(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-31
(45)【発行日】2024-08-08
(54)【発明の名称】認知症又はそのリスクの検査方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/68 20060101AFI20240801BHJP
【FI】
G01N33/68
(21)【出願番号】P 2024000779
(22)【出願日】2024-01-05
(62)【分割の表示】P 2020001652の分割
【原出願日】2020-01-08
【審査請求日】2024-02-02
(31)【優先権主張番号】P 2019094474
(32)【優先日】2019-05-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】木村 錬
(72)【発明者】
【氏名】辻村 久
(72)【発明者】
【氏名】土屋 勝
(72)【発明者】
【氏名】曽我 聡子
(72)【発明者】
【氏名】太田 宣康
(72)【発明者】
【氏名】金 憲経
【審査官】海野 佳子
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-223711(JP,A)
【文献】国際公開第2018/008764(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/012667(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/207888(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者から採取された生体試料中のD-プロリンのレベルを求めることを含む、軽度認知障害又は認知症若しくはそのリスクの検査方法。
【請求項2】
被験者から採取された生体試料中のプロリンの立体異性体の量を測定する、請求項1記載の方法。
【請求項3】
D-プロリンのレベルが、次式1:〔D-プロリン量/(D-プロリン量+L-プロリン量)〕×100で示されるプロリンのキラルバランスである請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
式1で示されるプロリンのキラルバランスが、0.38%未満である場合に健常者、0.38%~0.45%である場合に軽度認知障害者、又は0.45%超過である場合に認知症患者の可能性があると示す、請求項3記載の方法。
【請求項5】
さらに、生体試料中のセリン及び/又はアラニンのレベルを求めることを含む、請求項1~3のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
生体試料中のセリン及び/又はアラニンの立体異性体の量を測定する、請求項5記載の方法。
【請求項7】
D-セリンのレベルが、次式2:〔D-セリン量/(D-セリン量+L-セリン量)〕×100で示されるセリンのキラルバランスであり、D-アラニンのレベルが、次式3:〔D-アラニン量/(D-アラニン量+L-アラニン量)〕×100で示されるアラニンのキラルバランスである請求項5又は6記載の方法。
【請求項8】
被験者から採取された生体試料が、血液試料である請求項1~7のいずれか1項記載の方法。
【請求項9】
請求項1~8のいずれか1項記載の検査方法を実施するための装置であって、生体試料中のD-アミノ酸のレベルを求める手段を含む、軽度認知障害又は認知症若しくはそのリスクの検査装置。
【請求項10】
さらに、前記被
験者の病態又はそのリスク情報を出力する手段を含む、請求項9記載の装置。
【請求項11】
前記被
験者の病態又はそのリスク情報を出力する手段が、D-アミノ酸のレベルの基準値情報に基づいて出力される、請求項10記載の装置。
【請求項12】
生体試料中のアミノ酸の立体異性体の量を測定する手段を含む、請求項9~11のいずれか1項記載の装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、D-アミノ酸を用いた軽度認知障害又は認知症若しくはそのリスクの検査方法に関する。
【背景技術】
【0002】
認知症は、認知障害の一種であり、後天的な脳の器質的障害により、いったん正常に発達した知能が不可逆的に低下した状態である。認知症には、アルツハイマー型認知症、脳血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型(ピック型)認知症等の種類があり、その原因も異なる。
【0003】
現在、認知症の診断には、認知機能テスト、遺伝子検査、脳脊髄液中アミロイドβやタウタンパク質のメタボローム測定、脳イメージング、行動評価に加え、近年では血液中のアミロイドβやタウタンパク質を測定する方法等も報告されているが、正確性やコストの面から、必ずしも実用的であるとは云えない。
【0004】
また、近年、認知症の早期診断が重要になったことに伴い、認知症の前駆状態を意味する軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment(MCI))という状態が着目され、最初期である軽度認知障害を含めて認知症を的確に診断することが重要とされ、バイオマーカーの開発が必要とされている。
【0005】
一方、グリシン以外の全てのアミノ酸にはD体とL体という2種類の立体異性体が存在する。L-アミノ酸は生物のタンパク質の構成要素であり、タンパク質に含まれるアミノ酸は原則的にL-アミノ酸であることから、高等動物の生理活動には主としてL体のアミノ酸が関与すると考えられていたが、近年の分析技術の進歩による分離能・感度の向上に伴い、ヒトを含む哺乳類におけるD-アミノ酸の存在とその役割が明らかにされるようになった。最近、健常者における生物学材料中のD-アミノ酸及びL-アミノ酸の量は一定のバランスを保っていること、ある種の疾患ではD-アミノ酸とL-アミノ酸のバランスの崩れがあることが報告され(特許文献1)、当該文献では、アルツハイマー病と血液中のD-アミノ酸との関係についても検討され、アルツハイマー病患者では、D-セリン、D-アラニン、D-メチオニン、D-ロイシン、D-アスパラギン酸、D-フェニルアラニン又はD-アロ-イソロイシンのバランスが変化することが示唆されている。しかしながら、D-セリンについて、脳脊髄液中のD-セリンが早期アルツハイマー診断のバイオマーカーになり得ることを示唆する報告(非特許文献1)と、脳脊髄液中のD-セリンとアルツハイマー病や軽度認知障害との相関は認められないという報告(非特許文献2)が混在する等、統一的な見解は得られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【文献】C Madeira, MV Lourenco, C Vargas-Lopes, CK Suemoto, CO Brandao, T Reis, REP Leite, J Laks, W Jacob-Filho, CA Pasqualucci, LT Grinberg, ST Ferreira and R Panizzutti., Transl Psychiatry. 2015;5:1-9. doi:10.1038/tp.2015.52. Epub 2015 May 5.
【文献】Shorena Samakashvili, Clara Ibanez, Carolina Simo, Francisco J. Gil-Bea, Bengt Winblad, Angel Cedazo-Minguez, Alejandro Cifuentes., Electrophoresis. 2011;32(19):2757-2764. Doi:10.1002/elps.201100139. Epub 2011 Aug 29.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、軽度認知障害又は認知症若しくはそのリスクを診断するための、正確で、低侵襲的な方法を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、軽度認知障害患者や認知症患者の血液中のプロリンの立体異性体中のD-プロリンのレベルを指標として、軽度認知障害又は認知症若しくはそのリスクを検査できること、更には、これとD-セリンやD-アラニンのレベルを組み合わせることにより、更に正確な検査が可能となることを見出した。
すなわち、本発明は、以下の1)~2)に係るものである。
1)被験者から採取された生体試料中のプロリンの立体異性体の量を測定する工程、及びD-プロリンのレベルを基準値と比較する工程、を含む軽度認知障害又は認知症若しくはそのリスクの検査方法。
2)上記1)の検査方法を実施するための装置であって、生体試料中のアミノ酸の立体異性体の量を測定する手段と、D-アミノ酸のレベルを基準値と比較する手段と、前記比較に基づいて前記被検者の病態又はそのリスク情報を出力する手段とを含む、軽度認知障害又は認知症若しくはそのリスクの検査装置。
【発明の効果】
【0010】
本発明の方法によれば、軽度認知障害又は認知症若しくはそのリスクを、低侵襲的に且つ簡便に検査することができ、認知機能低下の早期変化理解や早期介入が容易かつ精確になる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】血清キラルアミノ酸(D,L-Pro,D,L-Ser,D,L-Ala)のクロマトグラム。
【
図2】抽出された被験者130名の年齢及びMMSEスコア。
【
図3】血清D-アミノ酸(D-Pro,D-Ser,D-Ala)のキラルバランスとMMSEスコアとの相関。
【
図6】縦断コホート解析における血清D-アミノ酸(D-Pro,D-Pro×D-Ser)のキラルバランスとMMSEスコアとの相関。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明において、「認知症」とは、認知障害の一種であり、後天的な脳の器質的障害により、いったん正常に発達した認知知能が不可逆的に低下した状態である。通常、慢性あるいは進行性の脳疾患によって生じ、記憶、思考、見当識、理解、計算、学習、言語、判断等多数の高次大脳機能の障害からなる症候群と定義される疾患である。
認知症には、アルツハイマー型認知症、脳血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型(ピック型)認知症、若年性認知症、混合型認知症、神経原線維変化型老年期認知症、嗜銀顆粒性認知症、前頭側頭葉変性症、進行性核上性麻痺、大脳皮質基底核症候群、頭部外傷後遺症、正常圧水頭症、アルコール性認知症、慢性硬膜下血腫等の種類が知られている。本発明においては、前記認知障害を呈するものであれば、その種類は限定されないが、好ましくはアルツハイマー型認知症、脳血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型(ピック型)認知症、混合型認知症である。
また「軽度認知障害」とは、Mild Cognitive Impairment(MCI)と称され、記憶力や注意力といった脳の認知機能が正常より低下しているが、認知症のレベルには至っていない認知症の前駆状態、或いは認知症の最初期状態を指す。年齢や正常な老化と比較して認知機能に問題はあるが、日常生活に支障はなく認知症との判断には至らない、様々な認知症の前段階または境界域と定義される状態である。例えば、精神状態短時間検査(Mini Mental State Examination;MMSE)において、そのスコアが21~26点となる場合はMCIと判定される。MCIは、そのまま放置をすると高い確率で認知症を発症するとされており、認知症のリスクを有する状態にあると考えられる。
【0013】
本発明において、「検査」とは、認知症又は軽度認知障害の有無の検査、認知症又は軽度認知障害の症状の進行の検査、認知症のリスクの検査を含み、好ましくは、認知症又は軽度認知障害の有無の検査である。ここで、「リスクの検査」とは、将来認知症を発症する可能性の有無の検査を含む。「検査」は、「検出」、「判定」又は「診断」の概念を包含するが、医師による診断等の医療行為を包含するものではない。
【0014】
本発明の軽度認知障害又は認知症若しくはそのリスクの検査方法は、被験者から採取された生体試料中のプロリンの立体異性体の量を測定する工程、及びD-プロリンのレベルを基準値と比較する工程、を含む。
【0015】
本発明において、被験者は特に限定されないが、例えば、記憶障害、見当識障害、理解・判断力の障害、失語・失認識・失効等の認知症又は軽度認知障害に特徴的な自覚症状を有する患者、好ましくは認知症又は軽度認知障害の疑いがある患者が挙げられる。
【0016】
本発明において、生体試料とは、血液、リンパ液、唾液、尿等の体液が主として挙げられ、好ましくは、血液試料である。血液試料としては、例えば血液(全血)及び血液に由来する血清、血漿等が含まれるが、好ましくは血清である。
血液は、体循環の血管(動脈(末梢動脈)、静脈(末梢静脈)、毛細血管)又は肺循環の血管(肺動脈、肺静脈、肺毛細血管)から採血することができるが、採血の簡便性の観点から、体循環の血管、特に静脈(末梢静脈)から採血をすることが好ましい。
【0017】
生体試料中のプロリンの立体異性体量の測定は、生体試料中のD-アミノ酸とL-アミノ酸を分離して測定できればよく、その手段は限定されないが、一般的には液体クロマトグラフィー(LC)と質量分析(MS)を組み合わせたLC-MS、LC-MS/MS等を用いた分離定量方法を採用できる。ここで、キラルアミノ酸の分離手法としては、例えば、4-フルオロ-7-ニトロ-2,1,3-ベンゾキサジアゾール(NBD-F)試薬を用いてアミノ酸をNBD誘導体とした後、逆相カラム(1次元目:分子種分離)とキラル識別子を担持した固定相を有するキラルカラム(2次元目:キラル分離)を用いた2次元液体クロマトグラフィー(LC)法による分離定量(J Chromatogr A. 2010 Feb 12;1217(7):1056-62. doi: 10.1016/j.chroma.2009.09.002. Epub 2009 Sep 6)や、1本の逆
相カラム(ODSカラム)を用いた1次元LC法(Anal Chim Acta. 2015 May 22;875:73-82. doi: 10.1016/j.aca.2015.02.054. Epub 2015 Feb 23)、アミノ酸を6-アミノキ
ノリル-N-ヒドロキシスクシイミジルカルバメート(AQC)誘導体化し、1本のキラルカラムを用いた1次元LC法(J Pharm Biomed Anal. 2015 Nov 10;115:123-9. doi: 10.1016/j.jpba.2015.05.024. Epub 2015 Jun 16)の他、アミノ基をAQC誘導体化した
後、弱アニオン交換型の固定相を有する第一のキラルカラムと、両性イオン交換型の固定相を有する第二のキラルカラムとを接続した液体クロマトグラフィーを用いて分離する方法(特開2018-100906号公報)が知られているが、特開2018-100906号公報の方法を用いるのが好ましい。
【0018】
D-プロリンのレベルは、D-プロリンの含量や組成値でも良いが、好ましくは次式1:〔D-プロリン量/(D-プロリン量+L-プロリン量)〕×100で示されるプロリンのキラルバランス、すなわちプロリンのD化率が好ましい。
【0019】
後記実施例に示すとおり、プロリンのキラルバランスは、認知機能検査の一つとして汎用されているMMSEのスコアと良好な分類相関が認められ、認知症と軽度認知障害の両者に対して良好な相関を示す点で、セリン及びアラニンのキラルバランスより優れていた。そして、プロリンのキラルバランスとセリンのキラルバランスを組み合わせた場合には、より良好な相関が認められた。
したがって、少なくともプロリンの立体異性体の量を測定し、D-プロリンのレベルを基準値と比較することにより軽度認知障害又は認知症の有無及び/又は認知症のリスクが評価できる。さらに、同様にしてセリン及び/又はアラニンの立体異性体の量を測定し、D-セリン及び/又はD-アラニンのレベルをD-プロリンのレベルと適宜組み合わせることで、D-プロリンのレベルより得られた評価において、より精緻な評価が可能となる。
尚、D-セリンのレベルは、好ましくは次式2:〔D-セリン量/(D-セリン量+L-セリン量)〕×100で示されるセリンのキラルバランスであり、D-アラニンのレベルは、好ましくは次式3:〔D-アラニン量/(D-アラニン量+L-アラニン量)〕×100で示されるアラニンのキラルバランスである。
【0020】
D-プロリンのレベルとD-セリン及び/又はD-アラニンのレベルの組み合わせとしては、例えば、これらの積であるのが好ましく、具体的には、次式4:{〔D-プロリン
量/(D-プロリン量+L-プロリン量)〕×100}×{〔D-セリン量/(D-セリン量+L-セリン量)〕×100}で示されるプロリンとセリンのキラルバランスの積、次
式5:{〔D-プロリン量/(D-プロリン量+L-プロリン量)〕×100}×{〔D-
アラニン量/(D-アラニン量+L-アラニン量)〕×100}で示されるプロリンとア
ラニンのキラルバランスの積、次式6:{〔D-プロリン量/(D-プロリン量+L-プ
ロリン量)〕×100}×{〔D-セリン量/(D-セリン量+L-セリン量)〕×100}×{〔D-アラニン量/(D-アラニン量+L-アラニン量)〕×100}で示されるプ
ロリンとセリンとアラニンのキラルバランスの積であり、好ましくは、式4で示されるプロリンとセリンのキラルバランスの積である。
【0021】
本発明において、D-プロリンのレベルを比較する基準値は、当業者が適宜選択することができるが、例えば、予め設定したカットオフ値を使用することができる。
すなわち、プロリンのキラルバランスやプロリンとセリン及び/又はアラニンのキラルバランスの積を指標とする場合、試料中の同アミノ酸のキラルバランスが予め設定したカットオフ値より大きい場合に、認知症又は軽度認知障害の存在及び/又は発症の可能性があると判定することができる。
【0022】
上記カットオフ値は、種々の統計解析手法により求めることができる。例えば、MMSEにおける中央値若しくは平均値、ROC曲線解析に基づく値(例えば、Youden'
s index、ROC曲線における左上隅座標(0,1)からの距離値等)が例示され
る。カットオフ値を複数設定することもできる。
【0023】
例えば、式1で示されるプロリンのキラルバランスを指標とする場合、0.38%未満である場合に健常者、0.38%~0.45%である場合に軽度認知障害者、又は0.45%超過である場合に認知症患者の可能性があると評価できる。
また、式4で示されるプロリンとセリンのキラルバランスの積を指標とする場合、0.30%未満である場合に健常者、0.30%~0.50%である場合に軽度認知障害者、又は0.50%超過である場合に認知症患者の可能性があると評価できる。
また、式5で示されるプロリンとアラニンのキラルバランスの積を指標とする場合、0.20%未満である場合に健常者、0.20%以上である場合に軽度認知障害者又は認知症患者の可能性があると評価できる。
また、式6で示されるプロリンとセリンとアラニンのキラルバランスの積を指標とする場合も、健常者は0.20%未満であり、認知障害の進行に伴い0.20%以上となり約0.50%まで上昇する場合がある。さらに進行し認知症となると、0.35%から0.20%の間の値となる。従って、プロリンとセリンとアラニンのキラルバランスの積を指標とする場合は、0.20%以上である場合は、軽度認知障害者又は認知症患者の可能性があると評価でき、該指標は他の評価方法の補助として、利用することができる。
すなわち、式1で示されるプロリンのキラルバランスを指標とした評価により、軽度認知障害者又は認知症患者の可能性を評価し、加えて、式2~式6で示されるキラルバランスを指標として同様の評価結果となった場合は、その可能性がより高いと評価することができる。
なお、本発明は、本発明以外の他の認知症の診断と組み合わせて用いても良く、軽度認知障害又は認知症を多面的に評価することを可能とするものである。
【0024】
本発明の軽度認知障害又は認知症若しくはそのリスクの検査装置は、上述した本発明の検査方法を実施するための装置であって、生体試料中のアミノ酸の立体異性体の量を測定する手段と、D-アミノ酸のレベルを基準値と比較する手段と、前記比較に基づいて前記被検者の病態又はそのリスク情報を出力する手段とを含む。
生体試料中のアミノ案の立体異性体の量を測定する手段は、逆相カラム等によるHPLC分離及びピーク検出部を有する。D-アミノ酸のレベルを基準値と比較する手段としては、キラルバランスやその積を求めるための判別式、健常者、認知症患者及び軽度認知障害者の基準値等のデータを格納する記憶部と、該データに基づいて演算処理を行う演算部とを有する。病態又はそのリスク情報を出力する手段は、病態情報選択部及び病態情報出力部を有する。この他、全体を統括的に制御するCPU等の制御部と、入力装置及び出力装置に接続する入出力インターフェース部と、ネットワークと通信可能に接続する通信インターフェース部とが含まれる。
【0025】
上述した実施形態に関し、本発明においては更に以下の態様が開示される。
<1>被験者から採取された生体試料中のプロリンの立体異性体の量を測定する工程、及びD-プロリンのレベルを基準値と比較する工程、を含む軽度認知障害又は認知症若しくはそのリスクの検査方法。
<2>D-プロリンのレベルが、次式1:〔D-プロリン量/(D-プロリン量+L-プロリン量)〕×100で示されるプロリンのキラルバランスである<1>の方法。
<3>式1で示されるプロリンのキラルバランスが、0.38%未満である場合に健常者、0.38%~0.45%である場合に軽度認知障害者、又は0.45%超過である場合に認知症患者の可能性があると評価する<2>の方法。
<4>さらに、生体試料中のセリン及び/又はアラニンの立体異性体の量を測定する工程、及びD-プロリンのレベルと、D-セリン及び/又はD-アラニンのレベルの組み合わせを基準値と比較する工程、を含む<1>~<3>のいずれかの方法。
<5>D-セリンのレベルが、次式2:〔D-セリン量/(D-セリン量+L-セリン量)〕×100で示されるセリンのキラルバランスであり、D-アラニンのレベルが、次式3:〔D-アラニン量/(D-アラニン量+L-アラニン量)〕×100で示されるアラニンのキラルバランスである<4>の方法。
<6>D-プロリンのレベルと、D-セリン及び/又はD-アラニンのレベルの組み合わせが、次式4:{〔D-プロリン量/(D-プロリン量+L-プロリン量)〕×100}×〔D-セリン量/(D-セリン量+L-セリン量)〕×100}で示されるプロリンと
セリンのキラルバランスの積、次式5:{〔D-プロリン量/(D-プロリン量+L-プ
ロリン量)〕×100}×{〔D-アラニン量/(D-アラニン量+L-アラニン量)〕×
100}で示されるプロリンとアラニンのキラルバランスの積、又は次式6:{〔D-プロリン量/(D-プロリン量+L-プロリン量)〕×100}×{〔D-セリン量/(D-セリン量+L-セリン量)〕×100}×{〔D-アラニン量/(D-アラニン量+L-アラニン量)〕×100}で示されるプロリンとセリンとアラニンのキラルバランスの積であ
る、<5>の方法。
<7>式4で示されるプロリンとセリンのキラルバランスの積が、0.30%未満である場合に健常者、0.30%~0.50%である場合に軽度認知障害者、又は0.50%超過である場合に認知症患者の可能性があると評価する<6>の方法。
<8>式5で示されるプロリンとアラニンのキラルバランスの積が、0.20%未満である場合に健常者、0.20以上である場合に軽度認知障害者又は認知症患者の可能性があると評価する<6>の方法。
<9>式6で示されるプロリンとセリンとアラニンのキラルバランスの積が、0.20%未満である場合に健常者、0.20%以上である場合に軽度認知障害者又は認知症患者の可能性があると評価する<6>の方法。
<10>被験者から採取された生体試料が、血液試料である<1>~<9>のいずれかの方法。
<11><1>~<10>のいずれかの検査方法を実施するための装置であって、生体試料中のアミノ酸の立体異性体の量を測定する手段と、D-アミノ酸のレベルを基準値と比較する手段と、前記比較に基づいて前記被検者の病態又はそのリスク情報を出力する手段とを含む、軽度認知障害又は認知症若しくはそのリスクの検査装置。
【実施例】
【0026】
以下、実施例を示し、本発明をより具体的に説明する。
実施例1 ヒト血清中のキラルアミノ酸一斉分離解析
(1)ヒト試験について
東京都板橋区に在住する65歳以上の高齢女性約1,200名を対象に、認知機能と血液成分の関連解析を行った。静脈血を採取後、血液試料から遠心分離により血清を採取し、下記アミノ酸測定まで-80℃にて凍結保管した。認知機能評価法には、Mini Mental State Examination(MMSE)を選択し、事前に研修を受けたテスターが個別に聴取した。
MMSEは11のカテゴリーに分けられる一連の質問と課題から成り立っている。すなわち、時に関する見当識、場所に関する見当識、記銘、注意と計算、再生、呼称、復唱、理解、読字、書字、描画の11カテゴリーである。大抵の場合、MMSEは5~10分で施行しうる。すべての問題が正答されれば、最高得点30点が得られる。MMSEの施行と採点は、臨床面接と行動測定の施行について訓練を受けた人によって可能となる。MMSEの解釈は、認知的精神状態査定における、関連する学習課題と訓練を終了し、資格のある専門家だけが可能な領域である(株式会社 日本文化科学社 MMSE-J使用者手引
書を参考)。
【0027】
(2)試料溶液及び標準品の調製
ヒト血清50μLを10mLスピッチグラス(商品名:強化硬質ねじ口試験管)に入れ、メタノール:水(9:1,v/v)溶液450μLを混合後、遠心機(HITACHI製/CF5RE)にて室温で5分間、3000rpmにて遠心分離を行うことで除タンパクし、上清のアミノ酸を採取した。次いで、別途10mLスピッチグラスに、0.2mol/L ホウ酸緩衝液(pH8.9)、採取溶液、AccQ・Tag Ultra誘導体化試薬、すなわちAQC溶液(Waters製:AQC粉末を3mg/mL,すなわち10mmol/Lの濃度でアセトニトリルに溶解)を各々70μL、10μL、20μL(7:1:2)の順番で混合し、直ちに撹拌後、55℃10分間加熱することにより試料溶液を調製した。同様に、0.2mol/L ホウ酸緩衝液(pH8.9)、100μmol/L D,L-アミノ酸標準溶液(アミノ酸:Ala/アラニン,Arg/アルギニン
,Asn/アスパラギン,Asp/アスパラギン酸,Cys/システイン,Gln/グルタミン,Glu/グルタミン酸,Gly/グリシン,His/ヒスチジン,Ile/イソロイシン,Leu/ロイシン,Lys/リジン,Met/メチオニン,Phe/フェニルアラニン,Pro/プロリン,Ser/セリン,Thr/トレオニン,Trp/トリプトファン,Tyr/チロシン,Val/バリン、Cit/シトルリン、Orn/オルニチン、0.2mol/L ホウ酸緩衝液溶解)、AQC溶液を各々70μL、10μL、20μL(7:1:2)の順番で混合し、直ちに撹拌後、55℃で10分間加熱することによりアミノ酸標準溶液を調製した。
【0028】
(3)LC-MS/MS分析
(2)で調製した試料溶液を、下記の条件下でLC-MS/MS分析し、各種キラルアミノ酸の分離検出及び定量を行った。
(装置)
Exion LCシリーズ(AB SCIEX社)、質量分析計/QTRAP6500+
リニアイオントラップ型(AB SCIEX社)
(クロマトグラフィー分離)
分離キラルカラム:CHIRALPAK QN-AX<DAICEL社>
2.1mm内径×150mm、粒径5μm(第一のキラルカラム)及びCHIRALPAK ZWIX(+)<DAICEL社>
3.0mm内径×150mm、粒径3μm(第二のキラルカラム)をこの順序で直列接続(45℃)
溶離液:0.1%(v/v)ギ酸及び55mMギ酸アンモニウム含有メタノール:水(90:10,v/v)溶液
溶離法:アイソクラティック
移動相流量:0.25mL/min
注入量:5μL
(質量分析)
イオン化法:エレクトロスプレーイオン化法(ESI)
極性:正イオン
Curtain Gas(CUR):30psi
Ionspray voltage(IS):4500V
Temperature(TEM):600℃
Ion Source Gas1(GS1):80psi
Ion Source Gas1(GS2):80psi
Collision Gas(CAD):10
(検出モード)
プリカーサーイオンにプロトンイオン付加分子([M+H]+)、プロダクトイオンにAQCフラグメントイオン(m/z=171)を設定した正イオンモードによるSRM(selected reaction monitoring)検出及びプロダクトイオンにAQCフラグメントイオン(m/z=171)を設定した正イオンモードによるプリカーサーイオンスキャン検出。
【0029】
(4)データ解析
1)キラルアミノ酸の解析
(3)で得られたデータを、保持時間とイオン強度の2軸を有するクロマトグラムに展開し、血清におけるAQC誘導体化各種キラルアミノ酸(D,L-Pro,D,L-Ser,D,L-Ala)の解析を行った。代表的なクロマトグラムを
図1に示す。
いずれも妨害成分による影響を受けず、L-アミノ酸に加え、微量なD-アミノ酸が検出されることが判明した。一級アミンであるセリン及びアラニンにおいてはD体が先に溶
出する一方で、2級アミンであるプロリンにおいてはL体が先に溶出した。
表1にSRMトランジション、Q1(1段目MS)においてプリカーサーイオン、Q3(2段目MS)においてプロダクトイオンを設定した。
【0030】
【0031】
2)MMSEスコア
対象者の内、無作為に抽出した全130名の年齢及びMMSEスコアを
図2に示す。正常な認知機能(健常者)を27~30点、軽度認知障害者(MCI)を21~26点、認知症の疑いがある方(認知症)を20点以下として分類した(株式会社 日本文化科学社 MMSE-J使用者手引書を参考)。
【0032】
3)血清キラルアミノ酸のキラルバランスとMMSEスコアとの相関
(3)で測定された血清キラルアミノ酸量(Pro,Ser,Ala)の測定値から求められたキラルバランス(D化率:D/(D+L)×100(%))とMMSEスコアとの相関を
図3に示す。
プロリン、セリン、アラニンのキラルバランス及びそれらの積がMMSEスコア、又は健常、MCI、認知症分類群と相関することが判明し、認知機能に関与することが確認された。D-プロリン、D-セリン、D-アラニンが各々異なったプロファイルを示すことが明らかとなった。特にプロリンのキラルバランス、又はプロリン及びセリンのキラルバランスの積がMMSEと強く相関しており、プレクリニカル期をはじめとした早期認知機
能低下リスク指標になり得ることが確認された。
【0033】
(5)有用性検証
エクセル統計処理ソフト(BellCurve for Excel, 株式会社 社会情報サービス)を用いて、ROC(Receiver Operating Characteristic)曲線を描き、カットオフポイント(Cut off)、ROC曲線下面積(AUC)、感度(Sensitivity)及び特異度(Specificity)を各々算出した。
図4に健常対MCIにおけるROC曲線、表2に健常対MCIにおける判別特性(Cut off・AUC・Sensitivity・Specificity)、
図5に健常対認知症におけるROC曲線、表3に健常対認知症における判別特性(Cut off・AUC・Sensitivity・Specificity)を各々示す。Cut offは左上隅から最も近い点とし、帰無仮説をAUC=0.50とした時の検定では、D-Proを組み合わせた場合、有意な結果となり予測能が確認された。またAUC差を検定すると、各群間で予測能に差が認められた。
【0034】
【0035】
【0036】
実施例2 縦断コホートにおけるヒト血清中のキラルアミノ酸一斉分離解析
(1)ヒト試験について
東京都板橋区に在住する75歳以上の高齢女性約200名を対象に、認知機能と血液成分の縦断コホート解析(2008年、2014年、2018年)を行った。静脈血を採取後、血液試料から遠心分離により血清を採取し、下記アミノ酸測定まで-80℃にて凍結保管した。認知機能評価法には、Mini Mental State Examination(MMSE)及びMental Status Questionnaire(
MSQ)を選択し、事前に研修を受けたテスターが個別に聴取した。
【0037】
(2)試料溶液及び標準品の調製
ヒト血清25μLを10mLスピッチグラス(商品名:強化硬質ねじ口試験管)に入れ
、メタノール:水(9:1,v/v)溶液475μLを混合後、遠心機(HITACHI製/CF5RE)にて冷蔵5℃で5分間、3000rpmにて遠心分離を行うことで除タンパクし、上清のアミノ酸を採取した。次いで、別途10mLスピッチグラスに、0.2mol/L ホウ酸緩衝液(pH 8.9)、採取溶液、AccQ・Tag Ultra誘導体化試薬、すなわちAQC溶液(Waters製:AQC粉末を3mg/mL,すなわち10mmol/Lの濃度でアセトニトリルに溶解)を各々70μL、10μL、20μL(7:1:2)の順番で混合し、直ちに撹拌後、55℃10分間加熱することにより試料溶液を調製した。同様に、0.2mol/L ホウ酸緩衝液(pH 8.9)、100μmol/L D,L-アミノ酸標準溶液(アミノ酸:Ala/アラニン,Arg/アルギニン,Asn/アスパラギン,Asp/アスパラギン酸,Cys/システイン,Gln/グルタミン,Glu/グルタミン酸,Gly/グリシン,His/ヒスチジン,Ile/イソロイシン,Leu/ロイシン,Lys/リジン,Met/メチオニン,Phe/フェニルアラニン,Pro/プロリン,Ser/セリン,Thr/トレオニン,Trp/トリプトファン,Tyr/チロシン,Val/バリン、Cit/シトルリン、Orn/オルニチン、0.2mol/L ホウ酸緩衝液溶解)、AQC溶液を各々70μL、10μL、20μL(7:1:2)の順番で混合し、直ちに撹拌後、55℃で10分間加熱することによりアミノ酸標準溶液を調製した。
【0038】
(3)LC-MS/MS分析
実施例1と同様、(2)で調製した試料溶液を、下記の条件下でLC-MS/MS分析し、各種キラルアミノ酸の分離検出及び定量を行った。
(装置)
Exion LCシリーズ(AB SCIEX社)、質量分析計/QTRAP6500+ リニアイオントラップ型(AB SCIEX社)
(クロマトグラフィー分離)
分離キラルカラム:CHIRALPAK QN-AX<DAICEL社> 2.1 mm内径×150mm、粒径5μm(第一のキラルカラム)及びCHIRALPAK ZWIX(+) <DAICEL社>
3.0mm内径×150mm、粒径3μm(第二のキラルカラム)をこの順序で直列接続(45℃)
溶離液:0.1%(v/v)ギ酸及び55mMギ酸アンモニウム含有,メタノール:水(90:10,v/v)溶液
溶離法:アイソクラティック
移動相流量:0.25mL/min
注入量:5μL
(質量分析)
イオン化法:エレクトロスプレーイオン化法(ESI)
極性:正イオン
Curtain Gas(CUR):30psi
Ionspray voltage(IS):4500V
Temperature(TEM):600℃
Ion Source Gas1(GS1):80psi
Ion Source Gas1(GS2):80psi
Collision Gas(CAD):10
(検出モード)
プリカーサーイオンにプロトンイオン付加分子([M+H]+)、プロダクトイオンにAQCフラグメントイオン(m/z=171)を設定した正イオンモードによるSRM(selected reaction monitoring)検出及びプロダクトイオンにAQCフラグメントイオン(m/z=171)を設定した正イオンモードによるプリカーサーイオンスキャン検出。
【0039】
(4)データ解析
1)キラルアミノ酸の解析
実施例1と同様、(3)で得られたデータを、保持時間とイオン強度の2軸を有するクロマトグラムに展開し、AQC誘導体化各種キラルアミノ酸(D,L-Pro,D,L-Ser)の解析を行った。
【0040】
2)血清キラルアミノ酸のキラルバランスとMMSEスコアの相関
対象者の内、無作為に抽出した23名の各年度毎のMMSEスコア及び(3)で測定された血清キラルアミノ酸量(D,L-Pro,D,L-Ser)の測定値から求められたキラルバランスの関係を表4、
図6、
図7に示す。
【0041】
【0042】
横断研究のみならず縦断研究においても、Pro関連指標(Pro単独キラルバランスあるいはProとSerのマルチキラルバランス)がMMSEスコアと有意な負相関を示すことが判明し(
図6)、改めて認知機能評価に有用であることが確認された(認知機能低下が認められる方はキラルバランスが高い)。加えて、健常者、軽度認知障害又は認知症の状態を評価する指標のみならず、各個人を対象とした、治療・介入等の効果を評価することも可能であることが判明した(
図7)。例えば、MMSEが一定の方はキラルバランスも一定(No.2)、MMSEの変動が認められる方はキラルバランスも変動(No.15)するように、MMSEの回復、すなわち、認知機能の回復評価や予後予測も可能であることが認められた。認知機能モニタリングへの有用性が見出された。