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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-26
(45)【発行日】2024-08-05
(54)【発明の名称】粘度の推定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 11/00 20060101AFI20240729BHJP
   G01N 11/04 20060101ALI20240729BHJP
   G01N 11/14 20060101ALI20240729BHJP
【FI】
G01N11/00 C
G01N11/04 Z
G01N11/14 D
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020200652
(22)【出願日】2020-12-02
(65)【公開番号】P2022088286
(43)【公開日】2022-06-14
【審査請求日】2023-11-30
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100174090
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 光
(74)【代理人】
【識別番号】100100251
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 操
(74)【代理人】
【識別番号】100205383
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 諭史
(72)【発明者】
【氏名】吉野 真人
【審査官】外川 敬之
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-155564(JP,A)
【文献】特開昭61-096441(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第111141640(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 11/00
G01N 11/04
G01N 11/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
流体の粘度を推定する粘度の推定方法であって、
回転式レオメータによる実験値から得られる推定モデルを用いて、1×10(単位:1/s)以上の任意のせん断速度での流体の粘度を推定する工程(a)と、
キャピラリー式レオメータを用いて、前記任意のせん断速度での前記流体の粘度を測定する工程(b)と、
前記工程(a)で得た推定モデルに対して数値流体解析を行い、前記キャピラリー式レオメータでの前記任意のせん断速度における前記流体の粘度を予測する工程(c)と、
前記工程(b)で測定した前記流体の粘度と、前記工程(c)で予測した前記流体の粘度とを比較して、両者間に差異がある場合に、前記工程(a)で推定した粘度を補正する工程(d)とを有することを特徴とする粘度の推定方法。
【請求項2】
前記工程(a)における前記推定モデルは、せん断速度と粘度との関係式を示す推定モデルであることを特徴とする請求項1記載の粘度の推定方法。
【請求項3】
前記工程(d)において、前記工程(b)で測定した前記流体の粘度と、前記工程(c)で予測した前記流体の粘度との差が所定の閾値以下の場合に前記工程(a)で推定した粘度を前記流体の粘度と決定し、前記所定の閾値よりも大きい場合に前記工程(a)で得た前記推定モデルのパラメータを調整することを特徴とする請求項1または請求項2記載の粘度の推定方法。
【請求項4】
前記流体は、基油と増ちょう剤を含むグリースであることを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれか1項記載の粘度の推定方法。
【請求項5】
前記流体は、粒子とニュートン流体からなる混相流体であることを特徴とする請求項1記載の粘度の推定方法。
【請求項6】
前記工程(c)で、前記任意のせん断速度における前記流体の粘度を予測する数値流体解析の手法が、粒子とニュートン流体からなる混相流体モデルを用いることを特徴とする請求項1記載の粘度の推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粘度の推定方法に関し、特に、転がり軸受に封入されるグリースの粘度の推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
転がり軸受の内部には、転がり摩擦や滑り摩擦の軽減などを目的として、潤滑用のグリースが封入されている。グリースを封入してなるグリース封入軸受は、長寿命で外部の潤滑ユニットなどが不要かつ安価であるため、自動車や産業用機器などの汎用用途によく利用される。ここで、軸受に封入されたグリースは、せん断作用を受けて流動状態になり潤滑に寄与する。転がり軸受のトルクを算出するためには、転動体と保持器の間や、転動体と軌道面の間でせん断を受けるグリースの粘度を知る必要がある。
【0003】
一般に、グリースのようなチキソトロピー性を有する非ニュートン流体の粘度測定は、回転式レオメータを用いて行われる。回転式レオメータは、上下のプレートを有し、その間の測定部に非ニュートン流体を挟んだ状態で、一方のプレートを回転させて流体に任意のせん断速度のせん断応力を与える装置である。しかし、回転式レオメータで測定可能なせん断速度域は、1×10(単位:1/s)程度であり、それよりも高せん断速度域、例えば軸受の運転域である1×10(単位:1/s)程度での粘度を測定しようとすると、測定部から流体が飛び出すため、粘度測定が困難である。
【0004】
このため、従来では、測定可能なせん断速度までの実験値に基づいて、Herchel-Bulkleyモデル(非特許文献1)や、Papanastasiouモデル(非特許文献2)などの計算モデルを用いて高せん断速度域の粘度が予測されている。しかし、これらの計算モデルでは、推定値が実際の流体の粘度と乖離している可能性がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】W.H.Herschel、R.Bulkley、「Konsistenzmessungen von Gummi-Benzollosungen」、Kolloid Zeitschrift、1926、39、p.291-300
【文献】T. C. Papanastasiou、「Flows of Materials with Yield」、Journal of Rheology、1987、31、p.385
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、高せん断速度域における流体の粘度を測定可能な粘度計として、キャピラリー式レオメータが知られている。しかし、キャピラリー式レオメータでは、非ニュートン流体の測定の場合、キャピラリー内のせん断速度を正確に見積もることが難しく、ニュートン流体のせん断速度を用いて粘度を算出していることから、得られた粘度が不正確になるおそれがある。
【0007】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、1×10(単位:1/s)以上の高せん断速度域での流体の粘度を精度良く推定できる推定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の粘度の推定方法は、回転式レオメータによる実験値から得られる推定モデルを用いて、1×10(単位:1/s)以上の任意のせん断速度での流体の粘度を推定する工程(a)と、キャピラリー式レオメータを用いて、上記任意のせん断速度での上記流体の粘度を測定する工程(b)と、上記工程(a)で得た推定モデルに対して数値流体解析を行い、上記キャピラリー式レオメータでの上記任意のせん断速度における上記流体の粘度を予測する工程(c)と、上記工程(b)で測定した上記流体の粘度と、上記工程(c)で予測した上記流体の粘度とを比較して、両者間に差異がある場合に、上記工程(a)で推定した粘度を補正する工程(d)とを有することを特徴とする。
【0009】
上記工程(a)における上記推定モデルは、せん断速度と粘度との関係式を示す推定モデルであることを特徴とする。
【0010】
上記工程(d)において、上記工程(b)で測定した上記流体の粘度と、上記工程(c)で予測した上記流体の粘度との差が所定の閾値以下の場合に上記工程(a)で推定した粘度を上記流体の粘度と決定し、上記所定の閾値よりも大きい場合に上記工程(a)で得た上記推定モデルのパラメータを調整することを特徴とする。
【0011】
上記流体は、基油と増ちょう剤を含むグリースであることを特徴とする。
【0012】
上記グリースは、内輪および外輪と、この内輪および外輪間に介在する複数の玉と、上記玉を保持するポケットを有する保持器とを備える転がり軸受に封入されるグリースであり、上記任意のせん断速度として、上記保持器に対する上記玉のポケット隙間のせん断速度を用いることを特徴とする。
【0013】
上記流体は、粒子とニュートン流体からなる混相流体であることを特徴とする。
【0014】
上記工程(c)で、上記任意のせん断速度における上記流体の粘度を予測する数値流体解析の手法が、粒子とニュートン流体からなる混相流体モデルを用いることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明の粘度の推定方法は、上記の工程(a)~工程(d)を有しており、回転式レオメータによる実験値から得られる推定モデルに基づいて推定された流体の粘度を、キャピラリー式レオメータによる実験と解析の合わせこみによって補正することで、1×10(単位:1/s)以上の高せん断速度域での流体の粘度を精度良く推定できる。具体的には、数値流体解析によってキャピラリー式レオメータのキャピラリー内のせん断速度を正確に求め、誤差を含む粘度を正確に見積もることによって、高せん断速度域での流体の粘度を精度良く推定できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】グリースが封入された転がり軸受を示す図である。
図2】本発明に係る粘度の推定方法の概略を示す工程図である。
図3】回転式レオメータの一例を示す概要図である。
図4】工程(a)における実験値と推定値との関係を示す図である。
図5】キャピラリー式レオメータの一例を示す概要図である。
図6】工程(b)における実験値などを示す図である。
図7】工程(d)における粘度(推定値)の補正を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の粘度の推定方法で対象とする流体は、主に非ニュートン流体である。非ニュートン流体は、流れのせん断応力とせん断速度の関係が線形でない粘性の性質を持つ流体であり、せん断速度に応じて粘度が変化する。本発明において、非ニュートン流体には、擬塑性流体、ビンガム流体、ダイラタント流体などが用いられる。これらの中でも、擬塑性流体が好ましい。擬塑性流体として具体的には、転がり軸受に封入されるグリースや潤滑油が挙げられる。なお、以下には、非ニュートン流体としてグリースを用いた形態について説明する。
【0018】
転がり軸受に封入されるグリースは、基油と増ちょう剤とを含む。基油は、特に限定されず、通常グリースの分野で使用される一般的なものを使用できる。例えば、高度精製油、鉱油、エステル油、エーテル油、合成炭化水素油(PAO油)、シリコーン油、フッ素油、およびこれらの混合油などを使用できる。
【0019】
基油の40℃における動粘度としては、特に限定されないが、20mm/s~400mm/sが好ましい。なお、基油として混合油を用いる場合は、該混合油の動粘度がこの範囲内であることが好ましい。
【0020】
増ちょう剤は、特に限定されず、通常グリースの分野で使用される一般的なものを使用できる。例えば、金属石けん、複合金属石けんなどの石けん系増ちょう剤、ベントン、シリカゲル、ウレア化合物、ウレア・ウレタン化合物などの非石けん系増ちょう剤を使用できる。金属石けんとしては、ナトリウム石けん、カルシウム石けん、アルミニウム石けん、リチウム石けんなどが、ウレア化合物、ウレア・ウレタン化合物としては、ジウレア化合物、トリウレア化合物、テトラウレア化合物、他のポリウレア化合物、ジウレタン化合物などが挙げられる。
【0021】
また、グリースには、必要に応じて他の公知の添加物を含有させることができる。この添加物としては、アミン系やフェノール系の酸化防止剤、塩素系、イオウ系、りん系化合物、有機モリブデンなどの極圧剤、石油スルホネート、ジノニルナフタレンスルホネート、ソルビタンエステルなどのさび止剤などが挙げられる。
【0022】
グリースが封入された転がり軸受の一例を図1に基づいて説明する。図1は深溝玉軸受の断面図である。転がり軸受1は、外周面に内輪軌道面2aを有する内輪2と内周面に外輪軌道面3aを有する外輪3とが同心に配置され、内輪軌道面2aと外輪軌道面3aとの間に複数個の玉4が配置される。この玉4は、保持器5により保持される。また、内・外輪の軸方向両端開口部8a、8bがシール部材6によりシールされ、少なくとも玉4の周囲にグリース7が封入される。内輪2、外輪3および玉4は鉄系金属材料からなり、グリース7が玉4との軌道面に介在して潤滑される。
【0023】
本発明の推定方法は、例えば、軸受内のグリースの状態がチャーニング期である場合のグリースの粘度の推定に用いられる。チャーニング期は、グリース自体が潤滑対象部位に入り込んで潤滑が行なわれる状態であり、グリースが継続的に撹拌されるので、このグリースの粘性抵抗によりトルクが影響を受ける。特に、チャーニング期の回転中にポケット隙間に存在するグリースの粘性抵抗が、軸受トルクに大きな影響を及ぼすと考えられる。グリースの粘性抵抗は、せん断速度に依存するため、上記状態でグリースが受けるせん断速度を考慮した粘度を推定することで、軸受トルクの傾向を予測することができる。
【0024】
本発明の推定方法は、図2に示す(a)~(d)の4つの工程を少なくとも備える。すなわち、(a)回転式レオメータによる実験値(粘度η1_EXP)から得られる推定モデルを用いて、1×10(単位:1/s)以上の任意のせん断速度でのグリースの粘度η1_CALを推定する推定工程と、(b)キャピラリー式レオメータを用いて、任意のせん断速度でのグリースの粘度η2_EXPを測定する測定工程と、(c)推定モデルに対して数値流体解析を行い、キャピラリー式レオメータでの任意のせん断速度におけるグリースの粘度η2_CALを予測する解析工程と、(d)粘度η2_EXPと粘度η2_CALとを比較して、両者間に差異がある場合に、粘度η1_CALを補正する補正工程とを有する。なお、本明細書では、計算モデルを用いた計算値(推定値)と実際の測定により得られた実験値とを区別するため、それぞれ「CAL」、「EXP」を付記している。以下に、各工程について説明する。
【0025】
<工程(a)>
この工程は、推定モデルを用いて、任意のせん断速度におけるグリースの粘度η1_CALを推定する工程である。この推定モデルは、任意の計算モデルと、回転式レオメータを用いたレオロジー測定結果によって得られる。任意の計算モデルには、せん断速度と粘度との関係式を示す公知のモデルを用いることができる。例えば、Cross Powerlawモデル(下記式(1))や、Herchel-Bulkleyモデル(下記式(2))、Papanastasiouモデル(下記式(3))などを用いることができる。なお、下記式(1)~(3)中のηはグリースの粘度を表す。
【0026】
【数1】
【0027】
ただし、式中の記号は、η:ゼロせん断粘度(せん断速度γ=0での粘度)[Pa・s]、ηoil:基油粘度[Pa・s]、γ:せん断速度[s-1]、m:定数、n:定数である。上記式(1)では、せん断速度が無限大の時、ηはηoilに漸近すると仮定している。
【0028】
【数2】
【0029】
ただし、式中の記号は、τ:降伏応力[Pa]、γ:せん断速度[s-1]、K:定数、n:定数である。
【0030】
【数3】
【0031】
ただし、式中の記号は、ηoil:流体成分の粘度[Pa・s]、τ:降伏応力[Pa]、γ:せん断速度[s-1]、m:定数である。
【0032】
グリースの場合、流体成分の粘度ηoilには、実温度(例えば軸受内部の温度や機械装置全体の温度)の基油の動粘度に対して基油の密度を掛けた値(粘度)を用いる。また、グリースに粘度向上剤が含まれる場合は、流体成分の粘度ηoilには、基油および粘度向上剤の粘度を用いる。
【0033】
上記の式(1)~式(3)における降伏応力や各定数などは、回転式レオメータを用いたグリースのレオロジー特性の評価などに基づき大まかに特定できる。グリースのレオロジー特性の評価では、レオメータとして、コーンプレート型のセルを有するものを用いることが好ましい。このようなレオメータの概要を図3に示す。図3に示すように、回転式レオメータ11は、コーンプレート型のセル12と、水平円盤プレート13とから構成されており、セル12とプレート13とは1点で接する(僅かなギャップあり)ように配置され、これらの間に試料であるグリース14を配置する。このレオメータでは、グリース14に加わるせん断速度が、セル中心からの距離に依存せずに、どの位置においても同一となる。レオロジー測定の条件としては、(1)一定温度・一定方向回転での回転速度依存性、(2)一定温度・一定せん断ひずみにおける振動周波数依存性、(3)一定周波数における動的粘弾性のせん断応力依存性などがあるが、本発明では主に(1)の条件で測定を行なう。
【0034】
図4には、実際にグリースを用いた工程(a)の結果を示す。回転式レオメータ(Thermo Fisher Scientific社製HAAKE RheoWin MARS1)には、直径20mm、先端角度178°のコーンプレート型のセルを用い、レオロジー測定条件は、一定温度・一定方向回転であり、温度は20℃で行った。せん断速度を1×10から5×10(単位:1/s)まで増速し、各せん断速度で定常状態になった時の粘度を測定した。図4には、その粘度η1_EXPを○印でプロットした。
【0035】
また、得られた粘度η1_EXPを用いて、上記の式(1)のCross Powerlawモデルのη、ηoil、m、nを求めた。求めた各値を上記の式(1)に代入して推定モデルを得た後、この推定モデルに基づいて、1×10(単位:1/s)以上の任意のせん断速度での粘度η1_CALを推定した。推定した粘度η1_CALを、図4のグラフに×印でプロットした。なお、この粘度η1_CALは、1×10(単位:1/s))では、流体成分である基油の粘度ηoilに漸近していると仮定した。
【0036】
<工程(b)>
この工程は、キャピラリー式レオメータを実際に用いてグリースの粘度η2_EXPを測定する工程である。この粘度測定の概要を図5に示す。図5に示すように、キャピラリー式レオメータ21は、下部にキャピラリー24を有するシリンダ23と、シリンダ23内を上下に移動可能なピストン22と、ピストン22の一端部に設けられたロードセル26とを有する。シリンダ23内にグリース25を充填した状態で、一定速度のピストン22を降下させ、グリース25を押出した際の荷重pをロードセル26によって検出する。キャピラリー式レオメータ21の各部の寸法を用いて、下記の式(4)~式(6)に従って、任意のせん断速度におけるグリースの粘度を測定する。図6(a)では、キャピラリー式レオメータで測定したせん断速度1×10~1×10(単位:1/s)の範囲における粘度η2_EXPを、グラフ上にプロットした。
【0037】
γ=32Q/πD・・・(4)
τ=pD/4L・・・(5)
ηEXP=τ/γ・・・(6)
ただし、上記の式(4)~式(6)中の記号は、Q:体積流量[mm/s]、D:キャピラリー内径[mm]、p:検出荷重[Pa]、L:キャピラリー長さ[mm]、γ:せん断速度[s-1]、τ:せん断応力[Pa]である。なお、Qは、ピストンの断面積[mm]にピストンの速度[mm/s]を掛けた値である。
【0038】
<工程(c)>
この工程では、数値流体解析を行う。数値流体解析には、有限体積法によって数値解析を行う汎用の熱流体解析ソフトウェアなどが用いられる。具体的には、工程(a)で得た推定モデルを、CFD(Computational Fluid Dynamics)による計算モデル(数値キャピラリー粘度計)に投入する。そして、この計算モデルによりキャピラリー内の圧力を計算し、上記の式(4)~式(6)を用いて任意のせん断速度におけるグリースの粘度η2_CALを予測する。なお、解析の際の計算条件には、工程(b)で実施したキャピラリー式レオメータの試験条件などを用いる。この数値流体解析によって、キャピラリー式レオメータでのグリースの粘度がシミュレーションされる。
【0039】
<工程(d)>
この工程では、まず、工程(b)で測定したグリースの粘度η2_EXPと、工程(c)で予測したグリースの粘度η2_CALとを比較して、これらの粘度間に差異があるか否かを判定する。差異の有無は、例えば、予め設定した閾値Thよりも粘度η2_EXPとη2_CALとの差が大きい場合に差異があると判定し、粘度η2_EXPとη2_CALとの差が閾値Th以下の場合に差異がないと判定する。閾値Thの値は適宜設定できる。閾値Thは一定の値でもよく、せん断速度に応じて可変にしてもよい。後者の場合、例えば、せん断速度が大きくなるにつれて、閾値Thが大きくなるように設定してもよい。
【0040】
両者の粘度間に差異がないと判定した場合は、工程(a)で推定した粘度η1_CALを測定対象のグリースの真の粘度ηに決定する。一方、両者の粘度間に差異があると判定した場合は、工程(a)で推定した粘度η1_CALを補正する。例えば、粘度η1_CALを、粘度η2_EXPに一致するように補正したり、粘度η2_EXPと粘度η2_CALの中間値にするように補正する。
【0041】
また、工程(a)で得た推定モデルの各パラメータを、粘度η2_EXPと粘度η2_CALとが一致するように調整してもよい。例えば、Cross Powerlawモデルの場合には、パラメータとして係数ηとmを変更する。なお、Herchel-Bulkleyモデルの場合には、τとK、Papanastasiouモデルの場合には、τとmを変更する。推定モデルにおけるパラメータが変更されることで、粘度η1_CALが補正される。
【0042】
その後、数値流体解析(工程(c))を再度行い、その解析で得られた粘度η2_CALと粘度η2_EXPを比較して、これらの粘度間に差異があるか否かを再度判定する。そして、2つの粘度が一致するまで(差異がなくなるまで)、推定モデルのパラメータの変更を繰り返す。最終的に、2つの粘度が一致する場合には、調整された推定モデルで推定した粘度η1_CALが、実際のグリースの粘度ηを表しているといえる。
【0043】
ここで、図6(b)には、工程(b)で測定したグリースの粘度η2_EXPと、工程(c)で予測したグリースの粘度η2_CALをグラフ上にプロットした図を示す。図6(b)において、予測粘度を含まない領域(例えば、せん断速度が2×10未満の領域)では、任意のせん断速度において、両者の粘度はほぼ一致しており差異がなかった。これに対して、予測粘度を含む領域(例えば、せん断速度が2×10以上の領域)では、任意のせん断速度において、両者の粘度間に差異があった。具体的には、粘度η2_EXPに比べて、粘度η2_CALの方が値が小さくなった。また、せん断速度が大きくなるにつれて、差は大きくなる傾向であった。
【0044】
続いて、図7には、工程(d)における補正の具体的な態様を示す。図7中の点線で示す粘度近似式は、工程(a)で推定したη1_CALより導き出されたものであり、工程(a)で得た暫定の推定モデルを表している。図7に示すように、工程(a)の粘度η1_CALの高せん断速度域における粘度が基油に漸近すると仮定した場合には、高せん断速度域側の粘度η2_CALが粘度η2_EXPと乖離する傾向となった。そのため、工程(a)で推定する高せん断速度域での粘度η1_CALを、暫定値よりも高粘度になるように補正する必要がある。図7では、1×10(単位:1/s)以上の任意のせん断速度において、粘度η1_CALを粘度η2_EXPに近づくよう補正している。具体的には、暫定の推定モデルのパラメータを調整することで、図7中の実線で示す粘度近似式を得ている。
【0045】
複数の任意のせん断速度において、上記の工程(a)~工程(d)を繰り返し行うことで、1×10(単位:1/s)以上、好ましくは1×10~1×10(単位:1/s)の高せん断速度域において、グリースの粘度を精度良く推定できる。
【0046】
以上のように、本発明の推定方法は、実験で生じている粘度測定に必要なせん断速度分布を数値流体解析モデルを用いて算出する方法である。上記の推定方法では、流体を非ニュートン流体として、せん断速度と粘度の関係式を示す計算モデル用いた方法を示した。この形態は、計算負荷が低く広い範囲で適用できるため、数値流体解析モデルとして汎用性が高い。また、本発明の推定方法は、これに限らず、流体として、粒子とニュートン流体からなる混相流体を用いることができる。この場合、計算負荷が高いが、メルトフラクチャーなど粒子混相流に起因する不安定性の問題にも対応できるため、強非線形現象が発生した際に用いることができる。
【0047】
この場合、数値流体解析モデルには、CFD(基油の解析)とDEM(増ちょう剤の解析)を組み合わせたモデルや、MPS法(Moving Particle Semi-implicit Method)やSPH法(Smoothed Particle Hydrodynamics Method)などの粒子法で液相(基油)と固相(増ちょう剤)を分けたモデルなどを用いることができる。また、工程(a)で使用する計算モデルには、各パラメータを、液相と固相の相互作用のパラメータとした式(1)~式(3)などを用いることができる。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明の粘度の推定方法は、1×10(単位:1/s)以上の高せん断速度域での流体の見かけ粘度を精度よく推定できるので、流体の見かけ粘度の推定方法として広く利用できる。また、グリースの見かけ粘度を精度よく推定でき、ひいてはグリースが存在する状態で2部材を相対運動させる際のトルクを精度よく推定できるので、例えばグリース封入軸受の開発工程や製造工程において、軸受トルクの実験測定値の妥当性の確認や、低トルク軸受用のグリース選定などに好適に利用できる。
【符号の説明】
【0049】
1 転がり軸受
2 内輪
3 外輪
4 玉
5 保持器
6 シール部材
7 グリース
8 開口部
11 回転式レオメータ
12 コーンプレート型セル
13 水平円盤プレート
14 グリース
21 キャピラリー式レオメータ
22 ピストン
23 シリンダ
24 キャピラリー
25 グリース
26 ロードセル
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7