(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-31
(45)【発行日】2024-08-08
(54)【発明の名称】油井用鋼管
(51)【国際特許分類】
E21B 17/042 20060101AFI20240801BHJP
F16L 15/04 20060101ALI20240801BHJP
【FI】
E21B17/042
F16L15/04 A
(21)【出願番号】P 2023517211
(86)(22)【出願日】2022-03-31
(86)【国際出願番号】 JP2022016384
(87)【国際公開番号】W WO2022230595
(87)【国際公開日】2022-11-03
【審査請求日】2023-10-04
(31)【優先権主張番号】P 2021075844
(32)【優先日】2021-04-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】595099867
【氏名又は名称】バローレック・オイル・アンド・ガス・フランス
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】大島 真宏
(72)【発明者】
【氏名】木本 雅也
【審査官】荒井 良子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/149310(WO,A1)
【文献】国際公開第2009/057754(WO,A1)
【文献】特表2008-527249(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E21B 17/042
F16L 15/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
油井用鋼管であって、
第1端部と第2端部とを含む管本体を備え、
前記管本体の化学組成は、質量%で、
C:0.01~0.60%、
Cr:0~8.0%、及び、
Fe:80.0%以上を含有し、
前記管本体は、
前記第1端部に形成されているピンと、
前記第2端部に形成されているボックスとを含み、
前記ピンは、
雄ねじ部を含むピン接触表面を含み、
前記ボックスは、
雌ねじ部を含むボックス接触表面を含み、
前記油井用鋼管はさらに、
前記ピン接触表面上と、前記ボックス接触表面上との少なくとも一方に形成されているZn-Ni合金めっき層を備え、
質量%で、前記管本体のC含有量の1.5倍以上のCを含有する領域をC濃化層と定義したとき、
前記Zn-Ni合金めっき層において、前記管本体の肉厚方向における前記C濃化層の厚さが0~1.50μmである、
油井用鋼管。
【請求項2】
請求項1に記載の油井用鋼管であって、
前記Zn-Ni合金めっき層の厚さは5~25μmである、
油井用鋼管。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の油井用鋼管であって、
前記Zn-Ni合金めっき層上に潤滑被膜を備える、
油井用鋼管。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は油井用鋼管に関し、さらに詳しくは、ねじ継手が形成された油井用鋼管に関する。
【背景技術】
【0002】
油田や天然ガス田(以下、油田及び天然ガス田を総称して「油井」という)の採掘のために、油井用鋼管が使用される。具体的には、油井採掘地において、油井の深さに応じて、複数の油井用鋼管を連結して、ケーシングやチュービングに代表される油井管連結体を形成する。油井管連結体は、油井用鋼管の端部に形成されたねじ継手同士をねじ締めすることによって形成される。また、油井管連結体に対して検査を実施する場合がある。検査を実施する場合、油井管連結体が引き上げられ、ねじ継手がねじ戻しされる。そして、ねじ戻しされて油井管連結体から取り外された油井用鋼管を検査する。検査後、油井用鋼管は再びねじ締めされ、油井管連結体の一部として再度利用される。
【0003】
油井用鋼管は、第1端部と第2端部とを含む管本体を備える。管本体は、第1端部に形成されているピンと、第2端部に形成されているボックスとを含む。ピンは、管本体の第1端部の外周面に、雄ねじ部を含むピン接触表面を有する。ボックスは、ピンと反対側の管本体の端部(第2端部)の内周面に、雌ねじ部を含むボックス接触表面を有する。油井用鋼管の端部に形成されたねじ継手同士がねじ締めされるとき、ピン接触表面はボックス接触表面と接触する。
【0004】
ピン接触表面及びボックス接触表面は、油井用鋼管のねじ締め及びねじ戻し時に強い摩擦を繰り返し受ける。これらの部位に、摩擦に対する十分な耐久性がなければ、ねじ締め及びねじ戻しを繰り返した時にゴーリング(修復不可能な焼付き)が発生する。したがって、油井用鋼管には、摩擦に対する十分な耐久性、すなわち、優れた耐焼付き性が要求される。
【0005】
従来、耐焼付き性を向上するために、ドープと呼ばれる重金属入りのコンパウンドグリスが使用されてきた。ピン接触表面及び/又はボックス接触表面にコンパウンドグリスを塗布することで、油井用鋼管の耐焼付き性を改善できる。しかしながら、コンパウンドグリスに含まれるPb、Zn及びCu等の重金属は、環境に影響を与える可能性がある。このため、コンパウンドグリスを使用しなくても、耐焼付き性に優れる油井用鋼管の開発が望まれている。
【0006】
特許文献1(国際公開第2016/170031号)に開示された油井用鋼管では、コンパウンドグリスに代えて、Zn-Ni合金めっき層をピン接触表面又はボックス接触表面に形成している。油井用鋼管の接触表面に形成されたZn-Ni合金めっき層中のZnは、犠牲防食により、油井管の母材の耐食性を高める。さらに、Zn-Ni合金は、耐摩耗特性にも優れる、と特許文献1には記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、近年、さらに優れた耐焼付き性を有する油井用鋼管が求められてきている。特に、大型の油井用鋼管では、管本体の円周が長くなることから、締結開始から締結完了まで、より長距離の摺動が必要となる。その結果、大型の油井用鋼管では、従来よりも焼付きが発生しやすい傾向がある。このように、油井用鋼管には、従来よりもさらに優れた耐焼付き性を有することが求められてきている。
【0009】
本開示の目的は、優れた耐焼付き性を有するZn-Ni合金めっき層を備えた油井用鋼管を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本開示による油井用鋼管は、
第1端部と第2端部とを含む管本体を備え、
前記管本体の化学組成は、質量%で、
C:0.01~0.60%、
Cr:0~8.0%、及び、
Fe:80.0%以上を含有し、
前記管本体は、
前記第1端部に形成されているピンと、
前記第2端部に形成されているボックスとを含み、
前記ピンは、
雄ねじ部を含むピン接触表面を含み、
前記ボックスは、
雌ねじ部を含むボックス接触表面を含み、
前記油井用鋼管はさらに、
前記ピン接触表面上と、前記ボックス接触表面上との少なくとも一方に形成されているZn-Ni合金めっき層を備え、
質量%で、前記管本体のC含有量の1.5倍以上のCを含有する領域をC濃化層と定義したとき、
前記Zn-Ni合金めっき層において、前記管本体の肉厚方向における前記C濃化層の厚さが0~1.50μmである。
【発明の効果】
【0011】
本開示による油井用鋼管は、Zn-Ni合金めっき層を備え、優れた耐焼付き性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、実施例の試験番号2の油井用鋼管について、Zn-Ni合金めっき層の表面からGD-OESによる深さ方向分析を実施した結果の一部を示す図である。
【
図2】
図2は、本実施形態による油井用鋼管について、Zn-Ni合金めっき層の表面からGD-OESによる深さ方向分析を実施した結果の一部を示す図である。
【
図3】
図3は、本実施形態による油井用鋼管の一例を示す構成図である。
【
図4】
図4は、
図3に示す油井用鋼管のカップリングの管軸方向に沿った断面(縦断面)を示す一部断面図である。
【
図5】
図5は、
図4に示す油井用鋼管のうちのピン近傍部分の、油井用鋼管の管軸方向に平行な断面図である。
【
図6】
図6は、
図4に示す油井用鋼管のうちのボックス近傍部分の、油井用鋼管の管軸方向に平行な断面図である。
【
図7】
図7は、
図4と異なる、本実施形態による油井用鋼管のカップリングの管軸方向に沿った断面(縦断面)を示す一部断面図である。
【
図8】
図8は、本実施形態によるインテグラル型の油井用鋼管の一部断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照して、本実施形態を詳しく説明する。図中同一又は相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。
【0014】
これまでに、Zn-Ni合金めっき層は、その高い硬さにより、優れた耐摩耗性を有することが知られている。通常、耐摩耗性が高いほど、耐焼付き性が高まると考えられている。そのため、Zn-Ni合金めっき層は、耐焼付き性が求められる油井用鋼管に適用されてきた。一方、上述のとおり、大口径の油井用鋼管では、従来の油井用鋼管よりも、ねじ締め及びねじ戻し時の摺動距離が長くなる。そのため、Zn-Ni合金めっき層を有する油井用鋼管であっても、大口径の油井用鋼管では、優れた耐焼付き性が得られない場合があった。
【0015】
さらに、本発明者らの詳細な調査の結果、Zn-Ni合金めっき層が形成されている管本体の化学組成も、耐焼付き性に影響を与えることが明らかになった。具体的に、管本体の化学組成が、質量%で、C:0.01~0.60%、Cr:0~8.0%、及び、Fe:80.0%以上を含有する場合、特に大型の油井用鋼管では、耐焼付き性が低下しやすいことを、本発明者らは知見した。そこで本発明者らは、上述の化学組成の管本体を有し、Zn-Ni合金めっき層を有する油井用鋼管を種々製造し、その耐焼付き性について詳細に調査した。
【0016】
その結果、優れた耐焼付き性が得られない油井用鋼管では、ねじ締め及びねじ戻し時の長距離の摺動によって、Zn-Ni合金めっき層の一部が剥離していることが明らかになった。すなわち、Zn-Ni合金めっき層の一部が剥離することによって、接触表面の摩擦係数が一気に高まり、油井用鋼管の耐焼付き性が急激に低下するものと考えられる。
【0017】
そこで本発明者らは、上述の化学組成の管本体を有し、Zn-Ni合金めっき層を有するものの、優れた耐焼付き性が得られない油井用鋼管について、さらに詳細に調査して、その原因について検討した。具体的に、上述の化学組成の管本体を有し、Zn-Ni合金めっき層を有するものの、ねじ締め及びねじ戻し時の長距離の摺動により、Zn-Ni合金めっき層の一部が剥離してしまう油井用鋼管について、グロー放電発光分析法(GD-OES:Glow Discharge Optical Emission Spectrometry)により、Zn-Ni合金めっき層の表面から深さ方向に元素分析を実施した。この点について、図面を用いて具体的に説明する。
【0018】
図1は、実施例における試験番号2の油井用鋼管について、Zn-Ni合金めっき層の表面からGD-OESによる深さ方向分析を実施した結果の一部を示す図である。
図1は、後述の方法によって得られた。より具体的には、
図1は、GD-OESによる深さ方向分析を実施して、横軸にZn-Ni合金めっき層表面からの深さ(μm)、縦軸にZn、Fe、及び、Cの含有量(質量%)をプロットした、深さ方向の含有量プロファイルである。なお、ここでいうZn-Ni合金めっき層の「深さ方向」とは、管本体の肉厚方向に相当する。
【0019】
図1を参照して、油井用鋼管に対して、Zn-Ni合金めっき層の表面からGD-OESによる深さ方向分析を実施すると、Zn-Ni合金めっき層と管本体との境界の近傍では、Zn-Ni合金めっき層由来のZn含有量の低下と、管本体由来のFe含有量の増加が確認できる。
図1を参照してさらに、優れた耐焼付き性を有さない油井用鋼管では、Zn-Ni合金めっき層と管本体との境界の近傍において、C含有量が局所的に高まっている領域が確認できる。本明細書において、C含有量が管本体の1.5倍以上の領域を「C濃化層」ともいう。
図1を参照して、管本体の1.5倍となるC含有量を、図中の破線で示す。すなわち、
図1を参照して、C含有量が破線を超える領域は、C濃化層に相当する。
【0020】
そこで本発明者らは、上述の化学組成の管本体を有し、Zn-Ni合金めっき層を有する油井用鋼管では、Zn-Ni合金めっき層におけるC濃化層を薄くすることにより、油井用鋼管の耐焼付き性を高められる可能性があると考えた。この場合、高面圧でねじ締め及びねじ戻しを繰り返しても、Zn-Ni合金めっき層が剥離しにくくなる可能性がある。具体的に、本発明者らは、上述の化学組成の管本体を有し、Zn-Ni合金めっき層を有する油井用鋼管を種々製造し、そのZn-Ni合金めっき層におけるC濃化層の厚さと、耐焼付き性とを詳細に調査した。
【0021】
その結果、本発明者らは、Zn-Ni合金めっき層において、C濃化層を薄くした油井用鋼管を得ることができ、この油井用鋼管であれば、耐焼付き性を高められることを見出した。
図2は、本実施形態による油井用鋼管について、Zn-Ni合金めっき層の表面からGD-OESによる深さ方向分析を実施した結果の一部を示す図である。
図2は、後述の実施例における試験番号3に係る、深さ方向の含有量プロファイルである。
図2は後述の方法によって得られた。
【0022】
図1及び
図2を参照して、本実施形態による油井用鋼管では、Zn-Ni合金めっき層におけるC濃化層が薄い。さらに、後述の実施例で詳細に示されるように、
図1に示される油井用鋼管では、焼付き無しでねじ締め及びねじ戻しできた回数が5回であった。一方、
図2に示される油井用鋼管では、10回以上のねじ締め及びねじ戻しを、焼付き無しで実施することができた。
【0023】
すなわち、上述の化学組成の管本体を有し、Zn-Ni合金めっき層を有する油井用鋼管では、Zn-Ni合金めっき層におけるC濃化層を薄くすることにより、摺動距離が長い場合であっても油井用鋼管の耐焼付き性を顕著に高められることが、本発明者らの詳細な検討により明らかになった。この理由について、詳細は明らかになっていない。しかしながら、本発明者らは次のように推察している。
【0024】
油井用鋼管の管本体の端部に形成されるピン及びボックスは、切削加工によって形成される。切削加工時にはピン及びボックスの表面に熱がかかることから、切削加工後のピン及びボックスの表面には、酸化膜が形成される。そこで、切削加工によって形成された酸化膜を除去するため、切削加工が実施されたピン及び/又はボックスの表面のうち、Zn-Ni合金めっき層が形成される領域には、酸洗等を実施して、酸化膜が除去されてきた。
【0025】
一方、上述のとおり、本実施形態による油井用鋼管では、質量%で、C:0.01~0.60%、Cr:0~8.0%、及び、Fe:80.0%以上を含有する化学組成の管本体を有する。そのため、Cr含有量が多いステンレス鋼材で形成される不動態皮膜が形成されない。要するに、上述の化学組成を有する本実施形態による管本体は、切削加工時にピン及びボックスの表面には不安定な酸化膜が形成されやすい。さらに、ピン及びボックスは複雑な形状を有しているため、部位ごとに切削の条件が異なり、切削温度や切削速度が相違する。その結果、上述の化学組成を有する管本体では、ピン及びボックスの表面には、部位ごとに厚みの異なる酸化膜が形成されやすい。
【0026】
しかしながら、部位ごとに厚みの異なる酸化膜が形成されている場合、一様な条件での酸洗を実施しても、酸化膜が一部残存したり、逆に管本体が一部溶解したりする可能性がある。特に、管本体が一部溶解すると、管本体の炭素(C)由来の不純物がピン及び/又はボックスの表面に残存する場合がある。C由来の不純物が多く残存したまま、Zn-Ni合金めっき層を形成した結果、Zn-Ni合金めっき層において、C濃化層が厚く形成されるものと本発明者らは推察している。
【0027】
以上の知見に基づく詳細な検討の結果、質量%で、C:0.01~0.60%、Cr:0~8.0%、及び、Fe:80.0%以上を含有する化学組成の管本体を有する油井用鋼管では、Zn-Ni合金めっき層において、管本体の肉厚方向におけるC濃化層の厚さを0~1.50μmとすれば、大口径の油井用鋼管であっても、優れた耐焼付き性が得られることを、本発明者らは見出した。
【0028】
以上の知見に基づいて完成した本実施形態による油井用鋼管の要旨は、次のとおりである。
【0029】
[1]
油井用鋼管であって、
第1端部と第2端部とを含む管本体を備え、
前記管本体の化学組成は、質量%で、
C:0.01~0.60%、
Cr:0~8.0%、及び、
Fe:80.0%以上を含有し、
前記管本体は、
前記第1端部に形成されているピンと、
前記第2端部に形成されているボックスとを含み、
前記ピンは、
雄ねじ部を含むピン接触表面を含み、
前記ボックスは、
雌ねじ部を含むボックス接触表面を含み、
前記油井用鋼管はさらに、
前記ピン接触表面上と、前記ボックス接触表面上との少なくとも一方に形成されているZn-Ni合金めっき層を備え、
質量%で、前記管本体のC含有量の1.5倍以上のCを含有する領域をC濃化層と定義したとき、
前記Zn-Ni合金めっき層において、前記管本体の肉厚方向における前記C濃化層の厚さが0~1.50μmである、
油井用鋼管。
【0030】
[2]
[1]に記載の油井用鋼管であって、
前記Zn-Ni合金めっき層の厚さは5~25μmである、
油井用鋼管。
【0031】
[3]
[1]又は[2]に記載の油井用鋼管であって、
前記Zn-Ni合金めっき層上に潤滑被膜を備える、
油井用鋼管。
【0032】
以下、本実施形態による油井用鋼管について詳述する。
【0033】
[油井用鋼管の構成]
初めに、本実施形態による油井用鋼管の構成について説明する。油井用鋼管は周知の構成を有する。油井用鋼管は、T&C型の油井用鋼管と、インテグラル型の油井用鋼管とがある。以下、各タイプの油井用鋼管について詳述する。
【0034】
[油井用鋼管がT&C型である場合]
図3は、本実施形態による油井用鋼管1の一例を示す構成図である。
図3は、いわゆるT&C型(Threaded and Coupled)の油井用鋼管1の構成図である。
図3を参照して、油井用鋼管1は、管本体10を備える。
【0035】
管本体10は、管軸方向に延びている。管本体10の管軸方向に垂直な断面は円形状である。管本体10は、第1端部10Aと、第2端部10Bとを含む。第1端部10Aは、第2端部10Bの反対側の端部である。
図3に示すT&C型の油井用鋼管1では、管本体10は、ピン管体11と、カップリング12とを備える。カップリング12は、ピン管体11の一端に取り付けられている。より具体的には、カップリング12は、ピン管体11の一端にねじにより締結されている。
【0036】
図4は、
図3に示す油井用鋼管1のカップリング12の管軸方向に平行な断面(縦断面)を示す一部断面図である。
図3及び
図4を参照して、管本体10は、ピン40と、ボックス50とを含む。ピン40は、管本体10の第1端部10Aに形成されている。ピン40は、締結時において、他の油井用鋼管1(図示せず)のボックス50に挿入されて、他の油井用鋼管1のボックス50とねじにより締結される。
【0037】
ボックス50は、管本体10の第2端部10Bに形成されている。締結時において、ボックス50には、他の油井用鋼管1のピン40が挿入されて、他の油井用鋼管1のピン40とねじにより締結される。
【0038】
[ピンの構成について]
図5は、
図4に示す油井用鋼管1のうちのピン40近傍部分の、油井用鋼管1の管軸方向に平行な断面図である。
図5中の破線部分は、他の油井用鋼管1と締結する場合の、他の油井用鋼管1のボックス50の構成を示す。
図5を参照して、ピン40は、管本体10の第1端部10Aの外周面に、ピン接触表面400を備える。ピン接触表面400は、他の油井用鋼管1との締結時において、他の油井用鋼管1のボックス50と接触する。
【0039】
ピン接触表面400は、第1端部10Aの外周面に形成された雄ねじ部41を少なくとも含む。ピン接触表面400はさらに、ピンシール面42と、ピンショルダ面43とを含んでもよい。
図5では、ピンシール面42は、第1端部10Aの外周面のうち、雄ねじ部41よりも第1端部10Aの先端側に配置されている。つまり、ピンシール面42は、雄ねじ部41とピンショルダ面43との間に配置されている。ピンシール面42はテーパ状に設けられている。具体的には、ピンシール面42では、第1端部10Aの長手方向(管軸方向)において、雄ねじ部41からピンショルダ面43に向かうにしたがって、外径が徐々に小さくなっている。
【0040】
他の油井用鋼管1との締結時において、ピンシール面42は、他の油井用鋼管1のボックス50のボックスシール面52(後述)と接触する。より具体的には、締結時において、ピン40が他の油井用鋼管1のボックス50に挿入されることにより、ピンシール面42がボックスシール面52と接触する。そして、ピン40が他の油井用鋼管1のボックス50にさらにねじ込まれることにより、ピンシール面42は、ボックスシール面52と密着する。これにより、締結時において、ピンシール面42は、ボックスシール面52と密着してメタル-メタル接触に基づくシールを形成する。そのため、互いに締結された油井用鋼管1において、気密性を高めることができる。
【0041】
図5では、ピンショルダ面43は、第1端部10Aの先端面に配置されている。つまり、
図5に示すピン40では、管本体10の中央から第1端部10Aに向かって順に、雄ねじ部41、ピンシール面42、ピンショルダ面43の順に配置されている。他の油井用鋼管1との締結時において、ピンショルダ面43は、他の油井用鋼管1のボックス50のボックスショルダ面53(後述)と対向し、接触する。より具体的には、締結時において、ピン40が他の油井用鋼管1のボックス50に挿入されることにより、ピンショルダ面43がボックスショルダ面53と接触する。これにより、締結時において、高いトルクを得ることができる。また、ピン40とボックス50との締結状態での位置関係を安定させることができる。
【0042】
なお、ピン40のピン接触表面400は、少なくとも雄ねじ部41を含んでいる。つまり、ピン接触表面400は、雄ねじ部41を含み、ピンシール面42及びピンショルダ面43を含んでいなくてもよい。ピン接触表面400は、雄ねじ部41とピンショルダ面43とを含み、ピンシール面42を含んでいなくてもよい。ピン接触表面400は、雄ねじ部41とピンシール面42とを含み、ピンショルダ面43を含んでいなくてもよい。
【0043】
[ボックスの構成について]
図6は、
図4に示す油井用鋼管1のうちのボックス50近傍部分の、油井用鋼管1の管軸方向に平行な断面図である。
図6中の破線部分は、他の油井用鋼管1と締結する場合の、他の油井用鋼管1のピン40の構成を示す。
図6を参照して、ボックス50は、管本体10の第2端部10Bの内周面に、ボックス接触表面500を備える。ボックス接触表面500は、他の油井用鋼管1との締結時において、他の油井用鋼管1のピン40がねじ込まれ、ピン40のピン接触表面400と接触する。
【0044】
ボックス接触表面500は、第2端部10Bの内周面に形成された雌ねじ部51を少なくとも含む。締結時において、雌ねじ部51は、他の油井用鋼管のピン40の雄ねじ部41と噛み合う。
【0045】
ボックス接触表面500はさらに、ボックスシール面52と、ボックスショルダ面53とを含んでもよい。
図6では、ボックスシール面52は、第2端部10Bの内周面のうち、雌ねじ部51よりも管本体10側に配置されている。つまり、ボックスシール面52は、雌ねじ部51とボックスショルダ面53との間に配置されている。ボックスシール面52はテーパ状に設けられている。具体的には、ボックスシール面52では、第2端部10Bの長手方向(管軸方向)において、雌ねじ部51からボックスショルダ面53に向かうにしたがって、内径が徐々に小さくなっている。
【0046】
他の油井用鋼管1との締結時において、ボックスシール面52は、他の油井用鋼管1のピン40のピンシール面42と接触する。より具体的には、締結時において、ボックス50に他の油井用鋼管1のピン40がねじ込まれることにより、ボックスシール面52がピンシール面42と接触し、さらにねじ込まれることにより、ボックスシール面52がピンシール面42と密着する。これにより、締結時において、ボックスシール面52は、ピンシール面42と密着してメタル-メタル接触に基づくシールを形成する。そのため、互いに締結された油井用鋼管1において、気密性を高めることができる。
【0047】
ボックスショルダ面53は、ボックスシール面52よりも管本体10側に配置されている。つまり、ボックス50では、管本体10の中央から第2端部10Bの先端に向かって順に、ボックスショルダ面53、ボックスシール面52、雌ねじ部51、の順に配置されている。他の油井用鋼管1との締結時において、ボックスショルダ面53は、他の油井用鋼管1のピン40のピンショルダ面43と対向し、接触する。より具体的には、締結時において、ボックス50に他の油井用鋼管1のピン40が挿入されることにより、ボックスショルダ面53がピンショルダ面43と接触する。これにより、締結時において、高いトルクを得ることができる。また、ピン40とボックス50との締結状態での位置関係を安定させることができる。
【0048】
ボックス接触表面500は、少なくとも雌ねじ部51を含む。締結時において、ボックス50のボックス接触表面500の雌ねじ部51は、ピン40のピン接触表面400の雄ねじ部41に対応し、雄ねじ部41と接触する。ボックスシール面52は、ピンシール面42と対応し、ピンシール面42と接触する。ボックスショルダ面53は、ピンショルダ面43と対応し、ピンショルダ面43と接触する。
【0049】
ピン接触表面400が雄ねじ部41を含み、ピンシール面42及びピンショルダ面43を含まない場合、ボックス接触表面500は雌ねじ部51を含み、ボックスシール面52及びボックスショルダ面53を含まない。ピン接触表面400が雄ねじ部41とピンショルダ面43とを含み、ピンシール面42を含まない場合、ボックス接触表面500は、雌ねじ部51とボックスショルダ面53とを含み、ボックスシール面52を含まない。ピン接触表面400が雄ねじ部41とピンシール面42とを含み、ピンショルダ面43を含まない場合、ボックス接触表面500は、雌ねじ部51とボックスシール面52とを含み、ボックスショルダ面53を含まない。
【0050】
ピン接触表面400は、複数の雄ねじ部41を含んでもよく、複数のピンシール面42を含んでもよく、複数のピンショルダ面43を含んでもよい。たとえば、ピン40のピン接触表面400において、第1端部10Aの先端から管本体10の中央に向かって、ピンショルダ面43、ピンシール面42、雄ねじ部41、ピンシール面42、ピンショルダ面43、ピンシール面42、雄ねじ部41の順で配置されてもよい。この場合、ボックス50のボックス接触表面500において、第2端部10Bの先端から管本体10の中央に向かって、雌ねじ部51、ボックスシール面52、ボックスショルダ面53、ボックスシール面52、雌ねじ部51、ボックスシール面52、ボックスショルダ面53の順に配置される。
【0051】
図5及び
図6では、ピン40が、雄ねじ部41、ピンシール面42、及び、ピンショルダ面43を含み、ボックス50が、雌ねじ部51、ボックスシール面52、及び、ボックスショルダ面53を含む、いわゆる、プレミアムジョイントを図示している。しかしながら、上述のとおり、ピン40は、雄ねじ部41を含み、ピンシール面42及びピンショルダ面43を含んでいなくてもよい。この場合、ボックス50は、雌ねじ部51を含み、ボックスシール面52及びボックスショルダ面53を含んでいない。
図7は、ピン40が雄ねじ部41を含み、ピンシール面42及びピンショルダ面43を含んでおらず、かつ、ボックス50が雌ねじ部51を含み、ボックスシール面52及びボックスショルダ面53を含んでいない油井用鋼管1の一例を示す図である。本実施形態による油井用鋼管1は、
図7に示す構成を有していてもよい。
【0052】
[油井用鋼管がインテグラル型である場合]
図3、
図4及び
図7に示す油井用鋼管1は、管本体10が、ピン管体11とカップリング12とを含む、いわゆる、T&C型の油井用鋼管1である。しかしながら、本実施形態による油井用鋼管1は、T&C型ではなく、インテグラル型であってもよい。
【0053】
図8は、本実施形態によるインテグラル型の油井用鋼管1の一部断面図である。
図8を参照して、インテグラル型の油井用鋼管1は、管本体10を備える。管本体10は、第1端部10Aと、第2端部10Bとを含む。第1端部10Aは、第2端部10Bと反対側に配置されている。上述のとおり、T&C型の油井用鋼管1では、管本体10は、ピン管体11と、カップリング12とを備える。つまり、T&C型の油井用鋼管1では、管本体10は、2つの別個の部材(ピン管体11及びカップリング12)を締結して構成されている。これに対して、インテグラル型の油井用鋼管1では、管本体10は一体的に形成されている。
【0054】
ピン40は、管本体10の第1端部10Aに形成されている。締結時において、ピン40は、他のインテグラル型の油井用鋼管1のボックス50に挿入されてねじ込まれ、他のインテグラル型の油井用鋼管1のボックス50と締結される。ボックス50は、管本体10の第2端部10Bに形成されている。締結時において、ボックス50には、他のインテグラル型の油井用鋼管1のピン40が挿入されてねじ込まれ、他のインテグラル型の油井用鋼管1のピン40と締結される。
【0055】
インテグラル型の油井用鋼管1のピン40の構成は、
図5に示すT&C型の油井用鋼管1のピン40の構成と同じである。同様に、インテグラル型の油井用鋼管1のボックス50の構成は、
図6に示すT&C型の油井用鋼管1のボックス50の構成と同じである。なお、
図8では、ピン40において、第1端部10Aの先端から管本体10の中央に向かって、ピンショルダ面、ピンシール面、雄ねじ部41の順で配置されている。そのため、ボックス50において、第2端部10Bの先端から管本体10の中央に向かって、雌ねじ部51、ボックスシール面、ボックスショルダ面の順に配置されている。しかしながら、
図5と同様に、インテグラル型の油井用鋼管1のピン40のピン接触表面400は、少なくとも雄ねじ部41を含んでいればよい。また、
図6と同様に、インテグラル型の油井用鋼管1のボックス50のボックス接触表面500は、少なくとも雌ねじ部51を含んでいればよい。
【0056】
要するに、本実施形態による油井用鋼管1は、T&C型であってもよく、インテグラル型であってもよい。
【0057】
[管本体の化学組成について]
本実施形態による油井用鋼管1では、管本体10の化学組成は、質量%で、C:0.01~0.60%、Cr:0~8.0%、及び、Fe:80.0%以上を含有する。すなわち、本実施形態による油井用鋼管1において、管本体10の化学組成は、0.01~0.60%の炭素(C)と、80.0%以上の鉄(Fe)とが含有していれば、8.0%を超えるクロム(Cr)が含有されない限り、特に限定されず、その他の元素を含有していてもよい。なお、本明細書において元素に関する「%」は、質量%を意味する。
【0058】
本実施形態による油井用鋼管1の管本体10は、たとえば、C:0.01~0.60%、Cr:0~8.00%、P:0.100%以下、S:0.100%以下、N:0.100%以下、O:0.100%以下、Si:0~2.0%、Mn:0~2.0%、Al:0~1.0%、Mo:0~5.0%、V:0~2.0%、Nb:0~1.0%、Ti:0~1.0%、B:0~1.0%、Ca:0~1.0%、Mg:0~1.0%、Zr:0~1.0%、希土類元素:0~1.0%、Co:0~5.0%、W:0~5.0%、Ni:0~3.0%、Cu:0~3.0%、及び、残部が80.0%以上のFe及び不純物からなる化学組成を有していてもよい。ここで、不純物とは、鋼材を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は製造環境などから混入されるものであって、本実施形態による鋼材に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0059】
本実施形態による油井用鋼管1では、後述するようにZn-Ni合金めっき層において、C濃化層が形成する場合がある。ここで、管本体10の化学組成において、C含有量が高いほど、C濃化層が厚く形成されやすい。しかしながら、本実施形態による油井用鋼管であれば、管本体10の化学組成が、たとえば、0.10%以上のCを含んでいても、C濃化層の厚さを0~1.50μmにすることができる。
【0060】
このように、本実施形態による油井用鋼管1の管本体10は、質量%で、C:0.10~0.60%、Cr:0~8.0%、及び、Fe:80.0%以上を含有する化学組成を有していてもよく、C:0.15~0.60%、Cr:0~8.0%、及び、Fe:80.0%以上を含有する化学組成を有していてもよい。これらの場合であっても、本実施形態による油井用鋼管1は、Zn-Ni合金めっき層における、管本体10の肉厚方向におけるC濃化層の厚さを0~1.50μmにすることができる。
【0061】
[Zn-Ni合金めっき層]
本実施形態による油井用鋼管1では、ピン接触表面400及びボックス接触表面500の少なくとも一方の接触表面上に、Zn-Ni合金めっき層が形成されている。つまり、Zn-Ni合金めっき層は、ピン接触表面400上に形成されており、ボックス接触表面500上に形成されていなくてもよい。また、Zn-Ni合金めっき層は、ボックス接触表面500上に形成されており、ピン接触表面400上に形成されていなくてもよい。また、Zn-Ni合金めっき層は、ピン接触表面400上及びボックス接触表面500上に形成されていてもよい。
【0062】
以降の説明では、Zn-Ni合金めっき層がピン接触表面400上に形成されている場合のピン接触表面400上の構成、及び、Zn-Ni合金めっき層がボックス接触表面500上に形成されている場合のボックス接触表面500上の構成について説明する。
【0063】
[Zn-Ni合金めっき層がピン接触表面上に形成されている場合のピン接触表面上の構成]
図9は、Zn-Ni合金めっき層100がピン接触表面400上に形成されている場合のピン接触表面400近傍の断面図である。
図9を参照して、油井用鋼管1はさらに、ピン40のピン接触表面400上に形成されているZn-Ni合金めっき層100を備える。
【0064】
Zn-Ni合金めっき層100は、ピン接触表面400の一部に形成されていてもよく、ピン接触表面400全体に形成されていてもよい。ピンシール面42は、ねじ締めの最終段階で特に面圧が高くなる。したがって、Zn-Ni合金めっき層100がピン接触表面400上に部分的に形成されている場合、Zn-Ni合金めっき層100は、少なくともピンシール面42に形成されていることが好ましい。Zn-Ni合金めっき層100は、上述のとおり、ピン接触表面400全体に形成されてもよい。
【0065】
[Zn-Ni合金めっき層がボックス接触表面上に形成されている場合のボックス接触表面上の構成]
図10は、Zn-Ni合金めっき層100がボックス接触表面500上に形成されている場合のボックス接触表面500近傍の断面図である。
図10を参照して、この場合、ボックス接触表面500上にZn-Ni合金めっき層100が形成されている。Zn-Ni合金めっき層100は、ボックス接触表面500の一部に形成されていてもよく、ボックス接触表面500全体に形成されていてもよい。ボックスシール面52は、ねじ締め最終段階で特に面圧が高くなる。したがって、Zn-Ni合金めっき層100がボックス接触表面500上に部分的に形成されている場合、Zn-Ni合金めっき層100は、少なくともボックスシール面52に形成されていることが好ましい。
【0066】
[Zn-Ni合金めっき層の組成]
上述のとおり、Zn-Ni合金めっき層100は、ピン接触表面400及びボックス接触表面500の少なくとも一方の接触表面上に形成されている。ここで、Zn-Ni合金めっき層100は、Zn-Ni合金からなる。具体的に、Zn-Ni合金は、亜鉛(Zn)及びニッケル(Ni)を含有する。Zn-Ni合金は不純物を含有する場合がある。ここで、Zn-Ni合金の不純物とは、Zn及びNi以外の物質で、油井用鋼管1の製造中等にZn-Ni合金めっき層100に含有され、本実施形態の効果に影響を与えない範囲の含有量で含まれる物質を意味する。
【0067】
ここで、Zn-Ni合金めっき層100はZnを含有する。ZnはFeと比較して卑な金属である。そのため、Zn-Ni合金めっき層100は、鋼材よりも優先的に腐食される(犠牲防食)。これにより、油井用鋼管1の防食性が高まる。
【0068】
Zn-Ni合金めっき層100の化学組成は次の方法で測定することができる。油井用鋼管1から、Zn-Ni合金めっき層100を含むサンプル(Zn-Ni合金めっき層100が形成されている接触表面を含む)を採取する。採取されたサンプルのZn-Ni合金めっき層100を、10%濃度の塩酸で溶解して、溶液を得る。得られた溶液に対して、誘導結合プラズマ発光分析法(ICP-AES:Inductively Coupled Plasma Atomic Emission Spectrometry)による元素分析を実施して、Zn-Ni合金めっき層100中のNi含有量(質量%)、及び、Zn含有量(質量%)を求める。
【0069】
[Zn-Ni合金めっき層100の厚さ]
Zn-Ni合金めっき層100の厚さは特に限定されない。Zn-Ni合金めっき層100の厚さはたとえば、1~20μmである。Zn-Ni合金めっき層100の厚さが1μm以上であれば、耐焼付き性をさらに高めることができる。Zn-Ni合金めっき層100の厚さが20μmを超えても、上記効果は飽和する。Zn-Ni合金めっき層100の厚さの下限は好ましくは3μmであり、より好ましくは5μmである。Zn-Ni合金めっき層100の厚さの上限は好ましくは18μmであり、より好ましくは15μmである。
【0070】
本実施形態においてZn-Ni合金めっき層100の厚さは、次の方法で測定できる。Zn-Ni合金めっき層100を形成したピン接触表面400、又は、ボックス接触表面500の任意の4箇所に対して、Helmut Fischer GmbH製、渦電流位相式膜厚計PHASCOPE PMP10を用いて、Zn-Ni合金めっき層100の厚さを測定する。測定は、ISO(International Organization for Standardization)21968(2005)に準拠する方法で行う。測定箇所は、油井用鋼管1の管周方向の4箇所(0°、90°、180°、270°の4箇所)である。測定結果の算術平均値を、Zn-Ni合金めっき層100の厚さとする。
【0071】
[C濃化層]
本実施形態による油井用鋼管1は、Zn-Ni合金めっき層100において、管本体10のC含有量の1.5倍以上のCを含有する領域をC濃化層と定義したとき、管本体10の肉厚方向におけるC濃化層の厚さが0~1.50μmである。この場合、油井用鋼管1は優れた耐焼付き性を有する。
【0072】
上述のとおり、油井用鋼管1では、その形状が複雑であること、及び、上述の化学組成を有していることから、ピン接触表面400及びボックス接触表面500の表層に、C由来の不純物が残存しやすい。C由来の不純物が残存したままZn-Ni合金めっき層100を形成することにより、Zn-Ni合金めっき層100において、C濃化層が厚く形成されるものと考えられる。本明細書において、「C濃化層」とは、C含有量が管本体10の1.5倍以上の領域を意味する。
【0073】
本実施形態による油井用鋼管1では、管本体10の肉厚方向におけるC濃化層の厚さは、薄い方が好ましい。C濃化層の厚さの好ましい上限は1.00μmであり、より好ましくは0.80μmであり、さらに好ましくは0.50μmであり、さらに好ましくは0.30μmであり、さらに好ましくは0.10μmである。C濃化層の厚さは、0μmであってもよい。この場合、C濃化層が存在しないため、Zn-Ni合金めっき層100の管本体10への密着性が非常に高まり、油井用鋼管1の耐焼付き性をさらに高めることができる。
【0074】
本実施形態においてC濃化層の厚さは次のとおりに求めることができる。具体的に、Zn-Ni合金めっき層100の表面から、GD-OESを用いて深さ方向に元素分析を実施する。GD-OESの測定条件は、次のとおりである。GD-OESは、たとえば、株式会社堀場製作所製マーカス型高周波グロー放電発光分光装置(GD-Profiler2)を用いる。この場合、測定モードはパルススパッタリングモードとし、スパッタリングガスは高純度のアルゴン(Ar)ガスを用いる。さらに、放電面積を2mmφ、RF出力を20W、Ar圧力を700Paとして、Zn-Ni合金めっき層100の深さ方向(管本体10の肉厚方向)に元素分析を実施する。
【0075】
上述の測定条件でGD-OESによる深さ方向分析を実施して、横軸にZn-Ni合金めっき層100表面からの深さ(μm)、縦軸にZn、Fe、及び、Cの含有量(質量%)をプロットした、深さ方向の含有量プロファイルを作成する(
図1及び
図2参照)。
図1及び
図2では、Zn含有量及びFe含有量は第1軸を用いて表し、C含有量は第2軸を用いて表している。C含有量がZn含有量及びFe含有量と比較して非常に少ないために、このようにプロットしているが、Zn含有量、Fe含有量、及び、C含有量の全てについて同一軸を用いて表してもよい。また、
図1と
図2とでは、測定した油井用鋼管1に形成されたZn-Ni合金めっき層100の厚さが異なる。そのため、
図1と
図2とでは、横軸に記載された数値が異なる。
【0076】
図1及び
図2を参照して、GD-OESによる深さ方向の含有量プロファイルでは、深さ方向に管本体10の外側から(図中左側から)、Zn含有量の安定した領域と、Zn含有量が低下して、Fe含有量が高まってくる領域と、Fe含有量の安定した領域とが確認される。
図1に示されるように、Zn-Ni合金めっき層100と、管本体10とを明確に切り分けるのは困難である。また、本実施形態では、Fe含有量は80.0%以上である。
【0077】
そこで本実施形態では、GD-OESによる深さ方向のFe含有量プロファイルに基づいて、管本体10のFe含有量の90.0%となる深さを「特定深さ位置」と定義する。特定深さ位置については、
図1及び
図2中に破線で示す。本実施形態ではさらに、特定深さ位置をZn-Ni合金めっき層100と管本体10との境界と定義する。すなわち、本実施形態において、Zn-Ni合金めっき層100は、特定深さ位置よりも表層(管本体10の外側)に形成されている。
【0078】
一方、Zn-Ni合金めっき層100の表面には、油分等の不純物が付着する場合がある。また、後述するようにZn-Ni合金めっき層100上には、化成処理被膜が形成される場合もある。このように、Zn-Ni合金めっき層100上の不純物や被膜では、GD-OESによる深さ方向のZn含有量プロファイルにおいて、Zn含有量が不安定になる。このように、GD-OESによる深さ方向の含有量プロファイルからZn-Ni合金めっき層100を特定することは、当業者であれば当然に可能である。
【0079】
言い換えると、本実施形態による油井用鋼管1では、管本体10のC含有量の1.5倍以上のCを含有する領域をC濃化層と定義したとき、Zn-Ni合金めっき層100のうち、GD-OESによる深さ方向分析によって、管本体10のFe含有量の90.0%となる特定深さ位置からZn-Ni合金めっき層100の表面方向に、Zn含有量が不安定な変化を示すまでの領域において、管本体10の肉厚方向におけるC濃化層の厚さが0~1.50μmである。
【0080】
図1及び
図2を参照してさらに、C含有量が管本体10の1.5倍となる含有量を図中破線で示す。
図1及び
図2を参照して、Zn-Ni合金めっき層100(すなわち、図中特定深さ位置よりも左側の領域)において、C含有量が図中破線以上となる領域が、C濃化層に相当する。
図1を参照して、試験番号2のZn-Ni合金めっき層100では、C濃化層が一定の厚みを持って確認される。一方、
図2を参照して、試験番号3のZn-Ni合金めっき層100では、C濃化層は確認されない。
【0081】
以上のとおり、本実施形態では、上述の測定条件でGD-OESによる深さ方向分析を実施して、横軸にZn-Ni合金めっき層100表面からの深さ(μm)、縦軸にZn、Fe、及び、Cの含有量(質量%)の深さ方向の含有量プロファイルを得る。得られたプロファイルから、Zn-Ni合金めっき層100を特定する。得られたプロファイルと特定されたZn-Ni合金めっき層100とから、Zn-Ni合金めっき層100におけるC濃化層の厚さ(μm)を求めることができる。
【0082】
[本実施形態の油井用鋼管1の任意の構成]
[化成処理被膜]
本実施形態の油井用鋼管1はさらに、Zn-Ni合金めっき層100上に、化成処理被膜を備えてもよい。化成処理被膜は、特に限定されず、周知の化成処理被膜でよい。化成処理被膜は、たとえば、シュウ酸塩化成処理被膜であってもよく、リン酸塩化成処理被膜であってもよく、ホウ酸塩化成処理被膜であってもよく、クロメート被膜であってもよい。化成処理被膜がクロメート被膜である場合、クロメート被膜には6価クロムを含まないのが好ましい。
【0083】
油井用鋼管1は、石油採掘地で実際に使用するまでの間に、屋外で長期間保管される場合がある。化成処理被膜は、油井用鋼管1が屋外で長期間大気に曝された場合に、ピン接触表面400の耐食性を高め、ピン接触表面400に錆(白錆)が発生するのを抑制できる。化成処理被膜の膜厚は特に限定されない。化成処理被膜の膜厚はたとえば、10~200nmである。
【0084】
[潤滑被膜]
油井用鋼管1ではさらに、Zn-Ni合金めっき層100上、化成処理被膜上、Zn-Ni合金めっき層100が形成されていない接触表面上(ピン接触表面400上又はボックス接触表面500上)に、潤滑被膜を備えてもよい。潤滑被膜は、油井用鋼管1の潤滑性をさらに高める。
【0085】
図11を参照して、Zn-Ni合金めっき層100がピン接触表面400上に形成されている場合において、潤滑被膜110は、Zn-Ni合金めっき層100上に形成されてもよい。また、
図12を参照して、Zn-Ni合金めっき層100がボックス接触表面500上に形成されている場合において、潤滑被膜110は、Zn-Ni合金めっき層100上に形成されてもよい。
【0086】
潤滑被膜110は、固体であってもよく、半固体状及び液体状であってもよい。潤滑被膜110は、市販の潤滑剤を使用できる。潤滑被膜110はたとえば、潤滑性粒子及び結合剤を含有する。潤滑被膜110は、必要に応じて、溶媒及び他の成分を含有してもよい。
【0087】
潤滑性粒子は、潤滑性を有する粒子であれば特に限定されない。潤滑性粒子はたとえば、黒鉛、MoS2(二硫化モリブデン)、WS2(二硫化タングステン)、BN(窒化ホウ素)、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)、CFx(フッ化黒鉛)及びCaCO3(炭酸カルシウム)からなる群から選択される1種又は2種以上である。
【0088】
結合剤はたとえば、有機結合剤及び無機結合剤からなる群から選択される1種又は2種である。有機結合剤はたとえば、熱硬化性樹脂及び熱可塑性樹脂からなる群から選択される1種又は2種である。熱硬化性樹脂はたとえば、ポリエチレン樹脂、ポリイミド樹脂及びポリアミドイミド樹脂からなる群から選択される1種又は2種以上である。無機結合剤はたとえば、アルコキシシラン及びシロキサン結合を含有する化合物からなる群から選択される1種又は2種である。
【0089】
市販の潤滑剤はたとえば、JET-LUBE株式会社製、SEAL-GUARD ECF(商品名)である。他の潤滑被膜110はたとえば、ロジン、金属石鹸、ワックス及び潤滑性粉末を含有する潤滑被膜110である。
【0090】
[油井用鋼管1の製造方法]
本実施形態の油井用鋼管1の製造方法について、以下に説明する。なお、本実施形態の油井用鋼管1は、上記構成を有すれば、製造方法は以下の製造方法に限定されない。ただし、以下に説明する製造方法は、本実施形態の油井用鋼管1を製造する好適な一例である。
【0091】
油井用鋼管1の製造方法は、ピン40又はボックス50が形成されている素管を準備する準備工程(S1)と、下地処理工程(S2)と、Zn-Ni合金めっき層形成工程(S3)とを備える。本実施形態では、下地処理工程(S2)において、脱脂工程と酸洗工程とを実施する。その結果、本実施形態による油井用鋼管1は、Zn-Ni合金めっき層100において、C濃化層を0~1.50μmにすることができる。以下、本実施形態の油井用鋼管1の製造方法の各工程について詳述する。
【0092】
[準備工程(S1)]
準備工程(S1)では、ピン40又はボックス50が形成されている素管を準備する。本明細書において、「ピン又はボックスが形成されている素管」とは、T&C型の油井用鋼管1における管本体10、ピン管体11、及び、インテグラル型の油井用鋼管1における管本体10のいずれかを意味する。
【0093】
ピン40又はボックス50が形成されている素管は、たとえば、次の方法で製造する。溶鋼を用いて素材を製造する。具体的には、溶鋼を用いて連続鋳造法により鋳片(スラブ、ブルーム、又は、ビレット)を製造する。溶鋼を用いて造塊法によりインゴットを製造してもよい。必要に応じて、スラブ、ブルーム又はインゴットを分塊圧延して、鋼片(ビレット)を製造してもよい。以上の工程により素材(スラブ、ブルーム、又は、ビレット)を製造する。準備された素材を熱間加工して素管を製造する。熱間加工方法はマンネスマン法による穿孔圧延でもよく、熱間押出法でもよい。熱間加工後の素管に対して、周知の焼入れ及び周知の焼戻しを実施して、素管の強度を調整する。以上の工程により、素管を製造する。なお、油井用鋼管1がT&C型である場合、カップリング12用の素管も準備する。カップリング12用の素管の製造方法は、上述の素管の製造方法と同じである。
【0094】
油井用鋼管1がT&C型である場合、ピン管体11用の素管の両端部の外面に対してねじ切り加工を実施して、ピン接触表面400を含むピン40を形成する。以上の工程により、油井用鋼管1がT&C型である場合の、ピン40が形成された素管(ピン管体11)を準備する。なお、油井用鋼管1がT&C型である場合、カップリング12も準備しておいてもよい。具体的には、カップリング12用の素管の両端部の内面に対してねじ切り加工を実施して、ボックス接触表面500を含むボックス50を形成する。以上の工程により、カップリング12が製造される。
【0095】
油井用鋼管1がインテグラル型である場合、素管の第1端部10Aの外面に対してねじ切り加工を実施して、ピン接触表面400を含むピン40を形成する。さらに、素管の第2端部10Bの内面に対してねじ切りを実施して、ボックス接触表面500を含むボックス50を形成する。以上の工程により、油井用鋼管1がインテグラル型である場合の、ピン40及びボックス50が形成された素管(管本体10)を準備する。
【0096】
[下地処理工程(S2)]
下地処理工程(S2)では、準備された素管(管本体10)に対して、Zn-Ni合金めっき層100を形成する前の下地処理を実施する。本実施形態による下地処理工程(S2)は、脱脂工程と酸洗工程とを含む。
【0097】
ここで、本実施形態による下地処理工程(S2)では、脱脂工程と酸洗工程との順序は特に限定されない。すなわち、脱脂工程が実施された素管に対して酸洗工程を実施してもよく、酸洗工程が実施された素管に対して脱脂工程を実施してもよい。また、脱脂工程と酸洗工程とは、適宜繰り返して実施してもよい。すなわち、本実施形態による下地処理工程(S2)では、脱脂工程、及び、酸洗工程が実施された素管に対して、さらに脱脂工程を実施してもよい。また、本実施形態による下地処理工程(S2)では、脱脂工程、及び、酸洗工程が実施された素管に対して、さらに酸洗処理を実施してもよい。このように、本実施形態による下地処理工程(S2)では、脱脂工程と酸洗工程とを適宜組み合わせて実施することで、Zn-Ni合金めっき層100におけるC濃化層の厚さを0~1.50μmの範囲内に調整することができる。以下、各工程について詳述する。
【0098】
[脱脂工程]
本実施形態による下地処理工程(S2)では、素管(管本体10)に対して、脱脂処理を実施する(脱脂工程)。ここで、脱脂処理が実施される素管とは、上述の準備工程(S1)で準備された素管であってもよく、既に脱脂工程で脱脂処理が実施された素管であってもよく、後述する酸洗工程で酸洗処理が実施された素管であってもよい。本実施形態による脱脂工程では、脱脂処理として電解脱脂を実施して、素管の接触表面上に付着した油分等を洗浄する。電解脱脂は、素管を陽極とする陽極電解脱脂でもよく、素管を陰極とする陰極電解脱脂でもよい。好ましくは、本実施形態による脱脂工程では、電解脱脂として陽極電解脱脂を実施する。陽極電解脱脂を実施した場合、素管表面の加工油等を脱脂する効果が高い。
【0099】
電解脱脂に用いる浴(電解脱脂浴)は特に限定されず、周知の浴を用いることができる。電解脱脂浴は、たとえば、リン酸塩やケイ酸塩を含有するアルカリ脱脂浴である。電解脱脂の条件は特に限定されず、周知の条件で適宜調整することができる。電解脱脂の条件は、たとえば、電解脱脂浴温度:20~70℃、電流密度:1~100A/dm2、及び、通電時間:1~10分である。
【0100】
[酸洗工程]
本実施形態による下地処理工程(S2)では、素管(管本体10)に対して、酸洗処理を実施する(酸洗工程)。ここで、酸洗処理が実施される素管とは、上述の準備工程(S1)で準備された素管であってもよく、上述の脱脂工程で脱脂処理が実施された素管であってもよく、既に酸洗工程で酸洗処理が実施された素管であってもよい。本実施形態では、酸洗処理として電解酸洗を実施してもよく、浸漬酸洗を実施してもよい。
【0101】
本実施形態による酸洗工程では、電解酸洗を実施する場合、素管を陰極とする陰極電解酸洗を実施してもよく、素管を陽極とする陽極電解酸洗を実施してもよい。電解酸洗を実施する場合、好ましくは、陰極電解酸洗を実施する。陰極電解酸洗は、陽極電解酸洗よりも、素管を溶解させる効果が弱い。そのため、素管のC由来の不純物が形成されにくく、製造された油井用鋼管1のZn-Ni合金めっき層100において、C濃化層が厚く形成されにくい。したがって、本実施形態の酸洗工程では、酸洗処理として電解酸洗を実施する場合、陰極電解酸洗を実施するのが好ましい。
【0102】
酸洗工程において電解酸洗を実施する場合、電解酸洗に用いる浴(電解酸洗浴)は特に限定されず、周知の浴を用いることができる。電解酸洗浴は、たとえば、5~30%の硫酸である。また、電解酸洗の条件は特に限定されず、周知の条件で適宜調整することができる。電解酸洗の条件は、たとえば、電解酸洗浴温度:20~60℃、電流密度:1~100A/dm2、及び、通電時間:1~60分である。
【0103】
上述のとおり、本実施形態による酸洗工程では、浸漬酸洗を実施してもよい。浸漬酸洗を実施する場合、素管のうち酸洗したい部位を浴に浸漬する。浸漬酸洗の浴(浸漬酸洗浴)は特に限定されず、周知の浴を用いることができる。好ましくは、浸漬酸洗浴は、塩酸である。塩酸を浸漬酸洗浴として用いた場合、素管のC由来の不純物が除去されやすく、製造された油井用鋼管1のZn-Ni合金めっき層100において、C濃化層が厚く形成されにくい。
【0104】
したがって、本実施形態の酸洗工程では、酸洗処理として浸漬酸洗を実施する場合、浸漬酸洗浴として塩酸を用いるのが好ましい。具体的に、本実施形態の酸洗工程で用いられる浸漬酸洗浴は、たとえば、5~30%の塩酸である。浸漬酸洗の条件は特に限定されず、周知の条件で適宜調整することができる。浸漬酸洗の条件は、たとえば、浸漬酸洗浴温度:0~50℃、及び、浸漬時間:0.5~10分である。
【0105】
なお、脱脂工程及び酸洗工程では、適宜水洗を実施するのが好ましい。水洗の条件は特に限定されず、周知の条件を用いることができる。適宜素管を水洗することにより、電解脱脂浴、電解酸洗浴、及び、浸漬酸洗浴の劣化を抑制することができる。
【0106】
[その他任意の工程]
本実施形態の下地処理工程(S2)ではさらに、研削加工工程と、Niストライクめっき工程との少なくとも1工程を含んでもよい。
【0107】
本実施形態による下地処理工程(S2)において研削加工工程を実施する場合、研削加工工程では、たとえば、サンドブラスト処理、及び、機械研削仕上げを実施する。サンドブラスト処理は、ブラスト材(研磨剤)と圧縮空気とを混合して接触表面に投射する処理である。ブラスト材はたとえば、球状のショット材及び角状のグリッド材である。サンドブラスト処理により、接触表面の表面粗さを大きくできる。サンドブラスト処理は、周知の方法により実施できる。たとえば、コンプレッサーで空気を圧縮し、圧縮空気とブラスト材を混合する。ブラスト材の材質はたとえば、ステンレス鋼、アルミ、セラミック及びアルミナ等である。サンドブラスト処理の投射速度等の条件は特に限定されず、周知の条件で適宜調整することができる。
【0108】
Niストライクめっき工程では、素管の表面にNiストライクめっき層を形成する。Niストライクめっき層は、非常に薄い下地めっき層であって、後述するZn-Ni合金めっき層100の密着性を高める。なお、Niストライクめっき工程で用いられるめっき浴は特に限定されず、周知の浴を用いることができる。また、Niストライクめっき層を形成する条件も特に限定されず、適宜調整して実施することができる。
【0109】
なお、Niストライクめっき工程を実施した場合、管本体10とZn-Ni合金めっき層100との間にNiストライクめっき層が形成される。一方、形成されるNiストライクめっき層の厚さは、Zn-Ni合金めっき層100の厚さと比較して、無視できるほど薄い。本実施形態による油井用鋼管1では、Zn-Ni合金めっき層100中に、Niストライクめっき層が含まれていてもよい。
【0110】
[Zn-Ni合金めっき層形成工程(S3)]
Zn-Ni合金めっき層形成工程(S3)では、下地処理工程(S2)後のピン40が形成されている素管のピン接触表面400上、及び/又は、ボックス50が形成されている素管のボックス接触表面500上に、電気めっきにより、Zn-Ni合金めっき層100を形成する。
【0111】
Zn-Ni合金めっき層形成工程(S3)では、めっき浴は特に限定されず、周知のめっき浴を用いることができる。めっき浴として、たとえば、亜鉛イオン:1~100g/L、ニッケルイオン:1~100g/Lを含有する。また、めっき浴は、塩化物イオンを含有する塩化物浴であってもよく、硫化物イオンを含有する硫化物浴であってもよい。
【0112】
Zn-Ni合金めっき層形成工程(S3)では、Zn-Ni合金めっき層100を電気めっきにより形成する。電気めっきの条件は特に限定されず、周知の条件で適宜調整することができる。電気めっきの条件は、たとえば、めっき浴pH:1~10、めっき浴温度:10~60℃、電流密度:1~100A/dm2、及び、処理時間:0.1~30分である。Zn-Ni合金めっき層100をピン接触表面400上に形成する場合、上述のめっき浴にピン接触表面400を浸漬して、電気めっきを実施する。一方、Zn-Ni合金めっき層100をボックス接触表面500上に形成する場合、上述のめっき浴にボックス接触表面500を浸漬して、電気めっきを実施する。
【0113】
以上の製造工程により、上述の構成を有する本実施形態の油井用鋼管1が製造される。
【0114】
[他の任意の工程]
本実施形態による油井用鋼管1の製造方法はさらに、次の化成処理工程、及び、成膜工程の少なくとも1工程を実施してもよい。これらの工程は任意の工程である。したがって、これらの工程は実施しなくてもよい。
【0115】
[化成処理工程]
本実施形態の製造方法は、必要に応じて、化成処理工程を実施してもよい。つまり、化成処理工程は任意の工程である。化成処理工程を実施する場合、Zn-Ni合金めっき層100上に化成処理被膜を形成する。化成処理工程では、周知の化成処理を実施すればよい。化成処理は、たとえば、シュウ酸塩化成処理であってもよく、リン酸塩化成処理であってもよく、ホウ酸塩化成処理であってもよい。たとえば、リン酸塩化成処理を実施する場合、リン酸亜鉛を用いた化成処理を実施してもよく、リン酸マンガンを用いた化成処理を実施してもよく、リン酸亜鉛カルシウムを用いた化成処理を実施してもよい。
【0116】
具体的に、リン酸亜鉛化成処理を実施する場合、処理液として、たとえば、燐酸イオン1~150g/L、亜鉛イオン3~70g/L、硝酸イオン1~100g/L、ニッケルイオン0~30g/Lを含有する化成処理液を用いることができる。この場合、化成処理液の液温は、たとえば、20~100℃である。このように、周知の条件を適宜設定して化成処理を実施することにより、化成処理被膜を形成することができる。
【0117】
[成膜工程]
本実施形態の製造方法は、必要に応じて、成膜工程を実施してもよい。つまり、成膜工程は任意の工程である。成膜工程では、Zn-Ni合金めっき層100上、及び/又は、Zn-Ni合金めっき層100が形成されていない接触表面(ピン接触表面400又はボックス接触表面500)上に、潤滑被膜110を形成する。
【0118】
成膜工程では、上述の潤滑被膜110の成分を含有する組成物又は潤滑剤を塗布する。このようにして、潤滑被膜110を形成できる。塗布方法は特に限定されない。塗布方法はたとえば、スプレー塗布、刷毛塗り及び浸漬である。スプレー塗布を採用する場合、組成物又は潤滑剤を加熱して、流動性を高めた状態で噴霧してもよい。組成物又は潤滑剤を乾燥して潤滑被膜110を形成する。
【0119】
以下、実施例により本実施形態の油井用鋼管1をさらに具体的に説明する。以下の実施例での条件は、本実施形態の油井用鋼管1の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例である。したがって、本実施形態の油井用鋼管1はこの一条件例に限定されない。
【実施例】
【0120】
本実施例では、管本体(素管)の接触表面に対して種々の前処理を実施した後、Zn-Ni合金めっき層を形成した。具体的に、使用した油井用鋼管は、管本体の外径:244.48mm、肉厚:13.84mmの、(商品名)VAM21であった。また、使用した油井用鋼管の管本体は、低合金鋼であった。具体的に、本実施例で使用した油井用鋼管の管本体は、質量%で、C:0.24~0.31%、Si:1.0%以下、Mn:1.0%以下、P:0.02%以下、S:0.01%以下、及び、Cr:0.40~0.70%を含有する化学組成を有していた。
【0121】
試験番号9の素管に対して、研削加工としてサンドブラストを実施した。なお、試験番号9以外の各試験番号の素管に対しては、研削加工を実施しなかった。次に、各試験番号の素管に対して、脱脂工程として電解脱脂を実施した。電解脱脂は、陰極電解脱脂、又は、陽極電解脱脂を実施した。各試験番号の素管に対して実施した電解脱脂処理を表1に示す。具体的に、表1中、「電解脱脂」欄の「陰極」とは、陰極電解脱脂を実施したことを意味する。表1中、「電解脱脂」欄の「陽極」とは、陽極電解脱脂を実施したことを意味する。電解脱脂では、電解脱脂浴として、市販の電解脱脂洗浄剤を使用した。また、その他の電解脱脂の条件は、上述の好ましい条件で実施した。
【0122】
【0123】
電解脱脂が実施された各試験番号の素管に対して、水洗を実施した。水洗された各試験番号の素管に対して、酸洗工程として電解酸洗を実施した。電解酸洗は、陰極電解酸洗、又は、陽極電解酸洗を実施した。各試験番号の素管に対して実施した電解酸洗処理を表1に示す。具体的に、表1中、「電解酸洗」欄の「陰極」とは、陰極電解酸洗を実施したことを意味する。表1中、「電解酸洗」欄の「陽極」とは、陽極電解酸洗を実施したことを意味する。その他の電解酸洗の条件は、上述の好ましい条件で実施した。
【0124】
電解酸洗が実施された各試験番号の素管に対して、水洗を実施した。水洗された各試験番号の素管に対して、脱脂工程として再度上述の条件と同じ条件で2回めの電解脱脂を実施した。すなわち、1回めの電解脱脂処理にて陰極電解脱脂を実施した場合、2回めの電解脱脂処理でも陰極電解脱脂を実施した。同様に、1回めの電解脱脂処理にて陽極電解脱脂を実施した場合、2回めの電解脱脂処理でも陽極電解脱脂を実施した。また、電解脱脂処理のその他の条件は、上述の好ましい条件で実施した。
【0125】
2回めの電解脱脂が実施された各試験番号の素管に対して、水洗を実施した。水洗された各試験番号の素管に対して、酸洗工程として浸漬酸洗を実施した。各試験番号の素管に対して用いた浸漬酸洗浴を表1に示す。具体的に、表1中、「浸漬酸洗」欄の「HCl」とは、浸漬酸洗浴として塩酸水溶液を用いたことを意味する。表1中、「浸漬酸洗」欄の「H2SO4」とは、浸漬酸洗浴として硫酸水溶液を用いたことを意味する。その他の浸漬酸洗の条件は、上述の好ましい条件で実施した。
【0126】
浸漬酸洗後の素管のうち、試験番号4を除く各試験番号の素管に対して、Niストライクめっき工程を実施して、Niストライクめっき層を形成した。一方、試験番号4の素管に対しては、Niストライクめっき層を形成しなかった。なお、Niストライクめっき工程の条件は、上述の好ましい条件で実施した。
【0127】
浸漬酸洗後の素管、又は、Niストライクめっき工程後の素管に対して、Zn-Ni合金めっき層形成工程を実施した。めっき浴は、市販されている周知のめっき浴を用いた。その他のZn-Ni合金めっき層形成工程の条件は、上述の好ましい条件で実施した。なお、Zn-Ni合金めっき層の厚さは、5~25μmの範囲内であった。以上の製造工程により、各試験番号の油井用鋼管が製造された。
【0128】
製造された油井用鋼管に対して、GD-OESによる深さ方向分析と、耐焼付き性試験を実施した。
【0129】
[GD-OESによる深さ方向分析]
各試験番号の油井用鋼管に対して、GD-OESによる深さ方向分析を実施した。具体的には、各試験番号の油井用鋼管のZn-Ni合金めっき層の表面から、深さ方向に対して、GD-OESを用いて深さ方向に元素分析を実施した。得られた結果に基づいて、
図1及び
図2に示されるような深さ方向の含有量プロファイルを作成した。なお、上述の方法で、Zn-Ni合金めっき層を特定した。
【0130】
ここで、各試験番号の油井用鋼管における、C含有量を「鋼中C濃度(質量%)」として表2に示す。さらに、C含有量の1.5倍の値を「C濃化基準(質量%)」として表2に示す。上述の方法で得られた各試験番号の深さ方向の含有量プロファイルと、C濃化層のC含有量(0.42質量%以上)とから、特定されたZn-Ni合金めっき層における、C濃化層の厚さを求めた。求めた各試験番号の油井用鋼管における、C濃化層の厚さを「C濃化層(μm)」として表2に示す。
【0131】
【0132】
[耐焼付き性試験]
各試験番号の油井用鋼管について、耐焼付き性試験を実施した。耐焼付き性試験は、長距離での摺動を想定して、繰返し締結を実施することにより行った。具体的には、各試験番号の油井用鋼管を用いて、室温(約25℃)でねじ締め及びねじ戻しを繰り返した。締結トルクは62940N・mとした。ねじ締め及びねじ戻しを1回行うごとに、ピン接触表面及びボックス接触表面を目視により観察した。目視観察により、接触表面(ピン接触表面及びボックス接触表面)における焼付きの発生状況を確認した。
【0133】
接触表面のうち、シール面(ピンシール面又はボックスシール面)に焼付きが発生した時点で試験終了とした。雄ねじ部については、焼付きが軽微であり、ヤスリなどの手入れにより回復可能な場合には、焼付き疵を補修して試験を続行した。最大繰返し締結回数は10回とした。耐焼付き性の評価指標は、ねじ部で回復不可能な焼付き、及び、シール面で焼付きのいずれも発生しない最大の締結回数とした。各試験番号の油井用鋼管について、耐焼付き性試験の結果を、表2の「耐焼付き性(回)」の欄に示す。
【0134】
[評価結果]
表2を参照して、試験番号3、及び、5~9の油井用鋼管では、Zn-Ni合金めっき層において、C濃化層の厚さが0~1.50μmであった。その結果、耐焼付き性試験の結果が、6回以上であった。すなわち、試験番号3、及び、5~9の油井用鋼管は、優れた耐焼付き性を有していた。
【0135】
一方、試験番号1、2、及び、4の油井用鋼管では、Zn-Ni合金めっき層において、C濃化層の厚さが1.50μmを超えた。その結果、耐焼付き性試験の結果が、5回以下であった。すなわち、試験番号1、2、及び、4の油井用鋼管は、優れた耐焼付き性を有していなかった。
【0136】
以上、本開示の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本開示を実施するための例示に過ぎない。したがって、本開示は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
【符号の説明】
【0137】
1 油井用鋼管
10 管本体
10A 第1端部
10B 第2端部
40 ピン
41 雄ねじ部
50 ボックス
51 雌ねじ部
100 Zn-Ni合金めっき層
110 潤滑被膜
400 ピン接触表面
500 ボックス接触表面