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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-31
(45)【発行日】2024-08-08
(54)【発明の名称】変速制御方法、及び、変速制御装置
(51)【国際特許分類】
   B60L 15/20 20060101AFI20240801BHJP
   F16H 59/42 20060101ALI20240801BHJP
   F16H 59/40 20060101ALI20240801BHJP
   F16H 59/14 20060101ALI20240801BHJP
   F16H 59/70 20060101ALI20240801BHJP
   F16H 63/50 20060101ALI20240801BHJP
   F16H 61/08 20060101ALI20240801BHJP
   B60L 7/14 20060101ALI20240801BHJP
   B60L 50/60 20190101ALI20240801BHJP
   B60L 58/10 20190101ALI20240801BHJP
   B60L 9/18 20060101ALN20240801BHJP
【FI】
B60L15/20 K
F16H59/42
F16H59/40
F16H59/14
F16H59/70
F16H63/50
F16H61/08
B60L15/20 S
B60L7/14
B60L50/60
B60L58/10
B60L9/18 P
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2021032884
(22)【出願日】2021-03-02
(65)【公開番号】P2022133925
(43)【公開日】2022-09-14
【審査請求日】2023-11-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000003997
【氏名又は名称】日産自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】507308902
【氏名又は名称】ルノー エス.ア.エス.
【氏名又は名称原語表記】RENAULT S.A.S.
【住所又は居所原語表記】122-122 bis, avenue du General Leclerc, 92100 Boulogne-Billancourt, France
(74)【代理人】
【識別番号】110002468
【氏名又は名称】弁理士法人後藤特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】友田 幸輝
(72)【発明者】
【氏名】松下 雄紀
(72)【発明者】
【氏名】荻野 崇
(72)【発明者】
【氏名】森田 晴輝
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 潤
【審査官】加藤 昌人
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-078103(JP,A)
【文献】国際公開第2017/060960(WO,A1)
【文献】特開2018-038237(JP,A)
【文献】特開2013-060043(JP,A)
【文献】特開2008-279886(JP,A)
【文献】特開2021-027648(JP,A)
【文献】特表2019-523725(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60L 15/00-15/42
B60L 9/00- 9/32
F16H 59/00-61/12
F16H 61/16-61/24
F16H 61/66-61/70
F16H 63/40-63/50
B60K 17/28-17/36
B60K 6/20- 6/547
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
バッテリから供給される電力を用いて駆動する第1モータ及び第2モータを駆動源として有し、少なくとも前記第1モータが変速機を介して駆動輪と接続する電動車両において、前記変速機をアップシフトするときに実行される変速制御方法であって、
前記アップシフトのための制御が開始される前と比較して前記第2モータが出力するトルクを増加させることにより、前記第1モータが出力すべきトルクを補填して、前記電動車両に要求される駆動力である要求駆動力を維持し、
前記変速機のクラッチをニュートラルにしたときに、前記第1モータを回生制御することにより、前記第1モータの回転数を変速先のギアに対応する回転数に同期させ、
前記第1モータの前記回生制御によって生じる回生電力の一部または全部を、前記第2モータの駆動に使用する、
変速制御方法。
【請求項2】
請求項1に記載の変速制御方法であって、
前記第2モータの駆動に前記回生電力を使用するのは、前記第1モータが出力すべきトルクの補填が、前記第2モータを相対的に長時間駆動するときの定格トルクである第1定格トルクを超えて、前記第2モータを相対的に短時間駆動するときの定格トルクである第2定格トルクの範囲内で行われるときである、
変速制御方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の変速制御方法であって、
前記要求駆動力を前記第2モータによって発生させるために必要な電力が前記回生電力と等しいときに、前記回生制御を行っている間、前記バッテリから供給される電力を使用せずに、前記回生電力によって前記第2モータを駆動する、
変速制御方法。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載の変速制御方法であって、
前記要求駆動力を前記第2モータによって発生させるために必要な電力が前記回生電力よりも大きいときに、
前記回生電力を前記第2モータの駆動に使用し、かつ、
前記要求駆動力を前記第2モータによって発生させるために必要な電力から前記回生電力を除いた不足分の電力を、前記バッテリから前記第2モータに供給する、
変速制御方法。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の変速制御方法であって、
前記要求駆動力を前記第2モータによって発生させるために必要な電力が前記回生電力よりも小さいときに、
前記バッテリから供給される電力を使用せずに、前記回生電力によって前記第2モータを駆動し、かつ、
前記回生電力から前記第2モータの駆動に要する電力を除いた余剰電力を前記バッテリに充電する、
変速制御方法。
【請求項6】
請求項5に記載の変速制御方法であって、
前記要求駆動力が増加したときに、前記第2モータの駆動に使用する前記回生電力の分量を増加させ、前記バッテリに充電する前記余剰電力を低下させる、
変速制御方法。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項に記載の変速制御方法であって、
前記アップシフトのための制御が開始された後、前記アップシフトのための制御が完了する前に、前記第2モータを回生制御するときには、前記回生電力を前記第2モータの駆動に使用せず、前記回生電力を前記バッテリに充電する、
変速制御方法。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか1項に記載の変速制御方法であって、
前記第2モータの温度が予め定める第1閾値以上であるときに、
前記第2モータの温度が前記第1閾値よりも小さいときと比較して、前記第2モータの出力を低減し、かつ、
前記第1モータによって発生させる前記回生電力を制限する、
変速制御方法。
【請求項9】
請求項8に記載の変速制御方法であって、
さらに、前記第2モータの温度に基づいて、前記回生電力を制限する
変速制御方法。
【請求項10】
請求項2を引用する請求項8または9に記載の変速制御方法であって、
前記第1閾値は、前記第2モータが、前記第1定格トルクより大きく前記第2定格トルク以下のトルクを出力可能となる温度に設定される、
変速制御方法。
【請求項11】
請求項8~10のいずれか1項に記載の変速制御方法であって、
前記第2モータの温度が、前記第1閾値よりも大きい値に設定される第2閾値以上であるときに、前記回生電力を前記バッテリが充電可能な電力に制限する、
変速制御方法。
【請求項12】
請求項1~11のいずれか1項に記載の変速制御方法であって、
前記第1モータの温度が予め定める第3閾値以上であるときに、前記回生電力を制限する、
変速制御方法。
【請求項13】
バッテリから供給される電力を用いて駆動する第1モータ及び第2モータを駆動源として有し、少なくとも前記第1モータが変速機を介して駆動輪と接続する電動車両において、前記変速機をアップシフトするときの制御を実行する変速制御装置であって、
前記アップシフトのための制御が開始される前と比較して前記第2モータが出力するトルクを増加させることにより、前記第1モータが出力すべきトルクを補填して、前記電動車両に要求される駆動力である要求駆動力を維持し、
前記変速機のクラッチをニュートラルにしたときに、前記第1モータを回生制御することにより、前記第1モータの回転数を変速先のギアに対応する回転数に同期させ、
前記第1モータの前記回生制御によって生じる回生電力の一部または全部を、前記第2モータの駆動に使用する、
変速制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数のモータと少なくとも1つの変速機を有する電動車両における変速制御方法及び変速制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、燃料電池と変速機を有する電動車両が記載されている。この電動車両では、燃料電池の制御における応答遅れを考慮して変速時間を短縮する制御が行われている。より具体的には、特許文献1の電動車両は、アップシフト変速するときに、駆動源であるモータを回生運転に切り替えることにより、モータの回転数を変速先のギアに対応する回転数まで低下させている。また、特許文献1には、変速前に燃料電池の発電量を調整して、モータの回生量を確保することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開2017/060960号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
駆動源として2個のモータを有し、少なくとも一方のモータが変速機を介して駆動輪に接続する電動車両においても、変速時間を短縮することが望まれている。具体的には、変速するときにクラッチがニュートラルになると、変速機を介して駆動輪に接続するモータが発生するトルクが伝達されなくなる。このため、変速時には、いわゆるトルク抜けが発生するので、上記のような電動車両においても変速時間は短いことが望ましい。
【0005】
しかし、通常は、バッテリが受け入れ可能な電力よりも大きい回生電力を発生する回生制御は行えない。このため、バッテリの充電率によっては、モータの回転数を低下させるための回生制御を十分に行うことができず、変速時間が長くなってしまうことがある。
【0006】
そこで、本発明は、駆動源として2個のモータを有し、少なくとも一方のモータが変速機を介して駆動輪に接続する電動車両において、従来よりも安定的に変速時間を短縮できる変速制御方法及び変速制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のある態様は、バッテリから供給される電力を用いて駆動する第1モータ及び第2モータを駆動源として有し、少なくとも第1モータが変速機を介して駆動輪と接続する電動車両において、変速機を変速するときに実行される変速制御方法である。この変速制御方法では、変速制御の開始前と比較して第2モータが出力するトルクを増加させることにより、第1モータが出力すべきトルクを補填して、電動車両に要求される駆動力である要求駆動力の出力が維持される。また、変速機のクラッチをニュートラルにしたときに、第1モータを回生制御することにより、第1モータの回転数が変速先のギアに対応する回転数に同期される。そして、第1モータの回生制御によって生じる回生電力の一部または全部が、第2モータの駆動に使用される。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、駆動源として2個のモータを有し、少なくとも一方のモータが変速機を介して駆動輪に接続する電動車両において、従来よりも安定的に変速時間を短縮できる変速制御方法及び変速制御装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、電動車両の概略構成を示す説明図である。
図2図2は、アップシフトする変速制御のフローチャートである。
図3図3は、電動車両の変速線図である。
図4図4は、同期時間短縮制御の類型を示す説明図である。
図5図5は、C1制御における電力の流れを示す説明図である。
図6図6は、C2制御における電力の流れを示す説明図である。
図7図7は、C3制御における電力の流れを示す説明図である。
図8図8は、C4制御における電力の流れを示す説明図である。
図9図9は、同期時間短縮制御を含む回転数同期制御のフローチャートである。
図10図10は、アクセル開度、車速、リアモータの回転数、クラッチ位置、リアモータの動作モード、及び、トルク、を示すアップシフト時のタイミングチャートである。
図11図11は、第2実施形態に係る回転数同期制御のフローチャートである。
図12図12は、変形例の電動車両の構成を示すスケルトン図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態について説明する。
【0011】
[第1実施形態]
図1は、電動車両100の概略構成を示す説明図である。図1に示すように、電動車両100は、バッテリ10(Batt)から供給される電力を用いて駆動する。また、本実施形態の電動車両100は、前輪11と後輪12が駆動輪である四輪駆動車両である。すなわち、本実施形態の電動車両100は、電動四輪駆動車両である。電動車両100は、バッテリ10、前輪11、及び、後輪12の他、前輪駆動システムFDS、後輪駆動システムRDS、及び、コントローラ13(CTRL)を備える。
【0012】
バッテリ10は、いわゆる高電圧バッテリであり、前輪11及び後輪12を駆動するための共通のエネルギー源である。また、バッテリ10は、充電可能である。バッテリ10は、バスバー16によって前輪駆動システムFDSと後輪駆動システムRDSに接続する。バスバー16は、前輪駆動システムFDS及び/または後輪駆動システムRDSに電力を供給するためのライン16aと、前輪駆動システムFDS及び/または後輪駆動システムRDSから電力の供給を受けるためのライン16bと、を有する。
【0013】
なお、バッテリ10は、電力の供給または受給を択一的に行う。例えば、前輪駆動システムFDSへの電力の供給と前輪駆動システムFDSからの電力の受給は、択一的に行われる。同様に、後輪駆動システムRDSへの電力の供給と後輪駆動システムRDSからの電力の受給は択一的に行われる。
【0014】
前輪駆動システムFDSは、前輪11を駆動するシステムである。前輪駆動システムFDSは、フロントジャンクションボックス21(FR_JB)、フロントインバータ22(FR_INV)、フロントモータ23(FR_MOT)、及び、フロント動力伝達装置24を備える。
【0015】
フロントジャンクションボックス21は、バッテリ10から供給される高電圧を分配する。また、フロントジャンクションボックス21は、異常時等に、バッテリ10から供給される高電圧を遮断するブレーカーとして機能する。本実施形態においては、フロントジャンクションボックス21は、バッテリ10から供給される直流電力の電圧を、フロントモータ23を駆動するための電圧に変換するDC/DCコンバータを含む。また、本実施形態においては、フロントジャンクションボックス21は、前輪駆動システムFDSからバッテリ10に電力(回生電力)を供給するための充電器を含む。すなわち、フロントジャンクションボックス21は、いわゆるパワーデリバリーモジュール(PDM)である。
【0016】
フロントインバータ22は、フロントジャンクションボックス21を介してバッテリ10から供給される直流電力を交流電力に変換して、フロントモータ23に供給する。また、フロントモータ23を回生制御するときには、フロントインバータ22はフロントモータ23から供給される交流電力を直流電力に変換する。この直流電力は、フロントジャンクションボックス21を介してバッテリ10に供給される。その結果、バッテリ10が充電される。
【0017】
フロントモータ23は、例えば三相交流電動機である。フロントモータ23は、フロントインバータ22から入力される交流電力に応じて駆動し、フロントモータ23の回転軸25に、前輪11を駆動するためのトルクを発生させる。このトルクは、フロント動力伝達装置24によって前輪11に伝達され、前輪11に駆動力を発生させる。すなわち、フロントモータ23は、前輪11の駆動源である。また、フロントモータ23の動作モードには、前輪11に駆動力を発生させるためのトルクを制御するトルク制御モードと、前輪11に制動力を発生させるための回生制御モードと、がある。
【0018】
フロント動力伝達装置24は、フロントモータ23が発生するトルクを前輪11に伝達することにより、前輪11に駆動力を発生させる。また、フロントモータ23を回生制御するときには、前輪11の運動エネルギーがフロントモータ23の回転軸25に伝達される。フロント動力伝達装置24は、回転軸26とドライブシャフト27を備える。回転軸26にはギア28及びギア29が設けられている。ギア28は、フロントモータ23の回転軸25に介装されたギア30と噛合する。また、ギア29は、ドライブシャフト27に介装されたデファレンシャル機構31と接続する。これにより、フロントモータ23と前輪11との間でトルクが伝達される。
【0019】
後輪駆動システムRDSは、後輪12を駆動するシステムである。後輪駆動システムRDSは、リアジャンクションボックス41(RR_JB)、リアインバータ42(RR_INV)、リアモータ43(RR_MOT)、及び、リア動力伝達装置44を備える。
【0020】
リアジャンクションボックス41は、後輪12用であることを除き、フロントジャンクションボックス21と同様に構成される。同様に、リアインバータ42及びリアモータ43も、フロントインバータ22及びフロントモータ23と同様に構成される。但し、リアモータ43の回生制御モードは、後輪12に制動力を発生させるための通常の回生制御モードと、後述する変速のためにリアモータ43を回生制御する回転数制御モードがある。
【0021】
リア動力伝達装置44は、リアモータ43が発生するトルクを後輪12に伝達することにより、後輪12に駆動力を発生させる。また、リアモータ43を回生運転するときには、後輪12の運動エネルギーはリアモータ43の回転軸45に伝達される。これらのリア動力伝達装置44の動作は、フロント動力伝達装置24と同様である。すなわち、リア動力伝達装置44は、フロント動力伝達装置24と同様に、回転軸46及びドライブシャフト47を備える。
【0022】
一方、リア動力伝達装置44は、リアモータ43の回転軸45上に、フロント動力伝達装置24には設けていない変速機51を備える。本実施形態の変速機51は、相対的にギア比が小さいローギア52と相対的にギア比が大きいハイギア53とを有し、これらの変速段の間で2段階の変速が可能である。また、変速機51の変速は、クラッチ54により行われる。
【0023】
クラッチ54は、例えば、ドグ機構を有するクラッチ、または、シンクロ機構を有するクラッチ等である。クラッチ54は、ローギア52とハイギア53との間で回転軸45に沿ってスライド可能なスリーブ55と、スリーブ55と一体にスライドするハブ56と、を備える。なお、クラッチ54の操作すなわち変速制御は、コントローラ13が自動的に行う。
【0024】
また、変速機51が設けられているため、回転軸46は、ローギア52と噛合するギア57と、ハイギア53と噛合するギア58と、ドライブシャフト47に介装されたデファレンシャル機構60に接続するギア59と、を備える。ローギア52とギア57は、ローギア列を構成する。また、ハイギア53とギア58はハイギア列を構成する。ローギア52またはハイギア53を介して回転軸46に伝達されたトルクは、ギア59及びデファレンシャル機構60を介してドライブシャフト47に伝達される。これにより、リアモータ43と後輪12との間でトルクが伝達される。
【0025】
より具体的には、ハブ56がローギア52のハブと噛合すると、リアモータ43が回転軸45に発生させるトルクは、ローギア52を介して後輪12に伝達される。一方、ハブ56がハイギア53のハブと噛合すると、リアモータ43が回転軸45に発生させるトルクは、ハイギア53を介して後輪12に伝達される。また、変速の過程においては、ハブ56が、ローギア52及びハイギア53のいずれとも接続していないニュートラル(非締結)の状態が発生する。ニュートラルの状態は、リアモータ43が回転軸45に発生させるトルクが後輪12に伝達されない状態である。
【0026】
以下、ハブ56がローギア52のハブに接続し、クラッチ54がローギア52と締結する位置を「ロー位置(L)」という。ハブ56がハイギア53のハブに噛合し、クラッチ54がハイギア53に締結する位置を「ハイ位置(H)」という。また、ハブ56がローギア52及びハイギア53のいずれにも接続せず、クラッチ54が非締結である位置を「ニュートラル位置(N)」という。また、ローギア52からハイギア53への変速を「アップシフト」といい、ハイギア53からローギア52への変速を「ダウンシフト」という。
【0027】
なお、クラッチ54を、ロー位置またはハイ位置からニュートラル位置に遷移させるときには、リアモータ43のトルクをゼロにする必要がある。クラッチ54がローギア52またはハイギア53に噛合した状態において、リアモータ43のトルクがゼロでないときには、ローギア52またはハイギア53とハブ56との間に、互いの接続を促進する方向に押圧力が発生する。このため、リアモータ43のトルクがゼロでないときには、クラッチ54をニュートラル位置に遷移させることができない。したがって、例えば、アップシフトするときには、クラッチ54がローギア52と噛合した状態のまま、リアモータ43のトルクをゼロにする。これにより、ハブ56とローギア52のハブが接続する方向に相互に押圧する力が消滅する。その結果、スリーブ55がスライドさせることができるようになり、クラッチ54をニュートラル位置に遷移可能となる。
【0028】
また、クラッチ54をニュートラル位置からロー位置またはハイ位置に遷移させるときには、変速後に噛合させるギアに要求される回転数と、リアモータ43の回転数NRと、を概ね同期させる必要がある。変速後に噛合させるギアに要求される回転数とリアモータ43の回転数NRに相違があると、ハブ56と変速後のギアとが接続しないからである。以下、クラッチ54がニュートラル位置にあるときに、リアモータ43の回転数NRを、変速後に噛合させるギアに要求される回転数に概ね一致させる制御を、回転数同期制御という。
【0029】
コントローラ13は、バッテリ10、フロントモータ23、及び、リアモータ43等、電動車両100の各部を統括的に制御する1または複数のコンピュータによって構成される。本実施形態のコントローラ13は、電動車両100の駆動を制御する車両コントローラや、バッテリ10の動作を制御するバッテリコントローラを含む。コントローラ13を構成するコンピュータは、例えば、中央演算装置(CPU)、ランダムアクセスメモリ(RAM)、及び、入出力インタフェース(I/Oインタフェース)等から構成される。また、コントローラ13は、各部の制御を予め定められた所定の制御周期で定期的に実行するようにプログラムされている。
【0030】
また、コントローラ13は、電動車両100の各部から、必要に応じて動作状態等に係る情報(車両情報)を取得することができる。例えば、コントローラ13は、バッテリ10の充電率(SOC(State Of Charge))、アクセルペダルの操作量を表すアクセル開度Apo(図10参照)、及び、車速V(図3及び図10参照)または車輪速度(図示しない)を取得することができる。また、コントローラ13は、フロントモータ23の回転数(図示しない)、リアモータ43の回転数NR図10参照)、及び、クラッチ54の位置CL(図10参照)を取得することができる。また、コントローラ13は、フロントモータ23の温度TempFR(図12参照)、及び、リアモータ43の温度TempRR(図12参照)等、その他の車両情報を取得することができる。
【0031】
さらに、コントローラ13は、上記各種の車両情報を用いて、電動車両100の制御パラメータを演算することができる。例えば、コントローラ13は、アクセル開度Apoを用いて、電動車両100に対する運転者の要求駆動力を演算する。また、フロントモータ23を回生制御するときに得られる回生電力(以下、フロント回生電力という)PregenFRを取得し、または、演算により求めることができる。同様に、コントローラ13は、リアモータ43を回生制御するときに得られる回生電力を取得し、または、車両情報に基づく演算により求めることができる。
【0032】
以下、コントローラ13が、アップシフトに関連して実行する制御(以下、アップシフト制御という)について詳述する。
【0033】
図2は、アップシフトする変速制御のフローチャートである。図2に示すように、コントローラ13は、ステップS101において、変速機51のアップシフトの必要性を判定する。アップシフトするタイミングについては詳細を後述する。
【0034】
そして、アップシフトが必要であるときには、ステップS102において、トルク補填制御を実行する。トルク補填制御は、アップシフトのための制御(以下、アップシフト制御という)が開始される前と比較してフロントモータ23が出力するトルクを増加させることにより、リアモータ43が出力すべきトルクを補填して、要求駆動力を維持する制御である。また、このトルク補填制御によるトルク補填が完了すると、リアモータ43のトルクはゼロになるので、クラッチ54はロー位置からニュートラル位置に遷移可能となる。なお、フロントモータ23の出力には、通常、定格トルクとして定められた限度がある。トルク補填制御におけるフロントモータ23の定格トルクによる制限については、詳細を後述する。
【0035】
トルク補填制御が完了すると、コントローラ13はステップS103においてクラッチ54を開放する。すなわち、ステップS103によって、クラッチ54の位置はロー位置からニュートラル位置に遷移する。
【0036】
その後、ステップS104において、コントローラ13は、回転数同期制御を実行する。ここで行う回転数同期制御は、アップシフトのためのものである。したがって、リアモータ43の回転数NRがハイギア53に要求される回転数(以下、単にハイギア53の回転数という)に合致するように、リアモータ43の回転数NRが低減される。このとき、コントローラ13は、リアモータ43の制御を回生制御に切り替え、リアモータ43の回転軸45に負荷をかけることによって、リアモータ43の回転数NRを低減する。
【0037】
なお、アップシフトをするときの回転数同期制御には、リアモータ43の回転数NRがハイギア53の回転数に同期するのに要する時間(以下、同期時間という)を短縮するための制御(以下、同期時間短縮制御という)が含まれる。リアモータ43の制御を回生制御に切り替えることで同期時間は短縮されるが、ここでいう同期時間短縮制御は、リアモータ43の制御を回生制御に切り替えたときよりもさらに同期時間を短縮するものである。すなわち、ステップS104の回転数同期制御は、従来よりも同期時間が短縮された回転数同期制御である。同期時間短縮制御については、詳細を後述する。
【0038】
上記の回転数同期制御によって、リアモータ43の回転数NRがハイギア53の回転数に同期すると、クラッチ54がハイギア53に噛合可能な状態となる。このため、ステップS105では、コントローラ13は、クラッチ54を締結する。すなわち、ステップS103によってクラッチ54は、ニュートラル位置からハイ位置に遷移する。
【0039】
その後、ステップS106では、コントローラ13は、トルク遷移制御を実行する。トルク遷移制御は、トルク補填制御によってフロントモータ23で補填していたトルクを、再びリアモータ43に出力させる制御である。これにより、アップシフトが完了し、電動車両100は再びフロントモータ23とリアモータ43によって駆動される。
【0040】
なお、ステップS102のトルク補填制御とステップS106のトルク遷移制御は、いずれもフロントモータ23とリアモータ43(ひいては前輪11と後輪12)のトルク配分を変化させる制御である。このようにフロントモータ23とリアモータ43のトルク配分を変化させることを、一般にはトルクの「架け替え」という場合がある。一方、上記のように、ステップS102とステップS106ではトルクの架け替えの方向性及び技術的意義が異なる。このため、本実施形態では、区別のため、ステップS102のトルクの架け替えをトルク補填といい、ステップS106のトルクの架け替えをトルク遷移という。
【0041】
<アップシフトのタイミング及びトルク補填制御>
図3は、電動車両100の変速線図である。図3においては、車速Vに対して、フロントモータ23が単独で電動車両100(前輪11)に発生させ得る最大の駆動力[N]と、の関係を実線71で示す。二点鎖線72は、フロントモータ23と、ローギア52に接続されたリアモータ43と、によって電動車両100に発生させ得る最大の駆動力を表す。一点鎖線73は、フロントモータ23と、ハイギア53に接続されたリアモータ43と、によって電動車両100に発生させる最大の駆動力を表す。細実曲線R/Lは、車速Vに対して路面負荷と釣り合う駆動力を表す。また、破線曲線は、車速Vに対して等加速度を維持するための駆動力を表す等加速度線である。
【0042】
図3に示すように、コントローラ13は、車速Vを監視し、車速Vが所定の変速車速V1を超えるか否かによってアップシフトの必要性を判定する。そして、車速Vが変速車速V1を超えるときに、コントローラ13は、クラッチ54をロー位置(L)からハイ位置(H)に切り替えるアップシフトを実行する。変速車速V1は、例えば、二点鎖線72と一点鎖線73が重複する範囲内において予め定められる。
【0043】
また、アップシフトは、トルク補填制御により、細実曲線R/Lまたは破線曲線で示す等加速度線に沿って行われる。これは、アップシフトによる加速度の変化を抑制し、アップシフトによる振動を防止または低減するためである。
【0044】
一方、トルク補填制御においては、フロントモータ23には、通常、出力の上限として定格トルクが定められている。このため、変速のためにトルク補填をするときには、以下のように、フロントモータ23の定格トルクが考慮される。
【0045】
図3の駆動力範囲B1は、変速車速V1において、電動車両100の駆動力(要求駆動力)が、フロントモータ23が単独で出力し得る駆動力A1以下である範囲を表す。アップシフトするときに、電動車両100の駆動力がこの駆動力範囲B1内であれば、フロントモータ23は、定格トルクの範囲内で、リアモータ43が出力すべきトルクを全て補填することができる。
【0046】
一方、図3の駆動力範囲B2は、変速車速V1において、電動車両100の駆動力が、フロントモータ23が単独で出力し得る駆動力A1より大きく、フロントモータ23とリアモータ43とが協働して出力し得る駆動力の上限A2以下である範囲を表す。アップシフトするときに、電動車両100の駆動力がこの駆動力範囲B2の範囲内にあるときは、電動車両100の駆動力は、フロントモータ23が定格トルクの範囲内で出力し得るトルクによって発生する駆動力を超える。このため、駆動力範囲B2においてアップシフトするときには、フロントモータ23は、通常の定格トルクの範囲内ではリアモータ43が出力すべきトルクを補填することができない。このため、駆動力範囲B2においてアップシフトすると、クラッチ54がニュートラル状態となる間に、「トルク抜け」または「駆動力抜け」と呼ばれる状態が発生する。「トルク抜け」または「駆動力抜け」とは、電動車両100の駆動力(トルク)が要求駆動力(要求トルク)に対して不足する状態である。
【0047】
そこで、本実施形態においては、フロントモータ23の定格トルクとして、第1定格トルク及び第2定格トルクの2種類の定格トルクを定められる。第1定格トルクは、フロントモータ23を相対的に長時間安定して駆動するときの通常の定格トルクである。駆動力範囲B1におけるアップシフトは、この第1定格トルクの範囲内で行われる。第2定格トルクは、フロントモータ23を相対的に短時間駆動するときの定格トルクである。すなわち、第1定格トルクは通常の長時間運転に対する出力トルクの定格値であるのに対して、第2定格トルクは短時間の駆動に限って許容し得る出力トルクの定格値である。したがって、第2定格トルクの値は、第1定格トルクよりも大きい。そして、駆動力範囲B2においてアップシフトするときには、コントローラ13は、第1定格トルクを超えて、第2定格トルクの範囲内でフロントモータ23を駆動する。これにより、駆動力範囲B2においてアップシフトするときにも、リアモータ43が出力すべきトルクは、フロントモータ23によって補填される。以下、リアモータ43が出力すべきトルクを、第2定格トルクの範囲内でフロントモータ23を駆動することによって補填することを、特に「トルクブースト」という。
【0048】
<同期時間短縮制御>
上記のように、駆動力範囲B2においてアップシフトするときには、トルクブーストが行われる。そして、トルクブーストによって、第2定格トルクの範囲でフロントモータ23を駆動し得る時間は限られているので、できる限り早急に回転数同期制御を完了する必要がある。
【0049】
一方、回転数同期制御ではリアモータ43が回生制御されることで同期時間を早めているが、リアモータ43を単に回生制御するだけでは、第2定格トルクの範囲でフロントモータ23を駆動し得る時間内に回転数同期制御を完了できない場合がある。回生制御は、通常、発生する回生電力が、バッテリ10の受け入れ可能な電力を超えない範囲で行うことができる。このため、例えばバッテリ10の充電率が満充電に近く、バッテリ10が受け入れ可能な電力が少ないときには、リアモータ43に対する回生制動力が不十分となり、同期時間が長くなる。このため、リアモータ43を単に回生制御するだけでは、同期時間が、第2定格トルクの範囲でフロントモータ23を駆動し得る時間を超えてしまう場合がある。
【0050】
そこで、本実施形態では、トルクブーストを伴うアップシフトをするときには、コントローラ13は、バッテリ10の充電率に依らずにリアモータ43を回生制御できるようにすることにより、同期時間を短縮する同期時間短縮制御を行う。具体的には、同期時間短縮制御では、リアモータ43を回生制御することによって発生する回生電力の少なくとも一部または全部が、トルクブーストを伴うフロントモータ23の駆動に必要な電力の一部または全部として使用される。同期時間短縮制御によれば、リアモータ43の回生制御によって発生する回生電力の主な受け入れ先は、実質的にフロントモータ23になる。このため、同期時間短縮制御をすることにより、バッテリ10は、リアモータ43で発生する回生電力の全てを受け入れる必要がない。したがって、同期時間短縮制御によれば、ほぼバッテリ10の充電率に関わらず、リアモータ43を最大限に回生制御することができる。その結果、バッテリ10の充電率に関わらず、リアモータ43の回生制御によって到達し得るほぼ最小の時間に、同期時間が低減される。
【0051】
なお、以下では、リアモータ43の回生制御によって発生する回生電力を、リア回生電力PregenRRという。また、トルクブーストのために増加するフロントモータ23の消費電力の少なくとも一部は、リア回生電力PregenRRで補われる。このため、以下では、リア回生電力PregenRRのうち、フロントモータ23の駆動に使用される電力を、ブースト電力Pboostという。
【0052】
図4は、同期時間短縮制御の類型を示す説明図である。図4に示すように、同期時間短縮制御には、電動車両100に対する要求駆動力と、この要求駆動力を発生させるために必要な電力(以下、必要電力という)Pdrvと、の関係に応じて4つの制御態様が含まれる。
【0053】
第1の同期時間短縮制御(以下、C1制御という)は、必要電力Pdrvと、リアモータ43を最大限に回生制御することによって発生する回生電力(以下、リア回生電力という)PregenRRと、が等しいときの同期時間短縮制御である。図5は、C1制御における電力の流れを示す説明図である。図5に示すように、C1制御では、リア回生電力PregenRRは全てブースト電力Pboostとして使用される。すなわち、Pdrv=Pboost=PregenRRである。このように、C1制御では、リア回生電力PregenRRはバッテリ10に蓄積されない。したがって、C1制御によれば、バッテリ10の充電率によらず、リアモータ43は最大効率で回生制御され得る。その結果、バッテリ10の充電率に応じて最大効率よりも低い効率でリアモータ43を回生制御する場合と比較すると、C1制御では、同期時間が低減される。
【0054】
第2の同期時間短縮制御(以下、C2制御という)は、必要電力Pdrvがリア回生電力PregenRRよりも大きいときの同期時間短縮制御である(図4参照)。図6は、C2制御における電力の流れを示す説明図である。図6に示すように、C2制御では、C1制御と同様に、リア回生電力PregenRRを全てブースト電力Pboostに使用する。但し、C2制御においては、リア回生電力PregenRRを全てブースト電力Pboostに使用しても、必要電力Pdrvに不足がある。このため、不足分は、バッテリ10から供給する電力Poutで補われる。すなわち、Pdrv=Pboost+Pout=PregenRR+Poutである。このように、C2制御では、リア回生電力PregenRRはバッテリ10に蓄積されない。したがって、C2制御によれば、バッテリ10の充電率によらず、リアモータ43は最大効率で回生制御され得る。その結果、バッテリ10の充電率に応じて最大効率よりも低い効率でリアモータ43を回生制御する場合と比較すると、C2制御では、同期時間が低減される。
【0055】
第3の同期時間短縮制御(以下、C3制御という)は、必要電力Pdrvがリア回生電力PregenRRよりも小さいときの同期時間短縮制御である(図4参照)。図7は、C3制御における電力の流れを示す説明図である。図7に示すように、C3制御では、リア回生電力PregenRRの一部が必要電力Pdrvとして使用される。但し、リア回生電力PregenRRは、必要電力Pdrvを上回るので、必要電力Pdrvは全てリア回生電力PregenRRによって賄われる。そして、リア回生電力PregenRRから、フロントモータ23の駆動に要する必要電力Pdrvを除いた余剰電力(PregenRR-Pdrv)は、バッテリ10への実質的な供給電力Pinとなる。このように、C3制御では、リア回生電力PregenRRのうち、少なくとも一部がブースト電力Pboostとして使用される。すなわち、PregenRR=Pboost+Pin=Pdrv+Pinである。このように、C3制御では、リア回生電力PregenRRの全部をバッテリ10で受け入れる場合と比較して、リアモータ43を回生制御するためにバッテリ10が受け入れなければならない電力が低減する。したがって、C3制御によれば、リアモータ43がほぼ最大効率で回生制御し得るシーンが多くなる。その結果、バッテリ10の充電率に応じて最大効率よりも低い効率でリアモータ43を回生制御する場合と比較すると、C3制御では、同期時間が低減されるシーンが多くなる。
【0056】
なお、上記のC3制御では、要求駆動力が増加したときに、フロントモータ23の駆動に使用するリア回生電力PregenRRの分量が増加され、バッテリ10に充電する余剰電力(Pin)は低下される。すなわち、C3制御においては、リア回生電力PregenRRは、優先的にブースト電力Pboostとして使用される。
【0057】
第4の同時期時間短縮制御(以下、C4制御という)は、必要電力Pdrvがゼロまたは負であるときの同期時間短縮制御である(図4参照)。このC4制御は、アップシフトの途中で要求駆動力が低減するシーンに対応するための制御である。車速Vが変速車速V1を超えてアップシフト制御が開始した後、アップシフトが完了する前に、アクセルが離され、あるいはさらにブレーキが踏まれると、C4制御が実行される。
【0058】
図8は、C4制御における電力の流れを示す説明図である。図8に示すように、C4制御では、必要電力Pdrvはゼロまたは負であり、フロントモータ23は回生制御される。このため、フロントモータ23のトルクブーストは不要となる。したがって、フロントモータ23を回生制御することによって発生する回生電力(以下、フロント回生電力という)PregenFRと、リア回生電力PregenRRと、の和がバッテリ10への供給電力Pinとなる。すなわち、Pin=PregenFR+PregenRRである。したがって、フロントモータ23及びリアモータ43の回生制御は、供給電力Pinが、バッテリ10の受け入れ可能な電力を超えない範囲に制限される。但し、バッテリ10が受け入れ可能な電力の範囲内で、フロント回生電力PregenFRとリア回生電力PregenRRの配分には自由度がある。このため、C4制御では、リア回生電力PregenRRが最大化される。すなわち、C4制御では、フロントモータ23に対して、リアモータ43の回生制御を優先的に最大効率にする。したがって、C4制御では、アップシフト制御の開始後にアップシフトの完了前に要求駆動力が低減するというイレギュラーなシーンにおいても、同期時間が最小化される。
【0059】
図9は、同期時間短縮制御を含む回転数同期制御のフローチャートである。図9に示すように、ステップS201においては、必要電力Pdrvがゼロよりも大きいか否かによって、電動車両100が力行状態か否かが判定される。
【0060】
電動車両100が力行状態であって、通常のアップシフト制御が実行可能であるときには、ステップS202において、必要電力Pdrvがリア回生電力PregenRRと等しいか否かが判定される。一方、回転数同期制御の開始後、アクセルが離される等のイレギュラーが発生し、ステップS201において電動車両100が力行状態でないと判定されたときには、ステップS203においてC4制御が実行される。
【0061】
ステップS202において必要電力Pdrvがリア回生電力PregenRRと等しいと判定されたときには、ステップS204においてC1制御が実行される。一方、必要電力Pdrvがリア回生電力PregenRRと等しくないと判定されたときには、ステップS205においてさらに必要電力Pdrvがリア回生電力PregenRRよりも大きいか否かが判定される。
【0062】
ステップS205において、必要電力Pdrvがリア回生電力PregenRRよりも大きいと判定されたときには、ステップS206においてC2制御が実行される。一方、必要電力Pdrvがリア回生電力PregenRRよりも小さいときには、ステップS207において、C3制御が実行される。
【0063】
こうして、C1制御、C2制御、C3制御、またはC4制御のうちいずれかによって回転数同期制御が実行されると、ステップS208において、回転数同期が完了したか否かが確認される。回転数同期が完了していないときには、上記の制御が繰り返される。
【0064】
以下、上記のように構成される電動車両100のアップシフト制御における作用を説明する。
【0065】
図10は、(A)アクセル開度Apo、(B)車速V、(C)リアモータの回転数NR、(D)クラッチ位置CL、(E)リアモータの動作モード、及び、(F)トルク、を示すタイミングチャートである。図10(C)(D)において、「L」「N」及び「H」はクラッチ54の位置を表す。すなわち、「L」はロー位置を表し、「H」はハイ位置を表し、「N」はニュートラル位置を示す。また、図10(C)~(F)において一点鎖線は、トルクブースト及び同期時間短縮制御を含まない比較例のアップシフト制御の結果を示す。また、図10(F)において、「TFF」はフロントモータ23のトルク(以下、フロントトルクという)を表し、「TFR」はリアモータ43のトルク(以下、リアトルクという)を表す。
【0066】
図10(A)に示すように時刻t1においてアクセルが踏み込まれ、図10(B)に示すように同時刻t1において車速Vが変速車速V1を超え、アップシフトが必要になったとする。このとき、図10(D)に示すように、時刻t1の時点ではクラッチ54はロー位置(「L」)にあり、図10(C)に示すように、リアモータ43の回転数NRもローギア52に対応する回転数となっている。また、図10(E)に示すように、時刻t1の時点では、クラッチ54はローギア52に締結しているので、リアモータ43の動作モードはトルク制御モードである。
【0067】
一方、図10(F)に示すように、時刻t1においてアップシフトが必要であると判定されるので、時刻t1からアップシフト制御の第1段階であるトルク補填制御が開始される。具体的には、時刻t1まではフロントトルクTFFもリアトルクTFRも同じトルクΣ/2(要求トルクΣの1/2)であるところ、時刻t1以降、クラッチ54をニュートラル位置に遷移できるようにするために、リアトルクTFRはゼロになるまで漸減される。一方、リアトルクTFRを漸減させることによって低下する駆動力を補うため、リアトルクTFRの漸減に応じてフロントトルクTFFが漸増される。ここで、フロントトルクTFFの増加量βは第1定格トルクであり、増加量γは第2定格トルクの範囲内のトルクブーストによるものである。したがって、フロントトルクTFFの総増加量β+γは、リアトルクTFRの減少量αに等しい。
【0068】
このように、フロントトルクTFFを補填しつつ、時刻t2においてリアトルクTFRがゼロに到達すると、図10(D)に示すように、クラッチ54はロー位置からニュートラル位置に遷移される。このため、図10(E)に示すように、時刻t2以降、リアモータ43の動作モードは回転数制御モードに切り替えられ、リアモータ43は回生制御される。その結果、図10(C)に示すように、リアモータ43の回転数NRはハイギア53に対応する回転数に向けて漸減される。
【0069】
そして、時刻t3にリアモータ43の回転数NRがハイギア53に対応する回転数に到達すると、リアモータ43の回生制御は終了され、クラッチ54はハイ位置に遷移される。その後、時刻t4に、クラッチ54のハイギア53への締結が完了すると、図10(E)に示すようにリアモータ43の動作モードは回転数制御モードからトルク制御モードに切り替えられ、トルク遷移制御が実行される。具体的には、トルク遷移制御では、トルク補填制御とは逆に、リアトルクTFRが要求トルクΣの1/2に向けて漸増される。このため、フロントトルクTFFは、要求トルクΣの1/2に向けて漸減される。そして、時刻t7に、フロントトルクTFF及びリアトルクTFRが同じトルクΣ/2に到達すると、アップシフト制御は完了する。
【0070】
ここで、上記のようにアップシフト制御をするときに、時刻t2から時刻t3にかけて行われる回転数同期制御は、同期時間短縮制御を含んでいる。このため、図10(F)に示すように、回転数同期制御中における回生トルクRTは、リアモータ43で実現し得る最大の回生トルクRT2である。
【0071】
一方、図10(F)に一点鎖線で示すように、同期時間短縮制御を含まない比較例では、バッテリ10の充電率によってリアモータ43の回生トルクは上限に達し、最大の回生トルクRT2には及ばず、回生トルクRT1しか得られない。このため、図10(C)に一点鎖線で示すように、リアモータ43の回転数NRがハイギア53に対応する回転数に同期するまでに時間を要し、回転数同期が完了するのは時刻t5である。その結果、図10(D)(E)に示すように、クラッチ54のハイ位置への遷移及びトルク制御モードへの切り替えも時刻t6まで遅れるので、図10(F)に示すようにアップシフト制御の完了も時刻t8に遅れる。
【0072】
したがって、本実施形態と比較例のアップシフト制御を比較すると、比較例ではバッテリ10の充電率によってアップシフト制御が完了するまでの時間が変化する。これに対し、本実施形態では同期時間短縮制御によって、バッテリ10の充電率に関わらず、比較例よりも安定的に短時間でアップシフト制御が完了する。そして、安定して短時間でアップシフト制御が完了する。このため、トルクブーストは実行時間が限られるが、本実施形態のアップシフト制御によればトルクブーストを行うことができる。このため、本実施形態のアップシフト制御には、トルクブーストを行わない比較例と比較して、トルク抜けが生じない利点もある。
【0073】
なお、図10では、トルクブーストを伴うアップシフト制御において、同期時間短縮制御を行う例を挙げたが、これに限らない。すなわち、トルクブーストを伴わないアップシフト制御においても、上記の同期時間短縮制御によって同期時間を短縮することができる。
【0074】
以上のように、本実施形態の変速制御方法は、バッテリ10から供給される電力を用いて駆動する第1モータ(リアモータ43)及び第2モータ(フロントモータ23)を駆動源として有し、少なくとも第1モータ(リアモータ43)が変速機51を介して駆動輪(後輪12)と接続する電動車両100において、変速機51をアップシフトするときに実行される。この変速制御方法では、アップシフトのための制御が開始される前と比較して第2モータ(フロントモータ23)が出力するトルク(フロントトルクTFF)を増加させることにより、第1モータ(リアモータ43)が出力すべきトルク(リアトルクTFR)を補填して、電動車両100に要求される駆動力である要求駆動力が維持される。また、変速機51のクラッチ54をニュートラルにしたときに、第1モータ(リアモータ43)を回生制御することにより、第1モータ(リアモータ43)の回転数NRが変速先のギア(ハイギア53)に対応する回転数に同期される。その上で、第1モータ(リアモータ43)の回生制御によって生じる回生電力(リア回生電力PregenRR)の一部または全部が、第2モータ(フロントモータ23)の駆動に使用される。
【0075】
すなわち、本実施形態の変速制御方法では、アップシフトするときに、トルク補填制御と、回生制御による回転数同期制御と、が実行され、特に、トルク補填制御においてトルクブーストを行うときには第1モータ(リアモータ43)の回生電力(リア回生電力PregenRR)が第2モータ(フロントモータ23)の駆動に使用される。これにより、本実施形態の変速制御方法では、バッテリ10の充電率に関わらず、回転数同期のために最大限の回生制御を行うことができる。その結果、回転数の同期時間は従来よりも安定して短い時間に保たれる。すなわち、本実施形態の変速制御方法では、従来よりも安定的に変速時間が短縮される。この効果は、アップシフトをするときに、トルクブーストを伴うか否かに関わらず得られる。そして、アップシフトの変速時間が短縮されることでトルク抜けが発生する時間が低減される。アップシフトが行われるのは、電動車両100がフロントモータ23及びリアモータ43の両方を用いて電動車両100を加速しているときであり、特に走行安定性が求められる。この点、アップシフトの変速時間が短縮され、トルク抜けが生じる時間が低減されると、アップシフト時の走行安定性が向上する。
【0076】
また、本実施形態の変速制御方法では、特に、第2モータ(フロントモータ23)の駆動に回生電力(リア回生電力PregenRR)を使用するのは、第1モータ(リアモータ43)が出力すべきトルク(リアトルクTFR)の補填が、第2モータ(フロントモータ23)を相対的に長時間駆動するときの定格トルクである第1定格トルクを超えて、第2モータ(フロントモータ23)を相対的に短時間駆動するときの定格トルクである第2定格トルクの範囲内で行われるときである。すなわち、少なくともトルクブーストが必要な状況でアップシフトを行うときには、第1モータ(リアモータ43)の回生制御によって生じる回生電力(リア回生電力PregenRR)の一部または全部が、第2モータ(フロントモータ23)の駆動に使用される。
【0077】
トルクブーストは実行できる時間が限られるので、トルクブーストが必要な状況でアップシフトを行うときには特に変速時間を安定的に短縮する必要性が高い。このため、上記のように、トルクブーストが必要な状況でアップシフトを行うときに、回転数の同期時間を安定的に短縮すると、トルクブーストを安定的に活用できる。その結果、トルク抜けが発生する時間が低減される。したがって、上記の変速制御方法によれば、従来ではトルク抜けが発生してしまう状況においても、トルク抜けを特に低減したアップシフト制御を行うことができる。
【0078】
また、本実施形態の変速制御方法では、要求駆動力を第2モータ(フロントモータ23)によって発生させるために必要な電力(必要電力Pdrv)が回生電力(リア回生電力PregenRR)と等しいときに、C1制御が実行される。すなわち、回生制御を行っている間、バッテリ10から供給される電力(Pout)を使用せずに、回生電力(リア回生電力PregenRR=ブースト電力Pboost)によって第2モータ(フロントモータ23)が駆動される。このC1制御によれば、アップシフト制御において第1モータ(リアモータ43)で実現し得る最大の回生制御を行うことができる。その結果、回転数の同期時間が最も短縮される。
【0079】
また、本実施形態の変速制御方法では、要求駆動力を第2モータ(フロントモータ23)によって発生させるために必要な電力(必要電力Pdrv)が回生電力(リア回生電力PregenRR)よりも大きいときに、C2制御が実行される。すなわち、回生電力(リア回生電力PregenRR)が第2モータ(フロントモータ23)の駆動に使用され、かつ、要求駆動力を第2モータ(フロントモータ23)によって発生させるために必要な電力(必要電力Pdrv)から回生電力(リア回生電力PregenRR)を除いた不足分の電力は、バッテリ10から第2モータ(フロントモータ23)に供給される。このC2制御が行われるシーンでは、アップシフト制御において第1モータ(リアモータ43)で実現し得る最大の回生制御を行うことができる。その結果、回転数の同期時間が最も短縮される。
【0080】
また、本実施形態の変速制御方法では、要求駆動力を第2モータ(フロントモータ23)によって発生させるために必要な電力(必要電力Pdrv)が回生電力(リア回生電力PregenRR)よりも小さいときに、C3制御が実行される。すなわち、バッテリ10から供給される電力(Pout)を使用せずに、回生電力(リア回生電力PregenRR)によって第2モータ(フロントモータ23)が駆動され、かつ、回生電力(リア回生電力PregenRR)から第2モータ(フロントモータ23)の駆動に要する電力(必要電力Pdrv)を除いた余剰電力はバッテリ10に充電される。このC3制御が行われるシーンでは、余剰電力がバッテリ10に充電されるが、回転数制御で生じる回生電力(リア回生電力PregenRR)は第2モータ(フロントモータ23)の駆動に優先的に使用される。このため、第1モータ(リアモータ43)の回生制御は、従来よりもバッテリ10の充電率に影響され難い。その結果、C3制御によれば、アップシフト制御において第1モータ(リアモータ43)で実現し得る最大の回生制御を行うことができるシーンが多くなり、回転数の同期時間が短縮されやすい。
【0081】
特に、上記のC3制御では、要求駆動力が増加したときに、第2モータ(フロントモータ23)の駆動に使用する回生電力(リア回生電力PregenRR)の分量は増加され、バッテリ10に充電する余剰電力は低下される。このように、リア回生電力PregenRRが優先的にブースト電力Pboostとして使用されると、特に、第1モータ(リアモータ43)の回生制御は最大効率の回生制御になりやすい。その結果、回転数の同期時間が短縮されやすい。
【0082】
また、本実施形態の変速制御方法は、アップシフトのための制御が開始された後(時刻t1以降)、アップシフトのための制御が完了する前(時刻t7以前)に、第2モータ(フロントモータ23)を回生制御するときには、C4制御が実行される。すなわち、回生電力(リア回生電力PregenRR)は第2モータ(フロントモータ23)の駆動に使用されず、回生電力(リア回生電力PregenRR)はバッテリ10に充電される。このように、アップシフト制御の開始後にアップシフトの完了前に要求駆動力が低減するというイレギュラーなシーンにおいては、上記のC4制御が実行されることで、回転数の同期時間が最小化されやすい。
【0083】
[第2実施形態]
上記第1実施形態においては、フロントモータ23やリアモータ43の温度が考慮されていない。しかし、アップシフト時に、より安全かつ確実にトルクブーストを行うためには、フロントモータ23やリアモータ43の温度を考慮することが好ましい。また、アップシフト制御の開始後、トルクブーストを行うのにふさわしくない状況が発生したときには、安全に変速を中止または中断できることが好ましい。以下に記載する第2実施形態の変速制御方法は、第1実施形態の変速制御方法に対して、(1)フロントモータ23の温度を考慮した制御、(2)リアモータ43の温度を考慮した制御、及び、(3)アップシフトを中止または中断する制御、を追加した変速制御方法である。
【0084】
図11は、第2実施形態に係る回転数同期制御のフローチャートである。アップシフト制御に含まれる制御のうち、回転数同期制御以外の制御は第1実施形態と同様である。なお、第2実施形態に係る電動車両100は、第1実施形態の電動車両100と同様である。
【0085】
(1)フロントモータの温度を考慮した制御
図11に示すように、第2実施形態においては、第1実施形態の回転数同期制御におけるステップS201とステップS202及びステップS205との間に、フロントモータ23の温度TempFRを考慮するためのステップS301からステップS306が追加されている。
【0086】
ステップS301においては、コントローラ13は、フロントモータ23の温度TempFRを取得し、さらにフロントモータ23の温度TempFRが所定の第1閾値Th1よりも小さいか否かを判定する。第1閾値Th1は、温度に起因してフロントモータ23の出力トルクに制限を実施すべきか否かを判別するための閾値である。第1閾値Th1は、実験またはシミュレーション等に基づいて適合により定められる。
【0087】
本実施形態においては、第1閾値Th1は、フロントモータ23が第1定格トルクより大きく第2定格トルク以下のトルクを出力可能となる温度に設定される。すなわち、第1閾値Th1は、トルクブースト中に要求される出力トルクをフロントモータ23が出力可能な温度の上限である。したがって、フロントモータ23の温度TempFRが第1閾値Th1よりも小さいときには、アップシフト制御において温度による制限なくトルクブーストを行うことができる。
【0088】
ステップS301の判定の結果、フロントモータ23の温度TempFRが第1閾値Th1よりも小さいときには、フロントモータ23に対する出力トルクの制限は不要である。このため、コントローラ13は、第1実施形態と同様にステップS202からステップS207の処理を実行する。
【0089】
一方、ステップS301の判定の結果、フロントモータ23の温度TempFRが第1閾値Th1以上であるときには、フロントモータ23の出力トルクを制限する必要がある。このため、ステップS302において、コントローラ13は、フロントモータ23を駆動する電力の上限(以下、FR上限電力)はFR基準上限電力よりも低減する。これは、フロントモータ23の熱負荷を低減するためである。FR基準上限電力は、温度による出力トルクの制限が不要な状況、すなわち通常の状態における駆動電力の上限である。すなわち、FR基準上限電力は、例えば、フロントモータ23が第1定格トルクの範囲で駆動されるときには第1定格トルクを発生する電力であり、フロントモータ23が第2定格トルクの範囲で駆動されるときには第2定格トルクを発生する電力である。本実施形態においては、フロントモータ23の駆動態様によらず、FR基準上限電力は第1定格トルクを発生する電力である。
【0090】
また、本実施形態においては、コントローラ13は、FR上限電力を、フロントモータ23の温度TempFRに応じて設定する。例えば、フロントモータ23の温度TempFRが大きいほど、FR上限電力は連続的または段階的に小さい。但し、FR上限電力は、予め定める所定の値に設定することができる。
【0091】
また、ステップS303においては、コントローラ13は、ステップS302のFR上限電力の制限に応じて、リア回生電力PregenRRを制限する。すなわち、設定されたFR上限電力に応じて、回転数同期制御において発生するリアモータ43の回生制御が制限される。本実施形態では、FR上限電力が小さいほど、リア回生電力PregenRRの最大値(回生トルクRT2の絶対値)が小さくなる。
【0092】
ステップS304では、コントローラ13は、フロントモータ23の温度TempFRを取得し、さらにフロントモータ23の温度TempFRが予め定める第2閾値Th2よりも小さいか否かを判定する。第2閾値Th2は、温度に起因してフロントモータ23を停止すべきか否かを判定するための閾値である。したがって、第2閾値Th2は、第1閾値Th1よりも大きい値に設定される。第2閾値Th2は、実験またはシミュレーション等に基づいて適合により定められる。
【0093】
ステップS304において、フロントモータ23の温度TempFRが第2閾値Th2よりも小さいと判定されたときには、ステップS302及びステップS303で課された制限の下で、コントローラ13は第1実施形態と同様にステップS202からステップS207の処理を実行する。
【0094】
一方、ステップS304において、フロントモータ23の温度TempFRが第2閾値Th2以上であると判定されたときには、ステップS305において、コントローラ13は、フロントモータ23の駆動を停止する。このため、ステップS306においては、リア回生電力PregenRRはさらに制限される。具体的には、フロントモータ23が停止するので、リア回生電力PregenRRはバッテリ10が受け入れ可能な電力に制限される。そして、これらの制限の下、ステップS203のC4制御が実行される。
【0095】
(2)リアモータの温度を考慮した制御
図11に示すように、第2実施形態においては、第1実施形態の回転数同期制御におけるステップS204、ステップS206,ステップS207,及びステップS203の後に、リアモータ43の温度TempRRを考慮するためのステップS401からステップS403が追加されている。
【0096】
ステップS401では、コントローラ13は、リアモータ43の温度TempRRを取得し、さらにリアモータ43の温度TempRRが第3閾値Th3よりも小さいか否かを判定する。第3閾値Th3は、温度に起因してリアモータ43の出力トルクに制限を実施すべきか否かを判別するための閾値である。第3閾値Th3は、実験またはシミュレーション等に基づいて適合により定められる。
【0097】
ステップS401において、リアモータ43の温度TempRRが第3閾値Th3よりも小さいと判定されたときには、ステップS501に進む。
【0098】
一方、ステップS401において、リアモータ43の温度TempRRが第3閾値Th3以上であると判定されたときには、ステップS402において、コントローラ13はリア回生電力PregenRR(回生トルクTR2)を制限する。このリア回生電力PregenRRの制限は、例えば、リアモータ43の温度TempRRに応じて行われる。本実施形態においては、コントローラ13は、リアモータ43の温度TempRRが高いほど、リア回生電力PregenRRの上限が小さくなる制限を課す。これはリアモータ34の熱負荷を低減するためである。
【0099】
その後、ステップS403においては、コントローラ13は、リアモータ43の温度TempRRが第4閾値Th4よりも小さいか否かを判定する。第4閾値Th4は、温度に起因してリアモータ43を停止すべきか否かを判定するための閾値である。第4閾値Th4は、実験またはシミュレーション等に基づいて適合により定められる。
【0100】
リアモータ43の温度TempRRが第4閾値Th4よりも小さいときには、ステップS501に進む。一方、リアモータ43の温度TempRRが第4閾値Th4よりも大きいときには、ステップS502に進む。ステップS501及びステップS502は、アップシフトを中止または中断する制御である。
【0101】
(3)アップシフトを中止または中断する制御
ステップS501では、コントローラ13は、回転同期制御の開始後(時刻t2以後)の経過時間Tsyncが所定同期時間τ未満であるか否かを判定する。所定同期時間τは、回転同期制御において予定する正常な同期時間の上限を定めるものである。したがって、経過時間Tsyncが所定同期時間τを超えるときには、予期しない事態の発生等によって回転数同期、ひいてはアップシフトが完了しないおそれがある。所定同期時間τは、実験またはシミュレーション等に基づいて適合により定められる。
【0102】
ステップS501において、経過時間Tsyncが所定同期時間τ未満であると判定されたときには、コントローラ13は第1実施形態と同様にステップS204を実行する。一方、ステップS501において経過時間Tsyncが所定同期時間τ以上であると判定されたときにはステップS502に進む。
【0103】
ステップS502では、コントローラ13はアップシフトを中止または中断する。ステップS502が実行されるのは、リアモータ43の温度TempRRが第4閾値Th4以上となってリアモータ43を停止すべきとき、または、経過時間Tsyncが所定同期時間τ以上となる不測の事態が発生したとき、である。
【0104】
なお、ステップS502におけるアップシフトの中止または中断とは、クラッチ54をニュートラル位置に残したまま、回転数同期を含めアップシフト制御を終了すること、または、クラッチ54をローギア52に接続しなおすこと、をいう。特に、アップシフトの中止とは、ステップS502の実行後、コントローラ13の判断ではアップシフト制御を再開しないことをいう。また、アップシフトの中断とは、ステップS502の実行後、例えば図示しない制御ルーチンを経て、コントローラ13の判断により、アップシフト制御が行われる可能性があることをいう。ステップS502では、例えば、原因及び/または原因の程度に応じて、アップシフトの中止または中断のいずれかが選択される。
【0105】
以上のように、第2実施形態の変速制御方法では、第2モータ(フロントモータ23)の温度TempFRが予め定める第1閾値Th1以上であるときに、ステップS302において、第2モータ(フロントモータ23)の温度TempFRが第1閾値よりも小さいときと比較して、第2モータ(フロントモータ23)の出力が低減される。さらに、ステップS303において第1モータ(リアモータ43)によって発生させる回生電力(リアPregenRR)が制限される。
【0106】
このように、フロントモータ23の温度TempFRに応じて必要なときに、回転数制御におけるフロントモータ23及びリアモータ43の駆動を制限すると、トルクブースト及び同期時間短縮制御を含むアップシフト制御が、より安全かつ確実に実行される。そして、特にフロントモータ23の熱負荷が低減される。
【0107】
第2実施形態の変速制御方法では、第2モータ(フロントモータ23)の温度TempFRに基づいて、ステップ303における回生電力(リア回生電力PregenRR)が制限される。これによれば、フロントモータ23の温度TempFRによって制限が必要となる状況下において最大限の回生制御をリアモータ43で実行できる。このため、フロントモータ23の温度TempFRによる制限が必要な状況下においても、同期時間を短縮しやすい。
【0108】
第2実施形態の変速制御方法では、第1閾値Th1は、第2モータ(フロントモータ23)が、第1定格トルクより大きく第2定格トルク以下のトルクを出力可能となる温度に設定される。このため、第1実施形態のアップシフト制御をするにあたって、フロントモータ23の温度TempFRによる制限が必要であるか否かが特に適切に判断される。
【0109】
第2実施形態の変速制御方法では、第2モータ(フロントモータ23)の温度が、第1閾値Th1よりも大きい値に設定される第2閾値Th2以上であるときに、ステップS306において、回生電力(リア回生電力PregenRR)は、バッテリ10が充電可能な電力に制限される。これにより、やむなく第2モータ(フロントモータ23)を停止しなければならないときでも、アップシフトは完了する。その結果、安全に電動車両100を停車等させることができる。
【0110】
第2実施形態の変速制御方法では、第1モータ(リアモータ43)の温度TempRRが予め定める第3閾値Th3以上であるときには、ステップS402において回生電力(リア回生電力PregenRR)が制限される。これにより、トルクブースト及び同期時間短縮制御を含むアップシフト制御を行うときに、リアモータ34の熱負荷が低減される。
【0111】
以上、本発明の実施形態について説明したが、上記実施形態で説明した構成は本発明の適用例の一部を示したに過ぎず、本発明の技術的範囲を限定する趣旨ではない。
【0112】
例えば、上記の第1実施形態及び第2実施形態では、前輪駆動システムFDSには変速機を設けず、後輪駆動システムRDSにだけ変速機51を設けているが、これに限らない。例えば、後輪駆動システムRDSに変速機51を設けない代わりに、前輪駆動システムFDSに変速機を設けてよい。この場合、上記の第1実施形態及び第2実施形態とは逆に、フロントモータ23が第1モータであり、リアモータ43が第2モータである。また、前輪駆動システムFDSと後輪駆動システムRDSの両方に変速機を設けてもよい。これらの場合でも、上記第1実施形態及び第2実施形態と同様の作用効果を奏する。この場合、アップシフトする一方の変速機に接続するモータが第1モータであり、変速を行わない他方の変速機に接続するモータが第2モータである。例えば、前輪駆動システムFDSの変速機をアップシフトするときには、フロントモータ23が第1モータであり、リアモータ43が第2モータである。逆に、後輪駆動システムRDSの変速機をアップシフトするときには、リアモータ43が第1モータであり、フロントモータ23が第2モータである。
【0113】
また、上記第1実施形態及び第2実施形態の電動車両100は、四輪駆動車両であるが、本発明は二輪駆動車両にも適用可能である。図12は、変形例の電動車両600の構成を示すスケルトン図である。
【0114】
図12に示すように、電動車両600は、1対の駆動輪601に対して、第1モータ602と第2モータ603の2つのモータが駆動源として接続する。そして、この電動車両600の動力伝達機構604においては、第1モータ602は変速機605を介して、駆動輪601のドライブシャフト606に接続する。また、第2モータ603は変速機607を介してドライブシャフト606に接続する。
【0115】
上記変形例の電動車両600においても、本発明の変速制御方法を好適に実施することができ、第1実施形態及び第2実施形態の作用効果を得ることができる。
【0116】
この他、上記の第1実施形態及び第2実施形態の電動車両100では、変速機51は、ローギア52とハイギア53の2段変速構成であるが、3段変速以上の変速機も使用し得る。
【符号の説明】
【0117】
100 :電動車両
10 :バッテリ
11 :前輪
12 :後輪
13 :コントローラ
23 :フロントモータ
43 :リアモータ
51 :変速機
52 :ローギア
53 :ハイギア
54 :クラッチ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12