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特許7527819フェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法ならびに基板
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-26
(45)【発行日】2024-08-05
(54)【発明の名称】フェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法ならびに基板
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240729BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20240729BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20240729BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/54
C21D9/46 R
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020050933
(22)【出願日】2020-03-23
(65)【公開番号】P2021147683
(43)【公開日】2021-09-27
【審査請求日】2023-01-11
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】松本 三月
(72)【発明者】
【氏名】秦野 正治
【審査官】河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-172027(JP,A)
【文献】特開2014-118620(JP,A)
【文献】特開2014-218727(JP,A)
【文献】特開2005-126751(JP,A)
【文献】特開平07-048680(JP,A)
【文献】特開平11-209826(JP,A)
【文献】特開平08-225852(JP,A)
【文献】特開昭61-133325(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に不働態皮膜を有するフェライト系ステンレス鋼板であって、
化学組成が、質量%で、
C:0.01~0.10%、
Si:0.10~1.0%、
Mn:0.10~1.0%、
P:0.035%以下、
S:0.007%以下、
Ni:0.05~0.5%、
Cr:15.0~18.0%、
Al:0.0230.175%、
N:0.005~0.05%、
Mo:0.01~0.5%、
Cu:0.01~0.5%、
V:0~0.15%、
Sn:0~0.05%、
Ca:0~0.003%、
B:0~0.002%、
残部:Feおよび不純物であり、
下記(i)式を満足する、太陽電池基板用フェライト系ステンレス鋼板。
Al/N>1.5 ・・・(i)
但し、上記式中の各元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表し、含有されない場合はゼロとする。
【請求項2】
前記化学組成が、質量%で、
V:0.01~0.15%、
Sn:0.005~0.05%、
Ca:0.0005~0.003%、および
B:0.0002~0.002%、
から選択される一種以上を含有する、請求項1に記載の太陽電池基板用フェライト系ステ
ンレス鋼板。
【請求項3】
板厚が0.10~0.60mmである、請求項1または2に記載の太陽電池基板用フェライト系ステンレス鋼板。
【請求項4】
前記不働態皮膜は、原子%で、
Alを、10%以上含有し、かつ
SiOを、35%以上含有する、請求項1~3のいずれか1項に記載の太陽電池基板
用フェライト系ステンレス鋼板。
【請求項5】
フェライト系ステンレス鋼板の製造方法であって、
(a)請求項1または2に記載の化学組成を有する冷延鋼板に、露点-30℃以下で、
700~1100℃の温度域で、30s以上焼鈍し、焼鈍材とする工程と、
(b)前記焼鈍材を、硝酸濃度が5~30%である水溶液中で、電解酸洗する工程と、
(c)電解酸洗された前記焼鈍材を、硝酸濃度が5~30%である水溶液に、浸漬する工程と、を有する、請求項4に記載の太陽電池基板用フェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【請求項6】
請求項1~4のいずれか1項に記載のフェライト系ステンレス鋼板と、前記鋼板の表面に形成される絶縁層とを有する、太陽電池基板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法ならびに基板に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、再生可能エネルギーとして、太陽光発電が注目されている。太陽光発電では、基板上に、電極と光吸収層とを設けることで、電気を発電する。基板には、主として、絶縁性材料であるガラス基板が用いられてきたが、強度、軽量性、および量産性の観点からは、好ましい材料とは言えない。そこで、特許文献1に記載されているように、上記特性に優れたステンレス鋼を基板に用いることが期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2013-208639号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、ステンレス鋼は、金属材料であるため、導電性を有する。その一方、基板と、電池との間は絶縁されていることが好ましい。このため、ステンレス鋼を基板に用いる場合には、通常、ガラスまたは低融点ガラスからなる絶縁層を形成させる処理が行われる。基板上の絶縁層に欠陥または剥離が生じていると、電池の発電効率が低下する。そして、この傾向は、電池としての使用時間が増加するにつれ、顕著になる。このため、電池の基板に用いられるステンレス鋼には、絶縁層が劣化しにくい耐絶縁層劣化性が要求される。
【0005】
また、太陽電池では、絶縁層を形成させた基板の直上に電極と、光を電気に変換する光吸収層とを積層させていく。光吸収層を成膜する際に、高温で加熱した後、冷却を行う必要がある。この際、例えば、基板と、絶縁層との間の熱膨張率が異なると、加熱および冷却に起因し、基板と絶縁層とが、熱膨張および熱収縮する。この結果、絶縁層が基板から剥離する場合がある。したがって、基板に用いられるステンレス鋼には、上記剥離を抑制しうる良好な絶縁層密着性も求められる。
【0006】
このため、基板には、特許文献1に開示されているように、熱膨張率が比較的小さいフェライト系ステンレス鋼が使用されている。しかしながら、特許文献1に開示されたフェライト系ステンレス鋼は、耐絶縁層劣化性、および絶縁層密着性、すなわち熱膨張率の点でさらなる特性の改善が望まれる。
【0007】
本発明は、上記課題を解決し、良好な耐絶縁層劣化性と熱膨張率とを有する太陽電池基板用フェライト系ステンレス鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決するためになされたものであり、下記のフェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法、ならびに基板を要旨とする。
【0009】
(1)表面に不働態皮膜を有するフェライト系ステンレス鋼板であって、
化学組成が、質量%で、
C:0.01~0.10%、
Si:0.10~1.0%、
Mn:0.10~1.0%、
P:0.035%以下、
S:0.007%以下、
Ni:0.5%以下、
Cr:15.0~18.0%、
Al:0.010~0.20%、
N:0.005~0.05%、
Mo:0.5%以下、
Cu:0.5%以下、
V:0~0.15%、
Sn:0~0.05%、
Ca:0~0.003%、
B:0~0.002%、
残部:Feおよび不純物であり、
下記(i)式を満足する、太陽電池基板用フェライト系ステンレス鋼板。
Al/N>1.5 ・・・(i)
但し、上記式中の各元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表し、含有されない場合はゼロとする。
【0010】
(2)前記化学組成が、質量%で、
V:0.01~0.15%、
Sn:0.005~0.05%、
Ca:0.0005~0.003%、および
B:0.0002~0.002%、
から選択される一種以上を含有する、上記(1)に記載の太陽電池基板用フェライト系ステンレス鋼板。
【0011】
(3)板厚が0.10~0.60mmである、上記(1)または(2)に記載の太陽電池基板用フェライト系ステンレス鋼板。
【0012】
(4)前記不働態皮膜は、原子%で、
Alを、10%以上含有し、かつ
SiOを、35%以上含有する、上記(1)~(3)のいずれか1項に記載の太陽電池基板用フェライト系ステンレス鋼板。
【0013】
(5)フェライト系ステンレス鋼板の製造方法であって、
(a)上記(1)または(2)に記載の化学組成を有する冷延鋼板に、露点-30℃以下で、700~1100℃の温度域で、30s以上焼鈍し、焼鈍材とする工程と、
(b)前記焼鈍材を、硝酸濃度が5~30%である水溶液中で、電解酸洗する工程と、
(c)電解酸洗された前記焼鈍材を、硝酸濃度が5~30%である水溶液に、浸漬する工程と、を有する、上記(4)に記載の太陽電池基板用フェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【0014】
(6)上記(1)~(4)のいずれか1項に記載のフェライト系ステンレス鋼板と、前記鋼板の表面に形成される絶縁層とを有する、太陽電池基板。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、良好な耐絶縁層劣化性と熱膨張率とを有する太陽電池基板用フェライト系ステンレス鋼板を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者らは、良好な特性を有する太陽電池用フェライト系ステンレス鋼基板を得るために、種々の検討を行った。その結果、以下の(a)~(c)の知見を得た。
【0017】
(a)良好な耐絶縁層劣化性を得るためには、フェライト系ステンレス鋼の表面に一定量のAlと、SiOとを形成させるのが望ましい。Alと、SiOとを形成させることで、耐絶縁層劣化性が良好になる理由は定かではない。しかし、これらの酸化物は、アモルファス構造をとることから、絶縁層と反応し、かつこれらの酸化物が複合的に作用することで、絶縁層との界面においてミクロな欠陥を低減できたためと考えられる。
【0018】
(b)基板と、絶縁層との間において、熱膨張率の差が大きい場合、絶縁層が基板から剥離しやすくなる。Alは、フェライト系ステンレス鋼の熱膨張係数を高めて、絶縁層との熱膨張係数差を大きくする元素である。このため、Al含有量は所定量に制限しながらも、上述したようなAlによる耐絶縁層劣化性の効果を発現させるのが望ましい。そこで、基板の熱膨張率を絶縁層に適した熱膨張率を制御し、絶縁層密着性の低下が生じにくくするのが好ましい。
【0019】
(c)Alを十分に形成させるためには、Alと化合物を形成するNの含有量についても、所定量に制限するのが望ましい。これは、Nが、Alと結合することで、Alの形成に寄与するAlの量が減少し、結果的に、Alの形成量が減少するからである。
【0020】
本発明は、上記知見に基づいてなされたものである。本発明に係るフェライト系ステンレス鋼板は、表面に不働態皮膜を有する。以下、本発明の各要件について、詳しく説明する。
【0021】
1.化学組成
各元素の限定理由は下記のとおりである。なお、以下の説明において含有量についての「%」は、「質量%」を意味する。
【0022】
C:0.01~0.10%
Cは、強度および剛性を担保する元素である。このため、C含有量は、0.01%以上とする。しかしながら、Cを過剰に含有させると、耐食性が低下する。また、絶縁層密着性が低下する。このため、C含有量は、0.10%以下とする。C含有量は、0.08%以下とするのが好ましい。
【0023】
Si:0.10~1.0%
Siは、脱酸効果を有する元素である。また、SiOの形成に必要な元素であるとともに、耐絶縁層劣化性の向上にも有効である。このため、Si含有量は、0.10%以上とする。Si含有量は、0.20%以上とするのが好ましい。しかしながら、Siの過剰な含有は、鋼の靭性および加工性の低下を招く。また、耐絶縁層劣化性を低下させる場合がある。このため、Si含有量は、1.0%以下とする。Si含有量は、0.7%以下とするのが好ましい。
【0024】
Mn:0.10~1.0%
Mnは、強度、および剛性を高める効果を有する。このため、Mn含有量は、0.10%以上とする。Mn含有量は、0.30%以上とするのが好ましい。しかしながら、Mnを過剰に含有させると、耐食性または耐酸化性の低下が生じる。また、基板の熱膨張率が過度に上昇し、絶縁層密着性が低下する。このため、Mn含有量は、1.0%以下とする。Mn含有量は、0.7%以下とするのが好ましい。
【0025】
P:0.035%以下
Pは、製造性または溶接性を阻害する元素であるため、その含有量は少ないほど良い。また、良好な不働態皮膜の形成を阻害し、耐絶縁層劣化性および絶縁層密着性が低下する。このため、P含有量は、0.035%以下とする。しかしながら、Pを過剰に低減させると、製造コストが増加するため、P含有量は、0.015%以上とするのが好ましい。
【0026】
S:0.007%以下
Sは、強度等の機械的特性を低下させ、良好な不働態皮膜の形成を阻害し、耐絶縁層劣化性を低下させる。このため、S含有量は、0.007%以下とする。しかしながら、S含有量の過剰な低減は、製造コストの増加を招く。このため、S含有量は、0.0003%以上とするのが好ましい。
【0027】
Ni:0.5%以下
Niは、強度を向上させる効果を有するが、高価な元素であるため、過剰に含有させると、製造コストが増加する。このため、Ni含有量は、0.5%以下とする。一方、上記効果を得るためには、Ni含有量は0.05%以上とするのが好ましい。
【0028】
Cr:15.0~18.0%
Crは、耐食性を向上させる効果を有する。このため、Cr含有量は、15.0%以上とする。しかしながら、Crを過剰に含有させると、不働態皮膜中で、Cr酸化物の量が多くなり、耐絶縁層劣化性が低下する。このため、Cr含有量は、18.0%以下とする。Cr含有量は、17.0%以下とするのがより好ましい。
【0029】
Al:0.010~0.20%
Alは、Alの形成に必要な元素であり、耐絶縁層劣化性を向上させる効果を有する。このため、Al含有量は、0.010%以上とする。Al含有量は、0.050%以上とするのが好ましい。しかしながら、Alを過剰に含有させると、熱膨張率が過剰に増加し、基板と絶縁層とが剥離しやすくなることから、絶縁層密着性が低下する。また、耐絶縁層劣化性が低下する場合がある。このため、Al含有量は0.20%以下とする。Al含有量は、0.15%以下とするのが好ましい。
【0030】
N:0.005~0.05%
Nは、Cと同様、強度を向上させる効果を有する。このため、N含有量は、0.005%以上とする。しかしながら、Nを過剰に含有させると、耐食性を低下させる。また、Alと結合し、窒化物を形成することで、Alの形成を阻害する。この結果、耐絶縁層劣化性を低下させる。このため、N含有量は、0.05%以下とする。N含有量は、0.04%以下とするのが好ましい。
【0031】
Mo:0.5%以下
Moは、耐食性を向上させる効果を有するが、過剰に含有させると、合金コストが増加するとともに、基板の熱膨張率が変化し、調整が難しくなる。このため、Mo含有量は、0.5%以下とする。一方、上記効果を得るためには、Mo含有量は、0.03%以上とするのが好ましい。
【0032】
Cu:0.5%以下
Cuも、Moと同様、耐食性を向上させる効果を有するが、過剰に含有させると、合金コストが増加するとともに、基板の熱膨張率が増加する。この結果、絶縁層密着性が低下する。このため、Cu含有量は、0.5%以下とする。一方、上記効果を得るためには、Cu含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
【0033】
V:0~0.15%
Vは、耐食性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて、含有させてもよい。しかしながら、Vを過剰に含有させると、合金コストが増加することに加え、熱膨張率が上昇する。このため、V含有量は、0.15%以下とする。一方、上記効果を得るためには、V含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
【0034】
Sn:0~0.05%
Snは、Feの酸化を抑制し、AlおよびSiOが、絶縁層と基板との界面に形成しやすくさせる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Snを過剰に含有させると、製造コストをさせる、または製造性が低下する。このため、Sn含有量は、0.05%以下とする。一方、上記効果を得るためには、Sn含有量は、0.005%以上とするのが好ましい。
【0035】
Ca:0~0.003%
Caは、熱間加工性および二次加工性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて、含有させてもよい。しかしながら、Caを過剰に含有させると、伸びの低下をもたらす。このため、Ca含有量は、0.003%以下とする。一方、上記効果を得るためには、Ca含有量は、0.0005%以上とするのが好ましい。
【0036】
B:0~0.002%
Bは、熱間加工性および二次加工性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて、含有させてもよい。しかしながら、Bを過剰に含有させると、伸びの低下をもたらす。このため、B含有量は、0.002%以下とする。一方、上記効果を得るためには、B含有量は、0.0002%以上とするのが好ましい。
【0037】
本発明の化学組成において、残部はFeおよび不純物である。ここで、不純物とは、鋼を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0038】
2.Al/N
本発明に係るフェライト系ステンレス鋼板は、上記化学組成に加え、Al含有量とN含有量との比である、Al/Nの値を制御する。すなわち、Al/Nが、下記(i)式を満足するのが好ましい。
【0039】
Al/N>1.5 ・・・(i)
但し、上記式中の各元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表し、含有されない場合はゼロとする。
【0040】
(i)式左辺値であるAl/Nが、1.5以下であると、本来、Alの形成に寄与するAlがNとの間で化合物を形成し、十分な量のAlを確保することが難しくなる。この結果、耐絶縁層劣化性が低下する。このため、Al/Nは、1.5超とする。Al/Nは、2.0以上とするのが好ましく、3.0以上とするのがより好ましい。なお、Al/Nの上限値は、特に規定しないが、通常、15以下となる。
【0041】
3.用途
本発明に係るフェライト系ステンレス鋼板は、太陽電池基板に好適に用いられる。
【0042】
4.板厚
本発明に係るフェライト系ステンレス鋼板では、板厚を0.10~0.60mmの範囲とするのが好ましい。板厚が0.10mm未満であると、太陽電池基板としての十分な強度および剛性を確保することができない。このため、板厚は、0.10mm以上とするのが好ましく、0.15mm以上であるのがより好ましい。しかしながら、板厚が0.60mmを超えると、基板の軽量化が困難になる。このため、板厚は0.60mm以下とするのが好ましい。
【0043】
5.不働態皮膜
本発明に係るフェライト系ステンレス鋼板は、不働態皮膜を有する。この不働態皮膜は、原子%で、Alを、10%以上含有し、かつSiOを、35%以上含有するのが好ましい。この二つの酸化物を複合的に含有させることで、耐絶縁層劣化性を向上させることができるからである。
【0044】
この理由は、定かではないが、通常、想定される絶縁層は、SiO、CaO、B、SrO、BaO、Al、ZnO、MgO、NaO,KOといったガラスまたは低融点ガラスである。そして、不働態皮膜中のAlおよびSiOは、結晶構造が定まっていないアモルファス構造を取りやすい。準安定構造のアモルファスは上記絶縁層を形成する化合物と反応しやすく、絶縁層と不働態皮膜との界面において、ミクロの欠陥を低減することができると考えられる。
【0045】
不働態皮膜中のAl含有量が、原子%で、10%未満であると、良好な耐絶縁層劣化性を得ることができない。このため、不働態皮膜は、原子%で、Alを、10%以上含有するのが好ましく、15%以上含有するのよりが好ましい。一方、不働態皮膜がAlを過剰に含有すると、却って絶縁層を成膜しにくくなる。このため、不働態皮膜は、原子%で、Alを50%以下含有するのが好ましい。
【0046】
また、不働態皮膜中のSiO含有量が、原子%で、35%未満であると、良好な耐絶縁層劣化性を得ることができない。このため、不働態皮膜は、原子%で、SiOを、35%以上含有するのが好ましく、40%以上含有するのが好ましい。一方、不働態皮膜が、SiOを過剰に含有すると、却って絶縁層を成膜しにくくなる。このため、不働態皮膜は、原子%で、SiOを60%以下含有するのが好ましい。
【0047】
なお、不働態皮膜中のAlおよびSiOの含有量については、以下の手順で測定すればよい。具体的には、X線光電子分光分析(以下、XPS)において、Al 2sおよびSi2s、Fe2p3/2,Cr2p3/2,Mn2p3/2の光電子スペクトルを取得し、各成分の積分強度ならびに光イオン化断面積を考慮した濃度定量(at%)を行う。さらに、AlとSiについては、AlおよびSiOのケミカルシフトに対応するスペクトルをピーク分離して存在比率を解析し、AlまたはSi濃度に、AlまたはSiOの存在比率を乗じてAlまたはSiOの含有量(%)とする。
【0048】
なお、XPSには、走査型X線光電子分光分析器μ-ESCA Quantum2000を用い、線源はAl monoを用いる。その他、光電子取出角度(TOA)は30°とする。
【0049】
6.製造方法
不働態皮膜にAlを10%以上、かつSiOを35%以上含有させる場合には、以下に記載の製造方法により安定して製造することができる。具体的には、
(a)上述した化学組成を有する冷延鋼板に、露点-30℃以下で、700~1100℃の温度域で、30s以上焼鈍し、焼鈍材とする工程と、
(b)焼鈍材を、硝酸濃度が5~30%である水溶液中で、電解酸洗する工程と、
(c)電解酸洗された焼鈍材を、硝酸濃度が5~30%である水溶液に、浸漬する工程と、を有するのが好ましい。
【0050】
以下、製造方法について、具体的に説明する。
【0051】
6-1.鋳造および熱間圧延
上記化学組成を有する鋼を常法により溶製、鋳造し、熱間圧延に供する鋼片を得るのが好ましい。続いて、常法により、熱間圧延を行うのが好ましい。熱間圧延の条件は、特に、限定しないが、通常、鋼片の加熱温度は1050~1250℃とし、熱間圧延は、100~250mm厚の鋼片から3~6mm厚まで圧延し、熱間圧延板とするのが好ましい。
【0052】
なお、熱間圧延後は、必要に応じて、酸洗、焼鈍を施してもよい。続いて、冷間圧延を行うのが好ましい。冷間圧延は、3~6mm厚の熱間圧延焼鈍酸洗板を0.10~0.60mm厚まで圧延し、冷延鋼板とするのが好ましい。
【0053】
6-2.焼鈍
冷間圧延の後、冷延鋼板に、バッチ炉において、露点-30℃以下、700~1100℃の温度域で、30s以上焼鈍し、焼鈍材とするのが好ましい。露点が-30℃超であると、不働態皮膜中にAlとSiOとが、十分に形成しない。このため、露点は、-30℃以下とするのが好ましい。
【0054】
また、焼鈍温度が700℃未満であると、鋼の軟質化と再結晶とが不十分となり、所定の材料特性が得られない場合がある。このため、焼鈍温度は、700℃以上とするのが好ましい。一方、焼鈍温度が1100℃を超えると、加熱に必要になるエネルギーが増大し、製造コストが増加する。また、結晶粒が粗大になり、鋼の靭性および延性が劣化するおそれがある。このため、焼鈍温度は、1100℃以下とするのが好ましい。
【0055】
また、焼鈍時間が30s未満であっても、十分鋼の軟質化および再結晶が生じない。このため、焼鈍時間は、30s以上とするのが好ましい。焼鈍の後、鋼板の金属組織がフェライト相になるように冷却するのが好ましい。
【0056】
6-3.電解酸洗および硝酸浸漬
続いて、上記焼鈍材を硝酸濃度が5~30%である水溶液(以下、「電解液」と記載する。)中で、電解酸洗するのが好ましい。ここで、電解液の硝酸濃度が5%未満であると、酸洗の効果を得にくくなる。
【0057】
このため、電解液の硝酸濃度は、5%以上とするのが好ましい。しかしながら、電解液の硝酸濃度が30%超であると、不働態皮膜にCrが濃化する。この結果、不働態皮膜中に、Crが多く形成し、所望する不働態皮膜の組成を得ることができない。このため、電解液の硝酸濃度は、30%以下とするのが好ましい。
【0058】
また、電解酸洗を行う際の条件は、電解液の液温を10~50℃の範囲とするのが好ましい。また、電流密度は、5~100mA/cmの範囲とするのが好ましい。酸洗時間は、5~30sの範囲とするのが好ましい。
【0059】
続いて、上述した電解酸洗された焼鈍材を、硝酸濃度が5~30%である水溶液(以下、単に「硝酸水溶液」と記載する。)に、5~30秒浸漬するのが好ましい。なお、この際の硝酸水溶液の液温は、10~50℃の範囲であるのが好ましい。焼鈍材を硝酸水溶液に浸漬する理由は、AlとSiとが表面に濃化しやすくなり、その後、不働態皮膜においてAlおよびSiOの形成量を確保することができるからである。
【0060】
以上により、フェライト系ステンレス鋼板を得ることができる。続いて、得られたフェライト系ステンレス鋼板に成膜等を行い、太陽電池とするのが好ましい。上記フェライト系ステンレス鋼板絶縁層は、適宜選択すればよいが、SiO、CaO、B、SrO、BaO、Al、ZnO、ZrO、MgO、NaO、KOの少なくとも一つを成分とするガラスまたは低融点ガラスであることが好ましい。成膜方法は、例えば、スパッタ法、プラズマCVD法、スピンコーター、ディップコーター、スクリーン印刷法等を用いればよい。
【0061】
絶縁層を成膜したフェライト系ステンレス鋼板に、電極、光吸収層を設けることで、太陽電池とすることができる。なお、光吸収層を成膜方法も、常法に従えばよい。成膜方法として、例えば、蒸着法、PVD、CVD等を用いればよい。
【0062】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例
【0063】
表1に記載の化学組成を有する鋼を溶製し、鋼片を鋳造した。続いて、得られた鋼片を1100~1200℃で加熱して熱間圧延を行い、板厚4mm厚の熱間圧延板とした。熱間圧延後、焼鈍と、酸洗と、冷間圧延を行い、その後、板厚0.10~0.60mmの冷延鋼板を得た。
【0064】
【表1】
【0065】
続いて、露点が-30~-70℃で、800~900℃の温度域で、30~60sで焼鈍し、その後、金属組織をフェライト相とした焼鈍材を得た。続いて、焼鈍材を、液温が15~25℃で、硝酸濃度が7%の電解液で電解酸洗した。その後、同じ濃度の硝酸水溶液に15秒浸漬した。
【0066】
電解酸洗後の鋼板について、不働態皮膜中のAlおよびSiOの含有量を測定した。また、耐絶縁層劣化性と熱膨張率とを評価した。以下、具体的な測定方法を示す。
【0067】
(不働態皮膜の組成)
不働態皮膜の組成は、X線回折により測定した。具体的には、X線光電子分光分析(以下、XPS)において、Al 2sおよびSi2s、Fe2p3/2,Cr2p3/2,Mn2p3/2の光電子スペクトルを取得し、各成分の積分強度ならびに光イオン化断面積を考慮した濃度定量(at%)を行った。さらに、AlとSiについては、AlおよびSiOのケミカルシフトに対応するスペクトルをピーク分離して存在比率を解析し、AlまたはSi濃度にAlまたはSiOの存在比率を乗じてAlまたはSiOの含有量(%)とした。
【0068】
XPSには、走査型X線光電子分光分析器μ-ESCA Quantum2000を用い、線源はAl monoを用いた。その他、光電子取出角度(TOA)は30°とした。
【0069】
(耐絶縁層劣化性)
得られたフェライト系ステンレス鋼板に絶縁層を形成させた後、絶縁性を調べることで、耐絶縁層劣化性を評価した。SiO-B-CaOを主要組成とするガラスペーストを塗布し、120℃、1hで乾燥させ、800℃、15分で焼成し、厚さ約20μm厚の絶縁層を形成させた。その上に10mm×10mm×0.2μm厚のAl電極を蒸着して、テスターの測定子を任意の位置に置いて電気抵抗を10箇所測定した。
【0070】
測定値が、1kΩを超える場合に耐絶縁層劣化性が好ましいと評価し、△と記載した。測定値が、10kΩ以上である場合は、耐絶縁層劣化性がさらに好ましいと評価し、〇と記載した。一方、測定値が1kΩ以下である場合は、耐絶縁層劣化性が不良であると評価し、×と記載した。
【0071】
(熱膨張率)
熱膨張率は、線膨張係数により評価した。線膨張係数は、1mm厚×10mm幅×50mm長さの試験片を作成し、押棒式熱膨張測定により算出した。測定の際の雰囲気は、Ar雰囲気とし、スプリング圧縮荷重を50g以下とした。そして、太陽電池の製造プロセスを想定して、20℃から600℃まで温度を上げたときの熱膨張を測定することで、線膨張係数を算出した。なお、目標とする特性値は、600℃の線膨張係数が12.3×10-6[1/K]以下とした。このため、表2では、線膨張係数が12.3×10-6[1/K]以下の場合を〇と記載し、それ以外を×と記載した。結果をまとめて、表2に示す。
【0072】
【表2】
【0073】
本発明の規定を満足するNo.1~16は、良好な耐絶縁層劣化性および熱膨張率を示した。一方、本発明の規定を満足しないNo.17~22は、耐絶縁層劣化性および熱膨張率のうち少なくとも一方が低下した。