(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-29
(45)【発行日】2024-08-06
(54)【発明の名称】ソバ由来成分を含有する抗うつ性組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 36/70 20060101AFI20240730BHJP
A23L 33/105 20160101ALI20240730BHJP
A61P 25/24 20060101ALI20240730BHJP
A61K 131/00 20060101ALN20240730BHJP
【FI】
A61K36/70
A23L33/105
A61P25/24
A61K131:00
(21)【出願番号】P 2020065799
(22)【出願日】2020-04-01
【審査請求日】2023-03-02
(73)【特許権者】
【識別番号】598036779
【氏名又は名称】松屋製粉株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】304036743
【氏名又は名称】国立大学法人宇都宮大学
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100103610
【氏名又は名称】▲吉▼田 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100109070
【氏名又は名称】須田 洋之
(74)【代理人】
【識別番号】100123777
【氏名又は名称】市川 さつき
(74)【代理人】
【識別番号】100111796
【氏名又は名称】服部 博信
(74)【代理人】
【識別番号】100156982
【氏名又は名称】秋澤 慈
(72)【発明者】
【氏名】田村 由自
(72)【発明者】
【氏名】水重 貴文
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 史佳
(72)【発明者】
【氏名】金野 尚武
(72)【発明者】
【氏名】羽生 直人
(72)【発明者】
【氏名】前田 勇
(72)【発明者】
【氏名】蕪山 由己人
【審査官】菊池 美香
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-311845(JP,A)
【文献】特開2000-053575(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第110464754(CN,A)
【文献】Niger. J. Physiol. Sci.,2017年,vol. 32,pp. 201-205
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 36/70
A23L 33/105
A61P 25/24
A61K 131/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ソバの甘皮粉砕物を有効成分として含有する、抗うつ
用組成物
であって、
前記ソバの甘皮粉砕物がソバ粉の形態で含まれ、前記ソバ粉のソバタンパク質含有率が20質量%以上(乾燥質量当たり)である、前記抗うつ用組成物。
【請求項2】
請求項1に記載の抗うつ
用組成物を含有する、抗うつ用飲食品。
【請求項3】
請求項1に記載の抗うつ
用組成物を含有する、抗うつ用医薬品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はソバ由来成分をソバ粉含有する抗うつ性組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
現代社会において、人は日々精神的なものを含め様々なストレスに曝されている。人がストレスを受けている状態では、自律神経系、内分泌系及び免疫系等の生体機能調節系の変化が生じていることは広く知られており、過度あるいは継続的なストレスは、心身の健康を脅かすと共に様々な疾患のリスクとなり、生活の質を低下させる原因の一つとなっている。そのような疾患の一つとして「うつ病」が知られている。
精神医学の分野では、「憂うつである」、「気分が落ち込んでいる」などと表現される症状を抑うつ状態といい、この状態がある程度以上の重症である時にうつ病(うつ疾患)と呼ばれる。近年、このうつ疾患罹患者数が増加し、大きな社会問題となっている。発症の原因にもよるが、うつ疾患の治療又は改善には抗うつ剤の投与が効果的である。例えば、代表的なSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)は、脳内神経伝達物質のセロトニン濃度を高め、神経伝達能力を向上させることにより抗うつ作用を発揮していると考えられている。しかしながら、抗うつ剤による副作用の問題があり、SSRIでは服用中止時の離脱症状(禁断症状)などが知られている。そのため、副作用が起こることなく、うつ疾患を改善することが望まれている。
このような副作用の問題を解決するために、種々検討されている。特許文献1には、グルコシルセラミドを有効成分として含有する抗うつ性組成物が開示されている。特許文献2には、クルクミンと、イチョウ葉エキス又はアスタキサンチンの少なくとも一方とを含む、抗鬱作用等を有する中枢神経作用改善用組成物が開示されている。また、うつ状態の改善を目的とし、GABA、DHA・EPA、セントジョンウォート等を有効成分として含有する機能性表示食品等が実用化されている。これらは、何れも食経験のある天然食品素材由来の抽出物、精製物あるいはその素材自体の乾燥粉末であり、副作用が起こることなく抗うつ作用を発揮するものと期待されている。
一方、「玄そば」とは、タデ科ソバ属に分類されるソバ(Fagopyrum esculentum)、ダッタンソバ(Fagopyrum tataricum)の種実のことである。古来より、玄そば又はぬき実(玄そばを脱皮して殻を除去したもの)、あるいはそれらを製粉して得られるソバ粉は、蕎麦粥、蕎麦麺、蕎麦掻き、蕎麦ガレット、蕎麦茶などの各種の飲食品に加工されてきた、食経験豊富な食品素材である。玄そば(特にダッタンソバの玄そば)は、抗酸化作用や血圧降下作用等の生理機能を有するルチンを豊富に含有しているので、その機能性食品としての利用が試みられている(特許文献3、特許文献4、特許文献5等)。
また、特許文献6では蛋白質含有量が20~35質量%の高蛋白微粉ソバ粉の製造方法が開示されており、ソバ麺の食感改良及び風味増強に寄与することが記載されている。特許文献7では乾燥重量あたり、たんぱく質含有量が40~45重量%、澱粉質含有量が28~38重量%のソバ粉が開示されており、糖尿病発症に関連する異常な糖代謝に対する改善作用を有することが記載されている。
上記の様に各種検討されているが、玄そばあるいはその加工品が抗うつ作用を有することは知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2019-77662号公報
【文献】特開2019-131576号公報
【文献】特開2017-153433号公報
【文献】特開2012-244927号公報
【文献】特開2005-13005号公報
【文献】特開2009-112253号公報
【文献】特開2007-89505号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、副作用の問題が生じ難く、安全性の高い、抑うつ状態(うつ病)の予防、治療又は改善作用を有する組成物、及びそれを含む飲食品、医薬品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、甘皮粉砕物を多く含むソバ種実粉砕画分が抗うつ作用を有することを見出した。すなわち本発明のソバの甘皮粉砕物を有効成分として含有する抗うつ性組成物によれば、副作用の問題が生じ難く、安全性が高く、抑うつ状態(うつ病)を予防、治療又は改善することができることを見出した。
本発明は以下の通りである。
[1]ソバの甘皮粉砕物を有効成分として含有する、抗うつ性組成物。
[2]前記ソバの甘皮粉砕物がソバ粉の形態で含まれる、前記[1]に記載の抗うつ性組成物。
[3]ソバ粉のソバタンパク質含有率が20質量%以上(乾燥質量当たり)である、[2]に記載の抗うつ性組成物。
[4][1]~[3]のいずれか1項に記載の抗うつ性組成物を含有する、抗うつ用飲食品。
[5][1]~[3]のいずれか1項に記載の抗うつ性組成物を含有する、抗うつ用医薬品。
【発明の効果】
【0006】
本発明のソバの甘皮粉砕物を有効成分として含有する抗うつ性組成物によれば、副作用の問題が生じ難く、安全性が高く、抑うつ状態(うつ病)を予防、治療又は改善することができる。
【発明を実施するための形態】
【0007】
本発明の抗うつ性組成物は、ソバの甘皮粉砕物を有効成分として含有する。
一般に、ソバ粉を製造するソバ種実は、タデ科ソバ属に分類される植物の種実であり、殻(果皮)、甘皮(種皮)、胚芽(子葉)及び胚乳で構成される。
本発明における「ソバの甘皮粉砕物」はソバ種実の甘皮部分を粉砕したものであり、ソバ種実から甘皮部分を分離して粉砕することにより得ることもでき、また後述する各種ソバ粉を製造する過程において、ソバ種実を粉砕してふるい分けなどにより甘皮の粉砕物を含む画分を取り出すことにより得ることができる。
【0008】
本発明の抗うつ性組成物は、好ましくはソバの甘皮粉砕物がソバ粉の形態で含まれる。より好ましくは、ソバの甘皮粉砕物を含むソバ種実の粉砕画分の形態で含まれる。また本発明の抗うつ性組成物は好ましくはソバ粉の形態である。
本発明において、ソバ粉を製造するソバ種実は、タデ科ソバ属に分類される植物の種実であればよく、好ましくはソバ(Fagopyrum esculentum)、ダッタンソバ(Fagopyrum tataricum)の種実である。
一般的に、ソバ粉は、玄そば(殻のついたソバ種実)又はぬき実(玄そばを脱皮して殻を除去したもの)を石臼式粉砕機、ロール式粉砕機、胴挽き式粉砕機等の粉砕機で粉砕して製造され、一番粉(内層粉)、二番粉(中層粉)、三番粉(表層粉)、全粒粉(全層粉)に区別される。一番粉、二番粉、三番粉という呼称は、バケット輸送方式の製粉方法でソバ粉を製造していた頃の名残であり、1回ロール粉砕して篩って採取される粉が一番粉、篩を抜けなかった粗粉を再度ロール粉砕して篩って採取される粉が二番粉、同じ操作を更に繰り返して採取される粉が三番粉とされていたことに由来する。一番粉は、挽き込むと粉砕され易いソバ種実の中心付近の澱粉質を主体とする部位(胚乳)が粉砕されたものであり、白く透明感があることから、更科粉、御前粉、打ち粉と呼ばれることがある。二番粉、三番粉になるにつれてソバ種実の中心から離れた部位(胚芽や甘皮)が製粉されたものが含まれるようになり、それに伴ってソバタンパク質の含有率が高くなり、そばの甘皮色(独特の青緑色)が強くなる。特に三番粉は殻や甘皮が多く含まれるために黒っぽい色調になる。全粒粉は、玄そば又は甘皮で覆われたぬき実をまるごと挽いた粉であり、殻、甘皮、胚芽及び胚乳の粉砕物を含むものである。
【0009】
本発明の抗うつ性組成物において、ソバの甘皮粉砕物がソバ粉の形態で含まれる場合、好ましくはソバ粉のソバタンパク質含有率が20質量%以上(乾燥質量当たりであり、さらに好ましくは23質量%以上であり、なお好ましくは26質量%以上であり、最も好ましくは30質量%以上である。
ソバ種実の甘皮、胚芽、胚乳におけるソバタンパク質含有率は、甘皮が約30~45質量%、胚芽が約5~8%、胚乳が約3.5~6%であることが知られており、より高いソバタンパク質含有率のそば粉を使用することで、そば粉におけるソバの甘皮粉砕物の割合が高くなり、摂取量に対して効率よく抗うつ性作用を得ることができる。
【0010】
本発明において「ソバタンパク質」はソバ粉に含まれるタンパク質をいう。ソバ粉に含まれるタンパク質としてはグロブリン、アルブミン、グルテリン、プロラミンなどが主要なものとして知られているが、これらに限定されない。
なおソバ粉のソバタンパク質含有率は抗うつ性組成物に使用するソバ粉全量に対するものであり、ソバ粉としては一定のソバタンパク質含有率を有する単一のソバ粉を使用しても良く、あるいはソバタンパク質含量の異なる複数のソバ粉を混合してソバタンパク質含有率を調整して使用しても良い。
【0011】
本発明において使用するソバの甘皮粉砕物を含むソバ粉は、製粉操作と篩い分け操作とを繰り返し実施することにより製造することができる。すなわち、ソバ種実(玄そば及び/又はぬき実)を製粉して得られた粉砕物を目開き2600~118μmの篩で篩い分け、篩を通り抜けなかった粗粒画分を採取する。この粗粒画分を更に製粉し、再度目開き2600~118μmの篩を通り抜けない粗粒画分を採取する。この製粉と篩い分けとを繰り返し、その繰り返し回数が多くなるほど胚乳部粉砕物が分離され、ぬき実を粉砕した場合であれば甘皮部まで細かく粉砕されるので、甘皮粉砕物をより多く含むソバタンパク質含有率が高いソバ粉を得ることができる。
【0012】
澱粉質が主成分である胚乳は、粉砕操作により細かく粉砕されやすく、概ね目開き200μm以下の篩を通過する。それに対して、蛋白質及び繊維質に富む甘皮は、製粉操作により細かく粉砕され難く、200μm以下の篩を通過することができない。200μm以下の篩を通過しない画分には、細かく粉砕されなかった胚乳(ソバ種実の中心から離れた部分の胚乳)も含まれているが、粉砕操作と篩い分け操作とを繰り返すことにより、目開き200μm以下の篩を通過できるまでに粉砕され、甘皮から胚乳を分離することができる(但し、繰り返し回数が多くなるに従って、甘皮の一部が胚乳粉砕物に挽き込まれる)。更に粉砕操作を繰り返すことにより甘皮を細かく粉砕することもできるが、産業効率の観点から目開き300~600μmの篩を通過できる程度にまで粉砕することができれば、飲食品や各種加工原料として利用しやすくなる。ソバ胚乳の蛋白質含有率は、品種、産地、生育条件等により変動があるが、3.5~6質量%である。ぬき実の粉砕操作と篩い分け操作とを繰り返して分画した粉砕物において、蛋白質含有率が高くなるに従って甘皮粉砕物の割合が増加し、蛋白質含有率が20質量%以上の粉砕物画分では甘皮粉砕物が主要構成成分となる。
【0013】
ソバ種実(玄そば、ぬき実)の製粉方法は特に限定されるものではなく、公知の製粉方法であればよく、例えば石臼式粉砕、ロール式粉砕、胴挽き式粉砕、衝撃式粉砕、気流式粉砕等が挙げられ、それらを組み合わせることもできる。
ソバ粉に含まれるソバタンパク質の含有率は、公知の方法であれば好適に測定することができる。例えば、近赤外分光光度計(ニレコ社、NIRS DS2500)を使い、マニュアルに従い測定することができる。
【0014】
本発明の抗うつ性組成物は、組成物の態様でもよく、助剤とともに任意の形態に製剤化して、経口投与または非経口投与が可能な医薬品とすることができる。例えば、経口用の剤形としては、錠剤、口腔内速崩壊錠、カプセル、顆粒、細粒などの固形投薬形態、シロップ及び懸濁液のような液体投薬形態とすることができる。非経口の剤形としては、注射剤等の形態で投与される。なお、医薬品には医薬部外品も含まれる。
【0015】
固形投薬形態とする場合、一般製剤の製造に用いられる種々の添加剤を適当量含んでいてもよい。このような添加剤として、例えば賦形剤、結合剤、酸味料、発泡剤、人工甘味料、香料、滑沢剤、着色剤、安定化剤、pH調整剤、界面活性剤などが挙げられる。
【0016】
液体投薬形態とする場合、本発明の抗うつ性組成物は必要に応じてpH調整剤、緩衝剤、溶解剤、懸濁剤等、等張化剤、安定化剤、防腐剤などの存在下、常法により製剤化することができる。
【0017】
本発明の抗うつ性組成物は、機能性食品、健康食品、特定保健用食品、栄養機能食品等の保健機能食品、特別用途食品(例えば、病者用食品)、健康補助食品、サプリメント等として調製されてもよい。サプリメントとして、例えば、一般的なサプリメントの製造に用いられる種々の添加剤とともに錠剤、丸状、カプセル(ハードカプセル、ソフトカプセル、マイクロカプセルを含む)状、粉末状、顆粒状、細粒状、トローチ状、液状(シロップ状、乳状、懸濁状を含む)等の形状とすることができる。
【0018】
本発明の抗うつ性組成物は、食品に配合することができる。配合可能な食品に特に限定はないが、例えば、飴、グミ、チューインガム等の菓子類;クッキー、クラッカー、ビスケット、チョコレート、プリン、ゼリー、スナック菓子、米菓、饅頭、羊羹などの菓子類;アイスクリーム、アイスキャンディー、シャーベット、ジェラート等の冷菓;ドーナツ、ケーキ、ガレット、食パン、フランスパン、クロワッサン等のベーカリー食品;うどん、そば、中華めん、きしめん等の麺類;白飯、赤飯、ピラフ等の米飯類;カレー、シチュー、ドレッシング等のソース類;ハム、ソーセージ、かまぼこ、ちくわ、魚肉ソーセージ等の練り製品;天ぷら、コロッケ、ハンバーグなどの各種惣菜類;ジュース、お茶等の飲料等が挙げられる。
【0019】
本発明の抗うつ性組成物の摂取量は、摂取する患者等の年齢、性別、症状の程度、摂取形態によって異なるが、甘皮粉砕物又は甘皮粉砕物を含むソバ粉について、それぞれ含まれる甘皮由来ソバタンパク質に換算して成人では1日あたり好ましくは5mg/kg以上であり、より好ましくは10mg/kg以上であり、更に好ましくは20mg/kg以上であり、より更に好ましくは25mg/kg以上である。また特に摂取量の上限はないが、1000mg/kgを超えると製品コストの観点から好ましくない。必要に応じて、1日の摂取量を数回、例えば2~3回に分けて分割投与してもよい。
【0020】
本発明の抗うつ性組成物の効果は、例えばマウスにおける強制水泳試験、遺伝子発現等により評価される抗うつ作用に基づいて確認することができる。
【0021】
強制水泳試験は、抗うつ作用の評価に広く用いられており、臨床的に有効な抗うつ薬は無動時間を短縮することが知られている(参考文献1、Porsolt RD, Le Pichon M, Jalfre M. 1977. Depression: a new animal model sensitive to antidepressant treatments. Nature 266:730-732.)。さらに、遺伝子発現は脳におけるうつに関連するとされる
因子を評価する。
【0022】
一方、上述の本発明に係る抗うつ性組成物の記載に準じて、本発明は、ソバタンパク質を患者又は被験体(ヒト)に投与することを含む、うつ病の予防、治療又は改善方法にも関する。
【実施例】
【0023】
以下本発明を具体的に説明する為に実施例を示すが、本発明は以下の実施例のみに限定されるものではない。
【0024】
製造例1:ソバ粉の製造
ぬき実(中国産、在来種)を小型臼式製粉機(株式会社國光社製「やまびこ号L型」)に投入して粉砕し、目開き180μm篩にて篩い分け、篩い抜けなかった画分は、再度粉砕機に投入し、同工程を繰り返した。一回目の粉砕で篩を抜けた画分をソバ粉A(未乾燥での蛋白質含有率は4.1質量%)として得た。 上記工程を3回繰り返し、目開き180μm篩を抜けなかった画分を採取し、目開き530μm篩を用いて上記工程を繰り返し、篩抜けた画分(未乾燥)の蛋白質含有率が25.0質量%以上となった画分をソバ粉B(未乾燥での蛋白質含有率は31.0質量%)として得た。なお、蛋白質含有率は、近赤外分光光度計(ニレコ社、NIRS DS2500)を使い測定した。ソバ粉Aとソバ粉Bを混合し(ソバ粉A:ソバ粉B=10:90)、ソバ粉Cを調製した。
そば殻を上記工程の条件にて粉砕し、目開き180μm篩にて篩抜けた画分を集めソバ粉Dを得た。
ソバ粉A~Dのソバ粉の蛋白質含有率を表1に記載した。なお、ソバ粉の蛋白質含有率は、各ソバ粉5gを採取してアルミ容器に入れ、庫内温度を135℃に予熱した乾燥機に投入して1時間135℃で乾燥させてソバ粉の水分含有率を求め、ソバ粉の乾燥質量当たりに換算して表記した。
【0025】
【0026】
試験例1 マウスの強制水泳による抗うつ性の評価
5週齢雄性のddY系マウス(クローズドコロニーとして維持されている非近交系マウス)を8匹ずつ5群に分け、室温22±1℃で12時間の明暗サイクルの条件で飼料及び水道水の自由摂取にて飼育した。表2記載の生理食塩水に懸濁したソバ粉を1000mg/kg体重になるように3日間にわたり、1日につき1回、午前10時に強制胃内投与した。コントロール区としてソバ粉懸濁液の代わりに生理食塩水を同様に投与した。
強制水泳試験は参考文献1(Porsolt RD, Le Pichon M, Jalfre M. 1977. Depression: a new animal model sensitive to antidepressant treatments. Nature 266:730-732.)に準拠して行った。すなわち、ソバ粉の最終投与から3時間後に、マウスを水(25±1℃)の入った透明円筒状容器(直径10cm、高さ19.5cm、水深12cm)に入れて6分間行った。水中でのマウスの行動は、筒状容器側方からビデオで録画し、マウスの行動の内、無動時間をストップウオッチで測定した。ここで、無動とは、四肢及び胴体を動かさずに浮遊している状態のことである。SSRI等の抗うつ剤を投与すると無動時間が短縮(減少)するため、無動時間の短縮が認められた場合には抗うつ性ありと評価することができる。なお、測定した無動時間は、無動を示した時間の累積値である。無動時間は、8匹の平均値及び標準誤差(SE)を表2に示した。なお、各ソバ粉群の平均値は、生理食塩水を投与したコントロール群の無動時間を100とした時の相対値で示した。
結果を表2に示す。生理食塩水を摂取させたコントロール群のマウスの無動時間は200秒であった。ソバ粉A摂取群のマウスにおける無動時間はコントロール群とほぼ同じであった。ソバ粉Aよりもソバタンパク質含有率が高いソバ粉Cでは無動時間が短縮された。コントロール群に対してt検定を行ったところ、ソバ粉C摂取群ではp=0.047(p<0.05)であり、無動時間の短縮は有意であった。以上のことから、ソバ粉Cの摂取により、抗うつ作用を奏することが認められた。
【0027】
【0028】
試験例2 抗うつ性に与えるソバタンパク質分解の影響
ソバ粉Cを500mg採取して25mlの塩酸溶液(pH2.0)に懸濁し、1.4mgのペプシンを投入し、37℃で3時間インキュベートした。熱失活させた後、遠心分離により不溶性画分と可溶性画分を回収した。各々凍結乾燥し、不溶性画分及び可溶性画分を秤量したところ質量比で47.5%及び52.5%であった。
不溶性画分475mg/kg、水溶性画分525mg/kgを強制胃内投与し、各群6匹にした以外は試験例1に従ってマウスの強制水泳試験を行った。
結果を表3に示す。ソバ粉C投与群では有意に無動時間が短縮された(p<0.05)。ソバ粉Cをペプシン処理して回収した不溶性画分及び可溶性画分をマウスに投与しても、強制水泳における無動時間の短縮はほとんど認めらなかった。このことから、ソバ粉中に含まれるソバタンパク質が抗うつ性作用に関与することが示唆された。
【0029】
【0030】
試験例3:投与量の検討
表4記載のソバ粉Cを強制胃内投与し、各群12匹にした以外は試験例1に従ってマウスの強制水泳試験を行った。
結果を表4に示す。また試験例1においてソバ粉Aを1000mg/kg体重投与した場合の結果を参考例として表4に示す。ソバ粉Cの投与量を100mg/kg体重(ソバ粉Bの投与量として90mg/kg体重)に減らしても約10%(約20秒)無動時間が短縮され、抗うつ作用が発揮されることが明らかとなった。またソバ粉C300mg/kg体重投与群では約15%(約30秒)、ソバ粉C1000mg/kg体重投与群では約25%(約50秒)無動時間が短縮された。
コントロール群に対してt検定を行ったところ、ソバ粉C100mg/kg体重投与群ではp=0.122(p<0.5)、ソバ粉C300mg/kg体重投与群ではp=0.047(p<0.05)、ソバ粉C1000mg/kg体重投与群ではp=0.001(p<0.05)であり、無動時間の短縮は有意であった。
また表4に、各ソバ粉について投与量をソバタンパク質の量に換算して示した。カッコ内はソバ粉B(甘皮粉砕物)由来のタンパク質量である。ソバ粉B由来のソバタンパク質を28mg/kg体重投与したソバ粉C100mg/kg体重投与群で約10%(約20秒)短縮され、またこの無動時間の短縮は上述の様に有意であることが明らかとなった一方で、ソバ粉B由来のソバタンパク質を含まないソバ粉A1000mg体重投与群では、ソバ粉A(胚乳粉砕物)由来のソバタンパク質を41mg/kg体重投与しても無働時間の有意な短縮は見られなかった。このことから、ソバ粉B(甘皮粉砕物)由来のソバタンパク質が抗うつ性作用に関与することが示唆された。
【0031】
【0032】
試験例4 甘皮粉砕物を含むソバ粉投与によるモノアミン系神経伝達物質の代謝に与える影響
試験例3の強制水泳試験を実施した直後、マウスから海馬及び前頭前野を摘出し、参考文献2(Adachi Si et al. Increased levels of extracellular dopamine in the nucleus accumbens and amygdala of rats by ingesting a low concentration of a long-chain Fatty Acid. Biosci Biotechnol Biochem. 2013;77(11):2175-80. Epub 2013 Nov 7.)記載のHPLC-ECD法に準拠してモノアミン類とそれらの代謝物を測定し、平均値±SE(ng/g tissue)を表記した。
結果を表5-1及び5-2に示す。ドパミン系、ノルアドレナリン系及びセロトニン系の何れのモノアミン系代謝物においても、ソバ粉投与群と生理食塩水投与群とで有意な差はなかった。従来、抗うつ薬は、ドーパミントランスポーター機能を阻害してモノアミンの細胞外レベルを増加させることを主作用とされてきた。甘皮粉砕物を含むソバ粉による抗うつ作用は、モノアミン系代謝物の含有量に有意な差がなかったことから、ドーパミントランスポーター機能の阻害とは異なる機序で発揮されていると判明した。従って、本発明の抗うつ組成物は、ドーパミントランスポーター機能の阻害に伴う有害な副作用を引き起こさないと考えられる。
【0033】
【0034】
表5-2
DOPAC:ジヒドロキシフェニル酢酸
3-MT:3-メトキシチラミン
MHPG:3-メトキシ-4-ヒドロキシフェニルグリコール
5-HIAA:5-ヒドロキシインドール酢酸
【0035】
試験例5 ルチンとの比較検討
参考文献3(A Parashar et al. Rutin alleviates chronic unpredictable stress-induced behavioral alterations and hippocampal damage in mice. Neurosci Lett. Vol656, 65-71 (2017))には、高用量でルチン(そば、特にそば殻に多く含まれる)を与えると、抗うつ性が発揮されることが記載されている。甘皮粉砕物を含むソバ粉の抗うつ性がルチンによるものではないことを確認するために、表6記載のソバ粉(1000mg/kg体重)、ルチンを投与し、各群10匹にした以外は試験例1に従ってマウスの強制水泳試験を行った。ルチン溶液投与群では、ルチン(シグマアルドリッチ社製)を0.3%カルボキシメチルセルロース溶液で溶解および希釈し、表6記載の投与量になるように投与した。なお、ソバ粉C及びDにおけるルチン含有量は、各々0.34、7.5mg/100gであった。
その結果、ソバ粉Cでは有意に(p<0.05)無動時間が短縮された。そば殻の粉砕物であるソバ粉D、ルチン1及びルチン2ではやや無動時間が短縮傾向ではあったものの、生理食塩水のコントロールと大差なかった。従って、甘皮粉砕物を含むソバ粉の抗うつ性はルチンによるものではないことが示された。
【0036】
【0037】
試験例6 加熱処理済みソバ粉加工品の抗うつ性の評価
200質量部のソバ粉C(水分含有率は11.9質量%)と110質量部の水とを混合して生地を調製し、製麺機(十割そば製麺機しこしこ、タニコー株式会社)を用いて押出し成型して生蕎麦麺線を得た。生蕎麦麺線150gを湯浴中で30秒間茹で、冷水にさらして水切りして茹で蕎麦麺を得た。茹で蕎麦麺を凍結乾燥して粉砕し、水分含有率3.6質量%の可食性粉末ソバ粉Cを得た。投与固形分質量が同じになるように表7記載のソバ粉を強制胃内投与し、各群8匹にし、試験例1に従ってマウスの強制水泳試験を行った。
結果を表7に示す。茹で蕎麦麺を粉末化した加食性粉末ソバ粉Cを投与してもソバ粉Cと同様に無動時間が短縮され、抗うつ作用を有することが認められた。生理食塩水を投与したコントロール群に対してT検定を行ったところ、ソバ粉C投与群ではp=0.015(p<0.05)、加食性ソバ粉B投与群ではp=0.011(p<0.05)であり、無動時間の短縮は有意であった。
【0038】
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以上より、甘皮粉砕物を含むソバ粉が抗うつ性作用を有すること、抗うつ性作用には甘皮粉砕物由来のソバタンパク質が関与すること、また本発明の抗うつ組成物の抗うつ性作用は、従来の抗うつ剤とは異なる機序で発揮され、従来の抗うつ剤で問題となっていたドーパミントランスポーター機能の阻害に伴う有害な副作用を引き起こさないと考えられること、さらに甘皮粉砕物を含むソバ粉を加熱処理済みソバ粉加工品としても抗うつ性作用を有することが示された。