(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-26
(45)【発行日】2024-08-05
(54)【発明の名称】心不全の治療方法
(51)【国際特許分類】
A61K 35/28 20150101AFI20240729BHJP
A61P 9/04 20060101ALI20240729BHJP
【FI】
A61K35/28
A61P9/04
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2022095787
(22)【出願日】2022-06-14
(62)【分割の表示】P 2020199440の分割
【原出願日】2015-12-22
【審査請求日】2022-07-13
(32)【優先日】2014-12-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】AU
(73)【特許権者】
【識別番号】516300656
【氏名又は名称】メゾブラスト・インターナショナル・エスアーエールエル
(74)【代理人】
【識別番号】100108453
【氏名又は名称】村山 靖彦
(74)【代理人】
【識別番号】100110364
【氏名又は名称】実広 信哉
(74)【代理人】
【識別番号】100133400
【氏名又は名称】阿部 達彦
(72)【発明者】
【氏名】シルヴィウ・イテスク
(72)【発明者】
【氏名】リー・ゴールデン
【審査官】伊藤 基章
(56)【参考文献】
【文献】特表2014-525466(JP,A)
【文献】HARE, J.M. et al,JAMA,2012年,Vol.308, No.22,p.1-24(2369-79)
【文献】PSALTIS, P.J. et al.,J Cell Physiol,2010年,Vol.223, No.2,p.530-40
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト被検者における、著しい左室収縮機能障害による進行性の慢性心不全の治療または予防のための医薬組成物であって、
前記ヒト被験者が、
(i)100mLを超える大きいベースライン左室収縮末期容積(LVESV)、及び
(ii) 約35%以下のベースライン左室駆出率(LVEF)
によって特徴づけられ、
前記組成物が、培養した富化間葉系前駆細胞(MPC)の集団を含み、ヒト対象のべースラインLVESV又はベースライン左室拡張末期容積(LVEDV)を、MPCの投与から6ヵ月後に少なくとも8mL改善するように、ヒト対象の心筋に投与されるものであり、
前記MPCが、STRO-1
+細胞の集団から培養富化されたものである、
医薬組成物。
【請求項2】
前記大きいLVESVが急性心筋梗塞に起因する、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記大きいLVESVが慢性うっ血性心不全に起因する、請求項1に記載の組成物。
【請求項4】
前記被検者が110mLを超えるLVESVを有する、請求項1から3のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項5】
カテーテルベースのシステムによって、前記被検者に前記MPCの集団を投与する、請求項1から4のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項6】
経心内膜注入、冠動脈内点滴、静脈内点滴または経心外膜注入によって、前記被検者に前記MPC集団を投与することができる、請求項5に記載の組成物。
【請求項7】
前記心不全が高血圧、心筋症、心筋炎、肥満症、または糖尿病に起因する、請求項1に記載の組成物。
【請求項8】
心不全の診断の約1~7日後に、前記MPCの集団を前記被検者に投与するために製剤化される、請求項1から7のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項9】
ヒト被検者における著しい左室収縮機能障害による慢性心不全の治療のための医薬の製造における、間葉系前駆細胞(MPC)集団の使用であって、前記ヒト被験者が、
(i)100mLを超える大きいベースライン左室収縮末期容積(LVESV)、及び
(ii) 約35%以下のベースライン左室駆出率(LVEF)
によって特徴づけられる、使用。
【請求項10】
前記MPCが、STRO-1
+間葉系前駆細胞集団から培養富化された、請求項9に記載の使用。
【請求項11】
前記MPCの細胞集団はSTRO-1
bright細胞が豊富である、請求項1に記載の組成
物。
【請求項12】
前記MPCの細胞集団はSTRO-1
bright
細胞が豊富である、請求項9に記載の使用。
【請求項13】
約1.5×10
8個のMPCを含む、請求項1に記載の組成
物。
【請求項14】
前記MPC集団は約1.5×10
8
個のMPCを含む、請求項9に記載の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願の参照
本出願は、2015年12月23日に出願された豪国特許出願第2014905243号に対する優先権を主張し、その内容全体を参照により本明細書に援用する。
【0002】
本開示は、左室収縮末期容積(LVESV)が大きい被検者における心不全の治療または予防方法に関する。
【背景技術】
【0003】
心筋梗塞(MI)に起因する心不全は、依然として先進国における死亡率及び罹患率の主な原因の1つである。イベント後に生存して退院した65歳を超える患者における350,509例の急性MI入院に関するデータを評価した米国メディケア記録の最新版が公表された(Schuster et al. (2004) Physiol Heart Circa Physiol., 287(2):525-32)。指標イベント後1年以内に、MI患者の25.9%が死亡し、50.5%が再入院した。MI後1か月において、一般的なメディケア年齢の集団よりも死亡の可能は21倍高く、入院の可能性は12倍高かった。
【0004】
MI後の梗塞が大きく、梗塞後LV機能障害が重度である患者ほど、中長期心臓イベントを経験するリスク及び死亡するリスクが著しく高い。特に、前壁梗塞、より大きな梗塞、及び梗塞後期間におけるより重度のLV機能障害ほど、中長期心臓イベントを経験するリスク及び死亡するリスクが著しく高い(Eitel et al. (2010) J Am Coll Cardiol., 55:2470-9)。
【0005】
当該技術分野において、心不全の予防及び治療のための新規の有効な方法、特に臓器を入手できることが稀である心臓移植を必要とすることのない治療方法に対する強い要求が存在する。特に、全身麻酔及び開心術に関連するリスク及び潜在的合併症を示すことなく心臓組織損傷を元に戻す、または心臓組織欠損を修復する体系である。
【発明の概要】
【0006】
間葉系前駆細胞で実施した前臨床心臓研究により、意外にも最大量の心筋損傷の場合において最適な結果が得られることが実証された。このことから、間葉系前駆細胞がその「ペイロード」、すなわちパラクリン因子を放出するための、根底にある生化学的/生理学的障害と間葉系前駆細胞との間の組織レベルでの「クロストーク」には、損傷した心筋からのシグナルが必要である可能性が高い。細胞を健康心筋組織に注入した場合には有意な間葉系前駆細胞媒介効果がないことを実証する研究によって、この知見が裏付けられた。
【0007】
本開示は、著しい左室収縮異常(すなわち収縮機能障害)に起因する進行性慢性心不全の患者における間葉系前駆細胞(MPC)の心筋投与が、MPCの有効シグナルを強化するという知見に基づく。特に、本開示は、中等度の左室収縮障害の被検者はMPCの経心内膜送達に良好に反応し、左室収縮機能障害に起因する慢性心不全の患者におけるベースライン左室収縮異常の重症度が大きいほど、MPC関連心臓保護効果がより有益となるという発見に基づく。
【0008】
より具体的には、本発明者らは、心不全被検者においてベースライン左室収縮末期容積(LVESV)カットオフを用いることによって、主要有害心イベント(MACE)の高いリスクにある進行性心不全の被検者集団が特定され、MPCの投与に最大限に反応する被検者集団が特定されることを発見した。
【0009】
本開示は、70mLを超える大きい左室収縮末期容積(LVESV)を有する被検者に、間葉系幹細胞もしくは前駆細胞の集団及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子を投与することを含む、被検者における心不全の治療または予防方法を提供する。
【0010】
一例において、大きいLVESVは急性心筋梗塞に起因する。別の例では、大きいLVESVは慢性うっ血性心不全に起因する。
【0011】
別の例では、この方法は、
i)70mLを超える大きいLVESVを有する被検者を選択するステップ、ならびに
ii)被検者に間葉系幹細胞もしくは前駆細胞の集団及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子を投与するステップ
を含む。
【0012】
別の例では、この方法は、
i)心不全の被検者(複数可)を診断するステップ;
ii)70mLを超える大きいLVESVを有する診断した被検者のコホートを選択するステップ;ならびに
iii)被検者(複数可)に間葉系幹細胞もしくは前駆細胞の集団及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子を投与するステップ
を含む。
【0013】
一例において、LVESVは80mL超、90mL超、100mL超、100mL超、110mL超、120mL超、または130mL超である。別の例では、LVESVは80mL/m2超、90mL/m2超、100mL/m2超、110mL/m2超、120mL/m超、または130mL/m2超である。
【0014】
一例において、カテーテルベースのシステムによって被検者に細胞、その子孫細胞または可溶性因子を投与する。さらなる例において、被検者の静脈系に挿入されたカテーテルを用いて、被検者の心筋の組織損傷の部位またはその近くに細胞、及び/またはその子孫細胞及び/または可溶性因子を投与する。別の例では、細胞、及び/またはその子孫細胞及び/または可溶性因子は全身投与され得る。細胞、及び/またはその子孫細胞及び/または可溶性因子の送達は、治療を必要とする心筋の領域を特定した後に行われ得る。
【0015】
さらなる例において、経心内膜注入、冠動脈内点滴または経心外膜注入によって、被検者に細胞、及び/またはその子孫細胞及び/または可溶性因子を投与する。
【0016】
さらなる例において、被検者は約35%以下の左室駆出率(LVEF)を有するとして特徴づけられる。別の例では、被検者は約35%未満、約30%未満、約25%未満、または約20%未満のLVEFを有する。
【0017】
一例において、心不全は高血圧、心筋症(虚血性もしくは非虚血性)、心筋炎、肥満症、または糖尿病に起因する。さらなる例において、心不全の診断後、間葉系幹細胞もしくは前駆細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子を被検者に投与する。
【0018】
一例において、被検者は急性心筋症を有する。さらなる例において、被検者は虚血性心筋症を有する。さらなる例において、被検者は非虚血性心筋症を有する。さらなる例において、被検者は拡張型またはうっ血性心筋症を有する。さらなる例において、被検者は拘束型心筋症を有する。
【0019】
別の例では、急性心筋梗塞後に、間葉系幹細胞もしくは前駆細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子を被検者に投与する。さらなる例において、心不全の診断の約1~7日後に、間葉系幹細胞もしくは前駆細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子を被検者に投与する。さらなる例において、心筋梗塞の約1~7日後に、間葉系幹細胞もしくは前駆細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子を被検者に投与する。さらなる例において、診断もしくは心不全のまたは心筋梗塞の約3~5日後に、間葉系幹細胞もしくは前駆細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子を被検者に投与する。
【0020】
別の例では、被検者は約5%~30%、または約10%~20%の左室梗塞サイズを有する。
【0021】
心不全の診断方法は当業者によく知られているであろう。例としては、被検者の身体検査、心電図、胸部X線、血液検査によるBNP及び/またはトロポニンレベルの測定、心エコー検査、ドップラー超音波、ホルターモニター、核心臓スキャン、心臓カテーテル法、負荷検査または心臓磁気共鳴画像法(心臓MRI)が挙げられる。
【0022】
本開示における70mLを超える大きいLVESVを有する被検者の選択方法は当業者によく知られているであろう。例えば、当該技術分野において公知の機器によって被検者のLVESVを測定することができ、これには、二次元心エコー検査、磁気共鳴断層撮影、心臓コンピュータ断層撮影(CT)または二方向左室映画造影が挙げられるがこれらに限定されない。加えて、当業者は「大きいLVESV」という用語の境界に精通しているであろうが、この用語は当該技術分野において理解される通りであり、本明細書の他の箇所でもそのように記載する。
【0023】
本開示に従う間葉系幹細胞もしくは前駆細胞及び/またはその子孫細胞の投与は、心不全及び/またはその症状のための薬物療法または他の治療を受けている被検者に対して行われ得る。あるいは、心不全のためのいかなる他の薬物療法または治療も受けていない被検者に対して行ってもよい。いくつかの例では、以前に冠動脈バイパス移植(CABG)または左室補助装置(LVAD)移植を受けた被検者に対して、本開示に従う間葉系幹細胞もしくは前駆細胞及び/またはその子孫細胞の投与を行う。被検者が受けたCABGまたはLVAD移植術に伴って、本開示に従う間葉系幹細胞もしくは前駆細胞及び/またはその子孫細胞の同時投与が行われていてもよく、行われていなくてもよい。いくつかの例では、CABGまたはLVAD移植を受けている個体に対して、本開示に従う間葉系幹細胞もしくは前駆細胞及び/またはその子孫細胞の投与を行う。他の例では、損傷/欠損心臓組織を治療するためのいかなる治療法も受けていない、及び/または受けることのない被検者に対して、本開示に従う間葉系幹細胞もしくは前駆細胞及び/またはその子孫細胞の投与を行う。
【0024】
本開示は、心臓に間葉系幹細胞もしくは前駆細胞の集団及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子を投与することを含む、70mLを超える大きいLVESVを有する心臓における心不全の治療または予防方法も提供する。
【0025】
一例において、LVESVは80mL超、90mL超、100mL超、100mL超、110mL超または120mL超である。別の例では、LVESVは80mL/m2超、90mL/m2超、100mL/m2超、110mL/m2超、または120mL/m2超である。
【0026】
別の例では、本開示は、心臓に間葉系幹細胞もしくは前駆細胞の集団及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子を投与することを含む、70mLを超えるLVESVを有する心臓における大きい左室収縮末期容積(LVESV)の減少方法を提供する。
【0027】
一例において、LVESVは80mL超、90mL超、100mL超、100mL超、110mL超または120mL超である。別の例では、LVESVは80mL/m2超、90mL/m2超、100mL/m2超、110mL/m2超、または120mL/m2超である。
【0028】
別の例では、LVESVの減少は、間葉系幹細胞もしくは前駆細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子を投与していない同じ心臓と比較して、少なくとも20%、少なくとも15%、少なくとも10%、少なくとも5%、または少なくとも2%である。
【0029】
別の例では、間葉系幹細胞もしくは前駆細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子の投与の約6か月、約12か月、約24か月、または約36か月後にLVESVを測定する。
【0030】
一例において、カテーテルベースのシステムによって心臓に細胞、及び/またはその子孫細胞及び/または可溶性因子を投与する。さらなる例において、細胞、及び/またはその子孫細胞及び/または可溶性因子を心筋の組織損傷の部位またはその近くに投与する。細胞、及び/またはその子孫細胞及び/または可溶性因子の送達は、治療を必要とする心筋の領域を特定した後に行われ得る。
【0031】
さらなる例において、経心内膜注入、冠動脈内点滴または経心外膜注入によって、心臓に細胞、及び/またはその子孫細胞及び/または可溶性因子を投与する。
【0032】
さらなる例において、心臓は約55%未満の左室駆出率(LVEF)を有するとしてさらに特徴づけられる。さらなる例において、心臓は約35%以下の左室駆出率(LVEF)を有するとしてさらに特徴づけられる。別の例では、心臓は約35%未満、約30%未満、約25%未満、または約20%未満のLVEFを有する。
【0033】
一例において、大きいLVESVは急性心筋梗塞に起因する。さらなる例において、大きいLVESVは慢性うっ血性心不全に起因する。
【0034】
さらなる例において、心不全の診断後、間葉系幹細胞もしくは前駆細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子を心臓に投与する。別の例では、急性心筋梗塞後に、間葉系幹細胞もしくは前駆細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子を心臓に投与する。さらなる例において、心不全の診断の約1~7日後に、間葉系幹細胞もしくは前駆細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子を心臓に投与する。さらなる例において、急性心筋梗塞の約1~7日後に、間葉系幹細胞もしくは前駆細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子を心臓に投与する。さらなる例において、心不全の診断または心筋梗塞の約3~5日後に、間葉系幹細胞もしくは前駆細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子を心臓に投与する。
【0035】
別の例では、心臓は左室の約10%~35%、または約11~34%、約12~33%、約13~32%、約14~31%、約15~30%、約16~29%、もしくは約17~28%の左室梗塞サイズを有する。
【0036】
いくつかの実施形態において、本開示の方法は、STRO-1+細胞が豊富な間葉系幹細胞もしくは前駆細胞の集団及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子を心臓または被検者に投与することも含む。別の例では、本開示の方法は、STRO-1bright細胞が豊富な間葉系幹細胞もしくは前駆細胞の集団及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子を心臓または被検者に投与することを含む。
【0037】
別の例では、間葉系幹細胞または前駆細胞の集団は組織非特異的アルカリホスファターゼ(TNAP)を発現し、及び/または子孫細胞及び/または可溶性因子はTNAPを発現する間葉系細胞に由来する。別の例では、間葉系幹細胞または前駆細胞の集団はアンジオポエチン1(Ang1)を少なくとも0.1μg/106細胞の量で発現し、及び/または子孫細胞及び/または可溶性因子はAng1を少なくとも0.1μg/106細胞の量で発現する間葉系前駆細胞に由来する。別の例では、間葉系幹細胞または前駆細胞の集団はAng1を少なくとも0.5μg/106細胞の量で発現する。別の例では、間葉系幹細胞または前駆細胞の集団はAng1を少なくとも1μg/106細胞の量で発現する。別の例では、間葉系幹細胞または前駆細胞の集団は血管内皮成長因子(VEGF)を約0.05μg/106細胞未満の量で発現し、及び/または子孫細胞及び/または可溶性因子はVEGFを約0.05μg/106細胞未満の量で発現する間葉系前駆細胞及び/または子孫細胞に由来する。別の例では、間葉系幹細胞または前駆細胞の集団はVEGFを約0.03μg/106細胞未満の量で発現する。別の例では、間葉系幹細胞または前駆細胞の集団は少なくとも約2:1の比でAng1:VEGFを発現し、及び/または子孫細胞及び/または可溶性因子は少なくとも約2:1の比でAng1:VEGFを発現する間葉系幹細胞または前駆細胞に由来する。別の例では、間葉系幹細胞または前駆細胞の集団は少なくとも約10:1の比でAng1:VEGFを発現する。別の例では、間葉系幹細胞または前駆細胞の集団は少なくとも約20:1の比でAng1:VEGFを発現する。別の例では、間葉系幹細胞または前駆細胞の集団は少なくとも約30:1の比でAng1:VEGFを発現する。
【0038】
一例において、間葉系幹細胞もしくは前駆細胞の集団及び/またはその子孫細胞を治療有効量で心臓または被検者に投与する。
【0039】
一例において、間葉系幹細胞もしくは前駆細胞の集団及び/またはその子孫細胞を心臓または被検者に複数回にわたって投与する。さらなる例において、本開示の方法は、1×106~8×108細胞を投与することを含む。別の例では、本開示の方法は、約1.5×108細胞を投与することを含む。
【0040】
一例において、医薬品として許容可能な担体及び/または賦形剤とともに、間葉系幹細胞もしくは前駆細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子を含む組成物の形態で、間葉系幹細胞もしくは前駆細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子を投与する。さらなる例において、投与の前に及び/または可溶性因子を得る前に、間葉系幹細胞もしくは前駆細胞の集団及び/またはその子孫細胞を培養で増殖させる。
【0041】
本開示は、70mLを超える大きいLVESVを有する被検者における心不全を治療するための、間葉系幹細胞もしくは前駆細胞の集団及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子または本明細書に記載の組成物の使用も提供する。
【0042】
本開示は、70mLを超える大きいLVESVを有する心臓を治療するための、間葉系幹細胞もしくは前駆細胞の集団及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子または本明細書に記載の組成物の使用も提供する。
【0043】
本明細書に記載の任意の使用に従う一例において、大きいLVESVは急性心筋梗塞に起因する。本明細書に記載の任意の使用に従う別の例において、大きいLVESVは慢性うっ血性心不全に起因する。
【0044】
本開示は、70mLを超える大きい左室収縮末期容積(LVESV)を有する被検者における心不全を治療するための医薬品の製造における、間葉系幹細胞もしくは前駆細胞の集団及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子も提供する。
【0045】
本開示は、70mLを超える大きい左室収縮末期容積(LVESV)を有する心臓を治療するための医薬品の製造における、間葉系幹細胞もしくは前駆細胞の集団及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子も提供する。
【0046】
本開示は、70mLを超える大きいLVESVを有する被検者における心不全の治療に用いるための、間葉系幹細胞もしくは前駆細胞の集団及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子または本明細書に記載の組成物も提供する。
【0047】
本開示は、70mLを超える大きい左室収縮末期容積(LVESV)を有する心臓の治療に用いるための、間葉系幹細胞もしくは前駆細胞の集団及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子または本明細書に記載の組成物も提供する。
【0048】
別の例では、本開示は、70mLを超える大きいLVESVを有する心臓における左室収縮末期容積(LVESV)を減少させるための、間葉系幹細胞もしくは前駆細胞の集団及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子または本明細書に記載の組成物の使用を提供する。
【0049】
別の例では、本開示は、70mLを超える大きいLVESVを有する心臓における左室収縮末期容積(LVESV)を減少させるのに用いるための、間葉系幹細胞もしくは前駆細胞の集団及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子または本明細書に記載の組成物を提供する。
【0050】
本明細書に記載の任意の集団または使用に従う一例において、LVESVは80mL超、90mL超、100mL超、110mL超または120mL超である。別の例では、LVESVは80mL/m2超、90mL/m2超、100mL/m2超、110mL/m2超、または120mL/m2超である。
【0051】
本明細書に記載の任意の方法または使用に従うさらなる例において、間葉系前駆細胞の集団及び/またはその子孫細胞を単離または精製する。
【0052】
さらなる例において、間葉系幹細胞もしくは前駆細胞の集団及び/またはその子孫細胞はドナー被検者に由来する。ドナー被検者は、細胞、及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子を投与する同じ被検者であってよく、この場合、細胞はオートロガスである。別の例では、ドナー被検者は、細胞、及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子を投与するのとは異なる被検者であり、この場合、細胞はアロジェニックである。
【0053】
さらなる例において、被検者は約55%未満の左室駆出率(LVEF)を有する。本明細書に記載の任意の使用に従う別の例において、被検者は約35%以下のLVEFを有する。別の例では、被検者は約35%未満、約30%未満、約25%未満、または約20%未満のLVEFを有する。
【0054】
本明細書に記載の任意の使用に従う別の例において、心臓は約5%~30%、または約10%~20%の左室梗塞サイズを有する。本明細書に記載の任意の使用に従う別の例において、被検者は約5%~30%、または約10%~20%の左室梗塞サイズを有する。
【0055】
別の例では、本開示は、70mLを超える大きいLVESVを有する心臓における左室収縮末期容積(LVESV)を減少させるための医薬品の製造における、間葉系幹細胞もしくは前駆細胞の集団及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子を提供する。
【0056】
本開示は、間葉系幹細胞もしくは前駆細胞の集団及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子または本明細書に記載の組成物、ならびに細胞、及び/またはその子孫細胞及び/または可溶性因子の投与のための送達デバイスを含むキットも提供する。一例において、送達デバイスはカテーテルである。
【0057】
別の例では、本開示における被検者は哺乳類である。さらなる例において、被検者はヒトであり、青年ヒトまたは小児ヒトを含む。特定の例において、被検者は18歳以上である。
【0058】
さらなる例において、被検者は、間葉系幹細胞もしくは前駆細胞の集団及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子の投与前12か月以内に心不全イベントを発症している。
【0059】
さらなる例において、被検者はニューヨーク心臓協会(NYHA)II、IIIまたはIV度に分類される。II度は軽度と定義され、被検者は中等度の身体活動の際に疲労及び息切れを経験する。II度は中等度と定義され、患者は軽い身体活動の際にも息切れを経験する。IV度または末期は重度と定義され、患者は安静時でさえも消耗している。
【0060】
さらなる例において、被検者は低いベースライン6分間歩行試験(6MWT)を有する、すなわち6分間に被検者が移動した距離が非心不全被検者と比較して短い。
【0061】
別の例では、被検者は150mLを超える左室拡張末期容積(LVEDS)を有する。別の例では、被検者は170mLを超えるLVESVを有する。
【0062】
別の例では、被検者に従来の心不全薬も併用投与する。さらなる例において、心不全薬としては、次のうちの1つ以上が挙げられるが、これらに限定されない:β遮断薬、ACE阻害剤またはアンジオテンシン受容体遮断剤。
【0063】
別の例では、被検者は高い主要有害心イベント(MACE)発生率を有する。さらなる例において、被検者は、36か月間にかけて>50%の心不全MACE(HF-MACE)発生率を有する。別の例では、被検者は、36か月間にかけて>60%のHF-MACE発生率、または>65%のHF-MACE発生率、または>70%のHF-MACE発生率を有する。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【
図1】左室(LV)容積に基づいた心臓リモデリングにおけるMPCの投与量依存効果を示す。
【
図2】1億5,000万MPCでの治療後36か月のカプランマイヤー曲線によるHF-MACを示す。
【
図3-1】100mL以下または100mL超のLVESVに従って区別した、プラセボ(対照)及び間葉系前駆細胞(MPC)(1億5,000万細胞)を投与した被検者におけるベースライン左室収縮末期容積(LVESV)値を示す。
【
図3-2】100mL以下または100mL超のLVESVに従って区別した、プラセボ(対照)及びMPC(1億5,000万細胞)を投与した被検者における6か月の時点でのLVESV値の変化を示す。
【
図4-1】100mL以下または100mL超のLVESVに従って区別した、プラセボ(対照)及びMPC(1億5,000万細胞)を投与した被検者におけるベースライン左室拡張末期容積(LVEDV)値を示す。
【
図4-2】100mL以下または100mL超のLVESVに従って区別した、プラセボ(対照)及びMPC(1億5,000万細胞)を投与した被検者における6か月の時点でのLVEDV値の変化を示す。
【
図5-1】100mL以下または100mL超のLVESVに従って区別した、プラセボ(対照)及びMPC(1億5,000万細胞)を投与した被検者におけるベースライン左室駆出率(LVEF)値を示す。
【
図5-2】100mL以下または100mL超のLVESVに従って区別した、プラセボ(対照)及びMPC(1億5,000万細胞)を投与した被検者における6か月の時点でのLVEF値の変化を示す。
【
図6】70mL超のLVESVに従って区別した、プラセボ(対照)及びMPC(1億5,000万細胞)を投与した被検者における6か月の時点でのLVESV値の変化を示す。
【
図7】80mL超のLVESVに従って区別した、プラセボ(対照)及びMPC(1億5,000万細胞)を投与した被検者における6か月の時点でのLVESV値の変化を示す。
【
図8】90mL超のLVESVに従って区別した、プラセボ(対照)及びMPC(1億5,000万細胞)を投与した被検者における6か月の時点でのLVESV値の変化を示す。
【
図9】100mL超のLVESVに従って区別した、プラセボ(対照)及びMPC(1億5,000万細胞)を投与した被検者における6か月の時点でのLVESV値の変化を示す。
【
図10】110mL超のLVESVに従って区別した、プラセボ(対照)及びMPC(1億5,000万細胞)を投与した被検者における6か月の時点でのLVESV値の変化を示す。
【
図11】120mL超のLVESVに従って区別した、プラセボ(対照)及びMPC(1億5,000万細胞)を投与した被検者における6か月の時点でのLVESV値の変化を示す。
【
図12】LVESV>100mlでの患者の治療後36か月のMF-MACEカプランマイヤー曲線を示す。
【発明を実施するための形態】
【0065】
本明細書全体を通して、別途明記する場合または文脈から別の意味に解釈すべき場合を除き、単一のステップ、組成物、ステップ群または組成物群への言及は、そうしたステップ、組成物、ステップ群または組成物群の1つ及び複数(すなわち1つ以上)を包含するとみなすものとする。
【0066】
本明細書に記載の開示は具体的に記載したもの以外の変形及び変更が可能であることを当業者であれば理解するであろう。本開示はすべてのそのような変形及び変更を含むことを理解すべきである。本開示は、個別にまたは一括して本明細書で言及または指示したすべてのステップ、特徴、組成物及び化合物、ならびにこうしたステップまたは特徴のあらゆるすべての組合せまたは任意の2つ以上を含む。
【0067】
本開示は本明細書に記載の具体的な実施形態の範囲に限定されず、こうした実施形態は例示目的を意図するに過ぎない。機能的に均等な製品、組成物及び方法が本明細書に記載の開示の範囲内であることは明らかである。
【0068】
本明細書に開示の任意の例は、別途明記しない限り、任意の他の例に準用されるとみなすものとする。
【0069】
別途具体的に定義しない限り、本明細書で用いるすべての科学技術用語は、当業者(例えば細胞培養、分子遺伝学、幹細胞分化、免疫学、免疫組織化学、タンパク質化学、及び生化学における)によって一般に理解されるものと同じ意味を有するとみなすものとする。
【0070】
特に断らない限り、本開示において利用する手術技術は当業者にとって公知の標準的な手技である。
【0071】
間葉系幹細胞または前駆細胞の集団を入手及び富化する方法は当該技術分野において公知である。例えば、間葉系幹細胞または前駆細胞の富化集団は、間葉系幹細胞または前駆細胞上に発現されている細胞表面マーカーの使用に基づく、フローサイトメトリー及び細胞ソーティング法の使用によって得ることができる。
【0072】
本明細書で引用または参照するすべての文献、及び本明細書の引用文献で引用または参照されているすべての文献は、本明細書または参照により本明細書に援用する任意の文献で言及されている任意の製品に対する製造業者の使用説明書、明細書、製品仕様書、及びプロダクトシートとともに、全体を参照により本明細書に援用する。
【0073】
代表的な定義
用語「and/or(及び/または)」、例えば「X and/or Y(X及び/またはY)」は、「X and Y(X及びY)」または「X or Y(XまたはY)」のいずれかを意味すると解釈するものとし、両方の意味またはいずれかの意味に対する明示的な支持を与えるとみなすものとする。
【0074】
本明細書で用いる場合、約という用語は、そうでないとの記載がない限り、指定値の+/-10%、より好ましくは+/-5%のことをいう。
【0075】
本明細書全体を通して、単語「comprise(含む)」、または「comprises(含む)」もしくは「comprising(含むこと)」などの変形は、明言した要素、整数もしくはステップ、または要素、整数もしくはステップの群の包含を意味するが、いかなる他の要素、整数もしくはステップ、または要素、整数もしくはステップの群の除外も意味しないと解釈される。
【0076】
本明細書で用いる場合、単数形「a」、「an」及び「the」は、文脈からそうでないことが分かる場合を除いて、複数形の言及を包含する。
【0077】
本明細書で用いる場合、用語「心不全」は、用語「うっ血性心不全(CHF)」と同じ意味で用いることがあり、例えば「心筋症」と呼ばれる心筋機能不全、心筋の脆弱化ゆえに、及び他の心筋に関連する理由で、心臓が体の他の器官に十分な血液を送り出すことができない病態のことをいう。うっ血性心不全は、他の影響の中でも特に、左室(LV)拡大、LV収縮能の低下及び循環カテコールアミンのレベルの上昇によって特徴づけられる。別の例では、心不全は虚血性及び他の再灌流、ならびに他の非虚血性要因によって生じる。心不全は次の症状または徴候を個別にまたは一括して含むが、これらに限定されない:心臓再灌流傷害、代償性肥大、ヒト末期心不全、高血圧性心筋症、左室高血圧、左または右室拡大、左または右室不全、順応不良肥大、心筋構造配列不整(心筋細胞のアポトーシス及び喪失)ならびに心筋機能障害(収縮及び/または弛緩の喪失)ならびに圧過負荷心臓。
【0078】
「単離」または「精製」は、その自然環境の少なくともいくつかのコンポーネントから分離された細胞を意味する。この用語はその自然環境からの細胞の全体的な物理的分離(例えばドナーからの摘出)を含む。用語「単離」は、直接隣接している細胞との例えば、解離による細胞の関係の変化を含む。用語「単離」は、組織切片中の細胞を意味しない。細胞の集団のことをいうために用いる場合、用語「単離」は、本開示の単離細胞の増殖の結果生じる細胞の集団を含む。
【0079】
本明細書で用いる場合、用語「左室高血圧(LVH)」は、心筋が循環における抵抗の増加に反応して拡大する病態である。しかし、時間の経過とともに、肥大心筋の線維は厚くなって縮み、その結果弛緩することができなくなる。高血圧は心筋をより激しく働かせる。結果として生じる肥大は心臓の筋線維の肥厚または短縮の産物である。こうした病態の下では、心臓が弛緩し、収縮及び弛緩の正常なサイクルを繰り返すのがより困難となる。心筋の変化はコラーゲンに現れ、結果として硬くなる。このプロセスのアウトカムは、正常な循環の拍出要求量を満足することができない心臓である。
【0080】
本明細書で用いる場合、用語「左室拡大」は、心室から駆出される血液量を増加させ、一時的に心臓拍出量を改善することのできる左室の拡大のことをいう。しかし、この心室腔の大きさの増加は、駆出される血液の左室容積の割合(駆出率と呼ばれる)が減少することにもなり、重要な生理学的意味を有する。左室拡大は、心筋梗塞後の心室機能障害及びうっ血性心不全のよく認識されている前兆及び徴候である。同様に、右室拡大は、右室の拡大及び関連する徴候または障害のことをいう。
【0081】
本明細書で用いる場合、用語「左室不全」は、心臓の左側が効果的に血液を送り出すことができない障害のことをいう。これは、肺への血液の逆流、圧迫及び/またはうっ血をもたらす。左室不全を示す徴候としては、側方に移動した心尖拍動が挙げられる。奔馬調律が血流の増加または心内圧の増加のマーカーとして聞こえ得る。
【0082】
本明細書で用いる場合、用語「心筋症」は、心臓筋肉(心筋)が炎症して拡大する病態のことをいう。いくつかの異なる種類の心筋症が当該技術分野において公知であり、心筋が伸びて薄くなる拡張型心筋症、心筋細胞が拡大して心臓の壁を厚くさせる肥大型心筋症、及び異常な組織、例えば瘢痕組織が理由で心臓が硬直して硬くなる拘束型心筋症が挙げられる。
【0083】
本明細書で用いる場合、用語「心筋梗塞」は心臓発作のこととしても理解される。心臓発作は、血液が心臓のある部分へ適切に流れなくなり、心筋が十分な酸素を受け取れないために損傷する場合に生じる。これは、心臓に血液を供給する冠動脈の1つが閉塞した場合に生じ得る。
【0084】
本明細書で用いる場合、用語「左室収縮末期容積」(LVESV)は、収縮、または心収縮期の最後及び充満または心拡張期の最初の左室中の血液量のことをいう。これは心臓サイクルのいかなる時点よりも低い心室中の血液量のことをいう。男性の正常値は典型的には22~58mLの範囲であり、女性は19~49mLである。説明として、ここで述べたLVESV値はベースラインLVESV値、すなわち被検者への間葉系前駆細胞もしくは幹細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子の投与前に測定されるLVESV値である。
【0085】
用語「大きいLVESV」は当業者であれば理解するであろう。典型的には、男性または女性の正常LVESV範囲を超える値を意味すると理解される。一例において、大きいLVESVは70mLを超える値を意味すると理解されるであろう。別の例では、100mlを超えるLVESV値を意味すると理解される。
【0086】
本明細書で用いる場合、用語「左室収縮末期容積指数」(LVESVI)は、指数化した左室収縮末期容積のことをいう。この値は一般にmL/m2で表される。本明細書では用語LVESV及びLVESVIを同じ意味で用いる場合がある。
【0087】
本明細書で用いる場合、用語「左室駆出率」(LVEF)は、心臓が各収縮でいかに良好にポンプするかを意味する。駆出率(EF)は一般に割合、すなわち収縮するたびに心臓から出る血液の割合で表される。正常LVEFは55~70%の範囲である。65%のLVEFは、例えば、左室中の全血液量の65%が心拍ごとに送り出されることを意味する。左室が心臓の主なポンプ室であるので、EFは一般に左室(LV)においてのみ測定される。55%以上のLVEFが正常と考えられる。50%以下のLVEFは低下していると考えられる。EFについての専門家の意見は50~55%の間で異なっており、これを境界範囲と考えるものもいる。
【0088】
本明細書で用いる場合、用語「左室拡張末期容積」(LVEDV)は、収縮、または心収縮期の最後及び充満または心拡張期の最初の右室中の血液量のことをいう。これは心臓サイクルのいかなる時点よりも低い心室中の血液量のことをいう。典型的には、正常な健康被検者のLVEDVは約120mLである。説明として、ここで述べたLVEDVはベースラインLVEDV値、すなわち被検者への間葉系前駆細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子の投与前に測定されるLVEDV値である。
【0089】
本明細書で用いる場合、用語「治療すること」、「治療する」または「治療」は、間葉系幹細胞もしくは前駆細胞の集団及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子を投与し、それによって心不全の少なくとも1つの症状を軽減または除去することを含む。特定の一例において、治療によりLVESV値が、ベースライン値(すなわち間葉系幹細胞もしくは前駆細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子の投与前)と比較して、少なくとも5%、少なくとも10%、少なくとも15%、少なくとも20%、少なくとも25%、少なくとも30%、少なくとも35%、少なくとも40%、少なくとも45%、または少なくとも50%減少する。
【0090】
本明細書で用いる場合、用語「予防する」または「予防すること」は、間葉系幹細胞もしくは前駆細胞の集団及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子を投与し、それによって心不全の少なくとも1つの症状の発症を止めるまたは妨げることを含む。
【0091】
本明細書で用いる場合、用語「被検者」は哺乳類のことをいい、マウス、ラット、サル、ヒト、家庭動物及び家畜が挙げられるがこれらに限定されない。
【0092】
間葉系前駆細胞
本明細書で用いる場合、用語「間葉系前駆細胞または幹細胞」は、多分化能を維持しながら自己複製する能力ならびに間葉起源、例えば、骨芽細胞、軟骨細胞、脂肪細胞、間質細胞、線維芽細胞、及び腱、または非間葉起源、例えば、肝細胞、神経細胞及び上皮細胞の複数の細胞型いずれにも分化する能力を有する未分化複能性細胞のことをいう。誤解を避けるために記すと、「間葉系前駆細胞」は、間葉細胞、例えば骨、軟骨、筋及び脂肪細胞、ならびに線維性結合組織などに分化することができる細胞のことをいう。
【0093】
用語「間葉系前駆細胞または幹細胞」は、親細胞及びその未分化子孫細胞の両方を含む。この用語は、間葉系前駆細胞、複能性間質細胞、間葉系幹細胞(MSC)、脈管周囲間葉系前駆細胞、及びこれらの未分化子孫細胞も含む。
間葉系前駆細胞または幹細胞はオートロガス、ゼノジェニック、シンジェニックまたはアイソジェニックとすることができる。オートロガス細胞は、再移植する同一個体から単離される。アロジェニック細胞は、同種のドナーから単離される。ゼノジェニック細胞は、異種のドナーから単離される。シンジェニックまたはアイソジェニック細胞は、遺伝的に同一な生物、例えば双生児、クローン、または高度近交系研究動物モデルなどから単離される。
【0094】
間葉系前駆細胞または幹細胞は主として骨髄中に存在するが、例えば臍帯血及び臍帯、成体末梢血、脂肪組織、小柱骨ならびに歯髄をはじめとする多様な宿主組織中に存在することも分かっている。
【0095】
一例において、間葉系前駆細胞はSTRO-1+間葉系前駆細胞(MPC)である。本明細書で用いる場合、語句「STRO-1+複能性細胞」は、複能性細胞コロニーを形成することのできるSTRO-1+及び/またはTNAP+前駆細胞を意味するとみなすものとする。
【0096】
STRO-1+複能性細胞は、骨髄、血液、歯髄細胞、脂肪組織、皮膚、脾臓、膵臓、脳、腎臓、肝臓、心臓、網膜、脳、毛包、腸、肺、リンパ節、胸腺、骨、靱帯、腱、骨格筋、真皮、及び骨膜に存在する細胞であり、生殖細胞系、例えば中胚葉及び/または内胚葉及び/または外胚葉などに分化することができる。したがって、STRO-1+複能性細胞は多数の細胞型に分化することができ、脂肪組織、骨組織、軟骨組織、弾性組織、筋組織、及び線維性結合組織が挙げられるがこれらに限定されない。具体的な分化系列決定及びこうした細胞が入る分化経路は、機械的影響及び/または内因性生物活性因子、例えば成長因子、サイトカインなど、及び/または宿主組織によって確立される局所的な微小環境条件からの様々な影響に依存する。
【0097】
間葉系前駆細胞または幹細胞は、STRO-1+細胞の選択によって宿主組織から単離及び富化することができる。例えば、被検者からの骨髄穿刺液は、間葉系前駆細胞または幹細胞の選択を可能とするためにSTRO-1またはTNAPに対する抗体でさらに処理され得る。一例において、間葉系前駆細胞または幹細胞は、(Simmons & Torok-Storb, 1991)に記載のSTRO-1抗体を用いることによって富化することができる。
【0098】
用語「富化した」、「富化」またはこれらの変形は、本明細書において、1つの特定の細胞型の集団または複数の特定の細胞型の集団が、細胞の未処理の集団(例えば本来の環境にある細胞)と比較して増加している細胞の集団を表現するために用いる。一例において、STRO-1+細胞を富化した集団は、少なくとも約0.1%または0.5%または1%または2%または5%または10%または15%または20%または25%または30%または50%または75%のSTRO-1+細胞を含む。この点に関して、用語「STRO-1+細胞を富化した細胞の集団」は、用語「X%のSTRO-1+細胞を含む細胞の集団」に対する明示的な支持を与えるものとみなされ、ここでX%は本明細書に列挙したパーセンテージである。STRO-1+細胞は、いくつかの例において、クローン原性コロニーを形成することができ、例えばCFU-F(線維芽細胞)またはそのサブセット(例えば50%または60%または70%または70%または90%または95%)は、この活性を有することができる。
【0099】
一例において、選択可能な形態のSTRO-1+細胞を含む細胞調製物から細胞の集団を富化する。この点に関して、用語「選択可能な形態」は、細胞がSTRO-1+細胞の選択を可能にするマーカー(例えば細胞表面マーカー)を発現していることを意味するものと理解される。マーカーはSTRO-1とすることができるが、必ずしもこれである必要はない。例えば、本明細書で記載及び/または例示するように、STRO-2及び/またはSTRO-3(TNAP)及び/またはSTRO-4及び/またはVCAM-1及び/またはCD146及び/または3G5を発現する細胞(例えば間葉系前駆細胞)は、STRO-1も発現する(かつSTRO-1強陽性であり得る)。したがって、細胞がSTRO-1+であるという表示は、細胞をSTRO-1発現によってのみ選択することを意味しない。一例において、少なくともSTRO-3発現に基づいて細胞を選択するが、例えばこれはSTRO-3+(TNAP+)である。
【0100】
細胞またはその集団の選択への言及は、必ずしも特定の組織起源からの選択を必要としない。本明細書に記載するように、STRO-1+細胞は多種多様な起源から選択または単離または富化することができる。とはいえ、いくつかの例において、これらの用語は、STRO-1+細胞(例えば間葉系前駆細胞)を含む任意の組織もしくは血管新生化組織もしくは周皮細胞(例えばSTRO-1周皮細胞)を含む組織または本明細書に列挙した組織の任意の1つ以上からの選択に対する支持を与える。
【0101】
一例において、本開示で用いる細胞は、個別にまたは一括してTNAP+、VCAM-1+、THY-1+、STRO-2+、STRO-4+(HSP-90β)、CD45+、CD146+、3G5+またはこれらの任意の組合せからなる群から選択される1つ以上のマーカーを発現する。
【0102】
「個別に」とは、本開示が列挙したマーカーまたはマーカー群を別々に包含すること、ならびに個々のマーカーまたはマーカー群が本明細書で別々に記載されていない場合があるにもかかわらず、添付の特許請求の範囲はそのようなマーカーまたはマーカー群を互いに別々に及び可分的に規定する場合があることを意味する。
【0103】
「一括して」とは、本開示が列挙したマーカーまたはマーカー群の任意の数または組合せを包含すること、ならびにマーカーまたはマーカー群のそのような数または組合せが具体的に記載されていない場合があるにもかかわらず、添付の特許請求の範囲はそのような組合せまたは部分的組合せをマーカーまたはマーカー群の任意の他の組合せとは別々に及び可分的に規定する場合があることを意味する。
【0104】
一例において、STRO-1+細胞はSTRO-1bright(同義語STRO-1bri)である。別の例では、STRO-1dimまたはSTRO-1intermediate細胞に対して、STRO-1bri細胞を優先的に富化する。
【0105】
別の例では、STRO-1bri細胞は、さらにTNAP+、VCAM-1+、THY-1+、STRO-2+、STRO-4+(HSP-90β)及び/またはCD146+の1つ以上である。例えば、細胞は、上記のマーカーの1つ以上に対して選択される、及び/または上記のマーカーの1つ以上を発現することが分かっている。この点に関して、マーカーを発現することが分かっている細胞は特に試験する必要はなく、むしろ、前もって富化または単離した細胞を試験し、その後用いることができ、単離または富化した細胞も同一マーカーを発現すると合理的に考えることができる。
【0106】
一例において、間葉系前駆細胞(MPC)はWO2004/85630に規定の脈管周囲間葉系前駆細胞であり、脈管周囲マーカー3G5の存在によって特徴づけられる。例えば、MPCは脈管周囲細胞のマーカーを発現し、例えばこの細胞はSTRO-1+またはSTRO-1bri及び/または3G5+である。一例において、この細胞は、血管新生化組織もしくは器官またはその一部から単離されるか、もしくは前もって単離されているか、または単離された細胞の子孫細胞である。
【0107】
所与のマーカーに対して「陽性」であると呼ばれる細胞は、マーカーが細胞表面上に存在する程度に応じて、そのマーカーを低い(loもしくは弱陽性)または高い(強陽性、bri)レベルで発現し得るが、これらの用語は蛍光の強度または細胞のソーティングプロセスに用いられる他のマーカーに関係する。lo(または弱陽性もしくは微陽性)及びbriの区別は、ソーティングされている特定の細胞集団で用いられるマーカーとの関連で理解されるであろう。所与のマーカーに対して「陰性」であると呼ばれる細胞は、必ずしもその細胞に完全に不在しているとは限らない。この用語は、マーカーが比較的非常に低いレベルでその細胞によって発現されており、検出可能に標識化された場合に非常に低いシグナルを発生するか、またはバックグラウンドレベルを超えて検出することができない、例えばアイソタイプ対照抗体を用いて検出されるレベルであることを意味する。
【0108】
本明細書で用いる場合、用語「bright(強陽性)」または「bri」は、検出可能に標識化された場合に比較的高いシグナルを発生する細胞表面上のマーカーのことをいう。理論に制限されることを望むものではないが、「強陽性」細胞は、サンプル中の他の細胞よりも標的マーカータンパク質(例えばSTRO-1によって認識される抗原)をより多く発現することが提唱されている。例えば、STRO-1bri細胞は、FITC結合STRO-1抗体で標識化して蛍光活性化細胞ソーティング(FACS)分析によって測定した場合に、非強陽性細胞(STRO-1微陽性/弱陽性)よりも強い蛍光シグナルを発生させる。一例において、「強陽性」細胞は出発サンプル中に含まれる最も明るく標識された骨髄単核細胞の少なくとも約0.1%を占める。他の例では、「強陽性」細胞は、出発サンプル中に含まれる最も明るく標識された骨髄単核細胞の少なくとも約0.5%、少なくとも約1%、少なくとも約1.5%、または少なくとも約2%を占める。ある例では、STRO-1強陽性細胞は、「バックグラウンド」、すなわちSTRO-1-である細胞と比較して2対数分高い発現のSTRO-1表面発現を有する。これに対して、STRO-1弱陽性及び/またはSTRO-1中陽性細胞は、「バックグラウンド」よりも2対数分以上高い発現のSTRO-1表面発現を有せず、典型的には約1対数以下である。
【0109】
本明細書で用いる場合、用語「TNAP」は組織非特異的アルカリホスファターゼのすべてアイソフォームを包含することを意図する。例えば、この用語は肝アイソフォーム(LAP)、骨アイソフォーム(BAP)及び腎アイソフォーム(KAP)を包含する。一例において、TNAPはBAPである。一例において、TNAPは、本明細書で用いる場合、ブダペスト条約の規定の下、寄託受託番号PTA-7282で2005年12月19日にATCCに寄託されたハイブリドーマ細胞株によって産生されるSTRO-3抗体と結合することのできる分子のことをいう。
【0110】
さらに、一例において、STRO-1+細胞はクローン原性CFU-Fを生じさせることができる。
【0111】
一例において、相当な割合のSTRO-1+細胞が少なくとも2種の異なる生殖細胞系に分化することができる。STRO-1+細胞がコミットされ得る系列の非限定例としては、骨前駆細胞;胆管上皮細胞及び肝細胞への多分化能を有する肝細胞前駆細胞;オリゴデンドロサイト及びアストロサイトへと進行するグリア細胞前駆細胞を生じることができる神経拘束細胞;ニューロンへと進行する神経前駆細胞;心筋及び心筋細胞の前駆細胞、グルコース応答性インスリン分泌膵β細胞株が挙げられる。他の系列としては、象牙芽細胞、象牙産生細胞及び軟骨細胞、ならびに以下のものの前駆細胞が挙げられるが、これらに限定されない:網膜色素上皮細胞、線維芽細胞、皮膚細胞、例えばケラチノサイトなど、樹状細胞、毛包細胞、尿細管上皮細胞、平滑筋細胞及び骨格筋細胞、精巣前駆細胞、血管内皮細胞、腱細胞、靱帯細胞、軟骨細胞、脂肪細胞、線維芽細胞、骨髄間質細胞、心筋細胞、平滑筋細胞、骨格筋細胞、周皮細胞、血管細胞、上皮細胞、グリア細胞、神経細胞、アストロサイト及びオリゴデンドロサイト。
【0112】
本開示のある例において、間葉系前駆細胞または幹細胞は間葉系幹細胞(MSC)である。MSCは均一組成物であってもよく、MSCが豊富な混合細胞集団であってもよい。均一MSC組成物は接着性骨髄または骨膜細胞を培養することによって得られ、MSCは固有のモノクローナル抗体で同定される特異的細胞表面マーカーによって同定され得る。MSCが豊富な細胞集団を得るための方法は、例えば米国特許第5,486,359号に記載されている。MSCの代替的起源としては、血液、皮膚、臍帯血、筋、脂肪、骨、及び軟骨膜が挙げられるが、これらに限定されない。
【0113】
別の例では、間葉系前駆細胞または幹細胞は、CD29+、CD54+、CD73+、CD90+、CD102+、CD105+、CD106+、CD166+、MHC1+MSC(例えばレメステムセル-L)である。
【0114】
単離または富化間葉系前駆細胞または幹細胞は培養によってインビトロ増殖させることができる。単離または富化間葉系前駆細胞または幹細胞は、凍結保存し、解凍してから培養によってインビトロ増殖させることができる。
【0115】
一例において、培地(無血清または血清添加)、例えば5%ウシ胎児血清(FBS)及びグルタミンを添加したアルファ最小必須培地(αMEM)中に50,000生細胞/cm2で、単離または富化間葉系前駆細胞または幹細胞を接種し、37℃、20%O2で一晩、培養容器に接着させる。その後、必要に応じて培地を交換及び/または変更し、細胞を37℃、5%O2でさらに68~72時間培養する。
【0116】
当業者であれば理解するであろうが、培養した間葉系前駆細胞または幹細胞はインビボでの細胞とは表現型的に異なる。例えば、一実施形態において、これらは次のマーカー、CD44、NG2、DC146及びCD140bの1つ以上を発現する。培養間葉系前駆細胞または幹細胞はインビボでの細胞と生物学的にも異なり、大半が細胞周期にない(休止)インビボでの細胞と比較して高い増殖速度を有する。
【0117】
間葉系前駆細胞または幹細胞は被検者への投与前に凍結保存してもよい。
【0118】
細胞の改変
一例において、本開示の間葉系前駆細胞または幹細胞は、遺伝子改変してもよく、遺伝子改変しなくてもよく、Ang1を少なくとも0.1μg/106細胞の量で発現し得る。しかし、様々な例において、本開示の間葉系幹細胞または前駆細胞は、Ang1を少なくとも0.2μg/106細胞、0.3μg/106細胞、0.4μg/106細胞、0.5μg/106細胞、0.6μg/106細胞、0.7μg/106細胞、0.8μg/106細胞、0.9μg/106細胞、1μg/106細胞、1.1μg/106細胞、1.2μg/106細胞、1.3μg/106細胞、1.4μg/106細胞、1.5μg/106細胞の量で発現し得ることが想定される。
【0119】
ある例において、本開示の間葉系前駆細胞または幹細胞は、遺伝子改変されず、Ang1を少なくとも0.1μg/106細胞の量で発現する。しかし、この例の様々な実施形態において、間葉系前駆細胞または幹細胞は、Ang1を少なくとも0.2μg/106細胞、0.3μg/106細胞、0.4μg/106細胞、0.5μg/106細胞、0.6μg/106細胞、0.7μg/106細胞、0.8μg/106細胞、0.9μg/106細胞、1μg/106細胞、1.1μg/106細胞、1.2μg/106細胞、1.3μg/106細胞、1.4μg/106細胞、1.5μg/106細胞の量で発現し得ることが想定される。
【0120】
別の態様では、本開示の間葉系前駆細胞または幹細胞はVEGFを約0.05μg/106細胞未満の量で発現する。しかし、様々な実施形態において、本開示の間葉系幹細胞または前駆細胞は、VEGFを約0.05μg/106細胞、0.04μg/106細胞、0.03μg/106細胞、0.02μg/106細胞、0.01μg/106細胞、0.009μg/106細胞、0.008μg/106細胞、0.007μg/106細胞、0.006μg/106細胞、0.005μg/106細胞、0.004μg/106細胞、0.003μg/106細胞、0.002μg/106細胞、0.001μg/106細胞未満の量で発現し得ることが想定される。
【0121】
ある例において、本開示の間葉系前駆細胞または幹細胞は、遺伝子改変されず、VEGFを約0.05μg/106細胞未満の量で発現する。しかし、この例の様々な実施形態において、本開示の間葉系前駆細胞または幹細胞は、VEGFを約0.05μg/106細胞、0.04μg/106細胞、0.03μg/106細胞、0.02μg/106細胞、0.01μg/106細胞、0.009μg/106細胞、0.008μg/106細胞、0.007μg/106細胞、0.006μg/106細胞、0.005μg/106細胞、0.004μg/106細胞、0.003μg/106細胞、0.002μg/106細胞、0.001μg/106細胞未満の量で発現し得ることが想定される。
【0122】
間葉系前駆細胞または幹細胞の組成物または培養物で発現される細胞Ang1及び/またはVEGFの量は、当業者にとって公知の方法によって測定され得る。そのような方法としては、間葉系前駆細胞または幹細胞を培養するために用いられる培地中のAng-1またはVEGFの検出のための定量アッセイ、例えば定量ELISAアッセイ、または例えば蛍光結合免疫吸着アッセイ(FLISA)、ウェスタンブロット、競合アッセイ、ラジオイムノアッセイ、ラテラルフローアッセイ、フロースルーイムノアッセイ、電気化学発光アッセイ、ネフェロメトリーベースのアッセイ、タービドメトリーベースのアッセイ、蛍光活性化細胞ソーティング(FACS)ベースのアッセイなど、及び表面プラズモン共鳴(SPRまたはBiacore)が挙げられるが、これらに限定されない。
【0123】
しかし、本開示の範囲は、本開示の間葉系前駆細胞または幹細胞で発現されるAng1またはVEGFの量またはレベルを測定するためのいかなる特定の方法にも限定されるものではないことを理解すべきである。
【0124】
一例において、間葉系前駆細胞または幹細胞の組成物または培養物によって発現されるAng1またはVEGFのレベルをELISAアッセイによって測定する。そのようなアッセイにおいて、間葉系前駆細胞または幹細胞の培養物からの細胞ライセートをELISAプレートのウェルに加える。ウェルはAng1またはVEGFに対するモノクローナルまたはポリクローナル抗体(複数可)のいずれかの一次抗体でコーティングされ得る。その後、ウェルを洗浄し、次に、一次抗体に対するモノクローナルまたはポリクローナル抗体(複数可)のいずれかの二次抗体と接触させる。二次抗体は適切な酵素、例えばホースラディッシュパーオキシダーゼなどと結合している。その後、ウェルをインキュベートしてよく、インキュベーション期間の後で洗浄する。その後、二次抗体に結合した酵素に対する適切な基質、例えば1種以上の色素原などとウェルを接触させる。用いられ得る色素原としては、過酸化水素及びテトラメチルベンジジンが挙げられるが、これらに限定されない。基質(複数可)を加えた後、ウェルを適切な時間インキュベートする。インキュベーションの完了時に、酵素と基質(複数可)との反応を停止するために「停止」溶液をウェルに加える。その後、サンプルの光学密度(OD)を測定する。試験している間葉系前駆細胞または幹細胞の培養物によって発現されたAng1またはVEGFの量を求めるために、サンプルの光学密度を既知の量のAng1またはVEGFを含有するサンプルの光学密度と相関させる。
【0125】
別の態様では、本開示の間葉系前駆細胞または幹細胞は、少なくとも約2:1の比でAng1:VEGFを発現する。しかし、様々な実施形態において、本開示の間葉系前駆細胞または幹細胞は少なくとも約10:1、15:1、20:1、21:1、22:1、23:1、24:1、25:1、26:1、27:1、28:1、29:1、30:1、31:1、32:1の比でAng1:VEGFを発現し得ることが想定される。
【0126】
一例において、本開示の間葉系前駆細胞または幹細胞は、遺伝子改変せず、少なくとも約2:1の比でAng1:VEGFを発現する。しかし、様々な実施形態において、本開示の間葉系前駆細胞または幹細胞は少なくとも約10:1、15:1、20:1、21:1、22:1、23:1、24:1、25:1、26:1、27:1、28:1、29:1、30:1、31:1、32:1の比でAng1:VEGFを発現し得ることが想定される。
【0127】
Ang1:VEGF発現比を求める方法は当業者にとって明らかであろう。Ang1及びVEGF発現の比を求める方法の例では、上述の定量ELISAによってAng1及びVEGF発現レベルを定量する。そのような例において、Ang1及びVEGFのレベルを定量した後、定量したAng1及びVEGFのレベルに基づく比は(Ang1のレベル/VEGFのレベル)=Ang1:VEGF比と表され得る。
【0128】
本開示の間葉系前駆細胞または幹細胞は、投与時に細胞の溶解が抑制されるように改変され得る。抗原の改変は、免疫不応答性または免疫寛容性を誘発することができ、それによって、最終的には正常な免疫応答における外来性細胞の拒絶の原因となる免疫応答のエフェクター相の誘発(例えば細胞傷害性T細胞生成、抗体産生など)を防止する。この目的を達成するために改変することのできる抗原としては、例えば、MHCクラスI抗原、MHCクラスII抗原、LFA-3及びICAM-1が挙げられる。
【0129】
別の例では、間葉系前駆細胞または幹細胞は、移植を受ける被検者に供給しようとする遺伝子産物を発現するように遺伝子改変され得る。遺伝子改変間葉系前駆細胞によって被検者に送達することのできる遺伝子産物の例としては、将来の心障害を予防することのできる遺伝子産物、例えば血管が心筋に浸潤するのを促進する成長因子(例えば血管内皮成長因子(VEGF)、線維芽細胞成長因子(FGF)、トランスフォーミング成長因子β(TGF-β)及びアンジオテンシン)などが挙げられる。
【0130】
間葉系前駆細胞または幹細胞は、横紋骨格筋細胞の分化及び/または維持に重要なタンパク質を発現するようにも遺伝子改変され得る。例示的なタンパク質としては、成長因子(TGF-β、インスリン様成長因子1(IGF-1)、FGF)、筋原性因子(例えばmyoD、ミオゲニン、筋原性因子5(Myf5)、筋原性調節因子(MRF))、転写因子(例えばGATA-4)、サイトカイン(例えばカーディオトロピン1(cardiotropin-1))、ニューレグリンファミリーのメンバー(例えばニューレグリン1、2及び3)ならびにホメオボックス遺伝子(例えばCsx、ティンマン及びNKxファミリー)が挙げられる。
【0131】
心不全
心不全は、心臓が体の要求を満足する血流を維持するために十分にポンプすることができない場合に生じる。心不全の原因の1つは心筋梗塞(MI)である。MIは、血液が心臓のある部分へ適切に流れなくなる場合に生じる。血液供給不足の結果、梗塞または梗塞形成と呼ばれる局部的な心筋壊死が生じる。梗塞した心臓は、体の要求を満足する血流を維持するために十分にポンプすることができず、心不全に至る。MI後、一連の代償機序が開始され、心拍出量の低下を緩衝するように働き、重要器官に灌流するために十分な血圧を維持するのを補助する。その結果、心不全を有する患者は長期間進行が見られない場合がある。しかし、代償機序は最終的には損傷した心臓を補償できなくなり、結果として心拍出量の進行性低下が生じるが、これは「進行性心不全」と称される。
【0132】
MIの診断は、現病歴及び身体検査を心電図所見及び心臓マーカーと統合することによって行われる。心臓血管の狭窄または閉塞を可視化する冠動脈血管造影を行うことができる。2000年に改訂されたWHO基準(Alpert JS, Thygesen K, Antman E, Bassand JP. (2000). ”Myocardial infarction redefined--a consensus document of The Joint European Society of Cardiology/American College of Cardiology Committee for the redefinition of myocardial infarction”. J Am Coll Cardiol 36 (3): 959-69)によると、典型的な症状、異常Q波、ST上昇もしくは低下または冠動脈インターベンションのいずれかを伴う心筋トロポニンの上昇がMIと診断される。
【0133】
70年よりも長い間、12誘導心電図(ECG)はMIの存在及び位置を判定するための標準のままである。それは普遍的に利用可能、非侵襲的、安価及び容易に繰り返し可能である。コンピュータシミュレーションから設計された定量的Selvester QRSスコアリングシステム(Selvester RH et al. (1985) Arch Intern Med 145(10):1877-1881)は、ECGの情報を用いてMIの大きさを推定する。Selvesterスコアリングシステムは、標準的な12誘導ECGにおけるQ及びR波持続時間ならびにR/Q及びR/S振幅比の観測値に基づく50基準31点QRSスコアリングシステムである。限定はしないがQRSスコアリングを含めた梗塞サイズを決定する方法は当業者によく知られている。
【0134】
MIの発生を判定するために心臓マーカーを測定することもできる。そのようなマーカーとしては、トロポニンT及びI、クレアチニンキナーゼ、ミオグロビンレベル、ナトリウム利尿ペプチド(例えばB型ナトリウム利尿ペプチド)、C反応性タンパク質(CRP)、赤血球沈降速度(ESR)、心臓型脂肪酸結合タンパク質ならびにコペプチン、中間領域プロ心房性ナトリウム利尿ペプチド、ST2、C末端プロエンドセリン1、ならびに中間領域プロアドレノメデュリンが挙げられる。
【0135】
トロポニンは、不可逆的な心筋損傷が生じた場合に筋細胞から放出されるタンパク質である。これは心臓組織に高度に特異的であり、虚血性疼痛歴または虚血を反映するECG変化のある心筋梗塞を正確に診断する。心筋トロポニンレベルは梗塞サイズに依存するので、梗塞後の予後予測の指標となる。
【0136】
本開示の方法は、進行性心不全に特徴的な心拍出量の進行性低下の治療に関する。
【0137】
したがって、「治療する」及び「治療」は、本開示の文脈において、治療的処置及び予防的または防止的手段の両方のことをいう。
【0138】
ある例では、治療は、心臓関連死もしくは蘇生心臓死、または非致死的非代償性心不全イベントを合わせたものと定義される心不全関連主要有害心イベント(HF-MACE)の可能性またはリスクを減少させる。ある例では、HF-MACEのリスクの可能性は、少なくとも6か月、少なくとも12か月、少なくとも24か月、少なくとも36か月にわたって減少する。
【0139】
本開示の文脈において、慢性心不全、うっ血性心不全、うっ血性心臓不全は、「進行性心不全」と同じ意味で用いることができると想定される。
【0140】
心筋梗塞誘発性心不全
患者予後及び心機能は梗塞した左室(LV)の量と関係があることが一般に知られている。
【0141】
用語「心筋梗塞誘発性心不全」は、心筋梗塞(MI)が心不全の原因である被検者の部分集合のことをいう。本開示の方法は、MI被検者の特定の集団における進行性心不全を治療するために用いることができると想定される。
【0142】
特に、MI被検者の集団は70mLを超えるLVESVを有するものである。他の例では、LVESVは80mL超、90mL超、100mL超、110mL超または120mL超である。一例において、被検者は近位左前下行枝(LAD)動脈病変を有する。本開示の文脈において、用語「動脈病変」は、心臓のLADを閉塞している閉塞性病変、またはかつてLADを閉塞し、例えば血管形成術としても知られる経皮的冠動脈インターベーション(PCI)によって治療された動脈病変を包含する。
【0143】
MIは持続性左室機能障害の原因となり得る。左室機能障害は心筋収縮能の低下によって特徴づけられる。左室全体にわたって心筋収縮能が減少した場合、左室駆出率(LVEF)の低下が生じる。したがって、LVEFは左室機能障害を判定する1つの方法を与える。LVEFは、当該技術分野において公知の多数の方法、例えば限定はしないが二次元心エコー検査(ECG)、磁気共鳴断層撮影、心臓コンピュータ断層撮影(CT)、放射性核種血管造影、心電図同期心筋血流単光子放出型コンピュータ断層撮影(SPECT)、心電図同期心筋血流陽電子放出型断層撮影(PET)または二方向左室映画造影などによって測定することができる。
【0144】
LVEFは次の式、LVEF=1回拍出量(EDV-ESV)/EDVを用いて測定することができる。5~10%のLVEFの変化はLVEFの真性低下を表している可能性がある。
【0145】
ある例では、LVEFが約55%未満の被検者は左室機能障害を有する。他の例では、LVEFが約54%、53%、52%、51%、50%、49%、48%、47%、46%未満の被検者は左室機能障害を有する。別の例では、LVEFが約45%未満の被検者は左室機能障害を有する。他の例では、LVEFが約44%、43%、42%、41%未満の被検者は左室機能障害を有する。別の例では、LVEFが約40%未満の被検者は左室機能障害を有する。他の例では、LVEFが約39%、38%、37%、36%、35%、34%、33%、32%、31%、30%未満の被検者は左室機能障害を有する。
【0146】
本開示の文脈において、用語「持続性左室機能障害」は、ある期間または一連の測定にわたって持続する左室機能障害を定義するために用いる。例えば、「持続性左室機能障害」は、MI後約1~約14日間またはこれより長く持続する左室機能障害を含むことができる。例えば、持続性左室機能障害は、MI後約1~約10、約1~約9、約2~約8、約2~約7日間持続する左室機能障害を含むことができる。別の例では、「持続性左室機能障害」は、約1~10回またはこれより多くの測定にわたって持続する左室機能障害を含むことができる。
【0147】
MI後の心筋壊死のサイズまたは量は臨床において梗塞サイズと呼ばれる。本開示の方法は、大きな梗塞サイズを有するMI被検者の治療に関することが想定される。例えば、本開示の方法を用いて治療される被検者は左室の約10~35%を超える梗塞サイズを有する。他の例では、被検者は、左室の約11~34%、約12~33%、約13~32%、約14~31%、約15~30%、約16~29%、約17~28%を超える梗塞サイズを有する。別の例では、被検者は左室の約18.5%を超える梗塞サイズを有する。他の例では、被検者は、左室の約19~27%、約20~26%、約21~25%、約22~24%、約23%を超える梗塞サイズを有する。
【0148】
梗塞サイズは、当該技術分野において公知の多数の方法によって測定することができる。そのような方法の例としては、血清マーカー、例えばクレアチンキナーゼ(CK)、CK-MB、トロポニンI、及び脳性ナトリウム利尿ペプチドなどの使用が挙げられる。
【0149】
ある例では、本開示の方法で治療される被検者は、少なくとも約2×正常値上限(ULM)のトロポニンレベルを有する。
【0150】
別の例では、被検者は少なくとも約3×、約4×、約5×、約6×ULMのトロポニンレベルを有する。
【0151】
ある例では、本開示の方法で治療される被検者は、少なくとも約2×正常値上限(ULM)のクレアチンキナーゼMBレベルを有する。
【0152】
別の例では、被検者は少なくとも約3×、約4×、約5×、約6×ULMのクレアチンキナーゼMBレベルを有する。
【0153】
梗塞サイズを測定する他の例としては、セスタミビ単光子放出型コンピュータ断層撮影(SPECT)心筋血流イメージング、磁気共鳴画像法が挙げられる。一例において、心臓磁気共鳴画像法(cMRI)を用いて梗塞サイズを測定する。複数のcMRI法が梗塞サイズの診断に用いられ得る。最も正確で最も有効な技術の1つは、遅延造影心臓磁気共鳴画像法(DE-CMR)である。ある例では、cMRIは遅延造影心臓磁気共鳴画像法(DE-CMR)を含む。
【0154】
DE-CMRの適切な設定を用いた場合、正常心筋は黒または無信号に見える一方で、生存不能領域は明るくまたは強造影されて見える。したがって、ある例では、明るく強造影された領域の目視による評価によって梗塞サイズを決定することができる。梗塞サイズを決定する他の例は当該技術分野において公知である(Sievers et al. (2007), Circulation, 115, 236-244; Kim et al. (2000), N Engl J Med, 343, 1445-1453)。簡潔に述べると、17セグメントモデルにおいてセグメントごとに5点の評価段階(0=強造影なし、1=1%~25%、2=26%~50%、3=51%~75%、4=76%~100%)で強造影をスコアリングする。強造影された心筋に完全に囲まれている暗領域は、微小血管損傷(非再灌流)の領域と解釈され、梗塞の一部に含まれる。パーセントLV心筋としての梗塞サイズは、領域ごとのスコアをそれぞれ強造影範囲中間値(すなわち1=13%、2=38%、3=63%、4=88%)で重み付けして合計し、17で割ることによって計算する。別の例では、梗塞サイズは短軸画像のスタック上での強造影領域の面積測定によって定量することができる。
【0155】
ある例では、MIの約1~40日後に梗塞サイズを測定する。
【0156】
他の例では、MIの約1~40日、約2~35日、約3~30日、約4~25日、約5~20日、約6~15日後に梗塞サイズを測定する。
【0157】
一例において、MIの約30日後に梗塞サイズを測定する。
【0158】
本開示の文脈において、「梗塞サイズ」は左室梗塞サイズのことをいう。換言すれば、左室梗塞サイズは梗塞した左室の量のことをいう。
【0159】
本開示の方法は、心不全の様々なステージまたは分類にある心筋梗塞被検者における進行性心不全を治療するために用いることができると想定される。
【0160】
一例において、心不全ステージ分類は米国心臓病学会(ACC)及び米国心臓協会(AHA)ステージ分類基準に基づく。さらなる特定の例において、被検者はACCまたはAHA基準に従うステージA、B、CまたはD心不全を有する。またさらなる例において、被検者はステージBまたはC心不全を有する。
【0161】
別の例では、心不全分類はニューヨーク心臓協会(NYHA)分類段階に基づく。さらなる特定の例において、被検者はI、II、IIIまたはIV度心不全を有する。またさらなる例において、被検者はIIまたはIII度心不全を有する。
【0162】
カテーテルベース送達システム
被検者の心筋または心臓組織損傷の領域付近の部位への、間葉系前駆細胞もしくは幹細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子、またはそれを含む組成物の注入を可能とする任意のカテーテルベース送達システムを、本開示の方法の実施に用いることができる。特定の例において、カテーテルは、経皮的に(例えば大腿動脈または別の血管内に)導入され、血管系を通して被検者の心筋まで到達させ、そこでカテーテルの先端から突出したニードルを介して、間葉系前駆細胞もしくは幹細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子、またはそれを含む組成物を送達するために用いられる。他の例では、外科的小切開(例えば肋骨の間の切開を伴う限局的開胸術)を通して心臓にカテーテルを到達させる。
【0163】
心臓内の損傷領域、例えば梗塞領域に正確に薬剤を送達するために、いくつかのカテーテルが設計されている(例えば、米国特許第6,102,926号;第6,120,520号;第6,251,104号;第6,309,370号;第6,432,119号、及び第6,485,481号を参照、それぞれの全内容を参照により本明細書に援用する)。カテーテルは、収容ルーメンを有する操縦可能または誘導可能カテーテル(例えば、米国特許第5,030,204号を参照)に通すことによって、または固定構造ガイドカテーテル(例えば、米国特許第5,104,393号を参照)によって指示された部位に誘導され得る。あるいは、屈撓性スタイレット(例えば、WO 93/04724を参照)、または屈撓性ガイドワイヤー(例えば、米国特許第5,060,660号を参照)によって、心臓内の所望の部位にカテーテルを進めてもよい。
【0164】
カテーテルは、損傷/欠損区域(複数可)(前述の通り)の位置及び程度の測定を可能とする心臓マッピングシステムと接続され得る。治療を必要とする領域が特定されたら、操縦ガイドは引き抜かれ、ニードルが注入部位に残され得る。間葉系前駆細胞もしくは幹細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子の一部または全部は、カテーテルのルーメンを通して送られ、心筋に注入される。すべての注入を実施したら、被検者からカテーテルを引き抜く。
【0165】
ニードル要素は通常、静脈系及び/または心筋を損傷させるのを防ぐために、被検者の心臓にカテーテルを誘導する際にはシース内に格納され得る。注入時にはニードルをカテーテルの先端から突出させる。注入中、ニードルは成人心筋壁内に10mm未満、7.5mm未満または5mm未満突出する。注入部位に応じて、最大の長さは変化し得る。乳児及び小児については、突出深さは相応に小さく、実際のまたは推定の壁厚によって決定される。細胞の移植に用いるニードルゲージは、例えば25または30とすることができる。
【0166】
一例において、間葉系前駆細胞もしくは幹細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子を心筋に送達するために用いられるカテーテルは、貫通深さ及びニードル刺入部位をマッピングするためのフィードバックセンサーを含むように構成される。フィードバックセンサーの使用は注入部位を正確に標的化する利点をもたらす。細胞組成物を送達する標的部位は異なり得る。例えば、最適な治療では、損傷/欠損領域内で少量の注入を複数必要とし、同じ部位に穿通させる注入は2つとない。あるいは、標的部位は継続的な細胞投与処置において同じままであってもよい。
【0167】
本開示において用いられ得る好適なカテーテルは、NOGA(商標)注入カテーテルシステム(Biosense Webster, Inc.)である。このカテーテルは、屈撓性の先端及び心筋に薬剤を注入するように設計された注入ニードルを備えた多電極経皮カテーテルである。この注入カテーテルの先端は、Biosense位置センサー及び流体送達用の格納式中空27ゲージニードルを備えている。注入部位は心臓マップ上にリアルタイムで表示され、注入の正確な分配が可能となる。カテーテル先端による外傷を最小限にするために局所電気シグナルを取得する。
【0168】
本開示の組成物
本開示の一例において、間葉系前駆細胞もしくは幹細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子を組成物の形態で投与する。一例において、そのような組成物は医薬品として許容可能な担体及び/または賦形剤を含む。
【0169】
用語「担体」及び「賦形剤」は、貯蔵、投与を容易とし、及び/または活性化合物の生物活性を促進するために、当該技術分野において従来から用いられている組成物のことをいう(例えば、Remington’s Pharmaceutical Sciences, 16th Ed., Mac Publishing Company (1980)を参照)。担体は活性化合物の任意の望ましくない副作用を減少する場合もある。好適な担体は例えば安定であり、例えば担体中の他の成分との反応性がない。一例において、担体は、治療に用いられる投与量及び濃度ではレシピエントにおいて著しい局所または全身有害作用をもたらさない。
【0170】
本開示に好適な担体としては、従来から用いられているものが挙げられ、例えば水、生理食塩水、水性デキストロース、ラクトース、リンガー液、緩衝液、ヒアルロナン及びグリコールが、特に(等張性の場合)溶液の典型的な液体担体である。好適な医薬品担体及び賦形剤としては、デンプン、セルロース、グルコース、ラクトース、スクロース、ゼラチン、麦芽、米、小麦粉、白亜、シリカゲル、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸ナトリウム、モノステアリン酸グリセロール、塩化ナトリウム、グリセロール、プロピレングリコール、水、エタノールなどが挙げられる。
【0171】
別の例では、担体は例えば細胞を成長または懸濁させる培地組成物である。例えば、そのような培地組成物は、投与される被検者においていかなる有害作用も誘発しない。
【0172】
典型的な担体及び賦形剤は、細胞の生存力及び/または代謝症候群及び/または肥満症を軽減、予防もしくは遅延させる細胞の能力に悪影響を及ぼさない。
【0173】
一例において、担体または賦形剤は、細胞及び/または可溶性因子を好適なpHに維持し、それによって生物活性を発揮する緩衝作用をもたらすが、例えば担体または賦形剤はリン酸緩衝生理食塩水(PBS)である。PBSは、細胞及び因子との相互作用が最小限であり、細胞及び因子の迅速な放出を可能とするので、魅力的な担体または賦形剤を代表するが、この場合、本開示の組成物は、血流もしくは組織または組織の周りの領域または組織に隣接する領域への、例えば注入による直接適用のための液体として製造され得る。
【0174】
間葉系前駆細胞もしくは幹細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子は、レシピエント適合性であり、レシピエントにとって有害でない生成物に分解するスキャホールド内に導入または埋め込むこともできる。こうしたスキャホールドは、レシピエント被検者に移植される細胞に支持及び保護を与える。天然及び/または合成生分解性スキャホールドがそのようなスキャホールドの例である。
【0175】
様々な異なるスキャホールドが本開示の実施に首尾よく用いられ得る。例示的なスキャホールドとしては、生分解性スキャホールドが挙げられるが、これに限定されない。天然生分解性スキャホールドとしては、コラーゲン、フィブロネクチン、及びラミニンスキャホールドが挙げられる。細胞移植スキャホールドに好適な合成材料は、広範な細胞成長及び細胞機能に対応することができなければならない。そのようなスキャホールドは再吸収性でもあり得る。好適なスキャホールドとしては、ポリグリコール酸スキャホールド(例えばVacanti, et al. J. Ped. Surg. 23:3-9 1988; Cima, et al. Biotechnol. Bioeng. 38:145 1991; Vacanti, et al. Plast. Reconstr. Surg. 88:753-9 1991に記載されている);または合成ポリマー、例えばポリ無水物、ポリオルトエステル、及びポリ乳酸などが挙げられる。
【0176】
別の例では、間葉系前駆細胞もしくは幹細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子は、ゲルスキャホールド(例えばUpjohn Companyから入手できるGelfoamなど)で投与され得る。
【0177】
本明細書に記載の組成物は単独でまたは他の細胞との混合物として投与され得る。異なる種類の細胞が、投与の直前もしくは少し前に本開示の組成物に混合されてもよく、または投与前のしばらくの間一緒に共培養されてもよい。
【0178】
一例において、組成物は、有効量または治療的もしくは予防的有効量の間葉系前駆細胞もしくは幹細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子を含む。例えば、組成物は、約1×105幹細胞~約1×109幹細胞または約1.25×103幹細胞~約1.25×107幹細胞/kg(80kgの被検者)を含む。投与される細胞の正確な量は、年齢、体重、及び被検者の性別、ならびに治療される障害の程度及び重症度をはじめとした様々な要因に依存する。
【0179】
例示的な投与量としては、少なくとも約1.2×108~約8×1010細胞、例えば約1.3×108~約8×109細胞など、例えば、約1.4×108~約8×108細胞、例えば、約1.5×108~約7.2×108細胞、約1.6×108~約6.4×108細胞、例えば約1.7×108~約5.6×108細胞など、例えば、約1.8×108~約4.8×108細胞、例えば、約1.9×108~約4×108細胞、約2.0×108~約3.2×108細胞、約2.1×108~約2.4×108細胞が挙げられる。例えば、投与量は少なくとも約2.0×108細胞を含むことができる。例えば、投与量は少なくとも約1.5×108細胞を含むことができる。
【0180】
別の表現をすると、典型的な投与量は少なくとも約1.5×106細胞/kgを含む。例えば、投与量は、約1.5×106~約1×109細胞/kg、例えば約1.6×106~約1×108細胞/kgなど、例えば、約1.8×106~約1×107細胞/kg、例えば、約1.9×106~約9×106細胞/kg、約2.0×106~約8×106細胞/kg、例えば約2.1×106~約7×106細胞/kgなど、例えば、約2.3×106~約6×106細胞/kg、例えば、約2.4×106~約5×106細胞/kg、例えば、約2.5×106~約4×106細胞/kg、例えば、約2.6×106~約3×106細胞/kgを含むことができる。例えば、投与量は少なくとも約2.5×106細胞/kgを含むことができる。
【0181】
ある例では、間葉系前駆細胞または幹細胞は、組成物の細胞集団の少なくとも約5%、少なくとも約10%、少なくとも約15%、少なくとも約20%、少なくとも約25%、少なくとも約30%、少なくとも約35%、少なくとも約40%、少なくとも約45%、少なくとも約50%、少なくとも約55%、少なくとも約60%、少なくとも約65%、少なくとも約70%、少なくとも約75%、少なくとも約80%、少なくとも約85%、少なくとも約90%、少なくとも約95%、少なくとも約99%を占める。
【0182】
本開示の組成物は凍結保存され得る。間葉系前駆細胞または幹細胞の凍結保存は、当該技術分野において公知の低速冷却方法または「高速」凍結プロトコールを用いて行うことができる。凍結保存の方法は、凍結保存細胞の表現型、細胞表面マーカー及び成長速度を未凍結細胞と比較して同様に維持することが好ましい。
【0183】
凍結保存組成物は凍結保存溶液を含み得る。凍結保存溶液のpHは典型的には6.5~8であり、7.4が好ましい。
【0184】
凍結保存溶液は滅菌非発熱性等張液、例えばPlasmaLyte A(商標)などを含み得る。100mLのPlasmaLyte A(商標)は、526mgの塩化ナトリウム、USP(NaCl);502mgのグルコン酸ナトリウム(C6H11NaO7);368mgの酢酸ナトリウム三水和物、USP(C2H3NaO2・3H2O);37mgの塩化カリウム、USP(KCl);及び30mgの塩化マグネシウム、USP(MgCl2・6H2O)を含む。これには抗菌剤は含まれていない。pHは水酸化ナトリウムで調整する。pHは7.4(6.5~8.0)である。
【0185】
凍結保存溶液はProfreeze(商標)を含み得る。凍結保存溶液は、追加でまたは代替として培地、例えばαMEMを含み得る。
【0186】
凍結を容易にするために、凍結保護物質、例えばジメチルスルホキシド(DMSO)などが一般に凍結保存溶液に添加される。理想的には、凍結保護物質は、細胞及び患者に対して非毒性、非抗原性、化学的に不活性とすべきであり、解凍後の高い生存率をもたらし、洗浄せずに移植が可能であるべきである。しかし、最も一般的に用いられる凍結保護剤のDMSOはある程度の細胞傷害性を示す。凍結保存溶液の細胞傷害性を軽減するために、ヒドロキシルエチルデンプン(HES)が代用品としてまたはDMSOと併せて用いられ得る。
【0187】
凍結保存溶液はDMSO、ヒドロキシエチルデンプン、ヒト血清成分及び他のタンパク質増量剤のうちの1種以上を含み得る。一例において、凍結保存溶液は約5%のヒト血清アルブミン(HSA)及び約10%のDMSOを含む。凍結保存溶液はメチセルロース(methycellulose)、ポリビニルピロリドン(PVP)及びトレハロースのうちの1種以上をさらに含み得る。
【0188】
一実施形態において、42.5%Profreeze(商標)/50%αMEM/7.5%DMSO中に細胞を懸濁し、速度制御冷凍装置内で冷却する。
【0189】
凍結保存組成物は解凍されて被検者に直接投与されるか、または例えばHAを含む別の溶液に加えられ得る。あるいは、凍結保存組成物は解凍され、間葉系前駆細胞または幹細胞は投与前に代替の担体に再懸濁され得る。
【0190】
ある例では、本明細書に記載の組成物はMIの約1~約10日後に投与され得る。
【0191】
他の例では、本明細書に記載の組成物はMIの約1~9日、約1~8日、約2~7日、約2~6日、約3~5日後に投与され得る。例えば、本明細書に記載の組成物はMIの5日後に投与され得る。
【0192】
ある例では、本明細書に記載の組成物は経皮的冠動脈インターベーション(PCI)の約1~約10日後に投与され得る。
【0193】
他の例では、本明細書に記載の組成物はPCIの約1~9日、約1~8日、約2~7日、約2~6日、約3~5日後に投与され得る。例えば、本明細書に記載の組成物はPCIの5日後に投与され得る。
【0194】
ある例では、本明細書に記載の組成物は単回投与として投与され得る。
【0195】
いくつかの例では、本明細書に記載の組成物は複数回投与にわたって投与され得る。例えば、少なくとも2、少なくとも3、少なくとも4、少なくとも5、少なくとも6、少なくとも7、少なくとも8、少なくとも9、少なくとも10回投与。
【0196】
一例において、間葉系前駆細胞または幹細胞は投与前に培養増殖させることができる。細胞培養の様々な方法が当該技術分野において公知である。
【0197】
ある例では、間葉系前駆細胞または幹細胞を投与前に無血清培地中で培養増殖させる。
【0198】
いくつかの例では、細胞が被検者の循環中に出ることはできないが、細胞によって分泌される因子が循環中に入ることを可能とするチャンバー内に細胞を含有させる。このようにして、可溶性因子は、細胞が患者の循環中に因子を分泌するのを可能とすることによって被検者に投与され得る。そのようなチャンバーは、被検者における部位に均等に埋め込まれ、可溶性因子の局所レベルを増加させる。例えば心臓またはその付近に埋め込まれる。
【0199】
間葉系前駆細胞もしくは幹細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれらの細胞に由来する可溶性因子は、例えば静脈内、動脈内、または腹腔内投与などによって全身投与され得る。間葉系前駆細胞もしくは幹細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子は、筋肉内または心臓内投与によっても投与され得る。
【0200】
ある例では、間葉系前駆細胞もしくは幹細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子を心筋中に直接投与する。例えば、間葉系前駆細胞もしくは幹細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子を左室の心筋中に直接投与することができる。
【0201】
ある例では、心内膜心筋カテーテル、例えばJ&J Myostar(商標)注入カテーテルを介して、間葉系前駆細胞もしくは幹細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子を投与する。
【0202】
ある例では、間葉系前駆細胞もしくは幹細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子を生存心筋に投与する。
【0203】
ある例では、間葉系前駆細胞もしくは幹細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子を冬眠心筋に投与する。
【0204】
当業者であれば、当該技術分野において公知の方法を用いて生存及び/または冬眠心筋を同定することができるであろう。例えば、マッピングカテーテルシステム、例えばNOGASTAR(商標)マッピングカテーテルシステムなどを用いて生存及び/または冬眠心筋を特定することができる。
【0205】
別の例では、冠動脈内点滴を介して間葉系前駆細胞もしくは幹細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子を投与する。例えば、間葉系前駆細胞もしくは幹細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子は、左前下行枝(LAD)動脈中に投与され得る。
【0206】
ある例では、PCIによるLAD血管再生の直後に、間葉系前駆細胞もしくは幹細胞及び/またはその子孫細胞及び/またはそれに由来する可溶性因子をLAD動脈中に投与する。
【0207】
6分間歩行試験(6MWT)
6分間歩行試験(6MWT)は、慢性呼吸器疾患及び心不全における運動耐容能を評価するために1963年に開発された(Balke B et al (1963) Rep Civ Aeromed Res Inst US 53:1-8)。この試験では、被検者が合計6分間に堅い平面上を歩くことができる距離を測定する。目的は被検者が6分間で可能な限り長く歩くことである。被検者は、印をつけた歩行路に沿って往復する間、自分のペースで歩き、必要に応じて休息することができる。
【0208】
本開示の広い全般的な範囲から逸脱することなく、上記の実施形態に対して多数の変形及び/または変更が行われ得ることが当業者には理解されよう。したがって、本実施形態はすべての点で例示的であり、限定的ではないとみなすべきである。
【0209】
以下の具体的な実施例は例示にすぎず、いかなる形であろうと本開示のそれ以外の部分を限定するものではないと解釈すべきである。さらなる説明をせずとも、当業者は、本明細書の記載に基づいて、本発明を最大限に利用することができると考えられる。
【実施例】
【0210】
実施例1 研究デザイン
虚血性または非虚血性病因のいずれかによる左室収縮機能障害に起因する心不全の被検者において、投与量を3段階で増加させた場合(2,500万、7,500万または1億5,000万細胞)の、間葉系前駆細胞(MPC)の安全性及び忍容性を評価するための研究を行った。副次目的は、複数のパラメータによって有効性を調べ、最適な有効投与量及びMPC治療の最適な対象集団を特定することであった。
【0211】
心不全被検者は、>18歳;虚血性または非虚血性心筋症に起因する心不全、放射性核種心室造影、二次元心エコー検査または核磁気共鳴画像法で検出した駆出率(EF)<30%によって示されるLV収縮機能障害;及び心エコー検査で測定したLV拡張末期径>3.2cm/m2または>6cm;2か月を超える間の安静時または最小限の労作時の呼吸困難または疲労の症状(ニューヨーク心臓協会(NYHA)IIまたはIII度);スクリーニング前の12か月以内の静脈内利尿薬または血管拡張薬療法を必要とする少なくとも1回の入院または2回の外来通院;ならびに非忍容または禁忌の場合を除いた利尿薬、β遮断薬、及びアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害剤またはアンジオテンシン受容体遮断剤(ARB)を含む最適薬物療法であった。
【0212】
過去90日間における急性心筋梗塞、血清カリウム<4.0または>5.5mEq/L、ジゴキシンレベル>1.2ng/mL、マグネシウムレベル<1.0mEq/L、血清クレアチニン>2.0mg/dL及び血清ビリルビン>3.0mg/dLを基準として、被検者を除外した。
【0213】
カテーテル処置室での心内膜心筋カテーテルによる2,500万、7,500万もしくは1億5,000万MPCの注入または仕組まれた偽注入(対照群)いずれかに対して被検者をランダム化した。J&J Myostar(商標)注入カテーテル、及び健康であるが危険な状態にある組織の標的化を理論的にはより容易にする、電圧に基づいて生存/冬眠心筋を特定するNOGASTAR(商標)マッピングカテーテルシステムを用いて、左室中にMPCを投与した(0.2ml/注入で約15~20注入)。このカテーテルはこの適用に対する安全性プロファイルが最大であり、複数の治験にわたって1,000人を超える患者に用いられている。機能的有効性の測定には左室収縮末期容積、またはLVESV、及び左室拡張末期容積、またはLVEDV、ならびに左室駆出率、またはLVEFの測定を含めた。心不全関連主要有害心イベント、またはHF-MACEの最初のイベントまでの時間の分析を追加で行った。HF-MACEは心臓関連死もしくは蘇生心臓死、または非致死的非代償性心不全イベントを合わせたものと定義される。
【0214】
慢性心不全の患者におけるMPCの心内膜心筋注入は実施可能及び安全であった。有害事象の発生率はすべての群の間で類似しており、MPCを与えられたどの患者においても臨床的に有意な免疫応答はなかった。
【0215】
150百万細胞の投与量は、左室リモデリング及び機能的能力に対する最大の効果ならびに長期でHF-MACEを減少させる閾値効果を示した(
図1)。
【0216】
より具体的には、LVESV及びLVEDVの両方において投与量に関係した効果があり、1億5,000万細胞の投与量が、治療の6か月後のLVリモデリング(LVESV及びLVEDVの両方ともp<0.02)ならびに治療の12か月後の6分間歩行試験(6MTW:p=0.062)によって測定した機能的運動能力について、対照と比較して最大の効果を示した。p値は確率であり、0~1の範囲の値をとり、研究の結果が治療群と対照群との間で差がある可能性を示す。p値が低いほど、結果が偶然にすぎないとは考えにくくなる。一般に0.05未満のp値が統計的に有意であるとされる。
【0217】
事後に潜在的なHF-MACEの独立盲検判定を行った。36か月のフォローアップにわたって、1億5,000万細胞の投与量は、対照群と比較して、HF-MACEイベントが発生しないままである確率が有意に高いことと関連付けられた(カプランマイヤーによる33%に対して0%のHF-MACE、ログランクによるp=0.026)。この基準に関しては、2,500万及び7,500万の投与量は対照と統計的には差がなかった。これらの結果に基づいて、治療効果のための最適な投与量は1億5000万MPCの投与量であると考えられた(
図2)。
【0218】
実施例2 心臓機能のパラメータに対するMPC投与の治療効果(治療企図解析)
1億5,000万MPCの投与量に対する最も適切な対象集団を特定するために、本発明者らは、心不全がある程度進行した群の中にMPC療法に対する最適な反応者がいるかどうかを評価した。著しい心筋収縮異常及び進行性心不全の代用として、ベースラインLVESVが100ml未満のもの、またはこれを超えるもののいずれかに対照または1億5,000万MPC治療患者を層別化して、さらなる事後解析を盲検化して行った。100mlのLVESV閾値を選択した理由は、正常LVESVより高い3標準偏差を超えたところにあるためである。
【0219】
下表1は、治療企図集団において、LVESV>100の被検者に対してすべての被検者(すなわち任意の値のLVEFを有するもの)を比較した解析を示す。治療企図解析は統計的概念である。Fisher et al. (Fisher LD, Dixon DO, Herson J, Frankowski RK, Hearron MS, Peace KE. Intention to treat in clinical trials. In: Peace KE, editor. Statistical issues in drug research and development. New York: Marcel Dekker; 1990. pp. 331-50. (1990))によると、ITT解析は、参加基準への適合にかかわらず、実際に受けた治療にかかわらず、またその後の治療の中止またはプロトコールからの逸脱にかかわらず、すべてのランダム化した患者を彼らがランダムに割り当てられた群の中に含める。言い換えれば、ITT解析は、ランダム化治療割当てに従ってランダム化したすべての患者を含める。ITT解析では、ノンコンプライアンス、プロトコール逸脱、中止、及びランダム化の後に生じるいかなるものも無視する。ITT解析は、ノンコンプライアンス及びプロトコール逸脱が実際の臨床診療において起こり得ることを認めることによって、不遵守者の除外に起因する介入の有効性の極度に楽観的な評価を避ける。
【表1】
【0220】
この解析により、LVリモデリングのパラメータに対する1億5,000万の投与量の治療効果は、相当なベースラインLV収縮異常及び進行性心不全を有する対象集団(100mlを超えるLVESV)に的を絞ることによって顕著に増幅されることが実証された。
【0221】
実施例3 LVESVに対するMPC投与の治療効果
合計30人の被検者(心不全及び非心不全被検者を合わせた)のベースラインLVESVレベルを評価した。被検者の分布を表2に示す。被検者をプラセボ群またはMPC細胞群(1.5×10
8間葉系前駆細胞(MPC)を投与)に分類した。注入は、J&J Myostar注入カテーテル及び電圧に基づいて生存/冬眠心筋を特定するNOGASTARマッピングカテーテルシステムを用いて左室に行った(0.2ml/注入で約15~20回の注入)。左室収縮末期容積(LVESV)値≦100mLまたは>100mLいずれかに基づいて被検者を層別化した。
【表2】
【0222】
本研究で評価した30人の被検者のうち、18人の被検者がベースラインLVESV値>100mLを有していた。7人の被検者をプラセボに割り当て、11人をMPCに割り当てた。
【0223】
図3-1は被検者群のベースラインLVESV値を示す。100mL以下(≦)のLVESVに従って層別化した被検者は、81mLの平均ベースラインLVESV値を有していた。100mLを超える(>)LVESV値に従って層別化した被検者は、136mLの平均ベースライン値を有していた。
【0224】
プラセボまたは1.5×10
8間葉系前駆細胞(MPC)投与後6か月の時点で被検者を再評価した。LVESV値に基づいて層別化した被検者に対して、主要有害心イベント(MACE)発生率を決定した。ベースラインと6か月時点との間のLVESV値の変化として表した
図3-2に結果を示す。プラセボ(対照)とMPCを投与した被検者との間のLVESV値の変化は統計的に有意であった。
表3は、心不全MACE発生率(HF-MACE)を数値及びパーセンテージ値で示す。
【表3】
【0225】
ベースラインLVESV値≦100mLの被検者では6か月の評価期間に主要有害心イベントが発生せず、これは被検者がプラセボを投与されたか、または1.5×108間葉系前駆細胞(MPC)を投与されたかには関係しなかった。LVESV>100mLによって推定したより重度のベースライン心臓機能障害のエビデンスを有するプラセボ被検者(対照)においてのみHF-MACEが生じた。対照的に、LVESV>100mLによって推定したベースライン心臓機能障害を有する被検者でMPCを投与された者では1人もHF-MACEが発生しなかった。
【0226】
表2のデータは、プラセボで治療した心不全の被検者は高い確率(すなわち6か月間で71%)でMACEを経験することを示す。特に、高いMACE発生率はベースラインLVESV値>100mLを有する被検者においてのみ観察される。
【0227】
このデータは、ベースラインLVESV値>100mLを有する心不全被検者において、MPCの投与から最大限の治療効果が得られることを示す。言い換えれば、疾患進行のリスクが最も高い被検者でMPCの投与から最大の効果が得られた。
【0228】
実施例4 LVEDV及びLVEFに対するMPC投与の治療効果
100mL以下(≦)または>100mlのLVESV値に従って層別化した被検者において、左室拡張末期容積(LVEDV)も評価した。
【0229】
図4-1は被検者のベースラインLVEDV値を示す。ベースラインLVESV≦100mLの被検者は128mLの平均ベースラインLVEDVを有していた。ベースラインLVESV値>100mLの被検者は198mLの平均ベースラインLVEDV値を有していた。
【0230】
被検者の分布は表1の通りである。
【0231】
図4-2は、ベースラインLVESV≦100mL及びベースラインLVESV>100mLに従って区別した被検者の間の、プラセボ(対照)またはMPCの投与の6か月後におけるLVEDV値の変化を示す。この図は、LVEDV値の改善によって実証されるように、MACE発生率が最も高い心不全被検者でMPCの投与からの治療効果が得られることを示す。LVESV値≦100mLまたは>100mLに従って区別した被検者の間の差は統計的に有意であった。
【0232】
LVESV値に従って層別化した被検者において、左室駆出率(LVEF)の値も評価した。
図5-1は被検者のベースラインLVEF値を示す。ベースラインLVESV≦100mLの被検者は35~40%の平均ベースラインLVEFを有していた。ベースラインLVESV値>100mLの被検者は約32%の平均ベースラインLVEF値を有していた。
【0233】
被検者の分布は表1の通りである。
【0234】
図5-2は、ベースラインLVESV≦100mL及びベースラインLVESV>100mLに従って区別した被検者の間の、プラセボ(対照)またはMPCの投与の6か月後におけるLVEF値の変化を示す。この図は、LVEF値の改善によって実証されるように、MACE発生率が最も高い心不全被検者でMPCの投与からの治療効果が得られることを示す。LVESV値≦100mLまたは>100mLに従って区別した被検者の間の差は統計的に有意であった。
【0235】
実施例5 疾患重症度とLVESVに対するMPCの治療効果との間の相関関係
70ml~120mlのベースラインLVESVの10ごとの感受性解析によって、100mlを超えるLVESVを用いた層別化に見られた知見が確証された。
【0236】
図6~11は、プラセボ(対照)またはMPC(1.5×10
8間葉系前駆細胞)の投与の6か月後に評価した被検者におけるLVESVの変化を示す。LVESVの減少は心不全のレベル(ベースラインLVESVの測定値によって決定される)と相関していた。下表4に示すように、LVESVに従って被検者を区別した。
【表4】
【0237】
実施例6 LVESV>100mlの患者におけるHF-MACE
対照及び1億5,000万MPCを与えた被検者において治療の36か月後にHF-MACEを調べた。36か月のフォローアップの間のHF-MACEイベントはすべて進行性心不全の対照に限って発生した(
図12)。
【0238】
こうした進行が早い者における年換算したHF-MACE発生率は24%であり、比較として、すべての対照においては11%である。
【0239】
より具体的には、ベースラインLVESV>100mlを有する18人のII/III度のCHF患者のうち、1億5,000万MPC治療の0/11に対してプラセボ治療の5/7(71%)が36か月のうちに1つ以上のHF-MACEイベントを経験した(p=0.0007)。
【0240】
したがって、HF-MACE全般に対する1億5,000万MPCの投与量の効果は、進行性心不全及び高い進行速度を有する患者において顕著に増幅されており、このことによりMPC療法に対する最適な対象患者集団が示され得る。
【0241】
結論
本明細書に示したデータから、左室収縮機能障害に起因する慢性心不全の被検者におけるベースライン左室収縮異常の重症度が大きいほど、6か月のフォローアップ期間に観察されるMPC関連心臓保護効果がより有益となることが実証される。本データはさらに、進行性慢性心不全に関連する進行性有害事象の自然史をMPCでの治療によって有益な方向に変化させることができることを実証している。理論に縛られることを望むものではないが、本知見は、組織レベルの生化学的/生理学的障害が有益なパラクリン媒介物のMPC放出を促進する局所環境を形成するというパラクリンクロストーク仮説の裏付けとなる。したがって、心不全被検者におけるMPCの投与によって得られる最大限の効果は、疾患進行のリスクが最も高い被検者、すなわちベースラインLVESV>70mLの被検者で見られる。
【0242】
ベースラインLVESV>70mlにより、慢性心不全及び左室収縮機能障害を有する被検者の中の高HF-MACEを経験する急速進行性下位群が特定された。
【0243】
ベースラインLVESV>70ml、>80ml、>90ml、>100ml、>110mlまたは>120mlの被検者において、高投与量(1億5,000万)のMPCでの治療の結果、対照被検者において見られたよりも心臓リモデリング変数及びHF-MACEが大きく改善した。
【0244】
本明細書に提示した知見により、細胞療法の心臓保護効果に対する最適な対象群が特定され、左室収縮機能障害に起因する心不全の被検者に対する試験デザインの改善が助長される。
【0245】
進行性心不全(ベースラインLVESV>100ml)の対照患者は、LVESV及びLVEDV容積の著しい悪化、ならびにLVEFの減少の点において、6か月の間で進行が最も早い者であった。6か月のフォローアップ期間にわたって、相当なベースラインLV収縮異常を有するII/III度の患者(すなわちベースラインLVESV>100mlの者)において、1億5,000万MPCの投与量で、LVESV(p<0.02)、LVEDV(p<0.03)及びLVEF(p<0.05)に対する相当な心臓保護効果が得られた。
【0246】
6か月のフォローアップ期間にわたって、相当なベースラインLV収縮異常を有するII/III度の患者(すなわちベースラインLVESV>100mlの者)において、1億5,000万MPCの投与量で、LVESV(p<0.02)、LVEDV(p<0.03)及びLVEF(p<0.05)に対する相当な心臓保護効果が得られた。