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特許7530447耐疲労特性に優れた析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-30
(45)【発行日】2024-08-07
(54)【発明の名称】耐疲労特性に優れた析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240731BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20240731BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20240731BHJP
   C21C 7/10 20060101ALN20240731BHJP
   C21C 7/04 20060101ALN20240731BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
C21D9/46 Q
C21C7/10 J
C21C7/04 J
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2022572121
(86)(22)【出願日】2021-12-09
(86)【国際出願番号】 JP2021045290
(87)【国際公開番号】W WO2022138194
(87)【国際公開日】2022-06-30
【審査請求日】2023-04-24
(31)【優先権主張番号】P 2020215708
(32)【優先日】2020-12-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(74)【代理人】
【識別番号】100182925
【弁理士】
【氏名又は名称】北村 明弘
(72)【発明者】
【氏名】斎藤 俊
(72)【発明者】
【氏名】福元 成雄
(72)【発明者】
【氏名】蛭濱 修久
(72)【発明者】
【氏名】田中 輝
(72)【発明者】
【氏名】金子 農
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-155317(JP,A)
【文献】特開2005-097682(JP,A)
【文献】国際公開第2021/256145(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/58
C21D 9/46
C21C 7/10
C21C 7/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.080%以下、Si:0.70~3.00%、Mn:3.00%以下、Ni:6.00~10.00%、Cr:10.00~17.00%、P:0.050%以下、S:0.008%以下、Cu:0.50~2.00%、Mo:0.50~3.00%、Ti:0.15~0.45%、Al:0.070%以下、Ca:0.0020%以下、Mg:0.0020%超え0.0150%以下、N:0.015%以下およびO:0.0070%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼組成を有し、
母相中に存在する非金属介在物のうち、相当円直径が10μm以上である非金属介在物が存在しないか、または、前記相当円直径が10μm以上である非金属介在物が存在しても、その個数密度が0.100個/mm以下であることを特徴とする耐疲労特性に優れた析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼。
【請求項2】
前記相当円直径が10μm以上である非金属介在物に含まれる化合物の平均組成成分を分析して得られたAl3、MgOおよびTiの合計質量を100質量%とするとき、MgOの質量割合(%)は、下記に示す式(1)の範囲を満たし、かつ、
前記鋼組成中のMgとOの含有量が、下記に示す式(2)および(3)の関係を満たす、請求項1に記載の析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼。
[%MgO]≧80% ・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
[%Mg]/[%O]≧1.5 ・・・・・・・・・・・・(2)
[%Mg]×[%O]≧1.0×10-5 ・・・・・・・・(3)
ただし、式(1)中に示す[%MgO]は、前記相当円直径が10μm以上である非金属介在物に含まれるMgOの質量割合(質量%)を意味し、また、式(2)および式(3)中に示す[%Mg]および[%O]は、それぞれ前記鋼組成中のMgおよびOの含有量(質量%)を意味する。
【請求項3】
前記母相中に存在する、前記相当円直径が10μm以上である非金属介在物は、相当円直径が20μm以下である、請求項1または2に記載の析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼。
【請求項4】
シェンク式曲げねじり疲労試験において、破断せずに繰返し数が1000万回に達する応力を疲労限界応力とした場合の疲労限界応力が550MPa以上である、請求項1、2または3に記載の析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼。
【請求項5】
前記母相中に存在する非金属介在物のうち、相当円直径が10μm以上である非金属介在物の個数密度が0.050個/mm以下である請求項1~4のいずれか1項に記載の析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼。
【請求項6】
シェンク式曲げねじり疲労試験において、破断せずに繰返し数が1000万回に達する応力を疲労限界応力とした場合の疲労限界応力が600MPa以上である、請求項5に記載の析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐疲労特性に優れた析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼板は、時効処理前の硬さが低いため、優れた打ち抜き加工性や成形加工性を有し、また、時効処理後は高強度を発現するとともに、高い溶接軟化抵抗を有する。
【0003】
このため、析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼板は、時効処理前後で変化する特性を活用し、溶接が必要なスチールベルト等の構造用材料や各種バネ材料として多用されている。さらに、これらの材料には、耐疲労特性に優れていることも合わせて要求される。
【0004】
耐疲労特性を向上させるための手段としては、母相中に存在する介在物を微細にすることが有効であるが、析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼板は、通常、Si、Cu、Tiを析出硬化元素として含むため、鋼中に不可避的に混入するNがTiと反応して、粗大で角張ったTiNの非金属介在物が生成しやすい傾向にある。
【0005】
また、析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼板は、脱酸生成物として、酸化物系の非金属介在物や、TiNと酸化物の複合酸窒化物の非金属介在物が生成しやすいため、耐疲労特性を向上するためには、これら全ての非金属介在物のサイズを小さくすることが望ましい。
【0006】
さらに、鋼中に含有するSiは、Tiの活量を高める作用を有するため、TiNや、TiNと酸化物の複合酸窒化物の生成および成長を抑制することが難しいという問題もある。
【0007】
鋼中のTiN介在物を微細化するための手段としては、例えば特許文献1に、溶鋼中にZrを添加することで微細なZr酸化物が生成し、これを核としてTiN介在物が微細に晶出し、さらにZrNとしてNを固定することでTiNの形成を抑制した、マルテンサイト組織を呈する疲労特性に優れたマルエージング鋼が開示されている。
【0008】
しかしながら、特許文献1に記載のマルエージング鋼は、真空アーク再溶解法を用いて製造することを前提としたものであって、N含有量を0.0020質量%以下にまで低減することが必要であり、このような低N含有量は、通常の製造工程である、溶解(電気炉)、一次精錬(転炉)、二次精錬(AODまたはVOD)および連続鋳造の順に行われるような汎用的な大量生産方式の製造方法で析出硬化型マルテンサイト系鋼を製造する場合には、コスト制約上の点から、達成することが難しく、加えて、溶鋼中のZrの添加は、連続鋳造時に浸漬ノズルが閉塞しやすくなるという問題もある。また、特許文献1に記載のマルテンサイト系鋼は、Tiの活量を高めるSiを含有していないため、Siを含有するマルテンサイト系鋼に比べると、TiNの生成を抑制することは比較的容易であると言える。
【0009】
また、特許文献2には、微量のMgを添加することにより、鋼帯中に残留する酸化物系非金属介在物のサイズを小さくしたマルエージング鋼の冷間圧延鋼帯が開示されている。
【0010】
しかしながら、特許文献2に記載のマルエージング鋼の冷間圧延鋼帯もまた、真空アーク再溶解(VAR)法や真空誘導溶解(VIM)法を用いて製造することを前提としたものであって、N含有量を0.0030質量%以下にまで低減することが必要であり、このような低N含有量は、上述した通常の製造工程を有する製造方法で析出硬化型マルテンサイト系鋼を製造する場合には、コスト制約上の点から、達成することが難しいという問題がある。また、特許文献2に記載のマルテンサイト系鋼は、窒化物系非金属介在物と酸化物系非金属介在物の大きさを小さくするのを、別々の手法で達成するものであって、種々の非金属介在物の大きさを、全体として小さく(微細化)する点については開示されていない。加えて、Tiの活量を高めるSiを含有していないため、TiNの生成を抑制することは比較的容易であると言える。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2019-11515号公報
【文献】特許第4110518号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の目的は、鋼中にSiを含有しかつN含有量を過度に制限することなく、例えば、溶解(電気炉)、一次精錬(転炉)、二次精錬(AODまたはVOD)および連続鋳造の順に行われる汎用的な大量生産方式において製造した場合であっても、鋼中に含まれる窒化物(例えば、TiN)や、酸化物(例えば、Al3、MgOおよびTi)のように組成の異なる非金属介在物の大きさを、全体として小さく(微細化)することによって、母相中に存在する大きなサイズの非金属介在物の個数密度を制限することができる結果として、耐疲労特性に優れた析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、耐疲労特性に悪影響を及ぼす粗大な非金属介在物が、MgO酸化物や、MgO・Al(スピネル)の酸化物を核として生成および成長したTiNを含む酸窒化物であることを見出した。ここで、TiNの核生成サイトとなる有効な酸化物が存在すると、この酸化物を核として、溶鋼温度が凝固開始温度よりも高い温度領域からTiNの生成が開始し、その後、溶鋼温度を凝固開始温度に至るまで降下させると、TiNの成長が進行し、結果として粗大なTiNを含む酸窒化物が生成してしまう。一方、この核生成サイトとして有効な酸化物が溶鋼中に微細な分散状態で多数個存在する場合では、それらの微細な酸化物を核として、溶鋼温度が凝固開始温度よりも高い温度領域からTiNの生成が開始し、その後、溶鋼温度を凝固開始温度に至るまで降下させると、既に生成したTiNが成長するのではなく、多数個の微細な酸化物のそれぞれを核として、新たにTiNを含む酸窒化物を生成するため、生成した酸窒化物の生成個数は増加するものの、各々の酸窒化物のサイズとしては小さくなることを突き止めた。さらに、本発明者らは、小さなサイズの酸窒化物を生成するためには、TiNの核生成サイトとなる酸化物を、MgO・Al(スピネル)ではなく、MgOにすることが有効であることを見出した。すなわち、MgOは、MgO・Alに比べてTiNとの不整合度が小さいため、より有効な核生成サイトとなるからである。また、MgO・Alは、鋳造時に浸漬ノズル詰まりを発生させやすいことが知られており、MgO・Alを溶鋼中に多量に生成させることは生産性の面で望ましくないことも判明した。そして、本発明者らは、TiNが粗大化することなく微細析出状態のまま溶鋼中に分散して存在する結果、母相中に存在する非金属介在物のうち、相当円直径が10μm以上と大きなサイズの特定非金属介在物の個数密度を0.100個/mm以下と小さくすることが可能になり、これによって、耐疲労特性が格段に向上することを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0014】
すなわち、本発明の要旨構成は、以下のとおりである。
(i)質量%で、C:0.080%以下、Si:0.70~3.00%、Mn:3.00%以下、Ni:6.00~10.00%、Cr:10.00~17.00%、P:0.050%以下、S:0.008%以下、Cu:0.50~2.00%、Mo:0.50~3.00%、Ti:0.15~0.45%、Al:0.070%以下、Ca:0.0020%以下、Mg:0.0020%超え0.0150%以下、N:0.015%以下およびO:0.0070%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼組成を有し、母相中に存在する非金属介在物のうち、相当円直径が10μm以上である非金属介在物が存在しないか、または、前記相当円直径が10μm以上である非金属介在物が存在しても、その個数密度が0.100個/mm以下であることを特徴とする耐疲労特性に優れた析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼。
(ii)前記相当円直径が10μm以上である非金属介在物に含まれる化合物の平均組成成分を分析して得られたAl3、MgOおよびTiの合計質量を100質量%とするとき、MgOの質量割合(%)は、下記に示す式(1)の範囲を満たし、かつ、
前記鋼組成中のMgとOの含有量が、下記に示す式(2)および(3)の関係を満たす、上記(i)に記載の析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼。
[%MgO]≧80% ・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
[%Mg]/[%O]≧1.5 ・・・・・・・・・・・・(2)
[%Mg]×[%O]≧1.0×10-5 ・・・・・・・・(3)
ただし、式(1)中に示す[%MgO]は、前記相当円直径が10μm以上である非金属介在物に含まれるMgOの質量割合(質量%)を意味し、また、式(2)および式(3)中に示す[%Mg]および[%O]は、それぞれ前記鋼組成中のMgおよびOの含有量(質量%)を意味する。
(iii)前記母相中に存在する、前記相当円直径が10μm以上である非金属介在物は、相当円直径が20μm以下である、上記(i)または(ii)に記載の析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼。
(iv)シェンク式曲げねじり疲労試験において、破断せずに繰返し数が1000万回に達する応力を疲労限界応力とした場合の疲労限界応力が550MPa以上である、上記(i)、(ii)または(iii)に記載の析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼。
(v)前記母相中に存在する非金属介在物のうち、相当円直径が10μm以上である非金属介在物の個数密度が0.050個/mm以下である上記(i)~(iv)のいずれか1項に記載の析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼。
(vi)シェンク式曲げねじり疲労試験において、破断せずに繰返し数が1000万回に達する応力を疲労限界応力とした場合の疲労限界応力が600MPa以上である、上記(v)に記載の析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、本発明例(サンプルNo.1~15)のステンレス鋼と比較例(サンプルNo.16~21)のステンレス鋼について、母相中に存在する特定非金属介在物の個数密度(個/mm)を横軸とし、疲労限界応力(MPa)を縦軸としてプロットしたときの図である。
図2図2は、鋼組成中のMg含有量が0.0020質量%以下と少ない場合において、溶鋼が凝固する際にMgOを核としてTiNが生成および成長する過程を説明するための概念図であって、図2(a)が溶融温度でMgOを核としてTiNが生成(析出)した状態を示し、また、図2(b)が図2(a)の状態からさらに冷却して溶鋼が凝固開始温度まで降下した状態を示す。
図3図3は、鋼組成中のMg含有量が0.0020質量%超え0.0150%以下の範囲である場合において、溶鋼が凝固する際にMgOを核としてTiNが生成および成長する過程を説明するための概念図であって、図3(a)が溶融温度でMgOを核としてTiNが生成(析出)した状態を示し、また、図3(b)が図3(a)の状態からさらに冷却して溶鋼が凝固開始温度まで降下した状態を示す。
図4図4は、本発明例(サンプルNo.1~15)のステンレス鋼と比較例(サンプルNo.16~21)のステンレス鋼について、母相中に存在する特定非金属介在物に含まれるAl、MgOおよびTiの質量割合を算出して、Al-MgO-Tiの3元系状態図にプロットしたときの結果を示したものである。
図5図5は、本発明例(サンプルNo.1~15)のステンレス鋼と比較例(サンプルNo.16~21)のステンレス鋼について、鋼組成中のMg含有量とO含有量の関係をプロットした図である。
図6図6は、本発明例であるサンプルNo.1のステンレス鋼中に存在する10μm以上のサイズの特定非金属介在物の反射電子組成像である。
図7図7は、比較例であるサンプルNo.19のステンレス鋼中に存在する10μm以上のサイズの特定非金属介在物の反射電子組成像である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼の好ましい実施形態について、詳細に説明する。本発明に従う析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼は、質量%で、C:0.080%以下、Si:0.70~3.00%、Mn:3.00%以下、Ni:6.00~10.00%、Cr:10.00~17.00%、P:0.050%以下、S:0.008%以下、Cu:0.50~2.00%、Mo:0.50~3.00%、Ti:0.15~0.45%、Al:0.070%以下、Ca:0.0020%以下、Mg:0.0020%超え0.0150%以下、N:0.015%以下およびO:0.0070%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼組成を有し、母相中に存在する非金属介在物のうち、相当円直径が10μm以上である非金属介在物(以下、これを「特定非金属介在物」という場合がある。)が存在しないか、または、前記相当円直径が10μm以上である非金属介在物が存在しても、その個数密度が0.100個/mm以下であることを特徴とする耐疲労特性に優れた析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼である。
【0017】
(I)合金組成
本発明の析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼の合金組成とその作用について以下で説明する。
本発明の析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼は、質量%で、C:0.080%以下、Si:0.70~3.00%、Mn:3.00%以下、Ni:6.00~10.00%、Cr:10.00~17.00%、P:0.050%以下、S:0.008%以下、Cu:0.50~2.00%、Mo:0.50~3.00%、Ti:0.15~0.45%、Al:0.070%以下、Ca:0.0020%以下、Mg:0.0020%超え0.0150%以下、N:0.015%以下およびO:0.0070%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼組成を有する。なお、以下の合金組成の各成分の説明では、「質量%」を単に「%」として示す。
【0018】
なお、本明細書における「ステンレス鋼」という用語は、具体的な形状が限定されないステンレス鋼製の鋼材(ステンレス鋼材)を意味する。鋼材の形状としては、例えば、鋼板、鋼管、条鋼等が挙げられる。
【0019】
<C:0.080%以下>
C(炭素)は、鋼の強度を向上させ、且つ高温で生成するδフェライト相を抑制する上で有効な元素である。しかし、C含有量が0.080%を超えると、焼入れにより生成したマルテンサイト相の硬度が上昇し、冷間加工変形能が低下する。その結果、成形加工性が不十分になると共に、溶体化処理後の冷却でマルテンサイト単相組織を得ることが困難になる。更に、C含有量が0.080%を超えると、焼鈍状態でTiCの生成を促進させ、靭性を低下させる。したがって、C含有量は0.080%以下とした。
【0020】
<Si:0.70~3.00%>
Si(珪素)は、固溶強化能が大きく、マトリックスを強化する作用を有する元素である。また、Siは、Ti及びNiとともに複合添加することによって、時効処理時にSi、Ti、Ni等の元素からなる金属間化合物の微細整合析出が生じ、鋼の強度を向上させる。このような作用は、Si含有量が0.70%以上で顕著に現れる。しかしながら、Si含有量が3.00%を超えると、δフェライト相の生成が助長され、強度及び靭性が低下する。したがって、Si含有量は0.70~3.00%の範囲とした。
【0021】
<Mn:3.00%以下>
Mn(マンガン)は、高温域でδフェライト相が生成することを抑制する作用を有する元素である。しかしながら、Mn含有量が3.00%を超えると、溶接部の靭性低下や溶接作業性の低下を引き起こし易い。したがって、Mn含有量は3.00%以下とした。
【0022】
<Ni:6.00~10.00%>
Ni(ニッケル)は、析出硬化に寄与し、δフェライト相の生成を抑制する元素である。本発明の析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼においては、時効硬化能を低下させず、高強度で且つ高靭性を維持するために、6.00%以上のNiを含有させることが必要である。しかしながら、Ni含有量が10.00%を超えると、焼入れ後の残留オーステナイト相の量が増加するため、必要とする強度が得られない。したがって、Ni含有量は6.00~10.00%の範囲とした。
【0023】
<Cr:10.00~17.00%>
Cr(クロム)は、ステンレス鋼としての耐食性を得るため、10.00%以上含有させることが必要である。しかしながら、Cr含有量が17.00%を超えると、δフェライト相及び残留オーステナイト相が生成し、溶接部の強度を低下させる原因となる。したがって、Cr含有量は10.00~17.00%の範囲とした。
【0024】
<P:0.050%以下>
P(リン)は、不純物であり、製造時の熱間加工性や凝固割れを助長する元素である他、硬質化して延性を低下させる。この点で、P含有量は、低いほど好ましいことから、その上限を0.050%とした。
【0025】
<S:0.008%以下>
S(硫黄)は、MnS等の非金属介在物として鋼中に存在し、疲労強度、靭性、耐食性等に悪影響を与える。この点で、S含有量は、低いほど好ましいことから、その上限を0.008%とした。
【0026】
<Cu:0.50~2.00%>
Cu(銅)は、亜硫酸ガス系の腐食環境下における耐食性を確保するのに有効な元素であり、Cu含有量が0.50%以上になると、耐食性の向上が顕著になる。しかしながら、Cu含有量が2.00%を超えると、熱間加工性が劣化し、加工された素材表面にひび割れ等の欠陥が発生することがあり、また、高強度化した場合に靭性が低下する傾向がみられる。したがって、Cu含有量は0.50~2.00%の範囲とした。
【0027】
<Mo:0.50~3.00%>
Mo(モリブデン)は、強度及び靭性を向上させる作用を有する元素である。かかる作用を発現するため、Mo含有量は0.50%以上とすることが必要である。しかしながら、Mo含有量が3.00%を超えると、Mo含有量の増加に見合った強度及び靭性の向上効果が得られないだけではなく、δフェライト相の生成が助長され、溶接部の強度が低下し易くなる。したがって、Mo含有量は0.50~3.00%の範囲とした。
【0028】
<Ti:0.15~0.45%>
Ti(チタン)は、析出硬化に寄与する元素であり、高強度を得るために0.15%以上のTiを含有させることが必要である。しかしながら、0.45%を超えるTiを含有させると、過度の析出硬化反応によって靭性の低下が生じる。したがって、Ti含有量は0.15~0.45%の範囲とした。
【0029】
<Al:0.070%以下>
Al(アルミニウム)は、脱酸剤として作用する元素である。しかしながら、Al含有量が0.070%を超えると、溶接性が悪化しやすくなる。このため、Al含有量は、0.070%以下とした。
【0030】
<Ca:0.0020%以下>
Ca(カルシウム)は、熱間加工性改善に寄与する元素であるが、0.0020%を超えて含有すると、大型のCaO-SiO-Al系介在物が生成しやすくなり、かかる介在物が鋼中に存在すると、耐疲労特性に悪影響を及ぼす可能性があるとともに、表面疵の発生原因にもなりやすい。したがって、Ca含有量は、0.0020%以下とした。
【0031】
<Mg:0.0020%超え0.0150%以下>
Mg(マグネシウム)は、脱酸元素として添加する場合がある他、スラブの組織を微細化させ、熱間加工性、成型性向上に寄与する元素である。また、Mgは、酸素と化合しやすいため、母相中にMgOやMgO・Al(スピネル)のような酸化物系非金属介在物として析出することが知られている。従来では、MgOは、TiNの核となって、TiNの生成および成長を促進させる酸化物として考えられていたため、鋼中のMg含有量を少なくして溶鋼中に析出するMgOの量を少なくすることが、耐疲労特性を改善する上で望ましいとされていた。しかしながら、本発明者らが析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼における耐疲労特性の改善について鋭意検討を行った結果、鋼中にMgを0.0020%よりも多く含有させた場合でも、鋼中における、Mg含有量をO含有量との関係で適正範囲に限定することによって、Mgの過飽和度を高め、Mg+O→MgOの反応を促進させて、多数個の微細なMgOを溶鋼中に分散析出させることが可能になり、微細に分散析出した多数個のMgOが、TiNの核生成サイトとなってTiNが微細に生成(析出)するため、TiNの成長が抑制され、MgOとTiNの酸窒化物は、溶鋼中に粗大化せずに微細な状態で存在できる結果、耐疲労特性を向上させることができることを見出した。このため、本発明では、Mg含有量を0.0020%超えとし、好ましくは0.0040%以上、より好ましくは0.0060%以上とする。なお、Mg含有量が0.0150%を超えると、溶接性や耐食性が低下する傾向があるため、Mg含有量の上限を0.0150%とした。
【0032】
<N:0.015%以下>
N(窒素)は、Tiとの親和力が大きく、析出硬化元素として働くTi成分の一部を、TiNの生成によって消費することになり、また、N含有量の増加に応じてTiN介在物が大きくなり、疲労強度や靭性を低下させる原因となる。したがって、N含有量は、低いほど好ましいが、過度に低減することはコスト高につながる。このため、本発明では、例えば、溶解(電気炉)、一次精錬(転炉)、二次精錬(AODまたはVOD)および連続鋳造の順に行われる汎用的な大量生産方式において製造した場合であっても達成が容易であるN含有量の範囲とし、具体的には0.015%以下とした。
【0033】
<O:0.0070%以下>
O(酸素)は、酸化物系非金属介在物の構成元素であって、大きな酸化物系非金属介在物が生成すると、鋼の清浄度を悪化させるとともに、表面疵の発生原因となる。このため、O含有量は、低いほど好ましく、具体的には0.0070%以下とした。
【0034】
<残部:Feおよび不可避不純物>
上述した成分以外の残部は、Fe(鉄)および不可避不純物である。ここでいう不可避不純物は、製造工程上、不可避的に含まれうる含有レベルの不純物を意味する。不可避不純物として挙げられる成分としては、例えば、B、V、Nb、Zr、Hf、W、Sn、Co、Sb、Ta、Ga、Bi、REM等が挙げられる。なお、これら不可避不純物の成分含有量は、成分ごとに0.5%以下、不可避不純物の成分の総量で2.0%以下とすればよい。
【0035】
(II)母相中に存在する非金属介在物
本発明の析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼は、母相中に存在する非金属介在物のうち、相当円直径が10μm以上である特定非金属介在物が存在しないか、または、前記特定非金属介在物が存在しても、前記特定非金属介在物の個数密度が0.100個/mm以下であることが必要である。
【0036】
本発明者らが、上記鋼組成を有する析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼について、耐疲労特性を向上させるための検討を行った結果、母相中に存在する非金属介在物のうち、大きなサイズの非金属介在物が多く存在すると、耐疲労特性に悪影響を及ぼすことが判明した。そして母相中に、相当円直径が10μm以上である特定非金属介在物が存在しないか、または、前記特定非金属介在物が存在しても、前記特定非金属介在物の個数密度を0.100個/mm以下になるように制御することによって、耐疲労特性が格段に向上することを見出した。なお、ここでいう「相当円直径」とは、観察面に現れている非金属介在物の粒子の投影面積と等しい面積を有する円の直径に換算した値を意味する。
【0037】
図1は、本発明例(サンプルNo.1~15)のステンレス鋼と比較例(サンプルNo.16~21)のステンレス鋼において測定した、母相中に存在する特定非金属介在物の個数密度(個/mm)と、疲労限界応力(MPa)との関係を示したプロット図であって、図1中に示す、黒丸プロット「●」が本発明例であり、白丸プロット「〇」が比較例である。図1の結果から、上述した各成分を適正範囲で含有する鋼組成を有し、かつ母相中に存在する特定非金属介在物の個数密度が0.100個/mm以下である本発明例のステンレス鋼は、いずれも疲労限界応力が550MPa以上であり、優れた耐疲労特性を有することがわかる。
【0038】
母相中に存在する特定非金属介在物の個数密度を0.100個/mm以下にするには、鋼中における、Mg含有量をO含有量との関係で適正範囲に限定することによって、Mgの過飽和度を高め、Mg+O→MgOの反応を促進させて、多数個の微細なMgOを溶鋼中に分散析出させ、微細な状態で分散析出したMgOが、TiNの核生成サイトとなることによって、TiNも微細な状態で分散析出させるようにすればよい。
【0039】
図2は、鋼組成中のMg含有量が0.0020質量%以下と少ない場合において、溶鋼が凝固する際にMgOを核としてTiNが生成および成長する過程を説明するための概念図であって、図2(a)が溶融温度でMgOを核としてTiNが生成(析出)した状態を示し、また、図2(b)が図2(a)の状態からさらに冷却して溶鋼が凝固開始温度まで降下した状態を示す。また、図3は、鋼組成中のMg含有量が0.0020質量%超え0.0150%以下の範囲である場合において、溶鋼が凝固する際にMgOを核としてTiNが生成および成長する過程を説明するための概念図であって、図3(a)が溶融温度でMgOを核としてTiNが生成(析出)した状態を示し、また、図3(b)が図3(a)の状態からさらに冷却して溶鋼が凝固開始温度まで降下した状態を示す。
【0040】
鋼組成中のMg含有量が0.0020質量%以下と少ない場合、図2(a)に示すように、溶融温度域で溶鋼中に生成(析出)するMgO10の量が少ないため、TiN20が生成する際の核生成サイトとなるMgO10の個数が少なくなることから、図2(b)に示す溶融温度から凝固開始温度まで降下する間に、TiN20´の成長を抑制することができず、TiN20´が単独で成長するか、あるいは、MgO酸化物10´やMgO・Al(スピネル)とともに酸窒化物30´を形成して粗大化する場合があり、粗大化した酸窒化物30´は、非常に硬質なため、熱間圧延や冷間圧延の際にもほとんど破砕されず粗大化したサイズ(例えば、相当円直径が20μm超えのサイズ)のままで母相中に残存することになり、その結果、耐疲労特性に悪影響を及ぼすことが判明した。
【0041】
これに対して、鋼組成中のMg含有量が0.0020質量%超えの範囲とする場合、図3(a)に示すように、溶融温度域で溶鋼中に生成(析出)するMgO1の量が多いため、TiN2が生成する際の核生成サイトとなるMgO1の個数が多くなることから、図3(b)に示す溶融温度から凝固開始温度まで降下する間に、TiN2´が多数個のMgO酸化物1´のそれぞれを核として酸窒化物3´全体の大きさを粗大化せずに分散状態で生成(析出)することができ、母相中に粗大な非金属介在物は存在しにくくなり、その結果、耐疲労特性を格段に向上させることができることも判明した。このため、本発明では、母相中に存在する非金属介在物のうち、相当円直径が10μm以上である非金属介在物が存在しないか、または、前記相当円直径が10μm以上である非金属介在物が存在しても、その個数密度を0.100個/mm以下とした。
【0042】
さらに、本発明では、母相中に存在する特定非金属介在物は、相当円直径が20μm以下であることが好ましい。これによって、耐疲労特性をより一層向上させることができる。
【0043】
(III)母相中に存在する非金属介在物に含まれるMgOの質量割合、および鋼組成中のMgとOの含有量の関係
また、本発明では、相当円直径が10μm以上である特定非金属介在物に含まれる化合物の平均組成成分を分析して得られたAl3、MgOおよびTiの合計質量を100質量%とするとき、MgOの質量割合(%)は、下記に示す式(1)の範囲を満たし、かつ、前記鋼組成中のMgとOの含有量が、下記に示す式(2)および(3)の関係を満たすことが好ましい。
[%MgO]≧80% ・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
[%Mg]/[%O]≧1.5 ・・・・・・・・・・・・(2)
[%Mg]×[%O]≧1.0×10-5 ・・・・・・・・(3)
ただし、式(1)中に示す[%MgO]は、前記相当円直径が10μm以上である非金属介在物に含まれるMgOの質量割合(質量%)を意味し、また、式(2)および式(3)中に示す[%Mg]および[%O]は、それぞれ前記鋼組成中のMgおよびOの含有量(質量%)を意味する。
【0044】
酸化物をTiNの有効な核生成サイトとするには、特定非金属介在物に含まれる化合物の平均組成成分を分析して得られたAl3、MgOおよびTiの合計質量を100質量%とするとき、MgOの質量割合を80%以上([%MgO]≧80)とすることが効果的であることがわかった。すなわち、MgOの質量割合が80%未満だと、有効な核生成サイトとしての効果が足らず、結果として、TiNの成長を抑制できず、粗大化が促進する傾向が認められるからである。
【0045】
図4は、本発明例(サンプルNo.1~15)のステンレス鋼と比較例(サンプルNo.16~21)のステンレス鋼について、母相中に存在する特定非金属介在物に含まれるAl、MgOおよびTiの質量割合を算出して、Al-MgO-Tiの3元系状態図にプロットしたときの結果を示したものである。図4の結果から、耐疲労特性が優れた本発明例(サンプルNo.1~15)のステンレス鋼はいずれも、MgOの質量割合が80%以上([%MgO]≧80%)であることがわかる。なお、MgOの質量割合が80%以上ということは、換言すれば、Al3とTiの合計質量割合が20%以下ということになり、これは、特定非金属介在物が、主としてMgO酸化物で構成されており、MgO・Al(スピネル)の酸化物が含まれる場合は少ないことを意味している。
【0046】
また、[%MgO]≧80%を満たすには、鋼組成中のO含有量に対するMg含有量の比を1.5以上([%Mg]/[%O]≧1.5)とすることが好ましい。[%Mg]/[%O]の値は、O含有量を低減させることで大きくなるが、過度な脱酸は製造コストの増加を招く傾向がある。よって、[%Mg]/[%O]の値は15以下([%Mg]/[%O]≦15)とすることが好ましい。さらに、[%MgO]≧80%を満たすには、二次精錬工程においてスラグ中に含まれるMgO量を、5質量%以上に制御することが好ましい。一方、スラグ中のMgO量が40質量%を超えると、スラグの融点が上昇し流動性が低下するため、精錬反応効率が低下する傾向がある。よって、スラグ中に含まれるMgO量は40質量%以下とすることが好ましい。
【0047】
図5は、本発明例(サンプルNo.1~15)のステンレス鋼と比較例(サンプルNo.16~21)のステンレス鋼について、鋼組成中のMg含有量とO含有量の関係をプロットした図である。図5の結果から、耐疲労特性が優れた本発明例(サンプルNo.1~15)のステンレス鋼はいずれも、鋼組成中のO含有量に対するMg含有量の比を1.5以上([%Mg]/[%O]≧1.5)であることがわかる。
【0048】
さらに、本発明では、MgO酸化物を溶鋼中に多量に分散析出させるには、鋼中に含有するMgをOとの関係で過飽和度を高めることが有効であることが判明した。そして、本発明者らが鋭意検討した結果、鋼組成中のMg含有量とO含有量の積の数値を1.0×10-5以上([%Mg]×[%O]≧1.0×10-5)とすることが、TiNの核生成サイトとして有効なMgOを十分な量(個数)生成させることができる点で好ましいことを見出した。ただし、鋼組成中のMg含有量とO含有量の積の数値を過度に増加させると、鋼の清浄度を悪化させるため、鋼組成中のMg含有量とO含有量の積の数値を10×10-5以下([%Mg]×[%O]≦10×10-5)とすることが好ましい。
【0049】
図5の結果から、耐疲労特性が優れた本発明例(サンプルNo.1~15)のステンレス鋼はいずれも、鋼組成中のMg含有量とO含有量の積の数値が1.0×10-5以上([%Mg]×[%O]≧1.0×10-5)であることがわかる。
【0050】
(IV)耐疲労特性
本発明の析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼は、シェンク式曲げねじり疲労試験において、破断せずに繰返し数が1000万回に達する応力を疲労限界応力とした場合の疲労限界応力が550MPa以上、より好ましくは600MPa以上であるので、耐疲労特性が優れている。なお、析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼の疲労限界応力は、下記のようにして定義される。まず、板厚2.7~3.2mmのステンレス鋼板から切り出した試験片に対し、シェンク式曲げねじり疲労試験機(容量39N・m)を用い、試験波形:正弦波形、試験速度:60Hz、試験環境:室温、大気中、応力比:R=-1(両振り)の条件にてサイクル疲労試験を実施し、1000万(10)回でサンプルが破断しない最大の応力を測定し、この測定した応力を疲労限界応力(MPa)と定義する。
【0051】
(V)本発明の一実施例による析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法
次に、本発明の析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼の好ましい製造方法を以下で説明する。
【0052】
本発明の析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼は、一般的なステンレス鋼の溶製設備を利用して製造することができる。本発明の析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法は、代表的には、溶解工程(電気炉)、一次精錬工程(転炉)、二次精錬工程(AOD(Argon Oxygen Decarburization)またはVOD(Vacuum Oxygen Decarburization))および鋳造工程(連続鋳造またはインゴット鋳造(Ingot Casting))の順に行う場合が挙げられる。以下、ステンレス製鋼用原料を、電気炉で溶解した後に転炉で一次精錬し、次いで、VOD法によって二次精錬を行った後に連続鋳造を行う場合について説明する。
【0053】
溶解工程では、ステンレス製鋼用の原料となるスクラップや合金を電気炉で溶解してステンレス鋼溶銑を生成し、生成したステンレス鋼溶銑が精錬炉である転炉に注銑される。
【0054】
一次精錬工程では、転炉内のステンレス鋼溶銑に酸素を吹精することによって含有されている炭素を除去する粗脱炭処理が行われ、それによりステンレス溶鋼と炭素酸化物及び不純物を含むスラグとが生成する。一次精錬工程で生成したステンレス溶鋼は、溶鋼鍋に出鋼されて二次精錬工程に移され、その際にスラグが除去される。
【0055】
二次精錬工程では、ステンレス溶鋼が溶鋼鍋と共に真空精錬炉である真空脱ガス装置(VOD)に入れられ、仕上げ脱炭処理が行われる。そして、ステンレス溶鋼が仕上げ脱炭処理されることによって、純粋なステンレス溶鋼が生成する。特に、真空脱ガス装置(VOD)では、酸素吹錬により脱炭、脱窒を所定濃度まで行う。この時点の溶鋼は、吹き込んだ酸素が多量に溶存しているため、Al、Ti、Siなどの易酸化元素濃度は、脱酸を
行った後に所定濃度となるよう原料を調整し投入する。Mgの添加は、Ni-MgやSi-Mgなどのマグネシウム合金を用いれば良い。純Mgは、沸点が1091℃と低いため、その他成分の調整等が完了した後に添加するのが、歩留り向上の観点から効果的である。溶鋼中にMgを効果的に含有させて歩留りを向上させる方法としては、例えば、上記マグネシウム合金を鉄皮でくるんで被覆ワイヤとして形成し、この被覆ワイヤを溶鋼中に添加する方法が挙げられる。かかる方法を採用することによって、マグネシウム合金が、溶鋼の上面に存在するスラグ相と反応するのを極力抑えることができ、この結果、溶鋼中にマグネシウムを効果的に含有させることが可能になる。また、上述したように、この二次精錬工程において、スラグ中に含まれるMgO量を調整することが好ましい。
【0056】
鋳造工程は、連続鋳造を常法によって行えばよい。例えば、真空脱ガス装置(VOD)から溶鋼鍋を取り出して連続鋳造装置(CC)にセットし、溶鋼鍋のステンレス溶鋼は、連続鋳造装置に注ぎ込まれ、さらに連続鋳造装置が備える鋳型によって、例えばスラブ状のステンレス鋼片を製造(鋳造)することができる。ただし、N濃度の上昇を抑制するため、溶鋼と大気の接触を極力避けるようにすることが望ましい。具体的にはArガスやパウダーを用いて、タンディッシュ(TD)内の溶鋼をシールし、N濃度の上昇を抑制することが好ましい。
【0057】
その後は、得られたスラブ状のステンレス鋼片に対し、熱間圧延を含む熱間加工を施し、熱延鋼板を得る。熱間圧延の加熱温度は1100~1250℃、熱延鋼板の板厚は、例えば3.0~7.0mmとすればよい。次いで、この熱延鋼板に焼鈍酸洗、冷間圧延、時効処理を施すことにより、耐疲労特性に優れた析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼板を得ることができる。冷間圧延の工程は中間焼鈍工程を含めて複数回行ってもよい。各熱処理の工程後には、必要に応じて酸洗処理が施される。熱処理温度は、例えば900~1100℃、30~150秒、時効処理は、例えば400~600℃、10~80分とすることができる。
【0058】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の概念および特許請求の範囲に含まれるあらゆる態様を含み、本発明の範囲内で種々の態様に改変することができる。
【実施例
【0059】
次に、本発明の効果をさらに明確にするために、本発明例および比較例について説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0060】
<サンプルNo.1~15(本発明例)およびサンプルNo.16~21(比較例)>
まず、ステンレス製鋼用原料を、電気炉で溶解した(溶解工程)。溶解工程では、ステンレス製鋼用の原料となるスクラップや合金を電気炉で溶解してステンレス鋼溶銑を生成し、生成したステンレス鋼溶銑が精錬炉である転炉に注銑され、一次精錬を行う(一次精錬工程)。一次精錬工程では、転炉内のステンレス鋼溶銑に酸素を吹精することによって含有されている炭素を除去する粗脱炭処理が行われ、それによりステンレス溶鋼と炭素酸化物及び不純物を含むスラグとが生成する。次いで、スラグを除去したステンレス溶鋼に、真空脱ガス装置(VOD)によって仕上げ脱炭処理を施す二次精錬を行う(二次精錬工程)。二次精錬工程において、VODでは、酸素吹錬により脱炭、脱窒を所定濃度まで行う。この時点の溶鋼は、吹き込んだ酸素が多量に溶存しているため、Al、Ti、Siなどの易酸化元素濃度は、脱酸を行った後に所定濃度となるよう原料を調整し投入する。加えて、Mgは、Ni-MgやSi-Mgなどのマグネシウム合金を鉄皮でくるんで形成した被覆ワイヤの形で溶鋼中に添加した。次いで、表1に示す鋼組成に成分調整した溶鋼を連続鋳造することによりスラブ状のステンレス鋼片を得た。その後、得られたステンレス鋼片に対し、1100~1250℃の温度で熱間圧延を施し、次いで、900~1100℃、30~150秒の焼鈍を施した後に、酸洗および冷間圧延を施し、その後、400~600℃、10~80分の時効処理を施すことにより、板厚が1.0~3.5mmの析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼板(供試冷延板)を作製した。
【0061】
[評価方法]
上記各供試板を用いて、下記に示す評価を行った。各評価の条件は下記の通りである。
【0062】
[1]非金属介在物の評価
得られた各供試冷延板において、板幅中央部から40mm角の観察用小片を採取し、採取した小片の表面を、#120~#1000番のエメリー研磨紙で研磨した後、ダイヤモンドペーストを用いてバフ研磨を行い鏡面仕上げとした。鏡面仕上げした小片の表面について、エネルギー分散型X線分析装置(EDX)を用い、倍率100倍で1000mmの視野面積を有する視野領域(約32mm×約32mmの正方形領域)にて、任意の400~500箇所を観察した。観察対象は、相当円直径が10μm以上である特定非金属介在物とし、観察された介在物の全体にわたってEDXで分析した。介在物は一体化しているものは1つと見なし、一体化していないが近接する場合は、近接する介在物間の最短距離が近接する介在物の相当円直径の小さい方と比べて短い場合は同一の介在物、長い場合は別の介在物と定義した。なお、分析値はZAF法による補正を行った。特定非金属介在物の個数密度(個/mm)は、視野面積(1000mm)に対する特定非金属介在物の個数にて算出した。また、特定非金属介在物の組成は、以下の計算を行い、Al、MgOおよびTiの合計質量を100質量%としたときの質量割合(質量%)を求めた。まず、EDX分析のN濃度より、特定非金属介在物中のTiN量を理論量論比により求めた。具体的には、「N濃度(分析値)×Ti原子量/N原子量」により、TiNとして存在(消費)するTi濃度をTiとして算出した。次に、Ti濃度(分析値)からTiの数値を減じて、Ti酸化物として存在するTi濃度をTiOX濃度として算出した。次に、EDX分析により求めたAl濃度およびMg濃度とTiOX濃度の数値から、Al、MgOおよびTiに換算した。最後に、Al、MgOおよびTiの合計質量を100質量%としたときのMgOの質量割合(質量%)を求めた。表2に、特定非金属介在物の個数密度(個/mm)、相当円直径が20μm超えである特定非金属介在物の有無および特定非金属介在物中のMgOの質量割合(%)を示す。また、図4のAl-MgO-Tiの3元系状態図に、サンプルNo.1~21における特定非金属介在物中のAl、MgOおよびTiの質量割合をプロットした。
【0063】
[2]耐疲労特性の評価
各供試冷延板から圧延方向を長手方向とする所定寸法の疲労試験片を切り出し、表面および端面を、#600番のエメリー研磨紙にて乾式研磨を施した。続いて、480℃、1時間の熱処理を施し、その後、常温まで空冷した。疲労試験は、シェンク式曲げねじり疲労試験機にて実施した。試験終了は、破断するか、または繰り返し数が1000万回に達したときとし、破断せずに繰り返し数が1000万回に到達したときの応力を疲労限界応力(MPa)とした。なお、試験環境は、室温、大気中とした。耐疲労特性は、疲労限界応力が600MPa以上である場合を優れているとして「◎」とし、疲労限界応力が550MPa以上600MPa未満である場合を良好であるとして「○」とし、そして、疲労限界応力が550MPa未満である場合を劣っているとして「×」として評価した。表2に評価結果を示す。また、サンプルNo.1~21について、母相中に存在する特定非金属介在物の個数密度に対する疲労限界応力をプロットしたものを図1に示す。
【0064】
【表1】
【0065】
【表2】
【0066】
表1および表2ならびに図1および図5に示す結果から、本発明例であるサンプルNo.1~15は、いずれも鋼組成および特定非金属介在物の個数密度が適正範囲であるため、疲労限界応力が550MPa以上であり、耐疲労特性が良好以上であり、特に、サンプルNo.15は、特定非金属介在物が存在せず、また、サンプルNo.2、3、6および9~13はいずれも、相当円直径が10μm以上である非金属介在物の個数密度が0.050個/mm以下と小さいため、疲労限界応力が600MPa以上であり、耐疲労特性が優れていた。一方、比較例であるサンプルNo.16~21は、いずれも特定非金属介在物の個数密度が適正範囲外であるため、疲労限界応力が550MPa未満であり、耐疲労特性が劣っていた。
【0067】
参考のため、本発明例であるサンプルNo.1~15および比較例であるサンプルNo.16~21について、図4のAl-MgO-Tiの3元系状態図にプロットした。
【0068】
図6は、本発明例であるサンプルNo.1のステンレス鋼板中に存在する10μm以上のサイズの非金属介在物の反射電子組成像であって、図6中の黒色に見える部分が、MgO(質量割合:81%)を主体とする酸化物組成Aの部分であり、グレーに見える部分がTiNである。また、図7は、比較例であるサンプルNo.19のステンレス鋼板中に存在する10μm以上のサイズの非金属介在物の反射電子組成像であって、図7中の黒色に見える部分が、MgO(質量割合:49%)だけではなく、MgO・Al(スピネル)などの他の酸化物も多く含む酸化物組成Bの部分であり、グレーに見える部分がTiNである。
【0069】
図6に示す本発明例(サンプルNo.1)の場合、MgO主体の酸化物組成A(図6の黒色部分)の周りに生成しているTiN(図6の灰色部分)の量は少ないことがわかる。一方、図7に示す比較例(サンプルNo.19)の場合、MgOだけではなく、MgO・Al(スピネル)などの他の酸化物も多く含む酸化物組成B(図7の黒色部分)の周りにTiN(図7の灰色部分)が成長していて、粗大な非金属介在物が生成(析出)しているのがわかる。
【符号の説明】
【0070】
1、10 MgO
2、20 TiN
3、30 酸窒化物
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7