(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-29
(45)【発行日】2024-08-06
(54)【発明の名称】膜電極複合体
(51)【国際特許分類】
H01M 8/1004 20160101AFI20240730BHJP
H01M 4/96 20060101ALI20240730BHJP
H01M 8/10 20160101ALI20240730BHJP
H01M 8/102 20160101ALI20240730BHJP
【FI】
H01M8/1004
H01M4/96 M
H01M8/10 101
H01M8/102
(21)【出願番号】P 2020003379
(22)【出願日】2020-01-14
【審査請求日】2022-12-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】坂上 智洋
(72)【発明者】
【氏名】橋本 勝
(72)【発明者】
【氏名】國田 友之
【審査官】高木 康晴
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/060044(WO,A1)
【文献】特開2013-064080(JP,A)
【文献】特開2015-228292(JP,A)
【文献】特開2016-195046(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 8/10
H01M 4/86-4/98
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電解質膜並びに電解質膜の両側に設けられた触媒層及びガス拡散層を有する膜電極複合体であって、ガス拡散層は少なくとも多孔質炭素シートとマイクロポーラス層から構成され、該多孔質炭素シートをシート面の垂直方向に3等分して得られる層X、Y、Zについて、電解質膜側に最も近い層を層X、他方の表面に近い層を層Y、層Xと層Yの間に位置する層を層Zとしたときに、
三次元計測X線CTによって得られる層の充填率が、層Xと層Yとで等しく、層Zは層Xおよび層Yより小さくなり、
前記層Xにもっとも近い表面に前記マイクロポーラス層が形成されてなり、前記電解質膜は芳香族炭化水素系ポリマーからなることを特徴とする、膜電極複合体。
【請求項2】
前記ガス拡散層の層Xおよび層Yの充填率を1とした時に、層Zの充填率が0.97以下である、請求項1に記載の膜電極複合体。
【請求項3】
前記電解質膜がスルホン酸基を有する親水性セグメントとスルホン酸基を有しない疎水性セグメントからなるブロック共重合体であって、該スルホン酸基の酸解離定数は-10以上であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の膜電極複合体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アノードとカソードの電極基材およびその間に挟まれた電解質膜とを有する燃料電池用の膜電極複合体であって、保水性の高いガス拡散層を有することにより低加湿条件下においても優れた発電性能を有する膜電極複合体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、水素、メタノールなどの燃料を電気化学的に酸化することによって、電気エネルギーを取り出す一種の発電装置であり、近年、クリーンなエネルギー供給源として注目されている。なかでも固体高分子型燃料電池は、標準的な作動温度が100℃前後と低く、かつ、エネルギー密度が高いことから、比較的小規模の分散型発電施設、自動車や船舶など移動体の発電装置として幅広い応用が期待されている。また、小型移動機器、携帯機器の電源としても注目されており、ニッケル水素電池やリチウムイオン電池などの二次電池に替わり、携帯電話やパソコンなどへの搭載が期待されている。
【0003】
燃料電池は通常、燃料ガスおよび酸化ガスを触媒層へ供給するガス拡散層と、発電を担う反応の起こるアノードとカソードの触媒層と、アノード触媒層とカソード触媒層間のプロトン伝導体となる高分子電解質膜とが、膜電極複合体(以降、MEAと略称することがある。)を構成し、このMEAがセパレータによって挟まれたセルをユニットとして構成されている。上記高分子電解質膜への要求特性としては、第一に高いプロトン伝導性が挙げられ、特に高温低加湿条件でも高いプロトン伝導性を有する必要がある。従来、パーフルオロスルホン酸系ポリマーであるナフィオン(登録商標)(デュポン社製)が高分子電解質膜に広く用いられてきた。ナフィオン(登録商標)はクラスター構造に起因するプロトン伝導チャネルを通じて高いプロトン伝導性を示す一方で、低加湿条件におけるプロトン伝導性に課題があった。一方、ナフィオン(登録商標)に替わり得る、炭化水素系高分子電解質膜の開発が近年活発化しており、なかでも特に、プロトン伝導性向上に向け、疎水性セグメントと親水性セグメントからなる、ブロック共重合体を用いて、ミクロ相分離構造を形成させる試みがいくつかなされているが、依然として低加湿条件下におけるプロトン伝導性は課題であった。
【0004】
こうした状況から、燃料電池において、膜電極複合体中の水(特に電解質膜の含水量)を管理することが重要になる。ガス拡散層は膜電極複合体中の水の管理を担っており、電気化学反応に伴って生成する生成水や供給ガス中に含まれる水の、膜電極複合体中での保水性ならびにセパレータへの排出性を、制御する部材である。そのため、ガス拡散層中の水の挙動をコントロールすることで、燃料電池における水の制御を試みる取り組みがなされてきた。
【0005】
特許文献1には、高い排水性を保ちつつ、セパレータ流路への撓み込みを防止可能なガス拡散層に用いられる炭素シートとして、炭素シートをシート面の垂直方向(以下、面直方向)に3等分して得られる層について、一方の表面に近く層の充填率が最も大きい層を層X、他方の表面に近く層の充填率が層Xよりも小さい層を層Y、層Xと層Yの間に位置する層を層Zとすると、層の充填率が、層X、層Y、層Zの順に小さくなることを特徴とする、ガス拡散層用炭素シートが開示されている。しかしながら、特許文献1では、ガス拡散層からの排水性を高めることを目的としているため、膜電極接合体の保水性には言及しておらず、また、低加湿条件下での発電性能の向上効果を有するものではなかった。
【0006】
また、特許文献2には、燃料電池の保水性を高める目的で、ガス拡散層中にカーボンブラックを含み、該カーボンブラックの粒子が凝集することによりそれら粒子間に形成される空隙に有機物を介在させることを特徴とするガス拡散層が記載されている。しかしながら、特許文献2では、カーボンブラックを含むペーストを含浸または塗工によってカーボンシートに導入しており、その充填率については言及されていない。また、上記の方法によりカーボンシート中の細孔全体にカーボンブラックを導入した場合は、カーボンシート全体でのガス拡散性が低下することが懸念される。
【0007】
さらに、特許文献3では、高温・低加湿の運転条件下において、発電性能を向上させる目的で、導電性粒子と高分子樹脂とを主成分としたシート状で且つゴム状の多孔質部材で構成されるアノードガス拡散層の多孔度が60%以下であり、カソードガス拡散層の多孔度を、前記アノードガス拡散層の多孔度より大きくしたガス拡散層を用いることが記載されている。しかしながら、特許文献3では、ガス拡散層中の充填率分布については言及されておらず、シート状で且つゴム状の形状を有する上記アノードガス拡散層では、充填率分布を制御することが困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特許第5954506号公報
【文献】特開2010-40399号公報
【文献】特開2011-146407号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、かかる従来技術の背景に鑑み、高温低加湿条件下においても高分子電解質膜が十分に加湿され、高いプロトン伝導性を保つことで、発電性能を向上することのできる燃料電池を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、かかる課題を解決するために、次のような手段を採用するものである。
すなわち本発明の膜電極複合体は、電解質膜並びに電解質膜の両側に設けられた触媒層及びガス拡散層とを有する膜電極複合体であって、ガス拡散層は少なくとも多孔質炭素シートとマイクロポーラス層から構成され、該該多孔質炭素シートをシート面の垂直方向に3等分して得られる層X、Y、Zについて、電解質膜側に最も近い層を層X、他方の表面に近い層を層Y、層Xと層Yの間に位置する層を層Zとしたときに、層の充填率が、層Xと層Yとで等しく、層Zは層Xならびおよびに層Yより小さくなることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、高温低加湿条件下において高い発電性能を有する膜電極複合体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の膜電極複合体に用いられる炭素シートの模式断面図である。
【
図2】本発明の第二の実施形態に係る膜電極複合体の構成を説明するための模式断面図である。
【
図3】本発明の第二の実施形態に係る膜電極複合体の構成を説明するための模式断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0014】
〔膜電極複合体〕
本発明の膜電極複合体は、高分子電解質膜と、前記高分子電解質膜の両側に設けられた触媒層と、前記触媒層の前記高分子電解質膜とは逆側に接するように設けられたガス拡散層とを有している。その際、前記ガス拡散層に含まれる多孔質炭素シートのシート面の垂直方向に3等分して得られる層X、Y、Zについて、電解質膜側に最も近い層を層X、他方の表面に近い層を層Y、層Xと層Yの間に位置する層を層Zとしたときに、層の充填率が、層Xと層Yとで等しく、層Zは層Xならびに層Yより小さくすることで、膜電極複合体としての保水性を高め、高温低加湿条件下においても高い発電性能を実現することができる。
【0015】
ここで、MEAの作製方法は、
(I)ガス拡散層の一方の面に触媒層が形成されたガス拡散電極(GDE)を作成し、電解質膜と積層する方法
(II)触媒層つき電解質膜(CCM)を作成し、ガス拡散層と積層する方法
に大別される。
【0016】
(I)の方法の場合、本願に記載の特徴を有するガス拡散層の一方の面に触媒層を形成したガス拡散電極(GDE)を使用する。この場合、前記ガス拡散層に含まれる多孔質炭素シートの一方の表面にもっとも近い50%充填率を有する面から、他方の表面にもっとも近い50%充填率を有する面までの区間において、前記炭素シートを面直方向に3等分して得られる層について、2番目に充填率の高い層に近い表面に触媒層を形成することで、本発明の効果を得ることができる。
【0017】
(II)の方法の場合、アノード及びカソード電極基材(ガス拡散層)は、CCMの触媒層形成面がガス拡散層と直接接するように配置され、接合される。触媒層は白金が担持されたカーボンブラック粒子から形成されることが一般的であるが、これに限定されるものではない。
【0018】
高分子電解質膜とガス拡散層の接合法は特に制限されず、公知の方法(例えば、電気化学,1985, 53, p.269.記載の化学メッキ法、電気化学協会編(J. Electrochem. Soc.)、エレクトロケミカル サイエンス アンド テクノロジー (Electrochemical Science and Technology),1988, 135, 9, p.2209. 記載のガス拡散電極の加熱プレス接合法など)を適用することが可能である。
【0019】
高分子電解質膜とガス拡散層をプレスにより一体化する場合は、その温度や圧力は、電解質膜の厚さ、水分率、触媒層や電極基材により適宜選択すればよい。具体的なプレス方法としては圧力やクリアランスを規定したロールプレスや、圧力を規定した平板プレスなどが挙げられ、これらは工業的生産性やイオン性基を有する高分子材料の熱分解抑制などの観点から0℃~250℃の範囲で行うことが好ましい。加圧は電解質膜や電極保護の観点からできる限り弱い方が好ましく、平板プレスの場合、10MPa以下の圧力が好ましい。プレス工程による複合化を実施せずに電極と電解質膜を重ね合わせ燃料電池セル化することもアノード、カソード電極の短絡防止の観点から好ましい選択肢の一つである。この方法の場合、燃料電池として発電を繰り返した場合、短絡箇所が原因と推測される電解質膜の劣化が抑制される傾向があり、燃料電池として耐久性が良好となる。
【0020】
具体的には、電解質膜、ガス拡散層、触媒層を
図2および
図3に示されるように積層し、一定温度・圧力でプレスすることにより、MEAを製造することが好ましい。このような積層およびプレスは両面同時に行っても、片面ずつ行ってもよい。
【0021】
連続的に膜電極複合体を製造する方法としては、ロール状電解質膜を製造した後、ガス拡散層と積層し、一定温度・圧力でプレスを行う方法が挙げられる。基材、電解質膜、または基材付き電解質膜などのフィルム状部材を積層する際には、それぞれのフィルム状部材に張力をかけながら実施するのが好ましく、各工程の間にテンションカットを設ける方法などによって、変化させることができる。テンションカットは、例えばロールにモーター、クラッチ、ブレーキ等を設置したものが挙げられ、フィルムに与えられる張力を検知する検知手段を備えることが好ましい。テンションカットに用いられるローラーとして、例えば、ニップローラー、サクションローラー、または複数のローラーの組み合わせ等が挙げられる。ニップローラーは、フィルムをローラーで挟み込み、挟み込み圧力により生じる摩擦力によってフィルムの送り速度を制御し、その結果、フィルムにかかる圧力をローラーの前後で変化させることができる。サクションローラーは、表面に多くの穴の開いたローラー、またはワイヤーを巻き付けて網状または簀の子状にしたローラーの内部を吸引し、負圧にすることによって、フィルム状部材を吸い付け、その吸引力によって生じる摩擦力によってフィルム状部材の送り速度を制御し、その結果、フィルム状部材にかかる圧力をローラーの前後で変化させることができる。
【0022】
〔高分子電解質膜〕
本発明の膜電極複合体に含まれる高分子電解質膜(以下単に「電解質膜」と呼ぶ場合がある)は特に限定されないが、芳香族炭化水素系ポリマーからなる電解質膜であることが好ましい。
【0023】
従来、パーフルオロスルホン酸系ポリマーが高分子電解質膜に広く用いられてきた。このポリマーはクラスター構造に起因するプロトン伝導チャネルを通じて、高いプロトン伝導性を示す一方で、多段階合成を経て製造されるため非常に高価であり、加えて、前述のクラスター構造により燃料クロスオーバーが大きいという課題があった。また、膨潤乾燥によって膜の機械強度や物理的耐久性が失われるという問題、軟化点が低く高温で使用できないという問題、さらには、使用後の廃棄処理の問題や材料のリサイクルが困難といった課題が指摘されてきた。
【0024】
このような欠点を克服するために、パーフルオロスルホン酸系ポリマーに替わり得る、安価で、燃料クロスオーバーを抑制し、機械強度に優れ、軟化点が高く高温での使用に耐える、炭化水素系高分子電解質膜の開発が近年活発化している。なかでも特に、低加湿プロトン伝導性向上に向け、疎水性セグメントと親水性セグメントからなる、ブロック共重合体を用いて、ミクロ相分離構造を形成させる試みがいくつかなされている。
【0025】
このような構造のポリマーを用いることで、疎水性セグメント同士の疎水性相互作用や凝集等による機械強度向上、親水性セグメントのイオン性基同士の静電相互作用等によりクラスター化し、イオン伝導チャネルを形成することでプロトン伝導性が向上する。
【0026】
これらの電解質膜中をプロトンが移動するメカニズムとして、プロトンが水和したヒドロニウムイオン自体が移動するビークル機構、ならびに基質と結合したプロトンが別の基質へとホッピングするグロータス機構が提唱されている。水分子の少ない低加湿条件下においては、グロータス機構に基づくスルホン酸基のホッピングによる移動が支配的となる。
【0027】
こうした状況下において、フッ素系電解質膜等の場合、分子構造の中に含まれるスルホン酸基の酸解離定数が小さく、プロトンが解離しやすいため、ホッピングによるプロトン伝導が進行しやすい。一方、炭化水素系電解質膜では、分子中のスルホン酸基の酸解離定数が、フッ素系電解質膜と比較して大きく、プロトンの解離が生じにくいため、低加湿条件下におけるプロトン伝導度の低下がフッ素系電解質膜と比較して大きくなる。
【0028】
ここでいう酸解離定数とはある物質の酸強度を表すための指標の一つであり、酸からプロトンが放出される解離反応における平衡定数の負の常用対数pKaによって表される。このpKaの値が小さいほど、プロトンは放出されやすく、強い酸であることを示している。本願における酸解離定数は25℃、水中における数値とする。
【0029】
以上のように、酸解離定数の大きい炭化水素系電解質膜では低加湿条件下におけるプロトン伝導度の低下がフッ素系電解質膜と比較して大きいため、炭化水素系電解質膜と保水性が高いガス拡散層からなる膜電極接合体とすることで、本発明の効果がより顕著に発現する。
【0030】
芳香族炭化水素系ポリマーの具体例としては、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニレンオキシド、ポリアリーレンエーテル系ポリマー、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニレンスルフィドスルホン、ポリパラフェニレン、ポリアリーレン系ポリマー、ポリアリーレンケトン、ポリエーテルケトン、ポリアリーレンホスフィンホキシド、ポリエーテルホスフィンホキシド、ポリベンズオキサゾール、ポリベンズチアゾール、ポリベンズイミダゾール、芳香族ポリアミド、ポリイミド、ポリエーテルイミド、ポリイミドスルホン等の主鎖に芳香環を有するポリマーが挙げられる。
【0031】
なお、ポリエーテルスルホンとはその分子鎖にスルホン結合を有しているポリマーの総称である。また、ポリエーテルケトンとはその分子鎖にエーテル結合およびケトン結合を有しているポリマーの総称であり、ポリエーテルケトンケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトンケトン、ポリエーテルケトンエーテルケトンケトン、ポリエーテルケトンスルホンなどを含むものであり、特定のポリマー構造を限定するものではない。
【0032】
これらのポリマーのなかでも、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニレンオキシド、ポリアリーレンエーテル系ポリマー、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニレンスルフィドスルホン、ポリアリーレンケトン、ポリエーテルケトン、ポリアリーレンホスフィンホキシド、ポリエーテルホスフィンホキシド等のポリマーが、機械強度、物理的耐久性、加工性および耐加水分解性の面からよく用いられている。
【0033】
芳香族炭化水素系電解質ポリマーの合成方法は、前記した特性や要件を満足できれば特に限定されるものではない。かかる方法は、例えば ジャーナル オブ メンブレン サイエンス(Journal of Membrane Science), 197, 2002, p.231-242 に記載がある。
【0034】
一例として、重縮合反応により芳香族炭化水素系ポリマーを合成する場合の好ましい重合条件を以下に示す。重合は、0~350℃の温度範囲で行うことができるが、50~250℃の温度であることが好ましい。0℃より低い場合には、十分に反応が進まない傾向にあり、350℃より高い場合には、ポリマーの分解も起こり始める傾向がある。反応は、溶媒中で行うことが好ましい。使用できる溶媒としては、N,N-ジメチルアセトアミド、N,N-ジメチルホルムアミド、N-メチル-2-ピロリドン、ジメチルスルホキシド、スルホラン、1,3-ジメチル-2-イミダゾリジノン、ヘキサメチルホスホントリアミド等の非プロトン性極性溶媒などを挙げることができるが、これらに限定されることはなく、芳香族求核置換反応において安定な溶媒として使用できるものであればよい。これらの有機溶媒は、単独でも2種以上の混合物として使用されても良い。
【0035】
縮合反応を溶媒中で行う場合、得られるポリマー濃度として5~50重量%となるようにモノマーを配合することが好ましい。5重量%よりも少ない場合は、重合度が上がりにくい傾向がある。一方、50重量%よりも多い場合には、反応系の粘性が高くなりすぎ、反応物の後処理が困難になる傾向がある。
【0036】
芳香族炭化水素系ポリマーに対してイオン性基を導入する方法は、イオン性基を有するモノマーを用いて重合する方法と、高分子反応でイオン性基を導入する方法が挙げられる。イオン性基を有するモノマーを用いて重合する方法としては、繰り返し単位中にイオン性基を有したモノマーを用いれば良く、必要により適当な保護基を導入して重合後脱保護基を行ってもよい。
【0037】
イオン性基を導入する方法について例を挙げて説明すると、芳香環をスルホン化する方法、すなわちスルホン酸基を導入する方法としては、たとえば特開平2-16126号公報あるいは特開平2-208322号公報等に記載の方法がある。
【0038】
具体的には、例えば、芳香環をクロロホルム等の溶媒中でクロロスルホン酸のようなスルホン化剤と反応させたり、濃硫酸や発煙硫酸中で反応させたりすることによりスルホン化することができる。スルホン化剤には芳香環をスルホン化するものであれば特に制限はなく、上記以外にも三酸化硫黄等を使用することができる。この方法により芳香環をスルホン化する場合には、スルホン化の度合いはスルホン化剤の使用量、反応温度および反応時間により、容易に制御できる。芳香族系高分子へのスルホンイミド基の導入は、例えばスルホン酸基とスルホンアミド基を反応させる方法によって可能である。
【0039】
イオン性基は、負電荷を有する官能基が好ましく、特にプロトン交換能を有する官能基が好ましい。このような官能基としては、スルホン酸基、スルホンイミド基、硫酸基、ホスホン酸基、リン酸基、カルボン酸基が好ましく用いられる。ここで、スルホン酸基は下記一般式(f1)で表される基、スルホンイミド基は下記一般式(f2)で表される基[一般式(f2)中、Rは任意の有機基を表す。]、硫酸基は下記一般式(f3)で表される基、ホスホン酸基は下記一般式(f4)で表される基、リン酸基は下記一般式(f5)または(f6)で表される基、カルボン酸基は下記一般式(f7)で表される基を意味する。
【0040】
【0041】
かかるイオン性基は、前記官能基(f1)~(f7)が塩となっている場合を含むものとする。前記塩を形成するカチオンとしては、任意の金属カチオン、NR4+(Rは任意の有機基)を例として挙げることができる。金属カチオンの場合、その価数は特に限定されない。好ましい金属イオンの具体例としては、Li、Na、K、Rh、Mg、Ca、Sr、Ti、Al、Fe、Pt、Rh、Ru、Ir、Pdが挙げられる。中でも、本発明に用いるブロック共重合体としては、安価で、容易にプロトン置換可能なNa、K、Liが好ましく使用される。
【0042】
これらのイオン性基はポリマー中に2種類以上含むことができ、組み合わせはポリマーの構造などにより適宜決定することができる。中でも、高プロトン伝導度の点からスルホン酸基、スルホンイミド基または硫酸基を用いることがより好ましく、原料コストの点からはスルホン酸基を有することが最も好ましい。
【0043】
電解質膜の膜厚は、特に限定されるものではないが、20μmより厚いと発電性能が低下し、5μm未満であると大幅に耐久性や取り扱い性が低下するため、5μm以上20μm以下が好ましい。電解質膜の膜厚が5μm以上20μm以下の場合、膜中に保持される水分量が少なく、低加湿条件下において膜の乾燥が早期に進み、発電性能の低下が顕著であるため、本発明の適用が好ましい。
【0044】
〔触媒層〕
本発明の触媒層は、イオン伝導体と、触媒を担体上に担持した触媒担持粒子から構成される。触媒には、酸化及び還元反応に高い活性を示す白金、金、ルテニウム、イリジウムといった貴金属種が好ましく使用されるが、これに限定されるものではない。担体としては導電性を有し化学的安定性が高く、かつ高い表面積を有する炭素粒子が好ましく、特にアセチレンブラック、ケッチェンブラック、バルカンカーボンなどが挙げられる。
【0045】
〔ガス拡散層〕
本発明のガス拡散層は、炭素シートならびにマイクロポーラス層を含んでいる。すなわち、炭素シート上にマイクロポーラス層を形成することにより作製することができる。本発明において、炭素シートの層Xにもっとも近い表面にマイクロポーラス層を形成することで、本発明のガス拡散層とすることができる。
【0046】
マイクロポーラス層はPTFEなどの撥水性樹脂と導電性フィラーから構成される。導電性フィラーとしては、炭素粉末が好ましい。炭素粉末としては、ファーネスブラック、アセチレンブラック、ランプブラックおよびサーマルブラックなどのカーボンブラックや、鱗片状黒鉛、鱗状黒鉛、土状黒鉛、人造黒鉛、膨張黒鉛、および薄片グラファイトなどのグラファイト、カーボンナノチューブ、線状カーボン、炭素繊維のミルドファイバーなどが挙げられる。それらの中でもフィラーである炭素粉末としては、カーボンブラックがより好ましく用いられ、不純物が少ないことからアセチレンブラックが好ましく用いられる。
【0047】
本発明において、保水性を高めるとの観点から、マイクロポーラス層に用いられる撥水性樹脂量を低減することが好ましい。また、撥水性樹脂に代わり結着性を有する親水性樹脂を用いることでも、膜電極接合体としての保水性をさらに高めることができる。
【0048】
〔炭素シート〕
本発明の炭素シートは、セパレータから供給されるガスを触媒層へと拡散するための高いガス拡散性と、電気化学反応に伴って生成する水をセパレータへ排出するための高い排水性のため、多孔質であることが重要である。さらに本発明の炭素シートは、発生した電流を取り出すために高い導電性を有することが好ましい。このため炭素シートを得るためには、導電性を有する多孔体を用いることが好ましい。より具体的には、炭素シートを得るために用いる多孔体は、例えば、炭素繊維織物、カーボンペーパーおよび炭素繊維不織布などの炭素繊維を含む多孔体、および炭素繊維を含む炭素質の発泡多孔体を用いることが好ましい様態である。
【0049】
中でも、耐腐食性が優れていることから、炭素シートを得るためには炭素繊維を含む多孔体を用いることが好ましく、さらには、電解質膜の面に垂直な方向(厚さ方向)の寸法変化を吸収する特性、すなわち「ばね性」に優れていることから、炭素繊維の抄紙体を炭化物(結着材)で結着してなるカーボンペーパーを用いることが好ましい態様である。
【0050】
そして、本発明の炭素シートの第一の実施形態は、シート面の垂直方向に3等分して得られる層X、Y、Zについて、電解質膜側に最も近い層を層X、他方の表面に近い層を層Y、層Xと層Yの間に位置する層を層Zとしたときに、層の充填率が、層Xと層Yとで等しく、層Zは層Xならびに層Yより小さくなることを特徴とする。ここで層の充填率とは、層を形成する面の充填率を用いて得られる平均値をいう。
【0051】
層Zの充填率が他の2層より低いことにより、層Z中に存在する細孔の径が大きくなる。それにより、ガスの拡散と水の排出を効果的に行うことができる。また、層Xの充填率と層Yの充填率を等しくすることにより、発電により層Zで発生する生成水が、層Xと層Yに均等に供給される。そのため、電解質膜への水供給とセパレータへの排水をバランスよく行うことが可能である。一方、層Yが層Zより充填率が高いため、セパレータが押しつけられた際、層Yは剛直な平面を有するため撓み込むことがない。このように層の充填率を層Xと層Yとで等しく、層Zは層Xならびに層Yより小さくなるように配置することにより、保水性とセパレータ面の撓み込みを防止することが可能である。
【0052】
本発明の第一の実施形態において、保水性と撓み込みの防止を達成するための層の充填率は、好ましくは、層Xの充填率を1とした時に、層Yの充填率が1であり、層Zの充填率が0.97以下である。以下、層Xの充填率を1とした時の各層の充填率を、各層の充填率比とする。
【0053】
層Zの充填率は、層Xの充填率を1とした時に、より好ましくは0.8以下、さらに好ましくは0.7以下である。層Zの充填率を小さくすることで、炭素シート内部のガスの拡散性と内部で生じた水の排水性が顕著に向上し、耐フラッディング性が良好となる。また層Zの充填率比の下限は特に限定されないが、後加工や燃料電池スタックに用いる際に必要な強度を考慮すると、0.14以上であることが好ましい。
【0054】
このような本発明においては、層X、層Y、層Zの充填率が5~35%であると、燃料電池用ガス拡散層として用いるに求められる機械強度においてもバランスがとれた炭素シートとなるために好ましい。層X、層Y、層Zの充填率が5%以上の場合、燃料電池スタックとして組み付けた際にもセパレータから受ける力による炭素シートの破壊に抗し、また、炭素シートの製造や高次加工の際のハンドリング性が良好となる。また、層X、層Y、層Zの充填率が35%以下である場合、炭素シート内の物質移動が容易となり、ガスの拡散性や生成水の排水性が効率よく行われ、燃料電池の発電性能が著しく向上する。層Xおよび層Yの充填率は、より好ましくは8~25%、さらに好ましくは10~20%である。層Zの充填率は、5~20%、さらに好ましくは7~15%である。層X、層Y、層Zの充填率を各々好ましい範囲とすることで、機械強度と発電性能の両立を最適に図ることができる。
〔層X、層Y、および層Zの充填率の測定方法〕
以上の方法により得た炭素シートの充填率の測定方法について、以下具体的に説明する。
【0055】
層X、層Y、および層Zの充填率は、三次元計測X線CTによって得られる。炭素シートの一方の表面から他方の表面に向かって一定の長さ毎に面直方向全域を三次元X線CTでスキャンすることで、当該炭素シートの三次元データを取得する。このような三次元データを解析することによって、測定した面における充填率を取得でき、特定の層における充填率を求めることができる。なお、上述の一定の長さ(以下、スライスピッチという)は任意に設定することができるが、炭素シートを構成する炭素繊維の単繊維の平均直径の3分の1以下とする。
【0056】
炭素シートのシート面に垂直な方向における所定の位置における面の充填率は、3次元データにおける当該位置のスライス画像を、画像処理プログラムである「J-trim」を用い、輝度で明るさの最大と最小で256段階にて区切り、最小から175階調段階の部分を閾値として二値化を行なう。全体の面積中の、二値化された明るい側の面積の割合が、所定の位置における面の充填率である。
【0057】
なお、面の充填率を算出するための1回の測定視野はスライスピッチに依存するが、測定視野の合計が5mm2以上となるように複数回の測定を行って平均値を求め層の充填率を求める。
【0058】
測定に用いるX線CTは、島津製作所製SMX-160CTSまたは同等の装置とする。また後述の実施例においては、炭素繊維の単繊維の平均直径が7μmであるため、スライスピッチは2.1μm、測定視野1070μmとして、測定視野を5mm2以上として面の充填率を求めるため、1つの面の充填率を求める際の測定回数を7回とした。
【0059】
〔炭素シートの製造方法〕
次に、本発明の炭素シートを製造するに好適な方法を以下、炭素繊維抄紙体を多孔体と
して用いるカーボンペーパーを代表例に具体的に説明する。
【0060】
<多孔体>
炭素繊維としては、ポリアクリロニトリル(PAN)系、ピッチ系およびレーヨン系などの炭素繊維が挙げられる。中でも、機械強度に優れていることから、PAN系炭素繊維とピッチ系炭素繊維が、本発明において好ましく用いられる。
【0061】
本発明の炭素シート及びそれを得るために用いる抄紙体などの多孔体中の炭素繊維は、単繊維の平均直径が3~20μmの範囲内であることが好ましく、より好ましくは5~10μmの範囲内である。単繊維の平均直径が3μm以上であると、細孔の径が大きくなり排水性が向上し、フラッディングを抑制することができる。一方、単繊維の平均直径が20μm以下であると、後述の好ましい炭素シートの厚さ範囲に制御することが容易となるため好ましい。
【0062】
本発明で用いられる炭素繊維は、単繊維の平均長さが3~20mmの範囲内にあることが好ましく、より好ましくは5~15mmの範囲内である。単繊維の平均長さが3mm以上であると、炭素シートが機械強度、導電性および熱伝導性が優れたものとなる。一方、単繊維の平均長さが20mm以下であると、抄紙の際の炭素繊維の分散性に優れ、均質な炭素シートが得られる。このような単繊維の平均長さを有する炭素繊維は、連続した炭素繊維を所望の長さにカットする方法などにより得られる。
【0063】
炭素繊維における単繊維の平均直径や平均長さは、通常、原料となる炭素繊維についてその炭素繊維を直接観察して測定されるが、炭素シートを観察して測定することもできる。
炭素シートを得るために用いる多孔体の一形態である、抄紙により形成された炭素繊維抄紙体は、面内の導電性と熱伝導性を等方的に保つという目的で、炭素繊維が二次元平面内にランダムに分散したシート状であることが好ましい。炭素繊維抄紙体を得る際の炭素繊維の抄紙は、一回のみ行なっても、複数回積層して行なうこともできる。
【0064】
本発明では、炭素シートの内部剥離を防ぐために、炭素シートを所望の厚さで形成する際は、一工程で連続的に形成することが好ましい態様である。抄紙等の工程を複数回行なう方法で厚く形成することは、不連続な面が面直方向に形成されてしまい、炭素シートを曲げた際に応力が集中して内部剥離の原因となってしまうことがある。
【0065】
内部剥離を防ぐという観点から、具体的には、炭素繊維の単繊維の平均直径は、炭素シートの一方の表面から求めた炭素繊維の単繊維の平均直径と、他方の表面から求めた炭素繊維の単繊維の平均直径について、その比率が0.5以上1以下であることが好ましい。ここで、平均直径が同じ場合、比率は1であり、平均直径が異なる場合は、比率は小さい平均直径/大きい平均直径とする。
【0066】
また、一方の表面から求めた炭素繊維の単繊維の平均長さと、他方の表面から求めた炭素繊維の単繊維の平均長さについて、その差が0mm以上10mm以下であることが好ましい。前記比率及び前記差がこれらの範囲であれば、炭素繊維を含む多孔体において炭素繊維の分散状態を均一にでき、多孔体の密度や厚さのばらつきを低減できる。このような多孔体で作製された炭素シートおよびガス拡散層は表面平滑性に優れるので、膜電極接合体とした際に触媒層および電解質膜と均一な密着状態を実現でき、良好な発電性能を得られる。
【0067】
<樹脂組成物の含浸>
本発明の炭素シートを得る際においては、炭素繊維抄紙体などの炭素繊維を含む多孔体などに結着材となる樹脂組成物が含浸される。
【0068】
本発明において、炭素繊維を含む多孔体に結着材となる樹脂組成物を含浸する方法としては、樹脂組成物を含む溶液中に多孔体を浸漬する方法、樹脂組成物を含む溶液を多孔体に塗布する方法、および樹脂組成物からなるフィルムに多孔体を積層し貼り合わせる方法などが用いられる。中でも、生産性が優れることから、樹脂組成物を含む溶液中に多孔体を浸漬する方法が特に好ましく用いられる。なお、炭素繊維を含む多孔体に、結着材となる樹脂組成物を含浸したものを「予備含浸体」と記載することがある。
【0069】
本発明の炭素シートは、層の充填率が、層Xと層Yとで等しく、層Zは層Xならびに層Yより小さくなることが特徴である。なお、本発明において、充填率の数値の差が0.2%以下であれば等しいとみなす。逆に、充填率の数値の差が0.2%より大きければ、一方の充填率は他方の充填率より小さいとみなす。このような本発明の炭素シートは、樹脂組成物を多孔体に含浸させる際に、含浸させる樹脂組成物の量を層Xと層Yとで等しく、層Zは層Xならびに層Yより小さくなるようにすることにより得ることができる。このため、炭素繊維を含む抄紙体に、結着材となる樹脂組成物を浸漬等により全体に均一に含浸させた後、乾燥前に過剰に付着している樹脂組成物を除去することにより、炭素シートの面直方向の樹脂組成物の量を制御し分布させることで、各層の充填率を制御することができる。
【0070】
一例としては、炭素繊維抄紙体を、樹脂組成物を含んだ溶液に浸漬させた後、乾燥させる前に両方の表面から樹脂組成物を含んだ溶液を吸い取ることや、炭素繊維抄紙体の両面に絞りロールを通すことができる。これにより、絞りロールによって面Xならびに面Yの近傍の付着量を均等にすることができる。一方で、樹脂組成物は乾燥工程において溶剤が表面から揮発するために、表面に樹脂組成物を多く分布させることができ、結果として炭素シートにおいて、結着材の量は層Xと層Yとで等しく、層Zは層Xならびに層Yより少なくなるように変化させることができる。
【0071】
予備含浸体を製造する際に用いる樹脂組成物は、焼成時に炭化して導電性の炭化物である結着材となる樹脂組成物が好ましい。予備含浸体を製造する際に用いる樹脂組成物は、樹脂成分に溶媒などを必要に応じて添加したものをいう。ここで、樹脂成分とは、熱硬化性樹脂や熱可塑性樹脂などの樹脂を含み、さらに、必要に応じて炭素粉末や界面活性剤などの添加物を含むものである。
【0072】
より詳しくは、予備含浸体を製造する際に用いる樹脂組成物に含まれる樹脂成分の炭化収率が40質量%以上であることが好ましい。炭化収率は、40質量%以上であると、炭素シートが機械特性、導電性および熱伝導性の優れたものとなる。樹脂組成物中の樹脂成分の炭化収率は特に上限はないが、通常60質量%程度である。
【0073】
予備含浸体を製造する際に用いる樹脂組成物中の樹脂成分を構成する樹脂としては、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、メラミン樹脂およびフラン樹脂などの熱硬化性樹脂などが挙げられる。中でも、炭化収率が高いことから、フェノール樹脂が好ましく用いられる。
【0074】
また、樹脂成分に必要に応じて添加する添加物としては、予備含浸体を製造する際に用いる樹脂組成物中の樹脂成分として、炭素シートの機械特性、導電性および熱伝導性を向上させる目的で、炭素粉末を用いることができる。ここで、炭素粉末としては、ファーネスブラック、アセチレンブラック、ランプブラックおよびサーマルブラックなどのカーボンブラック、燐片状黒鉛、燐状黒鉛、土状黒鉛、人造黒鉛、膨張黒鉛など薄片グラファイトなどのグラファイト、カーボンナノチューブ、線状カーボン、炭素繊維のミルドファイバーなどを用いることができる。
【0075】
予備含浸体を製造する際に用いる樹脂組成物は、前述の構成により得られた樹脂成分をそのまま使用することもできるし、必要に応じて、炭素繊維抄紙体などの多孔体への含浸性を高める目的で、各種溶媒を含むことができる。ここで、溶媒としては、メタノール、エタノールおよびイソプロピルアルコールなどを用いることができる。
【0076】
予備含浸体を製造する際に用いる樹脂組成物は、25℃の温度で、0.1MPaの状態で液状であることが好ましい。樹脂組成物が液状であると抄紙体への含浸性が優れ、得られる炭素シートが機械特性、導電性および熱伝導性に優れたものとなる。
【0077】
含浸する際には、予備含浸体中の炭素繊維100質量部に対して、樹脂成分が30~400質量部となるように樹脂組成物を含浸することが好ましく、50~300質量部となるように含浸することがより好ましい態様である。予備含浸体中の炭素繊維100質量部に対する、樹脂成分が30質量部以上であると、炭素シートが機械特性、導電性および熱伝導性の優れたものとなる。一方、予備含浸体中の炭素繊維100質量部に対する、樹脂成分が400質量部以下であると、炭素シートが面内方向のガス拡散性と面直方向のガス拡散性の優れたものとなる。
【0078】
<貼り合わせと熱処理>
本発明においては、炭素繊維抄紙体などの多孔体に樹脂組成物を含浸した予備含浸体を形成した後、炭化を行うに先立って、予備含浸体を貼り合わせたり予備含浸体に熱処理を行うことができる。
【0079】
本発明において、炭素シートを所定の厚さにする目的で、予備含浸体を複数枚貼り合わせることができる。この場合、同一の性状を有する予備含浸体を複数枚貼り合わせることもできるし、異なる性状を有する予備含浸体を複数枚貼り合わせることもできる。具体的には、炭素繊維の単繊維の平均直径や平均長さ、予備含浸体を得る際に用いる炭素繊維抄紙体などの多孔体の炭素繊維の目付、および樹脂成分の含浸量などが異なる複数の予備含浸体を貼り合わせることもできる。
【0080】
一方、貼り合わせることにより面直方向に不連続な面が形成されることになり、内部隔離が生じることがあるので、本発明では炭素繊維抄紙体などの多孔体を貼り合わせずに一枚のみで用い、これに対し熱処理を行なうことが望ましい。
【0081】
また、予備含浸体中の樹脂組成物を増粘および部分的に架橋する目的で、予備含浸体を熱処理することができる。熱処理する方法としては、熱風を吹き付ける方法、プレス装置などの熱板にはさんで加熱する方法、および連続ベルトに挟んで加熱する方法などを用いることができる。
【0082】
<炭化>
本発明において、炭素繊維抄紙体などの多孔体に樹脂組成物を含浸して予備含浸体とした後、樹脂組成物を炭化するために、不活性雰囲気下で焼成を行う。この焼成は、バッチ式の加熱炉を用いることもできるし、連続式の加熱炉を用いることもできる。また、不活性雰囲気は、炉内に窒素ガスやアルゴンガスなどの不活性ガスを流すことにより得ることができる。
【0083】
焼成の最高温度は1300~3000℃の範囲内であることが好ましく、より好ましくは1700~3000℃の範囲内であり、さらに好ましくは1900~3000℃の範囲内である。最高温度が1300℃以上であると、予備含浸体中の樹脂成分の炭化が進み、炭素シートが導電性と熱伝導性に優れたものとなる。一方、最高温度が3000℃以下であると、加熱炉の運転コストが低くなる。
【0084】
本発明において、炭素繊維抄紙体などの多孔体に樹脂組成物を含浸した後、炭化したものを、「炭素繊維焼成体」と記載することがある。つまり炭素シートとは、炭素繊維焼成体を意味し、撥水加工がされる前の炭素繊維焼成体も、撥水加工がされた後の炭素繊維焼成体も、いずれも炭素シートに該当する。
【実施例】
【0085】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0086】
〔電解質膜の合成〕
[合成例1]
下記一般式(G1)で表される2,2-ビス(4-ヒドロキシフェニル)-1,3-ジオキソラン(K-DHBP)の合成
【0087】
【0088】
攪拌器、温度計及び留出管を備えた 500mlフラスコに、4,4′-ジヒドロキシベンゾフェノン49.5g、エチレングリコール134g、オルトギ酸トリメチル96.9g及びp-トルエンスルホン酸1水和物0.50gを仕込み溶解する。その後78~82℃で2時間保温攪拌した。更に、内温を120℃まで徐々に昇温、ギ酸メチル、メタノール、オルトギ酸トリメチルの留出が完全に止まるまで加熱した。この反応液を室温まで冷却後、反応液を酢酸エチルで希釈し、有機層を5%炭酸カリウム水溶液100mlで洗浄し分液後、溶媒を留去した。残留物にジクロロメタン80mlを加え結晶を析出させ、濾過し、乾燥して2,2-ビス(4-ヒドロキシフェニル)-1,3-ジオキソラン52.0gを得た。この結晶をGC分析したところ99.8%の2,2-ビス(4-ヒドロキシフェニル)-1,3-ジオキソランと0.2%の4,4′-ジヒドロキシベンゾフェノンであった。
【0089】
[合成例2]
下記一般式(G2)で表されるジソジウム 3,3’-ジスルホネート-4,4’-ジフルオロベンゾフェノンの合成
【0090】
【0091】
4,4’-ジフルオロベンゾフェノン109.1g(アルドリッチ試薬)を発煙硫酸(50%SO3)150mL(和光純薬試薬)中、100℃で10h反応させた。その後、多量の水中に少しずつ投入し、NaOHで中和した後、食塩200gを加え合成物を沈殿させた。得られた沈殿を濾別し、エタノール水溶液で再結晶し、上記一般式(G2)で示されるジソジウム 3,3’-ジスルホネート-4,4’-ジフルオロベンゾフェノンを得た。純度は99.3%であった。構造は1H-NMRで確認した。不純物はキャピラリー電気泳動(有機物)およびイオンクロマトグラフィー(無機物)で定量分析を行った。
【0092】
[合成例3]
下記一般式(G5)で表されるポリマーからなるポリエーテルケトン系高分子電解質膜の合成
【0093】
【0094】
炭酸カリウム6.91g、前記合成例1で得たイオン性基を有するジソジウム 3,3’-ジスルホネート-4,4’-ジフルオロベンゾフェノン7.30g、前記合成例2で得た加水分解性基を有する2,2-ビス(4-ヒドロキシフェニル)-1,3-ジオキソラン10.3g、4,4’-ジフルオロベンゾフェノン5.24gを用いて、N-メチルピロリドン(NMP)中、210℃で重合を行った。
【0095】
得られたブロックポリマーを溶解させた25重量%N-メチルピロリドン(NMP)溶液をガラス繊維フィルターを用いて加圧ろ過後、ガラス基板上に流延塗布し、100℃にて4h乾燥後、窒素下150℃で10分間熱処理し、ポリケタールケトン膜を得た。ポリマーの溶解性は極めて良好であった。95℃で10重量%硫酸水溶液に24時間浸漬してプロトン置換、脱保護反応した後に、大過剰量の純水に24時間浸漬して充分洗浄し、高分子電解質膜を得た。
〔プロトン伝導度の測定〕
電解質膜を25℃の純水に24時間浸漬した後、80℃、相対湿度25~90%の恒温恒湿槽中にそれぞれのステップで30分保持し、定電位交流インピーダンス法でプロトン伝導度を測定した。電解質膜には、芳香族炭化水素系ポリマーを用いたポリエーテルケトン系高分子電解質膜と市販のパーフルオロカーボン系電解質膜(Nafion(登録商標)211)を使用した。
【0096】
測定装置としては、Solartron製電気化学測定システム(Solartron 1287 Electrochemical InterfaceおよびSolartron 1255B Frequency Response Analyzer)を使用し、2端子法で定電位インピーダンス測定を行い、プロトン伝導度を求めた。交流振幅は、50mVとした。サンプルは幅10mm、長さ50mmの膜を用いた。測定治具はフェノール樹脂で作製し、測定部分は開放させた。電極として、白金板(厚さ100μm、2枚)を使用した。電極は電極間距離10mm、サンプル膜の表側と裏側に、互いに平行にかつサンプル膜の長手方向に対して直交するように配置した。測定温度は80℃、相対湿度25%および90%におけるプロトン伝導度を測定した。
【0097】
〔炭素シートの作製〕
・厚さ150μmの炭素シートの作製
東レ(株)製ポリアクリルニトリル系炭素繊維“トレカ”(登録商標)T300(単繊維の平均直径:7μm)を短繊維の平均長さ12mmにカットし、水中に分散させて湿式抄紙法により連続的に抄紙した。さらに、バインダーとしてポリビニルアルコールの10質量%水溶液を当該抄紙に塗布して乾燥させ、炭素繊維の目付が10.0g/m2の炭素繊維抄紙体を作製した。ポリビニルアルコールの塗布量は、炭素繊維抄紙体100質量部に対して22質量部であった。
【0098】
次に、熱硬化性樹脂としてレゾール型フェノール樹脂とノボラック型フェノール樹脂を1:1の質量比で混合した樹脂組成物と、炭素粉末として鱗片状黒鉛(平均粒径5μm)と、溶媒としてメタノールを用い、熱硬化性樹脂/炭素粉末/溶媒=10質量部/5質量部/85質量部の配合比でこれらを混合し、超音波分散装置を用いて1分間撹拌を行い、均一に分散した樹脂組成物を得た。
【0099】
次に、15cm×12.5cmにカットした炭素繊維抄紙体をアルミバットに満たした樹脂組成物の含浸液に水平に浸漬し、ロールで挟んで絞り含浸させた。この際、ロールは一定のクリアランスをあけて水平に2本配置して炭素繊維抄紙体を垂直に上に引き上げることで全体の樹脂組成物の付着量を調整した。また、両面から同じ形状のロールで挟み液を絞ることで、樹脂組成物の付着量を均一化した。その後、100℃の温度で5分間加熱して乾燥させ、予備含浸体を作製した。次に、平板プレスで加圧しながら、180℃の温度で5分間熱処理を行った。加圧の際に平板プレスにスペーサーを配置して、熱処理後の予備含浸体の厚さが50μmになるように、上下プレス面板の間隔を調整した。こうして高密度の厚さ50μmの炭素シート用予備含浸体を作製した。また、この予備含浸体の樹脂の付着において、より樹脂組成物を取り除く量を調整することで、中密度の厚さ50μmの炭素シート用予備含浸体を作製した。高密度の炭素シート用予備含浸体2枚と中密度の炭素シート用予備含浸体1枚を、高密度、中密度、高密度の順に積層し、加熱加圧を行った。
【0100】
この予備含浸体を加熱加圧処理した基材を、加熱炉において、窒素ガス雰囲気に保たれた最高温度が2400℃の加熱炉に導入し、炭素繊維焼成体からなる炭素シートを得た。
【0101】
上記にて作製した炭素シートを、PTFE樹脂の水分散液(“ポリフロン”(登録商標)PTFEディスパージョンD-1E(ダイキン工業(株)製)ないしはFEP樹脂(“ネオフロン”(登録商標)FEPディスパージョンND-110(ダイキン工業(株)製))の水分散液に浸漬することにより、炭素繊維焼成体に撥水材を含浸した。その後、温度が100℃の乾燥機炉内で5分間加熱し乾燥し、撥水加工された炭素シートを作製した。なお、乾燥する際は、炭素シートを垂直に配置し、1分毎に上下方向を変更した。また、撥水材の水分散液は、乾燥後で炭素シート95質量部に対し、撥水材が5質量部付与されるように適切な濃度に希釈して使用した。目付が45g/m2で、厚さが150μm炭素シートを作製した。
【0102】
〔ガス拡散層の作製〕
[材料]
・炭素粉末A:アセチレンブラック:“デンカ ブラック”(登録商標)(電気化学工業(株)製)
・炭素粉末B:線状カーボン:“VGCF”(登録商標)(昭和電工(株)製) アスペクト比70
・材料C:撥水材:PTFE樹脂(PTFE樹脂を60質量部含む水分散液である“ポリフロン”(登録商標)PTFEディスパージョンD-1E(ダイキン工業(株)製)を使用)
・材料D:界面活性剤“TRITON”(登録商標)X-100(ナカライテスク(株)製)
上記の各材料を分散機を用いて混合し、フィラー含有塗液を形成した。このフィラー含有塗液をスリットダイコーターを用いて、撥水加工された炭素シートの一方の表面上に面状に塗布した後、120℃の温度で10分間、続いて380℃の温度で10分間加熱した。このようにして、撥水加工された炭素シート上にマイクロポーラス層を形成して、ガス拡散層を作製した。ここで用いたフィラー含有塗液には、炭素粉末、撥水材、界面活性剤および精製水を用い、表に示す、配合量を質量部で記載したカーボン塗液の組成となるように調整したものを用いた。表に示した材料C(PTFE樹脂)の配合量は、PTFE樹脂の水分散液の配合量ではなく、PTFE樹脂自体の配合量を表す。
【0103】
〔高温低加湿発電評価(発電性能)〕
実施例記載の方法で作製した膜電極複合体を英和(株)製 JARI標準セル“Ex-1”(電極面積25cm2)にセットして発電評価用モジュールとし、下記条件で発電評価を行い、電圧が0.2V以下になるまで0A/cm2から1.2A/cm2まで電流を掃引した。本発明では電流密度1A/cm2時の電圧を比較した。なお、膜電極複合体を上記セルにセットする際に、0.7GPaの圧力を負荷した。
電子負荷装置;菊水電子工業社製 電子負荷装置“PLZ664WA”
セル温度;常時80℃
ガス加湿条件;30%RHもしくは90%RH
ガス利用率;アノードは量論の70%、カソードは量論の40%。
【0104】
[実施例1]
上記〔電解質膜の合成〕に記載した合成法を用いてポリエーテルケトン系高分子電解質膜(膜厚:10μm)を作製した。作製した電解質膜のプロトン伝導度は相対湿度25%において0.12S/cm2、90%において8S/cm2であった。この電解質膜(サイズ:70mm×70mm)の両側に、アノード触媒付き転写シート(サイズ:50×50mm)、カソード触媒付き転写シート(サイズ:50×50mm)を配置し、160℃、4.5MPa、5minで加熱プレスし触媒層被覆電解質膜(CCM)を作製した。
【0105】
上記の〔ガス拡散層の作製〕に記載した作製法を用いてアノードガス拡散層及びカソードガス拡散層を作製した。アノードガス拡散層及びカソードガス拡散層に含まれる炭素シートには、〔炭素シートの作製〕に記載した特性を有する炭素シートを使用した。この炭素シートの充填率を〔層X、層Y、および層Zの充填率の測定方法〕に記載した方法で測定したところ、層Xおよび層Yの充填率は17.5%、層Zの充填率は16.7%であった。
上記CCMと、アノードガス拡散層(サイズ:50mm×50mm)及びカソードガス拡散層(サイズ:50mm×50mm)を
図2(断面図)に示すように配置した。160℃、5分、4.5Maの条件で、ホットプレスを行い、膜電極複合体を作製した。
発電性能は30%RHにおいて0.50V、90%RHにおいて0.65Vであった。
【0106】
[実施例2]
実施例1と同様の条件にて作製したポリエーテルケトン系高分子電解質膜(膜厚:10μm、サイズ:70mm×70mm)と、ガス拡散電極(GDE)であるアノード電極(サイズ:50mm×50mm)及びカソード電極(サイズ:50mm×50mm)を
図3(断面図)に示すように配置した。アノード及びカソードガス拡散電極に含まれるガス拡散層には、実施例1と同様の条件にて作製した炭素シートを含むガス拡散層を使用した。160℃、5分、4.5Maの条件で、ホットプレスを行い、膜電極複合体を作製した。
【0107】
発電性能は30%RHにおいて0.50V、90%RHにおいて0.65Vであった。
【0108】
[比較例1]
上記の〔炭素シートの作製〕において、中密度の厚さ50μmの炭素シート用予備含浸体3枚を積層し、加熱加圧を行ったこと以外は、実施例1に記載した方法に従って、炭素シート全体で均一な充填率を有する炭素シートを作製した。この炭素シートの充填率を〔層X、層Y、および層Zの充填率の測定方法〕に記載した方法で測定したところ、層X、層Y、および層Zの充填率は16.7%であった。ガス拡散層に含まれる炭素シートとして、この炭素シートを用いる以外は、実施例1と同じ条件にて膜電極複合体を作製した。
【0109】
発電性能は30%RHにおいて0.30V、90%RHにおいて0.65Vであった。
【0110】
[比較例2]
市販のパーフルオロカーボン系高分子電解質膜(膜厚:25μm)を用いてプロトン伝導度を測定したところ、相対湿度25%において1S/cm2、90%において6S/cm2であった。電解質膜としてこのパーフルオロカーボン系高分子電解質膜(サイズ:70mm×70mm)を用いた以外は、実施例1と同じ条件にて膜電極複合体を作製した。
【0111】
発電性能は30%RHにおいて0.50V、90%RHにおいて0.60Vであった。
【0112】
[比較例3]
電解質膜として、比較例2と同様のパーフルオロカーボン系高分子電解質膜を用いた以外は、比較例1と同じ条件にて膜電極複合体を作製した。
【0113】
発電性能は30%RHにおいて0.40V、90%RHにおいて0.60Vであった。
【符号の説明】
【0114】
1:炭素シート
2:面X
3:面Y
4:層X
5:層Z
6:層Y
7:ガス拡散層
8:触媒層
9:電解質膜