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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-29
(45)【発行日】2024-08-06
(54)【発明の名称】モータ制御装置
(51)【国際特許分類】
   H02P 29/64 20160101AFI20240730BHJP
   H02P 25/22 20060101ALI20240730BHJP
   H02P 23/14 20060101ALI20240730BHJP
   H02P 29/68 20160101ALI20240730BHJP
【FI】
H02P29/64
H02P25/22
H02P23/14
H02P29/68
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2020066769
(22)【出願日】2020-04-02
(65)【公開番号】P2021164364
(43)【公開日】2021-10-11
【審査請求日】2023-03-17
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】丹羽 智宏
(72)【発明者】
【氏名】本田 淳也
(72)【発明者】
【氏名】前田 博貴
【審査官】安池 一貴
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/088432(WO,A1)
【文献】特開2017-017898(JP,A)
【文献】国際公開第2016/135805(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/088433(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 29/64
H02P 25/22
H02P 23/14
H02P 29/68
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のコイル群を有するモータを制御するモータ制御装置であって、
前記複数のコイル群の各々に対応する個別駆動回路を含み、前記コイル群ごとに駆動電力を供給する複数の通電系統と、
前記複数の個別駆動回路の作動をそれぞれ制御する複数の個別制御信号を出力する少なくとも1つの処理回路とを備え、
前記処理回路は、
前記複数の通電系統の各々について、
前記コイル群に供給する電流の目標値である個別電流指令値を演算する個別電流指令値演算処理と、
前記通電系統の電流が流れる保護対象の推定温度を演算する推定温度演算処理と、
前記推定温度に基づいて前記個別電流指令値の上限値である個別制限値を演算する個別制限値演算処理と、
前記個別電流指令値を前記個別制限値で制限した値に基づいて前記複数の個別制御信号を演算する個別制御信号演算処理と、を実行し、
前記推定温度を演算する前記保護対象に電流を流す前記通電系統を対象系統、前記対象系統以外の前記通電系統を他系統とする場合、
前記処理回路は、前記推定温度演算処理において、前記モータ制御装置内に設けられた温度センサにより検出される基準温度と、前記対象系統への通電に起因する能動変化温度と、前記他系統への通電に起因する受動変化温度とに基づいて、前記対象系統の電流が流れる前記保護対象の推定温度を演算し、
前記処理回路は、前記推定温度演算処理において、1次遅れフィルタを含む式を用いて前記能動変化温度及び前記受動変化温度を演算するモータ制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載のモータ制御装置において、
前記処理回路は、前記推定温度演算処理において、現在の演算周期の前記基準温度と、前記現在の演算周期の能動変化温度と、前記現在の演算周期の前記受動変化温度との和を前記対象系統の電流が流れる前記保護対象の推定温度として演算するモータ制御装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のモータ制御装置において、
前記処理回路は、前記推定温度演算処理において、
現在の演算周期における前記能動変化温度ΔTeax前記1次遅れフィルタを含む次式、
【数1】
(ただし、Ix:前記対象系統を流れる電流、Kax:前記保護対象に応じて設定される能動変化ゲイン、τax:前記保護対象に応じて設定される能動変化用遅れフィルタの時定数、t:演算周期の時間間隔、ΔTeaxk-1:前記現在の演算周期よりも一周期前の演算周期における前記能動変化温度)
を用いて演算し、
前記現在の演算周期における前記受動変化温度ΔTepx前記1次遅れフィルタを含む次式、
【数2】
(ただし、Iy:前記他系統を流れる電流、Kpx:前記保護対象に応じて設定される受動変化ゲイン、τpx:前記保護対象に応じて設定される受動変化用遅れフィルタの時定数、t:演算周期の時間間隔、ΔTepxk-1:前記現在の演算周期よりも一周期前の演算周期における前記受動変化温度)
を用いて演算するモータ制御装置。
【請求項4】
請求項3に記載のモータ制御装置において、
前記能動変化ゲインは、前記受動変化ゲイン以上の値に設定されるモータ制御装置。
【請求項5】
請求項3又は4に記載のモータ制御装置において、
前記能動変化用遅れフィルタの時定数は、前記受動変化用遅れフィルタの時定数以下の値に設定されるモータ制御装置。
【請求項6】
請求項3~5のいずれか一項に記載のモータ制御装置において、
前記処理回路は、
車両の起動スイッチがオフされた際の前記能動変化温度を最終能動変化温度として記憶する処理と、
前記起動スイッチがオフされた際の前記受動変化温度を最終受動変化温度として記憶する処理とを実行するものであって、
前記処理回路は、前記起動スイッチがオンされた際の前記推定温度演算処理において、前記保護対象の前記推定温度を、前記一周期前の演算周期における前記能動変化温度として前記最終能動変化温度を用い、前記一周期前の演算周期における前記受動変化温度として前記最終受動変化温度を用いて演算するモータ制御装置。
【請求項7】
請求項6に記載のモータ制御装置において、
前記処理回路は、
前記通電系統ごとに設けられる複数の個別処理回路を含み、
前記複数の個別処理回路の間の通信に異常が発生した場合には、前記複数の個別処理回路のいずれか1つに対応する前記通電系統への通電を継続するとともに、他の個別処理回路に対応する前記通電系統への通電を停止するものであって、
前記他の個別処理回路は、前記複数の個別処理回路の間の通信に異常が発生した状態で前記起動スイッチがオフされた後、前記起動スイッチが次にオンされた際の前記推定温度演算処理において、前記保護対象の前記推定温度を、前記一周期前の演算周期における前記受動変化温度としてゼロよりも大きな代替温度を用いて演算するモータ制御装置。
【請求項8】
請求項3~7のいずれか一項に記載のモータ制御装置において、
前記通電系統ごとに設けられる複数の前記温度センサと、
複数の領域に区画される回路基板と、を備え、
前記処理回路は、前記通電系統ごとに設けられる複数の個別処理回路を含み、
前記複数の領域の各々には、前記複数の通電系統のいずれか1つと、該いずれか1つの通電系統に対応する前記処理回路及び前記温度センサとがまとめて実装されるモータ制御装置。
【請求項9】
請求項8に記載のモータ制御装置において、
前記複数の通電系統の各々について、前記温度センサを複数備えるモータ制御装置。
【請求項10】
請求項9に記載のモータ制御装置において、
前記複数の通電系統の各々に設けられた前記複数の温度センサは、互いに製造元が異なるモータ制御装置。
【請求項11】
請求項1~10のいずれか一項に記載のモータ制御装置において、
前記複数の通電系統ごとに設けられる複数の前記保護対象を備え、
前記複数の保護対象は、共通のヒートシンクに放熱するように配置されるモータ制御装置。
【請求項12】
請求項1~11のいずれか一項に記載のモータ制御装置において、
前記モータは、操舵装置にモータトルクを付与するものであるモータ制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータ制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、例えば特許文献1に記載されるように、複数のコイル群を有するモータを制御するモータ制御装置が知られている。同文献のモータ制御装置では、過熱保護の対象である保護対象の温度を推定し、推定された温度に基づいて対応する通電系統に供給する電流の上限値を制限する過熱保護制御を実行する。保護対象の温度は、回路基板の基板温度と保護対象を流れる電流とに基づいて推定される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2017-17898号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、近年、モータ制御装置においては、保護対象の温度をより正確に推定することが要求されるようになっている。そのため、上記のような構成では、要求される水準に達しているとは言い切れないのが実情である。そこで、保護対象の温度をより正確に推定できる新たな技術の創出が求められていた。
【0005】
本発明の目的は、保護対象の温度を正確に推定できるモータ制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するモータ制御装置は、複数のコイル群を有するモータを制御するものであって、前記複数のコイル群の各々に対応する個別駆動回路を含み、前記コイル群ごとに駆動電力を供給する複数の通電系統と、前記複数の個別駆動回路の作動をそれぞれ制御する複数の個別制御信号を出力する少なくとも1つの処理回路とを備え、前記処理回路は、前記複数の通電系統の各々について、前記コイル群に供給する電流の目標値である個別電流指令値を演算する個別電流指令値演算処理と、前記通電系統の電流が流れる保護対象の推定温度を演算する推定温度演算処理と、前記推定温度に基づいて前記個別電流指令値の上限値である個別制限値を演算する個別制限値演算処理と、前記個別電流指令値を前記個別制限値で制限した値に基づいて前記複数の個別制御信号を演算する個別制御信号演算処理と、を実行し、前記推定温度を演算する前記保護対象に電流を流す前記通電系統を対象系統、前記対象系統以外の前記通電系統を他系統とする場合、前記処理回路は、前記推定温度演算処理において、前記モータ制御装置内に設けられた温度センサにより検出される基準温度と、前記対象系統への通電に起因する能動変化温度と、前記他系統への通電に起因する受動変化温度とに基づいて、前記対象系統の電流が流れる前記保護対象の推定温度を演算する。
【0007】
上記構成によれば、コイル群ごとに通電系統が分けられているため、モータの駆動時において、対象系統の保護対象の温度は、対象系統に電流が流れることに起因する発熱以外に、他系統に電流が流れることに起因して発生し伝わる熱を受けることによっても上昇する。この点、上記構成のモータ制御装置は、基準温度及び対象系統への通電に起因する能動変化温度に加え、他系統への通電に起因する受動変化温度を考慮して保護対象の推定温度を演算する。そのため、保護対象の温度を正確に推定できる。
【0008】
上記モータ制御装置において、前記処理回路は、前記推定温度演算処理において、現在の演算周期の前記基準温度と、前記現在の演算周期の能動変化温度と、前記現在の演算周期の前記受動変化温度との和を前記対象系統の電流が流れる前記保護対象の推定温度として演算することが好ましい。
【0009】
上記構成によれば、現在の演算周期の基準温度を用いるため、例えば車両の起動スイッチがオンされた際の基準温度を後の演算周期においても継続して用いる場合に比べ、保護対象の温度を正確に推定できる。
【0010】
上記モータ制御装置において、前記処理回路は、前記推定温度演算処理において、現在の演算周期における前記能動変化温度ΔTeaxを次式、
【0011】
【数1】
(ただし、Ix:前記対象系統を流れる電流、Kax:前記保護対象に応じて設定される能動変化ゲイン、τax:前記保護対象に応じて設定される能動変化用遅れフィルタの時定数、t:演算周期の時間間隔、ΔTeaxk-1:前記現在の演算周期よりも一周期前の演算周期における前記能動変化温度)を用いて演算し、前記現在の演算周期における前記受動変化温度ΔTepxを次式、
【0012】
【数2】
(ただし、Iy:前記他系統を流れる電流、Kpx:前記保護対象に応じて設定される受動変化ゲイン、τpx:前記保護対象に応じて設定される受動変化用遅れフィルタの時定数、t:演算周期の時間間隔、ΔTepxk-1:前記現在の演算周期よりも一周期前の演算周期における前記受動変化温度)を用いて演算することが好ましい。
【0013】
上記構成によれば、能動変化温度及び受動変化温度が遅れフィルタを用いて演算されるため、保護対象の温度が熱の発生から時間遅れを伴って変化する現象を精度よく近似できる。
【0014】
上記モータ制御装置において、前記能動変化ゲインは、前記受動変化ゲイン以上の値に設定されることが好ましい。
上記モータ制御装置において、前記能動変化用遅れフィルタの時定数は、前記受動変化用遅れフィルタの時定数以下の値に設定されることが好ましい。
【0015】
上記各構成によれば、保護対象の温度が、受動変化温度よりも能動変化温度の影響を大きく受けて変化する現象を精度よく近似できる。
上記モータ制御装置において、前記処理回路は、車両の起動スイッチがオフされた際の前記能動変化温度を最終能動変化温度として記憶する処理と、前記起動スイッチがオフされた際の前記受動変化温度を最終受動変化温度として記憶する処理とを実行するものであって、前記処理回路は、前記起動スイッチがオンされた際の前記推定温度演算処理において、前記保護対象の前記推定温度を、前記一周期前の演算周期における前記能動変化温度として前記最終能動変化温度を用い、前記一周期前の演算周期における前記受動変化温度として前記最終受動変化温度を用いて演算することが好ましい。
【0016】
起動スイッチがオフされた後、短時間で再び起動スイッチがオンされた場合、保護対象の温度が高いままであることが想定される。この点、上記構成によれば、起動スイッチがオフされた時の能動変化温度が最終能動変化温度、受動変化温度が最終受動変化温度として記憶される。そして、起動スイッチが次にオンされた際の推定温度は、一周期前の演算周期における能動変化温度として最終能動変化温度が用いられるとともに、一周期前の演算周期における受動変化温度として最終受動変化温度が用いられて演算される。そのため、起動スイッチがオフされた後、短時間で再び起動スイッチがオンされた場合に、保護対象の温度を正確に推定できる。
【0017】
上記モータ制御装置において、前記処理回路は、前記通電系統ごとに設けられる複数の個別処理回路を含み、前記複数の個別処理回路の間の通信に異常が発生した場合には、前記複数の個別処理回路のいずれか1つに対応する前記通電系統への通電を継続するとともに、他の個別処理回路に対応する前記通電系統への通電を停止するものであって、前記他の個別処理回路は、前記複数の個別処理回路の間の通信に異常が発生した状態で前記起動スイッチがオフされた後、前記起動スイッチが次にオンされた際の前記推定温度演算処理において、前記保護対象の前記推定温度を、前記一周期前の演算周期における前記受動変化温度としてゼロよりも大きな代替温度を用いて演算することが好ましい。
【0018】
上記構成のように個別処理回路の間の通信に異常が発生した場合において、通電を停止した通電系統の個別処理回路は、通電を停止していない通電系統に供給される電流を把握できない。つまり、通電を停止した通電系統の個別処理回路は、保護対象の推定温度を演算する場合に、他系統となる通電を停止していない通電系統への通電に起因する受動変化温度を把握できない。この点、上記構成では、起動スイッチが次にオンされた際において、通電を停止した通電系統の保護対象の推定温度は、一周期前の演算周期における受動変化温度としてゼロよりも大きな代替温度が用いられて演算される。そのため、起動スイッチがオフされた後、短時間で再び起動スイッチがオンされた場合に、保護対象の温度を正確に推定できる。
【0019】
上記モータ制御装置において、前記通電系統ごとに設けられる複数の前記温度センサと、複数の領域に区画される回路基板と、を備え、前記処理回路は、前記通電系統ごとに設けられる複数の個別処理回路を含み、前記複数の領域の各々には、前記複数の通電系統のいずれか1つと、該いずれか1つの通電系統に対応する前記処理回路及び前記温度センサとがまとめて実装されることが好ましい。
【0020】
上記構成によれば、通電系統と該通電系統に対応する処理回路及び温度センサが同じ領域にまとめて実装されるため、複数の通電系統に対応する複数の保護対象の温度変化が互いに類似した傾向を持ちやすくなる。これにより、能動変化ゲイン、受動変化ゲイン、能動変化用遅れフィルタの時定数、及び受動変化用遅れフィルタの時定数の設定が容易になる。
【0021】
上記モータ制御装置において、前記複数の通電系統の各々について、前記温度センサを複数備えることが好ましい。
上記構成によれば、温度センサを冗長化して温度推定に係る信頼性を向上させることができる。
【0022】
上記モータ制御装置において、前記複数の通電系統の各々に設けられた前記複数の温度センサは、互いに製造元が異なることが好ましい。
上記構成によれば、冗長化された複数の温度センサが同時に故障することを抑制できる。
【0023】
上記モータ制御装置において、前記複数の通電系統ごとに設けられる複数の前記保護対象を備え、前記複数の保護対象は、共通のヒートシンクに放熱するように配置されることが好ましい。
【0024】
上記構成によれば、複数の保護対象の間でヒートシンク介して互いに熱の影響を及ぼし合う。そのため、上記各構成のように能動変化温度に加え、受動変化温度を考慮して保護対象の推定温度を演算する効果は大である。
【0025】
上記モータ制御装置において、前記モータは、操舵装置にモータトルクを付与するものであることが好ましい。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、保護対象の温度を正確に推定できる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】電動パワーステアリング装置の概略構成図。
図2】操舵制御装置及びモータのブロック図。
図3】モータユニットにおける操舵制御装置の断面構造を示す一部断面図。
図4】制御回路基板の平面図。
図5】駆動回路基板の平面図。
図6】第1マイコン及び第2マイコンのブロック図。
図7】電源電圧と電流制限値との関係を示すグラフ。
図8】推定温度と電流制限値との関係を示すグラフ。
図9】電流及び能動変化温度の時間変化を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、モータ制御装置の一実施形態を図面に従って説明する。
図1に示すように、モータ制御装置である操舵制御装置1の制御対象となる操舵装置2は、電動パワーステアリング装置(EPS)として構成されている。操舵装置2は、運転者によるステアリングホイール3の操作に基づいて転舵輪4を転舵させる操舵機構5を備えている。また、操舵装置2は、操舵機構5にステアリング操作を補助するためのアシスト力を付与するEPSアクチュエータ6を備えている。
【0029】
操舵機構5は、ステアリングホイール3が固定されるステアリングシャフト11と、ステアリングシャフト11に連結されたラック軸12と、ラック軸12が往復動可能に挿通されるラックハウジング13とを備えている。また、操舵機構5は、ステアリングシャフト11の回転をラック軸12の往復動に変換するラックアンドピニオン機構14を備えている。なお、ステアリングシャフト11は、ステアリングホイール3が位置する側から順にコラム軸15、中間軸16及びピニオン軸17を連結することにより構成されている。
【0030】
ラック軸12とピニオン軸17とは、ラックハウジング13内に所定の交差角をもって配置されている。ラックアンドピニオン機構14は、ラック軸12に形成されたラック歯12aとピニオン軸17に形成されたピニオン歯17aとが噛合されることにより構成されている。また、ラック軸12の両端には、その軸端部に設けられたボールジョイント18を介してタイロッド19がそれぞれ回動自在に連結されている。タイロッド19の先端は、転舵輪4が組付けられた図示しないナックルに連結されている。したがって、操舵装置2では、ステアリング操作に伴うステアリングシャフト11の回転がラックアンドピニオン機構14によりラック軸12の軸方向移動に変換され、この軸方向移動がタイロッド19を介してナックルに伝達されることにより、転舵輪4の転舵角、すなわち車両の進行方向が変更される。
【0031】
EPSアクチュエータ6は、駆動源であるモータ21と、モータ21の回転を伝達する伝達機構22と、伝達機構22を介して伝達された回転をラック軸12の往復動に変換する変換機構23とを備えている。そして、EPSアクチュエータ6は、モータ21の回転を伝達機構22を介して変換機構23に伝達し、変換機構23にてラック軸12の往復動に変換することで操舵機構5にアシスト力を付与する。なお、本実施形態のモータ21には、例えば三相の表面磁石同期モータが採用され、伝達機構22には、例えばベルト機構が採用され、変換機構23には、例えばボールネジ機構が採用されている。また、モータ21は、操舵制御装置1が一体化されたモータユニットとして構成されている。
【0032】
操舵制御装置1には、イグニッションスイッチ等の車両の起動スイッチ31のオンオフを示す起動信号Sigが入力される。また、操舵制御装置1には、車両に設けられる各種のセンサの検出結果が走行状態や操舵状態を示す状態量として入力される。操舵制御装置1は、これらの状態量に基づいてモータ21を制御する。各種のセンサとしては、例えば車速センサ32、トルクセンサ33a,33b、及び回転角センサ34a,34bが挙げられる。車速センサ32は車速SPDを検出する。トルクセンサ33a,33bは、操舵機構5に入力される操舵トルクTh1,Th2をそれぞれ検出する。トルクセンサ33a,33bは、ピニオン軸17に配置されている。なお、操舵トルクTh1,Th2は、トルクセンサ33a,33bが正常であれば、基本的に同一の値となる。回転角センサ34a,34bは、モータ21の回転角θ1,θ2を360°の範囲内の相対角でそれぞれ検出する。なお、回転角θ1,θ2は、回転角センサ34a,34bが正常であれば、基本的に同一の値となる。
【0033】
そして、操舵制御装置1は、これら各センサから入力される各状態量に基づいて、モータ21に駆動電力を供給することにより、EPSアクチュエータ6の作動、すなわち操舵機構5にラック軸12を往復動させるべく付与するモータトルクを制御する。
【0034】
次に、モータ21の構成について説明する。
図2に示すように、モータ21は、ロータ41と、図示しないステータに巻回された第1コイル群42及び第2コイル群43とを備えている。第1コイル群42及び第2コイル群43は、U、V、Wの三相のコイルをそれぞれ有している。第1コイル群42は、第1接続線44を介して操舵制御装置1に接続されている。第2コイル群43は、第2接続線45を介して操舵制御装置1に接続されている。そして、第1コイル群42及び第2コイル群43は、それぞれ独立して駆動電力が供給されるように構成されている。なお、図2では、説明の便宜上、各相の第1接続線44及び第2接続線45をそれぞれ1つにまとめて図示している。本実施形態では、モータ21にて発生することが要求されるアシスト力は、第1コイル群42により発生するトルクと第2コイル群43により発生するトルクとで半分ずつ賄われる。
【0035】
次に、操舵制御装置1の構成について説明する。
操舵制御装置1は、第1コイル群42に対する通電を制御する第1制御部51と、第2コイル群43に対する通電を制御する第2制御部61とを備えている。そして、操舵制御装置1は、第1コイル群42及び第2コイル群43に対する駆動電力の供給を独立して制御する。なお、第1制御部51及び第2制御部61は、図示しない中央処理装置(CPU)やメモリを備えている。操舵制御装置1による各種制御は、所定の演算周期ごとにメモリに記憶されたプログラムをCPUが実行することによって実行される。
【0036】
詳しくは、第1制御部51は、個別駆動回路である第1駆動回路52と、個別処理回路である第1マイコン53とを備えている。第1駆動回路52は、第1コイル群42に駆動電力を供給する。第1マイコン53は、第1駆動回路52の作動を制御するための個別制御信号である第1制御信号Sc1を出力する。
【0037】
第1駆動回路52は、第1電源線54を介して車両に搭載される第1車載電源B1に接続されている。第1電源線54には、起動スイッチ31からの起動信号Sigに応じてオンオフする第1電源リレー55が設けられている。また、第1電源線54における第1電源リレー55と第1駆動回路52との間には、電流の平滑化を目的とした第1平滑コンデンサ56が接続されている。そして、第1駆動回路52は、第1電源リレー55がオン状態となって第1電源線54が導通することにより、第1車載電源B1の電源電圧に基づく駆動電力を第1コイル群42に供給することが可能となる。なお、第1コイル群42に駆動電力を供給する第1通電系統は、第1駆動回路52、第1電源線54及び第1平滑コンデンサ56等、第1車載電源B1と第1コイル群42との間に設けられる各種部品を含む。
【0038】
第1駆動回路52には、例えばFET等の複数のスイッチング素子52a~52fを有する周知のPWMインバータが採用されている。第1制御信号Sc1は、各スイッチング素子52a~52fのオンオフ状態を規定するゲートオンオフ信号である。そして、第1駆動回路52は、第1制御信号Sc1に応じてスイッチング素子52a~52fをオンオフさせることにより、第1車載電源B1から供給される直流電力を三相交流電力に変換し、第1接続線44を介して第1コイル群42に供給する。これにより、第1制御部51は、第1コイル群42への駆動電力の供給を通じて該第1コイル群42で発生するトルクを制御する。
【0039】
第1マイコン53には、第1電流センサ57、第1電圧センサ58及び第1温度センサ59a,59bが接続されている。第1電流センサ57は、第1接続線44を流れる各相の実電流値I1を検出する。第1電流センサ57には、例えばシャント抵抗の電圧降下に基づいて実電流値I1を検出するものを採用できる。第1電圧センサ58は、第1電源線54の電圧、すなわち第1車載電源B1の電源電圧Vb1を検出する。第1温度センサ59aは、第1マイコン53が実装される回路基板の基板温度Teb1aを検出し、第1温度センサ59bは、第1マイコン53が実装される回路基板の基板温度Teb1bを検出する。つまり、操舵制御装置1は、第1通電系統に対応する2つの温度センサを備えている。なお、基板温度Teb1a,Teb1bは、第1温度センサ59a,59bが正常であれば、基本的に同一の値となる。第1温度センサ59a,59bには、例えば互いに異なるメーカーで製造されたもの、あるいは同じメーカーであっても互いに異なる工場で製造されたものが採用されている。
【0040】
第2制御部61は、基本的に第1制御部51と同様に構成されている。第2制御部61は、個別駆動回路である第2駆動回路62と、個別処理回路である第2マイコン63とを備えている。第2駆動回路62は、第2コイル群43に駆動電力を供給する。第2マイコン63は、第2駆動回路62の作動を制御するための個別制御信号である第2制御信号Sc2を出力する。
【0041】
第2駆動回路62は、第2電源線64を介して車両に搭載される第2車載電源B2に接続されている。第2電源線64には、第1電源線54と同様に、起動スイッチ31からの起動信号Sigに応じてオンオフする第2電源リレー65が設けられている。また、第2電源線64における第2電源リレー65と第2駆動回路62との間には、第2平滑コンデンサ66が接続されている。そして、第2駆動回路62は、第2電源リレー65がオン状態となって第2電源線64が導通することにより、第2車載電源B2の電源電圧に基づく駆動電力を第2コイル群43に供給することが可能となる。なお、第2コイル群43に駆動電力を供給する第2通電系統は、第2駆動回路62、第2電源線64及び第2平滑コンデンサ66等、第2車載電源B2と第2コイル群43との間に設けられる各種部品を含む。
【0042】
第2駆動回路62には、第1駆動回路52と同様に周知のPWMインバータが採用されている。第2制御信号Sc2は、第2駆動回路62を構成する各スイッチング素子62a~62fのオンオフ状態を規定するゲートオンオフ信号である。そして、第2駆動回路62は、第2制御信号Sc2に応じてスイッチング素子62a~62fをオンオフさせることにより、第2車載電源B2から供給される直流電力を三相交流電力に変換し、第2接続線45を介して第2コイル群43に供給する。これにより、第2制御部61は、第2コイル群43への駆動電力の供給を通じて該第2コイル群43で発生するトルクを制御する。
【0043】
第2マイコン63には、第2電流センサ67、第2電圧センサ68及び第2温度センサ69a,69bが接続されている。第2電流センサ67は、第2接続線45を流れる各相の実電流値I2を検出する。第2電流センサ67には、例えばシャント抵抗の電圧降下に基づいて実電流値I2を検出するものを採用できる。第2電圧センサ68は、第2電源線64の電圧、すなわち第2車載電源B2の電源電圧Vb2を検出する。第2温度センサ69aは、第2マイコン63が実装される回路基板の基板温度Teb2aを検出し、第2温度センサ69bは、第2マイコン63が実装される回路基板の基板温度Teb2bを検出する。つまり、操舵制御装置1は、第2通電系統に対応する2つの温度センサを備えている。なお、基板温度Teb2a,Teb2bは、第2温度センサ69a,69bが正常であれば、基本的に同一の値となる。第2温度センサ69a,69bには、例えば互いに異なるメーカーで製造されたもの、あるいは同じメーカーであっても互いに異なる工場で製造されたものが採用されている。
【0044】
次に、モータユニットの機械的な構成について説明する。
図3に示すように、操舵制御装置1は、モータ21に対して一体的に組み付けられている。操舵制御装置1は、制御回路基板91と、駆動回路基板92と、第1ヒートシンク93と、第2ヒートシンク94とを備えている。なお、制御回路基板91と駆動回路基板92とは、バスバー95を介して互いに接続されている。
【0045】
図3及び図4に示すように、制御回路基板91には、第1マイコン53、第2マイコン63、第1温度センサ59a,59b、及び第2温度センサ69a,69bを含む各種回路素子が実装されている。
【0046】
詳しくは、制御回路基板91は、二点鎖線で示す境界線BLcによって、その略中央位置で2つの領域に区画されている。本実施形態では、制御回路基板91において、境界線BLcの左側の領域が第1通電系統に対応する第1領域Rc1とされ、境界線BLcの右側の領域が第2通電系統に対応する第2領域Rc2とされている。第1領域Rc1における駆動回路基板92が配置される側の実装面には、第1マイコン53及び第1温度センサ59a,59bが実装されている。第2領域Rc2における駆動回路基板92が配置される側の実装面には、第2マイコン63及び第2温度センサ69a,69bが実装されている。
【0047】
図3及び図5に示すように、駆動回路基板92には、第1駆動回路52、第1平滑コンデンサ56、第2駆動回路62、及び第2平滑コンデンサ66を含む各種回路素子が実装されている。
【0048】
詳しくは、駆動回路基板92は、二点鎖線で示す境界線BLdによって、その略中央位置で2つの領域に区画されている。境界線BLdは、上記制御回路基板91を区画する境界線BLcと略一致する。本実施形態では、駆動回路基板92において、境界線BLdの左側の領域が第1通電系統に対応する第1領域Rd1とされ、境界線BLdの右側の領域が第2通電系統に対応する第2領域Rd2とされている。第1領域Rd1における制御回路基板91が配置される側の実装面には、第1平滑コンデンサ56が実装されている。第1領域Rd1における制御回路基板91が配置される側と反対側の実装面には、第1駆動回路52、すなわち複数のスイッチング素子52a~52fが実装されている。第2領域Rd2における制御回路基板91が配置される側の実装面には、第2平滑コンデンサ66が実装されている。第2領域Rd2における制御回路基板91が配置される側と反対側の実装面には、第2駆動回路62、すなわち複数のスイッチング素子62a~62fが実装されている。
【0049】
図3図5に示すように、制御回路基板91と駆動回路基板92とは、略同一の境界線BLc,BLdによって区画されているため、制御回路基板91の第1領域Rc1は、その略全体が軸方向において駆動回路基板92の第1領域Rd1と重なり、制御回路基板91の第2領域Rc2は、その略全体が軸方向において駆動回路基板92の第2領域Rd2と重なる。したがって、第1通電系統を構成する第1駆動回路52及び第1平滑コンデンサ56と該第1通電系統に対応する第1マイコン53及び第1温度センサ59a,59bは、第1領域Rc1,Rd1にまとめて実装されている。また、第2通電系統を構成する第2駆動回路62、第2電源線64及び第2平滑コンデンサ66と該第2通電系統に対応する第2マイコン63及び第2温度センサ69a,69bは、第2領域Rc2,Rd2にまとめて実装されている。
【0050】
図3に示すように、第1ヒートシンク93は、制御回路基板91と駆動回路基板92との間に配置されている。第1ヒートシンク93には、第1マイコン53及び第2マイコン63が図示しない放熱グリースを介して接している。これにより、第1マイコン53の熱及び第2マイコン63の熱はともに第1ヒートシンク93に放熱される。
【0051】
また、第1ヒートシンク93は、駆動回路基板92が配置される側に開口する凹部96を有する。凹部96には、駆動回路基板92に実装された第1平滑コンデンサ56及び第2平滑コンデンサ66が収容されている。第1平滑コンデンサ56及び第2平滑コンデンサ66は、放熱グリースを介して第1ヒートシンク93に接している。これにより、第1平滑コンデンサ56の熱及び第2平滑コンデンサ66の熱はともに第1ヒートシンク93に放熱される。
【0052】
第2ヒートシンク94は、駆動回路基板92における制御回路基板91と反対側に配置されている。第2ヒートシンク94には、第1駆動回路52及び第2駆動回路62が放熱グリースを介して接している。これにより、第1駆動回路52の熱及び第2駆動回路62の熱はともに第2ヒートシンク94に放熱される。
【0053】
次に、第1マイコン53及び第2マイコン63の構成について説明する。なお、第1マイコン53及び第2マイコン63は、所定の演算周期ごとに以下の各制御ブロックに示される各演算処理を実行することにより、第1制御信号Sc1及び第2制御信号Sc2をそれぞれ演算する。
【0054】
図2に示すように、第1マイコン53には、車速SPD、操舵トルクTh1、回転角θ1、実電流値I1、電源電圧Vb1、及び基板温度Teb1a,Teb1bが入力される。そして、第1マイコン53は、これらの状態量に基づいて第1制御信号Sc1を出力する。第2マイコン63には、車速SPD、操舵トルクTh2、回転角θ2、実電流値I2、電源電圧Vb2、及び基板温度Teb2a,Teb2bが入力される。そして、第2マイコン63は、これらの状態量に基づいて第2制御信号Sc2を出力する。
【0055】
詳しくは、図6に示すように、第1マイコン53は、第2マイコン63との間で通信を行う第1通信部71を備えている。また、第1マイコン53は、電流指令値Im*を演算する電流指令値演算部72と、個別電流指令値である第1電流指令値I1*を演算する第1電流指令値演算部73と、第1制御信号Sc1を演算する第1制御信号演算部74とを備えている。第1電流指令値演算部73が個別電流指令値演算処理を実行し、第1制御信号演算部74が個別制御信号演算処理を実行する。さらに、第1マイコン53は、保護対象である第1コイル群42、第1駆動回路52及び第1平滑コンデンサ56の推定温度Te1_l,Te1_c,Te1_fを演算する第1推定温度演算部75と、第1電流指令値I1*の上限値、すなわち個別電流制限値である第1電流制限値Ilim1を演算する第1電流制限値演算部76とを備えている。第1推定温度演算部75が推定温度演算処置を実行し、第1電流制限値演算部76が個別電流制限値演算処理を実行する。
【0056】
第1通信部71は、第1マイコン53内の各演算部、及び後述する第2マイコン63の第2通信部81との間で各種信号の授受を行う。具体的には、第1通信部71は、電流指令値Im*及び第1コイル群42に供給される実電流値I1を第2通信部81に送信する。また、第1通信部71は、第2通信部81から第2コイル群43に供給される実電流値I2を受信し、第1推定温度演算部75に出力する。
【0057】
電流指令値演算部72には、操舵トルクTh1及び車速SPDが入力される。電流指令値演算部72は、これらの状態量に基づいて電流指令値Im*を演算する。電流指令値Im*は、モータ21全体で発生すべきトルクに応じた電流を示す。具体的には、電流指令値演算部72は、操舵トルクTh1の絶対値が大きくなるほど、また車速SPDが低くなるほど、より大きな絶対値を有する電流指令値Im*を演算する。このように演算された電流指令値Im*は、第1電流指令値演算部73と、第1通信部71を介して第2マイコン63とに出力され、後で詳述するように第1電流指令値演算部73と第2マイコン63とでそれぞれ半分に縮小されて電流制御に用いられる。
【0058】
第1電流制限値演算部76には、電源電圧Vb1及び第1推定温度演算部75において後述するように演算される推定温度Te1_l,Te1_c,Te1_fが入力される。第1電流制限値演算部76は、電源電圧Vb1に基づく電流制限値Ilim1_v、推定温度Te1_lに基づく電流制限値Ilim1_l、推定温度Te1_cに基づく電流制限値Ilim1_c、及び推定温度Te1_fに基づく電流制限値Ilim1_fを演算する。そして、電流制限値Ilim1_v,Ilim1_l,Ilim1_c,Ilim1_fのうち、最も小さな値を第1電流制限値Ilim1として演算する。
【0059】
具体的には、図7に示すように、第1電流制限値演算部76は、電源電圧Vb1と電流制限値Ilim1_vとの関係を定めたマップを備えている。第1電流制限値演算部76は、このマップを参照することにより電源電圧Vb1に応じた電流制限値Ilim1_vを演算する。
【0060】
このマップは、電源電圧Vb1が第1電圧閾値Vth1よりも大きい場合には、電流制限値Ilim1_vが定格電流Irと等しい値で一定となる。つまり、電流制限値Ilim1_vは、第1コイル群42に供給する電流を制限しない値となる。電源電圧Vb1が第1電圧閾値Vth1以下である場合、電流制限値Ilim1_vは、電源電圧Vb1の低下に基づいて小さくなる。そして、電源電圧Vb1の値が第2電圧閾値Vth2以下である場合には、第1コイル群42に供給する電流がゼロに制限される。
【0061】
また、図8に示すように、第1電流制限値演算部76は、推定温度Te1_lと電流制限値Ilim1_lとの関係を定めたマップを備えている。第1電流制限値演算部76は、このマップを参照することにより推定温度Te1_lに応じた電流制限値Ilim1_lを演算する。
【0062】
このマップは、推定温度Te1_lが第1温度閾値Teth1_l以下の場合には、電流制限値Ilim1_lが定格電流Irと等しい値で一定となる。つまり、電流制限値Ilim1_lは、第1コイル群42に供給する電流を制限しない値となる。推定温度Te1_lが第1温度閾値Teth1_lよりも大きい場合には、電流制限値Ilim1_lは、推定温度Te1_lの増大に基づいて小さくなる。そして、推定温度Te1_lの値が第2温度閾値Teth2_l以上である場合には、第1コイル群42に供給する電流が最低電流値Iminに制限される。最低電流値Iminは、第1コイル群42に供給しても、操舵制御装置1及びモータ21の温度が上昇しないような値に設定されている。
【0063】
第1電流制限値演算部76は、推定温度Te1_cと電流制限値Ilim1_cとの関係を定めたマップ、及び推定温度Te1_fと電流制限値Ilim1_fとの関係を定めたマップを備えている。これらのマップは、図8に示すマップと同様の傾向をそれぞれ有するため、その説明を省略する。第1電流制限値演算部76は、こうしたマップを参照することにより推定温度Te1_cに応じた電流制限値Ilim1_c、及び推定温度Te1_fに応じた電流制限値Ilim1_fを演算する。
【0064】
そして、図6に示すように、第1電流制限値演算部76は、電流制限値Ilim1_v,Ilim1_l,Ilim1_c,Ilim1_fのうち、最も小さな値を第1電流制限値Ilim1として演算する。このように演算された第1電流制限値Ilim1は、第1電流指令値演算部73に出力される。
【0065】
第1電流指令値演算部73には、電流指令値Im*及び第1電流制限値Ilim1が入力される。そして、第1電流指令値演算部73は、これらの状態量に基づいて第1電流指令値I1*を演算する。なお、第1電流指令値I1*は、モータ21で電流指令値Im*に応じたトルクを発生させる上で第1コイル群42に流すべき電流である。
【0066】
具体的には、第1電流指令値演算部73は、電流指令値Im*の半分の値が第1電流制限値Ilim1以下である場合には、この半分の値を第1電流指令値I1*として演算する。一方、第1電流指令値演算部73は、電流指令値Im*の半分の値が第1電流制限値Ilim1よりも大きい場合には、第1電流制限値Ilim1を第1電流指令値I1*として演算する。
【0067】
第1制御信号演算部74には、第1電流指令値I1*、実電流値I1及び回転角θ1が入力される。第1制御信号演算部74は、実電流値I1を第1電流指令値I1*に追従させるべく、実電流値I1、第1電流指令値I1*及び回転角θ1に基づいてベクトル制御を実行することにより、第1制御信号Sc1を演算する。そして、このように演算された第1制御信号Sc1が第1駆動回路52に出力されることにより、第1コイル群42に第1制御信号Sc1に応じた駆動電力が供給される。これにより、第1コイル群42で第1電流指令値I1*に示されるトルクが発生する。
【0068】
なお、第1電流指令値I1*は、d軸電流指令値Id1*とq軸電流指令値Iq1*とからなるベクトル指令値であり、実電流値I1はd軸電流値Id1とq軸電流値Iq1とからなるベクトル値である。通常時には、d軸電流指令値Id1*にはゼロが代入され、q軸電流指令値Iq1*には第1電流指令値I1*が代入される。なお、3相モータのベクトル制御は周知技術であるため、詳細な説明は省略するが、実電流値I1と、d軸電流指令値Id1及びq軸電流指令値Iq1との間には、下記(1)式の関係が成立する。
【0069】
【数3】
第2マイコン63は、基本的に第1マイコン53と同様に構成されている。つまり、第2マイコン63は、第1通信部71との間で各種信号の授受を行う第2通信部81を備えている。また、第2マイコン63は、バックアップ用の電流指令値Im*bkを演算する電流指令値演算部82と、個別電流指令値である第2電流指令値I2*を演算する第2電流指令値演算部83と、第2制御信号Sc2を演算する第2制御信号演算部84とを備えている。第2電流指令値演算部83が個別電流指令値演算処理を実行し、第2制御信号演算部84が個別制御信号演算処理を実行する。さらに、第2マイコン63は、保護対象である第2コイル群43、第2駆動回路62、及び第2平滑コンデンサ66の推定温度Te2_l,Te2_c,Te2_fを演算する第2推定温度演算部85と、第2電流指令値I2*の上限値、すなわち個別電流制限値である第2電流制限値Ilim2を演算する第2電流制限値演算部86とを備えている。第2推定温度演算部85が推定温度演算処理を実行し、第2電流制限値演算部86が個別電流制限値演算を実行する。
【0070】
第2通信部81は、第2マイコン63内の各演算部、及び第1通信部71との間で各種信号の授受を行う。具体的には、第2通信部81は、第2コイル群43に供給される実電流値I2を第1通信部71に送信する。また、第2通信部81は、電流指令値Im*を第1通信部71から受信し、第2電流指令値演算部83に出力する。さらに、第2通信部81は、第1コイル群42に供給される実電流値I1を第1通信部71から受信し、第2推定温度演算部85に出力する。
【0071】
電流指令値演算部82には、操舵トルクTh2及び車速SPDが入力される。電流指令値演算部82は、第1マイコン53の電流指令値演算部72と同様の演算処理により、バックアップ用の電流指令値Im*bkを演算する。
【0072】
第2電流制限値演算部86には、電源電圧Vb2及び第2推定温度演算部85において後述するように演算される推定温度Te2_l,Te2_c,Te2_fが入力される。第2電流制限値演算部86は、第1電流制限値演算部76と同様に、電源電圧Vb2に基づく電流制限値Ilim2_v、推定温度Te2_lに基づく電流制限値Ilim2_l、推定温度Te2_cに基づく電流制限値Ilim2_c、及び推定温度Te2_fに基づく電流制限値Ilim2_fを演算する。そして、電流制限値Ilim2_v,Ilim2_l,Ilim2_c,Ilim2_fのうち、最も小さな値を第2電流制限値Ilim2として演算する。
【0073】
第2電流指令値演算部83には、第2通信部81を介して電流指令値Im*が入力されるとともに、バックアップ用の電流指令値Im*bkが入力される。なお、第2電流指令値I2*は、モータ21で電流指令値Im*に応じたトルクを発生させる上で第2コイル群43に流すべき電流である。第2電流指令値演算部83には、第2通信部81を介して電流指令値Im*が入力される場合には、バックアップ用の電流指令値Im*bkを用いない。
【0074】
第2電流指令値演算部83は、電流指令値Im*に基づいて第2電流指令値I2*を演算する。具体的には、電流指令値Im*の半分の値が第2電流制限値Ilim2以下である場合には、この半分の値を第2電流指令値I2*として演算する。一方、第2電流指令値演算部83は、電流指令値Im*の半分の値が第2電流制限値Ilim2よりも大きい場合には、第2電流制限値Ilim2を第2電流指令値I2*として演算する。なお、第2電流指令値演算部83は、電流指令値Im*が入力されない場合には、バックアップ用の電流指令値Im*bkに基づいて、同様に第2電流指令値I2*を演算する。
【0075】
また、第2電流指令値演算部83は、第1マイコン53が作動していても、第1マイコン53と第2マイコン63との間のマイコン間通信に異常が発生した場合には、第2電流指令値I2*をゼロと演算する。これにより、第2コイル群43への通電を停止する。なお、第2マイコン63は、第2通信部81が第1通信部71から通信状態が正常である旨の信号を受信できなかった場合や、通信状態が異常である旨の信号を受信した場合に、マイコン間通信に異常が発生したと判定する。
【0076】
第2制御信号演算部84には、第2電流指令値I2*、実電流値I2及び回転角θ2が入力される。第2制御信号演算部84は、第1制御信号演算部74と同様の演算処理により、第2制御信号Sc2を演算する。このように演算された第2制御信号Sc2が第2駆動回路62に出力されることにより、第2コイル群43に第2制御信号Sc2に応じた駆動電力が供給される。これにより、第2コイル群43で第2電流指令値I2*に示されるトルクが発生する。
【0077】
次に、第1推定温度演算部75による推定温度Te1_l,Te1_c,Te1_fを演算について説明する。推定温度Te1_l,Te1_c,Te1_fの演算方法は基本的に同様であるため、第1コイル群42の推定温度Te1_lの演算を例に挙げて説明する。
【0078】
ここで、モータ21の駆動時において、第1コイル群42の温度は、第1通電系統に電流が流れることに起因する発熱以外に、第2通電系統に電流が流れることに起因して発生し伝わる熱、例えば第2コイル群43で発生する熱を受けることによっても上昇する。この点を踏まえ、第1推定温度演算部75は、基板温度Teb1a,Teb1bと、対象系統である第1通電系統への通電に起因する能動変化温度ΔTea1_lとに加え、他系統である第2通電系統への通電に起因する受動変化温度ΔTep1_lを考慮して第1コイル群42の推定温度Te1_lを演算する。
【0079】
詳しくは、第1推定温度演算部75には、基板温度Teb1a,Teb1b及び実電流値I1に加え、第1通信部71を介して実電流値I2が入力される。第1推定温度演算部75は、基板温度Teb1a,Teb1bのうちのいずれか高い方を基準温度である基板温度Teb1とする。そして、第1推定温度演算部75は、下記(2)式に示すように、第1コイル群42の推定温度Te1_lを、基板温度Teb1と、第1コイル群42の能動変化温度ΔTea1_lと、第1コイル群42の受動変化温度ΔTep1_lとの和として演算する。
【0080】
Te1_l=Teb1+ΔTea1_l+ΔTep1_l…(2)
ここで、例えば図9に示すように第1通電系統に流れる実電流値I1が時刻t1においてステップ状に増加した場合、能動変化温度ΔTea1_lは、第1コイル群42での発熱に伴って1次遅れの傾向で増加する。また、第1コイル群42に流れる実電流値I1が時刻t2においてゼロに減少した場合、能動変化温度ΔTea1_lは、第1コイル群42からの放熱に伴って1次遅れの傾向で減少する。なお、同図において、電流を細線で示し、能動変化温度ΔTea1_lを太線で示す。同様に、受動変化温度ΔTep1_lは、第2通電系統を流れる実電流値I2の変化に対して1次遅れの傾向で変化する。
【0081】
こうした特性を反映させるため、第1推定温度演算部75は、1次遅れフィルタを含む下記(3)式を用いて現在の演算周期における能動変化温度ΔTea1_lを演算する。なお、各状態量の参照符号に付加された下付き文字は、各状態量の演算周期を示し、基準となる現在の演算周期を「k」としている。
【0082】
【数4】
ただし、「Ka1_l」は第1コイル群42に応じて設定される能動変化ゲインを示し、「τa1_l」は第1コイル群42に応じて設定される能動変化用遅れフィルタの時定数を示し、「t」は演算周期の時間間隔を示す。
【0083】
また、第1推定温度演算部75は、1次遅れフィルタを含む下記(4)式を用いて現在の演算周期における受動変化温度ΔTep1_lを演算する。
【0084】
【数5】
ただし、「Kp1_l」は第1コイル群42に応じて設定される受動変化ゲインを示し、「τp1_l」は第1コイル群42に応じて設定される受動変化用遅れフィルタの時定数を示し、「t」は演算周期の時間間隔を示す。
【0085】
能動変化ゲインKa1_l及び時定数τa1_lは、第1通電系統に通電を行うとともに第2通電系統への通電を停止した状態で、第1コイル群42の温度を測定した実験結果等に基づいて予め設定されている。また、受動変化ゲインKp1_l及び時定数τp1_lは、第1通電系統への通電を停止するとともに第2通電系統に通電を行う状態で、第1コイル群42の温度を測定した実験結果等に基づいて予め設定されている。本実施形態では、能動変化ゲインKa1_lは、受動変化ゲインKp1_l以上の値に設定され、時定数τa1_lは、時定数τp1_l以下の値に設定されている。
【0086】
なお、第1推定温度演算部75は、上記のようにマイコン間通信に異常が発生し、第2通電系統への通電を停止した場合には、実電流値I2をゼロとする。つまり、第1推定温度演算部75は、マイコン間通信に異常が発生し、第2通電系統への通電を停止した場合には、第1コイル群42の受動変化温度ΔTep1_lをゼロとして推定温度Te1_lを演算する。
【0087】
ここで、第1平滑コンデンサ56の推定温度Te1_cの演算では、上記(3)、(4)式の適用に際して、第1平滑コンデンサ56に応じて設定された能動変化ゲインKa1_c、受動変化ゲインKp1_c及び時定数τa1_c,τp1_cが用いられる。第1駆動回路52の推定温度Te1_fの演算では、上記(3)、(4)式の適用に際して、第1駆動回路52に応じて設定された能動変化ゲインKa1_f、受動変化ゲインKp1_f及び時定数τa1_f,τp1_fが用いられる。本実施形態では、第1駆動回路52の推定温度Te1_fには、第1駆動回路52を構成するスイッチング素子のうち、最も温度が上昇しやすい位置に配置されたスイッチング素子の推定温度を採用している。
【0088】
第2推定温度演算部85は、基板温度Teb2a,Teb2bのうちのいずれか高い方を基準温度である基板温度Teb2とする。そして、第2推定温度演算部85による推定温度Te2_l,Te2_c,Te2_fの演算は、第1通電系統が他系統となり、第2通電系統が対象系統となる以外は、第1推定温度演算部75による推定温度Te1_l,Te1_c,Te1_fの演算と同様である。
【0089】
次に、起動スイッチ31がオンされた直後における推定温度Te1_l,Te1_c,Te1_fの演算について説明する。ここでも、推定温度Te1_l,Te1_c,Te1_fの演算方法は基本的に同様であるため、第1コイル群42の推定温度Te1_lの演算を例に挙げて説明する。
【0090】
起動スイッチ31がオフされた後、短時間で再び起動スイッチ31がオンされた場合、第1コイル群42の温度が高いままであることが想定される。この場合に、上記(3)、(4)式中の一周期前の演算周期における能動変化温度ΔTea1_lk-1及び受動変化温度ΔTep1_lk-1をゼロとすると、第1コイル群42の推定温度Te1_lを正確に推定できなくなる。
【0091】
この点を踏まえ、第1推定温度演算部75は、起動スイッチ31がオフされた際の能動変化温度ΔTea1_lを最終能動変化温度ΔTea1_lfとして記憶する。また、第1推定温度演算部75は、起動スイッチ31がオフされた際の受動変化温度ΔTep1_lを最終受動変化温度ΔTep1_lfとして記憶する。そして、第1推定温度演算部75は、起動スイッチ31がオンされた際の推定温度Te1_lの演算において、一周期前の演算周期における能動変化温度ΔTea1_lk-1として最終能動変化温度ΔTea1_lfを用いて現在の演算周期における能動変化温度ΔTea1_lを演算する。また、第1推定温度演算部75は、一周期前の演算周期における受動変化温度ΔTep1_lk-1として最終受動変化温度ΔTep1_lfを用いて現在の演算周期における受動変化温度ΔTep1_lを演算する。
【0092】
なお、第2推定温度演算部85は、起動スイッチ31がオンされた際の推定温度Te2_l,Te2_c,Te2_fの演算を、第1推定温度演算部75と同様に実行する。
ここで、起動スイッチ31をオフする前のトリップにおいて、上記のようにマイコン間通信に異常が発生し、第2通電系統への通電を停止した場合には、第1推定温度演算部75は、第1コイル群42の受動変化温度ΔTep1_lをゼロとし、最終受動変化温度ΔTep1_lfもゼロとする。この場合、第2推定温度演算部85は、第2コイル群43の能動変化温度ΔTea2_lをゼロとし、最終能動変化温度ΔTea2_lfもゼロとする。ところが、マイコン間通信が異常であることから、第2推定温度演算部85は、第1通電系統の実電流値I1を把握できない。つまり、第2推定温度演算部85は、第2コイル群43の推定温度Te2_lを演算する場合に、受動変化温度ΔTep2_lを把握できない。そのため、本実施形態の第2推定温度演算部85は、第2コイル群43の最終受動変化温度ΔTep2_lfとして代替温度ΔTealtを記憶する。
【0093】
代替温度ΔTealtは、所定の操舵パターンで操舵した場合の受動変化温度ΔTep2_lであり、予め設定されている。なお、所定の操舵パターンとしては、モータ21から大きなアシスト力が付与される操舵パターン、すなわち受動変化温度が大きくなるような操舵パターンであることが好ましい。
【0094】
そして、マイコン間通信の異常がノイズ等の影響による偶発的なものであり、起動スイッチ31がオフされた後、起動スイッチ31を再度オンした際に、マイコン間通信の異常が解消されたとする。この場合、第2推定温度演算部85は、一周期前の演算周期における能動変化温度ΔTea2_lk-1としてゼロを用い、受動変化温度ΔTep2_lk-1として代替温度ΔTealtを用いて、第2コイル群43の推定温度Te2_lを演算する。
【0095】
次に、本実施形態の作用及び効果について説明する。
(1)操舵制御装置1は、基板温度Teb1,Teb2及び対象系統への通電に起因する能動変化温度に加え、他系統への通電に起因する受動変化温度を考慮して保護対象の推定温度を演算する。そのため、これらの保護対象の温度を正確に推定できる。このように保護対象の温度を推定する効果は、例えば第1車載電源B1の電源電圧Vb1の低下により第1電流指令値I1*が小さく制限され、実電流値I2が実電流値I1よりも大きくなっている状況で第1通電系統の保護対象の温度を推定する場合に、顕著なものとなる。これにより、保護対象の温度が高い状態でさらに大電流を供給することや、保護対象の温度が低い状態で供給する電流を制限することを抑制して、過熱保護制御を適切に行うことができる。
【0096】
(2)操舵制御装置1は、現在の演算周期の基板温度と、現在の演算周期の能動変化温度と、現在の演算周期の受動変化温度との和を保護対象の推定温度として演算する。そのため、例えば起動スイッチ31がオンされた際の基板温度を後の演算周期においても継続して用いる場合に比べ、保護対象の温度を正確に推定できる。
【0097】
(3)操舵制御装置1は、上記(3)、(4)式を用いて能動変化温度及び受動変化温度を演算する。これにより、能動変化温度及び受動変化温度が遅れフィルタを用いて演算されるため、保護対象の温度が熱の発生から時間遅れを伴って変化する現象を精度よく近似できる。
【0098】
(4)能動変化ゲインは、受動変化ゲイン以上の値に設定され、能動変化用遅れフィルタの時定数は、受動変化用遅れフィルタの時定数以下の値に設定される。これにより、保護対象の温度が、受動変化温度よりも能動変化温度の影響を大きく受けて変化する現象を精度よく近似できる。
【0099】
(5)操舵制御装置1は、起動スイッチ31がオフされた際の能動変化温度を最終能動変化温度、受動変化温度を最終受動変化温度として記憶する。そして、操舵制御装置1は、起動スイッチ31が次にオンされた際の推定温度を、一周期前の演算周期における能動変化温度として最終能動変化温度を用いるとともに、一周期前の演算周期における受動変化温度として最終受動変化温度を用いて演算する。そのため、起動スイッチ31がオフされた後、短時間で再び起動スイッチ31がオンされた場合に、保護対象の温度を正確に推定できる。また、起動スイッチ31がオフされた後、長時間が経過してから起動スイッチ31がオンされた場合でも、保護対象の温度が実際よりも低く推定されることを抑制できる。
【0100】
(6)操舵制御装置1は、マイコン間通信に異常が発生した状態で起動スイッチ31がオフされた後、起動スイッチ31がオンされた際において、通電を停止した通電系統の保護対象の推定温度を、一周期前の演算周期における受動変化温度として代替温度を用いて演算する。そのため、起動スイッチ31がオフされた後、短時間で再び起動スイッチ31がオンされた場合、保護対象の温度を正確に推定できる。また、起動スイッチ31がオフされた後、長時間が経過してから起動スイッチ31がオンされた場合でも、保護対象の温度が実際よりも低く推定されることを抑制できる。
【0101】
(7)第1通電系統と該第1通電系統に対応する第1マイコン53及び第1温度センサ59a,59bを第1領域Rc1,Rd1にまとめて実装し、第2通電系統と該第2通電系統に対応する第2マイコン63及び第2温度センサ69a,69bを第2領域Rc2,Rd2にまとめて実装した。そのため、第1通電系統に対応する保護対象の温度変化と第2通電系統に対応する保護対象の温度変化とが、互いに類似した傾向を持ちやすくなる。これにより、能動変化ゲイン、受動変化ゲイン、能動変化用遅れフィルタの時定数、及び受動変化用遅れフィルタの時定数の設定が容易になる。
【0102】
(8)操舵制御装置1は、第1通電系統に対応する2つの第1温度センサ59a,59bと、第2通電系統に対応する2つの第2温度センサ69a,69bとを備える。つまり、操舵制御装置1は、第1通電系統及び第2通電系統の各々について、温度センサを複数備えるため、温度センサの冗長化して、温度推定に係る信頼性を向上させることができる。
【0103】
(9)第1通電系統に設けられた複数の第1温度センサ59a,59bは、互いに製造元が異なるため、冗長化された複数の第1温度センサ59a,59bが同時に故障することを抑制できる。同様に、第2通電系統に設けられた複数の第2温度センサ69a,69bは、互いに製造元が異なるため、冗長化された複数の第2温度センサ69a,69bが同時に故障することを抑制できる。
【0104】
(10)第1駆動回路52及び第2駆動回路62が共通の第2ヒートシンク94に放熱するように、第1駆動回路52と第2駆動回路62とを配置したため、これらの間で第2ヒートシンク94を介して互いに熱の影響を及ぼし合う。第1平滑コンデンサ56及び第2平滑コンデンサ66が共通の第1ヒートシンク93に放熱するように、第1平滑コンデンサ56と第2平滑コンデンサ66と配置したため、これらの間で第1ヒートシンク93を介して互いに熱の影響を及ぼし合う。したがって、本実施形態のように、基板温度Teb1,Teb2及び対象系統への通電に起因する能動変化温度に加え、他系統への通電に起因する受動変化温度を考慮して保護対象の推定温度を演算する効果は大である。
【0105】
本実施形態は、以下のように変更して実施することができる。本実施形態及び以下の変形例は、技術的に矛盾しない範囲で互いに組み合わせて実施することができる。
・上記実施形態において、第1通電系統と該第1通電系統に対応する第1マイコン53及び第1温度センサ59a,59bを第1領域Rc1,Rd1にまとめて実装せず、第1領域Rc1,Rd1と第2領域Rc2,Rd2とにまたがって実装してもよい。同様に、第2通電系統と該第2通電系統に対応する第2マイコン63及び第2温度センサ69a,69bを第1領域Rc1,Rd1と第2領域Rc2,Rd2とにまたがって実装してもよい。
【0106】
・上記実施形態において、第1駆動回路52が放熱するヒートシンクと、第2駆動回路62が放熱するヒートシンクとは、互いに分離した異なる部材であってもよい。つまり、第1駆動回路52と第2駆動回路62とが異なるヒートシンクに放熱するようにしてもよい。同様に、第1平滑コンデンサ56が放熱するヒートシンク、第2平滑コンデンサ66が放熱するヒートシンクとは異なる部材でもよく、第1マイコン53が放熱するヒートシンクと第2マイコン63が放熱するヒートシンクとは異なる部材でもよい。
【0107】
・上記実施形態では、操舵制御装置1が制御回路基板91と駆動回路基板92とを備えたが、これに限らず、例えば単一の回路基板のみを備える構成としてもよい。
・上記実施形態において、マイコン間通信に異常が発生した場合に、バックアップ用の電流指令値Im*に基づいて第2電流指令値I2*を演算し、第2コイル群43への通電を継続してもよい。
【0108】
・上記実施形態では、基準温度として基板温度Teb1,Teb2を用いたが、これに限らず、例えば操舵制御装置1内の雰囲気温度を基準温度として用いてもよい。また、温度センサを通電系統ごとに設けず、1つだけ備える構成としてもよい。この場合、第1マイコン53及び第2マイコン63は、同一の温度センサにより検出される基板温度を基準温度として推定温度を演算することになる。
【0109】
・上記実施形態において、第1通電系統に対応する温度センサを1つだけ設けてもよい。同様に、第2通電系統に対応する温度センサを1つだけ設けてもよい。
・上記実施形態において、第1温度センサ59a,59bとして互いに同じ製造元で製造されたものを採用してもよい。同様に、第2温度センサ69a,69bとして互いに同じ製造元で製造されたものを採用してもよい。
【0110】
・上記実施形態では、マイコン間通信に異常が発生し、第2通電系統への通電を停止した場合、第2推定温度演算部85は、第2コイル群43の最終能動変化温度ΔTea2_lfとしてゼロを記憶した。しかし、これに限らず、例えばマイコン間通信に異常が発生した時点の能動変化温度ΔTea2_lを最終能動変化温度ΔTea2_lfとして記憶してもよい。また、マイコン間通信に異常が発生した状態で起動スイッチ31がオフされた後、起動スイッチ31がオンされた際において、代替温度ΔTealtを用いず、一周期前の演算周期における受動変化温度としてゼロを用いてもよい。
【0111】
・上記実施形態において、起動スイッチ31がオンされた際の推定温度を演算する際に、最終能動変化温度及び最終受動変化温度を用いず、一周期前の演算周期における能動変化温度及び受動変化温度としてそれぞれゼロを用いてもよい。
【0112】
・上記実施形態の能動変化温度の演算方法は、上記(3)式を用いずともよく、適宜変更可能である。例えば第1コイル群42の推定温度Te1_lの演算について、能動変化ゲインと時定数の組を2つ設定し、下記(5)を用いて能動変化温度ΔTea1_lを演算してもよい。
【0113】
【数6】
ただし、「Ka1_la」及び「Ka1_lb」は第1コイル群42に応じてそれぞれ設定される能動変化ゲインを示し、「τa1_la」及び「τa1_lb」は第1コイル群42に応じてそれぞれ設定される能動変化用遅れフィルタの時定数を示す。なお、能動変化ゲインと時定数の組は3つ以上設定してもよい。同様に、受動変化ゲインと時定数の組を2つ以上設定して受動変化温度ΔTep1_lを演算してもよい。
【0114】
・上記実施形態において、能動変化ゲインを受動変化ゲインよりも小さな値に設定してもよい。また、能動変化用遅れフィルタの時定数を受動変化用遅れフィルタの時定数よりも大きな値に設定してもよい。
【0115】
・上記実施形態では、第1コイル群42、第2コイル群43、第1平滑コンデンサ56、第2平滑コンデンサ66、第1駆動回路52及び第2駆動回路62を保護対象としたが、これに限らない。これらの回路素子に加えて又は代えて、例えば第1電流センサ57及び第2電流センサ等、大電流が流れる回路素子を保護対象としてもよい。また、第1マイコン53及び第2マイコン63を保護対象としてもよい。
【0116】
・上記実施形態において、第1コイル群42及び第2コイル群43を有するモータ21を制御対象としたが、これに限らず、3つ以上のコイル群を有するモータを制御対象としてもよい。この場合、推定温度は、基板温度と、能動変化温度と、他系統となる通電系統の数に応じた複数の受動変化温度とを加算した温度となる。
【0117】
・上記実施形態では、基準温度と能動変化温度と受動変化温度との和を保護対象の推定温度として演算したが、これに限らず、例えば当該和に対して所定値を加算又は減算した値を保護対象の推定温度として演算してもよい。
【0118】
・上記実施形態において、操舵制御装置1が、第1マイコン53及び第2マイコン63を備える構成としたが、これに限らず、例えば第1制御信号Sc1及び第2制御信号Sc2をそれぞれ出力する処理回路である単一のマイコンのみを備える構成としてもよい。また、例えば第2マイコン63が第2通電系統の保護対象の推定温度を演算せず、第1マイコンが第1通電系統の保護対象の推定温度に加え、第2通電系統の保護対象の推定温度を演算してもよく、マイコンによる演算処理の態様は適宜変更可能である。
【0119】
・上記実施形態では、操舵装置2をEPSとして構成したが、これに限らない。例えば操舵装置2を操舵部と転舵部との間の動力伝達が分離したステアバイワイヤ式のものとして構成し、操舵制御装置1が転舵輪4を転舵させる転舵トルクを付与するモータ、あるいはステアリングホイール3に操舵反力を付与するモータの作動を制御してもよい。また、操舵装置以外の装置にモータトルクを付与するモータの作動を制御してもよい。
【0120】
・上記実施形態において、操舵制御装置1としては、CPU及びメモリを備えてソフトウェア処理を実行するものに限らない。たとえば、上記実施形態において実行されるソフトウェア処理の少なくとも一部を処理する専用のハードウェア回路(たとえばASIC等)を備えてもよい。すなわち、転舵制御装置は、以下の(a)~(c)のいずれかの構成であればよい。(a)上記処理の全てを、プログラムに従って実行する処理装置と、プログラムを記憶するROM等のプログラム格納装置とを備える。(b)上記処理の一部をプログラムに従って実行する処理装置およびプログラム格納装置と、残りの処理を実行する専用のハードウェア回路とを備える。(c)上記処理の全てを実行する専用のハードウェア回路を備える。ここで、処理装置およびプログラム格納装置を備えたソフトウェア処理回路や、専用のハードウェア回路は複数であってもよい。すなわち、上記処理は、1または複数のソフトウェア処理回路および1または複数の専用のハードウェア回路の少なくとも一方を備えた処理回路(processing circuitry)によって実行されればよい。
【符号の説明】
【0121】
1…操舵制御装置
21…モータ
42…第1コイル群
43…第2コイル群
52…第1駆動回路
53…第1マイコン
62…第2駆動回路
63…第2マイコン
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9