(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-26
(45)【発行日】2024-08-05
(54)【発明の名称】グリース封入軸受
(51)【国際特許分類】
F16C 33/66 20060101AFI20240729BHJP
C10M 101/02 20060101ALI20240729BHJP
C10M 115/10 20060101ALI20240729BHJP
C10M 169/02 20060101ALI20240729BHJP
C10N 10/04 20060101ALN20240729BHJP
C10N 50/10 20060101ALN20240729BHJP
【FI】
F16C33/66 Z
C10M101/02
C10M115/10
C10M169/02
C10N10:04
C10N50:10
(21)【出願番号】P 2020155899
(22)【出願日】2020-09-16
【審査請求日】2023-03-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100174090
【氏名又は名称】和気 光
(74)【代理人】
【識別番号】100100251
【氏名又は名称】和気 操
(74)【代理人】
【識別番号】100205383
【氏名又は名称】寺本 諭史
(72)【発明者】
【氏名】渡部 航大
【審査官】藤村 聖子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/141222(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/077090(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 33/66
C10M 101/00-177/00
C10N 50/10
C10N 10/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
軌道輪である内輪および外輪と、該内輪および外輪間に介在する複数の転動体と、該転動体の周囲に封入されたグリース組成物とを備えてなるグリース封入軸受であって、
該軸受は、加減速を伴って軸受回転方向が変化して揺動する軸受であり、
前記グリース組成物は、基油と増ちょう剤とを含み、混和ちょう度が310以上であり、
前記増ちょう剤は、カルシウムスルホネート複合石鹸
のみであることを特徴とするグリース封入軸受。
【請求項2】
前記グリース封入軸受は、前記軌道輪における最大接触面圧が2000MPa以上の高荷重条件、かつ、臨界揺動角未満の条件で使用されることを特徴とする請求項1記載のグリース封入軸受。
【請求項3】
前記混和ちょう度が、310~340であることを特徴とする請求項1または請求項2記載のグリース封入軸受。
【請求項4】
前記基油が、鉱油または合成炭化水素油であることを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれか1項記載のグリース封入軸受。
【請求項5】
前記グリース封入軸受が、アンギュラ玉軸受であることを特徴とする請求項1から請求項4までのいずれか1項記載のグリース封入軸受。
【請求項6】
前記グリース封入軸受が、ロボット関節用軸受であることを特徴とする請求項1から請求項5までのいずれか1項記載のグリース封入軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グリース組成物(以下、単に「グリース」ともいう)が封入されたグリース封入軸受に関し、特に、ロボット関節などの産業用機械に用いられるグリース封入軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車などの工業製品の製造ラインには、組み立て、溶接、塗装などのさまざまな産業用ロボットが用いられている。生産性の向上を目的としたタクトタイムの短縮のため、ロボットの運動速度が高められる傾向にある。ロボットの作動は連続回転ではなく、断続的な作動である。この作動速度を速めることは、ロボットアームの関節部などの回転部位に用いられる転がり軸受(以下、ロボット関節用軸受という)にとっては、単位時間当りの停止-起動-運転-停止動作の切換えの回数が増加し、その都度転がり軸受に加えられる加速度や減速度が大きくなり、それにともない軸受に生じるすべりが大きくなってきている。軸受に生じるすべりは、転動体と軌道輪の間に油膜切れを生じやすくし、転動体の表面や内・外輪の軌道面に、フレッチング摩耗と呼ばれる局部的な摩耗が発生しやすくなる。ここで、軌道輪は、内輪および外輪を意味する。
【0003】
特許文献1では、フレッチング摩耗をグリースの面から改善する技術が提案されている。特許文献1では、転動体の材質をセラミックスとして、軌道輪の熱処理に浸炭浸窒層処理を行い、軸受空間に封入するグリースの増ちょう剤としてウレア化合物を用いている。それにより、転動体の微小滑りを抑制するとともに、正逆微動回転の切り替えにより転動体に微小滑りが生じても、十分な油膜が形成されるようにし、転動体と軌道輪の間でのフレッチング摩耗を抑制している。
【0004】
特許文献2では、フレッチング摩耗防止のために、増ちょう剤としての特定構造のウレア化合物を、基油としての合成炭化水素油を含む非エステル油と配合してなるグリースが提案されている。具体的には、特定構造のウレア化合物とともに、40℃の動粘度が20mm2/s以上、80mm2/s未満である合成炭化水素油を基油全体に対して50質量%以上含むことにより、フレッチング摩耗を防止している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2006-316850号公報
【文献】特開2002-180077号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】小島肇著、「トライボロジスト」、第58巻、第11号、2013年、p.817-823
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ロボットは、複数の関節が断続的に急加速や、急減速をしながら同時に動くため、ロボットの関節には、ラジアル荷重や、アキシアル荷重、モーメント荷重などが高荷重で負荷される。ロボット関節用軸受は、高い回転精度や、位置決め精度が要求されるため、高荷重を受けても軸受の形状が維持され、回転軸が変わらないよう、高剛性である必要がある。軸受の高剛性化は、軸受への予圧の負荷により図られるが、軌道輪と転動体が高面圧で接触することとなるため、当該接触部分における油膜切れ(潤滑不良)を起こしやすくなる。
【0008】
また、ロボットは精密な動きをするため、小さい角度で、軸受の回転方向が正方向と逆方向に変化する揺動運動をする場合がある。軸受が小さい角度で揺動運動した場合も、転動体と軌道輪の接触部分からグリースが押し出され、油膜切れの状態となりやすい。接触部分での油膜切れは、フレッチング摩耗の原因となりうるため、ロボット関節用軸受は、耐フレッチング摩耗性に優れる必要がある。
【0009】
特許文献1記載のグリースを封入した軸受は、転動体の材質をセミックスとし、軌道輪には浸炭浸窒処理を行い、軸受空間に封入するグリースとしてウレア化合物を用いることで、耐フレッチング摩耗性を向上させている。しかし、転動体の材質をセラミックスとし、軌道輪に浸炭浸窒処理を行うことは、セラミックスが高価であること、また表面処理加工に時間と加工費用を要することなどから、高コストとなってしまう。
【0010】
特許文献2記載の軸受は、増ちょう剤にウレア化合物を使用し、グリースの混和ちょう度を220~280としており、比較的流動性が低い。また、実施例中のフレッチング摩耗性評価においては、アキシアル荷重を2450N(計算上の接触面圧:約1700MPa)としている。これは、ロボット関節用軸受が通常受ける面圧に比べて比較的低面圧である。そのため、当該軸受を、ロボット関節用軸受として、高面圧条件や揺動条件で使用した場合、転動体と軌道輪の接触部分へのグリースの流入性不足により、十分な耐フレッチング摩耗性を得られない可能性がある。
【0011】
また、ロボットは種々の用途で使用され、クリーンルーム内などの清浄な環境で使用されることもある。そのため、ロボット関節用軸受には、周囲を汚染しないことも求められ、封入グリースの軸受内部からの漏れを抑制するシール性の確保は重要である。
【0012】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、ロボット関節に使用される場合のように、加減速を伴って揺動運動する条件で使用されながら、耐フレッチング摩耗性およびシール性に優れるグリース封入軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明のグリース封入軸受は、軌道輪である内輪および外輪と、該内輪および外輪間に介在する複数の転動体と、該転動体の周囲に封入されたグリース組成物とを備えてなるグリース封入軸受であって、該軸受は、加減速を伴って軸受回転方向が変化して揺動する軸受であり、上記グリース組成物は、基油と増ちょう剤とを含み、混和ちょう度が310以上であり、上記増ちょう剤は、カルシウムスルホネート複合石鹸であることを特徴とする。
ここで、「混和ちょう度」は、JIS K 2220に準拠した60回混和ちょう度を意味する。
【0014】
上記グリース封入軸受は、上記軌道輪における最大接触面圧が2000MPa以上の高荷重条件、かつ、臨界揺動角未満の条件で使用されることを特徴とする。
ここで、「臨界揺動角」は、軸受における実用可能な最小の揺動角であり、軸受内部設計の主に一列に含まれる転動体数によって決定され、定格寿命が得られる最小の揺動角を意味する。軸受がアンギュラ玉軸受である場合の臨界揺動角について、
図4を用いて説明する。
図4は、接触角αのアンギュラ玉軸受の径方向での簡易断面図である。内輪揺動の場合、臨界揺動角は以下の関係で表わされる。
臨界揺動角=(360°/Z)・(Dpw/(Dpw-DwCOSα))
上式中、Zは単列アンギュラ玉軸受20の一列当たりの転動体である玉24の数を意味する。
図4中、Dpwは玉24のピッチ円径、Dwは玉24の直径、αは接触角を意味する。なお、外輪揺動の場合は、右辺分母はDpw+DwCOSαとなる。
【0015】
また、上記混和ちょう度が、310~340であることを特徴とする。また、上記基油が、鉱油または合成炭化水素油であることを特徴とする。
【0016】
また、上記グリース封入軸受が、アンギュラ玉軸受であることを特徴とする。また、上記グリース封入軸受が、ロボット関節用軸受であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明のグリース封入軸受は、軌道輪である内輪および外輪と、該内輪および外輪間に介在する複数の転動体と、該転動体の周囲に封入されたグリース組成物とを備え、加減速を伴って軸受回転方向が変化して揺動する軸受であり、上記グリース組成物は、基油と増ちょう剤とを含み、混和ちょう度が310以上であり、上記増ちょう剤は、カルシウムスルホネート複合石鹸であるので、転動体と軌道輪の接触部分(軌道面)へのグリースの流入性が良好で、かつ、軸受揺動時の混和ちょう度の増大を抑制できる。このため、ロボット関節用軸受のように加減速を伴って揺動運動する条件で使用される場合であっても、フレッチング摩耗が抑制されて耐フレッチング摩耗性に優れるとともに、グリース漏れが抑制されてシール性にも優れる。
【0018】
また、増ちょう剤をカルシウムスルホネート複合石鹸にすることで、軌道面などにおいて高荷重に耐える増ちょう剤膜が形成され、軌道輪における接触面圧が高い用途にも適用できる。さらに、特定の表面処理をした軌道輪やセラミックス製の転動体を使用することなく、グリースの調整により耐フレッチング摩耗性などを向上できるため、軸受全体としての低コスト化にも寄与する。
【0019】
また、このグリース封入軸受は、一般的にはフレッチング摩耗やグリース漏れが起こりやすい条件である、軌道輪における最大接触面圧が2000MPa以上の高荷重条件、かつ、臨界揺動角未満の条件においても、十分な耐フレッチング摩耗性とシール性を有する。
【0020】
また、グリース組成物の混和ちょう度を310~340にすることで、グリースの流動性が所定の範囲に制限され、シール性により優れる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明のグリース封入軸受の一例である深溝玉軸受の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明のグリース封入軸受は、軌道輪である内輪および外輪と、該内輪および外輪間に介在する複数の転動体と、該転動体の周囲に封入されたグリース組成物とを備えている。この軸受は、加減速を伴って軸受回転方向が変化して揺動する軸受である。揺動は、軸受回転方向が正方向と逆方向に変化する運動である。例えば、ロボット関節用軸受の場合では、停止-起動-運転-停止動作の切換が行われ、軸受は所定の揺動角範囲内で揺動運動する。また、切換動作が速くなれば、揺動時に軸受に加わる加減度と減速度は大きくなり、急加減速となる。
【0023】
本発明者らは、上記のロボット関節に使用される場合のように、加減速を伴って揺動運動する条件(特に厳しくは、軌道輪における最大接触面圧が2000MPa以上の高荷重条件、かつ、臨界揺動角未満の条件)での使用に適するべく、グリース封入軸受の耐フレッチング摩耗性およびシール性の向上について、鋭意検討を行なった。その結果、グリース組成物中の増ちょう剤を、カルシウムスルホネート複合石鹸とし、グリース組成物の混和ちょう度を310以上とすることで、優れた耐フレッチング性能およびシール性を両立できることを見出した。本発明は、このような知見に基づくものである。
【0024】
以下、本発明のグリース封入軸受に用いるグリース組成物について説明する。
本発明に用いるカルシウムスルホネート複合石鹸は、カルシウムスルホネートと、カルシウムスルホネート以外のカルシウム塩とを組み合わせた複合石鹸である。グリース組成物の増ちょう剤は、カルシウムスルホネート複合石鹸のみであり、それ以外の金属石鹸やウレア化合物などは、増ちょう剤としては含まれないことが好ましい。それにより、カルシウム塩部分のイオン間相互作用が他の成分によって影響を受けずにグリースの性質が長期的に安定となり、ちょう度の低下などが起こりにくいため、良好なシール性に寄与するものと考えられる。
【0025】
カルシウムスルホネートとしては、例えば、ドデシルベンゼンスルホン酸、オクタデシルベンゼンスルホン酸、ジラウリルセチルベンゼンスルホン酸、ジノニルナフタレンスルホン酸、パラフィンワックス置換ベンゼンスルホン酸、ポリオレフィン置換ベンゼンスルホン酸、ポリイソブチレン置換ベンゼンスルホン酸などのアルキル芳香族スルホン酸のカルシウム塩や、芳香族スルホン酸のカルシウム塩、アルキルスルホン酸のカルシウム塩、石油スルホン酸のカルシウム塩などが挙げられる。
【0026】
カルシウムスルホネート以外のカルシウム塩としては、例えば、炭酸、ホウ酸、リン酸、塩酸、スルホン酸などの無機酸のカルシウム塩、ベヘン酸、アラキジン酸、ステアリン酸、ヒドロキシステアリン酸、ヘキサデカン酸、オクタン酸などの高級脂肪酸のカルシウム塩、または酢酸、酪酸、吉草酸などの低級脂肪酸のカルシウム塩、無機塩基のカルシウム塩などが挙げられる。また、例えば、アゼライン酸、セバシン酸、アジピン酸、グルタル酸、コハク酸、マロン酸、およびシュウ酸などの二塩基性脂肪酸のカルシウム塩も挙げられる。カルシウムスルホネート以外のカルシウム塩は、1種を単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせてもよい。
【0027】
カルシウムスルホネート複合石鹸は、予め合成したものを基油に分散させてもよいし、基油中で合成することによって基油に分散させてもよい。後者の方法の方が、製造工程を簡略化できるとともに、基油中に増ちょう剤を良好に分散させられるため好ましい。
【0028】
カルシウムスルホネート複合石鹸を基油中で合成する場合、例えば、基油に分散させたアルキル芳香族スルホン酸に、水、水酸化カルシウム、高級脂肪酸、低級脂肪酸、無機酸などを加えて加熱攪拌した後、過熱して水を除去することで、カルシウムスルホネート複合石鹸が得られる。
【0029】
グリース組成物に用いる基油は、通常、転がり軸受に用いられるものであれば、特に制限なく用いることができる。例えば、パラフィン系鉱油、ナフテン系鉱油などの鉱油、PAO油、アルキルベンゼン油などの合成炭化水素油、エステル油、エーテル油、シリコーン油、フッ素油などが挙げられる。これらの基油は、単独で用いられてもよく、2種以上が併用されてもよい。
【0030】
基油と増ちょう剤の組み合わせは、基油中での増ちょう剤同士の相互作用に関わり、増ちょう効果に影響するため、適切な組み合わせを選択することが好ましい。本発明で用いるカルシウムスルホネート複合石鹸に対して、基油は、鉱油または合成炭化水素油であることが好ましい。コストの観点からは、基油は鉱油であることが好ましい。また、高温での潤滑性能の観点からは、基油は合成炭化水素油であることが好ましい。
【0031】
鉱油としては、潤滑性の観点からはパラフィン系鉱油が好ましく、コストの観点からはナフテン系鉱油が好ましい。鉱油は、減圧蒸留、油剤脱れき、溶剤抽出、水素化分解、溶剤脱ろう、硫酸洗浄、白土精製、水素化精製などを、適宜組み合わせて精製したものを用いることができる。
【0032】
合成炭化水素油としてはPAO油がより好ましい。PAO油は、α-オレフィンまたは異性化されたα-オレフィンのオリゴマーまたはポリマーの混合物である。α-オレフィンの具体例としては、1-オクテン、1-ノネン、1-デセン、1-ドデセン、1-トリデセン、1-テトラデセン、1-ペンタデセン、1-ヘキサデセン、1-ヘプタデセン、1-オクタデセン、1-ノナデセン、1-エイコセン、1-ドコセン、1-テトラドコセンなどが挙げられ、通常はこれらの混合物が使用される。
【0033】
基油の動粘度(混合油の場合は、混合油の動粘度)としては、40℃において10~200mm2/sが好ましい。より好ましくは10~100mm2/sであり、さらに好ましくは30~100mm2/sである。
【0034】
グリース組成物には、本発明の目的を損なわない範囲でさらに他の添加剤を配合してもよい。添加剤としては、例えば、アミン系やフェノール系、イオウ系の酸化防止剤、塩素系、イオウ系、りん系化合物、有機モリブデンなどの極圧剤、スルホン酸塩や、多価アルコールエステル、ソルビタンエステルなどの防錆剤、エステル、アルコールなどの油性剤などが挙げられる。本発明のグリース封入軸受は、主には高荷重条件下で使用されるため、極圧剤が含有されることが好ましい。添加剤を配合する場合、添加剤全体としての含有量は、グリース組成物全体に対して5質量%以下であることが好ましい。
【0035】
カルシウムスルホネート複合石鹸は、基油への配合により増ちょうさせる増ちょう作用だけでなく、接触する金属を錆びにくくする防錆作用も有する。よって、カルシウムスルホネート複合石鹸は増ちょう剤と防錆剤の両方の役割を果たすことができるため、グリースには別途防錆剤を含まなくてもよい。
【0036】
グリース組成物の混和ちょう度は、310以上である。混和ちょう度をこの範囲とすることで、転動体と軌道輪の接触部分へのグリースの流入性が良好となり、耐フレッチング摩耗性に優れる。グリース組成物の混和ちょう度は、310~340であることがさらに好ましい。この範囲であれば、グリースの流動性が所定の範囲に制限され、シール性により優れる。
【0037】
本発明のグリース封入軸受について
図1に基づいて説明する。
図1には、グリース封入軸受の一例として深溝玉軸受の断面図を示す。グリース封入軸受1は、外周面に内輪軌道面2aを有する内輪2と内周面に外輪軌道面3aを有する外輪3とが同心に配置されている。複数の転動体4が、内輪軌道面2aと外輪軌道面3aとの間に配置される。この転動体4は、保持器5により保持される。また、内・外輪の軸方向両端開口部8a、8bがシール部材6によりシールされ、少なくとも転動体4の周囲に上述のグリース組成物7が封入される。内輪2、外輪3および転動体4は、主に鉄系金属材料からなり、グリース組成物7が転動体4との軌道面に介在して潤滑される。
【0038】
グリース封入軸受1において、内輪2、外輪3、転動体4、保持器5などの軸受部材を構成する鉄系金属材料は、軸受材料として一般的に用いられる任意の材料であり、例えば、高炭素クロム軸受鋼(SUJ1、SUJ2、SUJ3、SUJ4、SUJ5など;JIS G 4805)、浸炭鋼(SCr420、SCM420など;JIS G 4053)、ステンレス鋼(SUS440Cなど;JIS G 4303)、高速度鋼(M50など)、冷間圧延鋼などが挙げられる。また、シール部材6は、金属製またはゴム成形体単独でよく、あるいはゴム成形体と金属板、プラスチック板、またはセラミック板との複合体であってもよい。耐久性、固着の容易さからゴム成形体と金属板との複合体が好ましい。
【0039】
本発明のグリース封入軸受は、グリースの増ちょう剤がカルシウムスルホネート複合石鹸であるため、高荷重に耐える増ちょう剤膜が形成される。それにより、最大接触面圧が2000MPa以上の高荷重条件、かつ、臨界揺動角未満の条件で使用できる。そのため、汎用の深溝玉軸受ではフレッチング摩耗が起こりやすい、高精度を必要とする用途にも、グリース封入軸受を適用できる。上記最大接触面圧は、軌道輪と転動体との接触面における面圧の最大値を意味し、2300MPa以上であることがより好ましく、2700MPa以上であることがさらに好ましい。
【0040】
本発明のグリース封入軸受は、例えば、接触角を有するアンギュラ玉軸受としてもよい。アンギュラ玉軸受は、あらかじめ軸受に荷重を負荷して軸受の剛性が高められており、高精度を必要とする用途に使用される。本発明のグリース封入軸受においては、増ちょう剤がカルシウムスルホネート複合石鹸であるため、高荷重に耐える増ちょう剤膜が形成され、アンギュラ玉軸受のように高荷重が掛かる条件でも接触部分での油膜切れが起こりにくく、良好な耐フレッチング摩耗性を発現する。
【0041】
本発明のグリース封入軸受は、例えば、ロボット関節用に用いてもよい。ロボット関節用軸受としては、例えば、組合せ形アンギュラ玉軸受を選択することが出来る。本発明のグリース封入軸受を組合せ形のアンギュラ玉軸受とした場合の構成について、
図2により説明する。
図2は、グリース封入された2個のシール付き単列アンギュラ玉軸受を背面同士で組み合わせて1セットとした背面組合せ形アンギュラ玉軸受である。以下、背面組合せ形アンギュラ玉軸受を「アンギュラ玉軸受DBセット」ともいう。アンギュラ玉軸受DBセット10を構成する単列アンギュラ玉軸受11はそれぞれ、内輪12、外輪13、複数の転動体14、保持器15を備えている。内輪12および外輪13と、転動体14は径方向中心線Aに対して所定の角度α1(接触角)を有して接触しており、ラジアル荷重と一方向のアキシアル荷重を負荷することができる。また、外輪13には、シール部材16が固定されており、少なくとも転動体14の周囲にグリース組成物17が封入されている。
【0042】
アンギュラ玉軸受DBセット10において、一対の単列アンギュラ玉軸受11は内輪12および外輪13の背面同士で固定されている。これにより、アンギュラ玉軸受DBセット10は、ラジアル荷重と、両方向のアキシアル荷重を受けることができる。また、アンギュラ玉軸受DBセット10は、非アンギュラ玉軸受を組合わせた場合に比べ、軸受の作用点間距離Lが大きいため、モーメント荷重に対する負荷能力に優れる。よって、この形態のグリース封入軸受は、ラジアル荷重や、アキシアル荷重、モーメント荷重などさまざまな荷重を受けるロボット関節用軸受に使用されることに特に適している。
【0043】
図1および
図2では軸受として玉軸受について例示したが、本発明のグリース封入軸受は、それら以外にも、円筒ころ軸受、円すいころ軸受、自動調心ころ軸受、針状ころ軸受、スラスト円筒ころ軸受、スラスト円すいころ軸受、スラスト針状ころ軸受、スラスト自動調心ころ軸受などとしても使用できる。
【実施例】
【0044】
本発明を実施例および比較例により具体的に説明するが、これらの例によって何ら限定されるものではない。
【0045】
表1に示す組成のグリース組成物7種をそれぞれ調整した。実施例1および実施例2のグリース組成物はそれぞれ、増ちょう剤がカルシウムスルホネート複合石鹸であり、混和ちょう度は、1号(310~340)である。
【0046】
(1)耐フレッチング摩耗性試験
ファフナー型微動摩耗試験を行い、上記7種の各グリースの耐フレッチング摩耗性を評価した。試験条件は、ASTM D 4170に準拠した。具体的には、グリース封入量1±0.05gとし、大気中、室温下でモータを回転させ、揺動角12deg、揺動サイクル30Hzの条件で試験を行った。試験後の軌道輪の質量の減少量(以下、「摩耗量」という)により、耐フレッチング摩耗性を評価した。
【0047】
荷重条件は以下の2水準で評価した。1つ目の条件は、ASTM D 4170に準拠して接触面圧を1700MPaとし(以下、「低面圧」という)。2つ目の条件は、高モーメント荷重を想定し、接触面圧を3000MPaとした(以下、「高面圧」という)。
【0048】
耐フレッチング摩耗性の試験結果を
図3および表1に示す。
図3には、各グリースについてn=3の試験で得られた摩耗量と混和ちょう度の関係を示す。
図3(a)は低面圧条件での結果であり、
図3(b)は高面圧条件での結果である。
図3中の基準線は実使用条件下(加減速を伴って軸受回転方向が変化して揺動する条件下)でフレッチング摩耗が発生しないグリースをもとに決定した。
表1のファフナー試験摩耗量の低面圧、高面圧の欄には、それぞれ、各条件でのn=3の摩耗量の平均値が、所定の値よりも多いか否かにより判断した耐フレッチング摩耗性の結果を記載する。
〇:基準線以下
×:基準線以上
【0049】
(2)軸受シール性試験
上記7種のグリースを封入したシール付きアンギュラ玉軸受DBセット(軸受内径6mm)について、臨界揺動角未満(臨界揺動角は44.8deg)での軸受揺動試験をn=3で実施し、目視によりグリース漏れの有無を確認した。
【0050】
軸受シール性の試験結果を表1に示す。軸受シール性は、軸受揺動試験実施後の軸受から、外観上グリースの漏れが確認できるか否かにより判断した。
〇:全ての軸受でグリース漏れなし
×:1つ以上の軸受でグリース漏れあり
【0051】
【0052】
図3の結果から、混和ちょう度の数値が高いほど摩耗量が低下し、耐フレッチング摩耗性が良化することがわかる。また、荷重条件が高面圧条件の場合、低面圧条件の場合と比べ、全体的に摩耗量が大きくなる傾向を示した。高面圧条件であっても、実施例1、実施例2、および比較例6は比較的低摩耗量であったことから、増ちょう剤に金属石けん基(カルシウムスルホネート複合石鹸や、リチウム石鹸)を含み、混和ちょう度が310以上のグリースでは、摩耗量が低くなり、耐フレッチング摩耗性に優れる結果であった。
【0053】
表1の結果から、実施例1、実施例2、比較例1、比較例3、および比較例5ではグリース漏れは確認されず、混和ちょう度が2号(265~295)、または増ちょう剤としてカルシウムスルホネート複合石鹸を含んだグリースは軸受シール性が良好であることが分かった。
【0054】
実施例2と比較例2を比較すると、両者は基油がともに合成炭化水素油で、混和ちょう度も同じであるが、増ちょう剤としてウレア化合物を含む比較例2は、カルシウムスルホネート複合石鹸を含む実施例2よりもシール性が劣る結果であった。増ちょう剤としてのカルシウムスルホネート複合石鹸は、せん断応力を受けた際のチキソトロピー性が低く、グリースのちょう度変化が小さいことが知られている(非特許文献1)。よって、増ちょう剤としてカルシウムスルホネート複合石鹸を使用することで、他の増ちょう剤を用いた場合に比べて運転時のグリースのちょう度変化が少なく、非運転時の混和ちょう度が比較的高い水準でも、良好なシール性を発現したと考えられる。
【0055】
以上より、耐フレッチング摩耗性および軸受シール性試験の結果を総合すると、実施例1および実施例2は、耐フレッチング摩耗性およびシール性ともに良好な結果を示した。本結果より、増ちょう剤としてカルシウムスルホネート複合石鹸を用い、基油として鉱油または合成炭化水素油を含み、混和ちょう度が310~340のグリースとすることは、耐フレッチング摩耗性とシール性の両立に効果的といえる。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明のグリース封入軸受は、軌道面へのグリースの流入性が良好で、軸受揺動時の混和ちょう度の増大が起こりにくく、耐荷重性に優れる増ちょう剤膜を形成するため、耐フレッチング摩耗性およびシール性に優れる。加減速を伴って揺動運動する条件において使用でき、特にロボット関節用軸受に好適である。
【符号の説明】
【0057】
1 グリース封入軸受
2、12 内輪
2a 内輪軌道面
3、13 外輪
3a 外輪軌道面
4、14 転動体
5、15 保持器
6、16 シール部材
7、17 グリース組成物
8a、8b 開口部
10 アンギュラ玉軸受DBセット
11、20 単列アンギュラ玉軸受
24 玉