(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-29
(45)【発行日】2024-08-06
(54)【発明の名称】分離膜モジュールの診断方法、分離膜モジュールの劣化診断装置
(51)【国際特許分類】
B01D 65/10 20060101AFI20240730BHJP
B01D 63/10 20060101ALI20240730BHJP
【FI】
B01D65/10
B01D63/10
(21)【出願番号】P 2023501193
(86)(22)【出願日】2022-12-26
(86)【国際出願番号】 JP2022047956
(87)【国際公開番号】W WO2023127810
(87)【国際公開日】2023-07-06
【審査請求日】2023-05-29
(31)【優先権主張番号】P 2021213457
(32)【優先日】2021-12-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】谷口 雅英
(72)【発明者】
【氏名】富岡 一憲
(72)【発明者】
【氏名】中辻 宏治
(72)【発明者】
【氏名】植手 貴夫
(72)【発明者】
【氏名】天宮 清一
(72)【発明者】
【氏名】前田 智宏
(72)【発明者】
【氏名】下田 真也
【審査官】片山 真紀
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/071507(WO,A1)
【文献】特開2001-062255(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第101957335(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第110386640(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01D53/22、61/00-71/82
C02F1/44
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被処理水から透過水を得るための分離膜モジュールの状態診断方法であって、
溶質として、価数の異なるイオン性物質、または、分子量が異なる物質が少なくとも2種類含有する試験水を分離膜モジュールに供給し、もしくは、1種類の溶質を含有する試験水を、イオン性物質の価数を変更するか、または、物質の分子量を変更して、少なくとも2種類の試験水を個別に分離膜モジュールに供給し、透過水に含有される前記少なくとも2種類の溶質の濃度に基づいて分離性能を測定し、前記分離膜モジュールの使用前状態での前記試験水の分離性能を予め測定もしくは予測しておき、
前記分離膜モジュールを薬品に接触させて分離性能が悪化する化学的劣化プロファイルと分離膜モジュール供給側に物理的な傷をつけて分離性能が低下する物理的劣化プロファイルを予め作成し、
前記分離膜モジュールの使用前後での前記試験水の分離性能
と、前記化学的劣化プロファイルと、前記物理的劣化プロファイルと、を比較することによって、分離膜モジュールの
化学劣化と物理劣化の程度を判定することを特徴とする分離膜モジュールの状態診断方法。
【請求項2】
前記分離性能の比較を、透過水の濃度指標、濃度指標から換算される濃度、運転条件に基づいて換算される標準分離性能、運転データに基づいて計算される溶質透過係数に基づいて実施することを特徴とする請求項1に記載の分離膜モジュールの状態診断方法。
【請求項3】
前記価数が異なるイオン性物質が、少なくとも、1価の陽イオンで構成される物質と2価の陽イオンで構成される物質である、請求項1に記載の分離膜モジュールの状態診断方法。
【請求項4】
前記価数が異なるイオン性物質が、少なくとも、1価の陰イオンで構成される物質と2価の陰イオンで構成される物質である、請求項1に記載の分離膜モジュールの状態診断方法。
【請求項5】
前記透過水の濃度指標が、電気伝導度、TOC、屈折率、濁度、吸光度、発光光度、色度、IR、質量分析、イオンクロマト、ICP、pH、放射線のいずれかである、請求項2に記載の分離膜モジュールの状態診断方法。
【請求項6】
前記透過水をモジュールの少なくとも2箇所から取水し、分離性能を比較すること
で分離膜モジュールの化学劣化と物理劣化の程度を取水位置毎に判定することを特徴とする請求項1~5のいずれか1項に記載の分離膜モジュールの状態診断方法。
【請求項7】
前記少なくとも2箇所から透過水を取水する方法が、前記分離膜モジュールへ細いチューブを通して、前記分離膜モジュールの異なる位置の透過水を採水して水質を測定する方法であることを特徴とする請求項6に記載の分離膜モジュールの状態診断方法。
【請求項8】
前記分離膜モジュールがスパイラル型逆浸透膜モジュールであって、前記チューブを透過水集水用中心パイプの中に挿入、移動させることによって透過水の取水を行うことを特徴とする請求項7に記載の分離膜モジュールの状態診断方法。
【請求項9】
前記分離膜モジュールが透過水を少なくとも2箇所から取水できるような構造を有し、前記少なくとも2箇所から取水した透過水の流量比率を変化させることを特徴とする請求項6に記載の分離膜モジュールの状態診断方法。
【請求項10】
溶質として、価数の異なるイオン性物質、または、分子量が異なる物質が少なくとも2種
類含有する試験水を分離膜モジュールに供給し、透過水に含有される前記少なくとも2種類の各溶質濃度を定期的に検出する少なくとも2種類の検出器と、それらに基づいて
前記分離膜モジュールの使用前後での前記試験水の分離性能を比較する分離性能比較手段と、
前記分離膜モジュールを薬品に接触させて分離性能が悪化する化学的劣化プロファイルと分離膜モジュール供給側に物理的な傷をつけて分離性能が低下する物理的劣化プロファイルを含む劣化診断基準が予め記録されたデータ記録手段を有し、
前記分離性能比較手段
と前記劣化診断基準によって
、分離膜モジュールの
物理劣化と化学劣化の程度を自動的に判定する異常判定手段を有することを特徴とする分離膜モジュールの状態診断装置。
【請求項11】
前記検出器が、電気伝導度、UV吸収、TOC、屈折率、濁度、吸光度、蛍光光度、色度、pHのいずれかからなるオンライン検出器であって、検出値に基づいて自動的に濃度指標、濃度指標から換算される濃度、運転条件に基づいて換算される標準分離性能、運転データに基づいて計算される溶質透過係数のいずれかに基づいて、自動的に分離膜モジュールの性能低下の程度と物理劣化と化学劣化の寄与率を算出する計算手段を有することを特徴とする請求項
10に記載の分離膜モジュールの状態診断装置。
【請求項12】
前記2種類の溶質をパルス的に被処理水に添加し、透過水質の変化を測定することによって得られる分離膜モジュールの分離性能を比較し、自動的に判定することを特徴とする請求項
10に記載の分離膜モジュールの状態診断装置。
【請求項13】
請求項
10~
12のいずれか1項に記載の分離膜モジュールの状態診断のための計算手段と該計算手段を記録したコンピュータ読取可能な記録媒体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分離膜モジュールの診断方法、分離膜モジュールの劣化診断装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、水資源の枯渇が深刻になりつつあり、これまで利用されてこなかった水資源の活用が検討されている。また、そのための新技術として、精密濾過膜、限外濾過膜、ナノ濾過膜、逆浸透膜、イオン交換膜といった、従来の砂ろ過や蒸発法などに比べて、分離効率が非常に高い分離膜が水処理に適用されるようになってきている。特に最も身近でそのままでは利用できなかった海水から飲料水などを製造する技術、いわゆる海水淡水化、さらには下廃水を浄化し、処理水を再生する再利用技術に分離膜、とくに逆浸透膜が大きく注目されてきている。
【0003】
海水淡水化は、従来、水資源が極端に少なく、かつ、石油による熱資源が非常に豊富である中東地域で蒸発法を中心に実用化されてきた。最近では、逆浸透膜法の技術進歩による信頼性の向上やコストダウンが進み、中東地域において、逆浸透膜法海水淡水化プラントが実用化されている。
【0004】
下廃水再利用においても、内陸や海岸沿いの都市部や工業地域、水源がないような地域、排水規制のために放流量が制約されているような地域等で逆浸透膜法が適用されている。特に、シンガポールでは、国内で発生する下水を処理後、逆浸透膜で飲料水レベルの水質にまで再生し、水不足に対応している。
【0005】
海水淡水化や下廃水再利用に適用される逆浸透膜法は、塩分などの溶質を含んだ水に浸透圧以上の圧力を加えて逆浸透膜を透過させることで、脱塩された水を得る造水方法である。この技術を用いると、例えば海水、かん水から飲料水を得ることも可能であるし、また、工業用超純水の製造、排水処理、有価物の回収などにも用いられてきた。
【0006】
しかしながら、各種水処理プラントにおける通常運転中に逆浸透膜が高圧下に長期間晒されたり、取水した原水の殺菌に使用した殺菌剤や前処理で使用した凝集剤その他の残留物が逆浸透膜面に接触したりすること、さらに、逆浸透膜が汚染された場合に一般に実施される強酸や強アルカリなどでの薬品洗浄によって逆浸透膜に化学劣化が発生することがある。また、原水水質に応じた前処理を適用しても、残留した被処理水中の異物や運転中に発生したスケール、ファウラントが逆浸透膜の膜面に接触したりすることで逆浸透膜の膜面に物理的損傷が発生したり、逆浸透膜エレメントモジュールの使用時に急激に運転条件を変更したことで膜面に発生した皺が流路材と強く接触して物理的損傷部となったり、膜面に流路材が強く接触して物理的損傷部となったりする。そのため、定期的に逆浸透膜の性能を調査して、化学劣化や物理的損傷が発生していた際は、損傷要因への対応策を至急講じる必要がある。
【0007】
逆浸透膜の物理的損傷の有無を調査する方法としては、調査対象の逆浸透膜エレメントを解体して取り出した膜片の逆浸透機能を有するスキン層側に染色液(ベーシックバイオレット1(東京化成工業社製)の溶解液)を線速0.1~0.2cm/秒のクロスフ口一によって、運転圧力1.5MPaにて30分以上加圧通水させ、目視にて評価用膜に染色領域が存在しないか観察する方法が知られている(特許文献1)。
【0008】
また、逆浸透膜の化学劣化の有無を調査する方法としては、調査対象の逆浸透膜エレメントを解体し、逆浸透膜を取り出した後、その膜片をアルカリ水溶液とピリジンを混合した溶液に浸漬し、溶液の発色有無で化学劣化、特に酸化劣化を特定する方法が知られている(非特許文献1)。
【0009】
一方、逆浸透膜以外の膜に関しても、化学劣化や物理劣化が問題になる場合は少なくない。例えば、処理対象の水に酸化性物質が含まれている場合、例えば、地下水や産業廃水などは、有機ポリマーからなる分離膜が酸化性物質によって促進酸化を受け、化学的な劣化を生じる。また、被処理水に高硬度の物質が含まれている場合は、分離膜が物理的な損傷・傷を受ける。この劣化については、大きな物理損傷は、PDT(Pressure Decay Test)という試験(非特許文献2)やエアリーク試験、化学劣化などによる分離性能低下を調べる試験としては、バブルポイント試験(非特許文献3)、ラボレベルでは、分画分子量試験(非特許文献4)が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】国際公開第2015/063975号
【文献】国際公開第2020/071507号
【非特許文献】
【0011】
【文献】R. Sandin et al. / Desalination and Water Treatment 51 (2013)318-327 “Reverse osmosis membranes oxidation by hypochlorite and chlorine dioxide: spectroscopic techniques vs. Fujiwara test”
【文献】United States Environmental Agency/MEMBRANE FILTRATION GUIDANCE MANUAL(2005)、p183
【文献】日本工業規格、JIS K3832-1990、精密ろ過膜エレメント及びモジュールのバブルポイント試験方法
【文献】大矢晴彦ら,膜,第16巻1号,1991,p34
【文献】ジャーナル・オブ・メンブレン・サイエンス,第183巻,2000年,p259-267
【文献】ジャーナル・オブ・メンブレン・サイエンス,第183巻,2000年,p249-258)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、本発明者らの検討によると、従来の方法では、各種水処理プラントにおいて使用された分離膜モジュールの性能劣化要因を診断するために分離膜モジュールを解体し膜片を取り出して分析する必要があり、トラブル要因の診断に時間を要し、対策が遅れるという問題があった。
【0013】
本発明は、上記従来の実情に鑑みてなされたものであって、極めて簡便かつ迅速に分離膜モジュールの性能劣化要因を診断することができる分離膜モジュールの診断方法、分離膜モジュールの劣化診断装置を提供することを解決すべき課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0014】
前記課題を解決するために、本発明は次の構成をとる。
(1) 被処理水から透過水を得るための分離膜モジュールの状態診断方法であって、
少なくとも2種類の溶質を含有する試験水を分離膜モジュールに供給し、もしくは、少なくとも1種類の溶質を含有する試験水少なくとも2種類を個別に分離膜モジュールに供給し、透過水に含有される該溶質の濃度に基づいて分離性能を比較することによって分離膜モジュールの異常の種類、異常の程度、異常の発生位置のいずれかを判定することを特徴とする分離膜モジュールの状態診断方法。
(2) 前記少なくとも2種類の溶質が、価数の異なるイオン性物質、もしくは、分子量が異なる物質であることを特徴とする上記(1)に記載の分離膜モジュールの状態診断方法。
(3) 前記分離性能の比較を、透過水の濃度指標、濃度指標から換算される濃度、運転条件に基づいて換算される標準分離性能、運転データに基づいて計算される溶質透過係数に基づいて実施することを特徴とする上記(1)または(2)に記載の分離膜モジュールの状態診断方法。
(4) 前記価数が異なるイオン性物質が、少なくとも、1価の陽イオンで構成される物質と2価の陽イオンで構成される物質である、上記(2)または(3)に記載の分離膜モジュールの状態診断方法。
(5) 前記価数が異なるイオン性物質が、少なくとも、1価の陰イオンで構成される物質と2価の陰イオンで構成される物質である、上記(2)~(4)のいずれかに記載の分離膜モジュールの状態診断方法。
(6) 前記試験水少なくとも2種類が、同じ溶質でpHもしくは温度を変えたものであることを特徴とする上記(1)に記載の分離膜モジュールの状態診断方法。
(7) 前記透過水濃度指標が、電気伝導度、TOC、屈折率、濁度、吸光度、発光光度、色度、IR、質量分析、イオンクロマト、ICP、pH、放射線のいずれかである、上記(3)に記載の分離膜モジュールの診断方法。
(8) 前記透過水をモジュールの少なくとも2箇所から取水し、分離性能を比較することを特徴とする上記(1)~(7)のいずれかに記載の分離膜モジュールの状態診断方法。
(9) 前記少なくとも2箇所から透過水を取水する方法が、前記分離膜モジュールへ細いチューブを通して、前記分離膜モジュールの異なる位置の透過水を採水して水質を測定する方法であることを特徴とする上記(8)に記載の分離膜モジュールの状態診断方法。
(10) 前記分離膜モジュールがスパイラル型逆浸透膜モジュールであって、前記チューブを透過水集水用中心パイプの中に挿入、移動させることによって行うことを特徴とする上記(9)に記載の分離膜モジュールの状態診断方法。
(11) 前記分離膜モジュールが透過水を少なくとも2箇所から取水できるような構造を有し、透過水の流量比率を変化させることを特徴とする上記(8)~(10)のいずれかに記載の分離膜モジュールの状態診断方法。
(12) 前記分離膜モジュールの使用前状態での該試験水の分離性能を予め測定もしくは予測しておき、その値との乖離に基づいて分離膜モジュールの状態を判定することを特徴とする上記(1)~(11)のいずれかに記載の分離膜モジュールの状態判定方法。
(13) 前記分離膜モジュールを薬品に接触させて分離性能が悪化する化学的劣化プロファイルと分離膜モジュール供給側に物理的な傷をつけて分離性能が低下する物理的劣化プロファイルを予め作成し、測定された分離膜モジュールの分離性能と比較することによって化学劣化と物理劣化の寄与を判断することを特徴とする上記(12)に記載の分離膜モジュールの状態判定方法。
(14) 前記少なくとも2種類の溶質の分離性能の比較において、分離性能が高い方の溶質の分離性能低下率が、分離性能が低い方の溶質の分離性能低下率よりも2倍以上大きい場合は、物理劣化が発生していると判断する上記(1)に記載の分離膜モジュールの状態判定方法。
(15) 少なくとも2種類の溶質を含有する試験水を分離膜モジュールに供給し、透過水に含有される各溶質濃度を定期的に検出する少なくとも2種類の検出器と、それらに基づいて分離性能を比較する分離性能比較手段と、該分離性能比較手段によって分離膜モジュールの異常の種類、異常の程度、異常の発生位置のいずれかを自動的に判定する異常判定手段を有することを特徴とする分離膜モジュールの状態診断装置。
(16) 前記検出器が、電気伝導度、UV吸収、TOC、屈折率、濁度、吸光度、蛍光光度、色度、pHのいずれかからなるオンライン検出器であって、検出値に基づいて自動的に濃度指標、濃度指標から換算される濃度、運転条件に基づいて換算される標準分離性能、運転データに基づいて計算される溶質透過係数のいずれかに基づいて、自動的に分離膜モジュールの性能低下の程度と物理劣化と化学劣化の寄与率を算出する計算手段を有することを特徴とする上記(15)に記載の分離膜モジュールの状態診断装置。
(17) 前記2種類の溶質をパルス的に被処理水に添加し、透過水質の変化を測定することによって得られる分離膜モジュールの分離性能を比較し、自動的に判定することを特徴とする上記(15)または(16)に記載の分離膜モジュールの状態診断装置。
(18) 上記(15)~(17)のいずれかに記載の分離膜モジュールの状態診断のための計算手段と該計算手段を記録したコンピュータ読取可能な記録媒体。
【発明の効果】
【0015】
本発明の分離膜モジュールの診断方法、分離膜モジュールの劣化診断装置を用いれば、極めて簡便かつ迅速に分離膜モジュールの性能劣化要因を診断することができる。その結果、診断結果を基に水処理プラントの対応策を至急講じることで、水処理プラントにおける分離膜の安定運転を可能とし、安定的かつ安価に淡水や清澄水を得ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】最も代表的なスパイラル型逆浸透膜エレメントの部分分解斜視図である。
【
図2】スパイラル型逆浸透膜エレメントを耐圧容器に装填した逆浸透膜モジュールの側断面図である。
【
図3】一般的な中空糸型精密ろ過膜モジュールの側断面図である。
【
図4】逆浸透膜モジュールの透過水配管からチューブを通して局所透過水質を測定する方法を示す概略図である。
【
図5】2箇所以上の透過水取水口を有する分離膜モジュールを備えた逆浸透膜エレメント性能評価装置の概略図である。
【
図6】実施例1における分離性能の変化および化学劣化と物理劣化の寄与率を示すグラフである。
【
図7】実施例2における透過水中の各イオン性物質濃度の集水管長さ方向での分布を示すグラフである。
【
図8】実施例2における集水管の長さ方向での分離性能変化率および集水管長さ方向での化学劣化と物理劣化の寄与率を示すグラフである。
【
図9】実施例3における分離性能の変化および化学劣化と物理劣化の寄与率を示すグラフである。
【
図10】実施例4における透過水中の各イオン性物質濃度の集水管長さ方向での分布を示すグラフである。
【
図11】実施例4における集水管の長さ方向での分離性能変化率および集水管長さ方向での化学劣化と物理劣化の寄与率を示すグラフである。
【
図12】実施例5における分離性能の変化および化学劣化と物理劣化の寄与率を示すグラフである。
【
図13】実施例6における透過水中の各イオン性物質濃度の集水管長さ方向での分布を示すグラフである。
【
図14】実施例6における集水管の長さ方向での分離性能変化率および集水管長さ方向での化学劣化と物理劣化の寄与率を示すグラフである。
【
図15】実施例7における分離性能の変化および化学劣化と物理劣化の寄与率を示すグラフである。
【
図16】実施例8における透過水中の各イオン性物質濃度の集水管長さ方向での分布を示すグラフである。
【
図17】実施例8における集水管の長さ方向での分離性能変化率および集水管長さ方向での化学劣化と物理劣化の寄与率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明について詳述するが、これらは望ましい実施態様の一例を示すものであり、本発明はこれらの内容に特定されるものではない。なお、単に本発明と記載した場合は、後述の第一実施形態、第二実施形態及び第三実施形態を含む概念を意味する。
【0018】
[分離膜モジュールの診断方法]
本発明の第一実施形態に係る(以下、単に第一実施形態と称することがある)診断方法は、2種類の溶質を含有する試験水を分離膜モジュールに供給し、透過水に含有される該溶質濃度を2種類測定し、それらに基づいて獲得される分離性能を比較することによって分離膜モジュールの異常の種類、異常の程度、異常の発生位置のいずれかを判定することを特徴とする分離膜モジュールの状態診断方法である。具体的には、第1の溶質と第2の溶質それぞれの分離性能(一般に除去率で表される)は、分離膜の特性に基づいて、ある一定の比率になる。例えば、逆浸透膜モジュールの場合、文献「東レTSW-LEシリーズカタログ」に例示されるように、NaCl除去率99.6%、ホウ素除去率90%と記載されている。分離膜モジュールが分離性能低下を生じる大きな要因は、前述のように化学劣化と物理劣化であり、それぞれによって分離性能低下の関係は異なる。この場合の化学劣化としては、例えば、逆浸透膜の分離機能層が化学薬品に接触して劣化が発生し始めたときの化学劣化が挙げられる。
【0019】
本発明における化学劣化は、例えば、分離機能層の高分子成分の分子鎖配列が変化したり、切断されたり、低分子量体が欠落することであり、化学劣化の形態は特に限定されない。
【0020】
逆浸透膜エレメントを使用しているプラントでは、逆浸透膜エレメントに供給する原水の前処理で酸化剤を使用することが多く、その酸化剤の一部が逆浸透膜エレメントに漏れ込むことで酸化劣化を引き起こすことが知られている。本発明では、特に酸化剤が限定されることはないが、化学劣化の主要因は、原水の殺菌で使用する次亜塩素酸や次亜塩素酸から転換して生成した次亜臭素酸による酸化劣化が多い。
【0021】
化学劣化の場合は、2種類の溶質の除去性能低下がある関係をもって低下する。具体的には、例えば、非特許文献5(ジャーナル・オブ・メンブレン・サイエンス,第183巻,2000年,p259-267)にも示されるように、NaCl除去性能とホウ素除去性能の低下に比例に近い一定の関係があることが判っている。この関係は、他の溶質においても同様であることが本願発明者らの鋭意検討によって確認された。すなわち、2種類の除去性能の変化がある一定関係(多くの場合は、新品時の性能からある一定レベルまでは直線関係で性能低下することが多い)となる。すなわち、分離膜モジュールの使用前状態での該試験水の分離性能を予め測定もしくは予測しておき、その値との乖離に基づいて分離膜モジュールの状態を判定することで異常を検知・診断することが出来る。
【0022】
また、逆浸透膜で化学劣化が発生し始めたとき、1価のイオン性物質の透過量が2価のイオン性物質の透過量よりも先に大きくなり、さらに化学劣化が進行すると、2価のイオン性物質の透過量も増大し、1価のイオン性物質の透過量との差が小さくなる現象が認められる。したがって、1価のイオン性物質と2価のイオン性物質の分離性能低下の程度から、化学薬品接触による化学劣化の初期状態(軽微な劣化)を診断することもできる。
【0023】
簡易的には、例えば、逆浸透膜に対して1価イオン性物質と2価イオン性物質を使用して診断する場合は、1価イオン性物質の濃度が、原水中の前記1価のイオン性物質の濃度の0.9質量%以上であり、前記集水管内の透過水の前記2価のイオン性物質の濃度が、原水中の前記2価のイオン性物質の濃度の0.2質量%以下であるとき、前記逆浸透膜エレメントの劣化の主要因が化学劣化であると診断することができる。
【0024】
一方、物理劣化の場合、漏れのない分離膜モジュールと漏れを生じさせた分離膜モジュールの特性を測定して関係式を得ておくことも出来るが、基本的には膜の傷や大きな穴、接着部その他の隙間などを生じて、供給水(試験水や被処理水)が漏れる、すなわち、膜の分離性能とは関係なく供給水の組成によって透過水濃度が悪化するという現象であるので、計算によってもおおよそ求めることが出来る。例えば、供給水のNaイオン濃度が32000mg/Lでホウ素濃度が5mg/Lの場合、正常な新品分離膜モジュールで、例えば、透過水濃度がそれぞれ、100mg/L、0.5mg/L、そして、化学劣化した場合は、例えば、150mg/L、0.75mg/Lといった感じに性能低下するが、物理劣化した場合は、例えば、供給水が0.1%漏れ込んだ場合、透過水濃度は132mg/L、0.505mg/Lとなり、Naイオンの分離性能低下が著しく大きい。このような場合は、物理劣化が発生したと判断することが出来る。
【0025】
また、簡易的には、分離性能が低い方の溶質の分離性能の低下率A(透過率の倍率)と、分離性能が高い方の溶質の分離性能低下率Bが、分離性能が低い方の溶質の分離性能低下率Aよりも著しく大きい場合は、少なくとも物理劣化が発生していると判断することも可能である。具体的には、A>B×2であれば、物理劣化が発生していると判断しても良い。
【0026】
具体例としては、下記式(1)によって求められる。
2価のイオン性物質の変化率>1価のイオン性物質の変化率 (1)
【0027】
ただし、1価のイオン性物質の変化率は下記式(2)によって求められる値であり、2価のイオン性物質の変化率は下記式(3)によって求められる値である。
【0028】
1価のイオン性物質の変化率=(集水管内複数箇所の透過水中の1価のイオン性物質の最高濃度)/(集水管内複数個所の透過水中の1価のイオン性物質の最低濃度) (2)
【0029】
2価のイオン性物質の変化率=(集水管内複数個所の透過水中の2価のイオン性物質の最高濃度)/(集水管内複数個所の透過水中の2価のイオン性物質の最低濃度) (3)
【0030】
薬品接触による化学劣化と傷などによる物理劣化の関係プロファイルを予め作成・獲得した上で、
図6(化学劣化と物理劣化のベクトルの絵)に示すように、測定された分離膜モジュールの分離性能と比較し、化学劣化の場合の1価イオンと2価イオンの変化率の関係と物理劣化の1価イオンと2価イオンの変化率の関係の2つの矢印に分解することによって化学劣化と物理劣化の寄与を判断することが可能となる。
【0031】
第一実施形態は、2種類の価数が異なるイオンを混合させた試験水を使用しているが、異なる溶質1種類のみを含有する2種類の試験水を用意して、それぞれ個別に試験水を分離膜モジュールに供給、透過水を採水し、2種類の分離性能を獲得した上で、分離膜モジュールの診断を行うことも可能である。
【0032】
以下、本発明の第二実施形態(以下、単に第二実施形態と称することがある。)について説明する。第二実施形態に係る逆浸透膜エレメントの診断方法は、1価のイオン性物質を含む第1被処理水を、前記第1被処理水の浸透圧以上の圧力で、集水管を有する逆浸透膜エレメントに加圧供給し、前記第1被処理水を第1濃縮水と第1透過水に分離し、前記集水管の中の複数箇所で前記第1透過水を採取し、前記第1透過水を採水する前又は後に、2価のイオン性物質を含む第2被処理水を、前記第2被処理水の浸透圧以上の圧力で、前記逆浸透膜エレメントに加圧供給し、前記第2被処理水を第2濃縮水と第2透過水に分離し、前記集水管の中の複数箇所で前記第2透過水を採取し、前記第1透過水の水質を測定することによって、前記第1透過水中の前記1価のイオン性物質の濃度を求め、前記第2透過水の水質を測定することによって、前記第2透過水中の前記2価のイオン性物質の濃度を求め、前記1価のイオン性物質の濃度及び前記2価のイオン性物質の濃度の変化から、前記逆浸透膜エレメントの劣化状態を診断する。
【0033】
第1被処理水中の1価のイオン性物質の濃度は、好ましくは50~70000mg/Lであり、より好ましくは500~35000mg/Lである。第2被処理水中の2価のイオン性物質の濃度は、好ましくは50~10000mg/Lであり、より好ましくは50~4000mg/Lである。
【0034】
第1処理水は、例えば、純水に1価のイオン性物質を配合して得ることができる。第2処理水は、例えば、純水に2価のイオン性物質を配合して得ることができる。
【0035】
逆浸透膜エレメントについては、上述のとおりである。
【0036】
混合被処理水を逆浸透膜エレメントに加圧供給する際の圧力は、好ましくは0.5~10MPaであり、より好ましくは0.75~6MPaである。
【0037】
第1被処理水を第1濃縮水と第1透過水に分離する際の第1被処理水流量は、例えば、逆浸透膜エレメントの外径が約201mm(約8インチ)のサイズの物の場合、好ましく は50~1000L/分であり、より好ましくは120~500L/分である。その際の第1被処理水の水温は、好ましくは5~45℃であり、より好ましくは20~35℃である。その際の第1被処理水のpHは、好ましくは2~11であり、より好ましくは6~8.5である。
【0038】
第2被処理水を第2濃縮水と第2透過水に分離する際の第2被処理水流量は、例えば、逆浸透膜エレメントの外径が約201mm(約8インチ)のサイズの物の場合、好ましく は50~1000L/分であり、より好ましくは120~500L/分である。その際の第2被処理水の水温は、好ましくは5~45℃であり、より好ましくは20~35℃である。その際の第2被処理水のpHは、好ましくは2~11であり、より好ましくは6~8.5である。
【0039】
また、第1透過水中の1価のイオン性物質の濃度は、第1透過水の水質を測定することによって求められる。第2透過水中の2価のイオン性物質の濃度は、第2透過水の水質を測定することによって求められる。
【0040】
第1透過水及び第2透過水の水質の具体例としては、例えば、第1透過水及び第2透過水の導電率、イオン濃度又は総溶解固形物濃度が挙げられる。
【0041】
また、1価のイオン性物質の濃度が、第1透過水の電導度から求められた値であることが好ましく、2価のイオン性物質の濃度が、第2透過水の電導度から求められた値であることが好ましい。各透過水の電導度から各イオン性物質の濃度を求めることで、イオンクロマトグラフィーや滴定などの測定を省略することができる。
【0042】
なお、第二実施形態においては、第1被処理水及び第2被処理水の加圧供給順序は限定されず、どちらを先に加圧供給してもよい。例えば、第1被処理水を先に加圧供給する場合は、第2被処理水を加圧供給する前に、第1被処理水を純水等の水に変更して逆浸透膜エレメントに供給し、第1被処理水を洗い出せばよい。
【0043】
前述の第一実施形態ではNa(1価の強陽イオン性物質)とホウ素(3価の弱陰イオン性物質)を使用しているが、価数が異なるイオン性物質を用いることも好ましければ、分子量が異なる物質であることも好ましい。さらに、実際に適用するに際しては、除去性能に大きな差があったり、測定がしやすい成分を対象にすると良い。また、分離膜の表面は荷電を有している場合が多いので2種類のイオンは、価数の異なる同種イオンであることも好ましい。すなわち、例えば、1価の陽イオンと2価の陽イオン、もしくは、1価の陰イオンと2価の陰イオンである。
【0044】
本発明で使用される1価のイオン性物質は、特に限定される物ではないが、純水等の水に溶解したときに完全に乖離し、中性であることが好ましく、例えば、とくに天然に多数存在し、取り扱いのしやすさや比較的低価格であることから、NaとMg、ClとSO4は非常に好ましい。さらに、海水や河川水などの天然水を処理する水処理用分離膜は、天然性の有機物が弱い陰イオンであることが一般的なので、膜表面にマイナス荷電を持たせていることが多く、その場合は、陽イオンであるNaとMgを適用するのが好ましい。とくに、1価のイオン性物質として、塩化ナトリウムが好適に使用される。また、本発明で使用される2価のイオン性物質は、純水等の水に溶解したときに完全に乖離し、中性であればよく、特に限定される物ではないが、同様の理由から、硫酸マグネシウムが好適に使用される。これらを同時に選択すると、陽イオンも陰イオンも特性が異なるため、非常に好ましい。
【0045】
なお、試験水中の濃度は、測定しやすい条件に設定するのが好ましいが、特に制約されるものではない。一般には、1価のイオン性物質の濃度は、好ましくは50~70000mg/Lであり、より好ましくは500~35000mg/L、2価のイオン性物質の濃度は、好ましくは50~10000mg/L、であり、より好ましくは500~4000mg/Lである。
【0046】
本願発明における「試験水少なくとも2種類」は溶質が異なることが基本ではあるが、同じ溶質でpHもしくは温度を変えて実質的に異なる溶質とすることも可能である。例えば、炭酸を含む溶質は、pHを変えれば、解離、すなわち価数が変化するため、異なる特性の溶質となる。温度を変えることによっても溶質、とくに高分子系の溶質は特性が変化するので、適用可能な方法である。pHや温度を変化させた場合は、膜性能も変化する場合があり、化学変化の判定もしやすくなるという特徴がある。(物理劣化の場合、膜性能の変化は基本的には影響しない。)ただし、pHや温度を変化させるのは、薬品や熱エネルギー、さらにそのための時間や手間を要することになるため、注意が必要である。
【0047】
また、試験水は、測定を目的とした成分のみを含有している方が、分析精度が高まるため好ましいが、この場合、使用に供している(運転中の)分離膜モジュールを診断したい場合、被処理水の供給を止めて試験水に切り替えるか、分離膜モジュールを設備から外して診断するための装置に装填する必要がある。実際のプラントの運転中に本診断を実施したい場合は、運転中の状態で、すなわち、被処理水を試験水として使用することも可能である。ただし、比較評価の対象となる溶質以外の溶質が含まれている場合が多いので、分析精度に影響を及ぼすことに注意が必要である。もし、運転中の被処理水や透過水の濃度分析精度に難がある場合は、比較評価対象となる2種類の溶質をパルス的に被処理水に添加することによって、感度を上げることも好ましい方法の一つである。
【0048】
ところで、膜モジュールの分離性能としては、除去率(=1-透過水濃度/供給水濃度)、透過率(=透過水濃度/供給水濃度)、透過係数などが一般的である。
【0049】
透過係数に関しては、簡易的には、例えば、kg/m2/Pa/sという単位で表されるように、膜面積あたり、圧力あたり、時間あたりの透過量として算出することが出来るが、より厳密には、非特許文献6「ジャーナル・オブ・メンブレン・サイエンス,第183巻,2000年,p249-258)」に示される浸透圧や濃度分極を考慮、さらには、膜性能の温度変化を考慮した計算方法によって求めることが出来る。
【0050】
具体的には、
Jv=Lp(ΔP-Δπ)
Js=P(Cm-Cp)
Δπ=π(Cm)-π(Cp)
(Cm-Cp)/(Cf-Cp)=exp(Jv/k)
Jv :純水透過流束[m3/m2・s]
Js :溶質透過流束[kg/m2・s]
Lp :純水透過係数[m3/m2・Pa・s]
P :TDS透過係数[m/s]
π :浸透圧[Pa]
Δπ :浸透圧差[Pa]
ΔP :操作圧力差[Pa]
Cm :供給水膜面濃度[kg/m3]
Cf :供給水バルク濃度[kg/m3]
Cp :透過水濃度「kg/m3」
k :溶質物質移動係数[m/s]
【0051】
ここで、溶質物質移動係数kは、分離膜モジュール構造や評価セルによって決められる値であるが、非特許文献5(ジャーナル・オブ・メンブレン・サイエンス,第183巻,2000年,p259-267)に示されている浸透圧法もしくは流速変化法によって膜面流量Q[m3/s]もしくは膜面流速u[m/s]の関数として得ることができる。
【0052】
参考文献2に示されている平膜セルの場合、
k=1.63×10-3・Q0.4053
である。
【0053】
したがって、上記の式から未知数Lp,P,Cmを算出することができる。なお、分離膜モジュールの場合は、モジュール全体の平均値として得ることも出来れば、参考文献1に示されているように、膜エレメントの長さ方向に積分しながらLp,Pをフィッティングによって算出することができる。
【0054】
本発明を適用する分離膜モジュールについては、逆浸透膜、ナノ濾過膜、限外濾過膜、精密濾過膜、イオン交換膜、ガス分離膜、ろ布など、様々な分離膜で用いることが出来るが、とくに、海水や河川水などを処理して、飲料水や各種用水を製造する水処理用精密濾過膜、限外濾過膜、ナノ濾過膜、逆浸透膜へ適用すると、水処理コスト削減に貢献でき、非常に好ましい。また、モジュール形状としても、スパイラル型、中空糸型、平膜平行平板が(プレートアンドフレーム)型など、特に限定されるものではない。
【0055】
本発明で用いる逆浸透膜やナノ濾過膜の素材としては、例えば、酢酸セルロース系ポリマー、ポリアミド、ポリエステル、ポリイミド、ビニルポリマーなどの高分子素材を使用することができる。また、その膜構造は、膜の少なくとも片面に緻密層を持ち、緻密層から膜内部またはもう片方の面に向けて徐々に大きな孔径の微細孔を有する非対称膜や、非対称膜の緻密層の上に別の素材で形成された非常に薄い機能層を有する複合膜のどちらでもよい。
【0056】
また、限外濾過膜や精密濾過膜としては、ポリアクリロニトリル、ポリイミド、ポリエーテルスルホン、ポリフェニレンスルフィドスルホン、ポリテトラフルオロエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレン等の多孔質膜を挙げることができる。
【0057】
さらに、これら多孔質膜に機能層としては架橋型シリコーン、ポリブタジエン、ポリアクリロニトリルブタジエン、エチレンプロピレンラバー、ネオプレンゴム等のゴム状高分子を複合化することで透過性が高い複合分離膜として本発明を適用することが出来る。
【0058】
分離膜モジュールの構造は、膜の用途によって様々であるが、逆浸透膜やナノ濾過膜の場合は、スパイラル型が一般的である。最も代表的なスパイラル型逆浸透膜モジュールにとして使用するエレメントの部分分解斜視図を
図1に示す。
【0059】
このスパイラル型逆浸透膜エレメントは、一般的に、集水孔を有する集水管4の周りに、逆浸透膜1と透過水流路材2と被処理水流路材(ネットスペーサー)3とを含む逆浸透 膜ユニットがスパイラル状に巻囲されており、その逆浸透膜ユニットの外側をフィルムや硬化性樹脂を含侵したガラスファイバー等で覆い、この流体分離素子のその少なくとも一方の端部に、テレスコープ防止板5が装着されている。
【0060】
被処理水流路材には、ネット状やメッシュ状の格子状流路材、溝付シート、波形シート 等が使用できる。透過水流路材には、ネット状やメッシュ状の格子状流路材、溝付シート、波形シート等が使用できる。いずれも、分離膜と独立したネットやシートでも構わないし、接着や融着するなどして一体化したものでも差し支えない。
【0061】
被処理水6はテレスコープ防止板5から供給され被処理水流路材3を通って逆浸透膜に供給され、膜分離処理されて透過水7と濃縮水8とに分離され、透過水7は、集水管4の側面の孔から集水管の内側に集められ、集水管を通り、集水管の口から透過水7が採取される。このスパイラル型エレメントを
図2のように圧力容器9に装填することで使用に供することが出来る。
【0062】
逆浸透膜が平膜の場合は、上述のスパイラル型と呼ばれるタイプが一般的であり、これらのエレメントを円筒状の筐体(圧力容器など)に納めて、供給水、透過水、濃縮水の配管に接続することで使用に供することが出来る。
【0063】
混合被処理水を逆浸透膜エレメントに加圧供給する際の圧力は、好ましくは0.5~10MPaであり、より好ましくは0.75~6MPaである。
【0064】
混合被処理水を混合濃縮水と混合透過水に分離する際の混合被処理水流量は、例えば、逆浸透膜エレメントの外径が約201mm(約8インチ)のサイズの物の場合、好ましくは50~1000L/分であり、より好ましくは120~500L/分である。その際の 混合被処理水の水温は、好ましくは5~45℃であり、より好ましくは20~35℃である。その際の混合被処理水のpHは、好ましくは2~11であり、より好ましくは6~8.5である。
【0065】
なお、本実施形態においては、透過水の採取は、
図2に示すように圧力容器9の集水管右側(濃縮水出口側)から行ってもよいし、
図2では封止されている集水管左側(供給水入口側)から行ってもよい。
【0066】
一方、本発明を適用する中空糸膜モジュールとしては、一般的には、中空糸膜と中空糸膜の間、および中空糸膜とモジュール容器の間を気密にシール(ポッティング)して開口させた形状をとる。これによって、中空糸膜の外部と内部を中空糸膜自体によって隔離し、膜を通して分離処理を行うことができる。中空糸膜モジュールの構造としては、中空糸膜の両端部をポッティングした後、両端から開口する「両端開口型」、両端をポッティングした後に片方だけを開口させる「片端開口型」、中空糸膜をU字型にして中空糸膜端部を片方だけにして開口させる「U字型」、U字部を切断した上で、中空糸膜一本ずつを単独で封止した状態の「くし型」モジュールがあり、濾過方向としても中空糸膜の内側に処理原水を流す場合(内圧式)と外側に流す場合(外圧式)があり、いずれも本発明を適用することが出来る。
【0067】
試験水や透過水濃度の測定に関しても特に制限はなく、電気伝導度、TOC、屈折率、濁度、吸光度、発光光度、色度、IR、質量分析、イオンクロマト、ICP、pH、放射線など、様々な測定手法を用いることが出来るが、1種類の溶質で構成される2種類の試験水を使用する場合は、イオン性物質の場合は電気伝導度、高分子の場合は、屈折率、吸光度、発光光度など、簡便に測定できる方法を使用すると好ましい。
【0068】
各透過水の電気伝導度から各イオン性物質の濃度を求めるには、従来公知の方法で事前に各イオン性物質の濃度と電導度の関係を求めておけばよい。事前に各イオン性物質の濃度と電気伝導度の関係を求めておくことで、電気伝導度を濃度に換算できる。
【0069】
2種類以上の溶質を含有する試験水の場合は、クロマトグラフや吸光度などで、滞留時間や波長を分解してスキャンを行い、検出器で検知・測定すれば、一度で多成分を測定できるし、2種類の異なる検出器を同時につないで2種類の異なる水質指標を測定することも好ましい方法である。とくに、これらの方法は、オンラインで水質を測定する場合には、測定の煩雑さや制度の面でも非常に好ましい方法である。
【0070】
第一実施形態においては、分離膜モジュール全体の分離性能を測定して診断しているが、本発明の手法を用いて、分離膜モジュールの局所の異常を検知することも可能である。すなわち、透過水をモジュールの少なくとも2箇所から取水し、分離性能を比較することで、モジュール内部のどの位置でどのような異常が発生しているか診断することが出来るようになる。
【0071】
具体例を第二実施形態として、スパイラル型逆浸透膜モジュールを用いた場合の例を
図4に側断面図として示す。ここでは、集水管の中の複数箇所で混合透過水を採取し、採水ポイントの分離性能を獲得し、異常の内容とポイントをする方法としては、例えば、細いチューブを集水管内に通して、集水管の所定の位置でチューブの一端を留めて、チューブの他端から前記位置の混合透過水を採取する方法が挙げられる。
【0072】
その際、徐々にチューブを移動させ複数箇所で混合透過水を採取し、得られた混合透過水における1価のイオン性物質の濃度及び2価のイオン性物質の濃度を、イオンクロマトグラフィーや滴定などの手法で測定し、1価のイオン性物質の濃度及び2価のイオン性物質の濃度の変化から、分離膜モジュールの劣化状態を診断することができる。
【0073】
上述のようにチューブを用いる場合、チューブにあらかじめ長さの目盛を記載しておくことで、分離膜モジュールの集水管内のどの位置にチューブの端が位置しているかを特定することができる。
【0074】
すなわち、チューブを用いて各透過水の電導度を測定する場合は、チューブを集水管内に通して、集水管の所定の位置でチューブの一端を留めて、チューブの他端から前記位置 の透過水を採取して電気伝導度を測定すればよい。
【0075】
ここで、圧力容器の透過水配管からチューブを通し、チューブの先端を所定の位置で留め、複数個所で透過水を採取する場合は、集水管の供給水側と濃縮水側の両端で採水し、その間を概ね等間隔で採水すればよい。特に、その間隔幅を限定することはないが、全長1m程度の逆浸透膜エレメント1本の評価の場合、5cm間隔程度が好ましい。
【0076】
また、各透過水の電気伝導度を測定する方法としては、複数の電気伝導度センサーを集水管内の複数箇所に設置して電気伝導度を測定する方法を採用することもできる。
【0077】
なお、第二実施形態を適用可能な分離膜モジュールは特に制限はないが、
図2に例示するように、細いチューブを挿入しやすい平膜モジュールとくに、透過水の集水管を直線的に挿入しやすいスパイラル型逆浸透膜モジュールがとくに好適である。
【0078】
スパイラル逆浸透膜の場合、まれに集水管の片側の出口を封止しているところのO-リング等のシール材の劣化により原水が混入することがあり、集水管の封止している一端から30cm位までのところで、前記2価のイオン性物質の濃度が高くなることがある。そのため、集水管の封止している一端から30cm離れたところから、前記集水管の他端までの前記2価のイオン性物質の濃度において異常が確認された場合は、シール材の問題が発生したと判断することができる。
【0079】
もちろん、第二実施形態においても、実際のプラントの圧力容器から分離膜モジュールを抜き出し、別の評価装置を用いて、上述の方法を用いて分離膜モジュールの劣化状態を診断することも可能である。
【0080】
第三の実施形態として、分離膜モジュールが2箇所以上の透過水取水口を有する場合、さらに詳細情報を獲得するためには、
図5に示すような装置を適用し、特許文献2「WO2020-071507:水質プロファイルの作成方法、分離膜モジュールの検査方法及び水処理装置」のように、前記分離膜モジュールが透過水を少なくとも2箇所から取水できるような構造を有し、透過水の流量比率を変化させることによって第二の実施形態と同様の結果を得ることが出来る。
【0081】
この方法は、オンラインの水質検出器を用いることで、自動的かつ連続的に運転条件と濃度指標を獲得し、標準分離性能や溶質透過係数を算出、物理劣化と化学劣化に寄与率を含め、常時異常診断が出来るようになるため、非常に好ましい方法である。この方法によって、分離膜モジュールにチューブを挿入することなく、異常ポジションの検知が可能となるので好ましい実施態様である。
【0082】
なお、この方法の場合は、局所的な透水量の分布がある場合誤差を生じる可能性があるため、日本国特願2021-126114のように集水管にチューブを挿入する方法と併用することで、精度を上げる方法も提案されている。
【0083】
本発明の第三実施形態(以下、単に第三実施形態と称することがある。)に係る劣化診断装置を、分離膜モジュールとして、スパイラル型逆浸透膜エレメントを、2種類の異なる試験水として、1価のイオン性物質と2価のイオン性物質を含有する試験水を適用した場合を例に説明する。
【0084】
第三実施形態に係る逆浸透膜エレメントの劣化診断装置は、1価のイオン性物質を含む第1被処理水及び2価のイオン性物質を含む第2被処理水の少なくとも一方を含む被処理水を濃縮水と透過水とに分離する分離膜と、前記透過水を集水する集水管を有する逆浸透膜エレメントの劣化診断装置であって、前記逆浸透膜エレメントの劣化状態を診断するためにコンピュータを、運転中の前記逆浸透膜エレメントの運転条件と、前記1価のイオン性物質を含む第1透過水の水質及び前記2価のイオン性物質を含む第2透過水の水質とを、コンピュータに入力するデータ入力手段、前記運転条件と、前記第1透過水の水質と、前記第2透過水の水質とを、コンピュータに記録しておくデータ記録手段、前記運転条件と、前記第1透過水の水質と、前記第2透過水の水質とで求められた前記逆浸透膜エレメントの性能、及び、前記第1透過水中の前記1価のイオン性物質の濃度と、前記第2透過水中の前記2価のイオン性物質の濃度との変化率のデータを用い、予め定められた前記逆浸透膜エレメントの劣化診断基準に基づいて、前記逆浸透膜エレメントの 劣化の発生の有無を診断する劣化診断計算手段、として機能させる。
【0085】
第三実施形態は、上記の各手段を有するコンピュータを逆浸透膜エレメントの劣化状態を診断するために機能させるものである。第三実施形態は、コンピュータのメモリ、ハードディスクなどの記録装置等に記録可能であり、記録の形態は特に限定されない。
【0086】
コンピュータは、運転中の逆浸透膜エレメントの運転条件と、第1透過水の水質及び第2透過水の水質に関わるデータを工程別に抜き出し入力するデータ入力手段を有し、データ入力手段で得られる各工程での各測定値はデータ記録手段に記録される。
【0087】
データ記録手段に記録されるデータを用い、予め定められた前記逆浸透膜エレメントの劣化診断基準に基づいて、逆浸透膜エレメントの劣化の発生の有無が診断される。
【0088】
データ記録手段に記録されるデータとしては、例えば、前記運転条件と、前記第1透過水の水質と、前記第2透過水の水質とで求められた前記逆浸透膜エレメントの性能、及び、前記第1透過水中の前記1価のイオン性物質の濃度と、前記第2透過水中の前記2価のイオン性物質の濃度との変化率のデータが挙げられる。
【0089】
第三実施形態によって、極めて簡便かつ迅速に逆浸透膜エレメントの性能劣化要因を診断することができる。
【0090】
なお、第三実施形態における、被処理水、逆浸透膜エレメントの構造、第1透過水及び第2透過水の水質の具体例については、第一実施形態及び第二実施形態と同様である。
【0091】
また、第三実施形態における、逆浸透膜エレメントの劣化の主要因が化学劣化であるか物理劣化であるかの診断基準は、第一実施形態及び第二実施形態と同様である。また、第三実施形態は、コンピュータ読取可能な記録媒体に記録して利用することができる。
【実施例】
【0092】
以下に実施例を挙げ、本発明を具体的に説明するが、本発明は何らこれらに限定されるものではない。
【0093】
<実施例1>
超純水製造プラントで生産水の水質悪化傾向が観察されたため、使用中の逆浸透膜エレメントをベッセルから抜き出し、
図2に示すように逆浸透膜エレメント1本を圧力容器に装填の上、性能評価装置で分離性能の測定に供した。
【0094】
純水に塩化ナトリウムを溶解して1500mg/Lの濃度の試験水を調製し、供給圧力1.5MPa、濃縮水流量80L/分、水温25℃、被処理水pH7で運転し、圧力容器の透過水を獲得した。透過水7を取り出し、電気伝導度を測定し、塩化ナトリウムと電気伝導度の関係から、濃度を求めた。
【0095】
その後、試験水を純水に変更して、圧力容器内に装填された膜エレメントに供給し、塩化ナトリウムを洗い出した上で、純水に硫酸マグネシウムを溶解し濃度2000mg/Lの溶液を調製して、供給圧力1.5MPa、濃縮水流量80L/分、水温25℃、被処理水pH7で運転し、塩化ナトリウムのときと同様の方法で、集水管内の硫酸マグネシウムを含んだ透過水の電導度を測定し、硫酸マグネシウム濃度と電導度の関係から、濃度を求めた。
【0096】
結果、塩化ナトリウムの除去性能は98.80%(透過率1.20%)、硫酸マグネシウムの除去性能は99.93%(透過率0.07%)であった。なお、同条件で測定したこの逆浸透膜エレメントの生産時の性能は、塩化ナトリウムが99.74%(透過率0.26%)、硫酸マグネシウムが99.97%(透過率0.03%)であり、分離性能の低下率は、それぞれ、初期比の4.6倍と2.7倍であり、塩化ナトリウム分離性能の低下率に対して硫酸マグネシウムの低下率が大きくなかったことから、少なくとも化学劣化が主であるという兆候を確認した。
【0097】
さらに、化学劣化の関係式として、予め、逆浸透膜を次亜塩素酸に浸漬して強制的に化学劣化させた膜を用いて作成した塩化ナトリウムと硫酸マグネシウムの分離性能(透過率)に基づき、解析した塩化ナトリウムと硫酸マグネシウムの透過率の関係式(1)を作成した。また、物理劣化の関係式としては、傷が大きくなるにつれて供給水が漏れによって微量混合していったと想定して得られる塩化ナトリウムと硫酸マグネシウムの透過率の関係式(2)を作成した。それぞれの関係式を
図6に、さらに、初期(劣化前)と劣化後の透過率をプロットしたところ、化学劣化と物理劣化の寄与率は、97:3と計算され、ほぼ化学劣化のみによる分離性能低下であると判断された。
【0098】
<実施例2>
実施例1と同じ逆浸透膜エレメントを実施例1と同じ条件で評価した。ただし、超純水製造プラントで生産水の水質悪化傾向が観察されたため、使用中の逆浸透膜エレメントをベッセルから抜き出し、
図2に示すように逆浸透膜エレメント1本を圧力容器に装填の上、性能評価装置で分離性能の測定に供した。ただし、透過水は、
図4に示すように圧力容器の透過水配管からチューブを通し、逆浸透膜エレメントの集水管内の透過水を採水した。集水管内の供給水側から濃縮水側までの複数の位置で採水した透過水の電気伝導度を測定し、塩化ナトリウム濃度、硫酸マグネシウムと電気伝導度の関係から、それぞれの濃度を求めた。
【0099】
結果を
図7に示す。この結果に基づいて、実施例1と同様に、ただし、長さ方向に計算した分離性能変化率、および、
図6と同様の方法で、各ポジションでの寄与率を算出した結果を
図8に示す。これらの結果から、先頭と後方での硫酸マグネシウムの分離性能変化率が小さく、物理劣化の発生は軽微であると判断された。
【0100】
以上より、逆浸透膜エレメントの劣化の主要因が化学劣化であると診断された。プラントの薬品使用工程をチェックしたところ、原水の殺菌工程で添加されている次亜塩素酸ナトリウムが所定量より過剰に添加されていた記録があり、原水に漏れ出していたことが推定された。そのため、速やかに薬品添加工程の運転管理を改善し、プラントの重大トラブルを回避することができ、造水を継続することができた。
【0101】
<実施例3>
定期的に熱水殺菌を実施している純水製造プラントで生産水の水質悪化傾向が観察されたため、使用中の逆浸透膜エレメントをベッセルから抜き出し、逆浸透膜エレメント1本を逆浸透膜エレメント評価装置に装填した。
【0102】
実施例1と同様の方法で、透過水の塩化ナトリウム濃度と硫酸マグネシウム濃度を求めた結果、塩化ナトリウムの除去性能は98.50%(透過率1.50%)、硫酸マグネシウムの除去性能は98.93%(透過率1.07%)であった。なお、同条件で測定したこの逆浸透膜エレメントの生産時の性能は、塩化ナトリウムが99.82%(透過率0.18%)、硫酸マグネシウムが99.98%(透過率0.02%)であり、分離性能の低下率は、それぞれ、初期比の8.4倍と59.2倍であり、塩化ナトリウム分離性能の低下率が5倍以上と大きく、さらに、硫酸マグネシウムの低下率が極めて大きかったことから、少なくとも物理劣化主であるという兆候を確認した。
【0103】
さらに、化学劣化の関係式として、予め、逆浸透膜を次亜塩素酸に浸漬して強制的に化学劣化させた膜を用いて作成した塩化ナトリウムと硫酸マグネシウムの分離性能(透過率)に基づき、塩化ナトリウムと硫酸マグネシウムの透過率の関係式(1)を作成した。また、物理劣化の関係式としては、傷が大きくなるにつれて供給水が漏れによって微量混合していったと想定して得られる塩化ナトリウムと硫酸マグネシウムの透過率の関係式(2)を作成した。それぞれの関係式を
図9に、さらに、初期(劣化前)と劣化後の透過率をプロットしたところ、化学劣化と物理劣化の寄与率は、21:79と計算され、物理劣化が主要因の分離性能低下であると判断された。
【0104】
<実施例4>
実施例3と同じ逆浸透膜エレメントを実施例2と同じ条件で評価し、逆浸透膜エレメントの集水管内の透過水を採取した。集水管内の供給水側から濃縮水側までの複数の位置で採水した透過水の電気伝導度を測定し、塩化ナトリウム濃度、硫酸マグネシウムと電気伝導度の関係から、それぞれの濃度を求めた。
【0105】
結果を
図10に示す。この結果に基づいて、実施例1と同様に、ただし、長さ方向に計算した分離性能変化率、および、
図9と同様の方法で、各ポジションでの寄与率を算出した結果を
図11に示す。これらの結果から、先頭と後方での硫酸マグネシウムの分離性能変化率が大きく、化学劣化も発生しているが物理劣化も発生、とくに300mm~700mmの中央部分の物理劣化が著しく大きいと判断された。
【0106】
以上より、逆浸透膜エレメントの性能劣化要因として、物理劣化の寄与が大きいと診断された。プラントの運転方法として、熱水殺菌工程をチェックしたところ、熱水殺菌工程の冷却時、プラント配管内水温度が35℃まで下がってから、25℃冷却水を導入することになっていたが、誤ってプラント配管内水温40℃で25℃冷却水を導入していたことが判明した。35℃以上の水温から急激な冷却を実施したため分離膜面にシワが発生し物理劣化が発生したと推察された。速やかに熱水殺菌工程の運転方法を改善し、影響を受けた逆浸透膜レメントを交換することでプラントの重大トラブルを回避することができ、造水を継続することができた。
【0107】
<実施例5>
超純水製造プラントの定期点検で、使用中の逆浸透膜エレメントをベッセルから抜き出し、実施例1と同様の方法で、集水管内の複数の位置の透過水の塩化ナトリウム濃度と硫酸マグネシウム濃度を求めた結果、塩化ナトリウムの除去性能は99.37%(透過率0.63%)、硫酸マグネシウムの除去性能は99.93%(透過率0.07%)であった。なお、同条件で測定したこの逆浸透膜エレメントの生産時の性能は、塩化ナトリウムが99.80%(透過率0.20%)、硫酸マグネシウムが99.98%(透過率0.02%)であり、分離性能の低下率は、それぞれ、初期比の3.1倍と3.5倍であり、塩化ナトリウム分離性能の低下率に対して硫酸マグネシウムの低下率も大きく違わなかったことから、少なくとも化学劣化が主であるという兆候を確認した。
【0108】
さらに、実施例1と同様、
図12に初期(劣化前)と劣化後の透過率をプロットしたところ、化学劣化と物理劣化の寄与率は、90:10と計算され、化学劣化が主要因の分離性能低下であると判断された。
【0109】
<実施例6>
さらに、実施例5と同じ逆浸透膜エレメントを実施例2と同じ条件で評価し、逆浸透膜エレメントの集水管内の透過水を採取した。集水管内の供給水側から濃縮水側までの複数の位置で採取した透過水の電気伝導度を測定し、塩化ナトリウム濃度、硫酸マグネシウムと電気伝導度の関係から、それぞれの濃度を求めた。
【0110】
結果を
図13に示す。この結果に基づいて、実施例1と同様に、ただし、長さ方向に計算した分離性能変化率、および、
図12と同様の方法で、各ポジションでの寄与率を算出した結果を
図14に示す。これらの結果からも、化学劣化が主要因であることと、局所的ではなく、全体的に劣化が発生していることを確認した。
【0111】
<実施例7>
超純水製造プラントの生産水の水質悪化が健在化したため、使用中の逆浸透膜エレメントをベッセルから抜き出し、実施例1と同様の方法で、集水管内の複数の位置の透過水の塩化ナトリウム濃度と硫酸マグネシウム濃度を求めた結果、塩化ナトリウムの除去性能は88.24%(透過率11.76%)、硫酸マグネシウムの除去性能は95.95%(透過率4.05%)であった。なお、同条件で測定したこの逆浸透膜エレメントの生産時の性能は、塩化ナトリウムが99.82%(透過率0.18%)、硫酸マグネシウムが99.98%(透過率0.02%)であり、分離性能の低下率は、それぞれ、初期比の65.3倍と225.2倍であり、塩化ナトリウム分離性能の低下率、硫酸マグネシウムの低下率ともに大きかったことから、主要因を判定するのは困難であった。
【0112】
そこで、実施例1と同様、
図15に、初期(劣化前)と劣化後の透過率をプロットしたところ、化学劣化と物理劣化の寄与率は、67:33と計算され、化学劣化と物理劣化の両方が要因であり、化学劣化の寄与の方がやや大きい分離性能低下であると判断された。
【0113】
<実施例8>
さらに、実施例7と同じ逆浸透膜エレメントを実施例2と同じ条件で評価し、逆浸透膜エレメントの集水管内の透過水を採取した。集水管内の供給水側から濃縮水側までの複数の位置で採取した透過水の電気伝導度を測定し、塩化ナトリウム濃度、硫酸マグネシウムと電気伝導度の関係から、それぞれの濃度を求めた。
【0114】
結果を
図16に示す。 この結果に基づいて、実施例1と同様に、ただし、長さ方向に計算した分離性能変化率、および、
図15と同様の方法で、各ポジションでの寄与率を算出した結果を
図17に示す。これらの結果から、先頭よりも後方での硫酸マグネシウム分離性能変化率が大きく、後方位置での物理劣化の寄与がやや大きいもの比較的均一に物理劣化と化学劣化が生じていると判断された。
【0115】
後日、劣化要因の確認のため逆浸透膜エレメントを解体し、膜表面を観察したところ、膜全面に結晶性の付着物が存在しており、膜を染色した結果からも析出した結晶性の塩によって膜全面に傷が発生したと推定された。
【0116】
<比較例1>
実施例1に示すように、超純水製造プラントで生産水の水質悪化傾向が観察されたため、使用中の逆浸透膜エレメントをベッセルから抜き出し、
図2に示すように逆浸透膜エレメント1本を圧力容器に装填の上、性能評価装置で分離性能の測定に供した。
【0117】
純水に塩化ナトリウムを溶解して1500mg/Lの濃度の試験水を調製し、供給圧力1.5MPa、濃縮水流量80L/分、水温25℃、被処理水pH7で運転し、圧力容器の透過水を獲得した。透過水7を取り出し、電気伝導度を測定し、塩化ナトリウムと電気伝導度の関係から、濃度を求めた。結果、塩化ナトリウムの除去性能は98.80%(透過率1.20%)、であった。なお、同条件で測定したこの逆浸透膜エレメントの生産時の塩化ナトリウム除去率は99.74%(透過率0.26%)であり、分離性能が4.6倍低下していることが判ったが、化学劣化なのか物理劣化なのかは判らず、対策指針も立てられなかった。
【0118】
そこで、手間をかけてこの逆浸透膜エレメントを解体し、解体した膜を染色したが、膜面に目立った傷はなく、劣化の主要因が物理劣化にあると考えることは出来なかった。さらに、逆浸透膜片をアルカリ水溶液とピリジンを混合した溶液に浸漬したところ、着色が認められ、酸化劣化が発生していることが確認され、劣化の主要因は化学劣化であると結論づけられた。しかし、化学劣化と物理劣化の比率まで推定することは出来なかった。
【0119】
<比較例2>
実施例3に示すように、定期的に熱水殺菌を実施している純水製造プラントで生産水の水質悪化傾向が観察されたため、使用中の逆浸透膜エレメントをベッセルから抜き出し、逆浸透膜エレメント1本を逆浸透膜エレメント評価装置に装填した。
【0120】
比較例1と同様の方法で、塩化ナトリウムの除去性能を測定した結果、塩化ナトリウムの除去性能は98.50%(透過率1.50%)、硫酸マグネシウムの除去性能は98.93%(透過率1.07%)であった。なお、同条件で測定したこの逆浸透膜エレメントの生産時の塩化ナトリウム除去率は99.82%(透過率0.18%)であり、分離性能が8.4倍低下していることが判ったが、化学劣化なのか物理劣化なのかは判らず、対策指針も立てられなかった。
【0121】
そこで、手間をかけてこの逆浸透膜エレメントを解体したところ、膜面のしわが確認されると共に、解体した膜を染色したところ、膜面に多数の傷が確認されたため、大きな物理劣化が発生していることは確認できたが、化学劣化の発生有無は判断できなかった。さらに、逆浸透膜片をアルカリ水溶液とピリジンを混合した溶液に浸漬したところ、着色が認められ、酸化劣化が発生していることが確認され、性能低下は化学劣化と物理劣化の両方であると結論づけられた。しかし、化学劣化と物理劣化比率まで推定することは出来なかった。
【0122】
<比較例3>
実施例5に示すように、超純水製造プラントの定期点検で、使用中の逆浸透膜エレメントをベッセルから抜き出し、逆浸透膜エレメント1本を逆浸透膜エレメント評価装置に装填した。
【0123】
比較例1と同様の方法で、塩化ナトリウムの除去性能を測定した結果、塩化ナトリウムの除去性能は98.50%(透過率1.50%)であった。なお、同条件で測定したこの逆浸透膜エレメントの生産時の塩化ナトリウム除去率は99.82%(透過率0.18%)であり、分離性能が3.1倍低下していることが判ったが、化学劣化なのか物理劣化なのかは判らず、対策指針も立てられなかった。
【0124】
そこで、手間をかけてこの逆浸透膜エレメントを解体したところ、外観に異常はなく、染色によっても膜面の傷もほとんどなく、物理劣化発生の兆候は確認されなかったため、化学劣化が主要因だと推定されたが、表面観察による原因究明には至らなかった。さらに、逆浸透膜片をアルカリ水溶液とピリジンを混合した溶液に浸漬したところ、着色が認められ、酸化劣化が発生していることが確認され、劣化の主要因は化学劣化であると結論づけられた。しかし、化学劣化と物理劣化の比率まで推定することは出来なかった。
【0125】
<比較例4>
超純水製造プラントの生産水の水質悪化が健在化したため、使用中の逆浸透膜エレメントをベッセルから抜き出し、逆浸透膜エレメント1本を逆浸透膜エレメント評価装置に装填した。
【0126】
実施例1と同様の方法で、集水管内の複数の位置の透過水の塩化ナトリウム濃度を求めた結果、塩化ナトリウムの除去性能は88.24%(透過率11.76%)であった。なお、同条件で測定したこの逆浸透膜エレメントの生産時の性能は、塩化ナトリウムが99.82%(透過率0.18%)であり、分離性能が65.3倍と低下していることが判ったが、化学劣化なのか物理劣化なのかは判らず、対策指針も立てられなかった。
【0127】
そこで、手間をかけてこの逆浸透膜エレメントを解体し、膜表面を観察したところ、膜全面面に結晶性の付着物が存在しており、膜を染色した結果からも析出した結晶性の塩によって膜全面に大量の傷が発生したと推定された。ただし、この結果からは化学劣化の有無は判断できなかった。さらに、逆浸透膜片をアルカリ水溶液とピリジンを混合した溶液に浸漬したところ、着色が認められず、酸化劣化の発生を検知することは出来なかった。
【0128】
以上、図面を参照しながら各種の実施の形態について説明したが、本発明はかかる例に限定されないことは言うまでもない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された範疇内において、各種の変更例又は修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。また、発明の趣旨を逸脱しない範囲において、上記実施の形態における各構成要素を任意に組み合わせてもよい。
【0129】
なお、本出願は、2021年12月27日出願の日本特許出願(特願2021-213457)に基づくものであり、その内容は本出願の中に参照として援用される。
【符号の説明】
【0130】
1:逆浸透膜
2:透過水流路材
3:被処理水流路材(ネットスペーサー)
4:集水管
5:テレスコープ防止板
6,6’:被処理水
7,7’:透過水
8:濃縮水
9:圧力容器
10:チューブ
11:電導度計
21:中空糸膜
22:ポッティング
23:ろ過水側キャップ
24:逆洗水排出口
25:供給水排出口
26:ろ過水出口ノズル
27:供給水入口ノズル
28:供給水入口