(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-30
(45)【発行日】2024-08-07
(54)【発明の名称】イオン注入方法
(51)【国際特許分類】
H01L 21/265 20060101AFI20240731BHJP
H01J 37/317 20060101ALI20240731BHJP
【FI】
H01L21/265 U
H01L21/265 F
H01L21/265 603C
H01L21/265 603D
H01J37/317 B
(21)【出願番号】P 2018135346
(22)【出願日】2018-07-18
【審査請求日】2021-06-16
【審判番号】
【審判請求日】2023-07-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000183196
【氏名又は名称】住友重機械イオンテクノロジー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【氏名又は名称】森下 賢樹
(74)【代理人】
【識別番号】100116274
【氏名又は名称】富所 輝観夫
(72)【発明者】
【氏名】川崎 洋司
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 玄
【合議体】
【審判長】恩田 春香
【審判官】三浦 みちる
【審判官】松永 稔
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-129839(JP,A)
【文献】特開平10-214843(JP,A)
【文献】特表2016-530712(JP,A)
【文献】特開2007-281120(JP,A)
【文献】特開2004-311960(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 21/265
H01J 37/317
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1温度のウェハに対して
、前記ウェハの
表面上の所定の位置に
、前記ウェハの結晶軸に対して、チャネリングの生じる臨界角より十分に小さい入射角で、第1イオンビームを照射することと、
前記第1イオンビームの照射後、前記第1温度とは異なる第2温度の前記ウェハに対して
、前記第1イオンビームの前記入射角と同じ入射角で、前記ウェハの
表面上の前記所定の位置に第2イオンビームを照射することと、を備え、
前記第1イオンビームのイオン種は、前記第2イオンビームのイオン種と同じであり、
前記第2イオンビームのエネルギーは、前記第1イオンビームのエネルギーより低く、
前記ウェハ内に所望の注入プロファイルが形成されることを特徴とするイオン注入方法。
【請求項2】
前記第2温度は、前記第1温度より高いことを特徴とする請求項1に記載のイオン注入方法。
【請求項3】
前記第2温度は、前記第1温度より低いことを特徴とする請求項1に記載のイオン注入方法。
【請求項4】
前記第1温度および前記第2温度は、-200℃以上500℃以下であることを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載のイオン注入方法。
【請求項5】
前記第1温度および前記第2温度の差は、50℃以上であることを特徴とする請求項1から4のいずれか一項に記載のイオン注入方法。
【請求項6】
前記第1イオンビームおよび前記第2イオンビームの少なくとも一方の照射前に前記ウェハを温度調整装置を用いて加熱または冷却することをさらに備えることを特徴とする請求項1から5のいずれか一項に記載のイオン注入方法。
【請求項7】
前記温度調整装置は、前記第1イオンビームおよび前記第2イオンビームの少なくとも一方の照射時に前記ウェハを保持するウェハ保持装置に設けられることを特徴とする請求項6に記載のイオン注入方法。
【請求項8】
前記第1イオンビームおよび前記第2イオンビームの少なくとも一方の照射中に前記温度調整装置により前記ウェハを加熱または冷却することをさらに備えることを特徴とする請求項7に記載のイオン注入方法。
【請求項9】
前記温度調整装置は、前記第1イオンビームおよび前記第2イオンビームの少なくとも一方の照射時に前記ウェハを保持するウェハ保持装置から分離されており、
前記温度調整装置により加熱または冷却された前記ウェハを前記ウェハ保持装置に搬送することをさらに備えることを特徴とする請求項
6に記載のイオン注入方法。
【請求項10】
前記温度調整装置は、前記第1イオンビームおよび前記第2イオンビームの少なくとも一方の照射時に前記ウェハが位置する注入処理室とは異なる準備室内に設けられることを特徴とする請求項9に記載のイオン注入方法。
【請求項11】
前記第1イオンビームおよび前記第2イオンビームの少なくとも一方の照射により前記ウェハに与えられる熱エネルギーを利用して前記ウェハを加熱することをさらに備えることを特徴とする請求項1から10のいずれか一項に記載のイオン注入方法。
【請求項12】
時間経過による前記ウェハからの熱放散により前記ウェハを冷却することをさらに備えることを特徴とする請求項1から11のいずれか一項に記載のイオン注入方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン注入方法およびイオン注入装置に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体製造工程では、半導体の導電性を変化させる目的、半導体の結晶構造を変化させる目的などのため、半導体ウエハにイオンを注入する工程(イオン注入工程ともいう)が標準的に実施されている。イオン注入工程は、ウェハ表面に形成されるマスクを介して実行されることがあり、この場合にはマスクの開口領域に対応する箇所に選択的にイオンが注入される。その他、ウェハ表面に形成されるゲート電極などの素子構造を利用して選択的にイオン注入なされることもあり、この場合にはゲート電極に隣接したソース/ドレイン領域などにイオンが注入される。
【0003】
また、ウェハに照射されるイオンビームの角度に応じてイオンビームとウェハとの相互作用の態様が変化し、イオン注入の処理結果に影響を与えることが知られており、所望の注入プロファイルを得るためにイオンビームの注入角度を精密に制御することが求められる。例えば、所定のチャネリング条件を満たすようにイオンビームの注入角度を制御することで、より深い位置までビームを到達させることが可能となり、より深い注入プロファイルを実現できる。一方、チャネリング条件を満たさないようにイオンビームの注入角度を制御することで、より浅い位置に横方向に広がった分布の注入プロファイルを実現できる(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
マスク等を利用してウェハ表面の特定箇所にイオンを注入しようとする場合、チャネリングの有無に拘わらず、ウェハ表面に対するイオンビームの入射角度に応じて注入プロファイルが変化しうる。例えば、ウェハ表面に対して垂直にビームを入射すれば、マスクの開口領域の直下を中心にしてイオンが注入されるが、ウェハ表面に対して斜めにビームを入射すれば、マスクの開口領域から斜めにずれた位置を中心にしてイオンが注入されうる。そのため、イオンビームの注入角度を厳密に制御したとしても、所望の注入プロファイルを必ずしも所望の位置に形成できるとは限らない。
【0006】
本発明のある態様の例示的な目的のひとつは、所望の注入プロファイルを実現しうるイオン注入技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のある態様のイオン注入方法は、第1温度のウェハに対して所定のチャネリング条件を満たすように第1イオンビームを照射することと、第1イオンビームの照射後、第1温度とは異なる第2温度のウェハに対して所定のチャネリング条件を満たすように第2イオンビームを照射することと、を備える。
【0008】
本発明の別の態様のイオン注入方法は、ウェハを温度調整装置を用いて所定の温度に加熱または冷却し、所定の温度のウェハに所定のチャネリング条件を満たすようにイオンビームを照射し、所定の温度とは異なる温度で所定のチャネリング条件を満たすようにイオンビームを照射したときにウェハ内に形成される注入プロファイルと比較して、深さ方向および深さ方向に直交する面内方向の少なくとも一方について異なる注入プロファイルをウェハ内に形成する。
【0009】
本発明のさらに別の態様は、イオン注入装置である。この装置は、イオンビームを輸送するビームライン装置と、イオンビームが照射されるウェハを保持するウェハ保持装置と、ウェハを加熱または冷却するための温度調整装置と、を備える。ウェハを温度調整装置を用いて所定の温度に加熱または冷却し、ウェハを所定のチャネリング条件を満たすようにウェハ保持装置に保持し、ウェハ保持装置に保持される所定の温度のウェハにイオンビームを照射する。
【0010】
なお、以上の構成要素の任意の組み合わせや本発明の構成要素や表現を、方法、装置、システムなどの間で相互に置換したものもまた、本発明の態様として有効である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、所望の注入プロファイルを実現しうるイオン注入技術を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1(a),(b)は、注入イオンのチャネリング現象の有無を模式的に示す図である。
【
図2】
図2(a)~(d)は、ウェハに入射するイオンビームの角度特性を模式的に示す図であり、
図2(e)~(h)は、(a)~(d)に対応するイオンビームの角度成分を模式的に示すグラフである。
【
図3】イオンビームの注入角度とウェハ内に形成される深さ方向の注入プロファイルの関係の一例を示すグラフである。
【
図4】イオンビームの注入角度と二つのピーク位置での注入濃度との関係の一例を示すグラフである。
【
図5】ウェハ内の注入イオンの分布の一例を模式的に示すグラフである。
【
図6】高エネルギー注入の工程の一例を模式的に示す断面図である。
【
図7】ウェハ温度とウェハ内に形成される深さ方向の注入プロファイルとの関係の一例を示すグラフである。
【
図8】ウェハ温度と二つのピーク位置での注入濃度との関係の一例を示すグラフである。
【
図9】リン(P)イオンを照射したときにウェハ内に形成される注入プロファイルの一例を示すグラフである。
【
図10】砒素(As)イオンを照射したときにウェハ内に形成される注入プロファイルの一例を示すグラフである。
【
図11】
図11(a)~(c)は、実施の形態に係る多段注入の一例を模式的に示す断面図である。
【
図12】
図12(a)~(c)は、実施の形態に係る多段注入の別の一例を模式的に示す断面図である。
【
図13】実施の形態に係るイオン注入装置の概略構成を示す上面図である。
【
図14】
図14(a),(b)は、ビーム整形器に含まれるレンズ装置の構成を模式的に示す図である。
【
図15】レンズ装置によるイオンビームの収束/発散の制御例を模式的に示すグラフである。
【
図16】基板搬送処理ユニットの構成を詳細に示す側面図である。
【
図17】ウェハ保持装置にウェハを配置する工程を模式的に示す側面図である。
【
図18】
図18(a)、(b)は、イオンビームの入射方向に対するウェハの向きを模式的に示す図である。
【
図19】
図19(a)、(b)は、イオン注入処理の対象となるウェハを模式的に示す図である。
【
図20】
図20(a)~(c)は、ウェハの向きとウェハの表面近傍の原子配列との関係を模式的に示す図である。
【
図21】実施の形態に係るイオン注入方法の流れを示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照しながら、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。なお、図面の説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を適宜省略する。また、以下に述べる構成は例示であり、本発明の範囲を何ら限定するものではない。
【0014】
実施の形態を説明する前に、本発明の概要を述べる。本実施の形態に係るイオン注入方法は、ウェハを温度調整装置を用いて所定の温度に加熱または冷却し、所定の温度のウェハに所定のチャネリング条件を満たすようにイオンビームを照射する。ここで「所定のチャネリング条件が満たされる」とは、ウェハの結晶軸または結晶面に沿ってイオンビームを入射させることにより、チャネリング現象が生じうる角度条件が満たされるように注入処理を実行することをいう。本実施の形態によれば、イオン注入時のウェハの角度条件と温度条件の双方を適切に制御することにより、ウェハ内に所望の注入プロファイルを形成することができる。
【0015】
図1(a),(b)は、注入イオン92のチャネリング現象の有無を模式的に示す図である。
図1(a)は、結晶格子90の内部を注入イオン92がチャネリングする様子を示す。注入イオン92は、結晶格子90の結晶軸Cに対する入射角θ
1が相対的に小さく、結晶軸Cに沿って結晶格子90の内部を進行する。そのため、注入イオン92は、結晶格子90を構成する原子91との相互作用の影響が小さく、結晶格子90のより深くまで直線的に到達しうる。
【0016】
図1(b)は、結晶格子90の内部で注入イオン92がチャネリングしない様子を示す。注入イオン92は、結晶格子90の結晶軸Cに対する入射角θ
2が相対的に大きく、結晶軸Cと交差するように結晶格子90の内部を進行し、結晶格子90を構成する原子91と相互作用して散乱されながら進行していく。そのため、注入イオン92は、結晶格子90のより浅い位置までしか到達せず、また、注入方向に直交する方向(
図1(b)の紙面の上下方向や紙面に直交する方向)に当初の注入位置からシフトした位置に到達しうる。
【0017】
本書において、
図1(a)に示される状況を「オンチャネリング(on-channeling)」ともいい、
図1(b)に示される状況を「オフチャネリング(off-channeling)」ともいう。結晶格子90に入射する注入イオン92が「オンチャネリング」または「オフチャネリング」のいずれとなるかは、主に注入イオン92の入射角θ
1,θ
2に応じて決まる。オンチャネリングとオフチャネリングの閾値となる入射角は、臨界角θ
Cとも言われる。臨界角θ
Cは、一例として以下の式(1)で表すことができる。
【0018】
【数1】
ここで、Z
1:注入イオンの原子番号、Z
2:注入対象となる物質の原子番号、E
1:注入イオンのエネルギー、d:注入対象となる物質の結晶の原子間隔である。例えば、注入イオンをボロン(B)、注入対象をシリコン(Si)とし、シリコン結晶の(100)面に対応する原子間隔dを用いた場合、注入エネルギーE
1=100keVであれば、臨界角θ
Cは約3.5度、注入エネルギーE
1=1MeVであれば、臨界角θ
Cは約1.1度となる。また、注入イオンをリン(P)とした場合、注入エネルギーE
1=100keVであれば、臨界角θ
Cは約6.0度、注入エネルギーE
1=1MeVであれば、臨界角θ
Cは約1.9度となる。
【0019】
このような数値の臨界角θ
Cに対して注入イオンの入射角θが十分に小さければ(θ<θ
C)、
図1(a)に示すオンチャネリングの状態でイオンが注入される。一方、臨界角θ
Cに対して注入イオンの入射角θが十分に大きければ(θ>θ
C)、
図1(b)に示すオフチャネリングの状態でイオンが注入される。そのため、ウェハにイオンビームを照射して注入処理を実施する場合、イオンビームの角度特性に応じてイオンビームを構成する注入イオンの到達深さや水平方向の広がりなどが変化し、ウェハ内の注入イオンの濃度分布である「注入プロファイル」の形状が変化しうる。したがって、イオン注入工程では、イオンビームの進行方向に対するウェハの傾斜角が調整され、ウェハに入射するビーム全体の平均値としての注入角度が制御される。
【0020】
ウェハに入射するイオンビームの角度特性には、ビーム全体の平均値としての入射角度の他にイオンビームを構成するイオン粒子群としての角度分布がある。ウェハに入射するイオンビームは、わずかながらも発散または収束している場合がほとんどであり、ビームを構成するイオン粒子群はある広がりを持つ角度分布を有する。このとき、ビーム全体の平均値としての入射角度が臨界角θCよりも大きい場合であっても、一部のイオン粒子の角度成分が臨界角θCより小さければ、その一部のイオンに起因するチャネリング現象が生じる。逆に、ビーム全体の平均値としての入射角度が臨界角θCよりも小さい場合であっても、一部のイオン粒子の角度成分が臨界角θCより大きければ、その一部のイオンはオフチャネリングとなる。
【0021】
図2(a)~(d)は、ウェハWに入射するイオンビームBの角度特性を模式的に示す図である。本図(a)~(d)では、説明を容易にするため、ウェハWの表面に対して結晶軸Cの向きが垂直である場合を示しており、ウェハ主面の「オフ角(off angle)」が0度である場合を示している。なお、実際に使用されるウェハWは、オフ角が厳密に0度である必要はない。
【0022】
図2(a)は、イオンビームBがウェハWの結晶軸Cと平行に入射し、かつ、イオンビームBを構成するイオン粒子のほぼ全てが結晶軸Cと平行に進行する「平行ビーム」を示している。
図2(b)は、イオンビームBが平行ビームである点で(a)と共通するが、イオンビームBの入射角が結晶軸Cに対して斜めとなる「斜め入射ビーム」を示す。
図2(c)は、ウェハWに向かってイオンビームBのビーム径が広がって発散していく「発散ビーム」を示し、
図2(d)は、ウェハWに向かってイオンビームBのビーム径が狭くなって収束していく「収束ビーム」を示す。このように、イオンビームBは、ビーム全体の進行方向に対して発散または収束している場合があり、ビーム全体としての進行方向とは別に、各イオン粒子の角度成分のばらつきを表す「角度分布」を有する。
【0023】
図2(e)~(h)は、(a)~(d)のそれぞれに対応するイオンビームBの角度分布を模式的に示すグラフである。グラフの縦軸は、イオンビームBを構成するイオン粒子の数を表し、グラフの横軸は、イオンビームBを構成するイオン粒子の結晶軸Cに対する入射角θを表す。グラフにおいて、入射角θの絶対値が臨界角θ
Cより小さい範囲をオンチャネリング領域C1として示し、入射角θの絶対値が臨界角θ
Cより大きい範囲をオフチャネリング領域C2として示している。
【0024】
図2(e)では、角度分布の中心が0度であり、イオンビームBの角度分布の広がりが小さいため、角度分布の全体がオンチャネリング領域C1に含まれる。その結果、
図2(e)では、オンチャネリングとなる注入イオンが支配的となる。一方、
図2(f)では、イオンビームBの角度分布の広がりが小さいものの、角度分布の中心が臨界角θ
Cよりも大きいため、角度分布の全体がオフチャネリング領域C2に含まれる。その結果、
図2(e)では、オフチャネリングとなる注入イオンが支配的となる。
図2(g)及び(h)では、イオンビームBの角度分布の広がりが大きく、角度分布の中心が0度となっているため、角度分布の全体がオンチャネリング領域C1およびオフチャネリング領域C2の双方にわたっている。その結果、
図2(g)及び(h)では、オンチャネリングおよびオフチャネリングの双方が混在した状態となる。なお、角度分布の中心角度と広がりの大きさに応じて、オンチャネリングおよびオフチャネリングの混合比率が変化しうる。
【0025】
図3は、イオンビームBの注入角度θとウェハ内に形成される深さ方向の注入プロファイルとの関係の一例を示すグラフである。本図は、注入イオンをボロン(B)、注入対象をシリコン(Si)の(100)面とし、注入エネルギーを1.5MeVとした場合のシミュレーション結果を示す。上述の式(1)に基づく臨界角θ
Cは、約0.9度である。イオンビームBは、
図2(c)に示すような発散ビームであり、発散角の大きさ(分散値)は約0.4度である。イオンビームBの注入角度θは、0度、0.2度、0.5度、1度、2度、5度としている。注入プロファイルは、注入角度θが小さいほど全体的により深い位置(グラフの右側)に分布している。また、注入プロファイルは、おおむね二つのピークを有し、第1のピークP1が約2.2μmの深さ位置にあり、第2のピークP2が約3.1μmの深さ位置にある。第1のピークP1は、注入角度θが小さいほど低く、注入角度θが大きいほど高くなる傾向となることから、オフチャネリングに基づく注入イオンに対応すると考えられる。一方、第2のピークP2は、注入角度θが小さいほど高く、注入角度θが小さいほど低くなる傾向となることから、オンチャネリングに基づく注入イオンに対応すると考えられる。
【0026】
図4は、イオンビームBの注入角度θと二つのピーク位置P1,P2での注入濃度との関係の一例を示すグラフであり、
図3に示される注入プロファイルに対応する。破線P1は、第1のピークに対応する深さd=2.2μmでの注入濃度を示し、実線P2は、第2のピークに対応する深さd=3.1μmでの注入濃度を示す。図示されるように、第1のピークP1での注入濃度は、注入角度θが小さいほど低く、注入角度θが大きいほど高くなる傾向となる。一方、第2のピークP2での注入濃度は、注入角度θが小さいほど高く、注入角度θが大きいほど低くなる傾向となる。
【0027】
図5は、ウェハ内の注入イオン92の分布の一例を模式的に示すグラフである。本図は、
図3と同様の注入条件でのシミュレーションによる計算結果を示し、注入イオンをボロン(B)、注入対象をシリコン(Si)の(100)面、注入エネルギーを1.5MeVとし、イオンビームBの注入角度θを0度、イオンビームBの発散角の大きさを約0.4度としている。グラフの縦軸は、ウェハWの表面からの深さ位置を示し、グラフの横軸は、ウェハWの表面に平行な面内方向の位置を示す。本図に示す例では、注入イオン92が深さ2.0μmから3.5μmの範囲にわたって存在する。相対的に深い位置に注入されるイオン93は、オンチャネリングに基づく注入イオンであり、面内方向の中心付近にのみ存在する。一方、相対的に浅い位置に注入されるイオン94は、オフチャネリングに基づく注入イオンであり、面内方向の中心位置から離れた位置まで広がるように分布する。このように、オンチャネリングおよびオフチャネリングのそれぞれに基づく注入イオン93,94は、深さ方向に直交する面内方向の分布も異なることが分かる。
【0028】
以上より、ウェハWの結晶軸Cに対する注入角度θを精密に制御することで、ウェハWの内部に形成される注入プロファイルの形状を制御できる。特に、オンチャネリングが支配的となる角度条件を選択すれば、より深い位置に面内方向の広がりの小さい注入プロファイルを実現できる。一方、オフチャネリングが支配的となる角度条件を選択すれば、より浅い位置に面内方向の広がりの大きい注入プロファイルが実現できる。さらに、注入イオンのエネルギーを変化させることで、注入されるイオン全体の深さ位置を制御できる。
【0029】
しかしながら、イオン注入処理の対象によっては、注入プロファイルを制御する目的で注入角度θを自由に変化させることができない場合がある。近年、半導体デバイスのさらなる微細化や特性向上を目的として、ウェハ表面から深さ方向により深い位置にイオンを注入したいという顧客要求がある。このとき、面内方向の特定領域にのみイオンを注入するためにウェハ表面にマスクが形成される。また、より深い位置にイオンを注入するために、例えば100keV以上、または1MeV以上の高エネルギーのイオンビームが使用される。
【0030】
図6は、高エネルギー注入の工程の一例を模式的に示す断面図であり、ウェハWの表面上に設けられる厚みtが大きいマスク80を介してイオンビームBを照射する様子を示す。図示されるように、高エネルギーのイオンビームBを適切に遮蔽するためにはウェハ表面のマスク80を厚く形成する必要があり、その結果、マスク80の開口部82のアスペクト比が高くなる。そのため、ウェハWの表面に対して斜めにイオンビームを入射させると、開口部82が高アスペクト比であるために開口部82に斜めに入射するイオンビームが開口部82の側面81などによって少なくとも部分的に遮蔽され、開口部82に対応する注入領域84に適切にイオンビームを照射することが困難となる。したがって、高アスペクト比の開口部82を持つマスク80を使用する場合、ウェハWに対してほぼ垂直にイオンビームBを入射させなければならず、マスク形状に起因してイオンビームBの入射角度θに制約が生じる。この場合、注入プロファイルを制御する目的でイオンビームBの入射角度θを自由に設定することができない。
【0031】
そこで、本発明者らは、イオンビームBの照射時のウェハWの温度条件を制御することにより、ウェハW内に形成される注入プロファイルの形状を制御しようと考えた。本発明者らの知見によれば、イオンビームBの照射時のウェハ温度を高くすることで、相対的にチャネリングしにくい状況下(つまり、オフチャネリング)でイオンを注入できる。逆に、イオンビームBの照射時のウェハ温度を低くすることで、相対的にチャネリングしやすい状況下(つまり、オンチャネリング)でイオンを注入できる。
【0032】
図7は、ウェハ温度TとウェハW内に形成される深さ方向の注入プロファイルとの関係の一例を示すグラフである。本図は、
図3と同様、注入イオンをボロン(B)、注入対象をシリコン(Si)の(100)面、注入エネルギーを1.5MeV、イオンビームBの発散角を0.4度としたときのシミュレーション結果である。一方で、
図7ではイオンビームBの注入角度θを0度に固定している。また、ビーム照射時のウェハWの温度Tは、-273℃、-196℃、-100℃、27℃、150℃、414℃、450℃としている。図示されるように、注入プロファイルは、ウェハ温度が低いほど全体的に深い位置(グラフの右側)に分布している。また、注入プロファイルの第1のピークP1は、ウェハ温度Tが低いほど小さく、ウェハ温度Tが高いほど大きくなる傾向となる。一方、第2のピークP2は、ウェハ温度Tが低いほど大きく、ウェハ温度Tが高いほど小さくなる傾向となる。
【0033】
図8は、ウェハ温度Tと二つのピーク位置P1,P2での注入濃度との関係の一例を示すグラフであり、
図7に示される注入プロファイルに対応する。破線P1は、第1のピークに対応する深さd=2.2μmでの注入濃度を示し、実線P2は、第2のピークに対応する深さd=3.1μmでの注入濃度を示す。図示されるように、第1のピークP1での注入濃度は、ウェハ温度Tが低いほど低く、ウェハ温度Tが高いほど高くなる傾向となる。一方、第2のピークP2での注入濃度は、ウェハ温度Tが低いほど高く、ウェハ温度Tが高いほど低くなる傾向となる。
【0034】
以上より、注入時のウェハ温度Tを変化させることにより、注入角度θを変化させる場合と同様に注入プロファイルを制御できることが分かる。具体的には、ウェハ温度Tを低くすることでオンチャネリングが支配的な状態にすることができる。これは、ウェハWを低温にすることで、ウェハWの結晶格子を構成する原子の動きが小さくなって注入されたイオンとウェハWの結晶格子とが相互作用する確率が低くくなり、チャネリングしやすい状態となることが原因と考えられる。したがって、ウェハ温度Tを低くすることで、より深い位置に面内方向の広がりの小さい注入プロファイルを実現できる。一方、ウェハ温度Tを高くすることで、オフチャネリングが支配的な状態にすることができ、より浅い位置に面内方向の広がりの大きい注入プロファイルを実現できる。
【0035】
本実施の形態では、ウェハWを所定の温度に加熱または冷却し、所定の温度のウェハWに所定のチャネリング条件を満たすようにイオンビームBを照射することで、所定の温度とは異なる温度で所定のチャネリング条件を満たすようにイオンビームBを照射したときとは異なる注入プロファイルを実現する。例えば、室温(27℃)よりも低い温度でイオンビームBを照射することで、室温でイオンビームBを照射した場合と比較して、より深い位置に面内方向の広がりの小さい注入プロファイルを実現できる。また、室温よりも高い温度でイオンビームBを照射することで、室温でイオンビームBを照射した場合と比較して、より浅い位置に面内方向の広がりの大きい注入プロファイルを実現できる。
【0036】
繰り返しになるが、ここで「所定のチャネリング条件」とは、室温条件でオンチャネリングが支配的となる注入角度θの条件のことをいい、例えば、照射するイオンビームBの角度成分の多くが式(1)にて算出される臨界角θCの範囲内となる条件のことをいう。一例を挙げれば、所定のチャネリング条件が満たされる場合とは、照射するイオンビームBの角度分布の少なくとも半値全幅がオンチャネリング領域C1に含まれるような場合である。
【0037】
本実施の形態に係るイオン注入方法は、例えば、CMOSイメージセンサの製造時におけるアイソレーション注入やフォトダイオード注入に適用できる。アイソレーション注入では、例えば、注入イオン種として上述のボロン(B)を用いることができ、フォトダイオード注入ではリン(P)や砒素(As)を用いることができる。本実施の形態は、高エネルギー注入に適用可能であり、例えば、200keV~20MeVの注入エネルギーとすることができる。このときに実現可能な注入深さは、0.1μm~10μm程度である。
【0038】
注入対象をシリコン(Si)の(100)面とした場合、注入エネルギーに応じたボロン(B)、リン(P)および砒素(As)の式(1)に基づく臨界角θCは以下の通りである。注入エネルギーが200keVの場合、ボロン(B)の臨界角θCは2.47度であり、リン(P)の臨界角θCは4.27度であり、砒素(As)の臨界角θCは6.34度である。注入エネルギーが2MeVの場合、ボロン(B)の臨界角θCは0.78度であり、リン(P)の臨界角θCは1.35度であり、砒素(As)の臨界角θCは2.00度である。注入エネルギーが10MeVの場合、ボロン(B)の臨界角θCは0.35度であり、リン(P)の臨界角θCは0.60度であり、砒素(As)の臨界角θCは0.90度である。このように、オンチャネリングとなる臨界角θCは、イオン種と注入エネルギーとに依存するため、注入条件に応じて適切なイオンビームBの角度条件を設定することが好ましい。例えば、所定のチャネリング条件に対応するイオンビームBの角度条件は、結晶軸Cに対して、7度以内、5度以内、3度以内、1度以内とすることができる。
【0039】
図9は、リン(P)イオンを照射したときにウェハ内に形成される注入プロファイルの一例を示すグラフである。本図は、二次イオン質量分析法(SIMS、Secondary Ion Mass Spectrometry)による測定結果である。注入対象は、シリコン(Si)の(100)面であり、注入エネルギーは2.2MeVである。図示されるように、注入角度θを0度とし、ウェハ温度Tを室温(27℃)とした場合にはオンチャネリングの影響が目立ち、深さ2μm~4μmの範囲にわたって注入濃度が高いプロファイルとなる。一方、注入角度θを0度としたままウェハ温度Tを高温(450℃)とする場合や、ウェハ温度Tを室温(27℃)としたまま注入角度θを1度や2度とした場合、オフチャネリングに基づく深さ2μm程度のピークが明瞭となる一方で、深さ3μm~4μm程度で注入濃度が低いプロファイルとなる。したがって、リン(P)を注入する場合であっても、注入角度θを0度付近に固定したままウェハ温度Tを高くすることで、注入角度θを臨界角(例えば1.29度)程度に設定した場合と同様の注入プロファイルを実現することができる。
【0040】
図10は、砒素(As)イオンを照射したときにウェハ内に形成される注入プロファイルの一例を示すグラフである。本図もSIMSによる測定結果である。注入対象は、シリコン(Si)の(100)面であり、注入エネルギーは3.1MeVである。図示されるように、注入角度θを0度とし、ウェハ温度Tを室温(27℃)とした場合にはオンチャネリングの影響のため、深さ2μm程度のピーク位置から深さ6μmまでの範囲にわたって注入濃度がなだらかに低下するプロファイルとなる。一方、注入角度θを0度としたままウェハ温度Tを高温(450℃)とする場合や、ウェハ温度Tを室温(27℃)としたまま注入角度θを1度や2度とした場合、オフチャネリングに基づく深さ2μm程度のピークがより顕著となり、深さ2μm以上の範囲で注入濃度がより顕著に低下するプロファイルとなる。したがって、砒素(As)を注入する場合であっても、注入角度θを0度付近に固定したままウェハ温度Tを高くすることで、注入角度θを臨界角(例えば1.61度)程度に設定した場合と同様の注入プロファイルを実現することができる。
【0041】
なお、本手法は、B,P,As以外のイオン種にも適用することができ、例えば、窒素(N)、アルミニウム(Al)、ガリウム(Ga)、インジウム(In)、アンチモン(Sb)などにも適用可能である。
【0042】
本実施の形態に係る手法は、照射するイオンビームBのドーズ量を中程度以下とすることが好ましく、例えばドーズ量を1×1014cm-2以下、または1×1013cm-2以下とすることが好ましい。ドーズ量を増やすと、イオン注入処理によってビームが照射された領域にダメージが蓄積して結晶構造がアモルファス化し、チャネリングしにくい結晶状態に変化してしまうためである。
【0043】
本実施の形態は、ウェハ面内の同じ注入領域に注入エネルギーの異なるイオンビームを照射する多段注入にも適用可能である。例えば、同じ注入領域に対して、高エネルギー、中エネルギー、低エネルギーの三つのイオンビームを照射することで、異なる三つの深さ位置のそれぞれを中心とする範囲にイオンを注入し、注入濃度の高い領域が深さ方向に連続した注入プロファイルを形成できる。このとき、ウェハ温度Tを変えながら多段注入することで、深さ方向および面内方向の少なくとも一方の注入プロファイルの形状をより精密に制御することができる。
【0044】
図11(a)~(c)は、実施の形態に係る多段注入の一例を模式的に示す断面図である。まず、
図11(a)の第1工程では、マスク80の開口部82に対応する注入領域のうちの相対的に深い第1部分86aに高エネルギーの第1イオンビームB11を照射する。つづいて、
図11(b)の第2工程において、マスク80の開口部82に対応する注入領域のうちの中程度の深さに位置する第2部分86bに中エネルギーの第2イオンビームB12を照射する。その後、
図11(c)の第3工程において、マスク80の開口部82に対応する注入領域のうちの相対的に浅い第3部分86cに低エネルギーの第3イオンビームB13を照射する。これにより、第1部分86a、第2部分86bおよび第3部分86cが深さ方向に連続した注入領域86が形成される。
【0045】
図11(a)~(c)に示される第1工程~第3工程のそれぞれで照射されるイオンビームB11~B13の注入角度は共通であり、所定のチャネリング条件が満たされるようにウェハ表面に対してほぼ垂直にイオンビームを入射させている。一方、第1工程~第3工程のそれぞれでは、ウェハ温度Tを変化させている。第1工程では、ウェハ温度Tを相対的に低くすることで、オンチャネリングが支配的な注入条件とし、第1部分86aの面内方向の幅w
1を小さくしている。第2工程では、ウェハ温度Tを中程度とすることで、オフチャネリングの寄与を大きくし、第2部分86bの面内方向の幅w
2を第1部分86aの幅w
1よりも大きくしている。第3工程では、ウェハ温度Tを相対的に高くすることで、オフチャネリングの寄与をさらに大きくし、第3部分86cの面内方向の幅w
3を第2部分86bの幅w
2よりも大きくしている。このように温度条件を変えながら第1工程~第3工程の注入処理を実行することにより、ウェハ表面から離れる(つまり、注入位置が深くなる)につれて面内方向の幅w
3~w
1が順に小さくなる台形状の注入領域86を形成することができる。このようなトレンチ型の注入プロファイルは、例えば、アイソレーション注入領域として用いることができる。
【0046】
図12(a)~(c)は、実施の形態に係る多段注入の別の一例を模式的に示す断面図である。本図の例においても、上述の
図11(a)~(c)と同様、エネルギーの異なるイオンビームB21~B23をマスク80の開口部82に対応する部分に照射する。まず、
図12(a)の第1工程にて、深い位置の第1部分88aに高エネルギーの第1イオンビームB21を照射し、
図12(b)の第2工程にて、中程度の深さの第2部分88bに中エネルギーの第2イオンビームB22を照射し、
図12(c)の第3工程にて、浅い位置の第3部分88cに低エネルギーの第3イオンビームB23を照射する。これにより、第1部分88a、第2部分88bおよび第3部分88cが深さ方向に連続した注入領域88が形成される。
【0047】
一方、
図12(a)~(c)に示す例では、上述の
図11(a)~(c)とはウェハWの温度条件を逆にしている。具体的には、第1工程では、ウェハ温度Tを相対的に高くすることで、オフチャネリングが支配的な注入条件とし、第1部分88aの面内方向の幅w
1を大きくしている。第2工程では、ウェハ温度Tを中程度とすることで、オンチャネリングの寄与を大きくし、第2部分88bの面内方向の幅w
2を第1部分88aの幅w
1よりも小さくしている。第3工程では、ウェハ温度Tを相対的に低くすることで、オンチャネリングの寄与をさらに大きくし、第3部分88cの面内方向の幅w
3を第2部分88bの幅w
2よりも小さくしている。このように温度条件を変えながら第1工程~第3工程の注入処理を実行することにより、ウェハ表面から離れる(つまり、注入位置が深くなる)につれて面内方向の幅w
3~w
1が順に大きくなる形状の注入領域88を形成することができる。このようなトレンチ型の注入プロファイルは、例えば、
図11(c)に示すアイソレーション注入領域86に隣接するフォトダイオード注入領域として用いることができる。
【0048】
なお、上述の例では、多段注入の工程数を三つとしたが、多段注入の工程数を二つとしてもよいし、四以上としてもよい。また、多段注入で照射されるイオンビームの注入角度を固定したままウェハ温度Tおよび注入エネルギーのみを変化させてもよいし、注入角度を工程間で変化させてもよい。
【0049】
ウェハ温度Tを変化させる場合、例えば、-200℃~500℃の範囲内で温度を変化させることができる。なお、温度の変化範囲を-100℃~400℃の範囲内とすることで、比較的簡易な温度調整装置を用いてウェハの温度Tを調整できる。なお、多段注入の工程間でウェハ温度Tを変化させる場合、工程間の温度差を50℃以上とすることが好ましい。ウェハ温度Tを50℃以上、好ましくは100℃以上変化させることで、1回の注入工程にて生じるオンチャネリングとオフチャネリングのそれぞれの寄与度の割合を有意に変化させることができ、所望の注入プロファイルとなるように深さ方向および面内方向の注入プロファイルの形状を調整できる。
【0050】
つづいて、上述のイオン注入方法を実施するためのイオン注入装置について説明する。
【0051】
図13は、実施の形態に係るイオン注入装置100を概略的に示す上面図である。イオン注入装置100は、いわゆる高エネルギーイオン注入装置である。高エネルギーイオン注入装置は、高周波線形加速方式のイオン加速器と高エネルギーイオン輸送用ビームラインを有するイオン注入装置であり、イオン源10で発生したイオンを加速し、そうして得られたイオンビームBをビームラインに沿って被処理物(例えば基板またはウェハW)まで輸送し、被処理物にイオンを注入する。
【0052】
高エネルギーイオン注入装置100は、イオンを生成して質量分離するイオンビーム生成ユニット12と、イオンビームを加速して高エネルギーイオンビームにする高エネルギー多段線形加速ユニット14と、高エネルギーイオンビームのエネルギー分析、エネルギー分散の制御、軌道補正を行うビーム偏向ユニット16と、分析された高エネルギーイオンビームをウェハWまで輸送するビーム輸送ラインユニット18と、輸送された高エネルギーイオンビームを半導体ウェハに注入する基板搬送処理ユニット20とを備える。
【0053】
イオンビーム生成ユニット12は、イオン源10と、引出電極11と、質量分析装置22と、を有する。イオンビーム生成ユニット12では、イオン源10から引出電極11を通してビームが引き出されると同時に加速され、引出加速されたビームは質量分析装置22により質量分析される。質量分析装置22は、質量分析磁石22a、質量分析スリット22bを有する。質量分析スリット22bは、質量分析磁石22aの直後に配置する場合もあるが、実施例では、その次の構成である高エネルギー多段線形加速ユニット14の入り口部内に配置される。質量分析装置22による質量分析の結果、注入に必要なイオン種だけが選別され、選別されたイオン種のイオンビームは、次の高エネルギー多段線形加速ユニット14に導かれる。
【0054】
高エネルギー多段線形加速ユニット14は、イオンビームの加速を行う複数の線形加速装置、すなわち、一つ以上の高周波共振器を備えている。高エネルギー多段線形加速ユニット14は、高周波(RF)電場の作用により、イオンを加速することができる。高エネルギー多段線形加速ユニット14は、高エネルギーイオン注入用の基本的な複数段の高周波共振器を備える第1線形加速器15aを備える。高エネルギー多段線形加速ユニット14は、超高エネルギーイオン注入用の追加の複数段の高周波共振器を備える第2線形加速器15bを追加的に備えてもよい。高エネルギー多段線形加速ユニット14により、さらに加速されたイオンビームは、ビーム偏向ユニット16により方向が変化させられる。
【0055】
イオンビームを高エネルギーまで加速する高周波方式の高エネルギー多段線形加速ユニット14を出た高エネルギーイオンビームは、ある範囲のエネルギー分布を持っている。このため、高エネルギー多段線形加速ユニット14の下流で高エネルギーのイオンビームをビーム走査およびビーム平行化させてウェハに照射するためには、事前に高い精度のエネルギー分析と、軌道補正及びビーム収束発散の調整を実施しておくことが必要となる。
【0056】
ビーム偏向ユニット16は、高エネルギーイオンビームのエネルギー分析、エネルギー分散の制御、軌道補正を行う。ビーム偏向ユニット16は、少なくとも二つの高精度偏向電磁石と、少なくとも一つのエネルギー幅制限スリットと、少なくとも一つのエネルギー分析スリットと、少なくとも一つの横収束機器とを備える。複数の偏向電磁石は、高エネルギーイオンビームのエネルギー分析と、イオン注入角度の精密な補正とを行うよう構成されている。
【0057】
ビーム偏向ユニット16は、エネルギー分析電磁石24と、エネルギー分散を抑制する横収束四重極レンズ26と、エネルギー分析スリット28と、ステアリング(軌道補正)を提供する偏向電磁石30とを有する。なお、エネルギー分析電磁石24は、エネルギーフィルタ電磁石(EFM)と呼ばれることもある。高エネルギーイオンビームは、ビーム偏向ユニット16によって方向転換され、ウェハWの方向へ向かう。
【0058】
ビーム輸送ラインユニット18は、ビーム偏向ユニット16から出たイオンビームBを輸送するビームライン装置であり、収束/発散レンズ群から構成されるビーム整形器32と、ビーム走査器34と、ビーム平行化器36と、最終エネルギーフィルタ38(最終エネルギー分離スリットを含む)とを有する。ビーム輸送ラインユニット18の長さは、イオンビーム生成ユニット12と高エネルギー多段線形加速ユニット14とを合計した長さに合わせて設計されており、ビーム偏向ユニット16で結ばれて、全体でU字状のレイアウトを形成する。
【0059】
ビーム輸送ラインユニット18の下流側の終端には、基板搬送処理ユニット20が設けられる。基板搬送処理ユニット20は、注入処理室60と、基板搬送部62とを含む。注入処理室60には、イオン注入中のウェハWを保持し、ウェハWをビーム走査方向と直角方向に動かすプラテン駆動装置40が設けられる。プラテン駆動装置40には、イオン注入中のウェハ温度Tを調整するための温度調整装置50が設けられる。基板搬送部62には、イオン注入前のウェハWを注入処理室60に搬入し、イオン注入済のウェハWを注入処理室60から搬出するための搬送ロボットなどのウェハ搬送機構が設けられる。
【0060】
イオン注入装置100のビームライン部は、対向する2本の長直線部を有する水平のU字状の折り返し型ビームラインに構成されている。上流の長直線部は、イオンビーム生成ユニット12で生成されたイオンビームBを加速する複数のユニットで構成される。下流の長直線部は、上流の長直線部に対し方向転換されたイオンビームBを調整してウェハWに注入する複数のユニットで構成される。2本の長直線部はほぼ同じ長さに構成されている。2本の長直線部の間には、メンテナンス作業のために十分な広さの作業スペースR1が設けられている。
【0061】
図14(a)、(b)は、ビーム整形器32に含まれるレンズ装置32a,32b,32cの構成を模式的に示す図である。
図13に示されるビーム整形器32は、例えば、三つの四重極レンズ装置32a~32cを含み、ビーム軌道の上流から下流に向けて、第1レンズ装置32a、第2レンズ装置32b、第3レンズ装置32cの順に配置される。
図14(a)は、イオンビームBを縦方向(y方向)に収束させる第1レンズ装置32aおよび第3レンズ装置32cの構成を示し、
図14(b)は、イオンビームBを横方向(x方向)に収束させる第2レンズ装置32bの構成を示す。
【0062】
図14(a)の第1レンズ装置32aは、横方向(x方向)に対向する一組の水平対向電極72と、縦方向(y方向)に対向する一組の垂直対向電極74とを有する。一組の水平対向電極72には負電位-Qyが印加され、垂直対向電極74には正電位+Qyが印加される。第1レンズ装置32aは、正の電荷を有するイオン粒子群で構成されるイオンビームBに対し、負電位の水平対向電極72との間で引力を生じさせ、正電位の垂直対向電極74との間で斥力を生じさせる。これにより、第1レンズ装置32aは、イオンビームBをx方向に発散させ、y方向に収束させるようにビーム形状を整える。第3レンズ装置32cも第1レンズ装置32aと同様に構成され、第1レンズ装置32aと同じ電位が印加される。
【0063】
図14(b)の第2レンズ装置32bは、横方向(x方向)に対向する一組の水平対向電極76と、縦方向(y方向)に対向する一組の垂直対向電極78とを有する。第2レンズ装置32bは、第1レンズ装置32aと同様に構成されるが、印加される電位の正負が逆である。一組の水平対向電極76には正電位+Qxが印加され、垂直対向電極78には負電位-Qxが印加される。第2レンズ装置32bは、正の電荷を有するイオン粒子群で構成されるイオンビームBに対し、正電位の水平対向電極76との間で斥力を生じさせ、負電位の垂直対向電極78との間で引力を生じさせる。これにより、第2レンズ装置32bは、イオンビームBをx方向に収束させ、y方向に発散させるようにビーム形状を整える。
【0064】
図15は、レンズ装置32a~32cによるイオンビームBの収束/発散の制御例を模式的に示すグラフであり、レンズ装置32a~32cの対向電極に印加される電位Qx,Qyと整形されるビームの角度分布との関係性を示す。横軸の縦収束電位Qyは、第1レンズ装置32aおよび第3レンズ装置32cに印加される電位を示し、縦軸の横収束電位Qxは、第2レンズ装置32bに印加される電位を示す。
【0065】
所定の電位Qx
0、Qy
0が印加される地点Sは、
図2(a)または(b)に示すようなx方向およびy方向の双方の注入角度分布の広がりが小さい「平行ビーム」となる動作条件である。この地点Sから直線Lxに沿って電位Qx,Qyを変化させると、x方向の注入角度分布のみを変化させ、y方向の注入角度分布を変化させないようにビームを調整できる。地点Sから地点X1へと横収束電位Qxを上げていくと、x方向に収束された「収束ビーム」となってx方向の注入角度分布の広がりが大きくなる。一方、地点Sから地点X2へと横収束電位Qxを下げていくと、x方向に発散された「発散ビーム」となってx方向の注入角度分布の広がりが大きくなる。
【0066】
同様に、地点Sから直線Lyに沿って電位Qx,Qyを変化させると、y方向の注入角度分布のみを変化させ、x方向の注入角度分布を変化させないようにビームを調整できる。地点Sから地点Y1へと縦収束電位Qyを上げていくと、y方向に収束された「収束ビーム」となってy方向の注入角度分布の広がりが大きくなる。一方、地点Sから地点Y2へと縦収束電位Qyを下げていくと、y方向に発散された「発散ビーム」となってy方向の注入角度分布の広がりが大きくなる。
【0067】
このようにして、三段式のレンズ装置32a~32cのそれぞれに印加する電位Qx,Qyを一定の条件下で変化させることにより、ウェハWに照射されるイオンビームのx方向およびy方向の注入角度分布をそれぞれ独立に制御することができる。例えば、x方向の注入角度分布のみを調整したい場合、ΔQx=α・ΔQyの関係性が維持されるようにして直線Lxの傾きに合わせて電位を変化させればよい。同様に、y方向の注入角度分布のみを調整したい場合、ΔQx=β・ΔQyの関係性が維持されるようにして直線Lyの傾きに合わせて電位を変化させればよい。なお、直線Lx,Lyの傾きα,βの値は、使用するレンズ装置の光学特性に応じて適切な値が求められる。本実施の形態において、イオンビームBの角度分布は例えば0.1度以下の精度で制御可能である。
【0068】
図16は、基板搬送処理ユニット20の構成を詳細に示す側面図であり、最終エネルギーフィルタ38から下流側の構成を示す。イオンビームBは、最終エネルギーフィルタ38の角度エネルギーフィルタ(AEF;Angular Energy Filter)電極64にて下方に偏向されて基板搬送処理ユニット20に入射する。基板搬送処理ユニット20は、イオン注入工程が実行される注入処理室60と、ウェハWを搬送するための搬送機構が設けられる基板搬送部62とを含む。注入処理室60および基板搬送部62は、基板搬送口61を介してつながる。
【0069】
注入処理室60は、1枚又は複数枚のウェハWを保持するプラテン駆動装置40を備える。プラテン駆動装置40は、ウェハ保持装置42と、往復運動機構44と、ツイスト角調整機構46と、チルト角調整機構48とを含む。ウェハ保持装置42は、ウェハWを保持するための静電チャック等を含む。往復運動機構44は、ビーム走査方向(x方向)と直交する往復運動方向(y方向)にウェハ保持装置42を往復運動させることにより、ウェハ保持装置42に保持されるウェハWをy方向に往復運動させる。
図16において、矢印YによりウェハWの往復運動を例示する。
【0070】
ツイスト角調整機構46は、ウェハWの回転角を調整する機構であり、ウェハ処理面の法線を軸としてウェハWを回転させることにより、ウェハの外周部に設けられるアライメントマークと基準位置との間のツイスト角を調整する。ここで、ウェハのアライメントマークとは、ウェハの外周部に設けられるノッチやオリフラのことをいい、ウェハの結晶軸方向やウェハの周方向の角度位置の基準となるマークをいう。ツイスト角調整機構46は、ウェハ保持装置42と往復運動機構44の間に設けられ、ウェハ保持装置42とともに往復運動される。
【0071】
チルト角調整機構48は、ウェハWの傾きを調整する機構であり、ウェハ処理面に向かうイオンビームBの進行方向(z方向)とウェハ処理面の法線との間のチルト角を調整する。本実施の形態では、ウェハWの傾斜角のうち、x方向の軸を回転の中心軸とする角度をチルト角として調整する。チルト角調整機構48は、往復運動機構44と注入処理室60の壁面の間に設けられており、往復運動機構44を含むプラテン駆動装置40全体をR方向に回転させることでウェハWのチルト角を調整するように構成される。
【0072】
注入処理室60には、イオンビームBの軌道に沿って上流側から下流側に向けて、エネルギースリット66、プラズマシャワー装置68、ビームダンパ63が設けられている。
【0073】
エネルギースリット66は、AEF電極64の下流側に設けられ、AEF電極64とともにウェハWに入射するイオンビームBのエネルギー分析をする。エネルギースリット66は、ビーム走査方向(x方向)に横長のスリットで構成されるエネルギー制限スリット(EDS;Energy Defining Slit)である。エネルギースリット66は、所望のエネルギー値またはエネルギー範囲のイオンビームBをウェハWに向けて通過させ、それ以外のイオンビームを遮蔽する。
【0074】
プラズマシャワー装置68は、エネルギースリット66の下流側に位置する。プラズマシャワー装置68は、イオンビームBのビーム電流量に応じてイオンビームおよびウェハ処理面に低エネルギー電子を供給し、イオン注入で生じるウェハ処理面の正電荷のチャージアップを抑制する。プラズマシャワー装置68は、例えば、イオンビームBが通過するシャワーチューブと、シャワーチューブ内に電子を供給するプラズマ発生装置とを含む。
【0075】
ビームダンパ63は、ビーム軌道の最下流に設けられ、例えば、基板搬送口61の下方に取り付けられる。したがって、ビーム軌道上にウェハWが存在しない場合、イオンビームBはビームダンパ63に入射する。ビームダンパ63には、イオンビームBを計測するためのビーム計測装置が設けられてもよい。
【0076】
温度調整装置50は、プラテン駆動装置40のウェハ保持装置42に取り付けられている。温度調整装置50は、ウェハ保持装置42により保持されるウェハWを加熱または冷却し、ウェハWの温度Tを調整する。温度調整装置50は、加熱装置と冷却装置の少なくとも一方を含む。加熱装置は、例えば、電熱線を備え、電熱線に電流を流して発熱させることによりウェハWを加熱する。冷却装置は、例えば、冷媒が流れる冷却流路を含み、冷却流路を流れる冷媒を通じてウェハWを冷却する。温度調整装置50は、ウェハWの温度Tを計測するための温度計測器を含んでもよく、温度計測器で計測されるウェハWの温度が所望の温度となるようにウェハWを加熱または冷却する。
【0077】
温度調整装置50は、ウェハ保持装置42とは異なる位置に設けられてもよい。例えば、プラズマシャワー装置68の出口付近に発熱体を配置し、発熱体からの輻射熱を利用してウェハWを加熱してもよい。また、温度調整装置50は、注入処理室60に至るウェハWの搬送経路の途中に設けられてもよく、注入処理室60とは異なる準備室内に設けられてもよい。さらに、ウェハ保持装置42に設けられる温度調整装置50と、ウェハ保持装置42とは異なる位置に設けられる別の温度調整装置とを併用してウェハWの温度を調整してもよい。
【0078】
図17は、ウェハ保持装置42にウェハW’を搬入する工程を模式的に示す側面図である。
図17では、基板搬送部62との間でウェハを搬入または搬出するための搬出入位置に配置されるウェハW’を実線で示し、注入処理室60の内部でウェハにイオンビームBが照射される注入位置に配置される場合のウェハWを破線で示している。プラテン駆動装置40は、主にチルト角調整機構48によるR方向の回転移動と、往復運動機構44によるY方向の直線移動とを組み合わせることにより、ウェハW,W’を注入位置と搬出入位置との間で移動させる。搬出入位置にあるウェハW’は、基板搬送部62に設けられる基板搬送ロボット58により基板搬送口61を通じて搬入または搬出される。
【0079】
図18(a)、(b)は、イオンビームBの入射方向に対するウェハWの向きを模式的に示す図である。
図18(a)は、イオンビームBの入射方向(z方向)に対してウェハWを傾けることによりチルト角θを設定した状態を示す。チルト角θは、図示されるように、x軸周りにウェハWを回転させたときの回転角として設定される。チルト角θ=0°となる状態は、ウェハWにイオンビームBが垂直に入射する場合である。
図18(b)は、ウェハ主面に垂直な軸周りにウェハWを回転させることによりツイスト角φを設定した状態を示す。ツイスト角φは、図示されるように、ウェハ主面に垂直な軸周りにウェハWを回転させたときの回転角として設定される。ツイスト角φ=0°となる状態は、ウェハWの中心OからアライメントマークMに延びる線分がy方向と一致する場合である。イオンビームBに対するウェハWの配置として、チルト角θおよびツイスト角φを適切に設定することにより所定のチャネリング条件を実現することができる。
【0080】
図19(a)、(b)は、イオン注入処理の対象となるウェハを模式的に示す図である。
図19(a)は、ウェハWの結晶方位を示し、
図19(b)は、ウェハWの表面近傍の原子配列を示す。注入対象となるウェハWとして、ウェハ主面の面方位が(100)面である単結晶シリコン基板を用いることができる。ウェハWのアライメントマークMは、<110>方位を示す位置に設けられる。
【0081】
図20(a)~(c)は、ウェハWの向きとウェハWの表面近傍の原子配列との関係を模式的に示す図である。本図は、ウェハWの表面近傍の原子配列を模式的に示す図であり、ウェハWに入射するイオンビームBから見た原子配列を示す。本図では、シリコン原子の位置を黒丸で示している。また、奥行き方向(z方向)に異なる位置にあるシリコン原子をxy面内に重ねて描いている。
【0082】
図20(a)は、軸チャネリング条件を満たすように配置された場合の原子配列を示し、ウェハWをツイスト角φ=23°、チルト角θ=0°の向きで配置した場合を示す。図示する軸チャネリング条件では、実線上に配置されるシリコン原子により形成される複数の第1結晶面96と、破線上に配置されるシリコン原子により形成される複数の第2結晶面97とが互いに交差して格子状に配列され、イオンが注入される方向に沿って一次元的に延びる軸状の隙間である「軸チャネル(axial channel)」95が形成される。その結果、x方向およびy方向の少なくとも一方に角度分布を有するイオンビームは、z方向に直進するイオン粒子のみがチャネリングし、z方向からある程度ずれた角度成分を有するイオン粒子はいずれかの結晶面に遮られてチャネリングしない。したがって、軸チャネリング条件を満たすように配置されるウェハWは、イオンビームBの入射方向に沿って軸方向に進むイオン粒子をチャネリングさせる「軸チャネリング」を生じさせる。
【0083】
軸チャネリング条件を満たす配置は、上述のツイスト角およびチルト角の設定に限られず、図示するような原子配列が実現されるようなウェハ配置であれば、他のツイスト角およびチルト角を用いてもよい。軸チャネリング条件を実現するために、例えば、ウェハWのツイスト角φを実質的に15度~30度の範囲内とし、チルト角θを実質的に0度としてもよい。
【0084】
図20(b)は、面チャネリング条件を満たすように配置された場合の原子配列を示し、ウェハWをツイスト角φ=0°、チルト角θ=15°の向きで配置した場合を示す。図示する面チャネリング条件では、yz平面内に配列されたシリコン原子による複数の結晶面99が形成され、x方向に対向する結晶面99の間に二次元的な広がりを有する隙間である「面チャネル(planar channel)」98が形成される。その結果、x方向に角度分布を有するイオンビームは、z方向に直進する一部のイオン粒子のみがチャネリングし、x方向にある程度ずれた角度成分を有するイオン粒子は結晶面99に遮られてチャネリングしない。一方、y方向に角度分布を有するイオンビームは、結晶面99に遮られることなく結晶面間の隙間をチャネリングする。したがって、面チャネリング条件を満たすように配置されるウェハは、主としてイオンビームBの入射方向に沿うz方向とy方向の双方により規定される基準面に沿って進むイオン粒子をチャネリングさせる「面チャネリング」を生じさせる。よって、面チャネリング条件を満たすように配置されたウェハに対してイオンビームを照射すると、x方向に角度成分を有するイオン粒子はチャネリングせず、y方向に角度成分を有するイオン粒子はチャネリングするという方向依存性が生じる。
【0085】
面チャネリング条件を満たす配置は、上述のツイスト角およびチルト角の設定に限られず、図示されるような原子配列が実現可能なウェハ配置であれば、他のツイスト角およびチルト角を用いてもよい。面チャネリング条件を実現するために、例えば、ウェハWのツイスト角φを実質的に0度または45度とし、チルト角θを実質的に15度~60度の範囲内としてもよい。
【0086】
図20(c)は、オフチャネリング条件を満たすように配置された場合の原子配列を示し、上述のウェハWをツイスト角φ=23°、チルト角θ=7°の向きで配置した場合を示す。図示されるオフチャネリング条件では、イオン粒子の通り道となるチャネルが見えず、シリコン原子がx方向およびy方向に隙間なく配置されているように見える。その結果、オフチャネリング条件を満たすウェハに向けてイオンビームを照射すると、ビームを構成するイオン粒子がx方向およびy方向の角度成分を有するか否かに拘わらず、チャネリング現象が生じないオフチャネリング状態になる。
【0087】
オフチャネリング条件を満たす配置は、上述のツイスト角およびチルト角の設定に限られず、図示されるような原子配列が実現可能なウェハ配置であれば、他のツイスト角およびチルト角を用いてもよい。より具体的には、ウェハの{100}面、{110}面、{111}面などの低次の結晶面がイオンビームの基準軌道と斜めに交差するような向きにウェハWが配置されれば、他の角度条件が用いられてもよい。オフチャネリング条件を実現するために、例えば、ウェハWのツイスト角φを実質的に15度~30度の範囲内とし、チルト角θを実質的に7度~15度の範囲内としてもよい。
【0088】
本実施の形態では、「所定のチャネリング条件を満たす」ウェハの配置として、
図20(a)に示される軸チャネリング条件を用いることができる。
図20(a)の配置では、チルト角θ=0°であるため、ウェハ表面に厚いマスクを形成する場合であっても、ウェハ表面に対して直交する方向にイオンビームBを入射させ、マスクの開口部に対応する箇所に精度良くイオンを注入することができる。なお、半導体デバイス製造のための注入プロセスとして、
図20(a)に示されるような軸チャネリング条件を用いた注入工程のみを実行してもよいし、
図20(b)に示されるような面チャネリング条件を用いる注入工程や
図20(c)に示されるようなオフチャネリング条件を用いる注入工程を追加的に組み合わせて実行してもよい。
【0089】
図21は、実施の形態に係るイオン注入方法の流れを示すフローチャートである。まず、ウェハWに照射すべきイオンビームBのエネルギーを調整する(S10)。例えば、高エネルギー多段線形加速ユニット14の動作を制御することで、イオンビームBのエネルギーを調整できる。つづいて、ウェハWに照射すべきイオンイオンビームBの角度分布を調整する(S12)。例えば、ビーム整形器32のレンズ装置32a~32cの電位Qx,Qyを変化させることで、イオンビームBの角度分布を調整できる。このとき、イオンビームBのエネルギーおよびイオン種に応じたチャネリングの臨界角θ
C以下の角度分布が実現されるようにビームの角度特性を調整してもよい。
【0090】
次に、注入対象のウェハWを注入処理室60に搬送してウェハ保持装置42に固定し、温度調整装置50を用いてウェハWの温度を調整する(S14)。このとき、ウェハWが所望の温度となるように温度調整装置50を用いてウェハWを加熱または冷却することができる。なお、室温での注入処理をする場合や、すでにウェハWが所望の温度に調整されている場合には、ウェハWを加熱または冷却しなくてもよい。つづいて、ツイスト角調整機構46およびチルト角調整機構48を用いてウェハWの向きを調整し、所望のチャネリング条件が満たされるようにする(S16)。なお、S14の温度調整工程とS16の向き調整工程は、順序が前後してもよいし、同時並行して実行されてもよい。
【0091】
次に、温度および向きが調整されたウェハWにイオンビームBを照射し、イオン注入処理を実行する(S18)。S18のイオン注入処理工程の実行中にウェハWの温度調整を同時並行して実行してもよく、例えば、ウェハWを加熱または冷却しながらイオンビームBをウェハWに照射してもよい。また、イオンビームBの照射によりウェハWに与えられるパワーを利用してウェハWを加熱してもよい。例えば、ウェハWを高温注入する場合、ビーム照射前は温度調整装置50を用いてウェハWを加熱し、ビーム照射中はビームのパワーを利用してウェハWを加熱してもよい。ビーム照射中に温度調整装置50による加熱を併用してもよいし、ビームのパワーによってウェハWが過度に加熱される場合には温度調整装置50による冷却を併用してもよい。その他、ビームのパワーによる加熱を抑制するため、温度調整装置50による冷却を通じてウェハWの温度がビームの照射中にわたって一定に維持されるようにしてもよい。
【0092】
つづいて、追加のイオンビームBの照射の必要があれば(S20のY)、S10~S18の処理を再度実行する。例えば、
図11(a)~(c)および
図12(a)~(c)にて例示したように、イオンビームBのエネルギーやウェハWの温度Tを変化させて複数回の注入処理をする場合、各回の注入条件を変えてS10~S18の処理を実行する。このときに変化させる注入条件には、イオンビームBのイオン種、エネルギー、ドーズ量、角度分布、ウェハWのチルト角θ、ツイスト角φ、温度Tなどが含まれる。一方、追加のイオンビームBの照射の必要がなければ(S20のN)、本フローを終了する。
【0093】
複数回の注入処理では、ウェハ温度Tの条件が室温(27℃、300K)付近を含むように設定されてもよい。複数回の注入処理の全てでウェハ温度Tが室温以下となるように条件が設定されてもよく、例えば、-200℃~27℃の範囲で温度条件を変化させてもよい。具体的な一例を挙げれば、-196℃(77K)、-123℃(150K)、-73℃(200K)、-23℃(250K)、27℃(300K)程度の温度を設定してもよい。一方、複数回の注入処理の全てでウェハ温度Tが室温以上となるように条件が設定されてもよく、例えば、27℃~500℃の範囲で温度条件を変化させてもよい。具体的な一例を挙げれば、27℃(300K)、127℃(400K)、227℃(500K)、327℃(600K)、427℃(700K)、500℃(773K)程度の温度を設定してもよい。また、室温未満および室温以上の双方の温度を含めてもよく、-200℃~500℃の範囲で温度条件を変化させてもよい。
【0094】
複数回の注入処理では、ウェハ温度Tだけではなく、イオンビームBの角度分布を微調整することで注入プロファイルを制御してもよく、イオンビームBの角度分布の平均値(平均角度)と分散値(発散/収束角度)の少なくとも一方を微調整してもよい。例えば、複数回の注入処理において、ウェハWの結晶軸Cに対するイオンビームBの角度分布の平均値を臨界角θC未満または臨界角θC以上の範囲内で0.1度以上変化させてもよく、具体的な一例を挙げれば、0.1度、0.3度、0.5度、0.8度、1度、1.5度、2度、2.5度、3度、3.5度、5度、7度などに設定してもよい。ウェハWに対する角度分布の平均値は、チルト角調整機構48により調整できる。また、イオンビームBの角度分布の分散値を0.1度刻みで調整してもよい。イオンビームBの角度分布の分散値は、ビーム整形器32により調整できる。
【0095】
なお、イオンビームBのエネルギーやウェハWの温度Tを変化させて複数回の注入処理をする場合、1枚のウェハWに対して連続的に複数回の注入処理がなされなくてもよい。例えば、大量生産のために多数のウェハWに対して同一条件の複数回の注入処理がなされる場合、第1条件を用いる第1注入工程を複数枚のウェハに対して連続的に実行し、その後、イオン注入装置100の設定を第1条件から第2条件に変更し、第2条件を用いる第2注入工程を複数枚のウェハに対して連続的に実行してもよい。
【0096】
また、ウェハWの温度を調整する工程は、ウェハWの搬送工程の途中で実行されてもよい。例えば、
図17にて説明したように、注入処理室60に搬入されたウェハW’は、プラテン駆動装置40を駆動させることにより搬出入位置から注入位置まで移動させる必要がある。また、注入位置に配置されたウェハWは、チルト角θやツイスト角φを調整させる必要もある。このような注入処理室60内での準備工程の実行中にウェハWを所望の温度に加熱または冷却することで、温度調整に必要な追加の作業時間を低減または削減することができ、イオン注入工程のスループットの低下を抑制することができる。
【0097】
さらに、ウェハWの温度を調整する工程は、注入処理室60とは異なる準備室内で実行されてもよい。例えば、基板搬送部62に温度調整のための準備室を設け、準備室内に設置される温度調整装置を用いてウェハWを加熱または冷却してもよい。その他、基板搬送ロボット58などに温度調整装置を設け、基板搬送ロボット58にて搬送中のウェハWを加熱または冷却できるようにしてもよい。注入処理室60とは異なる場所においてのみウェハWを加熱または冷却できるようにしてもよいし、注入処理室60とは異なる場所でのウェハWの温度調整と、注入処理室60内での温度調整とが組み合わされてもよい。さらに、温度調整装置50を用いてウェハWを積極的に冷却するのではなく、ウェハの周辺環境との温度差によるウェハWからの熱放散を利用してウェハWを冷却して温度を調整してもよい。
【0098】
以上、本発明を上述の各実施の形態を参照して説明したが、本発明は上述の各実施の形態に限定されるものではなく、各実施の形態の構成を適宜組み合わせたものや置換したものについても本発明に含まれるものである。また、当業者の知識に基づいて各実施の形態における組合せや処理の順番を適宜組み替えることや各種の設計変更等の変形を実施の形態に対して加えることも可能であり、そのような変形が加えられた実施の形態も本発明の範囲に含まれ得る。
【0099】
上述の実施の形態では、厚さtの大きいマスク80の上からイオンビームBを照射してアイソレーション注入やフォトダイオード注入を実行する場合を例示して説明した。本実施の形態は上述の用途に限られず、例えば、パワーデバイス等に用いられるトレンチ型のpn接合構造の形成や、ロジック回路等に用いられるトレンチ型またはプレーナ型のpn接合構造の形成などにも適用可能である。この場合、ウェハ表面に設けられる電極層や絶縁層などをマスクとしてイオン注入が実行されてもよい。
【0100】
上述の実施の形態では、注入されるイオンの注入プロファイルの制御について説明した。本実施の形態は、イオン注入により生じるウェハ内のダメージ(欠陥)のプロファイル制御にも同様に適用できる。
【符号の説明】
【0101】
10…イオンソース、12…イオンビーム生成ユニット、14…高エネルギー多段線形加速ユニット、18…ビーム輸送ラインユニット、20…基板搬送処理ユニット、40…プラテン駆動装置、42…ウェハ保持装置、44…往復運動機構、46…ツイスト角調整機構、48…チルト角調整機構、50…温度調整装置、60…注入処理室、62…基板搬送部、100…イオン注入装置、W…ウェハ。