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特許7527679高周波エンハンスト電気化学歪み顕微鏡と、それを用いた高周波エンハンスト電気化学歪み顕微鏡法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-26
(45)【発行日】2024-08-05
(54)【発明の名称】高周波エンハンスト電気化学歪み顕微鏡と、それを用いた高周波エンハンスト電気化学歪み顕微鏡法
(51)【国際特許分類】
   G01Q 60/44 20100101AFI20240729BHJP
   G01Q 30/00 20100101ALI20240729BHJP
   G01Q 60/24 20100101ALI20240729BHJP
   G01Q 60/60 20100101ALI20240729BHJP
【FI】
G01Q60/44
G01Q30/00
G01Q60/24
G01Q60/60
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2022570982
(86)(22)【出願日】2020-12-25
(86)【国際出願番号】 JP2020048856
(87)【国際公開番号】W WO2022137543
(87)【国際公開日】2022-06-30
【審査請求日】2023-09-12
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【弁理士】
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】平永 良臣
【審査官】佐野 浩樹
(56)【参考文献】
【文献】特表2014-502354(JP,A)
【文献】特開2019-215187(JP,A)
【文献】特表2017-508161(JP,A)
【文献】特開2013-053878(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2007/0245815(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2010/0115673(US,A1)
【文献】米国特許第6185991(US,B1)
【文献】米国特許出願公開第2016/0025773(US,A1)
【文献】TSELEV, Alexander, et al.,Self-consistent modeling of electrochemical strain microscopy of solid electrolytes,Nanotechnology,英国,2014年,Vol. 25, No. 44,p.445701,1-11
【文献】佐々野 駿,他,電気化学歪み顕微鏡法を用いた粒界におけるリチウムイオン伝導測定,日本セラミックス協会秋季シンポジウム講演予稿集(CD-ROM),日本,2016年,Vol. 29th,ROMBUNNO.2V22
【文献】熊谷 明哉、他,ナノ電気化学セル顕微鏡を用いた電極表面の局所電気化学測定,表面科学,日本,2016年,Vol. 37, No. 10,p.494-498,[オンライン], [検索日:2021.03.05], <DOI https://doi.org/10.1380/jsssj.37.494>, <URL: https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsssj/37/10/37_494/_article/-char/ja/ でダウンロード可能>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N27/00 -27/10 、27/14 -27/24 、
G01Q10/00 -90/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
インターネット
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料の表面にプローブの先端部を接触させ、第1交流電圧を印加することで発生する局所的なESM応答量をマッピングできる電気化学歪み顕微鏡(ESM)であって、
前記第1交流電圧に重畳する、前記第1交流電圧の周波数より高い周波数の第2交流電圧を印加できる交流電圧源を備える、高周波エンハンスト電気化学歪み顕微鏡。
【請求項2】
前記第2交流電圧の周波数が、前記第1交流電圧の周波数の2倍以上、1016倍以下である、請求項1に記載の高周波エンハンスト電気化学歪み顕微鏡。
【請求項3】
前記第2交流電圧の周波数が、1MHz以上、10THz以下である、請求項1又は2のいずれかに記載の高周波エンハンスト電気化学歪み顕微鏡。
【請求項4】
前記第1交流電圧の周波数が、1mHz以上、10MHz以下である、請求項1~3のいずれか一項に記載の高周波エンハンスト電気化学歪み顕微鏡。
【請求項5】
試料の表面にプローブの先端部を接触させ、第1交流電圧を印加することで発生する局所的なESM応答量をマッピングできる電気化学歪み顕微鏡(ESM)を用いて、試料の表面のESM応答量をマッピングする高周波エンハンスト電気化学歪み顕微鏡法であって、
前記マッピングの際に、前記第1交流電圧の周波数より高い周波数の第2交流電圧を前記第1交流電圧に重畳する、高周波エンハンスト電気化学歪み顕微鏡法。
【請求項6】
前記試料が、イオン伝導体である、請求項5に記載の高周波エンハンスト電気化学歪み顕微鏡法。
【請求項7】
前記試料が、絶縁体である、請求項5に記載の高周波エンハンスト電気化学歪み顕微鏡法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高周波エンハンスト電気化学歪み顕微鏡と、それを用いた高周波エンハンスト電気化学歪み顕微鏡法に関する。
【背景技術】
【0002】
イオン伝導を利用したリチウムイオン電池(を含む二次電池)、酸素センサー等の様々なデバイスの研究分野では、固体材料中のイオンの運動状態(イオンの電界応答挙動、変動電界におけるイオンの応答性)、より具体的には、イオン易動度、イオン導電率等をナノスケールでプロービングする技術として、電気化学歪み顕微鏡法(ESM法)が知られている(特許文献1)。ESM法は、電圧印加による固体中のイオンの運動に伴って発生する、固体の局所的な体積変化(電気化学歪み)の信号を検出し、検出した信号を画像化して出力する方法である。
【0003】
ESM法を用いることによって、イオンの運動状態の分布を示す画像が得られるが、画像の鮮明度(信号雑音比)は、固体材料のイオン伝導率に依存している。そのため、イオン伝導率が比較的低い固体材料においては十分な鮮明度(信号雑音比)で画像を得ることができず、イオンの運動状態を高い精度で評価することは難しい。イオン伝導体として扱われないようなイオン伝導率が極めて低い固体材料、あるいは絶縁材料にいたっては、画像化自体が難しいと考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特表2014-502354号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、任意の固体中に存在するイオンの運動状態を、高い精度で評価することができる電気化学歪み顕微鏡と、それを用いた電気化学歪み顕微鏡法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため、本発明は以下の手段を採用している。
【0007】
(1)本発明の一態様に係る高周波エンハンスト電気化学歪み顕微鏡は、試料の表面にプローブの先端部を接触させ、第1交流電圧を印加することで発生する局所的なESM応答量をマッピングできる電気化学歪み顕微鏡(ESM)であって、前記第1交流電圧に重畳する、前記第1交流電圧の周波数より高い周波数の第2交流電圧を印加できる交流電圧源を備える。
【0008】
(2)前記(1)に記載の高周波エンハンスト電気化学歪み顕微鏡において、前記第2交流電圧の周波数が、前記第1交流電圧の周波数の2倍以上、1016倍以下であることが好ましい。
【0009】
(3)前記(1)又は(2)のいずれかに記載の高周波エンハンスト電気化学歪み顕微鏡において、前記第2交流電圧の周波数が、1MHz以上、10THz以下であることが好ましい。
【0010】
(4)前記(1)~(3)のいずれか一つに記載の高周波エンハンスト電気化学歪み顕微鏡において、前記第1交流電圧の周波数が、1mHz以上、10MHz以下であることが好ましい。
【0011】
(5)本発明の一態様に係る高周波エンハンスト電気化学歪み顕微鏡法は、試料の表面にプローブの先端部を接触させ、第1交流電圧を印加することで発生する局所的なESM応答量をマッピングできる電気化学歪み顕微鏡(ESM)を用いて、試料の表面のESM応答量をマッピングする電気化学歪み顕微鏡法であって、前記マッピングの際に、前記第1交流電圧の周波数より高い周波数の第2交流電圧を前記第1交流電圧に重畳する。
【0012】
(6)前記(5)に記載の高周波エンハンスト電気化学歪み顕微鏡法において、前記試料が、イオン伝導体であることが好ましい。
【0013】
(7)前記(5)に記載の高周波エンハンスト電気化学歪み顕微鏡法において、前記試料が、絶縁体であることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、任意の固体中に存在するイオンの運動状態を、高い精度で評価することができる高周波エンハンスト電気化学歪み顕微鏡と、それを用いた高周波エンハンスト電気化学歪み顕微鏡法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の一実施形態に係る、高周波エンハンスト電気化学歪み顕微鏡の構成図である。
図2A】比較例1における試料表面の画像である。
図2B】実施例1における試料表面の画像である。
図2C】実施例2における試料表面の画像である。
図3】比較例1、実施例1における、試料の応答信号のプロファイルを示すグラフである。
図4】比較例1、実施例1における、試料の信号強度の第1交流電圧周波数依存性を示すグラフである。
図5A】参考例における試料表面の画像である。
図5B】比較例2における試料表面の画像である。
図5C】実施例3における試料表面の画像である。
図6】比較例2、実施例3における試料の応答信号のプロファイルを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を適用した実施形態に係る高周波エンハンスト電気化学歪み顕微鏡、および高周波エンハンスト電気化学歪み顕微鏡法について、図面を用いて詳細に説明する。なお、以下の説明で用いる図面は、特徴を分かりやすくするために、便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などが実際と同じであるとは限らない。また、以下の説明において例示される材料、寸法等は一例であって、本発明はそれらに限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することが可能である。
【0017】
<高周波エンハンスト電気化学歪み顕微鏡>
図1は、本発明の一実施形態に係り、固体の試料Sの表面にプローブの先端部を接触させ、第1交流電圧を印加することで発生する局所的なESM応答量をマッピングできる高周波エンハンスト電気化学歪み顕微鏡(ESM)100の構成を、模式的に示す図である。ESM応答量は、電気化学歪み顕微鏡100で用いる試料Sの局所的な変位量等、あるいは変位等に付随して変化する量を意味している。以下では、本実施形態の高周波エンハンスト電気化学歪み顕微鏡100のことを、「電気化学歪み顕微鏡100」と記載することがある。
【0018】
電気化学歪み顕微鏡100は、主に、カンチレバー101と、電極部材102と、二つの交流電源(第1交流電源103、第2交流電源104)と、信号検出手段105と、信号出力手段106とで構成されている。試料Sの材料については、特に限定されることはなく、イオン伝導体であることが好ましいが、イオン伝導率が低い材料、あるいは絶縁材料等であってもよい。
【0019】
カンチレバー101は、自由端101aに、試料Sの被観察面(表面)Saに接触または近接させる探針(プローブの先端部)101cを備え、固定端101bに、第1交流電源103、第2交流電源104が電気的に接続されている。カンチレバー101は、試料Sに電圧を印加する際の一方の電極(上部電極)として機能する。カンチレバー101としては、シリコン、窒化シリコン等を母材とし、その表面に金属をコートしたものを用いることができる。表面コート用の金属としては、例えば、白金、白金イリジウム、金、ロジウム等が挙げられる。表面コート材料としては、金属に限定されることはなく、例えば、導電性ダイヤモンド等を用いることもできる。母材に十分な導電性がある場合、例えば十分に高ドープにしたシリコンを母材に用いる場合、母材に金属を用いる場合等においては、表面コートを必要としない。
【0020】
電極部材102は、試料Sを支持するとともに、第1交流電源103、第2交流電源104を介してカンチレバー101と電気的に接続され、カンチレバー101と対をなす他方の電極(下部電極)として機能する。電極部材102の材料としては、化学的安定性の観点からは白金、金が好ましいが、金属等の導電性を有するものであれば特に限定されることはなく、例えばアルミニウム、クロム、銀等を用いてもよい。
【0021】
第1交流電源103は、カンチレバー101および電極部材102を介して、それらの間に挟まれた試料Sに対して所定の第1交流電圧(低周波電圧)を印加し、試料S中のイオンの運動状態(輸送状態)を制御する機能を有する。第1交流電圧の周波数は、試料S中のイオンが追従して振動できる程度の大きさである必要があり、例えば、1mHz~10MHz程度であれば好ましい。応答信号のS/N比を高める観点からは、1mHz~10kHz程度であればより好ましい。観察時間を短縮する観点からは、1kHz~10MHz程度であればより好ましい。第1交流電圧の振幅としては、試料S内で電気化学的にイオンの再分布を誘起させる程度の大きさが必要であり、例えば、1mVpk~10Vpk程度であれば好ましく、測定対象への不可逆的な影響を低減しつつ、明瞭な観察像を取得する観点からは、0.1~2Vpk程度であればより好ましい(Vpkはピーク電圧を示している)。
【0022】
第2交流電源104は、カンチレバー101および電極部材102を介し、それらの間に挟まれた試料Sに対して、第1交流電圧に重畳し、第1交流電圧の周波数より高い周波数の第2交流電圧(高周波電圧)を印加する。また、第2交流電源104は、試料S中のイオンの可動性(易動度)を増大させ、これによってイオンの可動性と第1交流電圧の振幅との積に比例する応答信号をエンハンス(増幅)する機能を有する。第2交流電圧の周波数は、1MHz~10THz程度であれば好ましく、100MHz~10GHz程度であればより好ましい。誘電分散における、いわゆる「イオン分極」の周波数範囲の上限が10THz程度であるため、10THz以下であれば、エンハンス効果が生じやすいと考えられる。10THzを超える周波数帯、すなわち電子分極の領域(光学領域)では、結晶中のイオンが変動電界に追従できないため、エンハンス効果は生じにくいと考えられる。第2交流電圧の振幅は限定されることがなく、特に、マイクロ波電圧1~5Vpk程度の範囲とした場合に、応答信号をエンハンスする効果が顕著になる。
【0023】
図1では、電極部材102と接地点との間に第1交流電源103を挿入(接続)し、電極部材102を通じて試料Sに第1交流電圧を印加すると同時に、カンチレバー101と接地点との間には第2交流電源104を挿入(接続)し、カンチレバー101を通じて試料Sに第2交流電圧を印加する場合を例示しているが、第1交流電源103と第2交流電源104は入れ替えてもよい。また、図1では、第1交流電圧と第2交流電圧を別々の交流電源から印加する場合について例示しているが、一つの交流電源から、オペアンプ(演算増幅器)を用いた加算回路等により、第1交流電圧と第2交流電圧を加算した状態で印加してもよい。第1交流電圧103と第2交流電圧104を加算する手段としては、オペアンプのようなアクティブ素子を利用せずに、所定の通過周波数帯域を設計したLCR回路のような受動回路を利用してもよい。
【0024】
第2交流電圧の周波数は、第1交流電圧の周波数の2倍~1016倍程度であることが好ましい。第1交流電圧に対する第2交流電圧の周波数の倍率が2未満であると、材料の誘電損失に依存する熱的効果によるエンハンス機能、材料の誘電率に依存する非熱効果(電磁的効果)によるエンハンス機能のいずれも、十分に得られなくなる。第2交流電圧の周波数が10THzを超えるとイオンの運動が高周波電界に追従できなくなるため、エンハンス機能が得られなくなる。第1交流電圧に対する第2交流電圧の周波数の倍率の上限値については原理的には制限は無いが、第1交流電圧の周波数として現実的に選択可能な周波数範囲と、第2交流電圧の周波数は10THzを超えられないという制限を考慮すると、同倍率の実質的な上限は1016程度となる。
【0025】
第1交流電圧に対する第2交流電圧の周波数の倍率は、10倍~10倍程度であればより好ましく、10倍~10倍程度であればさらに好ましい。
【0026】
信号検出手段105は、主に、カンチレバー101にレーザー光Lを照射する光源(レーザー素子)108と、カンチレバー101からのESM応答の寄与が含まれた反射光Lを検出する光センサー(フォトダイオード、分割フォトディテクタ等)109と、で構成されている。光源108は、レーザー光Lが、カンチレバーの自由端101a側の背面(探針101cと反対側の面)に照射できるように配置される。光センサー109は、カンチレバーの自由端101aからの反射光Lのうち少なくとも一部が到達するように、一箇所に固定した状態で配置される。
【0027】
本実施形態では、信号検出手段105として、光てこ型のものを用いる場合について例示しているが、信号検出手段105がこれに限定されることはなく、カンチレバーの撓み(変位、振動等)を検出する方式(例えばレーザー干渉型、自己検出型)のものを用いてもよい。レーザー干渉型の信号検出手段(不図示)は、レーザー干渉計を用いてカンチレバーの歪みを検出するものである。自己検出型の信号検出手段(不図示)は、カンチレバー101に搭載した歪みセンサーを用いて、カンチレバーの歪みを検出するものである。
【0028】
信号出力手段106は、主に、プリアンプ110、ロックインアンプ111とで構成され、第1交流電圧源103と電気的に接続されている。信号出力手段106は、信号検出手段105で検出されたESM応答信号をプリアンプ110で増幅し、第1交流電圧と同期させた参照信号を用いて、ロックインアンプ111でノイズ信号を除去した上で、所定の画像表示手段107等に出力する。
【0029】
第1交流電圧として正弦波を用い、そのときの応答をロックインアンプ111で検出するのが最も基本的な構成であるが、非正弦波の第1交流電圧を試料Sに印加し、そのときの応答をロックインアンプ以外の方法で検出するような構成も考えられる。バンドエクサイテーション法と呼ばれる方法では、周波数スペクトルにおいて、カンチレバーの共振周波数付近である幅を持つスペクトルを有するような波形のバイアスを試料に印加し、応答波形が高速フーリエ変換(FFT)によって解析されるが、この手法を採用することもあり得る。
【0030】
試料移動手段112は、主に、位置決めステージ(ピエゾスキャナ)113と、その制御装置114とで構成され、カンチレバーの探針101cと、試料の表面Saの被観察部分との相対的な位置関係を変える機能を有する。この機能により、試料の表面Sa上で、カンチレバーの探針101cを移動(掃引)させることができる。なお、試料移動手段112を用いずに、カンチレバーの探針101c側を試料Sの被観察部分に対して移動させてもよい。
【0031】
<電気化学歪み顕微鏡法>
上述した構成の電気化学歪み顕微鏡100を用いて、試料Sの表面のESM応答量をマッピングする電気化学歪み顕微鏡法は、主に次の工程を有する。
【0032】
まず、電極部材102上に試料Sを載置し、試料の表面(被観察面)Saに、カンチレバーの探針101cを接触または近接させた状態で、カンチレバー101と電極部材102との間に、上述した条件で第1交流電圧および第2交流電圧を印加する(電圧印加工程)。
【0033】
第1交流電圧を印加されたイオンの運動状態に応じて、試料Sが局所的に体積変化する。これに伴い、被観察面Saの一部が、他の部分に対して局所的に変位し、変位部分に接触または近接したカンチレバー101の撓み量が、第1交流電圧未印加の状態に比べて変化する。本実施形態では、この撓み量が、上述したESM応答量に相当する。
【0034】
カンチレバー101の撓み量は、試料の被観察面Saの変位量に比例する。カンチレバー101が撓むと、反射光Lの反射角度が変わり、センサー109に備わった分割フォトダイオードで検出される差信号の値が変化することになる。この差信号から試料S表面の変位量を推測することができ、ひいては、変位を引き起こしているイオンの運動状態を検出することができる。イオンの運動状態とそれに伴う被観察面Saの変位は、第1交流電圧の周波数で変化するため、カンチレバー101の撓み量は、所定の周波数で振動する応答信号として検出される(信号検出工程)。
【0035】
信号検出手段105で検出された応答信号を、プリアンプ110で増幅し、第1交流電圧と同期させた参照信号を用いて、ロックインアンプ111でノイズ信号を除去した上で、所定の画像表示手段107等に出力する(信号出力工程)。出力した画像から、試料S中のイオンの運動状態を評価することができる。
【0036】
本実施形態の電気化学歪み顕微鏡100では、任意の材料(試料S)に含まれるイオンの運動状態を制御する第1交流電圧に加えて、第1交流電圧よりも高い周波数の第2交流電圧を印加する。これにより、イオンの運動状態に応じて発生する応答信号を劇的にエンハンスすることができ、異なる運動状態で発生する応答信号同士の強度差が大きくなる。その結果として、試料S内でのイオンの運動状態の分布を、画像や数値データとして鮮明に表示することができ、高い精度で評価することが可能となる。なお、低周波側の第1交流電圧の印加を行わない場合には、応答信号が発生せず、応答信号強度がゼロであるため、これに高周波側の第2交流電圧をいくら印加しても、応答信号強度はゼロのままである。
【0037】
本実施形態の電気化学歪み顕微鏡100は、従来の電気化学歪み顕微鏡では評価が難しいとされる、イオン伝導率が低い材料、一般的にイオン伝導体とは呼ばれないような絶縁材料(絶縁体)等に対しても適用可能であり、各種材料の物性を、これまでにない高い精度での評価を行うことが可能となる。
【0038】
一方、従来の電気化学歪み顕微鏡でも評価可能な程度の高いイオン伝導率を有する材料に対しては、第2交流電圧によるエンハンス機能を踏まえれば、第1交流電圧を低くしても、評価に支障がない程度の画像を出力することができる。これにより、第1交流電圧の印加によって、試料が受けるダメージを低減させることも可能となる。
【実施例
【0039】
以下、実施例により本発明の効果をより明らかなものとする。なお、本発明は、以下の実施例に限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することができる。
【0040】
(比較例1)
LiTaOからなる平板状の試料の一面(下面)に、上述した電気化学歪み顕微鏡の電極部材(銀)を接着(銀ペースト)した。第2交流電圧を印加しない構成(従来の電気化学歪み顕微鏡)とした上で、本発明の電気化学歪み顕微鏡法(高周波エンハンスト電気化学歪み顕微鏡)と同様に、イオンの運動状態に起因する応答信号の検出を行った。試料の被観察面(主面)の面積を8μmとし、厚みを500μmとした。カンチレバー(上部電極部材)としては、表面を白金イリジウムでコートしたものを用いた。試料に対して、第1交流電源から10kHz、0.5Vpkの第1交流電圧を印加した。
【0041】
(実施例1)
比較例1と同じ試料を、上述した電気化学歪み顕微鏡の電極部材の上に載置し、電気化学歪み顕微鏡法に沿って、イオンの運動状態に起因する応答信号の検出を行った。カンチレバー、下部電極部材として、比較例1と同じ材料で構成されるものを用いた。図1に示すように、電極部材と接地点との間に第1交流電源を挿入(接続)し、カンチレバーと接地点との間には第2交流電源を挿入(接続)した。試料に対し、第1交流電源から10kHz、0.5Vpkの第1交流電圧を印加し、第2交流電源から1GHzの第2交流電圧を印加した。
【0042】
比較例1、実施例1のそれぞれにおいて、試料の同一箇所を観察した。図2A、2Bは、それぞれ比較例1、実施例1において検出された試料の同一箇所の画像である。従来技術の構成に相当する比較例1の画像からは、何も識別できないが、高周波の第2交流電圧を印加した実施例1の画像からは、イオン伝導の分布をはっきりと識別することができる。相対的に、明るい部分の方がイオン伝導が高いことを示し、暗い部分の方がイオン伝導が低いことを示している。これらの結果から、従来は検出できなかったイオンの運動状態の分布を、第2交流電圧を印加することによって検出できることが分かる。
【0043】
(実施例2)
実施例1と同じ構成の試料、電気化学歪み顕微鏡を用いて、電気化学歪み顕微鏡法に沿って、イオンの運動状態に起因する応答信号の検出を行った。ただし、観察領域を一方向に移動させる間に、印加する第2交流電圧を、印加なし、100kHz、300kHz、1MHz、3MHz、10MHz、30MHz、100MHzの順に変化させた。
【0044】
図2Cは、実施例2において検出された試料表面の画像である。第2交流電圧を印加しなかった領域では、何も識別することができないが、第2交流電圧を印加した領域(100kHz~100MHz)では、イオンの運動状態の分布を識別することができる。印加した第2交流電圧の周波数が高い領域ほど、画像が鮮明となっている。特に、30MHzの領域と100MHzの領域との間で、鮮明度(解像度)の変化が顕著にあらわれている。この結果から、第2交流電圧印加によるエンハンスの度合い(取得される像の鮮明さ)は、第2交流電圧の周波数に依存していることが分かる。
【0045】
図3は、比較例1、実施例1において、試料から検出された応答信号のプロファイルを示すグラフである。グラフの横軸は、試料表面における観察位置X(μm)を示し、グラフの縦軸は、第1交流電圧1V当たりの試料表面の歪み量(以下では「歪み率」と呼ぶ)(pm/V)を示している。比較例1では、歪み率が4μmの範囲内でほぼ一様(約0pm/V)であり、ここからはイオンの運動状態の分布を識別することができない。これに対し、実施例1では、比較例1と同じ構成の試料であるにもかかわらず、4μmの範囲内でイオンの運動状態の分布に対応して歪み率が激しく振動しているため、ここからイオンの運動状態の分布を識別することができる。これらの結果から、本発明の電気化学歪み顕微鏡を用いることにより、イオンの運動状態の分布を数値データで識別することも可能であり、高い精度での評価が可能であることが分かる。
【0046】
図4は、比較例1、実施例1における、試料の歪み率の第1交流電圧周波数依存性を示すグラフである。グラフの横軸は第1交流電圧の周波数(kHz)を示し、グラフの縦軸は歪み率(pm/V)を示している。比較例1では、周波数16kHz以下の範囲内で歪み率がほぼ0pm/Vであるのに対し、実施例1では、同範囲内で歪み率が発生しており、周波数が低いほど大きくなっている。電気化学歪み顕微鏡法において、イオン伝導に起因して得られる信号の強度は、第1交流電圧(低周波ACバイアス)の周波数に反比例することが知られている。実施例1では、信号強度に相当する歪み率が、同様の周波数依存性を示していることから、この歪み率がイオン伝導に起因していることが分かる。
【0047】
(参考例)
チタン酸リチウムランタンLa0.57Li0.29TiOからなる、平板状の試料(主面の面積:8μm、厚み:500μm)の表面形状(表面の凹凸)を、原子間力顕微鏡を用いて観察した。
【0048】
(比較例2)
参考例と同じ試料の一面(下面)に、上述した電気化学歪み顕微鏡の電極部材(銀)を接着(銀ペースト)した。第2交流電圧を印加しない構成とした上で、本発明の電気化学歪み顕微鏡法と同様に、イオンの運動状態に起因する応答信号の検出を行った。カンチレバー、下部電極部材としては、比較例1と同じ材料で構成されるものを用いた。試料に対して、第1交流電源から56.1kHz、1Vpkの第1交流電圧を印加した。
【0049】
(実施例3)
参考例と同じ試料の一面(下面)に、上述した電気化学歪み顕微鏡の電極部材(銀)を接着(銀ペースト)した。本発明の電気化学歪み顕微鏡法に沿って、イオンの運動状態に起因する応答信号の検出を行った。カンチレバー、下部電極部材としては、比較例1と同じ材料で構成されるものを用いた。図1に示すように、電極部材と接地点との間に第1交流電源を挿入(接続)し、カンチレバーと接地点との間には第2交流電源を挿入(接続)した。試料に対し、第1交流電源から56.1kHz、1Vpkの第1交流電圧を印加し、第2交流電源から1GHzの第2交流電圧を印加した。
【0050】
参考例、比較例2、実施例3のそれぞれにおいて、試料の同一箇所を観察した。図5A~5Cは、それぞれ参考例、比較例2、実施例3において検出された試料の同一箇所の画像である。参考例の画像では、試料表面の凹凸構造が出力されており、相対的に明るい部分が凸部を示し、暗い部分が凹部を示している。従来の電気化学歪み顕微鏡法による比較例2の画像には、イオンの運動状態の分布が不鮮明な状態で出力されている。この画像では、各分布の境界を識別することは難しい。
【0051】
一方、高周波の第2交流電圧を印加した実施例3の画像からは、イオンの運動状態の分布をはっきりと識別することができる。相対的に、明るい部分の方がイオン伝導が強い(激しい)ことを示し、暗い部分の方がイオン伝導が弱い(穏やかである)ことを示している。図5B、5Cの画像の比較から、従来構成の電気化学歪み顕微鏡法で出力すると不鮮明であった分布が、第2交流電圧を印加することによって鮮明化したことが分かる。図5A、5Cの画像の比較から、実施例3で見られる分布は、参考例で見られる分布とは異なっており、試料表面の凹凸構造を示しているわけではないことが分かる。これらの結果から、従来は検出できなかったイオンの運動状態の分布を、第2交流電圧を印加することによって検出できることが分かる。
【0052】
図6は、比較例2、実施例3において、試料から検出された応答信号のプロファイルを示すグラフである。グラフの横軸、縦軸については、図3と同様である。比較例2では、歪み率が4μmの範囲内でほぼ一様(100pm/V以下)であり、ここからはイオンの運動状態の分布を明確に識別することが難しい。これに対し、実施例3では、比較例2と同じ構成の試料であるにもかかわらず、4μmの範囲内でイオンの運動状態の分布に対応して歪み率が激しく振動しているため、ここからイオンの運動状態の分布を識別することができる。これらの結果から、本発明の電気化学歪み顕微鏡を用いることにより、イオンの運動状態の分布を数値データで識別することも可能であり、高い精度での評価が可能であることが分かる。
【符号の説明】
【0053】
100・・・電気化学歪み顕微鏡
101・・・カンチレバー
102・・・電極部材
103・・・第1交流電源
104・・・第2交流電源
105・・・信号検出手段
106・・・信号出力手段
107・・・画像表示手段
108・・・光源
109・・・光センサー
110・・・プリアンプ
111・・・ロックインアンプ
112・・・試料移動手段
113・・・位置決めステージ
114・・・制御装置
・・・レーザー光
・・・反射光
S・・・試料
Sa・・・被観察面(表面)
図1
図2A
図2B
図2C
図3
図4
図5A
図5B
図5C
図6