(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-02
(45)【発行日】2024-08-13
(54)【発明の名称】脂質二重膜の制御装置、制御プログラム、制御方法、制御システム及び薬剤のスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
G01N 13/02 20060101AFI20240805BHJP
【FI】
G01N13/02
(21)【出願番号】P 2021014217
(22)【出願日】2021-02-01
【審査請求日】2023-11-22
(73)【特許権者】
【識別番号】504145320
【氏名又は名称】国立大学法人福井大学
(74)【代理人】
【識別番号】100180758
【氏名又は名称】荒木 利之
(72)【発明者】
【氏名】吉田 俊之
(72)【発明者】
【氏名】老木 成稔
(72)【発明者】
【氏名】岩本 真幸
【審査官】森口 正治
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2017/0212027(US,A1)
【文献】特開2019-113417(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 13/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第一のピペットから射出される脂質一重膜で覆われた第一のバブル、第二のピペットから射出される脂質一重膜で覆われた第二のバブル、及び当該第一のバブルと当該第二のバブルとの接触面に形成される脂質二重膜の物理量を観測する観測手段と、
前記第一のバブル及び前記第二のバブルの脂質一重膜の脂質の分配が平衡に達していない状態で、前記観測手段に観測された前記物理量に基づいて、前記第一のバブル、前記第二のバブル及び前記脂質二重膜のうち少なくとも1つの物理量を維持又は変化させるよう、フィードバック制御により前記第一のバブル及び前記第二のバブルにそれぞれ接続された前記第一のピペット及び/又は前記第二のピペットに対する操作を制御する制御手段とを有する制御装置。
【請求項2】
第一のピペットから射出される脂質一重膜で覆われた第一のバブル、第二のピペットから射出される脂質一重膜で覆われた第二のバブル、及び当該第一のバブルと当該第二のバブルとの接触面に形成される脂質二重膜の物理量を観測する観測手段と、
前記観測手段に観測された前記物理量に基づいて、前記第一のバブル、前記第二のバブル及び前記脂質二重膜のうち少なくとも1つの物理量を維持又は変化させるよう、フィードバック制御により前記第一のバブル及び前記第二のバブルにそれぞれ接続された前記第一のピペット及び/又は前記第二のピペットに対する操作を制御する制御手段とを有
し、
前記制御手段は、前記第一のバブル及び前記第二のバブルの半径の変化が圧力の変化に対して小さい成長フェーズと、前記第一のバブル及び前記第二のバブルの半径の変化が圧力の変化に対して大きい制御フェーズのそれぞれにおいて、前記フィードバック制御のパラメータを変更して前記ピペットに加える圧力及び/又は前記ピペット間の距離を制御する制御装置。
【請求項3】
前記制御手段は、前記物理量として、前記第一のバブル及び/又は前記第二のバブルの圧力、径、相対的位置及び界面張力、並びに前記第一のバブルと前記第二のバブルとの接触角、接触面の面積、接触面の膜張力の少なくとも1つを制御する請求項1又は2に記載の制御装置。
【請求項4】
前記制御手段は、前記フィードバック制御として微分制御及び比例制御を行う請求項1から3のいずれか1項に記載の制御装置。
【請求項5】
コンピュータを、
脂質一重膜で覆われた第一のバブル、脂質一重膜で覆われた第二のバブル、及び当該第一のバブルと当該第二のバブルとの接触面に形成される脂質二重膜の物理量を観測する観測手段と、
前記第一のバブル及び前記第二のバブルの脂質一重膜の脂質の分配が平衡に達していない状態で、前記観測手段によって観測された前記物理量に基づいて、前記第一のバブル、前記第二のバブル及び前記脂質二重膜のうち少なくとも1つの物理量を維持又は変化させるよう、フィードバック制御により前記第一のバブル及び前記第二のバブルにそれぞれ接続されたピペットに加える圧力及び/又は当該ピペット間距離を制御する制御手段として機能させるための制御プログラム。
【請求項6】
脂質一重膜で覆われた第一のバブル、脂質一重膜で覆われた第二のバブル、及び当該第一のバブルと当該第二のバブルとの接触面に形成される脂質二重膜の物理量を観測する観測ステップと、
前記第一のバブル及び前記第二のバブルの脂質一重膜の脂質の分配が平衡に達していない状態で、前記観測ステップにおいて観測された前記物理量に基づいて、前記第一のバブル、前記第二のバブル及び前記脂質二重膜のうち少なくとも1つの物理量を維持又は変化させるよう、フィードバック制御により前記第一のバブル及び前記第二のバブルにそれぞれ接続されたピペットに対する操作を制御する制御ステップとを有する制御方法。
【請求項7】
油が満たされた槽内に先端が浸されて水溶液を射出する第一のピペット及び第二のピペットと、
前記第一のピペットから水溶液が射出されることで生成された脂質一重膜で覆われた第一のバブル、前記第二のピペットから水溶液が射出されることで生成された脂質一重膜で覆われた第二のバブル、及び当該第一のバブルと当該第二のバブルとの接触面に形成される脂質二重膜を撮影するカメラと、
前記第一のバブル及び前記第二のバブルの脂質一重膜の脂質の分配が平衡に達していない状態で、前記カメラが撮影した画像に基づいて、前記第一のバブル、前記第二のバブル及び前記脂質二重膜の物理量を観測する観測手段と、前記観測手段に観測された前記物理量に基づいて、前記第一のバブル、前記第二のバブル及び前記脂質二重膜のうち少なくとも1つの物理量を維持又は変化させるよう、フィードバック制御により前記第一のピペット及び前記第二のピペットに対する操作を制御する制御手段とを有する情報処理装置とを備えた制御システム。
【請求項8】
脂質一重膜で覆われた第一のバブルと脂質一重膜で覆われた第二のバブルとの接触面に形成される脂質二重膜を用いた、当該脂質二重膜の特性を変化させる薬剤のスクリーニング方法であり、
前記第一のバブル、前記第二のバブル、及び前記脂質二重膜の物理量を観測する観測ステップと、
前記第一のバブル及び前記第二のバブルの脂質一重膜の脂質の分配が平衡に達していない状態で、前記観測ステップにおいて観測された前記物理量に基づいて、前記第一のバブル、前記第二のバブル及び前記脂質二重膜のうち少なくとも1つの物理量を維持又は変化させるよう、フィードバック制御により前記第一のバブル及び前記第二のバブルにそれぞれ接続されたピペットに対する操作を制御する制御ステップと、
前記制御ステップにより前記物理量を維持又は変化させた状態で、前記脂質二重膜中に薬剤の導入を行う薬剤導入ステップと、
前記薬剤導入ステップ後の前記第一のバブル、前記第二のバブル、及び前記脂質二重膜の物理量を観測する第2の観測ステップとを有する薬剤のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂質二重膜の制御装置、制御プログラム、制御方法、制御システム及び薬剤のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の技術として、脂質二重膜の特性を検査する脂質二重膜検査装置が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
特許文献1に開示された脂質二重膜検査装置は、第一のピペットにより形成され脂質一重膜で覆われた第一のバブルと、第二のピペットにより形成され脂質一重膜で覆われた第二のバブルとの接触面に形成される脂質二重膜の特性を検査するものであり、第一のバブル及び第二のバブルの内圧を検出し、第一のバブル及び第二のバブルの長短径を検出し、第一のバブル及び第二のバブルの接触角を検出し、検出値に基づいて脂質二重膜の張力γを算出する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記の脂質二重膜検査装置は、第一のバブル及び第二のバブルの各値を検出し、検出値に基づいて脂質二重膜の張力γを算出するものの、第一のバブル及び第二のバブルの作成と、各値の制御は実験を行う者の操作によって行われる。バブルのサイズを一定にして実験を行うことが望ましいが、バブルの水溶液中の脂質が界面に移行することで、その結果界面張力が下がるために、バブルは物理的に不安定となり、ピペットに加える圧力を一定にしたとしても半径、界面張力等の物理量が経時的に変化し、バブルの物理量の制御には熟練が必要である、という問題がある。さらに、第一のバブル及び第二のバブルが力学的に相互作用しているため、両者が単独で存在する場合に比べて制御が難しい、という問題がある。
【0006】
本発明の目的は、脂質二重膜を形成するバブルの物理量を制御する脂質二重膜の制御装置、制御プログラム、制御方法、制御システム及び薬剤のスクリーニング方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様は、上記目的を達成するため、以下の脂質二重膜の制御装置、制御プログラム、制御方法、制御システム及び薬剤のスクリーニング方法を提供する。
【0008】
[1]第一のピペットから射出される脂質一重膜で覆われた第一のバブル、第二のピペットから射出される脂質一重膜で覆われた第二のバブル、及び当該第一のバブルと当該第二のバブルとの接触面に形成される脂質二重膜の物理量を観測する観測手段と、
前記観測手段によって観測された前記物理量に基づいて、前記脂質二重膜の物理量を維持又は変化させるよう、フィードバック制御により前記第一のバブル及び前記第二のバブルにそれぞれ接続された前記第一のピペット及び/又は前記第二のピペットに対する操作を制御する制御手段とを有する制御装置。
[2]前記制御手段は、前記第一のバブル及び前記第二のバブルの半径の変化が圧力の変化に対して小さい成長フェーズと、前記第一のバブル及び前記第二のバブルの半径の変化が圧力の変化に対して大きい制御フェーズのそれぞれにおいて、前記フィードバック制御のパラメータを変更して前記ピペットに加える圧力及び/又は前記ピペット間の距離を制御する前記[1]に記載の制御装置。
[3]前記制御手段は、前記物理量として、前記第一のバブル及び/又は前記第二のバブルの圧力、径、相対的位置及び界面張力、並びに前記第一のバブルと前記第二のバブルとの接触角、接触面の面積、接触面の膜張力の少なくとも1つを制御する前記[1]又は[2]に記載の制御装置。
[4]前記制御手段は、前記フィードバック制御として微分制御及び比例制御を行う前記[1]から[3]のいずれか1項に記載の制御装置。
[5]コンピュータを、
脂質一重膜で覆われた第一のバブル、脂質一重膜で覆われた第二のバブル、及び当該第一のバブルと当該第二のバブルとの接触面に形成される脂質二重膜の物理量を観測する観測手段と、
前記観測手段にによって観測された前記物理量に基づいて、前記脂質二重膜の物理量を維持又は変化させるよう、フィードバック制御により前記第一のバブル及び前記第二のバブルにそれぞれ接続されたピペットに加える圧力及び/又は当該ピペット間距離を制御する制御手段として機能させるための制御プログラム。
[6]脂質一重膜で覆われた第一のバブル、脂質一重膜で覆われた第二のバブル、及び当該第一のバブルと当該第二のバブルとの接触面に形成される脂質二重膜の物理量を観測する観測ステップと、
前記観測ステップにおいて観測された前記物理量に基づいて、前記脂質二重膜の物理量を維持又は変化させるよう、フィードバック制御により前記第一のバブル及び前記第二のバブルにそれぞれ接続されたピペットに対する操作を制御する制御ステップとを有する制御方法。
[7]油が満たされた槽内に先端が浸されて水溶液を射出する第一のピペット及び第二のピペットと、
前記第一のピペットから水溶液が射出されることで生成された脂質一重膜で覆われた第一のバブル、前記第二のピペットから水溶液が射出されることで生成された脂質一重膜で覆われた第二のバブル、及び当該第一のバブルと当該第二のバブルとの接触面に形成される脂質二重膜を撮影するカメラと、
前記カメラが撮影した画像に基づいて、前記第一のバブル、前記第二のバブル及び前記脂質二重膜の物理量を観測する観測手段と、前記観測手段に観測された前記物理量に基づいて、前記脂質二重膜の物理量を維持又は変化させるよう、フィードバック制御により前記第一のピペット及び前記第二のピペットに対する操作を制御する制御手段とを有する情報処理装置とを備えた制御システム。
[8]脂質一重膜で覆われた第一のバブルと脂質一重膜で覆われた第二のバブルとの接触面に形成される脂質二重膜を用いた、当該脂質二重膜の特性を変化させる薬剤のスクリーニング方法であり、
前記第一のバブル、前記第二のバブル、及び前記脂質二重膜の物理量を観測する観測ステップと、
前記観測ステップにおいて観測された前記物理量に基づいて、前記第一のバブル、前記第二のバブル及び前記脂質二重膜のうち少なくとも1つの物理量を維持又は変化させるよう、フィードバック制御により前記第一のバブル及び前記第二のバブルにそれぞれ接続されたピペットに対する操作を制御する制御ステップと、
前記制御ステップにより前記物理量を維持又は変化させた状態で、前記脂質二重膜中に薬剤の導入を行う薬剤導入ステップと、
前記薬剤導入ステップ後の前記第一のバブル、前記第二のバブル、及び前記脂質二重膜の物理量を観測する第2の観測ステップとを有する薬剤のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0009】
請求項1、5、6、7、8に係る発明によれば、脂質二重膜を形成するバブルの物理量を制御することができる。
請求項2に係る発明によれば、第一のバブル及び第二のバブルの半径の変化が圧力の変化に対して小さい成長フェーズと、第一のバブル及び前記第二のバブルの半径の変化が圧力の変化に対して大きい制御フェーズのそれぞれにおいて、フィードバック制御のパラメータを変更して前記ピペットに加える圧力及び/又は前記ピペット間の距離を制御することができる。
請求項3に係る発明によれば、物理量として、第一のバブル及び/又は第二のバブルの圧力、径、相対的位置及び界面張力、並びに第一のバブルと第二のバブルとの接触角、接触面の面積、接触面の膜張力の少なくとも1つについて、脂質二重膜を形成するバブルを制御することができる。
請求項4に係る発明によれば、フィードバック制御として微分制御及び比例制御を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、第一の実施の形態に係る脂質二重膜制御システムの構成の一例を示す概略図である。
【
図2】
図2は、実施の形態に係る情報処理装置の構成例を示すブロック図である。
【
図3】
図3は、顕微鏡カメラによって撮像される映像信号の一例を示す概略図である。
【
図4】
図4は、制御方法を説明するためのブロック図である。
【
図5】
図5(a)及び(b)は、第一バブルと第二バブルの経過時間に対する径、及び経過時間に対する圧力を示すグラフ図である。
【
図6】
図6は、バブルの径と圧力との関係及び時間変化を説明するためのグラフ図である。
【
図7】
図7は、第二の実施の形態の制御方法を説明するためのブロック図である。
【
図8】
図8の(a)から(d)は、バブルの成長のフェーズを説明するための概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[第一の実施の形態]
(脂質二重膜制御システムの構成)
図1は、第一の実施の形態に係る脂質二重膜制御システムの構成の一例を示す概略図である。
【0012】
この脂質二重膜制御システムは、外部から入力された情報を処理して処理結果に基づいて外部装置へ制御信号を出力する情報処理装置1と、油80で満たされた槽8内に水溶液を射出することで生成される脂質一重膜で覆われた第一のバブル9rと脂質一重膜で覆われた第二のバブル9lとこれらの接触面に形成される脂質二重膜を撮像して映像信号を情報処理装置1に入力する顕微鏡カメラ2と、情報処理装置1の出力する制御信号に基づいて動作するステッピングモータ3r、3lと、ステッピングモータ3r、3lによってそれぞれ圧力制御される空圧インジェクタ4r、4lと、内部に水溶液が満たされて空圧インジェクタ4r、4lによって圧力が加えられることで、水溶液を油80に射出するガラス製のマイクロピペット7r、7lと、マイクロピペット7r、7lに印加される圧力を計測するとともに計測した圧力値を情報処理装置1に入力する圧力計5r、5lと、情報処理装置1の出力する制御信号に基づいて動作してマイクロピペット7r、7lの水平位置を制御することで第一のバブル9rと第二のバブル間の距離を制御するリニアステージ6r、6lと、で構成される。
【0013】
情報処理装置1は、例えば、PC(Personal Computer)等の情報処理装置であり、外部から入力される情報及び/又は利用者の操作内容に応じて動作するものであって、本体内に情報を処理するための機能を有するCPU(Central Processing Unit)やフラッシュメモリ、外部機器と信号をやりとりするインターフェース等の電子部品を備える。
【0014】
顕微鏡カメラ2は、例えば、1280x960画素、30フレーム/秒程度の空間及び時間の解像度を有するカメラを用い、第一のバブル9rと第二のバブル9lとを撮影する。また、検出する画像はカラー/モノクロのいずれでもよい。
【0015】
情報処理装置1は、一例として、利用者の操作に応じて目標とする脂質二重膜の物理量を設定し、顕微鏡カメラ2から入力される映像信号を解析して物理量が目標値となるようにステッピングモータ3r、3l及び/又はリニアステージ6r、6lをフィードバック制御する。目標とする脂質二重膜の物理量は、固定値であってもよいし、経時的に変化する値であってもよい。ここで、脂質二重膜の物理量は、例えば、第一のバブル9r及び/又は第二のバブル9lの圧力、径、相対的位置及び界面張力、並びに第一のバブル9rと第二のバブル9lとの接触角、接触面の面積、接触面の膜張力であるが、観測可能であればその他の量であってもよい。
【0016】
なお、以下において空圧インジェクタ4r、4lによりマイクロピペット7r、7lに加える圧力(当該圧力は、マイクロピペット7r、7l内の水溶液の流速が無視できる程度に小さいため、第一のバブル9r、第二のバブル9lの内圧と等しいものとする。また、マイクロピペット7r、7lに加える圧力の値と、第一のバブル9r、第二のバブル9lの内圧の値をいずれもPと表現する。)及びマイクロピペット7r、7l間の距離を制御する例を説明するが、マイクロピペット7r、7lに送る空気の流量を制御して第一のバブル9r、第二のバブル9lの半径を制御してもよいし、温度等のその他の物理量を制御するものであってもよい。
【0017】
(脂質二重膜の構成)
本発明の一実施形態に係る制御方法において、制御される脂質二重膜は、脂質一重膜で覆われた第一のバブル9rと脂質一重膜で覆われた第二のバブル9lとの接触面に形成される脂質二重膜である。また、第二の実施の形態において、さらに脂質二重膜を形成する脂質二重膜形成工程についても制御される。
【0018】
脂質二重膜形成工程において、脂質二重膜を形成する方法としては、特に限定されず、従来公知の方法が用いられ得る。例えば、次の(1)及び(2)を有する方法が挙げられる:
(1)油(油相とも称する)の中に水溶液からなるバブル(液滴とも称する。)を少なくとも2つ形成する。ここで、油の中に形成された水溶液からなるバブルでは、バブルの形成後、油中に含まれる、または、バブル内の水溶液中に含まれる、所望の脂質がバブルと油との界面に移動することによって、当該界面において、当該脂質を含む脂質一重膜が形成される。その結果、バブルは、脂質一重膜で覆われたバブルとなる;
(2)次に、脂質一重膜で覆われた複数のバブルのうち少なくとも2つのバブル(すなわち、第一のバブル及び第二のバブル)を接触させることによって、それらバブルの接触面に脂質二重膜が形成される。
【0019】
ここで、バブルを構成する水溶液は、電解質溶液であってもよい。水溶液が電解質溶液である場合には、バブルは、電解質溶液バブルともいえる。
【0020】
油の中に水溶液からなるバブルを形成する方法としては、以下の(1)又は(2)の方法が挙げられるが、これらに限定されない:(1)マイクロピペットまたはシリンジの先端を油の中に挿入し、油の中に水溶液を注入する方法(以下、注入方法とも称する);及び(2)(i)少なくとも2つの微小流路を、各微小流路の開口部が近接するように、かつ、各微小流路の開口部がバブル形成用流路内に満たされた油の中に浸かった状態にて配置し、(ii)その後、各開口部から水溶液を放出して、油の中に、水溶液からなるバブルを形成させた後、開口部からの水溶液の放出を停止する、方法。
【0021】
2つのバブルを接触させる方法としては、例えば、2つの微小流路系の開口部同士を近接させることによって当該2つの開口部から膨らんだバブル同士を自動的に接触させる方法、が挙げられるがこれらに限定されない。
【0022】
本脂質二重膜形成工程は、特願2017‐063796に記載の技術を用いて実施されてもよい。なお、特願2017‐063796の全体が、本明細書中において参考文献として援用される。
【0023】
本脂質二重膜形成工程で使用する油は、特に限定されないが、ヘキサデカン、デカン、スクアレン、シリコンオイル、及びミネラルオイル等があげられる。これらの中でも、形成された2枚の脂質一重膜の間隙に入り込まず、形成された脂質二重膜が生体膜に近い膜構造となること、及び揮発性の低さからヘキサデカンが好ましい。
【0024】
油には、脂質一重膜を形成可能な脂質が含まれていてもよい。別の構成としては、水溶液に、脂質一重膜を形成可能な脂質が含まれていてもよい。別の構成としては、油及び水溶液の両方に、脂質一重膜を形成可能な脂質が含まれていてもよい。油が脂質一重膜を形成可能な脂質を含む場合には、水溶液に脂質一重膜を形成可能な脂質が含まれていない場合であっても、バブルが脂質一重膜で覆われることが可能になる。
【0025】
上記脂質一重膜を形成可能な脂質としては、脂質二重膜を形成できる限り特に限定されないが、例えばリン脂質、及びコレステロールがあげられる。リン脂質としては、特に限定されないが、例えば、ホスファチジルコリン、ジフィタノイルホスファチジルコリン、ジパルミトイルホスファチジルコリン、パルミトイルオレオイルホスファチジルコリン、ジオレオイルホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルセリン、スフィンゴミエリン、及びホスファチジルグリセロール等があげられる。
【0026】
油が脂質一重膜を形成可能な脂質を含む場合、当該脂質の濃度は特に限定されないが、10mg/ml~200mg/mlであることが好ましく、15mg/ml~150mg/mlであることがより好ましく、25mg/ml~100mg/mlであることがさらに好ましく、40mg/ml~60mg/mlであることが特に好ましい。上記構成であれば、水溶液が脂質一重膜を形成可能な脂質を含まない場合であっても、短時間(例えば、1分程度)の脂質一重膜層形成時間を実現できる。
【0027】
本脂質二重膜形成工程で使用する水溶液は、水を主成分とする溶液であれば特に限定されず、水溶液は様々な成分(例えば、塩、塩基、糖、脂質、及びタンパク質など)を含んでいてもよい。水溶液の組成は、適宜設定されることが可能であり、例えば、特定の細胞質ゾルの成分、血液成分、またはリンパ液成分など生体内の特定の環境の成分を模した組成であってもよい。
【0028】
水溶液に含まれる塩としては、特に限定されないが、生体中に含まれる塩などから適宜選択され、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、及び
リン酸塩等の金属塩、ならびにアミノ酸塩等があげられる。
【0029】
水溶液に含まれる塩基としては、特に限定されないが、グアニン、アデニン、チミン、及びシトシン等があげられる。
【0030】
水溶液に含まれる脂質としては、特に限定されないが、コレステロール、糖脂質、リン脂質、及び複合脂質等があげられる。これら脂質成分の中には、形成されたバブルにおいて、バブルと油との界面に移動し、脂質一重膜の成分になり得るものもある。そのような、脂質一重膜の成分になり得る脂質は、コレステロール、糖脂質、リン脂質、及び複合脂質等である。つまり、本発明の一実施形態では、バブルを覆っている脂質一重膜は、コレステロール、糖脂質、リン脂質、及び複合脂質等の脂質を含んでもよい。
【0031】
水溶液は、脂質一重膜を形成可能な脂質を含んでもよい。水溶液が脂質一重膜を形成可能な脂質を含む場合には、油に脂質一重膜を形成可能な脂質が含まれていない場合であっても、バブルが脂質一重膜で覆われることが可能になる。水溶液に含まれる脂質一重膜を形成可能な脂質としては、油に含まれる脂質一重膜を形成可能な脂質と同様の物質をあげることができ、上述した通りである。
【0032】
水溶液が脂質一重膜を形成可能な脂質を含む場合、当該脂質の濃度は特に限定されないが、0.1mg/ml~10mg/mlであることが好ましく、0.5mg/ml~5mg/mlであることがより好ましく、1mg/ml~3mg/mlであることがさらに好ましく、1.5mg/ml~2.5mg/mlであることが特に好ましい。上記構成であれば、水溶液が脂質一重膜を形成可能な脂質を含まない場合であっても、短時間(例えば、1分程度)の脂質一重膜層形成時間を実現できる。
【0033】
水溶液に含まれるタンパク質としては、特に限定されないが、酵素タンパク質、輸送タンパク質、及び膜タンパク質、膜貫通酵素タンパク質や膜輸送タンパク質などの膜タンパク質等があげられる。これらのタンパク質は、脂質二重膜内に埋め込まれ、これによって、細胞膜を再現することができる。
【0034】
タンパク質としては、限定されず、各種イオンチャネル、膜貫通接着タンパク質、トランスポータ、膜貫通型輸送タンパク質、及び水溶性タンパク質等があげられる。また、上記タンパク質は、膜タンパク質であるか否かが不明なタンパク質、膜タンパク質であるが機能未知なタンパク質、または、機能が未知なタンパク質であってもよい。
【0035】
本実施の形態ではまた、脂質二重膜を形成すると同時に、または、脂質二重膜が形成された後に、例えば、自由拡散、及び/または、マイクロピペットなどを用いること、によって、膜タンパク質を脂質二重膜に埋め込むことが可能である。
【0036】
本実施の形態ではまた、チャネルタンパク質等の膜タンパク質を発現させる方法を含んでいてもよい。この場合には、発現された膜タンパク質が自由拡散、及び/または、マイクロピペットなどを用いること、によって、脂質二重膜に埋め込まれ得る。
【0037】
膜タンパク質を発現させる方法としては、例えば、バブル内の水溶液が膜タンパク質をコードする遺伝子(DNA、RNA等)を含み、かつ、遺伝子をインヴィトロで転写及び翻訳させるために必要な任意のタンパク質を含むことによって、達成され得る。また、膜タンパク質以外のタンパク質と、膜に移行させるためのシグナルペプチドとからなる融合タンパク質を発現させてもよい。
【0038】
本実施の形態ではまた、膜タンパク質の機能を測定する方法を含んでいてもよい。例えば、膜タンパク質としてチャネルタンパク質を用いる場合には、マイクロピペット内に電流を検出する電流検出部を設け、かつ、脂質二重膜にあらかじめ膜電位を付加しておくことにより、チャネルタンパク質の機能を単一チャネル電流として測定できる。
【0039】
本脂質二重膜形成工程ではまた、脂質二重膜が形成された後に、脂質二重膜を形成するバブル内に、任意の成分を添加することが可能であるか、または、バブルから任意の成分を回収することも可能である。この場合には、例えば、マイクロピペットなどを用いて、バブル内に任意の成分を注入、または、バブル内の任意の成分を吸引すればよい。
【0040】
本検査方法では、第一のバブルと第二のバブルとは、大きさ(径、長径及び短径)、内圧、バブル内部の水溶液の組成、及び、バブルを覆う脂質一重膜の組成、が同じであってもよく、または異なっていてもよい。ここで、「水溶液の組成」とは、上述したような、水溶液に含まれる様々な成分の種類及び含有量など、を指す。また、「脂質一重膜の組成」とは、脂質一重膜に含まれる様々な成分(例えば、リン脂質、及びコレステロールなどの脂質、ならびに、膜タンパク質などのタンパク質)の種類及び含有量などを指す。
【0041】
また、第一のバブルと第二のバブルとは、脂質二重膜とバブルの脂質一重膜との境界面に発生する接触角が異なっていてもよい。さらに、上述した点の相違の結果として、第一のバブルと第二のバブルとは、バブルを覆う脂質一重膜の界面張力及び/または膜厚、が同じであってもよく、または異なっていてもよい。
【0042】
(情報処理装置の構成)
図2は、実施の形態に係る情報処理装置1の構成例を示すブロック図である。
【0043】
情報処理装置1は、CPU等から構成され、各部を制御するとともに、各種のプログラムを実行する制御部10と、フラッシュメモリ等の記憶媒体から構成され情報を記憶する記憶部11と、顕微鏡カメラ2からの映像信号の入力を受け付ける映像入力部12と、ステッピングモータ3r、3l、リニアステージ6r、6lに制御信号を出力する信号出力部13と、利用者の操作を受け付ける操作部14と、文字や画像等を表示するLCD(Liquid Crystal Display)等の表示部15とを備える。
【0044】
制御部10は、後述する制御プログラム110を実行することで、観測手段100、制御手段101等として機能する。
【0045】
観測手段100は、映像入力部12を介して映像信号の入力を受け付け、後述する方法によって脂質二重膜の物理量を検出又は算出し、観測量情報111として記憶部に格納する。なお、算出の間隔は、顕微鏡カメラ2のフレームレートに合わせてもよいし、フレームレートより長くてもよいが、フレームレートに合わせることで制御の時間的精度が高くなる。
【0046】
制御手段101は、操作部14に対する入力内容に応じて脂質二重膜の物理量の目標値の設定を受け付けて目標値情報112として記憶部11に格納し、観測量情報111に基づいて脂質二重膜の物理量が当該目標値情報112に設定された値となるように、信号出力部13を介してステッピングモータ3r、3l及び/又はリニアステージ6r、6lに制御信号を出力することで、フィードバック制御する。詳しい制御方法については後述する。
【0047】
記憶部11は、制御部10を上述した各手段100、101として動作させる制御プログラム110、観測量情報111、目標値情報112等を記憶する。
【0048】
(脂質二重膜制御システムの動作)
次に、本実施の形態の作用を、(1)観測動作、(2)制御動作に分けて説明する。
【0049】
(1)観測動作
まず、情報処理装置1の観測手段100は、映像入力部12を介して顕微鏡カメラ2から所定のフレームレートの映像信号を取得する(一例として、30fps)。
【0050】
図3は、顕微鏡カメラ2によって撮像される映像信号の一例を示す概略図である。
【0051】
観測手段100は、映像信号の各フレームの画像中の輝度差から第一のバブル9rを検出して楕円近似し、物理量の一例として、中心crの座標、長径Rr及び短径rrを得る。また同様に、観測手段100は、映像信号の輝度差から第二のバブル9lを検出して楕円近似し、中心clの座標、長径Rl及び短径rlを得る。
【0052】
次に、観測手段100は、上記同様の手法で、物理量の一例として、脂質二重膜と第一のバブル9rの脂質一重膜との境界面に発生する接触角θrと、脂質二重膜と第二のバブルの脂質一重膜との境界面に発生する接触角θlを検出する。
【0053】
さらに、観測手段100は、物理量の一例として、圧力計5rから第一のバブル9rの内圧Prを取得する。また、観測手段100は、物理量の一例として、圧力計5lから第二のバブル9lの内圧Plを取得する。
【0054】
次に、観測手段100は、物理量の一例として、第一のバブル9rの長径Rr及び短径rrから平均半径Rmrを算出する。また、観測手段100は、物理量の一例として、第二のバブル9lの長径Rl及び短径rlから平均半径Rmlを算出する(以降、Rmr及びRmlを総称してRと記載することがある。)。また、観測手段100は、物理量の一例として、これらの値を用いて脂質二重膜の直径L及び面積Sを算出する(なお、面積Sは脂質二重膜が円形であると仮定して算出される面積である。)。
【0055】
また、観測手段100は、物理量の一例として、Young‐Laplaceの式γ=PR/2を用いて(γはバブルの界面張力、Pはバブル内圧、Rはバブルの長径と短径の調和半径)、第一のバブル9r、第二のバブル9lの界面張力γr=pr・Rr/2、γl=pl・Rl/2を算出する。
【0056】
また、観測手段100は、物理量の一例として、下記に示す数式を用いて脂質二重膜の張力γを算出する。
【0057】
式(1)Pr=γr×(1/Rr+1/rr)
式(2)Pl=γl×(1/Rl+1/rl)
式(3)γbr=γr×cosθr
式(4)γbl=γl×cosθl
式(5)γ=γbr+γbl
ここで、γbrは脂質二重膜における第一のバブルの側の単分子層の張力であり、γblは脂質二重膜における第二のバブルの側の単分子層の張力である。
【0058】
観測手段100は、観測した又は計算により算出した観測量を観測量情報111として記憶部11に格納する。なお、観測量はフレームレートに合わせて経時的に観測量情報111に記録され、以下に説明する「(2)制御動作」は観測量の記録周期に合わせて連続して行われる。
【0059】
(2)制御動作
制御手段101は、上記した「(1)観測動作」の記録周期に合わせて制御動作を実行する。まず、制御手段101は、操作部14に対する操作内容に応じて目標とする脂質二重膜の物理量を受け付けて目標値情報112として記憶部11に格納する。以下、受け付けた物理量が第一のバブル及び/又は第二のバブルの半径の場合について制御動作を説明するが、例えば、接触角、バブル間の距離等の他の物理量であっても同様に適用可能である。なお、制御動作は、バブルの内圧と半径が反比例関係にあるために不安定平衡系であることを考慮してPID(Proportional‐Integral‐Differential)制御又はこれをアレンジしたフィードバック制御である。
【0060】
図4は、制御方法を説明するためのブロック図である。
【0061】
制御手段101の差分演算器101aは、目標値情報112のバブル半径の目標値112aと、観測手段100が観測した観測量情報111のバブル半径とを入力として受け付けて、これらの差分を出力する。
【0062】
次に、制御手段101の微分制御回路101b及び比例制御回路101cは、差分演算器101aの出力に基づいて空圧インジェクタ4の回転角度について微分制御及び比例制御を行う。なお、積分制御は、以下に説明する理由から本実施の形態では省略しているが、省略せずに制御することでより精度よく制御することもできる。
【0063】
まず、バブルに加える圧力でバブル半径を制御する場合、過去の圧力値に対する増減で制御するためメモリ/遅延要素101dを設けて、インジェクタ回転角度の制御信号をモータ3に出力する。モータ3は、制御信号に基づいて回転して、空圧インジェクタ4の空圧を変化させる。
【0064】
メモリ/遅延要素101dの遅延要素Dは、下記の数式の左辺で表され、Maclaurin展開して高次項を無視することで右辺のように表される。
【数1】
【0065】
次に、モータ回転角を入力、バブル半径を出力とする伝達関数をG(s)とすると(1次遅れ系で近似化)、伝達関数H(s)は下記の数式で表される。
【数2】
【0066】
入力であるモータ回転角は、単位ステップであるためF(s)=1/sと表され、最終値の定理より、単位ステップ入力に対する出力の最終値は、下記の数式で表される。
【数3】
【0067】
つまり、上記の近似によれば、積分要素が不要であることがわかる。
【0068】
なお、微分制御の係数kd、比例制御の係数kpは水溶液の成分、濃度、温度等により変化するため、安定性を考慮し実験的に決定するものとする。
【0069】
上記した制御動作により制御した場合の目標値に対する制御結果を以下に示す。
【0070】
図5(a)及び(b)は、第一バブルと第二バブルの経過時間に対する径、及び経過時間に対する圧力を示すグラフ図である。
【0071】
図5(a)に示すように、第一のバブル9rの調和半径の目標値を一定値(17μm)とし、第二のバブル9lの調和半径の目標値を時間とともに階段状に増加させた場合、第一のバブル9rの調査半径の実測値、第二のバブル9lの調和半径の実測値ともにそれぞれの目標値に追従して制御されることがわかった。
【0072】
ここで、制御量である第一のバブル9r及び第二のバブルの内圧の時間変化は
図5(b)に示すようになる。例えば、第一のバブル9rのバブル内圧は、第一のバブル9rの調和半径が一定に維持されているにもかかわらず減少していることがわかる。調和半径を一定に維持しても、バブル内圧が時間とともに減少する理由は以下のとおりである。
【0073】
まず、脂質一重膜のバブルは,マイクロピペット内の溶液(脂質溶液)を媒質に射出した際に溶液表面に生じる界面張力によって形成される。その際、脂質が界面に吸着されることで、純水によるバブル表面と比べ界面張力が低下する。バブル界面への脂質の分配はバブル形成直後には平衡に達しておらず、時間経過と共に平衡に達するため、界面張力は時間経過と共に低下する。
【0074】
さらに、先述したYoung‐Laplaceの式によれば、一定のバブルサイズ(17μm)を維持するために必要な内圧、すなわち印加圧力は時間と共に減少する。
図5(a)、(b)の例においては、バブル形成直後に半径制御を開始したため,脂質平衡化の時間進行に伴って界面張力γが低下するとともにバブルの調和半径の維持に要する印加圧力も低下する。このため、フィードバック制御により時間とともに第一のバブル9rの印加圧力が低下していく。なお、バブル表面の脂質が平衡化した後であれば、温度一定の下では一定サイズの維持に要する印加圧力は一定値となる。
【0075】
なお、脂質一重膜のバブルの安定性についてさらに詳しくは以下のグラフ図を用いて説明される。
【0076】
図6は、バブルの径と圧力との関係及び時間変化を説明するためのグラフ図である。
【0077】
図6の曲線f1、f2、f3は、先述したYoung‐Laplaceの式(P=γ/R)の界面張力γが高いものから低いものの順に描かれている。本実施の形態の制御を行わなかった場合、例えば、曲線f1の関係に応じて第一のバブル9rが作成されると(t=t1)、脂質平衡化の時間進行に伴って界面張力γが低下する(t=t2)。この結果、第一のバブル9rは曲線f2の関係に応じることとなる。t1からt2にかけて第一のバブルの内圧が減少したため、マイクロピペット7rの内圧との差が生じ、マイクロピペット7rから第一のバブル9rへ水溶液が流れ込み第一のバブル9rの径が大きくなる(t=t3)。この際、第一のバブル9rの表面積が広がることで界面の脂質密度がわずかに下がり、界面張力γがわずかに上がる。このように、Young‐Laplaceの式のパラメータが全て時間とともに変化し、さらに圧力と半径が反比例の関係にあるため、脂質一重膜のバブルは不安定平衡系にあると言える。
【0078】
(第一の実施の形態の効果)
上記した第一の実施の形態によれば、第一のバブル9r及び第二のバブル9lの物理量を観測しつつ、目標値との差分に応じてフィードバック制御するようにしたため、Young‐Laplaceの式に基づく第一のバブル9r及び第二のバブル9lの性質が不安定平衡系にあるものの、脂質二重膜を形成するバブルの物理量を制御することができるだけでなく、時間経過における脂質平衡化の影響を吸収して脂質二重膜を形成するバブルの物理量を制御することができる。
【0079】
また、脂質二重膜を形成するバブルの物理量を制御するため、バブルの物理量を一定の値に維持し、又は経時的に変化させることができ、生物学における実験、例えば、細胞膜の力学変化に対する蛋白質の応答様式、膜組成の変化によるチャネル活性の変化等の蛋白質と膜の相互作用に関する実験を安定にかつ定量的に実施することができる。
【0080】
(第二の実施の形態)
第二の実施の形態は、バブルを発生させる初期段階である成長フェーズ及びバブル成長後に物理量を制御する制御フェーズのそれぞれについて制御を切り替えて行う点で第一の実施の形態と異なる。バブルの成長フェーズは、Young‐Laplaceの式において径Rが非常に小さく、内圧Pに対して径Rの変化が小さい状態であり、一方、バブルの制御フェーズは、径Rが十分に大きくなっていることで内圧Pに対して径Rの変化が大きい状態である。バブルの成長フェーズと制御フェーズにはこのような傾向があるが、第二の実施の形態においてはバブルの物理量の観測方法の違いにより各フェーズを分けており、当該分け方においても上記傾向とよく一致したものとなる。また、PとRの変化分が同等である状態を成長フェーズと制御フェーズの境界としてもよく、さらにこの境界は厳密に定めずに傾向に合わせて適宜変更可能である。また、成長フェーズと制御フェーズのみの2つのフェーズに限らず、これらの間にさらに中間フェーズを設けてもよく、中間フェーズは複数存在してもよいし、内圧P又は径Rに対してフェーズが連続的に変化する構成としてもよい。各フェーズにおける制御方法の具体例は後述する。
【0081】
図7は、第二の実施の形態の制御方法を説明するためのブロック図である。
【0082】
まず、観測手段100は、映像信号の輝度差から第一のバブル9rを検出し、楕円近似できるようであれば、観測手段100ctrlとして中心crの座標、長径Rr及び短径rrを得る。また、楕円近似できないようであれば、観測手段100grwとして第一のバブル9rの境界付近の低輝度画素をカウントすることにより半径を予測する。また同様に、観測手段100は、第二のバブル9lを検出して半径を得る又は予測する。なお、観測手段100の画素カウントによる半径予測方法は例示であり、他の方法を用いてもよく、当該方法に限定されるものではない。
【0083】
図8の(a)から(d)は、バブルの成長のフェーズを説明するための概略図である。
【0084】
図8(a)に示すように、初期状態において、マイクロピペット7に対し予め定めた圧力Pを印加して、
図8(b)に示すように、成長過程1の状態となったら上述したように、観測手段100grwとして第一のバブル9rの境界付近の低輝度画素をカウントすることにより半径を予測する。その後、予測した半径から以降に説明する制御を行い、
図8(c)、(d)に示すように、バブルを成長させる。
【0085】
なお、観測手段100の成長/制御フェーズ切替え手段100cは、観測手段100ctrlが半径計測できる状態において成長/制御フェーズを切り替えるが、PとRの変化分が同等である状態とする基準で成長/制御フェーズを切り替えてもよいし、当該基準に準ずる他の基準に基づいて成長/制御フェーズを切り替えてもよい。
【0086】
制御手段101の差分演算器101aは、目標値情報112のバブル半径の目標値112aと、観測手段100が観測した観測量情報111のバブル半径とを入力として受け付けて、これらの差分を出力する。
【0087】
次に、制御手段101の微分制御回路101b及び比例制御回路101cは、作動増幅回路101aの出力に基づいて空圧インジェクタ4の回転角度について微分制御及び比例制御を行う。なお、第一の実施の形態と同様に積分制御(積分要素Kd)を含むPID制御であってもよい。
【0088】
ここで、成長/制御フェーズ切替え手段100cは、成長フェーズと制御フェーズにおいてそれぞれ制御回路101grwと制御回路101ctrlとを切り替える。制御回路101grw及び制御回路101ctrlは、それぞれYoung‐Laplaceの式の成長フェーズ及び制御フェーズの状態に合わせて設定されたkd及びkpを用いて微分制御及び比例制御を行う。
【0089】
なお、中間フェーズを設けた場合は、成長/制御フェーズ切替え手段100cは、成長フェーズと制御フェーズと中間フェーズにおいてそれぞれ制御回路101grwと制御回路101ctrlと中間フェーズ用の制御回路とを切り替える。また、フェーズが連続的に変化する場合は、制御回路の扱う定数を連続的に変化させるものとする。
【0090】
次に、過去の圧力値に対する増減で制御するためメモリ/遅延要素101dを設けて、インジェクタ回転角度の制御信号をモータ3に出力する。モータ3は、制御信号に基づいて回転して、空圧インジェクタ4の空圧を変化させる。
【0091】
(第二の実施の形態の効果)
上記した第二の実施の形態によれば、バブルの内圧P及び径の関係を示すYoung‐Laplaceの式において、径Rが非常に小さく、内圧Pに対して径Rの変化が小さい状態であるバブルの成長フェーズと、径Rが十分に大きくなっていることで内圧Pに対して径Rの変化が大きい状態であるバブルの制御フェーズにおいて、それぞれ半径予測方法と半径計測方法とを切り替えるとともに、微分制御及び比例制御の係数を切り替える構成としたため、バブルの制御フェーズだけでなく、バブルを発生させる成長フェーズにおいてもバブルの制御が可能となる。
【0092】
[他の実施の形態]
なお、本発明は、上記実施の形態に限定されず、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々な変形が可能である。
【0093】
上記実施の形態では制御部10の各手段100、101の機能をプログラムで実現したが、各手段の全て又は一部をASIC等のハードウエアによって実現してもよい。また、上記実施の形態で用いたプログラムをCD‐ROM等の記録媒体に記憶して提供することもできる。また、上記実施の形態で説明した上記ステップの入れ替え、削除、追加等は本発明の要旨を変更しない範囲内で可能である。
【符号の説明】
【0094】
1 :情報処理装置
2 :顕微鏡カメラ
3l :ステッピングモータ
3r :ステッピングモータ
4l :空圧インジェクタ
4r :空圧インジェクタ
5l :圧力計
5r :圧力計
6l :リニアステージ
6r :リニアステージ
7l :マイクロピペット
7r :マイクロピペット
8 :槽
9l :第二のバブル
9r :第一のバブル
10 :制御部
11 :記憶部
12 :映像入力部
13 :信号出力部
14 :操作部
15 :表示部
80 :油
100 :観測手段
101 :制御手段
110 :制御プログラム
111 :観測量情報
112 :目標値情報