IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社豊田中央研究所の特許一覧 ▶ トヨタ自動車株式会社の特許一覧

特許7527735膜電極接合体及び氷点下始動耐久試験方法
<>
  • 特許-膜電極接合体及び氷点下始動耐久試験方法 図1
  • 特許-膜電極接合体及び氷点下始動耐久試験方法 図2
  • 特許-膜電極接合体及び氷点下始動耐久試験方法 図3
  • 特許-膜電極接合体及び氷点下始動耐久試験方法 図4
  • 特許-膜電極接合体及び氷点下始動耐久試験方法 図5
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-26
(45)【発行日】2024-08-05
(54)【発明の名称】膜電極接合体及び氷点下始動耐久試験方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 8/1004 20160101AFI20240729BHJP
   H01M 8/10 20160101ALI20240729BHJP
   H01M 4/86 20060101ALI20240729BHJP
   H01M 8/04 20160101ALI20240729BHJP
   H01M 8/04225 20160101ALI20240729BHJP
   H01M 8/04537 20160101ALI20240729BHJP
   H01M 8/04701 20160101ALI20240729BHJP
   H01M 8/04746 20160101ALI20240729BHJP
   H01M 8/04828 20160101ALI20240729BHJP
【FI】
H01M8/1004
H01M8/10 101
H01M4/86 B
H01M4/86 M
H01M8/04 Z
H01M8/04225
H01M8/04537
H01M8/04701
H01M8/04746
H01M8/04828
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2021018964
(22)【出願日】2021-02-09
(65)【公開番号】P2022121955
(43)【公開日】2022-08-22
【審査請求日】2023-11-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【弁理士】
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 直樹
(72)【発明者】
【氏名】神谷 厚志
(72)【発明者】
【氏名】児玉 香織
(72)【発明者】
【氏名】長尾 諭
【審査官】守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-021648(JP,A)
【文献】特開2011-181344(JP,A)
【文献】特開2008-176990(JP,A)
【文献】特開2010-021056(JP,A)
【文献】特開2011-060674(JP,A)
【文献】特開2008-198507(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 8/10
H01M 4/86
H01M 8/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の構成を備えた膜電極接合体。
(1)前記膜電極接合体は、
プロトン伝導性を有する樹脂(A)からなる電解質膜と、
前記電解質膜の一方の面に接合されたカソード触媒層と、
前記電解質膜の他方の面に接合されたアノード触媒層と
を備えている。
(2)前記カソード触媒層は、
導電性担体(B)に触媒粒子(B)が担持された電極触媒(B)と、
プロトン伝導性を有する樹脂(B)と
を含み、
前記樹脂(B)は、高酸素透過アイオノマを含む。
(3)前記膜電極接合体は、
触媒層抵抗変化率が0.33/回以下であり、かつ、
触媒層プロトン抵抗が2.5[Ωcm2@-20℃]以下である。
【請求項2】
前記触媒層プロトン抵抗が1.8[Ωcm2@-20℃]以下である請求項1に記載の膜電極接合体。
【請求項3】
前記樹脂(B)は、EWが588g/eq以上830g/eq以下である請求項1又は2に記載の膜電極接合体。
【請求項4】
前記カソード触媒層は、全体I/Cが0.95以上1.8以下である請求項1から3までのいずれか1項に記載の膜電極接合体。
【請求項5】
燃料電池のアノード及びカソードを温度30℃以上100℃以下、相対湿度10%以上90%以下の条件下で加湿した後、アノード流路及びカソード流路の入口及び出口を封止する第1工程と、
前記アノード流路及び前記カソード流路を封止した状態で、前記燃料電池を温度T(<0℃)に保持し、前記燃料電池を凍結させる第2工程と、
前記燃料電池を前記温度Tに保持した状態で、前記燃料電池の触媒層インピーダンスを測定する第3工程と、
前記触媒層インピーダンスの実数部から触媒層プロトン抵抗を算出し、前記触媒層プロトン抵抗が臨界値を超えているか否かを判断する第4工程と
を備えた氷点下始動耐久試験方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膜電極接合体及び氷点下始動耐久試験方法に関し、さらに詳しくは、氷点下環境からの発電(氷点下始動)に対する耐久性に優れた膜電極接合体、及び、氷点下始動の繰り返しに対する耐久性を正確に評価することが可能な氷点下始動耐久試験方法に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池は、固体高分子電解質膜の両面に電極(触媒層)が接合された膜電極接合体(MEA)を基本単位とする。また、固体高分子形燃料電池において、触媒層の外側には、一般に、ガス拡散層が配置される。ガス拡散層は、触媒層に反応ガス及び電子を供給するためのものであり、カーボンペーパー、カーボンクロス等が用いられる。また、触媒層は、電極反応の反応場となる部分であり、一般に、白金等の電極触媒を担持したカーボンと固体高分子電解質(触媒層アイオノマ)との複合体からなる。さらに、ガス拡散層の外側には、ガス流路を備えたセパレータが配置される。
【0003】
MEAを構成する材料の種類や含有量は、MEAの性能に影響を与える。そのため、MEAの構成材料とMEAの性能との関係に関し、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、触媒層に含まれるプロトン伝導体(フッ素系ポリマー)の質量Aと触媒層に含有される導電性担体の質量Bとの比A/Bが、所定の範囲に制御された燃料電池が開示されている。
【0004】
同文献には、
(A)セル内に残留した水が凍結すると、氷晶成長に起因する応力によって触媒層が破損することがあり、これを防ぐには触媒層の機械的強度を増大させる必要がある点、
(B)触媒層中のアイオノマとカーボンの質量比(I/C)の増大は触媒層の強度を増大させるが、I/Cを必要以上に増大させると燃料電池の性能が低下するおそれがある点、及び、
(C)触媒層の強度が所定の値以上となるように比A/Bを決定し、かつ、電圧値が所定の値以上となるように比A/Bを決定すると、耐久性及び性能の双方を向上させることが可能となる点、
が記載されている。
【0005】
特許文献2には、
(a)触媒及びイオン伝導性高分子を含むスラリーを拡散層の表面に塗布することにより、拡散層の表面に触媒層を形成し、
(b)スラリーの塗布面(すなわち触媒層)を電解質膜の上に載せ、
(c)電解質膜/触媒層/拡散層の積層体を加圧下で加熱する
燃料電池用電極構造体の製造方法が開示されている。
【0006】
同文献には、
(A)このような方法により、触媒粒子の一部が所定の距離だけ電解質膜内に侵入している燃料電池用電極構造体が得られる点、及び
(B)このようにして得られた電極構造体は、電解質膜と触媒層との界面において組成が連続的に変化しているために、電解膜と触媒層との界面における剥離が発生せず、温度サイクル対する耐久性が向上する点
が記載されている。
【0007】
燃料電池は、氷点下始動を繰り返すと性能が低下することが知られている(特許文献1、2参照)。氷点下始動時の性能低下は、主に電解質膜近傍におけるカソード触媒層の剥離に起因していると考えられている。そのため、電解質膜と触媒層との界面の強度(以下、これを「界面密着強度」ともいう)を正確に知ることは、MEAの耐久性及び性能を向上させる上で重要である。従来、界面密着強度は、剥離試験(粘着テープの180°剥離試験)により評価するのが一般的であった。
【0008】
しかしながら、剥離試験結果と氷点下始動の繰り返しに対するMEAの耐久性との間には、明確な相関が認められない。これは、剥離試験では、界面以外の箇所で剥離が起き、界面密着強度を正しく評価できていないためと考えられる。そのため、剥離試験結果に基づいて種々の施策を講じたとしても、氷点下始動の繰り返しに起因する性能劣化を十分に抑制することはできない。
【0009】
さらに、MEAの性能は、触媒層アイオノマの種類にも依存する。特に、高負荷運転時においては酸素の拡散が律速となるので、カソード側の触媒層アイオノマには高酸素透過アイオノマを用いるのが好ましい。
しかしながら、高酸素透過アイオノマを含む触媒層の界面密着強度は、ナフィオン(登録商標)に代表される従来型のフッ素系ポリマを含む触媒層のそれに比べて低い。そのため、従来型のフッ素系ポリマを含む触媒層に適用されている技術をそのまま高酸素透過アイオノマを含む触媒層に転用したとしても、界面密着強度の向上及び氷点下始動時の繰り返しに対する耐久性の向上は望めない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2009-259664号公報
【文献】特開2002-075382号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明が解決しようとする課題は、カソード側の触媒層アイオノマとして高酸素透過アイオノマを含む膜電極接合体において、氷点下始動の繰り返しに対する耐久性を向上させることにある。
本発明が解決しようとする他の課題は、氷点下始動の繰り返しに対する耐久性を正確に評価することが可能な氷点下始動耐久試験方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために本発明に係る膜電極接合体は、以下の構成を備えている。
(1)前記膜電極接合体は、
プロトン伝導性を有する樹脂(A)からなる電解質膜と、
前記電解質膜の一方の面に接合されたカソード触媒層と、
前記電解質膜の他方の面に接合されたアノード触媒層と
を備えている。
(2)前記カソード触媒層は、
導電性担体(B)に触媒粒子(B)が担持された電極触媒(B)と、
プロトン伝導性を有する樹脂(B)と
を含み、
前記樹脂(B)は、高酸素透過アイオノマを含む。
(3)前記膜電極接合体は、
触媒層抵抗変化率が0.33/回以下であり、かつ、
触媒層プロトン抵抗が2.5[Ωcm2@-20℃]以下である。
【0013】
また、本発明に係る氷点下始動耐久試験方法は、
燃料電池のアノード及びカソードを温度30℃以上100℃以下、相対湿度10%以上90%以下の条件下で加湿した後、アノード流路及びカソード流路の入口及び出口を封止する第1工程と、
前記アノード流路及び前記カソード流路を封止した状態で、前記燃料電池を温度T(<0℃)に保持し、前記燃料電池を凍結させる第2工程と、
前記燃料電池を前記温度Tに保持した状態で、前記燃料電池の触媒層インピーダンスを測定する第3工程と、
前記触媒層インピーダンスの実数部から触媒層プロトン抵抗を算出し、前記触媒層プロトン抵抗が臨界値を超えているか否かを判断する第4工程と
を備えている。
【発明の効果】
【0014】
界面密着強度は、触媒層アイオノマの種類、触媒層アイオノマの当量重量(EW)、触媒層のI/C比、触媒層アイオノマと電解質膜を構成する分子との絡み合い等の多くのパラメータに依存する。しかし、剥離試験では、界面密着強度とこれらのパラメータとの間の相関を正確に知ることができない。
【0015】
これに対し、膜電極接合体が氷点下に曝されると触媒層内に氷が生成するが、生成した氷の大きさや分布は界面密着強度に大きな影響を与える。また、触媒層内に氷が生成すると、氷の大きさ、数、分布等に応じて凍結状態での触媒層インピーダンスが変化する。そのため、膜電極接合体を凍結させた状態で触媒層インピーダンスを測定すると、触媒層インピーダンスの実数部から算出される触媒層プロトン抵抗の大きさに基づいて、触媒層内に生成した氷の大きさ、数、分布等を間接的に評価することができる。
【0016】
さらに、凍結状態での触媒層プロトン抵抗がある臨界値以下になるように、触媒層の組成や構造を最適化すると、氷点下始動耐久性に優れた膜電極接合体を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1図1(A)は、アイオノマ分子及びミセル構造の模式図である。図1(B)は、ミセル化した触媒層アイオノマを含む分散液の模式図である。図1(C)は、ゲル化した触媒層アイオノマを含む分散液の模式図である。
図2】氷点下始動耐久試験の試験サイクル数と触媒層抵抗変化率との関係を示す図である。
図3】簡易シミュレーションにより求めた触媒層内の発電分布である。
【0018】
図4図4(A)は、低イオン交換容量(ICE)のアイオノマを含む燃料電池を氷点下に曝したときの燃料電池内に生成した氷の分布の模式図である。図4(B)は、高イオン交換容量(IEC)のアイオノマを含む燃料電池を氷点下に曝したときの燃料電池内に生成した氷の分布の模式図である。
図5】-20℃における触媒層プロトン抵抗と触媒層抵抗変化率との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 氷点下始動耐久試験方法]
本発明に係る氷点下始動耐久試験方法は、
燃料電池のアノード及びカソードを温度30℃以上100℃以下、相対湿度10%以上90%以下の条件下で加湿した後、アノード流路及びカソード流路の入口及び出口を封止する第1工程と、
前記アノード流路及び前記カソード流路を封止した状態で、前記燃料電池を温度T(<0℃)に保持し、前記燃料電池を凍結させる第2工程と、
前記燃料電池を前記温度Tに保持した状態で、前記燃料電池の触媒層インピーダンスを測定する第3工程と、
前記触媒層インピーダンスの実数部から触媒層プロトン抵抗を算出し、前記触媒層プロトン抵抗が臨界値を超えているか否かを判断する第4工程と
を備えている。
【0020】
[1.1. 第1工程]
まず、燃料電池のアノード及びカソードを温度30℃以上100℃以下、相対湿度10%以上90%以下の条件下で加湿した後、アノード流路及びカソード流路の入口及び出口を封止する(第1工程)。
燃料電池の加湿は、具体的には、
(a)燃料電池のアノード及びカソードに、それぞれ、温度及び相対湿度が所定の範囲にあるガスを所定時間供給し、
(b)系が安定した後、アノード流路及びカソード流路の入口及び出口に接続されているガス供給管及びガス排出管を閉じる
ことにより行う。
【0021】
アノード及びカソードを加湿するために用いられるガスの種類は、特に限定されない。アノードを加湿するためのガスとしては、例えば、水素ガス、窒素ガスなどがある。カソードを加湿するためのガスとしては、例えば、窒素ガス、酸素ガス、空気などがある。
これらの中でも、アノードを加湿するガスは水素ガスが好ましく、カソードを加湿するガスは窒素ガスが好ましい。これは、インピーダンス測定を効率良く、かつ、精度良く実施することができるためである。
【0022】
加湿用のガスの温度が低すぎると、供給するガスの温度・湿度管理が難しくなる場合がある。従って、加湿用のガスの温度は、30℃以上である必要がある。ガスの温度は、好ましくは、40℃以上、さらに好ましくは、60℃以上である。
一方、加湿用のガスの温度が高すぎると、かえって供給するガスの温度・湿度管理が難しくなる場合がある。従って、加湿用のガスの温度は、100℃以下である必要がある。ガスの温度は、好ましくは、90℃以下である。
【0023】
加湿用のガスの相対湿度が低すぎると、供給するガスの温度・湿度管理が難しくなる場合がある。従って、相対湿度は、10%以上である必要がある。相対湿度は、好ましくは、15%以上、さらに好ましくは、20%以上である。
一方、加湿用のガスの相対湿度が高くなりすぎると、かえって供給するガスの温度・湿度管理が難しくなる場合がある。従って、相対湿度は、90%以下である必要がある。相対湿度は、好ましくは、85%以下、さらに好ましくは、80%以下である。
【0024】
[1.2. 第2工程]
次に、アノード流路及びカソード流路を封止した状態で、燃料電池を温度T(<0℃)に保持し、燃料電池を凍結させる(第2工程)。
燃料電池を凍結させる時の温度Tは、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な温度を選択することができる。燃料電池を氷点下に曝すと、燃料電池内に残存している水分が凍結し、主として、電解質膜と触媒層の界面近傍に氷の結晶が生成する。
【0025】
[1.3. 第3工程]
次に、燃料電池を温度Tに保持した状態で、燃料電池の触媒層インピーダンスを測定する(第3工程)。
触媒層インピーダンスの測定方法は、特に限定されるものではなく、公知の方法を用いることができる。触媒層インピーダンスの測定条件も特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な条件を選択することができる。
【0026】
[1.4. 第4工程]
次に、触媒層インピーダンスの実数部から触媒層プロトン抵抗を算出し、触媒層プロトン抵抗が臨界値を超えているか否かを判断する(第4工程)。
触媒層プロトン抵抗の算出は、具体的には、以下のようにして行う。すなわち、まず、所定の条件下でインピーダンス測定を行い、Cole-Coleプロットを得る。次いで、プロットの低周波数での立ち上がりの実軸点X及び実軸切片Yを求め、触媒層プロトン抵抗=3×(X-Y)により算出する。
【0027】
氷点下での触媒層プロトン抵抗が高い場合、触媒層の厚み方向の発電分布が膜近傍に偏り、水生成(氷生成)が膜近傍に集中する。その結果、膜近傍の触媒層内において大きな氷が多量に生成し、膜近傍の触媒層の凍上破壊が起きやすくなる。
一方、氷点下での触媒層プロトン抵抗が低い場合、触媒層の厚み方向の発電分布が均一となり、水生成(氷生成)する場所が均一化する。その結果、氷生成が膜近傍に集中しなくなり、膜近傍の触媒層の凍上破壊が抑制される。
【0028】
温度Tにおける触媒層プロトン抵抗がある臨界値を超えている場合、その燃料電池は、触媒層内において水生成する場所が膜近傍に集中しており、凍上破壊が起きやすくなることを意味する。すなわち、凍結状態での触媒層プロトン抵抗がある臨界値を超えていることは、氷点下始動耐久性が劣っている可能性が高いことを意味する。
【0029】
臨界値の大きさは、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な値を選択することができる。一般に、要求される氷点下始動耐久性が高くなるほど、臨界値を小さく設定するのが好ましい。例えば、燃料電池を凍結させる時の温度Tが-20℃である場合、臨界値は、2.5[Ωcm2@-20℃]に設定するが好ましい。臨界値は、好ましくは、1.8[Ωcm2@-20℃]である。
【0030】
[2. 膜電極接合体]
本発明に係る膜電極接合体は、以下の構成を備えている。
(1)前記膜電極接合体は、
プロトン伝導性を有する樹脂(A)からなる電解質膜と、
前記電解質膜の一方の面に接合されたカソード触媒層と、
前記電解質膜の他方の面に接合されたアノード触媒層と
を備えている。
(2)前記カソード触媒層は、
導電性担体(B)に触媒粒子(B)が担持された電極触媒(B)と、
プロトン伝導性を有する樹脂(B)と
を含み、
前記樹脂(B)は、高酸素透過アイオノマを含む。
(3)前記膜電極接合体は、
触媒層抵抗変化率が0.33/回以下であり、かつ、
触媒層プロトン抵抗が2.5[Ωcm2@-20℃]以下である。
【0031】
[2.1. 電解質膜]
電解質膜は、プロトン伝導性を有する樹脂(A)からなる。樹脂(A)の材料は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な材料を選択することができる。
樹脂(A)としては、例えば、
(a)ナフィオン(登録商標)、フレミオン(登録商標)、アシプレックス(登録商標)、アクイヴィオン(登録商標)などのパーフルオロカーボンスルホン酸ポリマ、
(b)スルホン化ポリエーテルケトン、スルホン化ポリエーテルスルホン、スルホン化ポリエーテルエーテルスルホン、スルホン化ポリスルフィド、スルホン化ポリフェニレンなどの炭化水素系ポリマ、
(c)後述する高酸素透過アイオノマ、
などがある。
【0032】
[2.2. カソード触媒層]
電解質膜の一方の面には、カソード触媒層が接合されている。本発明において、カソード触媒層は、
導電性担体(B)に触媒粒子(B)が担持された電極触媒(B)と、
プロトン伝導性を有する樹脂(B)と
を含む。
【0033】
[2.2.1. 電極触媒(B)]
電極触媒(B)は、導電性担体(B)に触媒粒子(B)が担持されたものからなる。
[A. 導電性担体(B)]
本発明において、導電性担体(B)の材料は、特に限定されない。
導電性担体(B)としては、例えば、
(a)カーボンブラック、カーボンナノチューブ、カーボンナノホーン、活性炭、天然黒鉛、メソカーボンマイクロビーズ、ガラス状炭素粉末などのカーボン担体、
(b)純金属又は合金からなる金属担体、
(c)導電性を有する金属酸化物又は複合金属酸化物からなる酸化物担体、
などがある。
導電性担体(B)の形状も特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な形状を選択することができる。
【0034】
[B. 触媒粒子(B)]
本発明において、触媒粒子(B)の材料は、特に限定されない。
触媒粒子(B)の材料としては、例えば、
(a)貴金属(Pt、Au、Ag、Pd、Rh、Ir、Ru、Os)、
(b)2種以上の貴金属元素を含む合金、
(c)1種又は2種以上の貴金属元素と、1種又は2種以上の卑金属元素(例えば、Fe、Co、Ni、Cr、V、Tiなど)とを含む合金、
などがある。
【0035】
これらの中でも、触媒粒子(B)は、Pt又はPt合金が好ましい。これは、燃料電池の電極反応に対して高い活性を有するためである。
Pt合金としては、例えば、Pt-Fe合金、Pt-Co合金、Pt-Ni合金、Pt-Pd合金、Pt-Cr合金、Pt-V合金、Pt-Ti合金、Pt-Ru合金、Pt-Ir合金などがある。
【0036】
触媒粒子(B)の粒径は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な粒径を選択することができる。一般に、触媒粒子(B)の粒径が小さすぎると、触媒粒子(B)が溶解しやすくなる。従って、触媒粒子(B)の粒径は、1nm以上が好ましい。
一方、触媒粒子(B)の粒径が大きくなりすぎると、質量活性が低下する。従って、触媒粒子(B)の粒径は、20nm以下が好ましい。触媒粒子(B)の粒径は、好ましくは、10nm以下、さらに好ましくは、5nm以下である。
【0037】
[2.2.2. 触媒層アイオノマ(B)]
カソード触媒層に含まれる触媒層アイオノマ(B)は、プロトン伝導性を有する樹脂(B)からなる。
【0038】
[A. 材料]
本発明において、樹脂(B)は、高酸素透過アイオノマを含む。樹脂(B)は、高酸素透過アイオノマのみからなるものでも良い。この場合、触媒粒子(B)への酸素移動が進みやすくなるために触媒反応が起こりやすくなり、高性能化するという利点がある。
あるいは、樹脂(B)は、高酸素透過アイオノマに加えて、他のアイオノマ(例えば、パーフルオロカーボンスルホン酸ポリマ)を含むものでも良い。この場合、触媒層にヒビ割れが生じにくくなり、触媒層の生産性を高めることができるという利点がある。
但し、高酸素透過アイオノマの含有量が少なくなりすぎると、性能が低下する場合がある。従って、樹脂(B)に占める高酸素透過アイオノマの質量割合は、70mass%以上が好ましい。高酸素透過アイオノマの質量割合は、好ましくは、80mass%以上、さらに好ましくは、90mass%以上である。
【0039】
ここで、「高酸素透過アイオノマ」とは、その分子構造内に酸基及び環状構造を含む高分子化合物をいう。高酸素透過アイオノマは、その分子構造内に環状構造を含むために、酸素透過係数が高い。そのため、これをアイオノマとして用いた時に、触媒との界面における酸素移動抵抗が相対的に小さくなる。
換言すれば、「高酸素透過アイオノマ」とは、酸素透過係数がナフィオン(登録商標)に代表されるパーフルオロカーボンスルホン酸ポリマよりも高いアイオノマをいう。
【0040】
一般に、燃料電池の性能は、触媒表面への酸素の拡散が律速となる。これに対し、電極触媒の表面を高酸素透過アイオノマで被覆すると、触媒層の酸素透過性が向上し、燃料電池の性能が向上する。
高酸素透過アイオノマの分子構造は、相対的に小さい酸素移動抵抗を示す限りにおいて、特に限定されない。特に、その分子構造内に環状構造(脂肪族環構造)を含むアイオノマは、環状構造を含まないアイオノマに比べて酸素移動抵抗が小さいので、電極触媒の表面を被覆するアイオノマとして好適である。
【0041】
高酸素透過アイオノマとしては、例えば、
(a)脂肪族環構造を有するパーフルオロカーボンユニットと、パーフルオロスルホン酸を側鎖に持つ酸基ユニットとを含む電解質ポリマー、
(b)脂肪族環構造を有するパーフルオロカーボンユニットと、パーフルオロイミドを側鎖に持つ酸基ユニットとを含む電解質ポリマー、
(c)脂肪族環構造を有するパーフルオロカーボンに直接、パーフルオロスルホン酸が結合したユニットを含む電解質ポリマー、
などがある(参考文献1~4参照)。
[参考文献1]特開2003-036856号公報
[参考文献2]国際公開第2012/088166号
[参考文献3]特開2013-216811号公報
[参考文献4]特開2006-152249号公報
【0042】
[B. EW]
樹脂(B)のEWは、界面密着強度、耐久性(触媒層抵抗変化率)、カソード触媒層のプロトン伝導性及び/又はガス拡散性などに影響を与える。
一般に、樹脂(B)のEWが低すぎると、含水率が高くなり、樹脂(B)が水に溶解しやすくなる。従って、EWは、588g/eq以上が好ましい。
一方、樹脂(B)のEWが高くなりすぎると、カソード触媒層のプロトン伝導度が低下する。従って、EWは、830g/eq以下が好ましい。
【0043】
[C. アイオノマのゲル化]
図1(A)に、アイオノマ分子及びミセル構造の模式図を示す。アイオノマ分子は、一般に、主鎖と、主鎖に結合している側鎖とを備え、側鎖の先端には酸基が結合している。このようなアイオノマ分子を水中に分散させると、外側が主として親水性の側鎖からなり、内側が主として疎水性の主鎖からなる構造(ミセル構造)を形成する。
【0044】
図1(B)に、ミセル化した触媒層アイオノマを含む分散液の模式図を示す。このようなミセル構造を備えたアイオノマをそのまま用いて分散液を作製すると、図1(B)に示すように、分散液中にはミセル構造が残存する。ミセル構造を含む分散液は、一般に、低粘度である。このような触媒アイオノマを用いてカソード触媒層を作製すると、相対的に高い界面密着強度は得られない。これは、電解質膜とカソード触媒層との界面において、分子の絡み合いが少ないためと考えられる。
【0045】
図1(C)に、ゲル化した触媒層アイオノマを含む分散液の模式図を示す。ミセル構造を備えたアイオノマを用いて分散液を作製する場合において、アイオノマに対して適切な処理を施すと、図1(C)に示すように、分散液中においてアイオノマはミセル構造を取らず、均一に分散した状態(このような状態は、「ゲル化」とも呼ばれている)となる。
【0046】
ゲル化したアイオノマを含む分散液は、一般に、高粘度である。このような触媒層アイオノマを用いてカソード触媒層を作製すると、相対的に高い界面密着強度が得られる。これは、電解質膜とカソード触媒層との界面において、分子の絡み合いが増大するためと考えられる。高い界面密着強度を得るためには、カソード触媒層は、ゲル化した前記樹脂(B)を用いて製造されたものが好ましい。
ゲル化の程度は、貯蔵弾性率で表すことができる。界面密着強度の高い触媒層を得るには、前記樹脂(B)は、1[Hz]の周波数の振動を印加し、歪み量が1[%]のときに、40[Pa]以上140[Pa]以下の貯蔵弾性率を有するものが好ましい。
【0047】
[2.2.3. 全体I/C]
カソード触媒層の「全体I/C」とは、カソード触媒層に含まれる導電性担体(B)の総質量に対する樹脂(B)の総質量の比をいう。
カソード触媒層の全体I/Cは、界面密着強度、耐久性(触媒層抵抗変化率)、カソード触媒層のプロトン伝導性及び/又はガス拡散性などに影響を与える。
一般に、カソード触媒層の全体I/Cが低すぎると、カソード触媒層のプロトン伝導度が低下する。従って、全体I/Cは、0.95以上が好ましい。
一方、カソード触媒層の全体I/Cが高くなりすぎると、カソード触媒層内の空隙率が低下し、カソード触媒層のガス拡散性が低下する。従って、全体I/Cは、1.8以下が好ましい。I/Cは、好ましくは、1.5以下である。
【0048】
[2.3. アノード触媒層]
電解質膜の他方の面には、アノード触媒層が接合されている。本発明において、アノード触媒層は、
導電性担体(C)に触媒粒子(C)が担持された電極触媒(C)と、
プロトン伝導性を有する樹脂(C)と
を含む。
【0049】
[2.3.1. 電極触媒(C)]
電極触媒(C)は、導電性担体(C)に触媒粒子(C)が担持されたものからなる。本発明において、電極触媒(C)は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適なものを選択することができる。アノード触媒層に含まれる導電性担体(C)は、カソード触媒層に含まれる導電性担体(B)と同一であっても良く、あるいは、異なっていても良い。同様に、アノード触媒層に含まれる触媒粒子(C)は、カソード触媒層に含まれる触媒粒子(B)と同一であっても良く、あるいは、異なっていても良い。
導電性担体(C)及び触媒粒子(C)に関するその他の点については、それぞれ、導電性担体(B)及び触媒粒子(B)と同様であるので、説明を省略する。
【0050】
[2.3.2. 触媒層アイオノマ(C)]
アノード触媒層に含まれる触媒層アイオノマ(C)は、プロトン伝導性を有する樹脂(C)からなる。本発明において、触媒層アイオノマ(C)は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適なものを選択することができる。アノード触媒層に含まれる樹脂(C)は、電解質膜を構成する樹脂(A)又はカソード触媒層に含まれる樹脂(B)と同一であっても良く、あるいは、異なっていても良い。
樹脂(C)に関するその他の点については、樹脂(A)又は樹脂(B)と同様であるので、説明を省略する。
【0051】
[2.3.3. 全体I/C]
アノード触媒層の「全体I/C」とは、アノード触媒層に含まれる導電性担体(C)の総質量に対する樹脂(C)の総質量の比をいう。
アノード触媒層の全体I/Cは、膜電極接合体の性能に影響を与える。一般に、全体I/Cが小さくなりすぎると、アノード触媒層のプロトン伝導性が低下する。従って、全体I/Cは、0.95以上が好ましい。
一方、全体I/Cが大きくなりすぎると、アノード触媒層の空隙率が低下し、アノード触媒層のガス拡散性が低下する。従って、全体I/Cは、1.8以下が好ましい。全体I/Cは、好ましくは、1.5以下である。
【0052】
[2.4. 特性]
[2.4.1. 触媒層抵抗変化率]
「触媒層抵抗変化率」とは、次の式(1)で表される値をいう。
触媒層抵抗変化(/回)=(R-R0)/(n×R0) …(1)
但し、
nは、氷点下始動加速耐久試験のサイクル数、
0は、氷点下始動加速耐久試験前の触媒層抵抗、
Rは、nサイクルの氷点下始動加速耐久試験後の触媒層抵抗。
【0053】
本発明において、「氷点下始動加速耐久試験」とは、
(a)MEAを含むセルのカソード/アノード両極を82℃、露点40℃で加湿する工程、
(b)加湿後、セルを封止し、-20℃まで冷却する工程、
(c)凍結したセルに無加湿の水素ガス/空気を供給し、0.3A/cm2で1000s発電する工程、及び、
(d)発電終了後、再びセルを封止し、昇温・加湿を行う工程
を1サイクルとし、これを合計nサイクル(本発明においては、n=12)繰り返す試験をいう。
【0054】
触媒層アイオノマ(B)として高酸素透過アイオノマを用いたMEAにおいて、触媒層アイオノマ(B)のEW、カソード触媒層のI/Cなどを最適化すると、触媒層抵抗変化率は、0.33/回以下となる。
なお、触媒層抵抗変化率を算出する際に用いられる「触媒層抵抗」とは、触媒層インピーダンス測定(80℃、30%RH)を行い、触媒層インピーダンスの実数部から算出される触媒層プロトン抵抗をいう。
【0055】
[2.4.2. 触媒層プロトン抵抗]
本発明に係る膜電極接合体において、「温度T(<0℃)における触媒層プロトン抵抗」という時は、MEAを含む燃料電池を温度80℃、相対湿度15%の条件下で加湿した後、温度T(<0℃)に保持して燃料電池を凍結させ、燃料電池を温度Tに保持した状態でインピーダンス測定を行うことにより得られた、インピーダンスの実数部から算出される値をいう。
【0056】
燃料電池の製造直後において測定された温度T(<0℃)における触媒層プロトン抵抗は、氷点下始動特性と相関がある。一般に、温度Tにおける触媒層プロトン抵抗が小さくなるほど、氷点下始動特性が高いことを表す。
樹脂(B)の種類、樹脂(B)のEW、触媒層のI/Cなどを最適化すると、製造直後の状態において、-20℃における触媒層プロトン抵抗が2.5[Ωcm2@-20℃]以下であるMEAが得られる。カソード触媒層の構造をさらに最適化すると、製造直後の状態において、-20℃における触媒層プロトン抵抗が1.8[Ωcm2@-20℃]以下であるMEAが得られる。
【0057】
[3. 作用]
[3.1. 触媒層の凍上破壊]
燃料電池(FC)は、氷点下環境からの発電(氷点下始動)を繰り返すと、触媒層が劣化し、発電性能が低下することが知られている。しかしながら、その原因及び対策は、必ずしも明らかにされていない。
図2に、氷点下始動耐久試験の試験サイクル数と触媒層抵抗変化率との関係を示す。図2には、後述する実施例3(触媒層アイオノマとして、低イオン交換容量アイオノマを用いた場合)及び実施例2(触媒層アイオノマといて、高イオン交換容量アイオノマを用いた場合)の結果が示されている。図2に示すように、一般に、触媒層アイオノマのイオン交換容量(IEC)が大きくなるほど、触媒層抵抗変化率の上昇が抑制される。これは、以下の理由によると考えられる。
【0058】
図3に、簡易シミュレーションにより求めた触媒層の発電分布を示す。図3には、後述する実施例1(触媒層アイオノマとして、低IECアイオノマを用い、I/C=0.95である場合)、実施例5(触媒層アイオノマとして、高IECアイオノマを用い、I/C=0.95である場合)、及び、実施例4(触媒層アイオノマとして、低IECアイオノマを用い、I/C=1.17である場合)の発電分布が示されている。また、図3の縦軸は、発電量の割合を表す。図3より、アイオノマのIECが大きくなるほど、及び/又は、I/Cが大きくなるほど、触媒層厚み方向の発電分布が均一化することが分かる。
【0059】
図4(A)に、低イオン交換容量(ICE)のアイオノマを含む燃料電池を氷点下に曝したときの燃料電池内に生成した氷の分布の模式図を示す。図4(B)に、高イオン交換容量(IEC)のアイオノマを含む燃料電池を氷点下に曝したときの燃料電池内に生成した氷の分布の模式図を示す。
【0060】
低IECアイオノマを用いた燃料電池の場合、発電分布が電解質膜側に偏っている(図3参照)。発電分布が電解質膜近傍に偏っていると、発電による水の生成場所が電解質膜近傍に集中する。このような燃料電池を氷点下で始動させると、電解質膜近傍に相対的に大きな氷の結晶が多量に生成する(図4(A)参照)。その結果、触媒層が凍上破壊すると考えられる。
【0061】
一方、高IECアイオノマを用いた燃料電池の場合、発電分布が均一化している(図3参照)。発電分布が均一化していると、発電による水の生成場所が、触媒層の広い領域に渡って均一に分散する。このような燃料電池を氷点下で始動させると、相対的に小さな氷の結晶が触媒層全体に渡って均一に生成する(図4(B)参照)。その結果、低IECアイオノマを用いた燃料電池に比べて、触媒層が凍上破壊しにくくなり、触媒層抵抗変化率の上昇が抑制されると考えられる。
【0062】
[4.2. 氷点下時の触媒層プロトン抵抗を用いたMEAの最適化]
しかしながら、氷点下始動耐久性を向上させるために単に触媒層アイオノマのIECを高くする(換言すれば、EWを低くする)と、触媒層アイオノマの含水率が高くなり、触媒層アイオノマが水に溶解しやすくなる。
また、界面密着強度は、触媒層アイオノマの種類、触媒層アイオノマの当量重量(EW)、触媒層のI/C比、触媒層アイオノマと電解質膜を構成する分子との絡み合い等の多くのパラメータに依存する。しかし、剥離試験では、界面密着強度とこれらのパラメータとの間の相関を正確に知ることができない。
【0063】
これに対し、膜電極接合体を氷点下で発電させると触媒層内に氷が生成するが、生成した氷の大きさや分布は界面密着強度に大きな影響を与える。氷点下の触媒層プロトン抵抗により、氷点下での発電分布に違いが生じるため、生成する氷の大きさ、数、分布に違いが生じる。そのため、氷点下の触媒層プロトン抵抗の大きさに基づいて、触媒層内に生成する氷の大きさ、数、分布等を間接的に評価することができる。
【0064】
さらに、氷点下での触媒層プロトン抵抗がある臨界値以下になるように、触媒層の組成や構造を最適化すると、氷点下始動耐久性に優れた膜電極接合体を得ることができる。
【実施例
【0065】
(実施例1~5、比較例1~2)
[1. 試料の作製]
[1.1. 触媒インクの作製]
Pt/C(Pt担持量:40mass%):1gに水を添加し、スパーテルで攪拌した。これにアイオノマ溶液を添加し、超音波ホモジナイザーにより5分間の分散処理を行った。さらに、これにエタノールを添加し、超音波ホモジナイザーにより5分間の分散処理を行った。その後、3分間の遠心脱泡処理を行い、触媒インクを得た。
【0066】
アイオノマには、
(a)アイオノマA:高酸素透過型、EW=830g/eq、ミセル構造、
(b)アイオノマB:高酸素透過型、EW=830g/eq、ゲル化
(c)アイオノマC:高酸素透過型、EW=650g/eq、ミセル構造、又は、
(d)アイオノマD:高酸素透過型、EW=650g/eq、ゲル化、
を用いた。
また、触媒インクのI/Cは、0.65~1.17とした。
【0067】
[1.2. カソード触媒層の作製]
得られた触媒インクをPt目付が0.5mg/cm2となるように、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)シート上にアプリケータによる塗工を行った。次いで、塗膜をドラフト内で3時間放置し、さらに60℃で一晩減圧乾燥を行うことにより溶媒を揮発させ、転写用のカソード触媒層を得た。得られたカソード触媒層は、I/Cが触媒層全体に渡って均一であり、I/Cの傾斜は認められなかった。
【0068】
[1.3. MEAの作製]
電解質膜の一方の面に上記のカソード触媒層を転写し、他方の面にアノード触媒層を転写した。電極面積は、1cm2とした。表1に、カソード触媒層の仕様を示す。
アノード触媒層には、Pt/C(Pt担持量:30mass%)と、ナフィオン(登録商標)との複合体を用いた。アノード触媒層のI/Cは、いずれも、1.0とした。Pt目付量は、いずれも、0.1mg/cm2とした。
【0069】
【表1】
【0070】
[2. 試験方法]
[2.1. 触媒層プロトン抵抗]
評価セルには、電極面積:1cm2の耐久試験前の小型セルを用いた。小型セルのアノード及びカソードに、それぞれ、温度:82℃、露点:40℃の水素ガス及び窒素ガスを供給した。所定時間経過後、ガス配管を閉じ、小型セルを-20℃に冷却した。印加電圧:0.5V、重畳電圧:50mV、測定周波数:100kHz→1Hzの条件でインピーダンス測定を行い、Cole-Coleプロットを得た。プロットの低周波数での立ち上がり実軸点をX、実軸切片をYとして、触媒層プロトン抵抗=3×(X-Y)により、耐久試験前の-20℃における触媒層インピーダンスの実数部(実数部の初期値)から触媒層プロトン抵抗を算出した。
【0071】
[2.2. 触媒層抵抗変化率]
評価セルには、電極面積:1cm2の小型セルを用いた。小型セルのカソード/アノード両極を82℃、露点40℃で加湿した。小型セルを封止した後、-20℃まで冷却した。その後、小型セルに無加湿の水素ガス/空気を送りながら、0.3A/cm2で1000s発電した。発電終了後、再び小型セルを封止し、昇温・加湿を行った。ここまでのサイクルを1サイクルとして、合計12サイクル繰り返した。発電性能は、耐久試験前、及び12サイクル目において測定した。さらに、耐久試験前及び12サイクル目の80℃、30%RHにおける触媒層インピーダンスの実数部からそれぞれ触媒層プロトン抵抗を算出し、耐久試験前の触媒層プロトン抵抗と12サイクル目の触媒層プロトン抵抗から触媒層抵抗変化率を求めた。
【0072】
[3. 結果]
図5に、-20℃における触媒層プロトン抵抗と触媒層抵抗変化率との関係を示す。図5より、以下のことが分かる。
(1)-20℃における触媒層プロトン抵抗が小さいほど、触媒層抵抗変化率が小さくなり、耐久性が向上した。
(2)EWが同一である場合、ゲル化させたアイオノマを用いた燃料電池は、ミセル構造を備えたアイオノマを用いた燃料電池よりも耐久性が向上した。
(3)I/Cが同一である場合、EWの小さいアイオノマを用いた燃料電池は、EWの大きいアイオノマを用いた燃料電池よりも耐久性が向上した。
(4)比較例1、2は、耐久性が低い。比較例1、2は、-20℃における触媒層プロトン抵抗が高く、発電が電解質膜近傍に集中しやすい。そのため、これを氷点下で始動させると、電解質膜近傍に相対的に大きな氷の結晶が多量に生成し、触媒層が凍上破壊したと考えられる。
【0073】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明に係る膜電極接合体は、車載動力源、定置型小型発電器などに用いられる燃料電池に使用することができる。
図1
図2
図3
図4
図5