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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-31
(45)【発行日】2024-08-08
(54)【発明の名称】新規タウオパチーモデル動物の作製方法
(51)【国際特許分類】
   A01K 67/0276 20240101AFI20240801BHJP
   C12N 5/079 20100101ALI20240801BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20240801BHJP
   G01N 33/48 20060101ALI20240801BHJP
   G01N 33/68 20060101ALI20240801BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20240801BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20240801BHJP
【FI】
A01K67/0276 ZNA
C12N5/079
C12N5/10
G01N33/48 N
G01N33/48 P
G01N33/68
G01N33/15 Z
C12N15/09 110
【請求項の数】 16
(21)【出願番号】P 2020032038
(22)【出願日】2020-02-27
(65)【公開番号】P2020141663
(43)【公開日】2020-09-10
【審査請求日】2023-02-09
(31)【優先権主張番号】P 2019037753
(32)【優先日】2019-03-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年9月15日に発行された日本認知症学会誌DEMENTIA JAPAN 第32巻第3号(第37回日本認知症学会学術集会プログラム・抄録集)の第393頁(シンポジウム22、3)にて発表
【微生物の受託番号】NPMD  NITE P-02897
【微生物の受託番号】NPMD  NITE P-02898
(73)【特許権者】
【識別番号】591063394
【氏名又は名称】公益財団法人東京都医学総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100125081
【弁理士】
【氏名又は名称】小合 宗一
(72)【発明者】
【氏名】細川 雅人
(72)【発明者】
【氏名】設楽 浩志
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 成人
【審査官】西 賢二
(56)【参考文献】
【文献】CELL REPORTS,2018年,23,P.709-715
【文献】J. NEUROSCI.,2017年,37(47),P.11406-11423
【文献】PROC. NATL. ACAD.SCI. USA,2013年,110(23),P.9535-9540
【文献】BMC Neuroscience,2013年,Vol. 14; 148,pp. 1-13
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
A01K
G01N
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
タウシードを用意するステップと、
該タウシードを、第10エキソンを発現しない改変タウ遺伝子を有し、3R型タウと4R型タウをほぼ等量発現する動物の脳内に注入するステップとを含
前記第10エキソンを発現しない改変タウ遺伝子を有する動物は、マウス、ラットまたはマーモセットである、孤発性タウオパチーモデル動物の作製方法。
【請求項2】
前記タウシードはヒトタウオパチー疾患患者の脳に由来する、請求項1に記載の孤発性タウオパチーモデル動物の作製方法。
【請求項3】
前記タウシードはヒトタウオパチー疾患患者の脳由来のサルコシル不溶性画分を含む、請求項に記載の孤発性タウオパチーモデル動物の作製方法。
【請求項4】
前記第10エキソンを発現しない改変タウ遺伝子を有する動物は、ゲノム編集技術、遺伝子ターゲッティング技術またはベースエディティング技術で作製される、請求項1ないしのいずれか1項に記載の孤発性タウオパチーモデル動物の作製方法。
【請求項5】
第10エキソンを発現しない改変タウ遺伝子を有する動物の脳内にタウシードが注入された孤発性タウオパチーモデル動物であって、
前記動物は、3R型タウと4R型タウをほぼ等量発現するモデル動物であって、マウス、ラットまたはマーモセットである、孤発性タウオパチーモデル動物。
【請求項6】
配列番号1または2に列挙されるヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドを染色体上に有する、請求項に記載の孤発性タウオパチーモデル動物。
【請求項7】
請求項またはに記載の孤発性タウオパチーモデル動物から回収される、動物脳。
【請求項8】
請求項またはに記載の孤発性タウオパチーモデル動物の解析方法であって、
前記タウシードが注入された動物の少なくとも一部から脳を回収するステップと、
該脳内のタウ線維病理構造物を特徴付けるステップとを含む、解析方法。
【請求項9】
前記脳内のタウ線維病理構造物は、該タウ線維病理構造物に含まれるタウタンパク質のアイソフォーム組成と、該タウタンパク質のリン酸化状態と、前記タウ線維病理構造物を含む脳組織のGallyas-Braak銀染色とからなるグループから選択される少なくとも1つで特徴付けられる、請求項に記載の孤発性タウオパチーモデル動物の解析方法。
【請求項10】
請求項またはに記載の孤発性タウオパチーモデル動物の解析方法であって、
前記孤発性タウオパチーモデル動物を試験環境に置いて、該孤発性タウオパチーモデル動物の行動を監視するステップと、
対照動物を試験環境に置いて、該対照動物の行動を監視するステップと、
前記孤発性タウオパチーモデル動物の行動および前記対照動物の行動を比較するステップとを含む、解析方法。
【請求項11】
孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物に影響を与える物質をスクリーニングする方法であって、
タウシードを用意するステップと、
第10エキソンを発現しない改変タウ遺伝子を有し、3R型タウと4R型タウをほぼ等量発現する試験群の動物の脳内に、前記タウシードを注入するステップと、
試験物質を前記試験群の動物に投与するステップと、
第10エキソンを発現しない改変タウ遺伝子を有し、3R型タウと4R型タウをほぼ等量発現する対照群の動物の脳内に、前記タウシードを注入するステップと、
前記試験群および対照群のそれぞれの少なくとも一部の動物から脳を回収するステップと、
前記試験群および前記対照群の脳のタウ線維病理構造物を特徴付けるステップと、
前記試験群の動物の脳でのタウ線維病理構造物の特徴を、前記対照群の動物の脳でのタウ線維病理構造物の特徴と比較するステップとを含む、
スクリーニング方法であって、
前記動物がマウス、ラットまたはマーモセットである、スクリーニング方法
【請求項12】
前記脳内のタウ線維病理構造物は、該タウ線維病理構造物に含まれるタウタンパク質のアイソフォーム組成と、該タウタンパク質のリン酸化状態と、前記タウ線維病理構造物を含む脳組織のGallyas-Braak銀染色とからなるグループから選択される少なくとも1つで特徴付けられる、請求項11に記載のスクリーニング方法。
【請求項13】
前記タウシードはヒトタウオパチー疾患患者の脳に由来する、請求項11または12に記載のスクリーニング方法。
【請求項14】
前記タウシードはヒトタウオパチー疾患患者の脳のサルコシル不溶性画分を含む、請求項13に記載のスクリーニング方法。
【請求項15】
前記第10エキソンを発現しない改変タウ遺伝子を有する動物は、ゲノム編集技術、遺伝子ターゲッティング技術またはベースエディティング技術で作製される、請求項11ないし14のいずれか1項に記載のスクリーニング方法。
【請求項16】
前記第10エキソンを発現しない改変タウ遺伝子を有する動物は、配列番号1または2に列挙されるヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドを染色体上に有する、請求項11ないし15のいずれか1項に記載のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規タウオパチーモデル動物の作製方法および該方法により作製された新規タウオパチーモデル動物に関し、具体的には、タウシードを用意するステップ、および、該タウシードを前記動物の脳内に注入するステップを含む、孤発性タウオパチーモデル動物の作製方法と、該方法により作製された新規タウオパチーモデル動物とに関する。
【背景技術】
【0002】
タウ(tau)は微小管結合タンパク質の一種で、神経系の細胞において、微小管の重合促進や安定化に働く分子である。アルツハイマー病(Alzheimer’s disease、以下「AD」という。)の患者脳には、神経原線維変化(neurofibrillary tangle、以下「NFT」という。)やニューロピルスレッド(neuropil thread、以下「NT」という。)等の特徴的な神経変性に伴うタウ線維病理構造物(pathological tau fibril)が存在する。タウはモノマーでは水溶性のタンパク質であるが、線維化して神経細胞内に前記病理構造物の主要構成成分として蓄積し、神経細胞が死んだ後も細胞外NFTとしてその場で残る場合がある。以下ではこれらをまとめてタウ線維病理構造物という。ADの他にも、タウ線維病理構造物が出現する神経変性疾患には、ピック病(Pick disease、「PiD」という。)、皮質基底核変性症(Corticobasal degeneration、「CBD」という。)、進行性核上性麻痺(Progressive supranuclear palsy、「PSP」という。)、神経原線維型老年認知症(senile dementia of the NFT type、「SD-NFT」という。)、嗜銀顆粒性疾患(argyrophilic grain disease、「AGD」という。)等が知られている。そこでこれらの神経変性疾患は「タウが蓄積する疾患」という意味でタウオパチーと総称されている。ADにおいてタウ線維病理構造物の分布は病気の進行とともに変化する。すなわちタウ線維病理構造物は、疾患の初期には青斑核に出現し、その後、嗅内皮質や海馬にみられるようになり、最終的には皮質全体に広がるという一定の進展様式を示す。タウ線維病理構造物の分布は臨床症状と相関することから、タウ線維病理構造物の形成が神経変性を引き起こす直接要因であると予想される。
【0003】
正常なタウタンパク質の構造は水溶液中ではランダムコイル状といわれているが、患者脳内で蓄積しているタウはクロスβ構造に富むアミロイド線維を形成している。線維化したタウは、モノマーのタウタンパク質をさらに凝集させる。そのため、タウタンパク質が水溶性から不溶性線維を形成する構造変化が神経変性疾患の発症に深く関与すると予想されるが、そのメカニズムは明らかではない。また、タウ線維病理構造物の脳内分布が経時的に変化するメカニズムも不明である。タウオパチーの治療法は対症療法しか存在しない。そこで、タウタンパク質の高次構造の変化によりタウ線維病理構造物が形成され、さらに該タウ線維病理構造物の脳内分布が経時的に変化するメカニズムが解明されることがタウオパチーの有効な新規治療法の開発につながると考えられる。
【0004】
ADをはじめとするタウオパチーには、家族性(遺伝性)のものもあるが、多くは孤発性である。そこで、正常個体で発現するのと同じタウタンパク質を正常個体で発現するのと同じ量で発現する動物においてタウ線維病理構造物の脳内分布が経時的に変化する現象を再現し、ヒトの病態をより正確に反映する疾患動物モデルを開発する必要がある。
【0005】
これまでに、不溶性タウをシードとしてマウスの脳内の特定部位に注入して、タウ線維病理構造物を脳内に形成させたタウオパチーモデル実験系が数件報告されている。このうち、Clavagueraら(非特許文献1および3)と、Ibaら(非特許文献2)とは、ヒト野生型または変異型タウタンパク質を発現するトランスジェニックマウスの脳に不溶性タウを注入した。すなわち、神経特異的マウスThy1遺伝子(非特許文献1および3)か、マウスプリオンタンパク質遺伝子(非特許文献2)かのプロモーター領域でヒト野生型または変異型タウタンパク質をコード化するDNAを駆動して神経細胞で恒常的に発現させるトランスジェニックマウスを作製し、該トランスジェニックマウス脳の細胞破砕液(非特許文献1)か、ヒト変異型タウタンパク質のmycタグ融合組換えタンパク質にヘパリンを添加して調製されたタウシード(非特許文献2)か、タウオパチーのヒト患者脳の抽出液(非特許文献3)かが前記トランスジェニックマウスの脳に注入された。また非特許文献4では、野生型マウスの脳に、AD患者脳由来のタウオリゴマーまたはタウシードが注入された。そして非特許文献5では、野生型マウスの脳に、ヒト野生型タウ組換えタンパク質にβ42アミロイドオリゴマーを添加して調製されたタウオリゴマーか、該タウオリゴマーを振盪することにより調製されたタウシードかが注入された。
【0006】
非特許文献1では、注入後6、12および15ヶ月経過後のトランスジェニックマウス脳においてGallyas-Braak銀染色でタウ線維病理構造物が検出され、経時的に該タウ線維病理構造物の脳内局在の変化が観察された。非特許文献1ではトランスジェニックマウスではなく野生型マウスに不溶性タウを注入する実験も行われたが、タウ線維病理構造物の脳内局在の変化は観察されなかった。非特許文献2では、注入後1ヶ月からタウ線維病理構造物が検出された。なお、この実験に用いられたトランスジェニックマウスは、不溶性タウを注入しなくても、月齢8-9月でタウ線維病理構造物が脳内で検出される。非特許文献3では、タウオパチーのヒト患者脳の抽出液を注入した野生型マウスの脳で注入後6ヶ月でタウ線維病理構造物が検出された。非特許文献4では、AD患者脳由来のタウオリゴマーが注入された野生型マウス脳で注入後11ヶ月でタウ線維病理構造物が検出された。非特許文献5ではβ42アミロイドオリゴマーを添加して調製したタウオリゴマーを注入した野生型マウスにおいて、注入後30時間後に認知機能の低下が認められた。一方タウシード注入群では認知機能に変化は認められない。さらに、どちらの群についても、注入後数ヶ月経過後における認知機能の低下またはタウ線維病理構造物の有無については検討されていない。
【0007】
マウスを孤発性タウオパチーモデル動物として用いるうえでの課題は、ヒトとマウスとでは成体の脳で発現するタウタンパク質のアイソフォームが異なることである。図1は、霊長類およびほ乳類の成体の脳において選択的スプライシングによって生じる可能性のあるタウタンパク質のアイソフォームの全てを示す模式図である(図1)。ヒトのタウタンパク質とヒト以外の動物のタウタンパク質とをコードする遺伝子は非常に相同性が高く、エキソン/イントロン構造も共通である。ヒトのタウタンパク質とヒト以外の動物のタウタンパク質とは、いずれも、タウタンパク質のアミノ末端側の第2および第3エキソンと、カルボキシル末端側の第10エキソンとについて選択的スプライシングによるアイソフォーム多型が存在する。第2、第3および第10エキソンを含む全てのエキソンにコードされるアミノ酸配列を含む完全長アイソフォームが最も長く、第2、第3および第10エキソンのいずれも含まないアイソフォームが最も短い。アミノ末端側については、第2および第3エキソンをともに含むアイソフォームに加えて、第2エキソンを含むが第3エキソンを含まないアイソフォームと、第2エキソンも第3エキソンも含まないアイソフォームとが存在する。カルボキシル末端については、第10エキソンを含むアイソフォームと、第10エキソンを含まないアイソフォームとが存在する。アミノ末端側の選択的スプライシングとカルボキシル末端側の選択的スプライシングとは独立に起こるので、図1に示すとおり合計6種類のアイソフォームが存在する。タウタンパク質に4個ある微小管結合領域のリピート配列のうち、第10エキソンはアミノ末端側から2番目のリピート配列に相当するため、第10エキソンを含まない変異型ポリペプチドは微小管結合領域のリピート配列が3個の3R型とよばれ、第10エキソンを含むポリペプチドは微小管結合領域のリピート配列が4個なので4R型とよばれる。タウオパチー疾患の発症と関係する水溶性タウタンパク質から不溶性線維を形成する構造変化は微小管結合ドメインのリピート配列の数が多いほうが起こりやすいと考えられている。そこでタウタンパク質のアイソフォーム多型のうち、特に3R型および4R型が注目される。
【0008】
ヒトの胎児期の脳では3R型タウのみが発現するが成体では3R型タウおよび4R型タウとがほぼ等量発現する。これに対し、マウスでは新生仔までは3R型タウのみが発現するが、離乳期以降は4R型タウのみが発現する(非特許文献6)。この違いは第10エキソンから第10イントロンにかけての部分のステムループ構造の差によるものと考えられている(非特許文献7および8)。4R型タウは、微小管結合ドメインのリピート配列が3型タウより1個多いため、タウタンパク質が水溶性モノマーから不溶性線維を形成する構造変化が3R型タウより起こりやすいと考えられている。
【0009】
ヒトのタウオパチー患者脳に蓄積するタウ線維病理構造物中のタウタンパク質のアイソフォーム組成は疾患ごとに異なることが知られている。すなわち、ADでは3R型および4R型が等量蓄積し、PiDでは3R型のみが蓄積し、そして、CBDおよびPSPでは4R型のみが蓄積することが知られている(例えば非特許文献9)。また、タウオパチーのSD-NFTの他、ダウン症候群をはじめとする多数の神経疾患で3R型および4R型が等量蓄積し、タウオパチーのAGD、Globular glial TauopathyおよびTau astrogliopathyの他、ハンチントン病をはじめとする多数の神経疾患で4R型のみが蓄積することも知られている(非特許文献10)。さらに、遺伝性家族性前頭側頭型認知症・パーキンソニズム(Frontotemporal dementia with parkinsonism)のうちタウ遺伝子(MAPT)の突然変異による疾患では、アミノ酸変異ごとに3R型および4R型が等量蓄積するか、3R型または4R型のみが蓄積することも知られている(非特許文献10)。
【0010】
これに対し、これまでのタウ接種実験に関する報告では、AD患者脳の不溶性画分接種実験において、4R型タウの蓄積を誘導することしかできず、3R型タウの蓄積は誘導できなかった(非特許文献3および11)。また、Pick病患者脳の不溶性画分接種においても、3R型タウの蓄積を誘導できなかった。そのため従来のタウオパチーモデル実験系は、3R型タウと4R型タウとがほぼ等量発現するという、ヒト成体の脳でのタウタンパク質のアイソフォーム発現パターンを再現する実験系ではなかった。マウスの他、タウオパチーの疾患モデル動物として用いる可能性の高いラットおよびマーモセットでも、脳では新生仔までは3R型タウのみが発現するが、離乳期以降は4R型タウのみが発現する(非特許文献6および12)。
【0011】
そこで、これらの実験動物について、成体の脳で3R型タウと4R型タウとがほぼ等量発現するという、ヒト成体の脳でのタウタンパク質のアイソフォーム発現パターンを再現する実験系を開発することには大きな需要がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0012】
【文献】Clavaguera、F.ら、Nat. Cell Biol.、11: 909 (2009)
【文献】Iba、M.ら、J. Neurosci.、33: 1024 (2013)
【文献】Clavaguera、F.ら、Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A.、110: 9535 (2013)
【文献】Lasagna-Reeves、C.A.ら、Sci. Rep.、2: 700 (2012)
【文献】Lasagna-Reeves、C.A.ら、Mol. Neurodegener.、6: 39 (2011)
【文献】Takuma、H.ら、Developmental Brain Res.、142: 121 (2003)
【文献】Grover、A.ら、J. Biological. Chem.、274: 15134 (1999)
【文献】D' Souza、I.およびSchellenberg G.D.、J. Biological. Chem. 277: 26587 (2002)
【文献】Taniguchi-Watanabe、S.ら、Acta Neuropathol.、131: 267 (2016)
【文献】Goedert、M.、FEBD Letters、592: 2383 (2018)
【文献】Guo、J.L.ら、J. Exp. Med. 213: 2635 (2016)
【文献】Sharma、G.ら、J. Biological. Chem.、294: 11433 (2019)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
以上説明したように、成体の脳で3R型タウと4R型タウとがほぼ等量発現するという、ヒト成体の脳でのタウタンパク質の微小管結合ドメインのリピート配列のアイソフォーム発現パターンを再現する孤発性タウオパチー疾患モデル動物を開発することが本発明が解決しようとする課題である。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は孤発性タウオパチーモデル動物の作製方法を提供する。該方法は、タウシードを用意するステップと、該タウシードを、第10エキソンを発現しない改変タウ遺伝子を有する動物の脳内に注入するステップとを含む。
【0015】
本発明の孤発性タウオパチーモデル動物の作製方法において、前記第10エキソンを発現しない改変タウ遺伝子を有する動物は、いずれの動物種でもかまわないが、マウス、ラットまたはマーモセットの場合がある。
【0016】
本発明の孤発性タウオパチーモデル動物の作製方法において、前記タウシードはヒトタウオパチー疾患患者の脳に由来する場合がある。
【0017】
本発明の孤発性タウオパチーモデル動物の作製方法において、前記タウシードはヒトタウオパチー疾患患者の脳由来のサルコシル(sarkosyl)不溶性画分を含む場合がある。
【0018】
本発明の孤発性タウオパチーモデル動物の作製方法において、前記第10エキソンを発現しない改変タウ遺伝子を有する動物は、ゲノム編集技術、遺伝子ターゲッティング技術またはベースエディティング技術で作製される場合がある。
【0019】
本発明は、孤発性タウオパチーモデル動物を提供する。本発明の孤発性タウオパチーモデル動物は、本発明の孤発性タウオパチーモデル動物の作製方法により作製される。
【0020】
本発明の孤発性タウオパチーモデル動物は、配列番号1または2に列挙されるヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドを染色体上に有する場合がある。ここで、配列番号1は前記第10エキソンを発現しない改変タウ遺伝子を有する突然変異マウス系統の1つであるTau 3R/4R #2の第10エキソン領域のヌクレオチド配列であり、配列番号2は前記第10エキソンを発現しない改変タウ遺伝子を有する別の突然変異マウス系統であるTau 3R/4R #13の第10エキソン領域のヌクレオチド配列である。
【0021】
本発明は、本発明の孤発性タウオパチーモデル動物から回収される、動物の脳を提供する。
【0022】
本発明は、本発明の孤発性タウオパチーモデル動物の解析方法を提供する。該解析方法は、第10エキソンを発現しない改変タウ遺伝子を有する動物の脳に、タウシードを注入するステップと、前記タウシードが注入された動物の少なくとも一部から脳を回収するステップと、該脳内のタウ線維病理構造物を特徴付けるステップとを含む。
【0023】
本発明の孤発性タウオパチーモデル動物の解析方法において、前記第10エキソンを発現しない改変タウ遺伝子を有する動物は、いずれの動物種でもかまわないが、マウス、ラットまたはマーモセットの場合がある。
【0024】
本発明の孤発性タウオパチーモデル動物の解析方法において、前記第10エキソンを発現しない改変タウ遺伝子を有する動物は、ゲノム編集技術、遺伝子ターゲッティング技術またはベースエディティング技術で作製される場合がある。
【0025】
本発明の孤発性タウオパチーモデル動物の解析方法において、前記脳内のタウ線維病理構造物は、該タウ線維病理構造物に含まれるタウタンパク質のアイソフォーム組成と、該タウタンパク質のリン酸化状態と、前記タウ線維病理構造物を含む脳組織のGallyas-Braak銀染色とからなるグループから選択される、少なくとも1つの特性で特徴付けられる場合がある。
【0026】
本発明は、本発明の孤発性タウオパチーモデル動物の解析方法を提供する。該解析方法は、前記孤発性タウオパチーモデル動物を試験環境に置いて、該孤発性タウオパチーモデル動物の行動を監視するステップと、対照動物を試験環境に置いて、該対照動物の行動を監視するステップと、前記孤発性タウオパチーモデル動物の行動および前記対照動物の行動を比較するステップとを含む。
【0027】
本発明は、孤発性タウオパチーモデル動物の脳内のタウ線維病理構造物に影響を与える物質をスクリーニングする方法を提供する。該方法は、タウシードを用意するステップと、第10エキソンを発現しない改変タウ遺伝子を有する試験群の動物の脳内に、前記タウシードを注入するステップと、試験物質を前記試験群の動物に投与するステップと、第10エキソンを発現しない改変タウ遺伝子を有する対照群の動物の脳内に、前記タウシードを注入するステップと、前記試験群および対照群のそれぞれの少なくとも一部の動物から脳を回収するステップと、前記試験群および前記対照群の脳のタウ線維病理構造物を特徴付けるステップと、前記試験群の動物の脳でのタウ線維病理構造物の特徴を、前記対照群の動物の脳でのタウ線維病理構造物の特徴と比較するステップとを含む。
【0028】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物に影響を与える物質をスクリーニングする方法において、前記脳内のタウ線維病理構造物は、該タウ線維病理構造物に含まれるタウタンパク質のアイソフォーム組成と、該タウタンパク質のリン酸化状態と、前記タウ線維病理構造物を含む脳組織のGallyas-Braak銀染色とからなるグループから選択される少なくとも1つの特性で特徴付けられる場合がある。
【0029】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物に影響を与える物質をスクリーニングする方法において、前記タウシードはヒトタウオパチー疾患患者の脳に由来する場合がある。
【0030】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物に影響を与える物質をスクリーニングする方法において、前記タウシードはヒトタウオパチー疾患患者の脳のサルコシル不溶性画分を含む場合がある。
【0031】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物に影響を与える物質をスクリーニングする方法において、前記第10エキソンを発現しない改変タウ遺伝子を有する動物は、ゲノム編集技術、遺伝子ターゲッティング技術またはベースエディティング技術で作製される場合がある。
【0032】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物に影響を与える物質をスクリーニングする方法において、前記第10エキソンを発現しない改変タウ遺伝子を有する動物は、配列番号1または2に列挙されるヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドを染色体上に有する場合がある。ここで、配列番号1は前記第10エキソンを発現しない改変タウ遺伝子を有する突然変異マウス系統の1つであるTau 3R/4R #2の第10エキソン-第10イントロン領域のヌクレオチド配列であり、配列番号2は前記第10エキソンを発現しない改変タウ遺伝子を有する別の突然変異マウス系統であるTau 3R/4R #13の第10エキソン-第10イントロン領域のヌクレオチド配列である。
【0033】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物に影響を与える物質をスクリーニングする方法において、前記第10エキソンを発現しない改変タウ遺伝子を有する動物は、いずれの動物種でもかまわないが、マウス、ラットまたはマーモセットの場合がある。
【0034】
本発明の孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物に影響を与える物質をスクリーニングする方法において、前記タウ線維病理構造物は、該タウ線維病理構造物の脳内分布の経時的変化で特徴付けられる場合がある。
【図面の簡単な説明】
【0035】
図1】霊長類およびほ乳類の成体の脳において選択的スプライシングによって生じる可能性のあるタウタンパク質のアイソフォームの全てを示す模式図。
図2】sgRNA-6およびCas9 mRNAを顕微注入された前核期受精卵を偽妊娠マウスの子宮へ移植して誕生させ、得られたマウス仔のゲノムDNAを鋳型として増幅されたPCR産物の電気泳動図。
図3】本明細書の前記第10エキソンを発現しない改変タウ遺伝子を有する突然変異マウス系統であるTau 3R/4Rマウスの#2および#13系統と、野生型C57BL/6J系統マウスとのタウ遺伝子第10エキソンから第10イントロンにかけての染色体DNA配列のClustalXによるアライメント図。
図4】#2系統のヘミ接合体(#2 hemi)、#13系統のヘミ接合体(#13 hemi)および野生型マウス(WT)の成体マウス脳から抽出したタンパク質サンプルについてアルカリフォスファターゼによる脱リン酸化後に電気泳動を行い、電気泳動で分離されたタンパク質サンプルを膜に転写し、該膜を総タウ抗体(T46)で染色して得られたイムノブロット図。
図5図4と同じタンパク質サンプルについて3R型タウ特異抗体(RD3)および4R型タウ特異抗体(RD4)を用いて得られたイムノブロット図。
図6】#13系統のヘミ接合体(#13 hemi)、#13系統のホモ接合体(#13 homo)および野生型マウス(WT)の成体マウス脳から抽出したタンパク質サンプルについてアルカリフォスファターゼによる脱リン酸化後に電気泳動を行い、電気泳動で分離されたタンパク質サンプルを膜に転写し、該膜を総タウ抗体(T46)で染色して得られたイムノブロット図。
図7】マウス成体脳の右側線条体領域の組織にハミルトンシリンジを穿刺してタウシードを注入する様子の冠状断面模式図。
図8】アルツハイマー病(AD)、大脳皮質基底核変性症(CBD)およびピック病(PiD)の患者脳由来タウシードをTau 3R/4R突然変異マウスの右側線条体に接種して8ヶ月後に抜脳し、4%パラホルムアルデヒドで固定後、薄切し、抗リン酸化タウ抗体(AT8)による免疫組織化学染色を行った右側線条体領域の組織標本の顕微鏡写真。
図9】ヒトAD患者脳由来タウシードをTau 3R/4R突然変異マウスの右側線条体に接種して6ヶ月後に抜脳し、4%パラホルムアルデヒドで固定後、薄切し、同一視野について異なる蛍光色素で標識した3R型タウ特異抗体(RD3)および4R型タウ特異抗体(anti-4R)を同時に用いる免疫蛍光染色を行った右側線条体領域の組織標本の顕微鏡写真。図9左上は3R型タウ特異抗体(RD3)の標識蛍光色素のみを検出する条件での蛍光顕微鏡写真画像で、図9右上は4R型タウ特異抗体(anti-4R)の標識蛍光色素のみを検出する条件での蛍光顕微鏡写真画像で、図9左下は図9左上および右上の画像を合成した(merged)画像である。
図10】3R型及び4R型が等量蓄積したヒトAD患者脳由来のタウシードをTau 3R/4R突然変異マウスの右側線条体に接種して8ヶ月後に抜脳し、4%パラホルムアルデヒドで固定後、薄切し、抗リン酸化タウ抗体(AT8)による免疫組織化学染色を行った、右側線条体領域の組織標本の顕微鏡写真。
図11】ヒトAD患者脳由来タウシードをTau 3R/4R突然変異マウスの右側線条体に接種して3ヶ月後(3M)、6ヶ月後(6M)および9ヶ月後(9M)に抜脳し、4%パラホルムアルデヒドで固定後、同側の線条体(Striatum)、大脳皮質(Cerebral cortex)、視床(Thalamus)および扁桃体(Amygdala)の組織を薄切し、抗リン酸化タウ抗体(AT8)による免疫組織化学染色を行った組織標本の顕微鏡写真。
図12】アルツハイマー病(AD)、大脳皮質基底核変性症(CBD)およびピック病(PiD)の患者脳由来タウシードをTau 3R/4R突然変異マウスの右側線条体に接種して、9ヶ月後に抜脳し、4%パラホルムアルデヒドで固定後、同側の線条体の組織を薄切し、3R型タウ特異抗体(3Rtau)または4R型タウ特異抗体(4Rtau)による免疫組織化学染色を行った右側線条体領域の組織標本の顕微鏡写真。
図13】アルツハイマー病(AD)およびピック病(Pick)の患者脳由来タウシードをTau 3R/4R突然変異マウスの右側線条体に接種して、8ヶ月後に抜脳し、4%パラホルムアルデヒドで固定後、同側の線条体の組織を薄切し、ヒトタウ特異抗体(HT7)およびマウスタウ特異抗体(発明者らの研究室で作製)による免疫組織化学染色を行った右側線条体領域の組織標本の顕微鏡写真。
図14】アルツハイマー病(AD)およびピック病(Pick)の患者脳由来タウシードをTau 3R/4R突然変異マウスの右側線条体に接種して、8ヶ月後に抜脳し、4%パラホルムアルデヒドで固定後、同側の線条体の組織を薄切し、Gallyas-Braak銀染色を行った右側線条体領域の組織標本の顕微鏡写真。
図15】アルツハイマー病(AD)およびピック病(Pick)の患者脳由来タウシードをTau 3R/4R突然変異マウスの右側線条体に接種して、8ヶ月後に抜脳し、4%パラホルムアルデヒドで固定後、同側の線条体の組織を薄切し、12E8(pS262)抗体による免疫組織化学染色を行った右側線条体領域の組織標本の顕微鏡写真。
図16図16(左)は、4R型が蓄積したヒトCBD患者脳由来のタウシードをTau 3R/4R突然変異マウス右側線条体に接種8ヶ月後に抜脳し、4%パラホルムアルデヒドで固定後、薄切し、抗リン酸化タウ抗体(AT8)による免疫組織化学染色を行った、接種側の大脳皮質の組織標本の顕微鏡写真。図16(右)は、代表的なヒトCBD患者脳のアストロサイト斑を示す顕微鏡写真。図16(右)のヒトCBD患者脳のアストロサイト斑と同様のアストロサイト斑が図16(左)の突然変異マウス大脳皮質で検出された。
図17図17(左)は、タウオパチー疾患のアルツハイマー病(AD)、大脳皮質基底核変性症(CBD)およびピック病(Pick)の患者脳由来タウシードと、ハンチントン舞踏病(HD)の患者脳由来タウシードと、対照の健常人(HC)脳由来タウシードとをTau 3R/4R突然変異マウスの右側線条体に接種して、接種して9ヶ月後に抜脳し、サルコシル不溶性画分を調製し、該画分を電気泳動で分離したタンパク質サンプルを膜に転写し、該膜を総タウ抗体(T46)で染色して得られたイムノブロット図。図17(右)は、アルツハイマー病(AD)、進行性核上性麻痺(PSP)、大脳皮質基底核変性症(CBD)およびピック病(Pick)の患者脳のサルコシル不溶性画分を調製し、該画分を電気泳動で分離したタンパク質サンプルを膜に転写し、該膜をの抗リン酸化タウ抗体(AT8)を用いて染色して得られたイムノブロット図。
図18図18は、タウオパチー疾患のアルツハイマー病(AD)、大脳皮質基底核変性症(CBD)およびピック病(Pick)の患者脳由来タウシードと、ハンチントン舞踏病(HD)の患者脳由来タウシードと、対照の健常人(HC)脳由来タウシードとをTau 3R/4R突然変異マウスの右側線条体に接種して、接種して9ヶ月後に抜脳し、サルコシル不溶性画分を調製し、該画分を電気泳動で分離したタンパク質サンプルを膜に転写し、該膜を抗リン酸化タウ抗体(AT8およびpS396)で染色して得られたイムノブロット図。
図19図19は、それぞれ、タウオパチー疾患のアルツハイマー病(AD)、大脳皮質基底核変性症(CBD)およびピック病(Pick)の患者脳由来タウシードと、ハンチントン舞踏病(HD)の患者脳由来タウシードと、対照の健常人(HC)脳由来タウシードとをTau 3R/4R突然変異マウスの右側線条体に接種して、接種して9ヶ月後に抜脳し、サルコシル不溶性画分を調製し、該画分を電気泳動で分離したタンパク質サンプルを膜に転写し、該膜を3R型タウ特異抗体(RD3)および4R型タウ特異抗体(anti-4R)で染色して得られたイムノブロット図。
図20】AD患者脳由来タウシードをTau 3R/4R突然変異マウスの右側線条体に接種後、接種直後(Day0)、7日後(Day7)、14日後(Day14)、8か月後(8M)に抜脳し、左脳と右脳に分割後、左脳および右脳のサルコシル不溶性画分を別々に調製し、該画分を電気泳動で分離したタンパク質サンプルを膜に転写し、該膜を抗リン酸化タウ抗体(pS396、図20(上))およびマウスタウ特異抗体(発明者らの研究室で作製、図20(下))で染色して得られたイムノブロット図。
図21】AD患者脳由来タウシードをTau 3R/4R突然変異マウスの右側線条体に接種後、8か月後に抜脳し、4%パラホルムアルデヒドで固定後、線条体、大脳皮質および梨状皮質を含む組織を冠状断で薄切し、抗リン酸化タウ抗体(AT8)による免疫組織化学染色を行った組織標本の顕微鏡写真。
図22】AD患者脳由来タウシードをTau 3R/4R突然変異マウスの右側線条体に接種後、8か月後に抜脳し、4%パラホルムアルデヒドで固定後、視床、視床下核、扁桃体および側頭葉を含む組織を冠状断で薄切し、抗リン酸化タウ抗体(AT8)による免疫組織化学染色を行った組織標本の顕微鏡写真。
図23】AD患者脳由来タウシードをTau 3R/4R突然変異マウスの右側線条体に接種後、8か月後に抜脳し、4%パラホルムアルデヒドで固定後、黒質を含む組織を冠状断で薄切し、抗リン酸化タウ抗体(AT8)による免疫組織化学染色を行った組織標本の顕微鏡写真。
図24】AD患者脳由来タウシードをTau 3R/4R突然変異マウスの右側線条体に接種後のタウ線維病理構造物のマウス脳内伝播と、神経回路との関係を示す模式図。矢印はある領域から別の領域を支配する投射ニューロンの情報伝達の向き、すなわち、樹状突起から軸索への向きを表し、その横は各投射ニューロンの神経伝達物質(Glu:グルタミン酸、GABA:γアミノ酪酸、DA:ドーパミン)を表す。接種部位の線条体は白ヌキ文字で表し、タウ線維病理構造物が出現した部位を黒字で表す。
図25】タウ線維病理構造物接種実験における従来のモデルと本発明の孤発性タウオパチーモデル動物との相違を示す模式図。
【発明を実施するための形態】
【0036】
本明細書において、単数形の使用は、特に記さない限り複数形の使用を含む。すなわち、「a」及び「the」は、該冠詞が修飾するすべてのものの1つ又は複数を指す場合がある。例えば、「遺伝子」(“a gene”)は、1つの遺伝子又は2つ以上の遺伝子を含む。同様に、「患者」(“a patient”又は“the patient”)は、1人の患者又は複数の患者を指す場合がある。
【0037】
本明細書において孤発性タウオパチーモデル動物とは、タウオパチー患者の多くを占める孤発性タウオパチー患者の脳内でタウ線維病理構造物の脳内分布が経時的に変化する現象を再現する疾患モデル動物である。本発明の孤発性タウオパチーモデル動物に用いられる動物は、第10エキソンを発現しない改変タウ遺伝子を有する動物である。本明細書において「正常タウ遺伝子のみを有する動物」とは、タウ遺伝子については、当該動物に内在性のタウ遺伝子だけを有し、当該動物以外の他の生物種由来のいかなる脳で発現可能な外来タウ遺伝子も含まない動物を指す。したがって、本明細書の「正常タウ遺伝子のみを有する動物」は、タウ以外の他の遺伝子について外来遺伝子を含んでもかまわない。また、本明細書の「正常タウ遺伝子のみを有する動物」は、脳で発現可能でない外来タウ遺伝子を含んでもかまわない。ここで、外来遺伝子とは、受精卵および胚細胞へのDNA注入、ES細胞へのトランスフェクション、動物の卵または胚へのウイルスベクター感染等を含むが、これらに限定されない経路により当該動物の生殖系列細胞に導入されたDNAをいう。また外来タウ遺伝子とは、いずれかの生物種由来のタウタンパク質の少なくとも一部をコード化するDNAを含む外来遺伝子を指す。ある遺伝子について「脳で発現可能な」とは、当該遺伝子が、脳で発現する転写および/または翻訳調節の機能を有するDNA(例えば、プロモーターおよび/またはエンハンサー)と動作可能に連結されていて、当該遺伝子の産物であるRNAまたはタンパク質が脳で産生されることを指す。
【0038】
正常タウ遺伝子のみを有する動物は、タウ遺伝子の第10エキソンの選択的スプライシングで3R型および4R型の両方を発現することが可能である。ヒトの成体の脳では、3R型および4R型とがほぼ等量発現するのに対し、マウスなどの成体の脳では4R型だけが発現する。そこで、選択的スプライシングによらずにタウ遺伝子の第10エキソンの発現を抑制することができれば、成体の脳でも3R型を発現させることができる。その1つの解決策が、第10エキソンの発現しない改変タウ遺伝子を安定的に生殖系列に含むトランスジェニック動物を作成することである。本明細書において、第10エキソンを発現しない改変タウ遺伝子とは、第10エキソンだけは発現しないが、他のすべてのエキソンは正常に発現して、選択的スプライシングによって生じるのと同じ3R型アイソフォームのタウタンパク質が産生するタウ遺伝子の変異体をいう。第10エキソンを発現しない改変タウ遺伝子には、スプライシングの過程で第10エキソンがその前後に隣接するイントロンとともに切り出されて、第9エキソンが第11エキソンと直接連結するスプライシング異常を起こす改変が施される場合がある。また、第9エキソンが第10エキソンと連結するスプライシングが起こっても、第10エキソンからカルボキシル末端側の翻訳が停止するナンセンス突然変異またはフレームシフト突然変異や、アミノ酸残基の置換、欠失を起こすミスセンス突然変異によって第10エキソンを含むアイソフォームが存在しないか、正常なタウタンパク質の構造および機能を保持できない場合がある。
【0039】
したがって、本明細書において、第10エキソンを発現しない改変タウ遺伝子を有する動物は、少なくとも成体の脳において、3R型アイソフォームのタウだけを発現する。特に、正常タウ遺伝子のみを有する場合には成体脳において4R型タウアイソフォームだけを発現する動物種が、第10エキソンを発現しない改変タウ遺伝子を有する場合には、当該改変遺伝子だけで正常タウ遺伝子を全く持たない個体(以下、「homo個体」という。)では、3R型タウアイソフォームだけを成体脳で発現することになり、当該改変遺伝子と正常タウ遺伝子とを両方とも持つ個体(以下、「hemi個体」という。)では、3R型および4R型のタウアイソフォームを両方とも成体脳で発現する。そこで、正常タウ遺伝子のみを有する場合には成体脳において4R型タウアイソフォームだけを発現する動物種のhemi個体は、ヒトと同じタウアイソフォームパターン、すなわち、成体脳において3R型および4R型タウアイソフォームを両方とも発現するタウアイソフォームパターンを示す。そこで、当該hemi個体を用いることにより、よりヒトに近いタウオパチー疾患の動物モデルを提供することができる。
【0040】
本明細書において、第10エキソンを発現しない改変タウ遺伝子を有する動物の動物種は、正常タウ遺伝子のみを有する場合には成体脳において4R型タウアイソフォームだけを発現する動物種であることが好ましい。タウオパチー疾患の動物モデルとしては、いずれの動物種でもかまわないが、既に神経科学分野の実験動物として利用されている動物種がより好ましい。またタウオパチー疾患は認知・行動機能を低下させるため、高度な脳機能を有する動物種であることがさらに好ましい。ここで成体脳において4R型タウアイソフォームだけを発現するか、3R型および4R型タウアイソフォームを両方とも発現するかは、必ずしも系統分類学的な近縁性だけでは説明できない。この違いは第10エキソンから第10イントロンにかけての部分のステムループ構造の差によるものと考えられているからである(Grover、A.ら、J. Biological. Chem.、274: 15134 (1999)、D’ Souza、I.およびSchellenberg G.D.、J. Biological. Chem. 277: 26587 (2002))。例えば、齧歯類では、マウスおよびラットは成体の脳において4R型タウアイソフォームだけを発現するが、ウサギは3R型および4R型タウアイソフォームを両方とも発現する。そこで、マーモセットはヒトと同じ霊長類に属するが、成体の脳において4R型タウアイソフォームだけを発現する点でマウスおよびラットと同じ発現パターンを示す(Sharma,G.ら、J. Biological. Chem.、294: 11433 (2019))。
【0041】
第10エキソンを発現しない改変タウ遺伝子を有する動物は、ゲノム編集技術、遺伝子ターゲッティング技術またはベースエディティング技術で作製される。ここで、ゲノム編集技術は、CRISPR-Cas9(clustered regularly interspaced short palindromic repeats / CRISPR associated proteins)系、ZFN (Zinc-Finger Nuclease)系、TALEN (Transcription Activator-Like Effector Nuclease)系その他のヌクレアーゼを含む複合体の系により、DNA二本鎖を切断(Double Strand Breaks=DSBs)してゲノム配列の任意の場所を削除、置換、挿入することができる遺伝子改変技術をいう(Doudna、J.およびMali、P.編、CRISPR-Cas: A Laboratory Manual、CSHL Press、2016)。遺伝子ターゲッティング技術は、内在性の遺伝子の改変に相同組換えを用いる遺伝子改変技術である(Behringer, R.ら、Manipulating the Mouse Embryo: A Laboratory Manual、第4版、CSHL Press、2014)。この技術も、遺伝子の削除、エキソンの除去、遺伝子の導入、点変異の導入などに用いることができる。ベースエディティング技術は、シチジンデアミナーゼをRNA誘導性の不活性型Cas9複合体に連結することにより、DNAの二本鎖切断を起こさずに、DNA内でC-G塩基対をT-A塩基対へ変える遺伝子改変技術をいう(Nishida, K.ら、Science、353: aaf8729 (2016))。
【0042】
本明細書におけるタウシードとは、タウ線維病理構造物を出現させる能力を有する物質で、タウオパチー疾患のヒト患者脳のタウ線維病理構造物か、タウオパチー疾患のヒト以外の動物の脳のタウ線維病理構造物かに由来する不溶性物質と、タウ線維病理構造物以外のタウタンパク質の不溶性または可溶性の複合体とを含む。本明細書におけるタウシードがタウ線維病理構造物を出現させるのは、実験動物の脳内接種の場合の他、試験管内の培養細胞の場合(国際公開公報第WO2013/073219号パンフレット)を含む。該タウタンパク質の複合体には、例えば硫酸デキストランおよび多硫酸ペントサンを含む硫酸化グリコサミノグリカンのようなタンパク質以外の物質とタウ単量体とを試験管内でインキュベーションして得られるタウ複合体を含む(Hasegawa,M.ら、J.Biol.Chem.、272:33118(1997)、特開2015-122979)。前記タウ単量体は、ヒトその他の動物由来のタウタンパク質単量体と、試験管内で組み替えDNA技術により調製されたタウタンパク質の単量体またはその複合体と、試験管内の培養細胞で形成されたタウ線維病理構造物の分解産物のタウタンパク質の単量体またはその複合体とを含む。タウシードには、培養細胞または動物の脳にタウ線維病理構造物を出現させる能力を有することを条件として、タウタンパク質を含む物質であって、タウタンパク質のオリゴマー、単量体またはこれらの複合体その他の形態の物質を含む。
【0043】
本明細書におけるタウシードの調製、形成あるいは蓄積は、生化学的には、界面活性剤を含まない緩衝液に不溶な分画に特定の界面活性剤(例えば、サルコシル(sarkosyl))を添加して、該界面活性剤でも溶けないで遠心分離で沈殿する画分か、あるいは、可溶化の程度の異なる界面活性剤(例えば、Triton X-100およびサルコシル(sarkosyl))を弱い順に用いる差次的可溶化により、該差次的可溶化に用いた界面活性剤のうち可溶化の程度のより強い界面活性剤であるサルコシル(sarkosyl)でも溶けないで遠心分離で沈殿する画分か(Hosokawa,M.ら、J. Neuropath. Exp. Neurol., 74:158(2015))のイムノブロット解析で検討できる。また、生物物理学的には、電子顕微鏡または原子間力顕微鏡で直接観察される他、蛍光色素チオフラビンT(ThT)、あるいはチオフラビンS(ThS)のような蛍光色素による蛍光発色か円偏光二色性分析かでβシート構造形成の程度を測定することができる。試験管内でタウタンパク質のモノマーと硫酸化グリコサミノグリカンとの反応で生成したタウシードは、サルコシル不溶性、前記蛍光色素による蛍光発光、線維の電子顕微鏡的形態、円偏光二色性分析結果を含むが、これらに限定されない特性により特徴付けられる。前記サルコシル不溶性画分は、例えば、タウオパチー患者から採取された脳の凍結検体(0.2ないし0.5g)が5倍容量のA68緩衝液(10mM Tris-HCl(pH7.5)、0.8M NaCl、1mM EGTA、1mM DTT)のような緩衝液中でホモジナイズされ、懸濁液が作製され、該懸濁液にN-ラウロイルサルコシンナトリウムが終濃度1%添加され、37°Cで30分間インキュベーションされ、前記懸濁液が遠心分離(例えば12,000 x g、10分間、25°C)され、上清が回収される。、該上清はエッペンドルフ型チューブに約1300μLずつ分注され、さらに遠心分離(例えば100,000 x g、20分間、25°C)され、上清は廃棄され、沈殿は回収される。不溶性画分は、30mM Tris-HCl(pH 7.5)のような緩衝液に、出発材料である前記脳の凍結検体0.2gないし0.5gあたり90μLの割合で懸濁され、凍結保存され、希釈することなく、第10エキソンを発現しない改変タウ遺伝子を有する動物の脳に注入される。
【0044】
タウシードを前記動物の脳内に注入する際、注入部位は、中脳黒質、青斑核、嗅内野、線条体、海馬を含むがこれらに限定されない。生化学的手法および免疫組織学的手法によるタウ線維病理構造物の解析には主にメス個体が用いられ、行動試験による脳機能解析には主にオス個体が用いられるが、これらに限定されない。麻酔した動物を、脳定位固定装置に固定し、タウシードを脳内に注入する。注入部位はFranklin,K.B.J.およびPaxinos,G.(The Mouse Brain in Stereotaxic Coordinates、第4版、2012、Academic Press)、Paxinos,G.およびWatson,C.(The Rat Brain in Stereotaxic Coordinates、第7版、2013、Academic Press)、Hardman,C.D.およびAshwell,K.W.S.(Streotaxic and Chemoarchitectural Atlas of the Brain of the Common Marmoset (Callithrix jacchus)、2012、CRC Press)をもとに決定することができる。例えば、マウスの右側線条体に注入する場合は、A-P:+0.2mm、M-L:+2.0mm、D-V:-2.6mmの条件に設定され、マウスの右側中脳黒質に注入する場合は、A-P:-3.0mm、M-L:-1.3mm、D-V:-4.7mmの条件に設定される。10μLのハミルトンシリンジのような微量注入器具を用いて、5μLのタウシード懸濁液が注入される。マウスから脳を回収する際は断頭法で迅速に行うことができる。
【0045】
脳内のタウ線維病理構造物が脳内に注入されたタウシードからどのようにして形成されるか正確なメカニズムは不明である。しかし、脳内に注入されたタウシードが神経細胞内に取り込まれて、細胞内で発現したタウタンパク質のモノマーを凝集する核となって、細胞内でNFT、NT等の特徴的な病理構造物を形成するものと考えられる。当該病理構造物の形態学的特性は組織学的観察により検出できる。かかる形態学的特性には、前記病理構造物の個別の形態の他、神経細胞内外での局在や、脳組織内での分布を含むが、これらに限定されない。また、前記病理構造物の免疫組織化学的特性および生化学的特性は、タウタンパク質に対する抗体、3R型タウタンパク質に対する抗体、4R型タウタンパク質に対する抗体、リン酸化タウタンパク質に特異的な抗体を含むが、これらに限定されない抗体との反応により検出できる。さらに、前記病理構造物の生化学的特性は、界面活性剤を含まない緩衝液に不溶な分画に特定の界面活性剤(例えば、サルコシル(sarkosyl))を添加して、該界面活性剤でも溶けないで遠心分離で沈殿する画分か、あるいは、界面活性剤(例えば、Triton X-100およびサルコシル(sarkosyl))を弱い順に用いる差次的可溶化により、該差次的可溶化に用いた界面活性剤のうち可溶化の程度のより強い界面活性剤であるサルコシルでも溶けないで遠心分離で沈殿する画分か(Hosokawa,M.ら、J. Neuropath. Exp. Neurol., 74:158(2015))のイムノブロット解析で検出でき、不溶性画分での検出可能性と、リン酸化等の翻訳後修飾の有無および程度とを含むが、これらに限定されない。
【0046】
本明細書において「試験群」は効果を確認したい条件で処理された1個体以上の動物をいう。本明細書において、「対照群」とは、試験群と異なる条件で処理された1個体以上の動物をいう。試験群と対照群との条件の違いは、例えば注入手術を施すことまでは同じだが、注入液にタウシードが含まれるか否かの違いの場合もあれば、注入液にタウシードとともにタウシード以外の物質が含まれるかの違いの場合もあれば、注入されるタウシードの特徴が試験群と対照群とで違う場合もあれば、タウシードを注入する手術を施されるか、全く手術が施されないかの違いの場合もある。本発明のスクリーニング方法において、「試験物質」とは、スクリーニングの対象となる、タウ線維病理構造物形成に影響を与える効果が未知の医薬候補物質のそれぞれを指す。本発明の試験物質は、タウシードと同時に脳内に注入される場合もあれば、別の投与経路で投与される場合もある。前記別の投与経路は、経口投与、非経口投与、静脈、筋肉、腹腔等への注射、吸入を含むが、これらに限定されない。本発明の試験物質の投与は、タウシードを脳内注入するステップの前に、同時に、および/または、後に、1回または2回以上か、連続的にか、間歇的にか実行される場合がある。本発明のスクリーニング方法において、「対照物質」とは、タウ線維病理構造物の特性に影響を与える効果が既知の物質を指す。タウ線維病理構造物の特性の比較は、異なる条件で脳内注入手術を施した後同じ期間経過後に回収された脳のタウ線維病理構造物の特徴の比較の他、同じ条件で脳内注入手術を施された動物から異なる時期に回収された脳のタウ線維病理構造物の特徴の比較の場合を含むが、これらに限定されない。
【0047】
本明細書において、動物の行動特性は、以下の行動試験に示される試験環境に置かれた動物の行動を監視、記録して、評価または測定される特徴を含むが、これらに限定されない。マウスの行動試験は、例えばCrawley、J.N.(What’s Wrong With My Mouse?: Behavioral Phenotyping of Transgenic and Knockout Mice、第2版、John Wiley & sons、(2007))に記載されるプロトコールを用いて行うことができる。ラットの行動試験は、例えばWhishaw、I.Q.およびKolb、B.(The Behavior of the Laboratory Rat: A Handbook with Tests、Oxford University Press (2004))に記載されるプロトコールを用いて行うことができる。マーモセットの行動試験は、例えばWatson、C.F.I.(Social Contagion in Common Marmosets (Callithrix jacchus): Implications for Cognition, Culture and Welfare、University of Stirling博士学位論文、https://dspace.stir.ac.uk/handle/1893/3446#t1(2011))、および、Marini、R.P.ら(The Common Marmoset in Captivity and Biomedical Research、第1版、Academic Press(2018))に記載されるプロトコールを用いて行うことができる。
【0048】
本明細書において「少なくとも一部の動物から脳を回収する」とは、同じ条件で脳内注入手術を施された複数の動物からなる群を、脳内注入後同じ期間経過後に全ての動物から脳を回収するのではなく、一部の動物は残しておいて、異なる期間経過後に脳を回収することをいう。例えば、動物の脳内に注入して3ヶ月と6ヶ月とに脳を回収する場合がある。
【0049】
本件明細書に添付する配列表の配列は以下のとおりである。
配列番号1:Tau 3R/4R #2の第10エキソン領域のDNA配列
配列番号2:Tau 3R/4R #13の第10エキソン領域のDNA配列
配列番号3:短鎖ガイドRNA tau sgRNA相補配列候補-6のDNA配列
配列番号4:tau sgRNA-6調製用順方向プライマーのDNA配列
配列番号5:tau sgRNA-6調製用逆方向プライマーのDNA配列
配列番号6:タウ遺伝子ゲノム編集個体同定用順方向プライマーのDNA配列
配列番号7:タウ遺伝子ゲノム編集個体同定用逆方向プライマーのDNA配列
配列番号8:野生型マウスC57BL/6の第10エキソン領域のDNA配列
配列番号9:短鎖ガイドRNA tau sgRNA-6合成用DNA断片のtracrRNA領域をコード化するレンサ球菌(Streptococcus pyogenes)由来のDNA配列
配列番号10:短鎖ガイドRNA tau sgRNA-6の全長RNA配列
配列番号11:マウスのタウ遺伝子の第10エキソンないし第10イントロン領域のうち第10エキソンのスプライシングに関与する部分の配列をヒトのタウ遺伝子に置換したドナーDNA配列
【0050】
本明細書において言及される全ての文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。
【0051】
以下に説明する本発明の実施例は例示のみを目的とし、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載によってのみ限定される。本発明の趣旨を逸脱しないことを条件として、本発明の変更、例えば、本発明の構成要件の追加、削除および置換を行うことができる。
【0052】
本実施例に記載の実験は、東京都医学総合研究所動物実験倫理審査委員会において、動物実験計画登録番号13066「マウス・ラット・ウサギを用いた神経変性疾患モデルの構築と治療法の検討」として平成25年3月29日に承認された。
【実施例
【0053】
実施例1 ゲノム編集法による第10エキソンを発現しない改変タウ遺伝子を有する動物の作製
(1.1)材料および方法
(1.1.1)短鎖ガイドRNAの選択
マウスのゲノム上のタウ遺伝子領域の第10エキソンから第10イントロンにかけて、CRISPR/Cas9でゲノム編集ができる位置を、様々な条件を考慮して当業者に周知の方法で選定した。その結果、短鎖ガイドRNA tau sgRNA相補配列候補-6(5’-GAAGGAUAAUAUCAAACACGUCCCGG-3’、配列番号3)のDNA配列が選択された。
【0054】
(1.1.2)Cas9メッセンジャーRNAおよび短鎖ガイドRNAの調製
Cas9プラスミド(pCMV-Cas9, Transposagen、株式会社アンテグラル(旧:株式会社アプロサイエンス))を制限酵素XbaI(NEB#R0145S、ニュー・イングランド・バイオラボ・ジャパン株式会社)で切断し、線状化DNAをQIAquick PCR Purification Kit(QIAGEN#28104、株式会社キアゲン)を用いて精製した。該線状化DNAと、mMESSAGE mMACHINE T7 Ultra Kit (Life Technologies# AM1345M、ライフテクノロジーズジャパン株式会社)とを用いてCas9 mRNAを合成した。MEGAclear Kit(Life Technologies#AM1908、ライフテクノロジーズジャパン株式会社)によりCas9 mRNAを精製した。本発明の単鎖ガイドRNA tau sgRNA-6は、Hwang、W.Y.ら(Nature Biotechnology、31:227(2013))を参考にして、前節(1.1.1)で選択されたtau sgRNA相補配列候補-6と、Casタンパク質との結合領域のRNAとが連結した1本鎖RNAである。該tau sgRNA-6を転写反応で合成するための鋳型DNAを作製するため、tau sgRNA-6の3’末端側のtracrRNA領域をコード化するレンサ球菌(Streptococcus pyogenes)由来のDNA断片(配列番号9:5’-GTTTTAGAGCTAGAAATAGCAAGTTAAAATAAGGCTAGTCCGTTATCAACTTGAAAAAGTGGCACCGAGTCGGTGCTTTTAAA-3’)がベクター(pTAKN-2)に挿入されたsgRNA合成用ベクターを作成した。該ベクターを鋳型とし、tau sgRNA-6調製用順方向プライマーとして5’-GACTTAAGCTAATACGACTCACTATAGGATAATATCAAACACGTCCGTTTTAGAGCTAGAAATAGCAAGT-3’(配列番号4)およびtau sgRNA-6調製用逆方向プライマーとして5’-AAAAGCACCGACTCGGTGCC-3’(配列番号5)と、PrimeSTAR HS DNA Polymerase (TaKaRa Bio#R010A、タカラバイオ株式会社)およびQIAquick PCR Purification Kit(QIAGEN#28104、株式会社キアゲン)とを用いてPCR反応を行い、PCR反応産物を精製して、tau sgRNA-6合成用鋳型DNA断片とした。該tau sgRNA-6合成用鋳型DNA断片とMEGAshortscrip T7 Kit(Life Technologies #AM1354M、ライフテクノロジーズジャパン株式会社)とを用いてRNAを合成した。合成されたtau sgRNA-6は、MEGAclear Kit(Life Technologies#AM1908、ライフテクノロジーズジャパン株式会社)により精製した。
【0055】
(1.1.3)Cas9メッセンジャーRNAおよび短鎖ガイドRNA tau sgRNA-6の顕微注入および胚の操作
tau sgRNA-6をCas9 mRNAとともにC57BL/6J系統の前核期受精卵に顕微注入した。注入されたマウス胚を偽妊娠マウスの子宮へ移植した(Mali, P.ら、Science、339: 823 (2013)、Wang, H.ら、Cell、153: 910 (2013)、Yang, H.ら、Cell、154: 1370 (2013))。なお、一部の実験では、マウスのタウ遺伝子の第10エキソンないし第10イントロン領域のうち第10エキソンのスプライシングに関与する部分の配列をヒトのタウ遺伝子に置換したドナー配列(配列番号11)のDNAをpBluescript II SK(+)ベクターの制限酵素EcoRV切断サイトにクローニングしたプラスミドの環状DNAを、tau sgRNA-6およびCas9 mRNAとともにC57BL/6J系統の前核期受精卵に顕微注入した。配列番号11のドナー配列には、当該ヒトのタウ遺伝子に置換したドナー配列を染色体上に取り込んだマウスの識別のため、第495位のヌクレオチドがチミジンとなるサイレント突然変異が導入されているので、制限酵素Tau Iで切断できる。
【0056】
(1.1.4)産生個体のジェノタイピング
マウスの尾よりろ紙上に血液を1滴採取し、直径1.2 mmの円形に切り出した物をPCRの鋳型とした。PCRは順方向プライマーとして5’-CCAGATTCCTTTTGTGACTTCCAGGGTGCCATCC-3’(配列番号6)、逆方向プライマーとして5’-CCAGAGATGAGGGAAGAGGTGTCAGCC-3’(配列番号7)をMightyAmp(タカラバイオ株式会社)、用いて行った。ABI Veriti thermal cycler (Applied Biosystems、サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社)を使用し、98℃で2分間インキュベーションした後に、各サイクルが、98℃で10秒間、60℃で15秒間、68℃で35秒間の順にインキュベーションする条件のサイクルを32回繰り返してPCR反応を行った。PCR反応産物は1%アガロースゲルで電気泳動を行った。本明細書のTau 3R/4R突然変異マウスのタウ遺伝子第10エキソンから第10イントロンにかけての染色体DNA配列は、該当するバンドをpMD20-T(タカラバイオ株式会社)にクローニングした後、ダイターミネーター法により決定した。また、本明細書のTau 3R/4R突然変異マウスの複数の系統と、野生型C57BL/6J系統マウスとのタウ遺伝子第10エキソンから第10イントロンにかけての染色体DNA配列は、Larkin,M.A.ら、(Bioinformatics、23:2947(2007))に説明されるClustalX を用いてアライメントを取って解析した。
【0057】
(1.1.5)イムノブロッティング
マウスの脳をA68バッファー(10mM Tris-HCl、pH7.5、0.8M NaCl、1mM EGTA、10% ショ糖)中でホモジナイズし、100,000xg、4℃で20分間超遠心した。上清を-20℃で保管し、一部を用いてアルカリフォスファターゼによる脱リン酸化反応を行った。サンプルをSDS-PAGEサンプルバッファーに懸濁し、100℃で5分間加熱した。10% SDS-PAGE上で200V、45分間電気泳動し、泳動後のゲル内で分離されたタンパク質をPVDF膜に転写した。転写されたPVDF膜を3%ゼラチンでブロッキングしたのち、1次抗体としてT46(1:1,000、Invitrogen(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社))、RD3(1:1,000、Millipore(メルク株式会社))、anti-4R(1:1,000、当研究室で作製)、AT8(1:1,000、Innogenetics(コスモ・バイオ株式会社))、pS396(1:1,000、Calbiochem(メルク株式会社))およびマウスタウ特異抗体(1:1,000、当研究室で作製)を1晩反応させた。PVDF膜を洗浄したのち、抗マウスIgG-HRPまたは抗ウサギIgG-HRP(1:50,000、Bio-Rad(バイオ・ラッド ラボラトリーズ株式会社))と1時間反応し、SuperSignal West Dura Extended Duration Substrate(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社)を用いて化学発光を行った。化学発光はLAS-4000 mini(GE Healthcare(GEヘルスケア・ジャパン株式会社))で検出した。化学発光検出終了後、前記PVDF膜を洗浄し、anti-mouse IgG-Biotinまたはanti-rabbit IgG-Biotin(1:500、Vector Laboratories(フナコシ株式会社))を1時間反応させた。前記PVDF膜を洗浄後ABC液(Vector Laboratories(フナコシ株式会社))に1時間浸漬し、ジアミノベンジジン/NiCl/Hで発色させた。
【0058】
(1.1.6)AD患者脳からのサルコシル不溶性画分の抽出
AD患者脳(0.2g)を1.8mLのA68バッファー中でホモジネートした。さらにA68バッファーを1.8mL、20%サルコシルを400μL加え、37℃で30分インキュベーションを行った。100,000 x g、4℃で10分間遠 心後、上清を回収し、さらに50,000rpm、4℃、20分遠心した。ペレットを生理食塩水で洗浄し、30μLの30mM Tris-HCl(pH7.5)を加えて超音波処理を行った(Grover、A.ら、J.Biological.Chem.、274:15134(1999))。出発材料である前記脳の凍結検体0.2gあたり90μLの30mM Tris-HCl(pH 7.5)に懸濁され、凍結保存され、希釈することなく、第10エキソンを発現しない改変タウ遺伝子を有する動物の脳に注入された。対照実験に用いる健常人(Healthy Control)由来のタウシードは、前記AD患者脳と同様に不溶性画分が調製され、前記動物の脳に注入された。
【0059】
(1.1.7)Tau 3R/4R突然変異マウスを用いたタウ線維病理構造物の脳内伝播モデルの作製
前節(1.1.5)で説明したとおりに抽出したAD患者脳のサルコシル不溶性画分をTau 3R/4R突然変異マウスの右側線条体(ブレグマからAnterior-Posterior=+0.2mm、Medial-Lateral=+2.0mm、Dorsal-Ventral=-2.6mm)へ接種した(マウス1匹あたり5μL)。接種から8ヶ月後に抜脳し、4%パラホルムアルデヒドで固定後、20%ショ糖液に置換した。脳を凍結ミクロトームで30μmに薄切し、免疫組織化学染色を行った。薄切切片をギ酸処理10分、オートクレーブ110℃10分、その後室温で30分間過酸化水素処理し、ビオチン化AT8抗体(Innogenetics(コスモ・バイオ株式会社))を1,000倍希釈で反応させた。その後アビジン-ビオチン化HRP複合体 (Vector Laboratories(フナコシ株式会社))を反応させ、ジアミノベンジジン/硫酸ニッケルアンモニウムにて発色を行った。対比染色はKernechtrot液(メルク株式会社)を用いた(D’ Souza、I.およびSchellenberg G.D.、J.Biological.Chem.277:26587(2002))。また、3R型および4Rタウ型アイソフォームに特異的な抗体による染色には、RD3抗体(Millipore(メルク株式会社)、1,000倍希釈)およびanti-4R抗体(当研究室で作製、1,000倍希釈)を用い、対比染色はヘマトキシリン液を使用した。そのほか、ヒトタウ特異抗体HT7(Innogenetics(コスモ・バイオ株式会社))、マウスタウ特異抗体(当研究室で作製、1,000倍希釈)、12E8抗体(pS262、当研究室で作製、1,000倍希釈)を用いた。
【0060】
(1.2)結果
(1.2.1)Tau 3R/4R突然変異マウスの作製
tau sgRNA-6およびCas9 mRNAのマイクロインジェクションにより、26匹の産仔を得た。ジェノタイピングをするためにPCRを行い、そのPCR産物を電気泳動した結果の一部を図2に示す。図2は、左端のレーンに100bpのDNAサイズマーカーを、その他は26匹の産仔のうち1~13番までの産仔のゲノムDNAから配列番号3および4のプライマー対で増幅したDNAを各レーンに流した電気泳動写真である。PCRによって容易に変異の有無の判別がつく、#2と#13を選択し、繁殖を行いさらなる解析を進めることにした。
【0061】
DNA配列決定の結果、タウ遺伝子の第10エキソンの3’末端側から第10イントロンにかけて、#2突然変異系統は塩基対107個の欠失があり、#13突然変異系統は塩基対211個の挿入および塩基対4個の欠失があることが判明した。pBluescript II SK(+)ベクターに配列番号11のドナー配列DNAを挿入したプラスミド由来のDNAは#2にも#13にも検出されなかったので、#2および#13で見つかったマウスタウ遺伝子の突然変異は、ともにCRISPR-Cas9系のみにより誘導されたものと考えられる。図3はTau 3R/4R突然変異マウスの#2および#13系統と、野生型C57BL/6J系統マウスとのタウ遺伝子第10エキソンから第10イントロンにかけての染色体DNA配列のClustalXによるアライメント図である。両系統とも第10エキソン-第10イントロンの部分にゲノム編集がおこってスプライシングの5’-ドナーサイトが破壊されており、#13では第10エキソンの途中でストップコドンが現れることから、両系統とも第10エキソンが機能しないと予測された。
【0062】
(1.2.2)Tau 3R/4R突然変異マウスで発現するタウアイソフォームの解析
図4は、#2系統のヘミ接合体(#2 hemi)、#13系統のヘミ接合体(#13 hemi)および野生型マウス(WT)の成体マウス脳から抽出したタンパク質サンプルについてアルカリフォスファターゼによる脱リン酸化後に電気泳動を行い、総タウ抗体(T46)を用いてイムノブロッティングを行った結果である。図4に示すとおり、野生型マウスの脳では4R型タウのアイソフォーム3種類しか検出されなかった。しかし、#2系統のヘミ接合体(#2 hemi)および#13系統のヘミ接合体(#13 hemi)では、4R型タウのアイソフォーム3種類に加え、3R型タウのアイソフォーム3種類も検出された。つまり、#2および#13系統のヘミ接合体では、ヒトと同様に、3R型および4R型タウのアイソフォーム6種類が脳内で発現していた。
【0063】
図5は、図4と同じタンパク質サンプルを3R型タウ特異抗体(RD3)および4R型タウ特異抗体(RD4)を用いてイムノブロッティングを行った結果である。図5に示すとおり、野生型マウスの成体脳では3R型タウは検出されず、4R型タウのみが検出されるのに対し、#2 hemiおよび#13 hemiマウスの成体脳では3R型および4R型タウの両方が検出された。
【0064】
図6は、#13系統のヘミ接合体(#13 hemi)、#13系統のホモ接合体(#13 homo)および野生型マウス(WT)の成体マウス脳から抽出したタンパク質サンプルについてアルカリフォスファターゼによる脱リン酸化後に電気泳動を行い、電気泳動で分離されたタンパク質サンプルを膜に転写し、該膜を総タウ抗体(T46)で染色してイムノブロッティングを行った結果である。第10エキソン破壊ヘミ接合体マウス同士を交配することにより作製した第10エキソン破壊ホモ接合体マウスの成体脳では4R型タウはどのアイソフォームも検出されず、3Rタウ型のアイソフォーム3種類だけが検出された。以上の結果から、#2および#13系統は、成体の脳で3R型タウと4R型タウとがほぼ等量発現するという、ヒト成体の脳でのタウタンパク質のアイソフォーム発現パターンを再現するTau 3R/4R突然変異マウスであることが確認できた。Tau 3R/4R突然変異マウスの#2および#13系統は、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センター(NPMD)に2019年2月27日付けで寄託され、それぞれ、受領番号NITE AP-02897およびNITE AP-02898が付与された。さらに、2020年2月26日付けで国際寄託番号NITE BP-02897およびNITE BP-02898が付与された。
【0065】
実施例2 Tau 3R/4R突然変異マウスを用いるヒトタウオパチー患者脳由来シードの接種
(2.1)Tau 3R/4R突然変異マウスへのヒトAD患者脳由来タウシードの接種
図7は、マウス成体脳の右側線条体領域の組織にハミルトンシリンジを穿刺してタウシードを注入する様子の冠状断面模式図である。以下の実施例では、Tau 3R/4R突然変異マウスとして、#13系統のヘミ接合体を用いた。ここではタウシードとしてAD患者脳のサルコシル不溶性画分(5μl)を用い、Tau 3R/4R#13系統マウスヘミ接合体の右側線条体に接種した。マウスはイソフルランによる吸入麻酔によって麻酔された。導入麻酔:4 vol.%、0.4 L/min。維持麻酔2 vol.%、0.2 L/minで麻酔をおこなった。脳定位固定装置(stoelting、51600/51615)に固定された。注入部位はFranklin,K.B.J.およびPaxinos,G.(The Mouse Brain in Stereotaxic Coordinates、第4版、2012、Academic Press)を基に決定された。マウスの右側線条体に注入する場合は、A-P:+0.2mm、M-L:+2.0mm、D-V:-2.6mmの条件に設定された。10μLのハミルトンシリンジ(HAMILTON、#80330)を用いて、5μLのタウシード懸濁液を注入した。接種から8ヶ月後に抜脳し、4%パラホルムアルデヒドで固定後、薄切し、抗リン酸化タウ抗体(AT8)による免疫組織化学染色を行った。
【0066】
図8は、アルツハイマー病(AD)、大脳皮質基底核変性症(CBD)およびピック病(PiD)の患者脳由来タウシードをTau 3R/4R突然変異マウスの右側線条体に接種して8ヶ月後に抜脳し、4%パラホルムアルデヒドで固定後、薄切し、抗リン酸化タウ抗体(AT8)による免疫組織化学染色を行った右側線条体領域の組織標本の顕微鏡写真である。図8に示すとおり、いずれのタウオパチー疾患の患者脳由来シードを接種した場合でも、接種部位の右側線条体にタウ線維病理構造物が形成された。
【0067】
図9は、ヒトAD患者脳由来タウシードをTau 3R/4R突然変異マウスの右側線条体に接種して6ヶ月後に抜脳し、4%パラホルムアルデヒドで固定後、薄切し、3R型タウ特異抗体(RD3)および4R型タウ特異抗体(anti-4R)による免疫蛍光染色を行った組織標本の顕微鏡写真である。図9左上は3R型タウ特異抗体(RD3)の標識蛍光色素のみを検出する条件での蛍光顕微鏡写真画像で、図9右上は4R型タウ特異抗体(anti-4R)の標識蛍光色素のみを検出する条件での蛍光顕微鏡写真画像で、図9左下は図9左上および右上の画像を合成した(merged)画像である。図9に示すとおり、ヒトAD患者脳由来タウシードをTau 3R/4R突然変異マウスに接種した場合には、3R型および4R型タウを有するタウ線維病理構造物が形成され、しかも、3R型および4R型タウは共局在することが観察された。
【0068】
図10は、3R型及び4R型が等量蓄積したヒトAD患者脳由来のタウシードをTau 3R/4R突然変異マウスの右側線条体に接種して8ヶ月後に抜脳し、4%パラホルムアルデヒドで固定後、薄切し、抗リン酸化タウ抗体(AT8)による免疫組織化学染色を行った組織標本の顕微鏡写真である。図10に示すとおり、ヒトAD患者脳由来タウシードをTau 3R/4R突然変異マウスに接種した場合には、マウス脳内で、アルツハイマー病に特徴的な病理組織学的な所見である、神経原線維変化(neurofibrillary tangle)が観察された。
【0069】
(2.2)Tau 3R/4R突然変異マウスを用いたタウ線維病理構造物の脳内伝播
図11は、ヒトAD患者脳由来タウシードをTau 3R/4R突然変異マウスの右側線条体に接種して3ヶ月後(3M)、6ヶ月後(6M)および9ヶ月後(9M)に抜脳し、4%パラホルムアルデヒドで固定後、同側の線条体(Striatum)、大脳皮質(Cerebral cortex)、視床(Thalamus)および扁桃体(Amygdala)の組織を薄切し、抗リン酸化タウ抗体(AT8)による免疫組織化学染色を行った組織標本の顕微鏡写真である。図11に示すとおり、接種して3ヶ月後の線条体、大脳皮質および視床と、接種して6ヶ月後の扁桃体とにおいてタウ線維病理構造物が形成され、接種後の時間経過とともにタウ線維病理構造物の形成が亢進することが観察された。
【0070】
(2.3)シード依存的タウ線維病理構造物の蓄積
既に説明したとおり、ヒトのタウオパチー患者脳に蓄積するタウ線維病理構造物中のタウタンパク質のアイソフォーム組成は疾患ごとに異なることが知られている。すなわち、ADでは3R型および4R型が等量蓄積し、PiDでは3R型のみが蓄積し、そして、CBDおよびPSPでは4R型のみが蓄積する。図12は、アルツハイマー病(AD)、大脳皮質基底核変性症(CBD)およびピック病(PiD)の患者脳由来タウシードをTau 3R/4R突然変異マウスの右側線条体に接種して、9ヶ月後に抜脳し、4%パラホルムアルデヒドで固定後、同側の線条体の組織を薄切し、3R型タウ特異抗体(3Rtau)および4R型タウ特異抗体(4Rtau)による免疫組織化学染色を行った組織標本の顕微鏡写真である。図12に示すとおり、3R型および4R型タウが等量蓄積するAD患者脳由来タウシードをTau 3R/4R突然変異マウスの脳に接種すると、3R型および4R型タウを有するタウ線維病理構造物が形成された。4R型タウのみが蓄積するCBD患者脳由来タウシードをTau 3R/4R突然変異マウスの脳に接種すると、4R型タウのみを有するタウ線維病理構造物が形成された。3R型タウのみが蓄積するPiD患者脳由来タウシードをTau 3R/4R突然変異マウスの脳に接種すると、3R型タウのみを有するタウ線維病理構造物が形成された。したがって、タウシードが3R型か4R型かその両方かに対応して、3R型タウまたは4R型タウのみか、3R型および4R型の両方かを有するタウ線維病理構造物が形成されることがTau 3R/4R突然変異マウスを用いることにより生体内で実証された。
【0071】
(2.4)ヒトタウシード接種によるタウ線維病理構造物の誘導
図13は、アルツハイマー病(AD)およびピック病(Pick)の患者脳由来タウシードをTau 3R/4R突然変異マウスの右側線条体に接種して、8ヶ月後に抜脳し、4%パラホルムアルデヒドで固定後、同側の線条体の組織を薄切し、ヒトタウ特異抗体(HT7)およびマウスタウ特異抗体(発明者らの研究室で作製)による免疫組織化学染色を行った組織標本の顕微鏡写真である。図13に示すとおり、3R型および4R型タウが等量蓄積するAD患者脳由来タウシードを接種する場合でも、3R型タウのみが蓄積するPiD患者脳由来タウシードを接種する場合でも、形成されたタウ線維病理構造物にはマウスタウのみが検出され、ヒトタウは検出されなかった。したがって、接種されたタウシードに含まれていたヒトタウは分解され、Tau 3R/4R突然変異マウスで産生されるマウスタウが凝集してタウ線維病理構造物を形成すると考えられる。
【0072】
(2.5)ヒトの病理の再現
Pick病患者の脳ではGallyas-Braak銀染色は陰性であるとの過去の報告があり、それが本発明のタウオパチー疾患モデル動物で再現できるかをテストした。図14は、アルツハイマー病(AD)およびピック病(Pick)の患者脳由来タウシードをTau 3R/4R突然変異マウスの右側線条体に接種して、8ヶ月後に抜脳し、4%パラホルムアルデヒドで固定後、同側の線条体の組織を薄切し、Gallyas-Braak銀染色を行った組織標本の顕微鏡写真である。図14に示すとおり、AD接種マウス脳ではGallyas-Braak銀染色陽性であったが、Pick病接種マウス脳は陰性であった。
【0073】
また、Pick病患者の脳ではタウのS262はリン酸化されていないという報告があるので、本発明のタウオパチー疾患モデル動物で再現できるかテストした。図15は、アルツハイマー病(AD)およびピック病(Pick)の患者脳由来タウシードをTau 3R/4R突然変異マウスの右側線条体に接種して、8ヶ月後に抜脳し、4%パラホルムアルデヒドで固定後、同側の線条体の組織を薄切し、12E8(pS262)抗体による免疫組織化学染色を行った右側線条体領域の組織標本の顕微鏡写真である。図15に示すとおり、AD患者脳由来タウシードを接種したマウスの脳ではタウ線維病理構造物でS262がリン酸化されている像が確認されたが、Pick病者脳由来タウシードを接種したマウスの脳ではタウ線維病理構造物でS262リン酸化抗体陽性像は観察されなかった。そこでピック病患者脳由来タウシードをTau 3R/4R突然変異マウスの脳内に接種して得られる本発明の孤発性タウオパチーモデル動物は、Gallyas-Braak銀染色性と、タウのS262のリン酸化とについて、Pick病タウの性質を再現できたと考えられる。
【0074】
図16(左)は、4R型が蓄積したヒトCBD患者脳由来のタウシードをTau 3R/4R突然変異マウス脳の右側線条体に接種して8ヶ月後に抜脳し、4%パラホルムアルデヒドで固定後、薄切し、抗リン酸化タウ抗体(AT8)による免疫組織化学染色を行った、接種側の大脳皮質の組織標本の顕微鏡写真である。図16(右)は、同様に固定および染色を行ったヒトCBD患者脳のアストロサイト斑を示す顕微鏡写真である。図16(左)に示すヒトCBD患者脳由来のタウシードを接種したマウス脳でも、図16(右)のヒトCBD患者脳と同様にアストロサイト斑が形成されたことから、CBD患者脳由来タウシードをTau 3R/4R突然変異マウスの脳内に接種して得られる本発明の孤発性タウオパチーモデル動物は、アストロサイト斑の形成について、CBDタウの性質を再現できたと考えられる。
【0075】
実施例3 生化学的解析
(3.1)接種した患者脳由来タウシードのタウアイソフォームと当該患者脳由来タウシードにより形成されたタウ線維病理構造物のタウアイソフォームとの関係
図17(左)、18および19は、それぞれ、タウオパチー疾患のアルツハイマー病(AD)、大脳皮質基底核変性症(CBD)およびピック病(Pick)の患者脳由来タウシードと、ハンチントン舞踏病(HD)の患者脳由来タウシードと、対照の健常人(HC)脳由来タウシードとをTau 3R/4R突然変異マウスの右側線条体に接種して、接種して9ヶ月後に抜脳し、サルコシル不溶性画分を調製し、総タウ抗体(T46)、抗リン酸化タウ抗体(AT8およびpS396)、3R型タウ特異抗体(RD3)および4R型タウ特異抗体(anti-4R)を用いてイムノブロッティングを行った結果である。図17(右)は、アルツハイマー病(AD)、大脳皮質基底核変性症(CBD)およびピック病(Pick)の患者脳のサルコシル不溶性画分の抗リン酸化タウ抗体(AT8)を用いてイムノブロッティングを行った結果である。
【0076】
図17(左)に示すとおり、総タウ抗体(T46)による検出ではAD脳由来タウシードを接種したTau 3R/4R突然変異マウスの脳のサルコシル不溶性画分で3R型タウおよび4R型タウに該当するバンドが検出され、CBD脳由来タウシードを接種したTau 3R/4R突然変異マウスの脳のサルコシル不溶性画分では4R型タウのみのバンドが検出され、Pick病脳由来タウシードを接種したTau 3R/4R突然変異マウスの脳のサルコシル不溶性画分では3R型タウのみのバンドが検出された。
【0077】
図18に示すとおり、抗リン酸化タウ抗体(AT8およびpS396)による検出では、アルツハイマー病(AD)、大脳皮質基底核変性症(CBD)およびピック病(Pick)の患者脳由来タウシードを接種したTau 3R/4R突然変異マウスの脳のサルコシル不溶性画分のタウがリン酸化されていた。
【0078】
図19(左)に示すとおり、3R型タウ特異抗体(RD3)による検出では、アルツハイマー病(AD)およびピック病(Pick)の患者脳由来タウシードの患者脳由来タウシードを接種したTau 3R/4R突然変異マウスの脳のサルコシル不溶性画分のタウのバンドが検出された。図19(右)に示すとおり、4R型タウ特異抗体(anti-4R)による検出では、アルツハイマー病(AD)および大脳皮質基底核変性症(CBD)の患者脳由来タウシードを接種したTau 3R/4R突然変異マウスの脳のサルコシル不溶性画分のタウのバンドが検出された。そこで以上の生化学的解析から、接種した患者脳由来タウシードのタウアイソフォームが、当該患者脳由来タウシードにより形成されたタウ線維病理構造物のタウアイソフォームと対応することが確認された。
【0079】
(3.2)接種したヒトADタウシードが種の壁を越えてマウスタウをタウ線維病理構造物に変換する
図20は、AD患者脳由来タウシードをTau 3R/4R突然変異マウスの右側線条体に接種後、接種直後(Day0)、7日後(Day7)、14日後(Day14)、8か月後(8M)に抜脳し、左脳と右脳に分割後左脳および右脳のサルコシル不溶性画分を別々に調製し、該画分を電気泳動で分離したタンパク質サンプルを膜に転写し、該膜を抗リン酸化タウ抗体(pS396、図20(上))およびマウスタウ特異抗体(発明者らの研究室で作製、図20(下))で染色してイムノブロッティングを行った結果である。図20(上)のpS396抗体によるイムノブロットに示すとおり、接種直後のマウスにおいて接種した右脳にADタウシード由来のバンドが検出された。7日後、接種されたタウシードはほとんど分解されていた。14日後では接種されたタウシードは分解が進み、検出限界以下になっていた。8か月経過後、タウ線維病理構造物が検出された。図20(下)のマウスタウ特異抗体によるイムノブロットに示すとおり、8か月経過後に検出されたタウ線維病理構造物はマウスの内在性タウを含んでいた。そこで、前記タウ線維病理構造物はマウスの内在性タウが新たに蓄積して形成されたと考えられる。
【0080】
(3.3)接種したタウ線維病理構造物の伝播
右側線条体に接種後、脳のどの部位にタウ線維病理構造物が伝播しているかをADタウシード接種マウス脳を用いAT8抗体染色で検討した。図21、22および23は、AD患者脳由来タウシードをTau 3R/4R突然変異マウスの右側線条体に接種後、8か月後に抜脳し、4%パラホルムアルデヒドで固定後、線条体、大脳皮質および梨状皮質を含む組織(図21)、視床、視床下核、扁桃体、および側頭葉を含む組織(図22)および、黒質を含む組織(図23)を冠状断で薄切し、抗リン酸化タウ抗体(AT8)による免疫組織化学染色を行った組織標本の顕微鏡写真である。図21、22および23に示すとおり、線条体接種後、タウ線維病理構造物は、大脳皮質、梨状皮質(図21)、視床、視床下核、扁桃体、側頭葉(図22)および黒質(図23)へ伝播したことが確認された。
【0081】
図24は、AD患者脳由来タウシードをTau 3R/4R突然変異マウスの右側線条体に接種後のタウ線維病理構造物のマウス脳内伝播と神経回路との関係を示す模式図である。図24では、線条体と、大脳皮質、梨状皮質、視床、視床下核、扁桃体、側頭葉および黒質とを直接または間接に連絡する投射ニューロンの情報伝達の向き、すなわち、樹状突起から軸索への向きを矢印で表し、判明している場合には各投射ニューロンの神経伝達物質も記載した(Glu:グルタミン酸、GABA:γアミノ酪酸、DA:ドーパミン)。接種部位の線条体は白ヌキ文字で表し、タウ線維病理構造物が出現した部位を黒字で表す。ヒトタウオパチー患者脳由来のタウシードが接種された線条体との物理的な距離が近い脳内の領域であっても、線条体との間で直接または間接に連絡する投射ニューロンが存在しない領域、例えば、海馬にはタウ線維病理構造物の蓄積は認められなかった。したがって、最初にタウシードが接種された線条体から脳内の他の領域へタウ線維病理構造物の蓄積が伝播するときには、投射ニューロンによる神経回路の存在が必要であると考えられる。なお、タウ線維病理構造物の伝播が認められる梨状皮質、扁桃体および側頭葉では、線条体に投射するニューロンは存在するが、線条体から投射するニューロンは知られていない。そこで、タウ線維病理構造物は投射ニューロンに沿って順行性に伝播するだけでなく、逆行性に伝播する場合もあると考えられる。
【0082】
これまでのタウ接種実験に関する報告(Clavaguera、F.ら、Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A.、110: 9535 (2013)、Guo、J.L.ら、J. Exp. Med. 213: 2635 (2016))では、AD患者脳の不溶性画分接種実験において、4R型タウの蓄積を誘導することしかできず、3R型タウの蓄積は誘導できなかった。また、Pick病患者脳の不溶性画分接種においても、3R型タウの蓄積を誘導できなかった。今回脳内で3R型および4R型両方のタウを成体の脳で発現する動物を用いて、AD患者脳の不溶性画分を接種し、3R型および4R型両方のタウを蓄積することができた。さらに3R型タウのみが蓄積するピック病や4R型タウのみが蓄積する皮質基底核変性症の患者脳不溶性画分を接種したところ、それぞれ3R型タウのみ、4R型タウのみが蓄積することが確認された。シード依存的なタウ凝集を証明できたと考えられる。図25はタウ線維病理構造物接種実験における従来のモデルと本発明の孤発性タウオパチーモデル動物との相違を示す模式図である。
【0083】
図20に示すとおり、接種したヒトAD患者脳由来のタウシードは接種直後に右脳で検出されたが、時間経過とともに分解され、接種後14日では検出限界以下になった。8か月後、タウ線維病理構造物の形成が亢進したことが確認された。このタウ線維病理構造物はマウス内在性のタウを含むことが判明し、接種したヒトタウが種の壁を越えてマウスタウをタウ線維病理構造物に変換し、タウ線維病理構造物を形成させたと推察された。
【0084】
本発明の孤発性タウオパチーモデル動物を用いるタウオパチー疾患患者脳由来タウシードの接種実験により、タウ線維病理構造物に(1)伝播能がある、(2)シード依存的凝集を引き起こす能力、株(strain)がある、(3)種の壁を越える、という「プリオン様」性質があることが確認された。また、線条体にタウシードを接種しても、タウ線維病理構造物は線条体にだけ形成されるのではなく、線条体と神経連絡のある領域を中心に伝播していたことから、神経回路順行性および/または逆行性にタウシードまたはタウ線維病理構造物が伝播したと考えられる。そこで本発明の孤発性タウオパチーモデル動物は伝播抑制作用のある薬剤のような孤発性タウオパチー脳内のタウ線維病理構造物に影響を与える物質をスクリーニングする方法に用いることができる。また、本発明の孤発性タウオパチーモデル動物はタウアイソフォームの成体脳での発現パターンがヒトにより近いので、該モデル動物の解析方法は、個々のタウオパチー疾患の病像および病態を反映しており有用である。
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