(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-26
(45)【発行日】2024-08-05
(54)【発明の名称】膜電極接合体
(51)【国際特許分類】
H01M 4/86 20060101AFI20240729BHJP
H01M 8/10 20160101ALN20240729BHJP
H01M 8/04225 20160101ALN20240729BHJP
【FI】
H01M4/86 M
H01M4/86 B
H01M8/10 101
H01M8/04225
(21)【出願番号】P 2021057434
(22)【出願日】2021-03-30
【審査請求日】2023-11-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 直樹
(72)【発明者】
【氏名】石井 昌彦
(72)【発明者】
【氏名】児玉 香織
(72)【発明者】
【氏名】長尾 諭
【審査官】守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-198507(JP,A)
【文献】特開2007-026783(JP,A)
【文献】特開2014-216157(JP,A)
【文献】特開2014-042910(JP,A)
【文献】特開2020-140869(JP,A)
【文献】特開2010-040283(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/88
H01M 4/86
H01M 4/96
H01M 8/04
H01M 8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の構成を備えた膜電極接合体。
(1)前記膜電極接合体は、
プロトン伝導性を有する樹脂(A)からなる電解質膜と、
前記電解質膜の一方の面に接合されたカソード触媒層と、
前記電解質膜の他方の面に接合されたアノード触媒層と
を備えている。
(2)前記カソード触媒層は、
導電性担体(B)に触媒粒子(B)が担持された電極触媒(B)と、
プロトン伝導性を有する樹脂(B)と
を含む。
(3)前記膜電極接合体は、触媒層抵抗変化率が0.33/回以下である。
(4)前記カソード触媒層は、単位面積当たりの空隙量が0.15μL/cm
2以上0.75μL/cm
2以下である。
【請求項2】
前記樹脂(B)は、高酸素透過アイオノマを含む請求項1に記載の膜電極接合体。
【請求項3】
前記導電性担体(B)は、タップ密度が0.2g/cm
3以下である請求項1又は2に記載の膜電極接合体。
【請求項4】
前記樹脂(B)は、EWが588g/eq以上830g/eq以下である請求項1から3までのいずれか1項に記載の膜電極接合体。
【請求項5】
前記カソード触媒層は、I/Cの平均値が0.80以上1.8以下である請求項1から4までのいずれか1項に記載の膜電極接合体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膜電極接合体に関し、さらに詳しくは、氷点下環境からの発電(氷点下始動)に対する耐久性に優れた膜電極接合体に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池は、固体高分子電解質膜の両面に電極(触媒層)が接合された膜電極接合体(MEA)を基本単位とする。また、固体高分子形燃料電池において、触媒層の外側には、一般に、ガス拡散層が配置される。ガス拡散層は、触媒層に反応ガス及び電子を供給するためのものであり、カーボンペーパー、カーボンクロス等が用いられる。また、触媒層は、電極反応の反応場となる部分であり、一般に、白金等の電極触媒を担持したカーボンと固体高分子電解質(触媒層アイオノマ)との複合体からなる。さらに、ガス拡散層の外側には、ガス流路を備えたセパレータが配置される。
【0003】
MEAを構成する材料の種類や含有量は、MEAの性能に影響を与える。そのため、MEAの構成材料とMEAの性能との関係に関し、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、触媒層に含まれるプロトン伝導体(フッ素系ポリマー)の質量Aと触媒層に含まれる導電性担体の質量Bとの比A/Bが、所定の範囲に制御された燃料電池が開示されている。
【0004】
同文献には、
(A)セル内に残留した水が凍結すると、氷晶成長に起因する応力によって触媒層が破損することがあり、これを防ぐには触媒層の機械的強度を増大させる必要がある点、
(B)触媒層中のアイオノマとカーボンの質量比(I/C)の増大は触媒層の強度を増大させるが、I/Cを必要以上に増大させると燃料電池の性能が低下するおそれがある点、及び、
(C)触媒層の強度が所定の値以上となるように比A/Bを決定し、かつ、電圧値が所定の値以上となるように比A/Bを決定すると、耐久性及び性能の双方を向上させることが可能となる点、
が記載されている。
【0005】
特許文献2には、
(a)触媒及びイオン伝導性高分子を含むスラリーを拡散層の表面に塗布することにより、拡散層の表面に触媒層を形成し、
(b)スラリーの塗布面(すなわち触媒層)を電解質膜の上に載せ、
(c)電解質膜/触媒層/拡散層の積層体を加圧下で加熱する
燃料電池用電極構造体の製造方法が開示されている。
【0006】
同文献には、
(A)このような方法により、触媒粒子の一部が所定の距離だけ電解質膜内に侵入している燃料電池用電極構造体が得られる点、及び
(B)このようにして得られた電極構造体は、電解質膜と触媒層との界面において組成が連続的に変化しているために、電解膜と触媒層との界面における剥離が発生せず、温度サイクル対する耐久性が向上する点
が記載されている。
【0007】
燃料電池は、氷点下始動を繰り返すと性能が低下することが知られている(特許文献1、2参照)。氷点下始動時の性能低下は、主に電解質膜近傍におけるカソード触媒層の剥離に起因していると考えられている。そのため、氷点下始動耐久性を向上させるためには、電解質膜と触媒層との界面の強度(以下、これを「界面密着強度」ともいう)を向上させることが重要である。
【0008】
この点に関し、特許文献2には、触媒粒子の一部を電解質膜内に侵入させると、温度サイクルに対する耐久性が向上する点が記載されている。しかしながら、凍上現象(氷が生成して成長する現象)で生じるとされる破壊強度は非常に大きく、触媒粒子(及びカーボン担体)の一部を電解質膜内に侵入させることによる界面強度の増大だけでは、耐久性を十分に向上させることはできない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2009-259664号公報
【文献】特開2002-075382号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明が解決しようとする課題は、氷点下始動の繰り返しに対する耐久性に優れた膜電極接合体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために本発明に係る膜電極接合体は、以下の構成を備えている。
(1)前記膜電極接合体は、
プロトン伝導性を有する樹脂(A)からなる電解質膜と、
前記電解質膜の一方の面に接合されたカソード触媒層と、
前記電解質膜の他方の面に接合されたアノード触媒層と
を備えている。
(2)前記カソード触媒層は、
導電性担体(B)に触媒粒子(B)が担持された電極触媒(B)と、
プロトン伝導性を有する樹脂(B)と
を含む。
(3)前記膜電極接合体は、触媒層抵抗変化率が0.33/回以下である。
(4)前記カソード触媒層は、単位面積当たりの空隙量が0.15μL/cm2以上0.75μL/cm2以下である。
【発明の効果】
【0012】
カソード触媒層は、電極触媒(B)と樹脂(B)との複合体からなり、カソード触媒層内には空隙が存在する。この空隙量が相対的に少ないと、カソード触媒層内に氷が生成したときに、カソード触媒層に大きな力が加わり、カソード触媒層の凍上破壊が起こる。
これに対し、カソード触媒層内の空隙量は、主として、導電性担体(B)の構造とカソード触媒層の製造条件に依存する。これらを最適化すると、カソード触媒層内に相対的に多量の空隙を導入することができる。その結果、カソード触媒層内に氷が生成してもカソード触媒層に加わる力が小さくなり、カソード触媒層の凍上破壊が抑制される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1(A)は、空隙量の少ない触媒層の模式図である。
図1(B)は、空隙量の多い触媒層の模式図である。
【
図2】
図2(A)は、触媒層断面の画像である。
図2(B)は、
図2(A)の画像の閾値の階調を、空隙部と見なせる箇所が黒くなるまで上げた画像である。
図2(C)は、
図2(B)の画像の閾値の階調を、カーボン断面と見なせる箇所が黒くなる直前の値まで下げた画像である。
図2(D)は、
図2(C)の画像の空隙部に残った白い箇所を黒く塗りつぶした二値化画像である。
【
図3】空隙量と触媒層抵抗変化率との関係を示す図である。
【
図4】タップ密度と空隙量との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 膜電極接合体]
本発明に係る膜電極接合体は、以下の構成を備えている。
(1)前記膜電極接合体は、
プロトン伝導性を有する樹脂(A)からなる電解質膜と、
前記電解質膜の一方の面に接合されたカソード触媒層と、
前記電解質膜の他方の面に接合されたアノード触媒層と
を備えている。
(2)前記カソード触媒層は、
導電性担体(B)に触媒粒子(B)が担持された電極触媒(B)と、
プロトン伝導性を有する樹脂(B)と
を含む。
(3)前記膜電極接合体は、触媒層抵抗変化率が0.33/回以下である。
(4)前記カソード触媒層は、単位面積当たりの空隙量が0.15μL/cm2以上0.75μL/cm2以下である。
【0015】
[1.1. 電解質膜]
電解質膜は、プロトン伝導性を有する樹脂(A)からなる。樹脂(A)の材料は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な材料を選択することができる。
樹脂(A)としては、例えば、
(a)ナフィオン(登録商標)、フレミオン(登録商標)、アシプレックス(登録商標)、アクイヴィオン(登録商標)などのパーフルオロカーボンスルホン酸ポリマ、
(b)スルホン化ポリエーテルケトン、スルホン化ポリエーテルスルホン、スルホン化ポリエーテルエーテルスルホン、スルホン化ポリスルフィド、スルホン化ポリフェニレンなどの炭化水素系ポリマ、
(c)後述する高酸素透過アイオノマ、
などがある。
【0016】
[1.2. カソード触媒層]
電解質膜の一方の面には、カソード触媒層が接合されている。本発明において、カソード触媒層は、
導電性担体(B)に触媒粒子(B)が担持された電極触媒(B)と、
プロトン伝導性を有する樹脂(B)と
を含む。
【0017】
[1.2.1. 電極触媒(B)]
電極触媒(B)は、導電性担体(B)に触媒粒子(B)が担持されたものからなる。
【0018】
[A. 導電性担体(B)]
[A.1. 材料]
本発明において、導電性担体(B)の材料は、特に限定されない。
導電性担体(B)としては、例えば、
(a)カーボンブラック、カーボンナノチューブ、カーボンナノホーン、活性炭、天然黒鉛、メソカーボンマイクロビーズ、ガラス状炭素粉末などのカーボン担体、
(b)純金属又は合金からなる金属担体、
(c)導電性を有する金属酸化物又は複合金属酸化物からなる酸化物担体、
などがある。
導電性担体(B)の形状も特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な形状を選択することができる。
【0019】
[A.2. タップ密度]
「タップ密度」とは、JIS Z 2512に準拠して測定される値をいう。
導電性担体(B)には、通常、1次粒子径が10nm~300nmであるものが用いられる。これは、導電性担体(B)の表面に触媒粒子(B)を高分散に担持させるためである。カソード触媒層において、通常、これらの微細な1次粒子は単独で存在せず、1次粒子が凝集した2次粒子として存在している。1次粒子の凝集の程度は、カソード触媒層の空隙量に影響を与える。
【0020】
1次粒子の凝集の程度は、タップ密度で表すことができる。一般に、導電性担体(B)のタップ密度が小さくなるほど、カソード触媒層内に多量の空隙を導入することができる。後述する空隙量を確保するためには、導電性担体(B)は、タップ密度が0.2g/cm3以下であるものが好ましい。タップ密度は、好ましくは、0.15g/cm3以下である。
【0021】
但し、タップ密度が小さくなりすぎると、触媒粒子(B)の目付量をある一定値以上にするために必要なカソード触媒層の厚さが厚くなり、カソード触媒層のプロトン抵抗が増大する。従って、タップ密度は、0.03g/cm3以上が好ましい。タップ密度は、好ましくは、0.05g/cm3以上、さらに好ましくは、0.08g/cm3以上である。
【0022】
[B. 触媒粒子(B)]
本発明において、触媒粒子(B)の材料は、特に限定されない。
触媒粒子(B)の材料としては、例えば、
(a)貴金属(Pt、Au、Ag、Pd、Rh、Ir、Ru、Os)、
(b)2種以上の貴金属元素を含む合金、
(c)1種又は2種以上の貴金属元素と、1種又は2種以上の卑金属元素(例えば、Fe、Co、Ni、Cr、V、Tiなど)とを含む合金、
などがある。
【0023】
これらの中でも、触媒粒子(B)は、Pt又はPt合金が好ましい。これは、燃料電池の電極反応に対して高い活性を有するためである。
Pt合金としては、例えば、Pt-Fe合金、Pt-Co合金、Pt-Ni合金、Pt-Pd合金、Pt-Cr合金、Pt-V合金、Pt-Ti合金、Pt-Ru合金、Pt-Ir合金などがある。
【0024】
触媒粒子(B)の粒径は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な粒径を選択することができる。一般に、触媒粒子(B)の粒径が小さすぎると、触媒粒子(B)が溶解しやすくなる。従って、触媒粒子(B)の粒径は、1nm以上が好ましい。
一方、触媒粒子(B)の粒径が大きくなりすぎると、質量活性が低下する。従って、触媒粒子(B)の粒径は、20nm以下が好ましい。触媒粒子(B)の粒径は、好ましくは、10nm以下、さらに好ましくは、5nm以下である。
【0025】
[1.2.2. 触媒層アイオノマ(B)]
カソード触媒層に含まれる触媒層アイオノマ(B)は、プロトン伝導性を有する樹脂(B)からなる。
【0026】
[A. 材料]
本発明において、樹脂(B)の材料は、特に限定されない。樹脂(B)は、パーフルオロカーボンスルホン酸ポリマ、炭化水素系ポリマ、あるいは、高酸素透過アイオノマのいずれであっても良い。カソード触媒層内における酸素移動抵抗を低減するためには、樹脂(B)は、高酸素透過アイオノマを含むものが好ましい。
【0027】
樹脂(B)は、高酸素透過アイオノマのみからなるものでも良い。この場合、触媒粒子(B)への酸素移動が進みやすくなるために触媒反応が起こりやすくなり、高性能化するという利点がある。
あるいは、樹脂(B)は、高酸素透過アイオノマに加えて、他のアイオノマ(例えば、パーフルオロカーボンスルホン酸ポリマ)を含むものでも良い。この場合、触媒層にヒビ割れが生じにくくなり、触媒層の生産性を高めることができるという利点がある。
但し、高酸素透過アイオノマの含有量が少なくなりすぎると、性能が低下する場合がある。従って、樹脂(B)に占める高酸素透過アイオノマの質量割合は、70mass%以上が好ましい。高酸素透過アイオノマの質量割合は、好ましくは、80mass%以上、さらに好ましくは、90mass%以上である。
【0028】
ここで、「高酸素透過アイオノマ」とは、その分子構造内に酸基及び環状構造を含む高分子化合物をいう。高酸素透過アイオノマは、その分子構造内に環状構造を含むために、酸素透過係数が高い。そのため、これをアイオノマとして用いた時に、触媒との界面における酸素移動抵抗が相対的に小さくなる。
換言すれば、「高酸素透過アイオノマ」とは、酸素透過係数がナフィオン(登録商標)に代表されるパーフルオロカーボンスルホン酸ポリマよりも高いアイオノマをいう。
【0029】
一般に、燃料電池の性能は、触媒表面への酸素の拡散が律速となる。これに対し、電極触媒の表面を高酸素透過アイオノマで被覆すると、触媒層の酸素透過性が向上し、燃料電池の性能が向上する。
高酸素透過アイオノマの分子構造は、相対的に小さい酸素移動抵抗を示す限りにおいて、特に限定されない。特に、その分子構造内に環状構造(脂肪族環構造)を含むアイオノマは、環状構造を含まないアイオノマに比べて酸素移動抵抗が小さいので、電極触媒の表面を被覆するアイオノマとして好適である。
【0030】
高酸素透過アイオノマとしては、例えば、
(a)脂肪族環構造を有するパーフルオロカーボンユニットと、パーフルオロスルホン酸を側鎖に持つ酸基ユニットとを含む電解質ポリマー、
(b)脂肪族環構造を有するパーフルオロカーボンユニットと、パーフルオロイミドを側鎖に持つ酸基ユニットとを含む電解質ポリマー、
(c)脂肪族環構造を有するパーフルオロカーボンに直接、パーフルオロスルホン酸が結合したユニットを含む電解質ポリマー、
などがある(参考文献1~4参照)。
[参考文献1]特開2003-036856号公報
[参考文献2]国際公開第2012/088166号
[参考文献3]特開2013-216811号公報
[参考文献4]特開2006-152249号公報
【0031】
[B. EW]
樹脂(B)のEWは、界面密着強度、耐久性(触媒層抵抗変化率)、カソード触媒層のプロトン伝導性及び/又はガス拡散性などに影響を与える。
一般に、樹脂(B)のEWが低すぎると、含水率が高くなり、樹脂(B)が水に溶解しやすくなる。従って、EWは、588g/eq以上が好ましい。
一方、樹脂(B)のEWが高くなりすぎると、カソード触媒層のプロトン伝導度が低下する。従って、EWは、830g/eq以下が好ましい。
【0032】
[C. アイオノマのゲル化]
アイオノマ分子は、一般に、主鎖と、主鎖に結合している側鎖とを備え、側鎖の先端には酸基が結合している。このようなアイオノマ分子を水中に分散させると、外側が主として親水性の側鎖からなり、内側が主として疎水性の主鎖からなる構造(ミセル構造)を形成する。
【0033】
このようなミセル構造を備えたアイオノマをそのまま用いて分散液を作製すると、分散液中にはミセル構造が残存する。ミセル構造を含む分散液は、一般に、低粘度である。このような触媒アイオノマを用いてカソード触媒層を作製すると、相対的に高い界面密着強度は得られない。これは、電解質膜とカソード触媒層との界面において、分子の絡み合いが少ないためと考えられる。
【0034】
一方、ミセル構造を備えたアイオノマを用いて分散液を作製する場合において、アイオノマに対して適切な処理を施すと、分散液中においてアイオノマはミセル構造を取らず、均一に分散した状態(このような状態は、「ゲル化」とも呼ばれている)となる。
【0035】
ゲル化したアイオノマを含む分散液は、一般に、高粘度である。このような触媒層アイオノマを用いてカソード触媒層を作製すると、相対的に高い界面密着強度が得られる。これは、電解質膜とカソード触媒層との界面において、分子の絡み合いが増大するためと考えられる。高い界面密着強度を得るためには、カソード触媒層は、ゲル化した前記樹脂(B)を用いて製造されたものが好ましい。
ゲル化の程度は、貯蔵弾性率で表すことができる。界面密着強度の高い触媒層を得るには、前記樹脂(B)は、1[Hz]の周波数の振動を印加し、歪み量が1[%]のときに、40[Pa]以上140[Pa]以下の貯蔵弾性率を有するものが好ましい。
【0036】
[1.2.3. I/Cの平均値]
カソード触媒層の「I/Cの平均値」とは、カソード触媒層に含まれる導電性担体(B)の総質量に対する樹脂(B)の総質量の比をいう。
カソード触媒層のI/Cの平均値は、界面密着強度、耐久性(触媒層抵抗変化率)、カソード触媒層のプロトン伝導性及び/又はガス拡散性などに影響を与える。
一般に、カソード触媒層のI/Cの平均値が低すぎると、カソード触媒層のプロトン伝導度が低下する。従って、I/Cの平均値は、0.80以上が好ましい。I/Cの平均値は、さらに好ましくは、0.95以上である。
一方、カソード触媒層のI/Cの平均値が高くなりすぎると、カソード触媒層内の空隙量が低下し、カソード触媒層のガス拡散性が低下する。従って、I/Cの平均値は、1.8以下が好ましい。I/Cは、好ましくは、1.5以下である。
【0037】
[1.2.4. 空隙量]
本発明において、「単位面積当たりの空隙量(P)」とは、次の式(1)で表される値をいう。
P(μL/cm2)=S×t/S0 …(1)
但し、
S0は、カソード触媒層の断面を顕微鏡で観察した時の視野の面積、
Sは、視野に含まれる空隙の面積、
tは、カソード触媒層の厚さ。
【0038】
カソード触媒層の単位面積当たりの空隙量(以下、単に「空隙量」ともいう)は、氷点下始動に対する耐久性に影響を与える。空隙量が少なくなりすぎると、カソード触媒層内で氷が生成した時にカソード触媒層に大きな力が加わり、凍上破壊するおそれがある。従って、空隙量は、0.15μL/cm2以上である必要がある。空隙量は、好ましくは、0.20μL/cm2以上、さらに好ましくは、0.25μL/cm2以上である。
一方、空隙量が過剰になると、触媒層のプロトン伝導性が低下する場合がある。従って、空隙量は、0.75μL/cm2以下である必要がある。空隙量は、好ましくは、0.70μL/cm2以下、さらに好ましくは、0.50μL/cm2以下である。
【0039】
なお、空隙量は、導電性担体(B)の微構造だけでなく、カソード触媒層の製造条件にも依存する。例えば、十分な空隙量を有する電極触媒(B)を溶媒に分散させて触媒インクを製造する場合において過剰な分散処理を施すと、分散処理中に電極触媒(B)の微構造が破壊される場合がある。このような触媒インクを用いてカソード触媒層を形成すると、必要な空隙量が得られない場合がある。
従って、カソード触媒層を製造する際には、必要な空隙量が確保できるように、導電性担体(B)の材料及びカソード触媒層の製造条件を選択するのが好ましい。
【0040】
[1.3. アノード触媒層]
電解質膜の他方の面には、アノード触媒層が接合されている。本発明において、アノード触媒層は、
導電性担体(C)に触媒粒子(C)が担持された電極触媒(C)と、
プロトン伝導性を有する樹脂(C)と
を含む。
【0041】
[1.3.1. 電極触媒(C)]
電極触媒(C)は、導電性担体(C)に触媒粒子(C)が担持されたものからなる。本発明において、電極触媒(C)は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適なものを選択することができる。アノード触媒層に含まれる導電性担体(C)は、カソード触媒層に含まれる導電性担体(B)と同一であっても良く、あるいは、異なっていても良い。同様に、アノード触媒層に含まれる触媒粒子(C)は、カソード触媒層に含まれる触媒粒子(B)と同一であっても良く、あるいは、異なっていても良い。
導電性担体(C)及び触媒粒子(C)に関するその他の点については、それぞれ、導電性担体(B)及び触媒粒子(B)と同様であるので、説明を省略する。
【0042】
[1.3.2. 触媒層アイオノマ(C)]
アノード触媒層に含まれる触媒層アイオノマ(C)は、プロトン伝導性を有する樹脂(C)からなる。本発明において、触媒層アイオノマ(C)は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適なものを選択することができる。アノード触媒層に含まれる樹脂(C)は、電解質膜を構成する樹脂(A)又はカソード触媒層に含まれる樹脂(B)と同一であっても良く、あるいは、異なっていても良い。
樹脂(C)に関するその他の点については、樹脂(A)又は樹脂(B)と同様であるので、説明を省略する。
【0043】
[1.3.3. I/Cの平均値]
アノード触媒層の「I/Cの平均値」とは、アノード触媒層に含まれる導電性担体(C)の総質量に対する樹脂(C)の総質量の比をいう。
アノード触媒層のI/Cの平均値は、膜電極接合体の性能に影響を与える。一般に、I/Cの平均値が小さくなりすぎると、アノード触媒層のプロトン伝導性が低下する。従って、I/Cの平均値は、0.95以上が好ましい。
一方、I/Cの平均値が大きくなりすぎると、アノード触媒層の空隙量が低下し、アノード触媒層のガス拡散性が低下する。従って、I/Cの平均値は、1.8以下が好ましい。I/Cの平均値は、好ましくは、1.5以下である。
【0044】
[1.4. 触媒層抵抗変化率]
「触媒層抵抗変化率」とは、次の式(1)で表される値をいう。
触媒層抵抗変化率(/回)=(R-R0)/(n×R0) …(1)
但し、
nは、氷点下始動加速耐久試験のサイクル数、
R0は、氷点下始動加速耐久試験前の触媒層抵抗、
Rは、nサイクルの氷点下始動加速耐久試験後の触媒層抵抗。
【0045】
本発明において、「氷点下始動加速耐久試験」とは、
(a)MEAを含むセルのカソード/アノード両極を82℃、露点40℃で加湿する工程、
(b)加湿後、セルを封止し、-20℃まで冷却する工程、
(c)凍結したセルに無加湿の水素ガス/空気を供給し、0.3A/cm2で1000s発電する工程、及び、
(d)発電終了後、再びセルを封止し、昇温・加湿を行う工程
を1サイクルとし、これを合計nサイクル(本発明においては、n=12)繰り返す試験をいう。
【0046】
カソード触媒層の空隙量、導電性担体(B)のタップ密度、触媒層アイオノマ(B)のEW、カソード触媒層のI/Cの平均値などを最適化すると、触媒層抵抗変化率は、0.33/回以下となる。また、触媒層アイオノマ(B)として高酸素透過アイオノマを用いた場合であっても、カソード触媒層の空隙量を最適化すると、触媒層抵抗変化率は、0.33/回以下となる。これは、カソード触媒層内に適度な空隙を導入することによって、凍結に伴う体積膨張が空隙により緩和されるためと考えられる。
なお、触媒層抵抗変化率を算出する際に用いられる「触媒層抵抗」とは、触媒層インピーダンス測定(80℃、30%RH)を行い、触媒層インピーダンスの実数部から算出される触媒層プロトン抵抗をいう。
【0047】
[3. 作用]
図1(A)に、空隙量の少ない触媒層の模式図を示す。
図1(B)に、空隙量の多い触媒層の模式図を示す。カソード触媒層は、電極触媒(B)と樹脂(B)との複合体からなり、カソード触媒層内には空隙が存在する。この空隙量が相対的に少ないと、
図1(A)に示すように、カソード触媒層内に氷が生成したときに、カソード触媒層に大きな力が加わり、カソード触媒層の凍上破壊が起こる。
これに対し、カソード触媒層内の空隙量は、主として、導電性担体(B)の構造とカソード触媒層の製造条件に依存する。これらを最適化すると、
図1(B)に示すように、カソード触媒層内に相対的に多量の空隙を導入することができる。その結果、カソード触媒層内に氷が生成してもカソード触媒層に加わる力が小さくなり、カソード触媒層の凍上破壊が抑制される。
【実施例】
【0048】
(実施例1~7、比較例1~2)
[1. 試料の作製]
[1.1. カソード触媒層の作製]
電極触媒には、カーボン担体の異なる6種類のPt/Cを用いた。表1に、使用したカーボン担体の仕様を示す。
また、アイオノマには、EWが650g/eqである高酸素透過アイオノマを用いた。
【0049】
【0050】
Pt/C:1gに水を添加し、スパーテルで攪拌した。これにアイオノマ溶液を添加し、超音波ホモジナイザーで5分間の分散処理を行った。この分散液にさらにエタノールを添加し、超音波ホモジナイザーで5~15分間の分散処理を行った。
その後、3分間の遠心脱泡処理を行い、触媒インクを得た。得られた触媒インクをPt目付が0.2mg/cm2となるように、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)シート上にアプリケータで塗工し、乾燥して触媒層を得た。
【0051】
[1.2. 燃料電池の作製]
電解質膜の一方の面に上記のカソード触媒層を転写し、他方の面にアノード触媒層を転写した。電極面積は、1cm2とした。
アノード触媒層には、Pt/C(Pt担持量:30mass%)と、ナフィオン(登録商標)との複合体を用いた。アノード触媒層のI/Cは、いずれも、1.0とした。Pt目付量は、いずれも、0.1mg/cm2とした。
【0052】
[2. 試験方法]
[2.1. 空隙率]
各触媒層に対してArイオンビームを用いた断面加工を行い、SEM観察を行った。観察は、加速電圧:2kV、ワーキングディスタンス:約3mmの条件で行い、3~5視野について30000~50000倍の倍率で画像を取得した。
取得された画像をImage Jを用いて二値化した。まず、取得された画像を256階調のモノクロ画像に変換し、Image Jの明るさ/コントラストの自動調整(Auto)機能を用いて、これらを自動調整した。次いで、Plugin機能として追加したNon-local Means Denoisingという機能を用いて、画像のノイズ除去を行った。これらの画像処理を行った画像に対して、二値化を行った。
【0053】
図2(A)に、触媒層断面の画像を示す。
図2(B)に、
図2(A)の画像の閾値の階調を、空隙部と見なせる箇所が黒くなるまで上げた画像を示す。
図2(C)に、
図2(B)の画像の閾値の階調を、カーボン断面と見なせる箇所が黒くなる直前の値まで下げた画像を示す。
図2(D)に、
図2(C)の画像の空隙部に残った白い箇所を黒く塗りつぶした二値化画像を示す。
【0054】
二値化のための閾値を、Image Jのthreshold機能を用いて、次のようにして決めた。すなわち、
図2(A)に示す画像に対して、空隙部と見なせる箇所が黒くなるまで閾値の階調を上げていくと、
図2(B)に示すように、カーボン断面と見なせる箇所の一部も黒くなった。そこで、このカーボン断面と見なせる箇所が黒くなる直前の階調を閾値とした(
図2(C))。その後、空隙部に残った白い箇所を、Image JのPaintbrush toolを用いて黒く塗りつぶした。その結果、得られた画像(
図2(D))を二値化像とした。
【0055】
得られた二値化像から、空隙部の面積割合(視野面積(S0)に対する空隙面積(S)の比)を算出した。また、触媒層断面のSEM像から、触媒層の厚み(t)を計測した。さらに、式(1)を用いて、空隙量を算出した。
【0056】
[2.2. 氷点下始動加速耐久試験]
燃料電池のカソード/アノード両極を82℃、露点40℃で加湿した。小型セルを封止した後、-20℃まで冷却した。その後、燃料電池に無加湿の水素ガス/空気を送りながら、0.3A/cm2で1000s発電した。発電終了後、再び燃料電池を封止し、昇温・加湿を行った。ここまでのサイクルを1サイクルとして、合計12サイクル繰り返した。発電性能は、耐久試験前、及び12サイクル目において測定した。80℃、30%RHで触媒層インピーダンスを測定し、その触媒層インピーダンスの実数部から触媒層抵抗変化率(耐久1サイクル当たりの触媒層抵抗の変化の割合)を算出した。
【0057】
[3. 結果]
表2に、結果を示す。なお、表2には、カソード触媒層の仕様も合わせて示した。
図3に、空隙量と触媒層抵抗変化率との関係を示す。
図4に、タップ密度と空隙量との関係を示す。表2及び
図3~4より、以下のことが分かる。
【0058】
(1)空隙量が多いほど、氷点下始動性に対する耐久性が高くなることが分かった。また、触媒層抵抗変化率を0.33(/回)以下にするためには、空隙量を0.15μL/cm2以上にする必要があることがわかった。
(2)タップ密度と空隙量との間には相関が認められ、タップ密度の低いカーボン担体を用いるほど、空隙量が多くなることが分かった。
(3)比較例2は、実施例6に比べて、空隙量が少なく、かつ、触媒層抵抗変化率も大きくなった。これは、比較例2の総分散時間が長すぎるために、分散中にカーボンFの凝集構造が壊れ、さらにカーボン粒子が破砕したためと考えられる。
【0059】
【0060】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明に係る膜電極接合体は、車載動力源、定置型小型発電器などに用いられる燃料電池に使用することができる。