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特許7531289Cu-Ni-Co-Si系銅合金板材およびその製造方法並びに通電部品
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  • 特許-Cu-Ni-Co-Si系銅合金板材およびその製造方法並びに通電部品 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-01
(45)【発行日】2024-08-09
(54)【発明の名称】Cu-Ni-Co-Si系銅合金板材およびその製造方法並びに通電部品
(51)【国際特許分類】
   C22C 9/06 20060101AFI20240802BHJP
   C22F 1/08 20060101ALI20240802BHJP
   H01B 1/02 20060101ALI20240802BHJP
   H01B 13/00 20060101ALI20240802BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20240802BHJP
【FI】
C22C9/06
C22F1/08 B
C22F1/08 Q
H01B1/02 A
H01B13/00 501Z
C22F1/00 604
C22F1/00 602
C22F1/00 623
C22F1/00 630A
C22F1/00 630K
C22F1/00 661A
C22F1/00 681
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 691B
C22F1/00 691A
C22F1/00 691C
C22F1/00 692A
C22F1/00 692B
C22F1/00 694A
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020029840
(22)【出願日】2020-02-25
(65)【公開番号】P2021134376
(43)【公開日】2021-09-13
【審査請求日】2022-12-23
(73)【特許権者】
【識別番号】506365131
【氏名又は名称】DOWAメタルテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129470
【弁理士】
【氏名又は名称】小松 高
(72)【発明者】
【氏名】依藤 洋
(72)【発明者】
【氏名】兵藤 宏
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 宏治
(72)【発明者】
【氏名】菅原 章
【審査官】河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-156623(JP,A)
【文献】国際公開第2003/076672(WO,A1)
【文献】特開2004-225112(JP,A)
【文献】特開2014-137950(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 9/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、NiとCoの合計:1.50~5.50%、Ni:1.00%以上、Si:0.50~1.20%、S:0.001~0.20%、Mg:0.01~0.20%、Cr:0~0.03%、Zn:0~0.01、Mn:0~0.07%、B:0~0.05%、P:0~0.05%、Ag:0~0.01%、Al:0~0.04%、Zr:0~0.04%、Ti:0~0.02、残部Cuおよび不可避的不純物からなる化学組成を有し、圧延方向および板厚方向に平行な断面において円相当径0.5μm以上のMg-S系粒子が300個/mm以上の個数密度で存在し、前記Mg-S系粒子の平均粒子径が円相当径で3.0μm以下であり、圧延方向の引張強さが900MPa以上である銅合金板材。
【請求項2】
前記化学組成においてNiとCoの合計が2.00~4.00%である、請求項1に記載の銅合金板材。
【請求項3】
導電率が40%IACS以上である請求項1または2に記載の銅合金板材。
【請求項4】
圧延方向に垂直な断面において、JIS H0501-1986に準拠した切断法による平均結晶粒径が1~20μmである請求項1~3のいずれか1項に記載の銅合金板材。
【請求項5】
質量%で、NiとCoの合計:1.50~5.50%、Ni:1.00%以上、Si:0.50~1.20%、S:0.001~0.20%、Mg:0.01~0.20%、Cr:0~0.03%、Zn:0~0.01、Mn:0~0.07%、B:0~0.05%、P:0~0.05%、Ag:0~0.01%、Al:0~0.04%、Zr:0~0.04%、Ti:0~0.02、残部Cuおよび不可避的不純物からなる化学組成の鋳片から、熱間圧延、冷間圧延、溶体化処理、時効処理を上記の順で含む工程で板材を製造するに際し、
熱間圧延工程において、800℃以上の温度で行う全ての圧延パスでの1パスあたりの圧延率を20%以下、かつ900℃以上の温度で行う圧延パスによる総圧延率を38%以上とし、
溶体化処理工程において、300℃から800℃までの平均昇温速度を10℃/s以上とし、800~1020℃で10秒以上保持し、800℃から500℃まで平均冷却速度を50℃/s以上とする、
請求項1~4のいずれか1項に記載の銅合金板材の製造方法。
【請求項6】
前記時効処理の温度を400~550℃とする、請求項5に記載の銅合金板材の製造方法。
【請求項7】
請求項1~のいずれか1項に記載の銅合金板材を用いた通電部品。
【請求項8】
請求項1~のいずれか1項に記載の銅合金板材を用いた、プレス打抜き加工部を有する通電部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プレス打抜き性を改善した高強度Cu-Ni-Co-Si系銅合金板材およびその製造方法、並びに前記Cu-Ni-Co-Si系銅合金板材を用いた通電部品に関する。
【背景技術】
【0002】
Cu-Ni-Co-Si系銅合金は、銅合金の中でも強度と導電性のバランスが比較的良好であり、コネクタ、リードフレームなどの通電部品に有用である。近年、電子機器の小型化・軽量化に伴いコネクタ材の薄肉化が進んでおり、それらの素材となる銅合金板材には更なる高強度化が求められる。Cu-Ni-Co-Si系銅合金板材の場合、例えば圧延方向の引張強さ900MPa以上の高強度と、導電率40%IACS以上の導電性を具備するような、高いレベルの強度・導電性バランスの実現が期待されている。しかし、強度と導電率は一般的にトレード・オフの関係にあり、当該銅合金系の板材において上記のような高レベルでの強度・導電性の両立は容易でない。
【0003】
一方、銅合金の板材を通電部品に加工する際には、プレス打抜きの工程を経るのが一般的である。最近では部品の小型化、狭ピッチ化が進んでおり、打抜き部品の高い寸法精度が要求されるようになっている。打抜き工程での寸法精度を向上させるためには、金型寿命の延伸が重要である。プレス打抜きによって形成された金属板の切断面(切り口)には、通常、せん断面と破断面が形成される(図2参照)。適正クリアランスで打抜きを行った場合、せん断面の割合が小さい材料ほど、金型寿命の延伸には有利となる。本明細書では、同じ板厚の材料について適正クリアランスでプレス金型による打抜きを行った際、切断面に占めるせん断面の割合が小さくなる材料ほど「プレス打抜き性」が良好である、と表現する。高強度化を図ったCu-Ni-Co-Si系銅合金板材においては、プレス打抜き性に関し、改善の余地がある。
【0004】
特許文献1には、集合組織を制御することによって曲げ加工性と高強度を両立したCu-Ni-Co-Si系銅合金板材が記載されている。しかし、導電率40%IACS以上で引張強さ900MPa以上の高強度に達している材料は示されていない。プレス打抜き性を改善することは意図されておらず、S含有量についての記載もない。
【0005】
特許文献2には、表面部と中央部の析出物の、粒子径と個数密度を制御することによって、高い導電性と金型摩耗の低減を図ったCu-(Ni)-Co-Si系銅合金板材が記載されている。導電率は55%IACS以上に引き上げられているが、引張強さは750MPa以下にとどまっている。金型寿命に関してはバリ高さ、ダレ量で評価されている。せん断面の割合を低減させる思想や、S含有粒子を利用する思想は見られない。
【0006】
特許文献3には、溶体化処理での昇温速度、冷却速度を制御する手法を利用して組織を調整することにより、耐応力緩和性の改善を図ったCu-Ni-Co-Si系銅合金板材が記載されている。プレス打抜き性を改善することは意図されておらず、S含有量についての記載もない。
【0007】
特許文献4には、時効処理を3段で行う手法を利用して析出物の存在形態を制御することにより、ばね限界値の向上を図ったCu-Ni-Co-Si系銅合金板材が記載されている。具体的に示されている板材のうち導電率が40%IACS以上のものにおいて、0.2%耐力(YS)が882MPaと比較的高いものもあるが(表2-7、実施例138)、引張強さ900MPa以上の強度レベルが安定して得られるような手法は開示されていない。プレス打抜き性を改善することは意図されておらず、S含有量についての記載もない。
【0008】
特許文献5には、S含有量が0.002%程度のであるCu-(Ni)-Co-Si系銅合金板材が記載されている。溶体化処理温度は750℃(段落0033)である。これらの材料の強度レベルは低く、導電率も低い。
【0009】
特許文献6には、Sを50ppm(0.005%)以下の範囲で含有し、かつMgを含有するCu-(Ni)-Co-Si系銅合金板材として、明細書の表にNo.6、8、15、19、38、41、46の製造例が示されている。このうちNo.8は導電率が46%IACSと比較的高い。しかし、熱間圧延に関しては特段の記載はなく、溶体化処理に相当する仕上熱処理の温度も775℃と低いことから、高強度化やプレス打抜き性の顕著な改善に関しては不十分である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2011-117034公報
【文献】特開2012-224922号公報
【文献】特開2015-187308号公報
【文献】特開2011-214088号公報
【文献】特開平11-222641号公報
【文献】特開2016-44344号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、Cu-Ni-Co-Si系銅合金板材において、圧延方向の引張強さ900MPa以上、導電率40%IACS以上という高レベルの強度・導電性バランスを実現し、かつプレス打抜き性を顕著に改善することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
発明者らは、Cu-Ni-Co-Si系銅合金に微量のMgとSを含有させ、所定サイズのMg-S系の介在物が分散した組織状態とすることによって、上記目的が達成できることを見いだした。
【0013】
すなわち上記目的は、質量%で、NiとCoの合計:1.50~5.50%より好ましくは2.00~4.00%、Si:0.50~1.20%、S:0.0005~0.20%、Mg:0.01~0.20%、Cr:0~0.50%、Zn:0~1.00%、Sn:0~1.00%、Mn:0~0.20%、B:0~0.10%、P:0~0.10%、Ag:0~0.20%、Al:0~0.20%、Zr:0~0.20%、Ti:0~0.50%、Fe:0~0.30%、残部Cuおよび不可避的不純物からなる化学組成を有し、圧延方向および板厚方向に平行な断面(「TD面」という。)において円相当径0.5μm以上のMg-S系粒子が300個/mm2以上の個数密度で存在し、前記Mg-S系粒子の平均粒子径が円相当径で3.0μm以下であり、圧延方向の引張強さが900MPa以上である銅合金板材によって達成される。このような組織状態において、40%IACS以上の導電率を得ることができる。この板材の圧延方向に垂直な断面(LD面)において、JIS H0501-1986に準拠した切断法による平均結晶粒径は、例えば1~20μmである。
【0014】
また本発明では、上記Cu-Ni-Co-Si系銅合金板材の製造方法として、上記化学組成を有する鋳片から、熱間圧延、冷間圧延、溶体化処理、時効処理を上記の順で含む工程で板材を製造するに際し、
熱間圧延工程において、800℃以上の温度で行う全ての圧延パスでの1パスあたりの圧延率を20%以下、かつ900℃以上の温度で行う圧延パスによる総圧延率を38%以上とし、
溶体化処理工程において、300℃から800℃までの平均昇温速度を10℃/s以上とし、800~1020℃で10秒以上保持し、800℃から500℃まで平均冷却速度を50℃/s以上とする、銅合金板材の製造方法が提供される。
上記時効処理の温度は例えば400~550℃とすることができる。
【0015】
さらに本発明では、上記の銅合金板材を用いた通電部品が提供される。特にプレス打抜き加工部を有する通電部品が好適な対象となる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、Cu-Ni-Co-Si系銅合金の板材において、圧延方向の引張強さ900MPa以上、導電率40%IACS以上という高レベルの強度・導電性バランスを安定して付与することが可能となった。さらに、プレス打抜きに際しては切り口に生じるせん断面の割合を顕著に低減することが可能となり、それによりプレス金型の寿命が向上する。金型寿命の向上は、プレス打抜き部品の大量生産において、高い寸法精度の維持による品質の安定化をもたらす。本発明は、薄肉化、狭ピッチ化が進む通電部品を製造するための板素材に望まれていた、導電性、強度、プレス打抜き性の同時改善を実現したものである。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明に従うCu-Ni-Co-Si系銅合金板材断面についての、二値化処理により粒子を明瞭化したSEM画像。
図2】プレス打抜き後の金属板の切り口の形状を模式的に示した図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
[化学組成]
本発明では、Cu-Ni-Co-Si系銅合金を適用する。以下、合金成分に関する「%」は、特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0019】
Ni、Coは、Ni-Co-Si系析出物、Co-Si系析出物およびNi-Si系析出物を形成し、銅合金板材の強度と導電性を向上させる。Ni-Co-Si系析出物は(Ni,Co)2Siを主体とする化合物であると考えられる。Co-Si系析出物およびNi-Si系析出物はそれぞれ、Co2SiおよびNi2Siを主体とする析出物であると考えられる。強度向上に有効な微細な析出物粒子を十分に分散させるためには、NiとCoの合計含有量を1.50%以上とする必要があり、2.00%以上とすることがより好ましい。Ni含有量は0.50%以上であることがより好ましく、0.75%以上であることが更に好ましく、1.00%以上に管理してもよい。Co含有量についても0.50%以上であることがより好ましく、1.00%以上であることが更に好ましい。一方、NiとCoの合計含有量が過剰であると粗大な析出物が生成しやすく、強度向上に不利となる。NiとCoの合計含有量は5.50%以下に制限され、4.00%以下に管理してもよい。
【0020】
Siは、Ni-Co-Si系析出物を形成する。強度向上に有効な微細な析出物粒子を十分に分散させるためには、Si含有量を0.50%以上とする必要がある。一方、Siが過剰であると粗大な析出物が生成しやすく、熱間圧延時に割れやすい。Si含有量は1.20%以下に制限される。1.00%未満に管理してもよい。
【0021】
Sは、本発明において重要な成分元素である。一般に銅合金では、熱間加工性の悪化や材料特性の低下を抑制する観点から、Sは不純物として扱われることが多い。銅合金の製造過程では、原料の脱脂や溶湯中での浮上分離などの手法によってS含有量を低減させるのが通常である。しかし本発明ではMg-S系粒子を材料中に分散させることにより、プレス打抜き性の向上を図る。したがって、Mg-S系粒子の生成源として、銅合金中に所定量のSを含有させる。種々検討の結果、S含有量を0.0005~0.20%の範囲にコントロールする必要がある。S含有量が少なすぎるとMg-S系粒子の生成量が不十分となり、プレス打抜き性の改善効果が得られない。S含有量は0.01%以上とすることがより効果的である。S以外の合金元素含有量が同等である銅合金に同等の製造条件を適用した場合で比較すると、S含有量を0.01%以上とすることにより、プレス打抜き性のより一層優れた改善効果を得るうえで有利となる。S含有量が過剰になると熱間加工性が悪くなり、熱間圧延で割れを生じやすくなる。また、Sの過剰添加はMg-S系粒子の粗大化を招きやすく、強度低下の要因となる。
【0022】
Mgは、Cu-Ni-Co-Si系銅合金の耐応力緩和性を向上する作用を有する元素であり、従来から必要に応じて添加されている。ただし、本発明ではMg-S系粒子の生成源として利用するため、Mgの含有は必須となる。また、Mgの固溶強化を利用して導電率の低下を抑制しながら引張強さ900MPa以上高強度化を図るためにも、Mgの含有は重要となる。種々検討の結果、Mg含有量は0.01%以上を確保する必要がある。多量のMg含有は熱間加工性または冷間加工性の低下要因となる。Mg含有量は0.20%以下の範囲に制限され、0.15%以下に管理してもよい。
【0023】
その他の元素として、必要に応じてCr、Zn、Sn、Mn、B、P、Ag、Al、Zr、Ti、Fe等を含有させることができる。これらの元素の含有量範囲は、Cr:0~0.50%、Zn:0~1.00%、Sn:0~1.00%、Mn:0~0.20%、B:0~0.10%、P:0~0.10%、Ag:0~0.20%、Al:0~0.20%、Zr:0~0.20%、Ti:0~0.50%、Fe:0~0.30%とすることが好ましい。
【0024】
Cr、Mn、B、P、Al、Zr、Tiは合金強度を更に高め、かつ応力緩和を小さくする作用を有する。Sn、Agは耐応力緩和性の向上に有効である。Znは銅合金板材のはんだ付け性および鋳造性を改善する。Cr、Mn、Zr、Ti、Feは不可避的不純物として存在するPbなどと高融点化合物を形成しやすく、また、B、P、Zr、Tiは鋳造組織の微細化効果を有し、それぞれ熱間加工性の改善に寄与しうる。
【0025】
Cr、Zn、Sn、Mn、B、P、Ag、Al、Zr、Ti、Feの1種または2種以上を含有させる場合は、それらの合計含有量を0.01%以上とすることがより効果的である。ただし、多量に含有させると、熱間または冷間加工性に悪影響を与え、かつコスト的にも不利となる。これら任意添加元素の総量は1.0%以下、あるいは0.5%以下とすることがより望ましい。
【0026】
[Mg-S系粒子]
本明細書において「Mg-S系粒子」とは、銅合金中に存在する化合物粒子のうち、粒子中央に電子線を照射した場合のEDX(エネルギー分散型蛍光X線分析)によりMgとSが観測される粒子である。その粒子は化合物MgSを主体とするものであると考えられる。粒子径が0.5~3.0μm程度のMg-S系粒子が分散していることにより、プレス成形性が向上する。本明細書でいうMg-S系粒子の粒子径は特に断らない限り円相当径を意味する。すなわち、銅合金板材の断面内に観察されるある粒子の面積をS(μm2)とすると、面積Sを有する真円の直径D(μm)をその粒子の円相当径という。ここで、S=π×D2/4である。
【0027】
発明者らの研究によれば、圧延方向および板厚方向に平行な断面(TD面)において、円相当径0.5μm以上のMg-S系粒子が300個/mm2以上の個数密度で存在するとき、適正クリアランスでせん断加工(プレス打抜き)を行った際に形成される切り口において、せん断面の割合が顕著に低減することがわかった。すなわちプレス打抜き性が顕著に改善される。これによりプレス金型の寿命が延伸し、大量生産において打抜き部品の高い寸法精度が維持され、部品の品質が安定する。ただし、円相当径0.5μm以上のMg-S系粒子の平均粒子径が円相当径で3.0μmを超えて大きくなると高強度化が妨げられ、場合によってはプレス打抜き性の改善効果も十分に得られなくなる。
Mg-S系粒子の平均粒子径および個数密度は以下の分析方法で求めることができる。
【0028】
(Mg-S系粒子の分析方法)
銅合金板材の圧延方向および板厚方向に平行な断面(TD面)を研磨して、EDX測定用の試料面を得る。EDX装置を備えるFE-SEM(電界放出型走査電子顕微鏡)により前記試料面を観察し、無作為に測定領域を定める。測定領域内に粒子の全体が存在する円相当径が0.5μm以上の全ての粒子についてEDX分析を行い、MgとSが検出される粒子を「Mg-S系粒子」と同定し、その数をカウントする。EDX分析においては粒子の中央部に電子線を照射する。また、測定領域のFE-SEM画像をソフトウェアで処理することにより、測定領域内に存在する個々の粒子の円相当径を測定する。この操作を重複しない複数の測定領域について行い、「Mg-S系粒子」と同定された円相当径0.5μm以上の粒子の総数を測定領域の総面積で除することにより、「円相当径0.5μm以上のMg-S系粒子の個数密度(個/mm2)」を算出する。また、それらの粒子についての円相当径の相加平均値を算出し、その値を「円相当径0.5μm以上のMg-S系粒子の平均粒子径(μm)」とする。ここで、1つの測定領域の面積は0.03mm2以上とし、測定領域の総面積は0.75mm2以上となるようにする。なお、前記FE-SEM観察において、1視野の領域を1つの測定領域としてもよいし、隣接するいくつかの視野を途切れないように繋ぎ合わせた領域を1つの測定領域に設定してもよい。
【0029】
[引張強さ・導電率]
本発明では圧延方向の引張強さが900MPa以上である銅合金板材を対象とする。上述の化学組成に調整されたCu-Ni-Co-Si系銅合金について、後述する条件での製造方法を適用することによって、引張強さ900MPa以上の高強度を得ることができる。また、同時に40%IACS以上の導電率が得られる。このような高レベルの強度・導電性バランスは、通電部品の薄肉化、小型化のニーズに対応し得るものである。導電率に関しては43%IACS以上であるもの、あるいは更に46%IACS以上であるものを得ることも可能である。
【0030】
[平均結晶粒径]
一般に結晶粒径の微細化は強度向上や曲げ加工性の向上に有利となる。反面、クリープ現象の一種である応力緩和特性を重視する場合には、過小な結晶粒径は不利となる。薄肉化、狭ピッチ化が求められる通電部品への加工を想定した場合、JIS H0501-1986に準拠した切断法による圧延方向に垂直な断面(LD面)の平均結晶粒径は、例えば1~20μmの範囲であることが好ましい。平均結晶粒径は以下の方法で測定することができる。
【0031】
(平均結晶粒径の測定方法)
板材の圧延方向に垂直な断面(LD面)を研磨したのちエッチングして観察面を作製する。その観察面を光学顕微鏡で観察し、観察画像を取得する。得られた観察画像上で、板厚方向位置が板厚の1/4位置、1/2位置(板厚中央)、3/4位置に圧延面に平行な直線を合計3本引き、JIS H0501-1986に準拠した切断法により、それぞれの直線によって切断される結晶粒界の数をカウントすることにより、平均結晶粒径を算出する。この操作を無作為に選択した5視野について行い、各視野で得られた平均結晶粒径の相加平均値を、当該板材の平均結晶粒径として採用する。なお、光学顕微鏡として共焦点レーザー顕微鏡を使用することができる。
【0032】
[製造方法]
以上説明した銅合金板材は、例えば以下のような製造工程により作ることができる。
溶解・鋳造→熱間圧延→冷間圧延→(中間焼鈍→冷間圧延)→溶体化処理→時効処理→仕上冷間圧延→低温焼鈍
なお、上記工程中には記載していないが、熱間圧延後には必要に応じて面削が行われ、各熱処理後には必要に応じて酸洗、研磨、あるいは更に脱脂が行われる。以下、各工程について説明する。
【0033】
[溶解・鋳造]
連続鋳造、半連続鋳造等により鋳片を製造すればよい。Si、Mgなどの酸化を防止するために、不活性ガス雰囲気または真空溶解炉で行うのがよい。銅合金の溶製において、一般的にSは不純物として扱われ、通常、その含有量をできるだけ低減するように原料や精錬方法が管理される。これに対し本発明では、上述した所定含有量範囲のSが銅合金中に取り込まれるように、S含有量の厳密なコントロールを行う必要がある。Sの添加には例えば予め調製しておいたCu-S母合金を用いることができる。
【0034】
[熱間圧延]
Sは鋳片中にMg-S系の粗大な化合物相の形成を招きやすいので、最終的にMg-S系粒子が分散した所望の金属組織を得るためには、熱間圧延工程において、粗大な化合物相を分断しておくことが重要である。粗大な化合物相の分断には、変形抵抗の小さい高温域でできるだけ大きな加工度を稼ぐことが有利となる。しかし、Sは熱間加工性を低下させる元素でもあるので、割れが生じないように熱間圧延でのパススケジュールを慎重に管理する必要がある。そこで発明者らは熱間圧延実験を詳細に行った。その結果、以下の条件に従うことによって、上述した組成範囲の銅合金に対し、粗大な化合物相の分断と、熱間圧延での割れ防止を実現できることがわかった。
【0035】
(i)800℃以上の温度で行う全ての圧延パスでの1パスあたりの圧延率を20%以下とする。
(ii)かつ、900℃以上の温度で行う圧延パスによる総圧延率を38%以上とする。
ここで、各圧延パスでの圧延温度は、圧延ロールに噛み込まれる直前の材料の、放射温度計により測定される表面温度を採用することができる。
板厚t0(mm)から板厚t1(mm)までの圧延率は、下記(1)式により定まる。
圧延率(%)=100×(t0-t1)/t0 …(1)
ある圧延パスでの1パスあたりの圧延率は、当該圧延パスでの圧延前の板厚をt0に、当該圧延パスでの圧延後の板厚をt1にそれぞれ代入して(1)式を適用することによって定めることができる。また、900℃以上の温度で行う圧延パスによる総圧延率は、圧延開始前の初期板厚をt0に、圧延温度が900℃以上である最後の圧延パスでの圧延後の板厚をt1にそれぞれ代入して(1)式を適用することによって定めることができる。
【0036】
熱間圧延前の加熱は、例えば920~1060℃で60~600分保持する条件で行うことができる。上記(i)の1パスあたりの圧延率の下限は特に規定しないが、パス回数が多くなると不経済となるので、例えば圧延率5~20%の範囲で設定すればよい。10~20%の範囲で設定することがより好ましい。上記(ii)の900℃以上の温度で行う圧延パスによる総圧延率は、40%以上とすることがより効果的である。900℃以上の温度で行う圧延パスによる総圧延率の上限については特に規定しないが、例えば65%以下の範囲で設定すればよい。最終パスの圧延温度は700℃以上とすることが好ましい。熱間圧延終了後には、水冷などにより急冷することが好ましい。
【0037】
[冷間圧延]
常法により冷間圧延を施し、次工程の溶体化処理に供するための中間製品板材を得る。必要に応じて板厚調整のために更に中間焼鈍と冷間圧延を1回または複数回施してもよい。冷間圧延の圧延率は90.0~99.5%の範囲で設定することが好ましい。
【0038】
[溶体化処理]
溶体化処理は、析出強化を最大限発揮させる目的、および最終的にプレス打抜き性の向上をもたらすMg-S系粒子の分布形態を得る目的で、300℃から800℃までの平均昇温速度を10℃/s以上とし、800~1020℃で10秒以上保持し、800℃から500℃まで平均冷却速度を50℃/s以上とする条件で行う。なお、平均冷却速度を大きくする手段としては、水冷あるいは油冷を用いればよい。昇温速度あるいは冷却速度が上記の範囲を下回って遅い場合は、900MPa以上の高強度を安定して実現することが難しくなる。その理由については現時点では必ずしも明確ではないが、母相中にMg-S系の析出物が存在するために、Ni、Co、Siの固溶挙動が通常とは異なっており、昇温過程および冷却過程を含めたヒートパターンを従来よりも厳密に制御する必要があるものと推察される。昇温速度あるいは冷却速度が遅い場合や、溶体化処理の保持温度が800℃よりも低い場合や、800℃以上での保持時間が短すぎる場合には、溶体化が不十分となって引張強さ900MPa以上の高強度を安定して得ることが難しくなる。加えて、最終的に「円相当径0.5μm以上のMg-S系粒子が300個/mm2以上の個数密度で存在し、かつ円相当径0.5μm以上のMg-S系粒子の平均粒子径が円相当径で3.0μm以下である」組織状態を得ることが難しくなり、高強度化とプレス成形性改善の両立が達成できない。また、これらのMg-S系粒子は結晶粒の粗大化を抑制し、強度低下と曲げ加工性の低下を防止する効果もある。溶体化処理の保持時間が1020℃を超えて高くなると、結晶粒が粗大化して、強度低下や曲げ加工性の低下を招く恐れがある。800℃以上での保持時間があまり長いと不経済となる。800~1020℃での保持時間は10~600秒の範囲で設定することが好ましい。
【0039】
[時効処理]
次いで時効処理を行う。時効温度400~550℃、その温度域での保持時間1~24時間の条件範囲内で、要求特性に応じた時効処理条件を設定すればよい。
【0040】
[仕上冷間圧延]
時効処理後に行う最終的な冷間圧延を本明細書では「仕上冷間圧延」と呼んでいる。仕上冷間圧延の圧延率は10~80%の範囲で設定することが好ましい。コネクタ等の小型通電部品への加工用途を考慮すると、最終的な板厚は例えば0.05~0.40mmの範囲で設定することが好ましい。板厚設定範囲を0.05~0.25mm、あるいは0.06~0.15mmとしてもよい。
【0041】
[低温焼鈍]
最終的な熱処理として、残留応力の低減、曲げ加工性の向上、空孔やすべり面上の転位の低減による耐応力緩和性向上などを目的として低温焼鈍を行うことが好ましい。低温焼鈍の条件は、保持温度150~500℃、保持時間5秒~5時間の範囲で再結晶が生じない加熱条件を採用すればよい。
【実施例
【0042】
表1A、表1B、表2A、表2B(以下、「表1A~表2B」と略記する。)に示す化学組成の銅合金を溶製し、縦型半連続鋳造機を用いて鋳造した。Sの添加にはCu-20.1質量%S合金を用いた。得られた鋳片を1000℃で3時間加熱したのち抽出して、厚さ10mmまで熱間圧延を施し、水冷した。熱間圧延条件は表1A~表2B中に示してある。トータルの熱間圧延率は90~95%である。熱間圧延の最終パスの圧延温度はいずれも700℃以上である。熱間圧延で割れが生じた一部の比較例(No.41)を除き、熱間圧延後、表層の酸化層を機械研磨により除去(面削)し、冷間圧延を施して溶体化処理に供するための中間製品板材とした。各中間製品板材に表1A~表2Bに示す条件で溶体化処理を施した。その後、時効処理、仕上冷間圧延、および低温焼鈍を施し、板厚0.10mmの板材製品(供試材)を得た。熱間圧延、溶体化処理以外の工程での主な製造条件も表1A~表2B中に示してある。なお、表中に記載の熱間圧延および冷間圧延の圧延率の通知は小数点以下を四捨五入してある。
【0043】
各供試材について以下の調査を行った。
【0044】
[Mg-S系粒子の個数密度および平均粒子径]
前掲の「Mg-S系粒子の分析方法」に従い、供試材の圧延方向および板厚方向に平行な断面(TD面)についてEDX装置を備えるFE-SEMで観察し、EDX分析を行った。試料面は、コロイダルシリカ0.04μmを使用した機械研磨ののち、イオンミリングを行うことにより調製した。イオンミリング条件は、サンユー電子社製SVM-741、加速電圧6kV、照射電流120μA、時間30分、傾斜角度60°とした。FE-SEM観察では、日本電子社製JSM-7200F、倍率500倍、電圧15kV、電流レベル12~14、デッドタイム30~60%の条件で反射電子像を得た。1視野は170μm×240μmの矩形領域である。粒子の構成元素であるMg、S、Co、Ni、Siは、金属素地であるCuよりも軽いので、反射電子像においてMg-S系、Ni-Co-Si系、Ni-Si系、Co-Si系の粒子はいずれも、金属素地より黒く写る。反射電子像を二値化処理すると、金属素地中に存在する粒子を明確に識別することができる。ここでは上記の反射電子像について、コントラストを3800~4000、ブライトネスを300~800に設定して二値化処理を行った。
【0045】
視野中に存在する粒子のうち、円相当径が0.5μm以上である全ての粒子について、EDXにより元素分析を行った。使用したEDX装置はオックスフォード・インストゥルメンツ社製X-MaxN50である。使用した解析ソフトウェアは同社製AZtec(Ver.4.0 SP2 HF1)である。測定条件は1粒子当たりの露光時間2秒、エネルギー範囲0~20keV、チャンネル数2048とし、プロセスタイムはモード4を選択した。この装置を用いた粒子のEDX測定では、視野中に存在する各測定対象粒子の中央部に自動的に電子ビームの照準を合わせるようにプログラミングされている。MgとSの両方が検出された円相当径0.5μm以上粒子を「Mg-S系粒子」として選別した。ここでは、連続する4つの視野を長辺方向に面積率10%で重なり合うようにつなげた領域を、1つの測定領域に設定した。1つの測定領域の面積は、4視野分の面積から重複部分の面積を差し引いた面積となるので、(0.17mm×0.24mm×4)-(0.17mm×0.24mm×0.1×3)=0.151mm2である。この測定領域についてMg-S系粒子の個数密度(個/mm2)および円相当径による平均粒子径(μm)を算出した。この操作を、繰り返し数n=5で無作為に設定した重複しない異なる測定領域について行った。測定領域の総面積は0.151mm2×5=0.755mm2である。
【0046】
参考のため、図1に、二値化処理により粒子を明瞭化した1つの測定領域のSEM画像を例示する。これは本発明例であるNo.1の供試材について、上述のように4つの視野をつなぎ合わせたものである。粒子のうち、Mg-S系粒子を赤色で表示したオリジナル画像を、モノクロ化して掲載してある。表示されている粒子のうち、個数割合で約42%が赤色表示されたMg-S系粒子である。残りの粒子はほぼNi-Co-Si系粒子、Ni-Si系粒子、Co-Si系粒子のいずれかであった。
【0047】
[平均結晶粒径]
上掲の「平均結晶粒径の測定方法」に従い、供試材の板材の圧延方向に垂直な断面(LD面)について、JIS H0501-1986に準拠した切断法により平均結晶粒径を求めた。
【0048】
[導電率]
各供試材の導電率をJIS H0505に準拠してダブルブリッジ、平均断面積法により測定した。小型コネクタ等の通電部品に要求される導電性を考慮し、導電率が40%IACS以上のものを合格と判定した。
【0049】
[引張強さ]
各供試材から圧延方向の引張試験片(JIS 5号)を採取し、試験数n=3でJIS Z2241に準拠した引張試験行い、引張強さを測定した。n=3の平均値を当該供試材の成績値とした。薄肉化が進むコネクタ等の通電部品として高い信頼性を確保する観点から、圧延方向の引張強さが900MPa以上のものを合格と判定した。
【0050】
[プレス打抜き性]
板厚0.10mmの供試材について、プレス金型により5mm×5mmの正方形の試験片を打抜く試験を行った。クリアランスは板厚に対し4%および10%の2水準とした。正方形試験片に形成される4つの切り口(端面)のうち、対向する2つの切り口が圧延方向と平行になるように打抜きを行った。図2に、打抜かれた試験片の切り口の形状を模式的に示す。カエリのサイズ等は誇張して描いてある。試験片の圧延方向に平行な切り口について、レーザー顕微鏡により切り口の法線方向に見た表面高さを板厚方向(ポンチ軸方向)全長にわたってライン上で測定し、表面凹凸のプロファイルを作成した。そのプロファイルから、図2中に記号Aで示すせん断面の長さを定め、せん断面と破断面に占めるせん断面の割合を求めた。ここでは測定の便宜上、図2中に記号Bで示すカエリ部分を含めた長さを破断面の長さとみなし、下記(2)式により「せん断面率」を求めた。このプレス打抜き試験ではカエリの高さは通常1μm未満となるので、カエリを破断面の長さに含めることによってプレス打抜き性の評価に支障は生じない。
せん断面率(%)=100×A/(A+B) …(2)
この測定を試験片の圧延方向に平行な切り口(端面)内で10箇所について行い、それぞれの箇所で(2)式によってせん断面率を求め、それらの相加平均値を算出し、その平均値を当該供試材のせん断面率として採用した。従来一般的なCu-Ni-(Co)-Si系銅合金板材では、この試験において、せん断面率が50~60%程度になる。クリアランス4%および10%の両条件でせん断面率が40%以下となる供試材は、プレス打抜き性の顕著な改善効果が認められると判断できる。
【0051】
以上の結果を表1A~表2Bに示す。
【0052】
【表1A】
【0053】
【表1B】
【0054】
【表2A】
【0055】
【表2B】
【0056】
所定量のMgおよびSを含有し、熱間圧延および溶体化処理を本発明規定範囲の条件で行った本発明例の供試材については、いずれも圧延方向の引張強さが900MPa以上の高強度と、40%IACS以上の導電率を有し、かつ、せん断面率が40%以下と顕著なプレス打抜き性の改善効果が認められた。
【0057】
これに対し、比較例No.31、32、46はMgおよびSの含有量が少ないため円相当径0.5μm以上のMg-S系粒子の個数密度が不足し、プレス打抜き性の改善(せん断面率の低減)が不十分であった。このうちNo.31、32は更にSi含有量も少ないため強度に寄与する析出物の形成が不十分となり、引張強さが低かった。
No.33、34、36、40はS含有量が少ないため円相当径0.5μm以上のMg-S系粒子の個数密度が不足し、プレス打抜き性の改善(せん断面率の低減)が不十分であった。このうちNo.34は溶体化処理の保持時間が短いので固溶化が不十分となり、強度が低かった。S含有量が非常に少ないため微細なMg-S系析出物による強度向上効果が十分に発揮されなかったものと考えられ、強度不足となった。
No.35はMg-S系相の存在によりNi、Co、Siの固溶挙動が通常とは異なっているにもかかわらず溶体化処理の昇温速度を本発明規定範囲よりも遅くしたので、Ni、Co、Siの固溶が不十分となったと考えられる。また、S含有量が多すぎるため粗大なMg-S系粒子が多く生成した。これらの理由により、強度が低くなった。
No.37、43、45は熱間圧延において900℃以上のパスでの総圧延率が低かったので、鋳片中のMg-S系相の分断が不十分となり、Mg-S系粒子の平均粒子径が大きくなりすぎた。その結果、強度が低かった。特にNo.43は溶体化処理の冷却速度も遅かったので、強度の低下が大きかった。
No.38はMg含有量が少ないため、Mgの固溶強化と、(Ni,Co)2Si、Ni2Si、Co2Si析出物との相乗作用による強度向上作用が十分に発揮されず、強度が低かった。
No.39はMg含有量が多すぎるため導電率が低かった。また、粗大なMg-S系粒子が多く、強度が低くなった。
No.41はS含有量が多く、かつ熱間圧延で800℃以上のパスでの1パスあたりの圧延率が大きかったので熱間圧延で割れが生じ、実験を中止した。
No.42、44はS含有量が少ないため円相当径0.5μm以上のMg-S系粒子の個数密度が不足し、プレス打抜き性の改善が不十分であった。このうちNo.42は溶体化処理の冷却速度が遅いため強度に寄与する析出物の形成が不十分となり、強度が低かった。No.44はNiとCoの合計含有量が少なすぎたので強度に寄与する微細な(Ni,Co)2Si析出物が不足したと考えられ、強度が低かった。
No.47は溶体化処理の保持温度が低いので固溶化が不十分となり、強度が低かった。また熱間圧延で900℃以上での総圧延率を十分に確保するという手法を採用しなかったので鋳片中のMg-S系相の分断が不十分となり、プレス打抜き性の向上効果が十分に発揮されなかった。
図1
図2