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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-31
(45)【発行日】2024-08-08
(54)【発明の名称】チタン多孔質体
(51)【国際特許分類】
   C22C 1/08 20060101AFI20240801BHJP
   B22F 3/11 20060101ALI20240801BHJP
   C22C 14/00 20060101ALN20240801BHJP
【FI】
C22C1/08 D
B22F3/11 B
C22C1/08 F
C22C14/00 Z
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2024011270
(22)【出願日】2024-01-29
【審査請求日】2024-02-14
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】390007227
【氏名又は名称】東邦チタニウム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】井上 洋介
【審査官】坂本 薫昭
(56)【参考文献】
【文献】特開2023-111138(JP,A)
【文献】特開2022-095916(JP,A)
【文献】特開2018-156798(JP,A)
【文献】特開2004-071456(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00,3/02,3/10,3/11
C22C 1/04,1/08,14/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シート状のチタン多孔質体であって、
少なくとも一方の表面の最大高さRzが1μm以上かつ5μm以下であり、100MPaでの加圧時の不可逆変形量が0.2%以下であり、厚みが30μm以上かつ500μm以下であるチタン多孔質体。
【請求項2】
空隙率が30%以上かつ50%以下である請求項1に記載のチタン多孔質体。
【請求項3】
粉末焼結体である請求項1又は2に記載のチタン多孔質体。
【請求項4】
プロトン交換膜を使用する電解装置の陽極側の多孔質輸送層に用いられる請求項1又は2に記載のチタン多孔質体。
【請求項5】
PEM型の水電解装置の多孔質輸送層に用いられる請求項1又は2に記載のチタン多孔質体。
【請求項6】
前記不可逆変形量が0.1%以下である請求項1又は2に記載のチタン多孔質体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、シート状のチタン多孔質体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
チタン粉末の焼結等により製造されるチタン多孔質体は、細孔による通気性ないし通液性及び、電気伝導性を有し、また、表面に不動態皮膜が形成されること等により高い耐食性をも有するものである。
【0003】
そのような特性を有するチタン多孔質体は、固体高分子(Polymer Electrolyte Membrane、PEM)型の水電解装置内における腐食が生じ得る環境下にある多孔質輸送層(Porous Transport Layer、PTL)等に用いることが検討されている。特に、再生可能エネルギー由来の電力を用いてPEM型等の水電解装置で製造される水素は、グリーン水素と称され、脱炭素社会の実現に向けた動きが加速する近年において大きな期待が寄せられている。
【0004】
これに関し、特許文献1では、「一方のシート表面がある程度平滑で、他方のシート表面側にて所要の通気性もしくは通液性が発揮されるとともに、所定の圧力が作用したときの圧縮変形を比較的小さく抑えること」を目的として、「チタンを含有するシート状のチタン系多孔質体であって、厚みが0.8mm以下、空隙率が30%~65%であり、一方のシート表面の最大高さRz1が30μm以下であり、前記一方のシート表面の最大高さRz1に対する他方のシート表面の最大高さRz2の比(Rz2/Rz1)が1.2以上であり、圧縮変形率が19%以下であるチタン系多孔質体」が提案されている。
【0005】
なお、特許文献2は、「球状ガスアトマイズ粉末を用いた低密度で薄型の焼結体の場合も、剥離不良や割れを効果的に抑制できるチタン多孔質体の製造方法を提供する」との目的の下、「チタン又はチタン合金からなる多孔質の粉末焼結体を製造するに際して、チタン又はチタン合金の粉末を載置するセッターとして、表面の中心線平均粗さRaが0.1μm以下、最大高さRzが1.0μm以下のモリブデン材又はモリブデン合金材を使用することを特徴とするチタン多孔質体の製造方法」を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特許第7061735号公報
【文献】特許第4098169号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、上記の水電解装置では、装置の小型化の観点から、厚みが薄いシート状のチタン多孔質体であって、耐圧縮性に優れるものが求められる場合がある。耐圧縮性に劣るチタン多孔質体では、PEM型の水電解装置等の装置内部に組み込まれた際に作用し得る圧縮力に対して、所要の厚みないし形状が維持されなくなり、通気性ないし通液性が低下することが懸念されるからである。
【0008】
また、チタン多孔質体をPEM型の水電解装置内で多孔質輸送層として用いる場合、チタン多孔質体は、電解質膜に押し付けられて組み込まれることがある。このとき、電解質膜に押し付けられるチタン多孔質体の表面の性状によっては、電解質膜が部分的に大きく変形し、電解質膜の損傷を招くおそれがある。
【0009】
特許文献1には、表面の最大高さRzや圧縮変形率がある程度小さいチタン多孔質体が記載されているが、このチタン多孔質体は、表面平滑性及び耐圧縮性の観点から更なる改善の余地があった。特許文献2では、チタン多孔質体の表面粗さや耐圧縮性について何ら検討されていない。
【0010】
この発明の目的は、少なくとも一方の表面が比較的平滑であり、耐圧縮性に優れるチタン多孔質体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
発明者は、少なくとも一方の表面の最大高さRz及び100MPaでの加圧時の不可逆変形量がそれぞれ所定の値以下であるチタン多孔質体であれば、表面が平滑であって耐圧縮性に優れるものと評価できることを見出した。また、発明者が鋭意検討したところによると、そのようなチタン多孔質体を製造するには、ペーストの乾燥、脱バインダー及び焼結を順次に行うに当たり、乾燥時及び焼結時の条件を適切に調整することが有効であることがわかった。
【0012】
この発明のチタン多孔質体は、シート状のものであって、少なくとも一方の表面の最大高さRzが5μm以下であり、100MPaでの加圧時の不可逆変形量が0.2%以下であり、厚みが500μm以下であるというものである。
【0013】
上記のチタン多孔質体は、空隙率が30%以上かつ50%以下であることが好ましい。
【0014】
上記のチタン多孔質体は、粉末焼結体である場合がある。
【発明の効果】
【0015】
この発明のチタン多孔質体は、少なくとも一方の表面が比較的平滑であり、耐圧縮性に優れるものである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に、この発明の実施の形態について詳細に説明する。
この発明の一の実施形態のチタン多孔質体は、シート状であり、少なくとも一方の表面の最大高さRzが5μm以下であり、100MPaでの加圧時の不可逆変形量が0.2%以下であり、厚みが500μm以下である。
【0017】
(組成)
チタン多孔質体は、チタン製である。チタン製であれば、ある程度の相対密度で高い電気伝導性を有するチタン多孔質体が得られる。チタン多孔質体のTi含有量は、好ましくは97質量%以上であり、また好ましくは98質量%以上である。Ti含有量の上限側は、これに限らないが、例えば99.8質量%以下、99質量%以下とする場合がある。このTi含有量は、金属成分のみならず酸素等のガス成分の不純物も考慮したチタンの純度を意味する。このため、Ti含有量は、金属成分及び、ガス成分を含む不純物成分の総含有量を100質量%から差し引くことにより求められる。
【0018】
チタン多孔質体は不純物としてFeを含有することがあり、Fe含有量は、たとえば0.25質量%以下となることがある。またチタン多孔質体には、たとえば原料ないし製造過程に起因する不可避的不純物として、Ni、Cr、Al、Cu、Zn、Snが含まれる場合がある。Ni、Cr、Al、Cu、Zn、Snの各々の含有量は0.10質量%未満であること、それらの合計の含有量は0.30質量%未満であることがそれぞれ好適である。チタン多孔質体中の不可避的不純物の含有量を測定するには、不活性ガス(アルゴンガス等)の雰囲気下でチタン多孔質体を溶解して鋳片を作製し、これに対してXRF分析を行うことができる。
【0019】
チタン多孔質体のO(酸素)含有量は特に限定されないが、0.6質量%以上かつ2.0質量%以下になること、また0.9質量%以上かつ1.6質量%以下となることがある。O含有量は、不活性ガス溶融-赤外線吸収法により測定することができる。
【0020】
チタン多孔質体は、酸素含有量を除き、JIS H 4600(2012)の純チタン1~4種、典型的には1~2種に相当する純度である場合がある。
【0021】
(シート寸法)
シート状のチタン多孔質体の厚みは、500μm以下である。たとえば、PEM型水電解装置の多孔質輸送層には、このようにある程度薄いチタン多孔質体が求められ得る。厚みが厚すぎると、PEM型水電解装置の大型化を招くおそれがあるからである。チタン多孔質体の厚みは、たとえば30μm~400μm、典型的には80μm~300μmとすることがある。そのような厚みが薄いチタン多孔質体であっても、この実施形態では少なくとも一方の表面が平滑であって優れた耐圧縮性を有することから、水電解装置の小型化と、水電解装置内での長期間にわたる使用を実現することができる。
【0022】
厚みは、チタン多孔質体の周縁の4点と中央の1点の計5点について、例えば株式会社ミツトヨ製デジタルシックネスゲージ(型番547-321)等の、測定子がΦ10mmのフラット型で測定精度が0.001~0.01mmのデジタルシックネスゲージを用いて測定し、それらの測定値の平均値とする。シート状のチタン多孔質体が平面視で矩形状をなす場合は、上記の周縁の4点は、四隅の4点とする。
【0023】
シート状のチタン多孔質体の平面視における表面の面積は、用途に応じて適宜決定すればよいので特に限定されないが、例えば上限として0.75m2以下、0.42m2以下、0.13m2以下、また下限として70mm2以上、250mm2以上、10000mm2以上、25000mm2以上とすることがある。
【0024】
なお、チタン多孔質体についての「シート状」とは、平面視の寸法に対して厚みが小さい板状もしくは箔状を意味する。チタン多孔質体の平面視の形状は、特に問わないが、正方形状もしくは、縦横比が1:1~1:3の正方形状もしくは長方形状等の矩形状または、菱形状その他の多角形、楕円形状もしくは真円形状等の円形状等とすることがある。多角形状のチタン多孔質体は、その角部に面取りが施されたものであってもかまわない。
【0025】
(表面粗さ)
チタン多孔質体の少なくとも一方の表面の最大高さRzは、5μm以下である。チタン多孔質体は、表裏の両方の表面の最大高さRzが5μm以下であってもかまわない。後述するような方法で製造したチタン多孔質体では、乾燥時に基材に接触していた側の表面の最大高さRzが小さくなりやすい傾向がある。
【0026】
最大高さRzは、基準長さにおける輪郭曲線の中で、最も高い山の高さ(最大山高さ)と最も深い谷の深さ(最大谷深さ)との和を意味する。算術平均粗さRaが凹凸状態を平均値で表したものに対し、最大高さRzは、大きな窪みや突起の有無を確認できることから、電解質膜を損傷させる可能性の大小を判断する指標になり得る。
【0027】
チタン多孔質体の少なくとも一方の表面の最大高さRzは、4μm以下であることが好ましい。なお、少なくとも一方の表面の最大高さRzは、これに限らないが、たとえば1μm以上になる場合がある。最大高さRzは、ISO4287-1997に基づいて測定する。
【0028】
(不可逆変形量)
チタン多孔質体は、その厚み方向に100MPaの圧力を3分間作用させて圧縮した後に除荷する操作を2回行った場合における、当該操作の前後での厚みの変化の割合である不可逆変形量が0.2%以下である。
【0029】
それにより、チタン多孔質体は、PEM型水電解装置等の装置の内部に組み込まれた場合、圧縮力が作用したときに、ある程度の厚みや形状が維持され、所要の通気性ないし通液性が発揮され得る。上記の不可逆変形量は、0.1%以下であることが好ましい。上記の不可逆変形量は小さい程好ましいので下限値は特に限定されず、目的に応じて適宜設定可能である。
【0030】
不可逆変形量Dcは、100MPaの圧力を作用させる前のチタン多孔質体の厚みT1と、当該圧力を作用させて除荷する操作を2回行った後のチタン多孔質体の厚みT2を測定し、式:Dc=(1-T2/T1)×100より算出される値である。
より詳細には、不可逆変形量Dcを測定するには、予めチタン多孔質体の平面視が正方形のサンプル(投影面積20mm×20mm)の厚みT1を計測しておく。そして、そのサンプルを二枚の平板等のそれぞれの平坦面間に厚み方向に挟み込み、それらの平坦面を互いに近づける向きに変位させることにより、当該サンプルに対してその表面上に均等に、厚み方向に100MPaの圧力を3分間作用させる。このときの変位速度は0.1mm/minで一定とすることができる。圧力を作用させた後は、その圧力を除荷する。このような圧力の作用及び除荷の操作を再度行い、当該操作を計2回実施する。その後、平坦面間から取り出したサンプルの厚みT2を計測する。ここでは、そのようにサンプルに圧力を作用させることが可能な種々の圧縮試験装置その他の装置を用いることができる。サンプルの厚みT1、T2を計測するには、サンプルの平面視の重心の1か所について厚みを測る。この測定を異なる5つのサンプルについて実施し、その平均値を不可逆変形量として採用する。
【0031】
(空隙率)
チタン多孔質体は、チタン粉末同士が焼結されて結合してなる骨格を有し、焼結体である場合がある。この場合、互いに結合したチタン粉末間に細孔が形成された三次元網目構造を有する。
【0032】
一例として、後述するようなチタン粉末を焼結させてチタン多孔質体を製造した場合、チタン多孔質体は粉末焼結体になり、チタン多孔質体の空隙を区画する三次元網目構造の骨格が、スポンジチタン状になる傾向がある。このスポンジチタン状である三次元網目構造の骨格は、クロール法で製造したスポンジチタンと形状が類似している。一方、チタン繊維を用いた場合は、チタン多孔質体は繊維焼結体になり、チタン多孔質体の空隙を区画する三次元網目構造の骨格が不織布状のものになることが多い。また、チタン粉末や有機バインダー等を含むペーストを用いて、そのペーストを乾燥させた後にチタン粉末を焼結させる方法において、ペーストに発泡剤を含ませると、それにより製造されるチタン多孔質体は、発泡剤の影響により、骨格内にも空隙が形成されやすくなる。この場合はチタン多孔質体の空隙が大きくなりやすく、これに基づき不可逆変形量や表面の最大高さRzが大きくなってしまう傾向にあるので好ましくない。
【0033】
チタン多孔質体の空隙率は、好ましくは30%以上かつ50%以下、より好ましくは35%以上かつ47%以下である。空隙率がこの程度の範囲であれば、用途に応じた所要の通気性もしくは通液性を確保しつつ、ハンドリング時の破損を抑制することができる。空隙率が30%以上である場合は、良好な通気性もしくは通気性が得られる。一方、空隙率が50%以下である場合は、ハンドリング時に割れが発生しにくくなる。
【0034】
チタン多孔質体の空隙率εは、チタン多孔質体の幅、長さ及び厚みより求められる体積並びに、質量から算出した見かけ密度ρ´と、チタン多孔質体を構成するチタンの真密度ρ(4.51g/cm3)を用いて、式:ε=(1-ρ´/ρ)×100により算出する。
【0035】
(用途)
上記のチタン多孔質体は特に、PEM型の水電解装置の多孔質輸送層に好適に用いることができる。PEM型の水電解装置は、陽極及び陰極と、陽極と陰極との間に配置されて、両面に白金族金属等の電極触媒層が設けられたパーフルオロカーボンスルホン酸膜等の電解質膜と、電解質膜の各電極触媒層と陽極もしくは陰極との間のそれぞれに配置された多孔質輸送層とを備えることがある。
【0036】
上記のPEM型水電解装置で、陽極に水を供給して電圧を印加すると、陽極側の多孔質輸送層を通って移動して電極触媒層に到達した水が分解し、酸素とプロトン(H+)が生成する。プロトンは、電解質膜を通って陽極から陰極へ移動し、陰極側の電極触媒層で電子を得て、陰極側で水素を発生させる。一方、酸素は多孔質輸送層を通って排出側の流路へと移動し、装置外へ排出される。
【0037】
そのようなPEM型の水電解装置では、特に陽極側の多孔質輸送層が配置されるスペースは、強酸性かつ強酸化条件になるが、高い耐食性を有するチタン多孔質体であれば、そのような極めて苛酷な環境下の多孔質輸送層としても良好に使用することが可能である。また上述したように、この発明のチタン多孔質体では、少なくとも一方の表面の最大高さRzが小さいことにより、PEM型の水電解装置内で、その表面側を電解質膜に押し付けて配置したときに、電解質膜の損傷の発生を抑制することができる。
【0038】
なお、チタン多孔質体は、上記のPEM型の水電解装置のほか、PEM型のリアクターを用いた有機電解合成でも使用が検討されている。そのような装置でも、プロトン交換膜にプロトンを通過させて電解を実施する。ここで述べたチタン多孔質体は、PEM型のリアクターを用いた有機電解合成にも良好に用いることができる可能性があり、プロトン交換膜を使用する電解装置の陽極側の多孔質輸送層(PTL)として使用可能であると考えられる。
【0039】
(製造方法)
上述したようなチタン多孔質体を製造するには、たとえば、チタン粉末を含むペーストを乾燥させ、それにより得られる成形体に対して脱バインダー及び焼結をこの順序で行うことができる。
【0040】
ペーストは、チタン粉末、有機バインダー、有機溶媒及び分散剤を混合することにより作製し、溶媒としての水及び、発泡剤を含まないものとする。ただし、吸湿などによって、ペーストの作製過程で不可避的に混入してしまう水は許容する。分散剤を添加することで、ペースト中でチタン粉末が分散しやすくなり、最終的に望ましい表面の最大高さRz及び空隙率を有するチタン多孔質体が得られる。溶媒としての水及び、発泡剤を含まないことにより、乾燥時の有機溶媒と水との乾燥挙動の違いによるチタン粉末の凝集や、発泡による局所的な空隙の発生を抑制することができる。
【0041】
チタン粉末は、粉砕粉末や、アトマイズ粉のような球状粉末、スポンジチタン等のチタン原料を水素化して粉砕した水素化チタン粉末、水素化チタン粉末に脱水素処理を行った水素化脱水素粉末(HDH粉末)その他の任意の粉末とすることができる。ペースト中の有機バインダーの質量Mbに対する有機溶媒の質量Msの質量比(Ms/Mb)は、2.5~4.5の範囲内、また2.5~3.5の範囲内とすることができる。
【0042】
ペーストは、離型剤をその表面に備える樹脂基材等の基材上にある程度薄く塗布した後、乾燥に供される。乾燥では、ペーストをある程度低い温度で長時間にわたって加熱することが肝要である。それにより、ペースト中のチタン粉末が適切な姿勢で互いに多く接触した状態で、成形体になる。乾燥時の加熱温度が高いと、有機溶媒の揮発が直ちに進行してチタン粉末の配列が乱れ、これに起因して、最終的に得られるチタン多孔質体の表面が荒れやすくなる。ペーストを長時間加熱することで、有機溶媒を十分に揮発させることができるが、リードタイムも考慮して適切な時間を設定することができる。一例として、乾燥時の加熱の温度は100℃、時間は3時間とすることがある。
【0043】
ペーストを乾燥させて得られる成形体に対しては、360℃、6時間程度の加熱による脱バインダーを行って有機バインダーを揮発させた後、そこに含まれるチタン粉末の焼結を行う。通常、成形体は基材から剥離した後に上記脱バインダーを行う。焼結では、成形体を、チタン粉末の焼結が起こる程度の低い温度(775℃程度)で、ある程度長い時間(5時間程度)にわたって加熱することが望ましい。低温の加熱によって、成形体中のチタン粉末が適切に配列しながら接触した状態で、その焼結が緩やかに進行する。その結果、焼結後に、ある程度薄いシート状のチタン多孔質体であっても、その表面が平滑であり、かつ、耐圧縮性に優れるものになる。
【実施例
【0044】
次に、この発明のチタン多孔質体を試作し、その効果を確認したので以下に説明する。但し、ここでの説明は単なる例示を目的としたものであり、これに限定されることを意図するものではない。
【0045】
平均粒径が13μmのHDH粉末のチタン粉末を、有機バインダーのポリビニルブチラール、有機溶媒のイソプロピルアルコール及び、分散剤のサンノプコ株式会社製のSNスパース2190とともに混合して、ペーストを作製した。分散剤は、ペースト中の含有量が0.1質量%になる量で添加した。有機溶媒(Ms)と有機バインダー(Mb)の質量比Ms/Mbは2.5~3.5の範囲内とした。ペーストには、水及び発泡剤を添加しなかった。
【0046】
上記のペーストを、表面に離型剤を備えた樹脂基材のPETシート上にシート状に塗布し、これを大気雰囲気の下、表1に示す温度及び時間で加熱して乾燥させ、有機溶媒を除去して成形体を得た。次いで、成形体をPETシートから剥がし、その後大気雰囲気の下、360℃で6時間加熱して脱バインダーを行った。その後、真空雰囲気(1.0×10-3Pa以下)の下、表1に示す温度及び時間で加熱して成形体中のチタン粉末を焼結させ、焼結体としてのシート状のチタン多孔質体を得た。シート状チタン多孔質体の平面視における表面のサイズは700mm×600mmとした。
【0047】
比較例3では、乾燥時の温度がある程度低く、かつ乾燥時間が短かったことにより、乾燥不十分で成形体にならず、これにより、その後の脱バインダー及び焼結を行うことができずに、チタン多孔質体を製造することができなかった。
【0048】
実施例並びに比較例1、2、4及び6では、焼結時に、グラファイト製セッター上に成形体を置いて加熱した。このうち、比較例4では、焼結温度が高すぎたことにより、チタン多孔質体がセッターに固着し、これをセッターから引き剥がそうとしたところ、割れが発生したので、チタン多孔質体を製造することができなかった。これを踏まえて比較例5では、セッターに離型層としてBN(窒化ホウ素)のコーティングを行い、その上に成形体を置いて加熱した。その結果、セッターからの引き剥がしが可能になり、チタン多孔質体を製造することができた。
【0049】
実施例並びに比較例1、2、5及び6のそれぞれで得られたチタン多孔質体について、先述した各方法に従い、厚み、一方の表面(製造時に樹脂基材と接触していた側の表面)の最大高さRz、不可逆変形量及び空隙率をそれぞれ測定した。その結果を表1に示す。なお、これらのチタン多孔質体の酸素含有量は0.9質量%以上かつ1.6質量%以下の範囲内であった。
【0050】
【表1】
【0051】
実施例では、乾燥時及び焼結時の温度を比較的低温とし、その時間をある程度長くしたことから、表面の最大高さRz及び不可逆変形量が小さいチタン多孔質体が得られたと考えられる。比較例1及び2では乾燥温度が高く、これに起因してチタン多孔質体の表面の最大高さRzが大きくなったと考えられた。比較例1では比較例2に対して焼結時間を短くし、表面性状の改善を試みたものの、所望する最大高さRzにならなかった。それらの結果より、乾燥において成形体中のチタン粉の配列が崩れてしまうと、その後の焼結で条件を変更しても、最終的に得られるチタン多孔質体の表面性状を改善することが困難になると考えられた。比較例5では、焼結温度が高すぎたことにより、焼結が進みすぎてしまい、チタン多孔質体の表面の最大高さRzが大きくなったと考えられた。比較例6では、焼結温度が低かったことに起因して、不可逆変形量が大きく、耐圧縮性に劣るチタン多孔質体になった。
【0052】
以上より、この発明によれば、少なくとも一方の表面が比較的平滑であり、耐圧縮性に優れるチタン多孔質体が得られることがわかった。
【要約】
【課題】少なくとも一方の表面が比較的平滑であり、耐圧縮性に優れるチタン多孔質体を提供する。
【解決手段】この発明のチタン多孔質体は、シート状のものであって、少なくとも一方の表面の最大高さRzが5μm以下であり、100MPaでの加圧時の不可逆変形量が0.2%以下であり、厚みが500μm以下である。
【選択図】なし