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特許7530251熱伝導性と強度に優れたアルミニウム合金ベア材およびブレージングシート
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-30
(45)【発行日】2024-08-07
(54)【発明の名称】熱伝導性と強度に優れたアルミニウム合金ベア材およびブレージングシート
(51)【国際特許分類】
   C22C 21/00 20060101AFI20240731BHJP
   C22F 1/04 20060101ALN20240731BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20240731BHJP
【FI】
C22C21/00 J
C22C21/00 M
C22C21/00 E
C22F1/04 A
C22F1/04 Z
C22F1/00 623
C22F1/00 627
C22F1/00 630A
C22F1/00 640A
C22F1/00 650F
C22F1/00 651A
C22F1/00 682
C22F1/00 686A
C22F1/00 685Z
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 691Z
C22F1/00 692A
C22F1/00 692B
C22F1/00 694A
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020151357
(22)【出願日】2020-09-09
(65)【公開番号】P2022045655
(43)【公開日】2022-03-22
【審査請求日】2023-05-11
(73)【特許権者】
【識別番号】522160125
【氏名又は名称】MAアルミニウム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100142424
【弁理士】
【氏名又は名称】細川 文広
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】川上 隆之
(72)【発明者】
【氏名】岩尾 祥平
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特開平08-143997(JP,A)
【文献】特開平09-310137(JP,A)
【文献】特開平08-260086(JP,A)
【文献】特開平04-084098(JP,A)
【文献】特開2011-036915(JP,A)
【文献】特開2020-100882(JP,A)
【文献】特開2016-216791(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 21/00 - 21/18
C22F 1/04 - 1/057
B23K 35/00 - 35/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Fe:0.8%より多く1.8%以下、Si:0.8% 以下、Cu:0.8%以下を含有し、Mn:0.2%以下、Zn:0.3%以下に規制し、残部がAlと不可避不純物からなり、電気伝導度55%IACS以上を有し、かつ、マトリクス中に分布している円相当径で0.5~2.0μmのAl-Fe系化合物粒子もしくはAl-Fe-Si系化合物粒子の個数が1.7×10~5.0×10個/mmであることを特徴とする熱交換器用アルミニウム合金ベア材。
【請求項2】
熱交換器ろう付相当熱処理を付与した後において、電気伝導度43%IACS以上を有し、かつ、マトリクス中に分布している円相当径で0.5~2.0μmのAl-Fe系化合物粒子もしくはAl-Fe-Si系化合物粒子の個数が1.7×10~5.0×10個/mmであることを特徴とする請求項1に記載の熱交換器用アルミニウム合金ベア材。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の熱交換器用アルミニウム合金ベア材と同一組成を有する合金を心材とし、その一方の面もしくは両方の面に、ろう材として質量%でSi:3.0~12.0%を含有し、残部がAlと不可避不純物からなるアルミニウム合金層が貼り合わされ、
電気伝導度50%IACS以上を有し、かつ、心材のマトリクス中に分布している円相当径で0.5~2.0μmのAl-Fe系化合物粒子もしくはAl-Fe-Si系化合物粒子の個数が1.7×10 ~5.0×10 個/mm であることを特徴とする熱交換器用アルミニウム合金ブレージングシート。
【請求項4】
請求項1または請求項2に記載の熱交換器用アルミニウム合金ベア材と同一組成を有する合金を心材とし、その一方の面もしくは両方の面に、ろう材として質量%でSi:3.0~12.0%、Zn:0.1~4.0%を含有し、残部がAlと不可避不純物からなるアルミニウム合金層が貼り合わされ、
電気伝導度50%IACS以上を有し、かつ、心材のマトリクス中に分布している円相当径で0.5~2.0μmのAl-Fe系化合物粒子もしくはAl-Fe-Si系化合物粒子の個数が1.7×10 ~5.0×10 個/mm であることを特徴とする熱交換器用アルミニウム合金ブレージングシート。
【請求項5】
熱交換器ろう付相当熱処理を付与した後において、電気伝導度43%IACS以上を有し、かつ、心材のマトリクス中に分布している円相当径で0.5~2.0μmのAl-Fe系化合物粒子もしくはAl-Fe-Si系化合物粒子の個数が1.7×10~5.0×10個/mmであることを特徴とする請求項3または請求項4に記載の熱交換器用アルミニウム合金ブレージングシート。
【請求項6】
熱交換器ろう付相当熱処理を付与した後の前記心材と前記ろう材表面の孔食電位差が80mV以上であることを特徴とする請求項4のみを引用した請求項5に記載の熱交換器用アルミニウム合金ブレージングシート。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱伝導性と強度に優れたアルミニウム合金ベア材およびブレージングシートに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車のEV化の流れによってインバータ冷却器など新たな自動車用熱交換器が搭載されている。インバータ冷却器は、省スペース化による小型化や軽量化の観点から熱交換器の放熱性能の向上が求められる。例えば、部材の接合密度が高い構造をしているインバータ冷却器では、使用するアルミニウム材料の熱伝導性が高いほどインバータ冷却器の放熱性能に優れる。
自動車用熱交換器に使用されるアルミニウム合金は、一般的に強度や耐食性のためAl-Mn系合金が使用されている。しかし、Al合金に添加されるMnはAlマトリクス中に固溶した際に電気伝導度を大きく低下させる。Alの熱伝導性と電気伝導度は比例しており、電気伝導度の低下は熱伝導性の低下につながる。そのため、電気伝導度の優れないMnを添加したAl合金を使用した自動車用熱交換器では放熱性能の向上に限界がある。
一方で、Mnを含まない1000系合金では高い電気伝導度を有するが、自動車用熱交換器の部材としては強度が低く、かつ耐食性に優れないため熱交換器に利用しにくい。このため、自動車用熱交換器の構造強度や耐食性を確保しつつ放熱性能を向上させるためには、Al-Mn系合金以外の、強度と耐食性を有し、かつ熱伝導性に優れるアルミニウム合金が求められる。
【0003】
従来、高強度かつ高熱伝導性を示すアルミニウム合金材として、Fe:2.0~3.0質量%、Si:0.5~1.5質量%、Ti:0.05質量%以下、残部がAlおよび不可避不純物の組成を有するアルミニウム合金材が知られている(特許文献1参照)。
また、熱交換器用アルミニウム合金フィン材として、Fe:0.010~0.4質量%、Cu:0.005質量%未満、残部Alおよび不純物からなり、Al純度99.30質量%以上であり、亜結晶粒の平均粒径が2.5μm以下、最大長さ3μmを超える金属間化合物が2000個/mm以下であるアルミニウムフィン材が知られている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2002-256365号公報
【文献】特開2014-074198号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年において熱交換器の更なる小型化、高性能化の要求に伴い、本発明者らはアルミニウム合金に必要な強度と優れた電気伝導度を両立させるために、従来知られているAl-Mn系合金とは異なるAl-Fe-Si-Cu系合金について研究開発を行っている。
【0006】
電気伝導度はアルミニウムに添加する元素に大きく影響を受けるため、Al母材中に固溶し電気伝導度を低下させるMnではなく、ほとんど固溶しないFeを添加することでAl-Mn系合金と比べ飛躍的な電気伝導度の向上をなし得ることが判明した。ただし、単にFeを含む工業用アルミニウムのような合金では材料強度が低いため、熱交換器の構造強度を補うことができない。そこで、Siを適正量添加してAl-Fe-Si系化合物による分散強化が得られる最適な製造工程を採用することで、工業用アルミニウム合金より強度を向上できることが判った。また、Al-Fe-Si系化合物に影響しないCuを添加することで、Al-Mn系合金相当の強度を得られることが知見された。これらにより高い電気伝導度を有しつつ、高強度を有するアルミニウム合金およびブレージングシートを提供できる。
【0007】
本発明は、これらの背景に鑑み、なされたものであり、高い電気伝導度を有する上に、優れた強度を備えるアルミニウム合金ベア材とアルミニウム合金ブレージングシートの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
(1)本形態のアルミニウム合金ベア材は、質量%で、Fe:0.8%より多く1.8%以下、Si:0.8%以下、Cu:0.8%以下を含有し、Mn:0.2%以下、Zn:0.3%以下に規制し、残部がAlと不可避不純物からなり、電気伝導度55%IACS以上を有し、かつ、マトリクス中に分布している円相当径で0.5~2.0μmのAl-Fe系化合物粒子もしくはAl-Fe-Si系化合物粒子の個数が1.7×10~5.0×10個/mmであることを特徴とする。
【0009】
(2)本形態のアルミニウム合金ベア材において、熱交換器ろう付相当熱処理を付与した後における、電気伝導度43%IACS以上を有し、かつ、マトリクス中に分布している円相当径で0.5~2.0μmのAl-Fe系化合物粒子もしくはAl-Fe-Si系化合物粒子の個数が1.7×10~5.0×10個/mmであることが好ましい。
(3)本形態のアルミニウム合金ブレージングシートは、(1)または(2)に記載の熱交換器用アルミニウム合金ベア材と同一組成の合金を心材とし、その一方の面もしくは両
方の面に、ろう材として質量%でSi:3.0~12.0%を含有し、残部がAlと不可避不純物からなるアルミニウム合金層が貼り合わされ、電気伝導度50%IACS以上を有し、かつ、心材のマトリクス中に分布している円相当径で0.5~2.0μmのAl-Fe系化合物粒子もしくはAl-Fe-Si系化合物粒子の個数が1.7×10 ~5.0×10 個/mm であることを特徴とする。
【0010】
(4)本形態のアルミニウム合金ブレージングシートは、(1)または(2)に記載の熱交換器用アルミニウム合金ベア材と同一組成を有する合金を心材とし、その一方の面もしくは両方の面に、ろう材として質量%でSi:3.0~12.0%、Zn:0.1~4.0%を含有し、残部がAlと不可避不純物からなるアルミニウム合金層が貼り合わされ、電気伝導度50%IACS以上を有し、かつ、心材のマトリクス中に分布している円相当径で0.5~2.0μmのAl-Fe系化合物粒子もしくはAl-Fe-Si系化合物粒子の個数が1.7×10 ~5.0×10 個/mm であることが好ましい。
【0011】
)本形態に係る(3)または(4)に記載のアルミニウム合金ブレージングシートでは、熱交換器ろう付相当熱処理を付与した後において、電気伝導度43%IACS以上を有し、かつ、心材のマトリクス中に分布している円相当径で0.5~2.0μmのAl-Fe系化合物粒子もしくはAl-Fe-Si系化合物粒子の個数が1.7×10~5.0×10個/mmであることが好ましい。
【0012】
)本形態に係る(4)のみを引用した(5)に記載のアルミニウム合金ブレージングシートにおいて、熱交換器ろう付相当熱処理を付与した後の前記心材と前記ろう材表面の孔食電位差が80mV以上であることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、高い電気伝導度を有し、しかも、優れた強度を有する熱交換器用アルミニウム合金ベア材あるいは熱交換器用アルミニウム合金ブレージングシートを提供することができる。
本発明に係るアルミニウム合金ベア材あるいはブレージングシートは、高い電気伝導度を有しつつ強度に優れるため、近年において更なる小型化、高放熱性能化要求がなされている自動車用熱交換器に用いて好適なアルミニウム合金ベア材およびブレージングシートとして適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明に係るアルミニウム合金ベア材の一例を示す断面図である。
図2】本発明に係るブレージングシートの一例を示す部分断面図である。
図3】本発明に係るブレージングシートの他の例を示す部分断面図である。
図4】本発明に係るブレージングシートとろう付対象部材との接合状態を説明するための側面図である。
図5】本発明に係るブレージングシートを適用して構成された熱交換器を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、添付図面を参照し、本発明に係る実施形態について詳細に説明する。なお、以下の説明で用いる図面は、特徴をわかりやすくするために、便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合がある。
【0016】
図1は本発明に係るアルミニウム合金ベア材の一例を示し、図2図1に示すベア材と同一組成の心材を有する第1実施形態の熱交換器用アルミニウム合金ブレージングシートの断面構造を示す。この実施形態のアルミニウム合金ブレージングシートAは、板状またはシート状であり、図1に示すベア材Mと同一組成である心材1の上下両面側に第1のろう材2が積層された3層構造とされている。なお、ろう材2については後述する他の形態の如く心材1の片面のみに積層されていても良い。
【0017】
「アルミニウム合金ベア材および心材」
アルミニウム合金ベア材Mおよび心材1は、質量%で、Fe:0.8%より多く1.8%以下、Si:0.8%以下、Cu:0.8%以下を含有し、Mn:0.2%以下、Zn:0.3%以下に規制し、残部がAlおよび不可避不純物の組成を有するアルミニウム合金からなる。
アルミニウム合金ベア材Mは一例として図1に示すように圧延加工を施して板状に加工し、熱交換器用フィンとして使用することもでき、ベア材Mと両面クラッド材をカップ形状に加工し、交互に積み重ねてろう付される部材などとして利用することもできる。本形態のベア材Mの用途の一例は同一組成を心材1に用いた図2に示すブレージングシートAであるが、その他の用途としても良いのは勿論である。
【0018】
以下にベア材Mおよび心材1を構成するアルミニウム合金に含まれている成分元素の組成限定理由について説明する。
Fe:0.8%より多く1.8%以下
FeをAlに添加することでAl-Fe系、もしくはAl-Fe-Si系などの化合物粒子としてアルミニウム合金マトリクス内に析出させ粒子分散強化により材料強度を向上させる。また、Feはマトリクス中に微量に固溶するため、固溶強化により材料強度を向上させるためにAlに添加される。Feの含有量が下限値未満であると、Al-Fe系化合物粒子、もしくはAl-Fe-Si系の化合物粒子が目的とする分散状態(単位面積あたりの必要個数)とならず、強度が得られない。Feの含有量が上限値を超えると、鋳造時に粗大なAl-Fe系化合物が生成し、化合物が表面酸化皮膜の連続性を欠き耐食性を低下させる。
Si:0.8%以下
SiはAlに固溶するか、もしくは、Al-Fe-Si系などの化合物粒子としてアルミニウム合金マトリクス内に析出することでAlの材料強度を向上させる。Siの含有量が上限越えであるとSiの固溶量が高まり、ろう付後の電気伝導度が低下する。また、Siの含有量が上限越えであると、アルミニウム合金の融点を低下させるので、ろう付時にベア材Mもしくは心材1が溶融し熱交換器の形状を維持することができなくなることがあるため好ましくない。
【0019】
Cu:0.8%以下
CuはAlに固溶してAlの材料強度を向上させるために添加される。Cuの含有量が上限超えであるとCuの固溶度が高まり、ろう付後の電気伝導度が低下する。また、Cuの含有量が上限超えの場合、腐食時にベア材あるいは心材表面に多量にCuが析出し、自己耐食性が低下する。また、ブレージングシートとして心材からろう材へのCuの拡散が顕著となることでろう材の電位が上昇し、心材とろう材の電位差が小さくなることで、ろう材による犠牲防食効果が低下するおそれがある。
Mn:0.2%以下
アルミニウム合金を製造する上でMnを全く含有させないとは難しく、微量にMnを含有した場合でも、Alに固溶すると電気伝導度を大きく低下させる。Mn含有量が0.2%以下であればAlに固溶するMn量を最低限とし、電気伝導度の低下を抑制することができる。Mn含有量について、好ましくは0.1%以下である。
Zn:0.3%以下
Znは耐食性の確保に寄与する元素であり、Zn含有量が0.3%を超えると自己耐食性が低下する。Zn含有量について、より好ましくは0.2%以下である。
【0020】
「ろう材」
以下にろう材2に含まれている成分元素の組成限定理由について説明する。
Si:3.0~12.0%
Siはろう付時に溶融ろうを形成し、ろう付接合部のフィレットを形成するために添加される。
Siの含有量が下限未満であると、溶融ろうが不足し、ろう付接合性が低下する。Siの含有量が上限越えであると、ろう付時に生成する溶融ろうが過多となり、心材1もしくはろう付対象部材を激しく溶融するため熱交換器の形状を維持することができずに、性能低下や外見を損なうこととなる。
なお、質量%の範囲あるいは数値範囲について「~」を用いて表記する場合、特に指定しない限り、下限と上限を含む表記とする。よって、一例として3.0~12.0%は、3.0質量%以上12.0質量%以下の含有量であることを意味する。
【0021】
Zn:0.1~4.0%
Znはろう材による心材の犠牲防食効果を得るためにろう材に添加される。4.0%を超えるZnを添加するとろう材の腐食速度が増加し、ろう材が早期に腐食するため、心材を防食することができず耐食性が低下する。
【0022】
「Al-Fe系化合物粒子もしくはAl-Fe-Si系化合物粒子の粒子サイズ」
0.5~2.0μm(0.5μm以上2.0μm以下)
化合物粒子の粒子サイズ(円相当径)が0.5μm未満であると、ろう付時にマトリクスへの化合物の再固溶がなされ、ろう付後の材料の電気伝導度が低下してしまう。粒子サイズが2.0μmを超える化合物粒子が多く分布していると、効果的な粒子分散強化が得られず、材料強度が低下するため、熱交換器としての構造強度が保てない。また2.0μmを超える化合物粒子が多く分布していると化合物により腐食保護効果のある表面酸化皮膜の連続性が欠け、かつ化合物とAl母相の電位差が大きく、化合物を起点として腐食が進むため自己耐食性が低下する。
【0023】
「Al-Fe系化合物粒子もしくはAl-Fe-Si系化合物粒子の粒子個数」
1.7×10~5.0×10個/mm(1.7×10個/mm以上5.0×10個/mm以下)
化合物粒子個数が1.7×10個未満であると、材料への元素の添加量が多い場合、添加した元素がほぼ母相に固溶している状態となるため、電気伝導度が大きく低下する。逆に、元素の添加量が少ない場合は、固溶度も低いため、固溶強化および粒子分散強化が効果的に得られず材料強度が低くなり、熱交換器としての構造強度が保てない。
化合物粒子個数が5.0×10個を超える場合、表面に暴露している化合物数が増大することとなる。表面における化合物粒子数の増大は材料表面で生じるカソード反応が増加するため、アルミニウム合金の自己耐食性が低下する。
【0024】
「製造方法」
例えば、半連続鋳造法により、ベア材用アルミニウム合金および心材用アルミニウム合金、ろう材用アルミニウム合金を鋳造する。
ベア材用アルミニウム合金および心材用として、質量%で、Fe:0.8%を超え1.8%以下、Si:0.8%以下、Cu:0.8%以下を含有し、Mn:0.2%以下、Zn:0.3%以下に規制し、残部がAlと不可避不純物からなる組成のアルミニウム合金を適用し、このアルミニウム合金でベア材および心材を製造できる。
ろう材用のアルミニウム合金として、質量%で、Si:3.0~12.0%を含有し、さらに必要に応じてZn:0.1~4.0%を含有することができ、残部がAlと不可避不純物からなる組成でアルミニウム合金を製造できる。
【0025】
「均質化処理」
得られたベア材用アルミニウム合金および心材用アルミニウム合金は400℃~600℃、処理時間3~12時間の範囲で選択し、均質化処理を行うことが望ましい。ここで、適正な温度および時間を選択することで、所望する特性として、高い電気伝導度およびマトリクス中の化合物の最適な分散状態を得ることができる。
【0026】
ろう材用アルミニウム合金は、切削性向上のために400℃~500℃、処理時間1~10時間の範囲で選択し、均質化処理を行っても良い。
【0027】
「貼り合わせ」
ブレージングシートとして使用する場合は、心材の片面もしくは両面に、ろう材:心材=5~15%:85~95%のクラッド率で組み合わせて作製することができる。両面の場合は皮材:心材:皮材=5~15%:70~90%:5~15%のクラッド率にて組み合わせて製造することができる。
ろう材を準備する場合に、特に制限はなく、一般的なブレージングシートを製造する場合にろう材を作製する条件に基づき作製することができる。均質化処理後に面削を行い、熱間圧延により所望の板厚まで圧延し、所定の長さに切り出して心材と貼り合わせる。
【0028】
「熱間圧延、冷間圧延、焼鈍」
ベア材用アルミニウム合金および、心材と皮材を組み合わせた材料を、熱間圧延機を用いて熱間圧延(もしくはクラッド圧延)を行い、アルミニウム合金ベア材もしくはブレージングシートを製造することができる。
熱間圧延の後、所定の厚さまで冷間圧延を実施できる。この際、圧延続行のために冷間圧延途中に焼鈍を実施してもよい。ベア材およびブレージングシートとしての最終材の板厚は、限定されるものではないが、熱間圧延で仕上げた板厚および圧延続行のための焼鈍を実施した板厚から、最終板厚までかかる圧下の割合は20~99%となることが好ましい。また、調質をOとするため、冷間圧延後に焼鈍を実施しても良い。焼鈍は、例えばバッチ焼鈍炉を用いて200℃~500℃で1~10時間の熱処理を施してもよい。
【0029】
以上説明の工程に従い製造したアルミニウム合金ベア材MもしくはブレージングシートAは、熱交換器などを製造する場合のろう付温度、例えば、590~620℃程度の温度範囲である不活性ガス雰囲気中に1~30分程度設置してろう付する目的に使用される。
例えば、種々の熱交換器のフィンやチューブあるいはカップ状成形体などのろう付対象部材と積層する形式で熱交換器の組立に利用され、フィンやチューブ、あるいは、カップ状成形体を組み付け後、全体をろう付温度に加熱し、アルミニウム合金ブレージングシートAのろう材2を溶融させた後、常温に冷却することでろう付が完了する。あるいは、熱交換器のフィンやチューブなどの構成部材をブレージングシートで直接形成し、ろう付に用いることができる。
ろう付対象部材は、図1に示すアルミニウム合金ベア材Mであっても良い。
【0030】
図3は心材1の片面のみにろう材2をクラッド圧延して得られたブレージングシートBを示し、図4はこのブレージングシートBを用いてフィンなどのろう付対象部材3とろう付する状態を示す説明図である。
図4に示すブレージングシートBとろう付対象部材3を上述のろう付条件にてろう付することでろう付が完了する。
前記アルミニウム合金ベア材MもしくはブレージングシートA、Bは高い電気伝導度を有し、かつ優れた強度も有するため、近年において更なる小型化、高放熱性能化要求がなされている自動車用熱交換器に用いて好適なブレージングシートとして提供することができる。
【0031】
図5は、前記ブレージングシートAあるいはブレージングシートBを用いてフィン6を形成し、ろう付対象部材としてアルミニウム合金製のチューブ7を適用したアルミニウム製熱交換器5を示している。フィン6、チューブ7を、補強材8、ヘッダプレート9と組み合わせ、ろう付によって自動車用途などのアルミニウム製熱交換器5を得ることができる。
先に説明したアルミニウム合金ベア材MもしくはブレージングシートA、Bは、高い電気伝導度を有し、かつ、高強度を有するため、近年において更なる小型化、高放熱性能化要求がなされている自動車用熱交換器に用いることができ、小型化、高放熱性能化が進められている自動車用熱交換器を提供することができる。
【0032】
ブレージングシートについては、熱交換器のフィンを構成する用途の他に、チューブを構成する用途、ヘッダーパイプを構成する用途など、他の熱交換器用構成部材などの種々の用途に適用することができる。その場合、用途に応じて片面ろう材タイプ、両面ろう材タイプ、更に犠牲材との組み合わせ構造や中間材との組み合わせにより多層化する構造など、種々の積層構造を採用することができる。
【実施例
【0033】
表1、表2に記載した合金No.A1~A40の組成になるようにアルミニウム合金を半連続鋳造にて製造し、得られたアルミニウム合金鋳塊に表1、表2に示す温度と時間で均質化焼鈍を施した後、熱間圧延、冷間圧延、焼鈍(350℃×5h)を経て目的のアルミニウム合金ベア材を作製した。
表3、表4に記載した合金No.A1~A40のいずれのアルミニウム合金ベア材と同一組成からなり、表1、表2に示す温度と時間で均質化処理を施した心材と、表3、表4に示す組成のろう材からなる試料No.B1~B40のブレージングシートを作製した。ろう材はいずれも心材に対しクラッド率10%となるように熱間圧延後、冷間圧延にて厚さ1mmまで圧延した後、350℃×5hの焼鈍を実施したブレージングシートとしている。
【0034】
「ろう付相当熱処理」
ろう付された熱交換器で使用されている上記アルミニウム合金ベア材もしくはブレージングシートを直接評価することは難しいため、アルミニウム合金ベア材およびブレージングシート単体を用いて、バッチ炉にてろう付相当熱処理を施したものを評価した。
ろう付相当熱処理の条件はこの実施例条件に限るものではないが、室温から600℃まで加熱した後、600℃にて5分保持し60~100℃/minにて300℃まで冷却した。300℃到達後はファンなどを用いて速やかに室温まで冷却した。得られたアルミニウム合金ベア材およびブレージングシートを試料として以下に説明する評価に供した。
【0035】
「評価方法」
<電気伝導度>
4端子法にて測定した。20~25℃の室温環境にて試料に対し500mAの電流を流し、電圧値から抵抗を算出し、その後、電気伝導度を算出した。
<化合物粒子分布状態>
製造したアルミニウム合金ベア材とブレージングシートの心材、および、ろう付相当熱処理を実施したアルミニウム合金ベア材とブレージングシートの心材について、圧延方向に平行な断面を観察した。観察はイオンミリング法に基づくCP加工を施した断面を電界放出型走査型電子顕微鏡(FE-SEM)にて行った。観察した画像を基に画像解析によって化合物粒子の円相当径と分布密度を算出した。
【0036】
<電気化学的分極測定>
高純度Nガスにて十分に脱気した2.67%AlCl水溶液と電気化学測定用セルを使用し、作用対極にPtを用い、ルギン管(Luggin Capillary)と照合電極Ag/AgClをバイパスさせた。測定中の液温は40℃に保持した。
ろう付相当熱処理を付与した試料のろう材表面および心材の測定面積10mmを暴露、それ以外を絶縁塗料にてマスキングし、測定部の前処理として、50℃の5%NaOHに30s浸漬後水洗し室温の30%HNOに1min浸漬し水洗した。
自然電位にて5min程度保持した後、速度を0.5mV/sとして自然電位より掃引した。分極曲線より、一定掃引後に見られる屈曲点(電流が急激に流れなくなる領域(不働態化域)から、電流が急激に流れる領域)を孔食電位とした。また、Znを多く含有する試料では屈曲点が出現しないため、0.1mA/cmの電位を孔食電位とした。
【0037】
「強度」
ろう付後のアルミニウム合金の圧延方向に平行にJIS5号試験片を作製し、各試料3本ずつ引張試験を実施した。3本の平均強度として最高引張強度(TS)が120MPa以上のものを優良(◎)、120~90MPaのものを良(○)、90MPa未満のものを可(△)とした。
【0038】
表1と表2に、各試験の評価に用いたNo.A1~A40のアルミニウム合金ベア材の組成と、ろう付前後の電気伝導度測定結果、ろう付前後の化合物粒子個数測定結果、ろう付後の強度測定結果を示す。
表3と表4に、各試験の評価に用いたNo.B1~B40のブレージングシートを示し、ろう材組成、ろう付前後の電気伝導度測定結果、ろう付前後の心材の化合物粒子個数測定結果、ろう付後の強度測定結果を示す。更に、表3と表4に、ろう付後の心材電位、ろう材電位、電位差の測定結果を示す。
なお、表1、表2の各欄において「-」と表記したのは該当する成分を含んでいない(測定限界値未満)ことを示している。
【0039】
【表1】
【0040】
【表2】
【0041】
【表3】
【0042】
【表4】
【0043】
表1、表2に示す合金No.A1~A32のアルミニウム合金ベア材は、質量%で、Fe:0.8%より多く1.8%以下、Si:0.8%以下、Cu:0.8%以下を含有し、Mn:0.2%以下、Zn:0.3%以下に規制し、残部がAlと不可避不純物からなり、電気伝導度55%IACS以上を有し、かつ、マトリクス中に分布している円相当径で0.5~2.0μmのAl-Fe系化合物粒子もしくはAl-Fe-Si系化合物粒子の個数が1.7×10~5.0×10個/mmであることを特徴とするアルミニウム合金ベア材である。
【0044】
合金No.A1~A32のアルミニウム合金ベア材は、ろう付前の電気伝導度55%IACS以上(55~64%IACS)を示し、ろう付後の電気伝導度43%IACS以上(44~66%IACS)の優れた電気伝導度を示した。
合金No.A1~A32のアルミニウム合金ベア材は、ろう付前の化合物粒子個数が1.7×10~5.0×10個/mmの範囲(2.1~4.9×10個/mm)を示し、ろう付後の化合物粒子個数が1.7×10~5.0×10個/mmの範囲(1.9×10~4.8×10個/mm)を示した。また、これらのアルミニウム合金ベア材は、90~168MPaの十分に高い強度を示した。
【0045】
これら実施例に対し、比較例を示す合金No.A33の試料はFe含有量が低いためにろう付前後の化合物数が低下し、目的の化合物分散状態とならず、熱交換器の形状を維持する材料強度が得られなかった。合金No.A34の試料はFe含有量が多くろう付前の化合物数が多く、目的の化合物分散状態とならず、自己耐食性が低下した。また、化合物数が多すぎるため、金型摩耗も増加した。比較例を示す合金No.A35の試料は、Siの含有量を好ましい範囲より多くした試料、合金No.A36の試料は、Cuの含有量を好ましい範囲より多くした試料であるが、いずれも、元素の添加量が多くろう付後の電気伝導度が低下した。
比較例を示す合金No.A37の試料は、MnとZnの含有量を好ましい範囲より多くした試料であるが、Mn添加により化合物数は多いが、ろう付前電気伝導度55%IACSを大きく下回る試料となった。
比較例のNo.A38の試料は、均質化焼鈍温度を380℃に設定して望ましい範囲より低くした試料、No.A39の試料は、均質化焼鈍温度を620℃に設定して望ましい範囲より高くした試料であるが、いずれも化合物の析出数が少なくなった。また、No.A40の試料のように均質化焼鈍時間を短くした試料も化合物の析出数が少なくなった。
【0046】
表3、表4に示す試料No.B1~B32のブレージングシートは、表1、表2に示す合金No.A1~A32のいずれかのアルミニウム合金ベア材を用いたブレージングシートである。No.B1~B32のブレージングシートの何れにおいても、ろう付前後において、高い電気伝導度を有し、好ましい範囲の化合物粒子数となっている。
【0047】
表3、表4に示すNo.B1~B32のブレージングシートは、ろう付前の電気伝導度50%IACS以上(54~63%IACS)を示し、ろう付後の電気伝導度43%IACS以上(43~61%IACS)の優れた電気伝導度を示した。
No.B1~B32のブレージングシートは、ろう付前の化合物粒子の個数が1.7×10~5.0×10個/mmの範囲(2.1×10~4.9×10個/mm)を示し、ろう付後の化合物粒子個数が1.7×10~5.0×10個/mmの範囲(1.9×10~4.8×10個/mm)を示した。
【0048】
比較例のNo.B33のブレージングシートは合金No.A33からなる心材を用いていて、Fe含有量が低いためにろう付前後の心材の化合物数が低下し、No.34のブレージングシートは合金No.A34の心材を用いているため、Fe含有量が多くろう付前の心材の化合物数が多すぎるため、いずれにおいても目的の化合物分散状態が得られなかった。
比較例のNo.B35のブレージングシートは合金No.A35からなる心材を用いていてSi含有量が多い心材であるため、心材の融点が低下し、ろう付中にろう侵食を過多に受け、ろう付後の熱交換器の形状を維持することができなかった。比較例のNo.B36のブレージングシートは合金No.A36からなる心材を用いていてCu含有量が多い心材であるため、ろう付後にろう材と心材の電位差が小さくなり、耐食性が低下した。比較例のNo.B37のブレージングシートは合金No.A37からなる心材を用いていてMn含有量、Zn含有量が多い心材であるため、ろう付前後の電気伝導度が小さくなった。
比較例のNo.B38、B39のブレージングシートは、均質化焼鈍温度が380℃であるか620℃であり、望ましい範囲の400~600℃から外れた条件で均質化焼鈍した例であるが、化合物の析出数が低い結果となった。
【0049】
表3、表4に示す組成の心材とろう材を組み合わせたクラッド材からなるブレージングシートであれば、ろう付後の電位差80mV以上とすることができた。
ブレージングシートにおいて電位差が80mV以上となると、ろう材による心材の犠牲防食能(耐食性)が向上する。電位差が80mV以下となると犠牲防食が有効に働かず、心材が大きく腐食する。電位差80mV以上で耐食性が向上することは、以下に説明する腐食試験によって確認した。
【0050】
腐食試験は、ろう付後を心材が暴露されるようにろう材/心材を重ね合わせて試験サンプルを作製したものをOY水に浸漬した。OY水の成分は、195ppmCl、60ppmSO 2-、1ppmCu2+、30ppmFe3+を含む水溶液である。
試験サイクルは88℃を8時間保持した後、室温にて16時間保持した。88℃に加熱している際はマグネチックスターラーを用いて腐食液を撹拌した。また、比液量は16.7ml/cmとなるようサンプルサイズを加工した。電位差が80mV以上取れているものは、OY水4週間試験後、心材に深さ0.1mm以下の孔食が0.1個/mm未満の数であり、耐食性が良好であった。
【0051】
比較例B35~B40のブレージングシートは、心材とろう材の電位差が43~49mVの範囲となった。
電位差が80mV未満となるのは、(1)心材に添加したCu量の増加により、ろう付中にろう材へCuが濃縮することで、心材とろう材の電位差が小さくなる、(2)ろう材のZn量低下に伴う電位差の減少が要因となる。
これらの試料のように電位差が80mV以上取れていないものは、実施例B1~B32のブレージングシートより孔食数が増加、もしくは孔食深さが深くなり、耐食性が低下した。
【符号の説明】
【0052】
A、B…アルミニウム合金ブレージングシート、M…アルミニウム合金ベア材、1…心材、2…ろう材、3…ろう付対象部材(フィン)、5…熱交換器、6…フィン、7…チューブ。
図1
図2
図3
図4
図5