IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社ニデックの特許一覧

特許7532750灌流吸引装置および灌流吸引制御プログラム
<>
  • 特許-灌流吸引装置および灌流吸引制御プログラム 図1
  • 特許-灌流吸引装置および灌流吸引制御プログラム 図2
  • 特許-灌流吸引装置および灌流吸引制御プログラム 図3
  • 特許-灌流吸引装置および灌流吸引制御プログラム 図4
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-05
(45)【発行日】2024-08-14
(54)【発明の名称】灌流吸引装置および灌流吸引制御プログラム
(51)【国際特許分類】
   A61F 9/007 20060101AFI20240806BHJP
   A61M 1/00 20060101ALI20240806BHJP
【FI】
A61F9/007 130G
A61M1/00 140
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019131008
(22)【出願日】2019-07-16
(65)【公開番号】P2021013666
(43)【公開日】2021-02-12
【審査請求日】2022-06-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000135184
【氏名又は名称】株式会社ニデック
(74)【代理人】
【識別番号】100166785
【弁理士】
【氏名又は名称】大川 智也
(72)【発明者】
【氏名】加藤 寿敏
(72)【発明者】
【氏名】大河 幸太
【審査官】胡谷 佳津志
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-206803(JP,A)
【文献】国際公開第2018/083179(WO,A1)
【文献】特表2014-521389(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2012/0302941(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61F 9/007
A61M 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
灌流液源から灌流液を眼内に供給し、前記眼内の廃棄組織を前記灌流液と共に吸引する灌流吸引装置であって、
吸引経路に吸着された前記眼内の組織を破砕する破砕部を有し、前記吸引経路から流体を吸引する手術器具と、
前記吸引経路から流体を吸引する吸引圧を発生させる吸引圧発生部と、
前記灌流液源から前記眼内に供給される灌流液の圧力である灌流圧を変化させる灌流圧可変部と、
ユーザの足によって操作されると共に、ユーザによって踏み込まれた踏込量である操作量に応じた信号を発生させるフットスイッチと、
前記灌流吸引装置の動作を制御する制御部と、
を備え、
前記制御部は、
前記フットスイッチの前記操作量が増加して吸引開始閾値を超えた場合に、前記吸引圧発生部による流体の吸引を開始させる吸引開始ステップと、
前記フットスイッチの前記操作量が増加して、前記吸引開始閾値よりも大きい破砕開始閾値を超えた場合に、前記吸引圧発生部による流体の吸引を実行しつつ、前記破砕部による組織の破砕を開始させる破砕開始ステップと、
前記フットスイッチの前記操作量が増加して、前記破砕開始閾値との差S(S≧0)が所定値であり且つ前記吸引開始閾値よりも大きい破砕時増加閾値を超えた場合に、前記吸引経路の閉塞が実際に解除されたか否かに関わらず、前記灌流圧可変部によって灌流圧を増加させる破砕時灌流圧増加ステップと、
を実行し、
前記破砕開始閾値に対する前記破砕時増加閾値の差Sが、ユーザによって入力された指示に応じて設定されることを特徴とする灌流吸引装置。
【請求項2】
請求項1に記載の灌流吸引装置であって、
前記破砕時増加閾値が、前記破砕開始閾値以下に設定されることを特徴とする灌流吸引装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の灌流吸引装置であって、
前記制御部は、
前記フットスイッチの操作量が増加して、前記吸引開始閾値よりも小さい吸引開始時増加閾値を超えた場合に、前記灌流圧可変部によって灌流圧を増加させる吸引開始時灌流圧増加ステップ、
をさらに実行することを特徴とする灌流吸引装置。
【請求項4】
灌流液源から灌流液を眼内に供給し、前記眼内の廃棄組織を前記灌流液と共に吸引する灌流吸引装置によって実行される灌流吸引制御プログラムであって、
前記灌流吸引装置は、
吸引経路に吸着された前記眼内の組織を破砕する破砕部を有し、前記吸引経路から流体を吸引する手術器具と、
前記吸引経路から流体を吸引する吸引圧を発生させる吸引圧発生部と、
前記灌流液源から前記眼内に供給される灌流液の圧力である灌流圧を変化させる灌流圧可変部と、
ユーザの足によって操作されると共に、ユーザによって踏み込まれた踏込量である操作量に応じた信号を発生させるフットスイッチと、
を備え、
前記灌流吸引装置の制御部が前記灌流吸引制御プログラムを実行することで、
前記フットスイッチの前記操作量が増加して吸引開始閾値を超えた場合に、前記吸引圧発生部による流体の吸引を開始させる吸引開始ステップと、
前記フットスイッチの前記操作量が増加して、前記吸引開始閾値よりも大きい破砕開始閾値を超えた場合に、前記吸引圧発生部による流体の吸引を実行しつつ、前記破砕部による組織の破砕を開始させる破砕開始ステップと、
前記フットスイッチの前記操作量が増加して、前記破砕開始閾値との差S(S≧0)が所定値であり且つ前記吸引開始閾値よりも大きい破砕時増加閾値を超えた場合に、前記吸引経路の閉塞が実際に解除されたか否かに関わらず、前記灌流圧可変部によって灌流圧を増加させる破砕時灌流圧増加ステップと、
を前記灌流吸引装置に実行させ、
前記破砕開始閾値に対する前記破砕時増加閾値の差Sが、ユーザによって入力された指示に応じて設定されることを特徴とする灌流吸引制御プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、眼内に灌流液を供給し、眼内の廃棄組織を灌流液と共に吸引する灌流吸引装置、および、灌流吸引装置で実行される灌流吸引制御プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
眼科手術(例えば、白内障手術、硝子体手術)において、灌流吸引装置が使用される場合がある。灌流吸引装置は、眼内に灌流液を供給し、供給された灌流液を、手術器具の破砕部によって破砕された廃棄組織と共に吸引する。
【0003】
灌流吸引装置は、眼内の圧力(内圧)の変動を抑制することが望ましい。例えば、特許文献1に記載の灌流吸引装置は、吸引ポンプによって眼内からの流体の吸引を開始させると同時に、ポール上下動駆動装置を作動させて灌流圧を上昇させる。これにより、吸引時に患者眼の内圧が低下することの抑制を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平8-10281号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来の灌流吸引装置では、内圧の変化の影響を抑制するための処理が、実際の内圧の変化に追従できない場合があった。例えば、灌流吸引装置では、吸引経路(例えば、手術器具の先端部に設けられた破砕部の穴等)を閉塞していた組織等が破砕部によって破砕され、吸引経路の閉塞が解除されると、一過性の過吸引が発生し、患者眼の内圧が急激に減少する可能性がある(この現象は「サージ現象」と言われる)。サージ現象は、患者眼の損傷等の原因となり得る。
【0006】
例えば、患者眼の内圧を測定または推定し、内圧の急激な減少が測定または想定された際に灌流圧を増加させることで、サージ現象による影響を抑制することも考えられる。しかし、サージ現象は非常に短時間の間に発生するので、内圧の急激な減少が測定または想定された時点で灌流圧を増加させても、内圧が急激に減少した後に内圧が上昇するのみとなる。従って、患者眼の内圧が急激に変化した場合でも、内圧の変化による影響を適切に抑制できることが望ましい。
【0007】
本開示の典型的な目的は、患者眼の内圧の変化による影響を適切に抑制することが可能な灌流吸引装置および灌流吸引制御プログラムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示における典型的な実施形態が提供する灌流吸引装置は、灌流液源から灌流液を眼内に供給し、前記眼内の廃棄組織を前記灌流液と共に吸引する灌流吸引装置であって、吸引経路に吸着された前記眼内の組織を破砕する破砕部を有し、前記吸引経路から流体を吸引する手術器具と、前記吸引経路から流体を吸引する吸引圧を発生させる吸引圧発生部と、前記灌流液源から前記眼内に供給される灌流液の圧力である灌流圧を変化させる灌流圧可変部と、ユーザの足によって操作されると共に、ユーザによって踏み込まれた踏込量である操作量に応じた信号を発生させるフットスイッチと、前記灌流吸引装置の動作を制御する制御部と、を備え、前記制御部は、前記フットスイッチの前記操作量が増加して吸引開始閾値を超えた場合に、前記吸引圧発生部による流体の吸引を開始させる吸引開始ステップと、前記フットスイッチの前記操作量が増加して、前記吸引開始閾値よりも大きい破砕開始閾値を超えた場合に、前記吸引圧発生部による流体の吸引を実行しつつ、前記破砕部による組織の破砕を開始させる破砕開始ステップと、前記フットスイッチの前記操作量が増加して、前記破砕開始閾値との差S(S≧0)が所定値であり且つ前記吸引開始閾値よりも大きい破砕時増加閾値を超えた場合に、前記吸引経路の閉塞が実際に解除されたか否かに関わらず、前記灌流圧可変部によって灌流圧を増加させる破砕時灌流圧増加ステップと、を実行し、前記破砕開始閾値に対する前記破砕時増加閾値の差Sが、ユーザによって入力された指示に応じて設定される
【0009】
本開示における典型的な実施形態が提供する灌流吸引制御プログラムは、灌流液源から灌流液を眼内に供給し、前記眼内の廃棄組織を前記灌流液と共に吸引する灌流吸引装置によって実行される灌流吸引制御プログラムであって、前記灌流吸引装置は、吸引経路に吸着された前記眼内の組織を破砕する破砕部を有し、前記吸引経路から流体を吸引する手術器具と、前記吸引経路から流体を吸引する吸引圧を発生させる吸引圧発生部と、前記灌流液源から前記眼内に供給される灌流液の圧力である灌流圧を変化させる灌流圧可変部と、ユーザの足によって操作されると共に、ユーザによって踏み込まれた踏込量である操作量に応じた信号を発生させるフットスイッチと、を備え、前記灌流吸引装置の制御部が前記灌流吸引制御プログラムを実行することで、前記フットスイッチの前記操作量が増加して吸引開始閾値を超えた場合に、前記吸引圧発生部による流体の吸引を開始させる吸引開始ステップと、前記フットスイッチの前記操作量が増加して、前記吸引開始閾値よりも大きい破砕開始閾値を超えた場合に、前記吸引圧発生部による流体の吸引を実行しつつ、前記破砕部による組織の破砕を開始させる破砕開始ステップと、前記フットスイッチの前記操作量が増加して、前記破砕開始閾値との差S(S≧0)が所定値であり且つ前記吸引開始閾値よりも大きい破砕時増加閾値を超えた場合に、前記吸引経路の閉塞が実際に解除されたか否かに関わらず、前記灌流圧可変部によって灌流圧を増加させる破砕時灌流圧増加ステップと、を前記灌流吸引装置に実行させ、前記破砕開始閾値に対する前記破砕時増加閾値の差Sが、ユーザによって入力された指示に応じて設定される
【0010】
本開示に係る灌流吸引装置および灌流吸引制御プログラムによると、患者眼の内圧の変化による影響が適切に抑制される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】灌流吸引装置1の概略構成を示す図である。
図2】操作部の操作量に対する、灌流圧の制御、吸引の制御、および破砕の制御の関係の一例を説明するための説明図である。
図3】灌流吸引装置1が実行する手術処理の一例を示すフローチャートである。
図4】従来の制御を実行した場合の患者眼Eの内圧の変化と、本開示で例示した制御を実行した場合の患者眼Eの内圧の変化を比較したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<概要>
灌流吸引装置は、灌流液源から灌流液を眼内に供給し、眼内の廃棄組織を灌流液と共に吸引する。本開示で例示する灌流吸引装置は、手術器具、吸引圧発生部、灌流圧可変部、操作部、および制御部を備える。手術器具は、吸引経路に吸着された眼内の組織を破砕する破砕部を有し、吸引経路から流体を吸引する。吸引圧発生部は、吸引経路から流体を吸引する吸引圧を発生させる。灌流圧可変部は、灌流液源から眼内に供給される灌流液の灌流圧を変化させる。操作部は、ユーザによって操作されると共に、操作量に応じた信号を発生させる。制御部は、灌流吸引装置の動作を制御する。制御部は、吸引開始ステップ、破砕開始ステップ、および破砕時灌流圧増加ステップを実行する。吸引開始ステップでは、制御部は、操作部の操作量が増加して吸引開始閾値を超えた場合に、吸引圧発生部による流体の吸引を開始させる。破砕開始ステップでは、制御部は、操作部の操作量が増加して、吸引開始閾値よりも大きい破砕開始閾値を超えた場合に、吸引圧発生部による流体の吸引を実行しつつ、破砕部による組織の破砕を開始させる。破砕時灌流圧増加ステップでは、制御部は、操作部の操作量が増加して、破砕開始閾値との差S(S≧0)が所定値であり且つ吸引開始閾値よりも大きい破砕時増加閾値を超えた場合に、灌流圧可変部によって灌流圧を増加させる。
【0013】
本開示で例示する灌流吸引装置によると、ユーザが操作部の操作量を増加させていくと、破砕部による組織の破砕が開始される時点と同時、または破砕が開始される前後に、吸引経路の閉塞が実際に解除されたか否かに関わらず、灌流圧が増加する。従って、吸引経路の閉塞が実際に解除された時点で灌流圧の増加処理が開始される場合に比べて、サージ現象の影響が適切に抑制される。以上の制御が操作部の操作量に応じて円滑に実行されるので、ユーザの意図に反した動作となる可能性も低い。よって、本開示の灌流吸引装置によると、患者眼の内圧の変化による影響が適切に抑制される。さらに、吸引経路の吸引口近傍では、吸引圧と灌流圧の圧力差によって、組織が吸引口に吸着され易くなる。よって、より適切に眼科手術が行われ易い。
【0014】
破砕時増加閾値は、破砕開始閾値以下に設定されてもよい。吸引経路の閉塞が解除されて患者眼の内圧が減少するタイミングは、組織の破砕が開始される以後となる。従って、破砕時増加閾値を破砕開始閾値以下とすると、吸引経路の閉塞が解除された時点で必ず灌流圧が増加しているので、サージ現象の影響がより適切に抑制される。
【0015】
ただし、破砕時増加閾値を破砕開始閾値よりも大きい値に設定することも可能である。例えば、組織を十分に破砕部に保持させた状態で破砕するために、組織が完全に破砕される破砕エネルギーで破砕部を駆動させる前に、破砕エネルギーよりも弱いエネルギーで破砕部を駆動させる場合がある。この場合、破砕エネルギーで破砕部を駆動させる時点で灌流圧が既に増加した状態となるように、破砕時増加閾値が設定されていれば、サージ現象の影響は適切に抑制される。
【0016】
制御部は、破砕開始閾値に対する破砕時増加閾値の差Sが、ユーザによって入力された指示に応じて設定されてもよい。ユーザが操作部の操作量を変化させる速度、および、灌流圧可変部が駆動してから灌流圧が実際に変化するまでの応答時間等によって、破砕開始閾値に対する破砕時増加閾値の差Sの望ましい値は変化する。従って、ユーザが入力する指示に応じて差Sが設定されることで、種々の条件に応じた適切な動作が灌流吸引装置によって実行される。
【0017】
制御部は、操作部の操作量が増加して、吸引開始閾値よりも小さい吸引開始時増加閾値を超えた場合に、灌流圧可変部によって灌流圧を増加させる吸引開始時灌流圧増加ステップをさらに実行してもよい。例えば、灌流圧可変部の駆動を開始してから、実際に灌流圧が増加するまでに時間差がある場合等には、吸引開始と同時に灌流圧を増加させる制御を実行しても、吸引開始後に患者眼の内圧が一時的に低下する場合がある。これに対し、本開示の灌流吸引装置では、ユーザが操作部の操作量を増加させていくと、吸引が開始されるよりも前に、灌流圧を増加させる制御が予め実行される。よって、吸引開始に伴って患者眼の内圧が低下する影響が、適切に抑制される。
【0018】
制御部は、吸引開始閾値に対する吸引開始時増加閾値の差Dが、ユーザによって入力された指示に応じて設定されてもよい。ユーザが操作部の操作量を変化させる速度、および、灌流圧可変部が駆動してから灌流圧が実際に変化するまでの応答時間等によって、吸引開始閾値に対する吸引開始時増加閾値の差Dの望ましい値は変化する。従って、ユーザが入力する指示に応じて差Dが設定されることで、種々の条件に応じた適切な動作が灌流吸引装置によって実行される。
【0019】
ただし、閾値の設定方法を変更することも可能である。例えば、手術条件毎に、各々の閾値(吸引開始閾値、吸引開始時増加閾値、破砕開始閾値、および破砕時増加閾値の少なくともいずれか)を定めたテーブルが、記憶装置に記憶されていてもよい。手術条件は、例えば、破砕部の種類(具体的には、超音波チップの径、または硝子体カッターの径等)、灌流圧可変部の種類、吸引圧発生部の種類、灌流液の経路を構成するチューブの種類、吸引液の経路を構成するチューブの種類等の少なくともいずれかであってもよい。制御部は、実行される手術に関する手術条件を取得し、取得した手術条件に対応するテーブルに従って閾値を設定してもよい。この場合、手術条件に応じた適切な閾値が適宜設定される。また、閾値は予め固定されていてもよい。
【0020】
灌流吸引装置は、灌流圧を発生させる灌流圧発生源として、灌流液源の高さに応じて生じる重量による灌流圧、灌流液を加圧する灌流加圧機構による灌流圧、および、重力による灌流圧と灌流加圧機構による灌流圧の組み合わせのいずれかを選択的に使用してもよい。眼科手術の内容に応じて、灌流液の供給が停止することが望ましくない場合と、灌流液の供給を適宜停止させることが望ましい場合がある。重力による灌流圧が使用される場合には、灌流液の供給が停止する可能性が低い。一方で、灌流加圧機構による灌流圧が使用される場合には、灌流液の供給を停止させることも容易である。よって、ユーザは、複数種類の灌流圧を選択的に使用することで、より適切に手術を行うことが可能である。
【0021】
制御部は、操作部の操作量が吸引開始閾値を超えている場合に、操作部の操作量に応じて、吸引圧発生部に発生させる吸引圧と、灌流圧可変部によって変化させる灌流圧を、互いに同期した状態で増減させてもよい。この場合、ユーザは、操作部の操作量に応じて吸引圧を増減させることができる。さらに、吸引圧の増減に同期して灌流圧も増減するので、患者眼の内圧の変動が抑制される。よって、より適切に手術が行われる。
【0022】
<実施形態>
以下、本開示における典型的な実施形態の一つについて、図面を参照して説明する。本実施形態の灌流吸引装置1は、灌流液源5から灌流液を患者眼Eの眼内に供給し、眼内の廃棄組織を灌流液と共に吸引する眼科手術装置である。
【0023】
(概略構成)
図1を参照して、本実施形態の灌流吸引装置1の概略構成について説明する。本実施形態の灌流吸引装置1は、手術器具接続部3、灌流液源接続部4、灌流圧可変部(ポール上下動モータ6および灌流圧可変ポンプ7)、吸引圧発生部8、灌流経路10、吸引経路11、ベント経路12、ベントバルブ14、灌流バルブ15、圧力センサ18、制御ユニット20、および操作部28を備える。
【0024】
手術器具接続部3は、1または複数の手術器具50を灌流吸引装置1に接続する。手術器具50は、術者によって操作され、患者眼Eの内部に挿入される。図1に示す例では、白内障手術において使用される超音波ハンドピース(USハンドピース)が、手術器具50として手術器具接続部3に接続されている。超音波ハンドピースは、吸引口および吸引経路が形成された管状の破砕部(超音波チップ)51を先端に備える。超音波ハンドピースには振動子52が内蔵されている。振動子52は超音波振動を発生させる。発生した超音波振動は、破砕部51に増幅伝達される。破砕部51が超音波振動を行うことで、患者眼Eの水晶体核が破砕乳化される。また、灌流液が、超音波ハンドピースを介して患者眼Eに供給される。さらに、患者眼Eの廃棄組織(例えば、白内障手術では、破砕された水晶体核等)が、超音波ハンドピースを介して灌流液と共に眼内から吸引される。
【0025】
なお、本実施形態では、白内障手術用の超音波ハンドピースが手術器具50として使用される場合を例示した。しかし、本開示で例示する技術は、超音波ハンドピース以外の手術器具50が使用される場合にも適用できる。例えば、硝子体手術において使用される硝子体カッター等が手術器具50として使用されてもよい。また、複数の手術器具が手術器具接続部3に接続されてもよい。例えば、灌流液を生体に供給するための手術器具と、組織を破砕して眼内から吸引するための手術器具50とが、別々に手術器具接続部3に接続されてもよい。
【0026】
灌流液源接続部4は、灌流液源5を灌流吸引装置1に接続する。本実施形態では、灌流液(例えば、生理食塩水等)が充填された灌流瓶が、灌流液源5として用いられている。灌流吸引装置1は、灌流液源5から眼内に供給される灌流液の圧力(以下、「灌流圧」という)を変化させる灌流圧可変部を備える。一例として、本実施形態の灌流吸引装置1は、灌流圧可変部として、ポール上下動モータ6および灌流圧可変ポンプ7を備える。ポール上下動モータ6は、灌流液源5が吊り下げられるポールを上下動させて、灌流液源5の高さを変更することで、灌流圧を変化させる。つまり、ポール上下動モータ6は、灌流液源5の高さに応じて生じる重力を灌流圧として使用する。灌流圧可変ポンプ7は、容積が一定である灌流液源5の容器内に送り込む気体の圧力を変化させることで、灌流圧を変化させる。つまり、灌流圧可変ポンプ7は、灌流液を加圧することで灌流圧を発生させる灌流加圧機構の一例である。
【0027】
本実施形態の灌流吸引装置1は、灌流圧を発生させる灌流圧発生源として、灌流液源5の高さに応じて生じる重力による灌流圧、灌流加圧機構による灌流圧、および、重力による灌流圧と灌流加圧機構による灌流圧の組み合わせのいずれかを選択的に使用することができる。具体的には、重力による灌流圧を使用する場合には、灌流吸引装置1は、灌流加圧機構の動作を停止させる。灌流加圧機構による灌流圧を使用する場合には、灌流吸引装置1は、灌流液源5の高さを灌流圧が生じない高さに位置させる。重力による灌流圧と灌流加圧機構による灌流圧の組み合わせを使用する場合には、灌流吸引装置1は、灌流液源5の高さを灌流圧が生じる高さに位置させると共に、灌流加圧機構を駆動させる。眼科手術の内容に応じて、灌流液の供給が停止することが望ましくない場合と、灌流液の供給を適宜停止させることが望ましい場合がある。重力による灌流圧が使用される場合には、灌流加圧機構の故障等に起因して灌流液の供給が停止する可能性が低い。一方で、灌流加圧機構による灌流圧が使用される場合には、灌流液の供給を停止させることも容易である。よって、ユーザは、複数種類の灌流圧を選択的に使用することで、より適切に手術を行うことが可能である。
【0028】
なお、灌流圧可変部の具体的な構成を変更することも可能である。例えば、灌流加圧機構として、灌流圧可変ポンプ7以外の構成(例えば、灌流液が封入されたパックを押圧することで灌流圧を発生させる構成、または、灌流液の経路に設けられたターボポンプ等の液体ポンプによって灌流圧を発生させる構成等)が採用されてもよい。また、ユーザが手動で灌流液源5の高さを変更してもよい。この場合でも、灌流吸引装置1は、灌流加圧機構(本実施形態では灌流圧可変ポンプ7)によって灌流圧を変化させることが可能である。また、灌流加圧機構を省略し、ポール上下動モータ6のみによって灌流圧を変化させることも可能である。
【0029】
吸引圧発生部8は、廃棄組織を含む流体を患者眼Eの眼内から吸引するための吸引圧を発生させる。本実施形態では、吸引圧発生部8としてペリスタルティックポンプ(蠕動型ポンプ)が用いられている。ペリスタルティックポンプは、可撓性を有する経路を押圧しながら回転することで、経路内の流体の圧力を変化させることができる。ペリスタリックポンプは、吸引経路11が閉塞していない状態で吸引圧力が急激に上昇することを抑制することができる。詳細は図示しないが、本実施形態のペリスタルティックポンプは、外周にポンプローラを有する回転台を備える。ポンプローラは、可撓性を有する材質(例えばゴム)で形成された吸引経路11に接触する。回転台がモータによって回転することで、ポンプローラが吸引経路11を押し潰しながら走行し、吸引経路11内の流体の圧力が変化する。当然ながら、ペリスタリックポンプの構成を変更することも可能である。例えば、硬い基板に対して、可撓性を有するエラストマーシートをローラで押圧するペリスタリックポンプ等を採用してもよい。また、ペリスタルティックポンプ以外の構成(例えばベンチュリーポンプ等)が、吸引圧発生部8として採用されてもよい。
【0030】
灌流経路10は、手術器具接続部3に接続された手術器具と、灌流液源接続部4に接続された灌流液源5とを接続する流体の経路である。つまり、灌流経路10は、手術器具と灌流液源5の間の流体の移動を許容する。
【0031】
吸引経路11は、吸引圧発生部8と、手術器具接続部3に接続された手術器具とを接続する流体の経路である。本実施形態の吸引経路11は、手術器具から、吸引された廃液を貯める廃液袋9に延びている。吸引圧発生部8は、吸引経路11のうち、手術器具接続部3と廃液袋9の間に設置されている。
【0032】
ベント経路12は、灌流経路10と吸引経路11の間を結ぶ流体の経路である。つまり、ベント経路12は、灌流経路10の途中から分岐し、吸引経路11における手術器具接続部3と吸引圧発生部8の間に接続している。
【0033】
ベントバルブ14はベント経路12に設置されている。ベントバルブ14は、ベント経路12を開閉することで、ベント経路12内における流体移動の許容と遮断を切り換える。灌流バルブ15は灌流経路10に設置されている。詳細には、灌流バルブ15は、灌流経路10のうち、ベント経路12が分岐する部分よりも手術器具接続部3に近い位置に設けられている。灌流バルブ15は、灌流経路10を開閉することで、灌流経路10を通じた手術器具への灌流液の供給および遮断を切り換える。
【0034】
吸引経路11における手術器具接続部3と吸引圧発生部8の間には、センサ接続部19を介して圧力センサ18が設置されている。圧力センサ18は、吸引経路11内の流体の圧力を検出する。従って、制御ユニット20は、(必須では無いが)吸引経路11に閉塞が生じているか否かを、圧力センサ18による圧力の検出結果に基づいて判定することも可能である。
【0035】
制御ユニット20は、CPU21、ROM22、およびRAM23を備える。CPU21は、灌流吸引装置1の各種制御(例えば、ポール上下動モータ6、灌流圧可変ポンプ7、吸引圧発生部8、ベントバルブ14、灌流バルブ15、および手術器具50の振動子52の制御等)を司るコントローラである。ROM22には、灌流吸引装置1の動作を制御するための各種プログラム、初期値等が記憶されている。RAM23は、各種情報を一時的に記憶する。
【0036】
制御ユニット20には、不揮発性メモリ25、入力部26、および操作部28が接続されている。不揮発性メモリ25は、電源の供給が遮断されても記憶内容を保持できる非一過性の記憶媒体である。後述する手術処理(図3参照)を実行するための灌流吸引制御プログラムは、不揮発性メモリ25に記憶されていてもよい。入力部26は、ユーザ(例えば術者または補助者等)からの各種操作指示の入力を受け付ける。入力部26には、例えば、タッチパネル、操作ボタン、キーボード、マウス等、種々のデバイスを採用できる。操作部28は、ユーザ(例えば術者)によって操作されると共に、操作量に応じた信号を発生させる。操作部28が発生させた信号は、制御ユニット20に入力される。本実施形態では、操作部28として、ユーザの足によって操作されるフットスイッチが使用される。フットスイッチは、ユーザによって踏み込まれた踏込量を操作量として信号を出力する。なお、フットスイッチ以外のデバイスが操作部28として使用されてもよい。
【0037】
(手術処理)
図2および図3を参照して、本実施形態の灌流吸引装置1が実行する手術処理の一例について説明する。本実施形態の灌流吸引装置1のCPU21は、操作部28の操作量を各種閾値と比較することで、灌流圧可変部(本実施形態では、ポール上下動モータ6および灌流圧可変ポンプ7)による灌流圧の制御、吸引圧発生部8による吸引の制御、および、破砕部51による組織の破砕の制御を実行する。
【0038】
まず、図2を参照して、手術処理においてCPU21が参照する各種閾値について説明する。本実施形態の手術処理では、灌流圧付加開始閾値T1、吸引開始時増加閾値T2、吸引開始閾値T3、破砕時増加閾値T4、および破砕開始閾値T5が設定される。
【0039】
灌流圧付加開始閾値T1は、初期位置にある灌流液源5からの重力による初期灌流圧P0に対して、灌流圧可変部による灌流圧の付加を開始(実行)するか否かを判断するために参照される。操作量が灌流圧付加開始閾値T1を超えると、初期灌流圧P0に灌流圧が付加されて(つまり、灌流圧が増加されて)、灌流圧がベース圧力P1(>P0)に調整される。なお、灌流加圧機構による灌流圧のみが使用される場合、初期灌流圧P0は「0mmHg」となる。
【0040】
吸引開始時増加閾値T2は、ベース圧力P1から吸引時圧力P2(P2>P1)に灌流圧を増加させるか否かを判断するために参照される。操作量が吸引開始時増加閾値T2を超えると、ベース圧力P1に灌流圧が付加されて(つまり、灌流圧が増加されて)、灌流圧が吸引時圧力P2に調整される。
【0041】
吸引開始閾値T3は、吸引圧発生部8による流体の吸引を開始(実行)させるか否かを判断するために参照される。操作量が吸引開始閾値T3を超えると、吸引圧発生部8によって、吸引経路11を通じた流体の吸引が実行される。
【0042】
ここで、吸引開始時増加閾値T2は、吸引開始閾値T3よりも小さい値に設定される。従って、操作部28の操作量が徐々に増加すると(つまり、ユーザがフットスイッチを徐々に踏み込んでいくと)、流体の吸引が実際に開始されるタイミングよりも前に、灌流圧がP1からP2に増加する。なお、吸引開始閾値T3に対する吸引開始時増加閾値T2の差Dは、手術処理(図3参照)を実行する時点で予め設定されている。
【0043】
破砕時増加閾値T4は、吸引時圧力P2から破砕時圧力P3(>P2)に灌流圧を増加させるか否かを判断するために参照される。操作量が破砕時増加閾値T4を超えると、吸引時圧力P2に灌流圧が付加されて(つまり、灌流圧が増加されて)、灌流圧が破砕時圧力P3に調整される。
【0044】
破砕開始閾値T5は、破砕部51および振動子52による組織の破砕を開始(実行)させるか否かを判断するために参照される。操作量が破砕開始閾値T5を超えると、破砕部51および振動子52によって、組織(本実施形態では患者眼の水晶体核)の破砕が実行される。
【0045】
ここで、破砕時増加閾値T4は、吸引開始時増加閾値T2および吸引開始閾値T3よりも大きい値に設定される。また、破砕開始閾値T5に対する破砕時増加閾値T4の差S(≧0)は、手術器具50の吸引経路を閉塞していた組織が破砕部51によって破砕されて、閉塞が解除されるよりも前に、灌流圧が破砕時圧力P3に増加されるように、予め設定される。一例として、本実施形態では、破砕時増加閾値T4は、破砕開始閾値T5以下に設定される(図2に示す例では、T4=T5に設定されている)。この場合、手術器具50の吸引経路の閉塞が解除された時点で、灌流圧を破砕時圧力P3に増加させる処理が必ず実行されている状態となる。よって、サージ現象の影響がより適切に抑制される。
【0046】
なお、ユーザが操作部28の操作量を変化させる速度、灌流圧可変部の駆動が開始されてから実際に灌流圧が変化するまでの応答時間、および、流体を吸引するための各種構成等に応じて、破砕開始閾値T5に対する破砕時増加閾値T4の差Sの望ましい値は変化する。同様に、ユーザが操作部28の操作量を変化させる速度、灌流圧可変部の駆動が開始されてから実際に灌流圧が変化するまでの応答時間、および、流体を吸引するための各種構成等に応じて、吸引開始閾値T3に対する吸引開始時増加閾値T2の差Dの望ましい値も変化する。本実施形態では、ユーザは、入力部26を操作することで、破砕時増加閾値T4の値、および吸引開始時増加閾値T2の値を含む各閾値T1~T5の値を、前述した範囲内で適宜入力することができる。CPU21は、ユーザによって入力された指示に応じて、破砕開始閾値T5に対する破砕時増加閾値T4の差S、および、吸引開始閾値T3に対する吸引開始時増加閾値T2の差Dを設定する。従って、種々の条件に応じた適切な動作が灌流吸引装置1によって実行される。なお、ユーザは、入力部26を操作することで、破砕開始閾値T5に対する破砕時増加閾値T4の差S、および、吸引開始閾値T3に対する吸引開始時増加閾値T2の差Dを直接入力してもよい。この場合、CPU21は、破砕開始閾値T5と入力された差Sに応じて破砕時増加閾値T4を設定し、且つ、吸引開始閾値T3と入力された差Dに応じて吸引開始時増加閾値T2を設定してもよい。
【0047】
また、灌流圧可変部の駆動が開始されてから実際に灌流圧が変化するまでの応答時間、および、流体を吸引するための各種構成等に関連する手術条件毎に、各々の閾値を定めたテーブルが記憶装置(例えば不揮発性メモリ25等)に記憶されていてもよい。手術条件は、例えば、破砕部51の種類(具体的には、超音波チップの径、または硝子体カッターの径等)、灌流圧可変部の種類、吸引圧発生部8の種類、灌流経路10を構成するチューブの種類、吸引経路11を構成するチューブの種類等の少なくともいずれかであってもよい。CPU21は、実行される手術に関する手術条件を取得し、取得した手術条件に対応するテーブルに従って各種閾値T1~T5の少なくともいずれかを設定してもよい。この場合、手術条件に応じた適切な閾値が適宜設定される。
【0048】
図3を参照して、本実施形態のCPU21が実行する手術処理について説明する。CPU21は、手術を実行する指示がユーザによって入力されると、不揮発性メモリ25に記憶されている灌流吸引制御プログラムに従って、図3に例示する手術処理を実行する。手術処理の開始時点では、操作部28の操作量は「0」となっている。
【0049】
まず、CPU21は、操作部28の操作量が灌流圧付加開始閾値T1を超えているか否かを判断する(S1)。操作量が灌流圧付加開始閾値T1を超えていなければ(S1:NO)、CPU21は、灌流圧可変部による灌流圧の付加を停止させた状態とする(S2)。処理はS1へ戻る。操作量が灌流圧付加開始閾値T1を超えている場合(S1:YES)、CPU21は、初期位置にある灌流液源5からの重力による初期灌流圧P0に対して、灌流圧可変部による灌流圧の付加を実行し、灌流圧をベース圧力P1(>P0)に調整する(S3)。
【0050】
次いで、CPU21は、操作部28の操作量が吸引開始時増加閾値T2を超えているか否かを判断する(S4)。操作量が吸引開始時増加閾値T2を超えていなければ(S4:NO)、処理はS1へ戻る。操作量が吸引開始時増加閾値T2を超えている場合(S4:YES)、CPU21は、ベース圧力P1に対して灌流圧可変部による灌流圧の付加を実行し、灌流圧を吸引時圧力P2(>P1)に調整する(S5)。
【0051】
次いで、CPU21は、操作部28の操作量が吸引開始閾値T3を超えているか否かを判断する(S6)。操作量が吸引開始閾値T3を超えていなければ(S6:NO)、処理はS4へ戻る。操作量が吸引開始閾値T3を超えている場合(S6:YES)、CPU21は、吸引圧発生部8によって、吸引経路11を通じた流体の吸引を実行させる(S7)。
【0052】
なお、CPU21は、操作量が吸引開始閾値T3を超えている場合に、操作量が増加する毎に、吸引圧発生部8によって発生させる吸引圧と、灌流圧可変部によって変化させる灌流圧を、互いに同期した状態で増加させてもよい。この場合、ユーザは、操作部28の操作量に応じて吸引圧を増減させることができる。さらに、吸引圧の増減に同期して灌流圧も増減するので、患者眼Eの内圧の変動が抑制される。よって、より適切に手術が行われる。
【0053】
次いで、CPU21は、操作部28の操作量が破砕時増加閾値T4を超えているか否かを判断する(S8)。操作量が破砕時増加閾値T4を超えていなければ(S8:NO)、処理はS6へ戻る。操作量が破砕時増加閾値T4を超えている場合(S8:YES)、CPU21は、吸引時圧力P2に対して灌流圧可変部による灌流圧の付加を実行し、灌流圧を破砕時圧力P3(>P2)に調整する(S9)。
【0054】
次いで、CPU21は、操作部28の操作量が破砕開始閾値T5を超えているか否かを判断する(S10)。操作量が破砕開始閾値T5を超えていなければ(S10:NO)、組織を破砕する動作が実行されずに、処理はそのままS8へ戻る。操作量が破砕開始閾値T5を超えている場合(S10:YES)、CPU21は、破砕部51および振動子52による組織の破砕を実行させる(S11)。処理はS10へ戻る。なお、S11では、CPU21は、操作部28の操作量が増加する毎に、破砕部51を駆動させるエネルギーを増加させる。従って、ユーザは、破砕する組織の状態に応じた適切なエネルギーで組織を破砕することができる。
【0055】
なお、前述したように、図3および図4に示す例では、破砕時増加閾値T4は破砕開始閾値T5以下に設定される。しかし、破砕時増加閾値T4を破砕開始閾値T5よりも大きい値に設定することも可能である。この場合、S8およびS9の順番を、S10およびS10と入れ替えればよい。
【0056】
また、本実施形態では、CPU21は、患者眼Eの内圧を連続して測定または推定し、内圧が目標値に近づくように灌流圧可変部および吸引圧発生部8の駆動を制御するフィードバック制御を実行する。従って、患者眼Eの内圧がさらに安定する。
【0057】
(患者眼の内圧の変化)
図4を参照して、従来の制御を実行した場合の患者眼Eの内圧の変化と、本実施形態の手術処理における制御を実行した場合の患者眼Eの内圧の変化の比較結果について説明する。図4の左側のグラフは、従来の制御を実行した場合の患者眼Eの内圧の変化を示す。図4の右側のグラフは、本実施形態の手術処理を実行した場合の患者眼Eの内圧の変化を示す。グラフの横軸は時間を示し、縦軸は患者眼Eの内圧を示す。また、比較を容易にするために、図4では、流体の吸引を開始するタイミング、吸引経路を組織が閉塞するタイミング、閉塞した組織の破砕部51による破砕を開始するタイミング、および、組織が破砕されて閉塞が解除するタイミングが同一である場合の、従来と本実施形態の内圧の変化を示している。
【0058】
ユーザが操作部28の操作量を増加させていき、操作量が吸引開始閾値T3(図2参照)を超えると、流体の吸引が実行される。図4の左側に示すように、従来の制御では、吸引の開始に伴って、患者眼Eの内圧がベース値Bに対して値AD1だけ低下してしまっている。また、図4の左側に示す制御に加えて、吸引開始と同時に灌流圧を増加させる制御を実行したとしても、灌流圧可変部の駆動を開始してから実際に灌流圧が増加するまでに時間差がある場合等には、吸引開始後に患者眼Eの内圧が大きく低下してしまう。これに対し、本実施形態では、ユーザが操作部28の操作量を増加させていくと、吸引開始よりも前に、灌流圧を増加させる制御が予め実行される。その結果、図4の右側に示すように、吸引開始に伴う患者眼Eの内圧の低下が適切に抑制されて、内圧の低下量は値AD1よりも小さいAD2となっている。
【0059】
吸引を実行すると、破砕部51の吸引経路を組織が閉塞し、内圧が上昇する。ユーザは、閉塞を解除するために操作部28の操作量を増加させて、破砕部51に破砕動作を実行させる。吸引経路を閉塞していた組織が破砕されて、閉塞が解除されると、一過性の過吸引が発生して内圧が急激に減少する(この現象を「サージ現象」という)。図4の左側に示すように、従来の制御では、サージ現象の影響で、患者眼Eの内圧がベース値Bに対してSD1だけ低下してしまっている。これに対し、本実施形態では、ユーザが操作部28の操作量を増加させていくと、破砕部51による組織の破砕が開始される時点またはその前後に、吸引経路の閉塞が実際に解除されたか否かに関わらず、灌流圧が増加する。その結果、図4の右側に示すように、サージ現象に伴う患者眼Eの内圧の低下が適切に抑制されて、内圧の低下量は値SD1よりも小さいSD2となっている。
【0060】
また、前述したように、本実施形態では、操作部28の操作量が増加していくと、破砕部51による破砕動作が開始されるよりも前に、灌流圧を増加させるための処理が実行される。従って、灌流吸引装置1は、吸引経路の閉塞が解除される時点の灌流圧を、より確実に増加させることができる。よって、サージ現象の影響がより適切に抑制される。
【0061】
上記実施形態で開示された技術は一例に過ぎない。従って、上記実施形態で例示された技術を変更することも可能である。例えば、上記実施形態で例示した複数の技術の一部のみを採用してもよい。一例として、上記実施形態では、操作部28の操作量に応じて組織の破砕開始時に灌流圧を増加させる処理と、吸引開始前に灌流圧を増加させる処理が、共に実行される。しかし、これらの処理の一方のみを灌流吸引装置1に実行させることも可能である。また、上記実施形態では、吸引開始時増加閾値T2が吸引開始閾値T3よりも小さい値に設定される。従って、ユーザが操作部28の操作量を増加させていくと、吸引開始のタイミングよりも前に灌流圧が増加する。しかし、吸引開始時増加閾値T2を、吸引開始閾値T3以上の値に設定してもよい。
【0062】
なお、図3のS6,S7で流体の吸引を開始させる処理は、「吸引開始ステップ」の一例である。図3のS10,S11で破砕部51による組織の破砕を開始させる処理は、「破砕開始ステップ」の一例である。図3のS8,S9で灌流圧を増加させる処理は、「破砕時灌流圧増加ステップ」の一例である。図3のS4,S5で灌流圧を増加させる処理は、「吸引開始時灌流圧増加ステップ」の一例である。
【符号の説明】
【0063】
1 灌流吸引装置
5 灌流液源
6 ポール上下動モータ
7 灌流圧可変ポンプ
8 吸引圧発生部
21 CPU
25 不揮発性メモリ
28 操作部
50 手術器具
51 破砕部

図1
図2
図3
図4