IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社島津製作所の特許一覧

<>
  • 特許-サルモネラの識別方法 図1
  • 特許-サルモネラの識別方法 図2
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-05
(45)【発行日】2024-08-14
(54)【発明の名称】サルモネラの識別方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20240806BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20240806BHJP
   C12Q 1/04 20060101ALN20240806BHJP
【FI】
G01N33/68
G01N27/62 V
G01N27/62 D
C12Q1/04
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020096325
(22)【出願日】2020-06-02
(65)【公開番号】P2021189089
(43)【公開日】2021-12-13
【審査請求日】2022-10-31
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100179969
【弁理士】
【氏名又は名称】駒井 慎二
(72)【発明者】
【氏名】福山 裕子
【審査官】海野 佳子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/168740(WO,A1)
【文献】特開2019-138811(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2012/0107864(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記タンパク質からなる群から選ばれる少なくとも一つのタンパク質をマーカーとして用いるサルモネラの識別方法。
S22
【請求項2】
さらに下記タンパク質からなる群から選ばれる少なくとも一つのタンパク質をマーカーとして用いる請求項1に記載のサルモネラの識別方法。
Gns、YaiA、YibT、PPIase、L25、L21、S8、L17、L15、S7、YciF、SodA
【請求項3】
識別対象のサルモネラを質量分析する請求項1または2に記載のサルモネラの識別方法。
【請求項4】
質量分析がMALDI-MSである請求項3に記載のサルモネラの識別方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サルモネラの識別方法に関する。より詳細には、本発明は特定のタンパク質をマーカーとして用いたサルモネラの種、亜種、血清型を識別するサルモネラの識別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、微生物の種類を識別する手法の1つとしてDNA塩基配列に基づく相同性解析が広く用いられている。こうしたDNA塩基配列を利用した手法では、被検微生物からのDNA抽出やDNA塩基配列の決定などに比較的長い時間を要する。
【0003】
しかしながら、さまざまな疾患を引き起こす細菌に罹患した場合、その細菌を迅速かつ正確に特定することは患者の治癒とともに二次感染の予防のために極めて重要である。したがって、迅速かつ正確な細菌の分析方法が求められている。
【0004】
そこで、近年では被検微生物を質量分析して得られたマススペクトルパターンに基づいて微生物同定を行う手法が用いられている。質量分析によれば、ごく微量の微生物試料を用いて短時間で分析結果を得ることができ、且つ多検体の連続分析も容易であるため、簡便且つ迅速な微生物同定が可能となる。特に、タンパク質等の生体高分子をできるだけ分解せずにイオン化するソフトイオン化法が実用化されて以来、微生物の分析に質量分析が広く応用されている。
【0005】
ソフトイオン化法のなかでも、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析(以下、MALDI-MSと称する場合がある)と呼ばれるイオン化法を用いた質量分析は、近年、微生物の分析手段として注目を浴びている。MALDI-MSにより得られたマススペクトルパターンを、予めデータベースに多数収録された既知微生物のマススペクトルパターンと照合することにより、被検微生物の同定が行われる。こうした手法はマススペクトルパターンを各微生物に特異的な情報(すなわち指紋)として利用するため、フィンガープリント法と呼ばれている。
【0006】
MALDI-MSを用いた微生物同定において、種までの分析は、フィンガープリント法による手法が知られており、臨床分野の一部では実用化されている。一方、亜種や血清型までの分析は、例えば、特許文献1にリボゾームタンパク質等をマーカーとして用いる手法が報告されている。特許文献1の方法では、あらかじめ実測されたマススペクトルの検出ピーク情報(m/z値など)を分析対象物の実測デ-タと照会し、マーカーに帰属される特定のm/z値のピークの有無により微生物の識別が行われる。
【0007】
特許文献2には、複数のデータからなる複数のグループにおいて、各グループのデータを比較して差異解析を行い、各グループを識別するためのマーカーを探索する方法が記載されている。
さらに上記特許文献1あるいは2の方法を用いて、マーカーを特定し微生物を識別した結果も得られている。
【0008】
例えば、サルモネラ属のSalmonella enterica subsp. entericaについて、種までの同定をフィンガープリント法による手法で行い、血清型の識別を12種のマーカーを用いて行う手法が報告されている(特許文献3、非特許文献1)。
非特許文献1によれば、特許文献1の方法により、m/z値などあらかじめ実測されたマススペクトルの検出ピーク情報を実データと照会することで、まず識別対象微生物がサルモネラ属であることを特定している。次に、血清型ごとにグループ分けされた複数の菌株のデータを比較して、各血清型を識別するためのマーカーを特定している。このような方法により、サルモネラの血清型識別マーカーとして12種が特定され、これらのマーカーにより22種の血清型が識別できることが報告されている。
また他の微生物のマーカーの報告例もある(非特許文献2、非特許文献3、非特許文献4等)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2015-184020号公報
【文献】特開2018-505063号公報
【文献】WO2017/168740公報
【非特許文献】
【0010】
【文献】Applied Microbiology and Biotechnology,2017,Vol.101,No.23-24
【文献】PloS ONE. 2014;9:e113458.
【文献】J. Microbiol Methods. 2015; 119: 233
【文献】PloS ONE. 2016; 11: e0159730
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
微生物は同一属に属していても、その種、亜種、血清型および株等に細かく分類され、それぞれの性質が異なることが知られている。例えば上述のサルモネラ属の場合、種はentericaとbongoriの2菌種、あるいはこれらにsubterraneaを加えた3菌種あり、entericaには6種の亜種がある。さらに亜種ごとに異なる血清型や株があり、例えば亜種entericaには2000種以上の血清型が存在するといわれている。
【0012】
さらにサルモネラ属の血清型はそれぞれ生物学的に異なる性質を有し、例えばヒトに対して病原性がある場合とない場合がある。したがって、サルモネラの種、亜種、血清型、株をできるだけ簡便かつ迅速に識別する必要がある。
【0013】
サルモネラなどのように、多数の血清型や株が存在する場合、すべてを分析することは容易ではない。またヒトに対し病原性がある微生物の分析では、できるだけ実測件数を抑えることが、検査者の安全性の観点からも重要である。さらに購入できる試料の種類も限られている。したがって上記方法のように実測データのみに基づきマーカー探索を行うには限界がある。そのため、これまで報告されているマーカー数は限られ、マーカーにより識別できる種、亜種、血清型も限られていた。
【0014】
また血清型や株の数が膨大な微生物の場合、識別に利用できる実測データも少なく、実測データのデータベース化もまだ十分に整備されていない。
【0015】
したがって、できるだけ少ない実測データに基づき、特定されたマーカーにより、迅速で簡便な方法でサルモネラを識別する方法が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、特定のタンパク質がサルモネラの種、亜種、血清型を識別できるマーカーとして使用できることを見出し本発明を完成するに至った。
【0017】
すなわち本発明は、
下記タンパク質からなる群から選ばれる少なくとも一つのタンパク質をマーカーとして用いるサルモネラの識別方法に関する。
S22、YcaR、L35、BcsR、SsaG、
Nucletidyl transferase、YibJ、OadG、
ChaB、ZapB、HU-1、YeiS、HU-2、IraP、S15、
rpoZ、IHFb、IHFa、YgaM、RaiA、YifE、
YeeX、Endolysin、RNaseP、CheY、S5
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、特定のタンパク質をサルモネラの識別用マーカーとして用いることで、迅速に、より簡便な方法でサルモネラを識別することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明のサルモネラの識別マーカーの特定方法を示すフローチャートである。
図2】本発明のデータベースの一模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明において、マーカーとはサルモネラのさまざま種、亜種、血清型または株を識別するために用いられる特徴的なタンパク質である。マーカーは必ずしも血清型や株まで識別する必要はなく、目的に応じて種を識別するマーカー、または亜種、血清型を識別するマーカーであってもよい。本発明のサルモネラの識別に用いるマーカーは以下の26種のタンパク質である。
S22、YcaR、L35、BcsR、SsaG、
Nucletidyl transferase、YibJ、OadG、
ChaB、ZapB、HU-1、YeiS、HU-2、IraP、S15、
rpoZ、IHFb、IHFa、YgaM、RaiA、YifE、
YeeX、Endolysin、RNaseP、CheY、S5
【0021】
上記タンパク質はサルモネラに含まれるタンパク質であり、種、亜種、血清型によらず共通に含まれるタンパク質である。さらに、これらタンパク質は、同じタンパク質であっても種、亜種または血清型が異なると、質量分析した時、プロトンが中性分子のタンパク質Mに付加した分子(以下、[M+H]+と称する場合がある)などのタンパク質のアミノ酸配列に基づく分子量関連イオンピークの理論m/z値が異なる。したがって識別対象のサルモネラを質量分析して得られる分子量関連イオンのピーク(以下、分子量関連イオンピークと称する場合がある)から、上記タンパク質に帰属される分子量関連イオンピークの理論m/z値を求め、求められたm/z値を有するタンパク質がどの種、亜種または血清型に属するかを予め特定しておけば、これら識別対象のサルモネラがどの種、亜種、または血清型に属するかが判明する。このとき、タンパク質の質量電荷比m/zの値としては、各タンパク質の塩基配列をアミノ酸配列に翻訳することにより求められた計算質量を用いることが望ましい。さらに、前記アミノ酸配列から計算質量を求める際には、翻訳後修飾としてN-末端メチオニン残基の切断を考慮することが望ましい。具体的には、最後から2番目のアミノ酸残基がGly、 Ala、 Ser、 Pro、 Val、 Thr、 またはCysである場合に、N-末端メチオニンが切断されるものとして理論値を算出する。
【0022】
本発明における上記26種のマーカータンパク質は、図1のフローチャートに示したような以下の手順で特定された。特定方法はこの方法に限定されるものではない。例えば、実データを比較し、これらのマーカータンパク質を特定してもよい。
ステップ1:全ゲノムが解読されているサルモネラの菌株を選定する。
ステップ2:上記ステップ1で選定したサルモネラの菌株の質量分析を行い、タンパク質のアミノ酸配列に基づく[M+H]+などの分子量関連イオンのピークを得る。
ステップ3:上記ステップ2で得られた分子量関連イオンピークから各ピークのm/z値を実測された値として得る(以下、実測m/z値と称する場合もある)。
ステップ4:上記ステップ1で選定されたサルモネラの菌株について、遺伝子データベースより、当該サルモネラが有するタンパク質とアミノ酸配列を得、当該アミノ酸配列情報から当該タンパク質のm/z値の理論値を算出する(以下、理論m/z値と称する場合がある)。
【0023】
ステップ5:上記ステップ4で算出した理論m/z値と、上記ステップ3で得られた実測m/z値と比較し、実測m/z値に一致する理論m/z値を有するタンパク質とそのアミノ酸配列に、実測されたm/z値を帰属する。
ステップ6:上記ステップ5で帰属されたタンパク質と類似のアミノ酸配列をデータベースより入手する。
ステップ7:上記ステップ6で入手した類似のアミノ酸配列を有する微生物のうちから、サルモネラを選別し、サルモネラの有するタンパク質のアミノ酸配列の理論m/z値を算出する。
ステップ8 :ステップ7で算出したアミノ酸配列の理論m/z値をサルモネラの種、亜種、血清型、株などの識別分類ごとに比較し、種、亜種、血清型、株などの識別分類ごとに差異のある理論m/z値を有するタンパク質をサルモネラの識別のためのマーカーとして特定する。
【0024】
上記ステップ1で選定される全ゲノムが解読されているサルモネラの菌株は遺伝子データベース等の公知のデータベース、例えば、UniProt(登録商標 別名The Universal Protein Resource)、NCBIや購入先情報に基づき選定すればよい。全ゲノムが解読されているサルモネラの菌株が選定されたら、当該サルモネラを入手し、ステップ2にて、質量分析を行い、タンパク質のアミノ酸配列に基づく分子量関連イオンピークを得る。質量分析方法は上述のMALDI-MSが好ましい。MALDI-MSではタンパク質毎にアミノ酸配列に基づく分子量関連イオンピークが得られ、それぞれのピークに対して、ステップ3で、その実測m/z値を得る。
【0025】
一方、ステップ1で選定したサルモネラの菌株は、全ゲノム解読がなされているので、そのサルモネラの菌株に存在するタンパク質とそのアミノ酸配列は判明しており、通常、遺伝子データベースに収録されている。したがって、ステップ4では、ステップ1で選定したサルモネラが有する全タンパク質のアミノ酸配列をデータベースより入手し、それぞれの理論m/z値を算出することができる。用いるデータベースは、例えば、UniProt(登録商標 別名The Universal Protein Resource)、NCBI等が挙げられる。
【0026】
ステップ5では、ステップ3で得られた実測m/z値とステップ4で算出した理論m/z値を比較することで、ステップ2の質量分析で得られた全ての分子量関連イオンピークを既知のタンパク質およびそのアミノ酸配列に帰属することができる。
【0027】
微生物の場合、属、種、亜種、血清型、または株により、タンパク質の質量が異なる場合がある。この質量の違いは、タンパク質を構成するアミノ酸が変異したためであると考えられる。ステップ6ではアミノ酸配列の変異体を検索するため、帰属されたタンパク質と類似のアミノ酸配列を検索する。
【0028】
上記ステップ6で類似のアミノ酸配列を有するタンパク質は、例えば既存の微生物のデータベースから検索により特定することができる。検索の方法は例えば、データベースとしてUniProtやNCBIなどを用いたSimilarity検索(相同性検索)が挙げられる。Similarity検索を行う場合、例えば配列類似度50%以上の条件で検索する。配列類似度については識別の目的等に応じて、適宜、設定すればよい。
【0029】
上記ステップ6で選定された類似のアミノ酸配列を有するタンパク質はサルモネラ以外のアミノ酸配列も含まれるため、そのなかから、ステップ7にて既存のデータベースに基づきサルモネラのアミノ酸配列のみを選別し、その理論m/z値を求める。
【0030】
このようにしてステップ4から7により全ゲノムが解読されているサルモネラの菌株を質量分析することで検出されるピークが帰属されるタンパク質とそのアミノ酸配列の理論m/z値が得られる。併せて全ゲノムが解読されているサルモネラのアミノ酸配列と類似のアミノ酸配列をもつサルモネラのタンパク質の理論m/z値が求められる。ステップ8では、例えば同属異種のサルモネラが有するタンパク質のアミノ酸配列に基づく理論m/z値を比較し、種間で差異のあるm/z値を有するタンパク質が特定できれば、該タンパク質をサルモネラの種を判別するためのマーカーとして特定できる。亜種または血清型においても同様に、亜種または血清型間で差異のある理論m/z値を有するタンパク質が特定できれば、該タンパク質を亜種または血清型を判別するためのマーカーとして特定できる。
【0031】
上述の方法により、サルモネラのマーカーとして、下記26種のタンパク質をマーカーとして特定した(以下マーカータンパク質と称する場合がある)。
S22、YcaR、L35、BcsR、SsaG、
Nucletidyl transferase、YibJ、OadG、
ChaB、ZapB、HU-1、YeiS、HU-2、IraP、S15、
rpoZ、IHFb、IHFa、YgaM、RaiA、YifE、
YeeX、Endolysin、RNaseP、CheY、S5
【0032】
本発明のサルモネラの識別方法は上記マーカータンパク質の少なくとも1種をマーカーとして用い、サルモネラの種、亜種、血清型を識別する方法である。これらマーカーを用いることで、サルモネラの種、亜種、血清型の判別を容易にし、サルモネラの種、亜種および血清型を簡便かつ迅速に識別することができる。
【0033】
上述の方法により特定されたマーカータンパク質のうち2種以上を組み合わせてサルモネラの識別に用いてもよい。識別の精度の観点から、2種以上を組み合わせることが好ましい。
【0034】
本発明のサルモネラの識別方法では、上記のマーカータンパク質と他のマーカーとを組み合わせて、サルモネラの識別に用いてもよい。他のマーカーとしては、公知の文献等に記載のマーカーなどが挙げられる。
【0035】
公知の文献としては非特許文献1などが挙げられる。
例えば非特許文献1には下記の12種のタンパク質がサルモネラのマーカーとして提案されている。下記12種のタンパク質の少なくとも1種と上記タンパク質の少なくとも1種とを組み合わせて、サルモネラの識別に用いてもよい。
Gns、YaiA、YibT、PPIase、L25、L21、S8、
L17、L15、S7、YciF、SodA
さらに他のマーカーと組み合わせて識別に用いてもよい。
【0036】
上記マーカータンパク質および必要であれば他のマーカーを用いて、識別対象のサルモネラを識別する。識別方法は、例えば、識別対象のサルモネラを質量分析する方法が採用できる。特に高分子をできるだけ分解せずにイオン化するソフトイオン化法を採用したMALDI-MSを用いることが好ましい。
【0037】
識別対象のサルモネラを質量分析し、タンパク質の分子量関連イオンピークを得る。得られた分子量関連イオンピークから上記マーカータンパク質として特定されたタンパク質に帰属される理論m/z値におけるピークの存在の有無を確認する。あるいは、そのマーカータンパク質のピークがどの理論m/z値で検出されるかを確認する。マーカータンパク質として特定されたタンパク質に帰属される理論m/z値におけるピークの存在が識別対象のサルモネラに確認されれば、当該タンパク質を有する種、亜種または血清型などが識別される。あるいは、そのマーカータンパク質のピークのm/z値に基づき、サルモネラの種、亜種または血清型などが識別される。
【0038】
上述のとおり、サルモネラの識別に用いることができるマーカーを予め選定しておくことで、識別対象のサルモネラを質量分析すれば、そのサルモネラが属する種、亜種、または血清型などを識別することができる。また、想定される種、亜種、血清型を全て別途分析して識別対象のサルモネラと比較する必要はなく、識別対象のサルモネラのみを分析するだけよい。
【0039】
選定されたマーカーはサルモネラの種、亜種、血清型の判別を容易にし、サルモネラの種、亜種および血清型を簡便かつ迅速に識別することができる。また、種、亜種、血清型毎にマーカーを特定し、特定されたマーカーの少なくとも一つとその理論m/z値、および各種、各亜種、各血清型のいずれか少なくとも一つからなるデータベースを構築することもできる。例えば亜種を識別することができるマーカーを特定し、各亜種とそのマーカーとのデータベースを構築することができる。データベースにはマーカータンパク質以外のマーカーを有していてもよい。
【0040】
データベースの様式として、図2に一例を示した。図2は種が判明した場合、そのマーカータンパク質の理論m/z値を示すデータベースの模式図である。
【0041】
上記図2のようなデータベースを構築しておくことで、識別対象のサルモネラを質量分析した結果得られる分子量関連イオンピークから実測m/z値を得、得られた実測m/z値とデータベースの理論m/z値を比較し、一致する理論m/z値から対応する種、亜種、または血清型を識別することができる。
識別精度を高める観点から、上記データベースに、さらに他のマーカーを同様な形式で収録してもよい。
【0042】
上記のようなデータベースを構築することで、識別対象のサルモネラの質量分析の結果から直ちにその種、亜種、血清型を識別することができる。
【実施例
【0043】
以下に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらによって限定されない。
【0044】
以下の手順により、サルモネラのマーカータンパク質の特定を行い、その結果をまとめた。
【0045】
幾つかのサルモネラについて、MALDI-MSで質量分析を行った。MALDI-MSに用いた装置は島津製作所製AXIMA(登録商標) Performanceであり、測定条件は以下のとおりである。
【0046】
[質量分析条件]
装置:島津製作所製AXIMA(登録商標) Performance
条件: positiveモード。Linモード。ラスター分析。
【0047】
[手順]
1.サルモネラの全ゲノム解読株としてSalmonella enterica subsp. enterica serovar Abaetetuba(以下、S.Abaetetubaと称する)の菌株: ATCC 35640を選定し、LB寒天培地で、温度37℃で20時間培養した。同様に、サルモネラ属の血清型2種の各株: S. Enteritidis(菌株:GTC00131、GTC09491、HyogoSE11002、HyogoSE12001)とS. Typhimurium(菌株:NBRC14210、NBRC15181、NBRC12529、NBRC13245)を、LB寒天培地で、温度37℃で20時間培養した。
【0048】
2.マトリックス溶液として、以下のsinapinic acid(Wako社製、以下、SA)溶液を調製して以下の手順に用いた。
SA-1:SA25mg/mLのエタノール(以下、EtOH)溶液
SA-2: SA25 mg/mLのメチレンジホスホン酸(methylenediphosphoric acid、Sigma-Aldrich社製、以下、MDPNA)1重量% 、n-decyl-β-D-maltopyranoside(Sigma-Aldrich社製、以下、DMP)1mM、トリフルオロ酢酸(Wako社製、trifluoroacetic acid、以下、TFA)0.6重量%、およびアセトニトリル(Wako社製、acetonitrile、以下、ACN)50重量%からなる水溶液。
【0049】
3.上記手順1のサルモネラ約1mgを微量天秤で秤量し、上記手順2で調整したSA-2溶液を加え、サルモネラの濃度が1mg/0.075 mL(1×107個/μL)となるよう、ニードルで懸濁後、超音波に1minかけ、得られた懸濁液に対し、遠心分離を12000rpm、5minの条件で行った。
【0050】
4.上記手順2で調整したSA-1溶液を、MALDIプレートに、0.5μLずつ滴下し、プリコートした。その後、上記3.の遠心分離後の上清液を、プリコートされたウェル上に、1μLずつ滴下した。自然乾燥後、MALDI-MSにプレートを挿入し、positive、Linモードで、ラスター分析で測定した。n数は4とした。測定後、サルモネラの自己キャリブレーションを適用し、得られたマススペクトルを評価し、検出されたタンパク質のピークのm/z値を確認した。
【0051】
5.全ゲノム解読株であるS. Abaetetubaの公開遺伝子情報から、全てのアミノ酸配列とタンパク質名を入手した。このアミノ酸配列情報から、各タンパク質のアミノ酸配列に基づく理論m/z値を算出した。
【0052】
6.上記手順5で入手したタンパク質に対し、上記4.で得られたマススペクトルのピークのうち、m/z値が3000~20000範囲、ピークのシグナル/ノイズ比(S/N)が3以上、質量精度500ppm以内で、n数4のうち3回以上検出され、また手順5から入手したタンパク質のm/z値の理論値の近似値がひとつのピークに対し2つ以上存在しないピークに帰属されるタンパク質を選択した。
【0053】
7.上記手順6の各タンパク質に対し、公開遺伝子情報のSimilarity検索(配列類似度50%以上)により類似のアミノ酸配列情報を検索し、サルモネラ属菌の各株における理論m/z値を、種、亜種、血清型情報とともに入手した。
【0054】
8.上記手順7で得られた理論m/z値をサルモネラ属の種、亜種、血清型ごとに比較し、種、亜種、血清型ごとに異なるm/z値を示すタンパク質をマーカータンパク質として以下の26種を特定した。
【0055】
S22、YcaR、L35、BcsR、SsaG、
Nucletidyl transferase、YibJ、OadG、
ChaB、ZapB、HU-1、YeiS、HU-2、IraP、S15、
rpoZ、IHFb、IHFa、YgaM、RaiA、YifE、
YeeX、Endolysin、RNaseP、CheY、S5
【0056】
9. 上記26種のマーカータンパク質、および非特許文献1で報告されている12マーカータンパク質を用いた場合の、種、亜種、血清型、および株の理論値情報をまとめた。併せて、サルモネラ属の血清型2種の各株: S. Enteritidis(菌株:GTC00131、GTC09491、HyogoSE11002、HyogoSE12001)とS. Typhimurium(菌株:NBRC14210、NBRC15181、NBRC12529、NBRC13245)について、上記手順8.で特定されたマーカー候補が正しいかどうか確認するため、実測したマススペクトルからピーク検出状況を確認した。
【0057】
[結果]
S. Enteritidis(菌株:GTC00131、GTC09491、HyogoSE11002、HyogoSE12001)とS. Typhimurium(菌株:NBRC14210、NBRC15181、NBRC12529、NBRC13245)のマススペクトルにおいて、上記手順6と同様にして選択した主なタンパク質のうちの代表ピークの検出状況を表1にまとめた。実測データは、遺伝子情報から算出したタンパク質のm/z値情報をほぼ反映していた。
【0058】
【表1】
【0059】
検出率は以下のようにして求めた。
血清型毎に上記各株について4回測定し、S/N>3、質量精度500 ppm以内で、タンパク質が3回以上検出された場合を、そのタンパク質が検出された株と判定した。検出された株の数を測定した株の総数で割って検出率とした。例えば、タンパク質が検出された株が4株中、4株であれば検出率100%、4株中3株であれば検出率は75%である。
【0060】
表1から分かるように一部を除き、ほぼ理論値通りにピークが検出されている。タンパク質によって検出率の低い場合がある理由としては、タンパク質のピークが低感度であるためだった。この結果から、遺伝子情報から検出ピークのm/z値を予測することが可能であることが確かめられた。これにより、遺伝子情報に基づきマーカータンパク質を予測できると考えられる。併せて、上記方法により特定されたマーカータンパク質はサルモネラを識別するのに有効であると考えられた。
【0061】
上記でマーカーとして特定したタンパク質26種の種、亜種、血清型の理論m/z値の例を表2、4、6に示す。併せて、非特許文献1で報告されているサルモネラ血清型識別用12マーカータンパク質の理論m/z値をまとめた結果を表3、5、7に示す。
【0062】
【表2】
【0063】
表2は、サルモネラ属の2種(S. bongori、S. enterica)に対する、上記でマーカーとして特定したタンパク質26種のうち代表17種(S15、S22、YeiS、YcaR、YgaM、RaiA、IraP、HU2、BcsR、IHFa、CheY、rpoZ、YifE、IHFb、YeeX、HU1、Endolysin)の理論m/z値を示している。表中の下線の数値は、その種のみで確認された理論m/z値を示している。ただし種間に500ppm以内のm/z値がある場合は下線をつけていない。複数のm/z値がある場合は、代表値以外を”etc.”として示している。その場合、代表値としては、種間で差異のある代表的なm/z値とともに、種間に近似するm/z値がある場合はそのm/z値を優先して例示している。
下線の数値のm/z値でピークが確認された場合は、そのピークのみで種の識別ができる可能性があることを示している。また、ひとつのタンパク質で識別困難な場合も、複数のタンパク質のm/z値を確認することで識別できる可能性があることがわかる。併せて、後述の表3のような既知マーカータンパク質のm/z値の検出状況と組み合わせることで、既知マーカータンパク質だけでは困難な識別もできる可能性がある。
【0064】
【表3】
【0065】
表3は、サルモネラ属の2種(S. bongori、S. enterica)に対する、非特許文献1で報告された血清型識別用として既知のマーカータンパク質12種のうち代表6種の理論m/z値を示している。下線の数値は、その種のみで確認された理論m/z値を示している。ただし種間で500ppm以内のm/z値がある場合は下線をつけていない。複数のm/z値がある場合は、代表値以外を”etc.”として示している。その場合、代表値としては、種間で差異のある代表的なm/z値とともに、種間に近似するm/z値がある場合はそのm/z値を優先して例示している。
なお、例示した6種のタンパク質は、非特許文献1で報告された血清型識別用の12マーカーのうちの6つであり、表3に例示した種の識別用マーカーとしては知られていない。
表3の下線の数値のm/z値でピークが確認された場合は、そのピークのみで種の識別ができる可能性があることを示している。また、ひとつのタンパク質で識別困難な場合も、複数のタンパク質のm/z値を確認することで、識別できる可能があることがわかる。併せて、前記の表2のような新規マーカータンパク質のm/z値の検出状況と組み合わせることで、既知マーカータンパク質だけでは困難だった識別もできる可能性がある。

【0066】
【表4】
【0067】
表4は、Salmonella entericaの6亜種(houtenae、salamae、indica、diarizonae、arizonae、enterica)に対する新規マーカータンパク質26種のうち代表6種(ChaB、YeiS、SsaG、IraP、BcsR、Endolysin)の理論m/z値を示している。表中のハイフンはデータべースに記載のないことを示している。下線の数値は、その亜種のみで確認された理論m/z値を示している。ただし種間に500ppm以内のm/z値がある場合は下線をつけていない。複数のm/z値がある場合は代表値以外を”etc.”として示している。その場合、代表値としては、種間で差異のある代表的なm/z値とともに、種間に近似するm/z値がある場合はそのm/z値を優先して例示している。
下線の数値のm/z値でピークが確認された場合は、そのピークのみで種の識別ができる可能性があることを示している。また、ひとつのタンパク質で識別困難な場合も、複数のタンパク質のm/z値を確認することで、識別できる可能があることがわかる。併せて、後述の表5のような既知マーカータンパク質のm/z値の検出状況と組み合わせることで、既知マーカータンパク質だけでは困難だった識別もできる可能性がある。
【0068】
【表5】
【0069】
表5は、Salmonella entericaの6亜種(houtenae、salamae、indica、diarizonae、arizonae、enterica)に対する、非特許文献1で報告された血清型識別用として既知のマーカータンパク質12種のうち代表4種(YibT、L15、YaiA、Gns)の理論m/z値を示している。表中のハイフンはデータべースに記載のないことを示している。下線の数値は、その亜種のみで確認された理論m/z値を示している。ただし種間に500ppm以内のm/z値がある場合は下線を示していない。複数のm/z値がある場合は代表値以外を”etc.”として示している。その場合、代表値としては、種間で差異のある代表的なm/z値とともに、種間に近似するm/z値がある場合はそのm/z値を優先して例示している。
なお、例示した4種のタンパク質は、非特許文献1で報告された血清型識別用の12マーカーのうちの4つで、表5に例示した亜種の識別用マーカーとしては知られていない。
下線の数値のm/z値でピークが確認された場合は、そのピークのみで種の識別ができる可能性があることを示している。また、ひとつのタンパク質で識別困難な場合も、複数のタンパク質のm/z値を確認することで、識別できる可能があることがわかる。
併せて、前記の表4のような新規マーカータンパク質のm/z値の検出状況と組み合わせることで、既知マーカータンパク質だけでは困難だった識別もできる可能性がある。
【0070】
【表6】
【0071】
表6は、Salmonella enterica subsp. entericaの血清型14種(Adelaide、Agama、Agona、Alachua、Albany、Altona、Anatum、Barreilly、Berta、Bovismorbificans、Braenderup、Brancaster、Bredeney、Cerro)に対する新規マーカータンパク質26種のうち代表7種(YjbJ、ChaB、YeiS、SsaG、YgaM、RaiA、Endolysin)の理論m/z値を示している。表中のハイフンはデータべースのないことを示している。複数のタンパク質のm/z値を組み合わせることで識別できる可能性があることがわかる。併せて、後述の表7のような既知マーカータンパク質のm/z値の検出状況と組み合わせることで、既知マーカータンパク質だけでは困難だった識別もできる可能性がある。
【0072】
【表7】
【0073】
表7は、Salmonella enterica subsp. entericaの血清型14種(Adelaide、Agama、Agona、Alachua、Albany、Altona、Anatum、Barreilly、Berta、Bovismorbificans、Braenderup、Brancaster、Bredeney、Cerro)に対する新規マーカータンパク質の代表6種(SodA、YibT、L15、PPlase、L25、Gns)の理論m/z値を示している。表中のハイフンはデータべースのないことを示している。複数のタンパク質のm/z値を組み合わせることで識別できる可能があることがわかる。なお、SodAは高質量タンパク質のため、他のタンパク質と比べ低感度であること、高質量域で確認されるピーク形状が変異しやすいことなどから、m/z値の精度が低下しやすいことが知られている。
例示した6種のタンパク質は、非特許文献1で報告された22種の血清型識別用の12マーカーのうちの6つで、22種以外の血清型の識別マーカーとして有効なことは厳密には知られていない。表7では、S. Altona、S. Braenderup以外は22種以外の血清型にあたる。
また、表6のような新規マーカータンパク質のm/z値の検出状況と組み合わせることで、既知マーカータンパク質だけでは困難だった識別もできる可能性がある。
【0074】
表2から7の結果から、今回のプロトコルにより確認された新規マーカータンパク質26種が、サルモネラの種、亜種、血清型の識別に有効であることが判明した。併せて、これらのマーカータンパク質により、既知のマーカータンパク質だけでは困難な識別もできる可能性が示唆された。
【0075】
[態様]
上述した例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0076】
[1]下記タンパク質からなる群から選ばれる少なくとも一つのタンパク質をマーカーとして用いるサルモネラの識別方法。
S22、YcaR、L35、BcsR、SsaG、
Nucletidyl transferase、YibJ、OadG、
ChaB、ZapB、HU-1、YeiS、HU-2、IraP、S15、
rpoZ、IHFb、IHFa、YgaM、RaiA、YifE、
YeeX、Endolysin、RNaseP、CheY、S5
【0077】
上記[1]の発明によれば、特定のタンパク質をサルモネラの識別用マーカーとして用いることで、より迅速かつ簡便にサルモネラの種、亜種、血清型を識別することができる。また、他のマーカーであるタンパク質と組み合わせることにより、さらに効率的にサルモネラの種、亜種、血清型を識別することができる。
【0078】
[2]さらに下記タンパク質からなる群から選ばれる少なくとも一つのタンパク質をマーカーとして用いる上記[1]に記載のサルモネラの識別方法。
Gns、YaiA、YibT、PPIase、L25、L21、S8、L17、
L15、S7、YciF、SodA
【0079】
上記[2]の発明によれば、上記[1]に記載の識別用マーカーに[2]に記載の他の血清型識別マーカーであるタンパク質と組み合わせることにより、より効果的にサルモネラの種、亜種、血清型を識別することができる。加えて、[2]に記載の他のマーカータンパク質のみでは困難な識別も、[1]と組み合わせることで可能になることもある。
【0080】
[3]識別対象のサルモネラを質量分析する上記[1]または[2]に記載のサルモネラの識別方法。
[4]質量分析がMALDI-MSである上記[3]に記載のサルモネラの識別方法。
【0081】
上記[3]および[4]の発明によれば、ごく微量の試料を用いて短時間で分析結果を得ることができ、且つ多検体の連続分析も容易である。
【0082】
[5]下記タンパク質のm/z値とサルモネラの種、亜種および血清型の少なくとも一つからなるデータベース。
S22、YcaR、L35、BcsR、SsaG、
Nucletidyl transferase、YibJ、OadG、
ChaB、ZapB、HU-1、YeiS、HU-2、IraP、S15、
rpoZ、IHFb、IHFa、YgaM、RaiA、YifE、
YeeX、Endolysin、RNaseP、CheY、S5
[6]さらに下記タンパク質のm/z値を含む上記[5]に記載のデータベース。
Gns、YaiA、YibT、PPIase、L25、L21、S8、L17、
L15、S7、YciF、SodA
[7]サルモネラの種、亜種および血清型を含む上記[5]または[6]に記載のデータベース。
【0083】
上記[5]、[6]および[7]の発明によれば、識別対象サルモネラの質量分析の結果から直ちにその種、亜種、血清型を識別することができる。

図1
図2