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特許7528443シート状強化繊維基材およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-29
(45)【発行日】2024-08-06
(54)【発明の名称】シート状強化繊維基材およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B32B 5/12 20060101AFI20240730BHJP
   B32B 5/26 20060101ALI20240730BHJP
   B29B 11/16 20060101ALI20240730BHJP
   D04H 3/04 20120101ALI20240730BHJP
   B29K 105/10 20060101ALN20240730BHJP
【FI】
B32B5/12
B32B5/26
B29B11/16
D04H3/04
B29K105:10
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2019568257
(86)(22)【出願日】2019-11-29
(86)【国際出願番号】 JP2019046706
(87)【国際公開番号】W WO2020111215
(87)【国際公開日】2020-06-04
【審査請求日】2022-10-24
(31)【優先権主張番号】P 2018224812
(32)【優先日】2018-11-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 泰啓
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 保
(72)【発明者】
【氏名】中尾 亮太
【審査官】石塚 寛和
(56)【参考文献】
【文献】特表2005-536580(JP,A)
【文献】特開2004-160927(JP,A)
【文献】特表2001-524169(JP,A)
【文献】特開2003-013352(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B32B 1/00-43/00
B29B 11/16、15/08-15/14
C08J 5/04-5/10、5/24
D04H 1/00-18/04
D03D 1/00-27/18
B29K 105:10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
任意の長さの強化繊維束を複数配設して得られる、N層(Nは3以上の整数)の積層構造を有する、シート状強化繊維基材であって、前記強化繊維束が炭素繊維であり、以下の(1)~()の各条件を満たす、シート状強化繊維基材。
(1)各層の層内において、隣接する前記強化繊維束同士が平行に配列されるとともに、隣接する前記強化繊維束間のクリアランスが前記強化繊維束の幅以上である
(2)上下に接する層を構成する強化繊維束はそれぞれ異なる方向に配列される
(3)任意の第no層目(noは3以上N以下の奇数)である奇数層を構成する強化繊維束の長手方向と、第(no-2)層目の層を構成する強化繊維束の長手方向とが平行であり、かつ、それぞれの層を構成する強化繊維束は相互に重ならない
(4)前記Nが4以上の場合、任意の第ne層目(neは4以上N以下の偶数)である偶数層を構成する強化繊維束の長手方向と、第(ne-2)層目の層を構成する強化繊維束の長手方向とが平行であり、かつ、それぞれの層を構成する強化繊維束は相互に重ならない
(5)シート状強化繊維基材は、強化繊維束同士の直接重なる部分の摩擦によってシートの形態が維持されている
)前記奇数層を構成する強化繊維束と前記偶数層を構成する強化繊維束が直接重なる部分である交差領域の一部において、交差する強化繊維束同士が互いに接合されている
【請求項2】
任意の長さの強化繊維束を複数配設して得られる、N層(Nは4以上の偶数)の積層構造を有する、シート状強化繊維基材であって、
隣接する前記強化繊維束同士が平行に配列されるとともに、隣接する前記強化繊維束間のクリアランスが前記強化繊維束の幅以上である第1層目の層と、
前記第1層目の層の上部に、前記第1層目の層を構成する強化繊維束の長手方向とは異なる方向に、隣接する前記強化繊維束同士が平行に配列されるとともに、隣接する前記強化繊維束間のクリアランスが前記強化繊維束の幅以上である第2層目の層と、
第(n-2)層目の層(nは4以上N以下の偶数)の上部に、第(n-3)層目の層を構成する強化繊維束の長手方向と平行に、前記第1層目の層ないし第(n-3)層目の層までの奇数層を構成する強化繊維束のいずれとも重ならず、隣接する前記強化繊維束同士が平行に配列されるとともに、隣接する前記強化繊維束間のクリアランスが前記強化繊維束の幅以上である第(n-1)層目の層と、
前記第(n-1)層目の層の上部に、第(n-2)層目の層を構成する強化繊維束の長手方向と平行に、前記第2層目の層ないし第(n-2)層目の層までの偶数層を構成する強化繊維束のいずれとも重ならず、隣接する前記強化繊維束同士が平行に配列されるとともに、隣接する前記強化繊維束間のクリアランスが前記強化繊維束の幅以上である第n層目の層が、
第N層目まで繰り返し載置され、前記第1層目の層を構成する強化繊維束と前記第N層目の層を構成する強化繊維束が直接重なる部分である交差領域の少なくとも一部において、交差する強化繊維束同士が互いに接合されている、請求項1に記載のシート状強化繊維基材。
【請求項3】
前記Nは3以上の奇数であって、第1層目の層を構成する強化繊維束と第2層目から第N-1層目までのいずれかの偶数層目の層(第Ne層)を構成する強化繊維束の交差領域の少なくとも一部において、交差する強化繊維束同士が互いに接合され、第N層目の層を構成する強化繊維束と第2層目から第N-1層目までのいずれかの偶数層目の層(第Ne層)を構成する強化繊維束の交差領域の少なくとも一部において、交差する強化繊維束同士が互いに接合されている、請求項1に記載のシート状強化繊維基材。
【請求項4】
すべての偶数層の層を構成する複数の強化繊維束のうち、偶数層を構成するいずれの強化繊維束に対しても片側のみ隣接して存在する強化繊維束、および、すべての奇数層の層を構成する複数の強化繊維束のうち、奇数層を構成するいずれの強化繊維束に対しても片側のみ隣接して存在する強化繊維束が、それぞれ、交差するいずれかの強化繊維束との交差領域の少なくとも一部において、強化繊維束同士が互いに接合されている、請求項1~のいずれかに記載のシート状強化繊維基材。
【請求項5】
外周形状が、繊維強化樹脂成形品の形状と同一となるように、各強化繊維束の長手方向の長さが決定された、請求項1~のいずれかに記載のシート状強化繊維基材。
【請求項6】
前記奇数層を構成する強化繊維束の長手方向と前記偶数層を構成する強化繊維束の長手方向の間の角度が45°~90°のいずれかである、請求項1~のいずれかに記載のシート状強化繊維基材。
【請求項7】
前記Nの値が4である、請求項1~のいずれかに記載のシート状強化繊維基材。
【請求項8】
前記強化繊維束同士が、樹脂バインダによって互いに接合されている、請求項1~のいずれかに記載のシート状強化繊維基材。
【請求項9】
前記強化繊維束同士が、補助糸での縫合によって互いに接合されている、請求項1~のいずれかに記載のシート状強化繊維基材。
【請求項10】
任意の長さの強化繊維束を複数配設して得られる、N層(Nは3以上の整数)の積層構造を有する、シート状強化繊維基材の製造方法であって、前記強化繊維束が炭素繊維であり、次の(a)~(f)の工程を含むことを特徴とする、請求項1~9のいずれかに記載のシート状強化繊維基材を製造する製造方法。
(a)強化繊維束間のクリアランスが前記強化繊維束の幅以上で、複数の強化繊維束を平行に配列し、第1層目の奇数層を形成する工程
(b)前記第1層目の奇数層の上部に、前記第1層目の奇数層を構成する強化繊維束の長手方向とは異なる方向に、強化繊維束間のクリアランスが前記強化繊維束の幅以上で、複数の強化繊維束を平行に配列した、第1層目の偶数層である第2層目の層を形成する工程
(c)1層前の偶数層の上部に、2層前の奇数層を構成する強化繊維束の長手方向と平行に、それまでに積層したすべての奇数層を構成する強化繊維束のいずれとも重ならないよう、強化繊維束間のクリアランスが前記強化繊維束の幅以上で、複数の強化繊維束を平行に配列し、第no層目(noは3以上N以下の奇数)の奇数層を形成する工程
(d)前記Nが4以上の場合、1層前の奇数層の上部に、2層前の偶数層を構成する強化繊維束の長手方向と平行に、それまでに積層したすべての偶数層を構成する強化繊維束のいずれとも重ならないよう、強化繊維束間のクリアランスが前記強化繊維束の幅以上で、複数の強化繊維束を平行に配列し、第ne層目(neは4以上N以下の偶数)の偶数層を形成する工程
(e)前記Nが5以上の場合、noまたはneが所定のNの値に達するまで、(c)工程および(d)工程を交互に繰り返し行う工程
(f)前記奇数層を構成する強化繊維束と前記偶数層を構成する強化繊維束の交差領域の一部において、交差する強化繊維束同士を互いに接合する工程
【請求項11】
上記(a)~(e)の工程において、強化繊維束の配列を、ファイバープレイスメント法により行うことを特徴とする、請求項10に記載のシート状強化繊維基材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強化繊維束を複数配設して得られるシート状強化繊維基材、および、そのシート状強化繊維基材の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、繊維強化樹脂の成形方法として、RTM(Resin Transfer Molding)法が知られている。RTM法は、一般的に、シート状強化繊維基材から構成される積層体を賦形型に配置し、繊維強化樹脂成形品と略同一の三次元形状となるように賦形させ、プリフォームを生成する。次に、このプリフォームを成形型に配置した後、成形型内にエポキシ樹脂などのマトリクス樹脂を注入し、プリフォームにこのマトリクス樹脂を含浸させ、硬化させる。その結果、繊維強化樹脂成形品を得ることができる。
【0003】
RTM法に用いられるシート状強化繊維基材として、一般的に、強化繊維束の縦糸と緯糸とが織り合わさることで布帛形態が得られる織物基材、あるいは、平行に配列された強化繊維束を、補助糸を用いた縫合などの方法にて接合して得られるノンクリンプ基材がある。
【0004】
これらのシート状強化繊維基材の特徴の違いとして、外力を受けたときのせん断変形のしやすさがあげられる。
【0005】
織物基材は、それぞれの強化繊維束が別の強化繊維束と互いに接合されておらず、立体的に交差する互いの直接重なる部分の摩擦のみによってシートの形態を維持している。このため、織物基材は、外力を受けたとき、縦糸と緯糸が互いに自由に動くことができ、平面内においてせん断変形しやすい。
【0006】
これに対し、ノンクリンプ基材は、それぞれの強化繊維束が立体的に交差しておらず、補助糸によって別の強化繊維束と互いに接合されており、強化繊維束同士が互いに拘束されている。このため、ノンクリンプ基材は、外力を受けたとき、接合部位の近傍で強化繊維束が自由に動くことができず、撚れが生じた状態で変形するため、織物基材に比べて、平面内においてせん断変形しにくい。
【0007】
上記のことから、複雑な三次元形状のプリフォームには、せん断変形しやすい織物基材が好適である。
【0008】
しかし、織物基材やノンクリンプ基材は、一定の幅で連続的に製造されるため、前記プリフォームを生成するとき、これらの基材は製品形状に合わせて裁断され、裁断後に残る端材は製品に寄与しない。このため、織物基材やノンクリンプ基材を用いた繊維強化樹脂成形品の製造では、強化繊維の歩留まりが悪く、製造コストが高いという課題があった。
【0009】
そこで、一定の幅のシート状強化繊維基材から製品形状のシート状強化繊維基材を切り出すのではなく、製品形状に合わせて、初めから必要箇所にのみ強化繊維束を配設する、ファイバープレイスメント法が注目されている。
【0010】
特許文献1では、このファイバープレイスメント法を用いた装置について開示されている。
【0011】
この装置によれば、ボビンに巻き取られた強化繊維束は、平面上に配設するヘッドまで引き出され、次に、平面上に一方向に配設され、所望の長さで切断される。以降、配設された強化繊維束に隣接するように、強化繊維束の配設と所望の長さでの切断を繰り返し、その結果、強化繊維束から構成される、所望の外周形状を有するひとつの層が形成される。
【0012】
次に、上記の層を構成する強化繊維束の長手方向とは別の方向に、上記と同様に強化繊維束が順次載置され、これらの層同士が互いに接合される。こうして最終的に、シート状強化繊維基材を得ることができる。
【0013】
このように、ファイバープレイスメント法は、製品形状に合わせて必要箇所にのみ強化繊維束を配設することでシート状強化繊維基材が得られるため、製品に寄与しない端材の発生を抑制することができ、強化繊維の歩留まりを大幅に改善できるという特徴がある。
【0014】
しかし、この方法にて形成されたシート状強化繊維基材は、織物基材のような、強化繊維束同士が立体的に交差し、摩擦によってシート状を維持する形態ではないため、特に強化繊維束がドライの場合、全面にわたって樹脂バインダもしくは補助糸などを用いて、強化繊維束から構成される層同士を互いに接合する必要がある。このため、この方法にて形成されたシート状強化繊維基材は、外力を受けたとき、ノンクリンプ基材と同様、平面内でのせん断変形のしやすさが織物基材に比べて劣る。
【0015】
一方で、特許文献2では、シート状強化繊維基材としてのせん断変形のしやすさを確保するために、強化繊維束から構成される層同士を全面に渡って接合するのではなく、部分的にのみ接合するノンクリンプ織物(基材)に関する方法が開示されている。
【0016】
しかし、この方法でも、織物基材のような、強化繊維束同士が立体的に交差する形態にはなっていないので、後工程で、大きく三次元形状に賦形させるとき、強化繊維束同士が支え合う力が少な過ぎ、強化繊維束の位置を狙い通りにコントロールしきれず、強化繊維樹脂成形品としての安定した物性を発現させることが難しい。
【0017】
他方で、特許文献3では、マンドレルに強化繊維束を連続的に巻き付け、その後、所望の形状に切り取って、シート状強化繊維基材を形成する方法が開示されている。
【0018】
この方法によれば、強化繊維束同士が立体的に交差する織物基材にかなり近い形態(以下、この形態を「擬似織物」と呼ぶ)を得ることができるが、依然として、強化繊維束から構成される層同士は、全面にわたってタッキファイヤで互いに接合されており、外力を受けたとき、平面内でのせん断変形のしやすさを期待することができない。
【0019】
さらに、マンドレルに強化繊維束を巻き付けて形成されるのは、円筒形状のシート状強化繊維基材であり、通常の織物基材やノンクリンプ基材と同様に、所望の形状に切り取った後に残る端材は、依然として製品に寄与しない。このため、強化繊維の歩留まりの改善も期待することができない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0020】
【文献】米国公開2013/0233471号
【文献】特表2013-525140号
【文献】米国特許第5204033号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
本発明の課題は、せん断変形性を有し、三次元形状に追従することができ、かつ、端材の発生の抑制により強化繊維の歩留まりを大幅に改善し、製造コストが低減できるシート状強化繊維基材(以下、擬似織物と記される場合もあるが、シート状強化繊維基材と擬似織物は全く同じ概念である)、ならびに、その製造方法を提供することで、繊維強化樹脂成形品の生産性を向上させることにある。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明は、係る課題を解決するために、次の[1]~[13]の構成を有するものである。すなわち、
[1]任意の長さの強化繊維束を複数配設して得られる、N層(Nは3以上の整数)の積層構造を有する、シート状強化繊維基材であって、以下の(1)~(5)の各条件を満たす、シート状強化繊維基材。
(1)各層の層内において、隣接する前記強化繊維束同士が平行に配列されるとともに、隣接する前記強化繊維束間のクリアランスが前記強化繊維束の幅以上である
(2)上下に接する層を構成する強化繊維束はそれぞれ異なる方向に配列される
(3)任意の第no層目(noは3以上N以下の奇数)である奇数層を構成する強化繊維束の長手方向と、第(no-2)層目の層を構成する強化繊維束の長手方向とが平行であり、かつ、それぞれの層を構成する強化繊維束は相互に重ならない
(4)前記Nが4以上の場合、任意の第ne層目(neは4以上N以下の偶数)である偶数層を構成する強化繊維束の長手方向と、第(ne-2)層目の層を構成する強化繊維束の長手方向とが平行であり、かつ、それぞれの層を構成する強化繊維束は相互に重ならない
(5)前記奇数層を構成する強化繊維束と前記偶数層を構成する強化繊維束が直接重なる部分である交差領域の少なくとも一部において、交差する強化繊維束同士が互いに接合されている
[2]任意の長さの強化繊維束を複数配設して得られる、N層(Nは4以上の整数)の積層構造を有する、シート状強化繊維基材であって、隣接する前記強化繊維束同士が平行に配列されるとともに、隣接する前記強化繊維束間のクリアランスが前記強化繊維束の幅以上である第1層目の層と、前記第1層目の層の上部に、前記第1層目の層を構成する強化繊維束の長手方向とは異なる方向に、隣接する前記強化繊維束同士が平行に配列されるとともに、隣接する前記強化繊維束間のクリアランスが前記強化繊維束の幅以上である第2層目の層と、第(n-2)層目の層(nは4以上N以下の偶数)の上部に、第(n-3)層目の層を構成する強化繊維束の長手方向と平行に、前記第1層目の層ないし第(n-3)層目の層までの奇数層を構成する強化繊維束のいずれとも重ならず、隣接する前記強化繊維束同士が平行に配列されるとともに、隣接する前記強化繊維束間のクリアランスが前記強化繊維束の幅以上である第(n-1)層目の層と、前記第(n-1)層目の層の上部に、第(n-2)層目の層を構成する強化繊維束の長手方向と平行に、前記第2層目の層ないし第(n-2)層目の層までの偶数層を構成する強化繊維束のいずれとも重ならず、隣接する前記強化繊維束同士が平行に配列されるとともに、隣接する前記強化繊維束間のクリアランスが前記強化繊維束の幅以上である第n層目の層が、第N層目まで繰り返し載置され、前記第1層目の層を構成する強化繊維束と前記第N層目の層を構成する強化繊維束が直接重なる部分である交差領域の少なくとも一部において、交差する強化繊維束同士が互いに接合されている、前記[1]に記載のシート状強化繊維基材。
[3]前記Nは3以上の奇数であり、第1層目の層を構成する強化繊維束と第2層目からN-1層目までのいずれかの偶数層目の層(第Ne層)を構成する強化繊維束の交差領域の少なくとも一部において、交差する強化繊維束同士が互いに接合され、第N層目の層を構成する強化繊維束と第2層目から第N-1層目までのいずれかの偶数層目の層(第Ne層)を構成する強化繊維束の交差領域の少なくとも一部において、交差する強化繊維束同士が互いに接合されている、前記[1]に記載のシート状強化繊維基材。
[4]前記の強化繊維束の交差領域のすべての箇所において、交差する強化繊維束同士が互いに接合されている、前記[2]または[3]に記載のシート状強化繊維基材。
[5]すべての偶数層の層を構成する複数の強化繊維束のうち、偶数層を構成するいずれの強化繊維束に対しても片側のみ隣接して存在する強化繊維束、および、すべての奇数層の層を構成する複数の強化繊維束のうち、奇数層を構成するいずれの強化繊維束に対しても片側のみ隣接して存在する強化繊維束が、それぞれ、交差するいずれかの強化繊維束との交差領域の少なくとも一部において、強化繊維束同士が互いに接合されている、前記[1]~[4]のいずれかに記載のシート状強化繊維基材。
[6]外周形状が、繊維強化樹脂成形品の形状と同一となるように、各強化繊維束の長手方向の長さが決定された、前記[1]~[5]のいずれかに記載のシート状強化繊維基材。
[7]前記奇数層を構成する強化繊維束の長手方向と前記偶数層を構成する強化繊維束の長手方向の間の角度が45°~90°のいずれかである、前記[1]~[6]のいずれかに記載のシート状強化繊維基材。
[8]前記Nの値が4である、前記[1]~[7]のいずれかに記載のシート状強化繊維基材。
[9]前記強化繊維束同士が、樹脂バインダによって互いに接合されている、前記[1]~[8]のいずれかに記載のシート状強化繊維基材。
[10]前記強化繊維束同士が、補助糸での縫合によって互いに接合されている、前記[1]~[8]のいずれかに記載のシート状強化繊維基材。
[11]前記強化繊維束が炭素繊維である、前記[1]~[10]のいずれかに記載のシート状強化繊維基材。
[12]任意の長さの強化繊維束を複数配設して得られる、N層(Nは3以上整数)の積層構造を有する、シート状強化繊維基材の製造方法であって、次の(a)~(f)の工程を含むことを特徴とする、シート状強化繊維基材の製造方法。
(a)強化繊維束間のクリアランスが前記強化繊維束の幅以上で、複数の強化繊維束を平行に配列し、第1層目の奇数層を形成する工程
(b)前記第1層目の奇数層の上部に、前記第1層目の奇数層を構成する強化繊維束の長手方向とは異なる方向に、強化繊維束間のクリアランスが前記強化繊維束の幅以上で、複数の強化繊維束を平行に配列し、第1層目の偶数層である第2層目の層を形成する工程
(c)1層前の偶数層の上部に、2層前の奇数層を構成する強化繊維束の長手方向と平行に、それまでに積層したすべての奇数層を構成する強化繊維束のいずれとも重ならないよう、強化繊維束間のクリアランスが前記強化繊維束の幅以上で、複数の強化繊維束を平行に配列し、第no層目(noは3以上N以下の奇数)の奇数層を形成する工程
(d)前記Nが4以上の場合、1層前の奇数層の上部に、2層前の偶数層を構成する強化繊維束の長手方向と平行に、それまでに積層したすべての偶数層を構成する強化繊維束のいずれとも重ならないよう、強化繊維束間のクリアランスが前記強化繊維束の幅以上で、複数の強化繊維束を平行に配列し、第ne層目(neは4以上N以下の偶数)の偶数層を形成する工程
(e)前記Nが5以上の場合、noまたはneが所定のnの値に達するまで、(c)工程および(d)工程を交互に繰り返し行う工程
(f)前記奇数層を構成する強化繊維束と前記偶数層を構成する強化繊維束の交差領域の少なくとも一部において、交差する強化繊維束同士を互いに接合する工程
[13]上記(a)~(e)の工程において、強化繊維束の配列を、ファイバープレイスメント法により行うことを特徴とする、前記[12]に記載のシート状強化繊維基材の製造方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明のシート状強化繊維基材(擬似織物)は、せん断変形性を有し、三次元形状に追従することができ、かつ、端材の発生の抑制により強化繊維の歩留まりを大幅に改善し、製造コストが低減できる。このため、繊維強化樹脂成形品を生産性良く製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本発明の一実施態様に係る、シート状強化繊維基材(擬似織物)10を示す平面図である。
図2a】シート状強化繊維基材(擬似織物)10において、強化繊維束11~14から構成される各層の構造を示す斜視図である。
図2b】シート状強化繊維基材(擬似織物)10において、各層を構成する強化繊維束11~14のクリアランス11C~14Cを示す平面図である。
図2c】シート状強化繊維基材(擬似織物)10の構成要素を示す平面図である。
図2d】シート状強化繊維基材(擬似織物)10が外力を受けて、平面内でせん断変形している状態を示す平面図である。
図2e】シート状強化繊維基材(擬似織物)10が外力を受けて、平面内でせん断変形している状態を示す平面図である。
図3】接合部位1Eに加え、強化繊維束12’および13’が、それぞれ強化繊維束13および12と直接重なる接合部位1E’で互いに接合されている、シート状強化繊維基材(擬似織物)10’を示す平面図である。
図4】繊維強化樹脂成形品の形状に応じて外周形状が決定された、シート状強化繊維基材(擬似織物)20を示す平面図である。
図5】強化繊維束31~34の配向角度をランダムに設けて配列した、シート状強化繊維基材(擬似織物)30を示す平面図である。
図6】奇数層の強化繊維束41、43の長手方向と偶数層の強化繊維束42、44の長手方向の間の角度が45°である、シート状強化繊維基材(擬似織物)40を示す平面図である。
図7】強化繊維束51~56から構成される、層の数Nの値が6である、シート状強化繊維基材(擬似織物)50を示す平面図である。
図8】強化繊維束61~68から構成される、層の数Nの値が8である、シート状強化繊維基材(擬似織物)60を示す平面図である。
図9】シート状強化繊維基材(擬似織物)20の製造手順を示す。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下に、本発明の実施形態を図面とともに、詳細に説明する。
【0026】
A.シート状強化繊維基材(擬似織物)の構成:
図1は、本発明の一実施態様に係る、シート状強化繊維基材(擬似織物)10を示しており、図2a~図2cは図1のシート状強化繊維基材(擬似織物)10の構成をさらに詳細に示している。シート状強化繊維基材(擬似織物)10は、強化繊維束から構成される層の数Nの値が4である。なお、図1図2cに示す例では、Nの値が4であるが、Nが3以上の整数であるN層の積層構造を有すればよい。図2aに示すとおり、強化繊維束11(第1層目の層)の上部に強化繊維束12(第2層目の層)、その上部に強化繊維束13(第3層目の層)、さらにその上部に強化繊維束14(第4層目の層)が載置されており、上下に接する層を構成する強化繊維束はそれぞれ異なる方向に配されている。奇数層(第1層目の層および第3層目の層)の強化繊維束同士、ならびに、偶数層(第2層目の層および第4層目の層)の強化繊維束同士が、それぞれいずれの層の強化繊維束とも重ならないように各層の層内において、隣接する前記強化繊維束同士が平行に配列されるとともに、隣接する前記強化繊維束間のクリアランスが前記強化繊維束の幅以上である。そして、強化繊維束11から構成される第1層目の層と、強化繊維束14から構成される第4層目の層の直接重なる部分が、それぞれ接合部位1Eで、樹脂バインダによって互いに接合されている。このように、奇数層を構成する強化繊維束と数層を構成する強化繊維束が直接重なる部分である交差領域の少なくとも一部において、交差する強化繊維束同士が互いに接合されていることでシートとしての形態を保持しつつ、曲面形状へ沿わせる場合など、適度に繊維がずれることにより、しわを生じることなく形状に沿わせることができる。
【0027】
本図の例においては、シート状強化繊維基材(擬似織物)10は、強化繊維束11~14の長手方向の長さがすべて同一である。これは、図1に示される実施態様では、シート状強化繊維基材(擬似織物)10が、略正方形であることから、強化繊維束11~14の長手方向の長さがすべて同一となっているためである。実際の成形に適用する際には、任意の長さの強化繊維束を複数配設することにより、後述する他の図で例を示すように目的とする形状に応じたシート状強化繊維基材(擬似織物)を得ることができる。
【0028】
図2bに示すとおり、各層を構成する強化繊維束11~14の隣接する前記強化繊維束間のクリアランスである11C~14Cは、それぞれ各強化繊維束11~14の幅以上となるように調節されている。すなわち、各層の層内において、隣接する前記強化繊維束間のクリアランスが前記強化繊維束の幅以上である。
【0029】
本図の例においては、奇数層の強化繊維束の長手方向と偶数層の強化繊維束の長手方向の間の角度は90°であるが、上下に接する層を構成する強化繊維束はそれぞれ異なる方向に配されていれば、後述するように、奇数層を構成する強化繊維束と偶数層を構成する強化繊維束が直接重なる部分である交差領域の少なくとも一部において、交差する強化繊維束同士が互いに接合することができ、シート状強化繊維基材として取り扱えるようにすることができる。
【0030】
また、奇数層をなす強化繊維束11と強化繊維束13、および、偶数層をなす強化繊維束12と強化繊維束14は、それぞれ平行(ただし、±2°以下のずれは平行に含める)である。すなわち、第3層目の層を構成する強化繊維束の長手方向と、第1層目の層を構成する強化繊維束の長手方向とは平行であり、第4層目の層を構成する強化繊維束の長手方向と、第2層目の層を構成する強化繊維束の長手方向とは平行である。本例においては、Nの値は4であるが、それ以上の層数の場合は、上記関係は、任意の第no層目(noは3以上N以下の奇数)である奇数層を構成する強化繊維束の長手方向と、第(no-2)層目の層を構成する強化繊維束の長手方向とが平行であり、任意の第ne層目(neは4以上N以下の偶数)である偶数層を構成する強化繊維束の長手方向と、第(ne-2)層目の層を構成する強化繊維束の長手方向とが平行であればよい。
【0031】
また、第3層目の層を構成する強化繊維束と、第1層目の層を構成する強化繊維束は相互に重ならず、第4層目の層を構成する強化繊維束と、第2層目の層を構成する強化繊維束は相互に重ならない様に配列されている。本例においては、Nの値は4であるが、それ以上の層数の場合は、上記関係は、任意の第no層目(noは3以上N以下の奇数)である奇数層を構成する強化繊維束と、第(no-2)層目の層を構成する強化繊維束とが相互に重ならない様に配列され、任意の第ne層目(neは4以上N以下の偶数)である偶数層を構成する強化繊維束と、第(ne-2)層目の層を構成する強化繊維束とが相互に重ならない様に配列されていればよい。
【0032】
図2cは、シート状強化繊維基材(擬似織物)10において、奇数層を構成する強化繊維束11と偶数層を構成する強化繊維束14が直接重なる部分である交差領域において、交差する強化繊維束同士が互いに接合されている部分の最小単位を示している。ここで最小単位とは、2次元的に繰り返したときにシート状強化繊維基材(擬似織物)10となる、最も小さい範囲を示す。かかるシート状強化繊維基材(擬似織物)10の最小単位に含まれる強化繊維束11~14がそれぞれ交差する点4箇所のうち、3箇所は互いの直接重なる部分における摩擦のみによってシートの形態が維持されており、接合部位1Eは強化繊維束11と強化繊維束14とが直接重なる部分の1箇所である。すなわち、シート状強化繊維基材(擬似織物)10が外力を受けたとき、シート状強化繊維基材(擬似織物)全面にわたって、4分の3は強化繊維束が自由に動くことができ、図2dや図2eに示すように、織物基材に近い、平面内でのせん断変形のしやすさを得ることができる。なお、図1図2b、図2d、図2eにおいて、強化繊維束11と強化繊維束14とが直接重なる部分のすべての箇所において、交差する強化繊維束同士が互いに接合されている好ましい態様が示されているが、シート形態を保持できれば、強化繊維束11と強化繊維束14とが直接重なる部分の少なくとも一部の箇所において交差する強化繊維束同士が互いに接合されていればよい。
【0033】
このように、シート状強化繊維基材(擬似織物)10では、上述の通り第1層目の層(すなわち、シート状強化繊維基材(擬似織物)10における最下層)を構成する強化繊維束11と、第4層目の層(すなわち、シート状強化繊維基材(擬似織物)10における最上層)を構成する強化繊維束14との交差領域が、それぞれ接合部位1Eで互いに接合されているが、接合箇所は、必ずしもこれに限定されるものではない。例えば、強化繊維束11は第2層目の層(すなわち、シート状強化繊維基材(擬似織物)10における最下層の1層上の層)を構成する強化繊維束12のいずれかと、また、強化繊維束14は第3層目の層(すなわち、シート状強化繊維基材(擬似織物)10における最上層の1層下の層)を構成する強化繊維束13のいずれかと、それぞれ互いに接合されており、さらに、強化繊維束12は強化繊維束13のいずれかと、それぞれ互いに接合されていてもよい。つまり、奇数層を構成する強化繊維束と、偶数層を構成する強化繊維束の交差領域の少なくとも一部において、選択的にそれぞれ接合されていれば、シートの形態を維持することができる。なお、Nの値が4以上の場合においても、同様の考え方で、交差領域の少なくとも一部において、選択的にそれぞれ接合されていれば、シートの形態を維持することができる。
【0034】
ただし、せん断変形のしやすさの観点から、シート状強化繊維基材は、強化繊維束同士の直接重なる部分の摩擦によってシートの形態が維持されているのが望ましい。このため、強化繊維束11から構成される第1層目の層と、強化繊維束14から構成される第4層目の層の交差領域が互いに接合されている方が、その間の強化繊維束12、13がすべて摩擦によって互いに拘束されるため、シート状強化繊維基材の形態として好ましい。
【0035】
本例においては、シート状強化繊維基材(擬似織物)10はNの値が4であり、すなわちNが偶数の場合を示しているが、Nが奇数の場合は、第1層目の層を構成する強化繊維束と第2層目からN-1層目までのいずれかの偶数層目の層(第Ne層)を構成する強化繊維束の交差領域の少なくとも一部において、さらに、第N層目の層を構成する強化繊維束と第2層目から第N-1層目までのいずれかの偶数層目の層(第Ne層)を構成する強化繊維束の交差領域の少なくとも一部において、それぞれ、交差する強化繊維束同士が互いに接合されていれば、シートの形態を維持することができる。ただし、Ne<Neの場合は、第1層目の層から第Ne層目の層と第Ne層目の層から第N層目の層との間がまったく接合されないため、分裂してしまい、シートの形態を維持することができない。このため、Ne≧Neの関係が成立していなければならない。 図3は、強化繊維束12のうち、強化繊維束14のいずれに対しても片側のみ隣接して存在する強化繊維束12’、および、強化繊維束13のうち、強化繊維束11のいずれに対しても片側のみ隣接して存在する強化繊維束13’とが、それぞれ、強化繊維束13および12と直接重なる接合部位1E’で、樹脂バインダによって互いに接合されている、シート状強化繊維基材(擬似織物)10’を示している。シート状強化繊維基材(擬似織物)10’は、接合部位1Eに加え、接合部位1E’を有する以外、基本的にシート状強化繊維基材(擬似織物)10と同じ条件である。
【0036】
シート状強化繊維基材(擬似織物)10では、シート状強化繊維基材(擬似織物)10の搬送時や、シート状強化繊維基材(擬似織物)10が外力を受けてせん断変形するとき、図3に示す強化繊維束12’や13’の位置に相当する位置にある図1の強化繊維束12や13が、別の交差する強化繊維束との摩擦が不十分なため、単独で抜け落ちてしまう可能性がある。
【0037】
これに対し、シート状強化繊維基材(擬似織物)10’では、強化繊維束12’や13’が、別の強化繊維束と接合部分1E’で互いに接合されているため、この抜け落ちを防ぐことができる。このため、シート状強化繊維基材(擬似織物)10’は、シート状強化繊維基材(擬似織物)の形態としてシート状強化繊維基材(擬似織物)10よりも好ましい。
【0038】
ただし、図3のシート状強化繊維基材(擬似織物)10’では、強化繊維束12’は13と、さらに、強化繊維束13’は12と、それぞれの交差領域のすべてにおいて接合部位1E’で互いに接合されているが、接合箇所は、必ずしもこれに限定されるものではない。例えば、強化繊維束12’は11と、また、強化繊維束13’は14と、それぞれの交差領域で互いに接合されていてもよい。すなわち、強化繊維束12’や13’は、交差するいずれかの強化繊維束との交差領域の少なくとも一部において、強化繊維束同士が互いに接合されていれば、単独で抜け落ちることはない。
【0039】
シート状強化繊維基材(擬似織物)10や10’は、各層を構成する強化繊維束11~14の長手方向の長さがすべて同一であり、その外周形状は矩形であるが、必ずしも同一に限定されるものではなく、対象とする繊維強化樹脂成形品の形状に応じて、それぞれ長さを決定してもよい。
【0040】
図4は、対象とする繊維強化樹脂成形品が、例えば自動車のフードのような形状である場合の、シート状強化繊維基材(擬似織物)20を示している。シート状強化繊維基材(擬似織物)20は、最小単位は、シート状強化繊維基材(擬似織物)10における図2cと同じであり、すべての偶数層の層を構成する複数の強化繊維束のうち、偶数層を構成するいずれの強化繊維束に対しても片側のみ隣接して存在する強化繊維束、および、すべての奇数層の層を構成する複数の強化繊維束のうち、奇数層を構成するいずれの強化繊維束に対しても片側のみ隣接して存在する強化繊維束が、それぞれ、交差するいずれかの強化繊維束との交差領域の少なくとも一部において、強化繊維束同士が互いに接合されている構成となっている。すなわち、各層を構成する強化繊維束21~24のそれぞれの本数と長手方向の長さ以外、基本的にシート状強化繊維基材(擬似織物)10’が実際の成形物品である自動車のフードに適用されたものである。
【0041】
このように、対象とする繊維強化樹脂成形品の形状に応じて、シート状強化繊維基材(擬似織物)の外周形状を決定することができるが、原則として、その外周形状は、繊維強化樹脂成形品の三次元形状を、平面上に展開した形状とする。ただし、シート状強化繊維基材(擬似織物)を三次元形状に賦形させるときの各部の挙動を考慮して、適切に微修正した外周形状とすることが、製品の品位や材料の歩留まりの観点から望ましい。
【0042】
シート状強化繊維基材(擬似織物)10や10’は、奇数層をなす強化繊維束11と強化繊維束13、偶数層をなす強化繊維束12と強化繊維束14、が基本的にはそれぞれ平行であるが、対象とする繊維強化樹脂成形品の形状に応じて部分的に平行から外れる箇所を有することを排除するものではない。すなわち、奇数層の強化繊維束同士、および、偶数層の強化繊維束同士が、それぞれいずれの層の強化繊維束とも重ならない範囲において、各強化繊維束の配向角度を任意に設定された部分を有することができる。換言すれば、隣接する強化繊維束間のクリアランスの範囲内であれば、上述した平行の範囲(±2°)を超えた配向角度を有する部分があることを妨げない。図5は、上述した平行の範囲(±2°)を超えた配向角度を有する部分の一例として、強化繊維束31~34の配向角度をランダムに設けて配列された、シート状強化繊維基材(擬似織物)30を示している。シート状強化繊維基材(擬似織物)30は、奇数層を構成する強化繊維束31と強化繊維束33、偶数層を構成する強化繊維束32と強化繊維束34がそれぞれ平行ではないこと以外、基本的にシート状強化繊維基材(擬似織物)10’と同じ構成で示している。
【0043】
図6は、奇数層を構成する強化繊維束41と強化繊維束43、および、偶数層を構成する強化繊維束42と強化繊維束44、がそれぞれ平行であるが、奇数層の強化繊維束の長手方向と偶数層の強化繊維束の長手方向の間の角度が45°である、シート状強化繊維基材(擬似織物)40を示している。シート状強化繊維基材(擬似織物)40は、奇数層の強化繊維束の長手方向と偶数層の強化繊維束の長手方向の間の角度が45°であること、奇数層をなす強化繊維束と偶数層をなす強化繊維束の本数が異なること、各層をなす強化繊維束の長手方向の長さが必ずしも同一ではないこと以外、基本的にシート状強化繊維基材(擬似織物)10’と同じ構成である。
【0044】
このように、強化繊維束間のクリアランスを、奇数層の強化繊維束同士、および、偶数層の強化繊維束同士が、それぞれいずれの層の強化繊維束とも重ならないよう適切に調節することで、シート状強化繊維基材(擬似織物)30や40のように、各強化繊維束の配向角度を任意に設定することができる。
【0045】
ただし、奇数層の強化繊維束の長手方向と偶数層の強化繊維束の長手方向の間の角度は45°~90°の範囲で任意に設定することができるものの、例えば、シート状強化繊維基材(擬似織物)40が外力を受けて平面内でせん断変形するとき、上記角度が45°であるが故に、変形の方向によっては変形代が少ない場合がある。これに対し、上記角度が90°の場合は、変形の方向によらず平等な変形代を確保することができる。このため、上記角度は90°である方が、シート状強化繊維基材(擬似織物)の形態としてより好ましい。
【0046】
シート状強化繊維基材(擬似織物)10や10’、20~40は、強化繊維束から構成される層の数Nの値がいずれも4であるが、必ずしも4に限定されるものではない。強化繊維束間のクリアランスを適切に調節することで、層の数Nの値を、例えば6や8などにすることができる。
【0047】
ただし、層の数Nの値が2の場合は、強化繊維束の直接重なる部分における摩擦によってシートの形態を維持することができないため、強化繊維束同士が重なるすべての箇所において互いに接合することが必要となる。このため、ファイバープレイスメント法で形成されるシート状強化繊維基材と同様、織物基材のような、平面内でのせん断変形のしやすさが得られないことから、強化繊維束から構成される層の数Nの値は、3以上の整数でなければならない。
【0048】
図7は、上記の例として、強化繊維束51~56から構成される、層の数Nの値が6である、シート状強化繊維基材(擬似織物)50を示し、また、図8は、強化繊維束61~68から構成される、層の数Nの値が8である、シート状強化繊維基材(擬似織物)60を示している。シート状強化繊維基材(擬似織物)50や60は、強化繊維束51~56や強化繊維束61~68から構成される層の数と、それぞれの強化繊維束の本数、長手方向の長さ以外、基本的にシート状強化繊維基材(擬似織物)10’と同じ考え方で構成されている。
【0049】
このように、強化繊維束間のクリアランスを、奇数層の強化繊維束同士、および、偶数層の強化繊維束同士が、それぞれいずれの層の強化繊維束とも重ならないよう適切に調節することで、シート状強化繊維基材(擬似織物)50や60のように、層の数Nの値を、3以上の整数の範囲で任意に設定することができる。
【0050】
なお、対象とする繊維強化樹脂成形品が、例えば自動車の外板部材に用いられる場合、強化繊維束から構成される層の数Nの値を6や8などとすることで、一般的な織物基材(例えば、平織基材)とは異なった意匠性を得ることができる。
【0051】
ただし、層の数Nの値は6や8など、3以上の整数の範囲で任意に設定することができるものの、例えば、シート状強化繊維基材(擬似織物)50や60を構成する強化繊維束52~55、もしくは強化繊維束62~67は、それぞれ2本以上の強化繊維束を跨いで他の強化繊維束と立体的に交差するため、シート状強化繊維基材(擬似織物)50や60が外力を受けて平面内でせん断変形するとき、その変形性はやや不均一となる場合がある。これに対し、層の数Nの値が4の場合、すなわち、シート状強化繊維基材(擬似織物)10~40の場合、第2の層と第3の層を構成する各強化繊維束は、いずれも常に1本の強化繊維束を跨いで他の強化繊維束と立体的に交差するため、上記の変形性は概ね均一となる。このため、層の数Nの値は4である方が、シート状強化繊維基材(擬似織物)の形態としてより好ましい。
【0052】
前記シート状強化繊維基材(擬似織物)10や10’、および、20~60は、いずれも接合部位1E~6E、および、1E’~6E’をそれぞれ有するが、その接合方法として、樹脂バインダによる接着を用いることができる。接合部位1E~6E、および、1E’~6E’にそれぞれ存在する樹脂バインダに熱を与えて軟化させることで、接着力を得ることができるが、樹脂バインダに熱を与える方法は、何ら限定されるものではなく、電気ヒータ加熱のほか、通電加熱や超音波加熱、誘電加熱なども用いることができる。
【0053】
また、樹脂バインダによる接合以外にも、補助糸での縫合によって互いに接合してもよい。補助糸の材質は何ら限定されるものではないが、ガラス繊維、ポリエステル繊維、ナイロン繊維などが好適である。
【0054】
このように、強化繊維束から構成される第1層目の層と第N層目の層(すまわち、最上層)を、接合部位1E~6E、および、1E’~6E’でそれぞれ互いに拘束できるものであれば、接合方法、樹脂バインダや補助糸の種類などは何ら限定されるものではない。必要に応じて、樹脂バインダと補助糸を組み合わせて互いに接合することもできる。
【0055】
このように、接合部位1E~6E、および、1E’~6E’で強化繊維束を互いに拘束することで、搬送時に形態が変化することを防止できる。また、三次元形状に賦形するときに、各強化繊維束がバラバラに動いて分解することも防止できる。すなわち、取扱い性と賦形性を兼ね備えた、シート状強化繊維基材(擬似織物)を得ることができる。
【0056】
なお、接合部位1E~6E、および、1E’~6E’での拘束力が弱過ぎると、取扱い性が悪化し、逆に強過ぎると、賦形するときに接合部位1E~6E、および、1E’~6E’でせん断変形しにくくなる。このため、拘束力が適度となるよう、拘束形態と条件を選択することが望ましい。
【0057】
本発明に係る、シート状強化繊維基材(擬似織物)に用いられる強化繊維束は、繊維強化樹脂の強化繊維として用いることができるものであれば、何ら限定されるものではない。例えば、炭素繊維やガラス繊維などを用いることができる。
【0058】
特に、炭素繊維は、軽量かつ機械的特性に優れた繊維強化樹脂成形品を得ることができるため好適である。また、材質や品種が異なる複数種類の強化繊維束を組み合わせることもできる。
【0059】
また、強化繊維束としては、RTM向けの樹脂が含浸していない、いわゆるドライな強化繊維束を用いるのが、まさにシート状強化繊維基材(擬似織物)として振舞うため好ましい。ただし、それに限定されるものではなく、強化繊維束にすでに樹脂を含浸した、テープ状のプリプレグを用いた場合でも十分にその効果を発揮できる。
【0060】
この場合は、プリプレグの表面のタック性(粘着性)が極力少ないタイプのものを適用するのが、三次元形状に賦形するとき滑りやすく、シート状強化繊維基材(擬似織物)としてのせん断変形能力を発揮でき、好ましい。
【0061】
そのタイプのプリプレグとしては、常温で固体形状をなす熱可塑性樹脂のパウダーや不織布等を表面に選択的に多めに付与したものが考えられ、シート状強化繊維基材(擬似織物)を製造する工程全般で、取り扱い性を改善できるため、特に好ましい。
【0062】
B.シート状強化繊維基材(擬似織物)の製造方法:
本発明の任意の長さの強化繊維束を複数配設して得られる、N層(Nは3以上の整数)の積層構造を有するシート状強化繊維基材(擬似織物)の製造方法は、次の(a)~(f)の工程を含む。
(a)強化繊維束間のクリアランスが前記強化繊維束の幅以上で、複数の強化繊維束を平行に配列し、第1層目の奇数層を形成する工程
(b)前記第1層目の奇数層の上部に、前記第1層目の奇数層を構成する強化繊維束の長手方向とは異なる方向に、強化繊維束間のクリアランスが前記強化繊維束の幅以上で、複数の強化繊維束を平行に配列した、第1層目の偶数層である第2層目の層を形成する工程(c)1層前の偶数層の上部に、2層前の奇数層を構成する強化繊維束の長手方向と平行に、それまでに積層したすべての奇数層を構成する強化繊維束のいずれとも重ならないよう、強化繊維束間のクリアランスが前記強化繊維束の幅以上で、複数の強化繊維束を平行に配列し、第no層目(noは3以上N以下の奇数)の奇数層を形成する工程
(d)前記Nが4以上の場合、1層前の奇数層の上部に、2層前の偶数層を構成する強化繊維束の長手方向と平行に、それまでに積層したすべての偶数層を構成する強化繊維束のいずれとも重ならないよう、強化繊維束間のクリアランスが前記強化繊維束の幅以上で、複数の強化繊維束を平行に配列し、第ne層目(neは4以上N以下の偶数)の偶数層を形成する工程
(e)前記Nが5以上の場合、noまたはneが所定のNの値に達するまで、(c)工程および(d)工程を交互に繰り返し行う工程
(f)前記奇数層を構成する強化繊維束と前記偶数層を構成する強化繊維束の交差領域の少なくとも一部において、交差する強化繊維束同士を互いに接合する工程
本発明のシート状強化繊維基材(擬似織物)の製造方法を、図9を用いて具体的に説明する。図9は、図4に示すシート状強化繊維基材20の製造手順の一例を示している。
【0063】
(a)初めに、平面状の配置面7S上に、繊維強化樹脂成形品の形状となるように、強化繊維束21を順次平行に配列し、第1層目の層を形成する。このとき、隣接する強化繊維束21間のクリアランスは、強化繊維束21の幅以上となるように調節する(図9st ep1)。
【0064】
(b)次に、強化繊維束21から構成される第1層目の層の上部に、強化繊維束21の長手方向と90°をなすように、強化繊維束22を順次平行に配列し、第2層目の層を形成する。このとき、隣接する強化繊維束22間のクリアランスは、強化繊維束22の幅以上となるように調節する(図9step2)。
【0065】
(c)さらに、強化繊維束22から構成される第2層目の層の上部に、強化繊維束21の長手方向と平行となるように、かつ、強化繊維束21と重ならないように、強化繊維束23を順次平行に配列し、第3層目の層を形成する(図9Step3)。
【0066】
(d)最後に、強化繊維束23から構成される第3層目の層の上部に、強化繊維束22の長手方向と平行となるように、かつ、強化繊維束22と重ならないように、強化繊維束24を順次平行に配列し、第4層目の層(最上層)を形成する(図9step4)。
【0067】
(e)本例では、層の数が4であるため行わないが、層の数の値であるNが5以上の場合には、上記の(c)図9step3と(d)図9step4)を、層の数が所定のNの値に達するまで、交互に繰り返し行う。
【0068】
(f)強化繊維束21~24をすべて配列した後、強化繊維束21から構成される第1層目の層と強化繊維束24から構成される第4層目の層の直接重なる部分を互いに接合する。加えて、強化繊維束22のうち、強化繊維束24のいずれに対しても片側のみ隣接して存在する強化繊維束22’、および、強化繊維束23のうち、強化繊維束21のいずれに対しても片側のみ隣接して存在する強化繊維束23’とが、それぞれ強化繊維束23および22と直接重なる部分を互いに接合する(図9step5)。
【0069】
その結果、シート状強化繊維基材(擬似織物)20を得ることができる。
【0070】
強化繊維束21~24の配列方法は何ら限定されるものではないが、例えば、ファイバープレイスメント法を用いて配列することができる。ファイバープレイスメント法によれば、配置面7Sを必要な方向に移動、回転させることで、強化繊維束21~24を配列する機構は、一方向のみに往復動作すればよいため、強化繊維束21~24は高速に配置し得る。
【0071】
ただし、強化繊維束21~24は、それぞれ配列された位置が保持されなければならない。強化繊維束21~24がタック性を有する場合は、配置面7Sの強化繊維束21~24が配列される場所、もしくは、強化繊維束21~24の配列直前部位を、電気ヒータ、もしくは、レーザーなどで、予め適度に加熱すればよい。
【0072】
一方、強化繊維束21~24がタック性を有さないドライの強化繊維束の場合は、配置面7Sに、強化繊維束21~24を保持する手段が求められる。その手段は何ら限定されるものではないが、例えば、静電気力による吸着や、真空による吸着などがあげられる。また、温感性の粘着シートを用いることもできる。
【0073】
本開示は、上記の実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において、種々の構成で実現することができる。例えば、発明の概要に記載した各形態の中の技術的特長に対応する実施形態は、上記の効果の一部、または、すべてを達成するために、適宜、差し替えや、組み合わせを行うことができる。また、その技術的特長が、本明細書中に必須なものとして説明されていなければ、適宜、削除することができる。
【符号の説明】
【0074】
10,10’:シート状強化繊維基材(擬似織物)
11,12,13,14,12’,13’:強化繊維束
1E,1E’:接合部位
11C,12C,13C,14C:強化繊維束間のクリアランス
20:シート状強化繊維基材(擬似織物)
21,22,23,24,22’,23’:強化繊維束
2E,2E’:接合部位
2S:繊維強化樹脂成形品の外周形状
30:シート状強化繊維基材(擬似織物)
31,32,33,34:強化繊維束
3E,3E’:接合部位
40:シート状強化繊維基材(擬似織物)
41,42,43,44:強化繊維束
4E,4E’:接合部位
50:シート状強化繊維基材(擬似織物)
51,52,53,54,55,56:強化繊維束
5E,5E’:接合部位
60:シート状強化繊維基材(擬似織物)
61,62,63,64,65,66,67,68:強化繊維束
6E,6E’:接合部位
7S:配置面
図1
図2a
図2b
図2c
図2d
図2e
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9