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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-26
(45)【発行日】2024-08-05
(54)【発明の名称】グルコースデヒドロゲナーゼ
(51)【国際特許分類】
   C12N 9/04 20060101AFI20240729BHJP
   C12N 15/53 20060101ALI20240729BHJP
   C12N 1/15 20060101ALI20240729BHJP
   C12N 1/19 20060101ALI20240729BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20240729BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20240729BHJP
   C12M 1/34 20060101ALI20240729BHJP
   C12Q 1/54 20060101ALI20240729BHJP
   C12Q 1/32 20060101ALI20240729BHJP
【FI】
C12N9/04 D
C12N15/53 ZNA
C12N1/15
C12N1/19
C12N5/10
C12N1/21
C12M1/34 E
C12Q1/54
C12Q1/32
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2020559133
(86)(22)【出願日】2019-11-29
(86)【国際出願番号】 JP2019046686
(87)【国際公開番号】W WO2020116330
(87)【国際公開日】2020-06-11
【審査請求日】2022-10-11
(31)【優先権主張番号】P 2018228583
(32)【優先日】2018-12-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000216162
【氏名又は名称】天野エンザイム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100124431
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 順也
(74)【代理人】
【識別番号】100174160
【弁理士】
【氏名又は名称】水谷 馨也
(74)【代理人】
【識別番号】100175651
【弁理士】
【氏名又は名称】迫田 恭子
(72)【発明者】
【氏名】杉浦 敏行
(72)【発明者】
【氏名】井戸 宏樹
【審査官】白井 美香保
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/045912(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/141761(WO,A1)
【文献】特開2016-034280(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C12N 1/00-7/08
C12Q 1/00-3/00
Genbank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAPLUS/BIOSIS/MEDLINE/EMBASE/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)又は(b)のアミノ酸配列を有し、50℃で10分処理後の相対残存活性が50%以上である、グルコースデヒドロゲナーゼ:
(a)配列番号1又は配列番号13のアミノ酸配列に90%以上の同一性を示し、且つ配列番号1のアミノ酸配列の429位アミノ酸に相当するアミノ酸はフェニルアラニン(F)であるアミノ酸配列;
(b)配列番号2又は配列番号14のアミノ酸配列に90%以上の同一性を示し、且つ配列番号2のアミノ酸配列の429位アミノ酸に相当するアミノ酸はフェニルアラニン(F)であるアミノ酸配列。
【請求項2】
(a)における前記同一性と(b)における前記同一性が95%以上である、請求項1に記載のグルコースデヒドロゲナーゼ。
【請求項3】
(a)における前記同一性と(b)における前記同一性が97%以上である、請求項1に記載のグルコースデヒドロゲナーゼ。
【請求項4】
(a)における前記同一性と(b)における前記同一性が98%以上である、請求項1に記載のグルコースデヒドロゲナーゼ。
【請求項5】
(a)における前記同一性と(b)における前記同一性が99%以上である、請求項1に記載のグルコースデヒドロゲナーゼ。
【請求項6】
配列番号13又は配列番号14のアミノ酸配列からなる、請求項1に記載のグルコースデヒドロゲナーゼ。
【請求項7】
以下の(A)~(C)からなる群より選択されるいずれかのDNAからなるグルコースデヒドロゲナーゼ遺伝子:
(A)請求項1の(a)又は(b)のアミノ酸配列をコードするDNA;
(B)配列番号5、配列番号6、配列番号9、配列番号10、配列番号15又は配列番号16の塩基配列からなるDNA;
(C)配列番号5、配列番号6、配列番号9、配列番号10、配列番号15又は配列番号16の塩基配列と90%以上の同一性を有する塩基配列を有し;配列番号5の塩基配列の1349~1351位に相当するコドン、配列番号6の塩基配列の1348~1350位に相当するコドン、配列番号9の塩基配列の1285~1287位に相当するコドン、配列番号10の塩基配列の1285~1278位に相当するコドン、配列番号15の塩基配列の1240~1242位に相当するコドン、及び配列番号16の塩基配列の1240~1242位に相当するコドンは、それぞれTTT又はTTCであり;且つグルコースデヒドロゲナーゼ活性を有し、50℃で10分処理後のグルコースデヒドロゲナーゼ活の相対残存活性が50%以上であるタンパク質をコードするDNA。
【請求項8】
請求項7に記載のグルコースデヒドロゲナーゼ遺伝子を含む組換えDNA。
【請求項9】
請求項8に記載の組換えDNAを保有する微生物。
【請求項10】
以下のステップ(1)~(3)を含む、グルコースデヒドロゲナーゼの調製法:
(1)請求項7に記載のグルコースデヒドロゲナーゼ遺伝子を用意するステップ;
(2)前記遺伝子を発現させるステップ、及び
(3)発現産物を回収するステップ。
【請求項11】
請求項1~6のいずれか一項に記載のグルコースデヒドロゲナーゼを用いて試料中のグルコースを測定することを特徴とする、グルコース測定法。
【請求項12】
請求項1~6のいずれか一項に記載のグルコースデヒドロゲナーゼを含む、グルコース測定用試薬。
【請求項13】
請求項12に記載のグルコース測定用試薬を含む、グルコース測定用キット。
【請求項14】
請求項1~6のいずれか一項に記載のグルコースデヒドロゲナーゼを含む、グルコースセンサ。
【請求項15】
請求項1~6のいずれか一項に記載のグルコースデヒドロゲナーゼを含有する酵素剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はグルコースデヒドロゲナーゼ(グルコース脱水素酵素)に関する。詳しくは、熱安定性に優れるフラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)依存性グルコースデヒドロゲナーゼ(E.C.1.1.99.10)及びその遺伝子等に関する。本出願は、2018年12月5日に出願された日本国特許出願第2018-228583号に基づく優先権を主張するものであり、当該特許出願の全内容は参照により援用される。
【背景技術】
【0002】
糖尿病患者は年々増加しており、糖尿病患者、特にインスリン依存性の患者は血糖値を日常的に監視し血糖をコントロールする必要がある。近年、酵素を用いてリアルタイムで簡便にかつ正確に測定できる自己血糖測定器で糖尿病患者の血糖値をチェック出来るようになった。グルコースセンサ(例えば、自己血糖測定器に使用されるセンサ)用として、グルコースオキシダーゼ(E.C.1.1.3.4)、PQQ依存性グルコースデヒドロゲナーゼ(E.C.1.1.5.2)(例えば特許文献1~3を参照)が開発されたが、酸素反応性、マルトース、ガラクトースへの反応性が問題となった。この問題を解決すべく、FAD依存性グルコースデヒドロゲナーゼ(以下、「FAD-GDH」と略称する)が開発された(例えば特許文献4、5、非特許文献1~4を参照)。FAD-GDHについては様々な改良が検討されている(例えば特許文献6、7を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2000-350588号公報
【文献】特開2001-197888号公報
【文献】特開2001-346587号公報
【文献】国際公開第2004/058958号パンフレット
【文献】国際公開第2007/139013号パンフレット
【文献】国際公開第2009/119728号パンフレット
【文献】特許第6084981号
【非特許文献】
【0004】
【文献】Studies on the glucose dehydrogenase of Aspergillus oryzae. I. Induction of its synthesis by p-benzoquinone and hydroquinone, T.C. Bak, and R. Sato, Biochim. Biophys. Acta, 139, 265-276 (1967).
【文献】Studies on the glucose dehydrogenase of Aspergillus oryzae. II. Purification and physical and chemical properties, T.C. Bak, Biochim. Biophys. Acta, 139, 277-293 (1967).
【文献】Studies on the glucose dehydrogenase of Aspergillus oryzae. III. General enzymatic properties, T.C. Bak, Biochim. Biophys. Acta, 146, 317-327 (1967).
【文献】Studies on the glucose dehydrogenase of Aspergillus oryzae. IV. Histidyl residue as an active site, T.C. Bak, and R. Sato, Biochim. Biophys. Acta, 146, 328-335 (1967).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
酵素はタンパク質であり、熱による活性の低下を引き起こしやすい。活性の低下は測定精度等に直結する。血糖測定(自己血糖測定(SMBG)及び持続血糖測定(CGM))においても、それに使用する酵素の熱安定性が高いことが望まれているが、FAD-GDHは概してグルコースオキシダーゼ(GO)よりも安定性が劣る。FAD-GDHの熱安定性を高める試みはあるものの(例えば特許文献7)、依然として熱安定性向上に対するニーズは高い。熱安定性に優れたFAD-GDHを利用できれば、FAD-GDHの利点を活かした実用性の高いグルコースセンサが構成される。そこで本発明は、熱安定性が高く、特にグルコースセンサ用としての実用性が向上したFAD-GDH及びその用途等を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決すべく本発明者らは、広範な微生物を対象として大規模なスクリーニングを実施した。その結果、熱安定性が高く、しかも基質特異性に優れ、グルコースセンサ用途に適した特性を備えた二種類の新規FAD-GDHを同定することに成功した。一方、これらのFAD-GDHの配列を解析したところ、429番アミノ酸がフェニルアラニンであるという共通点が見出された。スクリーニングの際、比較的熱安定性に優れる別の酵素も認められたが、その429番アミノ酸はフェニルアラニンではなかった。この事実も考え合わせれば、429番アミノ酸がフェニルアラニンであることが熱安定性に重要であること、言い換えれば429番フェニルアラニンが熱安定性に寄与していることが示唆された。
【0007】
以下の発明は、以上の成果及び考察に基づく。
[1]以下の(a)又は(b)のアミノ酸配列を有し、50℃で10分処理後の相対残存活性が50%以上である、グルコースデヒドロゲナーゼ:
(a)配列番号1又は配列番号13のアミノ酸配列に90%以上の同一性を示し、且つ配列番号1のアミノ酸配列の429位アミノ酸に相当するアミノ酸はフェニルアラニン(F)であるアミノ酸配列;
(b)配列番号2又は配列番号14のアミノ酸配列に90%以上の同一性を示し、且つ配列番号2のアミノ酸配列の429位アミノ酸に相当するアミノ酸はフェニルアラニン(F)であるアミノ酸配列。
[2](a)における前記同一性と(b)における前記同一性が95%以上である、[1]に記載のグルコースデヒドロゲナーゼ。
[3](a)における前記同一性と(b)における前記同一性が97%以上である、[1]に記載のグルコースデヒドロゲナーゼ。
[4](a)における前記同一性と(b)における前記同一性が98%以上である、[1]に記載のグルコースデヒドロゲナーゼ。
[5](a)における前記同一性と(b)における前記同一性が99%以上である、[1]に記載のグルコースデヒドロゲナーゼ。
[6]配列番号13又は配列番号14のアミノ酸配列からなる、[1]に記載のグルコースデヒドロゲナーゼ。
[7]以下の(A)~(C)からなる群より選択されるいずれかのDNAからなるグルコースデヒドロゲナーゼ遺伝子:
(A)[1]の(a)又は(b)のアミノ酸配列をコードするDNA;
(B)配列番号5、配列番号6、配列番号9、配列番号10、配列番号15又は配列番号16の塩基配列からなるDNA;
(C)配列番号5、配列番号6、配列番号9、配列番号10、配列番号15又は配列番号16の塩基配列と等価な塩基配列を有し、且つグルコースデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA。
[8][7]に記載のグルコースデヒドロゲナーゼ遺伝子を含む組換えDNA。
[9][8]に記載の組換えDNAを保有する微生物。
[10]以下のステップ(1)~(3)を含む、グルコースデヒドロゲナーゼの調製法:
(1)[7]に記載のグルコースデヒドロゲナーゼ遺伝子を用意するステップ;
(2)前記遺伝子を発現させるステップ、及び
(3)発現産物を回収するステップ。
[11][1]~[6]のいずれか一項に記載のグルコースデヒドロゲナーゼを用いて試料中のグルコースを測定することを特徴とする、グルコース測定法。
[12][1]~[6]のいずれか一項に記載のグルコースデヒドロゲナーゼを含む、グルコース測定用試薬。
[13][12]に記載のグルコース測定用試薬を含む、グルコース測定用キット。
[14][1]~[6]のいずれか一項に記載のグルコースデヒドロゲナーゼを含む、グルコースセンサ。
[15][1]~[6]のいずれか一項に記載のグルコースデヒドロゲナーゼを含有する酵素剤。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】培養上清を用いたFAD-GDH活性の測定。50℃、10分処理後の相対残存活性で熱安定性を評価した。
図2】精製酵素を用いたFAD-GDH活性の測定。50℃、10分処理後の相対残存活性で熱安定性を評価した。
図3】精製酵素を用いた基質特性の評価。D-グルコースへの反応性を100%とした場合の相対活性(%)でD-マルトースに対する反応性及びD-キシロースに対する反応性を評価した。
図4】P. variotii NBRC 4855株由来のFAD-GDHのアミノ酸配列。429位アミノ酸(F)を下線で示す。
図5】P. variotii AHU 9417株由来のFAD-GDHのアミノ酸配列。429位アミノ酸(F)を下線で示す。
図6】P. variotii IAM 12157株由来のFAD-GDHのアミノ酸配列。429位アミノ酸(L)を下線で示す。
図7】P. brunneolus NBRC 7563株由来のFAD-GDHのアミノ酸配列。429位アミノ酸(A)を下線で示す。
図8】P. variotii NBRC 4855株由来のFAD-GDHのゲノムDNA配列。イントロンを下線で示す。
図9】P. variotii AHU 9417株由来のFAD-GDHのゲノムDNA配列。イントロンを下線で示す。
図10】P. variotii IAM 12157株由来のFAD-GDHのゲノムDNA配列。イントロンを下線で示す。
図11】P. brunneolus NBRC 7563株由来のFAD-GDHのゲノムDNA配列。イントロンを下線で示す。
図12】P. variotii NBRC 4855株由来のFAD-GDHのcDNA配列。
図13】P. variotii AHU 9417株由来のFAD-GDHのcDNA配列。
図14】P. variotii IAM 12157株由来のFAD-GDHのcDNA配列。
図15】P. brunneolus NBRC 7563株由来のFAD-GDHのcDNA配列。
図16】組換え酵素を用いた基質特性の評価。D-グルコースへの反応性を100%とした場合の相対活性(%)でD-マルトースに対する反応性及びD-キシロースに対する反応性を評価した。
図17】F429置換体の熱安定性。
【発明を実施するための形態】
【0009】
1.用語
本明細書において用語「単離された」は「精製された」と交換可能に使用される。用語「単離された」は、人為的操作が介在することなく産生される物の場合、天然の状態、即ち、自然界において存在している状態のものと区別するために使用され、人為的操作が介在して生産される物の場合、単離工程又は精製工程を経ていないものと区別するために使用される。前者の場合、単離するという人為的操作によって、天然の状態とは異なる状態である「単離された状態」となり、単離されたものは天然物自体と明確且つ決定的に相違する。一方、後者の場合、典型的には、単離工程又は精製工程によって不純物が除去され又はその量が低減され、純度が高まる。単離された酵素の純度は特に限定されない。但し、純度の高いことが要求される用途への適用が予定されるのであれば、単離された酵素の純度は高いことが好ましい。
【0010】
2.グルコースデヒドロゲナーゼ
本発明の第1の局面はグルコースデヒドロゲナーゼ(以下、本酵素とも呼ぶ)に関する。本酵素の一態様(第1態様)は、配列番号1又は配列番号13のアミノ酸配列に90%以上の同一性を示し、且つ配列番号1のアミノ酸配列の429位アミノ酸(配列番号13のアミノ酸配列では414位アミノ酸)に相当するアミノ酸はフェニルアラニン(F)である、アミノ酸配列を有する。配列番号1のアミノ酸配列はペシロマイセス・バリオチ(Paecilomyces variotii) NBRC 4855株の産生するグルコースデヒドロゲナーゼのアミノ酸配列であり、配列番号13は配列番号1からシグナルペプチド配列を除外したアミノ酸配列である。当該菌株は独立行政法人製品評価技術基盤機構(NBRC)(〒292-0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に保存されており、所定の手続きを経ることによってその分譲を受けることができる。
【0011】
本発明の別の態様(第2態様)は、配列番号2又は配列番号14のアミノ酸配列に90%以上の同一性を示し、且つ配列番号2のアミノ酸配列の429位アミノ酸(配列番号14のアミノ酸配列では414位アミノ酸)に相当するアミノ酸はフェニルアラニン(F)である、アミノ酸配列を有する。配列番号1のアミノ酸配列はペシロマイセス・バリオチ(Paecilomyces variotii) AHU 9417株の産生するグルコースデヒドロゲナーゼのアミノ酸配列であり、配列番号14は配列番号2からシグナルペプチド配列を除外したアミノ酸配列である。当該菌株は北海道大学菌株保存室(AHU)に保存されており、北海道大学大学院農学研究院 応用生命科学部門 分子生命科学分野 応用菌学研究室 菌株保存室(〒060-8589 北海道札幌市北区北9条西9丁目)より、所定の手続きを経ることによってその分譲を受けることができる。
【0012】
本酵素は熱安定性に優れ、50℃で10分処理後の相対残存活性が50%以上となる。好ましくは当該相対残存活性が55%以上、更に好ましくは当該相対残存活性が70%以上である。相対残存活性の評価に用いる活性測定法は実施例の欄に示される。
【0013】
配列番号1又は配列番号13のアミノ酸配列に対する同一性(第1態様の同一性)と配列番号2又は配列番号14のアミノ酸配列に対する同一性(第2態様の同一性)は、好ましくは95%以上、更に好ましくは97%以上、更に更に好ましくは98%以上、より一層好ましくは99%以上である。100%の同一性を示すアミノ酸配列、即ち、配列番号1又は配列番号13のアミノ酸配列からなるグルコースデヒドロゲナーゼ(ペシロマイセス・バリオチ NBRC 4855株由来の酵素)と配列番号2又は配列番号14のアミノ酸配列からなるグルコースデヒドロゲナーゼ(ペシロマイセス・バリオチ AHU 9417株由来の酵素)は特に好ましいグルコースデヒドロゲナーゼの具体例である。
【0014】
ここで、本明細書においてアミノ酸残基について使用する場合の用語「相当する」とは、比較されるタンパク質(酵素)間においてその機能の発揮に同等の貢献をしていることを意味する。例えば、基準のアミノ酸配列(即ち、配列番号1、配列番号2、配列番号13又は配列番号14のアミノ酸配列)に対して比較対象のアミノ酸配列を、一次構造(アミノ酸配列)の部分的な相同性を考慮しつつ、最適な比較ができるように並べたときに(このときに必要に応じてギャップを導入し、アライメントを最適化してもよい)、基準のアミノ酸配列中の特定のアミノ酸に対応する位置のアミノ酸を「相当するアミノ酸」として特定することができる。一次構造同士の比較に代えて、又はこれに加えて立体構造(三次元構造)同士の比較によって「相当するアミノ酸」を特定することもできる。立体構造情報を利用することによって信頼性の高い比較結果が得られる。この場合は、複数の酵素の立体構造の原子座標を比較しながらアライメントを行っていく手法を採用できる。変異対象酵素の立体構造情報は例えばProtein Data Bank(http://www.pdbj.org/index_j.html)より取得することができる。
【0015】
X線結晶構造解析によるタンパク質立体構造の決定方法の一例を以下に示す。
(1)タンパク質を結晶化する。結晶化は、立体構造決定のためには欠かせないが、それ以外にも、タンパク質の高純度の精製法、高密度で安定な保存法として産業上の有用性もある。この場合、リガンドとして基質もしくはそのアナログ化合物を結合したタンパク質を結晶化すると良い。
(2)作製した結晶にX線を照射して回折データを収集する。なお、タンパク質結晶はX線照射によりダメージを受け回折能が劣化するケースが多々ある。その場合、結晶を急激に-173℃程度に冷却し、その状態で回折データを収集する低温測定技術が最近普及してきた。なお、最終的に、構造決定に利用する高分解能データを収集するために、輝度の高いシンクロトロン放射光が利用される。
(3)結晶構造解析を行うには、回折データに加えて、位相情報が必要になる。目的のタンパク質に対して、類縁のタンパク質の結晶構造が未知の場合、分子置換法で構造決定することは不可能であり、重原子同型置換法により位相問題が解決されなくてはならない。重原子同型置換法は、水銀や白金等原子番号が大きな金属原子を結晶に導入し、金属原子の大きなX線散乱能のX線回折データへの寄与を利用して位相情報を得る方法である。決定された位相は、結晶中の溶媒領域の電子密度を平滑化することにより改善することが可能である。溶媒領域の水分子は揺らぎが大きいために電子密度がほとんど観測されないので、この領域の電子密度を0に近似することにより、真の電子密度に近づくことができ、ひいては位相が改善されるのである。また、非対称単位に複数の分子が含まれている場合、これらの分子の電子密度を平均化することにより位相が更に大幅に改善される。このようにして改善された位相を用いて計算した電子密度図にタンパク質のモデルをフィットさせる。このプロセスは、コンピューターグラフィックス上で、MSI社(アメリカ)のQUANTA等のプログラムを用いて行われる。この後、MSI社のX-PLOR等のプログラムを用いて、構造精密化を行い、構造解析は完了する。目的のタンパク質に対して、類縁のタンパク質の結晶構造が既知の場合は、既知タンパク質の原子座標を用いて分子置換法により決定できる。分子置換と構造精密化はプログラム CNS_SOLVE ver.11などを用いて行うことができる。
【0016】
第1態様のグルコースデヒドロゲナーゼに該当し得るアミノ酸配列の例として、配列番号1のアミノ酸配列の429位フェニルアラニン(F429)以外の部分に変異(アミノ酸の欠失、置換、付加、挿入等)を加えたもの(但し、変異後のアミノ酸配列は配列番号1のアミノ酸配列に90%以上の同一性を示す)、配列番号1のアミノ酸配列に高い同一性を示し且つ配列番号1の429位に相当するアミノ酸がフェニルアラニンであるアミノ酸配列(例えば、ペシロマイセス属微生物由来のグルコースデヒドロゲナーゼのアミノ酸配列)に対して同様の変異を加えたもの(但し、変異後のアミノ酸配列は配列番号1のアミノ酸配列に90%以上の同一性を示す)、配列番号1のアミノ酸配列に90%以上の同一性を示し且つ配列番号1の429位に相当するアミノ酸がフェニルアラニンでないアミノ酸配列に対して配列番号1の429位に相当するアミノ酸をフェニルアラニンに置換する変異を加えたもの、配列番号13のアミノ酸配列の414位フェニルアラニン(F414)以外の部分に変異(アミノ酸の欠失、置換、付加、挿入等)を加えたもの(但し、変異後のアミノ酸配列は配列番号13のアミノ酸配列に90%以上の同一性を示す)、配列番号13のアミノ酸配列に高い同一性を示し且つ配列番号13の414位に相当するアミノ酸がフェニルアラニンであるアミノ酸配列(例えば、ペシロマイセス属微生物由来のグルコースデヒドロゲナーゼのアミノ酸配列)に対して同様の変異を加えたもの(但し、変異後のアミノ酸配列は配列番号13のアミノ酸配列に90%以上の同一性を示す)、配列番号13のアミノ酸配列に90%以上の同一性を示し且つ配列番号13の414位に相当するアミノ酸がフェニルアラニンでないアミノ酸配列に対して配列番号13の414位に相当するアミノ酸をフェニルアラニンに置換する変異を加えたものを挙げることができる。同様に、第2態様のグルコースデヒドロゲナーゼに該当し得るアミノ酸配列の例として、配列番号2のアミノ酸配列の429位フェニルアラニン(F429)以外の部分に変異(アミノ酸の欠失、置換、付加、挿入等)を加えたもの(但し、変異後のアミノ酸配列は配列番号2のアミノ酸配列に90%以上の同一性を示す)、配列番号2のアミノ酸配列に高い同一性を示し且つ配列番号2の429位に相当するアミノ酸がフェニルアラニンであるアミノ酸配列(例えば、ペシロマイセス属微生物由来のグルコースデヒドロゲナーゼのアミノ酸配列)に対して同様の変異を加えたもの(但し、変異後のアミノ酸配列は配列番号2のアミノ酸配列に90%以上の同一性を示す)、配列番号2のアミノ酸配列に90%以上の同一性を示し且つ配列番号2の429位に相当するアミノ酸がフェニルアラニンでないアミノ酸配列に対して配列番号2の429位に相当するアミノ酸をフェニルアラニンに置換する変異を加えたもの、配列番号14のアミノ酸配列の414位フェニルアラニン(F414)以外の部分に変異(アミノ酸の欠失、置換、付加、挿入等)を加えたもの(但し、変異後のアミノ酸配列は配列番号14のアミノ酸配列に90%以上の同一性を示す)、配列番号14のアミノ酸配列に高い同一性を示し且つ配列番号14の414位に相当するアミノ酸がフェニルアラニンであるアミノ酸配列(例えば、ペシロマイセス属微生物由来のグルコースデヒドロゲナーゼのアミノ酸配列)に対して同様の変異を加えたもの(但し、変異後のアミノ酸配列は配列番号14のアミノ酸配列に90%以上の同一性を示す)、配列番号14のアミノ酸配列に90%以上の同一性を示し且つ配列番号14の414位に相当するアミノ酸がフェニルアラニンでないアミノ酸配列に対して配列番号14の414位に相当するアミノ酸をフェニルアラニンに置換する変異を加えたものを挙げることができる。配列番号1のアミノ酸配列、配列番号2のアミノ酸配列、配列番号13のアミノ酸配列又は配列番号14のアミノ酸配列に対して変異が加えられる場合、その変異は好ましくは保存的アミノ酸置換により生じている。「保存的アミノ酸置換」とは、あるアミノ酸残基を、同様の性質の側鎖を有するアミノ酸残基に置換することをいう。アミノ酸残基はその側鎖によって塩基性側鎖(例えばリジン、アルギニン、ヒスチジン)、酸性側鎖(例えばアスパラギン酸、グルタミン酸)、非荷電極性側鎖(例えばグリシン、アスパラギン、グルタミン、セリン、スレオニン、チロシン、システイン)、非極性側鎖(例えばアラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、フェニルアラニン、メチオニン、トリプトファン)、β分岐側鎖(例えばスレオニン、バリン、イソロイシン)、芳香族側鎖(例えばチロシン、フェニルアラニン、トリプトファン、ヒスチジン)のように、いくつかのファミリーに分類されている。保存的アミノ酸置換は好ましくは、同一のファミリー内のアミノ酸残基間の置換である。
【0017】
後述の実施例に示す通り、ペシロマイセス・バリオチ NBRC 4855株由来のグルコースデヒドロゲナーゼとペシロマイセス・バリオチ AHU 9417株由来のグルコースデヒドロゲナーゼは基質特性にも優れる。この事実に鑑み、本酵素を更に、D-マルトースに対する反応性及びD-キシロースに対する反応性が低い、という特性で特徴付けることができる。D-マルトースに対する反応性については、D-グルコースに対する反応性を100%としたときのD-マルトースに対する反応性が5%以下、好ましくは3%以下、更に好ましくは2%以下、更に更に好ましくは1%以下である。D-キシロースに対する反応性については、D-グルコースに対する反応性を100%としたときのD-キシロースに対する反応性が22%以下、好ましくは20%以下、更に好ましくは18%以下、更に更に好ましくは15%以下である。
【0018】
ところで、二つのアミノ酸配列又は二つの核酸(以下、これらを含む用語として「二つの配列」を使用する)の同一性(%)は例えば以下の手順で決定することができる。まず、最適な比較ができるよう二つの配列を並べる(例えば、第一の配列にギャップを導入して第二の配列とのアライメントを最適化してもよい)。第一の配列の特定位置の分子(アミノ酸残基又はヌクレオチド)が、第二の配列における対応する位置の分子と同じであるとき、その位置の分子が同一であるといえる。二つの配列の同一性は、その二つの配列に共通する同一位置の数の関数であり(すなわち、同一性(%)=同一位置の数/位置の総数 × 100)、好ましくは、アライメントの最適化に要したギャップの数およびサイズも考慮に入れる。
【0019】
二つの配列の比較及び同一性の決定は数学的アルゴリズムを用いて実現可能である。配列の比較に利用可能な数学的アルゴリズムの具体例としては、KarlinおよびAltschul (1990) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87:2264-68に記載され、KarlinおよびAltschul (1993) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90:5873-77において改変されたアルゴリズムがあるが、これに限定されることはない。このようなアルゴリズムは、Altschulら (1990) J. Mol. Biol. 215:403-10に記載のNBLASTプログラムおよびXBLASTプログラム(バージョン2.0)に組み込まれている。本発明の核酸分子に等価なヌクレオチド配列を得るには例えば、NBLASTプログラムでscore = 100、wordlength = 12としてBLASTヌクレオチド検索を行えばよい。本酵素に等価なアミノ酸配列を得るには例えば、XBLASTプログラムでscore = 50、wordlength = 3としてBLASTポリペプチド検索を行えばよい。比較のためのギャップアライメントを得るためには、Altschulら (1997) Amino Acids Research 25(17):3389-3402に記載のGapped BLASTが利用可能である。BLASTおよびGapped BLASTを利用する場合は、対応するプログラム(例えばXBLASTおよびNBLAST)のデフォルトパラメータを使用することができる。詳しくはhttp://www.ncbi.nlm.nih.govを参照されたい。配列の比較に利用可能な他の数学的アルゴリズムの例としては、MyersおよびMiller (1988) Comput Appl Biosci. 4:11-17に記載のアルゴリズムがある。このようなアルゴリズムは、例えばGENESTREAMネットワークサーバー(IGH Montpellier、フランス)またはISRECサーバーで利用可能なALIGNプログラムに組み込まれている。アミノ酸配列の比較にALIGNプログラムを利用する場合は例えば、PAM120残基質量表を使用し、ギャップ長ペナルティ=12、ギャップペナルティ=4とすることができる。
【0020】
二つのアミノ酸配列の同一性を、GCGソフトウェアパッケージのGAPプログラムを用いて、Blossom 62マトリックスまたはPAM250マトリックスを使用し、ギャップ加重=12、10、8、6、又は4、ギャップ長加重=2、3、又は4として決定することができる。また、二つの核酸配列の相同度を、GCGソフトウェアパッケージ(http://www.gcg.comで利用可能)のGAPプログラムを用いて、ギャップ加重=50、ギャップ長加重=3として決定することができる。
【0021】
本酵素が、より大きいタンパク質(例えば融合タンパク質)の一部であってもよい。融合タンパク質において付加される配列としては、例えば、多重ヒスチジン残基のような精製に役立つ配列、組み換え生産の際の安定性を確保する付加配列等が挙げられる。
【0022】
上記アミノ酸配列を有する本酵素は、遺伝子工学的手法によって容易に調製することができる。例えば、本酵素をコードするDNAで適当な宿主細胞(例えば大腸菌)を形質転換し、形質転換体内で発現されたタンパク質を回収することにより調製することができる。回収されたタンパク質は目的に応じて適宜精製される。このように組換えタンパク質として本酵素を得ることにすれば種々の修飾が可能である。例えば、本酵素をコードするDNAと他の適当なDNAとを同じベクターに挿入し、当該ベクターを用いて組換えタンパク質の生産を行えば、任意のペプチドないしタンパク質が連結された組換えタンパク質からなる本酵素を得ることができる。また、糖鎖及び/又は脂質の付加や、あるいはN末端若しくはC末端のプロセッシングが生ずるような修飾を施してもよい。以上のような修飾により、組換えタンパク質の抽出、精製の簡便化、又は生物学的機能の付加等が可能である。
【0023】
3.本酵素をコードする核酸等
本発明の第2の局面は本酵素に関連する核酸を提供する。即ち、本酵素をコードする遺伝子、本酵素をコードする核酸を同定するためのプローブとして用いることができる核酸、本酵素をコードする核酸を増幅又は突然変異等させるためのプライマーとして用いることができる核酸が提供される。
【0024】
本酵素をコードする遺伝子は典型的には本酵素の調製に利用される。本酵素をコードする遺伝子を用いた遺伝子工学的調製法によれば、より均質な状態の本酵素を得ることが可能である。また、当該方法は大量の本酵素を調製する場合にも好適な方法といえる。尚、本酵素をコードする遺伝子の用途は本酵素の調製に限られない。例えば、本酵素の作用機構の解明などを目的とした実験用のツールとして、或いは本酵素の変異体をデザイン又は作製するためのツールとして、当該核酸を利用することもできる。
【0025】
本明細書において「本酵素をコードする遺伝子」とは、それを発現させた場合に本酵素が得られる核酸のことをいい、本酵素のアミノ酸配列に対応する塩基配列を有する核酸は勿論のこと、そのような核酸にアミノ酸配列をコードしない配列が付加されてなる核酸をも含む。また、コドンの縮重も考慮される。開始コドンを含まない塩基配列を有する核酸に関しては、開始コドン、又は開始コドンを含むシグナルペプチドを付加した上で発現することで本酵素を得ることができる。
【0026】
本酵素をコードする遺伝子の配列の例を配列番号5(配列番号1のアミノ酸配列をコードするゲノムDNA配列)、配列番号9(配列番号1のアミノ酸配列をコードするcDNA配列)、配列番号6(配列番号2のアミノ酸配列をコードするゲノムDNA配列)及び配列番号10(配列番号2のアミノ酸配列をコードするcDNA配列)、配列番号15(配列番号13のアミノ酸配列をコードするDNA配列)、配列番号16(配列番号14のアミノ酸配列をコードするDNA配列)に示す。
【0027】
本発明の核酸は、本明細書又は添付の配列表が開示する配列情報を参考にし、標準的な遺伝子工学的手法、分子生物学的手法、生化学的手法などを用いることによって、単離された状態に調製することができる。
【0028】
本発明の他の態様では、本酵素をコードする遺伝子の塩基配列と比較した場合にそれがコードするタンパク質の機能は同等であるものの一部において塩基配列が相違する核酸(以下、「等価核酸」ともいう。また、等価核酸を規定する塩基配列を「等価塩基配列」ともいう)が提供される。等価核酸の例として、本酵素をコードする核酸の塩基配列を基準として1若しくは複数の塩基の置換、欠失、挿入、付加、又は逆位を含む塩基配列からなり、本酵素に特徴的な酵素活性(即ちGDH活性)を有するタンパク質をコードするDNAを挙げることができる。塩基の置換や欠失などは複数の部位に生じていてもよい。ここでの「複数」とは、当該核酸がコードするタンパク質の立体構造におけるアミノ酸残基の位置や種類によっても異なるが例えば2~40塩基、好ましくは2~20塩基、より好ましくは2~10塩基である。
【0029】
等価核酸は、基準となる塩基配列(配列番号5、配列番号6、配列番号9、配列番号10、配列番号15、配列番号16の配列)に対して、例えば60%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、より一層好ましくは85%以上、さらに好ましくは約90%以上、さらに一層好ましくは95%以上、最も好ましくは99%以上の同一性を有する。等価核酸の具体例として、配列番号5の塩基配列の1349~1351位に相当するコドンがTTT又はTTCであり配列番号5の塩基配列と上記記載の同一性を有するもの、配列番号6の塩基配列の1348~1350位に相当するコドンがTTT又はTTCであり配列番号6の塩基配列と上記記載の同一性を有するもの、配列番号9の塩基配列の1285~1287位に相当するコドンがTTT又はTTCであり配列番号10の塩基配列と上記記載の同一性を有するもの、配列番号10の塩基配列の1285~1287位に相当するコドンがTTT又はTTCであり配列番号10の塩基配列と上記記載の同一性を有するもの、配列番号15の塩基配列の1240~1242位に相当するコドンがTTT又はTTCであり配列番号15の塩基配列と上記記載の同一性を有するもの、配列番号16の塩基配列の1240~1242位に相当するコドンがTTT又はTTCであり配列番号16の塩基配列と上記記載の同一性を有するもの、を挙げることができる。
【0030】
以上のような等価核酸は例えば、制限酵素処理、エキソヌクレアーゼやDNAリガーゼ等による処理、位置指定突然変異導入法(Molecular Cloning, Third Edition, Chapter 13 ,Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)やランダム突然変異導入法(Molecular Cloning, Third Edition, Chapter 13 ,Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)による変異の導入などによって得られる。また、紫外線照射など他の方法によっても等価核酸を得ることができる。
【0031】
本発明の他の態様は、本酵素をコードする遺伝子の塩基配列に対して相補的な塩基配列を有する核酸に関する。本発明の更に他の態様は、本発明の本酵素をコードする遺伝子の塩基配列、或いはそれに相補的な塩基配列に対して少なくとも約60%、70%、80%、90%、95%、99%、99.9%同一な塩基配列を有する核酸を提供する。
【0032】
本発明の更に別の態様は、本酵素をコードする遺伝子の塩基配列又はその等価塩基配列に相補的な塩基配列に対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列を有する核酸に関する。ここでの「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。このようなストリンジェントな条件は当業者に公知であって例えばMolecular Cloning(Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)やCurrent protocols in molecular biology(edited by Frederick M. Ausubel et al., 1987)を参照して設定することができる。ストリンジェントな条件として例えば、ハイブリダイゼーション液(50%ホルムアミド、10×SSC(0.15M NaCl, 15mM sodium citrate, pH 7.0)、5×Denhardt溶液、1% SDS、10% デキストラン硫酸、10μg/mlの変性サケ精子DNA、50mMリン酸バッファー(pH7.5))を用いて約42℃~約50℃でインキュベーションし、その後0.1×SSC、0.1% SDSを用いて約65℃~約70℃で洗浄する条件を挙げることができる。更に好ましいストリンジェントな条件として例えば、ハイブリダイゼーション液として50%ホルムアミド、5×SSC(0.15M NaCl, 15mM sodium citrate, pH 7.0)、1×Denhardt溶液、1%SDS、10%デキストラン硫酸、10μg/mlの変性サケ精子DNA、50mMリン酸バッファー(pH7.5))を用いる条件を挙げることができる。
【0033】
本発明の更に他の態様は、本酵素をコードする遺伝子の塩基配列、或いはそれに相補的な塩基配列の一部を有する核酸(核酸断片)を提供する。このような核酸断片は、本酵素をコードする遺伝子の塩基配列を有する核酸などを検出、同定、及び/又は増幅することなどに用いることができる。核酸断片は例えば、本酵素をコードする遺伝子の塩基配列において連続するヌクレオチド部分(例えば約10~約100塩基長、好ましくは約20~約100塩基長、更に好ましくは約30~約100塩基長)にハイブリダイズする部分を少なくとも含むように設計される。プローブとして利用される場合には核酸断片を標識化することができる。標識化には例えば、蛍光物質、酵素、放射性同位元素を用いることができる。
【0034】
本発明のさらに他の局面は、本発明の遺伝子(本酵素をコードする遺伝子)を含む組換えDNAに関する。本発明の組換えDNAは例えばベクターの形態で提供される。本明細書において用語「ベクター」は、それに挿入された核酸を細胞等のターゲット内へと輸送することができる核酸性分子をいう。
【0035】
使用目的(クローニング、タンパク質の発現)に応じて、また宿主細胞の種類を考慮して適当なベクターが選択される。大腸菌を宿主とするベクターとしてはM13ファージ又はその改変体、λファージ又はその改変体、pBR322又はその改変体(pB325、pAT153、pUC8、pTrcなど)等、酵母を宿主とするベクターとしてはpYepSec1、pMFa、pYES2等、昆虫細胞を宿主とするベクターとしてはpAc、pVL等、哺乳類細胞を宿主とするベクターとしてはpCDM8、pMT2PC等を例示することができる。
【0036】
本発明のベクターは好ましくは発現ベクターである。「発現ベクター」とは、それに挿入された核酸を目的の細胞(宿主細胞)内に導入することができ、且つ当該細胞内において発現させることが可能なベクターをいう。発現ベクターは通常、挿入された核酸の発現に必要なプロモーター配列や、発現を促進させるエンハンサー配列等を含む。選択マーカーを含む発現ベクターを使用することもできる。かかる発現ベクターを用いた場合には、選択マーカーを利用して発現ベクターの導入の有無(及びその程度)を確認することができる。
【0037】
本発明の核酸のベクターへの挿入、選択マーカー遺伝子の挿入(必要な場合)、プロモーターの挿入(必要な場合)等は標準的な組換えDNA技術(例えば、Molecular Cloning, Third Edition, 1.84, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New Yorkを参照することができる、制限酵素及びDNAリガーゼを用いた周知の方法)を用いて行うことができる。
【0038】
宿主細胞としては、取り扱いの容易さの点から、大腸菌(エシェリヒア・コリ)、出芽酵母(サッカロマイセス・セレビシエ)、糸状菌(アスペルギルス・オリゼ)などの微生物を用いることが好ましいが、組換えDNAが複製可能で且つ本酵素の遺伝子が発現可能な宿主細胞であれば利用可能である。大腸菌の例としてT7系プロモーターを利用する場合は大腸菌BL21(DE3)、そうでない場合は大腸菌JM109、DH5αを挙げることができる。また、出芽酵母の例として出芽酵母SHY2、出芽酵母AH22あるいは出芽酵母INVSc1(インビトロジェン社)を挙げることができる。
【0039】
本発明の更に他の局面は、本発明の組換えDNAを保有する微生物(即ち形質転換体)に関する。本発明の微生物は、上記本発明のベクターを用いたトランスフェクション乃至はトランスフォーメーションによって得ることができる。例えば、塩化カルシウム法(ジャーナル オブ モレキュラー バイオロジー(J.Mol. Biol.)、第53巻、第159頁 (1970))、ハナハン(Hanahan)法(ジャーナル オブ モレキュラー バイオロジー、第166巻、第557頁 (1983))、SEM法(ジーン(Gene)、第96巻、第23頁(1990)〕、チャング(Chung)らの方法(プロシーディングズ オブ ザ ナショナル アカデミー オブ サイエンシーズ オブ ザ USA、第86巻、第2172頁(1989))、リン酸カルシウム共沈降法、エレクトロポーレーション(Potter,H. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 81, 7161-7165(1984))、リポフェクション(Felgner, P.L. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 84,7413-7417(1984))等によって実施することができる。尚、本発明の微生物は、本酵素を生産することに利用することができる。
【0040】
4.本酵素の調製法
本発明の更なる局面は本酵素の調製法に関する。本発明の調製法では、本発明者らが取得に成功した本酵素を遺伝子工学的手法で調製する。具体的には、まず本酵素をコードする遺伝子を用意する(ステップ(1))。具体的には、例えば、配列番号1、配列番号2、配列番号13又は配列番号14のアミノ酸配列をコードする核酸を用意する。ここで、「配列番号1、配列番号2、配列番号13又は配列番号14のアミノ酸配列をコードする核酸」は、それを発現させた場合に当該アミノ酸配列を有するポリペプチドが得られる核酸であり、当該アミノ酸配列に対応する塩基配列からなる核酸は勿論のこと、そのような核酸に余分な配列(アミノ酸配列をコードする配列であっても、アミノ酸配列をコードしない配列であってもよい)が付加されていてもよい。また、コドンの縮重も考慮される。「配列番号1、配列番号2、配列番号13又は配列番号14のアミノ酸配列をコードする核酸」は、本明細書又は添付の配列表が開示する配列情報を参考にし、標準的な遺伝子工学的手法、分子生物学的手法、生化学的手法などを用いることによって、単離された状態に調製することができる。
【0041】
ステップ(1)に続いて、用意した遺伝子を発現させる(ステップ(2))。例えば、まず上記遺伝子を挿入した発現ベクターを用意し、これを用いて宿主細胞を形質転換する。次に、発現産物である本酵素が産生される条件下で形質転換体を培養する。形質転換体の培養は常法に従えばよい。培地に使用する炭素源としては資化可能な炭素化合物であればよく、例えばグルコース、シュークロース、ラクトース、マルトース、糖蜜、ピルビン酸などが使用される。また、窒素源としては利用可能な窒素化合物であればよく、例えばペプトン、肉エキス、酵母エキス、カゼイン加水分解物、大豆粕アルカリ抽出物などが使用される。その他、リン酸塩、炭酸塩、硫酸塩、マグネシウム、カルシウム、カリウム、鉄、マンガン、亜鉛などの塩類、特定のアミノ酸、特定のビタミンなどが必要に応じて使用される。
【0042】
培養温度は培養対象の形質転換体の生育特性や酵素の産生特性などを考慮して設定することができる。好ましくは30℃~40℃の範囲内(より好ましくは37℃付近)で設定することができる。培養時間は、培養対象の形質転換体の生育特性や酵素の産生特性などを考慮して設定することができる。培地のpHは、形質転換体が生育し且つ酵素が産生される範囲内に調製される。好ましくは培地のpHを6.0~9.0程度(好ましくはpH7.0付近)とする。
【0043】
続いて、発現産物(本酵素)を回収する(ステップ(3))。培養後の菌体を含む培養液をそのまま、或いは濃縮、不純物の除去などを経た後に酵素溶液として利用することもできるが、一般的には培養液又は菌体より発現産物を一旦回収する。発現産物が分泌型タンパク質であれば培養液より、それ以外であれば菌体内より回収することができる。培養液から回収する場合には、例えば培養上清をろ過、遠心処理して不溶物を除去した後、減圧濃縮、膜濃縮、硫酸アンモニウムや硫酸ナトリウムを利用した塩析、メタノールやエタノール又はアセトンなどによる分別沈殿法、透析、加熱処理、等電点処理、ゲルろ過や吸着クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティクロマトグラフィー等の各種クロマトグラフィー(例えば、セファデックス(Sephadex)ゲル(GEヘルスケアバイオサイエンス)などによるゲルろ過、DEAEセファロースCL-6B (GEヘルスケアバイオサイエンス)、オクチルセファロースCL-6B (GEヘルスケアバイオサイエンス)、CMセファロースCL-6B(GEヘルスケアバイオサイエンス))などを組み合わせて分離、精製を行ことにより本酵素の精製品を得ることができる。他方、菌体内から回収する場合には、培養液をろ過、遠心処理等することによって菌体を採取し、次いで菌体を加圧処理、超音波処理などの機械的方法またはリゾチームなどによる酵素的方法で破壊した後、上記と同様に分離、精製を行うことにより本酵素の精製品を得ることができる。
【0044】
酵素の精製度は特に限定されないが、例えば比活性が10~1000(U/mg)、好ましくは比活性が50~500(U/mg)の状態に精製することができる。また、最終的な形態は液体状であっても固体状(粉体状を含む)であってもよい。
【0045】
上記のようにして得られた精製酵素を、例えば凍結乾燥や真空乾燥或いはスプレードライなどにより粉末化して提供することも可能である。その際、精製酵素を予めリン酸緩衝液、トリエタノールアミン緩衝液、トリス塩酸緩衝液やGOODの緩衝液に溶解させておいてもよい。好ましくは、リン酸緩衝液、トリエタノールアミン緩衝液を使用することができる。尚、ここでGOODの緩衝液としてはPIPES、MES又はMOPSが挙げられる。
【0046】
通常は、以上のように適当な宿主-ベクター系を利用して遺伝子の発現~発現産物(本酵素)の回収を行うが、無細胞合成系を利用することにしてもよい。ここで、「無細胞合成系(無細胞転写系、無細胞転写/翻訳系)」とは、生細胞を用いるのではく、生細胞由来の(或いは遺伝子工学的手法で得られた)リボソームや転写・翻訳因子などを用いて、鋳型である核酸(DNAやmRNA)からそれがコードするmRNAやタンパク質をin vitroで合成することをいう。無細胞合成系では一般に、細胞破砕液を必要に応じて精製して得られる細胞抽出液が使用される。細胞抽出液には一般に、タンパク質合成に必要なリボソーム、開始因子などの各種因子、tRNAなどの各種酵素が含まれる。タンパク質の合成を行う際には、この細胞抽出液に各種アミノ酸、ATP、GTPなどのエネルギー源、クレアチンリン酸など、タンパク質の合成に必要なその他の物質を添加する。勿論、タンパク質合成の際に、別途用意したリボソームや各種因子、及び/又は各種酵素などを必要に応じて補充してもよい。
【0047】
タンパク質合成に必要な各分子(因子)を再構成した転写/翻訳系の開発も報告されている(Shimizu, Y. et al.: Nature Biotech., 19, 751-755, 2001)。この合成系では、バクテリアのタンパク質合成系を構成する3種類の開始因子、3種類の伸長因子、終結に関与する4種類の因子、各アミノ酸をtRNAに結合させる20種類のアミノアシルtRNA合成酵素、及びメチオニルtRNAホルミル転移酵素からなる31種類の因子の遺伝子を大腸菌ゲノムから増幅し、これらを用いてタンパク質合成系をin vitroで再構成している。本発明ではこのような再構成した合成系を利用してもよい。
【0048】
用語「無細胞転写/翻訳系」は、無細胞タンパク質合成系、in vitro翻訳系又はin vitro転写/翻訳系と交換可能に使用される。in vitro翻訳系ではRNAが鋳型として用いられてタンパク質が合成される。鋳型RNAとしては全RNA、mRNA、in vitro転写産物などが使用される。他方のin vitro転写/翻訳系ではDNAが鋳型として用いられる。鋳型DNAはリボソーム結合領域を含むべきであって、また適切なターミネータ配列を含むことが好ましい。尚、in vitro転写/翻訳系では、転写反応及び翻訳反応が連続して進行するように各反応に必要な因子が添加された条件が設定される。
【0049】
5.本酵素の用途
本発明の更なる局面は本酵素の用途に関する。この局面ではまず、本酵素を用いたグルコース測定法が提供される。本発明のグルコース測定法では本酵素による酸化還元反応を利用して試料中のグルコース量を測定する。この反応による変化が利用できる各種用途に本発明を適用可能である。
【0050】
本酵素は、典型的には、血糖値の測定に利用されるが、その測定原理が適用可能なものであれば、これに限定されない。例えば、血液以外の体液(例えば涙、唾液、細胞間質液、尿等)や食品等に含有されるグルコースの測定にも本酵素を利用可能である。
【0051】
本発明はまた、本酵素を含むグルコース測定用試薬を提供する。当該試薬は上記の本発明のグルコース測定法に使用される。グルコース測定用試薬の安定化や使用時の活性化等を目的として、血清アルブミン、タンパク質、界面活性剤、糖類、糖アルコール、無機塩類等を添加してもよい。
【0052】
グルコース測定用試薬を測定キットの構成要素にすることもできる。換言すれば、本発明は、上記グルコース測定用試薬を含むキット(グルコース測定用キット)も提供する。本発明のキットは必須の構成要素として上記グルコース測定用試薬を含む。また、反応用試薬、緩衝液、グルコース標準液、容器などを任意の要素として含む。尚、本発明のグルコース測定キットには通常、使用説明書が添付される。
【0053】
本酵素を利用してグルコースセンサを構成することが可能である。即ち、本発明は、本酵素を含むグルコースセンサも提供する。本発明のグルコースセンサの典型的な構造では、絶縁性基板上に作用電極及び対極を備えた電極系が形成され、その上に本酵素とメディエータを含む試薬層が形成される。参照電極も備えた測定系を用いることにしてもよい。このような、いわゆる3電極系の測定系を用いれば、参照電極の電位を基準として作用電極の電位を表すことが可能となる。各電極の材料は特に限定されない。作用電極及び対極の電極材料の例を示せば、金(Au)、カーボン(C)、白金(Pt)、チタン(Ti)である。メディエータとしては、フェリシアン化合物(フェリシアン化カリウム等)、金属錯体(ルテニウム錯体、オスミウム錯体、コバルト錯体、銅錯体等)、フェロセン、フェナジンメトサルフェート、シトクロムC、ピロ口キノリンキノン(PQQ)、NAD+、NADP+、メチレンブルー、カーボンナノチューブ、カーボンナノベルト、ナノ金属、ナノワイヤー、導電性高分子等が使用される。尚、グルコースセンサの構成、グルコースセンサを利用した電気化学的測定法については、例えば、「バイオ電気化学の実際-バイオセンサ・バイオ電池の実用展開-(2007年3月発行、シーエムシー出版)」や「生物と化学 Vol.44, No.3, 2006, 192-197(編集・発行:公益社団法人日本農芸化学会)」に詳しい。
【0054】
本酵素を酵素剤の形態で提供することもできる。本発明の酵素剤は有効成分(本酵素)の他、賦形剤、緩衝剤、懸濁剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水などを含有していてもよい。賦形剤としてはデンプン、デキストリン、マルトース、トレハロース、乳糖、D-グルコース、ソルビトール、D-マンニトール、白糖、グリセロール等を用いることができる。緩衝剤としてはリン酸塩、クエン酸塩、酢酸塩等を用いることができる。安定剤としてはプロピレングリコール、アスコルビン酸等を用いることができる。保存剤としてはフェノール、塩化ベンザルコニウム、ベンジルアルコール、クロロブタノール、メチルパラベン等を用いることができる。防腐剤としてはエタノール、塩化ベンザルコニウム、パラオキシ安息香酸、クロロブタノール等を用いることができる。
【実施例
【0055】
1.微生物からのスクリーニング
公的機関から入手した保存菌株や自然界から入手した様々な菌株を培養して得られた培養液を試料として、自己血糖測定(SMBG)や持続血糖測定(CGM)に利用される酵素として有利な熱安定性の高いFAD-GDHを探索した。
(1)培養液の取得
300 mL容三角フラスコを用いて各種菌株を30℃で振とう培養した。培養液から菌体を除去した上清を限外ろ過濃縮したものを培養上清サンプルとした。熱安定性については、培養上清サンプルを0.1mol/Lリン酸緩衝液(リン酸水素二ナトリウム+リン酸二水素カリウム)(pH7.0)中で50℃、10分保温後の残存活性を測定することで分析した。基質特異性については、培養上清サンプルを用いて、基質となるD-グルコースをマルトース又はキシロースへ変更して同様に測定することで分析した。
【0056】
グルコースデヒドロゲナーゼ活性の測定方法
0.1%(w/v)トリトンX-100を含む100mmol/L PIPES-NaOH緩衝液(pH7.0) 2.4mL、1mol/L D-グルコース溶液0.3mL、3 mmol/L PMS溶液0.2mL、及び6.6 mmol/L NTB溶液0.1mLを混合し、37℃で5分間保温後、酵素液0.1mLを添加し、反応を開始した。酵素反応の進行と共に570nmに吸収を持つDiformazanが生成される。1分間あたりの570nmにおける吸光度の増加を測定し、FAD-GDH活性を測定した。
【0057】
(2)培養上清をサンプルとしたFAD-GDH活性の熱安定性
熱処理(50℃、10分)後の相対残存活性(熱処理後の酵素活性を、熱処理前の酵素活性を100%としたときの相対値(%)で表したもの)で熱安定性を評価した結果、熱安定性が比較的高い二つのFAD-GDHと熱安定性が非常に高い二つのFAD-GDHが見出された(図1)。後者(Paecilomyces variotii NBRC 4855株 由来FAD-GDH及びPaecilomyces variotii AHU 9417株由来FAD-GDH)では90%以上活性が残存しており、非常に高い安定性が確認できた。尚、比較にはアスペルギルス・オリゼ(A.oryzae) BB-56株のFAD-GDH(国際公開第2007/139013号パンフレットを参照)を用いた。
【0058】
2.酵素の精製
(1)培養
P. variotii NBRC4855株をポテトデキストロース寒天培地上で培養したスラント菌体を以下の培地に接種し、30℃、7日間培養した。得られた培養液から菌体を除去し、限外ろ過膜で濃縮、脱塩、分画精製するとともに5mM酢酸酸緩衝液(pH4.5)にバッファー交換した。尚、比較のために、P. variotii IAM12157株も同様に培養することにした。
(培地)
グルコース: 15.0%(w/v)
酵母エキス: 3.0%(w/v)
大豆ペプトン: 6.0%(w/v)
KH2PO4: 0.3%(w/v)
K2HPO4: 0.2%(w/v)
ヒドロキノン(pH6.0): 4mM
【0059】
(2)精製
該濃縮液を5mM酢酸緩衝液pH 4.5で平衡化したSP SepharoseTM Fast Flowにアプライし、FAD-GDHをカラムに吸着させた。30mM NaClを含む5mM酢酸緩衝液pH4.5でカラムを洗浄後、60mM NaClを含む5mM pH4.5でFAD-GDHを溶出させ、精製酵素サンプルとした。
【0060】
3.精製酵素を用いた熱安定性及び基質特異性の評価
(1)熱安定性
精製酵素サンプルを0.1mol/Lリン酸緩衝液(リン酸水素二ナトリウム+リン酸二水素カリウム)(pH7.0)中で熱処理(50℃、10分保温)し、残存活性を測定した。測定結果を図2に示す。P. variotii NBRC4855株由来FAD-GDHが特に高い熱安定性を有することが判明した。
【0061】
(2)基質特異性
上記の「グルコースデヒドロゲナーゼ活性の測定方法」においてD-グルコースをD-マルトース又はD-キシロースへ変更し、D-マルトースに対する反応性とD-キシロースに対する反応性を調べた。D-グルコースへの反応性を100%とした場合の相対活性(%)として、D-マルトースに対する反応性とD-キシロースに対する反応性を評価した。結果を図3に示す。Paecilomyces variotii NBRC4855株由来FAD-GDHはA. oryzae BB-56株のFAD-GDHに比べてキシロースへの反応性が低く、有用であることが判明した。
【0062】
4.遺伝子クローニング
各菌株の培養菌体から、カネカ簡易DNA抽出キットversion 2使用してゲノムDNAを取得した。公開されているPaecilomycesのゲノム情報より、A. oryzae由来のFAD-GDHと比較的相同性の高い配列を見出し、その前後配列よりプライマーを設計した。タカラバイオ製PrimeSTAR(登録商標) Max DNA PolymeraseによりPCRを実施して得られた部分断片を組み合わせることで遺伝子の全長配列の情報を得た。また、各遺伝子配列がコードするアミノ酸配列を特定した。各菌株由来のFAD-GDHのアミノ酸配列を図4(P. variotii NBRC 4855株)、図5(P. variotii AHU 9417株)、図6(P. variotii IAM 12157株)、及び図7(P. brunneolus NBRC 7563株)に示す。また、各菌株由来のFAD-GDHの遺伝子配列を図8(P. variotii NBRC 4855株、ゲノムDNA配列)、図9(P. variotii AHU 9417株、ゲノムDNA配列)、図10(P. variotii IAM 12157株、ゲノムDNA配列)、及び図11(P. brunneolus NBRC 7563株、ゲノムDNA配列)、図12(P. variotii NBRC 4855株、cDNA配列)、図13(P. variotii AHU 9417株、cDNA配列)、図14(P. variotii IAM 12157株、cDNA配列)、及び図15(P. brunneolus NBRC 7563株、cDNA配列)に示す。精製酵素のN末端アミノ酸配列情報から、P. variotii NBRC 4855株由来FAD-GDHとP. variotii AHU 9417株由来FAD-GDHの精製酵素のアミノ酸配列はそれぞれ配列番号13の配列と配列番号14の配列であると推定された。
【0063】
特に熱安定性が高いP. variotii NBRC 4855株由来FAD-GDHとP. variotii AHU 9417株由来FAD-GDHに関しては、429番目のアミノ酸がFであり、このアミノ酸が熱安定性向上に関与していることが示唆された。
【0064】
5.組換え発現
P. variotii NBRC 4855株由来FAD-GDH、P. variotii AHU 9417株由来FAD-GDH及びP. variotii IAM 12157株由来FAD-GDHを各々大腸菌で組換え発現し、性質を確認した。各FAD-GDH遺伝子の5’末端側シグナルペプチドをコードする塩基配列は、メチオニンがN末端に入るように制限酵素NcoIサイトを導入したプライマーを使用してPCR法により除去した。イントロンもPCR法により除去し、大腸菌発現用遺伝子とした。NcoI-HindIIIサイトを用いた制限酵素処理、その後ライゲーションにより、発現ベクター pTrc99Aに、シグナルペプチドとイントロンを除去した遺伝子を導入し、大腸菌DH5αコンピテントセルに形質転換した。形質転換体を、アンピシリン存在下(50~100μg/mL)のLB培地を用い、28℃で培養した。遠心分離によって回収した菌体をビーズショッカーで破砕し、菌体内成分を抽出した。遠心処理後、上清を回収し、0.45μmの膜ろ過後、FAD-GDH活性を確認した。FAD-GDH遺伝子を挿入していないpTrc99Aを形質転換した株をコントロールとして用いた。全ての株でFAD-GDH活性を確認できた。また、基質特異性を確認した結果、図16に示すように、組換え発現した酵素においても、P. variotii NBRC 4855株由来FAD-GDHにおいてD-マルトースとD-キシロースに対する反応性は低く、血糖測定(SMBG用途、CGM用途)に極めて有用であることが判明した。
【0065】
6.P. variotii AHU9417株由来GDHのF429置換体の安定性
P. variotii AHU 9417株由来FAD-GDHの429番目のアミノ酸(F)をL、A、G又はKに置換したFAD-GDHを各々大腸菌で組換え発現し、熱安定性を確認した。酵素サンプルを0.1mol/Lリン酸緩衝液(リン酸水素二ナトリウム+リン酸二水素カリウム)(pH7.0)中で熱処理(45℃、15分保温)し、残存活性を測定した。置換前のFAD-GDH(F429)を100%としたときの相対値で評価した。その結果、429番目のFを他のアミノ酸に置換することで熱安定性が低下した(図17)。即ち、429番目のFが熱安定性向上に関与していることが裏付けられた。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明のグルコースデヒドロゲナーゼは熱安定性に優れ、血糖測定器用のグルコースセンサ用の酵素等として有用である。また、基質特異性の点からも、本発明のグルコースデヒドロゲナーゼは血糖測定器用グルコースセンサへの利用に適する。
【0067】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
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図10
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【配列表】
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