(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-26
(45)【発行日】2024-08-05
(54)【発明の名称】ポリシランの製造方法
(51)【国際特許分類】
C07F 7/21 20060101AFI20240729BHJP
C08G 77/60 20060101ALI20240729BHJP
【FI】
C07F7/21
C08G77/60
(21)【出願番号】P 2021025669
(22)【出願日】2021-02-19
【審査請求日】2022-10-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000001100
【氏名又は名称】株式会社クレハ
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】小林 勇斗
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 惇基
(72)【発明者】
【氏名】内藤 良太
【審査官】前田 孝泰
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-124708(JP,A)
【文献】特開平05-310947(JP,A)
【文献】特開平03-255457(JP,A)
【文献】国際公開第2019/176704(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/045614(WO,A1)
【文献】特開2017-057310(JP,A)
【文献】特開平09-309954(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08G 77/00- 77/62
C07F 7/00- 7/21
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シランモノマー、アルカリ金属および溶媒を含む液を攪拌混合してポリシランを合成する合成工程、ならびに、
前記合成工程で得られた反応液にアルコールと多孔質の無機粒子とを添加し、前記合成工程で反応に使用されず残存した前記アルカリ金属を、前記アルコールと前記無機粒子とが共存している状態で失活させる失活工程、
を含
み、
前記無機粒子に、二酸化ケイ素を主成分とする粒子およびアルミナ粒子からなる群から選ばれる一種以上の粒子を用いる、ポリシランの製造方法。
【請求項2】
前記無機粒子に、シリカゲル粒子またはゼオライト粒子を用いる、請求項1に記載のポリシランの製造方法。
【請求項3】
前記ポリシランが環状ポリシランである、請求項1または2に記載のポリシランの製造方法。
【請求項4】
前記失活工程において、前記反応液中に残存する前記アルカリ金属の重量に対して20倍以上の重量の前記無機粒子を前記反応液に添加する、請求項1~3のいずれか一項に記載のポリシランの製造方法。
【請求項5】
前記溶媒にエーテル系溶媒を用いる、請求項1~4のいずれか一項に記載のポリシランの製造方法。
【請求項6】
前記失活工程において、前記反応液に前記無機粒子を添加し、その後に前記アルコールを添加する、請求項1~5のいずれか一項に記載のポリシランの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリシランの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭化ケイ素繊維(SiC繊維)は、航空分野または原子力分野への応用が期待されている材料である。SiC繊維の強度は、結晶構造中の酸素の存在により、1300℃以上の高温環境下で著しく低下するとされている。このため、SiC繊維の前駆体であるポリカルボシラン(PCS)においても酸素含有量の低減が求められる。酸素含有量の低いPCSの合成経路には、環状ポリシランを原料とする合成経路がある。環状ポリシランの合成方法も、様々に検討されており、アルカリ金属、シランモノマーおよび溶媒を混合し、加熱還流することによって環状ポリシランを製造する方法が知られている(例えば、特許文献1および2参照)。
【0003】
上記の環状ポリシランの製造方法では、反応液中に残存するアルカリ金属を安全に除去する必要があり、そのため、反応液中に残存するアルカリ金属を失活させる。反応液中に残存するアルカリ金属を失活させる方法には、反応液をアルコールと水との混合液と混合する方法が知られている(例えば、特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開昭54-130541号公報
【文献】特開2019-156792号公報
【文献】特開2017-57310号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
反応液中のアルカリ金属を失活させるのに水を用いる場合では、水は、通常、アルカリ金属と激しく反応する。このため、局所的に発熱することから、アルカリ金属の失活処理を安定して実施する観点から好ましくない。また、環状ポリシランの製造において水溶性かつ沸点が水と近い有機溶剤または水と共沸する有機溶剤を溶媒として用いる場合では、アルカリ金属の失活に水を用いると、失活処理後の反応液から、水を実質的に含有しない溶媒を回収することが難しい。このため、溶媒の再利用が困難となることがある。
【0006】
本発明は、ポリシランの製造方法において、水を使用せずに残存アルカリ金属を失活させる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係るポリシランの製造方法は、シランモノマー、アルカリ金属および溶媒を含む液を攪拌混合してポリシランを合成する合成工程、ならびに、前記合成工程で得られた反応液にアルコールと無機粒子とを添加し、前記合成工程で反応に使用されず残存した前記アルカリ金属を失活させる失活工程、を含む。
【発明の効果】
【0008】
本発明の一態様によれば、ポリシランの製造方法において、水を使用せずに残存アルカリ金属を失活させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の一実施形態に係るポリシランの製造方法は、ポリシランの合成工程とアルカリ金属の失活工程とを含む。
【0010】
〔合成工程〕
合成工程は、シランモノマー、アルカリ金属および溶媒を含む液を攪拌混合し、ウルツ(Wurtz)反応にてポリシランを合成する工程である。
【0011】
[シランモノマー]
シランモノマーは、一種でもそれ以上でもよい。シランモノマーは、例えば下記式(I)で示される。
【0012】
【0013】
式(I)中、R1およびR2は、それぞれ独立して水素原子、炭化水素基、アルコキシ基またはハロゲン原子を表す。X1およびX2はそれぞれ独立してアルコキシ基またはハロゲン原子を表す。n1は1以上の整数である。
【0014】
上記のアルコキシ基にはメトキシ基およびエトキシ基等が挙げられ、上記のハロゲン原子にはフッ素原子、塩素原子、臭素原子およびヨウ素原子等が挙げられる。シランモノマー自体の安定性および安定供給の観点から、X1およびX2は、ハロゲン原子が好ましく、塩素原子がより好ましい。
【0015】
シランモノマーにおけるアルコキシ基またはハロゲン原子の数は、2以上、例えば2~4であるが、環状ポリシランを合成する場合には2(X1およびX2)であることが好ましい。1つのシランモノマーにおける2つ以上のアルコキシ基またはハロゲン原子は、互いに同じであってもよいし、異なっていてもよい。
【0016】
上記の炭化水素基には、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基およびアリール基等が挙げられる。R1およびR2は、目的化合物であるポリシランの側鎖となり得るため、合成目的のポリシランに合わせて選択されればよい。炭化水素基の炭素数は、目的化合物に基づいて適宜に決めることができ、例えば1~6であってよい。
【0017】
上記のn1は1以上の整数である。n1は、例えば、1~10の整数であってよいし、またはそれ以上の整数であってもよい。また、n1は、取り扱いの容易さ、入手のしやすさなどの観点から、3以下であってよい。n1は、シランモノマー安定性およびシランモノマーどうしの反応性を高める観点から、1~2であることが好ましく、1であることがより好ましい。
【0018】
一例において、シランモノマーは、式(I)において、R1およびR2がそれぞれ独立して水素原子または炭化水素基を表し、X1およびX2がそれぞれ独立してハロゲン原子を表し、n1が1以上の整数であることが好ましい。
【0019】
[アルカリ金属]
アルカリ金属は、ポリシランの合成に使用可能な形態であればよく、合成反応およびその後の失活を促進させる観点から、好ましくは粒子の形態である。アルカリ金属の種類は、ポリシランの合成に適用可能であればよく、その例には、リチウム、ナトリウムおよびカリウムが含まれる。本発明の実施形態の合成工程に用いられるアルカリ金属の一例には、ナトリウムディスパージョン(SD)が含まれる。
【0020】
ナトリウムディスパージョンは、金属ナトリウムの粒子を電気絶縁油に分散させた組成物である。ナトリウムディスパージョンにおける金属ナトリウム粒子の粒径は、反応性および取り扱いやすさの観点から、重量平均粒径で1μm以上30μm以下であることが好ましく、2μm以上10μm以下であることがより好ましく、3μm以上5μm以下であることがさらに好ましい。電気絶縁油には、流動パラフィンなどの脂肪族炭化水素が挙げられる。ナトリウムディスパージョンにおける金属ナトリウムの量は、取り扱いやすさの観点から、20~30重量%であることが好ましい。
【0021】
[溶媒]
溶媒は、アルカリ金属に対して安定な、実質的に反応しない溶媒であることが好ましく、またナトリウムディスパージョンを用いる場合ではそれを分散可能な溶媒であることが好ましい。また、溶媒は、シランモノマーを溶解し得る溶媒であることが、合成工程における当該シランモノマーの反応性を高める観点から好ましい。さらに、溶媒は、合成するポリシランを溶解し得る溶媒であることが、ポリシランの回収を容易にする観点から好ましい。
【0022】
たとえば、合成の目的化合物が環状ポリシランである場合では、添加するシランモノマーが溶媒と混合されている場合、合成工程において局所的にシランモノマーの濃度が高くなることが抑制される。そのため、鎖状ポリシランが生成する反応よりも、環状ポリシランが生成する反応の割合が増加し、環状ポリシラン化合物の収率を高くする観点から好ましい。
【0023】
また、溶媒の沸点は、合成工程における液の温度を高くする必要がなく、またその後の失活工程において溶媒を容易に回収する観点から、合成工程を実施可能な範囲において低いことが好ましい。このような観点から、溶媒の沸点は、90℃未満であることが好ましく、85℃未満であることがより好ましく、80℃未満であることがさらに好ましく、75℃未満であることがより一層好ましく、70℃未満であることがさらに一層好ましい。
【0024】
上記の観点から、溶媒は、非プロトン性極性溶媒であることが好ましく、なかでもエーテル系溶媒が好ましい。エーテル系溶媒は、上記の観点から適宜に選ぶことができ、その例には、テトラヒドロフラン(THF)、1,2-ジメトキシエタン、4-メチルテトラヒドロピラン、ビス(2-メトキシエチル)エーテル、1,4-ジオキサン、およびシクロペンチルメチルエーテルが含まれる。溶媒は、一種でもそれ以上でもよい。中でもテトラヒドロフラン、4-メチルテトラヒドロピランおよびシクロペンチルメチルエーテルが好ましく、テトラヒドロフランがより好ましい。
【0025】
[生成するポリシラン]
合成工程では、シランモノマーから環状ポリシランまたは鎖状ポリシランが生成する。合成工程において目的とするポリシランは、鎖状ポリシランであってもよいし、環状ポリシランであってもよい。
【0026】
鎖状ポリシランは、原料のシランモノマーが直鎖状または、主鎖と側鎖とをもつ分岐構造状に重合した化合物である。本実施形態で生成する鎖状ポリシランは、例えば、下記式で示される。
【0027】
【0028】
式(II)中、R1およびR2は、それぞれ原料のシランモノマーにおけるR1およびR2と同一であり、X1およびX2は、それぞれ原料のシランモノマーにおけるX1およびX2と同一である。また、式(II)中、n2は、2以上の整数(ただしn1<n2)である。
【0029】
本実施形態の合成工程は、環状ポリシランの合成に好適である。環状ポリシランは、原料のシランモノマーが環状または多環状に重合した化合物である。環状ポリシランは、シランまたは有機シランの側鎖を有することもある。本実施形態で生成する環状ポリシランは、例えば、下記式で示される。
【0030】
【0031】
式(III)中、R1およびR2は、それぞれ原料のシランモノマーにおけるR1およびR2と同一であってよい。n3は、3以上の整数(ただしn1<n3)である。n3は、例えば、3~10の整数であってよく、またはそれ以上の整数であり得る。一例において、n3は6であってよい。シランモノマーのR1またはR2がハロゲン原子またはアルコキシ基である場合では、環状ポリシランは、前述のように側鎖を有していてもよく、式(III)のR1およびR2は、それぞれ独立して、このような側鎖構造と置き換えられてもよい。
【0032】
[合成条件]
合成工程は、目的とするポリシランに応じて、目的のポリシランの合成に好適な方法で実施することができる。たとえば、環状ポリシランを合成する場合では、アルカリ金属、およびリチウム塩を含む混合液に、シランモノマーを添加して反応させる方法が好ましい。
【0033】
<混合液の調製>
当該混合液の調製において、アルカリ金属には、金属ナトリウムを使用することが価格面と反応性より好ましい。金属ナトリウムには、表面積を大きくして環状ポリシランの収率をより高めるという観点から、ナトリウムディスパージョンが好適に用いられる。
【0034】
リチウム塩は、無機塩であってもよいし、有機塩であってもよい。リチウム塩は、一種でもそれ以上でもよい。
【0035】
無機塩の好ましい例には、リチウムのハロゲン化物および無機酸の塩が含まれる。リチウムのハロゲン化物の例には、塩化リチウム、臭化リチウム、ヨウ化リチウム、およびフッ化リチウムが含まれる。リチウムの無機酸の塩の例には、炭酸リチウム、炭酸水素リチウム、硝酸リチウム、亜硝酸リチウム、硫酸リチウム、および亜硫酸リチウムが含まれる。
【0036】
有機塩の好ましい例には、リチウムのカルボン酸塩が含まれる。当該カルボン酸塩の例には、酢酸リチウム、ギ酸リチウム、およびクエン酸リチウムが含まれる。
【0037】
リチウム塩は、これらの中でもリチウムの無機塩であることが好ましく、ハロゲン化物であることがより好ましく、塩化リチウムであることがさらに好ましい。
【0038】
上記の混合液におけるリチウム塩の含有量は、合成工程における副反応を抑制し、環状ポリシランが生成する反応の割合を増加させる観点から適宜に決めることが可能である。たとえば、上記の混合液におけるリチウム塩の含有量は、鎖状ポリシラン化合物の副生量を抑制する観点から、当該混合液中のアルカリ金属に対して、リチウムの物質量(mol)で0.01倍以上であることが好ましく、0.02倍以上であることがより好ましく、0.03倍以上であることがさらに好ましい。
【0039】
また、上記の混合液におけるリチウム塩の含有量は、生成した環状ポリシランの分解を抑制する観点から、当該混合液中のアルカリ金属に対して、リチウムの物質量(mol)で5倍以下であることが好ましく、1倍以下であることがより好ましく、0.2倍以下であることがさらに好ましい。一例において、上記の混合液におけるリチウム塩の含有量は、当該混合液中のアルカリ金属に対して、リチウムの物質量(mol)で0.05倍である。
【0040】
上記の混合液の調製において、当該混合液は溶媒をさらに含むことが好ましい。溶媒は、アルカリ金属およびリチウム塩を分散させることができる液体であればよい。好ましくは、前述した溶媒である。運転操作や溶媒回収の簡略化という観点から、合成工程で使用する混合液の溶媒は、一種であることが好ましい。
【0041】
また、溶媒は、合成工程における温度変化に応じて適宜に決めることが可能である。たとえば、本発明の実施形態における製造方法においてアルカリ金属を溶融させる必要がない場合では、沸点が100℃未満、90℃未満、85℃未満、80℃未満、75℃未満、または70℃未満である溶媒を用いることができる。
【0042】
目的とするポリシランが環状ポリシランである場合、上記の混合液における溶媒の量は、アルカリ金属1gあたり5mL以上50mL以下であることが好ましく、10mL以上40mL以下であることがより好ましい。これにより、鎖状ポリシランの生成を抑制することができる。
【0043】
一例として、当該混合液は、以下のように調製することができる。
まず、溶媒にアルカリ金属を加える。このときの溶液の温度は限定されないが、0℃以上室温以下であることが好ましい。一例において、溶媒にアルカリ金属を加える温度は室温(23~27℃程度)である。
【0044】
また、アルカリ金属は溶媒中に分散していることが好ましい。よって、溶媒にアルカリ金属を加えるときは、アルカリ金属が沈降する前に溶媒を撹拌することが好ましく、溶媒を撹拌しながらアルカリ金属を加えることがより好ましい。
【0045】
続いて、リチウム塩を添加して混合液とする。このときの溶液の温度は限定されないが、溶液の温度が高すぎると、環状ポリシランの合成反応に比べて鎖状ポリシランの合成反応が優先して進行することがあり、温度が低すぎると合成反応の進行が遅くなる。目的とするポリシランが環状ポリシランである場合、合成工程において迅速に合成反応を進行させる観点から、当該合成反応は室温付近で行うことが好ましく、よって上記溶液の温度も室温であることが好ましい。
【0046】
<シランモノマーの添加と反応>
前述したアルカリ金属とリチウム塩との混合液に、シランモノマーを添加する。シランモノマーが反応してポリシランが合成される。シランモノマーは、そのまま混合液に添加してもよいし、溶媒との混合液として添加してもよい。溶媒は、シランモノマーと混合可能であればよいが、前述した混合液における溶媒と同じであることが好ましい。
【0047】
シランモノマーが溶媒と混合されている場合、溶媒の量は限定されない。目的とするポリシランが環状ポリシランである場合、鎖状ポリシランの生成を抑制する観点から、シランモノマー1gあたり、1mL以上50mL以下であることが好ましく、5mL以上20mL以下であることがより好ましい。
【0048】
シランモノマーと溶媒との混合液の調製温度は、制限されない。目的とするポリシランが環状ポリシランである場合、0℃以上室温以下で混合および撹拌することが好ましい。
【0049】
前述の混合液に添加するシランモノマーの量は、混合液中のアルカリ金属の量との比で規定することができる。混合液に添加するシランモノマーの量は、目的とするポリシランが環状ポリシランである場合、環状ポリシランの収率を高める観点から、アルカリ金属がシランモノマーのアルコキシ基およびハロゲン原子のそれぞれ1官能基あたり1.00モル当量以上となる量であることが好ましい。
【0050】
また、混合液に添加するシランモノマーの量は、ポリシラン合成反応の後処理を簡易にする観点から、アルカリ金属がシランモノマーのアルコキシ基およびハロゲン原子のそれぞれ1官能基あたり3.00モル当量以下となる量であることが好ましい。さらに、混合液に添加するシランモノマーの量は、副反応を抑制する観点から、アルカリ金属がシランモノマーのアルコキシ基およびハロゲン原子のそれぞれ1官能基あたり1.50モル当量以下となる量であることが好ましく、1.30モル当量以下となる量であることがより好ましい。
【0051】
上記の混合液へのシランモノマーの添加は、ポリシランの合成反応を均等に進行させる観点から、シランモノマーを当該混合液へ分割して添加することが好ましく、滴下することがより好ましい。また、シランモノマーを添加した後の反応液も、上記の観点から攪拌し続けることが好ましい。
【0052】
上記の合成工程では、目的とするポリシランが環状ポリシランである場合、前述したようにポリシランの合成反応は室温(例えば23℃~27℃)で実施することが好適であることから、反応液の温度を室温に制御することが好ましい。この場合、反応液の温度は、必要に応じて制御すればよく、反応液の一時的な温度の変動を抑制する観点から、ヒーター、水浴、電磁波などの温度調整装置によって反応液の温度を調整しながら、あるいは調整可能な状態で、合成工程を実施してもよい。
【0053】
シランモノマー添加終了後からの反応時間は、限定されないが、短すぎると合成反応の促進効果が不十分となることがあり、長すぎると生成するポリシランが分解し収率低下を引き起こすことがある。ポリシランの収率を十分に高める観点から、反応時間は、例えば、1時間以上35時間以下であることが好ましく、3時間以上30時間以下であることがより好ましい。
【0054】
上述のポリシランの合成工程は、複数の反応を行う必要がないため、簡便であり、かつ、時間を短縮することができる。また、ナフタレンなどの非水溶性物質を添加剤として使用する必要がないため、得られたポリシランの精製が容易である。また、環状ポリシランの合成に有利である。
【0055】
本発明の実施形態における合成工程は、前述の工程に限定されない。当該合成工程は、公知の方法であってもよく、例えば特許文献2に記載の方法に基づいて実施することが可能である。本発明は、このような公知の方法によって得られる反応液にも適用することが可能である。
【0056】
合成工程では、本実施形態の効果が得られ、また目的とするシランポリマーを生成可能な範囲において、前述したシランモノマー、溶媒、およびアルカリ金属以外の他の成分をさらに用いてもよい。このような他の成分の例には、前述したリチウム塩の他、添加剤および他の溶剤が含まれる。一方で、合成工程では、前述の合成工程および後述の失活工程における所期の効果を十分に発現させる観点から、採用する合成工程を実施するのに必要最小限の成分を使用することが好ましい。
【0057】
〔失活工程〕
失活工程は、合成工程で得られた反応液にアルコールと無機粒子とを添加して、反応に使用されずに残存した反応液中のアルカリ金属を失活させる工程である。
【0058】
[アルコール]
アルコールは、アルカリ金属と反応してアルカリ金属アルコキシドを生成する。この反応によって、反応液中のアルカリ金属は失活する。本実施形態の失活工程では、公知のアルコールを用いることが可能である。アルコールは、一種でもそれ以上でもよい。
【0059】
失活工程において反応液へ添加するアルコールの量は、少なすぎるとアルカリ金属の失活が不十分となることがある。当該アルコールの量は、反応液中のアルカリ金属を十分に失活させる観点から、アルコールの水酸基が、反応液中に残存したアルカリ金属に対して1モル当量以上となる量であることが好ましく、10モル当量以上となる量であることがより好ましく、30モル当量以上となる量であることがさらに好ましい。
【0060】
失活工程において反応液に添加するアルコールの量は、アルカリ金属を失活させるのに十分な量であればよい。このような観点から、当該アルコールの量は、アルコールの水酸基が、反応液中に残存したアルカリ金属に対して60モル当量以下であってよい。
【0061】
当該アルコールは、反応液の溶媒と分離可能であると、合成工程後の当該溶媒および当該アルコールを本実施形態のポリシランの製造に再利用することが可能となり、好ましい。反応液から溶媒とアルコールとを分離する方法は限定されないが、当該方法の例には、蒸留が含まれる。溶媒とアルコールとを蒸留によって分離する観点から、アルコールは、溶媒に対して十分に大きな差の沸点を有することが好ましい。アルコールと溶媒との沸点差は、蒸留で十分に分離する観点から60℃以上であることが好ましく、100℃以上であることがより好ましく、130℃以上であることがさらに好ましい。
【0062】
アルコールは、前述の観点から適宜に選ぶことが可能である。アルコールは、一価のアルコールであってもよいし、二価以上の多価アルコールであってもよい。また、アルコールは、低級アルコールであってもよいし、高級アルコールであってもよい。当該アルコールの例には、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、エチレングリコール、プロピレングリコールおよびグリセロールが含まれる。なかでも、溶媒にTHFを用いた場合の溶媒との沸点差が十分に大きい観点から、エチレングリコールが好ましい。
【0063】
失活工程において、アルコールは、反応液へ一度に添加してもよいし、数回に分けて添加してもよいし、所定の添加速度で滴下してもよい。
【0064】
[無機粒子]
無機粒子は、詳しくは後述するが、失活工程において、合成工程でアルカリ金属の表面に担持される成分(環状ポリシランの合成であれば副生した鎖状ポリシラン)を捕集していると考えられる。無機粒子は、アルカリ金属の表面から、そこを覆う成分を捕集可能であればよい。無機粒子が当該成分を捕集する機能は、例えば吸着が考えられる。吸着は、物理吸着であってもよいし化学吸着であってもよい。無機粒子が当該成分を十分に捕集する観点から、無機粒子は多孔質であることが好ましい。
【0065】
失活工程において反応液へ添加される無機粒子の量は、少なすぎるとアルカリ金属の失活が不十分となることがある。また無機粒子の量が多すぎると失活工程にかかるコストが高くなるため、可能な限り少量であることが望ましい。
【0066】
失活工程において反応液へ添加される無機粒子の量は、アルカリ金属を十分に失活させる観点から、反応後に残存したアルカリ金属の重量に対して20倍以上の重量であることが好ましく、25倍以上の重量であることがより好ましく、30倍以上の重量であることがさらに好ましい。また、反応液への無機粒子の添加量は、失活工程にかかるコストを低減する観点から、アルカリ金属の重量に対して100倍以下の重量であることが好ましく、60倍以下の重量であることがより好ましく、40倍以下の重量であることがさらに好ましい。
【0067】
なお、反応後に残存したアルカリ金属の量は、計算値であってもよいし、実測値であってもよい。当該アルカリ金属の量は、例えば、一部の反応液に十分量の水を加え、それにより生成した水素の量から算出することが可能である。
【0068】
無機粒子の粒子径は、限定されないが、小さいことが、アルコールによるアルカリ金属の失活を少量で十分に促進させる観点から好ましい。このような観点から、無機粒子の粒子径は、重量平均粒径で100μm以下であることが好ましく、70μm以下であることがより好ましく、50μm以下であることがさらに好ましい。また、無機粒子の粒子径分布は、限定されないが、狭いことが、失活反応を均一に進める点において好ましい。このような観点から、重量基準の粒度分布における90%径と10%径の差が100μm以下であることが好ましく、60μm以下であることがより好ましく、20μm以下であることがさらに好ましい。
【0069】
なお、無機粒子の粒径および粒度分布は、カタログ値であってもよいし、公知の測定法によって求めることが可能である。また、無機粒子の粒径および粒度分布は、分級または分級品の混合によって適宜に調整することが可能である。
【0070】
無機粒子の例には、シリカゲル粒子、ゼオライト粒子、フロリジル粒子、アルミナ粒子および活性炭が含まれる。当該無機粒子は、一種でもそれ以上でもよい。なかでも、アルコールによるアルカリ金属の失活をより促進させる観点から、無機粒子は、二酸化ケイ素を主成分とする粒子、例えばシリカゲル粒子またはゼオライト粒子であることが好ましい。加えて入手が容易である観点から、無機粒子は、シリカゲル粒子であることがより好ましい。
【0071】
失活工程において、アルコールおよび無機粒子を反応液と接触させる順序は、限定されない。失活工程において、アルコールおよび無機粒子は、反応液と同時に接触してもよいし、アルコールが反応液に接触した後に無機粒子が当該反応液に接触してもよいし、無機粒子が反応液に接触した後にアルコールが当該反応液に接触してもよい。
【0072】
本発明の実施形態では、失活工程において、反応液に無機粒子をまず添加し、その後にアルコールを添加してアルカリ金属を失活させることが、アルカリ金属の失活をより一層促進させる観点から好ましい。このような添加の順序とすることにより、反応液中のアルカリ金属をより一層失活させることが可能となる。
【0073】
[失活の確認]
失活工程の終点は、反応液中のアルカリ金属の含有量が十分に減少したことを検出することによって決めることが可能である。反応液中のアルカリ金属の含有量は、反応液の一部を採取し、それに十分量の水を加え、それにより生成した水素の量から算出することが可能である。
【0074】
あるいは、失活工程の終点は、反応液の色によって検出することが可能である。合成工程において、反応液は濃紺色または濃紫色を呈する。これは、アルカリ金属と表面に担持されたポリシランが相互作用することで発色するためである。一方で、ポリシランは、通常は可視光に吸収を持たない。よって、液中のポリシランは、溶解していれば透明であり、析出していれば白色を呈する。したがって、濃紺色または濃紫色から白色に向けての色の変化によって、アルカリ金属の失活を確認することが可能である。
【0075】
反応液が濃紺色または濃紫色を呈する理由は、以下のように考えられる。まずポリシラン合成の際、副生成物としてアルカリ金属の表面に鎖状のポリシランが担持された物質が生成する。次に、アルカリ金属に担持された鎖状のポリシランには、アルカリ金属から電子(e-)が供給される。そのため、鎖状のポリシランのエネルギー準位差がより小さくなり、より長い波長の光(可視光)を吸収する。そのため、反応液は上記のように濃紺色または濃紫色を呈する。
【0076】
後述の実施例で示すように、金属ナトリウムが失活した反応液は乳白色を呈する。したがって、金属ナトリウムの表面に担持され相互作用するポリシランが多いほど、反応液は、紺色または紫色を濃く呈する。逆に、金属ナトリウムが失活すると、金属ナトリウムと相互作用するポリシラン量が減少する。したがって、反応液は、紺色または紫色をより薄く呈し、白色をより濃く呈する。
【0077】
このように、反応液の上記の呈色の変化とアルカリ金属の失活の程度は相関しており、よって、反応液における紺色または紫色の濃さ、あるいは白色の強さによって、反応液中に存在するアルカリ金属の量(失活の程度)を確認することが可能である。たとえば、本発明における失活工程前の反応液の色と、失活工程後の反応液の色とを両端として含む少なくとも2以上、好ましくは全体で5程度のステージの色を用意し、各ステージの色と反応液の色とを対比することによって、アルカリ金属の失活の程度を反応液の色から確認することが可能となる。
【0078】
一例として、シリカゲル粒子のような白色の無機粒子を用いる場合では、実施例1における失活前の反応液の濃紺色をステージ5とする。また、実施例1における失活後の反応液の青みがかった乳白色をステージ1とし、ステージ5の色から紺色または紫色が薄くなり、白味が増えていくことによってステージ1の色に変化する途中の三段階の色を、紺色が濃い順からステージ4、ステージ3およびステージ2とする。そして、このように設定したステージ1~5の各色を見本とし、失活工程における反応液の色と対比することによって、反応液におけるアルカリ金属の失活の程度を判定することが可能である。
【0079】
あるいは、反応液中のアルカリ金属の濃度(あるいはアルカリ金属の失活度)が既知である反応液の色からステージ2~4の色を設定してもよい。この場合、反応液におけるアルカリ金属の失活の程度の判定に加えて、反応液中のアルカリ金属の量または失活度を定量的に推定することが可能となる。
【0080】
あるいは、各ステージの色を色座標の数値で表してもよい。この場合、見本とすべき各ステージの色が正確に再現され、失活工程におけるアルカリ金属の失活の程度を推定する精度を高める観点から有利である。
【0081】
なお、色を呈する無機粒子を用いる場合でも、色変化を検出可能な範囲において、上記のような色の変化によってアルカリ金属の失活の程度を判定することが可能である。上記のように、アルカリ金属が十分に失活すると反応液の白味が強くなることから、無機粒子が呈する色と白色との混合の程度によって、アルカリ金属が十分に失活していることが確認可能である。
【0082】
〔ポリシランの回収〕
生成したポリシランは、失活工程後の反応液中に含まれている。生成したポリシランは、その状態に応じて公知の方法によって当該反応液中から取り出すことが可能である。たとえば、生成したポリシランは、反応液のろ液として取得してもよいし、反応液にさらに溶媒を追加して溶解させ、溶液として取得してもよい。さらに当該溶液から晶析させて取得してもよいし、当該溶液を蒸留して取得してもよい。取得したポリシランは、必要に応じて再結晶、蒸留または昇華などの公知の方法によって精製し、PCSの原料などの種々の用途で使用することができる。
【0083】
〔その他の工程〕
本実施形態におけるポリシランの製造方法は、本実施形態の効果が得られる範囲において、前述した合成工程および失活工程以外の他の工程をさらに含んでいてもよい。このような他の工程の例には、失活工程後の反応液から溶媒およびアルコールの一方または両方を回収する溶剤回収工程、が含まれる。
【0084】
溶剤回収工程は、失活工程でアルカリ金属を失活させた反応液またはそのろ液から、前述の溶媒およびアルコールの一方または両方を分離して回収する工程である。溶剤回収工程は、前述の溶媒とアルコールとを分離可能な公知の方法によって実施することができ、例えば蒸留によって実施することが可能である。
【0085】
前述した溶媒にTHFを用い、前述したアルコールにエチレングリコールを用いる場合では、失活後の反応液またはそのろ液を蒸留することにより、反応液またはろ液からTHFを留出させることが可能である。蒸留で回収したTHFは、次回以降の合成工程での溶媒として再利用することが可能である。蒸留残渣のエチレングリコールは、そのまま、あるいは、必要に応じてろ過、濃縮、脱水などの精製処理を施して、次回以降の失活工程で反応液に添加するアルコールとして再利用することが可能である。
【0086】
〔作用効果〕
本実施形態におけるポリシランの製造方法は、ポリシラン合成後の反応液中のアルカリ金属をアルコールによって失活させる。このように、本実施形態では、水を用いずにアルカリ金属を失活させることが可能である。水は、アルカリ金属と激しく反応するため、アルカリ金属の失活に水を用いると局所的な発熱を伴い、好ましくないことがある。
【0087】
また、ポリシランの合成の好適な溶媒の一つとしてTHFが挙げられるが、アルカリ金属の失活に水を用いると、THFが水溶性を有し、かつ水と共沸するため、失活後の反応液からTHFを蒸留で回収することが困難になる。ポリシランの合成における溶媒には、他の有機溶剤も使用し得るが、水と共沸する溶媒も、アルカリ金属の失活後に蒸留によって、実質的に水を分離して回収することが困難になることがある。
【0088】
本実施形態では、アルカリ金属をアルコールで失活させる。アルコールは、アルカリ金属と反応してアルカリ金属アルコキシドを生成する。本実施形態では、アルカリ金属の失活を、水による失活に比べて穏やかに実行することが可能である。また、本実施形態において、アルコールとして、エチレングリコールのようにTHFとの沸点差が比較的大きなアルコールを用いることが可能である。この場合、アルカリ金属の失活後に蒸留によってTHFとエチレングリコールの両方を分離して回収することが可能となる。
【0089】
一方で、ポリシラン合成後のアルカリ金属をアルコールで失活させる場合では、アルコールだけではアルカリ金属の失活が十分に進行しないことがある。これは、アルカリ金属の表面に担持される不溶性の鎖状ポリシランによって、アルコールのアルカリ金属との反応が阻害されるため、と考えらえる。
【0090】
本実施形態では、アルカリ金属の失活において、無機粒子をアルコールと併用する。これにより、ポリシラン合成後のアルカリ金属をアルコールのみで失活させる場合に比べて、反応液中のアルカリ金属をより迅速に失活させることが可能である。これは、無機粒子が、ポリシランの合成に伴ってアルカリ金属の表面に担持される不溶性の鎖状ポリシランを、吸着などの何らかの相互作用によってアルカリ金属の表面から除去、捕集することにより、アルコールがアルカリ金属に直接作用しやすくなるため、と考えられる。
【0091】
無機粒子は、アルカリ金属がアルコールによって失活する環境下で安定した物性を示す粒子であることが、アルコールによるアルカリ金属の失活を促進する観点から好ましいと考えられる。このような安定性の観点から、無機粒子は、シリカゲルのような二酸化ケイ素を主成分とする無機粒子であることが好ましいと考えられる。また、無機粒子のアルコールによる上記のアルカリ金属の失活を促進する作用がより発現しやすい条件で無機粒子を用いることが好ましいと考えられる。このような観点から、失活工程において、無機粒子、アルコールの順で反応液に添加することが好ましいと考えられる。
【0092】
〔まとめ〕
本発明の実施形態におけるポリシランの製造方法は、シランモノマー、アルカリ金属および溶媒を含む液を攪拌混合してポリシランを合成する合成工程、ならびに、合成工程で得られた反応液にアルコールと無機粒子とを添加し、合成工程で反応に使用されず残存したアルカリ金属を失活させる失活工程、を含む。上記の実施形態によれば、ポリシランの製造方法において、水を使用せずに残存アルカリ金属を失活させることができる。
【0093】
本発明の実施形態において、無機粒子には、シリカゲル粒子またはゼオライト粒子を用いてもよい。この構成は、アルコールによるアルカリ金属の失活を促進させる観点からより一層効果的である。
【0094】
本発明の実施形態において、ポリシランは環状ポリシランであってよい。この構成は、結晶構造中の酸素による強度の低下が抑制されるSiC繊維の耐熱性を高める観点からより一層効果的である。
【0095】
本発明の実施形態では、失活工程において、反応液中に残存するアルカリ金属の重量に対して20倍以上の重量の無機粒子を反応液に添加してもよい。この構成は、アルコールによるアルカリ金属の失活を促進させる観点からより一層効果的である。
【0096】
本発明の実施形態では、溶媒にエーテル系溶媒を用いてもよい。この構成は、アルカリ金属を失活させた後の反応液から溶媒を回収して再利用し、生産性を向上させ、かつ廃液の発生による環境負荷を低減させる観点からより一層効果的である。
【0097】
本発明の実施形態では、失活工程において、反応液に無機粒子を添加し、その後にアルコールを添加してもよい。この構成は、アルコールによるアルカリ金属の失活を促進させる観点からより一層効果的である。
【0098】
本発明は上述した各実施形態に限定されず、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態も、本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0099】
〔実施例1〕
[合成工程]
アルゴン置換を行った500mL容の4つ口フラスコに、下記の成分を下記の量で、液温を室温に調整しながら仕込み、攪拌して混合液1Aを調製した。
テトラヒドロフラン(THF) 96mL
ナトリウムディスパージョン(株式会社神鋼ソリューション「25重量%ナトリウム分散体」) 15.9g
塩化リチウム 0.39g
【0100】
調製した混合液1Aに下記の量で含有する混合液1Bを、全体の液温を室温に調整しながら90分間かけて分割投入し、その後、全体の液温を20~25℃に調整して5時間反応を行い、環状ポリシランを合成した。
ジクロロジメチルシラン 10.4g
THF 80mL
【0101】
得られた反応液1Cを、ガスクロマトグラフィを用いて分析し、ドデカメチルシクロヘキサシランの生成を確認した。反応液1Cの一部に水を加え、発生した水素ガスを水上置換で捕集し、水素ガス量から全反応液中の残存ナトリウムを算出した。算出された残存ナトリウムの量は0.27gであった。
【0102】
[失活工程]
反応液1Cを13mLサンプル瓶に5.0gとり、反応液1Cの色を観察した。反応液1Cは濃紫色を呈していた。この色をステージ5とする。次いで、反応液1Cにエチレングリコール0.50gと球状シリカゲル0.25g(関東化学株式会社社、カラムクロマトグラフィ用、30~60μm)を加え、室温で2時間攪拌し、反応液1Dを得た。反応液1Dの色は青みがかった乳白色に変化していた。この色をステージ1とする。ステージ1の色は、後述する実施例5に示すように、反応液中の金属ナトリウムの量が約10%まで減少したことを示す。反応液1Dの色から、金属ナトリウムの十分な失活が確認された。
【0103】
〔実施例2〕
シリカゲルに代えてゼオライト(東ソー株式会社、ZSM-5)0.25gを失活工程において反応液に添加する以外は実施例1と同様にして反応液2Dを得た。反応液2Dの色は、濃紫色から、エチレングリコールおよびゼオライトを添加し上記の条件で攪拌することにより、青みがかった乳白色(ステージ1)に変化していた。反応液2Dの色から、金属ナトリウムの十分な失活が確認された。
【0104】
〔実施例3〕
シリカゲルに代えてフロリジル(関東化学株式会社、カラムクロマトグラフィ用、ケイ酸マグネシウムが主成分)0.25gを失活工程において反応液に添加する以外は実施例1と同様にして反応液3Dを得た。反応液3Dの色は、濃紫色から、エチレングリコールおよびフロリジルを添加し上記の条件で攪拌することにより、ステージ1よりは紫色が濃い、白みがかった紫色に変化していた。この色をステージ2とする。反応液3Dの色から、金属ナトリウムの失活が確認された。
【0105】
〔実施例4〕
シリカゲルに代えて活性アルミナ(富士フィルム和光純薬製株式会社、カラムクロマトグラフィ用、酸化アルミニウムが主成分)0.25gを失活工程において反応液に添加する以外は実施例1と同様にして反応液4Dを得た。反応液4Dの色は、濃紫色から、エチレングリコールおよび活性アルミナを添加し上記の条件で攪拌することにより、白みがかった紫色(ステージ2)に変化していた。反応液4Dの色から、金属ナトリウムの失活が確認された。
【0106】
〔実施例5〕
[合成工程]
アルゴン置換を行った1000mL容の4つ口フラスコに、下記の成分を下記の量で、液温を室温に調整しながら仕込み、攪拌して混合液5Aを調製した。
THF 200mL
ナトリウムディスパージョン(同上) 32.8g
塩化リチウム 0.78g
【0107】
調製した混合液5Aに、下記成分を下記の量で含有する混合液5Bを、全体の液温を室温に調整しながら150分間かけて分割投入し、その後、全体の液温を20~25℃に調整して5時間反応を行い、環状ポリシランを合成した。
ジクロロジメチルシラン 21.0g
THF 160mL
【0108】
得られた反応液5Cを、ガスクロマトグラフィを用いて分析し、ドデカメチルシクロヘキサシランの生成を確認した。反応液5Cの一部に水を加え、発生した水素ガスを水上置換で捕集し、水素ガス量から全反応液中の残存金属ナトリウムを算出した。算出された残存ナトリウムの量は0.58gであった。なお、反応液5Cは濃紫色(ステージ5)を呈していた。
【0109】
[失活工程]
反応液5Cにエチレングリコール33.0gとシリカゲル(同上)17.1gとを加え、室温で2時間攪拌した。反応液5Cの色は、濃紫色から、エチレングリコールおよびシリカゲルを添加し上記の条件で攪拌することにより、青みがかった乳白色(ステージ1)に変化していた。これを反応液5Dとする。
【0110】
反応液5Dに水を加え、発生した水素ガスを水上置換で捕集し、水素ガス量から反応液5D中に残存する金属ナトリウムの量を算出した。反応液5Dにおける金属ナトリウムの含有量は、反応液5Cのそれに比べて92.5%少なかった。
【0111】
〔比較例1〕
実施例1と同様にして合成工程を実施して環状ポリシランを合成した。得られた反応液6C中の残存ナトリウムの量を実施例1と同様にして算出したところ、算出された残存ナトリウムの量は0.24gであった。
【0112】
反応液6Cのうちの35.0gを別容器に移して、反応液6Cの色を観察した。反応液6Cの色は濃紫色(ステージ5)であった。次いで、反応液6Cにエチレングリコール14.1gを投入し室温で2時間攪拌し、反応液6Dを得た。反応液6Dの色は明るい紫色に変化していた。この色をステージ4とする。攪拌後の反応液6D中の残存金属ナトリウムの量を実施例5と同様に測定、算出したところ、反応液6Dにおける金属ナトリウムの含有量は、反応液6Cの65.9%の量であった。このように、エチレングリコールの添加によって一部の金属ナトリウムの失活が確認された。また、金属ナトリウムの失活によって反応液の色が薄まる方向へ変化することが確認された。
【0113】
〔実施例6〕
[合成工程]
アルゴン置換を行った500mL容の4つ口フラスコに、下記の成分を下記の量で、液温を室温に調整しながら仕込み、攪拌して混合液7Aを調製した。
THF 36mL
ナトリウムディスパージョン(同上) 6.09g
塩化リチウム 0.14g
【0114】
調製した混合液7Aに、下記成分を下記の量で含有する混合液7Bを、全体の液温を室温に調整しながら90分間かけて分割投入し、その後、全体の液温を20~25℃に調整して5時間反応を行い、環状ポリシランを合成した。
ジクロロジメチルシラン 3.9g
THF 30mL
【0115】
得られた反応液7Cを、ガスクロマトグラフィを用いて分析し、ドデカメチルシクロヘキサシランの生成を確認した。反応液7Cの一部に水を加え、発生した水素ガスを水上置換で捕集し、水素ガス量から全反応液中の金属ナトリウムを算出した。算出された金属ナトリウムの量は0.1gであった。
【0116】
[失活工程]
反応液7Cを13mLサンプル瓶に5.0gとり、反応液7Cの色を観察した。反応液7Cの色は濃紫色(ステージ5)であった。次いで、サンプル瓶に分取した5.0gの反応液7Cに、0.25gのシリカゲル(同上)を加え、室温で1時間攪拌し、反応液7Dを得た。反応液7Dの色は、濃紫色よりは明るい紫色(ステージ4)であった。
【0117】
次いで、シリカゲルを添加、攪拌した反応液7Dに、0.5gのエチレングリコールをさらに加え、室温で1時間攪拌し、反応液7Eを得た。反応液7Eの色は、ステージ1の色の青みがほぼ視認できない白色であった。こうして、金属ナトリウムの十分な失活が確認された。最終的な反応液7E中には、ステージ1の色の反応液に見られる青みがかった色が視認できないことから、失活工程後の反応液7Eは、金属ナトリウムを実質的に含有しないことが推定される。
【0118】
なお、反応液1C~7Cのそれぞれについて、当該反応液をろ過し、得られたろ液中のポリシランを機器分析(ガスクロマトグラフィー)によって定量分析したところ、環状ポリシラン化合物であるドデカメチルシクロヘキサシランの生成が確認された。ドデカメチルシクロヘキサシランの収率は、各反応液において、概ね45~80%であった。
【0119】
〔参考実験〕
アルゴン置換を行った1000mL容の4つ口フラスコに、下記の成分を下記の量で、液温を室温に調整しながら仕込み、攪拌して混合液8Aを調製した。
THF 200mL
ナトリウムディスパージョン(同上) 32.80g
塩化リチウム 0.78g
【0120】
調製した混合液8Aに、下記成分を下記の量で含有する混合液8Bを、全体の液温を室温に調整しながらシリンジポンプを用いて毎時60.0mLの速度で滴下し、その後、全体の液温を20~25℃に調整して5時間反応を行い、環状ポリシランを合成した。
ジクロロジメチルシラン 21.0g
THF 160mL
【0121】
得られた反応液8Cを、ガスクロマトグラフィを用いて分析し、ドデカメチルシクロヘキサシランの生成を確認した。また、340.4gの反応液8Cに、33.0gのエチレングリコールおよびシリカゲル(同上)17.0gを加え、室温(22.0℃)で6時間攪拌し、反応液8Dを得た。反応液8Dの色は、青みがかった乳白色(ステージ1)であった。
【0122】
反応液8Dのうち186.49gを、ガラスフィルターを用いてろ過し、得た粉末を乾燥させて淡紫色粉末を21.29g得た。これを、水を用いて洗浄した後、水中に投入し、分液ロートで振とう、静置したところ、白色の上層と半透明の下層とに分かれた。それぞれを分取したところ、上層より、上層の水面付近に浮遊する3.52gの白色粉末が得られ、下層より、下層の底部に沈殿する5.33gの白色粉末が得られた。
【0123】
ドデカメチルシクロヘキサシラン合成反応で複製すると考えられる鎖状ポリシランのポリジメチルシラン(PDMS)は水より比重が小さく、シリカゲルは水より比重が大きい。したがって、シリカゲルがPDMSを吸着しないと仮定すると、下層より得られた白色粉末中にはシリカゲルのみが含まれ、PDMSは含まれないことが予想される。
【0124】
そこで、未使用のシリカゲル(同上)と、市販のPDMSと、上記の分液ロートによる下層から回収したシリカゲルとのIRスペクトルを測定し、これらを互いに対比した。その結果、下層のシリカゲルのIRスペクトルには、C-H由来の吸収ピーク(3000cm-1付近)およびSi-CH3由来の吸収ピーク(1200cm-1付近)などピークが含まれ、これらの吸収ピークは、市販のPDMSに特有の吸収ピークであることが確認された。よって、下層のシリカゲルは、PDMSを含有していることがわかった。これより、シリカゲルは金属ナトリウム失活反応中にPDMSを吸着することが示唆される。
【0125】
前述したように、金属ナトリウムを用いるポリシランの合成では、金属ナトリウムの表面を鎖状のポリシラン(PDMS)が覆うことが知られている。したがって、以上の実験より、ポリシランの合成における反応液中に添加されたシリカゲルが、金属ナトリウム(ナトリウムディスパージョン)の表面を保護するPDMSを捕集し、アルコールによる金属ナトリウムの失活を促進していることが示唆される。
【0126】
〔考察〕
上記の実施例から明らかなように、環状ポリシランの合成後の金属ナトリウムを、エチレングリコールと無機粒子とを併用することによって、エチレングリコールのみで金属ナトリウムを失活させる場合に比べて、より多量の金属ナトリウムを失活させることが可能である。
【0127】
特に、実施例1、2より明らかなように、エチレングリコールと同時に投入する無機粒子としてシリカゲルまたはゼオライトがアルカリ金属を失活させる観点から優れている。また、同様の観点から、実施例6より、エチレングリコールの添加に先立って無機粒子を反応液に添加することが効果的と考えられる。
【0128】
これに対して、比較例1では、金属ナトリウムの失活量が実施例に比べて少なかった。これは、ナトリウムディスパージョンの表面を覆う鎖状のポリシランがアルコールに対するバリア機能を発現し、エチレングリコールのナトリウムディスパージョンへの作用を阻害するため、と考えられる。
【0129】
また、参考実験によれば、ナトリウムディスパージョンの失活においてシリカゲルが鎖状のポリシランを伴っていることが示唆される。シリカゲルは、吸着剤として安定でかつ優れていることから、ナトリウムディスパージョンの失活に際して鎖状のポリシランがシリカゲルに吸着されたと考えられる。
【0130】
また、シリカゲルがナトリウムディスパージョンに担持される鎖状のポリシランを吸着する理由は、シリカゲルが固体酸であることから、化学的にアルカリ金属に接近しやすく、かつ多孔質であることからナトリウムディスパージョン上の鎖状のポリシランを物理的な作用により吸着しやすいため、と考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0131】
本発明は、ポリシランの生産性の向上およびポリシランを材料とする製品の普及に寄与することが期待される。