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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-29
(45)【発行日】2024-08-06
(54)【発明の名称】超音波装置
(51)【国際特許分類】
   A61B 8/00 20060101AFI20240730BHJP
   A61B 5/00 20060101ALI20240730BHJP
【FI】
A61B8/00
A61B5/00 M
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020167511
(22)【出願日】2020-10-02
(65)【公開番号】P2022059739
(43)【公開日】2022-04-14
【審査請求日】2023-08-17
(73)【特許権者】
【識別番号】000243364
【氏名又は名称】本多電子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114605
【弁理士】
【氏名又は名称】渥美 久彦
(73)【特許権者】
【識別番号】000001959
【氏名又は名称】株式会社 資生堂
(72)【発明者】
【氏名】小林 和人
【審査官】松岡 智也
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-271765(JP,A)
【文献】特許第6361001(JP,B1)
【文献】特開2000-314729(JP,A)
【文献】特開平02-232039(JP,A)
【文献】特表平06-510598(JP,A)
【文献】米国特許第05150714(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 8/00-8/15
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
皮膚の状態を音で表現する超音波装置であって、
皮膚に対して照射された超音波の反射波信号を、人間の可聴域よりも狭く設定された変調幅の範囲内で音変調して音の高低に変換し、かつ時間軸方向に伸することで出力信号の継続時間を長くする信号処理手段と、
前記信号処理手段による処理を経て得た可聴音信号を可聴音として出力する音出力手段と
を備えた超音波装置。
【請求項2】
皮膚の状態を音で表現する超音波装置であって、
皮膚に対して照射された超音波の反射波信号を皮膚の深さ方向の音響パラメータ値を示す音響パラメータ信号に変換する音響パラメータ信号変換手段と、
前記音響パラメータ信号を、人間の可聴域よりも狭く設定された変調幅の範囲内で音変調して音の高低に変換し、かつ時間軸方向に伸することで出力信号の継続時間を長くする信号処理手段と、
前記信号処理手段による処理を経て得た可聴音信号を可聴音として出力する音出力手段と
を備えた超音波装置。
【請求項3】
皮膚に対して照射された超音波の反射波信号または前記反射波信号を皮膚の深さ方向の音響パラメータ値を示す信号に変換してなる音響パラメータ信号は、皮膚の表層部からの反射に対応した第1領域と、前記第1領域よりも時間が長く前記表層部よりも深い層からの反射に対応した第2領域とを含み、
前記信号処理手段が時間軸方向への伸を行うときの前記第1領域の伸長率は、前記第2領域の伸長率よりも大きくなるように設定されている
ことを特徴とした請求項1または2に記載の超音波装置。
【請求項4】
前記信号処理手段が音変調をするときの前記変調幅を変更する変調幅変更手段と、前記信号処理手段が時間軸方向への伸を行うときの伸長率を変更する伸長率変更手段とをさらに備えたことを特徴とした請求項1乃至3のいずれか1項に記載の超音波装置。
【請求項5】
前記信号処理手段による処理を経て得た前記可聴音信号を記憶しておくための記憶手段をさらに備えたことを特徴とした請求項1乃至4のいずれか1項に記載の超音波装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膚の状態を音で表現する超音波装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、超音波を利用した各種の装置が知られており、例えば医療分野においては超音波画像診断装置が多数提案されている。一般的な超音波画像診断装置では、測定対象物である人体に超音波を照射し、返ってくる超音波の反射波信号の強度を輝度変調することにより、超音波画像(Bモード画像)を得るようにしている。なお、近年では皮膚の超音波画像を得たいというニーズがある。そのため、人体の比較的浅い部分の診断に適した高周波用の超音波振動子を用いた超音波画像診断装置が提案されるに至っている(例えば特許文献1を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2006-271765号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところが、皮膚のように非常に薄い測定対象物の場合、複雑で細かな反射のある箇所についての微妙な差を超音波画像で表現することは難しかった。また、装置のユーザが超音波画像を見たとしても、視覚を通じて皮膚の内部の状態の違いを把握することは極めて困難であった。従って、超音波画像では表現しにくい皮膚の内部の状態を分かりやすく表現できる手法を求める声があった。
【0005】
本発明は上記の課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、超音波画像では表現しにくい皮膚の内部の状態を音に置き換えて分かりやすく表現することができる超音波装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで本願発明者らが鋭意研究を行ったところ、超音波の反射波信号に含まれる皮膚内部の情報を、画像ではなく音に置き換えて表現することを思い付いた。そして、本来的には可聴音信号ではない超音波の反射波信号であっても、所定の適切な信号処理を行えば、超音波の反射についての微妙な差が分かりやすい可聴音として出力できることを知見し、試行錯誤の末、最終的に下記の本願発明を想到するに至ったのである。ちなみに、超音波の反射波信号から心音などの音を取り出して可聴音化する技術は従来からよく知られているが、そもそも心音は心臓が発する可聴域の音であって、特別な信号処理に頼ることなくそのままでも聴くことが可能である。ゆえに、生体内において可聴音を発することがなく、しかも非常に薄い組織である皮膚からの反射波信号を可聴化する本願発明の技術は、このような従来技術とは本質的に異なるものである。
上記課題を解決するために、請求項1に記載の発明は、皮膚の状態を音で表現する超音波装置であって、皮膚に対して照射された超音波の反射波信号を、人間の可聴域よりも狭く設定された変調幅の範囲内で音変調して音の高低に変換し、かつ時間軸方向に伸することで出力信号の継続時間を長くする信号処理手段と、前記信号処理手段による処理を経て得た可聴音信号を可聴音として出力する音出力手段とを備えた超音波装置をその要旨とする。
【0007】
皮膚に対して照射された超音波の反射波信号は、周波数が高すぎて人間の耳では聴き取ることができず、また、非常に薄い層の通過時に得られるものであるため時間が短かすぎて(マイクロ秒レベルであるため)人間の耳では聴き取ることができない。そこで請求項1に記載の発明によると、超音波の反射波信号に基づいて、聴き取れる周波数域の音の高低を伴い、かつ聴き取れる長さに伸された可聴音信号を得ることができる。よって、生体内において可聴音を発することがなく、しかも非常に薄い組織である皮膚からの反射波信号を、超音波の反射についての微妙な差が分かりやすい可聴音として出力することができる。このため、超音波画像では表現しにくい皮膚の内部の状態を、音に置き換えて分かりやすく表現することが可能となる。
【0008】
請求項2に記載の発明は、皮膚の状態を音で表現する超音波装置であって、皮膚に対して照射された超音波の反射波信号を皮膚の深さ方向の音響パラメータ値を示す音響パラメータ信号に変換する音響パラメータ信号変換手段と、前記音響パラメータ信号を、人間の可聴域よりも狭く設定された変調幅の範囲内で音変調して音の高低に変換し、かつ時間軸方向に伸することで出力信号の継続時間を長くする信号処理手段と、前記信号処理手段による処理を経て得た可聴音信号を可聴音として出力する音出力手段とを備えた超音波装置をその要旨とする。
【0009】
従って、請求項2に記載の発明によると、超音波の反射波信号に由来する音響パラメータ信号に基づいて、聴き取れる周波数域の音の高低を伴い、かつ聴き取れる長さに伸された可聴音信号を得ることができる。よって、生体内において可聴音を発することがなく、しかも非常に薄い組織である皮膚からの反射波信号を、超音波の反射についての微妙な差が分かりやすい可聴音として出力することができる。このため、超音波画像では表現しにくい皮膚の内部の状態を、音に置き換えて分かりやすく表現することが可能となる。特に本発明では、皮膚の深さ方向の音響パラメータ値の大小が音の高低に変換されることから、皮膚の内部の状態が正確に反映されやすく、超音波の反射についての微妙な差がよりいっそう分かりやすくなる。
【0010】
請求項3に記載の発明は、請求項1または2において、皮膚に対して照射された超音波の反射波信号または前記反射波信号を皮膚の深さ方向の音響パラメータ値を示す信号に変換してなる音響パラメータ信号は、皮膚の表層部からの反射に対応した第1領域と、前記第1領域よりも時間が長く前記表層部よりも深い層からの反射に対応した第2領域とを含み、前記信号処理手段が時間軸方向への伸を行うときの前記第1領域の伸長率は、前記第2領域の伸長率よりも大きくなるように設定されていることをその要旨とする。
【0011】
従って、請求項3に記載の発明によると、可聴音信号において、皮膚の表層部からの反射に対応した第1領域の占める時間的な割合が大きくなる。よって、皮膚の表層部に位置する極めて薄い角層の状態についても、音に置き換えて分かりやすく表現することが可能となる。
【0012】
請求項4に記載の発明は、請求項1乃至3のいずれか1項において、前記信号処理手段が音変調をするときの前記変調幅を変更する変調幅変更手段と、前記信号処理手段が時間軸方向への伸を行うときの伸長率を変更する伸長率変更手段とをさらに備えたことをその要旨とする。
【0013】
従って、請求項4に記載の発明によると、音変調時の変調幅や時間伸時の伸長率が変更可能であることから、超音波の反射についての微妙な差がユーザにとって最も分かりやすくなるように可聴音の高低や長さを適宜調整することができる。
【0014】
請求項5に記載の発明は、請求項1乃至4のいずれか1項において、前記信号処理手段による処理を経て得た前記可聴音信号を記憶しておくための記憶手段をさらに備えたことをその要旨とする。
【0015】
従って、請求項5に記載の発明によると、例えばあらかじめ参照用の可聴音信号をサンプリングしておき、必要に応じてそれを聴くことができるため、新たに取得した可聴音と参照用の可聴音とを聴き比べることができる。即ち、比較対象となる音があることから、超音波の反射についての微妙な差がよりいっそう分かりやすくなる。
【発明の効果】
【0016】
以上詳述したように、請求項1~5に記載の発明によると、超音波画像では表現しにくい皮膚の内部の状態を音に置き換えて分かりやすく表現することができる超音波装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明を具体化した実施形態の超音波装置を示す概略構成図。
図2】実施形態の超音波装置の電気的構成を示すブロック図。
図3】皮膚の構造を説明するための概略断面図。
図4】反射波信号と可聴音信号とを説明するための模式図。
図5】(a)は60代男性を被験者としたときの検波前の反射波信号を示すグラフ、(b)は同じく検波後の反射波信号を示すグラフ、(c)は同じく音変調処理及び時間伸処理を行った後の反射波信号を示すグラフ。
図6】(a)は20代女性を被験者としたときの検波前の反射波信号を示すグラフ、(b)は同じく検波後の反射波信号を示すグラフ、(c)は同じく音変調処理及び時間伸処理を行った後の反射波信号を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の超音波装置を具体化した一実施形態を図1図4に基づき詳細に説明する。この超音波装置1は、超音波を利用して皮膚の状態を音で表現することができる装置(超音波皮膚状態表現装置)である。この装置は超音波皮膚診断装置あるいは超音波肌診断装置などと称されてもよい。便宜上、本実施形態では超音波肌診断装置1とする。
【0019】
図1は、本実施形態における超音波肌診断装置1を示す概略構成図である。超音波肌診断装置1は、超音波プローブ2と、送受信ユニット3と、パーソナルコンピュータ(パソコン)4とによって構成されている。超音波プローブ2、送受信ユニット3及びパソコン4は、例えばケーブル5を介して電気的に接続される。
【0020】
超音波プローブ2は、測定対象物である皮膚51に対して超音波を照射し、その皮膚からの反射波を電気信号に変換して出力する機能を有したデバイスである。この超音波プローブ2は、超音波振動子としてのトランスデューサ12と、トランスデューサ12の収容体を兼ねる中空棒状のハンドピース部11とを備えている。ハンドピース部11はいわゆる把持部であって、手で把持可能な長さ及び直径を有している。トランスデューサ12は、超音波の送受信面を先端側に向けた状態でハンドピース部11の先端部に収容されている。このトランスデューサ12は集束超音波を送信する。従って、トランスデューサ12から送信された超音波は、円錐状に集束してハンドピース部11の外表面付近で焦点を結ぶようになっている。例えば本実施形態では、トランスデューサ12として、口径が3mm、厚さ3mm、帯域幅が数十MHz~数百MHz程度の仕様を有する高周波用のトランスデューサが用いられている。
【0021】
図2は、超音波肌診断装置1の電気的な構成を示すブロック図である。
【0022】
図2に示されるように、超音波プローブ2とパソコン4との間に介在される送受信ユニット3は、発振器21、プリアンプ22、対数増幅器23、A/D変換器24等を備えている。パソコン4は、コントローラ25、記憶手段としてのメモリ26、信号処理手段としての可聴化処理回路27、オーディオ増幅器28、スピーカ29、入力装置30を備えている。
【0023】
送受信ユニット3を構成する発振器21は、トランスデューサ12を駆動するための高周波パルスを発生させる回路である。発振器21は、パソコン4のコントローラ25から出力される制御信号に基づいて高周波パルスを生成する。高周波パルスは図示しない送受波分離回路を介してトランスデューサ12に出力される。トランスデューサ12は高周波パルスを超音波に変換して、超音波プローブ2の外部に発信する。
【0024】
本実施形態のトランスデューサ12は、送受波兼用の超音波振動子であり、皮膚51で反射した超音波を電気信号(即ち反射波信号S1)に変換する。そして、その反射波信号S1は、送受信ユニット3の送受波分離回路を介してプリアンプ22に供給される。プリアンプ22は反射波信号S1を増幅して対数増幅器23に出力する。対数増幅器23は反射波信号S1のうち皮膚51からの反射波信号S1を抽出してA/D変換器24に出力する。本実施形態において具体的には、皮膚51の表面から約200μmの深さまでの反射波信号が抽出される。A/D変換器24は、対数増幅器23の出力信号をA/D変換した後、図示しないI/F回路を介してパソコン4に転送する。
【0025】
パソコン4におけるコントローラ25、メモリ26、可聴化処理回路27、オーディオ増幅器28、スピーカ29、入力装置30は、互いにバスを介して電気的に接続されている。
【0026】
コントローラ25はいわゆる中央処理演算装置(CPU)であって、所定の制御プログラムを実行し、装置全体を統括的に制御する。制御プログラムとしては、可聴化処理のためのプログラムなどが含まれる。
【0027】
記憶手段としてのメモリ26は、HDD(ハードディスクドライブ)やSSD(ソリッドステートドライブ)などの記憶装置であって、上記の制御プログラムのほか、各種のデータを記憶している。なお、送受信ユニット3から転送されてきた信号(デジタル化された超音波の反射波信号S1)等もこのメモリ26内に一時的に記憶される。
【0028】
入力装置30は、例えばキーボード、マウス装置、ポインティングデバイスなどであり、ユーザからの要求や指示、パラメータの入力に用いられる。入力装置30から所定の指示がなされた場合、その指示に従ってコントローラ25が作動し、プログラムやデータをメモリ26から読み出して逐次実行するようになっている。
【0029】
オーディオ増幅器28は、可聴化処理回路27からの出力信号(可聴音信号S2)を増幅してスピーカ29に出力する。そして、音出力手段としてのスピーカ29は、増幅された可聴音信号S2を可聴音として出力するようになっている。
【0030】
次に、本実施形態の超音波肌診断装置1において実行される可聴化のための信号処理について説明する。この超音波肌診断装置1は、信号処理手段としての可聴化処理回路27を備えている。可聴化処理回路27は音変調処理部31と時間伸処理部32とによって構成されており、コントローラ25から出力される制御信号に基づいて所定の信号処理を実行する。
【0031】
音変調処理部31は、メモリ26から超音波の反射波信号S1を入力して所定の音変調処理を実行する。人間の可聴域は約20Hz~約20kHzであるため、上記反射波信号S1は周波数が高すぎて人間の耳では聴き取ることができない。この音変調処理部31では、人間の可聴域(約20Hz~約20kHz)よりも狭い範囲の変調幅、例えば300Hz~3KHz程度の変調幅が設定されている。そして音変調処理部31は、この変調幅の範囲内で上記反射波信号S1の強弱を音変調(周波数変調)することにより、可聴域における音の高低に変換する。ここでは、反射波信号S1が強いときほど高い音に変換され、反射波信号S1が弱いときほど低い音に変換される。なお、これとは逆に、反射波信号S1が強いときほど低い音に変換され、反射波信号S1が弱いときほど低い音に変換されるようにしてもよい。
【0032】
時間伸処理部32は、音変調処理部31からの出力信号を入力して所定の時間伸処理を実行する。人間の皮膚51は非常に薄い層(数mm厚の層)からなり、上記反射波信号S1はそのような非常に薄い層を通過する際に得られるものである。ゆえに、信号自体の時間が短かすぎて(マイクロ秒レベルであるため)人間の耳では聴き取ることができない。このことは、たとえ上記の音変調処理を行った後の信号であっても同様である。この時間伸処理部32は、人間の耳で聴き取ることができる程度の長さとなるように、上記出力信号(即ち音変調処理後の反射波信号S1)を時間軸方向に伸する。本実施形態において具体的には、上記出力信号が0.5秒~1秒程度の長さとなるように伸される。つまり、上記信号の長さが本来の長さの数十倍~数百倍程度になるように伸される。そして、時間伸された上記信号は、オーディオ増幅器28に出力されるようになっている。
【0033】
図3は人間の頬の皮膚51の層構造を示す概略断面図である。皮膚51は、表皮61と真皮62と皮下組織(図示せず)とによって形成されている。表皮61の最表層には角層63が位置しており、角層63から深層に向かって表皮層64、基底層65が位置している。真皮62は、基底層65に接している(真皮)乳頭層66と真皮網状層67とを有している。
【0034】
図3において皮膚51の概略断面図の左側には、反射波信号S1が模式的に示されている。反射波信号S1は、第1領域R1と第2領域R2とを含むものとする。皮膚51の表層部(本実施形態では厚さ数十μmの角層63)からの反射に対応した部分を、ここでは「第1領域R1」と定義する。第1領域R1よりも時間が長く、角層63よりも深い層からの反射に対応した部分を、ここでは「第2領域R2」と定義する。そして本実施形態では、時間伸処理部32が時間軸方向への伸を行うときの伸率が、第1領域R1と第2領域R2とで異なるように設定されている。具体的には、第1領域R1の伸長率が第2領域R2の伸長率よりも大きく(例えば10倍~100倍程度に)なるように設定されている。図4にはこのことが模式的に示されている。図4において、反射波信号S1では角層63からの反射に対応した第1領域R1の占める時間的な割合が非常に小さいのに対し、可聴音信号S2では第1領域R1の占める時間的な割合が拡大されているのがわかる。
【0035】
次に、本実施形態の超音波肌診断装置1の使用方法について説明する。
【0036】
まず装置のユーザは超音波プローブ2のハンドピース部11を手で把持し、その先端部を被検者の皮膚51(例えば頬の皮膚)に当てるようにする。この状態で超音波肌診断装置1を駆動させることにより、トランスデューサ12から皮膚51に対して超音波パルスを照射する。皮膚51からの超音波の反射は、反射波信号S1としてトランスデューサ12に受信されるとともに、送受信ユニット3を経てパソコン4に転送される。パソコン4内に取り込まれた超音波の反射波信号S1は、可聴化処理回路27にて上述した音変調処理及び時間伸処理されることにより可聴音化される。このようにして得られた可聴音信号S2は、オーディオ増幅器28及びスピーカ29を経ることで、聴き取りやすい可聴音として出力される。
【0037】
本実施形態では、20代女性及び60代男性を被験者とし、上記方法によって実際に可聴音を取得して聴き比べてみた。ちなみに、図5(a)は60代男性における検波前の反射波信号S1を示すグラフG1である。図5(b)は検波後の反射波信号S1を示すグラフG2である。図5(c)は音変調処理及び時間伸処理を行った後の反射波信号S1(即ち可聴音信号S2)を示すグラフG3である。これに対し、図6(a)は20代女性における検波前の反射波信号S1を示すグラフG1である。図6(b)は検波後の反射波信号S1を示すグラフG2である。図6(c)は音変調処理及び時間伸処理を行った後の反射波信号S1(即ち可聴音信号S2)を示すグラフG3である。各図における縦軸は信号強度を示す。図5(a)、図5(b)、図6(a)、図6(b)における横軸は経過時間(秒)を示し、図5(c)、図6(c)の横軸は皮膚表面からの深さ(m)を示す。ここでは、約1マイクロ秒のデータを全体として0.5秒に伸した。特に最初の0.1マイクロ秒については伸長率を高く設定し、全体の長さにおける1/3程度となるように(0.15秒程度となるように)伸した。また、反射波信号S1の強度範囲を0~約6000に設定し、変調幅を500kHz~3kHzに設定して音変調(周波数変調)を行った。上記の比較試験の結果、両者の可聴音には明らかに違いがみられた。20代女性及び60代男性のいずれの可聴音においても、時間の経過とともに高い音から低い音に変化していく傾向がみられた(図5(c)、図6(c)参照)。ただし、60代男性の場合、20代女性に比較して音の始まりのピッチがいくぶん高くなっていた。これは、60代男性の皮膚51では加齢により角層63の硬化が進み、角層63での反射が大きかったことに起因するものと推察された。また、20代女性では時間の経過とともに音が徐々に低くなるのに対し、60代男性では音が急激に低くなるという特徴があった。これは、60代男性の皮膚51では加齢により真皮62にエラスチン等の柔らかい組織が生じている結果、真皮62での反射が小さくなっていることに起因するものと推察された。
【0038】
従って、本実施形態によれば以下の効果を得ることができる。
【0039】
(1)本実施形態の超音波肌診断装置1では、上述した可聴化処理回路27によって、超音波の反射波信号S1が、人間の可聴域よりも狭く設定された変調幅の範囲内で音変調して音の高低に変換され、かつ時間軸方向に伸される。その結果、聴き取れる周波数域の音の高低を伴い、かつ聴き取れる長さに伸された可聴音信号S2を得ることができる。よって、生体内において可聴音を発することがなく、しかも非常に薄い組織である皮膚51からの反射波信号S1を、超音波の反射についての微妙な差が分かりやすい可聴音として、スピーカ29から出力することができる。このため、超音波画像では表現しにくい皮膚51の内部の状態を、音に置き換えて分かりやすく表現することが可能となる。従って、その音を聴いた装置のユーザや被検者は、皮膚51の内部の状態(例えば加齢の進み具合等)を、聴覚を通じてある程度把握することができ、専門的な知識がなくても簡易的な肌診断を行うことが可能となる。
【0040】
(2)本実施形態の超音波肌診断装置1では、上述した可聴化処理回路27における時間伸処理部32が時間伸処理を行うにあたり、反射波信号S1の第1領域R1の伸長率が第2領域R2の伸長率よりも大きくなるように設定している。従って、可聴音信号S2において、角層63からの反射に対応した第1領域R1の占める時間的な割合が大きくなる。よって、加齢等による影響が出やすくて、かつ極めて薄い角層63の状態についても、音に置き換えて分かりやすく表現することが可能となる。
【0041】
(3)本実施形態の超音波肌診断装置1は、超音波画像を得るための各種の信号処理については実施しておらず、また超音波画像を表示するための表示装置も具備しないものとなっている。このため、一般的な超音波画像診断装置などに比べて安価かつ簡単な装置構成とすることができる。
【0042】
なお、本発明の実施の形態は以下のように変更してもよい。
【0043】
・上記実施形態の可聴化処理回路27における音変調処理部31では、皮膚51に対して照射された超音波の反射波信号S1を、人間の可聴域よりも狭く設定された変調幅の範囲内で音変調して音の高低に変換したが、これに限定されず、例えば以下に示す別の実施形態の構成に変更してもよい。即ち、別の実施形態の超音波肌診断装置1では、コントローラ25を音響パラメータ信号変換手段としても機能させている。メモリ26には音響パラメータ信号変換用のプログラムが記憶されている。コントローラ25は、メモリ26からこのプログラムを呼び出して実行するようになっている。音響パラメータ信号変換手段としてのコントローラ25は、皮膚51に対して照射された超音波の反射波信号S1に基づき、皮膚51の深さ方向に沿って音響パラメータ値を順次推定する。この実施形態では音響パラメータとして音響インピーダンスを選択している。音響インピーダンス値を推定する手法としては、例えば特許第6361001号公報に記載の手法などを適用することができる。そして、このような音響インピーダンス値の推定結果に基いて、皮膚51の深さ方向の音響インピーダンス値を示す音響パラメータ信号に変換する。そして、可聴化処理回路27における音変調処理部31では、この音響パラメータ信号を、人間の可聴域よりも狭く設定された変調幅の範囲内で音変調(周波数変調)して音の高低に変換する。具体的には、音響パラメータ信号の示す音響インピーダンス値が大きいときほど高い音に変換され、音響インピーダンス値が小さいときほど低い音に変換される。なお、これとは逆に、音響インピーダンス値が大きいときほど低い音に変換され、音響インピーダンス値が小さいときほど低い音に変換されるようにしてもよい。
【0044】
従って、このような構成によると、超音波の反射波信号S1に由来する音響パラメータ信号に基づいて、聴き取れる周波数域の音の高低を伴い、かつ聴き取れる長さに伸された可聴音信号S2を得ることができる。特にこの実施形態では、皮膚51の深さ方向の音響インピーダンス値の大小が音の高低に変換されることから、皮膚51の内部の状態が正確に反映されやすく、超音波の反射についての微妙な差がよりいっそう分かりやすくなる。
【0045】
・上記実施形態では、可聴化処理回路27が出力した可聴音信号S2をそのままオーディオ増幅器28にて増幅した後にスピーカ29から可聴音として出力していたが、これに限定されない。例えば、可聴音信号S2に対して所定の補正処理(ガンマ処理、微分処理など)を行い、その補正後の可聴音信号S2をオーディオ増幅器28に入力させるようにしてもよい。このような補正処理を適宜行うことにより、超音波の反射についての微妙な差がそのユーザにとって最も分かりやすくなるように変えることが可能となる。
【0046】
・上記実施形態では、可聴化処理回路27における音変調処理部31が音変調処理を行う場合の変調幅や、時間伸処理部32が時間伸処理を行う場合の伸長率があらかじめ所定の値に固定されていて変更不能であったが、これに限定されない。例えば、変調幅を変更可能とする変調幅変更手段と、伸長率を変更可能とする伸長率変更手段とをさらに備えた超音波肌診断装置1としてもよい。具体的には、コントローラ25を変調幅変更手段及び伸長率変更手段としても機能させ、入力装置30からの指示に従ってコントローラ25が作動し、変調幅や伸長率を変更するプログラムを実行するように構成してもよい。そしてこの構成によると、音変調時の変調幅や時間伸時の伸長率が変更可能であることから、超音波の反射についての微妙な差がそのユーザにとって最も分かりやすくなるように可聴音の高低や長さを適宜調整することができる。
【0047】
・上記実施形態では、可聴化処理回路27による処理を経て得た可聴音信号S2は、その時点で1回限りスピーカ29から可聴音として出力され、後から聞き直すことができなかった。これに対し、記憶手段としてのメモリ26に可聴音信号S2を記憶しておき、その記憶しておいた可聴音を後で何度も聞き直すことができるようにしてもよい。またこの構成によると、例えばあらかじめ参照用の可聴音信号S2をサンプリングしておき、必要に応じてそれを聴くことができるため、新たに取得した可聴音と参照用の可聴音とを聴き比べることができる。即ち、比較対象となる音があることから、超音波の反射についての微妙な差がよりいっそう分かりやすくなる。なお、参照用の可聴音信号S2は、あらかじめ装置内にプリセットされている別の被検者のデータであってもよく、あるいは同じ被験者が過去に取得したデータであってもよい。
【0048】
・上記別の実施形態では、音響インピーダンス値の大小を音の高低に変換する音変調を行ったが、これに限定されない。例えば、音響インピーダンス値以外の音響パラメータ(例えば音速や減衰など)の大小を音の高低に変換する音変調を行っても勿論よい。
【0049】
・上記実施形態では、可聴化処理回路27の音変調処理部31で音変調処理を行った後に時間伸処理部32で時間伸処理を行うようにしたが、処理の順序を逆にしてもよい。
【0050】
・例えば、メモリ26内に皮膚51の状態の良否を判定するためのプログラムを格納しておき、そのプログラムに基づいて皮膚51の状態を自動判定するようにしてもよい。
【符号の説明】
【0051】
1…超音波装置としての超音波肌診断装置
25…変調幅変更手段、伸長率変更手段としてのコントローラ
26…記憶手段としてのメモリ
27…信号処理手段としての可聴化信号処理回路
29…音出力手段としてのスピーカ
51…皮膚
63…皮膚の表層部としての角層
S1…反射波信号
S2…可聴音信号
R1…第1領域
R2…第2領域
図1
図2
図3
図4
図5
図6