(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-01
(45)【発行日】2024-08-09
(54)【発明の名称】蓄電池充放電制御方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/02 20060101AFI20240802BHJP
H01M 10/44 20060101ALI20240802BHJP
H01M 10/48 20060101ALI20240802BHJP
G01N 27/416 20060101ALI20240802BHJP
G01N 27/00 20060101ALI20240802BHJP
【FI】
G01N27/02 Z
H01M10/44 P
H01M10/48 P
G01N27/416 300M
G01N27/00 L
(21)【出願番号】P 2020173590
(22)【出願日】2020-09-29
【審査請求日】2023-04-21
【権利譲渡・実施許諾】特許権者において、実施許諾の用意がある。
(73)【特許権者】
【識別番号】520400896
【氏名又は名称】佐野 茂
(72)【発明者】
【氏名】佐野 茂
【審査官】嶋田 行志
(56)【参考文献】
【文献】欧州特許出願公開第1199767(EP,A1)
【文献】特開2019-220416(JP,A)
【文献】特開2019-191029(JP,A)
【文献】特開2014-025850(JP,A)
【文献】特開2009-097878(JP,A)
【文献】国際公開第2013/054813(WO,A1)
【文献】特開2019-190939(JP,A)
【文献】特開2010-243481(JP,A)
【文献】特開平11-032442(JP,A)
【文献】特開2019-200800(JP,A)
【文献】特開2016-192370(JP,A)
【文献】特開2015-094726(JP,A)
【文献】特開2013-084499(JP,A)
【文献】特開2019-198174(JP,A)
【文献】特開2019-201464(JP,A)
【文献】特開2011-133443(JP,A)
【文献】特開2018-032558(JP,A)
【文献】佐野 茂,電池特にEV用電池の最新事情,情報機構 講師コラム[オンライン],2024年04月26日,<URL: https://johokiko.co.jp/column/column_shigeru-sano18-2.php>(インターネット),特に、「追加 第5回(2021/2/1) 2)電池の基礎:半楕円型交流インピーダンス測定結果」、を参照。
【文献】測定法Q&A 電気化学―そこを知りたい、議論したい、ネルンスト式,Electrochemistry,2002年10月05日,第70巻、第10号,第821ー823頁,doi: 10.5796/electrochemistry.70.821
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/00-G01N 27/49
G01R 27/00-G01R 27/32
G01R 31/00-G01R 31/74
H01M 10/00-H01M 10/48
H02J 7/00-H02J 7/36
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
Science Direct
IEEE Xplore
ACS PUBLICATIONS
Scitation
KAKEN
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
交流インピーダンス測定結果のコールコールプロットが、半円を延長した半楕円になる場合に、元の半円の直径と半楕円の長軸との差を電圧に換算し、その電圧差をネルンストの式に従って反応種イオン濃度に換算する電極各部の濃度測定法
【請求項2】
請求項1に記載された電極各部の濃度測定法により測定された電極各部の反応種イオン濃度により充放電を制御する充放電制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蓄電池の電極活物質内の反応種イオン濃度の測定方法に関する。また、その測定方法により充放電制御する方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
充放電を停止した後の平衡状態に戻るまでは、
図2のように電圧が変化して行く。この間は回復過渡電圧(TRV)と呼ばれている。この回復過渡電圧は電池内での不均一状態から均一状態への過渡現象である。電極の厚み、電極活物質の空孔率など電極設計条件を変える実験により、この現象が電極表面と電極深部との間に生じた反応種イオン濃度差が解消されるために起きることが知られている。この現象を指数関数に近似して、その係数から速度論的係数を求め電極深部で起きている反応種イオン濃度の希薄化を予測する電流遮断法が試みられて来た。しかし、精度良く測定するためには電流を切断後、数分から数時間の過渡現象を測定する必要があり、使用機器の制御システムへ送るデータを得るには不便であった。
【先行技術文献】
【0003】
【文献】電気化学インピーダンス法第2版 板垣昌幸著 丸善出版(株)発行 P.4,5,77
【0004】
【文献】電気化学測定マニュアル 基礎編 電気化学会編 丸善(株)発行 P.96
【0005】
【文献】最新リチウムイオン二次電池 共著 (株)情報機構発行 P.40
【0006】
【文献】(株)情報機構 ホームページ 講師コラム 佐野 茂
【0007】
交流インピーダンス測定法は、蓄電池の内部抵抗・電極反応抵抗を測定する目的で広く普及している。電池の正負両極端子と測定装置とを電気的に接続するだけの簡単な測定方法で、極端な低周波数側を測定しなければ秒単位で測定ができ、典型的な結果は
図3のように半円になる。等価回路は非特許文献1によると
図4のように描くことが出来る。この半円はコールコールプロット(ナイキストストプロット)と呼ばれ、自動的に描くことができる装置が東陽テクニカ社などから市販されている。しかしながら、交流では充放電に伴う反応種イオン移動が電極反応より遅れる場合に生じる反応種イオン濃度の変化が反映されないので、電池の充放電制御で重要な大電流放電時の極端な容量低下あるいは大電流充電時の過充電によるデンドライト発生などの検出は出来なかった。
【0008】
非特許文献2に記載されているように、交流インピーダンス測定は、充放電停止後数分から数時間放置し、平衡電位が安定してから測定を開始することになっている。平衡電位が安定しない内に測定すると、測定結果が安定せず、再現性も悪く、結果の解析が困難になると言われている。
【0009】
電力配線の交流測定で、コールコールプロットが半円にならず
図1のように半楕円になった場合には、各家庭の配線抵抗などの違いを考慮した伝送線路理論が適用され、等価回路は
図5のようになる。蓄電池の交流インピーダンス測定で半楕円になった場合にも、蓄電池の電極活物質の各部を電力配線の各家庭に見立てて、
図6のように伝送線路理論を適用することが行われている。電極活物質内各部は対極との距離に差があるので、電子抵抗、イオン移動抵抗には差が生じ、伝送線路理論と同じような等価回路が成立するはずである。
図7の解説図のように、半円が複数個実数軸方向に平行移動し、それが同時に測定され半楕円になっているが、各部に生じた電子抵抗とイオン移動抵抗差と実数軸の移動量とを比較すると大きく異なっている。従って、電子抵抗とイオン移動抵抗だけで伝送線路理論を当て嵌めて実電池の半楕円を解釈することは出来ない。
【0010】
電極細孔の形状の多様性で蓄電池測定結果の半楕円を解説することもあるが、蓄電池の電極はランダムな細孔を有する多孔体構造であり、大半の交流インピーダンス測定結果が半円になることから、半楕円の理由を細孔の形状の多様性とすることには論理矛盾がある。従って、従来の交流インピーダンス測定法は充放電制御システムへ送るデータを得る方法としては理論上の根拠が不十分であった。
【0011】
図1のような半楕円になる場合に、CPE(constant phase element)を含む等価回路でカーブフィッティングが行われ、イオン移動抵抗や電極反応抵抗が求められ、電池の特性比較に使われ便利ではあるが、数学的に処理されているだけと思われ、物理的あるいは化学的な現象に対しての裏付けが得られている訳ではないので、充放電制御システムへ送るデータとしては不適切である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
リチウムイオン2次電池を放電すると、負極活物質中のリチウムイオンが電解液中に溶出し、セパレータを通過して正極まで電気泳動し、正極活物質の遷移金属の価数を還元して正極活物質中のリチウムイオン挿入位置に貯蔵される。放電電流が電気泳動で供給されるリチウムイオン量よりも大きい場合には、正極細孔内のリチウムイオンが不足し濃度が薄くなる。電極反応表面での反応種であるリチウムイオンの濃度が低くなると、実験則として昔から知られている、化1で表記され
図8に図示されるネルンストの式に基づき正極電位が低くなる。この正極細孔内の濃度低下が進むと、急激に電池電圧が低下し、基準としている放電電圧を下回り電池動作機器が突然作動停止になる。
【化1】
【0013】
リチウムイオン2次電池を充電すると、正極活物質に貯蔵されているリチウムイオンが、電気泳動により負極に移動し、負極活物質がグラファイトの場合にはグラフェン層間に、ハードカーボンなどのカーボン多孔体の場合にはその微孔に挿入される。電気泳動が追いつけなくなるような大電流充電の場合には、負極細孔内のリチウムイオン濃度が低下する。電極反応面での濃度が下がると、化1で表記され
図8に図示されるネルンストの式により挿入反応電位が下がる。最初に投入された濃度(一般的には1モル/l)の百分の一になると、電極反応電位は約120mV低下する。リチウム金属の析出反応電位とリチウムイオンの挿入反応電位とは約80mVの差であるので、析出反応が負極カーボンへの挿入反応よりも高くなり、析出反応が容易に進行し、
図9の模式図で示すように、デンドライトと呼ばれる金属析出が成長し、いずれは正極に到達し電池は破裂発火する。
【0014】
このように電解液中の反応種イオンの濃度に電極表面と電極奥部とで生じた差により不具合が起こるので、電池設計時には、電極の厚み、電極の空孔率、電極細孔径などを変化させる実験により、反応種イオン濃度が電極全体で一定なるように設計する。その設計条件で、充放電電流の限界値も定め、使用初期の電池では反応種イオン濃度が不均一になるようなことは決してない。しかしながら、
図10に模式図で示すように、電極細孔内でSEI(固体電解質界面)が生成し、さらにはその剥離溶解によりできた滓が細孔内に浮遊堆積して、実質的細孔径を狭めてしまい、反応種イオンの移動を妨げ、設計では起きないはずの反応種イオン濃度に電極表面と電極奥部とで差が生じることになる。その結果急激な容量低下及び重大な不具合である破裂発火が起きる。
【課題を解決するための手段】
【0015】
反応種イオンの電極表面と電極深部との濃度差を外部から検知することが出来れば、充放電制御システムで最適放電電流、最適充電電流を決定することが出来、急激な容量低下あるいはデンドライトショートによる破裂発火を防ぐことが出来る。本発明はその手段を提供する。
【0016】
充放電後に平衡電位が十分に安定してから交流インピーダンス測定をすると、リチウムイオン2次電池では2個の半円になる。測定対象とする電極に対し反対の電極の大きさを変える実験により、高周波側の半円は負極を反映し、低周波側の半円は正極を反映することが解明されている。通常の設計であれば負極を反映する半円の方が正極を反映する半円より小さくなる。二つの円が重なる場合には半円がほとんど一つに見えることもある。逆に負極を極端に大きくすると正極を反映した一個の半円だけになる。充放電直後は電池内の不均一な状態が均一になる過渡現象であり、この間に測定すると、
図3に示す半円ではなく、
図1に示す半楕円になる。負極を反映した半円と正極を反映した半円とが重なる位置とは異なる広い範囲に延びた半楕円になる。半楕円の虚数軸方向の高さは元の半円の大きさにより、実軸方向に延びた結果が負極を反映した半円であるか、正極を反映した半円であるかの区別をすることが出来る。正極の半円が大きく影響も大きいので、正極の半円が伸びることが多い。別途平衡電圧時に測定すれば、両者の差から実軸報告の伸びを計算することが出来る。
【0017】
実軸方向の伸びを電圧に換算した値が電極各部の平衡電位の変化である。蓄電池に伝送線路理論を適用した
図6で示す等価回路に、各部での反応の平衡電位の変化を加えると、等価回路は
図11のようになる。
図11の平衡電圧変化の補正は電圧ではなく、等価回路上で矛盾しない補正抵抗値として記載されている。本発明の主旨は、この等価回路であり、この等価回路に基づく数値処理で得られたデータを、充放電制御システムに提供し、充放電制御する方法であり、そのシステム及び装置である。
【0018】
リチウムイオン2次電池においては、
図11の等価回路で各部により変化するとして記載されている要素の内、測定時間内では電荷移動反応抵抗及びワールブルグインピーダンスの変化は非常に小さく、各細孔内のイオン移動抵抗、各細孔内の電子抵抗は半円から半楕円に変化した量に比較しはるかに小さく、各部での差は無視することが出来る。従って、電解液中のイオン移動抵抗、活物質・集電体・端子等の電子抵抗に含めることが出来、簡略化して等価回路は
図12のように書け、
図4と比較すると、半円と半楕円の違いは各部の平衡電位の違いだけとなる。先行実験あるいはカーブフィッティングで求めた半円と半楕円との差より平衡電位の差を求め、化式1で表記され
図8に図示されるネルンストの式により濃度を求めることで、電極奥部の希薄化のデータを得ることが出来る。希薄化のデータを充放電制御装置に提供することで、希薄化による急激な放電容量低下あるいはデンドライト発生を防ぐように充放電電流を制御することが出来る。なお、正極と負極とで滓の生成は同等に起こるので、どちらかの極で希薄化が進めば、相手極でも同様に希薄化が進んでいるとみなすことが出来る。
【0019】
電極内、特に正極の各活物質間で反応種イオンの充放電状態の不均一が生じると、各部での平衡電位に差が生じるので平衡電位の補正が必要になり、別途各部の充電状態を測定し補正をすると精度を上げることが出来る。一般的には電解液中の反応種イオン濃度差よりは小さいので無視して構わない。正極電位が充放電中にほとんど変化しない鉄オリビン系の正極では、この誤差は非常に小さくなり、より精度良く測定できる。
【0020】
本発明では、交流インピーダンス測定の高周波側測定だけで十分に半円、半楕円を描くことが出来るので、測定時間は1秒以下で十分である。短時間測定であるから充放電遮断後に限らず、直流通電中に重畳しても構わない。瞬間的なパルス通電から得られた結果をフーリエ変換などの数学的処理をして交流測定と同様な結果を得られる高速解析技術も開発されており、高速パルス充放電中でも測定が可能である。充放電装置のスイッチングレギュレータによるパルス波形をフーリエ変換などの数学的処理で利用すれば、装置はより簡素化出来できるはずである。
【発明の効果】
【0021】
本発明に因れば、充放電あるいは経年劣化によりSEIの剥離・溶解生成物である滓が、電極活物質内の細孔に沈殿するような当初設計とは異なる状況で電解液の希薄化が起きた場合にも、そのデータを充放電制御システムに提供することにより、充放電電流を制御して、急激な放電容量低下あるいはデンドライト発生を防ぐことが出来る。
【0022】
リチウムイオン2次電池では劣化が進むと、突然容量が無くなる突然死と呼ばれる現象があり、実用上は非常に難解な問題があるが、この突然死の大半は電極深部での希薄化が原因で起きているので、本発明により希薄化を測定できるので、事前に察知することが出来重大な実用上の不具合を防ぐことが出来る。さらには、リチウムイオン2次電池の再利用の場合にも、突然死あるいは劣化後の破裂発火が予測できるようになり、中古電池でも期待寿命を提示することが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】回復過渡電圧における交流インピーダンス測定法の結果
【
図10】滓の浮遊堆積によるデンドライト発生の解説図
【
図11】各細孔内イオン濃度変化の平衡電位補正の等価回路
【実施例】
【0024】
市販の携帯電話用の1000mAh3.7V、角型リチウムイオン二次電池の正負両極端子に、スポット溶接でリード線を溶着し、交流インピーダンス測定装置(株式会社東陽テクニカ製Solartron 1280)に接続する。充放電前に開路電圧を測定し、その電位を設定し、交流インピーダンス測定をすると、2個の半円が得られ、高周波数側の小さな半円は負極に起因し、低周波数側の大きな半円は正極に起因する。この接続状態で、両極端子に放電電流2Aを10分間通電し、通電終了1秒後に0.1mA電流振幅で周波数域1MHzから10Hzで交流インピーダンス測定を実施する。開路電圧時に測定した
負極の半円と同等の高さで、
図13のような半楕円が描かれる。
図13の半楕円の左端四分の1円から半円
が推定出来、実数軸(横軸)から読み取ることが出来、その抵抗値は400Ω
である。同様に半楕円の抵抗値は実
数軸(横軸)から読み取ることが出来、4倍の1600Ωで、その差は1200Ωである。
実数軸の数値計算であるからオームの法則が適用出来、印加した交流振幅0.1mAを掛けると、120mVになる。化1で表記され
図8に図示されるネルンストの式に代入すると、初期投入反応種イオン濃度1モル/リットルの1/100つまり0.01モル/リットルと計測できた。その結果を衆知の方法で充放電制御システムに提供し、充放電システムにより充電電流を適切に制御することにより、不具合発生を防ぐことが出来た。
【産業上の利用可能性】
【0025】
本発明は、急激な電池容量の低下あるいは重大な不具合であるデンドライト発生を事前に検知出来るので電気自動車用電池制御システムに組み込めば、電気自動車の走行信頼性が高まるので、電気自動車分野で利用される可能性が高い。また、中古リチウムイオン2次電池市場での電池の使用期間に対する信頼性が高まるので、中古電池市場でも利用される可能性が高い。
【0026】
本発明は、リチウムイオン2次電池に限定されず、電極細孔内で反応種イオン濃度が変化する全ての電池に適用出来、利用することが出来る。特に、高率放電で硫酸濃度が細孔内で希薄化することが判明している鉛蓄電池での利便性が高い。