(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-02
(45)【発行日】2024-08-13
(54)【発明の名称】マイクロ流路における分注装置およびマイクロ流路デバイス
(51)【国際特許分類】
G01N 35/08 20060101AFI20240805BHJP
B01J 19/00 20060101ALI20240805BHJP
B81B 1/00 20060101ALI20240805BHJP
G01N 37/00 20060101ALI20240805BHJP
【FI】
G01N35/08 A
B01J19/00 321
B81B1/00
G01N37/00 101
(21)【出願番号】P 2020190959
(22)【出願日】2020-11-17
【審査請求日】2023-11-17
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 公開者名 夏原大悟、瀧下啓介、田中輝介、鹿毛あずさ、永井萌土、水上優子、坂紀邦、柴田隆行 刊行物名 日本機械学会第10回マイクロ・ナノ工学シンポジウム講演論文集、No.19-317 発行日 令和元年11月19日 公開者名 夏原大悟、瀧下啓介、田中輝介、鹿毛あずさ、永井萌土、水上優子、坂紀邦、柴田隆行 集会名および集会場所 集会名:日本機械学会第10回マイクロ・ナノ工学シンポジウム、集会場所:アクトシティ浜松(静岡県浜松市中区板屋町111-1) 開催日 令和元年11月19日~21日 公開者名 夏原大悟、瀧下啓介、田中輝介、鹿毛あずさ、永井萌土、水上優子、坂紀邦、柴田隆行 刊行物名 2020年度精密工学会春季大会学術講演会講演論文集、168頁~169頁 発行日 令和2年3月1日 公開者名 夏原大悟、田中輝介、青沼宏佳、櫻井達也、永井萌土、嘉糠洋陸、柴田隆行 公開したウェブサイト https://microtas2020.org/cgi-bin/download.cgi(なお、同サイトにおける刊行物名は、次のとおりである。24th International Conference on Miniaturized Systems for Chemistry and Life Sciences,978-1-7334190-1-7/μTAS、1189頁~1190頁) 発行日 令和2年9月29日 公開者名 夏原大悟、田中輝介、青沼宏佳、櫻井達也、永井萌土、嘉糠洋陸、柴田隆行 集会名および集会場所 集会名:24th International Conference on Miniaturized Systems for Chemistry and Life Sciences、集会場所:オンライン開催(アクセス先アドレス:www.MicroTAS2020.org) 開催日 令和2年10月4日~9日
(73)【特許権者】
【識別番号】304027349
【氏名又は名称】国立大学法人豊橋技術科学大学
(74)【代理人】
【識別番号】100149320
【氏名又は名称】井川 浩文
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】柴田 隆行
(72)【発明者】
【氏名】夏原 大悟
(72)【発明者】
【氏名】永井 萌土
(72)【発明者】
【氏名】山本 隆晴
【審査官】外川 敬之
(56)【参考文献】
【文献】特開2022-08002(JP,A)
【文献】特開2008-281500(JP,A)
【文献】特開2010-057403(JP,A)
【文献】特開2009-284769(JP,A)
【文献】国際公開第2009/078107(WO,A1)
【文献】特開2014-199206(JP,A)
【文献】特開2006-247533(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2012/0103427(US,A1)
【文献】夏原大悟ほか,節足動物媒介性ウイルスのオンチップ感染症診断デバイスの開発 (第2報),2018年度精密工学会秋季大会学術講演会講演論文集,2018年08月20日,G02-12,p.772-773
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 35/08
G01N 37/00
B01J 19/00
B81B 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一方向に流体を流下させる主流路と、該主流路から分岐する複数の分岐流路とを備え、前記主流路を流下する流体を該主流路の上流側から分岐流路に順次分流させるマイクロ流路における流体分注装置であって、
前記主流路は、前記各分岐流路が形成される各分岐位置の近傍において該分岐位置よりも下流側にそれぞれ設けられた第1流路内抵抗部を備え、
前記各分岐流路は、前記主流路から分岐した位置から適宜距離を有して設けられた第2流路内抵抗部と、前記分岐位置から該第2流路内抵抗部までの間において流路断面積を拡大させたチャンバ領域部とを備え、
前記第1流路内抵抗部および前記第2流路内抵抗部は、それぞれの流路を幅方向にのみを収縮させることにより流路断面積を縮小させ、供給される流体の表面張力の作用により流体の流下に抗する圧力を付与するものであって、第1流路内抵抗部が設けられた流路断面積は、第2流路内抵抗部が設けられた流路断面積よりも大きくなるように形成されていることを特徴とする流体分注装置。
【請求項2】
前記第1流路内抵抗部および前記第2流路内抵抗部は、流路内側壁の片方から対向側壁に向かって膨出させて形成された突起部、または流路内に付設された障害部によって構成されるものである請求項1に記載の流体分注装置。
【請求項3】
前記第1流路内抵抗部および前記第2流路内抵抗部は、突起部の端面または障害部の端面と対向する流路内側壁との間隙を調整することにより所望の流路断面積とするものである請求項2に記載の流体分注装置。
【請求項4】
前記主流路および前記分岐流路は、いずれもの対向する壁面を有する断面矩形に形成され、かつ両流路が同じ流路断面積で構成されており、第1流路内抵抗部および前記第2流路内抵抗部の流路断面は、前記突起部の端面または障害部の端面と他の流路内壁面とで矩形に形成されるものである請求項3に記載の流体分注装置。
【請求項5】
前記第1流路内抵抗部による流下に抗する圧力が限界となる第1限界圧力は、少なくとも分岐流路に分注させる流体がチャンバ領域部を充満するまでに流路抵抗により生ずる全ての圧力よりも大きくなるように構成され、第2流路内抵抗部による流下に抗する圧力が限界となる第2限界圧力は、前記第1限界圧力と、前記分岐流路における流路抵抗により生ずる全ての圧力との合計よりも大きくなるように構成されたものである請求項1~4のいずれかに記載の流体分注装置。
【請求項6】
前記複数の分岐流路のうちの任意の分岐流路における前記第2流路内抵抗部による流下に抗する圧力が限界となる第2限界圧力は、該第2流路内抵抗部が設けられている分岐流路における流路抵抗により生ずる圧力の合計と、前記任意の分岐流路に分注させる第1流路内抵抗部による流下に抗する圧力が限界となる第1限界圧力と、該第1流路内抵抗部から下流側に存在する複数の第1流路内抵抗部における相互間の全ての流路抵抗により生ずる圧力の合計との合算よりも大きくなるように構成されたものである請求項1~5のいずれかに記載の流体分注装置。
【請求項7】
前記分岐流路は、前記主流路との分岐位置から前記チャンバ領域部までの間に第3流路内抵抗部が形成されたものであり、該第3流路内抵抗部における流路断面積は、第1流路内抵抗部における流路断面積よりも大きく構成されるものである請求項1~6のいずれかに記載の流体分注装置。
【請求項8】
前記分岐流路は、前記主流路を中心として両側に交互に分岐されるものである請求項1~7のいずれかに記載の流体分注装置。
【請求項9】
マイクロ流路チップ内に請求項1~8のいずれかに記載した流体分注装置を構成する複数のマイクロ流路を備えるマイクロ流路デバイスであって、
前記流体分注装置を構成する主流路および分岐流路と、該主流路に対し流体を供給する送液部と、該送液部に流体を注入する流体注入部と、前記分岐流路に形成されるチャンバ領域部に設けられる反応容器と、前記主流路の末端および前記分岐流路の末端のそれぞれに連続して形成され、該両流路から流体を排出する二つの排出部とを備えることを特徴とするマイクロ流路デバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マイクロ流路において、主流路から複数の分岐流路に分注させるための分注装置と、この分注装置を有するマイクロ流路デバイスに関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、複数のウイルス検査(遺伝子増幅反応)を行う場合には、当該検査数に相当する数のマーカーを要し、検査対象の数だけ反応行うため、その都度、サンプルと試薬の調製を必要としていた。そのため、専門知識やスキルが要求されるものとなっていた。遺伝子増幅反応には、PCR(Polymerase Chain Reaction)法やLAMP(Loop-Mediated Isothermal Amplification)法などがあり、PCR法は、三段階の温度調整とともに、合成酵素およびプライマーを用いてDNAを増幅させるものであり、LAMP法は、プライマーと鎖置換合成酵素により、DNAにおける目的の塩基配列を増幅させるものである。これらのいずれの遺伝子増幅反応を用いる場合においても、複数の検査においては複数の反応容器を必要とするものであった。
【0003】
上記のような複数のウイルス検査は、例えば、節足動物媒介性ウイルスによる感染症(例えば、デング熱やジカ熱など)を発見する際に用いられることがあり、当該感染症に起因する遺伝子を増幅するためのプライマーを反応容器に固定し、これに節足動物から採取した遺伝子サンプルと遺伝子増幅試薬を混合して加えることによるものである。また、近年流行するコロナウイルス感染症(COVID-19)における検査においても、PCR法を利用して、同種のウイルス検査が行われている。
【0004】
他方、生物学的な分析においてはμ-TAS(Micro Total Analysis Systems)などのマイクロチップを使用した検査装置が用いられており、これらの装置は、少量の試料によって反応させることができるものである。また、このような検査装置は、マイクロ流路を形成し、反応容器に対して所定の検査用液体を供給するように構成されたものであった。そして、同時に複数の反応容器に同じ検査用液体を供給するため、主流路と分岐流路とが構成され、検査用液体は、主流路を経由して複数の反応容器に供給されるものが開発されている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】2018年度精密工学会秋季大会学術講演会講演論文集、G02-12、772頁-773頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前掲の特許文献1に開示される技術は、主流路に対し、複数の分岐流路を形成し、その分岐流路に収容部(反応容器)が形成されたものであり、収容部への液体供給を円滑に行うため、収容部に排気部を接続したものであった。この排気部の構成により、収容部への液体供給は円滑となるが、主流路および分岐流路を通過する液体の送液も円滑となり、個々の収容部(反応容器)に供給された液体の貯留状態が不安定となり、また相互のコンタミネーションを生じさせることが懸念されるものであった。
【0008】
そこで、本願の発明者らは、主流路および分岐流路の適宜位置に流路内抵抗部を設け、これをバルブのように挙動させることにより、各分岐流路に設けられる反応容器に適量の液体を供給し、かつ逆流の生じない分注装置を開発した。この技術は、上記分注装置における流路内抵抗部は、流路底面を嵩上げした浅底構造であって、その浅底構造部に傾斜を設けることにより、抵抗の程度(限界圧力)を調整し、主流路に供給された液体を上流側から順次分岐流路へ分注するものであった(非特許文献1参照)。
【0009】
ところが、上記技術における流路内抵抗部は、流路底面を嵩上げした浅底構造であるため、ソフトリソグラフィ技術によって製造する際、流路底面の嵩上げには、複数回のパターニング処理を行うことが要求され、浅底構造部の流路断面を精密に構成することが難しかった。また、浅底構造部を流路方向に対して傾斜させる角度によって限界圧力を調整する場合、確かに角度の大きさにより限界圧力を調整することができるものであったが、その角度を流路方向に対して45°よりも小さい場合には、抵抗の程度が小さくなるため、結果的に、90°から45°程度の範囲で調整しなければならなかった。そのため、限界圧力の差が小さくなり、多数の分岐流路を形成させることができないという不具合が生じていた。
【0010】
本発明は、上記諸点に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、ソフトリソグラフィ技術によって容易に製造でき、かつ比較的多数の分岐流路を構成し得る分注装置と、その分注装置を有するマイクロ流路デバイスを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
そこで、マイクロ流路における分注装置に係る本発明は、一方向に流体を流下させる主流路と、該主流路から分岐する複数の分岐流路とを備え、前記主流路を流下する流体を該主流路の上流側から分岐流路に順次分流させるマイクロ流路における流体分注装置であって、前記主流路は、前記各分岐流路が形成される各分岐位置の近傍において該分岐位置よりも下流側にそれぞれ設けられた第1流路内抵抗部を備え、前記各分岐流路は、前記主流路から分岐した位置から適宜距離を有して設けられた第2流路内抵抗部と、前記分岐位置から該第2流路内抵抗部までの間において流路断面積を拡大させたチャンバ領域部とを備え、前記第1流路内抵抗部および前記第2流路内抵抗部は、それぞれの流路を幅方向にのみを収縮させることにより流路断面積を縮小させ、供給される流体の表面張力の作用により流体の流下に抗する圧力を付与するものであって、第1流路内抵抗部が設けられた流路断面積は、第2流路内抵抗部が設けられた流路断面積よりも大きくなるように形成されていることを特徴とする。
【0012】
上記構成によれば、第1流路内抵抗部および第2流路抵抗部は、いずれも幅方向にのみ収縮させて流路断面積を縮小させる構成であるため、ソフトリソグラフィ技術により製作する場合、1回のパターニング処理により製造することができる。また、流路抵抗部による流下に抗する圧力付与に係るメカニズムは、縮小された流路断面積の大きさによるものであるため、流路方向に対する角度調整とは異なり、広い範囲での調整が可能となる。そのため多数の分岐流路を形成することができる。
【0013】
ここで、主流路に設けられる第1流路内抵抗部の流路断面積は、分岐流路に設けられる第2流路内抵抗部の流路断面積よりも大きく構成されており、流下に抗する圧力が限界となるとき(以下、当該限界時に圧力を「限界圧力」と称する場合がある)は、第1流路内抵抗部よりも第2流路内抵抗部が大きくなっている。そのため、主流路を流下する流体は、分岐位置近傍において第1流路内抵抗部により流下に抗する圧力が付与されて一時的に流下が阻害され、分岐流路に流入し、第2流路内抵抗部では、流下に抗する大きい圧力付与により流下が停止された状態で、限界圧力の差に伴って、当該第1流路内抵抗部においてのみ限界圧力を超える状態となって決壊し、主流路を先方へ流下することとなる。そして、次順位においても同様に、次の分岐位置近傍で第1流路内抵抗部により一時的な流下阻害がなされ、分岐流路に流体を供給した後、第1流路内抵抗部に対して限界圧力を超える圧力が作用して決壊し、さらに先方へ流下することとなる。このようにして、所定の数の分岐流路に対して順次分注することができるものである。
【0014】
なお、分岐流路が形成されている「分岐位置」とは、当該分岐流路が主流路壁面で開口する開口部の全体を意味するものであり、第1流路内抵抗部が設けられる分岐位置の「近傍」とは、分岐流路における開口部の開口を阻害することなく、その開口部に連続する状態および分岐位置から適宜間隔を有する状態を意味するものである。流体とは、単一の液体である場合のほか複数の液体が混合した混合液である場合もあり、また、微細な粒体を含むサスペンジョンなどの場合がある。また、マイクロ流路は、一般的に0.005~2.0mm2程度の流路断面積を有する流路であり、マイクロ流体(1~500マイクロリットル程度の微小な液状流体)を送液するための流路であって、マイクロ流体の表面張力や流路内壁面との粘性抵抗等によって、一般的な液体の送液の場合とは異なる挙動を生じさせるものである。
【0015】
上記構成の発明において、前記第1流路内抵抗部および前記第2流路内抵抗部は、流路内側壁の片方から対向側壁に向かって膨出させて形成された突起部、または流路内に付設された障害部によって構成されるものとすることができる。
【0016】
上記構成によれば、流路内抵抗部は、流路内側壁を膨出させた突起形状により対向する他方の側壁との間隔により縮小させた流路断面を構成することができ、また、流路内に障害部が設けられることにより流路内壁面との間で形成される間隙により流路断面を構成することとなるため、その流路内断面を精密に調整することができる。このときソフトリソグラフィ技術によって、これらの突起部または障害部を設ける場合であっても、1回のパターニング処理によって形成させることが可能となる。
【0017】
また、上記構成の場合の発明において、前記主流路および前記分岐流路は、いずれもの対向する壁面を有する断面矩形に形成され、かつ両流路が同じ流路断面積で構成されており、第1流路内抵抗部および前記第2流路内抵抗部の流路断面は、前記突起部の端面または障害部の端面と他の流路内壁面とで矩形に形成されるものとすることができる。
【0018】
上記構成の場合には、主流路および分岐流路のそれぞれの流路断面が矩形であることから、ソフトリソグラフィ技術によって製作することが容易となる。また、突起部または障害部は、その端面と流路内壁面との間で矩形の流路断面を構築するものであるため、基本的には片方の流路内壁面から矩形に突出させた状態として設けることができる。このような突起部または障害部もまたソフトリソグラフィ技術によって容易に構成することができる。
【0019】
さらに、上記各構成の発明において、前記第1流路内抵抗部による流下に抗する圧力が限界となる第1限界圧力は、少なくとも分岐流路に分注させる流体がチャンバ領域部を充満するまでに流路抵抗により生ずる全ての圧力よりも大きくなるように構成され、第2流路内抵抗部による流下に抗する圧力が限界となる第2限界圧力は、前記第1限界圧力と、前記分岐流路における流路抵抗により生ずる全ての圧力との合計よりも大きくなるように構成することができる。
【0020】
上記構成によれば、主流路の第1流路内抵抗部により流下に抗する圧力が付与され一時的に流下が阻害された流体は、主流路から分岐流路に分注され、その後、分岐流路における流路抵抗と第2限界圧力との双方の作用により、流体全体の圧力を増加させ、第1限界圧力を超える圧力を生じさせることにより、主流路における一時的な流下阻害を解消させて、下流側へ流下させることができる。このときの第1限界圧力と、第2限界圧力および流路抵抗による圧力との差は、大きい方が好ましい。圧力差を大きくすることによって、主流路における次順位の第1流路内抵抗部が一時的に流下を阻害させ、次順位の分岐流路に分注した後、その次順位の第1流路内抵抗部による流下に抗する圧力が作用する場合においても、先の第2流路内抵抗部に作用する圧力が第2限界圧力を超えない状態を継続させることができる。
【0021】
ここで、上記構成の発明において、前記複数の分岐流路のうちの任意の分岐流路における前記第2流路内抵抗部による流下に抗する圧力が限界となる第2限界圧力は、該第2流路内抵抗部が設けられている分岐流路における流路抵抗により生ずる圧力の合計と、前記任意の分岐流路に分注させる第1流路内抵抗部による流下に抗する圧力が限界となる第1限界圧力と、該第1流路内抵抗部から下流側に存在する複数の第1流路内抵抗部における相互間の全ての流路抵抗により生ずる圧力の合計との合算よりも大きくなるように構成することができる。
【0022】
上記構成によれば、各分岐流路の末端における第2流路内抵抗部は、複数の分岐流路に分注する際に機能する第1流路内抵抗部による第1限界圧力と主流路における流路抵抗とが重畳的に作用した場合においても第2限界圧力を超えないものとなる。そのため、第2流路内抵抗部は、それによって得られる第2限界圧力が、所望の数の第1流路内抵抗部に応じて調整されることとなり、換言すれば、第2流路内抵抗部によって得られる第2限界圧力の大きさに応じて、分岐流路の数(すなわち第1流路内抵抗部の数)を設計することとなる。このとき、主流路における流路抵抗も流体圧力を増大させるため、さらに、個々の第2流路内抵抗部に対しては、個々の分岐流路における流路抵抗も作用することから、これらの流路抵抗も考慮しつつ分岐流路の数が決定されることとなる。
【0023】
上記各構成の発明において、前記分岐流路は、前記主流路との分岐位置から前記チャンバ領域部までの間に第3流路内抵抗部が形成されたものであり、該第3流路内抵抗部における流路断面積は、第1流路内抵抗部における流路断面積よりも大きく構成することができる。
【0024】
上記構成の場合には、個々の分岐流路においても、流下に抗する圧力を付与することができる。この圧力付与により流体の円滑な流通が阻害され、チャンバ領域部に流入した流体の逆流を抑制するための効果を発揮させることとなる。なお、第3流路内抵抗部は、僅かな限界圧力によって容易に流下可能とするため、第1流路内抵抗部における流路断面積よりも大きい流路断面積となるように構成される。
【0025】
なお、上記各構成の発明において、前記分岐流路は、前記主流路を中心として両側に交互に分岐されるものとすることができる。このような構成の場合には、主流路から同じ方向に複数の分岐流路を並設する場合に比べて、各分岐流路の分岐位置の距離を短くすることができる。そして、複数の分岐流路における分岐位置の距離が短くなれば、主流路における流路抵抗を減殺することができることから、第2流路内抵抗部に対して作用する圧力の全体を小さくし、数多くの分岐流路を設けることを可能にするものとなる。
【0026】
他方、マイクロ流路デバイスに係る本発明は、前記各発明のいずれかの構成に係る流体分注装置をマイクロ流路チップ内に構成し、複数のマイクロ流路を備えるものであって、前記流体分注装置を構成する主流路および分岐流路と、該主流路に対し流体を供給する送液部と、該送液部に流体を注入する流体注入部と、前記分岐流路に形成されるチャンバ領域部に設けられる反応容器と、前記主流路の末端および前記分岐流路の末端のそれぞれに連続して形成され、該両流路から流体を排出する二つの排出部とを備えることを特徴とする。
【0027】
上記構成によれば、マイクロ流路チップ内に注入される流体を複数の分岐流路に分注しつつ、各チャンバ領域部に設けられる反応容器に個別の検体等を固定し、試薬等を個々の反応容器に分注することができるほか、節足動物媒介性ウイルスによる感染症(例えば、デング熱やジカ熱など)ごとに起因する遺伝子増幅用のプライマーを個別に反応容器に固定し、節足動物から採取した遺伝子サンプルと遺伝子増幅試薬を混合した混合液を、各反応容器に分注することができる。このように複数の反応容器ごとに異なる反応を生じさせることにより、一度の液体供給により同時に異なる反応結果を得ることができる。
【発明の効果】
【0028】
マイクロ流路における分注装置に係る本発明によれば、流路内抵抗部は、それぞれの流路を幅方向にのみを収縮させることにより流路断面積を縮小させるように構成されることから、ソフトリソグラフィ技術によって容易に製造できるものとなる。また、第1流路内抵抗部による流路断面積は、第2流路内抵抗部による流路断面積よりも大きく構成され、第2流路内抵抗部による流下停止の状態を維持させることができることから、比較的多くの分岐流路を構成した場合であっても、上流側の分岐流路から順次分注させることができる。
【0029】
マイクロ流路デバイスに係る本発明によれば、マイクロ流路チップ内に上記分注装置を形成させ、主流路に試薬等の流体を注入することにより、複数の分岐流路に分注することができるとともに、各分岐流路に設けられる反応容器における反応を処理することができることとなる。また、このようなマイクロ流路デバイスの作製においても、ソフトリソグラフィ技術によって容易に構成させることができるものとなる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【
図1】本発明のマイクロ流路デバイスに係る実施形態を示す説明図である。
【
図2】本発明の分注装置に係る実施形態を示す説明図である。
【
図3】分岐流路が主流路から分岐される状態を示す説明図である。
【
図4】複数の分岐流路と主流路の第1流路内抵抗部との関係を示す説明図である。
【
図5】分岐流路とチャンバ領域部との関係を示す説明図である。
【
図6】第1流路内抵抗部による一時的流下阻害の状態を示す説明図である。
【
図7】第1流路内抵抗部の角部が弧状の場合における一時的流下阻害の状態を示す説明図である。
【
図8】分岐流路とチャンバ領域部による流路内抵抗部を構成する状態を示す説明図である。
【
図9】分注装置に係る実施形態の変形例を示す説明図である。
【
図10】分注装置に係る実施形態の他の変形例を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。説明の都合上、まずは、マイクロ流路デバイスの実施形態を説明したうえで、分注装置に関する実施形態について説明する。この後、分注に係る実験結果を説明することとする。
<マイクロ流路デバイス>
図1は、マイクロ流路デバイスの実施形態を示すものである。なお、
図1(a)は概略を示す斜視図であり、
図1(b)はB-B線による断面図である。これらの図に示されるように、マイクロ流路デバイス1は、マイクロ流路チップ内に複数のマイクロ流路が設けられた構成である。マイクロ流路は、一般に0.005~2.0mm
2程度の流路断面積を有する流路であり、マイクロ流体(1~500マイクロリットル程度の微小な液状流体)を送液するためのものを示す。
【0032】
本実施形態のマイクロ流路デバイス1は、概ね2層を貼り合わせによって積層された構成であり、底板(基部)11に流路構成基板12が積層されている。具体的には、
図1(b)において詳細に示されるように、平滑平面を有する底板11の上面に、予めソフトリソグラフィによって流路構成領域が形成された流路構成基板12を、接着用部材10によって貼り合わせたものである。
【0033】
本実施形態においては、底板11をガラス基板で構成し、流路構成基板12は、シリコーン樹脂(PDMS:ポリジメチルシロキサン)で構成し、接着用部材10には、両面テープを使用している。ソフトリソグラフィによる流路構成基板12の作製は、シリコン基板上に流路部分となるべき形状をパターニングし、これをモールドとして用いることにより、流路等の所定形状のキャビティを有するシリコーン樹脂を設けるものである。
【0034】
図1(a)に示されるように、流路構成基板12に形成される複数のマイクロ流路は、送液部2と、これに連続する主流路3が形成されている。送液部2は、流路構成基板12の表面に到達し開口している注入部13に連続し、注入部13から注入される流体を送液するものである。また、主流路3は、分注装置100の一部を構成し、末端において余剰の流体を排出する。流路の末端は、主流路3の末端と、分注装置100を経由した後の排出路4の末端であり、それぞれに排出部14,15に連続させている。この排出部14,15は、流路構成基板12の表面において開口するように構成され、開口部から流体を排出させることができるほか、各流路内における内部空気の排気用として機能するものである。
【0035】
分注装置100は、上記流路構成基板12に設けられる流路によって構成され、上記の主流路3から分岐する分岐流路5と、この分岐流路5の一部を構成しつつ拡幅されたチャンバ領域部6とを有し、このチャンバ領域部6に反応容器7が設けられるものである。また、複数箇所において分注させるため、上記分岐流路5、チャンバ領域部6は、主流路3の流下方向に順次分岐して設けられ、その複数のチャンバ領域部6の個々に個別の反応容器7が設けられるものである。なお、分岐流路5の末端は排出路4に接続されるように構成している。
【0036】
ここで、詳細は後述するが、分注装置100における主流路3および分岐流路5には、それぞれ流路内抵抗部が設けられる。流路内抵抗部は、流路幅を縮小させたものであり、主流路3に設ける流路内抵抗部は、分岐流路5との分岐位置の近傍かつ下流側に設けられ、分岐流路5に設ける流路内抵抗部は、分岐流路5の末端において排出路4に合流するよりも上流側に設けられる。主流路3の流路内抵抗部に流体が到達すると、主流部3の流下を一時的に阻害し、分岐流路5へ流体を案内するものである。このとき、主流路3に設けられる流路内抵抗部による流路抵抗は、分岐流路5よりも小さくすることにより、分岐流路5の末端(流路内抵抗部)において流下を停止させた状態で、主流路3の流路内抵抗部が決壊し、流下を再開させることができるものである。
【0037】
上記構成の分注装置により、主流路3を流下する流体は、分岐流路5との分岐位置に到達する度に、流路内抵抗部によって一時的な流下が阻害され、分岐流路5に分注した後、下流側へ送液することができるものとしている。なお、流下させるべき流体は、液体のほかに微粒子等を含むサスペンジョンなどがあり得る。
【0038】
マイクロ流路デバイスの実施形態は、上記のような構成とするものであるから、マイクロ流路チップ内に分注装置を形成させることができ、注入部13から流体を注入することにより、送液部2および主流部3を経由して、複数の分岐流路5に分注することができる。また、各分岐流路5(チャンバ領域部6)に設けられる個々の反応容器7において、複数の反応を同時に処理することができる。なお、反応容器7は、
図1(b)に示されるように、分岐流路5(チャンバ領域部6)と一体に構成することができ、反応に必要な流体の貯留のために、ドーム状の空隙部を構成させたものとしている。このドーム状空隙部の天部(または流路構成基板12の全体)を透明とすることにより、反応状態を目視で確認することもできる。そして、反応時に色彩変化を伴う試薬を用いることができる場合には、反応後の色彩の目視判定により反応結果を容易に確認することができる。
【0039】
<分注装置の基本的構成>
ここで、分注装置について詳述する。
図2は、分注装置100の中心的構成について流路を中心に図示したものである。この図に示されるように、主流路3に対し、複数の分岐流路5a,5b・・・は、分岐位置31,32・・・において分岐されるように設けられている。本実施形態では、各流路構成は、断面矩形としたものを例示しており、両側に対向する平行な二つの壁面と相互に平行な底面および上面によって構成されている。主流路3と分岐流路5a,5b・・・は、いずれも同じ流路断面積となるように、流路幅Wおよび流路深Hを同じに構成している。
【0040】
主流路3は、前記分岐流路5a,5b・・・との分岐位置31,32・・・の近傍かつ下流側に、流路内抵抗部(第1流路内抵抗部)8a,8b・・・を設けており、この第1流路内抵抗部8a,8b・・・は、流路を構成する壁面の一部を矩形に膨出させたものであり、当該主流路3を幅方向にのみ収縮させるものとしている。すなわち、この第1流路内抵抗部8a,8b・・・では、流路断面積が他の主流路3の流路断面積よりも小さくするものとなっている。
【0041】
このように、主流路3の分岐位置31,32・・・の近傍かつ下流側に第1流路内抵抗部8a,8b・・・を設け、流路断面積を縮小させることにより、流下する流体の表面張力により、流下を一時的に阻害することができる。一時的な流下の阻害とは、通常の流下により作用する流体の圧力では表面張力による抵抗力(流下に抗する圧力)が勝るため、流下できないが、この流体圧力が増大する場合には、その表面張力の限界(限界圧力)を超えて流下を可能にするものであり、流下阻害の状態が開放(決壊)されることを意味するものである。
【0042】
上記のように、第1流路内抵抗部8a,8b・・・により一時的に流下が阻害される場合には、分岐流路5a,5b・・・への流下(分注)が誘導され、供給される流体は、分岐流路5a,5b・・・を流下することとなるのである。この分岐流路5a,5bへの流下に伴い、流体はチャンバ領域部6a,6b・・・にも流下できることとなり、分岐流路5a,5b・・・の末端に構成される第2流路内抵抗部9a,・・・によって、流下が停止されるものとしている。この第2流路内抵抗部9a,・・・の構成についても第1流路内抵抗部8a,8b・・・と同様に、流路を構成する壁面の一部を矩形に膨出させたもので構成しており、当該分岐流路5a,5b・・・を幅方向にのみ収縮させるものとしている。これまた、第2流路内抵抗部9a,・・・は、流路断面積が他の分岐流路5a,5b・・・の流路断面積よりも小さくするものであり、十分な限界圧力を作用させるように設計することにより、主流路3から複数分岐させるための複数の第1流路内抵抗部8a、8b・・・を設ける場合においても流下停止の状態を維持させることができる。
【0043】
つまり、第2流路内抵抗部9a,・・・による流路断面積の縮小割合は、第1流路内抵抗部8a,8b・・・による流路断面積の縮小割合よりも大きくしている。すなわち、第2流路内抵抗部9a,・・・が設けられている領域の流路断面積は、第1流路内抵抗部8a,8b・・・が設けられている領域の流路断面積よりも小さくなっているのである。これは、両者により流体の流下に抗する圧力に差異を設けるためである。従って、第2流路内抵抗部9a,・・・によって流下を停止させた状態において、第1流路内抵抗部8a,8b・・・を設けた箇所のみが一時的な流下阻害を開放(決壊)させることができるように構成しているのである。
【0044】
図2には、供給された流体(図中網掛け表示部分)が、第1段目の分岐流路5aに分注された状態において、双方の流路内抵抗部8a,9aによって、いずれにおいても流下が一時的に阻害されている状態を示しているが、流体の供給が進み、流体の圧力が増大することにより、主流路3に設けた第1流路内抵抗部8aの領域のみが決壊することとなり、次順位に設けられる第2段目の分岐流路5bに分注されることとなる。
【0045】
<分注装置の分注構造>
上記のような基本的構成により、主流路3に供給される流体は、分岐流路5に分注された後、さらに主流路3を流下するのであるが、これを可能にするための条件について説明する。
図3に、単一の分岐流路5が主流路3から分岐している状態の流路を示している。この図に示されているように、主流路3に設けられる第1流路内抵抗部8は、流路を幅方向に縮小させ、小さい流路幅C1とするものである。この領域においては、この流路幅C1に相当する流路断面積となるため、所定の圧力(限界圧力)P
1を超える圧力が作用するとき、第1流路内抵抗部8は決壊する。分岐した直後の分岐流路5には流路内抵抗部を設けていないため、流路断面積の縮小による圧力は作用しないが、流体が流下することによる流路抵抗(粘性による管内摩擦抵抗)による圧力P
2が作用するものとなる。他方、分岐流路5の末端においては、第2流路内抵抗部9が設けられることから、この第2流路内抵抗部9による限界圧力P
3により、流下を停止させている。この第2流路内抵抗部9についても、流路は縮小されて小さい流路幅C3となっており、所定の圧力(限界圧力)P
3を超えなければ決壊することはないこととなる。
【0046】
そこで、第2流路内抵抗部9に対して作用する流体の圧力は、第1流路内抵抗部8によって流下が阻害される際の流下に抗する圧力(最大圧力は限界圧力P1)と、分岐流路5を流下する際の流路抵抗P2とを合計した値となる。従って、この合計の圧力よりも大きい限界圧力P3を生じさせるように、特に第1流路内抵抗部8における限界圧力P1よりも大きい圧力が作用した場合の合計圧力よりも大きくなるように、第2流路内抵抗部9を設けることによって、第2流路内抵抗部9による流体の流下を停止させつつ、第1流路内抵抗部8のみで流下を再開(決壊)させることができることとなる。
【0047】
さらに、複数の分岐流路5を設ける場合には、主流路3には複数の第1流路内抵抗部8を設けることとなる(
図2参照)。そこで、このように、複数の第1流路内抵抗部8を設ける場合には、第1段目となる分岐流路5に設けられる第2流路内抵抗部9による流路断面積(流路幅C3)は、上記のような主流路3の状態によって設計しなければならない。
【0048】
すなわち、
図4に示すように、例えば、4個の分岐流路5a~5dを設ける場合、主流路3には、当然に4個の第1流路内抵抗部8a~8dが設けられ、また、主流路3の内部における流路抵抗ΔP
1(L
1)も考慮されることとなる。従って、この場合の第2流路内抵抗部9における限界圧力P
3は下式となる。なお、下式の流路抵抗ΔP
1(L
1)を3(4-1)倍しているのは、第1段目の分岐に必要な第1流路内抵抗部8aの下流側にける流路抵抗を加算したものである。
【0049】
【0050】
そして、上記式を一般化すれば、下式となる。なお、下記式におけるnは、n個の分岐流路5に分注した状態を示す。
【0051】
【0052】
また、他方において、分岐流路5に分注される流体が第2流路内抵抗部9に到達するために、主流路3に設けられる第1流路内抵抗部8による限界圧力P1は、所定の圧力以上でなければならないことから、そのためには下式の条件を満たす必要がある。
【0053】
【0054】
ところで、
図5に示すように、分岐流路5は、その途中にチャンバ領域部6を有しており、このチャンバ領域部6は分岐流路5から拡幅された構成であるから、この流路幅の変化により限界圧力P
2Cを加算することもある。この場合には、
図5中に記載されているように、流路抵抗は、チャンバ領域部6の前後のみとなり、上流側流路抵抗ΔP
2(L
2)と、下流側流路抵抗ΔP
3(L
3)とに分解される。そして、チャンバ領域部6への流入時における限界圧力P
2Cを含めた場合の第1流路内抵抗部による限界圧力P
1は、上式の条件を満たす必要がある。
【0055】
【0056】
ただし、上記式のうち、ΔP3(L3)の加算は、第2流路内抵抗部9まで流体を充填させる場合に必要なものであり、チャンバ領域部6の末端(最下流部)まで流体を充填させる場合は、ΔP3(L3)=0として計算してもよい。
【0057】
<限界圧力>
各流路内抵抗部8,9における限界圧力P
1,P
3について、第1流路内抵抗部8における限界圧力P
1を中心に説明する。他の限界圧力(P
2Cを含む)については、各場所における条件をあてはめればよい。
図6に第1流路内抵抗部8による一時的流下阻害状態を示す。なお、図は、主流路3の四方が内面(左右の壁面、上面および底面)によって閉鎖された状態とするものであり、流路構成基板は記載せず、底板(ガラス基板)11の表面に接着用部材(両面テープ)10で流路構成基板が貼り合わせられているものとする。
【0058】
この
図6に示されているように、流体の先頭部分は、流路内面(左右の壁面、上面および底面)との間で表面張力によって、流下を阻害された状態であり、流体の周辺は流路内面に接しており、先頭部分表面の中心が流下方向に膨出した状態となっている。この流体の水平面における膨出状態は、
図6(b)に示すように、収縮させた流路が拡張される位置において形成され、第1流路内抵抗部8の端面の一部(下流側角部)81と、これに対向する流路壁面の一部82とを境界とすることとなる。このとき、流路壁面での境界点82における膨出の角度(膨出曲面の接線と流路壁面との間の角)θ
mと、第1流路内抵抗8の端面における境界点81における膨出の角度(膨出曲面の接線と端面との間の角)θ
m1とは、第1流路内抵抗部8端面と膨出方向(膨出曲面の接線)との間の角β(=90°)だけ異なるものとなる。これは、第2流路内抵抗部9の端面における境界点81が直角に形成されるとき、流体の膨出部分の境界は、流路壁面と対向する端面ではなく、前方端面との間で形成されることになるためである。従って、θ
m1=θ
m+βによるものであるが、θ
m1は180°を最大値としている。このような場合の限界圧力P
phg(g)は、下式で示すことができる。
【0059】
【0060】
ここで、上記式において、流体の周辺を包囲する四方における抵抗圧力、すなわち、流路内抵抗部8の端面に生ずる抵抗圧力P(g1)、流路内抵抗部8の端面に対向する流路壁面に生ずる抵抗圧力P(g2)、シリコーン樹脂で構成される上面に生ずる抵抗圧力P(g3)および粘着用部材で構成される下面に生ずる抵抗圧力P(g4)は、それぞれ下記のとおりである。
【0061】
【0062】
なお、上記の各式において、θ
fは、
図6(a)中に示すように、粘着用部材(両面テープ)の表面において、膨出する液体表面が形成する傾斜角であり、θ
mは、
図6(a)および(b)に示すように、シリコーン樹脂の表面において、液体表面が膨出する状態の角度(曲面の接線との間の角度)である。
【0063】
上記は、流路内抵抗部8の端面の角部が直角に形成された場合であるが、製造上の精度等の関係で、意識的に曲線状(アール面取り)とすることがある。この場合には、流体の先頭部は若干傾斜して膨出することとなる。
【0064】
この状態を
図7に示す。なお、図中の丸印により、当該部分を拡大して示している。この図に示されるように、流体が膨出する部分の壁面等との境界は、流路内抵抗部8の端面に設けられるアール面取り部の中間当たりに位置することとなる。この場合、流体の膨出面を中心0による半径Rの弧状とし、各液面に対する接線Y1,Y2,Y3とでなす角をθ
mとすることにより、上記と同様に示すことができる。なお、βは、流路内抵抗部8と流体との境界点81における流路内抵抗部8の端面との間の角度であるため、上記接線Y3の直交線(法線)Zと流路幅方向との間の角とすることができる。このとき、流体の先頭曲面と流路空隙gとの関係を上記の諸条件より計算すると下記のとおりとなる。
【0065】
【0066】
上記式を基礎として、図示のようなアール面取り条件における限界圧力Pphg(g)を求めると次のとおりとなる。なお、θmはシリコーン樹脂の表面において、液体表面が膨出する状態の角度(曲面の接線との間の角度)であり、θfは、粘着用部材(両面テープ)の表面において、膨出する液体表面が形成する傾斜角であることは前記と同様である。
【0067】
【0068】
上記のとおり、各流路内抵抗部8,9およびチャンバ領域部6への流入部における限界圧力P1,P3は、上記のように算出でき、上述した条件を満たすように各寸法を調整し、設計すればよいものとなる。
【0069】
なお、上述したようにチャンバ領域部6は分岐流路5から拡幅された構成となる流路幅の変化による限界圧力P
2Cについては、
図8に示すように、分岐流路5の開口端部が半径r
cによるアール面取り状態となるため、下記の通り算出できる。ここでWは分岐流路の幅寸法を示し、r
cはアール面取り部の半径である。
【0070】
【0071】
<変形例>
上記に示した実施形態において、前述のとおり、主流路3の最も上流側において分岐する分岐流路5aの末端に設けられる第2流路内抵抗部9に作用する圧力には、主流路3の下流側に設けられる第1流路内抵抗部8および流路抵抗が累積されることとなる。そのため、主流路3に設けられる複数の第1流路内抵抗部8の間隔(L1)を短くすることにより流路抵抗を抑制することができるものである。
【0072】
ところで、上記実施形態における複数の分岐流路5a,5b・・・は、主流路3から同一方向へ分岐させた構成であるが、必ずしも同一方向に分岐させる必要はないものである。これは、分岐流路5a,5b・・・への分注は第1流路内抵抗部8a,8b・・・による一時的流下阻害によってなされるためである。
【0073】
そこで、上記実施形態の変形例としては、
図9に示すように、複数の分岐流路5a,5b・・・を主流路3の両側に交互に分岐させる形態があり得る。このような形態によれば、同じ方向へ分岐する分岐流路5a,5cの中間的位置において、第2段目の分岐流路5bを分岐させることができる。これにより、分岐のために設けられる主流路3の長さを概ね1/2に縮小させることができ、それだけ流路抵抗の影響を小さくすることができる。
【実施例】
【0074】
上記のような構成により、主流路3に流体を流下させ、所望のように順次複数の分岐流路5に分注されること、および第2流路内抵抗部9における限界圧力について理論値による算出および実験を行った。その内容を以下に説明する。
【0075】
<分注性能1>
まず、分注性能についての理論値を算出した。この場合の各種条件としては、主流路3および分岐流路5は、それぞれ流路幅W=200μm、流路深H=50μmの矩形流路として構成するものと想定し、分岐流路5は、主流路3の片方の同じ側に設ける構成とした(
図1参照)。また、第1流路内抵抗部8における間隙C1=46.0μmとして限界圧力P
1=2.71kPa、第2流路内抵抗部9における間隙C3=25.0μmとして限界圧力P
3=4.45kPaとして、両者の圧力差を1.74kPaとした。
【0076】
また、第1流路内抵抗部8の相互の間隔L1=5mm、分岐流路5の分岐位置31からチャンバ領域部6までの間隔L2=1.25mm、チャンバ領域部6の最下流部から第2流路内抵抗部9までの間隔L3=0とした分流装置を想定する。なお、流体としては水を使用し、表面張力の強さをγ=0.073N/mとする。また、シリコーン樹脂の表面における流体の膨出面がなす角度は、θm=108°であり、接着用部材としては、3M社製♯91022の両面テープを使用し、その表面における流体面との角度はθf=97°とする。各流路内抵抗部8,9は矩形とし、その端面両側の角部は直角状態(β=90°)と想定した。
【0077】
上記の条件により、注入する流体(水)の流量を変化させながら、理論値による限界圧力を超える状態(決壊状態)の結果は下表のとおりとなった。
【0078】
【0079】
上記の結果から明らかなとおり、理論上は、流量を5μL/minとする比較的少量とする場合8個までの分注が可能となる。また、流量を比較的多くし、20μL/minとする場合においても2個の分注が可能となる。中間的な流量である10μL/minの場合においても4個の分注が可能となる計算となっている。この結果からは、用途によっても異なるが、4個程度の分注が可能な場合に十分に利用可能なものといえる。ただし、上記以上の分注を必要とする場合は、他の条件によるべきこととなる。この理論値においては、第1流路内抵抗部8における限界圧力と、第2流路内抵抗部9における限界圧力との差を1.74kPaとしたため、第2流路内抵抗部9における限界圧力の超過(決壊)が比較的早期だったものと考えられる。
【0080】
そこで、さらに条件を変更した理論値を算出した。主流路3および分岐流路5は、それぞれ流路幅W=200μm、流路深H=51.4μmの矩形流路として構成するものと想定し、第1流路内抵抗部8における間隙C1=36.5μmとして限界圧力P1=3.23kPa、第2流路内抵抗部9における間隙C3=17.9μmとして限界圧力P3=5.95kPaとし、両者の圧力差を2.72kPaとした。
【0081】
その他の条件は変更せず、分岐流路5は主流路3の片方の同じ側に構成するものとし、第1流路内抵抗部8の相互の間隔L1=5mm、分岐流路5の分岐位置31からチャンバ領域部6までの間隔L2=1.25mm、チャンバ領域部6の最下流部から第2流路内抵抗部9までの間隔L3=0とした分流装置を想定する。なお、流体としては水を使用し、表面張力の強さをγ=0.073N/mとする。また、シリコーン樹脂の表面における流体の膨出面がなす角度は、θm=108°であり、接着用部材としては、3M社製♯91022の両面テープを使用し、その表面における流体面との角度はθf=97°とする。各流路内抵抗部8,9は矩形とし、その端面両側の角部は直角状態(β=90°)と想定した。その結果を下表に示す。
【0082】
【0083】
上記の結果によれば、分注可能な数は大きく改善されており、比較的多い流量である20μL/minの場合においても3個の分注が可能となった。また、中間的な流量である10μL/minの場合においては、6個の分注が可能となった。理論上ではあるものの、第1流路内抵抗部8における限界圧力と、第2流路内抵抗部9における限界圧力との差を2.72kPaとしたことにより、第2流路内抵抗部9における流下阻害状態が維持されるようになったものと考えられる。
【0084】
<分注性能2>
次に、分岐流路5を主流路3の両側に交互に設ける構成(
図9参照)により、主流路3の流路抵抗を抑えた場合について理論値を算出した。この場合の条件は、主流路3および分岐流路5は、それぞれ流路幅W=200μm、流路深H=51.4μmの矩形流路として構成するものと想定した。また、第1流路内抵抗部8による限界圧力P
1=3.23kPa、第2流路内抵抗部9による限界圧力P
3=5.95kPaとして、両者の圧力差を2.72kPaとした。
【0085】
また、第1流路内抵抗部8の相互の間隔は前述の場合の1/2としてL1=2.5mm、分岐流路5の分岐位置31からチャンバ領域部6までの間隔も若干短縮させてL2=1.0mmとした。なお、チャンバ領域部6の最下流部から第2流路内抵抗部9までの間隔は変更せずL3=0とした。流体は水を使用し、表面張力の強さおよびその他の条件は前述と同様とした。上記構成において、流量の範囲を30μL/minまで拡大させ(7.5μL/minを省略し)、5種類の流量について理論値を算出した。この結果を下表に示す。
【0086】
【0087】
上記の結果から明らかなとおり、流量が10μL/minの場合においても10個の分注が可能となるものとなった。また、20μL/minの場合においても6個の分注が可能であり、さらに30μL/minの場合でも4個について分注が可能である。この結果によれば、主流路3における第1流路内抵抗部8の相互の間隔を大きく短縮する(1/2とする)ような構成であれば、用途に応じて分注させるべき個数を調整することができるものとなる。
【0088】
<実証実験>
上記の理論値による分注性能を実証するため、現実にマイクロ流路デバイスを作製し、流体(水)を注入する実験を行った。実験に使用するマイクロ流路デバイスは、前記表2と比較するための片方分岐型と、前記表3と比較するための両側分岐型とを制作し、流路構造の条件を理論値において示した条件に合致させた。つまり、流路3,5に関して、流路形状、流路幅および流路深の寸法、流路内抵抗部8,9による流路幅間隔C1,C2の寸法、ならびに、第1流路内抵抗部8の相互の間隔L1および分岐流路5の分岐位置31からチャンバ領域部6までの間隔L2を同じに設計した。また、流路を構成する樹脂はシリコーン樹脂とし、ガラス基板との接着のための接着用部材としては、3M社製の両面テープ♯91022を使用した。
【0089】
上記実験用のマイクロ流路デバイスを使用して行った実験結果について、片方分岐型の結果を表4に、両方分岐型の結果を表5に示す。なお、実験は、同一の実験用のマイクロ流路デバイスを使用し、流体(水)を複数回注入した。注入回数は実験結果の(n)の値として表中に記載した。実験結果の分注数は、上記回数の結果を平均し、小数点第1位まで記載しており、また、最大値と最小値による変動範囲を併せて記載している。
【0090】
【0091】
【0092】
上記の実験結果から明らかなとおり、概ね理論値に沿った分注数を得ることができている。また、他方において分注の可能な回数には振れ幅あるため、現実にマイクロ流路デバイスを作製する場合には、理論値による分注可能数から1個分を減算した数であれば現実の分注回数を得ることができるものと判断される。また、上記実験は流体として水を使用したものであるから、表面張力の強さ等は低い状態となっており、他の流体により表面張力の強さが変更されれば更に好適な結果を得るものと判断される。
【0093】
<まとめ>
以上のとおり、分注装置に係る上記実施形態によれば、主流路3に供給された流体は、上流側において分岐される分岐流路5から順次分注することが可能であり、複数の反応試験等を同時に行う場合において、同一の供給流体を個別の反応容器に個別に分注し、反応容器ごとに異なる検査を行うことが可能となるものである。
【0094】
また、前記分注装置のみならずマイクロ流路デバイスは、ソフトリソグラフィ技術を用いて容易に製造することが可能となり、また、流路内抵抗部8,9の製作においては、流路の幅方向へのみ縮小させること、すなわち、流路幅を制御することによるものであるから、ソフトリソグラフィ技術を用いる場合における寸法精度を容易に向上させることが可能となる。特に、第1流路内抵抗部8による限界圧力と、第2流路内抵抗部9による限界圧力との差が、分注性能に影響を与えるものであることを考慮すれば、流路内抵抗部8,9の寸法精度を向上させ得ることは、分注可能な分岐流路5の数を正確に制御し得ることとなり、製造される分注装置またはマイクロ流路デバイスの品質を極めて良好なものとすることができる。
【0095】
<その他の変更例>
本発明の実施形態および実施例は上記のとおりであるが、上記各構成は本発明の一例を示すものであって、本発明がこれらの実施形態等に限定されるものではない。従って、上記以外の構成に変形することは可能である。例えば、マイクロ流路デバイスにおける構成は、底板(基部)11の素材としてガラス基板、流路構成基板12の素材としてシリコーン樹脂、および接着用部材10として両面テープを用いることを例示したが、これらの素材等については適宜なものを選択すればよいものであり、他のものに代替することができる。また、反応容器7は、説明の都合上ドーム型として例示したが、この形状および構造についても適宜変更可能である。
【0096】
また、分岐流路5からチャンバ領域部6への流入部については、前述のとおり、限界圧力P
2Cを有する一種の流路内抵抗部として機能するものであるが(
図5参照)、このときの限界圧力P
2Cを明確に発揮させるため、
図10に示すような構成の分注装置300とすることができる。すなわち、この図に示されているように、チャンバ領域部6の直前における分岐流路5に、第3の流路内抵抗部50を構成してもよい。このような流路内抵抗部50を設けることにより、チャンバ領域部6の流入部分における流路幅C2を小さくすることができ、当該部分における限界圧力P
2Cを顕著な大きさとすることができる。このような構成とする場合には、チャンバ領域部6に流入した流体の逆流を防止させる効果を得ることもでき、他のチャンバ領域部6に流入した流体との混合(コンタミネーション)の防止効果を向上させるものとなる。なお、この場合における限界圧力の理論上の計算は、第1流路内抵抗部8おけるものと同様に処理し得るものである。
【符号の説明】
【0097】
1 マイクロ流路デバイス
2 送液部
3 主流路
4 排出路
5,5a,5b,5c,5d 分岐流路
6,6a,6b,6c チャンバ領域部
7,7a,7b,7c 反応容器
8,8a,8b,8c,8d 第1流路内抵抗部
9,9a,9b,9c,9d 第2流路内抵抗部
10 接着用部材
11 底板(基部)
12 流路構成基板
13 注入部
14,15 排出部
31,32 分岐位置
100,200,300 分注装置