(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-01
(45)【発行日】2024-08-09
(54)【発明の名称】ナノ化キチンの高濃度分散物
(51)【国際特許分類】
C08J 3/02 20060101AFI20240802BHJP
C08B 37/08 20060101ALI20240802BHJP
B82Y 30/00 20110101ALI20240802BHJP
A23L 29/275 20160101ALN20240802BHJP
A61K 47/36 20060101ALN20240802BHJP
A61K 8/73 20060101ALN20240802BHJP
【FI】
C08J3/02 Z CEP
C08B37/08 A
B82Y30/00
A23L29/275
A61K47/36
A61K8/73
(21)【出願番号】P 2019131912
(22)【出願日】2019-07-17
【審査請求日】2022-04-08
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】391003130
【氏名又は名称】甲陽ケミカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100158724
【氏名又は名称】竹井 増美
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 公彦
(72)【発明者】
【氏名】野口 貴子
(72)【発明者】
【氏名】清瀬 正敏
【審査官】武貞 亜弓
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-094218(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0011684(US,A1)
【文献】特開2010-180309(JP,A)
【文献】特開2016-027140(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第105525386(CN,A)
【文献】特開2010-241713(JP,A)
【文献】特開2015-193956(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0194379(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08J 3/02
D01F 9/00
C08B37/08
JSTplus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊維幅が20nm以下であるナノ化キチンを15重量%~25重量%の濃度で含有する、ナノ化キチン(ただし
繊維長が500nm以下であるキチンナノウィスカーを除く)のウェットケーキ状の分散物。
【請求項2】
ナノ化キチンの繊維幅が10nm以下である、請求項1に記載の分散物。
【請求項3】
ナノ化キチンの脱アセチル化度が8%以下である、請求項1または2に記載の分散物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナノ化キチンの高濃度分散物に関し、詳しくは、均一な繊維幅を有するナノ化キチンを高濃度で含有する分散物に関する。
【背景技術】
【0002】
エビやカニ等の甲殻類の殻に豊富に含まれるキチンを解繊処理して得たキチンナノファイバーは、透明性や高い水膨潤性を示し、種々の分野における利用が検討されている。
キチンナノファイバーの製造方法としては、たとえば、結晶化度が90%以下の精製β-キチンをpHが5以下の酸性液体に浸漬し、次いで浸漬されたβ-キチンを解繊処理する方法(特許文献1)、精製α-キチンを部分脱アセチル化し、pHが5以下の酸性液体に浸漬した後、解繊処理する方法(特許文献2)等が提案されている。
特許文献1および2に記載されたキチンナノファイバーの製造方法においては、キチンナノフィブリルの表面に分布すると考えられるグルコサミン残基にプラス荷電を付与し、キチンナノフィブリルのミクロフィブリル間に荷電反発を生じさせて、ミクロフィブリルの解繊を容易にすることが提案されている。
【0003】
特許文献1、2に記載されたキチンナノファイバーの製造方法においては、精製β-キチンまたは精製α-キチンの部分脱アセチル化物の解繊処理は、プロペラミキサー、カッターミキサー、超音波ホモジナイザー、高圧ホモジナイザー、二軸混練機等の解繊、粉砕機器を用いて行われている。
また、キチンミクロフィブリルの解繊方法として、ウォータージェットの技術を応用して解繊する方法も提案されている(特許文献3)。
【0004】
特許文献1~3に記載されるように、キチンナノファイバーは、一般的に、精製したキチンを機械的または物理的に解繊処理することにより得られており、かかる方法では、均一な繊維幅を有するキチンナノファイバーを簡便に得ることは困難であり、キチンナノファイバーの繊維幅を均一にするために解繊処理を繰り返す必要があった。
また、特許文献1~3等に開示される製造方法では、キチンの水分散液を解繊処理に供するため、キチンナノファイバーは水に分散した状態で得られ、キチンナノファイバーを高濃度の分散物として得ることは困難であり、N-アセチルグルコサミンやオリゴ糖の原料として、また、医用材料、機能性食品、化粧品、飼料等に利用する上で、経済性に優れるとはいえなかった。
【0005】
そこで、均一な繊維幅を有するナノ化キチンを高濃度で含む分散物であって、種々の分野における利用性に優れるナノ化キチンの分散物が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2009-102782号公報
【文献】特開2010-180309号公報
【文献】特開2011-056456号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記に鑑み、本発明は、均一な繊維幅を有するナノ化キチンを高濃度で含有する分散物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、高濃度のアルカリまたは酸により低温で処理し、希釈および中和することにより得られるキチンの析出物が、ナノ化されたキチンであることを見出し、さらに検討を行って、繊維幅が20nm以下であるナノ化キチンを、10重量%~30重量%の濃度で含有する分散物を得て、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は以下に関する。
[1]繊維幅が20nm以下であるナノ化キチンを10重量%~30重量%の濃度で含有する、ナノ化キチンの分散物。
[2]ナノ化キチンの濃度が15重量%~25重量%である、[1]に記載の分散物。
[3]ナノ化キチンの繊維幅が10nm以下である、[1]または[2]に記載の分散物。
[4]ナノ化キチンの脱アセチル化度が8%以下である、[1]~[3]のいずれかに記載の分散物。
[5]ウェットケーキ状の分散物である、[1]~[4]のいずれかに記載の分散物。
[6]ナノ化キチンの脱アセチル化物の分散物。
[7]脱アセチル化度が10%~50%である、[6]に記載の分散物。
[8][6]または[7]に記載の分散物を含有する、ゲル。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、均一な繊維幅を有するナノ化キチンを高濃度で含有する分散物を提供することができる。
本発明の分散物に含有されるナノ化キチンは、ナノ化キチンの形態を保ったまま脱アセチル化することができる。ナノ化キチンの脱アセチル化物の分散物は、液性を酸性とすることにより、または酸性水溶液に分散させることにより、低濃度でゲルを形成することができる。
上記分散物は、N-アセチルグルコサミンやオリゴ糖の原料、医用材料、プラスチック材料等として、また、機能性食品、化粧品、飼料等の成分として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、実施例1のナノ化キチンの分散物について、透過型電子顕微鏡により観察した画像を示す図である。図中のバーは、100nmを示す。
【
図2】
図2は、実施例2のナノ化キチンの脱アセチル化物の分散物を酸性とした際に形成されるゲルの外観を示す図である。
【
図3】
図3は、実施例3のナノ化キチンの脱アセチル化物の分散物を酸性とした際に形成されるゲルの外観を示す図である。
【
図4】
図4は、実施例4のナノ化キチンの脱アセチル化物の分散物を酸性とした際に形成されるゲルの外観を示す図である。
【
図5】
図5は、実施例4のナノ化キチンの脱アセチル化物の分散物を酸性とした際に形成されるゲルについて、透過型電子顕微鏡により観察した画像を示す図である。図中のバーは、100nmを示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、均一な繊維幅を有するナノ化キチンを高濃度で含有する分散物(以下、本明細書にて「本発明の分散物」とも称する)を提供する。
本発明の分散物は、繊維幅が20nm以下であるナノ化キチンを、10重量%~30重量%の濃度で含有する。
【0013】
ここで、「ナノ化キチン」とは、繊維幅がナノメートルオーダー、すなわち1μm未満であるキチンをいう。
本発明の分散物に含有されるナノ化キチンの繊維幅は20nm以下であり、好ましくは10nm以下である。また、本発明の分散物に含有されるナノ化キチンの平均繊維幅は通常3nm~10nmであり、好ましくは3nm~5nmである。
本発明の分散物に含有されるナノ化キチンの繊維幅は、本発明の分散物を水等で適宜希釈し、透過型電子顕微鏡にて観察した際の画像から計測される。
一方、本発明の分散物に含有されるナノ化キチンを透過型電子顕微鏡下にて観察したとき、長さ方向においてスパイラル状にねじれていることが認められ、繊維長を明確に計測することができない。しかし、後述するように、本発明の分散物を調製した際、分散物中に含有されるナノ化キチンの分子量は、出発原料としたキチンに比べて低下するものの、その程度は通常の物理的解繊方法により調製する場合と同程度であり、物理的解繊方法により調製されたキチンナノファイバーの繊維長とほぼ変わらないと推測される。
【0014】
本発明の分散物に含有されるナノ化キチンは、カニ、エビ等の甲殻類に存在するα-キチン、イカの中骨やハオリムシに存在するβ-キチンのいずれのキチンから得られるものでもよい。
【0015】
本発明の分散物は、通常10重量%~30重量%の濃度で、好ましくは15重量%~25重量%の濃度で、上記したナノ化キチンを含有する。
ここで、本発明の分散物に含有されるナノ化キチンの濃度は、本発明の分散物中におけるキチン含有量を、常圧加熱乾燥法により固形分量として定量し、得られた定量値と、乾燥前の本発明の分散物の重量とから算出される。
【0016】
本発明の分散物に含有されるナノ化キチンの脱アセチル化度は、好ましくは8%以下であり、より好ましくは5%以下である。また、原料として用いるキチンにおける脱アセチル化度を考慮すると、本発明の分散物に含有されるナノ化キチンの脱アセチル化度は、通常1%~5%程度である。
ナノ化キチンの脱アセチル化度は、トルイジンブルーを指示薬とした1/400Nポリビニル硫酸カリウム水溶液によるコロイド滴定により測定することができる。
【0017】
本発明の分散物においては、上記したように、微細かつ均一な繊維幅を有するナノ化キチンが、水等の溶媒に10重量%~30重量%の高濃度で分散されており、ウェットケーキ状の外観を呈する。
【0018】
本発明の分散物は、たとえば、キチンを42メッシュの篩を通過する程度に粉砕し、前記キチン粉末を高濃度のアルカリ水溶液に浸漬し、室温以下の温度で静置した後、氷を加えて希釈し、高濃度の酸で中和してキチンを析出させ、前記キチンの分散物を水で洗浄して脱塩し、必要に応じて脱水することにより、調製することができる。
また、本発明の分散物は、粉砕したキチン粉末を、高濃度の酸の水溶液に浸漬処理し、高濃度のアルカリで中和することによっても調製することができるが、目的とするナノ化キチンの低分子化を考慮すると、アルカリ水溶液に浸漬処理し、酸で中和することが好ましい。
【0019】
キチンの粉砕は、通常の粉砕機にて行うことができ、たとえば、カッターミル粉砕機、ハンマーミル粉砕機、転動ボールミル粉砕機、乾式気流粉砕機、対向気流乾式粉砕機等の一般的な乾式粉砕機を用いて行うことができる。
【0020】
高濃度のアルカリ水溶液としては、40重量%~48重量%程度の水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液等を用いることができる。高濃度のアルカリ水溶液は、キチン粉末が十分に浸漬される程度の量を用いる。
キチン粉末の高濃度のアルカリ水溶液での浸漬処理は、好ましくは室温(25℃)以下、より好ましくは20℃以下、さらに好ましくは15℃以下の温度で、10時間~24時間行うことが好ましく、15時間~20時間行うことがより好ましい。
【0021】
上記浸漬処理の後、氷を加えるとキチンは粘調な状態で溶け出すので、キチン浸漬液が透明になるまで攪拌する。前記の氷の添加による希釈処理は、25℃以下、好ましくは0℃以下、より好ましくは-10℃以下にて、キチン粉末の浸漬物が均一な溶液となるまで(アルカリ濃度が10(w/v)%程度となるまで)行う。
上記希釈処理により得たキチン溶液の中和は、30重量%~40重量%程度の酸、たとえば濃塩酸等を添加して、25℃以下、好ましくは0℃以下にて、前記溶液のpHが7~8.5程度となるように行う。
上記のアルカリ水溶液での浸漬処理を好ましくは25℃以下、より好ましくは20℃以下の低温で、希釈および中和を、25℃以下、好ましくは0℃以下の低温で行うことにより、キチンの脱アセチル化を抑制することができる。
【0022】
水による洗浄は、1回あたり、析出したキチンの分散物に対し250重量倍~500重量倍の水により行い、かかる洗浄操作を通常10回~20回繰り返す。かかる洗浄操作により、析出したキチンの分散物の脱塩を十分に行うことができる。本発明において、水による洗浄は、析出したキチンの分散物の塩分濃度が、通常0.01重量%以下となるまで行う。
なお、脱塩の程度は、デジタル塩分濃度計を用いて塩分濃度を測定することにより、確認することができる。
【0023】
析出したキチンの分散物の脱水は、通常の脱水方法により適宜行うことができるが、たとえば、遠心濾過、加圧濾過等により、好適に行うことができる。
【0024】
本発明の分散物に含有されるナノ化キチンは、キチナーゼ等の酵素による分解性が良好であり、脱アセチル化等の化学修飾も容易である、という特性を有する。
また、本発明の分散物は、繊維幅が微小かつ均一であるナノ化キチンを、従来にはない高濃度で含有するため、N-アセチルグルコサミンやオリゴ糖の原料、医用材料、プラスチック材料のフィラー等として、また、機能性食品、化粧品、飼料等の成分として、効率よく利用することができる。
【0025】
さらに本発明は、本発明の分散物に含有されるナノ化キチンの化学修飾の一態様として、該ナノ化キチンの脱アセチル化物の分散物(以下、本明細書にて「本発明のナノ化キチンの脱アセチル化物の分散物」とも称する)を提供する。
本発明において、ナノ化キチンの脱アセチル化物の脱アセチル化度は、10%~50%であることが好ましく、15%~40%であることがより好ましい。
【0026】
本発明のナノ化キチンの脱アセチル化物の分散物は、酸を少量加えて、該分散物の液性を酸性とするか、または酸性水溶液に分散させると、ナノ化キチンの脱アセチル化物の分散性が向上し、ナノ化キチンの脱アセチル化物の濃度が1重量%~2重量%の低濃度にて均一なゲルを形成し得る。ナノ化キチンの脱アセチル化度が18%を超えると、形成されるゲルの透明性が高まり、ナノ化キチンの脱アセチル化度が40%程度になると、ほぼ透明なチキソトロピー性を呈する粘稠なゲルが得られる。
本発明のナノ化キチンの脱アセチル化物の分散物の分散性を向上させ、またはゲルを形成させるために添加される酸としては、該分散物の液性を酸性とすることができれば特に限定されないが、ナノ化キチンの脱アセチル化物の低分子化を抑制する観点からは弱酸であることが好ましく、有機酸であることがより好ましい。また、食品成分として利用するためには、可食性の酸であることが好ましい。可食性の有機酸としては、乳酸、クエン酸等が挙げられる。
また、本発明のナノ化キチンの脱アセチル化物の分散物に添加される酸の量は少量でよく、該分散物における酸の濃度が0.5重量%~1重量%程度となる量でよい。
本発明のナノ化キチンの脱アセチル化物を酸性水溶液に分散させる場合も、酸性水溶液としては上記した酸の水溶液を用いることができ、その濃度は、0.5重量%~1重量%程度の低濃度でよい。
【0027】
本発明のナノ化キチンの脱アセチル化物の分散物は、上記した本発明のナノ化キチンの分散物を、アルカリ水溶液中で加温または加熱し、水洗することにより、得ることができる。
アルカリ水溶液としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等の水溶液が好ましく用いられる。アルカリ水溶液の濃度は、キチンの結晶構造が膨潤しない範囲で目的とする脱アセチル化度に応じて適宜設定され、通常10(w/v)%~55(w/v)%、好ましくは10(w/v)%~40(w/v)%、より好ましくは30(w/v)%~36(w/v)%の濃度のアルカリ水溶液が用いられる。
アルカリ水溶液中での加温または加熱温度は、目的とする脱アセチル化度に応じて適宜設定され、通常45℃~80℃であり、好ましくは45℃~60℃である。
アルカリ水溶液中での加温または加熱時間も、目的とする脱アセチル化度に応じて適宜設定され、通常5時間~72時間であり、好ましくは5時間~17時間であり、より好ましくは5時間~6時間である。
アルカリ水溶液の濃度、加温または加熱温度、および加温または加熱時間を調整することにより、ナノ化キチンの脱アセチル化度を調整することができる。たとえば、30(w/v)%~36(w/v)%の水酸化ナトリウム水溶液中、60℃で5時間脱アセチル化反応を行った場合、脱アセチル化度は15%~16%であり、80℃で5時間脱アセチル化反応を行った場合、脱アセチル化度は18%~19%であり、45℃で72時間脱アセチル化反応を行った場合、脱アセチル化度は25%~26%である。
【0028】
アルカリ水溶液中で加温または加熱した後、酸による中和処理を行ってもよいが、上述したように、本発明のナノ化キチンの脱アセチル化物が、低濃度の酸によりゲルを形成することから、ナノ化キチンの脱アセチル化物の分散物からアルカリを除去するには、該分散物に対し、250重量倍~500重量倍程度の水により、10回~20回程度繰り返し洗浄することが好ましい。
また、本発明のナノ化キチンの脱アセチル化物の分散物の液性が弱酸性になると、膨潤、ゲル化して、ろ過による回収が不可能となることがあるので、水による洗浄は、ろ過した際のろ液のpHが8.5~9を示す程度で終了することが好ましい。
【0029】
上述したように、本発明のナノ化キチンの脱アセチル化物の分散物は、該分散物の液性を酸性とするか、または酸性水溶液に分散させると、ナノ化キチンの脱アセチル化物の分散性が向上し、低濃度で均一なゲルを形成することができ、脱アセチル化度を調整することによって、透明性の高いゲルや、チキソトロピー性を示すゲルを得ることができる。
本発明のナノ化キチンの脱アセチル化物の分散物は、さらに化学修飾に供することができる。
【実施例】
【0030】
以下、本発明について、実施例により詳細に説明する。
【0031】
[実施例1]ナノ化キチンを高濃度で含有する分散物(ウェットケーキ状ナノ化キチン)
下記の通り、ナノ化キチンを高濃度で含有する分散物を調製した。
カニ殻由来のα-キチン粉末(42メッシュ篩過品、脱アセチル化度=1.0%~2.0%(「キチンL-PC」、甲陽ケミカル株式会社製)に、10重量倍の48重量%の水酸化ナトリウム水溶液を加え、キチン粉末に十分に水酸化ナトリウム水溶液を浸透させた後、20℃で一昼夜静置した。
次いで、水酸化ナトリウムの濃度が10(w/v)%程度になるまで、砕いた氷を添加し、-10℃以下にて均一な液状になるまで攪拌した。
次に、氷を加えながら濃塩酸を添加して、溶液のpHが8.0~8.5程度になるまで中和し、キチンを析出させた。
析出したキチンの分散物を、該分散物に対し大量の水で洗浄を繰り返し行い、デジタル塩分濃度計(「ES-421」、株式会社アタゴ製)で測定される塩分が0.01重量%以下になるまで脱塩を行った。
脱塩したキチンの分散物を、加圧ろ過(フィルタープレス)(薮田機械株式会社製)により脱水し、ウェットケーキ状の分散物を得た。
【0032】
上記で得られたウェットケーキ状の分散物について、透過型電子顕微鏡(TEM)による観察を行った。
すなわち、上記で得られた分散物を、精製水にてキチン濃度が2.5重量%程度となるように希釈し、TEM観察用試料を作製して、「JEM-2100」(日本電子株式会社製)にて50,000倍の倍率で観察した。TEMによる観察画像を
図1に示した。
【0033】
図1に示されるように、得られた分散物は、キチンがエレメンタリーミクロフィブリル単位にまで解繊されたナノ化キチンの分散物であることが確認された。
図1に示すナノ化キチンの観察画像から、ナノ化キチンの繊維幅を計測したところ、10nm以下であり、繊維長は正確には計測できなかった。また、繊維幅の計測値から、算出された平均繊維幅は3nm~5nmであった。
一方、観察されるナノ化キチンは、長さ方向においてスパイラル状にねじれており、上記した通り、繊維長を正確に計測することはできなかった。
【0034】
[試験例1]実施例1のナノ化キチンの分散物におけるナノ化キチン含有濃度およびナノ化キチンの脱アセチル化度の測定
実施例1のナノ化キチンの分散物について、下記の通りナノ化キチン含有濃度およびナノ化キチンの脱アセチル化度の測定を行った。
【0035】
(1)ナノ化キチン含有濃度の測定
実施例1のナノ化キチンの分散物について、常圧加熱乾燥法により固形分量を求め、乾燥前の分散物の重量とから、ナノ化キチンの含有濃度を算出した。
【0036】
(2)脱アセチル化度の測定
N,N-ジメチルアセトアミド1380gを、あらかじめスターラーを入れておいた2Lのガラス製ビーカーに量り取り、スターラーにて撹拌し、そこに塩化リチウム120gを加えて溶解させて、キチン溶解液を調製した。
実施例1のナノ化キチンの分散物を常圧にて加熱乾燥し、得られた固形分2.5gを量り取り、上記キチン溶解液を加えて全量を500gとした。一晩撹拌して溶解させ、得られたナノ化キチン溶液1.0gを量り取り、脱イオン水を加えて50mLとし、0.1(w/v)%トルイジンブルーを3滴加えて混合し、1/400Nポリビニル硫酸カリウム水溶液(PVSK)にて滴定した(液色が青色から赤紫色に変化し、赤紫色を3秒以上保持した時を終点とした)。
ナノ化キチン中のグルコサミン単位およびアセチルグルコサミン単位のモル質量をそれぞれ161および203とし、滴定値から脱アセチル化度を算出した。
【0037】
上記(1)、(2)の測定結果を、表1に示した。
【0038】
【0039】
表1に示されるように、実施例1のナノ化キチンの分散物は、ナノ化キチンを20重量%という高濃度で含有するものであった。
また、表1に示されるように、実施例1のナノ化キチンの分散物中のナノ化キチンの脱アセチル化度は5%であり、出発原料として用いたキチン粉末に比べて、脱アセチル化があまり進行していないことが認められた。
【0040】
[実施例2]ナノ化キチンの脱アセチル化物の分散物
実施例1のナノ化キチンの分散物を希釈し、その9.0g(ナノ化キチン含有量=7重量%)を水に分散させて全量30mLとし、30mLの48重量%水酸化ナトリウムを加えて攪拌し、60℃に加温して、5時間脱アセチル化反応を行わせた。反応時の水酸化ナトリウム濃度は、約36(w/v)%であった。
反応後、ナノ化キチンの脱アセチル化物の分散物に対し大量の水で、洗浄液(ろ液)のpHが8.5~9.0となるまで、繰り返し洗浄した。
得られた分散物中のナノ化キチンの脱アセチル化物について、上記試験例1における脱アセチル化度の測定と同様の方法で脱アセチル化度を測定したところ、15.7%~16.2%であった。
得られた脱アセチル化物の分散物に酢酸を数滴添加して酸性とすると、低濃度(1.0重量%~2.0重量%)のナノ化キチン濃度においてゲル化することが認められた。得られた脱アセチル化物のゲルの外観を
図2に示した。
図2に示されるように、実施例2のナノ化キチンの脱アセチル化物の分散物を酸性とした場合、該分散物は、均一で粘稠なゲル状を示した。
【0041】
[実施例3]ナノ化キチンの脱アセチル化物の分散物
脱アセチル化反応を80℃で5時間行わせた他は、実施例2と同様にして、ナノ化キチンの脱アセチル化物の分散物を調製した。
得られた分散物中のナノ化キチンの脱アセチル化物について、上記試験例1における脱アセチル化度の測定と同様の方法で脱アセチル化度を測定したところ、18.8%であった。上記の脱アセチル化条件にて、さほど脱アセチル化が進まないのは、ナノ化キチンの結晶構造内部は膨潤することなく、繊維表面あるいは非晶化している部分のアセタミドが脱アセチル化されるためであると考えられる。
実施例3のナノ化キチンの脱アセチル化物の分散物に酢酸を数滴添加して酸性とすると、1.6重量%のナノ化キチン濃度で透明性の高いゲルを形成した(
図3)。
【0042】
[実施例4]ナノ化キチンの脱アセチル化物の分散物
脱アセチル化反応を、52.7(w/v)%の水酸化ナトリウム水溶液中にて60℃で5時間行わせた他は、実施例2と同様にして、ナノ化キチンの脱アセチル化物の分散物を調製した。
得られた分散物中のナノ化キチンの脱アセチル化物について、上記試験例1における脱アセチル化度の測定と同様の方法で脱アセチル化度を測定したところ、40%であった。
実施例4のナノ化キチンの脱アセチル化物の分散物に酢酸を数滴添加して酸性とすると、1.2重量%のナノ化キチン濃度でほぼ透明なゲルを形成した(
図4)。
実施例4のナノ化キチンの脱アセチル化物により形成されるゲルは、
図4に示されるように、チキソトロピー性を示し、ゲルが充填されたボトルを倒置させても、ゲルが落下しない程度の強い粘稠性を示した。
また、実施例4のナノ化キチンの脱アセチル化物により形成されるゲルについて、実施例1のナノ化キチンの分散物の場合と同様にTEMによる観察を行った。その結果を
図5に示した。
図5に示されるように、TEM観察画像において、ナノ化キチンの均一な分散が認められたものの、軸方向に短い結晶が多く観察された。
【0043】
[実施例5]ナノ化キチンの脱アセチル化物の分散物
脱アセチル化反応を、30(w/v)%の水酸化ナトリウム水溶液中にて45℃で72時間行わせた他は、実施例2と同様にして、ナノ化キチンの脱アセチル化物の分散物を調製した。
得られた分散物中のナノ化キチンの脱アセチル化物について、上記試験例1における脱アセチル化度の測定と同様の方法で脱アセチル化度を測定したところ、26.4%であった。
実施例5のナノ化キチンの脱アセチル化物の分散物に酢酸を数滴添加して酸性とすると、1.8重量%のナノ化キチン濃度でゲルを形成した。
【0044】
[試験例2]ナノ化キチンおよびナノ化キチンの脱アセチル化物の分子量の測定
実施例1のナノ化キチンの分散物および実施例5のナノ化キチンの脱アセチル化物の分散物に含有されるナノ化キチンおよびナノ化キチンの脱アセチル化物の分子量を、以下の通り測定した。
実施例1のナノ化キチンの分散物および実施例5のナノ化キチンの脱アセチル化物の分散物を、48重量%水酸化ナトリウム水溶液にそれぞれ浸漬し、85℃で17時間脱アセチル化反応を行い、中和後、脱アセチル化物(脱アセチル化度≧85%)を回収し、0.5重量%酢酸水溶液に溶解して、下記の条件下にてゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)分析を行った。
なお、比較のため、出発原料として用いたキチン(「キチンL-PC」、甲陽ケミカル株式会社製)および精製キチン(「キチンTC-L」、甲陽ケミカル株式会社製)についても、同様に処理して分子量を測定した。
<分子量測定条件>
(i)カラム:TSKゲルG6000PWXL-CPおよびTSKゲルG3000PWXL-CP(東ソー株式会社)
(ii)溶離液:0.25M酢酸-0.25M酢酸ナトリウム緩衝液
(iii)流速:0.5mL/min
(iv)試料注入量:200μL
(v)オーブン温度:40℃
(vi)検出器:RI(示差屈折)検出器
(vii)標準試料:プルラン
(viii)分析時間:60min
測定結果を表2に示した。
【0045】
【0046】
上述した通り、
図1に示すTEM画像からは、実施例1の分散物中のナノ化キチンについて、十分な長さを有する繊維の存在を確認することができなかったが、表2に示す分子量の測定結果からは、該ナノ化キチンにおいて平均分子量の顕著な減少(低分子量化)は認められず、繊維の切断はさほど生じていないことが示唆された。
また、実施例5の分散物中に存在するナノ化キチンの脱アセチル化物においても、平均分子量の顕著な減少(低分子量化)は認められず、ナノ化キチンの形態を保ったまま脱アセチル化されたことが示唆された。
【0047】
上述したように、実施例1の分散物は、10nm以下の均一な繊維幅を有し、ほぼエレメンタリーミクロフィブリル単位にまで解繊されたナノ化キチンが、20重量%とこれまでにない高濃度で分散された分散物であった。
かかる分散物は、均一なナノ化キチンを高濃度で含有するため、実施例2~5に示す通り、これを原料として、あるいはこれを出発物質として、ナノ化キチンの形態を保ったまま脱アセチル化することができ、脱アセチル化されたナノ化キチンは、その分散物の液性を酸性とし、または酸性水溶液に分散させると、低濃度においてゲルを形成することができる。ナノ化キチンの脱アセチル化度の程度により、透明性の高いゲルや、粘度が高くチキソトロピー性を示すゲルを得ることができる。
また、ナノ化キチンの脱アセチル化物からさらに誘導体化を検討することもできる。
本発明の分散物は、N-アセチルグルコサミンやオリゴ糖の原料としても有用である。
さらに、本発明の分散物は、医用材料、樹脂中のフィラー、紙質向上剤等として有用であり、また、機能性食品(特にプレバイオティクスとして)、化粧品、飼料等の成分として利用することもできる。
【産業上の利用可能性】
【0048】
以上、詳述したように、本発明により、均一な繊維幅を有するナノ化キチンを高濃度で含有するナノ化キチンの分散物を提供することができる。
本発明の分散物に含有されるナノ化キチンは、ナノ化キチンの形態を保ったまま脱アセチル化することができる。ナノ化キチンの脱アセチル化物の分散物は、液性を酸性とすることにより、または酸性水溶液に分散させることにより、低濃度でゲルを形成することができる。
本発明の分散物は、N-アセチルグルコサミンやオリゴ糖の原料、医用材料、プラスチック材料等として、また、機能性食品、化粧品、飼料等の成分として好適に利用され得る。