(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-31
(45)【発行日】2024-08-08
(54)【発明の名称】表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20240801BHJP
B23B 51/00 20060101ALN20240801BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23B51/00 J
(21)【出願番号】P 2022511773
(86)(22)【出願日】2021-03-12
(86)【国際出願番号】 JP2021010128
(87)【国際公開番号】W WO2021200042
(87)【国際公開日】2021-10-07
【審査請求日】2023-10-06
(31)【優先権主張番号】P 2020059802
(32)【優先日】2020-03-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【氏名又は名称】木村 孔一
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【氏名又は名称】影山 秀一
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 峻
【審査官】小川 真
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-49454(JP,A)
【文献】特開2008-173701(JP,A)
【文献】特開2010-137348(JP,A)
【文献】特表2019-528183(JP,A)
【文献】特開2011-161590(JP,A)
【文献】特開2020-146777(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23B 51/00
B23C 5/16
C23C 14/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
工具基体と該工具基体の表面に被覆層を有する表面被覆切削工具であって、
1)前記被覆層の平均層厚は0.5~8.0μmであって、前記工具基体の側から工具表面に向かって、順に、下部層、中間層、上部層を有し、
2)0.1~4.0μmの平均層厚である前記下部層は、その平均組成を組成式:(Al
1-xCr
x)Nで表したとき、前記xが0.20~0.60であるA層から構成され、
3)0.1~4.0μmの平均層厚である前記中間層は、その平均組成を組成式:(Al
1-a-bCr
aSi
b)Nで表したとき、前記aが0.20~0.60、前記bが0.01~0.20であるB層から構成され、
4)前記B層は隣接する極大値と極小値との平均間隔が1~100nmであるSi濃度の繰返し変化を有し、
前記Si濃度の前記極大値の平均値をSi
maxとしたとき、1.0<Si
max/b≦2.0であり、かつ、
前記Si濃度の前記極小値の平均値をSi
minとしたとき、0.0≦Si
min/b<1.0であり、
5)0.1~4.0μmの平均層厚である前記上部層は、その平均組成を組成式:(Ti
1-α-βSi
αW
β)Nで表したとき、前記αが0.01~0.20、前記βが0.01~0.10であるC層から構成され、
6)前記C層は隣接する極大値と極小値との平均間隔が1~100nmであるW濃度の繰返し変化を有し、
前記W濃度の前記極大値の平均値をW
maxとしたとき、1.0<W
max/β≦2.0であり、かつ、
前記W濃度の前記極小値の平均値をW
minとしたとき、0.0≦W
min/β<1.0
であることを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記中間層が、前記B層と前記A層との交互積層であってその平均層厚が0.5~4.0μmのD層であり、該D層には2以上の前記B層が含まれていることを特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記中間層と前記上部層との間に0.1~2.0μmの平均層厚である密着層を有し、前記密着層は、その組成を組成式:(Al
1-k-l-m-nTi
kCr
lSi
mW
n)Nで表したとき、前記kが0.20~0.65、前記lが0.10~0.35、前記mが0.00を超えて0.15以下、前記nが0.00を超えて0.05以下のE層から構成され、
前記E層は、隣接する極大値と極小値の平均間隔が1~100nmであるSi濃度の繰返し変化を有し、
前記Si濃度の前記極大値の平均値をSi
max(E)としたとき、1.0<Si
max(E)/m≦2.0であり、かつ、
前記Si濃度の前記極小値の平均値をSi
min(E)としたとき、0.0≦Si
min(E)/b<1.0であること
を特徴とする請求項1または2に記載の表面被覆切削工具。
【請求項4】
前記被覆層を構成する各層には、岩塩型立方晶構造を有する結晶粒が含まれ、
前記A層および前記B層のそれぞれから得られるX線回折ピークを総括して求めたとき、200回折線のピークの半値全幅が0.2~1.0度であり、前記回折線のピーク強度をI
AB200、同111回折線のピーク強度をI
AB111としたとき、0.5<I
AB200/I
AB111<10.0であり、
前記C層の200回折線のピーク強度をI
C200、同111回折線のピーク強度をI
c111としたとき、0.5<I
C200/I
C111<10.0であること
を特徴とする請求項1~3のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面被覆切削工具(以下、被覆工具ということがある)に関するものである。本出願は、2020年3月30日に出願した日本特許出願である特願2020-59802号に基づく優先権を主張する。当該日本特許出願に記載されたすべての記載内容は、参照によって本明細書に援用される。
【背景技術】
【0002】
近年の切削加工装置の高性能化はめざましく、一方で切削加工に対する省力化および省エネ化、さらに低コスト化の要求は強く、これに伴い、切削加工条件はより厳しいものとなっている。
【0003】
被覆工具として、AlとCrの複合窒化物層からなる硬質被覆層を、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金等の工具基体の表面に、アークイオンプレーティング法により、被覆形成した被覆工具が知られている。
そして、被覆工具の切削性能を改善するために、多くの提案がなされている。
【0004】
例えば、特許文献1には、第1被覆層および第2被覆層が被覆され、前記第1被覆層は、(AlaCr1-a-bSib)cNd(50≦a≦70、0≦b<15、0.85≦c/d≦1.25)であり、前記第2被覆層は、(Ti1-eSie)fNg(1≦e≦20、0.85≦f/g≦1.25)であり、前記第1被覆層と前記第2被覆層のX線回折における(200)面の面間隔(nm)を夫々、d1およびd2としたときに、0.965≦d1/d2≦0.990である被覆工具が提案されており、該被覆工具は、厚膜化した被覆層における圧縮応力の低減と密着性が確保され、耐摩耗性が向上しているとされている。
【0005】
また、特許文献2には、被覆層が、工具基体側に被覆された被覆層1および表面側に被覆された被覆層2で構成され、該被覆層1の組成は(AlaCr1-a)1-xNx(0.50≦a<0.70、0.48≦x≦0.52)で表され、該被覆層1のX線回折における111回折線の半価幅をW1(度)としたとき、0.7≦W1≦1.1であり、111回折のピーク強度Ir、200回折線のピーク強度Is、および220回折線のピーク強度Itとしたとき、0.3≦Is/Ir<1.0、および0.3≦It/Ir<1であり、該被覆層2の組成は、(Ti1-bSib)1-yNy(0.01≦b≦0.25、および0.48≦y≦0.52)で表され、該被覆層2のX線回折における111回折線の半価幅をW2(度)としたとき、0.6≦W2≦1.1であり、111回折線のピーク強度Iu、200回折線のピーク強度Iv、および220回折線のピーク強度Iwとしたとき、0.3≦Iv/Iu<1、および0.3≦Iw/Iu<1.0であり、該被覆層1と該被覆層2は共に面心立方構造を形成し、X線回折における111回折線の面間隔(nm)を夫々、a1およびa2としたときに、0.970≦a1/a2≦0.980である被覆工具が提案され、該被覆工具は、工具基体と被覆層との密着強度を確保することができ耐摩耗性に優れるとされている。
【0006】
さらに、特許文献3には被覆層は第一被覆層と第二被覆層とが交互に各2層以上積層して成る多層皮膜層を含み、前記第一被覆層は、Al(100-x-y-z)Cr(x)V(y)B(z)からなる窒化物皮膜(20≦x≦40,2≦y≦15,2≦z≦15)であり、前記第二被覆層は、Ti(100-v-w)Cr(v)Si(w)からなる窒化物皮膜(5≦v≦30,5≦w≦30)であり、前記第一被覆層および前記第二被覆層の夫々一層当りの層厚は1~20nmに設定され、前記第一被覆層の成分と前記第二被覆層の成分とが混在した組織を有する混在組織部が存在し、この混在組織部の面積が前記多層皮膜層の断面積の5~80%である被覆工具が提案されており、該被覆工具は、高硬度焼入鋼の切削において優れた耐摩耗性を示すとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2011-93085号公報
【文献】特開2012-45650号公報
【文献】特許第5087427号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、前記事情や前記提案を鑑みてなされたものであって、切刃に高負荷が作用する高負荷切削加工、例えば、炭素鋼、合金鋼、ステンレス鋼等の被削材の高速高送り深穴ドリル加工(例えば、小径ドリルあるいは小径ロングドリルによる加工)で、被覆層が優れた耐チッピング性、耐欠損性を有し、長期の使用にわたって優れた耐摩耗性および耐折損性を示す被覆工具を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の実施形態に係る表面被覆切削工具は、
1)工具基体と該工具基体の表面に被覆層を有し、
2)前記被覆層の平均層厚は0.5~8.0μmであって、前記工具基体の側から工具表面に向かって、順に、下部層、中間層、上部層を有し、
3)0.1~4.0μmの平均層厚である前記下部層は、その平均組成を組成式:(Al1-xCrx)Nで表したとき、前記xが0.20~0.60であるA層から構成され、
4)0.1~4.0μmの平均層厚である前記中間層は、その平均組成を組成式:(Al1-a-bCraSib)Nで表したとき、前記aが0.20~0.60、前記bが0.01~0.20であるB層から構成され、
5)前記B層は隣接する極大値と極小値との平均間隔が1~100nmであるSi濃度の繰返し変化を有し、
前記Si濃度の前記極大値の平均値をSimaxとしたとき、1.0<Simax/b≦2.0であり、かつ、
前記Si濃度の前記極小値の平均値をSiminとしたとき、0.0≦Simin/b<1.0であり、
6)0.1~4.0μmの平均層厚である前記上部層は、その平均組成を組成式:(Ti1-α-βSiαWβ)Nで表したとき、前記αが0.01~0.20、前記βが0.01~0.10であるC層から構成され、
7)前記C層は隣接する極大値と極小値との平均間隔が1~100nmであるW濃度の繰返し変化を有し、
前記W濃度の前記極大値の平均値をWmaxとしたとき、1.0<Wmax/β≦2.0であり、かつ、
前記W濃度の前記極小値の平均値をWminとしたとき、0.0≦Wmin/β<1.0
である。
【0010】
さらに、前記実施形態に係る表面被覆切削工具は、以下の(1)~(3)の1または2以上を満足してもよい。
【0011】
(1)前記中間層が、前記B層と前記A層との交互積層であってその平均層厚が0.5~4.0μmのD層であり、該D層には2以上の前記B層が含まれていること。
【0012】
(2)前記中間層と前記上部層との間に0.1~2.0μmの平均層厚である密着層を有し、前記密着層は、その組成を組成式:(Al1-k-l-m-nTikCrlSimWn)Nで表したとき、前記kが0.20~0.65、前記lが0.10~0.35、前記mが0.00を超えて0.15以下、前記nが0.00を超えて0.05以下のE層から構成され、
前記E層は、隣接する極大値と極小値の平均間隔が1~100nmであるSi濃度の繰返し変化を有し、
前記Si濃度の前記極大値の平均値をSimax(E)としたとき、1.0<Simax(E)/m≦2.0であり、かつ、
前記Si濃度の前記極小値の平均値をSimin(E)としたとき、0.0≦Simin(E)/b<1.0であること。
【0013】
(3)前記被覆層を構成する各層には、岩塩型立方晶構造を有する結晶粒が含まれ、
前記A層および前記B層のそれぞれから得られるX線回折ピークを総括して求めたとき、200回折線のピークの半値全幅が0.2~1.0度であり、前記回折線のピーク強度をIAB200、同111回折線のピーク強度をIAB111としたとき、0.5<IAB200/IAB111<10.0であり、
前記C層の200回折線のピーク強度をIC200、同111回折線のピーク強度をIc111としたとき、0.5<IC200/IC111<10.0であること。
【発明の効果】
【0014】
前記によれば、切れ刃に高負荷が作用する炭素鋼、合金鋼、ステンレス鋼等の高負荷切削加工においても、優れた耐チッピング性、耐欠損性、耐摩耗性を発揮する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の一実施形態に係る表面被覆切削工具の被覆層の縦断面を模式的に示す図である。
【
図2】本発明の一実施形態に係る表面被覆切削工具の被覆層の縦断面において、Si濃度の繰返し変化を模式的に示す図である。
【
図3】本発明の他の実施形態に係る表面被覆切削工具の被覆層の縦断面を模式的に示す図である。
【
図4】本発明のさらに他の実施形態に係る表面被覆切削工具の被覆層の縦断面を模式的に示す図である。
【
図5】実施例において、被覆層の形成に用いたアークイオンプレーティング(AIP)装置の概略平面図である。
【
図6】
図5のアークイオンプレーティング装置の概略正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者は、前記特許文献1~3に提案されている被覆工具について、検討を行った。その結果、これら被覆工具を鋼や鋳鉄の通常条件での切削加工に用いた場合には格別問題は生じないが、切刃に高負荷が作用する過酷な切削加工条件(高負荷切削加工)で用いた場合には、チッピング、欠損等が発生しやすく、十分な耐摩耗性を発揮することができず、比較的短時間で使用寿命に至ること、例えば、ドリル(特に、小径ドリルあるいは小径ロングドリル)として使用したときには、溶着の発生、切りくず詰まりの発生等により切削抵抗が増大するため、ドリルの折損によって使用寿命に至る場合もあることを認識した。
【0017】
具体的には、本発明者は、前記特許文献1で提案されている(Al,Cr,Si)N層と(Ti,Si)N層の複合窒化物層を積層した硬質被覆層は、高硬度で耐酸化性、耐摩耗性に優れるが、高速高送り深穴ドリル加工のように切れ刃に連続的な高負荷が作用する切削加工に供した場合には、耐チッピング性、耐欠損性が低下するという問題を認識した。
【0018】
また、本発明者は、前記特許文献2で提案されている被覆工具についても、切れ刃に連続的な高負荷が作用する切削加工に供した場合には、耐チッピング性、耐欠損性が低下するという問題を認識した。
【0019】
さらに、本発明者は、前記特許文献3で提案されている(Al,Cr,V,B)N層と(Ti,Cr,Si)N層の交互積層構造からなる被覆層を備えた被覆工具は、高硬度被削材の切削加工で優れた耐摩耗性を示すが、切刃に高負荷が作用する過酷な切削加工条件で用いた場合には、チッピング発生、欠損発生を避けることができず、これが原因で工具寿命が短命となるという問題を認識した。
【0020】
そこで、本発明者は、これらの認識を基にして、鋭意検討を重ねた結果、次のような(1)~(2)の知見を得た。
【0021】
(1)前記特許文献1で提案されている(Al,Cr,Si)N層は、該層を構成する成分であるAlが高温硬さと耐熱性を向上させ、Crは高温強度を向上させると共に、CrとAlが共存含有した状態で高温耐酸化性を向上させる作用があり、また、Siは耐熱性を向上させる作用を有するが、Si成分によって、(Al,Cr,Si)N層の格子歪みが大きくなるために、切刃に高負荷が作用した際、(Al,Cr,Si)N層はこれに耐え得る十分な靱性を備えておらず、そのため、チッピング、欠損を発生しやすいこと。
【0022】
(2)特に、被覆層を、(Al,Cr,Si)N層と他の硬質層との積層構造として形成したときには、(Al,Cr,Si)N層自体の靱性の低さに加え、他の硬質層との積層界面の格子不整合による大きな歪が発生するため、被覆層全体としての靱性が一段と低下し、チッピング、欠損の発生を避けることはできないこと。
【0023】
そこで、本発明者は、(Al,Cr,Si)N層について更に検討を重ねた。その結果、同層の成分含有量の調整および成分の分布状態を調整することによって、格子歪みが発生しにくいようにするとともに、かつ、工具基体および(Al,Cr,Si)N層のいずれに対しても密着性のよい他の硬質層を発見した。
【0024】
すなわち、同層と、AlとCrの複合窒化物(以下、(Al,Cr)Nで表すことがある)層、および、TiとSiとWの複合窒化物(以下、(Ti,Si,W)Nで示すことがある)層)との積層構造を採用することにより、被覆層に必要とされる付着強度を向上させつつ、被覆層全体としての高靱性化を図り、高負荷が作用する切削加工条件であっても、耐チッピング性、耐欠損性および耐摩耗性に優れ、さらに、耐折損性にも優れた被覆工具が得られることを知見したのである。
【0025】
以下では、本発明の実施形態に係る被覆工具について詳細に説明する。
なお、本明細書および特許請求の範囲において、数値範囲を「L~M」(L、Mは共に数値)で表現するときは、その範囲は上限値(M)および下限値(L)を含んでおり、上限値(M)と下限値(L)の単位は同じである。
【0026】
I.
図1に示す実施形態
図1は、本発明の一実施形態に係る表面被覆切削工具の被覆層の縦断面(インサート等では工具基体の表面の微小な凹凸を無視し、平坦な面として扱ったときの、この面に垂直な断面。または、ドリルのような軸物工具では、軸に対して垂直な断面)を模式的に示す。そこで、まず、
図1に示す実施形態について説明する。
【0027】
1.被覆層
図1に示す実施形態では、被覆層として、下部層(2)、中間層(3)、上部層(4)を工具基体(1)の側から工具表面に向かって順に有しており、それらは、それぞれ、A層(10)、B層(11)、C層(12)から構成される。以下、順に説明する。
【0028】
被覆層の平均層厚、すなわち、下部層、中間層、上部層の合計の平均層厚は、0.5~8.0μmであることが好ましい。その理由は、0.5μm未満では長期の使用にわたって被覆層が優れた耐摩耗性を発揮することができず、一方、8.0μmを超えると、上部層にチッピング、欠損、剥離等の異常損傷が発生しやすくなるためである。
被覆層の平均層厚は1.0~6.0μmがより好ましい。
【0029】
(1)下部層
下部層は、所定組成の(Al,Cr)N層であるA層により構成される。この(Al,Cr)N層は、Alにより下部層の高温硬さと耐熱性が向上し、Crにより下部層の高温強度と潤滑性を向上し、さらに、AlとCrの共存により下部層の耐酸化性、耐摩耗性が、それぞれ、向上する。
【0030】
A層の平均組成を組成式:(Al1-xCrx)Nで表したとき、前記xが0.20~0.60であることが好ましい。
その理由は、xが0.20未満では、下部層の高温強度が低下するため被覆層の耐チッピング性の劣化を招き、また、相対的なAl含有割合の増加により、六方晶構造の結晶粒が出現することによって下部層の硬さが低下し、被覆層の耐摩耗性も低下するためであり、一方、xが0.60を超えると、相対的なAl含有割合の減少により、下部層が十分な高温硬さと耐熱性を確保することができなくなり、被覆層の耐摩耗性が低下するためである。
xの値に関して、より好ましい範囲は0.25~0.50である。
【0031】
また、下部層としてのA層の平均層厚は、0.1~4.0μmが好ましい。その理由は、以下のとおりである。
A層の平均層厚が0.1μm未満では工具基体との十分な密着力が確保できず、一方で、4.0μmを超えるとA層内の歪みが大きくなり、A層と工具基体との間でチッピング、剥離等の異常損傷をしやすくなってA層がもたらす密着層としての働きを発揮できなくなるためである。平均層厚は0.1~2.0μmがより好ましい。
【0032】
なお、後述する製造法の一例に従えば、(Al,Cr)とNとの比は、1:1となるように製造されるが、不可避的に(意図せずに)1:1とならないものが存在することがある。このことは、以下で述べる他の複合窒化物についても同様である。
【0033】
(2)中間層
中間層は、所定組織の(Al,Cr,Si)NであるB層から構成される。この(Al,Cr,Si)Nは、(Al,Cr)Nと同様に、Crが中間層の高温強度、潤滑性を向上させ、さらには、耐チッピング性も向上させる。そして、CrとAlが共存することにより、中間層の高温耐酸化性と耐摩耗性が向上する。
【0034】
また、Siは、耐熱性、耐熱塑性変形性を向上する作用を有するが、同時に、中間層の格子歪を増加し、その結果、中間層の耐チッピング性を低下させてしまうため、後述する濃度の繰返し変化を与える。
【0035】
B層からなる中間層の平均層厚は、0.1~4.0μmであることが好ましい。その理由は、平均層厚が0.1μm未満では、被覆層が長期にわたる十分な耐摩耗性を発揮することができず、一方、4.0μmを超えると、被覆層がチッピング、欠損、剥離等の異常損傷を発生しやすくなるからである。また、B層からなる中間層の平均層厚は0.1~2.0μmがより好ましい。
【0036】
B層の平均組成を組成式:(Al1-a-bCraSib)Nで表したとき、前記aが0.20~0.60、前記bが0.01~0.20であることが好ましい。
その理由は、以下のとおりである。
【0037】
前記aの値が0.20未満では、B層の高温強度が低下するため被覆層の耐チッピング性の劣化を招き、また、相対的なAl含有割合の増加により、B層に六方晶構造の結晶粒が出現することによってその硬さが低下し、被覆層の耐摩耗性も低下する。一方、aの値が0.60を超えると、相対的なAl含有割合の減少により、B層が十分な高温硬さと耐熱性を確保することができなくなり、被覆層の耐摩耗性が低下する。aの値について、より好ましい範囲は、0.25~0.50である。
【0038】
前記bの値が0.01未満では、B層における耐熱性、耐熱塑性変形性を向上させる働きは少なく、一方、bの値が0.20を超えると、耐摩耗性向上の働きが低下するようになると同時に、B層の格子歪みが増加するため、B層自体の靭性が低下し、その結果、被覆層の高負荷切削加工条件下での耐チッピング性、耐欠損性が低下する。bの値について、より好ましい範囲は、0.01~0.15である。
【0039】
ここで、B層における格子歪の緩和を図り、被覆層の耐チッピング性、耐欠損性の低下を抑制するために、本実施形態では、Si濃度の繰返し変化を有する構造を形成させている。
【0040】
すなわち、格子歪をより確実に低減させるために、Si濃度について隣接する極大値と極小値を与える間隔の平均値、すなわち、工具基体の表面に垂直な方向(層厚方向:後述する「III.測定方法」において説明する)における平均間隔が1~100nmとなるSi濃度の繰返し変化があることが好ましい。この繰返し変化により、A層とB層との間の急激なSi含有量変化が抑制され、格子歪をより確実に低減して、その結果、両層の密着性が高まり、被覆層の剥離等の発生が防止され耐チッピング性、耐欠損性が向上すると推定される。
【0041】
図2は、縦軸をSiの濃度([Si])、横軸を工具基体の表面に垂直な方向の位置(X)とし、Si濃度の繰返し変化の一例を模式的に示す図である。
図2では、極大値、極小値のそれぞれが同じ値であり、隣接する極大値と極小値の間隔も同じであるが、本明細書および特許請求の範囲でいうSi濃度の繰返し変化とは、Si濃度が極大値と極小値を交互にとるように変化すればよく、極大値および極小値が、それぞれ、同じ値であっても同じ値でなくてもよく、隣接する極大値と極小値の間隔(D)も同じであっても、異なっていてもよい。
【0042】
ここで、Si濃度について隣接する極大値と極小値の平均間隔を1~100nmとする理由は、平均間隔が1nm未満になると、急激にSi含有量が変化することになるため、格子歪みが局所的に大きくなり、被覆層の耐チッピング性が低下し、一方で、平均間隔が100nmを超えるとSi含有量の多い、すなわち格子歪みの大きい領域が広くなるため、その領域を起点としてチッピングが発生しやすくなり、被覆層の耐チッピング性が低下するためである。繰返し変化の平均間隔について、より好ましい範囲は、5~50nmである。
【0043】
また、Si成分の濃度の極大値の平均値をSimaxとしたとき、1.0<Simax/b≦2.0であり、また、Si成分の濃度の極小値の平均値をSiminとしたとき、0.0≦Simin/b<1.0であることが好ましい。ここで、bは、B層の組成式におけるSiの平均組成bである。
【0044】
Si成分の濃度の極大値の平均値とbとの比Simax/bおよび極小値の平均値とbとの比Simin/bを前記のように定めた理由は、Simax/bが1.0を超え、また、Simin/bが1.0未満であればSi濃度の繰返し変化による格子歪の低減は得られるものの、Simax/bが2.0を超えると組成の変化幅が大きくなり、急激なSi成分の変化が生じて被覆層の耐チッピング性が低下してしまうためである。
Simax/b、Simin/bのより好ましい範囲は、1.2<Simax/b≦2.0、0.0≦Simin/b<0.8である。
【0045】
ここで、Si濃度の繰返し変化を有する第2層におけるSiの極大値を与える位置とこれに隣接する極小値を与える位置の平均間隔は、第2層の工具基体の縦断面において、工具基体の表面に垂直な方向(層厚方向:後述する「III.測定方法」において説明する)にSiの含有割合を測定し、公知の測定ノイズ除去を行ってグラフ化することにより求められる。
【0046】
すなわち、
図2に示すようにSi濃度の繰返し変化を示す曲線に対して、この曲線を横切る直線(m)を引く。この直線(m)は、前記曲線に囲まれた領域の面積が直線(m)の上側と下側とで等しくなるように引いたものである。そして、この直線(m)がSi濃度の繰返し変化を示す曲線を横切る領域毎に、Si成分の濃度の極大値または極小値を求めるとともに、両者の間隔を測定し、複数箇所におけるこの測定値を平均することによって、第2層におけるSi濃度の繰返し変化の平均間隔を求める。
【0047】
また、Siの濃度の極大値の平均値SimaxおよびSiの濃度の極小値の平均値Siminについては、複数箇所で求めたSi成分の濃度の極大値およびSi成分の濃度の極小値の測定値を平均することによって算出する。
【0048】
(3)上部層
上部層は、所定組成の(Ti,Si,W)NであるC層から構成される。
この上部層は、Tiを主成分とし、Si成分を含有することによって、耐酸化性、耐熱塑性変形性が向上することに加え、W成分を含有することによって、さらに高温強度が向上し、被覆層の耐摩耗性が向上するものである。
【0049】
この上部層の平均層厚は0.1~4.0μmであることが好ましい。平均層厚をこの範囲とする理由は、例えば、高負荷切削条件下において、被覆層の耐チッピング性、耐欠損性、耐摩耗性をより向上させることができるためである。平均層厚について、より好ましい範囲は、0.1~2.0μmである。
【0050】
このC層の平均組成は、組成式:(Ti1-α-βSiαWβ)Nで表したとき、αが0.01~0.20、βが0.01~0.10であることが好ましい。
【0051】
αをこの範囲とする理由は、0.01未満では、C層の耐酸化性、耐熱塑性変形性の向上は少なく、一方、αが0.20を超えると格子歪が増大し、高負荷切削条件ではC層が自壊しやすくなるためである。
【0052】
また、βをこの範囲とする理由は、0.01未満では、C層がもたらす高温での強度向上の効果が小さく、一方、βが0.10を超えると格子歪みが増大し、高負荷切削におけるC層の耐チッピング性が低下するためである。
【0053】
さらに、W濃度は、隣接する極大値と極小値との平均間隔が1~100nmとなる繰返し変化を有し、前記W濃度の極大値の平均値をWmaxとしたとき1.0<Wmax/β≦2.0であり、前記W濃度の極小値の平均値をWminとしたとき0.0≦Wmin/β<1.0であることが好ましい。ここで、βはC層の組成式におけるWの平均組成βである。
【0054】
ここで、隣接する極大値と極小値との平均間隔として1~100nmが好ましい理由は、平均間隔が1nm未満になると急激にW含有量が変化することになるため、C層において、格子歪みが局所的に大きくなり、被覆層の耐チッピング性が低下し、一方、100nmを超えるとW含有量の多い、すなわち表面層の格子歪みの大きい領域が広くなるため、その領域を起点としてチッピングしやすくなり、被覆層の耐チッピング性が低下するためである。繰返し変化の平均間隔について、より好ましい範囲は、5~50nmである。
【0055】
また、W濃度の極大値の平均値とβとの比Wmax/βと極小値の平均値とβとの比Wmin/βを前記範囲とした理由は、Wmax/βが1.0を超え、Wmin/βが1.0未満であれば組成が繰返し変化することによるC層の格子歪の低減は得られるものの、Wmax/βが2.0を超えると組成の変化幅が大きくなり、急激なW成分の変化が生じることで被覆層の耐チッピング性が低下してしまうためである。Wmax/βとWmin/βのより好ましい範囲は、1.2<Wmax/β≦2.0、0.0≦Wmin/β<0.8である。
【0056】
なお、W濃度の繰返し変化について、その平均間隔、W
maxとW
minの決定は、
図2をもとに説明したSi濃度の繰返し変化と同様である。すなわち、
図2において、SiをWに置き換えればよい。
【0057】
(4)岩塩型立方晶構造(NaCl型面心立方構造)の結晶粒
A層、B層、C層を構成する結晶粒はNaCl型面心立方構造であることが好ましい。なお、これら層には、工業的な生産に当たり不可避的(意図しない)量のNaCl型面心立方構造以外の結晶構造を有する結晶粒が存在してもよい。
【0058】
(5)XRDパターン
また、A層とB層を総括した層に対して、各層を構成する岩塩型立方晶構造の結晶粒についてX線回折を行って求めた200回折線のピークの半値全幅が0.2~1.0度であり、前記回折線のピーク強度をIAB200、同111回折線のピーク強度をIAB111としたとき、0.5<IAB200/IAB111<10.0であり、
また、C層についてX線回折を行うことによって求めたC層の200回折線のピーク強度をIC200、同111回折線のピーク強度をIc111としたとき、0.5<IC200/IC111<10.0であることがより好ましい。
さらに好ましい範囲としては0.5<IAB200/IAB111<5.0、0.5<IC200/IC111<5.0である。
【0059】
その理由は、定かではないところがあるが、次のように考えている。
X線回折ピーク強度IAB200の半値全幅が0.2度未満であると、結晶粒が粗粒化するため、クラックが粒界を通って伝播しやすくなり耐チッピング性が低下し、一方、1.0度を超えると結晶が微細化し、十分な結晶性を維持できなくなるため、耐摩耗性が低下すると推察している。また、半値全幅を前記範囲にすることでA層とB層をそれぞれ構成する結晶の格子定数の差が小さくなり、A層とB層の積層界面における格子不整合による歪が低下するため、耐チッピング性が向上すると推察される。
【0060】
IAB200/IAB111が0.5以下であると、最密面である(111)面配向が強いことから耐チッピング性が低下し、一方、10.0以上であると、(200)配向が極端に強くなるため耐摩耗性が低下すると推察している。
【0061】
さらに、IC200/IC111が0.5以下であると、最密面である(111)面配向が強いことから耐チッピング性が低下し、一方、10.0以上であると、(200)配向が極端に強くなるため耐摩耗性が低下するためと推察している。
【0062】
ここで、A層およびB層のX線回折ピークを総括するとは、A層とB層についてのX線回折に際し、A層単独、あるいは、B層単独ではなく、A層とB層が重なりあった状態で測定されて求められるX線回折ピークをいう。
【0063】
2.工具基体
(1)材質
材質は、従来公知の工具基体の材質であれば、前述の目的を達成することを阻害するものでない限り、いずれのものも使用可能である。一例をあげるならば、超硬合金(WC基超硬合金、WCの他、Coを含み、さらに、Ti、Ta、Nb等の炭窒化物を添加したものも含むもの等)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの等)、セラミックス(炭化チタン、炭化珪素、窒化珪素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウムなど)、cBN焼結体、またはダイヤモンド焼結体のいずれかであることが好ましい。
【0064】
(2)形状
工具基体の形状は、切削工具として用いられる形状であれば特段の制約はなく、インサートの形状、ドリルの形状が例示できる。
【0065】
3.製造方法
本実施形態の製造方法は、例えば、次のようなPVD法による成膜方法を示すことができる。
【0066】
(1)下部層
例えば、
図5、6に示すアークイオンプレーティング(AIP)装置を用いて、窒素雰囲気下で、回転テーブル上(25)に工具基体(26)を装着し、自転する工具基体の表面に対し、Al-Cr合金ターゲット(23)とアノード電極(20)との間にアーク放電を発生させて、所定の平均層厚のA層から構成される下部層を成膜する。
【0067】
(2)中間層
例えば、前述のアークイオンプレーティング装置内の回転テーブル(25)上に、下部層をその表面に形成した工具基体(26)に対して、Al-Cr-Si合金ターゲット(22)とAl-Cr合金ターゲット(23)からの同時蒸着を行うことにより、中間層を構成するB層にSi濃度の繰返し変化を形成することができる。
【0068】
ここで、ターゲットとしてAl-Cr-Si合金ターゲットのみを用いた単一ターゲットの場合であっても、回転テーブルの回転周期やアーク放電時の窒素圧力、バイアス電圧、装置内温度などの成膜条件を適正に設定することによりSi濃度の繰返し変化を形成することができ、これにより本実施形態の被覆層を形成することもできる。
【0069】
単一ターゲットによるSi濃度の繰返し変化の形成は成膜中に生じる装置内の元素分布により形成されることから、例えば、窒素圧力を増加させると元素ごとの平均自由工程の差が大きくなって、Si濃度の繰返し変化が形成されやすくなり、バイアス電圧や装置内温度の上昇により工具基体温度を増加させた場合は、被覆層の中で原子拡散がしやすくなるため、Si濃度の繰返し変化は形成されにくくなる。なお、単一ターゲットを用いた場合、Si濃度の繰返し変化と結晶性などの被覆層の特性を別個に制御するには限界がある。
【0070】
このため、Al-Cr-Si合金ターゲットとAl-Cr合金ターゲットからの同時蒸着を行う方が、積極的にSi濃度の繰返し変化を形成させつつ結晶性などの特性を制御することが容易にでき、より確実に本実施形態の被覆層を形成することができる。
【0071】
なお、A層とB層を成膜するアークイオンプレーティング条件のうちの、例えば、アーク電流、バイアス電圧、反応ガス圧、成膜温度を調整することによって、IAB200/IAB111の値を所定の範囲に制御することができる。
【0072】
(3)上部層
例えば、前述のアークイオンプレーティング装置内の回転テーブル(25)上に、下部層および中間層をその表面に形成した工具基体(26)に対して、二つの異なる組成のTi-Si-W合金ターゲット(21)を設けておき、同時蒸着を行うことにより、C層にW濃度の繰返し変化を形成することができる。もちろん、B層におけるSi濃度の繰返し変化の形成のところで述べたように、同一組成のTi-Si-W合金ターゲットのみを用いて、成膜条件の調整によってW濃度の繰返し変化を形成することもできる。
【0073】
なお、C層を成膜するアークイオンプレーティング条件のうちの、例えば、アーク電流、バイアス電圧、反応ガス圧、成膜温度を調整することによって、IC200/IC111の値を所定の範囲に制御することができる。
【0074】
II.
図3に示す実施形態
図3は、本発明の他の実施形態に係る表面被覆切削工具の被覆層の縦断面を模式的に示す。そこで、
図3に示す実施形態について説明する。
なお、
図1に示す実施形態と説明が重複する箇所の説明は詳細には行わない。
【0075】
1.被覆層
図3に示す実施形態では、被覆層として、下部層(2)、中間層(3’)、上部層(4)を工具基体(1)の側から工具表面に向かって順に有しており、下部層(2)がA層(10)によって、上部層(4)がC層(12)によって、それぞれ、構成されている点は
図1に示す実施形態と同じである。本実施形態では、中間層(3’)がA層(10)とB層(11)との交互積層であるD層(13)から構成されている。なお、A層(10)とB層(11)の積層数は、
図3に示されたものに限らない。
【0076】
(1)中間層
本実施形態では、中間層がA層とB層の交互積層であるD層から構成されている。D層の平均層厚は、0.5~4.0μmであることが好ましい。その理由は、平均層厚が0.5μm未満では、被覆層が長期にわたる十分な耐摩耗性を発揮することができず、一方、4.0μmを超えると、被覆層がチッピング、欠損、剥離等の異常損傷を発生しやすくなるからである。また、D層中においては、A層とB層の平均層厚はそれぞれ0.1~1.5μmであることが好ましい。
【0077】
D層の最も工具基体の側(最も下部層の側)の層と、最も工具表面の側(最も上部層の側)の層は、ともに、B層であることがより好ましい。
その理由は、最も工具基体の側の層にB層を設けることによって、下部層(A層)と中間層(D層)との密着強度をより確保することができ、また、最も工具表面の側の層にB層を形成することによって、上部層であるC層との密着強度が向上し、高負荷切削加工において、被覆層の耐チッピング性をより確保することできるためである。
【0078】
(2)積層数
D層におけるA層とB層の積層数は、D層中のA層とB層の平均層厚のそれぞれが0.1~1.5μmを満足し、かつ、中間層としての層厚が0.5~4.0μmであれば、特に制約はないが、それぞれ、2~5層、例えば、A層が2層、B層が3層であることがより好ましい。
【0079】
(3)岩塩型立方晶構造の結晶粒、および、XRDパターン
岩塩型立方晶構造の結晶粒、および、XRDパターンについては、
図1に示す実施形態の説明で述べたものと同じである。
【0080】
2.工具基体
工具基体の材質および形状は、
図1に示す実施形態の説明で述べたものと同じである。
【0081】
3.製造方法
中間層を構成するD層の製造方法のみを説明する。
例えば、
図5、6に示す前述のアークイオンプレーティング装置内の回転テーブル(25)上に、下部層をその表面に形成した工具基体(26)に対して、Al-Cr-Si合金ターゲット(22)とAl-Cr合金ターゲット(23)からの同時蒸着を行うことで、交互積層構造の中間層を構成するB層にはSi成分の繰返し濃度変化を形成し、ついで、Al-Cr合金ターゲット(23)からの蒸着を行うことで、所定層厚のA層を形成し、このような手順を繰り返すことにより、B層とA層との交互積層構造からなる中間層を構成するD層を成膜することができ、同時に、B層にはSi濃度の繰返し変化が形成される。
【0082】
III.
図4に示す実施形態
図4は、本発明のさらに他の実施形態に係る表面被覆切削工具の被覆層の縦断面を模式的に示す。そこで、
図4に示す実施形態について説明する。
なお、
図1、
図3に示す実施形態と説明が重複する箇所の説明は詳細には行わない。
【0083】
1.被覆層
図4に示すように、被覆層は、下部層(2)、中間層(3’)、および、上部層(4)に加え、中間層(3’)と上部層(4)との間に密着層(5)を有している。なお、中間層(3’)を構成する層の積層数は図示のものに限らない。
【0084】
(1)密着層
本実施形態では、密着層は、中間層(D層)と上部層(C層)との間のE層によって構成されている。このE層は、例えば、D層を構成するB層のSi含有割合の値bと、C層のSi含有割合の値αとの間に相違があるとき、D層とC層との密着性を高めるために設けられる。
【0085】
E層の平均層厚は、0.1~2.0μmが好ましい。その理由は、E層の平均層厚が0.1μm未満であると、前述の密着性を高めることが十分にできず、一方、2.0μmを超えると、E層内の格子歪が大きくなり、前述の密着性が低下するためである
【0086】
E層の平均組成は、その組成を組成式:(Al1-k-l-m-nTikCrlSimWn)Nで表したとき、kが0.20~0.65、lが0.10~0.35、mが0.00を超えて0.15以下、nが0.00を超えて0.05以下であることが好ましい。
【0087】
平均組成をこのように決めた理由は、次のとおりである。
E層の高温硬さと高温強度を向上させる働きを有するTiは、含有割合が0.20未満では高温強度が十分に得られず、また、Al含有割合が高くなるため、E層内に六方晶が形成されてしまい、E層の果たす密着性を高める働きが抑制され、一方、0.65を超えると他の成分の含有割合が小さくなって、被覆層の十分な耐摩耗性が得られないためである。
【0088】
E層の高温強度と潤滑性を向上させる働きを有するCrは、含有割合が0.10未満では潤滑性が十分に得られず、一方、0.35を超えると、他の成分の含有割合が小さくなって、被覆層の十分な耐摩耗性が得られないためである。
【0089】
E層の耐酸化性、耐熱塑性変形性を向上させる働きを有するSiは、含有されないと(0.00以下)、E層の耐酸化性が得られず、B層、C層との親和性が十分に得られないため、これらの層との密着力が低下し、一方、含有割合が0.15を超えるとE層内の格子歪が大きくなって、この密着力が低下するためである。
【0090】
E層の高温強度、耐摩耗性を向上させる働きを有するWは、含有されないと(0.00以下)、E層の高温強度が十分ではなく、C層との親和性が十分に得られないためC層との密着性が低下し、一方、含有割合が0.05を超えると、E層内の格子歪が大きくなって、この密着力が低下するためである。
【0091】
また、密着層では、隣接する極大値と極小値との間隔が1~100nmとなるSi濃度の繰返し変化を有し、前記Si濃度の前記極大値の平均値をSi
max(E)としたとき、1.0<Si
max(E)/m≦2.0であり、かつ、前記Si濃度の前記極小値の平均値をSi
min(E)としたとき、0.0≦Si
min(E)/m<1.0であることが好ましい。
ここで、Si濃度の繰返し変化とは、
図2で説明したものと同種のものである。
【0092】
ここで、隣接する極大値と極小値との平均間隔として1~100nmが好ましい理由は、平均間隔が1nm未満ではSi成分が急激に変化するため、被覆層がチッピングを生じやすくなり、E層においてC層とD層との密着力向上の効果が十分得られず、一方、100nmを超えるとSi含有量の多い、すなわち格子歪みの大きい領域が広くなるため、その領域を起点としてチッピングが発生しやすくなり、この密着力の向上が十分得られなくなるためである。繰返し変化の平均間隔について、より好ましい範囲は、5~50nmである。
【0093】
また、Si濃度の極大値の平均値とmとの比Simax(E)/mと極小値の平均値とmとの比Simin(E)/mを前記範囲とした理由は、Simax(E)/mが1.0を超え、Simin(E)/mが1.0未満であればSi濃度の繰返し変化は生じるものの、Simax(E)/mが2.0を超えると組成の変化が大きくなり、急激なSi成分の変化が生じることにより耐チッピング性が低下してしまうためである。
【0094】
(3)岩塩型立方晶構造の結晶粒
密着層を構成するE層においても、結晶粒の結晶構造に関してはNaCl型面心立方構造であることが好ましい。なお、A層、B層、D層と同様に、これら層には不可避的(意図しない)量のNaCl型面心立方構造以外の結晶構造を有する結晶粒が存在してもよい。
【0095】
(4)XRDパターン
図1に示す実施形態の説明で述べたものと同じである。
【0096】
2.工具基体
工具基体の材質および形状は、
図1に示す実施形態の説明で述べたものと同じである。
【0097】
3.製造方法
密着層を構成するE層の製造方法のみを説明する。
例えば、
図5、6に示す前述のアークイオンプレーティング装置内の回転テーブル(25)上に、下部層および中間層をその表面に形成した工具基体(26)に対して、Al-Cr-Si合金ターゲット(22)とTi-Si-W合金ターゲット(21)からの同時蒸着を行うことで、密着層であるE層を蒸着形成することができ、その場合、E層には、Si成分の繰返し濃度変化が形成される。
【0098】
なお、
図4に示す実施形態では、中間層としてA層とB層の交互積層であるD層を用いているが、中間層はB層のみから構成されてもよい。
【0099】
III.測定方法
1.平均組成、各層界面と各層の平均層厚の測定
各層を構成する成分の濃度は、縦断面について、走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM)、透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)、エネルギー分散型X線分光法(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy:EDS)を用いた断面測定により、測定し、平均することによって求める。
【0100】
特許請求の範囲および本明細書の記載において、工具基体の表面とは、前記縦断面の観察像における、工具基体と被覆層の界面粗さの基準線とする。すなわち、工具基体がインサートのような平面の表面を有するときは、前記縦断面においてEDSを用いた元素マッピングを実施し、得られた元素マップに対して公知の画像処理を行うことで下部層と工具基体の界面を定め、こうして得られた下部層と工具基体との界面の粗さ曲線について、平均線を算術的に求め、これを工具基体の表面とする。そして、この平均線に対して、垂直な方向を工具基体に垂直な方向(層厚方向)とする。
【0101】
また、工具基体がドリルのように曲面の表面を有する場合であっても、被覆層の層厚に対して工具径が十分に大きければ、測定領域における被覆層と工具基体との間の界面は略平面となることから、同様の手法により工具基体の表面を決定することができる。すなわち、例えばドリルであれば、軸方向に垂直な断面の被覆層の縦断面においてEDSを用いた元素マッピングを実施し、得られた元素マップに対して公知の画像処理を行うことで下部層(A層)と工具基体の界面を定め、こうして得られた下部層(A層)と工具基体との界面の粗さ曲線について、平均線を算術的に求め、これを工具基体の表面とする。そして、この平均線に対して、垂直な方向を工具基体に垂直な方向(層厚方向)とする。
【0102】
なお、縦断面における測定領域については被覆層の厚み領域がすべて含まれるよう設定する。被覆層の総層厚、層厚の測定精度等を鑑みると、10μm×10μm程度の視野で複数視野(例えば3視野)、観察および測定を行うことが好ましい。
【0103】
また、B層、C層、および、E層は、Si濃度またはW濃度の繰り返し変化があるため、各層中のSi濃度またはW濃度を工具基体の表面に垂直な方向(層厚方向)に沿って複数の分析ライン(例えば5本)で測定し、Si濃度、W濃度が出現し、それぞれ、1原子%となった位置(すなわち、b=0.01またはβ=0.01となった位置)を隣接層との界面と定め、複数ライン毎にそれぞれ層厚を求め、求めた層厚を平均して平均層厚とする。C層およびE層は、1層しかないため、この層に対する複数の分析ラインで測定された層厚を平均して平均層厚とする。
【0104】
2.NaCl型面心立方構造を有する結晶粒の確認
透過型電子顕微鏡(TEM)による電子線回折により、A層、B層、C層およびE層のそれぞれの結晶構造を同定し、NaCl型面心立方構造であることを確認する。
【実施例】
【0105】
以下、実施例をあげて本発明を説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
【0106】
<実施例A>
図1に示すような、下部層(A層)と中間層(B層)と上部層(C層)を有する被覆層を備えた被覆工具の実施形態に対応する実施例について説明する。
【0107】
工具基体としてドリル基体を用意した。
【0108】
1.ドリル基体の作製:
原料粉末として、いずれも0.5~5μmの平均粒径を有する、Co粉末、VC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr3C2粉末、WC粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてボールミルで72時間湿式混合し、減圧乾燥した後、100MPaの圧力でプレス成形した。
【0109】
これらの圧粉成形体を焼結した後、直径が3mmの工具基体形成用丸棒焼結体を形成し、さらに研削加工にて、溝形成部の直径×長さがそれぞれ2mm×45mmの寸法、並びにねじれ角30度の2枚刃形状をもったWC基超硬合金製のドリル基体1~3を製造した。
【0110】
【0111】
成膜工程:
前記ドリル基体1~3に対して、
図5、6に示したアークイオンプレーティング装置を用いて成膜を行うに当たり、以下の(a)~(e)の処理を行った。
【0112】
図5、6に示すアークイオンプレーティング装置は、前述した回転テーブル(25)、ターゲット(21、22、23)の他にアノード電極(20)、ヒーター(24)、反応ガス導入口(27)、排ガス口(28)、アーク電源(29)、および、バイアス電源(30)等を備える。
【0113】
(a)ドリル基体1~3を、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、アークイオンプレーティング装置内の回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離離れた位置に外周部に沿って装着した。
【0114】
(b)装置内を排気して10-2Pa以下の真空に保持しながら、ヒーターで装置内を500℃に加熱した後、0.2PaのArガス雰囲気に設定し、前記回転テーブル上で自転しながら公転する工具基体に-200Vの直流バイアス電圧を印加し、もってドリル基体表面をアルゴンイオンによって20分間ボンバード処理した。
【0115】
(c)装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して表2に示す2.0~8.0Paの範囲内の所定のN2雰囲気とすると共に、同じく表2に示す装置内温度に維持し、また、同じく表2に示す回転テーブルの回転数に制御し、回転テーブル上で自転しながら公転するドリル基体に表2に示す-30~-60Vの範囲内の所定の直流バイアス電圧を印加し、かつ、Al-Cr合金ターゲットとアノード電極との間に表2に示す100~150Aの範囲内の所定の電流を流してアーク放電を発生させ、所定の層厚のA層から構成される下部層を蒸着形成した。
【0116】
(d)ドリル基体に印加する直流バイアス電圧を表2のB層の蒸着条件欄に示す-25~-60Vの範囲内の所定の値に調整し、Al-Cr合金ターゲットとアノード電極との間に表2に示す100~150Aの範囲内の所定の電流を流してアーク放電を発生させると同時に、Al-Cr-Si合金ターゲットとアノード電極との間に同じく表2に示す150~180Aの範囲内の所定の電流を流してアーク放電を発生させることにより、前記で成膜した下部層(A層)の表面に、同時蒸着によりSi濃度の繰返し変化が形成された所定の層厚のB層から構成される中間層を蒸着形成した。
【0117】
(e)装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して表3に示す2.0~8.0Paの範囲内の所定の反応雰囲気とすると共に、同じく表3に示す装置内温度に維持し、また、同じく表3に示す回転テーブルの回転数に制御し、回転テーブル上で自転しながら公転するドリル基体に表3に示す-25~-70Vの範囲内の所定の直流バイアス電圧を印加し、かつ、Ti-Si-W合金ターゲットとアノード電極との間に表3に示す100~180Aの範囲内の所定の電流を流してアーク放電を発生させ、W濃度の繰返し変化が形成された所定の層厚のC層からなる上部層を蒸着形成した。
【0118】
表3に示すとおり、実施例1~5および7のC層は2種類のTi-Si-W合金ターゲットの同時蒸着によって、実施例6のC層は1種類のTi-Si-W合金ターゲットの蒸着と成膜パラメータ制御によって、それぞれW濃度の繰返し変化を形成した。
【0119】
前記の工程(a)~(e)によって、表6に示される下部層(A層)と中間層(B層)および表7に示される上部層(C層)からなる被覆層を備えた実施例1~7を作製した。
【0120】
前記(a)~(d)の蒸着成膜工程において、特に、A層とB層の蒸着条件のうち、アーク電流値、反応ガスとしての窒素ガス分圧、バイアス電圧および成膜温度等を調整することによって、Al-Cr合金ターゲットとAl-Cr-Si合金ターゲットの同時蒸着による中間層の岩塩型立方晶構造の結晶粒のIAB200の半値全幅、IAB200/IAB111の値を制御した。
【0121】
比較のため、ドリル基体1~3に対して、実施例1と同様に、表4、表5に示す条件11~16により、下部層(A層)と中間層(B層)と上部層(C層)からなる被覆層を蒸着することにより、表8、表9に示す比較例1~6を作製した。
【0122】
なお、単一のAl-Cr-Si合金ターゲットによって形成したため、比較例1~5における中間層は、表8に示すように、、Si濃度の繰返し変化は形成されておらず、B層の層厚方向に沿うSi含有量はほぼ均一であった。
【0123】
すなわち、比較例1~5は、この点で、実施例とは、中間層(B層)の層構造が異なっている。また比較例1および6におけるC層についても、C層の層厚方向に沿うW含有量はほぼ均一であって、Wの濃度の繰返し変化は形成されていない。比較例1と6のC層は実施例6のC層と同様に1種類のTi-Si-W合金ターゲットを用いて蒸着形成したものであるが、実施例に比較して装置温度およびバイアス電圧の絶対値が大きく、N2ガス圧が小さいことでSi濃度の繰返し変化が形成されにくい環境下となり、Si濃度の繰返し変化は形成されなかった。
【0124】
前記で作製した実施例1~6および比較例1~6について、被覆層の縦断面を、走査型電子顕微鏡(SEM)、透過型電子顕微鏡(TEM)、エネルギー分散型X線分光法(EDS)を用い、A層、B層の組成、各層の層厚を複数箇所で測定し、これを平均することにより、平均組成、各層の平均層厚を算出した。
【0125】
また、B層について、走査型電子顕微鏡(SEM)、透過型電子顕微鏡(TEM)およびエネルギー分散型X線分析法(EDS)を用いた層厚方向に沿った測定を行い、層厚方向の組成分布曲線を取得した。
【0126】
得られた組成分布曲線のSi成分についてノイズ除去である、移動平均による平滑化処理を行い、Si成分の極大含有点におけるSi成分の濃度の極大値の平均Simax、Si成分の極小含有点におけるSi成分の濃度の極小値の平均Siminを求めるとともに、隣接するSiの極大含有点とSiの極小含有点の間隔を測定し、複数個所でこの測定を行い、平均値としての、極大含有点と極小含有点の平均間隔を求めた。
【0127】
さらに、C層について、同様にして、W成分の極大含有点におけるW成分の濃度の極大値の平均Wmax、W成分の極小含有点におけるW成分の濃度の極小値の平均Wminを求めるとともに、隣接するWの極大含有点とWの極小含有点の間隔を測定し、複数個所でこの測定を行い、平均値としての、極大含有点と極小含有点の平均間隔を求めた。
【0128】
さらに、工具基体表面に垂直な方向からA層とB層の全体についてX線回折を行い、(200)面からの総括したX線回折ピーク(A層とB層の重なったX線回折ピーク)の半値全幅を測定し、また、総括したX線回折ピーク(A層とB層の重なったX線回折ピーク)強度IAB200、IAB111の値からIAB200/IAB111の値を算出した。
【0129】
さらに、C層について、X線回折を行い、200回折線のX線回折ピーク強度IC200、111回折線のX線回折ピーク強度IC111を測定し、IC200/IC111の値を算出した。
なお、X線回折には、Cu管球を用いたX線回折装置を用いた。
【0130】
図7には、実施例6についてA層とB層の全体について測定したX線回折結果(縦軸にX線強度、横軸に角度)を示す。
図7の結果から算出した、A層とB層からなる硬質被覆層を総括したI
AB200の半値全幅は0.5(度)であり、I
AB200とI
AB111との比の値I
AB200/I
AB111は1.7であった。
また、C層からなる硬質被覆層のI
C200/I
C111は0.9であった。
【0131】
表6、表7に、実施例1~7のI200の半値全幅、IAB200/IAB111、IC200/IC111の値を示し、表8、表9に比較例工具1~6のI200の半値全幅、IAB200/IAB111、IC200/IC111の値を示す。
【0132】
【0133】
【0134】
【0135】
【0136】
【0137】
【0138】
【0139】
【0140】
次に、実施例1~7および比較例1~6について、
被削材-平面寸法:合金鋼SCM440の板材、
切削速度: 70 m/min.
送り: 0.08 mm/rev
穴深さ: 40 mm
の条件でのSCM440の湿式高速高送り穴あけ切削加工試験(通常の切削速度および送りは、それぞれ、50m/min.および0.06mm/rev)を行った(水溶性切削油使用)
【0141】
先端切れ刃面の逃げ面摩耗幅が0.3mmに至るもしくは刃先のチッピング発生、欠損発生を原因とし、あるいは、折損により寿命に至るまでの穴あけ加工数を測定するとともに、刃先の損耗状態を観察した。加工は穴あけ加工数1000穴まで行い、寿命に至らなかったものは1000穴加工時の逃げ面摩耗幅を測定した。
表10に、測定結果を示す。
【0142】
【0143】
表10の結果によれば、実施例では、逃げ面の摩耗幅の平均は約0.13mmであり、チッピング、欠損、折損の発生は認められないのに対して、比較例はいずれも逃げ面の摩耗が進行し、また、短時間でチッピング発生、欠損発生、折損発生により寿命となるものもあった。
【0144】
<実施例B>
図3に示すような、下部層(A層)と中間層(D層)と上部層(C層)を有する被覆層を備えた被覆工具の実施形態に対応する実施例について説明する。
【0145】
実施例Aで作製したWC基超硬合金製のドリル基体1~3を、
図5、6に示すアークイオンプレーティング装置に装入し、実施例Aの成膜工程(a)~(c)と同様にして、表2に示す条件で下部層(A層)を形成した。
【0146】
ついで、以下の(f)~(h)の条件で、中間層(B層とA層の交互積層構造を有するD層)を成膜した。
【0147】
(f)実施例Aにおける工程(d)と同様にして、Siの濃度の繰返し変化が形成された所定の一層の平均層厚のB層を成膜し、次いで、Al-Cr-Si合金ターゲットによる成膜を停止し、Al-Cr合金ターゲットとアノード電極との間に表2に示す100~150Aの範囲内の所定の電流を流してアーク放電を発生させて、所定の一層の平均層厚のA層を成膜した。
【0148】
(g)前記(f)の工程を繰り返し行うことにより、所定の平均層厚のD層からなる中間層を形成した。なお、中間層は、その表面(最も工具表面に近い側の層)がB層となるように成膜した。
【0149】
(h)前記工程(g)で成膜したD層からなる中間層の表面に、実施例Aの成膜工程(e)と同様にして、表3に示す条件で所定の層厚のC層を有する上部層を蒸着形成した。
【0150】
前記の工程で、表11に示される下部層(A層)と中間層(B層とA層の交互積層構造からなるD層)及び表12に示される上部層(C層)を有する硬質被覆層を備えた実施例11~17を作製した。
【0151】
上記で作製した実施例11~17について、実施例Aと同様にして、各層の平均組成、各層の平均層厚を算出した。
【0152】
また、D層について、走査型電子顕微鏡(SEM)、透過型電子顕微鏡(TEM)およびエネルギー分散型X線分析法(EDS)を用いた層厚方向に沿った測定により、隣接するSiの極大含有点とSiの極小含有点の間隔を測定し、平均Simax、平均Siminを算出するとともに、隣接するSiの極大含有点とSiの極小含有点の間隔の平均間隔を求めた。
【0153】
さらに、C層について、平均のWmax、平均のWminを算出するとともに、隣接するWの極大含有点とWの極小含有点の平均間隔を求めた。
【0154】
下部層と中間層についてX線回折を行い、200回折線の総括したX線回折ピーク(A層とB層の重なったX線回折ピーク)の半値全幅を測定し、また、総括したX線回折ピーク(A層とB層の重なったX線回折ピーク)強度IAB200、IAB111の値からIAB200/IAB111の値を算出した。
【0155】
C層についても、X線回折を行い、200回折線のX線回折ピーク強度IC200、111回折線のX線回折ピーク強度IC111を測定し、IC200/IC111の値を算出した。
表11、表12に、前記で求めた各種の値を示す。
【0156】
【0157】
【0158】
つぎに、実施例11~17について、
被削材-平面寸法:合金鋼SCM440の板材
切削速度: 80 m/min.
送り: 0.09 mm/rev
穴深さ: 40 mm
の条件でのSCM440の湿式高速高送り穴あけ切削加工試験(通常の切削速度および送りは、それぞれ、50m/min.および0.06mm/rev)を行った(水溶性切削油使用)。
【0159】
先端切れ刃面の逃げ面摩耗幅が0.3mmに至るもしくは刃先のチッピング発生、欠損発生あるいは折損により寿命に至るまでの穴あけ加工数を測定するとともに、刃先の損耗状態を観察した。加工は穴あけ加工数1000穴まで行い、寿命に至らなかったものは1000穴加工時の逃げ面摩耗幅を測定した。
表13に、試験結果を示す。
【0160】
【0161】
<実施例C>
図4に示すような、下部層(A層)、中間層(D層)、密着層(E層)と上部層(C層)を有する被覆層を備えた被覆工具の実施形態に対応する実施例について説明する。
【0162】
実施例Aで作製したWC基超硬合金製のドリル基体1~3を、
図5、6に示すアークイオンプレーティング装置に装入し、実施例Bの場合と同様にして、表2に示す条件で下部層(A層)を形成し、また、実施例Bの成膜工程(f)、(g)で示される中間層(D層)を形成した。
そして、(i)の成膜工程を行った。
【0163】
(i)中間層(D層)の最表面としてのB層を成膜している途中の時点から、Al-Cr合金ターゲットによる成膜を停止し、同時に、表3に示す条件で、C層の同時蒸着を開始し、B層とC層の同時蒸着をしばらく継続することで、密着層(E層)を形成した。
【0164】
その後、B層の蒸着を停止し、表3に示す条件で、C層のみの蒸着を継続することで、所定の層厚のC層からなる上部層を蒸着形成した。
【0165】
前記の工程により、表11に示される下部層(A層)と中間層(B層とA層の交互積層構造からなるD層)と密着層(E層)と上部層(C層)からなる硬質被覆層を備えた表14に示す実施例21~27を作製した。
なお、前記密着層(E層)では、Siが組成変調構造を形成している。
【0166】
上記で作製した実施例21~27について、実施例A、Bと同様にして、各層の平均組成、一層の平均層厚を算出した。
【0167】
また、E層及びC層について、実施例A、Bと同様にして、Siの極大含有点とSiの極小含有点の平均間隔、Simax(E)、Simin(E)、Wの極大含有点とWの極小含有点の平均間隔、Wmax、Wminを求めた。
【0168】
さらに、実施例A、Bと同様にして、A層とB層の全体について、111回折線および200回折線の総括したX線回折ピークの半値全幅を測定し、また、IAB200/IAB111の値を算出した。
さらに、C層について、IC200/IC111の値を算出した。
表14に、各種の値を示す。
【0169】
【0170】
次に、実施例21~27について、実施例Bと同一の切削条件で湿式高速高送り穴あけ切削加工試験を行い、先端切れ刃面の逃げ面摩耗幅が0.3mmに至るもしくは刃先のチッピング発生、欠損発生あるいはドリルの折損により寿命に至るまでの穴あけ加工数を測定するとともに、刃先の損耗状態を観察した。加工は穴あけ加工数1000穴まで行い、寿命に至らなかったものは1000穴加工時の逃げ面摩耗幅を測定した。
表15に、試験結果を示す。
【0171】
【0172】
表13、表15の結果によれば、実施例11~17、21~27では、逃げ面摩耗幅の平均値はそれぞれ約0.12mm、約0.11mmと小さく耐摩耗性に優れ、しかも、チッピング、欠損の発生が抑えられ、さらに、ドリルの折損が生じることもない。
特に、実施例21~27は、実施例11~17に比して、耐摩耗性が一段と優れていることが分かる。
【0173】
なお、表13、表15に対応する切削加工試験に対して比較例の切削試験結果を示していない。しかし、この切削加工試験は表10に対する切削加工試験よりも厳しいものであるから、比較例に対してこの切削加工試験を実際に行わなくても、比較例は逃げ面の摩耗が進行し、短寿命であることは、表10の結果をみれば明らかである。
【0174】
これらの結果から、実施例は、炭素鋼、合金鋼、ステンレス鋼等の被削材の高負荷切削加工において、すぐれた耐チッピング性、耐欠損性、耐摩耗性を発揮することが分かり、ドリル工具としての折損が発生することもない。
【0175】
前記開示した実施の形態はすべての点で例示にすぎず、制限的なものではない。本発明の範囲は前記した実施の形態ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0176】
1 工具基体
2 下部層
3 中間層
3’ 中間層(交互積層)
4 上部層
5 密着層
10 A層 ((Al,Cr)N層)
11 B層 ((Al,Cr,Si)N層)
12 C層 ((Ti,Si,W)N層)
13 D層(A層とB層の交互積層)
14 E層 ((Al,Ti,Cr,Si,W)N層)
20 アノード電極
21 Ti-Si-W合金ターゲット(カソード電極)
22 Al-Cr-Si合金ターゲット(カソード電極)
23 Al-Cr合金ターゲット(カソード電極)
24 ヒーター
25 回転テーブル
26 工具基体(全体形状を示したもの)
27 反応ガス導入口
28 排ガス口
29 アーク電源
30 バイアス電源
31 h-WCのピーク
32 C層の111回折線ピーク
33 A層とB層の総括した111回折線ピーク
34 C層の200回折線ピーク
35 A層とB層の総括した200回折線ピーク