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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-02
(45)【発行日】2024-08-13
(54)【発明の名称】放射線治療用ボーラス材
(51)【国際特許分類】
   A61N 5/10 20060101AFI20240805BHJP
   A61K 41/00 20200101ALI20240805BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20240805BHJP
【FI】
A61N5/10 Z
A61K41/00
A61P35/00
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2021015603
(22)【出願日】2021-02-03
(65)【公開番号】P2022118838
(43)【公開日】2022-08-16
【審査請求日】2023-12-07
(73)【特許権者】
【識別番号】390017891
【氏名又は名称】シヤチハタ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100078101
【弁理士】
【氏名又は名称】綿貫 達雄
(74)【代理人】
【識別番号】100085523
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 文夫
(74)【代理人】
【識別番号】230117259
【弁護士】
【氏名又は名称】綿貫 敬典
(72)【発明者】
【氏名】水野 清和
【審査官】鈴木 敏史
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-76478(JP,A)
【文献】特開2002-173638(JP,A)
【文献】特開2008-13695(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61N 5/10
A61K 41/00
A61P 35/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリオールを含む主剤と、ポリイソシアネートと、少なくとも安息香酸エステル系可塑剤又はアジピン酸エステル系可塑剤をとを含み、前記可塑剤の粘度が100mPa・s以下であることを特徴とする放射線治療用ボーラス材。
【請求項2】
アクリル系のレベリング剤をさらに含有することを特徴とする請求項1に記載の放射線治療用ボーラス材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放射線治療を行う際に人体に密着させて用いられる放射線治療用ボーラス材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
人体に放射線を照射すると、体内における放射線吸収量は体表面から深くなるに連れて増加するが、ピーク点を過ぎると次第に減少して行く。このため患部がピーク点よりも浅い位置にある場合には、放射線を効率的に患部に吸収させることができなくなる。そこで、放射線に対する特性が人体に類似する材料からなるボーラス材を体表面に密着させて放射線を照射することにより、ピーク点の位置を患部深さに一致させることが行われている。
【0003】
このような放射線治療用のボーラス材には、体表面に密着させ易いように、適度の柔軟性や粘着性が求められる。そこで従来から、特許文献1に示されるようなウレタン製のボーラス材が提案されている。特許文献1のボーラス材は、ポリウレタンゲル状弾性体からなるもので、ポリプロピレングリコールなどの常温で液状のアルキレンオキサイドをゲル形成の分散剤とし、イソシアネート化合物をゲル形成の骨格物質としたセグメントポリウレタンであり、反応の触媒として錫変性触媒を用いたものである。
【0004】
しかしこのような従来のボーラス材は原料を撹拌して反応させる際に気泡を巻き込み易く、巻き込まれた気泡が放射線の透過性に悪影響を及ぼしたり、透明性を阻害するおそれがあった。さらに、気泡の巻き込みによってボーラス材の比重が変化し、人体の比重から外れるおそれもあった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平05-42228号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って本発明の目的は上記した従来の問題点を解決し、適度の柔軟性や粘着性を備え、しかも気泡を巻き込みにくいウレタン系の放射線治療用ボーラス材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するためになされた本発明の放射線治療用ボーラス材は、ポリオールを含む主剤と、ポリイソシアネートと、粘度が100mPa・s以下の安息香酸エステル系可塑剤からなることを特徴とするものである。なお、アクリル系のレベリング剤をさらに含有させることができる。
【発明の効果】
【0008】
本発明の放射線治療用ボーラス材は、ポリオールを含む主剤とポリイソシアネートを反応させたポリウレタンからなるものであり、体表面に密着させるに適した柔軟性や粘着性を備えている。また本発明の放射線治療用ボーラス材は粘度が100mPa・s以下の安息香酸エステル系可塑剤を含むため、原料であるポリオールとポリイソシアネートとを撹拌して反応させる際に低粘度となり、気泡を巻き込みにくく、脱泡し易くなる。このため本発明の放射線治療用ボーラス材は、気泡の巻き込みによる透明性の低下や、比重のずれをなくすことができる。また、アクリル系のレベリング剤を含有させることにより、消泡効果をさらに高めることができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の放射線治療用ボーラス材は、ポリオールを含む主剤と、ポリイソシアネートを反応させたポリウレタンからなる。ポリオールは多価アルコールとも呼ばれ、1分子中にアルコール性ヒドロキシ基を2個以上もつ有機化合物をいう。ヒドロキシ基の数により、二価アルコール、三価アルコールなどと呼ばれる。たとえばグリセリンは三価アルコール、D-グルシトールは六価アルコールである。
【0010】
ポリオールの分子量を大きくすると網目架橋構造の網目が大きくなって柔らかくなり、分子量を小さくすると網目が小さくなって硬くなる。しかしポリオールの分子量を大きくすると粘度が上がり、撹拌時に気泡を巻き込み易くなる。このため、ポリオールの分子量は3000~7000であることが好ましい。
【0011】
イソシアネートとしては、φ-フェニレンジイソシアネート、2、4-トルイレンイソシアネート(TDI)、4-4´-ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)、ナフタリン1、5-ジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネート(HDI)、テトラメチレンジイソシアネート(TMDI)、リジンジイソシアネート、キシリレンジイソシアネート(XDI)、水添加TDI、水添加MDI、ジシクロヘキシルジメチルメタンp-p‘-ジイソシアネート、ジエチルフマレートジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート(IPDI)等を用いることができる。
ボーラス材を無色透明とする場合には、HDI、IPDI、XDI、水添加TDIなどの芳香族環にイソシアネート基を置換しないポリイソシアネートを用いることで、ボーラス材が黄変することを防止することができる為、好ましい。
【0012】
本発明の放射線治療用ボーラス材は、ポリオールを含む主剤とポリイソシアネートの他に、粘度が100mPa・s以下の安息香酸エステル系可塑剤を含む。これにより原料を撹拌し反応させる際の粘度が低下し、撹拌時に気泡を巻き込みにくくなる。従って、気泡の巻き込みによる放射線の透過性への悪影響、透明性の低下、比重の変化などの従来の問題を解消することができる。また、安息香酸エステル系可塑剤又は、アジピン酸エステル系可塑剤を含ませて得られたウレタン製のボーラス材は、十分な柔軟性と粘着力を有する。
【0013】
安息香酸エステル系可塑剤はウレタン樹脂の可塑剤として多くの種類が用いられているが、本発明では粘度が100mPa・s以下のものを選択して使用する。具体的には、ジエチレングリコールジベンゾエート(DEGDB)、ジプロピレングリコールジベンゾエート(DPGDB)、1、2-プロピレングリコールジベンゾエート、1、2-ブチレングリコールジベンゾエート、1、3-ブチレングリコールジベンゾエート、ジエチレングリコールジベンゾエート、ジプロピレングリコールジベンゾエート、トリプロピレングリコールジベンゾエート、2、2、4-トリメチル-1、3-ペンタンジオールイソブチレートベンゾエート、2、2、4-トリメチル-1、3-ペンタンジオールジベンゾエート等のアルキレングリコールジベンゾエート等を挙げることができる。安息香酸エステルとしては市販品も好適に用いることができ、例えばDIC株式会社製の「モノサイザーPB-3A(粘度92mPa・s)」及び「モノサイザーPB-10(粘度88mPa・s)」等が挙げられる。
【0014】
本発明においては、使用する可塑剤としてアジピン酸エステル系可塑剤を使用しても良い。安息香酸エステル系可塑剤はウレタン樹脂の可塑剤として多くの種類が用いられているが、本発明では粘度が100mPa・s以下のものを選択して使用する。
アジピン酸エステル系可塑剤としては、たとえば、アジピン酸ビス(2-エチルヘキシル)、アジピン酸ジイソノニル、アジピン酸ジn-アルキル、アジピン酸ジイソデシル、アジピン酸ビス(2-ブトキシエチル)、アジピン酸ジブトキシエチル、アジピン酸ジ(ブトキシエトキシエチル)、アジピン酸ジ(メトキシテトラエチレングリコール)、アジピン酸ジ(メトキシペンタエチレングリコール)、アジピン酸(メトキシテトラエチレングリコール)(メトキシペンタエチレングリコール)などの他、アジピン酸エステル系可塑剤としては市販品も好適に用いることができ、例えばDIC株式会社製の「モノサイザーW-242(粘度25mPa・s)」、大八化学工業株式会社製の「DBA(粘度4.9mPa・s)」、「DIBA(粘度5.3mPa・s)」、「DOA(粘度14mPa・s)」、「DINA(粘度16mPa・s)」、「DIDA(粘度22mPa・s)」、「BXA-N(粘度18mPa・s)」、「BXA-R(粘度15mPa・s)」等が挙げられる。
前記安息香酸エステル系可塑剤と、アジピン酸系エステル系可塑剤は、併用することも出来、前記可塑剤の粘度は、100mPa・s以下4.5mPa・s以上が好ましい。
【0015】
可塑剤の粘度の測定は、可塑剤をサンプル管瓶に収容して行った。粘度は、可塑剤を液温25℃に調整し、可塑剤をB型粘度計にて回転速度60rpmで測定した。なお、測定ローターは、ローターの測定上限値を考慮し、適切なローターを選択した。
【0016】
本発明の放射線治療用ボーラス材はさらに消泡剤として、アクリル系のレベリング剤を含有することができる。これはアクリル樹脂を基本骨格としているレベリング剤であり、一部シリコーンで変性されていてもよい。例えばビックケミージャパン株式会社の品番、BYK-350、BYK-352、BYK-353、BYK-354、BYK-355、BYK-356、BYK-358、BYK-361N、BYK-380、BYK-381、BYK-392、BYK-394、BYK-3441等を挙げることができる。
また、前記アクリル系のレベリング材は、アクリルポリマーであっても良い。ここで、アクリルポリマーとは、アクリル酸、メタクリル酸、アクリレート、およびメタクリレートからなる群から選択される少なくとも一種のモノマーを重合させることによって得られるポリマーの総称である。これらのポリマーは、異なるモノマーを重合させたコポリマーであってもよく、また本発明の効果を損なわない範囲で、前記した以外のモノマーを含んでいてもよい。
【実施例
【0017】
本発明の放射線治療用ボーラス材の特性を確認するため、以下の実験を行った。
表1に示すように、各実施例及び比較例では、ポリオールを含む主剤であるポリオキシプロピレングリセリルエーテル80部(表1中にGA-4000と表示)に対して、いずれもイソシアネートとして、HDI(ヘキサメチレンジイソシアネート)を選択、使用した。添加比率としては、イソシアネートINDEXが70となるように調整した。なお、イソシアネートインデックスとは、ポリイソシアネートのイソシアネート基のモル数を、ポリオール、発泡剤(水)等の全活性水素基のモル数で除した値に100をかけた値であり、本実験例でのHDIの実際の添加重量は、3.67部である。
なお、ウレタンボーラス材として使用する場合においては、前記イソシアネートINDEXは、65~75程度とすることが好ましい。65より小さいと、架橋密度が低く、粘着性が大きくなりすぎる。また、75より大きいと、架橋密度が高く、柔軟性が得られない。
事前に前記ポリオキシレピロピレングリセルエーテルに可塑剤20部及び触媒を混合攪拌し、その後に、前記イソシアネートを混合撹拌して反応させて、ボーラス材を得た。GA-4000は三洋化成株式会社の品名である。触媒は日本化学産業株式会社から「ニッカチオックス錫」の品名で市販されている錫系触媒を使用した。
【0018】
可塑剤としては、PB-10、PB-3A、W-83、W-1410-EL、W-242の5種類を用いた。実施例1と実施例4のPB-10は安息香酸エステル系可塑剤であり、その粘度は88mPa・s、実施例2と実施例5のPB-3Aも安息香酸エステル系可塑剤でありその粘度は92mPa・sであった。また、実施例3のW-242は、アジピン酸系可塑剤でありその粘度は25mPa・sであった。
比較例1のW-83は安息香酸エステル系可塑剤であるが、その粘度は640mPa・sと高く、比較例2のW-1410-ELはアジピン酸系ポリエステルであり、その粘度は600mPa・sであった。粘度の測定は、サンプルを液温25℃に調整し、B型粘度計を用いて6rpmと60rpmで測定した。なお、実施例4と実施例5には、レベリング剤(BYK392)を可塑剤と同時に添加した。
【0019】
得られたボーラス材の気泡の有無、柔軟性、粘着性、移行性を評価し、表1中に記載した。気泡の有無は肉眼で観察した。
気泡の有無について、得られたボーラス材中に、気泡が全く混入しておらず、十分な透明性が確保されている場合は◎、気泡が若干混入するものの、十分な透明性が確保されている場合は〇、透明性が確保できない程に気泡が多数混入している場合は×として評価した。
【0020】
柔軟性は、ボーラス材に直径10mmのジルコニアボールを押し付け、完全に押し込むためにかかった荷重を測定した。この荷重が大きいと柔軟性が低く、この荷重が小さいと柔軟性が高いこととなる。この荷重が300g未満ではボーラス材として使用するには柔らか過ぎ、800gを超えると硬過ぎ、300~800gが好適である。
【0021】
粘着性は、幅10mmのシート端部をボーラス材に貼り付け、このシートの他端を測定子で掴んで一定速度で引張り、ボーラス材から剥離させてその際に測定子に係る荷重を測定した。この荷重が0.05Kgf未満の場合には粘着性が弱く、0.05~0.2Kgfの場合は粘着性が良好であり、0.2Kgfを超えると粘着性が高すぎる。移行性はボーラス材を手に貼り付けた後に剥がし、手に粘着物が残るか否かで判断した。
【0022】
移行性は、得られたボーラス材を直接手で触ることにより確認を行った。手で触った際に、液状の析出分(ブリード)が無く、手への移行が無いと認められる場合は〇、手で触った際に、液状の析出分(ブリード)があり、手への移行が認められる場合は×と評価した。
【0023】
【表1】
【0024】
この表1のデータに示されるように、可塑剤の粘度を100mPa・s以下とした実施例1~4は、何れも気泡の巻き込みがなかったが、可塑剤の粘度が高い比較例1、2は気泡を巻き込んでいた。
【0025】
上記したように、本発明の放射線治療用ボーラス材は適度の柔軟性や粘着性を備え、しかも気泡の巻き込みがない。このため、気泡の巻き込みによる放射線の透過性の変化、透明性の低下、比重のずれ等の従来の問題点を解消することができる。