(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-02
(45)【発行日】2024-08-13
(54)【発明の名称】食道癌バイオマーカー及びその用途
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/6886 20180101AFI20240805BHJP
G01N 33/574 20060101ALI20240805BHJP
C12Q 1/686 20180101ALN20240805BHJP
C12N 15/113 20100101ALN20240805BHJP
【FI】
C12Q1/6886 Z
G01N33/574 Z
C12Q1/686 Z
C12N15/113 Z ZNA
(21)【出願番号】P 2021536655
(86)(22)【出願日】2020-06-18
(86)【国際出願番号】 JP2020024027
(87)【国際公開番号】W WO2021019944
(87)【国際公開日】2021-02-04
【審査請求日】2023-05-31
(31)【優先権主張番号】P 2019139247
(32)【優先日】2019-07-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】506218664
【氏名又は名称】公立大学法人名古屋市立大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(72)【発明者】
【氏名】志村 貴也
(72)【発明者】
【氏名】奥田 悠介
(72)【発明者】
【氏名】岩崎 弘靖
(72)【発明者】
【氏名】片岡 洋望
【審査官】松本 淳
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-144439(JP,A)
【文献】特開2018-074938(JP,A)
【文献】国際公開第2015/194615(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/194627(WO,A1)
【文献】MATSUI, D. et al,Unique miRNA Profiles for Disease Progression of Human Esophageal Adenocarcinoma,Gastroenterology,2016年,Vol.150, Issue 4, Supplement 1,S358
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00- 3/00
C12N 15/00-15/90
G01N 33/00-33/98
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
尿中hsa-miR-619-5p、尿中hsa-miR-1273f及び尿中hsa-miR-4327からなる群より選択されるマイクロRNAからなる、食道癌バイオマーカーの発現レベルを指標にすることを特徴とし、
前記食道癌バイオマーカーの発現レベルが、食道癌の罹患と正の相関を示す、
食道癌検査を補助する方法。
【請求項2】
尿中hsa-miR-619-5p、尿中hsa-miR-1273f及び尿中hsa-miR-4327からなる群より選択されるマイクロRNAからなる、食道癌バイオマーカーの発現レベルを指標にすることを特徴とし、
前記食道癌バイオマーカーの発現レベルが、早期食道癌の罹患と正の相関を示す、早期
食道癌検査を補助する方法。
【請求項3】
以下のステップ(1)及び(2)を含む、請求項1に記載の方法:
(1)被検者から採取された検体中の前記食道癌バイオマーカーを検出し、発現レベルを決定するステップ;
(2)ステップ(1)で決定した発現レベルに基づき、食道癌の罹患を判定するステップ。
【請求項4】
以下のステップ(1)及び(2)を含む、請求項2に記載の方法:
(1)被検者から採取された検体中の前記食道癌バイオマーカーを検出し、発現レベルを決定するステップ;
(2)ステップ(1)で決定した発現レベルに基づき、早期の食道癌の罹患を判定するステップ。
【請求項5】
ステップ(1)において、hsa-miR-4669及びhsa-miR-6756-5pを標準化因子とした標準化によって、食道癌バイオマーカーの発現レベルが決定される、請求項3又は4に記載の方法。
【請求項6】
ステップ(1)で検出する食道癌バイオマーカーが尿中hsa-miR-619-5p又は尿中hsa-miR-1273fである、請求項3~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記食道癌バイオマーカーがqRT-PCR法で検出される、請求項3~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか一項に記載の方法に使用するキットであり、
前記食道癌バイオマーカーを検出するための試薬と取扱い説明書を含む、食道癌検査用キット。
【請求項9】
前記試薬が、尿中hsa-miR-619-5p検出用試薬、尿中hsa-miR-1273f検出用試薬、及び/又は尿中hsa-miR-4327検出用試薬である、請求項8に記載の食道癌検査用キット。
【請求項10】
マイクロRNA抽出用試薬、標準化因子特異的プライマー、DNAポリメラーゼ、逆転写酵素、dNTP、尿検体採取容器、反応装置及び検出装置からなるより選択される一以上の要素を更に含む、請求項8又は9に記載の食道癌検出用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は食道癌の検査/診断に有用な指標及びその用途に関する。詳細には、食道癌バイオマーカー及びそれを利用した検査方法等に関する。本出願は、2019年7月29日に出願された日本国特許出願第2019-139247号に基づく優先権を主張するものであり、当該特許出願の全内容は参照により援用される。
【背景技術】
【0002】
食道癌診断のゴールドスタンダードは上部消化管内視鏡検査と生検組織を用いた病理診断であるが、進行し通過障害をきたさないと症状がでないことから症状発現時の内視鏡検査では極めて進行した状態で発見され、転移リスクが高い。そのため、食道癌は予後不良の疾患の一つである。胃がん検診で行われる上部消化管造影検査時に食道の写真は通常1~2枚撮影されるにすぎず、通過障害をきたすような進行期の腫瘍でなければ発見は困難である。
【0003】
血液検査ではSCC、CYFRA21-1、抗p53抗体などの血清マーカーが利用されているが、感度や特異度が十分とは言い難い。また、食道癌に特異的なバイオマーカーの開発が進められているが(例えば特許文献1~3)、臨床応用された例はない。一方、血清中の特定のマイクロRNAの組合せが食道癌の診断に有用であることが報告されている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2015/194627号パンフレット
【文献】国際公開第2015/098112号パンフレット
【文献】特開2018-123136号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】JAMA Netw Open. 2019 May 3;2(5):e194573. doi: 10.1001/jamanetworkopen.2019.4573.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記の通り、食道癌に関して、臨床の現場や検診で簡便且つ日常的に使用可能なバイオマーカーはないのが現状である。そこで本発明は、実用性の高い、食道癌に特異的でかつ低侵襲なバイオマーカーの提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、低侵襲かつ簡便な検査が可能になることを重視しつつ、食道癌に特異的なバイオマーカーの創出を目指して研究を進めた。具体的には、尿中から食道癌に特異的なバイオマーカーを同定することを試みた。350例を超える検体を使用し、詳細且つ網羅的解析を実施した結果、特定のマイクロRNAが高い特異度及び感度で食道癌の判定を可能にすることが判明した。即ち、食道癌の診断能に優れたバイオマーカーを同定することに成功した。重要な点として、同定されたマイクロRNAは各々、単独で食道癌の診断に有用であることが示唆された。一方、検討を進めた結果、同定されたマイクロRNAは1つを除き早期(ステージI)の食道癌の検出・診断に有用であることが判明した。更なる検討の結果、同定された5つのマイクロRNAの内、4つ(尿中hsa-miR-619-5p、尿中hsa-miR-1273f、尿中hsa-miR-4327及び尿中hsa-miR-150-3p)については早期の食道癌の検出・診断に有用性が高いことが裏付けられるとともに、残りの1つ(尿中hsa-miR-3135b)についても、早期の食道癌の検出・診断に利用できる可能性が示唆された。以上の成果及び考察に基づき、以下の発明が提供される。
[1]尿中hsa-miR-619-5p、尿中hsa-miR-1273f、尿中hsa-miR-3135b、尿中hsa-miR-4327及び尿中hsa-miR-150-3pからなる群より選択されるマイクロRNAからなる、食道癌バイオマーカー。
[2][1]に記載の食道癌バイオマーカーの発現レベルを指標にすることを特徴とする、食道癌の検査方法。
[3]早期食道癌の検出用である、[1]に記載の食道癌バイオマーカー。
[4]尿中hsa-miR-619-5p、尿中hsa-miR-1273f、尿中hsa-miR-4327又は尿中hsa-miR-150-3pからなる、[3]に記載の食道癌バイオマーカー。
[5][3]又は[4]に記載の食道癌バイオマーカーの発現レベルを指標にすることを特徴とする、早期食道癌の検査方法。
[6]以下のステップ(1)及び(2)を含む、[2]に記載の方法:
(1)被検者から採取された検体中の前記食道癌バイオマーカーを検出し、発現レベルを決定するステップ;
(2)ステップ(1)で決定した発現レベルに基づき、食道癌の罹患を判定するステップ。
[7]以下のステップ(1)及び(2)を含む、[5]に記載の方法:
(1)被検者から採取された検体中の前記食道癌バイオマーカーを検出し、発現レベルを決定するステップ;
(2)ステップ(1)で決定した発現レベルに基づき、早期の食道癌の罹患を判定するステップ。
[8]ステップ(1)において、hsa-miR-4669及びhsa-miR-6756-5pを標準化因子とした標準化によって、食道癌バイオマーカーの発現レベルが決定される、[6]又は[7]に記載の方法。
[9]ステップ(1)で検出する食道癌バイオマーカーが尿中hsa-miR-619-5p又は尿中hsa-miR-1273fである、[6]~[8]のいずれか一項に記載の方法。
[10]前記食道癌バイオマーカーがqRT-PCR法で検出される、[6]~[9]のいずれか一項に記載の方法。
[11][1]に記載の食道癌バイオマーカーを検出するための試薬と取扱い説明書を含む、食道癌検査用キット。
[12][3]又は[4]に記載の食道癌バイオマーカーを検出するための試薬と取扱い説明書を含む、食道癌検査用キット。
[13]前記試薬が、尿中hsa-miR-619-5p検出用試薬、尿中hsa-miR-1273f検出用試薬、尿中hsa-miR-3135b検出用試薬、尿中hsa-miR-4327検出用試薬及び/又は尿中hsa-miR-150-3p検出用試薬である、[11]又は[12]に記載の食道癌検査用キット。
[14]マイクロRNA抽出用試薬、標準化因子特異的プライマー、DNAポリメラーゼ、逆転写酵素、dNTP、尿検体採取容器、反応装置及び検出装置からなる群より選択される一以上の要素を更に含む、[11]~[13]のいずれか一項に記載の食道癌検出用キット。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図3】ROC曲線(尿中miRNA診断パネル)。健常者 vs. 食道癌症例
【
図4】尿中miRNAによる早期(ステージI)食道癌の判定。
【
図5】ROC曲線(尿中miRNA診断パネル)。健常者 vs. ステージI食道癌症例
【
図6】尿中miRNA発現と臨床病期の相関。ステージI:17例、ステージII/III:19例、ステージIV:12例。
【
図7】食道正常細胞及び癌細胞の培養液中のmiRNA発現。Het-1A:ヒト食道正常扁平上皮細胞株、TE-1:ヒト食道扁平上皮癌細胞株、T.T:ヒト食道扁平上皮癌細胞株、KYSE-30:ヒト食道扁平上皮癌細胞株。(n=8-11)
【
図8】腫瘍組織と隣接正常組織でのmiRNA発現。(N=27)
【発明を実施するための形態】
【0009】
1.食道癌バイオマーカー
本発明の第1の局面は食道癌バイオマーカーに関する。本明細書において「食道癌バイオマーカー」とは、食道癌の罹患の指標となる生体分子のことをいう。本発明のバイオマーカーは食道癌の検出(食道癌に罹患していることの把握)、特に早期の食道癌の検出に有用である。
【0010】
食道は咽頭と胃の間をつなぐ管状の臓器であり、頸部食道、胸部食道、腹部食道に大別される。食道の壁は粘膜(粘膜上皮・粘膜固有層・粘膜筋板)、粘膜下層、固有筋層及び外膜で構成されている。日本人の場合、食道癌は食道の中央付近に認められることが多い。食道癌はリンパ節転移し易いという特徴があり、リンパ節転移が生じた場合、広い範囲に転移を認めることが多い。食道癌は組織型、病期(ステージ)等によって細かく分類される。初期の食道癌では自覚症状がないのがほとんどであり、早期に食道癌を発見することは難しい。食道癌の診断には血液検査、食道造影剤検査、内視鏡検査、CT検査、MRI検査、PET検査、超音波検査等が行われる。
【0011】
本明細書において「生体分子」とは、生体内に見出される分子(化合物)をいう。本発明では生体分子であるマイクロRNAをバイオマーカーとして用いるが、その利用(典型的には検査方法への適用)に際しては、生体から分離された検体(試料)中の当該分子が用いられることになる。検体には尿が用いられる。従って、尿中の特定のマイクロRNAが本発明のバイオマーカーとなる。
【0012】
マイクロRNAは、生体内に存在する22塩基程度の小分子RNAである。マイクロRNAは、3’非翻訳領域(3'UTR)に部分相補的配列を有する標的遺伝子に結合し、mRNAの不安定化や翻訳を抑制することで、タンパク質産生を抑制する。このマイクロRNAの機能は、遺伝子の転写後発現制御として重要な機構の一部を構成する。
【0013】
本発明のバイオマーカーは特定のマイクロRNA、即ち、hsa-miR-619-5p、hsa-miR-1273f、hsa-miR-3135b、hsa-miR-4327又はhsa-miR-150-3pからなる。中でも、hsa-miR-619-5pとhsa-miR-1273fは、より高い診断精度をもたらす点において有用性が高い。
【0014】
本発明のバイオマーカーは早期の食道癌の検出にも有用であり、特に、hsa-miR-619-5p、hsa-miR-1273f、hsa-miR-4327及びhsa-miR-150-3pの有用性は高い。また、この場合においてもhsa-miR-619-5pとhsa-miR-1273fはその有用性が高い。食道癌の病期はステージI、II、III及びIVに大別される。特に言及がない場合、本発明における「早期の食道癌」はステージI(I期)の食道癌である。
【0015】
hsa-miR-619-5p、hsa-miR-1273f、hsa-miR-3135b、hsa-miR-4327及びhsa-miR-150-3pは各々、以下の配列からなるマイクロRNAである。
hsa-miR-619-5p:GCUGGGAUUACAGGCAUGAGCC(配列番号1)
hsa-miR-1273f:GGAGAUGGAGGUUGCAGUG(配列番号2)
hsa-miR-3135b:GGCUGGAGCGAGUGCAGUGGUG(配列番号3)
hsa-miR-4327:GGCUUGCAUGGGGGACUGG(配列番号4)
hsa-miR-150-3p:CUGGUACAGGCCUGGGGGACAG(配列番号5)
【0016】
尚、説明の便宜上、本明細書では、マイクロRNAの名称の内、「hsa-」を省略することがある。
【0017】
2.食道癌バイオマーカーを利用した検査
本発明の第2の局面は本発明のバイオマーカーの用途に関し、食道癌の検査方法(以下、「本発明の検査方法」とも呼ぶ)を提供する。本発明の検査方法は食道癌を簡便に検出する手段として有用である。本発明の検査方法によれば、食道癌を罹患しているか否か(罹患の有無)の判定を可能にする客観的根拠が提供される。また、本発明の検査方法の一態様は早期の食道癌の検出に有用であり、当該態様の場合は早期の食道癌に罹患しているか否の判定に有用な客観的根拠が得られることになる。本発明の検査方法がもたらす情報(検査結果)は、生体内の状態ないし変化を反映したバイオマーカー(生体分子)という客観的な指標に基づくものであり、それ自体で食道癌の判定を可能にするが、それを補助的に利用し、必要に応じてその他の指標も考慮して最終的な判断(典型的には確定診断)を行うことにしてもよい。尚、医師の判断を含む診断との区別をより明確にするために、本発明の検査方法を、「食道癌検査を補助する方法」と呼ぶこともできる。本発明は、医師の判断によらず、客観的(指標)を利用することで、食道癌の診断に有益な情報をもたらす。
【0018】
本発明の検査方法では、被検者由来の検体における、本発明のバイオマーカーの発現レベルが指標として用いられる。ここでの「レベル」は、典型的には「量」ないし「濃度」を意味する。但し、慣例及び技術常識に従い、検出対象の分子を検出できるか否か(即ち見かけ上の存在の有無)を表す場合にも用語「レベル」が用いられる。
【0019】
典型的には、本発明の検査方法では以下のステップ(1)及び(2)を行う。
(1)被検者から採取された検体中の前記食道癌バイオマーカーを検出し、発現レベルを決定するステップ
(2)ステップ(1)で決定した発現レベルに基づき、食道癌の罹患を判定するステップ
【0020】
ステップ(1)
ステップ(1)では、被検者から採取された検体を用意し、本発明のバイオマーカー(食道癌バイオマーカー)を検出し、発現レベルを決定する。バイオマーカーとしてhsa-miR-619-5p、hsa-miR-1273f、hsa-miR-3135b、hsa-miR-4327又はhsa-miR-150-3pが用いられるが、早期の食道癌の検出を目的とする場合にはhsa-miR-619-5p、hsa-miR-1273f、hsa-miR-4327又はhsa-miR-150-3pを採用することが好ましい。また、特に好ましい態様ではhsa-miR-619-5p又はhsa-miR-1273fが採用される。一方、被検者は特に限定されない。即ち、食道癌の罹患の有無の判定が必要な者に対して広く本発明を適用することができる。例えば、食道癌の兆候や食道癌に特徴的な症状を認める者等、食道癌を罹患している可能性/疑いがある者の他、自覚症状がない者(健常者を含む)も被検者となり得る。
【0021】
検体は、本発明の実施に先立って採取しておく。尿が検体として用いられる。尚、検体は常法で採取、調製すればよい。
【0022】
このステップでは、検体中のバイオマーカーを検出するが、バイオマーカーの発現レベルを厳密に定量することは必須でない。即ち、後続のステップ(2)において食道癌の罹患が判定可能となる程度にバイオマーカーを検出できればよい。例えば、検体中のバイオマーカーのレベルが所定の基準値を超えるか否かが判別可能なように検出を行うこともできる。
【0023】
バイオマーカーの検出方法は特に限定されない。例えば、qRT-PCR法に代表される、核酸増幅反応を利用した方法、マイクロアレイによって検出可能である。核酸増幅反応としては、PCR(Polymerase chain reaction)法若しくはその変法の他、LAMP(Loop-Mediated Isothermal Amplification)法(Tsugunori Notomi et al. Nucleic Acids Research, Vol.28, No.12, e63, 2000; Kentaro Nagamine, Keiko Watanabe et al. Clinical Chemistry, Vol.47, No.9, 1742-1743, 2001)、ICAN(Isothermal and Chimeric primer-initiated Amplification of Nucleic acids)法(特許第3433929号、特許第3883476号)、NASBA(Nucleic Acid Sequence-Based Amplification)法、LCR(Ligase Chain Reaction)法、3SR(Self-sustained Sequence Replication)法、SDA(Standard Displacement Amplification)法、TMA(Transcription Mediated Amplification)法、RCA(Rolling Circle Amplification)等を採用することができる。
【0024】
検出結果からバイオマーカーの発現レベルが決定される。発現レベルを決定する際には、正確性や客観性等を高めるために、通常、標準化が行われる。標準化には恒常的な発現を認めるマイクロRNAの検出結果を利用すればよい。好ましくはhsa-miR-4669とhsa-miR-6756-5pを標準化因子として用いる。即ち、hsa-miR-4669とhsa-miR-6756-5pの検出結果でバイオマーカーの検出結果を補正し、ステップ(2)の判定に用いる発現レベルとする。尚、組織や細胞株の標準化因子として一般化されているRNU6Bを標準化因子として利用することにしてもよい。
【0025】
qRT-PCR法でバイオマーカーを測定するのであれば、発現レベルの決定にCt値(Threshold Cycle)を利用するとよい。この場合、例えば、バイオマーカーのCt値から標準化因子のCt値(標準化因子Ct値)を減じた値(ΔCt値)を求め、ΔCt値をステップ(2)の判定に用いる発現レベルとする。
【0026】
ステップ(2)
ステップ(2)では、ステップ(1)で決定した発現レベルに基づき、食道癌の罹患を判定する。早期の食道癌の検出を目的とする場合には、早期の食道癌の罹患が判定されることになる。精度のよい判定を可能にするため、例えば、ステップ(1)で得られた発現レベルをコントロール(対照検体)の発現レベルと比較しつつ、或いは、コントロールの発現レベルに基づき設定された基準に照らして判定するとよい。コントロールには例えば、健常者のバイオマーカー発現レベル、及び/又は食道癌患者のバイオマーカー発現レベル、或いは早期(ステージI)食道癌患者のバイオマーカー発現レベル(早期の食道癌の検出を目的とする場合)を用いることができる。
【0027】
後述の実施例に示す通り、本発明のバイオマーカーとなる、hsa-miR-619-5p、hsa-miR-1273f、hsa-miR-3135b、hsa-miR-4327及びhsa-miR-150-3pはいずれも、食道癌症例で有意な発現上昇が認められた。即ち、本発明のバイオマーカーの発現レベルは食道癌の罹患と正の相関を示す。従って、バイオマーカーの発現レベルについては、それが高いことが食道癌を罹患していることの基本的な指標(判定基準)となる。一方、hsa-miR-619-5p、hsa-miR-1273f、hsa-miR-4327及びhsa-miR-150-3pは早期(ステージI)食道癌症例で有意な発現上昇が認められた。また、hsa-miR-3135bについても、健常者に比較して早期食道癌症例で大幅な発現上昇が認められた。従って、これらのバイオマーカーの発現レベルが高いことは、早期食道癌を罹患していることの指標(判定基準)となる。
【0028】
ステップ(2)における判定は定性的、半定量的、定量的のいずれであってもよい。定性的判定と定量的判定の例を以下に示す。以下の例は、食道癌の罹患を判定する場合の例であるが、早期食道癌の罹患の判定についても同様である。判定区分の数、各判定区分に関連付けられるバイオマーカーの発現レベル、判定結果等は、下記の例に何らとらわれることなく、予備実験等を通して任意に設定することができる。また、判定に用いる基準値やカットオフ値は、例えば、使用する検体、要求される精度(信頼度)などを考慮しつつ設定すればよい。基準値ないしカットオフ値の設定にあたっては、多数の検体を用いた統計的解析を利用するとよい。尚、ここでの判定は、その判断基準から明らかな通り、医師や検査技師など専門知識を有する者の判断によらずとも自動的ないし機械的に行うことができる。
【0029】
(定性的判定の例)
バイオマーカー発現レベルが基準値Aよりも高いときに、「食道癌に罹患している」と判定し、バイオマーカー発現レベルが基準値A以下のときに、「食道癌に罹患していない」と判定する。
【0030】
(定量的判定の例)
以下に示すように、バイオマーカーの発現レベルの範囲毎に罹患している可能性(%)を予め設定しておき、罹患している可能性(%)を判定する。
a<発現レベル:食道癌に罹患している可能性は80%より大きい
b<発現レベル≦a:食道癌に罹患している可能性は20%~80%
発現レベル<b:食道癌に罹患している可能性は20%未満
【0031】
上記の通り、ステップ(1)におけるバイオマーカーの検出にqRT-PCR法を利用する場合、好ましくは、バイオマーカーのCt値から標準化因子Ct値を減じた値(ΔCt値)をバイオマーカー発現レベルとしてステップ(2)の判定を行う。例えば、2-ΔCt値が基準値(カットオフ値)以上であれば「食道癌を罹患している」又は「食道癌を罹患している可能性が高い」と判定し、2-ΔCt値が基準値より低いのであれば「食道癌を罹患していない」又は「食道癌を罹患している可能性は低い」と判定する。ここでの基準値(食道癌を罹患している可能性の高低の境界となる2-ΔCt値の数値)は、バイオマーカーとして使用するマイクロRNA毎に設定される。上記の通り、基準値は、多数の検体を用いた統計的解析を利用して決定すればよい。
【0032】
ステップ(2)における判定結果は食道癌の診断に有用な情報となり、食道癌の診断はもとより、食道癌の早期発見、より適切な治療方針の決定(効果的な治療法の選択など)等に役立つ。また、詳細な検査(例えば二次検診)を受診する契機にもなり得る。
【0033】
3.食道癌検査用キット
本発明は、食道癌検査用のキットも提供する。本発明のキットは、本発明のバイオマーカーを検出するための試薬(バイオマーカー検出用試薬)を必須の要素として含む。バイオマーカー検出用試薬の例はバイオマーカー特異的プライマーである。
【0034】
好ましくは、標準化因子としてのhsa-miR-4669とhsa-miR-6756-5pを検出するための試薬、即ち、hsa-miR-4669検出用試薬(例えばhsa-miR-4669特異的プライマー)とhsa-miR-6756-5p検出用試薬(例えばhsa-miR-6756-5p特異的プライマー)もキットに含めることが好ましい。
【0035】
本発明のキットには、通常、取り扱い説明書が添付される。食道癌検査方法を実施する際に使用するその他の試薬(マイクロRNA抽出用試薬、DNAポリメラーゼ、逆転写酵素、dNTP等)、装置ないし器具(尿検体採取容器、反応装置、検出装置等)をキットに含めてもよい。
【実施例】
【0036】
食道癌特異的なバイオマーカー(食道癌バイオマーカー)を見出すべく、以下の検討を行った。
1.方法
(1)対象・方法・臨床検体
まず、全コホート351例(健常者:299例、食道癌患者:52例)から、年齢・性別をランダムに約3:1でマッチさせた221症例を抽出、miRNAの質が悪く解析が困難であった20例を除外した201例(健常者:150例、食道癌患者:51例)を解析対象とした。それらをランダムに(i)網羅的解析コホート9例(健常者: 6例、食道癌患者:3例)、(ii)バイオマーカー樹立コホート192例(健常者: 144例、食道癌患者:48例)の2群に分類した(
図1)。
【0037】
最初に、(i)網羅的解析コホート9例を用いてmiRNAアレイ解析を行い、食道癌症例の尿中で異常発現しているmiRNAを複数同定した。次に、(ii)バイオマーカー樹立コホート192例において、(i)で抽出した各miRNAをqPCR法で測定し、有意な食道癌バイオマーカーを同定した。
【0038】
(2)RNA抽出・cDNA合成
採取直後より-80℃にて凍結保存されていた尿検体200μlから、miRNeasy Serum/Plasma Kit(Qiagen, Valencia, CA)を用いて、プロトコールに従いmiRNAを抽出した。抽出されたmiRNAを鋳型として、TaqMan Advanced MicroRNA cDNA Synthesis Kit(ThermoFisher Scientific, Waltham, USA)を用いてプロトコール通りにcDNA合成を行った。
【0039】
(3)マイクロアレイ解析
抽出されたmiRNAを用いて、SurePrint miRNA microarray(Agilent, Santa Clara, USA)にて解析を行った。データの解析にはGeneSpringGX(Agilent)を用いた。
【0040】
(4)qPCR
合成されたcDNAを用いてTaqMan Advanced MicroRNA Assayを用いて、7500 Fast real-time PCR system(ThermoFisher Scientific, Watham, USA)を使用しqRT-PCRを行った。サーマルサイクル及び使用したプライマーの配列は下記の表(表1、2)に記載する。
【0041】
【0042】
使用したTaqMan Advanced MicroRNA Assays
【表2】
【0043】
(5)標準化因子について
標準化因子としては、miRNAマイクロアレイで得られた尿中miRNA発現シグナルのグローバルノーマリゼーション法により検出されたmiR-4669(配列番号6)、miR-6756-5p(配列番号7)を用いることにした。解析の際には、qRT-PCRにて、miR-619-5p、miR-1273f、miR-3135b、miR-4327及びmiR-150-3pのCt値を測定し、それぞれから標準化Ct値(miR-4669、miR-6756-5pの平均Ct値)を引きΔCt値を算出した。標準化Ct値との発現差:2-ΔCt(ΔCt値を各検体のそれぞれのmiRNAの発現量と換算できるため)を各miRNAの発現レベルとして使用し、当該発現レベルの大小で食道癌を検出・診断するものである。miR-4669、miR-6756-5pは尿・血清中に恒常的に安定して発現しているため、体液中miRNAの標準化因子として有用である。
【0044】
2.結果
最初に、(i)網羅的解析コホート9例を用いてmiRNAアレイ解析を行い、食道癌症例の尿中で有意に上昇または低下している複数のmiRNAを同定した。次に、(ii)バイオマーカー樹立コホートで発現解析を行った。詳細には、(ii)バイオマーカー樹立コホート192例において、(i)で抽出した各miRNAをqPCR法で測定した結果、単変量解析では、miR-619-5p、miR-3135b、miR-1273f、miR-4327及びmiR-150-3pが食道癌症例の尿中で有意な高発現を認めた。多変量解析並びに各因子を組み合わた解析を行っても精度の上昇は認めず、5種類の各miRNAが単独で食道癌バイオマーカーになりうると考えられた(
図2)。また、食道癌判定におけるAUCは、miR-619-5p: 0.747、miR-3135b: 0.642、miR-1273f: 0.767、miR-4327: 0.623、miR-150-3p: 0.670であり、いずれも有意に食道癌判定が可能であったが、中でも尿中miR-619-5pと尿中miR-1273fは特に高精度の判定を可能にした(
図3)。食道癌判定の感度/特異度は、尿中miR-619-5pが81.3%/54.2%、尿中miR-1273fが81.3%/52.1%であった。尚、この解析では、各バイオマーカーのカットオフ値(基準となる2
-△CTの値)を次の通り設定した。
miR-619-5p:0.265
miR-3135b:1.15
miR-1273f:0.035
miR-4327:0.32
miR-150-3p:0.0062
【0045】
次に、健常者:144例、ステージI食道癌:17例における早期食道癌診断能の検討においても、miR-619-5p、miR-1273f、miR-4327及びmiR-150-3pは、健常者と比較しステージI食道癌患者の尿中で有意な高発現をみとめた(
図4)。ステージI食道癌判定におけるAUCは、miR-619-5p: 0.775、miR-1273f:0.794、miR-4327: 0.707、miR-150-3p: 0.673であり、いずれも有意にステージI食道癌判定が可能であったが、中でも尿中miR-619-5pと尿中miR-1273fは特に高精度の判定(即ち、高精度な食道癌の早期診断)を可能にした(
図5)。ROC解析によりカットオフ値を定めた際の、ステージI食道癌判定の感度/特異度は、尿中miR-619-5pが88.2%/63.2%、尿中miR-1273fが88.2%/59.7%であった。尚、この解析では、各バイオマーカーのカットオフ値(基準となる2
-△CTの値)を次の通り設定した。
miR-619-5p:0.31
miR-1273f:0.041
miR-4327:0.35
miR-150-3p:0.0062
【0046】
3.まとめ
以上の結果から、尿中のmiR-619-5p、miR-1273f、miR-3135b、miR-4327、miR-150-3pの発現レベル(特にmiR-619-5pとmiR-1273f)は、新規の無侵襲食道癌バイオマーカーとして有用であることが示唆された。
【0047】
4.臨床病期との関連性
同定したバイオマーカーである、5種類の尿中miRNAと臨床病期との関連性を検討した。miR-1273f、miR-619-5p、miR-150-3p及びmiR-3135bは、尿中miRNA発現と臨床病期の間に相関関係を認めなかった(
図6)。即ち、これらのmiRNAはステージIから発現が上昇し、その後は病期の進行に関わらず高値を維持していた(ステージIでプラトーに達していた)。一方、miR-4327の尿中miRNA発現は臨床病期と逆相関していた(
図6)。即ち、ステージIで最も高値であり、病期の進行に伴い発現が低下した。以上の結果は、同定した5種類の尿中miRNAの内、4種(尿中miR-1273f、尿中miR-619-5p、尿中miR-150-3p及び尿中miR-4327)が早期食道癌の検出ないし同定に極めて優れるバイオマーカーであることを裏付ける。尿中miR-3135bについては、ステージI食道癌患者の中央値は健常者の中央値の約2倍であり、早期食道癌の検出ないし同定に利用できる可能性が示唆された。
【0048】
5.細胞株を用いた検討
正常のヒト食道扁平上皮細胞株(Het-1A)と3種類のヒト食道扁平上皮癌細胞株(TE-1、T.T、KYSE-30)のそれぞれの培養液中からmiRNAを抽出し、同定した5種類のmiRNAの発現解析を行った。発現解析においては、標準化因子としてRNU6Bを使用した。解析結果を
図7に示す。正常細胞株と比較しヒト食道癌細胞株の培養液中において、5種類すべてのmiRNAが有意に高発現していた。この結果は、5種類の尿中miRNA(尿中miR-1273f、尿中miR-619-5p、尿中miR-150-3p、尿中miR-3135b及び尿中miR-4327)が食道癌の検出ないし同定に有用であることを裏付ける。
【0049】
6.切除後の腫瘍組織標本を用いた検討
切除後の腫瘍組織標本が存在する、食道癌27例(16例がステージIの早期食道癌)のFFPE(ホルマリン固定パラフィン包埋)切片を利用し、食道癌組織と周囲の正常組織からmiRNAを抽出し、5種類のmiRNA(miR-619-5p、miR-1273f、miR-3135b、miR-4327、miR-150-3p)の発現を解析した。発現解析においては、標準化因子としてRNU6Bを使用した。解析結果を
図8に示す。正常組織と比較し食道癌組織中において、miR-4327は有意に高発現し、miR-1273f、miR-619-5p、miR-150-3pも高発現傾向を認めた。一方、miR-3135bは両群間に有意差を認めなかった。このことは、症例数が少なく検出力が不足している(偽陰性の)可能性や早期癌の検出におけるmiR-3135bの有用性が他の4種のmiRNAに比べ低い可能性を示唆する。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明は食道癌の診断に有用なバイオマーカーを提供する。本発明のバイオマーカーは尿検体中で検出可能であり、低侵襲且つ簡便な検査を可能にする。尿を検体に用いることから、「無侵襲に」、「簡単に」、「自宅でも」検査・診断が可能になり、例えば、検診一次スクリーニングの現場において極めて有用である。また、本発明のバイオマーカーを利用すれば精度の高い検査が可能となる。
【0051】
本発明は、例えば、病院、保健所、検診車等で行われる健康診断における尿検査の一項目として実施することができる。また、尿を検体に用いることから、自宅で採取した尿を検査機関に送付して検査するという、新たなスタイルの検査も可能となる。
【0052】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
【配列表】