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▶ ティッセンクルップ ラッセルシュタイン ゲー エム ベー ハーの特許一覧

(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-30
(45)【発行日】2024-08-07
(54)【発明の名称】鋼板及び容器用の鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 8/26 20060101AFI20240731BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20240731BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20240731BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20240731BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20240731BHJP
【FI】
C23C8/26
C21D1/06 A
C21D9/46 K
C22C38/00 301T
C22C38/54
【請求項の数】 18
(21)【出願番号】P 2022566662
(86)(22)【出願日】2021-04-23
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2023-06-08
(86)【国際出願番号】 EP2021060657
(87)【国際公開番号】W WO2021224026
(87)【国際公開日】2021-11-11
【審査請求日】2023-01-05
(31)【優先権主張番号】102020112485.6
(32)【優先日】2020-05-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】DE
(73)【特許権者】
【識別番号】513213841
【氏名又は名称】ティッセンクルップ ラッセルシュタイン ゲー エム ベー ハー
(74)【代理人】
【識別番号】110000659
【氏名又は名称】弁理士法人広江アソシエイツ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ペルツゲン,ラウラ
(72)【発明者】
【氏名】コウル,マニュエル
(72)【発明者】
【氏名】シュマーレンバッハ,フィリップ
(72)【発明者】
【氏名】カウプ,バークハード
【審査官】▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】特表2017-534748(JP,A)
【文献】特表2018-506638(JP,A)
【文献】特開2004-218061(JP,A)
【文献】特開平03-243757(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/26
C21D 1/06
C21D 9/46
C21D 9/48
C21D 9/52
C22C 38/00
C22C 38/54
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
10~1000重量ppmの炭素含有量(C)を有する鋼製の熱間圧延鋼板を冷間圧延するステップであって、前記鋼板の鋼が、再結晶温度(T)を有するステップと、
冷間圧延された鋼板を、T≦Tである所定の加熱温度(T)まで加熱するステップと、
を含み、
前記加熱が、窒素供与体の存在下で、再結晶温度(T)に少なくとも一時的に達するまで少なくとも行われ、その結果、前記冷間圧延された鋼板が加熱されたときに、窒素が、前記窒素供与体から、前記冷間圧延された鋼板の表面近傍の領域(1)に少なくとも拡散し、表面近傍の前記領域(1)に取り込まれ、前記窒素含有量(N)の勾配が、前記冷間圧延された鋼板の加熱中に、表面近傍の前記領域(1)で確立され、前記窒素含有量が、前記冷間圧延された鋼板の表面からコア領域(2)に向けて減少し、その結果、表面近傍の前記領域(1)における前記鋼の再結晶温度(T)が値ΔTだけ上昇し、
前記加熱温度(T)に、条件T<T+ΔTが適用される、
容器用鋼板の製造方法。
【請求項2】
前記冷間圧延された鋼板の鋼が、重量で以下の組成を有する、
C:0.001%超で、0.1%未満、
Mn:0.01%超で、0.6%未満、
P:0.04%未満、
S:0.04%未満、
Al:0.08%未満、
Si:0.1%未満、
任意のCu:0.1%未満、
任意のCr:0.1%未満、
任意のNi:0.1%未満、
任意選択でTi:0.1%未満、
任意のNb:0.08%未満、
任意のMo:0.08%未満、
任意のSn:0.05%未満、
任意のB:0.01%未満、
任意のN:0.02%未満、
残部鉄及び不可避不純物、
前記窒素供与体の存在下で、前記冷間圧延された鋼板を加熱した後、平均窒素含有量が、重量で少なくとも0.005%である、
請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記冷間圧延された鋼板の鋼が、チタン、ニオブ及びアルミニウムのうちの少なくとも1つを、200重量ppm超のチタン、100重量ppm超のニオブ、及び50重量ppm超のアルミニウムの量で含有する、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記冷間圧延された鋼板の前記加熱が、少なくとも1つの保持段階を含み、保持段階において、前記鋼板の温度が、保持時間(t)の間、少なくとも略一定の中間温度(T)で保持され、前記中間温度(T)は、前記再結晶温度(T)よりも低く、前記冷間圧延された鋼板が、前記保持時間(t)の開始前及び/又は前記保持時間(t)の間、前記窒素供与体に少なくとも一時的に曝露され、前記保持時間(t)が経過した後、前記加熱温度(T)に達するまで更に加熱され、前記保持時間(t)が、1.0~300秒の間である、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記冷間圧延された鋼板が、1.0~300秒の加熱時間(t)内に、室温から前記加熱温度(T)まで加熱され、前記加熱温度(T)に達した後、前記鋼板は、所定の焼鈍時間(t)の間、前記加熱温度(T)で維持される、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記冷間圧延された鋼板の鋼が、初期窒素含有量(N)を有し、前記コア領域(2)の窒素含有量(N)が、前記鋼の初期窒素含有量(N)より大きい、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記冷間圧延された鋼板の加熱中に、表面近傍の前記領域(1)に取り込まれた窒素が、少なくとも部分的に溶解形態で存在し、前記鋼の格子内の格子間に取り込まれている、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記窒素供与体が、アンモニアを含有する窒素含有ガス雰囲気によって構成され、前記窒素含有ガス雰囲気中の前記アンモニアの体積濃度が、0.1%超であり、前記窒素含有ガス雰囲気の残りは不活性ガスである、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
表面近傍の前記領域(1)の再結晶温度が前記鋼板の加熱中の窒素の取り込みの結果として上昇する前記値ΔTが、前記加熱完了後の窒化によって前記鋼板の表面近傍の前記領域(1)に導入される窒素含有量に依存し、関係ΔT=aΔN(%)であり、aが、比例定数であり、ΔN(%)が、窒化によって前記鋼板の加熱中に表面近傍の前記領域(1)に導入された前記鋼の重量基準の窒素含有量%である、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
表面近傍の前記領域(1)の再結晶温度が窒素の取り込みによって上昇する前記値ΔTが、30℃より大きい、請求項1からのいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記鋼板が、所定の再結晶温度(T)を有する熱間圧延鋼を冷間圧延することにより製造され、冷間圧延された鋼板が、窒素供与体の存在下で、前記再結晶温度(T)より高い所定の加熱温度(T)に加熱され、前記所定の加熱温度(T)に加熱することによって、前記コア領域(2)が、再結晶化し、前記表面近傍の前記領域(1)が、再結晶化していない、または完全には再結晶化していない、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
窒素を含有するとともに、10~1000重量ppmの炭素含有量(C)および0.5mm未満の厚さを有する鋼から作製される、容器用の鋼板において、前記鋼板における窒素含有量が、厚さ全体において勾配を有し、前記鋼板が第1の層および第2の層を有する層微細構造を含み、前記第1の層が前記鋼板の片面における表面近傍の領域(1)に形成され、前記領域(1)が前記鋼板の表面を成し、前記第2の層が、前記第1の層より内側にあり、且つ、前記鋼板の片面の前記表面に対して内側のコア領域(2)を成し、前記第2の層が、再結晶化しており、前記第1の層が、再結晶化していない、又は完全には再結晶化しておらず、前記第2の層よりも高い窒素含有量を有する、鋼板。
【請求項13】
窒素を含有するとともに、10~1000重量ppmの炭素含有量(C)および0.5mm未満の厚さを有する鋼から作製される、容器用の鋼板において、前記鋼板が、第1の層、第2の層および第3層を含む3つの層を有する多層微細構造を含み、
前記鋼板における窒素含有量が、前記第1の層と前記第2の層との間で厚さ方向に第1の勾配を有し、且つ、前記第3の層と前記第2の層との間で厚さ方向に第2の勾配を有し、
前記第2の層は、再結晶化した前記鋼板の内側のコア領域(2)であり、前記第1の層及び前記第3の層は、両側で前記コア領域(2)を囲む前記鋼板の表面近傍の領域(1)であり、表面近傍の前記領域(1)が、再結晶化していない、又は完全には再結晶化しておらず、前記第2の層よりも高い窒素含有量を有する、鋼板。
【請求項14】
前記鋼板が、重量で以下の組成を有する、
C:0.001%超で、0.1%未満、
Mn:0.01%超で、0.6%未満、
P:0.04%未満、
S:0.04%未満、
Al:0.08%未満、
Si:0.1%未満、
任意のCu:0.1%未満、
任意のCr:0.1%未満、
任意のNi:0.1%未満、
任意選択でTi:0.1%未満、
任意のNb:0.08%未満、
任意のMo:0.08%未満、
任意のSn:0.05%未満、
任意のB:0.01%未満、
前記鋼板の厚さにわたって平均化された、少なくとも0.005%の窒素含有量、
残部鉄及び不可避不純物、
請求項12または13に記載の鋼板。
【請求項15】
前記鋼板の鋼が、チタンおよびニオブのうちの少なくとも1つを、500重量ppm超のチタン、及び、100重量ppm超のニオブの量で含有する、請求項12または13に記載の鋼板。
【請求項16】
表面近傍の前記領域(1)が、5μm~150μmの範囲の厚さを有する、請求項12または13に記載の鋼板。
【請求項17】
前記鋼板が、600MPa超の引張強度および4%超の破断伸びを有する、請求項12または13に記載の鋼板。
【請求項18】
前記第1の層が、前記第2の層よりも高い硬度を有し、前記第2の層の硬度に対する前記第1の層の硬度の比が、1.2より大きい、請求項12または13に記載の鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼板を製造する方法、及び特に容器用の鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
ブリキ又は電解クロム被覆鋼(ECCS)などの鋼板からの容器の製造では、資源効率の理由から、0.1~0.25mmの範囲の厚さを有する薄い鋼板がますます使用されている。薄い鋼板から十分に安定した容器を製造し得ることを保証するために、容器用鋼の強度を高めなければならない。更に、鋼板は、深絞り及び張り出し成形プロセスにおける容器の製造中に生じる大きな変形を受け得るように、鋼板は、それらの薄い厚さ及び高い強度にもかかわらず、容易に成形可能であることを維持し続けなければならない。
【0003】
鋼に溶解した未結合窒素を導入することによって、鋼の強度を高めることは、従来技術から一般的に知られている。鋼への未結合窒素の導入は、窒素化、窒化又は窒化物形成と呼ばれ、鋼及び鋼製品の固溶強化のための周知の方法である。
【0004】
容器の製品のための鋼板(これらは容器用鋼とも呼ばれる)の場合、鋼を窒化することによって、強度を高めることも知られている。例えば、特許文献1は、容器目的のための鋼板、及びその製造方法を記載しており、これは、アルミキルド連続鋳造炭素-マンガン鋼から製造され、窒化によって、任意の量の未結合窒素を与え、未結合窒素の最小量が、鋼板の所望の硬度カテゴリの関数として定義され、(例えば、欧州規格145-78の硬度カテゴリT61について)少なくとも5ppmの未結合窒素の量を有する。炭素及びマンガン含有量に関して、そこで開示された鋼板の化学組成は、容器用途の通常の軟鋼に対応し、例えば、0.03~0.1重量%の範囲の炭素含有量、及び0.15~0.5重量%のマンガン含有量を有する。鋼板は、350~550N/mmの範囲の高い降伏強度を特徴とする。鋼に溶解した未結合窒素の量に関して、100ppmの最大値が指定されており、この理由は、未結合窒素の高い含有量では、鋼板は、関連する強度の増加のために、もはや冷間圧延することができず、したがって冷間圧延容器用鋼としての意図された使用に適さないためである。
【0005】
この公知の容器用鋼の製造方法では、まず鋼を連続鋳造し、次いで熱間圧延、冷間圧延、再結晶化焼鈍を行い、最後に再圧延する。再圧延後、再圧延によって鋼に形成された自由転位を、窒化によって導入された未結合窒素によって固定して、再圧延後の値よりも硬度及び降伏強度を高めるような、熱的後処理を行う。熱的後処理は、鋼板の表面に電解的に施されたスズ層の溶融、又は鋼板表面に施された塗料層の焼付けなど、いずれにせよ容器用鋼の製造の一部として行う必要のある再圧延鋼の別の熱処理と適切に組み合わせられ得る。
【0006】
特許文献1で提案された最大100ppmの鋼に溶解した未結合窒素の量の上限のために、この既知の容器用鋼の強度は制限される。窒化が2段階で行われる場合、すなわち、溶鋼から製造されたホットストリップが引き続き冷間圧延され得るような、多量の窒素が溶鋼に添加される第1の段階、及び冷間圧延鋼板が、溶鋼の初期窒素含有量を超えて冷間圧延鋼板の窒素含有量を増加させるために、窒素含有ガス雰囲気中、特にアンモニア雰囲気中で、再結晶焼鈍中に焼鈍炉内で更に窒化される第2の段階の場合、多量の窒素を導入することによって、容器用鋼の冷間圧延性を損なうことなく、特に600MPa超の高い強度を実現し得る。容器用鋼のこのような2段階の窒化は、特許文献2に記載されている。
【0007】
鋼ストリップの窒化によるブリキ及び他の容器用鋼の製造に関する高強度鋼ストリップの製造方法は、特許文献3で知られており、コイルに巻かれた鋼ストリップは、鋼ストリップ内に窒素に富む外殻を最初に実現するために、バッチ型焼鈍炉内で窒化され、バッチ型焼鈍炉内の窒化は、アンモニアガス雰囲気によって生じ、更に鋼板が不活性ガス雰囲気中で再結晶温度を超える温度まで加熱されたとき、窒素の拡散によって鋼ストリップの厚さにわたって表面付近に導入された窒素の均一な分布によって生じ、窒素が、窒素に富む外殻から鋼ストリップを通ってそのコア領域に拡散することを可能にする。厚さ0.25mmの鋼板では、439MPa~最大527MPaまでの範囲の強度が実現された。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】EP0216399B1
【文献】EP3186401A1
【文献】US3219494
【発明の概要】
【0009】
本発明の目的は、良好な破断伸び及び良好な成形特性を有すると共に、可能な限り高い強度を有する容器を製造するための平鋼製品(鋼板又は鋼ストリップ)を開示することである。特に、目的は、少なくとも600MPaの強度、及び少なくとも5%の破断伸びを有する容器用鋼を提供することである。高強度の容器用鋼は、同時に、例えば深絞り又は張り出し成形プロセスにおける容器用鋼として意図された使用のために十分な成形性を有する必要があり、これにより、缶又は飲料缶などの容器を、意図したように平鋼製品から製造し得る。特に、深絞り又はしごき加工中に、表面の激しい粗面化は、回避されるべきである。平鋼製品として存在する容器用鋼は、0.5mm以下の薄板範囲で、特に0.15mm~0.25mmの範囲の通常の厚さを有することになり、この容器用鋼の厚さは、冷間圧延によって製造される。本発明の更なる目的は、容器用鋼板を製造する方法を提供することである。
【0010】
これらの目的を、請求項1の特徴を有する方法、及び請求項21の特徴を有する鋼板によって解決する。本発明による方法及び鋼板の好ましい実施形態は、従属請求項に示す。
【0011】
鋼板に言及するとき、板又はストリップの形態の平鋼製品を意味する。鋼又は冷間圧延鋼板の合金成分の含有量又は濃度に関する%又はppmの数字は、いずれの場合も鋼又は鋼板の重量を指す。
【0012】
容器用鋼板を製造するための本発明による方法では、熱間圧延鋼板の冷間圧延が最初に行われ、鋼板は、10~1000重量ppmの炭素含有量(C)を有する鋼から作られ、(冷間圧延された)鋼板の鋼は、再結晶温度(T)(本質的に鋼組成によって予め決定される)を有する。冷間圧延鋼板は、窒素供与体の存在下で、所定の(最高)加熱温度(T)まで加熱される。加熱温度Tは、好ましくは、冷間圧延鋼板の熱処理における最高温度であり、すなわち、冷間圧延鋼板は、本発明の方法による熱処理の前、熱処理中、熱処理後も、(最高)加熱温度Tより高い温度に加熱されない。冷間圧延鋼板を加熱するとき、窒素供与体からの窒素は、窒素供与体から表面近傍(フリンジ)領域への(原子)窒素の拡散によって、鋼板の表面近傍(フリンジ)領域に少なくとも取り込まれる。これにより、表面近傍(フリンジ)領域の鋼の再結晶温度(T)が、値ΔTだけ上昇する。本発明によれば、それによって、T≦T<T+ΔTが適用されるように、加熱温度(T)が選択される。したがって、本発明による方法では、加熱温度(T)が、冷間圧延鋼板の製造に使用される鋼の(元の)再結晶温度(T)と、表面近傍(フリンジ)領域での鋼板の表面近傍の窒化により値ΔTだけ上昇した再結晶温度(T+ΔT)との間にあるように、設定される。
【0013】
コア領域(又は1つの層)の少なくともほぼ完全な再結晶を実現するために、鋼板の温度は、加熱温度に達した後、所定の焼鈍時間(t)の間、加熱温度(T)に維持される。焼鈍期間は、好ましくは1秒超、特に1~80秒の範囲、好ましくは1~10秒の範囲である。例えば10秒を超える長い焼鈍時間では、コア領域の完全な再結晶だけでなく、鋼板の厚さにわたって窒素の均一な分布も存在する。
【0014】
本発明による加熱温度(T)を調整することによって、鋼板の断面にわたって多層微細構造が、特に2層又は3層微細構造が、形成される。2層微細構造は、少なくともほぼ再結晶化した第1の層と、再結晶化していない、又は少なくとも完全には再結晶化していない第2の層と、を有する。3層微細構造は、内側の少なくともほぼ再結晶化したコア領域と、両側でコア領域を囲む表面近傍のフリンジ領域と、を含み、フリンジ領域は、再結晶化していない、又は少なくとも完全には再結晶化しておらず、したがって依然として(冷間圧延からの)ロールハード(圧延されたままの硬さを有する)である。「フリンジ領域」という用語が本明細書で使用されるとき、それは、再結晶化していない、又は少なくとも完全には再結晶化しておらず、少なくとも部分的に依然としてロールハードである微細構造を有する鋼板の領域を指す。「コア領域」という用語が本明細書で使用されるとき、これは、再結晶に起因して、ロールハードなフリンジ領域よりも柔らかい、少なくともほぼ再結晶化した微細構造を有する鋼板の領域を指す。
【0015】
3層微細構造は、少なくとも実質的に、好ましくはほぼ完全に再結晶化したコア領域と、コア領域を囲む表面近傍のフリンジ領域と、を有する「サンドイッチ」の形態を有し、フリンジ領域は、再結晶化していない、又は少なくとも完全には再結晶化していない。したがって、本発明によるこの3層微細構造は、以下及び図面において「サンドイッチ構造」とも呼ぶ。
【0016】
したがって、本発明の目的はまた、特に容器の製造に使用し得る鋼板で、10~1000重量ppmの炭素含有量(C)及び0.5mm未満の厚さを有する鋼から製造される鋼板を提供することであり、その鋼板は、少なくともほぼ再結晶化したコア領域と、コア領域を囲んでおり又はコア領域に隣接しており、表面に近く、更に再結晶化していない、又は少なくとも完全には再結晶化していないフリンジ領域と、を有する。
【0017】
驚くべきことに、適切な微細構造(特に3層「サンドイッチ構造」)を有する鋼板は、800MPa超の極めて高い強度及び深絞り用途で許容可能な少なくとも5%の延性(破断伸び)を有することが示されている。したがって、本発明による鋼板は、深絞り用途、例えば自動車工学における容器又は本体部品の製造に極めて適している。
【0018】
鋼板が加熱されたときに、窒素の取り込みによって、フリンジ領域の再結晶温度が上昇する値ΔTは、好ましくは50℃を超え、特に好ましくは100℃を超え、特に100℃~250℃の範囲である。
【0019】
鋼板を加熱したとき、窒素の取り込みにより、フリンジ領域の再結晶温度が上昇する値ΔTは、加熱完了後に、窒化によって鋼板のフリンジ領域に導入された窒素含有量に依存し、特に、ΔT=a・ΔN(ppm)で表し得る線形関係を観察することができ、ここで、aは、比例定数であり、ΔN(ppm)は、窒化によって、鋼板の加熱中にフリンジ領域に導入されたppmでの窒素含有量(鋼の重量基準)である。異なる窒素含有量を有し、それ以外は同じ合金組成を有するサンプルに対する試験は、一例としてa≒1.2K/ppmの値をもたらした。したがって、ΔT≒10K~24Kの範囲におけるフリンジ領域での再結晶温度の上昇は、10ppm~20ppm(0.001~0.002重量%に相当する)の範囲内のΔNの低い添加で既に実現され得る。例えば、ΔN=100ppm(0.01重量%に相当する)の高い窒素濃度では、フリンジ領域の再結晶温度の(理論的に実現可能な)上昇は、既にΔT≒約120Kである。
【0020】
本発明による鋼板を、2段階の熱処理で製造することもでき、第1の段階では、窒化が、中間温度で行われ、第2の段階では、焼鈍が、中間温度よりも高い加熱温度で行われる(このため、以下、加熱温度を焼鈍温度ともいう)。中間温度は、再結晶温度Tよりも低い。2段階のプロセスでは、鋼板は、第1の段階で、第1の加熱時間内に室温から中間温度T<Tまで加熱され、保持時間tの間、少なくとも概ねこの温度で保持される。中間温度Tは、好ましくは300℃~600℃の範囲、特に好ましくは400℃~550℃の間である、なぜなら、アンモニアガスが窒素供与体として使用されるとき、金属表面上の原子状窒素への解離が、約300℃の温度で始まるからである。いずれの場合も、約550℃までの温度では、本発明によるほとんどの合金組成について、(完全な)再結晶は、まだ生じない。したがって、第1の段階での好ましい中間温度Tでは、解離した窒素が、窒素供与体から鋼板のフリンジ領域に拡散するが、まだ再結晶化は生じない。コア領域の再結晶は、鋼板が、元の再結晶温度T以上であるが、T+ΔT未満である加熱温度(焼鈍温度)Tに加熱される第2の段階まで生じない。例えば、加熱温度Tは、使用される鋼の元の再結晶温度Tの値に応じて、650℃~800℃の範囲内であり、特に約750℃である。
【0021】
第1の実施形態における鋼板の1段階の加熱の場合と同様に、鋼板のコア領域の少なくとも本質的に(部分的な)再結晶のみが、2段階のプロセスで行われる。第1の段階で窒化されたフリンジ領域の再結晶は、加熱温度(焼鈍温度)Tが、フリンジ領域の窒化によりΔTだけ上昇した再結晶温度T+ΔTを下回るように選択することによって、防止される。したがって、以下が適用される。T≦T<T+ΔT。
【0022】
したがって、2段階の熱処理では、鋼板は、第1の段階において、連続焼鈍炉内で、最初に、好ましくは10~150秒の範囲内である保持時間の間、鋼の(元の)再結晶温度Tよりも低い、低い中間温度Tで好適に焼き鈍しされ、第2の段階において、好ましくは1~300秒、特に好ましくは1~10秒の範囲内の焼鈍時間tの間、鋼の中間温度より高く、(元の)再結晶温度より高い加熱温度(焼鈍温度T)で、コア領域を少なくとも部分的に再結晶化するように好適に焼き鈍しされる。
【0023】
2段階のプロセスで、鋼板が室温から中間温度まで加熱される第1の加熱時間(t )は、好ましくは1.0~120秒、特に好ましくは10~90秒の範囲であり、第1の実施形態と同様に、本発明による鋼板の所望の材料特性に従って適合され得る。鋼板が中間温度で保持される保持時間(t)もまた、本明細書では好ましくは1.0~90秒の範囲、特に好ましくは10~60秒の間であり、また本発明による鋼板の所望の材料特性に従って選択される。保持時間が経過した後、鋼板は、冷却後に又は冷却せずに直ちに、第2の段階において、第2の加熱時間(t )で加熱温度T(焼鈍温度)に加熱され、焼鈍時間(t)の間、少なくともほぼこの加熱温度Tに保持され得る。焼鈍期間中、窒素供与体は、任意選択で焼鈍炉内に存在してもよく、これは、解離した(原子)窒素を提供し、これにより、鋼板の(更なる)窒化は、焼鈍期間t中に引き続き起き得る。これは、コア領域の窒化をもたらし、したがって鋼板の成形性の改善、特に高い延性(破断伸び)をもたらす。本発明によれば、加熱温度T(焼鈍温度)は、元の再結晶温度Tと、鋼板のフリンジ領域における窒化によってT+ΔTに上昇した再結晶温度との間にある。したがって、2段階のプロセスにおいて、加熱温度Tについて、ここでもT≦T<T+ΔTが適用され、中間温度(T)は、元の再結晶温度Tよりも低い。
【0024】
1段階及び2段階のプロセスの両方において、鋼板は、加熱中に、及び再結晶温度に達する前に、窒素供与体に少なくとも一時的に曝露される。窒素供与体は、焼鈍炉内に解離した(原子)窒素を提供し、これは、鋼板の表面近傍に最初に拡散し、したがってフリンジ領域で再結晶温度を上昇させる。
【0025】
冷間圧延鋼板の鋼が、好ましくは、重量で以下の組成を有する:
炭素,C:0.001%超で、0.1%未満、好ましくは0.06%未満、
マンガン,Mn:0.01%超で、0.6%未満、
リン,P:0.04%未満、
硫黄,S:0.04%未満で、好ましくは0.001%超、
アルミニウム,Al:0.08%未満、
ケイ素,Si:0.1%未満、
任意選択で銅,Cu:0.1%未満、
任意選択でクロム,Cr:0.1%未満、
任意選択でニッケル,Ni:0.1%未満、
任意選択でチタン,Ti:0.1%未満で、好ましくは0.02%超、
任意選択でニオブ,Nb:0.08%未満で、好ましくは0.01%超、
任意選択でモリブデン,Mo:0.08%未満、
任意のスズ,Sn:0.05%未満、
任意選択でホウ素,B:0.01%未満で、好ましくは0.005%未満で、好ましくは0.0005%超、
任意選択で窒素,N:0.02%未満で、特に0.016%未満で、好ましくは0.001%超、
残部鉄及び不可避不純物、
窒素供与体の存在下で、冷間圧延鋼板を加熱した後、鋼板の平均窒素含有量(N)が、少なくとも0.015重量%、好ましくは少なくとも0.02重量%である。
【0026】
平均窒素含有量(N)又は平均窒素含有量について言及するとき、それぞれの厚さにわたって平均化された窒素濃度を意味する。したがって、鋼板の平均窒素含有量(N)について言及するとき、鋼板の厚さにわたって平均化された窒素濃度を意味する。
【0027】
冷間圧延鋼板の鋼は、好ましくは0.001重量%を超え、0.02重量%未満、特に好ましくは0.016重量%未満の初期窒素含有量Nを既に有していてもよい。しかし、不可避的な窒素不純物を除いて、窒素を含まない鋼を使用してもよい。初期窒素含有量を0.02重量%未満の値に制限することにより、熱間圧延によって鋼から製造されたホットストリップは、通常の冷間圧延装置(鋼板を極薄鋼板に冷間圧延するための圧延機)を使用して困難なく冷間圧延され得る。更に、鋼中のN<0.02重量%の低い初期窒素含有量は、スラブを鋳造するときの欠陥の形成を防止する。しかしながら、冷間圧延鋼板中の可能な限り高い(平均)窒素含有量を実現し、それによって高い固溶強化を実現するために、ホットストリップを製造するために使用される鋼が、好ましくは0.001重量%~0.02重量%の範囲、特に好ましくは0.005重量%~0.016重量%の間である(初期)窒素含有量を既に有する場合に、有利である。
【0028】
冷間圧延鋼板の鋼が、初期窒素含有量(N)を有する場合、冷間圧延鋼板が加熱されるとき、特にフリンジ領域において、窒素含有量は、初期窒素含有量(N)を超える値まで増加する。これにより、フリンジ領域の重量基準の窒素含有量(N)が、鋼の初期窒素含有量(N)を超える、好ましくは50ppm超、特に好ましくは400~800ppmの間である、フリンジ領域の厚さにわたって平均化された値まで増加する場合、鋼板の強度の(かなりの)向上が観察される。少なくとも5%の破断伸びで800MPaを超える鋼板の強度を実現し得る。窒化プロセスによってフリンジ領域に堆積された窒素の(平均)窒素含有量(N)は、約1000ppmである鉄への窒素の固溶限に達し得る。
【0029】
プロセスパラメータ、特に保持時間及び焼鈍時間の設定、並びに加熱温度(焼鈍温度)での鋼板の焼鈍中の焼鈍炉内における窒素供与体の(任意の)濃度に応じて、鋼板のコア領域も、ある程度窒化される。コア領域の窒化は、(かなり)少なくてもよい。しかしながら、コア領域は、フリンジ領域の窒素濃度に少なくとも概ね対応する窒素濃度で窒化され得る。コア領域を窒化すると、コア領域の窒素含有量(N)は、鋼の初期窒素含有量(N)より少なくとも大きくなり、コア領域の重量基準の窒素含有量(N)と、鋼の初期窒素含有量(N)との間の差は、好ましくは30ppmより大きい。コア領域を、鋼の初期窒素含有量(N)よりも30ppm超高い窒素濃度(すなわち、N>N+30ppmであるコアの平均窒素含有量)まで窒化することによって、十分な延性、特に5%超の破断伸びを鋼板に付与し、それにより、深絞り用途に十分な成形性を実現し得る。しかしながら、良好な成形性の観点から好ましいコア領域の窒化は、本発明による多層微細構造(特に3層サンドイッチ構造)を形成するために絶対に必要なものではない。
【0030】
好ましい実施形態では、本発明による鋼板が熱間圧延と、それに続く冷間圧延によって製造される鋼は、重量で、0.001%超で0.1%未満のC、0.01%超で0.6%未満のMn、0.04%未満のP、0.04%未満のS、0.08%未満のAl、0.1%未満のSi、及び任意選択で最大0.020%、好ましくは0.016%以下の初期窒素含有量(N)を含み、残部が鉄及び不可避不純物である。窒化後、鋼板は、好ましくは、Nを超える、少なくとも0.020%、好ましくは0.025%以上、特に0.040~0.080%の範囲である平均窒素含有量Nを含む。鋼板の引張強度は、少なくとも800MPa、好ましくは少なくとも900MPaであり、同時に、2%~10%の範囲の破断伸びを有する。
【0031】
冷間圧延鋼板の加熱中にフリンジ領域に取り込まれた窒素は、溶解形態及び/又は窒化物として結合形態で(固溶限まで)存在し得る。鋼中に強力な窒化物形成剤が存在する場合、取り込まれた窒素は、窒化物中に結合した窒素として、特にTiN及び/又はNbN及び/又はAlNとして少なくとも部分的に存在する。窒素供与体中の窒素の濃度に応じて、表面窒化物層、特に窒化鉄層もまた、フリンジ領域(すなわち、コアから離れた表面)の自由表面上に形成され得る。
【0032】
表面窒化物層の形成は、窒素供与体中の窒素の濃度に本質的に依存する。例えば、窒素供与体としてアンモニアを含むガス雰囲気を使用するとき、フリンジ領域の表面上の窒化物層の形成は、約2~3体積%のアンモニア含有量から実験室規模で観察され得る。窒化物層は、フリンジ領域の厚さと比較して極めて薄く、約10μm以下の範囲の厚さを有する。ガス雰囲気中のアンモニアの体積割合とは、鋼板が、誘導加熱器を用いて加熱される実験室試験の条件を指しており、それにより、実験炉のガス雰囲気中のアンモニアの体積割合は室温で決定された。
【0033】
鋼が、十分な量のTi、Nb、Mo及び/又はAlなどの強力な窒化物形成剤を含有する場合、鋼板の再結晶化したコアと、鋼板の再結晶化していない又は少なくとも完全には再結晶化していないフリンジ領域との特に明確な境界が観察され得る。したがって、好ましくは、冷間圧延鋼板の鋼は、200重量ppm超のチタン、及び/又は100重量ppm超のニオブ、及び/又は50重量ppm超のアルミニウムを含有する。特に好ましくは、強力な窒化物形成剤の重量割合の合計は、300ppmを超える、好ましくは500ppmを超える。特に、少なくとも500重量ppmのチタン含有量(Ti)を有する鋼板が、極めて有利である。Ti、Nb、及び/又はアルミニウムなどの強力な窒化物形成剤は、フリンジ領域に取り込まれた窒素供与体の窒素に結合し、したがって最初に表面近傍にのみ取り込まれた窒素が、鋼板の内部に更に拡散することを防止する。したがって、高い窒素含有量を有し、鋼板の厚さと比較して極めて薄いフリンジ層が、鋼板の表面に生成され、これは、このフリンジ領域の再結晶温度を大幅に上昇させる。ここで、本発明による方法によれば、冷間圧延鋼板が、一方では鋼板の(窒化されていない、又は僅かしか窒化されていない)コア領域における鋼の(元の)再結晶温度よりも高く、他方では窒化されたフリンジ領域の(上昇した)再結晶温度よりも低い温度に加熱される場合、コア領域のみが(完全に)再結晶化され、フリンジ領域は再結晶温度の上昇により結晶化していないままである。これは、フリンジ領域とコア領域との間に明確な境界を有する、本発明による鋼板の多層微細構造(サンドイッチ構造)をもたらす。非再結晶フリンジ領域は、依然としてロールハードであり、鋼板に高い強度を与える。他方、再結晶化したコア領域は、鋼板に良好な延性、したがって良好な成形性を与える。強力な窒化物形成剤を含有しない鋼板の場合であっても、結晶化度に関して多層微細構造を製造し得るが、ロールハードな非結晶フリンジ領域と、少なくとも部分的に再結晶化したコア領域との間の遷移は、それほど明確ではない。
【0034】
鋼微細構造の結晶化度に関連する多層微細構造の形成は、加熱時間及び焼鈍期間によって影響され得る。好ましくは、冷間圧延鋼板は、1.0~120秒の加熱時間内に(必要に応じて段階的に、保持時間中に温度が一定に保たれる保持段階を介在させて)室温から加熱温度(T)まで加熱され、1.0~90秒の焼鈍時間(t)の間、加熱温度に保持される。短い加熱時間及び短い焼鈍期間は、窒素勾配の強い形成に寄与する、なぜなら、短い加熱時間及び短い焼鈍期間では、鋼板の表面のみに最初に堆積した窒素が、コア領域に拡散し得ないからである。焼鈍時間が長くなると、フリンジ領域からコア領域への窒素の拡散を観察することができ、その結果、鋼板のコア領域も窒化される。
【0035】
非再結晶フリンジ領域の厚さは、加熱時間によって制御され、それにより、フリンジ領域の厚さと加熱時間との間には、線形関係を観察し得る。したがって、本発明による方法の調整可能なプロセスパラメータは、加熱時間を介して利用可能であり、それによって、非再結晶で、したがってロールハードなフリンジ領域の厚さを、具体的に調整し得る。選択した加熱時間に応じて、フリンジ領域の厚さは、5μm~150μmの範囲、好ましくは10μm~100μmの範囲、特に30μm~80μmの間である。
【0036】
窒素供与体の存在下で冷間圧延鋼板が加熱されると、窒素含有量(N)の勾配が、フリンジ領域に確立され、窒素含有量は、冷間圧延鋼板の表面からコア領域に向かって減少する。フリンジ領域に堆積する窒素の量は、窒素供与体の窒素濃度によって、制御され得る。
【0037】
窒素供与体は、例えば、鋼板の加熱が行われる原子窒素を含む窒素含有ガス雰囲気によって形成できる。アンモニアガスなどのガス状窒素供与体が使用される場合、内側の再結晶化コアと、両側でコアを囲む2つの外側の非結晶フリンジ領域と、を有する3層微細構造が、鋼板に形成される。
【0038】
窒素含有ガス雰囲気の焼鈍炉内で、特にストリップ形態の鋼板が通過する連続焼鈍炉内で、鋼板を加熱することが好都合である。窒素含有ガス雰囲気は、特にアンモニアガスを焼鈍炉に導入することによって提供することができ、それにより、加熱中にアンモニア分子が、原子状窒素に熱的に解離し、原子状窒素が、鋼板の表面に拡散し得る。窒素含有ガス雰囲気中のアンモニアの体積濃度は、好ましくは0.1%超、特に0.1%~10%の間、より好ましくは0.1%~3%の間、特に0.5%~2.5%の間である。特に好ましくは、冷間圧延鋼板は、特にHNxを含有する不活性保護ガス雰囲気中で加熱され、窒素含有ガス雰囲気中のHNxの体積濃度は、好ましくは90%~99.5%の間である。
【0039】
窒素供与体はまた、加熱前又は加熱中に、冷間圧延鋼板の表面の片面又は両面に適用される窒素含有液体を含む、又は窒素含有液体によって形成され得る。窒素供与体として窒素含有液体を鋼板の片面のみに適用することによって、液体窒素供与体に面する上部の非再結晶(したがって、ロールハード)層と、その下の再結晶化層と、を有する2層微細構造が形成され得る。下側の再結晶化層は、コア領域を形成し、上側の非再結晶層は、ロールハードなフリンジ領域を形成する。
【0040】
したがって、本発明による方法を、10~1000重量ppmの炭素含有量(C)、及び0.5mm未満の厚さを有する鋼から、鋼板を製造するために使用することができ、鋼板は、少なくとも第1の層及び第2の層を有する多層微細構造を含み、第1の層は、少なくともほぼ再結晶化しており、第2の層は、再結晶化していない又は少なくとも完全には再結晶化していない。それにより、多層微細構造は、2つの層、すなわち少なくともほぼ再結晶化した第1の層と、再結晶化していない又は少なくとも完全には再結晶化していない第2の層と、を備え得る。多層微細構造はまた、内側の少なくともほぼ再結晶化したコア領域と、両側でコア領域を囲む表面近傍のフリンジ領域と、を有する3層微細構造として形成することができ、フリンジ領域は、再結晶化していない又は少なくとも完全には再結晶化しておらず、したがって依然として(冷間圧延からの)ロールハードである。
【0041】
内側の再結晶化したコアと、両側でコアを囲む2つの外側の非結晶である又は少なくとも完全には結晶化していないフリンジ領域と、を有する3層微細構造は、特に良好な成形特性を示す。外側のロールハードなフリンジ領域は、成形中に、一方では、望ましくない光学効果をもたらし、他方では、鋼板の表面に設けられたコーティングの気孔率及び亀裂の増加をもたらし得る、再結晶化したコア領域の大きな結晶粒が鋼板の表面の外側に押圧されることを防止する。したがって、本発明による鋼板の好ましい実施形態は、内側の再結晶化したコアと、両側でコアを囲む2つの外側の結晶化していない又は少なくとも完全には結晶化していないフリンジ領域と、を有する3層微細構造(「サンドイッチ構造」)を有する。
【0042】
本発明による方法は、800MPa超、好ましくは950MPa超の引張強度、及び4%超、好ましくは5%超の破断伸びを有する鋼板の製造を可能にする。窒化後、鋼板のフリンジ領域は、好ましくは少なくとも220HV0.025、特に好ましくは少なくとも300HV0.025のビッカース硬度を有する。コア領域のビッカース硬度は、少なくとも100HV0.025で、280HV0.025未満であることが好ましい。
【0043】
窒化後の重量に基づいて、鋼板のフリンジ領域の平均窒素含有量(N)が、400~800ppmの間である場合、特に高い強度及び硬度値を実現し得る。フリンジ領域の平均窒素含有量(N)は、フリンジ領域の厚さにわたって平均化された溶解窒素の濃度である。この値は、約1000ppmの鋼中の窒素の固溶限に達し得る。
【0044】
少なくとも鋼板のフリンジ領域では、窒化中、すなわち、鋼板が窒素供与体の存在下で加熱されるとき、窒素含有量の勾配が形成され、フリンジ領域の窒素含有量は、表面からコア領域に向かって減少する。窒素供与体中の窒素の濃度及び/又は焼鈍時間に応じて、フリンジ領域及びコア領域の両方で、窒素蓄積(すなわち、鋼の初期窒素含有量Nを超える窒素含有量の増加)が、観察され得る。フリンジ領域の窒素蓄積は通常、コア領域よりも大きい、すなわち、フリンジ領域の平均窒素濃度は、窒素蓄積後のコア領域よりも大きい、これにより、例えば3層構造の場合の、鋼板の全厚にわたる全窒素含有量は、コア領域よりも高い。例えば、3層構造(「サンドイッチ構造」)の場合、これは、外側から内側に向かって窒素含有量が減少する窒素勾配をもたらし、2層構造(上部フリンジ領域及び下部コア領域を有する)の場合、フリンジ領域からコア領域に向かって窒素含有量が減少する窒素勾配をもたらす。その結果、鋼板のフリンジ領域は、コア領域よりも高い硬度又は引張強度を有する。フリンジ領域の硬度と、コア領域の硬度との比は、好ましくは1.2より大きく、特に好ましくは1.4より大きい。
【0045】
2層又は3層微細構造の個々の層は、それらの硬度又は強度の観点だけでなく、それらのテクスチャの観点も互いに異なる。例えば、εファイバの{001}方位と、{111}方位との比によって、少なくともほぼ再結晶化した第1の層と、ほぼ又は全く再結晶化していない第2の層とを区別し得る。εファイバの{001}方位と、{111}方位との比は、鋼板の成形挙動を特徴付ける「変形指数」として定義できる。{111}方位は、良好な成形性を可能にし、良好なランクフォード係数(r値)を有するが、{001}方位は、成形性が低い。ここで、εファイバは、(圧延方向に垂直で且つ鋼ストリップのストリップ面の法線方向に垂直である)横方向に平行な<110>ベクトルで定義される。本発明による鋼板では、いずれの場合も、再結晶化した第1の層(3層「サンドイッチ構造」の場合は内側にある)は、0.8未満の変形指数を有し、第2の層(3層「サンドイッチ構造」の場合のいずれの場合も外側にある)は、2.0超、特に2.0~5.0の範囲の変形指数を有する。第1及び第2の層のテクスチャの対応する特徴は、微細構造の他のファイバ、例えば圧延方向にある<110>ベクトルによって定義されるαファイバについても定義され得る。
【0046】
900MPa以上の特に高い引張強度を実現するために、鋼を窒化することによって生成される窒素含有量は、フリンジ領域とコア領域との両方に存在することが好ましく、これは、いずれの場合も鋼の初期窒素含有量(N)よりも高く、それにより、フリンジ領域の(平均)窒素含有量(N)は、コア領域の(平均)窒素含有量(N)よりも高いか又は同じとすることができる。本発明による方法は、最大1100MPaの引張強度を有する鋼板を製造するために使用される。
【0047】
フリンジ領域とコア領域との両方で、窒素含有量が増加する場合、鋼板の延性(破断伸び)が増加する。このため、フリンジ領域の窒素含有量(N)と、コア領域の窒素含有量(N)との比は、2.8未満であることが好ましく、2.5未満であることが好ましい。好ましくは、鋼板は、鋼板の破断伸びが4%超、好ましくは5%超の程度まで、コア領域で窒化される。本発明による方法は、1000MPa超の引張強度で、10%超の破断伸びを有する鋼板の製造を可能にした。
【0048】
フリンジ領域内の鋼が、30%未満、好ましくは20%未満の(再)結晶化度を有する場合、及び/又は、コア領域が、70%超、好ましくは80%超の(再)結晶化度を有する場合、コア領域からフリンジ領域の特に明確な境界が与えられる。
【0049】
加熱温度(T)に、T=T+ΔT/2が適用される場合、コア領域からフリンジ領域の特に明確な境界を実現し得る。好ましくは、加熱温度Tは、T+ΔT/3からT+2ΔT/3の範囲である。
【0050】
本発明による鋼板の適用範囲は、容器用鋼の分野に限定されず、例えば、自動車車体又は機械用ハウジングの製造のための鋼板にも及ぶ。
【0051】
本発明による容器用鋼と製造方法との利点及び他の利点は、添付の図面を参照して、以下に詳細に説明する実施形態から明らかになる。
【図面の簡単な説明】
【0052】
図1a】3つの異なる実施形態における本発明による方法の温度-時間図の概略図であり、焼鈍炉内での鋼板の1段階の加熱を示す図である。
図1b】3つの異なる実施形態における本発明による方法の温度-時間図の概略図であり、焼鈍炉内での鋼板の2段階の加熱を示す図である。
図1c】3つの異なる実施形態における本発明による方法の温度-時間図の概略図であり、焼鈍炉内での鋼板の2段階の加熱を示す図である。
図2】3層微細構造を有する第1の実施形態(図2(a))および2層微細構造を有する第2の実施形態(図2(b))におけるにおける本発明による鋼板の微細構造の概略図である。
図3】従来の鋼板(図3(a)および3層微細構造を有する本発明による鋼板(図3(b))の微細構造の顕微鏡断面画像の比較図である。
図4】従来の鋼板(図4(a))および3層微細構造を有する本発明による鋼板(図4(b))の微細構造の顕微鏡画像の比較図であり、鋼板の厚さにわたるビッカース硬度(HV0.05)の断面変化を示す図である。
図5】比較例(従来の鋼板)と、本発明による鋼板の実施形態とで測定された応力-ひずみ線図の比較を示す図である。
図6】異なる加熱温度(T図6(a))でまたは異なる焼鈍時間(t図6(b))で窒化された、3層微細構造を有する本発明による鋼板の実施形態の微細構造の顕微鏡断面画像の図である。
図7】異なる窒素濃度(ガス雰囲気中のNHの体積割合)を有する窒素供与体(NHガス雰囲気)の存在下で、焼鈍炉内で窒化された、3層微細構造を有する本発明による鋼板の実施例の微細構造の顕微鏡断面画像の図である。
図8】窒化のために使用される窒素供与体の窒素濃度(ガス雰囲気のアンモニア含有量)の関数として、本発明による方法を使用して鋼板を窒化したときの鋼板に形成されるフリンジ領域の厚さの推移を表した図である。
図9】鋼板の断面にわたる、本発明による厚さ0.25mmの鋼板で測定された微小硬度の推移を表した図である。
図10】鋼板が加熱温度(t=750℃)に保たれた焼鈍時間(t)の関数として、本発明による方法を使用して鋼板を窒化したときの鋼板に形成されたフリンジ領域の厚さの推移を表した図である。
図11】加熱温度t=750℃及び異なる加熱時間で、本発明による方法で窒化された、本発明による鋼板の強度対伸びの推移を表した図である。
図12】本発明による鋼板の断面プロファイルにわたる窒素含有量の勾配曲線の図である。
図13】再結晶焼鈍中の加熱温度の関数として、硬度図を使用した、硬度及び再結晶温度に対する異なるレベルで窒化された鋼板の窒素含有量の影響を説明する図である。
図14】異なるレベルまで窒化した鋼板の窒素含有量に対する微小硬度(ビッカース硬度HV0.025)及び再結晶温度の依存性の図である。
図15】異なる高アンモニア含有量(体積%でのNH)を有する焼鈍炉内で窒化された、本発明による鋼板の実施形態の断面にわたる微小硬度の推移を表した図である。
図16】3層微細構造を有する本発明による鋼板の一実施形態の微細構造の顕微鏡断面画像の図である。
図17】断面にわたる本発明による鋼板の微小硬度の推移を表した図である。
図18】異なるスキンパス度(DG)を有する本発明による鋼板の強度-伸び図のプロット図である。
図19】3層微細構造(サンドイッチ構造)を有する本発明による鋼板のεファイバに沿った方位密度分布関数f(g)を表した図である。
【発明を実施するための形態】
【0053】
10~1000重量ppmの炭素含有量を有し、熱間圧延され、続いて冷間圧延された鋼板が、本発明による鋼板の製造のための出発製品として使用される。鋼の合金組成は、便宜上、容器用鋼の規格(例えば、ASTM A623-11「錫ミル製品の規格仕様」又は「欧州規格EN10202」に定義されているように)によって指定された制限値に準拠しているが、特に、0.02重量%超の高い窒素含有量を有する高窒化鋼板が製造される場合、特に初期窒素含有量に関して、これらから逸脱する可能性がある。本発明による鋼板を製造し得る鋼の成分を、以下に詳細に説明する。
【0054】
鋼の組成
【0055】
・炭素,C:0.001%超で、0.1%未満、好ましくは0.06%未満
炭素は、硬度を高める効果、又は強度を高める効果を有する。したがって、鋼は、好ましくは0.001重量%超の炭素を含有する。一次(一回目の)冷間圧延中に、及び必要に応じて二次(二回目の)冷間圧延工程(スキンパス圧延)中に、鋼板の圧延性を確保し、破断伸びを低下させないために、炭素含有量は、0.1重量%を超えてはならない。
【0056】
・マンガン,Mn:0.01%超で、0.6%未満
マンガンも、硬度及び強度を高める効果を有する。加えて、マンガンは、鋼の鍛造性、溶接性及び耐摩耗性を改善する。更に、マンガンの添加は、熱間圧延中の赤熱脆性の傾向を低減し、マンガンは、結晶粒微細化をもたらす。したがって、マンガン含有量は、少なくとも0.01重量%であることが好ましい。高い強度を実現するために、0.1重量%超のマンガン含有量、特に0.20重量%以上が好ましい。しかしながら、マンガン含有量が高くなりすぎると、鋼の耐食性が損なわれる。更に、マンガン含有量が高くなりすぎると、強度が高くなりすぎ、鋼がもはや冷間圧延可能に成形できなくなる。したがって、マンガン含有量の好ましい上限は0.6重量%である。
【0057】
・リン,P:0.04%未満
リンは、鋼中の望ましくない副生成物である。リン含有量が高いと、特に鋼の脆化につながり、したがって、鋼板の成形性が低下するため、リン含有量の上限は、0.04重量%である。
【0058】
・硫黄,S:0.04%未満、好ましくは0.001%超
硫黄は、延性及び耐食性を低下させる望ましくない付随元素である。したがって、0.04重量%以下の硫黄が、鋼中に存在すべきである。他方、鋼を脱硫するためには、複雑で費用がかかる方法を取る必要があるため、0.001重量%未満の硫黄含有量は、もはや経済的観点から正当化されない。したがって、硫黄含有量は、好ましくは0.001重量%~0.04重量%の範囲、特に好ましくは0.005重量%~0.01重量%の間である。
【0059】
・アルミニウム,Al:0.08%未満
鋼の製造では、アルミニウムは、鋳造法において脱酸素剤として作用し、鋼を落ち着かせる。アルミニウムはまた、耐スケール性及び成形性を向上させる。更に、アルミニウムは、窒素と共に窒化物を形成し、これは本発明による鋼板において有益である。そのため、アルミニウムは、0.005重量%以上の濃度で使用されることが好ましい。一方、0.08重量%超のアルミニウム濃度は、アルミニウムクラスタの形態の表面欠陥をもたらす可能性があるため、アルミニウム含有量のこの上限を超えないことが好ましい。
【0060】
・ケイ素,Si:0.1%未満
ケイ素は、鋼の耐スケール性を向上させ、かつ、固溶硬化剤である。鋼の製造では、ケイ素は、溶融物を薄くする有益な効果を有し、脱酸素剤として働く。鋼に対するケイ素の別の有益な効果は、引張強度、降伏強度及び耐スケール性を向上することである。そのため、ケイ素の含有量は、0.003重量%以上が好ましい。しかしながら、ケイ素含有量が高くなりすぎる場合、特に0.1重量%を超える場合、鋼の耐食性が悪化する可能性があり、特に電解コーティングによる表面処理が、困難になる可能性がある。
【0061】
・任意選択で窒素,N:0.02%未満、特に0.016%未満、好ましくは0.001%超
窒素は、溶鋼中の任意成分であり、本発明による鋼板用の鋼はその溶鋼から製造される。確かに、窒素は、固溶強化剤として作用し、硬度及び強度を向上させる。しかしながら、溶鋼中の高い窒素含有量が0.02重量%を超えることは、溶鋼から製造されたホットストリップを、もはや冷間圧延できないことを意味する。更に、溶鋼中の高い窒素含有量は、ホットストリップ中の欠陥のリスクを高める、なぜなら、0.016重量%以上の窒素濃度で、熱間成形性が低下するからである。本発明によれば、焼鈍炉内で冷間圧延鋼板を窒化することによって、後に、鋼板の窒素含有量を増加させることが想定される。したがって、溶鋼中への窒素の導入は、完全に省略されてもよい。しかしながら、強力な固溶強化を実現するために、溶鋼が0.001重量%超、特に好ましくは重量で0.010重量%以上の初期窒素含有量を既に含有することが好ましい。
【0062】
・任意:窒化物形成剤、特にニオブ、チタン、ジルコニウム、バナジウム
アルミニウム、チタン、ニオブ、ジルコニウム又はバナジウムなどの窒化物形成元素は、鋼中に元々含有された窒素と、その後の焼鈍炉内での窒化プロセスによって窒化物の形態で後に導入された窒素と、を少なくとも部分的に結合するために、本発明による鋼板の鋼において、任意選択的に有利である。これにより、成形挙動が改善され、実質的に時効なしのIF(極低炭素)鋼板の製造が可能になる。アルミニウム、チタン及び/又はニオブは、鋼成分として特に好ましい、なぜなら、強力な窒化物形成剤としてのそれらの特性に加えて、靭性を低下させることなく、結晶粒微細化によって強度を高めるためのマイクロアロイング成分としても作用するからである。
【0063】
したがって、鋼は、任意選択で、好ましくは、
・チタン,Ti:好ましくは0.02重量%超で、特に好ましくは0.02重量%超で、0.1重量%未満、及び/又は
・ニオブ,Nb:好ましくは0.01重量%超で、0.08%重量未満、及び/又は
・アルミニウム,Al:好ましくは0.005重量%超で、0.08重量%未満、及び/又は
・モリブデン,Mo:0.08重量%未満。
【0064】
その他の任意成分:
残部鉄(Fe)及び不可避的不純物に加えて、鋼は、必要に応じて、以下の追加の成分によって実現し得る更なる有利な特性を鋼に与えるために、
・任意選択で銅,Cu:0.1%未満
・任意選択でクロム,Cr:0.1%未満
・任意選択でニッケル,Ni:0.1%未満
・任意でスズ,Sn:0.05%未満
・任意選択でホウ素,B:0.01%未満、好ましくは0.005%未満で、好ましくは0.0005%超、
などの他の任意の成分を含み得る。
【0065】
鋼板の製造方法
【0066】
記載した鋼の組成では、溶鋼が製造され、それにより、好ましい実施形態では、鋼板の高い(平均)窒素含有量を実現するために、溶鋼に窒素を添加することによって、例えば窒素ガスを吹き込むことによって、及び/又はカルシウムシアナミド若しくは窒化マンガンなどの固体窒素化合物を添加することによって、鋼は、初期窒素含有量Nを既に有し得る。窒素固溶強化に起因して溶鋼から製造された鋼板の強度が高くなりすぎるのを防止するために、鋼の熱間成形性を維持するために、及び溶鋼から製造されたスラブ内の窒化物によって引き起こされる欠陥を回避するために、鋼の初期窒素含有量(N)が、0.02重量%を超えないこと、好ましくは0.016重量%以下であることが、有利である。
【0067】
まず、溶鋼からスラブを鋳造し、次いでスラブを熱間圧延して室温まで冷却する。このようにして製造されたホットストリップは、1~4mmの範囲の厚さを有し、500~750℃、好ましくは650℃~750℃の範囲の所定の巻取り温度でコイルに一時的に巻かれる。0.5mm未満、好ましくは0.3mm未満の一般的な板厚の薄い鋼板の形態の容器用鋼を製造するために、ホットストリップは、50~90%超の範囲の厚さ減少で冷間圧延される。冷間圧延中に破壊された鋼の結晶構造を回復するために、冷間圧延鋼ストリップは、再結晶化するために、焼鈍炉内で焼き鈍しされる。これは、例えば、冷間圧延鋼ストリップの形態の鋼ストリップを、鋼ストリップが鋼の(元の)再結晶温度Tより高い温度に加熱される連続焼鈍炉に通すことによって、行われる。本発明による方法では、再結晶焼鈍の前、又は好ましくは再結晶焼鈍と同時に、冷間圧延鋼ストリップは、窒素供与体の存在下で、鋼ストリップを加熱することによって、窒化される。窒素供与体、特に窒素含有ガスの形態、好ましくはアンモニア(NH)を、焼鈍炉内に導入することによって、また、鋼板を、鋼の(元の)再結晶温度Tより高い温度に加熱することによって、窒化は、好ましくは、焼鈍炉内での再結晶焼鈍と同時に行われる。窒素供与体は、焼鈍炉内の温度で、原子状窒素が窒素供与体の解離によって形成され、鋼板中に(表面で)拡散し得るように、選択される。焼鈍中に、鋼板表面の酸化を防止するために、不活性ガス雰囲気が、焼鈍炉内で好都合に使用される。好ましくは、焼鈍炉内の雰囲気は、窒素供与体として作用する窒素含有ガスと、HNxなどの不活性ガスとの混合物からなり、不活性ガスの体積割合は、好ましくは90%~99.5%の間であり、ガス雰囲気の残りの体積割合は、窒素含有ガス、特にアンモニアガス(NHガス)によって形成される。
【0068】
図1aは、本発明による方法の第1の実施形態での、焼鈍炉内における鋼板の窒化及び再結晶焼鈍に関する熱処理の温度-時間プロファイルを概略的に示している。この第1の実施形態では、(連続)焼鈍炉内で鋼板の1段階の熱処理を行い、それにより、鋼板は、(1段階)加熱中に、同時に再結晶焼鈍が行われ、窒化される。図1aに示すように、この実施形態では、鋼板は、10~15℃/秒の好ましい(平均)加熱速度で、加熱時間(t)内に、室温から加熱温度T≧Tまで加熱され、焼鈍時間(t)の間、少なくともほぼこの温度に保持される。加熱温度Tは、鋼板が(特定の領域で)再結晶化するために焼き鈍しされる焼鈍温度に対応し、元の再結晶温度Tと、鋼板のフリンジ領域での窒化によってT+ΔTに上昇した再結晶温度との間にある。したがって、ここでは、加熱温度Tは、T≦T<T+ΔTとなる。
【0069】
加熱時間(t)は、好ましくは1.0~120秒の範囲、より好ましくは10~90秒の間であり、以下で更に説明するように、本発明による鋼板の所望の材料特性に従って調整され得る。加熱時間を調整するために、鋼板を焼鈍炉内で加熱する加熱速度又は鋼板が連続焼鈍炉を通過する速度を、所望の加熱時間に従って調整することができる。例えば、好ましい加熱時間(t)を1.0~120秒の範囲に設定するために、10K/秒~80K/秒の加熱速度を選択することができる。焼鈍時間(t)は、好ましくは1.0~90秒の範囲、より好ましくは10~60秒の間であり、また本発明による鋼板の所望の材料特性に従って選択される。焼鈍時間(t)が経過した後、鋼板は、焼鈍炉を出て、室温まで、環境中で受動的に冷却されるか、又は能動的に冷却、例えば水冷若しくはガス流冷却によって冷却される。適切な冷却速度は、ガス流冷却の場合、3K/秒~20K/秒の範囲であり、水冷の場合、1000K/秒を超える。
【0070】
熱処理の概略的な温度-時間プロファイルに基づく図1b及び図1cに示す実施形態では、鋼板の2段階の熱処理が焼鈍炉内で行われ、それにより、第1の段階で、窒化が行われ、第2の段階で、コア領域の再結晶焼鈍が行われる。図1bの実施形態では、鋼板は、第1の段階において、第1の加熱時間(t )内に室温から中間温度T<Tまで加熱され、保持時間(t)の間、少なくともほぼこの中間温度で保持される。中間温度Tは、好ましくは300℃~600℃の範囲、特に好ましくは500℃~600℃の間である。第1の加熱時間(t )は、ここでも好ましくは1.0~120秒の範囲、より好ましくは10~90秒の間であり、第1の実施形態と同様に、本発明による鋼板の所望の材料特性に適合させることができる。保持時間(t)もまた、好ましくは1.0~90秒の範囲、より好ましくは10~60秒の間であり、本発明による鋼板の所望の材料特性に従って選択される。保持時間が経過した後、鋼板は、焼鈍炉を出て、室温まで、環境内で受動的に冷却されるか又は能動的に冷却され、冷却速度は、3K/秒~20K/秒の範囲内であることが好都合である。次いで、鋼板は、焼鈍炉、特に連続焼鈍炉に戻され、第2の段階において、第2の加熱時間(t )で加熱温度(焼鈍温度T)まで加熱され、焼鈍時間(t)の間、少なくともほぼ加熱温度Tで維持される。焼鈍時間(t)の間、任意選択で、窒素供与体が、焼鈍炉内に存在していてもよい。しかしながら、鋼板の加熱が、第1の段階において、解離した(「原子」)窒素を有する窒素含有ガス雰囲気が広がる(連続焼鈍)炉の第1のチャンバ内で行い得る一方で、第2の段階は、例えば、解離した(「原子」)窒素が存在することなく、純粋な不活性ガス(例えば、95%のN及び5%のHからなるHNxなど)が、炉雰囲気を形成する炉の第2のチャンバ内で行い得る。本発明によれば、加熱温度(焼鈍温度T)は、元の再結晶温度Tと、鋼板のフリンジ領域における窒化によってT+ΔTに上昇した再結晶温度との間である。したがって、加熱温度Tは、ここでも、T≦T<T+ΔTであり、中間温度(T)は、(元の)再結晶温度Tよりも低い。
【0071】
図1cは、概略的な温度-時間図に基づいた鋼板の2段階の熱処理の変形例を示している。図1bに示す例のように、鋼板は、第1の段階において、第1の加熱時間(t )内で、室温から中間温度T<Tまで加熱され、鋼板を連続焼鈍炉に通すことによって、保持時間(t)の間、少なくともほぼこの中間温度で保持される。しかしながら、図1bの実施形態とは異なり、図1cの実施形態では、保持時間が経過した後、鋼板を冷却せずに、すぐに、第2の段階で、第2の加熱時間(t )中に、鋼板を中間温度から加熱温度Tにさらに加熱し、加熱温度Tは、中間温度Tよりも高く、元の再結晶温度Tと、鋼板のフリンジ領域における窒化によってT+ΔTに上昇した再結晶温度との間にある。
【0072】
加熱温度Tまでの加熱は、連続焼鈍炉の下流領域に配置された誘導加熱器によって、5秒未満の極めて短い第2の加熱時間(t )内で、好都合に行い得る。図1bの第2の実施形態と同様に、図1cの第3の実施形態では、加熱温度Tは、T≦T<T+ΔTであり、中間温度(T)は、(元の)再結晶温度Tよりも低い。この第3の実施形態は、第1の段階の終了時の鋼板の冷却および第2の段階の開始時の室温からの再加熱が省略されているので、第2の実施形態と比較して、効率が向上していることを特徴とする。第2の段階の加熱に誘導加熱を使用した場合、更に効率を向上させることができ、誘導加熱を用いると高い加熱速度での極めて速い加熱が実現され得る。第3の実施形態を、2つのチャンバが前後に配置された連続焼鈍炉内で有用に実施することができ、第1の段階での鋼板の加熱は、解離した(「原子」)窒素を有する窒素含有ガス雰囲気が存在する連続焼鈍炉の第1のチャンバ内で行われ、鋼板は、第2の段階において、連続焼鈍炉の第2のチャンバ内に配置された誘導加熱器によって加熱され、第2のチャンバ内では、解離した(「原子」)窒素が第2のチャンバ内に存在することなく、純粋な不活性ガス(HNxなど)が、炉雰囲気を形成するか、又はここでも、原子状窒素を有するガス雰囲気内で更なる窒化が行われる。誘導加熱器は、第2のチャンバの下流領域に、好適に配置される。
【0073】
鋼の(初期)再結晶温度Tは、鋼の組成に依存し、通常、550~720℃の範囲である。したがって、加熱温度Tは、630℃~約768℃のキュリー温度の範囲が好ましい。加熱温度Tのキュリー温度768℃の好ましい上限値は、誘導加熱がこの限界温度までしか行い得ないといった、装置に関連する理由である。焼鈍炉での加熱が、導電的に、又は熱放射によって行われる場合、キュリー温度より高い加熱温度Tまで、加熱は行われ得る。
【0074】
冷間圧延鋼板が、焼鈍炉内で加熱されるとき、窒素供与体からの原子状窒素は、フリンジ領域に拡散するため、窒素供与体からの窒素は、最初に表面に近い鋼板のフリンジ領域にのみ堆積する。フリンジ領域に拡散した窒素は、鋼の鉄格子の格子間に堆積し得るか、又は、特にAl、Nb、Ti、又はBなどの強力な窒化物形成剤が鋼中に存在する場合、窒化物として結合する。窒素の取り込みは、フリンジ領域における鋼の再結晶温度(T)を、値ΔTだけ上昇させる。フリンジ領域における再結晶温度(T)のこの上昇は、ΔTで図1a~図1cに示されている。
【0075】
本発明によれば、ここで、T≦T<T+ΔTが適用されるように、加熱温度(T)又は焼鈍温度が選択される。したがって、本発明による方法では、加熱温度(T)又は焼鈍温度が、冷間圧延鋼板の製造に使用される鋼の(元の)再結晶温度(T)と、フリンジ領域における鋼板の表面近傍の窒化に起因して値ΔTだけ上昇した再結晶温度(T+ΔT)との間に存在するように、設定される。加熱温度(T)(又は焼鈍温度)をこのように設定することによって、再結晶は、少なくとも最初は、鋼板の焼鈍及び同時窒化中に、窒素が(まだ)、取り込まれていない、外側フリンジ領域の内側に隣接する鋼板のコア領域でのみ起こる。加熱温度(T)は、コア領域では再結晶温度(T)を上回っているだけであり、取り込まれた窒素に起因して、再結晶温度がΔTだけ上昇したフリンジ領域では、加熱温度(T)は、T+ΔTに上昇した再結晶温度を下回る。したがって、少なくとも本質的に、好ましくはほぼ完全に再結晶化したコア領域と、コア領域を囲む表面近傍のフリンジ領域と、を備えた「サンドイッチ」の形態の3層微細構造が、鋼板の断面にわたって形成され、フリンジ領域は、再結晶化していないか、又は少なくとも完全には再結晶化していない(このため、この3層微細構造は「サンドイッチ微細構造」とも呼ばれる)。
【0076】
したがって、図2aの本発明による鋼板の概略断面図に示すように、窒素供与体の存在下で、鋼板の加熱から生じる微細構造は、少なくとも本質的に完全に再結晶化したコア領域2と、コア領域2を両側で囲むフリンジ領域1と、を備える。フリンジ領域2は、再結晶化していない、又は少なくとも完全には再結晶化しておらず、したがって、冷間圧延鋼板の圧延したままの状態である。コア領域2及びフリンジ領域2のそれぞれの再結晶化の程度は、加熱温度(T)及び焼鈍時間(t)によって調整され得る。例えば、焼鈍時間(t)が、10秒を超え、加熱温度(T)が、T+ΔT/3と、T+2ΔT/3との間であれば、コア領域2とフリンジ領域1との明確な境界を実現し得る。同様に、フリンジ領域1の厚さを、加熱温度(T)及び加熱時間(t)のプロセスパラメータによって調整することができ、これについては以下で詳細に説明する。
【0077】
本発明による方法はまた、ガス状窒素供与体の代わりに、鋼板の片面のみに適用される液体又は固体の窒素供与体が使用される場合、少なくともほぼ完全に再結晶化したコア領域2と、その上にあるロールハードなフリンジ領域1と、を有する2層微細構造を製造するために使用されてもよい。本発明による方法のこの実施形態では、液体又は固体の窒素供与体は、焼鈍前に鋼板の片面に適用され、したがって、片面が窒素供与体で被覆された鋼板は、次いで、上述の方法で焼鈍炉内で焼き鈍しされる。図2bに概略的に示す微細構造は、下部領域(コア領域)2及び上部領域(フリンジ領域)1を有して形成され、下部領域(コア領域)は、再結晶化され、上部領域(フリンジ領域)は、結晶化していないままであり、したがってロールハードである。窒素供与体として使用され得る窒素含有液体としては、水に溶解した窒素化合物、例えば、グアニジン又は塩酸グアニジン、尿素又はメラミンが挙げられる。これらの窒素含有化合物の水溶液は、例えばCOカートリッジを用いて、鋼板の表面の片面又は両面に微細な噴霧ミストとして適用され、次いで、噴霧ミストが適用された鋼板が乾燥されてもよく、その後、このように窒素含有化合物の乾燥被覆で被覆された鋼板を、焼鈍炉に入れて焼き鈍しする。焼鈍炉は、好ましくは不活性ガス雰囲気、例えば100%のHNxを有するバッチ型焼鈍炉又は連続焼鈍炉であってもよい。このようにして、鋼板の表面に適用される窒素供与体の窒素濃度は、水溶液中の窒素含有化合物の濃度によって、又は乾燥層の厚さ(乾燥コーティング)によって、調整できる。
【0078】
窒素供与体は、窒素含有粉末又は窒素含有顆粒として、鋼板の片面又は両面に適用することもできる。例えば、窒化物又は硝酸塩は、窒素含有粉末又は窒素含有顆粒として使用できる。メラミン樹脂を窒素供与体として使用することもでき、これを粘性塊として鋼板の表面に適用することができる。
【0079】
本発明による鋼板の製造後、通常の方法で、特に電解スズめっき又はクロムめっきによって、片面又は両面を化成層又は保護層で被覆してもよい。
【0080】
実施例:
本発明による鋼板及び方法の実施形態の実施例を以下に説明する。
【0081】
厚さ0.22±0.01mmの鋼板を、表1に列挙した合金組成A、B及びCを有する溶鋼から、熱間圧延、及びその後の冷間圧延によって製造した(ppm数値は、冷間圧延鋼板を製造するのに使用した鋼中の合金成分の重量割合を指す)。冷間圧延鋼板を、加熱温度T、加熱時間t、焼鈍時間t、及び炉内のアンモニアの体積濃度に関して異なるプロセスパラメータで、アンモニアを含有する不活性ガス雰囲気中で、誘導加熱器を備えた実験炉内で、熱処理した。連続焼鈍炉内の雰囲気は、アンモニアガスと、残部としてHNx保護ガスとで構成され、炉のガス雰囲気中のアンモニアの体積割合は、室温で決定され、鋼板の熱処理中のアンモニアの流入によって一定に維持された。連続焼鈍炉内で商業規模で実験を行う場合、窒化に必要なアンモニア濃度は、おそらく高い値にシフトすることになるであろう、なぜなら、連続加熱した連続焼鈍炉内の高温において、原子状及び分子状窒素へのアンモニアの解離及び再結合効果により、全アンモニア雰囲気の一部のみが、鋼板の窒化に有効に利用可能であるからである。
【0082】
熱処理した鋼板の微細構造を顕微鏡で調べた(冷間埋め込みし、研磨し、ポリッシュし、Nital後、3%硝酸でエッチングした)。冷却後、炉で熱処理した鋼板を、1.5%の減少レベルで二次冷間圧延工程(スキンパス)に供した。表2aは、表1の合金組成Aを有する鋼板の様々な例について、加熱時間t、焼鈍時間t、加熱温度TE、及び炉のガス雰囲気中のアンモニアNHの体積濃度(%)など、熱処理のパラメータを列挙している。
【0083】
図3は、表2aの例で、熱処理された鋼板の微細構造の比較を示し、図3aは、「完全再結晶化」の例を示し、図3bは、本発明による実施例「サンドイッチ構造」を示している。本発明に従って処理された「サンドイッチ構造」の実施例では、再結晶化したコア領域2と、コア領域2を両側で囲むフリンジ領域1とによって、3層微細構造(「サンドイッチ構造」)が形成され、フリンジ領域1は、いずれの場合も約65μmの厚さを有することが明らかである。一方、比較例2では、鋼板は、鋼板の全厚にわたって、ほぼ完全に再結晶化している。
【0084】
表2aの試験片について、引張強度Rm、0.2%耐力(Rp0.2)及び0.5%耐力(Rp0.5)及び破断伸びA、一様伸びAg、並びに硬度(ビッカース及びロックウェルによる)を測定した。硬度の推移も、鋼板のプロファイルにわたって(厚さ方向に)測定した。表2aの例の測定された試験片で決定された特性を、表2bに列挙し、鋼板の厚さにわたる例示的な硬度プロファイルが、図4で比較されている。図4bの本発明によるサンプル(「サンドイッチ構造」)は、鋼板の表面で、約350HV0.005の硬度最大値、及び鋼板プロファイルの中央で、約260HV0.05の最小ビッカース硬度を有する明確に顕著な反転ガウスプロファイルを有することが分かる。対照的に、図4aの本発明によらない(完全に再結晶化した)比較例のサンプルは、鋼板の厚さ全体にわたって、約100HV0.05のほぼ一定の硬度値を有する。したがって、本発明による図4bの例の熱処理された鋼板は、図4aの比較例のサンプルよりもフリンジ領域1及びコア領域2の両方で実質的に高い硬度、並びに外側からコア領域2に向かって硬度が低下する明確な硬度勾配を有する。鋼板の厚さにわたるこの硬度の勾配は、窒素含有量が鋼板の外側から中央に向かって減少することで、本発明による実施例の鋼板がフリンジ領域1とコア領域2との両方で窒化されることに起因し、並びに焼鈍炉内での熱処理中に、コア領域2の(完全な)再結晶に起因する。図4bに示す本発明による実施例の試験片の硬度プロファイル、並びにフリンジ領域及びコア領域におけるこの試験片の絶対硬度値と、図4aに示す比較例の試験片の測定された硬度との比較は、本発明による試験片では、コア領域2とフリンジ領域1との両方に核形成(窒素含有量の増加)があり、結果として固溶強化による硬度及び強度の増加があることを示している。フリンジ領域1の窒素含有量の増加は非常に高いので、フリンジ領域の再結晶温度は、値ΔTだけ上昇して、T+ΔTの最終値に達し、これは、加熱温度Tを上回っており、その結果、フリンジ領域1では、再結晶化は起こらなかった、又は不完全な再結晶化しか起こらなかった。したがって、実施例1の試験片のフリンジ領域1は、依然としてロールハードであり、鋼板の表面で最大硬度を有する高い硬度を示す。
【0085】
表2aの例の試験片について、強度及び歪みの測定を行った。図5は、試験片の応力-ひずみ線図の例を示している。図5で比較した試験片は、表1の例Aによる組成を有する冷間圧延鋼板であり、以下のように、冷間圧延後に焼鈍炉内で熱処理され、すなわち、
・「サンドイッチ構造」(本発明によるサンプル):焼鈍炉内で、750℃の加熱温度T、62秒の加熱時間t、45秒の焼鈍時間t図1の温度-時間図による)で、本発明による方法によってサンプルを1段階で加熱し、(少なくとも)加熱時間中に、窒素供与体が、焼鈍炉内に存在する、
・「ロールハード」(比較例):焼鈍なし、
・「完全再結晶化」(比較例):窒素含有ガス雰囲気無し(すなわち、窒素供与体なし、特に焼鈍炉内にアンモニアを添加せず、したがって焼鈍炉内の窒素蓄積なし)で、焼鈍温度750℃の標準的な焼鈍プロセスでの焼鈍、
・「完全再結晶化及び窒化」(比較例):焼鈍炉内を窒素含有ガス雰囲気(すなわち、窒素供与体なし)にすることなく、最初に750℃の焼鈍温度で再結晶化焼鈍を行い、それにより、サンプルを、最初にアンモニア雰囲気の焼鈍炉内で完全に再結晶化および窒化し、それにより、焼鈍炉内の窒化は、「サンドイッチ構造」サンプルと類似していたが、完全に再結晶化した状態であった。
【0086】
図5は、本発明による試験片(「サンドイッチ構造」)が、比較例の試験片(「ロールハード」、「完全再結晶化」、「完全再結晶化及び窒化」)と比較して、約7.8%のほぼ同じ破断伸びAで、(比較例の800MPa超と比較して)1000MPa超の極めて高い引張強度を有することを示している。
【0087】
したがって、本発明による方法は、5%超、好ましくは7%超の良好な破断伸びと、800MPa超の極めて高い強度を特徴とする(窒化)鋼板を製造するために使用され得る。そのような鋼板は、缶及び飲料缶などの安定した容器、並びに(引き剥がし)蓋などのその部品の製造のための成形プロセスにおいて、良好に加工され得る。
【0088】
微細構造の正確な組成、特に、フリンジ領域の厚さ、並びに連続焼鈍炉内の窒化プロセスによって生成されたフリンジ領域及びコア領域の窒素含有量、並びに鋼板の厚さにわたる窒素含有量の勾配は、プロセスパラメータを変えることによって影響され得る。したがって、本発明による方法によって製造された鋼板の特性は、異なる用途に合わせて調整され得る。
【0089】
これを説明するために、図6及び図7は、上述の1段階の方法におけるプロセスパラメータを変化させることによってそれぞれ熱処理された、本発明による鋼板のサンプルの微細構造を示している。図6aは、異なる加熱温度T(t=62秒の一定の加熱時間、及びt=45秒の一定の焼鈍時間)に加熱されたサンプルの一連の微細構造(組成に関して同一)を示し、図6bは、T=750℃の一定の加熱温度、及びt=62秒の一定の加熱時間で、異なる長さの時間で加熱温度に維持されたサンプル(すなわち、同じ加熱時間に対して異なる焼鈍時間tである)の一連の微細構造を示している。
【0090】
図6aの微細構造の画像から、Tの加熱温度が鋼の再結晶温度Tよりも高くなるとすぐに、ロールハードなフリンジ領域1及び再結晶化したコア領域2を有する多層微細構造が形成されることが分かる。図6aの左から1番目の画像では、加熱温度Tは、まだ再結晶温度T未満であり、したがって、鋼板の厚さ全体にわたって再結晶は生じていない。左から2番目の写真では、T>Tであり、再結晶はコア領域のみで生じている。フリンジ領域1では、再結晶温度が(元の)再結晶温度TからΔTだけ上昇したため、加熱温度Tは、上昇した再結晶温度(T+ΔT)を下回り、再結晶は生じていない。図6aの左から2番目の画像におけるフリンジ領域の厚さは、約67±5μmである。加熱温度Tが、好ましい上限である768℃(温度誘導加熱を使用した場合の最大のキュリー温度)まで更に上昇した場合、加熱温度Tが、フリンジ領域の上昇した再結晶温度(T+ΔT)より低い限り、微細構造は大きく変化しない、すなわち、再結晶は起こらず、すなわち、ロールハードな非再結晶フリンジ領域のフリンジ厚さが約67±5μm(図6aの3~6)である3層微細構造が形成される。
【0091】
図6bは、微細構造の形成に対する焼鈍時間の影響を示している。3層微細構造の組成は、焼鈍時間tとほぼ無関係であり、すなわち、特に、ロールハードなフリンジ領域のフリンジ厚さは、ほぼ同じままである。焼鈍時間が30秒~90秒の間の図6bに示す実施例では、フリンジ厚さは、約67±5μmである。しかしながら、より長い焼鈍時間では、窒素が、フリンジ領域からコア領域に拡散することが観察され得る。結果として、一方では、フリンジ領域とコア領域との間の遷移は、あまり明確でなくなり、他方では、コア領域への窒素の取り込みによって引き起こされる固溶強化に起因して、強度が増加し、これにより、図4a及び図4bの硬度測定値の比較からも明らかなように、t>40秒の長い焼鈍時間では、コア領域でも顕著な強度の増加が観察され得る。
【0092】
窒素供与体の窒素濃度(焼鈍炉のガス雰囲気中のアンモニア含有量)は、微細構造に非常に大きな影響を及ぼす。図7は、誘導加熱を用いて、実験炉のガス雰囲気中で異なる体積濃度のアンモニアガスを使用する1段階の方法(他は同一のパラメータ、すなわちT=750℃、t=62秒及びt=45秒)で熱処理された本発明による鋼板のサンプルの微細構造の画像を示している。実験炉のガス雰囲気中のアンモニアの体積割合は、室温で決定されている。図7aに示すように、0.5体積%のアンモニア濃度で、再結晶化したコア領域と、コア領域を両側で囲むフリンジ領域と、を有する3層微細構造が既に得られ、ここでのフリンジ厚さは、約34±3μm(図7aの左上)である。アンモニア含有量が増加すると、フリンジ厚さは、最初に直線的に増加し、その後、フリンジ厚さ約65μm(図8参照)で、アンモニア含有量約2~3体積%で飽和する。アンモニア含有量の更なる増加は、もはやフリンジ領域の拡大をもたらさない。10体積%のアンモニア含有量では、約61μmのフリンジ厚さは(図7aの右端)、2.5体積%のアンモニア含有量で観察された約66μmの最大値を、更に幾分下回る。
【0093】
高い分解能の顕微鏡写真を詳細に見ると、アンモニア濃度が、2体積%を超えると、極めて薄い窒化物層、特に窒化鉄層が、鋼ストリップの両面に形成されていることが明らかである。窒化物層は、図7bの微細構造の拡大画像に見ることができる。特に、5体積%以上の高いアンモニア含有量での画像では、表面窒化物層が、いくつかの重ね合わされた個々の層から構成されていることが分かる。個々の層は、おそらく窒化鉄の異なる相(γ-、γ´-、ε-相)である。鋼板の表面上の(鉄)窒化物層の形成は、フリンジ領域のフリンジ厚さに影響を及ぼす。表面窒化物層が形成されるまで、フリンジ厚さは、窒素供与体(アンモニアガス)の窒素含有量の増加と共に増加し、(約2体積%のアンモニア含有量から)窒化物層が形成されるとすぐに、図8に見られるように、フリンジ領域は、もはや鋼板の中央に向かって更に延在しない。したがって、本発明による方法では、多層構造の構造、特にフリンジ領域のフリンジ厚さは、窒素供与体の窒素含有量によって調整され得る。表面窒化物層が形成されるとすぐに、アンモニア含有量が増加するにつれて、厚さが増加し続ける。しかしながら、フリンジ領域のサイズはもはや増加せず、すなわち、フリンジ領域は、約65μmの最大厚さに制限され、これは、約2体積%のアンモニア含有量に、既に達している。
【0094】
(鉄)窒化物の望ましくない表面層は、鋼板の組成を決定する前に化学分析によって都合よく除去される(DIN EN ISO 14284の第4.4.1項の規範的仕様に従う)。表1に列挙した試験した試験片の合金組成は、試験片の測定された窒素含有量の改ざんを回避するために、窒化物表面層の除去後に対応する方法で決定された。
【0095】
図9は、表1の例Aによる合金組成を有する試験片の硬度プロファイルを示し、試験片は、図5の対応する例のように冷間圧延後に熱処理されている(段落0084参照)。
【0096】
図9は、板厚にわたる微小硬度の推移を示している。すべての窒化した試験片について、微小硬度と窒素含有量との間に、相関関係があることを示している。非窒化条件では、表1の例Aによる合金組成のサンプルは、圧延したままの状態で、約250HV、完全に再結晶化した状態で約100HVの硬度を有する。サンプル「サンドイッチ構造」(本発明によるサンプル)、及び「完全再結晶化及び窒化」の硬度曲線から分かるように、窒化に起因する両方のテクスチャにおいて、硬度は増加する。
【0097】
本発明によるサンプル(「サンドイッチ構造」)と、サンプル「完全再結晶化及び窒化」との比較から、サンプル断面(サンプルの厚さ)にわたる微小硬度の推移が異なることが、図9から分かる。特に、本発明によるサンプル(「サンドイッチ構造」)は、サンプル断面全体にわたって高い微小硬度を有することが分かる。特に、試験片のコア領域では、微小硬度が、試験片「完全再結晶化及び窒化」と比較して著しく高く、これら2つの試験片の微小硬度の差は、外縁領域(フリンジ領域)よりもコア領域で更に大きい。このことから、明らかにコア領域にも窒素が導入されているため、試験片の中央部で硬度の上昇が観察され得るので、本発明による試験片(「サンドイッチ構造」)では、フリンジ領域だけでなく、コア領域も窒化されていることが分かる。これに対して、「完全再結晶化及び窒化」サンプル(「サンドイッチ構造」サンプルと同じ窒化サイクルを受けているが、既に完全に再結晶化した状態である)では、「完全再結晶化」サンプルと比較して、コア領域の微小硬度の僅かな上昇しか観察されず、これは、「完全再結晶化及び窒化」サンプルでは、このサンプルのコア領域の窒化中に、窒素がほとんど取り込まれなかったことを示唆する。このことから、焼鈍炉内における窒化中の窒素の拡散は、鋼の微細構造に強く依存し、非再結晶微細構造は、鋼板のコア領域への窒素の速い拡散をもたらすことが分かる。一方、(完全に又は部分的に)再結晶化した微細構造の場合、拡散プロセスは遅くなり、これは、既に再結晶化した鋼板の場合、焼鈍炉内で窒化されたときに、窒素は、本質的に外縁領域にのみ取り込まれることを意味する。
【0098】
したがって、本発明による方法では、焼鈍炉内での窒化中の鋼板への窒素の拡散は、ロールハードな領域での窒化に起因して、完全に再結晶化した鋼板の場合よりも非常に効率的である。特に、本発明による方法は、3層微細構造(「サンドイッチ構造」)を有する鋼板を製造するために使用することができ、この鋼板は、コア領域と、外縁領域(フリンジ領域)との両方で窒素濃度が増加しており、したがって全体的に著しく増加した微小硬度及び引張強度を有する。
【0099】
したがって、本発明による方法では、窒素供与体の窒素含有量を使用して、鋼板の平均全硬度又は引張強度、並びに鋼板の断面にわたる硬度プロファイルも制御し得る。図15に示すように、異なるアンモニア含有量で、焼鈍炉内で窒化された本発明による鋼板のサンプルの硬度プロファイルを比較することによって、鋼板の厚さにわたって平均化された平均硬度は、窒素供与体の窒素含有量(アンモニア含有量)の増加と共に増加することが分かる。本発明に従って窒化されたサンプル(「サンドイッチ構造」)の場合、硬度プロファイルは、いずれの場合も、アンモニア含有量に関係なく、「サンドイッチ構造」サンプルについて図9から分かるように、表面で最大硬度、中央で最小硬度値を有するように、鋼板の厚さにわたって形成される。例えば、0.5体積%の低いアンモニア含有量では、鋼板の中央、すなわちコア領域の中央の硬度は、完全に再結晶化した非窒化サンプル(図9の比較例「完全再結晶化」)の硬度とほぼ同じである。これは、0.5体積%の低いアンモニア含有量では、顕著な窒化が、表面付近のフリンジ領域でのみ生じ、コア領域では生じないことを示している。高いアンモニア含有量、特に1体積%以上では、窒素が、フリンジ領域とコア領域との両方に取り込まれ、その結果、コア領域も、固溶強化によって硬化する。これにより、フリンジ領域とコア領域の平均硬度値の比は、低アンモニア含有量(1体積%未満)では約3:1以上であり、高アンモニア含有量(5体積%以上)では約1.3以下である。フリンジ領域とコア領域の平均硬度値の比が1.2以上である場合、フリンジ領域からコア領域の明確な境界を実現し得る。フリンジ領域とコア領域の平均硬度値の比は、1.4以上であることが好ましい。
【0100】
図9の硬度プロファイルはまた、焼鈍炉内の窒化プロセスによって生成された、本発明による試験片の平均窒素含有量が、コア領域よりもフリンジ領域(N)で著しく高いことを示している。硬度の上昇は、混晶の固化のみによるものであり、したがって、窒化によって引き起こされた窒素含有量の増加によるものと推測できる。これに基づくと、図9の硬度プロファイルから、コア領域の平均窒素含有量(N)に対するフリンジ領域の平均窒素含有量(N)の比も、アンモニア含有量が多い場合(5体積%以上)は、約1.3であり、アンモニア含有量が少ない場合(1体積%未満)は、約3:1以上であると結論付け得る。これは、表面付近の層の連続酸洗下で、本発明による鋼板のサンプルの窒素含有量のプロファイルの測定によって確認され得る。鋼板の表面における約900重量ppmに基づく窒素含有量(この場合、窒素含有量を測定する前に表面窒化鉄層を除去した)、及びコア領域における約550重量ppmの窒素含有量で、鋼板の厚さにわたる窒素含有量の明確に顕著な勾配が見られた(図12)。したがって、窒素供与体中の窒素濃度を使用して、フリンジ領域及びコア領域の窒化の程度を調整し得る。
【0101】
フリンジ領域の厚さは、加熱時間tによって制御され得る。このことは、図10の図に明確に示されており、図10は、2つの異なるアンモニア含有量(1体積%及び5体積%)での加熱時間tに対するフリンジ厚さの依存性を示している。どちらの場合も、加熱時間の増加に伴うフリンジ厚さのほぼ直線的な増加が、観察され得る。図10から分かるように、線形曲線の直線は、異なるアンモニア含有量でほぼ同じ勾配を有し、フリンジ厚さの絶対値で約10μmだけシフトしている。結果として、微細構造の組成、特に外側のロールハードなフリンジ領域の厚さは、加熱時間のプロセスパラメータによって、定義した方法で調整され得る。加熱速度、又は鋼板が連続焼鈍炉を通過する速度によって、加熱時間のプロセスパラメータは、非常に容易に制御でき、これにより、所望のフリンジ厚さの具体的で、正確な設定を実現し得る。また、フリンジ厚さを使用して、(厚さ全体にわたって平均化された)鋼板の平均硬度、又はその引張強度及びその成形性(コア領域の厚さ及びその平均窒素含有量を介して)を設定し得る。
【0102】
図11は、表1の組成Aを用いて、本発明による窒化した試験片の強度-伸び曲線を示している。試験片は、異なる加熱時間tで、t=750℃の加熱温度まで加熱され、5%のアンモニア雰囲気中で、t=45秒の同じ焼鈍時間で、その加熱温度に維持された。このようにして得られた材料特性を、表3aに示し、図11にグラフで示す。加熱時間を長くすることにより、強度Rmは大きくなるが、破断伸びAは、(僅かに)低下することが分かる。したがって、加熱時間tを変えることによって、特定の用途に最適化された引張強度及び破断伸びの値を設定でき、又は、引張強度と破断伸びの積として得られる冷間成形の加工能を設定できる。本発明による鋼板では、5000MPa・%超の加工能W=Rm(MPa)・A(%)の値を実現し得る。
【0103】
図12は、鋼板(表1の例Aによる組成を有する)の厚さにわたる窒素濃度の勾配を示している。加熱時間62秒、及び焼鈍時間45秒で、5%でアンモニア雰囲気中、750℃での窒化から得られた鋼板の断面にわたる窒素プロファイルを記録するために、サンプルを塩酸で段階的に酸洗いし、ホットキャリアガス抽出によって、残りの板厚全体にわたって窒素含有量を測定した。
【0104】
図13の図は、再結晶焼鈍中の加熱温度の関数として、硬度図によって、硬度及び再結晶温度に対する異なる窒素含有量を有する鋼板の窒素含有量の影響を示している。図13の図は、同じ合金組成を有する(表1からの例「A」による)が、異なる窒素含有量を有する3つの異なる試験片について、加熱温度(焼鈍温度)の関数としての硬度の推移を示している。この場合、「未処理」と表示されたサンプルは、焼鈍炉内で窒化されず(すなわち、焼鈍炉内の焼鈍中に、窒素供与体が存在せず、このサンプルの鋼は、25±5重量ppmの窒素含有量を有していた)、一方で、「71.9ppmのN2」と「107ppmのN2」と表示されたサンプルは、焼鈍炉内で、約550℃で、それぞれ71.9ppmと107ppmの総窒素含有量まで窒化された。「71.9ppmのN2」サンプルについては、窒素を、焼鈍炉内で、1%アンモニア雰囲気下で、1秒以内に550℃に加熱し(バッチ型炉プロセス)、次いで窒素を、断面にわたって均一に分布させた(アルゴン雰囲気下、550℃まで5.5時間加熱し、5時間保持し、36時間冷却した)。サンプル「107ppmのN2」を、サンプル「71.9ppmのN2」と同様にして生成したが、窒化時間は10秒であった。次いで、再結晶曲線を、窒化したサンプルに対してプロットした。これは、窒化プロセス中に導入された窒素が再結晶温度を上昇させたことを示しており、それにより、例えば、17重量ppmの窒素の窒化で、約20℃の再結晶温度の上昇が観察された。
【0105】
図14は、異なるレベルで窒化された、図13の試験片の窒素含有量に対する硬度(ビッカースHV硬度0.025、硬度は、試験片の圧延したままの状態で測定された)及び再結晶温度の依存性を示している。微小硬度及び再結晶温度の両方について、線形関係が見られ、すなわち、硬度及び再結晶温度は、窒化した試験片の窒素含有量の増加と共に直線的に増加する。
【0106】
表1による組成Aを有する冷間圧延鋼板を、本発明による連続焼鈍炉内で、表4に示すパラメータを用いて、試験で熱処理した。図16図18は、これらの試験の結果を示している。図16は、3層微細構造の顕微鏡断面画像を示し、図17は、断面にわたる微小硬度プロファイルを示し、図18は、焼鈍炉内での熱処理後に、異なるスキンパスの度合い(DG)でスキンパスされた、鋼板のサンプルの強度-伸び図を示している。
【0107】
更に、本発明に従って製造された鋼板に対してテクスチャ測定を行った。図19は、3層微細構造(サンドイッチ構造)を有する、本発明による鋼板のεファイバに沿った方位密度分布関数f(g)を示している。εファイバは、横方向(QR)に平行な<110>ベクトルの方位によって定義される。この図から、以下の方位密度分布f(g)の比から、3層微細構造の個々の領域について、変形指数VIを決定することができる:
変形指数VI={001}方位/{111}方位
【0108】
変形指数VIは、鋼板の成形挙動の尺度である、なぜなら、{111}方位が、良好な成形性を可能にし、良好なランクフォード係数(r値)を示す一方で、{001}方位が、低い成形性であるからである。図19の図から分かるように、3層微細構造(すなわち、再結晶化したコア領域、及び2つの外側の非再結晶フリンジ領域)の個々の領域(層)は、板面内の方位密度勾配、及びしたがってそれらのテクスチャに関して互いに異なる。図19に示す実施例では、再結晶化したコア領域の変形指数は、VI=0.46であり、2つの外側フリンジ領域での変形指数は、それぞれVI=3.09及びVI=4.31である。
【0109】
本発明による鋼板では、いずれの場合も、再結晶化した第1の層(これは、3層サンドイッチ構造の場合、内側にあり、コア領域を表す)は通常、0.8未満の変形指数を有し、第2の層(これは、3層サンドイッチ構造の場合、いずれの場合も外側にあり、フリンジ領域を表す)は、2.0超、特に2.0~5.0の範囲の変形指数を有する。
【0110】
(発明の開示)
(項目1)
10~1000重量ppmの炭素含有量(C)を有する鋼製の熱間圧延鋼板を冷間圧延するステップであって、前記鋼板の鋼が、再結晶温度(T )を有するステップと、
冷間圧延された鋼板を、T ≦T である所定の加熱温度(T )まで加熱するステップと、
を含み、
前記加熱が、窒素供与体の存在下で、再結晶温度(T )に少なくとも一時的に達するまで少なくとも行われ、その結果、前記冷間圧延された鋼板が加熱されたときに、窒素が、前記窒素供与体から、前記冷間圧延された鋼板の表面近傍の領域(1)に少なくとも拡散し、表面近傍の前記領域(1)に取り込まれ、その結果、表面近傍の前記領域(1)における前記鋼の再結晶温度(T )が値ΔTだけ上昇する、
容器用鋼板の製造方法において、
前記加熱温度(T )に、T <T +ΔTが更に適用される、
ことを特徴とする容器用鋼板の製造方法。
(項目2)
前記冷間圧延された鋼板の鋼が、重量で以下の組成を有する、
C:0.001%超で、0.1%未満、好ましくは0.06%未満、
Mn:0.01%超で、0.6%未満、
P:0.04%未満、
S:0.04%未満で、好ましくは0.001%超、
Al:0.08%未満、
Si:0.1%未満、
任意のCu:0.1%未満、
任意のCr:0.1%未満、
任意のNi:0.1%未満、
任意選択でTi:0.1%未満で、好ましくは0.02%超、
任意のNb:0.08%未満で、好ましくは0.01%超、
任意のMo:0.08%未満、
任意のSn:0.05%未満、
任意のB:0.01%未満で、好ましくは0.005%未満で、好ましくは0.0005%超、
任意のN:0.02%未満で、特に0.016%未満で、好ましくは0.001%超、
残部鉄及び不可避不純物、
前記窒素供与体の存在下で、前記冷間圧延された鋼板を加熱した後、平均窒素含有量が、重量で少なくとも0.005%、好ましくは少なくとも0.015%である、
項目1に記載の方法。
(項目3)
前記冷間圧延された鋼板の鋼が、200重量ppm超、好ましくは500重量ppm超のチタン、及び/又は100重量ppm超のニオブ、及び/又は50重量ppm超のアルミニウムを含有する、項目1又は2に記載の方法。
(項目4)
前記冷間圧延された鋼板の前記加熱が、段階的に行われ、少なくとも1つの保持段階を含み、保持段階において、前記鋼板の温度が、保持時間(t )の間、少なくとも略一定の中間温度(T )で保持され、前記保持時間(t )が経過した後、前記加熱温度(T )に達するまで更に加熱される、ことを特徴とする項目1から3のいずれか1項に記載の方法。
(項目5)
前記冷間圧延された鋼板が、前記保持時間(t )の開始前及び/又は前記保持時間(t )の間、前記窒素供与体に少なくとも一時的に曝露される、ことを特徴とする項目4に記載の方法。
(項目6)
前記加熱温度(T )に達した後、前記鋼板は、所定の焼鈍時間(t )の間、前記加熱温度(T )で維持される、ことを特徴とする項目1から5のいずれか1項に記載の方法。
(項目7)
前記中間温度(T )が、前記再結晶温度(T )よりも低い、ことを特徴とする項目4から6のいずれか1項に記載の方法。
(項目8)
前記冷間圧延された鋼板が、1.0~300秒の加熱時間(t )内に、室温から前記加熱温度(T )まで加熱される、ことを特徴とする項目1から7のいずれか1項に記載の方法。
(項目9)
前記保持時間(t )が、1.0~300秒の間である、ことを特徴とする項目4から8のいずれか1項に記載の方法。
(項目10)
前記冷間圧延された鋼板の鋼が、初期窒素含有量(N )を有し、前記冷間圧延された鋼板が加熱されたとき、表面近傍の前記領域(1)の平均窒素含有量(N )が、鋼の初期窒素含有量(N )を50~1000ppmの間上回る、表面近傍の前記領域(1)の厚さにわたって平均化された値に増加する、ことを特徴とする項目1から9のいずれか1項に記載の方法。
(項目11)
前記窒素含有量(N )の勾配が、前記冷間圧延された鋼板の加熱中に、表面近傍の前記領域(1)で確立され、前記窒素含有量が、前記冷間圧延された鋼板の表面からコア領域(2)に向けて減少する、ことを特徴とする項目1から10のいずれか1項に記載の方法。
(項目12)
前記コア領域(2)の窒素含有量(N )が、前記鋼の初期窒素含有量(N )より大きく、前記コア領域(2)の重量基準の窒素含有量(N )と、前記鋼の初期窒素含有量(N )との差が、好ましくは30ppmを超える、ことを特徴とする項目11に記載の方法。
(項目13)
前記冷間圧延された鋼板の加熱中に、表面近傍の前記領域(1)に取り込まれた窒素が、溶解形態で存在し、特に前記鋼の格子内の格子間に取り込まれるか、又は、窒化物として、特にAlN及び/又はTiN及び/又はNbNとして結合される、項目1から12のいずれか1項に記載の方法。
(項目14)
前記窒素供与体が、特にアンモニアを含有する窒素含有ガス雰囲気によって構成され、前記窒素含有ガス雰囲気中の前記アンモニアの体積濃度が、好ましくは0.1%超、特に0.1%~3%の間である、ことを特徴とする項目1から13のいずれか1項に記載の方法。
(項目15)
前記冷間圧延された鋼板の前記加熱が、特にHNxを含有する不活性ガス雰囲気中で行われ、前記窒素含有ガス雰囲気中のHNxの体積濃度が、好ましくは97%~99.9%の間である、ことを特徴とする項目1から14のいずれか1項に記載の方法。
(項目16)
前記加熱中、特に前記保持時間(t )中に、前記冷間圧延された鋼板の表面近傍の前記領域(1)の少なくとも一時的な窒化が行われる、項目1から15のいずれか1項に記載の方法。
(項目17)
前記冷間圧延された鋼板の前記コア領域(2)の再結晶焼鈍が、前記焼鈍時間(t )中に、少なくとも部分的に行われる、項目11から16のいずれか1項に記載の方法。
(項目18)
前記窒素供与体が、加熱前又は加熱中に、前記冷間圧延された鋼板の表面の片面又は両面に適用される窒素含有液体及び/又は窒素含有固体を含む、ことを特徴とする項目1から17のいずれか1項に記載の方法。
(項目19)
表面近傍の前記領域(1)の再結晶温度が前記鋼板の加熱中の窒素の取り込みの結果として上昇する前記値ΔTが、前記加熱完了後の窒化によって前記鋼板の表面近傍の前記領域(1)に導入される窒素含有量に依存し、特に関係ΔT=aΔN(%)であり、aが、比例定数であり、ΔN(%)が、窒化によって前記鋼板の加熱中に、表面近傍の前記領域(1)に導入された前記鋼の重量基準の窒素含有量%である、項目1から18のいずれか1項に記載の方法。
(項目20)
前記鋼板が加熱されたときに、表面近傍の前記領域(1)の再結晶温度が窒素の取り込みによって上昇する前記値ΔTが、30℃より大きく、好ましくは50℃より大きく、特に100℃~250℃の範囲である、項目1から19のいずれか1項に記載の方法。
(項目21)
10~1000重量ppmの炭素含有量(C)を有する鋼から作製され、0.5mm未満の厚さを有する、特に容器用の鋼板において、前記鋼板が、少なくとも第1の層及び第2の層を有する多層微細構造を含み、前記第1の層が、少なくともほぼ再結晶化しており、前記第2の層が、再結晶化していない、又は少なくとも完全には再結晶化していない、ことを特徴とする鋼板。
(項目22)
前記多層微細構造が、内側の少なくともほぼ再結晶化したコア領域(2)と、両側で前記コア領域(2)を囲む表面近傍の領域(1)と、を有し、表面近傍の前記領域(1)が、再結晶化していない、又は少なくとも完全には再結晶化していない、項目21に記載の鋼板。
(項目23)
前記鋼板が、重量で以下の組成を有する、
C:0.001%超で、0.1%未満、好ましくは0.06%未満、
Mn:0.01%超で、0.6%未満、
P:0.04%未満、
S:0.04%未満で、好ましくは0.001%超、
Al:0.08%未満、
Si:0.1%未満、
任意のCu:0.1%未満、
任意のCr:0.1%未満、
任意のNi:0.1%未満、
任意選択でTi:0.1%未満で、好ましくは0.02%超、
任意のNb:0.08%未満で、好ましくは0.01%超、
任意のMo:0.08%未満、
任意のSn:0.05%未満、
任意のB:0.01%未満で、好ましくは0.005%未満で、好ましくは0.0005%超、
前記鋼板の厚さにわたって平均化された、少なくとも0.005%、好ましくは0.015%超、特に好ましくは0.02%超の窒素含有量、
残部鉄及び不可避不純物、
項目21及び22に記載の鋼板。
(項目24)
前記鋼板が、所定の再結晶温度(T )を有する熱間圧延鋼から冷間圧延により製造され、冷間圧延された鋼板が、窒素供与体の存在下で、前記再結晶温度(T )より高い所定の加熱温度(T )に加熱され、前記所定の加熱温度(T )に加熱することによって、前記第1の層、特に前記コア領域(2)が、少なくともほぼ完全に再結晶化し、前記第2の層、特に表面近傍の前記領域(1)が、少なくとも完全には再結晶化していない、ことを特徴とする項目21から23のいずれか1項に記載の鋼板。
(項目25)
前記鋼板が、好ましくは0~0.0160重量%の範囲の前記鋼の初期窒素含有量(N )を有し、前記冷間圧延された鋼板が加熱されたとき、前記窒素供与体からの窒素が、前記冷間圧延された鋼板の表面近傍の前記領域(1)に拡散され、表面近傍の前記領域(1)に取り込まれ、それにより、表面近傍の前記領域(1)の窒素含有量(N )が、前記鋼の初期窒素含有量(N )を超える値に増加し、表面近傍領域の前記鋼の再結晶温度(T )が、値ΔTだけ上昇し、ΔTが、好ましくは50℃超、特に好ましくは100℃~250℃の範囲である、ことを特徴とする項目21から24のいずれか1項に記載の鋼板。
(項目26)
前記鋼板の鋼が、500重量ppm超のチタン、好ましくは550ppm~900重量ppmの間のチタン、及び/又は100重量ppm超のニオブを含有する、項目21から25のいずれか1項に記載の鋼板。
(項目27)
前記冷間圧延された鋼板の厚さが、0.1mm~0.3mmの範囲、好ましくは0.15mm~0.25mmの範囲である、ことを特徴とする項目21から26のいずれか1項に記載の鋼板。
(項目28)
表面近傍の前記領域(1)が、5μm~150μmの範囲、好ましくは10μm~100μmの範囲、特に30μm~80μmの間の厚さを有する、ことを特徴とする項目22から27のいずれか1項に記載の鋼板。
(項目29)
前記鋼板が、600MPa超、好ましくは800MPa超の引張強度を有することを特徴とする、項目21から28のいずれか1項に記載の鋼板。
(項目30)
前記鋼板が、4%超、好ましくは5%超の破断伸びを有する、ことを特徴とする項目21から29のいずれか1項に記載の鋼板。
(項目31)
前記鋼板の表面近傍の前記領域(1)の平均窒素含有量(N )が、50~1000重量ppmの間である、ことを特徴とする項目21から30のいずれか1項に記載の鋼板。
(項目32)
前記鋼板の表面近傍の前記領域(1)及び/又は前記鋼板の厚さにわたる窒素含有量の勾配が存在し、前記窒素含有量が、前記鋼板の表面から前記コア領域(2)に向かって減少する、ことを特徴とする項目22から31のいずれか1項に記載の鋼板。
(項目33)
前記第1の層、特に前記鋼板の表面近傍の前記領域(1)が、前記第2の層、特に前記コア領域(2)よりも高い硬度及び/又は高い引張強度を有し、前記第2の層の硬度に対する前記第1の層の硬度の比が、好ましくは1.2より大きく、特に好ましくは1.4より大きい、ことを特徴とする項目21から32のいずれか1項に記載の鋼板。
(項目34)
前記第1の層、特に前記鋼板の表面近傍の前記領域(1)が、少なくとも250HV 0.025 、好ましくは少なくとも300HV 0.025 のビッカース硬度を有する、ことを特徴とする項目21から33のいずれか1項に記載の鋼板。
(項目35)
前記第1の層、特に表面近傍の前記領域(1)と、前記第2の層、特に前記コア領域(2)との両方が、前記鋼の前記窒素含有量(N )と比較して、前記鋼の窒化によって生成された高い窒素含有量を有し、前記鋼の窒化によって生成された前記第1の層、特に前記表面近傍領域(1)の前記窒素含有量(N )が、前記第2の層、特に前記コア領域(2)の前記窒素含有量(N )よりも高く、前記コア領域(2)の前記窒素含有量(N )に対する前記第1の層の前記窒素含有量(N )の比が、好ましくは1.5よりも大きく、特に好ましくは2.0よりも大きい、ことを特徴とする項目22から34のいずれか1項に記載の鋼板。
(項目36)
前記第1の層、特に3層微細構造の表面近傍の前記領域(1)が、30%未満、好ましくは20%未満の再結晶度を有し、及び/又は、前記第2の層、特に3層微細構造の前記コア領域(2)が、70%超、好ましくは80%超の再結晶度を有する、ことを特徴とする項目21から35のいずれか1項に記載の鋼板。
(項目37)
前記第1の層、特に表面近傍の前記領域(1)が、自由表面上に、窒化物層、特に窒化鉄層を含む、ことを特徴とする項目21から36のいずれか1項に記載の鋼板。
(項目38)
前記第1の層、特に前記表面近傍領域(1)が、0.8未満の変形指数を有し、前記第2の層、特に前記コア領域(2)が、2.0超の変形指数有し、前記変形指数が、εファイバの{001}方位と{111}方位との比によって定義される、ことを特徴とする項目21から37のいずれか1項に記載の鋼板。
【0111】
【0112】
【0113】
【0114】
図1a
図1b
図1c
図2(a)】
図2(b)】
図3
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