炭素数1~4のアルキレン基を表し、R2は、炭素数1~4のアルキル基を表す。
【0089】
式(I)で示される構成単位を有する化合物は、抗血栓性生体適合性(血小板の粘着/付着の抑制・防止効果、及び血小板の活性化の抑制・防止効果)、特に血小板の粘着/付着の抑制・防止効果に優れる。ゆえに、上記構成単位を有する化合物を用いることにより、抗血栓性生体適合性(血小板の粘着/付着の抑制・防止効果、及び血小板の活性化の抑制・防止効果)、特に血小板の粘着/付着の抑制・防止効果に優れた人工肺を製造することが可能となる。
【0090】
なお、本明細書において、「(メタ)アクリレート」は「アクリレート及び/又はメタクリレート」を意味する。すなわち、「アルコキシアルキル(メタ)アクリレート」は、アルコキシアルキルアクリレートのみ、アルコキシアルキルメタクリレートのみ、ならびにアルコキシアルキルアクリレート及びアルコキシアルキルメタクリレートすべての場合を包含する。
【0091】
式(I)において、R1は、炭素数1~4のアルキレン基を表す。ここで、炭素数1~4のアルキレン基としては、特に制限されず、メチレン基、エチレン基、トリメチレン基、テトラメチレン基、プロピレン基の直鎖又は分岐鎖のアルキレン基がある。これらのうち、エチレン基、プロピレン基が好ましく、抗血栓性及び生体適合性のさらなる向上効果を考慮すると、エチレン基が特に好ましい。R2は、炭素数1~4のアルキル基を表す。ここで、炭素数1~4のアルキル基としては、特に制限されず、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基の直鎖又は分岐鎖のアルキル基がある。これらのうち、メチル基、エチル基が好ましく、抗血栓性及び生体適合性のさらなる向上効果を考慮すると、メチル基が特に好ましい。R3は、水素原子又はメチル基を表す。なお、抗血栓性高分子化合物が2種以上のアルコキシアルキル(メタ)アクリレート由来の構成単位を有する場合には、各構成単位は、同一であってもあるいは異なるものであってもよい。
【0092】
アルコキシアルキル(メタ)アクリレートとしては、具体的には、メトキシメチルアクリレート、メトキシエチルアクリレート、メトキシプロピルアクリレート、エトキシメチルアクリレート、エトキシエチルアクリレート、エトキシプロピルアクリレート、エトキシブチルアクリレート、プロポキシメチルアクリレート、ブトキシエチルアクリレート、メトキシブチルアクリレート、メトキシメチルメタクリレート、メトキシエチルメタクリレート、エトキシメチルメタクリレート、エトキシエチルメタクリレート、プロポキシメチルメタクリレート、ブトキシエチルメタクリレート等が挙げられる。これらのうち、抗血栓性及び生体適合性のさらなる向上効果の観点から、メトキシエチル(メタ)アクリレート、メトキシブチルアクリレートが好ましく、メトキシエチルアクリレート(MEA)が特に好ましい。すなわち、抗血栓性高分子化合物はポリメトキシエチルアクリレート(PMEA)であることが好ましい。上記アルコキシアルキル(メタ)アクリレートは、単独で使用されてもあるいは2種以上を混合して使用してもよい。
【0093】
本発明に係る抗血栓性高分子化合物は、アルコキシアルキル(メタ)アクリレート由来の構成単位を有していると好ましく、アルコキシアルキル(メタ)アクリレート由来の構成単位の1種もしくは2種以上から構成される重合体(単独重合体)であっても又は1種もしくは2種以上のアルコキシアルキル(メタ)アクリレート由来の構成単位及び当該アルコキシアルキル(メタ)アクリレートと共重合し得る1種もしくは2種以上の単量体由来の構成単位(他の構成単位)から構成される重合体(共重合体)であってもよい。なお、本発明に係る抗血栓性高分子化合物が2種以上の構成単位から構成される場合には、高分子(共重合体)の構造は特に制限されず、ランダム共重合体、交互共重合体、周期的共重合体、ブロック共重合体のいずれであってもよい。また、重合体の末端は特に制限されず、使用される原料の種類によって適宜規定されるが、通常、水素原子である。
【0094】
ここで、本発明に係る抗血栓性高分子化合物がアルコキシアルキル(メタ)アクリレート由来の構成単位に加えて他の構成単位を有する場合の、アルコキシアルキル(メタ)アクリレートと共重合し得る単量体(共重合性単量体)としては、特に制限されない。例えば、メチルアクリレート、エチルアクリレート、プロピルアクリレート、ブチルアクリレート、2-エチルヘキシルアクリレート、メチルメタクリレート、エチルメタクリレート、プロピルメタクリレート、ブチルメタクリレート、2-エチルヘキシルメタクリレート、ヘキシルアクリレート、ヘキシルメタクリレート、エチレン、プロピレン、アクリルアミド、N,N-ジメチルアクリルアミド、N,N-ジエチルアクリルアミド、アミノメチルアクリレート、アミノエチルアクリレート、アミノイソプロピルアクリレート、ジアミノメチルアクリレート、ジアミノエチルアクリレート、ジアミノブチルアクリレート、メタアクリルアミド、N,N-ジメチルメタクリルアミド、N,N-ジエチルメタクリルアミド、アミノメチルメタクリレート、アミノエチルメタクリレート、ジアミノメチルメタクリレート、ジアミノエチルメタクリレート等が挙げられる。これらのうち、共重合性単量体としては、分子内にヒドロキシル基やカチオン性基を有しないものが好ましい。共重合体は、ランダム共重合体、ブロック共重合体、グラフト共重合体のいずれでもよく、ラジカル重合やイオン重合、マクロマーを利用した重合等の公知の方法により合成することができる。ここで、共重合体の全構成単位中、共重合性単量体に由来する構成単位の割合は、特に制限されないが、抗血栓性及び生体適合性などを考慮すると、共重合性単量体に由来する構成単位(他の構成単位)が、共重合体の全構成単位中、0モル%を超えて50モル%以下であることが好ましい。50モル%を超えると、アルコキシアルキル(メタ)アクリレートによる効果が低下してしまう可能性がある。
【0095】
ここで、抗血栓性高分子化合物の重量平均分子量は特に制限されないが、好ましくは80,000以上である。本形態に係る人工肺の製造方法において、抗血栓性高分子化合物は、水性コート液の形態で中空糸膜の外表面に塗布される。したがって、所望の水性コート液を調製しやすいという観点から、抗血栓性高分子化合物の重量平均分子量は、800,000未満であると好ましい。上記範囲とすることにより、抗血栓性高分子化合物を含む溶液中で、当該化合物が凝集又は沈殿することを抑制し、安定した水性コート液を調製することができる。さらに、抗血栓性高分子化合物の重量平均分子量は、200,000を超えて800,000未満であると好ましく、210,000以上600,000以下であるとより好ましく、220,000以上500,000以下であるとさらにより好ましく、230,000以上450,000以下であると特に好ましい。
【0096】
本明細書において、「重量平均分子量」は、標準物質としてポリスチレンを、移動相としてテトラヒドロフラン(THF)をそれぞれ使用するゲル浸透クロマトグラフィー(Gel Permeation Chromatography、GPC)により測定する。具体的には、分析対象となるポリマーをTHFに溶解し10mg/mlの溶液を調製する。このように調製されたポリマー溶液について、株式会社島津製作所製GPCシステムLC-20にShodex社製GPCカラムLF-804を取り付け、移動相としてTHFを流し、標準物質としてポリスチレンを用いて、分析対象となるポリマーのGPCを測定する。標準ポリスチレンで較正曲線を作製した後、この曲線に基づいて分析対象となるポリマーの重量平均分子量を算出する。
【0097】
抗血栓性高分子化合物の分子量を大きくすることによって、被膜中に含まれる、分子量が比較的小さい高分子の含有量を低減でき、その結果、比較的分子量が小さい高分子が、血液中へ溶出することを抑制・防止するという効果も得られると推測される。したがって、抗血栓性高分子化合物の重量平均分子量が上記範囲に含まれる場合には、被膜(特に低分子量の高分子)の血液中への溶出を更に有効に抑制・防止できる。また、抗血栓性及び生体適合性の点からも好ましい。また、本明細書において、「低分子量の高分子」とは、重量平均分子量が60,000未満の高分子を意味する。なお、重量平均分子量の測定方法は、上記の通りである。
【0098】
また、上記式(I)で示されるアルコキシアルキル(メタ)アクリレート由来の構成単位を含む抗血栓性高分子化合物は、公知の方法によって製造できる。具体的には、下記式(II)で示されるアルコキシアルキル(メタ)アクリレート、及び必要に応じて添加される上記アルコキシアルキル(メタ)アクリレートと共重合し得る単量体(共重合性単量体)の1種又は2種以上とを重合溶媒中で重合開始剤と共に撹拌して、単量体溶液を調製し、上記単量体溶液を加熱することにより、アルコキシアルキル(メタ)アクリレート、又はアルコキシアルキル(メタ)アクリレート及び必要に応じて添加される共重合性単量体を(共)重合させる方法が好ましく使用される。
【0099】
【0100】
なお、上記式(II)において、置換基R1、R2及びR3は、上記式(I)の定義と同様であるため、ここでは説明を省略する。
【0101】
上記単量体溶液の調製で使用できる重合溶媒は、用いられる上記式(II)のアルコキシアルキル(メタ)アクリレート及び必要に応じて添加される共重合性単量体を溶解できるものであれば特に制限されない。例えば、水、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール等のアルコール、ポリエチレングリコール類などの水性溶媒;トルエン、キシレン、テトラリン等の芳香族系溶媒;及びクロロホルム、ジクロロエタン、クロロベンゼン、ジクロロベンゼン、トリクロロベンゼン等のハロゲン系溶媒などが挙げられる。これらのうち、アルコキシアルキル(メタ)アクリレートの溶解しやすさ、上記したような重量平均分子量を有する高分子の得やすさなどを考慮すると、メタノールが好ましい。
【0102】
単量体溶液中の単量体濃度は、特に制限されないが、濃度を比較的高く設定することによって、得られる抗血栓性高分子化合物の重量平均分子量を大きくすることができる。このため、上記したような重量平均分子量を有する高分子の得やすさなどを考慮すると、単量体溶液中の単量体濃度は、好ましくは50質量%未満であり、より好ましくは15質量%以上50質量%未満である。さらに、単量体溶液中の単量体濃度は、より好ましくは20質量%以上48質量%以下であり、特に好ましくは25質量%以上45質量%以下である。なお、上記単量体濃度は、単量体を2種以上使用する場合には、これらの単量体の合計濃度を意味する。
【0103】
重合開始剤は特に制限されず、公知のものを使用すればよい。好ましくは、重合安定性に優れる点で、ラジカル重合開始剤であり、具体的には、過硫酸カリウム(KPS)、過硫酸ナトリウム、過硫酸アンモニウム等の過硫酸塩;過酸化水素、t-ブチルパーオキシド、メチルエチルケトンパーオキシド等の過酸化物;アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)、2,2’-アゾビス(4-メトキシ-2,4-ジメチルバレロニトリル)、2,2’-アゾビス(2,4-ジメチルバレロニトリル)、2,2’-アゾビス[2-(2-イミダゾリン-2-イル)プロパン]ジヒドロクロリド、2,2’-アゾビス[2-(2-イミダゾリン-2-イル)プロパン]ジスルフェートジハイドレート、2,2’-アゾビス(2-メチルプロピオンアミジン)ジヒドロクロリド、2,2’-アゾビス[N-(2-カルボキシエチル)-2-メチルプロピオンアミジン)]ハイドレート、3-ヒドロキシ-1,1-ジメチルブチルパーオキシネオデカノエート、α-クミルパーオキシネオデカノエート、1,1,3,3-テトラブチルパーオキシネオデカノエート、t-ブチルパーオキシネオデカノエート、t-ブチルパーオキシネオヘプタノエート、t-ブチルパーオキシピバレート、t-アミルパーオキシネオデカノエート、t-アミルパーオキシピバレート、ジ(2-エチルヘキシル)パーオキシジカーボネート、ジ(セカンダリーブチル)パーオキシジカーボネート、アゾビスシアノ吉草酸等のアゾ化合物が挙げられる。また、例えば、上記ラジカル重合開始剤に、亜硫酸ナトリウム、亜硫酸水素ナトリウム、アスコルビン酸等の還元剤を組み合わせてレドックス系開始剤として用いてもよい。重合開始剤の配合量は、単量体(アルコキシアルキル(メタ)アクリレート及び必要に応じて添加される共重合性単量体;以下、同様)の合計量に対して、0.0001~1モル%が好ましく、0.001~0.8モル%であるとより好ましく、0.01~0.5モル%であると特に好ましい。又は、重合開始剤の配合量は、100質量部の単量体(複数種の単量体を用いる場合は、その全体)に対して、好ましくは0.005~2質量部であり、より好ましくは0.05~0.5質量部である。このような重合開始剤の配合量であれば、所望の重量平均分子量を有する高分子がより効率よく製造できる。
【0104】
上記重合開始剤は、単量体及び重合溶媒とそのまま混合されてもよいが、予め他の溶媒に溶解した溶液の形態で単量体及び重合溶媒と混合されてもよい。後者の場合、他の溶媒としては、重合開始剤を溶解できるものであれば特に制限されないが、上記重合溶媒と同様の溶媒が例示できる。また、他の溶媒は、上記重合溶媒と同じであっても又は異なってもよいが、重合の制御のしやすさなどを考慮すると、上記重合溶媒と同じ溶媒であることが好ましい。また、この場合の他の溶媒における重合開始剤の濃度は、特に制限されないが、混合のしやすさなどを考慮すると、重合開始剤の添加量が、他の溶媒100質量部に対して、好ましくは0.1~10質量部、より好ましくは0.15~5質量部、さらにより好ましくは0.2~1.8質量部である。
【0105】
次に、上記単量体溶液を加熱することにより、アルコキシアルキル(メタ)アクリレート又はアルコキシアルキル(メタ)アクリレート及び他の単量体を(共)重合する。ここで、重合方法は、例えば、ラジカル重合、アニオン重合、カチオン重合などの公知の重合方法が採用でき、好ましくは製造が容易なラジカル重合を使用する。
【0106】
重合条件は、上記単量体(アルコキシアルキル(メタ)アクリレート又はアルコキシアルキル(メタ)アクリレート及び共重合性単量体)が重合できる条件であれば特に制限されない。具体的には、重合温度は、好ましくは30~60℃であり、より好ましくは40~55℃である。また、重合時間は、好ましくは1~24時間であり、好ましくは3~12時間である。かような条件であれば、上記したような高分子量の重合体がより効率的に製造できる。また、重合工程におけるゲル化を有効に抑制・防止すると共に、高い製造効率を達成できる。
【0107】
また、必要に応じて、連鎖移動剤、重合速度調整剤、界面活性剤、及びその他の添加剤を、重合の際に適宜使用してもよい。
【0108】
重合反応を行う雰囲気は特に制限されるものではなく、大気雰囲気下、窒素ガスやアルゴンガス等の不活性ガス雰囲気等で行うこともできる。また、重合反応中は、反応液を攪拌してもよい。
【0109】
重合後の重合体は、再沈澱法、透析法、限外濾過法、抽出法など一般的な精製法により精製することができる。水性コート液の調製に適した(共)重合体が得られるという理由から、上記の中でも、再沈殿法による精製を行うと好ましい。このとき、再沈殿を行うために用いる貧溶媒としては、エタノールを用いると好ましい。
【0110】
精製後の重合体は、凍結乾燥、減圧乾燥、噴霧乾燥、又は加熱乾燥等、任意の方法によって乾燥することもできるが、重合体の物性に与える影響が小さいという観点から、凍結乾燥又は減圧乾燥が好ましい。
【0111】
(水性コート液の調製)
次に、本発明に係る水性コート液の調製方法について説明する。
【0112】
抗血栓性高分子化合物を含む溶液(水性コート液)の調製に使用される溶媒は、抗血栓性高分子化合物を適度に分散させて水性コート液を調製することができるものであれば特に制限されない。中空糸膜の細孔の外表面から内表面(酸素含有ガスが流れる側の表面)への水性コート液の浸透をより有効に防止する観点から、溶媒が水を含むことが好ましい。ここで、水は、純水、イオン交換水又は蒸留水であると好ましく、なかでも、蒸留水であると好ましい。
【0113】
また、水性コート液の調製に使用される水以外の溶媒は、特に制限されないが、抗血栓性高分子化合物の分散性等の制御のしやすさを考慮すると、メタノール、アセトンであることが好ましい。上記水以外の溶媒は、1種単独で使用されてもあるいは2種以上の混合物の形態で使用されてもよい。これらのうち、抗血栓性高分子化合物の分散性等のさらなる制御のしやすさを考慮すると、メタノールであることが好ましい。すなわち、溶媒は、水及びメタノールから構成されることが好ましい。ここで、水及びメタノールの混合比は、特に制限されないが、抗血栓性高分子化合物の分散性及びコロイドの平均粒子径のさらなる制御のしやすさを考慮すると、水:メタノールの混合比(質量比)が、6~32:1であることが好ましく、10~25:1であることがより好ましい。すなわち、溶媒は、6~32:1の混合比(質量比)で水及びメタノールから構成されることが好ましく、10~25:1の混合比(質量比)で水及びメタノールから構成されることがより好ましい。
【0114】
なお、上記のように、水と水以外の溶媒との混合溶媒を用いて水性コート液を調製する際、溶媒(例えば、水及びメタノール)、抗血栓性高分子化合物を添加する順序は特に制限されないが、以下の手順で水性コート液を調製すると好ましい。すなわち、抗血栓性高分子化合物を水以外の溶媒(好ましくは、メタノール)に添加して抗血栓性高分子化合物含有溶液を調製し、続いて、水に対して上記抗血栓性高分子化合物含有溶液を添加する方法で水性コート液を調製すると好ましい。このような方法によれば、抗血栓性高分子化合物を分散させやすい。また、上記方法によれば、粒子径が均一なコロイドを形成することができ、均一な被膜が形成しやすくなるという利点もある。
【0115】
上記方法において、水に対する抗血栓性高分子化合物含有溶液の添加速度は、特に制限されないが、水に対し、上記抗血栓性高分子化合物含有溶液を5~100g/分の速度で添加すると好ましい。
【0116】
水性コート液を調製する際の撹拌時間や撹拌温度は特に制限されないが、粒子径が均一なコロイドを形成しやすく、コロイドを均一に分散できるという観点から、水に抗血栓性高分子化合物含有溶液を添加した後、1~30分間撹拌すると好ましく、5~15分間撹拌するとより好ましい。また、撹拌温度は、10~40℃であると好ましく、20~30℃であるとより好ましい。
【0117】
水性コート液中の抗血栓性高分子化合物の濃度は、特に制限されないが、コート量を増加させやすいという観点から、0.01質量%以上であると好ましい。さらに上記観点から、水性コート液は、抗血栓性高分子化合物を、0.05質量%以上の濃度で含むとより好ましく、0.1質量%以上の濃度で含むと特に好ましい。一方、水性コート液中の抗血栓性高分子化合物の濃度の上限は、特に制限されないが、被膜の形成しやすさ、コートむらの低減効果などを考慮すると、0.3質量%以下であると好ましく、0.2質量%以下であるとより好ましい。また、このような範囲であれば、抗血栓性高分子化合物の被膜が厚くなりすぎることによる、ガス交換能の低下も抑制される。
【0118】
(水性コート液の塗布工程)
次に、上記の通り調製した水性コート液を、中空糸膜の外表面に塗布(被覆)する。具体的には、人工肺(例えば、後述する
図1又は
図3のような構造のもの)を組み立てた後、水性コート液を中空糸膜の外表面と接触させ(又は流通させ)ることによって、中空糸膜の外表面(すなわち、血液接触部)を、抗血栓性高分子化合物で被覆する。これにより、中空糸膜の外表面に抗血栓性高分子化合物を含む塗膜を形成する。また、中空糸膜に対する水性コート液の塗布は、水性コート液を中空糸膜の外表面と接触させ(又は流通させ)る限りにおいては、人工肺の組立前に行ってもよい。
【0119】
中空糸膜の外表面を、抗血栓性高分子化合物を含む水性コート液と接触させる方法は、特に制限されないが、充填、ディップコート(浸漬法)等、従来公知の方法を適用することができる。なかでも、抗血栓性高分子化合物のコート量を多くするため、充填が好ましい。
【0120】
中空糸膜の外表面を抗血栓性高分子化合物を含む水性コート液と接触させる方法として充填を採用する場合、水性コート液の充填量は、中空糸膜の膜面積(m2)に対して、50g/m2以上であることが好ましく、80g/m2以上であることがより好ましい。充填量が50g/m2以上であると、中空糸膜表面に十分な量の抗血栓性高分子化合物を含む被膜を形成することができる。一方、充填量の上限値は特に制限されないが、200g/m2以下であることが好ましく、150g/m2以下であることがより好ましい。
【0121】
なお、本明細書において、「膜面積」とは、中空糸膜の外表面の面積をいい、中空糸膜の外径、円周率、本数および有効長の積から算出される。
【0122】
中空糸膜の外表面を抗血栓性高分子化合物を含む水性コート液と接触させる時間も、特に制限されないが、コート量、塗膜の形成しやすさ、コートむらの低減効果などを考慮すると、0.5分以上5分以下であることが好ましく、1分以上70分以下であることがより好ましい。また、水性コート液と中空糸膜との接触温度(水性コート液の人工肺の血液流通側への流通温度)は、コート量、塗膜の形成しやすさ、コートむらの低減効果などを考慮すると、5~40℃が好ましく、15~30℃がより好ましい。
【0123】
中空糸膜の外表面への抗血栓性高分子化合物の塗布量は、特に制限されないが、乾燥後の被膜の厚みが5nm~20μm程度となるような量であることが好ましい。なお、1回の塗布(接触)にて上記厚みが得られない場合には、塗布工程を所望の厚みが得られるまで繰り返してもよい。
【0124】
上記水性コート液との接触後に、塗膜を乾燥させることによって、本発明に係る抗血栓性高分子化合物による被覆(被膜)を中空糸膜の外表面に形成する。ここで、乾燥条件は、抗血栓性高分子化合物による被覆(被膜)が中空糸膜の外表面(さらには外面層)に形成できる条件であれば特に制限されない。具体的には、乾燥温度は、5~50℃が好ましく、15~40℃がより好ましい。また、乾燥時間は、60~300分が好ましく、120~240分がより好ましい。又は、好ましくは5~40℃、より好ましくは15~30℃のガスを中空糸膜に連続して又は段階的に流通させることによって、塗膜を乾燥させてもよい。ここで、ガスの種類は、塗膜に何ら影響を及ぼさず、塗膜を乾燥できるものであれば特に制限されない。具体的には、空気、及び窒素ガス、アルゴンガス等の不活性ガスなどが挙げられる。また、ガスの流通量は、塗膜を十分乾燥できる量であれば特に制限されないが、好ましく5~150Lであり、より好ましく30~100Lである。
【0125】
以上の工程により、中空糸膜の内表面にシリコーン化合物を含むコート層が形成され、中空糸膜の外表面に抗血栓性高分子化合物を含む被膜が形成された人工肺が得られる。よって、本形態に係る製造方法によると、所望の抗血栓性および耐血漿リーク性を兼ね備えた人工肺を提供することができる。
【実施例】
【0126】
本発明の効果を、以下の実施例を用いて説明する。ただし、本発明の技術的範囲が以下の実施例のみに制限されるわけではない。なお、下記実施例において、特記しない限り、操作は室温(25℃)で行われた。また、特記しない限り、「%」および「部」は、それぞれ、「質量%」および「質量部」を意味する。
【0127】
[参考例1]
図8に示すように、ポリプロピレン製の多孔質中空糸膜51(外径:170μm、内径:112μm、肉厚:29μm、細孔径:0.05μm、空孔率:30体積%)の一方の末端に注液口52を接続し、他方の末端にダイヤフラムポンプ53を接続した回路50を組んだ。中空糸膜51の外表面の周りに紙54を巻き、細孔からのコーティング液の漏出の有無を確認できるようにした。
【0128】
予め、ローダミンBで染色したアセトン(表面張力:23.3dyn/cm)を注液口52に注ぎ、ダイヤフラムポンプ53の表示圧力が50hPaとなるように減圧を行った。これにより中空糸膜51の内腔を50hPaの陰圧とし、内腔にアセトンを30秒間かけて通液させた。通液後のアセトンはトラップ55にて回収された。
【0129】
通液後、中空糸膜51および紙54を回路から外し、暗室中でこれらにUVを照射し、蛍光の有無を確認した。
図9のDに示すように、通液後の中空糸膜51はローダミンBによる蛍光が観察される。一方、
図9のEに示すように、紙54には蛍光は見られなかった。このことから、アセトンは細孔から漏出することなく、ローダミンBが中空糸膜51の内表面にのみ付着し、外表面には付着しなかったことが確認された。
【0130】
[参考例2]
溶媒をn-ヘキサン(表面張力:18.4dyn/cm)としたこと以外は、参考例1と同様の操作を行った。
【0131】
参考例1と同様に、n-ヘキサンは細孔から漏出することなく、ローダミンBが中空糸膜51の内表面にのみ付着し、外表面には付着しなかったことが確認された。
【0132】
[参考例3]
溶媒を1-プロパノール(表面張力:23.7dyn/cm)としたこと以外は、参考例1と同様の操作を行った。
【0133】
参考例1と同様に、1-プロパノールは細孔から漏出することなく、ローダミンBが中空糸膜51の内表面にのみ付着し、外表面には付着しなかったことが確認された。
【0134】
[実施例1]
ポリジメチルシロキサン(PDMS、SYLGARD(登録商標)184)を濃度が200mg/mLとなるようn-ヘキサン(表面張力:18.4dyn/cm)に溶解してコート液を調製した。当該コート液を中空糸膜51の内腔に膜面積あたり40mL/m2となるように通液させたこと以外は、参考例1と同様の操作を行った。
【0135】
なお、ポリジメチルシロキサン(PDMS、SYLGARD(登録商標)184)は、R1、R3、R4、R5、R6およびR8がメチル基であり、R2、R7がビニルオキシ基(-O-CH=CH2)である上記式(1)の構造を有する。
【0136】
通液後、中空糸膜51および紙54を回路から外し、目視にて観察したところ、コート液の漏出は確認されなかった。
【0137】
中空糸膜を60℃のオーブン中で12時間放置することで、中空糸膜の内腔に残った溶媒を乾燥させ、膜厚4μmのコート層を有するコート済み中空糸膜を得た。
【0138】
<評価>
実施例1で得られたコート済み中空糸膜について、気体透過性および耐血漿リーク性を評価した。
【0139】
[気体透過性]
コート済み中空糸膜をエポキシ樹脂でポッティングし、酸素および窒素の混合ガスで中空糸膜の外側を満たした。当該ガスに50mmHgの圧力をかけ、中空糸膜の外側から内腔へと流れるガスの量を測定し、気体透過性を評価した。また、未コートの中空糸膜についても同様の方法で気体透過性を評価した。結果を
図10に示す。
図10は、縦軸に単位(面積・時間)あたりのガス流量をとった棒グラフである。縦軸の値が大きいほど、気体透過性に優れることを示す。
【0140】
図10に示すように、コート済み中空糸膜は、未コートの中空糸膜よりも気体透過性が低下するものの、人工肺に求められる気体透過性(1.0mL/m
2・min・mmHg以上)を十分に備えるものであることが確認された。
【0141】
[耐血漿リーク性]
コート済み中空糸膜をエポキシ樹脂でポッティングし、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を0.9w/v%塩化ナトリウム水溶液にlmg/mLの濃度となるように溶解した溶液(SDS/saline溶液)で中空糸膜の外側を満たした。SDS/saline溶液に760mmHgの圧力をかけ、中空糸膜の外側から内腔へと透過するSDS/saline溶液の量を測定し、耐血漿リーク性を評価した。また、未コートの中空糸膜についても同様の方法で耐血漿リーク性を評価した。結果を
図11に示す。
図11は、縦軸に単位(面積・時間)あたりのSDS/saline溶液の透過量を、横軸に時間をとったグラフである。縦軸の値が小さいほど、耐血漿リーク性に優れることを示す。
【0142】
図11に示すように、コート済み中空糸膜は、未コートの中空糸膜よりも耐血漿リーク性が有意に向上することが示された。
【0143】
[実施例2]
ポリジメチルシロキサン(PDMS、SYLGARD(登録商標)184)を濃度が20mg/mLとなるようn-ヘキサン(表面張力:18.4dyn/cm)に溶解してコート液を調製した。当該コート液を中空糸膜51の内腔に膜面積あたり40mL/m2となるように通液させたこと以外は、参考例1と同様の操作を行った。そして、中空糸膜を60℃のオーブン中で12時間放置することで、中空糸膜の内腔に残った溶媒を乾燥させた。当該通液および乾燥のサイクルを1サイクルとし、さらにもう1サイクル繰り返す(すなわち、計2サイクル行う)ことにより、コート層を有するコート済み中空糸膜を得た。
【0144】
実施例2で得られたコート済み中空糸膜について、上記と同様の方法で気体透過性および耐血漿リーク性を評価した。
【0145】
実施例2のコート済み中空糸膜は、実施例1のコート済み中空糸膜と同様に、未コートの中空糸膜よりも気体透過性が低下するものの、人工肺に求められる気体透過性(1.0mL/m2・min・mmHg以上)を十分に備えるものであることが確認された。
【0146】
また、実施例2のコート済み中空糸膜は、実施例1のコート済み中空糸膜と同様に、未コートの中空糸膜よりも耐血漿リーク性が有意に向上することが示された。
【0147】
本出願は、2020年3月2日に出願された日本特許出願番号2020-035292号に基づいており、その開示内容は、参照され、全体として、組み入れられている。
【符号の説明】
【0148】
1、20 中空糸膜外部血液灌流型人工肺、
2、23 ハウジング、
3、50 ガス交換用多孔質中空糸膜、
3a 外面層、
3a’ 外表面、
3b 内部層、
3c 内面層、
3c’ 内表面、
3d 通路(内腔)、
3e 外表面側の開口部、
3f 内表面側の開口部、
4,5 隔壁、
6、17a、28 血液流入口、
7、29a、29b 血液流出口、
8,24 ガス流入口、
9,27 ガス流出口、
10 ガス流入側ヘッダー、
11 ガス流出側ヘッダー、
12、17 血液室、
13 ガス流入室、
14 ガス流出室、
16 コート層、
17b 第1の血液室、
17c 第1の血液室、
18 被膜、
22 筒状中空糸膜束、
25 第1の隔壁、
26 第2の隔壁、
31 内側筒状部材、
32 血液流通用開口、
33 外部筒状部材、
35 内筒体、
35a 上端、
41 ガス流入用部材、
42 ガス流出用部材、
50 回路、
52 注液口、
53 ダイヤフラムポンプ、
54 紙、
55 トラップ。