(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-29
(45)【発行日】2024-08-06
(54)【発明の名称】電気自動車
(51)【国際特許分類】
B60L 15/20 20060101AFI20240730BHJP
B60K 35/21 20240101ALI20240730BHJP
【FI】
B60L15/20 J
B60K35/21
(21)【出願番号】P 2022184176
(22)【出願日】2022-11-17
【審査請求日】2023-09-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003199
【氏名又は名称】弁理士法人高田・高橋国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】勇 陽一郎
(72)【発明者】
【氏名】水谷 賢治
(72)【発明者】
【氏名】池上 裕貴
(72)【発明者】
【氏名】安江 昭人
【審査官】上野 力
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-166386(JP,A)
【文献】特開2022-030838(JP,A)
【文献】特開2011-213273(JP,A)
【文献】特開2012-136208(JP,A)
【文献】特開2020-156260(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60L 15/20
B60K 35/21
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気モータを走行用の動力装置として用いる電気自動車であって、
アクセルペダルと、
シーケンシャルシフターと、
前記アクセルペダルの操作と前記シーケンシャルシフターの操作とに応答して前記電気モータが出力するモータトルクを変化させる制御装置と、を備え、
前記制御装置は、前記シーケンシャルシフターの操作に応答して、所定のシフト時間の間に前記モータトルクの変化率を少なくとも2回変化させる
電気自動車において、
前記制御装置は、前記シフト時間の間に、前記モータトルクをゼロまで低下させ、前記シフト時間内の所定時間、前記モータトルクをゼロに維持してから再び増加させ、前記シフト時間の経過時に前記モータトルクをオーバーシュートさせる、ように構成されている
ことを特徴とする電気自動車。
【請求項2】
電気モータを走行用の動力装置として用いる電気自動車であって、
アクセルペダルと、
シーケンシャルシフターと、
前記アクセルペダルの操作と前記シーケンシャルシフターの操作とに応答して前記電気モータが出力するモータトルクを変化させる制御装置と、を備え、
前記制御装置は、前記シーケンシャルシフターの操作に応答して、所定のシフト時間の間に前記モータトルクの変化率を少なくとも2回変化させる
電気自動車において、
ドライブモード選択スイッチをさらに備え、
前記制御装置は、前記ドライブモード選択スイッチにより選択されたドライブモードに応じて、前記シフト時間内の前記モータトルクの変化特性を変更する、ように構成されている
ことを特徴とする電気自動車。
【請求項3】
電気モータを走行用の動力装置として用いる電気自動車であって、
アクセルペダルと、
シーケンシャルシフターと、
前記アクセルペダルの操作と前記シーケンシャルシフターの操作とに応答して前記電気モータが出力するモータトルクを変化させる制御装置と、を備え、
前記制御装置は、前記シーケンシャルシフターの操作に応答して、所定のシフト時間の間に前記モータトルクの変化率を少なくとも2回変化させる
電気自動車において、
仮想エンジン回転速度を表示する疑似エンジン回転速度メーターをさらに備え、
前記疑似エンジン回転速度メーターは、前記シーケンシャルシフターのアップシフト操作に応答して、前記シフト時間の間、前記仮想エンジン回転速度を単調に低下させる、ように構成されている
ことを特徴とする電気自動車。
【請求項4】
電気モータを走行用の動力装置として用いる電気自動車であって、
アクセルペダルと、
シーケンシャルシフターと、
前記アクセルペダルの操作と前記シーケンシャルシフターの操作とに応答して前記電気モータが出力するモータトルクを変化させる制御装置と、を備え、
前記制御装置は、前記シーケンシャルシフターの操作に応答して、所定のシフト時間の間に前記モータトルクの変化率を少なくとも2回変化させる
電気自動車において、
前記制御装置は、
クラッチペダルレスMT車両モデルを記憶したメモリと、
前記メモリに結合されたプロセッサと、を備え、
前記クラッチペダルレスMT車両モデルは、ガスペダルの操作によってエンジントルクを制御される内燃機関と、シーケンシャル式のシフターの操作によってギア段が切り替えられるシーケンシャルマニュアルトランスミッションと、前記内燃機関と前記シーケンシャルマニュアルトランスミッションとを接続するクラッチと、を有し、前記シフターの操作に応答して前記エンジントルクの一時的なカットと前記クラッチの係合及び解放とが自動で行われるクラッチペダルレスMT車両における駆動輪トルクの出力特性を模擬したモデルであり、
前記プロセッサは、
前記アクセルペダルの操作を、前記クラッチペダルレスMT車両モデルに対する前記ガスペダルの操作の入力として受け付ける処理と、
前記シーケンシャルシフターの操作を、前記クラッチペダルレスMT車両モデルに対する前記シフターの操作の入力として受け付ける処理と、
前記ガスペダルの操作の入力と前記シフターの操作の入力とに基づいて、前記エンジントルクと前記ギア段と前記クラッチの接続状態とで定まる前記駆動輪トルクを、前記クラッチペダルレスMT車両モデルを用いて計算する処理と、
前記駆動輪トルクを前記電気自動車の駆動輪に与えるように前記モータトルクを変化させる処理と、を実行するように構成され、
前記電気自動車は、ドライブモード選択スイッチをさらに備え、
前記クラッチペダルレスMT車両モデルは、前記出力特性の異なるクラッチペダルレスMT車両を模擬した複数のモデルを含み、
前記制御装置は、前記ドライブモード選択スイッチにより選択されたドライブモードに応じて、前記複数のモデルの中から1つのモデルを選択する、ように構成されている
ことを特徴とする電気自動車。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、電気モータを走行用の動力装置として用いる電気自動車に関する。
【背景技術】
【0002】
電気自動車において走行用の動力装置として用いられる電気モータは、従来車両において走行用の動力装置として用いられてきた内燃機関に対して、トルク特性が大きく異なっている。動力装置のトルク特性の違いにより、従来車両は変速機が必須であるのに対し、一般に電気自動車は変速機を備えていない。もちろん、電気自動車は、運転者の手動操作により変速比を切り替えるマニュアルトランスミッション(MT)は備えていない。このため、MT付きの従来車両(以下、MT車両という)の運転と電気自動車の運転とでは、運転感覚に大きな違いがある。
【0003】
一方で電気モータは、印加する電圧や界磁を制御することで比較的容易にトルクを制御することができる。従って電気モータでは、適当な制御を実施することにより、電気モータの動作範囲内で所望のトルク特性を得ることが可能である。この特徴を活かし電気自動車のトルクを制御してMT車両特有のトルク特性を模擬する技術が、例えば特許文献1及び特許文献2において提案されている。これらの特許文献に開示された電気自動車には、MT車両のような運転感覚を得ることができるように疑似シフターと疑似クラッチペダルが設けられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2021-118569号公報
【文献】特開2022-036845号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
クラッチペダルの操作はMT車両ならではの操作であるので、電気自動車に疑似クラッチペダルを設けることは、電気自動車でMT車両のような運転感覚を楽しみたいユーザに訴求する。しかし、クラッチペダルの操作は、自動変速機付き車両の運転に慣れた昨今の運転者にとっては、場合によっては面倒であり、難しくもある操作である。また、必要な操作がシフターの操作だけであれば、より素早いギア段の切り替えを実現することもできる。
【0006】
MT車両のような運転感覚を楽しみたいが、クラッチペダルの操作を苦手とするか必要としないユーザは一定数存在するものと推定される。そして、そのようなユーザが所望している運転感覚は、厳密にはクラッチペダルを有しないクラッチペダルレスMT車両の運転感覚であると推測される。クラッチペダルレスMT車両では、シーケンシャルシフターが使用されている例が多い。シーケンシャルシフターの操作感覚も含めて、クラッチペダルレスMT車両の運転感覚は、クラッチペダルを備えた通常のMT車両の運転感覚とは異なっている。
【0007】
上記特許文献に開示された電気自動車は、クラッチペダルを備えた通常のMT車両における出力特性を模擬するように設計されている。このため、上記特許文献に開示された電気自動車から単に疑似クラッチペダルを取り除いただけでは、シーケンシャルシフターを有するクラッチペダルレスMT車両のような運転感覚を所望するユーザを満足させることはできない。
【0008】
本開示は、上記の課題に鑑みてなされたものである。本開示の1つの目的は、電気モータを走行用の動力装置として用いる電気自動車において、シーケンシャルシフターを有するクラッチペダルレスMT車両のような運転感覚を楽しめるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示は上記目的を達成するための電気自動車を提供する。本開示の電気自動車は、アクセルペダルと、シーケンシャルシフターとを備える。また、本開示の電気自動車は、アクセルペダルの操作とシーケンシャルシフターの操作とに応答して電気モータが出力するモータトルクを変化させる制御装置を備える。制御装置は、シーケンシャルシフターの操作に応答して、所定のシフト時間の間にモータトルクの変化率を少なくとも2回変化させるように構成されている。
【0010】
シーケンシャルシフターは、例えば、パドル式シフターでもよいし、レバー式シフターでもよい。つまり、シーケンシャルシフターは、クラッチペダルレスMT車両が備えるシーケンシャルシフターと同じような構造や操作感を有するものであってよい。ただし、上記のように、シーケンシャルシフターはその操作が電気モータのモータトルクに作用するものであって、クラッチペダルレスMT車両が備えるシーケンシャルシフターとは機能において異なっている。クラッチペダルレスMT車両が備えるシーケンシャルシフターと区別するため、以下、本開示の電気自動車が備えるシーケンシャルシフターを疑似シーケンシャルシフターと称する。
【0011】
本開示の電気自動車の構成によれば、疑似シーケンシャルシフターのシフト操作により、モータトルクは、シーケンシャルシフターが操作されたときのクラッチペダルレスMT車両の駆動輪トルクのような出力特性で変化する。これにより、運転者は、シーケンシャルシフターを有するクラッチペダルレスMT車両のような運転感覚を電気自動車において楽しむことができる。
【0012】
制御装置がシフト時間の間にモータトルクの変化率を少なくとも2回変化させることは、制御装置が、シフト時間の間に、モータトルクを極小値まで低下させてから再び増加させることを含んでもよい。モータトルクを一時的に低下させることで、クラッチペダルレスMT車両においてシーケンシャルシフターのシフト操作によりクラッチが一時的に解放されたときの運転感覚が演出される。その場合、制御装置は、極小値をゼロとし、シフト時間内の所定時間、モータトルクをゼロに維持してもよい。さらに、制御装置は、シフト時間の経過時にモータトルクをオーバーシュートさせてもよい。疑似シーケンシャルシフターのシフト操作によって得られる運転感覚は、シフト時間内のモータトルクの変化特性の設定に依存する。
【0013】
例示したシフト時間内のモータトルクの変化特性は、疑似シーケンシャルシフターのアップシフト操作に適用されてもよいし、疑似シーケンシャルシフターのダウンシフト操作に適用されてもよい。
【0014】
制御装置は、アクセルペダルの操作量が一定の場合、シフト時間の経過の前後でシーケンシャルシフターのシフト方向に応じた差をモータトルクに生じさせてもよい。疑似シーケンシャルシフターの操作がアップシフト操作であるなら、シフト時間の経過の前後でモータトルクを低下させてもよい。また、疑似シーケンシャルシフターのダウンシフト操作であるなら、シフト時間の経過の前後でモータトルクを増大させてもよい。
【0015】
シフト時間内のモータトルクの変化特性は変更可能であってもよい。例えば、本開示の電気自動車がドライブモード選択スイッチを備える場合、制御装置は、ドライブモード選択スイッチにより選択されたドライブモードに応じて、シフト時間内のモータトルクの変化特性を変更してもよい。この構成によれば、運転者は、ドライブモードを適宜選択することによって、気分に合った運転感覚や運転場面に応じた運転感覚を任意に得ることができる。
【0016】
運転者が得る運転感覚は視覚情報に依存する。このため、クラッチペダルレスMT車両ならではの挙動を視覚的に表現することで、よりリアルな運転感覚を運転者に与えることが期待される。本開示の電気自動車は、クラッチペダルレスMT車両ならではの挙動を視覚的に表現する装置として、疑似エンジン回転速度メーターを備えてもよい。疑似エンジン回転速度メーターには、本開示の電気自動車が模擬しているクラッチペダルレスMT車両の仮想エンジン回転速度が表示される。一つの例として、疑似シーケンシャルシフターがアップシフト操作される場合、そのアップシフト操作に応答して、シフト時間の間、単調に低下する仮想エンジン回転速度を疑似エンジン回転速度メーターに表示してもよい。別の例として、疑似シーケンシャルシフターがダウンシフト操作される場合、そのダウンシフト操作に応答して、シフト時間内の所定のタイミングで上昇する仮想エンジン回転速度を疑似エンジン回転速度メーターに表示してもよい。
【0017】
制御装置によるモータトルクの計算は、クラッチペダルレスMT車両における駆動輪トルクの出力特性を模擬したクラッチペダルレスMT車両モデルを用いて行われてもよい。クラッチペダルレスMT車両モデルと、それを用いたモータトルクの計算の方法については、後述する本開示の実施形態において説明する。
【発明の効果】
【0018】
以上述べたように、本開示の電気自動車によれば、運転者は、シーケンシャルシフターを有するクラッチペダルレスMT車両のような運転感覚を楽しむことができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本開示の実施形態に係る電気自動車の構成を模式的に示す図である。
【
図2】
図1に示す電気自動車の制御システムの構成を示すブロック図である。
【
図3】
図1に示す電気自動車の制御装置の機能を示すブロック図である。
【
図4】
図3に示す制御装置が備えるクラッチペダルレスMT車両モデルの一例を示すブロック図である。
【
図5】
図4に示すクラッチペダルレスMT車両モデルを構成するエンジンモデルの一例を示す図である。
【
図6】
図4に示すクラッチペダルレスMT車両モデルを構成するクラッチモデルの一例を示す図である。
【
図7】
図4に示すクラッチペダルレスMT車両モデルを構成するシーケンシャルトランスミッションモデルの一例を示す図である。
【
図8】クラッチペダルレスMT車両モデルを用いたモータ制御で実現される電気モータのトルク特性を、電気自動車としての通常のモータ制御で実現される電気モータのトルク特性と比較して示す図である。
【
図9】アップシフト操作に応答して行われるクラッチペダルレスMT車両モデルを用いたモータトルクの演算の一例を示す図である。
【
図10】アップシフト操作に応答して行われるクラッチペダルレスMT車両モデルを用いたモータトルクの演算の別の例を示す図である。
【
図11】ダウンシフト操作に応答して行われるクラッチペダルレスMT車両モデルを用いたモータトルクの演算の一例を示す図である。
【
図12】ダウンシフト操作に応答して行われるクラッチペダルレスMT車両モデルを用いたモータトルクの演算の別の例を示す図である。
【
図13】本開示の実施形態に係る電気自動車の構成の変形例を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
1.電気自動車の構成
図1は、本実施の形態に係る電気自動車10の動力系の構成を模式的に示す図である。
図1に示すように、電気自動車10は、動力源として電気モータ2を備えている。電気モータ2は、例えばブラシレスDCモータや三相交流同期モータである。電気モータ2には、その回転速度を検出するための回転速度センサ40が設けられている。電気モータ2の出力軸3は、ギア機構4を介してプロペラシャフト5の一端に接続されている。プロペラシャフト5の他端は、デファレンシャルギア6を介して、車両前方のドライブシャフト7に接続されている。
【0021】
電気自動車10は、前車輪である駆動輪8と、後車輪である従動輪12とを備えている。駆動輪8は、ドライブシャフト7の両端にそれぞれ設けられている。各車輪8,12には、車輪速センサ30が設けられている。
図1では、代表して右後輪の車輪速センサ30のみが描かれている。車輪速センサ30は、電気自動車10の車速を検出するための車速センサとしても用いられる。車輪速センサ30は、コントローラエリアネットワーク(CAN)などの車載ネットワークによって後述する制御装置50に接続されている。
【0022】
電気自動車10は、バッテリ14と、インバータ16とを備えている。バッテリ14は、電気モータ2を駆動する電気エネルギを蓄える。すなわち、電気自動車10は、バッテリ14に蓄えられた電気エネルギで走行するバッテリ電気自動車(BEV)である。インバータ16は、バッテリ14から入力される直流電力を電気モータ2の駆動電力に変換する。インバータ16による電力変換は、制御装置50によるPWM制御によって行われる。インバータ16は、車載ネットワークによって制御装置50に接続されている。
【0023】
電気自動車10は、運転者が電気自動車10に対する動作要求を入力するための動作要求入力装置として、加速要求を入力するためのアクセルペダル22と、制動要求を入力するためのブレーキペダル24とを備えている。アクセルペダル22には、アクセルペダル22の操作量であるアクセル開度を検出するためのアクセルポジションセンサ32が設けられている。またブレーキペダル24には、ブレーキペダル24の操作量であるブレーキ踏み込み量を検出するためのブレーキポジションセンサ34が設けられている。アクセルポジションセンサ32及びブレーキポジションセンサ34は、車載ネットワークによって制御装置50に接続されている。
【0024】
電気自動車10は、動作入力装置として、さらに疑似パドルシフター26を備えている。パドルシフター、すなわち、パドル式のシーケンシャルシフターはシーケンシャルマニュアルトランスミッション(SMT)を操作する装置であるが、当然ながら電気自動車10はSMTを備えていない。疑似パドルシフター26は、あくまでも、本来のパドルシフターとは異なるダミーである。一般的に、パドルシフターを備えるMT車両は、クラッチペダルを備えないクラッチペダルレスMT車両である。ゆえに、電気自動車10は、疑似パドルシフター26を備えているが、クラッチペダルに似せた疑似クラッチペダルは備えていない。
【0025】
疑似パドルシフター26は、クラッチペダルレスMT車両が備えるパドルシフターに似せた構造を有している。疑似パドルシフター26は、ステアリングホイールに取り付けられている。疑似パドルシフター26は、アップシフトスイッチ26uとダウンシフトスイッチ26dを備える。アップシフトスイッチ26uは、ステアリングホイールの右側に設けられ、ダウンシフトスイッチ26dは、ステアリングホイールの左側に設けられている。アップシフトスイッチ26uとダウンシフトスイッチ26dは独立に操作することができる。アップシフトスイッチ26uは手前に引かれることで信号を発し、ダウンシフトスイッチ26dも手前に引かれることで信号を発する。以下、アップシフトスイッチ26uを手前に引く操作をアップシフト操作と称し、アップシフト操作によってアップシフトスイッチ26uが発する信号をアップシフト信号と称する。また、ダウンシフトスイッチ26dを手前に引く操作をダウンシフト操作と称し、ダウンシフト操作によってダウンシフトスイッチ26dが発する信号をダウンシフト信号と称する。アップシフトスイッチ26uとダウンシフトスイッチ26dは車載ネットワークによって制御装置50に接続されている。
【0026】
電気自動車10は、ドライブモード選択スイッチ42を備えている。ドライブモード選択スイッチ42は、電気自動車10のドライブモードを選択するスイッチである。
図1に示す例では、Aモード、Bモード、及びCモードの3つのドライブモードがドライブモード選択スイッチ42によって選択可能である。ドライブモードはその種類ごとに運転者に与える運転感覚が異なる。ドライブモードの例としては、スポーツモード、コンフォートモード、レーシングモード、通常モード等を挙げることができる。ドライブモードは少なくとも電気モータ2の出力特性に関連付けられている。ドライブモード選択スイッチ42は、車載ネットワークによって制御装置50に接続されている。
【0027】
電気自動車10は、疑似エンジン回転速度メーター44を備えている。エンジン回転速度メーターは、運転者に対して内燃機関(エンジン)の回転速度を表示する装置であるが、当然ながら電気自動車10はエンジンを備えていない。疑似エンジン回転速度メーター44は、あくまでも、本来のエンジン回転速度メーターとは異なるダミーである。疑似エンジン回転速度メーター44は、従来車両が備えるエンジン回転速度メーターに似せた構造を有している。疑似エンジン回転速度メーター44は、機械式でもよいし液晶表示式でもよい。或いは、ヘッドアップディスプレイによる投影表示式でもよい。液晶表示式や投影表示式の場合、レブリミットを任意に設定できるようにしてもよい。疑似エンジン回転速度メーター44は、車載ネットワークによって制御装置50に接続されている。
【0028】
制御装置50は、典型的には、電気自動車10に搭載される電子制御ユニット(ECU)である。制御装置50は、複数のECUの組み合わせであってもよい。制御装置50は、インターフェース52と、メモリ54と、プロセッサ56とを備えている。インターフェース52には車載ネットワークが接続されている。メモリ54は、データを一時的に記録するRAMと、プロセッサ56で実行可能なプログラムやプログラムに関連する種々のデータを保存するROMとを含んでいる。プログラムは複数のインストラクションで構成されている。プロセッサ56は、プログラムやデータをメモリ54から読み出して実行し、各センサから取得した信号に基づいて制御信号を生成する。
【0029】
図2は、本実施の形態に係る電気自動車10の制御システムの構成を示すブロック図である。制御装置50は、少なくとも車輪速センサ30、アクセルポジションセンサ32、ブレーキポジションセンサ34、アップシフトスイッチ26u、ダウンシフトスイッチ26d、回転速度センサ40、及びドライブモード選択スイッチ42からの信号の入力を受け付ける。これらのセンサと制御装置50との間の通信には車載ネットワークが用いられている。図示は省略するが、これらの他にも様々なセンサが電気自動車10に搭載され、車載ネットワークによって制御装置50に接続されている。
【0030】
また、制御装置50は、少なくともインバータ16と疑似エンジン回転速度メーター44へ信号を出力する。これらの機器と制御装置50との間の通信には車載ネットワークが用いられている。図示は省略するが、これらの他にも様々なアクチュエータや表示器が電気自動車10に搭載され、車載ネットワークによって制御装置50に接続されている。
【0031】
制御装置50は、制御信号算出部520としての機能を備える。詳しくは、メモリ54に記憶されたプログラムがプロセッサ56により実行されることで、プロセッサ56は、少なくとも制御信号算出部520として機能する。制御信号算出とは、アクチュエータや機器に対する制御信号を算出する機能である。制御信号には、少なくとも、インバータ16をPWM制御するための信号と、疑似エンジン回転速度メーター44に情報を表示させる信号とが含まれる。以下、制御装置50が有する機能について説明する。
【0032】
2.制御装置の機能
2-1.モータトルク算出機能
図3は、本実施の形態に係る制御装置50の機能、特に、電気モータ2に対するモータトルク指令値の算出に係る機能を示すブロック図である。制御装置50は、このブロック図に示された機能によりモータトルク指令値を計算し、モータトルク指令値に基づいてインバータ16をPWM制御するための制御信号を生成する。
【0033】
図3に示すように、制御信号算出部520は、クラッチペダルレスMT車両モデル530と要求モータトルク計算部540を備える。制御信号算出部520には、少なくとも車輪速センサ30、アクセルポジションセンサ32、アップシフトスイッチ26u、ダウンシフトスイッチ26d、及びドライブモード選択スイッチ42からの信号が入力される。制御信号算出部520は、これらのセンサ及びスイッチからの信号を処理し、電気モータ2に出力させるモータトルクを算出する。
【0034】
クラッチペダルレスMT車両モデル530は、電気自動車10をクラッチペダルレスMT車両であると仮定した場合に、アクセルペダル22及び疑似パドルシフター26の操作によって得られるはずの駆動輪トルクを計算するモデルである。クラッチペダルレスMT車両は、エンジン、SMT、及びエンジンとSMTとを接続するクラッチを備えるが、クラッチは自動で操作されるためクラッチペダルを備えないMT車両である。クラッチペダルレスMT車両における駆動輪トルクは、エンジンに対する燃料供給を制御するガスペダルの操作と、SMTのギア段を切り替えるパドルシフターの操作とによって決定付けられる。エンジンは火花点火式エンジンでもよいし、ディーゼルエンジンでもよい。以下、クラッチペダルレスMT車両モデル530により仮想的に実現されるエンジン、クラッチ、及びSMTをそれぞれ仮想エンジン、仮想クラッチ、仮想SMTと称する。
【0035】
クラッチペダルレスMT車両モデル530には、仮想エンジンのガスペダルの操作量として、アクセルポジションセンサ32で検出されたアクセル開度Papが入力される。また、クラッチペダルレスMT車両モデル530には、仮想SMTのギア段を決定するパドルシフターの操作の入力として、アップシフトスイッチ26uから発信されたアップシフト信号Suと、ダウンシフトスイッチ26dから発信されたダウンシフト信号Sdとが入力される。さらに、クラッチペダルレスMT車両モデル530には、車両の負荷状態を示す信号として車輪速センサ30で検出された車速Vw(或いは車輪速)も入力される。
【0036】
クラッチペダルレスMT車両モデル530には、ドライブモード選択スイッチ42からモード選択信号が入力される。クラッチペダルレスMT車両モデル530は、出力特性の異なるクラッチペダルレスMT車両を模擬した複数のモデルを含む。各モデルは、ドライブモード選択スイッチ42により選択されるドライブモードに関連付けられている。
図3に示す例では、クラッチペダルレスMT車両モデル530は、Aモードに対応するAモード用モデル、Bモードに対応するBモード用モデル、Cモードに対応するCモード用モデルを含む。ドライブモード選択スイッチ42により選択されたドライブモードに応じて、これらのモデルの中から1つのモデルが選択され、選択されたモデルが駆動輪トルクTwの計算に用いられる。
【0037】
要求モータトルク計算部540は、クラッチペダルレスMT車両モデル530で算出された駆動輪トルクTwを要求モータトルクTmに変換する。要求モータトルクTmは、クラッチペダルレスMT車両モデル530で算出された駆動輪トルクTwの実現必要なモータトルクである。駆動輪トルクTwの要求モータトルクTmへの変換には、電気モータ2の出力軸3から駆動輪8までの減速比が用いられる。
【0038】
2-2.クラッチペダルレスMT車両モデル
2-2-1.概要
次に、クラッチペダルレスMT車両モデル530について説明する。
図4は、クラッチペダルレスMT車両モデル530の一例を示すブロック図である。クラッチペダルレスMT車両モデル530は、エンジンモデル531、クラッチモデル532、SMTモデル533、車軸・駆動輪モデル534、及びPCUモデル535から構成されている。エンジンモデル531では、仮想エンジンがモデル化されている。本実施形態の仮想エンジンは、スロットルの開度によってトルクが制御される火花点火式エンジンである。クラッチモデル532では、仮想クラッチがモデル化されている。SMTモデル533では、仮想SMTがモデル化されている。車軸・駆動輪モデル534では、車軸から駆動輪までの仮想のトルク伝達系がモデル化されている。そして、PCUモデル535では、仮想エンジン、仮想クラッチ、及び仮想SMTを統合制御する仮想のプラントコントロールユニット(PCU)の一部の機能がモデル化されている。各モデルは、例えば、計算式で表されてもよいしマップで表されてもよい。
【0039】
各モデル間では計算結果の入出力が行われる。また、クラッチペダルレスMT車両モデル530に入力されたアクセル開度Pap、アップシフト信号Su、及びダウンシフト信号Sdは、PCUモデル535で用いられる。車速Vw(或いは車輪速)は複数のモデルにおいて使用される。クラッチペダルレスMT車両モデル530では、これらの入力信号に基づき、駆動輪トルクTwと仮想エンジン回転速度Neとが算出される。
【0040】
2-2-2.PCUモデル
PCUモデル535は、仮想エンジンの仮想スロットル開度、仮想クラッチの仮想クラッチ開度、及び仮想SMTの仮想ギア段を算出する。PCUモデル535は、仮想スロットル開度を計算するスロットル開度モデル、仮想クラッチ開度を計算するクラッチ開度モデル、及び仮想ギア段を計算するギア段モデルから構成される。
【0041】
スロットル開度モデルは、アクセル開度Pap、アップシフト信号Su、及びダウンシフト信号Sdの入力を受けて仮想スロットル開度TAを出力する。スロットル開度モデルでは、仮想スロットル開度TAはアクセル開度Papに関連付けられ、アクセル開度Papが大きくなるにつれて仮想スロットル開度TAは大きくされる。ただし、アップシフト信号Suが入力されたとき、及びダウンシフト信号Sdが入力されたとき、仮想スロットル開度TAはアクセル開度Papに関わらず一時的に低下される。これは、疑似パドルシフター26のシフト操作が行われたとき、仮想スロットルは一時的に閉じられることを意味する。スロットル開度モデルから出力される仮想スロットル開度TAは、エンジンモデル531に入力される。
【0042】
クラッチ開度モデルは、アップシフト信号Su及びダウンシフト信号Sdの入力を受けて仮想クラッチ開度CPを出力する。仮想クラッチ開度CPは、基本的にはゼロ%とされている。すなわち、仮想クラッチの基本の状態は係合された状態である。アップシフト信号Suが入力されたとき、及びダウンシフト信号Sdが入力されたとき、仮想クラッチ開度CPは一時的に0%にされる。これは、疑似パドルシフター26のシフト操作が行われたとき、仮想クラッチは一時的に解放されることを意味する。仮想クラッチを係合する際の仮想クラッチ開度CPの計算には、車速Vwと仮想エンジン回転速度とが用いられる。クラッチ開度モデルは、車速Vwから計算される仮想SMTの入力軸の回転速度と、仮想エンジン回転速度とを滑らかに一致させるように、回転速度差に基づいて仮想クラッチ開度CPを計算する。クラッチ開度モデルから出力される仮想クラッチ開度CPは、クラッチモデル532に入力される。
【0043】
ギア段モデルは、アップシフト信号Su及びダウンシフト信号Sdの入力を受けて仮想ギア段GPを出力する。仮想SMTのギア段数はN(Nは2以上の自然数)である。仮想ギア段GPは、アップシフト信号Suが入力される毎に1段上げられる。ただし、仮想ギア段GPが第N段になっているときは、アップシフト信号Suが入力された場合でも仮想ギア段GPは第N段に維持される。また、仮想ギア段GPは、ダウンシフト信号Sdが入力される毎に1段下げられる。ただし、仮想ギア段GPが第1段になっているときは、ダウンシフト信号Sdが入力された場合でも仮想ギア段GPは第1段に維持される。ギア段モデルから出力される仮想ギア段GPは、SMTモデル533に入力される。
【0044】
2-2-3.エンジンモデル
エンジンモデル531は、仮想エンジン回転速度Neと仮想エンジン出力トルクTeoutを算出する。エンジンモデル531は、仮想エンジン回転速度Neを計算するモデルと仮想エンジン出力トルクTeoutを計算するモデルから構成される。仮想エンジン回転速度Neの計算には、例えば、次式(1)で表されるモデルが用いられる。次式(1)では、車輪8の回転速度Nw、総合減速比R、及び仮想クラッチのスリップ率Rslipから仮想エンジン回転速度Neが算出される。
【数1】
【0045】
式(1)において、車輪8の回転速度Nwは車輪速センサ30によって検出される。総合減速比Rは、後述するSMTモデル533で計算されるギア比(変速比)rと、車軸・駆動輪モデル534で規定されている減速比とから算出される。スリップ率Rslipは、後述するクラッチモデル532で算出される。仮想エンジン回転速度Neは疑似エンジン回転速度メーター44に表示される。
【0046】
ただし、式(1)は、仮想クラッチによって仮想エンジンと仮想SMTとが接続されている状態での仮想エンジン回転速度Neの計算式である。仮想クラッチが切られている場合には、仮想エンジンで発生する仮想エンジントルクTeは、仮想エンジン回転速度Neの上昇に使用されるとみなすことができる。仮想エンジントルクTeは、仮想エンジン出力トルクTeoutに慣性モーメントによるトルクを加えたトルクである。仮想クラッチが切られている場合、仮想エンジン出力トルクTeoutはゼロである。ゆえに、エンジンモデル531は、仮想クラッチが切られている場合、仮想エンジントルクTeと仮想エンジンの慣性モーメントJとを用いて次式(2)により仮想エンジン回転速度Neを算出する。仮想エンジントルクTeの計算には、仮想スロットル開度TAをパラメータとするマップが用いられる。
【数2】
【0047】
なお、クラッチペダルレスMT車両のアイドリング中は、エンジン回転速度を一定回転速度に維持するアイドルスピードコントロール制御が行われる。そこで、エンジンモデル531は、仮想クラッチが切られ、車速が0であり、且つ仮想スロットル開度TAが0%である場合、仮想エンジン回転速度Neを所定のアイドリング回転速度(例えば1000rpm)として算出する。運転者が、停車中にアクセルペダル22を踏み込んで空吹かしを行う場合、式(2)で計算される仮想エンジン回転速度Neの初期値としてアイドリング回転速度が用いられる。
【0048】
エンジンモデル531は、仮想エンジン回転速度Ne及び仮想スロットル開度TAから仮想エンジン出力トルクTeoutを算出する。仮想エンジン出力トルクTeoutの計算には、例えば、
図5に示すようなマップが用いられる。このマップは、定常状態での仮想スロットル開度TAと、仮想エンジン回転速度Neと、仮想エンジン出力トルクTeoutとの関係を規定したマップである。このマップでは、仮想スロットル開度TA毎に仮想エンジン回転速度Neに対する仮想エンジン出力トルクTeoutが与えられる。
図5に示すトルク特性は、自然吸気エンジンを想定した特性に設定することもできるし、過給エンジンを想定した特性に設定することもできる。また、
図5に示すトルク特性は、仮想スロットル開度TAを仮想燃料噴射量に置き換えることで、ディーゼルエンジンを想定した特性に設定することもできる。エンジンモデル531で算出された仮想エンジン出力トルクTeoutは、クラッチモデル532に入力される。
【0049】
2-2-4.クラッチモデル
クラッチモデル532は、トルク伝達ゲインkを算出する。トルク伝達ゲインkは、仮想クラッチ開度CPに応じた仮想クラッチのトルク伝達度合いを算出するためのゲインである。クラッチモデル532は、例えば、
図6に示すようなマップを有する。このマップでは、仮想クラッチ開度CPに対してトルク伝達ゲインkが与えられる。
図6でトルク伝達ゲインkは、仮想クラッチ開度CPがCP0からCP1の範囲で1となり、仮想クラッチ開度CPがCP1からCP2の範囲で0まで一定の傾きで単調減少し、仮想クラッチ開度CPがCP2からCP3の範囲で0となるように与えられる。ここで、CP0はクラッチ開度0%に対応し、CP3はクラッチ開度100%に対応している。CP0からCP1までの範囲とCP2からCP3までの範囲は、仮想クラッチ開度CPによってトルク伝達ゲインkが変わらない不感帯である。
【0050】
クラッチモデル532は、トルク伝達ゲインkを用いてクラッチ出力トルクTcoutを算出する。クラッチ出力トルクTcoutは、仮想クラッチから出力されるトルクである。クラッチモデル532は、例えば、次式(3)により、仮想エンジン出力トルクTeout及びトルク伝達ゲインkからクラッチ出力トルクTcoutを算出する。クラッチモデル532で算出されたクラッチ出力トルクTcoutは、SMTモデル533に入力される。
【数3】
【0051】
また、クラッチモデル532は、スリップ率Rslipを算出する。スリップ率Rslipは、エンジンモデル531での仮想エンジン回転速度Neの計算に用いられる。スリップ率Rslipの算出には、トルク伝達ゲインkと同様に、クラッチペダル踏み込み量Pcに対してスリップ率Rslipが与えられるマップを用いることができる。そのようなマップに代えて、スリップ率Rslipとトルク伝達ゲインとの関係を表す次式(4)によって、トルク伝達ゲインkからスリップ率Rslipを算出してもよい。
【数4】
【0052】
2-2-5.SMTモデル
SMTモデル533は、ギア比(変速比)rを算出する。ギア比rは、仮想SMTにおいて仮想ギア段GPにより決まるギア比である。SMTモデル533は、例えば、
図7に示すようなマップを有する。このマップでは、仮想ギア段GPに対してギア比rが与えられる。
図7に示すように、仮想ギア段GPが大きいほどギア比rは小さくなる。
【0053】
SMTモデル533は、ギア比rを用いて変速機出力トルクTgoutを算出する。変速機出力トルクTgoutは、仮想SMTから出力されるトルクである。MTモデル533は、例えば、次式(5)により、クラッチ出力トルクTcout及びギア比rから変速機出力トルクTgoutを算出する。MTモデル533で算出された変速機出力トルクTgoutは、車軸・駆動輪モデル534に入力される。
【数5】
【0054】
2-2-5.車軸・駆動輪モデル
車軸・駆動輪モデル534は、所定の減速比rrを用いて駆動輪トルクTwを算出する。減速比rrは、仮想SMTから駆動輪8までの機械的な構造により決まる固定値である。減速比rrにギア比rを乗じて得られる値が前述の総合減速比Rである。車軸・駆動輪モデル534は、例えば、次式(6)により、変速機出力トルクTgout、及び減速比rrから駆動輪トルクTwを算出する。車軸・駆動輪モデル534算出された駆動輪トルクTwは、要求モータトルク計算部540に出力される。
【数6】
【0055】
2-3.クラッチペダルレスMT車両モデルで実現される電気モータのトルク特性
要求モータトルク計算部540は、クラッチペダルレスMT車両モデル530で算出された駆動輪トルクTwをモータトルクに変換する。
図8は、クラッチペダルレスMT車両モデル530を用いたモータ制御で実現される電気モータ2のトルク特性を、電気自動車(EV)としての通常のモータ制御で実現される電気モータ2のトルク特性と比較して示す図である。クラッチペダルレスMT車両モデル530を用いたモータ制御によれば、
図8に示されるように、疑似パドルシフター26により設定される仮想ギア段に応じて、クラッチペダルレスMT車両のトルク特性を模擬するようなトルク特性(図中実線)を実現することができる。なお、
図8では、仮想SMTのギア段数は6段とされている。
【0056】
3.シフト操作に応答したモータトルクの制御の例
3-1.アップシフト操作に応答したモータトルクの制御の例
図9は、疑似パドルシフター26のアップシフト操作に応答して行われるクラッチペダルレスMT車両モデル530を用いたモータトルクの演算の一例を示す図である。
図9に示す例では、電気自動車10の加速時においてアクセル開度を一定に保ちながらアップシフト操作が行われている。
【0057】
疑似パドルシフター26のアップシフト操作により、アップシフトスイッチ26uからアップシフト信号が入力される。アップシフト信号の入力を受けて、クラッチペダルレスMT車両モデル530のPCUモデル535は、仮想スロットル開度を所定の速度で減少させ、同時に仮想クラッチ開度を所定の速度で増大させる。仮想スロットル開度が0%になり仮想スロットルが完全に閉じられたタイミングと略同じタイミングで、仮想クラッチ開度は100%となって仮想クラッチは完全に解放される。
【0058】
仮想スロットルが完全に閉じられ、且つ仮想クラッチが完全に解放されたタイミングで、PCUモデル535は仮想SMTの仮想ギア段を1段増加させる。そして、仮想ギア段を1段増加させてから所定時間が経過したタイミングで、PCUモデル535は、仮想スロットル開度を所定の速度で増大させ、同時に仮想クラッチ開度を所定の速度で減少させる。仮想スロットル開度がアップシフト操作前の元の開度に復帰したタイミングと略同じタイミングで、仮想クラッチ開度は0%となって仮想クラッチは完全に係合される。これにより、仮想SMTのアップシフトは完了する。本明細書では、疑似パドルシフター26のアップシフト操作が検知された時点をアップシフトの開始時点と定義し、仮想クラッチが完全に係合された時点をアップシフトの完了時点と定義する。そして、本明細書では、アップシフトの開始時点からアップシフトの完了時点までの時間(
図9に示す時間t)をアップシフトのシフト時間と定義する。
【0059】
シフト時間の間は、仮想クラッチが解放されて仮想スロットルが閉じられるため、仮想エンジンは慣性で回転することになる。その結果、シフト時間の間は仮想エンジン回転速度は単調に減少する。そして、仮想クラッチが再び係合状態となり仮想スロットルが再び開かれることで、仮想エンジン回転速度は再び増大し始める。運転者が得る運転感覚は視覚情報に依存するため、アップシフト操作に応答して変化する仮想エンジン回転速度が疑似エンジン回転速度メーター44に表示されることで、リアルな運転感覚が運転者に与えられる。
【0060】
図9の最下段には、アップシフト操作に応答して上記のように仮想スロットル開度、仮想クラッチ開度、及び仮想ギア段を変化させることで達成されるモータトルクの変化が示されている。
図9に示す例では、モータトルクは、仮想クラッチの解放が進むに連れて低下し、仮想クラッチが完全に解放された時点でゼロまで低下する。そして、仮想クラッチが解放されている間、モータトルクはゼロに維持される。やがて、仮想クラッチの係合が開始されると、モータトルクは仮想クラッチの係合が進むに連れて増大する。ただし、仮想クラッチが完全に係合してアップシフトが完了した時点でのモータトルクは、アップシフトの開始時点でのモータトルクよりも低くされている。つまり、アップシフト操作に応答したモータトルクの制御では、シフト時間の経過の前後でモータトルクを低下させることが行われる。以上のようにモータトルクが制御されることにより、運転者は、クラッチペダルレスMT車両においてパドルシフターによりアップシフト操作を行ったときのような運転感覚を電気自動車10において楽しむことができる。
【0061】
アップシフトの完了後は、仮想ギア段と仮想スロットル開度に応じたモータトルクが算出される。ただし、シフト時間の経過直後、仮想エンジンの回転による慣性分を考慮して、
図9に破線で示すようにモータトルクを仮想ギア段と仮想スロットル開度から決まる値よりもオーバーシュートさせてもよい。或いは、その逆に、モータトルクを仮想ギア段と仮想スロットル開度から決まる値よりもアンダーシュートさせてもよい。
【0062】
図10A及び
図10Bは、疑似パドルシフター26のアップシフト操作に応答して行われるクラッチペダルレスMT車両モデル530を用いたモータトルクの演算の別の例を示す図である。
【0063】
図10Aに示す例では、シフト時間の間にモータトルクを極小値まで低下させてから再び増加させ、シフト時間の経過の前後ではモータトルクを減少させることが行われている。極小値はゼロである。モータトルクを一時的に低下させることに関しては、
図10Aに示す例は
図9に示す例と共通する。モータトルクを一時的に低下させることで、クラッチペダルレスMT車両においてパドルシフターのアップシフト操作が行われたときの運転感覚が演出される。
【0064】
図10Bに示す例では、アップシフトの開始時点からアップシフトの終了時点まで一定の変化率でモータトルクを低下させ、シフト時間の経過の前後でモータトルクを減少させることが行われている。
図10Bに示す例では、
図9に示す例や
図10Aに示す例のようにシフト時間の間にモータトルクに極小値を生じさせることはしない。ただし、アップシフトの開始時点とアップシフトの終了時点においてモータトルクの変化率を変化させている。つまり、
図10Aに示す例は、シフト時間の間にモータトルクの変化率を少なくとも2回変化させることに関して、
図9に示す例及び
図10Aに示す例と共通する。なお、
図9、
図10A、及び
図10Bに示す各例において、アップシフト操作が検知されてから所定の遅れ時間の経過後にモータトルクの変化率を変化させるようにしてもよい。
【0065】
クラッチペダルレスMT車両モデル530によれば、ドライブモード選択スイッチ42により選択されたドライブモードに応じてモータトルクの計算に使用するモデルを切り替えることができる。例えば、
図9に示すモータトルクの変化特性をAモードで得られる変化特性とし、
図10Aに示すモータトルクの変化特性をBモードで得られる変化特性とし、
図10Bに示すモータトルクの変化特性をCモードで得られる変化特性としてもよい。また、例えば、モータトルクの変化特性の波形はドライブモード間で共通とし、アップシフトのシフト時間をドライブモード毎に異ならせてもよい。モータトルクの変化特性が異なれば、運転者が受ける運転感覚も異なったものになる。運転者は、ドライブモード選択スイッチ42でドライブモードを適宜選択することによって、気分に合った運転感覚や運転場面に応じた運転感覚を任意に得ることができる。
【0066】
3-2.ダウンシフト操作に応答したモータトルクの制御の例
図11は、疑似パドルシフター26のダウンシフト操作に応答して行われるクラッチペダルレスMT車両モデル530を用いたモータトルクの演算の一例を示す図である。
図11に示す例では、電気自動車10の減速時においてアクセル開度を一定に保ちながらダウンシフト操作が行われている。
【0067】
疑似パドルシフター26のダウンシフト操作により、ダウンシフトスイッチ26dからダウンシフト信号が入力される。ダウンシフト信号の入力を受けて、クラッチペダルレスMT車両モデル530のPCUモデル535は、仮想スロットル開度を所定の速度で減少させ、同時に仮想クラッチ開度を所定の速度で増大させる。仮想スロットル開度が0%になり仮想スロットルが完全に閉じられたタイミングと略同じタイミングで、仮想クラッチ開度は100%となって仮想クラッチは完全に解放される。
【0068】
仮想スロットルが完全に閉じられ、且つ仮想クラッチが完全に解放されたタイミングで、PCUモデル535は仮想SMTの仮想ギア段を1段減少させる。そして、仮想ギア段を1段減少させてから所定時間が経過したタイミングで、PCUモデル535は仮想スロットルを一時的に開く。その後続けて、PCUモデル535は、仮想スロットル開度を所定の速度で増大させ、同時に仮想クラッチ開度を所定の速度で減少させる。仮想スロットル開度がダウンシフト操作前の元の開度に復帰したタイミングと略同じタイミングで、仮想クラッチ開度は0%となって仮想クラッチは完全に係合される。これにより、仮想SMTのダウンシフトは完了する。本明細書では、疑似パドルシフター26のダウンシフト操作が検知された時点をダウンシフトの開始時点と定義し、仮想クラッチが完全に係合された時点をダウンシフトの完了時点と定義する。そして、本明細書では、ダウンシフトの開始時点からダウンシフトの完了時点までの時間(
図11に示す時間t)をダウンシフトのシフト時間と定義する。
【0069】
仮想クラッチが解放されている間に仮想スロットルを一時的に開く操作は、仮想エンジン回転速度を上昇させ、車速から決まる仮想SMTの入力軸の回転速度に仮想エンジン回転速度を一致させるために行われる。仮想SMTの入力軸の回転速度と仮想エンジン回転速度との差が所定の閾値以内に収まったときに仮想クラッチの係合が開始される。ダウンシフト操作が行われた場合、仮想クラッチが係合されてモータトルクが増大するよりも前に仮想エンジン回転速度は上昇する。このような仮想エンジン回転速度の変化が疑似エンジン回転速度メーター44に表示されることで、運転者はダウンシフト時の運転感覚を視覚情報から得ることができる。
【0070】
図11の最下段には、ダウンシフト操作に応答して上記のように仮想スロットル開度、仮想クラッチ開度、及び仮想ギア段を変化させることで達成されるモータトルクの変化が示されている。
図11に示す例では、モータトルクは、仮想クラッチの解放が進むに連れて低下し、仮想クラッチが完全に解放された時点でゼロまで低下する。そして、仮想クラッチが解放されている間、モータトルクはゼロに維持される。やがて、仮想クラッチの係合が開始されると、モータトルクは仮想クラッチの係合が進むに連れて増大する。ただし、仮想クラッチが完全に係合してダウンシフトが完了した時点でのモータトルクは、ダウンシフトの開始時点でのモータトルクよりも高くされている。つまり、ダウンシフト操作に応答したモータトルクの制御では、シフト時間の経過の前後でモータトルクを増大させることが行われる。以上のようにモータトルクが制御されることにより、運転者は、クラッチペダルレスMT車両においてパドルシフターによりダウンシフト操作を行ったときのような運転感覚を電気自動車10において楽しむことができる。
【0071】
ダウンシフトの完了後は、仮想ギア段と仮想スロットル開度に応じたモータトルクが算出される。ただし、シフト時間の経過直後、仮想エンジンの回転による慣性分を考慮して、
図11に破線で示すようにモータトルクを仮想ギア段と仮想スロットル開度から決まる値よりもオーバーシュートさせてもよい。或いは、その逆に、モータトルクを仮想ギア段と仮想スロットル開度から決まる値よりもアンダーシュートさせてもよい。
【0072】
図12A及び
図12Bは、疑似パドルシフター26のダウンシフト操作に応答して行われるクラッチペダルレスMT車両モデル530を用いたモータトルクの演算の別の例を示す図である。
【0073】
図12Aに示す例では、シフト時間の間にモータトルクを極小値まで低下させてから再び増加させ、シフト時間の経過の前後ではモータトルクを増大させることが行われている。極小値はゼロである。モータトルクを一時的に低下させることに関しては、
図12Aに示す例は
図11に示す例と共通する。モータトルクを一時的に低下させることで、クラッチペダルレスMT車両においてパドルシフターのダウンシフト操作が行われたときの運転感覚が演出される。
【0074】
図12Bに示す例では、ダウンシフトの開始時点からダウンシフトの終了時点まで一定の変化率でモータトルクを低下させ、シフト時間の経過の前後でモータトルクを増大させることが行われている。
図12Bに示す例では、
図11に示す例や
図12Aに示す例のようにシフト時間の間にモータトルクに極小値を生じさせることはしない。ただし、ダウンシフトの開始時点とダウンシフトの終了時点においてモータトルクの変化率を変化させている。つまり、
図12Aに示す例は、シフト時間の間にモータトルクの変化率を少なくとも2回変化させることに関して、
図11に示す例及び
図12Aに示す例と共通する。なお、
図11、
図12A、及び
図12Bに示す各例において、ダウンシフト操作が検知されてから所定の遅れ時間の経過後にモータトルクの変化率を変化させるようにしてもよい。
【0075】
図11、
図12A、及び
図12Bに示すモータトルクの変化特性は、ドライブモード選択スイッチ42により選択可能なドライブモードに関連付けることができる。例えば、
図11に示すモータトルクの変化特性をAモードで得られる変化特性とし、
図12Aに示すモータトルクの変化特性をBモードで得られる変化特性とし、
図12Bに示すモータトルクの変化特性をCモードで得られる変化特性としてもよい。また、例えば、モータトルクの変化特性の波形はドライブモード間で共通とし、ダウンシフトのシフト時間をドライブモード毎に異ならせてもよい。
【0076】
4.その他
図13は、上記実施形態に係る電気自動車10の構成の変形例を模式的に示す図である。この変形例では、疑似シーケンシャルシフターとしてレバー式の疑似シフター28を備える。レバー式の疑似シフター28は、シフトレバー28aを前方に倒すことでアップシフト信号を出力し、シフトレバー28aを後方に倒すことでダウンシフト信号を出力するように構成されている。レバー式の疑似シフター28は車載ネットワークによって制御装置50に接続されている。
【0077】
上記実施形態に係る電気自動車10は、1つの電気モータ2で前輪を駆動するFF車である。しかし、電気モータを前と後ろに2基配置し、前輪と後輪のそれぞれを駆動する電気自動車にも本発明は適用可能である。また、本発明は、各輪にインホイールモータを備える電気自動車にも適用可能である。これらの場合のクラッチペダルレスMT車両モデルには、SMT付き全輪駆動車をモデル化したものを用いることができる。
【0078】
上記実施形態に係る電気自動車10は、変速機を備えていない。しかし、有段或いは無段の自動変速機を備えた電気自動車にも本発明は適用可能である。この場合、クラッチペダルレスMT車両モデルで計算されたモータトルクを出力させるように、電気モータ及び自動変速機からなるパワートレインを制御すればよい。
【0079】
本開示のモータトルク制御技術は、バッテリ電気自動車に限らず、電気モータを走行用の動力装置として用いる電気自動車であれば広く適用可能である。例えば、電気モータの駆動力のみで走行するモードを有するハイブリッド電気自動車(HEV)やプラグインハイブリッド電気自動車(PHEV)への本開示のモータトルク制御技術の適用は可能である。また、燃料電池で発電された電気エネルギを電気モータに供給する燃料電池電気自動車(FCEV)への本開示のモータトルク制御技術の適用も可能である。
【符号の説明】
【0080】
2 電気モータ、8 駆動輪、10 電気自動車、16 インバータ、26 疑似パドルシフター(疑似シーケンシャルシフター)、28 レバー式疑似シフター(疑似シーケンシャルシフター)、42 ドライブモード選択スイッチ、44 疑似エンジン回転速度メーター、50 制御装置、520 制御信号算出部、530 クラッチペダルレスMT車両モデル、540 要求モータトルク計算部