(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-01
(45)【発行日】2024-08-09
(54)【発明の名称】リチウムイオン二次電池の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01M 10/058 20100101AFI20240802BHJP
H01M 4/66 20060101ALI20240802BHJP
H01M 10/0568 20100101ALI20240802BHJP
H01M 10/052 20100101ALI20240802BHJP
H01M 4/13 20100101ALI20240802BHJP
H01M 4/139 20100101ALI20240802BHJP
【FI】
H01M10/058
H01M4/66 A
H01M10/0568
H01M10/052
H01M4/13
H01M4/139
(21)【出願番号】P 2022085951
(22)【出願日】2022-05-26
【審査請求日】2023-05-26
(73)【特許権者】
【識別番号】520184767
【氏名又は名称】プライムプラネットエナジー&ソリューションズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000291
【氏名又は名称】弁理士法人コスモス国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】美馬 一真
【審査官】冨士 美香
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-194845(JP,A)
【文献】特開2014-049390(JP,A)
【文献】特開2015-090860(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 10/058
H01M 4/66
H01M 10/0568
H01M 10/052
H01M 4/13
H01M 4/139
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム箔からなる正極集電箔の表面に正極活物質層を有する正極板と、負極板と、LiPF
6を含む非水電解液と、これらを収容する電池ケースと、を備えるリチウムイオン二次電池の製造方法において、
前記正極集電箔の前記表面に前記正極活物質層を有する前記正極板を作製する正極板作製工程と、
前記正極板と前記負極板とを有する電極体を作製する電極体作製工程と、
前記電極体を前記電池ケース内に収容する収容工程と、
前記収容工程の後に、前記正極活物質層の水分量を100ppm以上500ppm未満の範囲内の値に調整する水分量調整工程と、
前記電極体を収容した前記電池ケースの内部に前記非水電解液を注入して、注液完了電池を作製する注液工程と、
前記注液完了電池について初充電を行う初充電工程と、を備え、
前記注液工程は、前記正極活物質層の水分量が100ppm以上
500ppm未満の範囲内である前記電極体を収容した前記電池ケースの内部に、前記非水電解液を注入する
リチウムイオン二次電池の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載のリチウムイオン二次電池の製造方法であって、
前記正極板作製工程の後に、作製された前記正極板の前記正極活物質層に水分を吸収させる吸湿工程を備える
リチウムイオン二次電池の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、アルミニウム箔からなる正極集電箔の表面に正極活物質層を有する正極板と、負極板と、LiPF6を含む非水電解液と、を有するリチウムイオン二次電池の製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
アルミニウム箔からなる正極集電箔の表面に正極活物質層を有する正極板と、負極板と、LiPF6を含む非水電解液と、を有するリチウムイオン二次電池について、急速充電等の負荷の大きい通電を行ったとき、正極集電箔の局所において高電位となることがあった。そして、この高電位となった局所が腐食することで当該局所の表面からAl(アルミニウム)が溶出し、これが負極表面に堆積することで、内部短絡する虞があった。具体的には、使用初期のリチウムイオン二次電池において、正極集電箔の表面に高耐食性を有するAlF3の被膜が十分に形成されていないために、上述の腐食によってAlの溶出が発生することがあった。
【0005】
これに対し、特許文献1のリチウムイオン二次電池では、正極集電箔の表面においてAlF3の被膜形成を促進させる添加剤として、非水電解液中に、LiBF4とLiFOBを加えるようにしている。しかしながら、これらの添加剤はコストが高く、また、使用初期段階では、AlF3の被膜の形成が不十分であるために、急速充電等の高負荷通電を行った場合には、腐食によってAl溶出が発生する虞があった。
【0006】
本発明は、かかる現状に鑑みてなされたものであって、「使用初期において高負荷通電を行ったときの正極集電箔の表面からのAl溶出」を低減することができるリチウムイオン二次電池の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(1)本発明の一態様は、アルミニウム箔からなる正極集電箔の表面に正極活物質層を有する正極板と、負極板と、LiPF6を含む非水電解液と、これらを収容する電池ケースと、を備えるリチウムイオン二次電池の製造方法において、前記正極集電箔の前記表面に前記正極活物質層を有する前記正極板を作製する正極板作製工程と、前記正極板と前記負極板とを有する電極体を作製する電極体作製工程と、前記電極体を前記電池ケース内に収容する収容工程と、前記収容工程の後に、前記正極活物質層の水分量を100ppm以上500ppm未満の範囲内の値に調整する水分量調整工程と、前記電極体を収容した前記電池ケースの内部に前記非水電解液を注入して、注液完了電池を作製する注液工程と、前記注液完了電池について初充電を行う初充電工程と、を備え、前記注液工程は、前記正極活物質層の水分量が100ppm以上500ppm未満の範囲内である前記電極体を収容した前記電池ケースの内部に、前記非水電解液を注入するリチウムイオン二次電池の製造方法である。
【0008】
上述のリチウムイオン二次電池の製造方法では、注液工程において、正極活物質層の水分量(水分含有率)が100ppm以上である電極体を収容した電池ケース内に、非水電解液を注入する。正極活物質層の水分量を100ppm以上とした状態で注液工程を行うことで、電池ケース内に電解液を注入した後から電池を出荷するまでの間に、正極集電箔の表面に高耐食性を有するAlF3の被膜が適切に形成される。特に、初充電工程において、AlF3の被膜生成反応が促進され、正極集電箔の表面の耐食性が高くなる。なお、従来の製造方法では、正極活物質層に含まれる水分が可能な限り少なくなるように製造しており、正極活物質層の水分量は100ppmよりも遙かに少なくなっている。
【0009】
上述のようにして製造されるリチウムイオン二次電池は、従来のリチウムイオン二次電池に比べて、完成して出荷できる状態になった時点における正極集電箔の表面の耐食性が高くなる。このため、上述の製造方法によって製造されたリチウムイオン二次電池では、従来のリチウムイオン二次電池に比べて、「使用初期において高負荷通電を行ったときの正極集電箔の表面からのAl溶出」が低減される。
【0010】
なお、以下の(a)~(b)の一連の反応によって、正極集電箔(アルミニウム箔)の表面に高耐食性を有するAlF3の被膜が形成される。また、正極板作製工程に供される正極集電箔(アルミニウム箔)の表面は、酸化被膜であるAl2O3被膜によって被覆されている。従って、注液工程に供される電極体に含まれる正極集電箔の表面も、Al2O3被膜によって被覆されている。
【0011】
(a) 注液工程において電池ケース内に電解液を注入した後、電池ケース内の正極板に含まれるH2Oが電解液中のLiPF6と反応して、HFが生成される。
LiPF6+H2O→LiF+POF3+2HF (式1)
(b) 生成されたHFが正極集電箔の表面のAl2O3被膜と反応して、正極集電箔の表面にAlF3の被膜が生成される。
Al2O3+6HF→2AlF3+3H2O (式2)
【0013】
注液工程を行うときの正極活物質層の水分量を多くするほど、正極集電箔の表面においてAlF3の被膜が形成され易くなり、正極集電箔の表面の耐食性を高めることができる。しかしながら、正極活物質層の水分量を多くし過ぎると、当該リチウムイオン二次電池の初期容量が低下する。具体的には、正極活物質層の水分量を500ppm以上にすると、リチウムイオン二次電池の初期容量の低下が大きくなる。従って、注液工程を行うときの正極活物質層の水分量は、100ppm以上500ppm未満の範囲内であるのが好ましい。
【0014】
これに対し、上述の製造方法の注液工程では、正極活物質層の水分量が100ppm以上500ppm未満の範囲内である電極体を収容した電池ケースの内部に、非水電解液を注入する。このようにしてリチウムイオン二次電池を製造することで、「当該電池の使用初期において高負荷通電を行ったときの正極集電箔の表面からのAl溶出」を低減できると共に、当該電池の初期容量の低下も抑制することができる。
【0015】
(2)さらに、前記(1)のリチウムイオン二次電池の製造方法であって、前記正極板作製工程の後に、作製された前記正極板の前記正極活物質層に水分を吸収させる吸湿工程を備えるリチウムイオン二次電池の製造方法とすると良い。
【0016】
上述の製造方法では、正極板作製工程と注液工程との間に設けた吸湿工程と水分量調整工程において、正極活物質層の水分量を100ppm以上500ppm未満の範囲内の値に調整する。これにより、注液工程を開始するときの正極活物質層の水分量(水分含有率)を、100ppm以上500ppm未満の範囲内の値にする。すなわち、上述の製造方法は、正極板作製工程と注液工程との間に、注液工程を開始するときの正極活物質層の水分量を100ppm以上500ppm未満の範囲内の値にする吸湿工程と水分量調整工程を備える。その後、注液工程において、正極活物質層の水分量が100ppm以上500ppm未満の範囲内である電極体を収容した電池ケースの内部に、非水電解液を注入する。
【0017】
なお、吸湿工程と水分量調整工程としては、例えば、正極板作製工程において作製された正極板を、一定の環境下(例えば、25℃で50%RHの環境下)で一定時間放置することで、正極活物質層に水分を吸収させた後、注液工程の直前に、この正極板を有する電極体を、所定時間加熱乾燥して、当該電極体に含まれる正極活物質層の水分量を100ppm以上500ppm未満の範囲内の値に調整する工程を挙げることができる。なお、注液工程の直前に電極体を加熱乾燥させる場合、電極体は、電池ケース内に収容されて注液工程に供される状態にしておくと良い。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】実施形態にかかるリチウムイオン二次電池の平面図(上面図)である。
【
図3】同リチウムイオン二次電池の製造方法の流れを示すフローチャートである。
【
図4】同リチウムイオン二次電池の製造方法を説明する図である。
【
図5】同リチウムイオン二次電池の製造方法を説明する他の図である。
【
図6】同リチウムイオン二次電池の正極板の断面図である。
【
図7】同リチウムイオン二次電池の負極板の断面図である。
【
図8】同リチウムイオン二次電池の電極体の斜視図である。
【
図9】同リチウムイオン二次電池の製造方法を説明する図である。
【
図10】同リチウムイオン二次電池の製造方法を説明する他の図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
次に、本発明の実施形態について説明する。本実施形態のリチウムイオン二次電池1は、電池ケース30と、電池ケース30の内部に収容された電極体50と、正極端子部材41と、負極端子部材45とを備える(
図1及び
図2参照)。電池ケース30は、金属からなるハードケースであり、直方体箱状をなしている。この電池ケース30は、角形有底筒状をなす金属製のケース本体21と、ケース本体21の開口を閉塞する矩形平板状をなす金属製の蓋体11とを備える(
図1及び
図2参照)。
【0020】
蓋体11には、2つの矩形筒状の貫通孔(第1貫通孔と第2貫通孔、図示省略)が形成されている。第1貫通孔には正極端子部材41が挿通されており、第2貫通孔には負極端子部材45が挿通されている(
図1及び
図2参照)。なお、蓋体11の第1貫通孔の内周面と正極端子部材41の外周面との間、及び、蓋体11の第2貫通孔の内周面と負極端子部材45の外周面との間には、筒状の絶縁部材(図示省略)が介在している。
【0021】
電極体50は、正極板60と、負極板70と、正極板60と負極板70との間に介在するセパレータ80と、を有する。より具体的には、電極体50は、帯状の正極板60と帯状の負極板70と帯状のセパレータ80とを備え、正極板60と負極板70とがセパレータ80を間に介在させる態様で捲回された捲回電極体である(
図8参照)。なお、電極体50の内部には、非水電解液90が含まれている(
図2参照)。電池ケース30の内部の底面側にも、非水電解液90が収容されている。電極体50のうち正極板60は、電池ケース30の内部において、正極端子部材41に接続されている。また、負極板70は、電池ケース30の内部において、負極端子部材45に接続されている。
【0022】
正極板60は、アルミニウム箔からなる正極集電箔61と、正極集電箔61の表面(第1表面61b及び第2表面61c)に積層された正極活物質層63とを有する(
図6参照)。正極活物質層63は、正極活物質粒子64とバインダ65と導電材66とを含有する。なお、本実施形態では、正極活物質粒子64として、リチウム遷移金属複合酸化物粒子、具体的には、Li(Ni
1/3Mn
1/3Co
1/3)O
2の粒子を用いている。また、バインダ65として、PVDFを用いている。また、導電材66として、アセチレンブラックを用いている。
【0023】
負極板70は、銅箔からなる負極集電箔71と、負極集電箔71の表面(第1表面71b及び第2表面71c)に積層された負極活物質層73とを有する(
図7参照)。負極活物質層73は、負極活物質粒子74とバインダ75とを含有する。なお、本実施形態では、負極活物質粒子74として、黒鉛粒子を用いている。また、バインダ75として、CMC(カルボキシメチルセルロース)とSBR(スチレンブタジエンゴム)とを用いている。
【0024】
セパレータ80は、ポリオレフィンからなる多孔質樹脂シートと、この多孔質樹脂シートの表面に形成された耐熱性粒子からなる耐熱層とを有する。なお、本実施形態では、多孔質樹脂シートとして、2つの多孔質ポリプロピレン層の間に多孔質ポリエチレン層が介在する3層構造の多孔質樹脂シートを用いている。また、非水電解液90は、有機溶媒(具体的には、エチレンカーボネートとエチルメチルカーボネートとジメチルカーボネート)と、LiPF6とを有する。
【0025】
次に、実施形態にかかるリチウムイオン二次電池1の製造方法について説明する。
図3は、リチウムイオン二次電池1の製造方法の流れを示すフローチャートである。まず、ステップS1(正極ペースト作製工程)において、正極ペースト63Pを作製する。具体的には、正極活物質粒子64とバインダ65と導電材66と溶媒69とを混合して、正極ペースト63Pを作製する(
図4参照)。なお、本実施形態では、正極活物質粒子64として、リチウム遷移金属複合酸化物粒子、具体的には、Li(Ni
1/3Mn
1/3Co
1/3)O
2の粒子を用いている。また、バインダ65として、PVDFを用いている。また、導電材66として、アセチレンブラックを用いている。
【0026】
次に、ステップS2(正極板作製工程)において、正極集電箔61の表面(第1表面61b及び第2表面61c)に正極活物質層63を有する正極板60を作製する。具体的には、まず、正極ペースト63Pを、帯状の正極集電箔61の第1表面61bに塗布する。これにより、正極集電箔61の第1表面61bに、正極ペースト63Pからなる正極ペースト層が形成される。次いで、正極集電箔61の第1表面61bに塗布した正極ペースト63P(具体的には、正極ペースト63Pからなる正極ペースト層)を乾燥させる。これにより、正極ペースト63Pからなる正極ペースト層から溶媒69が蒸発して、正極集電箔61の第1表面61bに正極活物質層63が形成される(
図5参照)。これと同様にして、正極集電箔61の第2表面61cにも正極活物質層63を形成して、帯状の正極板60を作製する(
図6参照)。なお、ステップS2(正極板作製工程)に供される正極集電箔61(アルミニウム箔)の第1表面61b及び第2表面61cは、酸化被膜であるAl
2O
3被膜によって覆われている。
【0027】
次いで、ステップS3(吸湿工程)において、正極板作製工程において作製された正極板60を、25℃で50%RHの環境下に、24時間放置する。具体的には、温度25℃且つ湿度50%RHに保持された恒温恒湿槽内に、正極板60を24時間収容しておく。これにより、正極板60の正極活物質層63に水分を吸収させる。
【0028】
その後、ステップS4(電極体作製工程)において、吸湿工程を行った帯状の正極板60と、帯状の負極板70と、正極板60と負極板70との間に介在する帯状のセパレータ80と、を有する電極体50を作製する。具体的には、正極板60と負極板70との間にセパレータ80を介在させる態様で、正極板60と負極板70とセパレータ80とを捲回して、捲回電極体である電極体50を作製する(
図8参照)。
【0029】
次に、ステップS5(収容工程)において、電極体50を電池ケース30の内部に収容する。具体的には、まず、蓋体11を用意し、この蓋体11に、正極端子部材41と負極端子部材45を組み付ける。その後、蓋体11に組み付けられた正極端子部材41と電極体50に含まれる正極板60とを接続する。具体的には、正極端子部材41と電極体50に含まれる正極板60とを溶接する。さらに、蓋体11に組み付けられた負極端子部材45と電極体50に含まれる負極板70とを接続する。具体的には、負極端子部材45と電極体50に含まれる負極板70とを溶接する。これにより、蓋体11と電極体50とが、正極端子部材41及び負極端子部材45を介して一体になる。
【0030】
次いで、蓋体11と一体にされた電極体50を、ケース本体21の内部に収容すると共に、蓋体11によってケース本体21の開口を閉塞する。この状態で、蓋体11とケース本体21とを全周溶接する。これにより、ケース本体21と蓋体11とが接合されて、電池ケース30になると共に、組み付け完了電池1Aが作製される(
図9参照)。組み付け完了電池1Aは、電池ケース30と電極体50と正極端子部材41と負極端子部材45とが組み付けられた構造体である。具体的には、組み付け完了電池1Aは、電池ケース30と、電池ケース30の内部に収容された電極体50と、電極体50に接続された正極端子部材41及び負極端子部材45とを備える(
図9参照)。
【0031】
次に、ステップS6(乾燥工程)において、組み付け完了電池1Aを、所定時間加熱乾燥する。これにより、組み付け完了電池1Aの電極体50に含まれる正極活物質層63を乾燥させて、正極活物質層63の水分量を100ppm以上500ppm未満の範囲内の値に調整する。例えば、組み付け完了電池1Aを、100℃の温度で2時間乾燥させることで、正極活物質層63の水分量を102ppmにする。
【0032】
次に、ステップS7(注液工程)において、電極体50を収容した電池ケース30の内部に非水電解液90を注入して、注液完了電池1Bを作製する(
図10参照)。具体的には、組み付け完了電池1Aを構成する電池ケース30の蓋体11には、図示しない注液孔が形成されている。この注液孔を通じて、組み付け完了電池1Aを構成する電池ケース30の内部に非水電解液90を注入する(
図10参照)。これにより、電極体50の内部に非水電解液90を含浸させると共に、電池ケース30の内部の底面側に非水電解液90を収容させる。その後、注液孔を封止することで、注液完了電池1Bが作製される。
【0033】
なお、本実施形態では、ステップS7(注液工程)の直前のステップS6(乾燥工程)において、正極活物質層63の水分量(水分含有率)を、100ppm以上500ppm未満の範囲内の値に調整している。これにより、本実施形態の注液工程では、正極活物質層63の水分量が100ppm以上500ppm未満の範囲内である電極体50を収容した電池ケース30の内部に、非水電解液90が注入されることになる。
【0034】
次いで、ステップS8(初充電工程)において、注液完了電池1Bについて初充電を行う。これにより、注液完了電池1Bが活性化されて、リチウムイオン二次電池1となる。なお、本実施形態の初充電工程では、0.2Cの一定電流値で、注液完了電池1Bの電池電圧値が4.1Vになるまで(すなわち、SOC90%になるまで)、注液完了電池1BについてCC充電を行っている。その後、初充電を終えたリチウムイオン二次電池1について検査を行うことで、リチウムイオン二次電池1が完成して出荷できる状態になる。
【0035】
なお、本実施形態の製造方法では、ステップS3(吸湿工程)とステップS6(乾燥工程)とが、水分量調整工程に相当する。換言すれば、ステップS3(吸湿工程)とステップS6(乾燥工程)とによって水分量調整工程が構成されている。本実施形態では、ステップS2(正極板作製工程)の後のステップS3(吸湿工程)において、予め設定した規定の水分量(規定値)に対して過剰となる水分を正極活物質層63に吸収させておく。その後、ステップS7(注液工程)の直前のステップS6(乾燥工程)において、正極活物質層63の過剰な水分を蒸発させることで、正極活物質層63の水分量を、100ppm以上500ppm未満の範囲内の規定値に調整している。これにより、ステップS7(注液工程)を開始するときの正極活物質層63の水分量を、100ppm以上500ppm未満の範囲内の値にしている。
【0036】
ところで、従来、アルミニウム箔からなる正極集電箔の表面に正極活物質層を有する正極板と、負極板と、LiPF6を含む非水電解液と、を有するリチウムイオン二次電池について、急速充電等の高負荷通電を行ったとき、正極集電箔の局所において高電位となることがあった。そして、この高電位となった局所が腐食することで当該局所の表面からAl(アルミニウム)が溶出し、これが負極表面に堆積することで、内部短絡する虞があった。具体的には、使用初期のリチウムイオン二次電池において、正極集電箔の表面に高耐食性を有するAlF3の被膜が十分に形成されていないために、上述の腐食によってAlの溶出が発生することがあった。
【0037】
これに対し、本実施形態では、前述のように、注液工程(ステップS7)において、正極活物質層63の水分量(水分含有率)が100ppm以上である電極体50を収容した電池ケース30内に、非水電解液90を注入する。正極活物質層63の水分量を100ppm以上とした状態で注液工程を行うことで、当該電池1のその後の製造過程において、正極集電箔61の第1表面61b及び第2表面61cに、高耐食性を有するAlF3の被膜が形成され易くなる。
【0038】
具体的には、正極板60等を収容した電池ケース30内に非水電解液90を注入した後から、当該電池1が出荷できる状態になるまでの間に、下記の一連の反応(a)~(b)が起こることによって、従来に比べて、正極集電箔61の第1表面61b及び第2表面61cにおいて、AlF3の被膜の形成が促進される。特に、初充電工程において、下記の一連の反応(a)~(b)が促進されることで、AlF3の被膜の形成が促進され、正極集電箔61の第1表面61b及び第2表面61cの耐食性が高くなる。
【0039】
なお、従来の製造方法では、正極活物質層に含まれる水分が可能な限り少なくなるように製造しており、正極活物質層の水分量は100ppmよりも遙かに少なくなっている。また、正極板作製工程(ステップS2)に供される正極集電箔61(アルミニウム箔)の第1表面61b及び第2表面61cは、酸化被膜であるAl2O3被膜によって形成されている。従って、注液工程(ステップS7)に供される電極体50に含まれる正極集電箔61の第1表面61b及び第2表面61cも、Al2O3被膜によって形成されている。
【0040】
(a) 注液工程において電池ケース30内に非水電解液90を注入した後、電池ケース30内の正極板60(詳細には、正極活物質層63)に含まれるH2Oが非水電解液90中のLiPF6と反応して、HFが生成される。
LiPF6+H2O→LiF+POF3+2HF (式1)
(b) 生成されたHFが、正極集電箔61の第1表面61b及び第2表面61cをなすAl2O3被膜と反応して、正極集電箔61の第1表面61b及び第2表面61cに、AlF3の被膜が生成される。
Al2O3+6HF→2AlF3+3H2O (式2)
【0041】
従って、上述のようにして製造されるリチウムイオン二次電池1は、従来のリチウムイオン二次電池に比べて、完成して出荷できる状態になった時点における正極集電箔61の第1表面61b及び第2表面61cの耐食性が高くなる。このため、上述の製造方法によって製造されたリチウムイオン二次電池1では、従来のリチウムイオン二次電池に比べて、「使用初期において高負荷通電を行ったときの正極集電箔61の第1表面61b及び第2表面61cからのAl溶出」が低減される。
【0042】
ところで、注液工程を行うときの正極活物質層63の水分量を多くするほど、正極集電箔61の第1表面61b及び第2表面61cにおいてAlF3の被膜が形成され易くなり、正極集電箔61の第1表面61b及び第2表面61cの耐食性を高めることができる。しかしながら、正極活物質層63の水分量を多くし過ぎると、当該リチウムイオン二次電池1の初期容量が低下する。具体的には、後述するように、正極活物質層63の水分量を500ppm以上にすると、リチウムイオン二次電池1の初期容量の低下が大きくなる。従って、注液工程を行うときの正極活物質層63の水分量は、100ppm以上500ppm未満の範囲内であるのが好ましい。
【0043】
これに対し、本実施形態の注液工程では、正極活物質層63の水分量が100ppm以上500ppm未満の範囲内である電極体50を収容した電池ケース30の内部に、非水電解液90を注入する。このようにしてリチウムイオン二次電池1を製造することで、「当該電池1の使用初期において高負荷通電を行ったときの正極集電箔61の第1表面61b及び第2表面61cからのAl溶出」を低減できると共に、当該電池1の初期容量の低下も抑制することができる。
【0044】
<実施例1~3>
実施例1~3では、ステップS6(乾燥工程)における組み付け完了電池1Aの乾燥温度を異ならせて、正極活物質層63の水分量を異ならせた。これにより、ステップS7(注液工程)に供する実施例1~3の組み付け完了電池1Aについて、正極活物質層63の水分量が異なるようにした。それ以外は同様にして、実施例1~3のリチウムイオン二次電池1を作製した。なお、各実施例の正極活物質層63の水分量は、公知のカールフィシャー水分計によって測定している。
【0045】
具体的には、実施例1では、ステップS6(乾燥工程)において、組み付け完了電池1Aを100℃の温度で2時間乾燥させて、正極活物質層63の水分量を102ppmにした。これにより、ステップS7(注液工程)に供する組み付け完了電池1Aについて、正極活物質層63の水分量を102ppmにした。従って、実施例1の注液工程では、正極活物質層63の水分量が102ppmである電極体50を収容した電池ケース30の内部に、非水電解液90を注入したことになる。
【0046】
実施例2では、ステップS6(乾燥工程)において、組み付け完了電池1Aを80℃の温度で2時間乾燥させて、正極活物質層63の水分量を158ppmにした。これにより、ステップS7(注液工程)に供する組み付け完了電池1Aについて、正極活物質層63の水分量を158ppmにした。従って、実施例2の注液工程では、正極活物質層63の水分量が158ppmである電極体50を収容した電池ケース30の内部に、非水電解液90を注入したことになる。
【0047】
実施例3では、ステップS6(乾燥工程)において、組み付け完了電池1Aを30℃の温度で2時間乾燥させて、正極活物質層63の水分量を500ppmにした。これにより、ステップS7(注液工程)に供する組み付け完了電池1Aについて、正極活物質層63の水分量を500ppmにした。従って、実施例3の注液工程では、正極活物質層63の水分量が500ppmである電極体50を収容した電池ケース30の内部に、非水電解液90を注入したことになる。
【0048】
<比較例1>
比較例1では、ステップS6(乾燥工程)において、組み付け完了電池1Aを110℃の温度で2時間乾燥させて、正極活物質層63の水分量を68ppmにした。これにより、ステップS7(注液工程)に供する組み付け完了電池1Aについて、正極活物質層63の水分量を68ppmにした。従って、比較例1の注液工程では、正極活物質層63の水分量が68ppmである電極体50を収容した電池ケース30の内部に、非水電解液90を注入したことになる。それ以外は実施例1と同様にして、比較例1のリチウムイオン二次電池を作製した。
【0049】
<高負荷通電試験>
次に、実施例1~3及び比較例1のリチウムイオン二次電池について、高負荷通電試験を行った。なお、本試験に供されるリチウムイオン二次電池は、いずれも、完成して出荷できる状態になった時点のリチウムイオン二次電池であり、未使用品(すなわち、新品)である。従って、本試験に供されるリチウムイオン二次電池は、いずれも、本試験による高負荷通電が、使用初期における高負荷通電となる。
【0050】
本試験では、各リチウムイオン二次電池について、25℃の温度環境下で、下記の充放電サイクルを1サイクルとして、20サイクルの充放電を行った。具体的には、充放電サイクルは、以下の通りである。まず、1Cの電流値で、SOC80%(すなわち、電池電圧値が4.0V)になるまで充電する。その後、0.2Cの電流値で、SOC15%(すなわち、電池電圧値が3.5V)になるまで放電する。その後、8時間休止する。この充放電サイクルを1サイクルとして、20サイクルの充放電を行った。
【0051】
各リチウムイオン二次電池について、上述の充放電サイクルを20サイクル行った後、正極集電箔61の第1表面61b及び第2表面61cからのAl溶出の有無を調査した。具体的には、充放電サイクルを20サイクル行った後、各リチウムイオン二次電池を解体して正極板を取り出す。そして、取り出した正極板を、エチルメチルカーボネート中に10分間浸漬させ、その後乾燥させて、正極板に付着している非水電解液90の成分を除去する。その後、この正極板の正極集電箔61から正極活物質層を剥離して、正極集電箔61の第1表面61b及び第2表面61cを露出させる。そして、正極集電箔61の第1表面61b及び第2表面61cをマイクロスコープで観察して、孔食の有無を確認した。なお、孔食は、正極集電箔61の第1表面61b及び第2表面61cからのAl溶出に因るものである。従って、孔食の有無によって、Al溶出の有無を判断することができる。この結果を表1に示す。なお、表1では、「Al孔食」と記載している。
【0052】
【0053】
表1に示すように、実施例1~3では、正極集電箔61の第1表面61b及び第2表面61cに孔食は存在しなかった。この結果から、実施例1~3のリチウムイオン二次電池1では、使用初期において高負荷通電を行ったときに、正極集電箔61の第1表面61b及び第2表面61cからのAl溶出を防止することができたといえる。従って、実施例1~3のリチウムイオン二次電池1は、使用初期において高負荷通電を行ったときに、正極集電箔61の第1表面61b及び第2表面61cからのAl溶出が発生し難いリチウムイオン二次電池であるといえる。
【0054】
一方、比較例1では、正極集電箔61の第1表面61b及び第2表面61cに孔食が存在した。従って、比較例1のリチウムイオン二次電池は、使用初期において高負荷通電を行ったときに、正極集電箔61の第1表面61b及び第2表面61cからのAl溶出が発生し易いリチウムイオン二次電池であるといえる。
【0055】
以上の結果より、注液工程(ステップS7)において、正極活物質層63の水分量(水分含有率)が100ppm以上である電極体50を収容した電池ケース30内に、非水電解液90を注入することで、「使用初期において高負荷通電を行ったときの正極集電箔の表面からのAl溶出」を低減することができるリチウムイオン二次電池を製造することができるといえる。従って、本実施形態の製造方法は、「使用初期において高負荷通電を行ったときの正極集電箔の表面からのAl溶出」を低減することができるリチウムイオン二次電池の製造方法であるといえる。
【0056】
<初期容量測定試験>
実施例1~3及び比較例1のリチウムイオン二次電池について、初期容量を測定した。なお、本試験に供されるリチウムイオン二次電池は、いずれも、完成して出荷できる状態になった時点のリチウムイオン二次電池であり、未使用品(すなわち、新品)である。具体的には、まず、各リチウムイオン二次電池について、0.2Cの電流値で、電池電圧値が4.2Vになるまで充電する。その後、電池電圧値を4.2Vに維持しつつ充電を行って、SOC100%にする。その後、0.2Cの電流値で、電池電圧値が3.0Vになるまで放電する。その後、電池電圧値を3.0Vに維持しつつ放電を行って、SOC0%にする。このとき、SOC100%からSOC0%になるまでの放電電気量を、各リチウムイオン二次電池の初期容量として測定した。そして、各リチウムイオン二次電池の初期容量の大きさを評価した。その結果を表1に示す。
【0057】
表1に○印で示すように、実施例1,2及び比較例1のリチウムイオン二次電池では、十分な初期容量を得ることができた。具体的には、初期容量は、比較例1が一番大きく、実施例1が2番目に大きく、実施例2が3番目に大きかった。詳細には、実施例1,2のリチウムイオン二次電池の初期容量は、比較例1のリチウムイオン二次電池の初期容量よりも小さくなったが、その低下量は僅かであった。
【0058】
一方、実施例3のリチウムイオン二次電池では、表1に△印で示すように、比較例1のリチウムイオン二次電池の初期容量よりも小さくなり、その低下量は、実施例1,2のリチウムイオン二次電池に比べて大きくなった。以上の結果から、注液工程を行うときの正極活物質層63の水分量を多くするほど、リチウムイオン二次電池の初期容量が小さくなり、その水分量を500ppm以上にすると、リチウムイオン二次電池の初期容量の低下が大きくなることが判った。
【0059】
前述の高負荷通電試験の結果と初期容量測定試験の結果から、注液工程を行うときの正極活物質層63の水分量は、100ppm以上500ppm未満の範囲内であるのがより好ましいといえる。具体的には、高負荷通電試験の結果より、注液工程を行うときの正極活物質層63の水分量を100ppm以上とすることで、正極集電箔61からのAl溶出を抑制する効果を得ることができるといえる。但し、初期容量測定試験の結果から、注液工程を行うときの正極活物質層63の水分量を500ppm以上にすると、リチウムイオン二次電池の初期容量の低下が大きくなることが判った。従って、注液工程を行うときの正極活物質層63の水分量を、100ppm以上500ppm未満の範囲内とするのが、より好ましいといえる。
【0060】
以上において、本発明を実施形態に即して説明したが、本発明は前記実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で、適宜変更して適用できることはいうまでもない。
【符号の説明】
【0061】
1 リチウムイオン二次電池
1A 組み付け完了電池
1B 注液完了電池
30 電池ケース
50 電極体
60 正極板
61 正極集電箔
63 正極活物質層
63P 正極ペースト
64 正極活物質粒子
65 バインダ
66 導電材
69 溶媒
70 負極板
90 非水電解液