(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-31
(45)【発行日】2024-08-08
(54)【発明の名称】履帯式作業機械
(51)【国際特許分類】
B62D 11/08 20060101AFI20240801BHJP
【FI】
B62D11/08 C
(21)【出願番号】P 2021542577
(86)(22)【出願日】2020-06-29
(86)【国際出願番号】 JP2020025575
(87)【国際公開番号】W WO2021039095
(87)【国際公開日】2021-03-04
【審査請求日】2023-05-08
(31)【優先権主張番号】P 2019158994
(32)【優先日】2019-08-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001236
【氏名又は名称】株式会社小松製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110000202
【氏名又は名称】弁理士法人新樹グローバル・アイピー
(72)【発明者】
【氏名】菊池 孝高
(72)【発明者】
【氏名】竹島 宏明
(72)【発明者】
【氏名】吉川 剛史
【審査官】久保田 信也
(56)【参考文献】
【文献】特表平01-501054(JP,A)
【文献】特開2009-074406(JP,A)
【文献】特開2007-303519(JP,A)
【文献】特開2000-142455(JP,A)
【文献】特開平10-001062(JP,A)
【文献】特開昭61-075062(JP,A)
【文献】特開2002-145107(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 11/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンと、
左右の履帯を駆動させる左右の駆動輪と、
前記エンジンの動力を前記左右の駆動輪に伝達する動力伝達装置と、
前記動力伝達装置と前記左右の駆動輪との間に配置され、動力を伝達又は遮断する左右のステアリングクラッチと、
前記左右のステアリングクラッチと前記左右の駆動輪との間に配置され、前記左右の駆動輪の回転を制動する左右のステアリングブレーキと、
前記左右のステアリングクラッチ及び前記左右のステアリングブレーキを制御することによって車両の旋回制御を実行する制御部と、
を備え、
前記制御部は、実旋回半径と目標旋回半径との偏差又は実方位と目標方位との偏差に基づいて、前記クラッチ制御と前記ブレーキ制御とを切り替え、
前記クラッチ制御において、前記制御部は、前記左右のステアリングクラッチのうち旋回方向側に位置する一方のステアリングクラッチを部分係合させ、かつ、前記左右のステアリングブレーキのうち前記旋回方向側に位置する一方のステアリングブレーキを開放させ、
前記ブレーキ制御において、前記制御部は、前記一方のステアリングクラッチを開放させ、かつ、前記一方のステアリングブレーキを完全係合又は部分係合させ、
前記制御部は、前記クラッチ制御で旋回制御を実行している場合において、前記実旋回半径が前記目標旋回半径より第1閾値以上大きいとき、前記クラッチ制御から前記ブレーキ制御に移行させ、前記ブレーキ制御で旋回制御を実行している場合において、前記目標旋回半径が前記実旋回半径より第2閾値以上大きいとき、前記ブレーキ制御から前記クラッチ制御に移行させ
、
前記制御部は、前記目標旋回半径に対する前記偏差の比に基づいて、前記第1閾値及び前記第2閾値それぞれを設定する、
履帯式作業機械。
【請求項2】
エンジンと、
左右の履帯を駆動させる左右の駆動輪と、
前記エンジンからの動力を伝達する動力伝達装置と、
前記動力伝達装置から前記左右の駆動輪それぞれへの動力を伝達又は遮断する左右のステアリングクラッチと、
前記左右の駆動輪の回転を制動する左右のステアリングブレーキと、
前記左右のステアリングクラッチ及び前記左右のステアリングブレーキを制御することによって車両の旋回制御を実行する制御部と、
を備え、
前記制御部は、実旋回半径と目標旋回半径との偏差又は実方位と目標方位との偏差に基づいて、前記クラッチ制御と前記ブレーキ制御とを切り替え、
前記クラッチ制御において、前記制御部は、前記左右のステアリングクラッチのうち旋回方向側に位置する一方のステアリングクラッチを部分係合させ、かつ、前記左右のステアリングブレーキのうち前記旋回方向側に位置する一方のステアリングブレーキを開放させ、
前記ブレーキ制御において、前記制御部は、前記一方のステアリングクラッチを開放させ、かつ、前記一方のステアリングブレーキを完全係合又は部分係合させ、
前記制御部は、前記クラッチ制御で旋回制御を実行している場合において、前記実旋回半径が前記目標旋回半径より第1閾値以上大きいとき、前記クラッチ制御から前記ブレーキ制御に移行させ、前記ブレーキ制御で旋回制御を実行している場合において、前記目標旋回半径が前記実旋回半径より第2閾値以上大きいとき、前記ブレーキ制御から前記クラッチ制御に移行させ
、
前記制御部は、前記目標旋回半径に対する前記偏差の比に基づいて、前記第1閾値及び前記第2閾値それぞれを設定する、
履帯式作業機械。
【請求項3】
前記実旋回半径は、下記式(1)に基づいて算出される、
請求項1又は2に記載の履帯式作業機械。
(ただし、式(1)において、Bは車幅方向における前記左右の履帯の車幅方向中央部の間隔であり、V1は旋回方向側の履帯の走行速度であり、V2は旋回方向と反対側の履帯の走行速度である。)
【請求項4】
前記目標旋回半径は、オペレータによる操向操作に用いられる操向レバーの操作量に応じて設定される、
請求項1乃至3のいずれかに記載の履帯式作業機械。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、履帯式作業機械に関する。
【背景技術】
【0002】
履帯式作業機械(例えば、ブルドーザなど)においては、エンジンの動力がトランスミッションを介して左右の駆動輪に伝達され、左右の駆動輪によって左右の履帯が駆動される。
【0003】
このような履帯式作業機械では、左右の駆動輪に対応して設けられた左右のステアリングクラッチ及びステアリングブレーキを油圧制御することによって、左右の旋回が実行される。
【0004】
例えば、走行中に左緩旋回する場合は、左ステアリングクラッチを部分係合させるとともに、左ステアリングブレーキを開放させる。また、走行中に左急旋回する場合は、左ステアリングクラッチを開放させるとともに、左ステアリングブレーキを完全係合又は部分係合させる。
【0005】
特許文献1では、実旋回角速度と目標旋回角速度との偏差に基づいてステアリングクラッチ及びステアリングブレーキを油圧制御することによって、実旋回半径を目標旋回半径に近似させる手法が提案されている。しかしながら、特許文献1に記載の手法では、操向レバーの操作量に応じて設定された目標旋回角速度の値に基づいてステアリングクラッチ及びステアリングブレーキのいずれを開放するかが決められる。そのため、傾斜地走行中やドージング作業中には実旋回半径を目標旋回半径に近似させることが困難な場合がある。
【0006】
そこで、特許文献2では、傾斜地走行中やドージング作業中などの走行状態に応じて、ステアリングクラッチ及びステアリングブレーキのモジュレーション特性を選択する手法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2000-142455号公報
【文献】特開2000-177618号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献2の手法では、あらゆる走行状態に適したモジュレーション特性を選択するには、多数のモジュレーション特性を準備する必要があるだけでなく、走行状態を正確に判定するために膨大な入力パラメータを取得する必要もある。
【0009】
本開示の課題は、簡便に実旋回半径を目標旋回半径に近似させることのできる履帯式作業機械を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本開示の一側面に係る履帯式作業機械は、エンジンと、左右の駆動輪と、動力伝達装置と、左右のステアリングクラッチと、左右のステアリングブレーキと、制御部とを備える。左右の駆動輪は、左右の履帯を駆動させる。動力伝達装置は、エンジンからの動力を伝達する。左右のステアリングクラッチは、動力伝達装置から左右の駆動輪それぞれへの動力を伝達又は遮断する。左右のステアリングブレーキは、左右の駆動輪の回転を制動する。制御部は、左右のステアリングクラッチ及び左右のステアリングブレーキを制御することによって車両の旋回制御を実行する。制御部は、実旋回半径と目標旋回半径との偏差又は実方位と目標方位との偏差に基づいて、クラッチ制御とブレーキ制御とを切り替える。
【発明の効果】
【0011】
本開示に係る履帯式作業機械によれば、簡便に実旋回半径を目標旋回半径に近似させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】履帯式作業機械の一例であるブルドーザの斜視図。
【
図2】ブルドーザの動力伝達系統の構成を示す模式図。
【
図3】ブルドーザの動力伝達系統の概略システム構成図。
【
図4】制御部による旋回制御について説明するための模式図。
【
図5】制御部による旋回制御について説明するための模式図。
【
図6】制御部による旋回制御について説明するための模式図。
【
図7A】初期の制御モードの設定について説明するためのフロー図。
【
図7B】フィードバック制御について説明するためのフロー図。
【
図8A】クラッチ制御モードからブレーキ制御モードに移行する様子を説明するための図
【
図8B】クラッチ制御モードからブレーキ制御モードに移行する様子を説明するための図
【
図8C】クラッチ制御モードからブレーキ制御モードに移行する様子を説明するための図
【
図8D】クラッチ制御モードからブレーキ制御モードに移行する様子を説明するための図
【
図9】変形例5に係る動力伝達系統の概略システム構成図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[ブルドーザ1の構成]
図1は、履帯式作業機械の一例であるブルドーザ1の斜視図である。
【0014】
ブルドーザ1は、左右のスプロケット2L,2R(左右の駆動輪の一例)及び左右の履帯3L,3Rを有する左右の走行装置4L,4Rと、車両前部に設けられたブレード5と、車両後部に設けられたリッパ装置6とを備える。
【0015】
このブルドーザ1は、ブレード5による土押し等の作業、リッパ装置6による破砕及び掘削等の作業を行うことができる。
【0016】
[動力伝達系統の構成]
図2は、ブルドーザ1の動力伝達系統の構成を示す模式図である。
図3は、ブルドーザ1の動力伝達系統の概略システム構成図である。ただし、
図3では、エンジン10、ダンパ15及びトルクコンバータ16が省略されている。
【0017】
ブルドーザ1は、エンジン10と、動力伝達装置11と、左右のステアリングクラッチ12L,12Rと、左右のステアリングブレーキ13L,13Rと、制御部30とを有する。
【0018】
動力伝達装置11は、エンジン10からの動力を伝達する。動力伝達装置11は、ダンパ15、トルクコンバータ16、トランスミッション17、ピニオン18、ベベルギア19及び横軸20を含む。動力伝達装置11では、エンジン10からの動力は、ダンパ15を介してトルクコンバータ16に伝達される。トルクコンバータ16の出力軸は、トランスミッション17の入力軸に連結されており、トルクコンバータ16からトランスミッション17に動力が伝達される。トランスミッション17から出力された動力は、ピニオン18及びベベルギア19を介して、横軸20に伝達される。
【0019】
横軸20に伝達された動力は、左ステアリングクラッチ12L、左出力軸21L及び左終減速装置22Lを介して左スプロケット2Lに伝達されるとともに、右ステアリングクラッチ12R、右出力軸21R及び右終減速装置22Rを介して右スプロケット2Rに伝達される。
【0020】
各スプロケット2L,2Rには履帯3L,3Rが巻回されている。スプロケットが回転駆動されると、履帯3L,3Rが駆動され、これによりブルドーザ1が走行する。
【0021】
左右のステアリングクラッチ12L,12Rは、動力伝達装置11から左右のスプロケット2L,2Rへの動力を伝達又は遮断する。左右のステアリングクラッチ12L,12Rそれぞれは、油圧によって係合状態(すなわち、動力伝達状態)と開放状態(すなわち、動力遮断状態)とに切替可能な油圧クラッチである。左右のステアリングクラッチ12L,12Rの係合には、完全係合と部分係合とが含まれる。左ステアリングクラッチ12Lが係合されると、ベベルギア19からの動力が左スプロケット2Lに伝達される。右ステアリングクラッチ12Rが係合されると、ベベルギア19からの動力が右スプロケット2Rに伝達される。
【0022】
左右のステアリングクラッチ12L,12Rへの圧油の供給及び排出は、クラッチ用コントロールバルブ27L,27Rによって制御される。左右のステアリングクラッチ12L,12Rは、ネガティブタイプの油圧クラッチであり、油圧が供給されていないとき完全係合され、供給される油圧が所定値より低いとき部分係合され、供給される油圧が所定値以上であるとき開放される。
【0023】
本実施形態において、左右のステアリングクラッチ12L,12Rは、動力伝達装置11と左右のスプロケット2L,2Rとの間に配置される。
【0024】
左右のステアリングブレーキ13L,13Rは、左右のスプロケット2L,2Rの回転を制動する。左右のステアリングブレーキ13L,13Rは、油圧によって係合状態(すなわち、制動状態)と開放状態(すなわち、非制動状態)とに切替可能な油圧式のブレーキである。左右のステアリングブレーキ13L,13Rの係合には、完全係合と部分係合とが含まれる。左ステアリングブレーキ13Lが係合されると、左ステアリングクラッチ12Lの出力回転、すなわち左スプロケット2Lの回転が制動される。右ステアリングブレーキ13Rが係合されると、右ステアリングクラッチ12Rの出力回転、すなわち右スプロケット2Rの回転が制動される。
【0025】
左右のステアリングブレーキ13L,13Rへの圧油の供給及び排出は、ブレーキ用コントロールバルブ28L,28Rによって制御される。左右のステアリングブレーキ13L,13Rは、常時制動タイプの油圧ブレーキであり、油圧が供給されていないとき完全係合され、供給される油圧が所定値より低いとき部分係合され、供給される油圧が所定値以上であるとき開放される。
【0026】
本実施形態において、左右のステアリングブレーキ13L,13Rは、左右のステアリングクラッチ12L,12Rと左右のスプロケット2L,2Rとの間に配置される。
【0027】
左右のステアリングブレーキ13L,13Rの出力側には、左右の回転数検出センサ32L,32Rが設けられる。左右の回転数検出センサ32L,32Rは、左右のステアリングブレーキ13L,13Rの出力回転数を検出する。左右の回転数検出センサ32L,32Rは、検出した出力回転数を制御部30に送信する。
【0028】
制御部30は、オペレータによる操向操作に用いられる操向レバー35から操向指令を取得する。制御部30は、オペレータによる操向レバー35の操作に応じて、車両の旋回制御を実行する。具体的には、制御部30は、操向レバー35が操作されると、操向レバー35の操作方向に応じて旋回方向(右方向又は左方向)を設定するとともに、操向レバー35の操作量に応じて目標旋回半径Raを設定する。制御部30は、設定された旋回方向に向かって設定された目標旋回半径Raで車両が旋回するように、クラッチ用コントロールバルブ27L,27R及びブレーキ用コントロールバルブ28L,28Rを介して左右のステアリングクラッチ12L,12R及び左右のステアリングブレーキ13L,13Rを制御する。
【0029】
制御部30は、旋回制御の実行中、左右の回転数検出センサ32L,32Rから取得する左右のステアリングブレーキ13L,13Rの出力回転数に基づいて、車両の実旋回半径Rbを算出する。そして、制御部30は、実旋回半径Rbと目標旋回半径Raとの偏差ΔRに基づいて、左右のステアリングクラッチ12L,12Rいずれかの制御(以下、「クラッチ制御」という。)による旋回と、左右のステアリングブレーキ13L,13Rの制御(以下、「ブレーキ制御」という。)による旋回とを自動的に切り替える。
【0030】
本明細書において、クラッチ制御によって旋回することを「クラッチ制御モード」と略称する。クラッチ制御モードでは、左右のステアリングクラッチ12L,12Rのうち旋回方向側に位置する一方のステアリングクラッチを部分係合させ、かつ、左右のステアリングブレーキ13L,13Rのうち旋回方向側に位置する一方のステアリングブレーキを開放させる。また、クラッチ制御モードでは、左右のステアリングクラッチ12L,12Rのうち旋回方向の反対側に位置する他方のステアリングクラッチを完全係合させ、かつ、左右のステアリングブレーキ13L,13Rのうち旋回方向の反対側に位置する他方のステアリングブレーキを開放させる。クラッチ制御モードでは、一方のステアリングクラッチの係合度合いを制御することによって実旋回半径Rbの調整が行われる。クラッチ制御モードは、主として、実旋回半径Rbが目標旋回半径Raより小さい場合に用いられる。
【0031】
本明細書において、ブレーキ制御によって旋回することを「ブレーキ制御モード」と略称する。ブレーキ制御モードとは、左右のステアリングクラッチ12L,12Rのうち旋回方向側に位置する一方のステアリングクラッチを開放させ、かつ、左右のステアリングブレーキ13L,13Rのうち旋回方向側に位置する一方のステアリングブレーキを完全係合又は部分係合させた状態を意味する。ブレーキ制御モードでは、一方のステアリングブレーキの係合度合いを制御することによって実旋回半径Rbの調整が行われる。ブレーキ制御モードは、主として、実旋回半径Rbが目標旋回半径Raより大きい場合に用いられる。
【0032】
そして、制御部30は、
図4に示すように、クラッチ制御モードとブレーキ制御モードとを自動的に切り替えて旋回制御を実行しながら、実旋回半径Rbと目標旋回半径Raとの偏差ΔRに基づいて、実旋回半径Rbが目標旋回半径Raに近づくように一方のステアリングクラッチ又は一方のステアリングブレーキの油圧を調整する。
【0033】
具体的には、
図5に示すように、登坂中あるいはドージング中などのような高負荷状態では、実旋回半径Rbが目標旋回半径Raより小さくなりやすい。この場合、制御部30は、操向レバー35の操作量によって決定されるクラッチ制御モードからブレーキ制御モードへの切り替えタイミングよりも遅いタイミングで、クラッチ制御モードからブレーキ制御モードに切り替えることによって、精度良く実旋回半径Rbを目標旋回半径Raに近づけることができる。この際、操向レバー35の操作量に対するクラッチ圧の傾きは小さくなり、操向レバー35の操作量に対するブレーキ圧の傾きは大きくなる。
【0034】
また、
図6に示すように、降坂中あるいは無負荷自走中などのような低負荷状態では、実旋回半径Rbが目標旋回半径Raより大きくなりやすい。この場合、制御部30は、操向レバー35の操作量によって決定されるクラッチ制御モードからブレーキ制御モードへの切り替えタイミングよりも早いタイミングで、クラッチ制御モードからブレーキ制御モードに切り替えることによって、精度良く実旋回半径Rbが目標旋回半径Raに近づけることができる。この際、操向レバー35の操作量に対するクラッチ圧の傾きは大きくなり、操向レバー35の操作量に対するブレーキ圧の傾きは小さくなる。
【0035】
[旋回制御]
次に、制御部30による旋回制御について、図面を参照しながら説明する。
図7Aは、初期の制御モードの設定について説明するためのフロー図である。
図7Bは、フィードバック制御について説明するためのフロー図である。以下の旋回制御は、車両が直進走行中の状態から開始する。
【0036】
ステップS1において、制御部30は、操向レバー35が右旋回方向又は左旋回方向に操作されているか否かを判定する。操向レバー35が操作されていない場合、処理は終了する。操向レバー35が操作されている場合、処理はステップS2に進む。
【0037】
ステップS2において、制御部30は、操向レバー35の操作量が所定量以下であるか否かを判定する。操作量が所定量以下である場合、処理はステップS3に進み、制御部30は、旋回制御の制御モードをクラッチ制御モードに設定する。操作量が所定量以下でない場合、処理はステップS4に進み、制御部30は、旋回制御の制御モードをブレーキ制御モードに設定する。
【0038】
ステップS5において、制御部30は、操向レバー35の操作量に基づいて、目標旋回半径Raを設定する。
【0039】
ステップS6において、制御部30は、左右の回転数検出センサ32L,32Rから取得する左右のステアリングブレーキ13L,13Rの出力回転数に基づいて、車両の実旋回半径Rbを算出する。実旋回半径Rbは、下記式(1)から算出することができる。
【0040】
式(1)において、Bは、車幅方向における各履帯3L,3Rの車幅方向中央部の間隔であり、V1は、旋回方向側の履帯の走行速度であり、V2は、旋回方向と反対側の履帯の走行速度である。
【0041】
ステップS7において、制御部30は、実旋回半径Rbから目標旋回半径Raを引くことによって偏差ΔRを算出する。
【0042】
ステップS8において、制御部30は、旋回制御の制御モードがクラッチ制御モードであるかブレーキ制御モードであるかを判定する。
【0043】
ステップS8において旋回制御の制御モードがクラッチ制御モードであると判定された場合、処理はステップS9に進み、制御部30は、実旋回半径Rbが目標旋回半径Raより第1閾値TH1以上大きいか否かを判定する。第1閾値TH1は、例えば目標旋回半径Raに対する偏差ΔRの比に基づいて設定される。第1閾値TH1は、0より大きい値に設定される。第1閾値TH1を小さくするほどクラッチ制御モードからブレーキ制御モードへの移行が精度良く行われ、第1閾値TH1を大きくするほどクラッチ制御モードからブレーキ制御モードへの移行にヒステリシスが付与されてハンチングが抑制される。
【0044】
ステップS9において実旋回半径Rbが目標旋回半径Raより第1閾値TH1以上大きいと判定された場合、処理はステップS10に進み、制御部30は、旋回制御の制御モードをクラッチ制御モードからブレーキ制御モードに移行させる。ステップS9において実旋回半径Rbが目標旋回半径Raより第1閾値TH1以上大きくないと判定された場合、処理はステップS13に進む。
【0045】
ステップS8において旋回制御の制御モードがブレーキ制御モードであると判定された場合、処理はステップS11に進み、制御部30は、目標旋回半径Raが実旋回半径Rbより第2閾値TH2以上大きいか否かを判定する。第2閾値TH2は、例えば目標旋回半径Raに対する偏差ΔRの比に基づいて設定される。第2閾値TH2は、0より大きい値に設定される。第2閾値TH2を小さくするほどブレーキ制御モードからクラッチ制御モードへの移行が精度良く行われ、第2閾値TH2を大きくするほどブレーキ制御モードからクラッチ制御モードへの移行にヒステリシスが付与されてハンチングが抑制される。
【0046】
ステップS11において目標旋回半径Raが実旋回半径Rbより第2閾値TH2以上大きいと判定された場合、処理はステップS12に進み、制御部30は、旋回制御の制御モードをブレーキ制御モードからクラッチ制御モードに移行させる。ステップS11において目標旋回半径Raが実旋回半径Rbより第2閾値TH2以上大きくないと判定された場合、処理はステップS16に進む。
【0047】
ステップS9からステップS13に進んだ場合、又は、ステップS12からステップS13に処理が進んだ場合、制御部30は、操向レバー35の操作量に基づいて、左右のステアリングクラッチ12L,12Rのうち旋回方向側に位置する一方のステアリングクラッチの油圧P1を設定する。
【0048】
ステップS14において、制御部30は、偏差ΔRに所定のゲインを乗算することによって、油圧P1の補正量ΔP1を算出する。ただし、補正量ΔP1は偏差ΔRに基づいて決定されればよく、補正量ΔP1の算出方法は特に限られない。
【0049】
ステップS15において、制御部30は、一方のステアリングクラッチの油圧がP1+ΔP1になるようクラッチ用コントロールバルブ27L,27Rの一方を制御する。これにより、偏差ΔRが小さくなるように、一方のステアリングクラッチの係合度合いが制御される。
【0050】
ステップS11からステップS16に進んだ場合、又は、ステップS10からステップS16に処理が進んだ場合、制御部30は、操向レバー35の操作量に基づいて、左右のステアリングブレーキ13L,13Rのうち旋回方向側に位置する一方のステアリングブレーキの油圧P2を設定する。
【0051】
ステップS17において、制御部30は、偏差ΔRに所定のゲインを乗算することによって、油圧P2の補正量ΔP2を算出する。ただし、補正量ΔP2は偏差ΔRに基づいて決定されればよく、補正量ΔP2の算出方法は特に限られない。
【0052】
ステップS18において、制御部30は、一方のステアリングブレーキの油圧がP2+ΔP2になるようブレーキ用コントロールバルブ28L,28Rの一方を制御する。これにより、偏差ΔRが小さくなるように、一方のステアリングブレーキの係合度合いが制御される。
【0053】
なお、ステップS13~S15における一方のステアリングクラッチの係合度合いの制御、及び、ステップS16~S18における一方のステアリングブレーキの係合度合いの制御については、特開2000-142455号公報に詳細が開示されている。
【0054】
ステップS15又はステップS18の終了後、処理はステップS19に進み、制御部30は、操向レバー35が右旋回方向又は左旋回方向に操作されているか否かを判定する。操向レバー35が操作されていない場合、処理は終了する。操向レバー35が操作されている場合、制御部30は、処理をステップS5に戻して、上述した制御モードの切り替えと係合度合いの制御とを繰り返す。
【0055】
[特徴]
本実施形態に係るブルドーザ1は、左右のステアリングクラッチ12L,12R及び左右のステアリングブレーキ13L,13Rを制御することによって、クラッチ制御モード又はブレーキ制御モードで車両の旋回制御を実行する制御部30を備える。制御部30は、実旋回半径Rbと目標旋回半径Raとの偏差ΔRに基づいて、クラッチ制御モードとブレーキ制御モードとを切り替える。
【0056】
ここで、
図8A~Dは、旋回制御の制御モードがクラッチ制御モードからブレーキ制御モードに移行する様子を説明するための図である。
図8Aは操向レバー35の操作量を示すグラフである。
図8Bは旋回方向側に位置するステアリングクラッチ及びステアリングブレーキの油圧を示すグラフである。
図8Cは偏差ΔRの経時変化を示すグラフである。
図8Dは目標旋回半径Ra及び実旋回半径Rbの経時変化を示すグラフである。
【0057】
本実施形態に係るブルドーザ1によれば、
図8Aに示すように、時刻t0から時刻t2にかけて、操向レバー35の操作量が徐々に大きくなった場合、
図8B,8Cに示すように、実旋回半径Rbが目標旋回半径Raより第1閾値TH1以上大きくなる時刻t1において、旋回制御の制御モードがクラッチ制御モードからブレーキ制御モードへ自動的に移行する。そのため、
図8Dに示すように、簡便かつスムーズに実旋回半径Rbを目標旋回半径Raに近似させることができる。
【0058】
[実施形態の変形例]
本発明は以上のような実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲を逸脱することなく種々の変形又は修正が可能である。
【0059】
(変形例1)
上記実施形態において、ブルドーザ1は操向レバー35を備えることとしたが、ブルドーザ1を無人遠隔操作する場合、ブルドーザ1は操向レバー35を備えていなくてもよい。この場合、目標旋回半径Raを示す情報を制御部30に直接入力すればよい。
【0060】
(変形例2)
上記実施形態において、制御部30は、左右のステアリングブレーキ13L,13Rの出力回転数に基づいて実旋回半径Rbを算出することとしたが、これに限られない。制御部30は、IMU(慣性計測装置)、GPS(全地球測位システム)、加速度センサ、ジャイロセンサ、ヨーレートセンサ、方位角センサなどを用いて実旋回半径Rbを算出してもよい。
【0061】
(変形例3)
上記実施形態において、制御部30は、実旋回半径Rbと目標旋回半径Raとの偏差ΔRを用いて、クラッチ制御モードとブレーキ制御モードとを切り替えることとしたが、これに限られない。制御モードの切り替えは、グローバル座標系において規定される実方位と目標方位との偏差Δを用いて実行してもよい。実方位は、GNSS電波から取得することができる。
【0062】
(変形例4)
上記実施形態では、履帯式作業機械の一例としてブルドーザ1の構成を説明したが、履帯式作業機械は、履帯式油圧ショベルや履帯式ローダなどのように、左右のステアリングクラッチ及び左右のステアリングブレーキを備えた履帯式作業機械であればよい。
【0063】
(変形例5)
上記実施形態において、左右のステアリングクラッチ12L,12Rは、動力伝達装置11と左右のスプロケット2L,2Rとの間に配置され、左右のステアリングブレーキ13L,13Rは、左右のステアリングクラッチ12L,12Rと左右のスプロケット2L,2Rとの間に配置されることとしたが、これに限られない。左右のステアリングクラッチ12L,12Rは、動力伝達装置11から左右のスプロケット2L,2Rへの動力を伝達又は遮断可能であればよく、左右のステアリングブレーキ13L,13Rは、左右のスプロケット2L,2Rの回転を制動可能であればよい。
【0064】
例えば、
図9に示すように、動力伝達装置11と左右のスプロケット2L,2Rとの間に左右の遊星歯車機構40L,40Rが配置され、左右の遊星歯車機構40L,40Rと左右のスプロケット2L,2Rとの間に左右のステアリングブレーキ13L,13Rが配置されていてもよい。
【0065】
左右の遊星歯車機構40L,40Rは、左右のリングギア41L,41R、左右のプラネタリギア42L,42R、左右のサンギア43L,43R及び左右のキャリア44L,44Rを有する。
【0066】
左右のステアリングクラッチ12L,12Rは、左右のサンギア43L,43Rに対して係合又は開放可能である。左ステアリングクラッチ12Lが左サンギア43Lに係合されて左サンギア43Lが制動状態になると、横軸20の回転は、左リングギア41L、左プラネタリギア42L及び左キャリア44Lを介して左出力軸21Lに伝達される。左ステアリングクラッチ12Lが左サンギア43Lから開放されて左サンギア43Lが自由回転状態になると、横軸20の回転は左出力軸21Lに伝達されない。このように、左ステアリングクラッチ12Lは、動力伝達装置11から左スプロケット2Lへの動力を伝達又は遮断可能である。同様に、右ステアリングクラッチ12Rも、動力伝達装置11から右スプロケット2Rへの動力を伝達又は遮断可能である。
【0067】
なお、
図9に示す例において、左ステアリングクラッチ12Lは、アイドラギア50及びピニオンギア51を介してモータ52に連結され、右ステアリングクラッチ12Rは、第1トランスファギア53、副軸54、第2トランスファギア55、アイドラギア50及びピニオンギア51を介してモータ52に連結されている。左右のステアリングクラッチ12L,12Rが係合されている場合、モータ52の回転動力が、左右のステアリングクラッチ12L,12Rを介して左右のサンギア43L,43Rに伝達され、左右のサンギア43L,43Rが互いに逆回転することによって、作業機械は緩旋回又は信地旋回することができる。
【0068】
ただし、モータ52は任意の構成要素である。モータ52を設置しない場合には、アイドラギア50及びピニオンギア51の少なくとも一方を固定すればよい。
【符号の説明】
【0069】
1 ブルドーザ
2L,2R スプロケット(駆動輪)
3L,3R 履帯
4L,4R 走行装置
10 エンジン
11 動力伝達装置
12L,12R ステアリングクラッチ
13L,13R ステアリングブレーキ
30 制御部