(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-26
(45)【発行日】2024-08-05
(54)【発明の名称】窒化珪素焼結体、それを用いた耐摩耗性部材、および窒化珪素焼結体の製造方法
(51)【国際特許分類】
C04B 35/587 20060101AFI20240729BHJP
B23B 27/14 20060101ALI20240729BHJP
F16C 33/32 20060101ALI20240729BHJP
F16C 33/34 20060101ALI20240729BHJP
【FI】
C04B35/587
B23B27/14 B
F16C33/32
F16C33/34
(21)【出願番号】P 2022526586
(86)(22)【出願日】2021-05-25
(86)【国際出願番号】 JP2021019816
(87)【国際公開番号】W WO2021241583
(87)【国際公開日】2021-12-02
【審査請求日】2023-02-07
(31)【優先権主張番号】P 2020091162
(32)【優先日】2020-05-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(73)【特許権者】
【識別番号】303058328
【氏名又は名称】東芝マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001380
【氏名又は名称】弁理士法人東京国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】船木 開
【審査官】田中 永一
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-016716(JP,A)
【文献】特開2014-073944(JP,A)
【文献】特開2014-073945(JP,A)
【文献】国際公開第2011/102298(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/163263(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/069268(WO,A1)
【文献】特開2006-036554(JP,A)
【文献】特開平05-170547(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第106518089(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/587
B23B 27/14
F16C 33/32
F16C 33/34
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒化珪素結晶粒子と粒界相を有する、球の形状を有する窒化珪素焼結体であって、
表面加工を施す前の前記球の直径が、8mm以上60mm以下であり、
表面加工を施す前の前記球の直径をDとしたとき、最表面から0~0.01Dの深さまでの第1領域における前記窒化珪素結晶粒子の平均粒子径dAおよび平均アスペクト比rAと、前記第1領域より内側の第2領域における前記窒化珪素結晶粒子の平均粒子径dBおよび平均アスペクト比rBとの関係が、
0.8≦dA/dB≦
0.97、1.01≦dA/dB≦1.2
0.8≦rA/rB≦
0.95、1.05≦rA/rB≦1.2
の式を満たすことを特徴とする窒化珪素焼結体。
【請求項2】
前記窒化珪素焼結体は、前記平均粒子径dAと前記平均粒子径dBの両方とも1.1μm以上であることを特徴とする請求項1に記載の窒化珪素焼結体。
【請求項3】
前記第1領域と前記第2領域にはともに、前記窒化珪素結晶粒子が40%以上存在することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の窒化珪素焼結体。
【請求項4】
前記第1領域におけるSi、N以外の元素の合計値と前記窒化珪素結晶粒子の比pAと、前記第2領域におけるSi、N以外の元素の合計値と前記窒化珪素結晶粒子の比pBとの関係が、
0.8≦pA/pB≦1.2
を満たすことを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の窒化珪素焼結体。
【請求項5】
前記Si、N以外の検出された元素は、単位面積あたりの元素定量分析により求められることを特徴とする請求項4に記載の窒化珪素焼結体。
【請求項6】
前記第1領域と前記第2領域それぞれの単位面積20μm×20μmに存在する前記窒化珪素結晶粒子に基づいて、前記平均粒子径dAと、前記平均アスペクト比rAと、前記平均粒子径dBと、前記平均アスペクト比rBとが求められることを特徴とする請求項1ないし請求項
5のいずれか1項に記載の窒化珪素焼結体。
【請求項7】
請求項1ないし請求項
6のいずれか1項に記載の窒化珪素焼結体を用いたことを特徴とする耐摩耗性部材。
【請求項8】
請求項1ないし請求項
7のいずれか1項に記載の窒化珪素焼結体の製造方法であって、
窒化珪素粉末と焼結助剤粉末とを混合した原料混合物が造粒された造粒粉を、圧力200MPa以上で成形する成形工程を有することを特徴とする窒化珪素焼結体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
実施形態は、窒化珪素焼結体、それを用いた耐摩耗性部材、および窒化珪素焼結体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
窒化珪素(Si3N4)を主成分とするセラミックス焼結体は、優れた耐熱性を示し、かつ熱膨張係数が小さいため、耐熱衝撃性にも優れる等の諸特性を有することから、従来の耐熱合金に代わる高温構造用材料として、エンジン部品、製鋼用機械部品等への応用が進んでいる。また、耐摩耗性にも優れていることから、転動部材や切削工具としての実用化も図られている。
【0003】
窒化珪素は難焼結体であるために均一に焼結することが難しく色々な工夫が行われている。特許文献1には、窒化珪素とシリカ(SiO2)などの混合粉末中に埋め込むなどして焼結することにより周囲のSiOガスの分圧を高くして重量損失をなくして均質な焼結体を得ている。特許文献2には、窒化珪素、焼結助剤等の混合粉末で被覆して焼結することにより、界面付近からの焼結助剤の蒸散を抑制することにより均質な焼結体を得ている。特許文献3では、放電プラズマ焼結によりα相とβ相の割合を制御することにより均質な焼結体を得ている。特許文献4には、窒化珪素と酸化アルミニウム(Al2O3)を入れて加熱処理した炭素質容器を使用して焼結することにより均質な焼結体を得ている。特許文献5では、乾燥後に水分添加をした造粒粉を使用して焼結時の降温速度を制御することにより均質な焼結体を得ている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2002-53376号公報
【文献】特開平9-77560号公報
【文献】特開平9-157031号公報
【文献】特開平9-235165号公報
【文献】特許第251206号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
窒化珪素焼結体は、エンジン部品、機械部品、ベアリングボール、切削工具など様々な耐摩耗性部材に使用されている。窒化珪素焼結体は、軸受鋼(SUJ2)などの金属部材と比べてはるかに耐久性に優れることから、ベアリングボールなどの各種耐摩耗性部材において長期信頼性を得ている。このため、長期間メンテナンスフリーをも実現している。
【0006】
近年では大型発電機、風力発電装置、航空機エンジンなど大型ベアリングに優れた特性をもったセラミックスが使用されるようになってきている。これらの大型部品は従来よりも厳しい品質特性が求められ、使用される窒化珪素部品に掛かる負荷は大きくなっている。しかしながら、セラミックス部品が大型になるにつれて焼結時のムラが発生しやすくなり均質性に関しては必ずしも十分ではなかった。このため、たとえば窒化珪素ベアリングボールを製造する際には表面を研磨加工する必要があるが、表面に近い部分と内部の微構造の差異により、加工量の差が発生する場合があった。
【課題を解決するための手段】
【0007】
実施形態にかかる窒化珪素焼結体は、このような問題を解決するためのものであり、窒化珪素結晶粒子と粒界相を有する窒化珪素焼結体であって、表面加工を施す前の幅をDとしたとき、最表面から0~0.01Dの深さまでの第1領域における窒化珪素結晶粒子の平均粒子径dAおよび平均アスペクト比rAと、第1領域より内側の第2領域における窒化珪素結晶粒子の平均粒子径dBおよび平均アスペクト比rBとの関係が、次の式を満たすことを特徴とする。なお、窒化珪素焼結体が球または円柱の形状を備える場合、幅は、球の直径または円柱がもつ円の直径である。
0.8≦dA/dB≦1.2
0.8≦rA/rB≦1.2
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】実施形態にかかる窒化珪素焼結体を用いた耐摩耗性部材としてのベアリングボールの一例を示す図。
【
図2】実施形態にかかる窒化珪素焼結体の断面の一例を示す図。
【実施形態】
【0009】
以下、実施形態にかかる窒化珪素焼結体、それを用いた耐摩耗性部材、および窒化珪素焼結体の製造方法について詳細に説明する。
【0010】
図1は、実施形態にかかる窒化珪素焼結体を用いた耐摩耗性部材としてのベアリングボールの一例を示す図である。
図2は、実施形態にかかる窒化珪素焼結体の断面の一例を示す図である。
【0011】
図1は、実施形態にかかる窒化珪素焼結体を用いた耐摩耗性部材としてのベアリングボールを示す。
図1および
図2において、符号1は、ベアリングボール(摺動部材)を示し、符号2は、摺動面を示し、符号3は、窒化珪素焼結体の断面を示し、符号4は、焼結体表面を示す。なお、窒化珪素焼結体を用いた耐摩耗性部材は、ベアリングボール1に限定されるものではなく、エンジン部品、機械部品、ベアリングボール、切削工具などであってもよい。また、耐摩耗性部材(または窒化珪素焼結体)は、円弧を含む形状を備える。例えば、耐摩耗性部材(または窒化珪素焼結体)は、球の形状、円を上面及び底面とする円柱の形状を備える。球は、その中心を含む断面において円弧形状を含む。円柱は、上面(または底面)に平行する断面において円弧形状を含む。ここで、球とは、真球(真球度=0)と、真球製造における誤差範囲内の非真球(例えば、0<真球度0≦0.45μm)とを含み、円柱は、真の円柱と、円柱製造における誤差の範囲内の非円柱とを含み、円は、真円と、真円製造における誤差の範囲内の非真円とを含む。以下、特に言及しない限り、耐摩耗性部材(または窒化珪素焼結体)が球の形状である場合について説明する。
【0012】
球と、円柱がもつ上面及び底面の円とは、幅、つまり、直径が70mm以下であることが好適である。耐摩耗性部材の直径が70mmを超えると、大型になるにつれて焼結時のムラが発生しやすくなり均質性に関しては必ずしも十分ではないからである。より好適には、球と、円柱がもつ上面及び底面の円とは、直径が60mm以下である。また、耐摩耗性部材(または窒化珪素焼結体)、つまり、球と、円柱がもつ上面及び底面の円とは、大型、例えば、直径が8mm以上であることが効果に対しより有効である。これにより、耐摩耗性部材に対する大きな負荷に応じた厳しい品質特性を満たすものとなるからである。
【0013】
実施形態にかかる窒化珪素焼結体は、窒化珪素結晶粒子と粒界相を有する。窒化珪素焼結体は、表面加工を施す前の幅をDとしたとき、最表面から0~0.01Dの深さまでの第1領域における窒化珪素結晶粒子の平均粒子径dAおよび平均アスペクト比rAと、第1領域より内側の第2領域における窒化珪素結晶粒子の平均粒子径dBおよび平均アスペクト比rBとの関係が、次の式を満たすものとする。窒化珪素焼結体が球または円柱の形状を備える場合、幅は、球の直径または円柱がもつ円の直径である。
0.8≦dA/dB≦1.2
0.8≦rA/rB≦1.2
【0014】
より好適には、平均粒子径dAおよび平均アスペクト比rAと、平均粒子径dBおよび平均アスペクト比rBとの関係がさらに、次の式を満たすものとする。
0.8≦dA/dB≦0.97、1.01≦dA/dB≦1.2
0.8≦rA/rB≦0.95、1.05≦rA/rB≦1.2
dA/dBが1付近や、rA/rBが1付近である焼結体は均一性の点から理想的ではあるが、作製に手間とコストがかかる。
【0015】
窒化珪素焼結体を構成する窒化珪素結晶粒子は焼結時に針状形状に粒成長することにより高強度・高靭性を達成している。針状結晶の形状は粒径とアスペクト比(矩形における長辺と短辺の比率)によってあらわすことができる。窒化珪素が焼結する過程で粒界(空間)を埋めるようにして粒成長がおき粒径とアスペクト比が大きくなる。粒径は大きくなることにより粒界(空間)を埋め強度が大きくなるが、粒径が大きくなりすぎると窒化珪素結晶粒子同士の隙間(欠陥)を発生するために強度が低下する。アスペクト比については粒成長するにつれて大きくなり針状結晶が複雑に絡み合うことにより強度が向上する。
【0016】
窒化珪素焼結体の表面近傍と内部の結晶粒子を比較したとき、表面近傍では粒径が大きくアスペクト比が小さくなる場合がある。これは焼結時に外部から熱が加わることや焼結体内部より発生するガスなどにより表面の結晶粒子が球形状に近付くことによる。粒径が大きくアスペクト比が小さい粒子は周囲の粒子との絡み合いが少なくなり、かつ周囲に欠陥を伴うために強度が弱く、研磨加工時には優先的に脱粒して加工起点となる。
【0017】
これとは逆に表面近傍では粒径が小さくアスペクト比が大きくなる場合がある。これは焼結速度や原料・添加物の状態により針状結晶が細く長く成長することによる。この長く伸びた結晶粒子は周囲の粒子との絡み合いが強固になり、研磨加工時に脱粒しづらくなる。
このように粒径とアスペクト比が表面と内部により差異があると研磨時の加工量に差異が生じることになる。
研磨時の窒化珪素焼結体全体の加工差異を解消するためには、表面と内部の結晶粒子の状態を近づけることが重要であり、表面と内部の結晶粒子の粒径およびアスペクト比を近づけることが有効である。
【0018】
最表面から0~0.01Dの深さまでの第1領域における窒化珪素結晶粒子の平均粒子径dAと第1領域より内側の第2領域における窒化珪素結晶粒子の平均粒子径dBを比較したときに、0.8≦dA/dB≦1.2としている。例えば、窒化珪素焼結体が球体である場合、窒化珪素焼結体の中心を含む円形の断面(つまり、直径を含む断面)において、2次元の第1領域と第2領域それぞれの単位面積20μm×20μmに存在する窒化珪素結晶粒子に基づいて、平均粒子径dA,dBが求められる。これはdA/dBが0.8未満になると、表面の結晶粒子が小さくなりすぎて脱粒しづらくなることにより、加工ムラが発生する可能性があるためである。また、dA/dBが1.2より大きくなると、表面の結晶粒子が大きくなりすぎ脱粒し、同様に加工起点が多くなることによる加工ムラが発生する可能性があるためである。
この平均粒経比の範囲限定は、1.0に近くなるほど脱粒の可能性が少なくなり理想的な結晶粒子が分布しているといえる。このため、より好ましい範囲限定は0.9≦dA/dB≦1.1である。
【0019】
最表面から0~0.01Dの深さまでの第1領域における窒化珪素結晶粒子の平均アスペクト比rAと第1領域より内側の第2領域における窒化珪素結晶粒子の平均アスペクト比rBを比較したときに、0.8≦rA/rB≦1.2としている。例えば、窒化珪素焼結体が球体である場合、窒化珪素焼結体の中心を含む円形の断面において、2次元の第1領域と第2領域それぞれの単位面積20μm×20μmに存在する窒化珪素結晶粒子に基づいて、平均アスペクト比rA,rBが求められる。これはrA/rBが0.8未満になると、表面の針状結晶粒子が短くなりすぎて脱粒し加工起点が多くなるために加工ムラが発生するためである。またrA/rBが1.2より大きくなると、表面の針状結晶粒子同士の絡み合いが強固になり、加工しづらくなるため加工ムラが発生するためである。
このアスペクト比の範囲限定は、1.0に近くなるほど脱粒の可能性が少なくなり理想的な針状結晶粒子が分布しているといえる。このため、より好ましい範囲限定は0.9≦rA/rB≦1.1である。
【0020】
なお、上記のdAおよびdBが両方とも1.1μm以上である窒化珪素結晶粒子が、それぞれの領域で40%以上存在することが好ましい。これは脱粒を防止するためには脱粒の可能性が少ない大きさまで十分に粒成長を行っている窒化珪素結晶粒子が多く存在することが必要なためである。
【0021】
また、最表面から0~0.01Dの深さまでの第1領域におけるSi、N以外の元素の合計値と窒化珪素結晶粒子の比pAと、第1領域より内側の第2領域におけるSi、N以外の元素の合計値と窒化珪素結晶粒子の比pBを比較したときに、0.8≦pA/pB≦1.2としている。例えば、窒化珪素焼結体の中心を含む断面において、2次元の第1領域と第2領域それぞれの単位面積あたりの元素定量分析により、Si、N以外の検出された元素が求められる。これはpA/pBが0.8未満になると、助剤成分が表面より離散し内側に対して表面の焼結助剤成分が少ない状態であり、欠陥(空孔)により脱粒がおこり加工起点が多くなるために加工ムラが発生するためである。またpA/pBが1.2より大きくなると、表面の焼結成分が多いことにより結晶粒子間にある粒界相が多く形成され、粒界相は窒化珪素結晶粒子に比較して脆いため破壊起点となって脱粒をするため加工ムラが発生するためである。
【0022】
このSi、N以外の検出された元素の合計値と窒化珪素結晶粒子の比の範囲限定は1.0に近くなるほど脱粒の可能性が少なくなり、理想的な焼結助剤が分布しているといえる。このため、より好ましい範囲限定は0.9≦pA/pB≦1.1である。
【0023】
窒化珪素結晶粒子の平均粒子径とアスペクト比の測定方法は次のとおりである。まず球体の中心を含む断面、または、円柱体の上面(または底面)に平行する円形の断面を得る。この断面を表面粗さRaが1μm以下の鏡面加工を施す。断面部円形の直径をDとした場合に、最表面から0~0.01Dの第1領域と第1領域より内側の第2領域を走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)にて20μm×20μmが観察できるように写真を撮影する。それぞれの領域内に存在する窒化珪素結晶粒子の粒径を大きい順に50個測定して平均値を求める。大きい順に50個測定して求めた平均値を観察面の平均値とするのは、粒径の小さい粒子が計算に無限に組み入れられて平均値がばらつくことを防ぐためである。
【0024】
アスペクト比については、それぞれの領域内に存在する上記で粒径を測定した窒化珪素粒子の長辺と短辺の長さを求め長辺を短辺で除することにより比を求めてアスペクト比とする。このアスペクト比の平均値を求める。
窒化珪素断面のSi、N以外の検出された元素の定量分析の合計値と窒化珪素結晶粒子の定量分析の測定方法は次のとおりである。
【0025】
平均粒径とアスペクト比の測定方法で作製した、鏡面加工断面を電子線マイクロアナライザー (EPMA:Electron Probe Micro Analyzer)にて窒化珪素および添加した焼結助剤について定量分析を行う。ただし珪素化合物を焼結助剤として添加した場合は、窒化珪素と区別が難しいため定量分析を行う焼結助剤からは除外する。
【0026】
焼結工程で反応して粒界相を形成するために焼結助剤として添加する材料としては、2族元素、4族元素、5族元素、6族元素、13族元素、14族元素、希土類元素などが挙げられる。
【0027】
2族元素を添加する際は、Be(ベリリウム)、Mg(マグネシウム)、Ca(カルシウム)、Sr(ストロンチウム)、Ba(バリウム)、Ra(ラジウム)のいずれか、可能ならばBe、Mg、Ca、Srのいずれか1種類以上から選択するのが望ましい。また、4族元素を添加する際は、Ti(チタン)、Zr(ジルコニウム)、Hf(ハフニウム)、5族元素を添加する際は、V(バナジウム)、Nb(ニオブ)、Ta(タンタル)、6族元素を添加する際は、Cr(クロム)、Mo(モリブデン)、W(タングステン)から選択するのが望ましい。13族元素は、B(ホウ素)、Al(アルミニウム)から選択するのが望ましい。14族元素としては、C(炭素)、Si(珪素)から選択することが好ましい。焼結助剤として2族元素成分、4族元素成分、5族元素成分、6族元素成分、13族元素成分、14族元素成分を添加する際は、酸化物、炭化物、窒化物のいずれか1種として添加することが望ましい。
【0028】
また、希土類元素を添加する場合はY(イットリウム)、La(ランタン)、Ce(セリウム)、Pr(プラセオジム)、Nd(ネオジウム)、Pm(プロメチウム)、Sm(サマリウム)、Eu(ユーロピウム)、Gd(ガドリウム)、Tb(テルビウム)、Dy(ジスプロシウム)、Ho(ホルミウム)、Er(エルビウム)、Tm(ツリウム)、Yb(イッテルビウム)、Lu(ルテチウム)のいずれから1種類以上を選択するのが望ましい。窒化珪素の焼結において、希土類元素を添加した場合、焼結性が向上し、窒化珪素結晶粒子のアスペクト比が向上するため、結果として強度特性、耐摩耗性に非常に優れた焼結体を得ることができる。
【0029】
次に製造方法について説明する。実施形態にかかる窒化珪素焼結体は上記構成を有すれば特に製造方法は限定されるものではないが、効率的に得るための方法として次のものが挙げられる。
【0030】
まず、窒化珪素粉末を用意する。窒化珪素粉末は酸素含有量が1~4wt%で、α相型窒化珪素を85wt%以上含み、平均粒子径が0.8μm以下であることが好ましい。酸素含有量が多いと粒界相が均質にできるため、α相型窒化珪素粉末を焼結工程でβ相型窒化珪素結晶粒子に粒成長させることにより、耐摩耗性に優れ、かつ均質な窒化珪素焼結体を得ることができる。
【0031】
本発明の窒化珪素焼結体では、表面層と内面が均質になるように制御している。このような制御を行うには、焼結助剤の分散の制御が有効である。焼結助剤の分散の制御には、添加量の制御および窒化珪素粉末との均一分散を行うことが有効である。
【0032】
焼結助剤の添加量は、2族元素、4族元素、5族元素、6族元素、13族元素、14族元素、希土類元素のいずれか1種類以上を2.0~6.0wt%であることが好ましい。また、焼結助剤粉末の平均粒子径は1.8μm以下であることが好ましい。焼結助剤の形態は、酸化物、炭化物、窒化物などだが、酸化物の添加量は3.0wt%以下にすることが好ましい。これは酸素量の多い原料に過剰に酸化物焼結助剤を添加すると全体の酸素量が多くなり、粒界相が過剰になるためである。
【0033】
窒化珪素粉末と焼結助剤粉末の均一分散には、対象物である粒子をマイクロサイズで分散することが有効である。ビーズミル、ボールミル、ポットミルなどによる解砕混合工程が有効であるが、効率的に製造を行うためにはビーズミルが好ましい。
【0034】
解砕・混合工程の最中、もしくは工程完了後の原料化合物に常に一定の攪拌もしくは振動を与えることにより、窒化珪素粉末同士、焼結助剤粉末同士、窒化珪素粉末および焼結助剤粉末が結合した二次粒子となることを防ぐことができる。窒化珪素粉末と焼結助剤粉末のほとんどが一次粒子となることにより均一分散を行うことができる。
【0035】
次に、窒化珪素粉末と焼結助剤粉末を混合した原料混合物に有機助剤を添加する。原料混合物と有機助剤の混合はビーズミル、ボールミルなどを使用するが、効率的に製造を行うためにはビーズミルが好ましい。有機助剤を混合したスラリーはスプレードライヤーなどを用いて造粒し、得られた造粒粉を所望の形状に成形する。成形工程は、金型プレスまたは冷間静水圧プレス(CIP)等により実施する。成形圧力は200MPa以上が好ましい。成型体の大きさは、球形状の焼結体の状態で直径70mm以下であることが好ましい。焼結体が直径70mmを超えると焼結の不均一が起こりやすく表面付近と内部との均一性が損なわれるためである。
【0036】
成形工程で得た成形体を脱脂する。脱脂工程は400~800℃の範囲の温度で実施することが好ましい。脱脂工程は大気中や非酸化性雰囲気中で実施するが、脱脂最高温度で酸化処理を行うことが好ましい。また、焼結体が直径40mm以上の場合、300~600℃までを非酸化性雰囲気で昇温し、その後に300~400℃まで炉を冷却した後に大気または酸化性雰囲気を置換し、改めて脱脂最高温度まで昇温する。これにより、有機助剤の揮発速度を制御し、急激なガス揮発による球や円柱側面の破損を防ぐことができる。
【0037】
次に、脱脂工程で得た脱脂体を1600~1900℃の範囲の温度で焼結する。焼結温度が1600℃未満であると、窒化珪素結晶粒子の粒成長が不十分になる恐れがある。すなわち、α相型窒化珪素からβ相型窒化珪素への反応が不十分であり、緻密な焼結体組織が得られない可能性がある。この場合、窒化珪素焼結体の材料としての信頼性が低下する。焼結温度が1900℃を超えると窒化珪素結晶粒子が粒成長しすぎて、加工性が低下する恐れがある。焼結工程は、常圧焼結および加圧焼結のいずれで実施してもよい。焼結工程は非酸化性雰囲気中で実施することが好ましい。非酸化性雰囲気としては、窒素雰囲気やアルゴン雰囲気が挙げられる。また、使用する雰囲気ガスは、焼結時に焼結体より発生するガスを炉外に排出するために一定量を流すことが好ましい。
【0038】
焼結工程の後に、非酸化性雰囲気中にて10MPa以上の熱間静水圧プレス(HIP)処理を施すことが好ましい。非酸化性雰囲気としては、窒素雰囲気やアルゴン雰囲気が挙げられる。HIP処理温度は1500~1900℃の範囲であることが好ましい。HIP処理を実施することによって、窒化珪素焼結体内の気孔を消滅させることができる。HIP処理圧力が10MPa未満であると、そのような効果を十分に得ることができない。
【0039】
このようにして製造された窒化珪素焼結体に対して、必要な箇所に研磨加工を施して耐摩耗性部材を作製する。研磨加工は、ダイヤモンド砥粒を用いて実施することが好ましい。
【0040】
(実施例1)
窒化珪素粉末としては、平均粒径0.8μm、α化率92%、不純物酸素含有量0.8wt%のものを使用した。窒化珪素粉末と焼結助剤の合計量を100wt%としたときにSiが1.0wt%、Yが2.5wt%、Alが1.0wt%となるように助剤粉末を添加してビーズミル中で50時間解砕混合して原料混合物を作製した。
【0041】
得られた原料混合物にビーズミルにて樹脂バインダを混合してスラリー作製した。得られたスラリーは常に一定の攪拌を加えながらスプレードライヤーにて乾燥噴霧して造粒粉末を作製した。造粒粉末を成型圧力150MPaにてプレス成型を行った。プレス成型は焼結後の直径が60mmになるような金型を使用して、球体形状のプレス成型体を得た。得られた成形体に窒素雰囲気中700℃で1時間の脱脂工程を行った。脱脂工程では、脱脂最高温度で大気を導入することにより酸化処理を行った。得られた脱脂体に対し、窒素雰囲気中で1800℃×4時間の常圧焼結を行った。常圧焼結の最高焼結温度での窒素ガス流量は30L/minに設定した。なお、焼結に使用した焼結炉の内容積は約0.9m
3
(900L)である。得られた焼結体を1600℃×20MPa×2時間のHIP処理を行った。
【0042】
球体の窒化珪素焼結体に対して、窒化珪素焼結体の中心を含む円形の任意の断面を切断加工し鏡面研磨した後、表面から0.3mm(0.005D)近傍と表面から1.8mm(0.03D)近傍の拡大写真(SEM写真)を撮影した。拡大写真から単位面積20μmx20μmを設定して、粒径の大きい順に50個について、それぞれの平均粒径とアスペクト比を求めたところ、表面から0.3mmの断面の平均粒径(dA)は1.16μm、アスペクト比(rA)は2.0であり、表面から1.8mmの平均粒径(dB)は1.05μm、アスペクト比(rB)は2.1あった。このため、dA/dBは1.10、rA/rBは0.95となった。次に、それぞれの拡大写真から平均粒径(dAおよびdB)が1.1μm以上の割合を測定したところ、表面から0.3mmの位置での割合は49%であり、表面から1.8mmの位置での割合は47%となった。
【0043】
さらに、SEM観察をした場所と同じ場所をEPMAにてSi、Al、Yについて定量分析を行った。表面から0.3mmでのSi、N以外の検出された元素であるAlとYの元素の定量分析値の合計をSiの定量分析値で割った比(pA)を求めたところ0.037となった。同様に表面から1.8mmの位置の比(pB)は、0.036であった。このためpA/pBは1.03となった。
【0044】
同一の条件で製造した焼結体を、粗化工により表面の突起等を除去した後に、磨き加工機により中仕上げ加工(3μm砥粒)条件で10時間、仕上げ加工(0.25μm砥粒)条件で4時間加工した。完成した球体について任意の円周方向を設定して、直径不同(最大値と最小値の差)、真球度、表面粗さ(Ra)を測定したところ、それぞれ0.28μm、0.24μm、0.027μmであった。
【0045】
次に各窒化珪素焼結体の硬度(HV)と三点曲げ強度(σf)を測定したところ、硬度は1480、曲げ強度は880MPaであった。なお、三点曲げ強度測定用の試料(窒化珪素焼結体)は3mm×4mm×50mmのサイズに加工しJIS-R-1601に準じた方法により測定した。
【0046】
(実施例1~6、比較例1~4)
実施例1を基準として他の製造条件で窒化珪素焼結体の試験片を作製した。表1に、焼結助剤の種類および添加量、助剤の解砕混合方法(混合時間)および有機助剤の混合方法(混合時間)、脱脂条件(脱脂温度および酸化処理の有無)、焼結条件(焼結温度-焼結時間-ガス流量)の実施例(1~6)および比較例(1~4)を示す。また、比較例ではスプレードライヤーで噴霧乾燥するまでは攪拌を行わなかった。これ以外の条件については実施例1と同じにした。なお、焼結助剤の添加量は窒化珪素粉末と焼結助剤の合計量を100wt%としたときの比率である。
【0047】
【0048】
表2に、実施例1~6および比較例1~4における、最表面から0~0.01Dの深さまでの第1領域内での円形の任意の断面の窒化珪素結晶粒子の平均粒子径dA、第1領域より内側の第2領域での平均粒子径dB、dAとdBの比(dA/dB)、第1領域内での円形の任意の断面の窒化珪素結晶粒子の平均アスペクト比rA、第2領域での平均アスペクト比rB、rAとrBの比(rA/rB)、を示す。なお、実施例1~6および比較例1~4に記載の窒化珪素焼結体の直径は、8mm以上70mm以下であった。
【0049】
【0050】
表3に、実施例1~6および比較例1~4における、最表面から0~0.01Dの深さまでの第1領域内での円形の任意の断面の窒化珪素結晶粒子の平均粒子径dAが1.1μm以上である領域の占める面積の割合(%)、第1領域より内側の第2領域での平均粒子径dBが1.1μm以上である領域の占める面積の割合(%)、第1領域内での円形の任意の断面において単位面積あたりの元素定量分析によりSi、N以外の検出された元素の合計値と窒化珪素結晶粒子の比pA、第2領域でのSi、N以外の検出された元素の合計値と窒化珪素結晶粒子の比pB、pAとpBの比(pA/pB)、を示す。
【0051】
【0052】
表4に、実施例1~6および比較例1~4における、完成した球体について任意の円周方向を設定した、直径不同(最大値と最小値の差)、真球度、表面粗さ(Ra)、硬度(HV)と三点曲げ強度(σf)、を示す。
【0053】
【0054】
実施例および比較例に係る窒化珪素焼結体は、いずれも硬度が1400以上、三点曲げ強度が760MPa以上と高い値となっている。
実施例1~6に係る窒化珪素焼結体は、いずれも、直径不同で0.5μm以下、真球度で0.45μm以下、表面粗さで(Ra)で0.04μm以下となった。
【0055】
対して比較例1~4では、同一の加工条件であるのに対して、それぞれ直径不同では0.71~1.01μm、真球度で0.76~1.10μm、表面粗さ(Ra)で0.05~0.97μmと実施例に比較して大きかった。
【0056】
これらの実験結果により、実施例は表面の加工性において非常に優れており、表面と内部での加工性の差異を抑制し、量産的な加工時の加工品位と寸法ばらつきを抑制することができるといえる。
【0057】
以上、本発明のいくつかの実施形態を例示したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更などを行うことができる。これら実施形態やその変形例は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。また、前述の各実施形態は、相互に組み合わせて実施することができる。