(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-05
(45)【発行日】2024-08-14
(54)【発明の名称】核酸増幅反応用組成物
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/6848 20180101AFI20240806BHJP
C12Q 1/686 20180101ALI20240806BHJP
C12N 15/09 20060101ALI20240806BHJP
【FI】
C12Q1/6848 Z ZNA
C12Q1/686 Z
C12N15/09 Z
(21)【出願番号】P 2020548592
(86)(22)【出願日】2019-09-19
(86)【国際出願番号】 JP2019036731
(87)【国際公開番号】W WO2020059792
(87)【国際公開日】2020-03-26
【審査請求日】2022-09-06
(31)【優先権主張番号】P 2018176842
(32)【優先日】2018-09-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2018176841
(32)【優先日】2018-09-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003160
【氏名又は名称】東洋紡株式会社
(72)【発明者】
【氏名】肥山 貴圭
【審査官】田ノ上 拓自
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-108736(JP,A)
【文献】ZHANG, Zhizhou et al.,Benchmarks,2009年09月,Vol.47, No.3,p.775-779
【文献】CHEVET, Eric, LEMAITRE, Gilles and KATINKA, Michael Doron,Nucleic Acids Research,1995年,Vol.23, No.16,p.3343-3344
【文献】HORAKOVA, Helena et al.,BMC Biotechnology,2011年,Vol.11,41 (p.1-16)
【文献】SHAIK, Gouse M. et al.,Nucleic Acids Research,2008年,Vol.36, No.15,e93 (p.1-10)
【文献】JUSTICE-ALLEN, A. et al.,J. Dairy Sci.,2011年,Vol.94, No.7,p.3411-3419
【文献】SAKALAR, Ergun and MOL, Suhendan,Food Chemistry,2015年03月06日,Vol.182,p.150-155
【文献】NICOLAS, Luc, MILON, Genevieve and PRINA, Eric,J. Microbiological Methods,2002年,Vol.51,p.295-299
【文献】JEAN, Audrey et al.,PLOS ONE,2017年02月22日,Vol.12, No.2,e0172358 (p.1-22)
【文献】YANG, Jing-Iong et al.,Biosci. Biotechnol. Biochem.,2011年10月07日,Vol.75, No.10,p.2014-2017
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00-3/00
C12N 15/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
200bp以上の増幅鎖長を有する標的核酸を増幅する方法であって、1,2-プロパンジオール及び1,2-エタンジオールからなる群より選ばれる少なくとも一種類のジオール化合物と、テトラメチルアンモニウム塩と
、Thermus thermophilus由来のDNAポリメラーゼとを含む反応液
(但し、L-カルニチンを含む反応液を除く)中で核酸増幅反応を行うことを特徴とする、核酸増幅方法。
【請求項2】
前記テトラメチルアンモニウム塩が、酢酸テトラメチルアンモニウム、塩化テトラメチルアンモニウム、及び水酸化テトラメチルアンモニウムからなる群より選ばれる少なくとも一種である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
増幅鎖長が200bp以上1000bp以下である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
増幅鎖長が400bp以上500bp以下である、請求項1~3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
核酸増幅反応がリアルタイムPCRである、請求項1~4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
核酸増幅反応おける伸長時間が60秒以下である、請求項1~5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
核酸増幅反応における伸長時間が30秒以下である、請求項1~6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
1,2-プロパンジオール及び1,2-エタンジオールからなる群より選ばれる少なくとも一種のジオール化合物と、テトラメチルアンモニウム塩と
、Thermus thermophilus由来のDNAポリメラーゼとを含むことを特徴とする、200bp以上の増幅鎖長を有する標的核酸を増幅するための核酸増幅反応用組成物
(但し、L-カルニチンを含む核酸増幅反応用組成物を除く)。
【請求項9】
核酸増幅反応時の反応液中における前記ジオール化合物の濃度が、反応液全体に対して1~20容量%となるように調整された、請求項
8に記載の核酸増幅反応用組成物。
【請求項10】
核酸増幅反応時の反応液中における前記ジオール化合物の濃度が、反応液全体に対して3~10容量%となるように調整された、請求項
8又は
9に記載の核酸増幅反応用組成物。
【請求項11】
前記テトラメチルアンモニウム塩が、酢酸テトラメチルアンモニウム、塩化テトラメチルアンモニウム、及び水酸化テトラメチルアンモニウムからなる群より選ばれる少なくとも一種である、請求項
8~
10のいずれかに記載の核酸増幅反応用組成物。
【請求項12】
核酸増幅反応時の反応液中における前記テトラメチルアンモニウム塩の濃度が、反応液全体に対して50~200mMとなるように調整された、請求項
8~
11のいずれかに記載の核酸増幅反応用組成物。
【請求項13】
核酸増幅反応がリアルタイムPCR反応である、請求項
8~
12のいずれかに記載の核酸増幅反応用組成物。
【請求項14】
1,2-プロパンジオール及び1,2-エタンジオールからなる群より選ばれる少なくとも一種類のジオール化合物と、テトラメチルアンモニウム塩と
、Thermus thermophilus由来のDNAポリメラーゼとを含む、200bp以上の増幅鎖長を有する標的核酸を増幅するための試薬
(但し、L-カルニチンを含む試薬を除く)。
【請求項15】
1,2-プロパンジオール及び1,2-エタンジオールからなる群より選ばれる少なくとも一種類のジオール化合物と、テトラメチルアンモニウム塩と
、Thermus thermophilus由来のDNAポリメラーゼとを備えた、200bp以上の増幅鎖長を有する標的核酸を増幅するためのキット
(但し、L-カルニチンを含むキットを除く)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、核酸増幅効率や検出感度を向上させ、効率的な核酸増幅を行うことができる、核酸増幅反応用の組成物及びキット、並びに核酸増幅方法等に関する。なかでも、長鎖の標的核酸を効率的に増幅することができる、核酸増幅方法及びキット等に関する。
【背景技術】
【0002】
核酸増幅法は数コピーの標的核酸を可視化可能なレベル、すなわち数億コピー以上に増幅する技術であり、生命科学研究分野のみならず、遺伝子診断、臨床検査といった医療分野、あるいは、食品や環境中の微生物検査等においても、広く用いられている。代表的な核酸増幅法はPCR(Polymerase Chain Reaction)である。PCRは、(1)熱処理によるDNA変性(2本鎖DNAから1本鎖DNAへの解離)、(2)鋳型1本鎖DNAへのプライマーのアニーリング、(3)DNAポリメラーゼを用いた前記プライマーの伸長、という3ステップを1サイクルとし、このサイクルを繰り返すことによって、試料中の標的核酸を増幅する方法である。
【0003】
また、近年では、PCRの中でも、リアルタイムPCR法が広く実施されるようになってきた。リアルタイムPCR法は、増幅された核酸を経時的に解析することができ、高い定量性を確保し、高感度の検出を行うことができる。このようなリアルタイムPCRを行う際には、核酸増幅効率を向上させることで、定量性と検出感度を高めることが重要である。
【0004】
これまでにも、前記核酸増幅法の効率や感度を向上させるために、核酸増幅反応液中に様々な試薬を添加する方法が報告されている。
【0005】
例えば、特許文献1では、終濃度が50mM以上のテトラメチルアンモニウム塩と共にテトラメチルアンモニウム耐性DNAポリメラーゼを含むことを特徴とする核酸増幅用組成物を用いることで、核酸増幅効率及び検出感度を向上させ、効果的な核酸増幅を行うことが記載されている。そして非特許文献1にも、テトラメチルアンモニウム塩は核酸増幅反応の増幅効率と特異性を向上させることが記載されている。この非特許文献1の報告によれば、増幅効率が最大となる濃度は塩化テトラメチルアンモニウムが5mM、酢酸テトラメチルアンモニウムが10mM以下、特異性が最大となる濃度は塩化テトラメチルアンモニウム、酢酸テトラメチルアンモニウムともに20mMとされている。さらに、テトラメチルアンモニウム塩は高濃度では酵素を阻害するとも言われており、非特許文献1によると、Taq DNAポリメラーゼを使用した場合、塩化テトラメチルアンモニウムは35mM、酢酸テトラメチルアンモニウムは40mMを超えると核酸増幅が90%阻害されると報告されている。
【0006】
更に、例えば、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ベタイン誘導体、イオン性液体などの融解温度調整剤が核酸増幅効率を向上させる方法として報告されている。これらはいずれも核酸の融解温度を低下させることで、核酸の増幅効率を向上させることが知られている(特許文献2、3、4)。
【0007】
また、特許文献5、6では、グリコール類を核酸増幅反応中に添加することによって、核酸の融解温度を低下させ、非特異増幅を抑制する方法が記載されている。しかしながら、特許文献5、6には、グリコール類を用いることにより、Ct値とPCR効率が改善することについては具体的に記載されていない。
【0008】
ところで、プライマーの設計は実験の成功の可否を決める重要な要素である。例えば、リアルタイムPCRでは核酸増幅反応中の増幅効率を高めるために、増幅される鎖長の長さ(増幅鎖長)を200bpより小さなもの(例えば、50bp以上200bp未満)となるようプライマーを設計することが一般的である。
【0009】
しかしながら、非特異増幅やプライマーダイマーの発生などにより、プライマーの設計箇所が制限されることで、増幅鎖長を200bp以上にしなければならない状況が往々にして発生する。このような場合、通常のリアルタイムPCR試薬では核酸増幅効率や検出感度が低下してしまうという問題があった。
【0010】
更に近年では、遺伝子診断用途や遺伝子検査用途において、マルチプレックスPCR法を用いた解析が行われている。マルチプレックスPCR法とは、数組のプライマー対を、一つのPCRアッセイで同時に用いる方法である。一つの反応混合液中で複数のDNA領域を同時に増幅するこの方法は、サンプルの取り扱いが最小限で済むので、労力や時間、費用が節約でき、またクロスコンタミネーションの危険性を減らすことができるが、一方で、複数のプライマーを添加することによりプライマーダイマーが形成されやすく、プライマーの設計が非常に難しいという課題が生じる。このような場合、プライマーダイマーを避けるためにプライマーの設計箇所が限定されてしまい、増幅する鎖長が200bp以上となってしまうことも想定される。
【0011】
加えて、マルチプレックスPCR法において、反応混合液中で同時に増幅されるDNA領域の各増幅鎖長が異なる場合、増幅産物の長さの違いによって増幅効率のバラつきが発生することが懸念される。それに伴い、正確な定量結果が得られないといった問題や、標的DNAの検出感度の低下といった問題が生じる恐れがある。
【0012】
また、インターカレーター法を用いたマルチプレックスPCR法では、融解曲線解析における増幅産物のTm値を、標的とするDNA領域ごとに変更することによって、標的DNAの有無を判別する手法がとられる。このような場合では、増幅産物のTm値を区別する目的で、増幅産物の鎖長を変更することが一般的に行われる。この際、増幅する鎖長が200bp以上となってしまうことも想定される。例えば、非特許文献2では混合糞便からのベロ毒素遺伝子、サルモネラ属菌エンテロトキシン遺伝子、赤痢菌ipaH遺伝子、内部コントロール由来産物を融解曲線解析にて解析する目的で、それぞれの増幅産物が171bp、264bp、242bp、540bpとなるようにプライマーを設計している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】特開2017-108735号公報
【文献】特許4761265号公報
【文献】特許4300321号公報
【文献】特開2014-27934号公報
【文献】特開2010-246528号公報
【文献】特開2010-246529号公報
【非特許文献】
【0014】
【文献】Nucleic Acids Research,Vol.28,No.13,e70,Martina Kovarova,Petr Draber(2000年発行)
【文献】感染症学雑誌 86:741~748、2012
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
核酸増幅法において、核酸増幅効率及び検出感度を向上させる核酸増幅方法の検討が進められてきた。しかしながら、増幅する核酸配列によっては増幅効率や感度の低下が認められる場合があり、更なる改善が求められている。特に増幅鎖長が長い場合は増幅効率や検出感度が低下してしまうことが問題となっていた。
【0016】
そこで、本発明は核酸増幅法において、高効率に増幅可能な核酸増幅反応用組成物(例えば、PCR反応組成物)を提供することを一つの目的とする。更には、増幅鎖長が長くなった場合でも、高効率な増幅を維持できる核酸増幅反応組成物の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは、上記課題に取り組み、鋭意研究の結果、1,2-プロパンジオール及び1,2-エタンジオールからなる群より選ばれた少なくとも一つのジオール化合物を含む反応液中で核酸増幅反応を行うことで、例えば、200bp以上の長鎖標的核酸を増幅する場合であっても高効率にPCR反応を実施することが可能であることを見出し、本発明を成すに至った。この効果は、前記ジオール化合物とテトラメチルアンモニウム塩とを組み合わせて含む反応液で行うことで一層効果的となる。更にこの高効率な核酸増幅法は、DNAポリメラーゼとして、Thermus thermophilus由来のDNAポリメラーゼを用いる場合に顕著であることをも見出した。
【0018】
即ち、本発明の概要は以下の通りである。
[項1] 200bp以上の増幅鎖長を有する標的核酸を増幅する方法であって、1,2-プロパンジオール及び1,2-エタンジオールからなる群より選ばれる少なくとも一種類のジオール化合物を含む反応液中で核酸増幅反応を行うことを特徴とする、核酸増幅方法。
[項2] 前記反応液がテトラメチルアンモニウム塩を更に含む、項1に記載の方法。
[項3] 前記テトラメチルアンモニウム塩が、酢酸テトラメチルアンモニウム、塩化テトラメチルアンモニウム、及び水酸化テトラメチルアンモニウムからなる群より選ばれる少なくとも一種である、項1又は2に記載の方法。
[項4] 増幅鎖長が200bp以上1000bp以下である、項1~3のいずれかに記載の方法。
[項5] 増幅鎖長が400bp以上500bp以下である、項1~4のいずれかに記載の方法。
[項6] 核酸増幅反応がリアルタイムPCRである、項1~5のいずれかに記載の方法。
[項7] 核酸増幅反応おける伸長時間が60秒以下である、項1~6のいずれかに記載の方法。
[項8] 核酸増幅反応における伸長時間が30秒以下である、項1~7のいずれかに記載の方法。
[項9] 前記反応液がThermus thermophilus由来のDNAポリメラーゼを更に含む、項1~8のいずれかに記載の方法。
[項10] 1,2-プロパンジオール及び1,2-エタンジオールからなる群より選ばれる少なくとも一種のジオール化合物と、テトラメチルアンモニウム塩とを含むことを特徴とする核酸増幅反応用組成物。
[項11] 核酸増幅反応時の反応液中における前記ジオール化合物の濃度が、反応液全体に対して1~20容量%となるように調整された、項10に記載の核酸増幅反応用組成物。
[項12] 核酸増幅反応時の反応液中における前記ジオール化合物の濃度が、反応液全体に対して3~10容量%となるように調整された、項10又は11に記載の核酸増幅反応用組成物。
[項13] 前記テトラメチルアンモニウム塩が、酢酸テトラメチルアンモニウム、塩化テトラメチルアンモニウム、及び水酸化テトラメチルアンモニウムからなる群より選ばれる少なくとも一種である、項10~12のいずれかに記載の核酸増幅反応用組成物。
[項14] 核酸増幅反応時の反応液中における前記テトラメチルアンモニウム塩の濃度が、反応液全体に対して50~200mMとなるように調整された、項10~13のいずれかに記載の核酸増幅反応用組成物。
[項15] 更に、Thermus thermophilus由来のDNAポリメラーゼを含む、項10~14のいずれかに記載の核酸増幅反応用組成物。
[項16] 核酸増幅反応がリアルタイムPCR反応である、項10~15のいずれかに記載の核酸増幅反応用組成物。
[項17] 200bp以上の増幅鎖長を有する標的核酸を増幅するために用いられる、項10~16のいずれかに記載の核酸増幅反応用組成物。
[項18] 1,2-プロパンジオール及び1,2-エタンジオールからなる群より選ばれる少なくとも一種類のジオール化合物を含む、200bp以上の増幅鎖長を有する標的核酸を増幅するための試薬。
[項19] 1,2-プロパンジオール及び1,2-エタンジオールからなる群より選ばれる少なくとも一種類のジオール化合物を備えた、200bp以上の増幅鎖長を有する標的核酸を増幅するためのキット。
[項20] 1,2-プロパンジオール及び1,2-エタンジオールからなる群より選ばれる少なくとも一種のジオール化合物と、テトラメチルアンモニウム塩とを備えた、核酸増幅反応用キット。
[項21] 200bp以上の増幅鎖長を有する標的核酸を増幅するために用いられる、項20に記載の核酸増幅反応用キット。
【発明の効果】
【0019】
本発明により、高効率に核酸増幅を行うことが可能となる。本発明は、特にリアルタイムPCRにおいて有効であり、なかでも従来、高効率な増幅が難しかった増幅鎖長が長いターゲット(例えば、200bp以上の増幅鎖長を有する標的核酸)を増幅する際に本効果は顕著なものである。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】市販のリアルタイムPCR試薬を用いて、増幅鎖長が200bp、300bp、400bp、500bpとなるターゲットの増幅効率を検討した結果を示す図である。
【
図2】1,2-プロパンジオールを無添加または7容量%添加し、増幅鎖長が200bp、300bp、400bpとなるターゲットの増幅効率をリアルタイムPCR法を用いて検討した結果を示す図である。
【
図3】各種ジオール化合物を7容量%添加し、増幅鎖長が500bpのターゲットの増幅効率をリアルタイムPCR法を用いて検討した結果を示す図である。
【
図4】1,2-プロパンジオールを各種濃度で添加し、増幅鎖長が500bpのターゲットの増幅効率をリアルタイムPCR法を用いて検討した結果を示す図である。
【
図5】酢酸テトラメチルアンモニウムの濃度を無添加又は50mM若しくは100mM添加し、増幅鎖長が500bpのターゲットの増幅効率をリアルタイムPCR法で検討した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態を示しつつ、本発明について詳説するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、本明細書中に記載された非特許文献及び特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。また本明細書中の「~」は「以上、以下」を意味し、例えば明細書中で「X~Y」と記載されていれば「X以上、Y以下」を示す。また本明細書中の「及び/又は」は、いずれか一方または両方を意味する。
【0022】
本発明は一つの態様として、200bp以上の増幅鎖長を有する標的核酸を増幅する方法であって、1,2-プロパンジオール及び1,2-エタンジオールからなる群より選ばれる少なくとも一種類のジオール化合物を含む反応液中で核酸増幅反応を行うことを特徴とする、核酸増幅方法を提供する。本発明に用いられる反応液は、例えば、核酸増幅反応用試薬として提供される核酸増幅反応液であり得る。核酸増幅反応液は、予め調製されて核酸増幅反応時にそのまま使用することができる試薬の状態であってもよいし、核酸増幅反応前に用時調製される状態の試薬であってもよい。なお、本明細書では、前記のような核酸増幅反応液を、核酸増幅反応用組成物ともいい、これらは互換可能に使用され得る。例えば、本発明に用いられる核酸増幅反応液は、PCR用試薬、リアルタイムPCR試薬、RT-PCR用試薬、リアルタイムRT-PCR用試薬などの態様で提供されるものであり得る。
【0023】
本明細書において、核酸増幅反応とは、鋳型の核酸に対し、相補的な配列を持つ核酸を配列依存的に合成する反応を指し、その様式は特に限定されないが、より具体的には、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法、Loop-Mediated Isothermal Amplification(LAMP)法、Transcriprtion Reverse Transcription Concerted Reaction (TRC)法、Nucleic Acid Sequence-Based Amplification (NASBA)法などの特定の標的配列を指数関数的に増幅する方法をいう。本発明は、そのいずれの核酸増幅反応にも用いられ得るが、好ましくは、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法を用いた方法に用いられる。
【0024】
PCR法としては、通常のPCR法のみならず、リアルタイムPCR、RT-PCR(Reverse Transcription PCR)、LA-PCR(Long and Accurate PCR)、競合的PCR、In situ PCR、RNA-primered PCR、multiplex PCR、シャトルPCR、PCR/GC-calmp法、ストレッチPCR、Alu PCR、メガプライマーPCR、Immuno PCR、などの種々のPCR法が当該分野で公知である。本発明は、当該分野で公知の任意のPCR法に用いられ得るが、好ましくは、リアルタイムPCR法に用いられる。
【0025】
上記のようなPCR法は通常、熱変性、アニーリング及び伸長の各反応ステップを繰り返すことによって進行する。熱変性とは二本鎖DNAを乖離させるためのステップであり、アニーリングは乖離したDNAにプライマーをアニーリングするステップであり、伸長はDNAポリメラーゼにより相補鎖を合成するステップを指す。本発明で行われるPCR法では、アニーリング温度と伸長温度とは異なる温度であってもよいし、同一温度であってもよい。本発明において、アニーリング温度と伸長温度とを同一温度で行う場合は、アニーリング反応を行う時間と伸長反応を行う時間とを合わせた保持時間を伸長反応保持時間とする。伸長反応保持時間は特に限定されないが、例えば60秒以下、好ましくは50秒以下、より好ましくは40秒以下、更に好ましくは30秒以下であり得る。伸長反応保持時間の下限は、本発明の効果を奏する限り特に限定されないが、一例として1秒以上、好ましくは5秒以上、より好ましくは10秒以上であり得る。ここで、保持時間は全てのサイクルで同一時間であっても良いし、異なっていてもよい。
【0026】
ジオール化合物とは、アルコールの一種(ポリオール)で、鎖式または環式脂肪族炭化水素を形成する炭素原子のうち、2つの炭素原子にそれぞれ1つずつのヒドロキシ基が存在している化合物であり、グリコール類とも呼ばれる周知の化合物である。なお、最も構造が単純なエチレングリコールを単にグリコールと呼びあらわすこともあるが、ここでは前述の広義でのグリコール類を指す。
【0027】
本発明では、ジオール化合物として、1,2-エタンジオール、1,2-プロパンジオールが用いられる。本発明者は、驚くべきことに、1,2-プロパンジオール及び/又は1,2-エタンジオールを用いることで、200bp以上の長鎖標的核酸(例えば、400~500bpの標的核酸)を増幅する場合であっても核酸増幅効率や検出感度の低下が抑制され、効率よく核酸増幅できることを初めて見出した。これらのジオール化合物は、構造により製法が異なるものの、いずれも工業的な製造方法が確立されており、安価で容易に入手が可能である。これらのジオール化合物は1種類のみを用いてもよいし、2種類を組み合わせて用いたとしても本発明の効果を奏する。更に、この1,2-プロパンジオール及び/又は1,2-エタンジオールによる長鎖の標的核酸を増幅する場合に認められる効果は、テトラメチルアンモニウム塩と組み合わせた場合に顕著であることも見出した。
【0028】
本発明に用いられ得る1,2-プロパンジオール及び/又は1,2-エタンジオールは、粘性が低いため、核酸増幅反応液の添加による操作性の低下がきわめて少ない。また、長期保存が可能で安定的であるという点でも優れた効果を奏するものである。加えて、これらのジオール化合物は、核酸の融解温度を低下させる作用を有するという点でも有益である。
【0029】
核酸増幅反応時の反応液中における1,2-プロパンジオール、及び1,2-エタンジオールからなる群より選択される少なくとも一種のジオール化合物の濃度は、反応液全体に対して、1~20容量%が好ましく、3~10容量%であることがより好ましい。反応液中におけるこれらのジオール化合物の濃度が1容量%未満では、例えばテトラメチルアンモニウム塩と組み合わせても、増幅効率や検出感度を向上させる効果が少ない傾向がある。また20容量%より高い濃度の場合、効果の大きさに比べて、ハンドリングが悪くなるというデメリットが大きくなる。従って、本発明に用いられる核酸増幅反応液は、核酸増幅反応時の反応液中における前記ジオール化合物の濃度が上記範囲内となるようにして調製されることが好ましい。
【0030】
本発明における核酸増幅反応液は、例えば保存用のために濃縮状態の核酸増幅反応用試薬として調製されたものであり得る。このような核酸増幅反応液は、例えば2~10倍の濃縮状態のものであり得る。その場合では、核酸増幅反応の反応溶液中における終濃度が好ましい濃度となるよう、1,2-プロパンジオール及び/又は1,2-エタンジオールを反応溶液における終濃度の2~10倍濃度で含有させておけばよい。
【0031】
近年、作業性を向上させる目的で、2倍濃度(またはそれ以上の高濃度)のプレミック試薬が好適に使用されている。プレミックス試薬とは反応バッファー、反応基質(dNTPs)、マグネシウムイオン、ポリメラーゼ等をあらかじめ混合した試薬である。上記のような濃縮状態で調製された核酸増幅反応液は、このようなプレミックス試薬として提供される場合に好適である。また、プレミックス試薬は種々の成分を予め混合した状態で長期保存されるため安定性に劣る場合があるが、本発明に用いられる核酸増幅反応液は、混合液状態で長期間(例えば、1ヶ月以上)保存しても安定であることが分かっている。
【0032】
溶液中または固形物中のジオール化合物の検出、濃度測定には、質量分析、液体クロマトグラフィーやガスクロマトグラフィーによる方法や、ポリオール脱水素酵素を用いた方法などが一般的に用いられる。好ましくは、質量分析と液体クロマトグラフィー分析、ガスクロマトグラフィー分析を組み合わせた方法によりジオール化合物の検出及び濃度測定を行うことができる。
【0033】
特定の好ましい実施態様において、本発明の核酸増幅方法は、反応液中にテトラメチルアンモニウム塩を更に共存させて核酸増幅反応を行う。このようにテトラメチルアンモニウム塩を更に含む反応液中で核酸増幅反応をさせることで、一層効果的に本発明の効果を得ることが可能となる。
【0034】
本発明に用いられ得るテトラメチルアンモニウム塩は、本発明の効果を奏する限り、いかなるテトラメチルアンモニウム塩を用いても良い。1,2-プロパンジオール及び/又は1,2-エタンジオールと組み合わせて用いた場合により一層高い本発明の効果が得られ易いという観点から、好ましくは、テトラメチルアンモニウム塩としては、水酸化テトラメチルアンモニウム、塩化テトラメチルアンモニウム、酢酸テトラメチルアンモニウムが用いられ、より好ましくは、酢酸テトラメチルアンモニウムが用いられる。これらのテトラメチルアンモニウム塩は、構造により製法が異なるものの、いずれも工業的な製造方法が確立されており、安価で容易に入手が可能である。これらのテトラメチルアンモニウム塩は1種類のみを用いてもよいし、2種類以上を任意に組み合わせて用いたとしても本発明の効果を奏する。
【0035】
本発明において、テトラメチルアンモニウム塩を用いる場合、核酸増幅反応時の反応液中におけるテトラメチルアンモニウム塩の濃度は、本発明の効果を奏する限り特に限定されないが、一例として、反応液全体に対して50mM以上が好ましく、75mM以上がより好ましく、90mM以上が更に好ましく、100mM以上がとりわけ好ましい。一方、テトラメチルアンモニウム塩の上記濃度の上限は、本発明の効果を奏する限り特に限定されないが、一例として、反応液全体に対して200mM以下が好ましい。従って、本発明に用いられる核酸増幅反応液は、核酸増幅反応時の反応液中におけるテトラメチルアンモニウム塩の濃度が上記範囲内となるようにして調製されることが好ましい。
【0036】
本発明において核酸増幅反応液を、例えば保存用のために濃縮状態の核酸増幅反応用試薬として調製する場合には、上述のように、例えば2~10倍の濃縮状態とすることができる。その場合では、核酸増幅反応の反応溶液中における終濃度が好ましい濃度となるよう、テトラメチルアンモニウム塩を反応溶液における終濃度の2~10倍濃度で含有させておけばよい。
【0037】
溶液中または固形物中のテトラメチルアンモニウム塩の検出、濃度測定には、NMR(核磁気共鳴)分析、液体クロマトグラフィーによる方法などが一般的に用いられる。好ましくは、液体クロマトグラフィーによりジオール化合物の検出及び濃度測定を行うことができる。
【0038】
本発明において、テトラメチルアンモニウム塩を用いる場合、1,2-プロパンジオール及び1,2-エタンジオールからなる群より選択される少なくとも一種のジオール化合物と、テトラメチルアンモニウム塩との配合比は、本発明の効果を奏する限り特に限定されないが、一例として、テトラメチルアンモニウム塩が100mMの場合に、前記ジオール化合物が1~20容量%であることが好ましく、3~10容量%であることがより好ましい。このような比率で、両成分を含むことで、より一層効果的に核酸増幅効率を向上させることができ、とりわけ長鎖の標的核酸を増幅する場合の核酸増幅効率を向上させることができる。
【0039】
核酸増幅反応を実施するために、本発明に用いられる核酸増幅反応液(核酸増幅反応用組成物)は、前記ジオール化合物及びテトラメチルアンモニウム塩に加えて、さらに鋳型となる核酸、DNAポリメラーゼ、プライマーとなるオリゴヌクレオチド、ジデオキシヌクレオシド三リン酸(dNTPs)、反応バッファー、金属イオン(例えば、マグネシウムイオン)等を実施する核酸増幅方法により必要に応じて含むことができる。一例として、PCR法を用いた核酸増幅方法においては、DNAポリメラーゼを更に含むことが好ましく、鋳型核酸、DNAポリメラーゼ、オリゴヌクレオチド、及びdNTPsを含むことがより好ましく、鋳型核酸、DNAポリメラーゼ、オリゴヌクレオチド、dNTPs、及び反応バッファーを含むことが更に好ましい。
【0040】
本発明の核酸増幅反応に使用されるDNAポリメラーゼは、特に限定されないが、Thermus thermophilus由来のDNAポリメラーゼを使用することが好ましい。ここで、Thermus thermophilus由来のDNAポリメラーゼとは、Thermus thermophilusから直接得られたDNAポリメラーゼに限定されず、Thermus thermophilusの変異株から直接得られたDNAポリメラーゼであってもよいし、Thermus thermophilus又はその変異体から得られたDNAポリメラーゼの配列情報を元に遺伝子工学的又は化学的等の方法で改変を加え、Thermus thermophilus由来のDNAポリメラーゼと実質的に同等の活性を有するDNAポリメラーゼであってもよい。前記Thermus thermophilus由来のDNAポリメラーゼはThermus thermophilusから直接抽出したものでもよいし、さらにそれを適当な発現系で組換え生産したものでもよい。
【0041】
本明細書において、DNAポリメラーゼの変異体とは、その由来である野生型DNAポリメラーゼのアミノ酸配列に対して、例えば85%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、更に好ましくは98%以上、なかでも好ましくは99%以上の配列同一性を有し、且つ、野生型DNAポリメラーゼと同様にDNAを増幅する活性を有するものをいう。ここで、アミノ酸配列の同一性を算出する方法としては、当該分野で公知の任意の手段で行うことができる。例えば、市販の又は電気通信回線(インターネット)を通じて利用可能な解析ツールを用いて算出することができ、一例として、全米バイオテクノロジー情報センター(NCBI)の相同性アルゴリズムBLAST(Basic local alignment search tool)http://www.ncbi.nlm.nih.gov/BLAST/においてデフォルト(初期設定)のパラメータを用いることにより、アミノ酸配列の同一性を算出することが可能である。また、本発明に用いられ得る変異体は、その由来である野生型DNAポリメラーゼのアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加(以下、これらを纏めて「変異」ともいう)したアミノ酸配列からなるポリペプチドであり、且つ、野生型DNAポリメラーゼと同様にDNAを増幅する活性を有するものであってもよい。ここで1又は数個とは、例えば、1~80個、好ましくは1~40個、よりこのましくは1~10個、さらに好ましくは1~5個、なかでも好ましくは1~3個であり得るが、特に限定されない。
【0042】
本発明に用いられる核酸増幅反応液は、リアルタイムPCRを行うために用いられる場合には、核酸増幅を経時的に確認するために蛍光色素又は蛍光標識したプローブを更に含むことが好ましい。このような蛍光色素又は蛍光標識したプローブは、本発明の効果を奏する限り特に限定されないが、例えば、SYBR GreenI(登録商標)、Eva Green(登録商標)、PicoGreen(登録商標)などの蛍光色素や、蛍光標識をしたプローブを含むことが好ましい。
【0043】
本発明に使用される核酸増幅反応液は、RT-PCRやリアルタイムRT-PCRを行うために用いられる場合には、検出対象となるRNAを効率的にDNAに変換するために、逆転写酵素を更に含むことが好ましい。
【0044】
本発明に用いられる核酸増幅反応液は、ホットスタートPCR法を実施するために用いられる場合には、抗DNAポリメラーゼ抗体を含むことが好ましい。ここでいう抗DNAポリメラーゼ抗体は、単一種のモノクローナル抗体であってもよいし、複数のモノクローナル抗体を組合せて用いてもよいし、ポリクローナル抗体を用いてもよい。
【0045】
本発明の更なる態様は、1,2-プロパンジオール及び1,2-エタンジオールからなる群より選ばれる少なくとも一種のジオール化合物と、テトラメチルアンモニウム塩とを含むことを特徴とする核酸増幅反応用組成物である。ここでいう、核酸増幅反応用組成物は、例えば、核酸増幅反応用試薬として提供されるものであり得る。核酸増幅用反応組成物は、予め調製されて核酸増幅反応時にそのまま使用することができる試薬の状態であってもよいし、核酸増幅反応前に用時調製される状態の試薬であってもよい。例えば、本発明の核酸増幅反応用組成物は、PCR用試薬、リアルタイムPCR試薬、RT-PCR用試薬、リアルタイムRT-PCR用試薬などの態様で提供することができる。
【0046】
1,2-プロパンジオール及び1,2-エタンジオールからなる群より選ばれる少なくとも一種のジオール化合物と、テトラメチルアンモニウム塩とを含むことを特徴とする本発明の上記核酸増幅反応用組成物における各成分の濃度は、本発明の効果を奏する限り、特に限定されない。例えば、核酸増幅反応時の反応液中における前記ジオール化合物の濃度(終濃度)が反応液全体に対して1~20容量%となるように調整された濃度、好ましくは3~10容量%となるように調整された濃度であり得る。また例えば、核酸増幅反応時の反応液中における前記テトラメチルアンモニウム塩の濃度(終濃度)が反応液全体に対して25~400mMとなるように調整された濃度、好ましくは50~200mMとなるように調整された濃度(一例として、50~100mMとなるように調整された濃度)であり得る。本実施態様で用いられるテトラメチルアンモニウム塩の種類は、本発明の効果を奏する限り特に限定されず、例えば、前記標的核酸を増幅する方法において記載したようなテトラメチルアンモニウム塩を使用することができる。好ましくは、テトラメチルアンモニウム塩は、酢酸テトラメチルアンモニウム、塩化テトラメチルアンモニウム、及び水酸化テトラメチルアンモニウムからなる群より選ばれる少なくとも一種である。本実施態様の組成物は、更に任意の成分を含むことができ、好ましくは、更にThermus thermophilus由来のDNAポリメラーゼを含むことが好適である。
【0047】
本実施態様の核酸増幅用組成物は、従来の方法では増幅が難しい傾向にあった長鎖標的核酸を増幅する際に特に有益であり、例えば、200bp以上の増幅鎖長を有する標的核酸を増幅するために用いられる。対象となる標的核酸の増幅鎖長は特に限定されないが、好ましくは300bp以上、より好ましくは400bp以上(例えば、500bp以上、600bp以上)であり得る。本発明が対象とする標的核酸の増幅鎖長の上限は、本発明の効果を奏する限り特に限定されないが、例えば、1000bp以下であってもよいし、800bp以下であることが好適であり、一例として500bp以下であってもよい。
【0048】
本発明の別の態様は、1,2-プロパンジオール及び1,2-エタンジオールからなる群より選ばれる少なくとも一種類のジオール化合物を含む、200bp以上の増幅鎖長を有する標的核酸を増幅するための試薬である。更なる本発明の態様は、1,2-プロパンジオール及び1,2-エタンジオールからなる群より選ばれる少なくとも一種類のジオール化合物を備えたキットであり、好ましくは200bp以上の増幅鎖長を有する標的核酸を増幅するために用いられるキットである。このような試薬又はキットは、前記ジオール化合物と組み合わせて、テトラメチルアンモニウム塩を更に含むことが好ましい。本発明の好ましい実施態様の一つは、1,2-プロパンジオール及び1,2-エタンジオールからなる群より選ばれる少なくとも一種類のジオール化合物と、テトラメチルアンモニウム塩とを備えた、核酸増幅反応用キットである。例えば、本発明の前記キットがテトラメチルアンモニウム塩を更に含む場合、このような本発明の核酸増幅反応用キットは、1,2-プロパンジオール及び1,2-エタンジオールからなる群より選ばれた少なくとも一つのジオール化合物と、テトラメチルアンモニウム塩とを、同一の容器に含む状態で提供されてもよいし、別々の容器に含む状態で提供され、使用前に混合して用いる態様であってもよい。別々の容器に含む状態で提供される場合、任意に含んでもよい他の成分(例えば、Thermus thermophilus由来のDNAポリメラーゼ)は、前記ジオール化合物と同一の容器に含まれていてもよいし、前記テトラメチルアンモニウム塩と同一の容器に含まれていてもよいし、前記ジオール化合物及び前記テトラメチルアンモニウム塩とは更に別の容器に含まれていてもよい。より簡便に使用することが可能であるという観点からは、同一の容器に前記ジオール化合物及びテトラメチルアンモニウム塩を含むことが好ましく、同一の容器に、前記ジオール化合物、テトラメチルアンモニウム塩、及び任意に含んでもよい他の成分(例えば、Thermus thermophilus由来のDNAポリメラーゼ)を含むことがより好ましい。 上記のような本発明のキットにおいて使用される前記ジオール化合物やテトラメチルアンモニウム塩の濃度や種類等は、上記核酸増幅方法で説明したものと同じであり得る。
【0049】
本発明の核酸増幅方法は、試薬やキットなどのような態様で前記ジオール化合物、及び任意で含んでいてもよいテトラメチルアンモニウム塩を、例えば、両方含む状態で提供することもできるし、自家調製により提供することもでき、形態を問わない。
上記のような本発明の方法において使用される前記ジオール化合物やテトラメチルアンモニウム塩の濃度や種類等は、上記核酸増幅方法又は上記核酸増幅反応用の試薬若しくはキットで説明したものと同じであり得る。
【0050】
特定の態様において、リアルタイムPCR法における増幅の効率性を評価する指標としてPCR効率(PCR増幅効率)を評価する手法が用いられる。PCR効率とは検量線の傾き(slope)から求められる値であり、X軸に初期鋳型濃度(Log10)を、Y軸にCt値を取った場合に以下のような数式で求められることが公知の値であるPCR効率E=10[-1/slope]-1 このPCR効率は100%に近い方が理想とされるが、PCR阻害物やプライマーの設計により変動する。そのため、80%~120%が適正値といわれており、満たない場合は実験系の見直しが通常必要と言われている。本発明によれば、このPCR効率を高めることができ、一例として、PCR効率を80%~120%とすることができ、好ましくは85%~115%とすることができ、より好ましくは90%~110%とすることができる。
【0051】
リアルタイムPCR法では未知試料の絶対定量方法として、スタンダードサンプルの希釈系列により得られた検量線を使用する。この場合、スタンダードサンプルと未知試料におけるPCR効率が一致していなければならず、一致していない場合は、誤った結果を与えてしまうことにつながる点に留意しなければならない。
【0052】
本発明によれば、長鎖の標的核酸を増幅する場合であっても、Ct値とPCR効率を改善することができる。従って、例えば、増幅産物長が異なる複数の標的核酸を増幅するようなマルチプレックスPCR法(例えば、400bp以上の長鎖標的核酸、及び200bp未満の短鎖標的核酸の両方を標的核酸とするマルチプレックスPCR法等)において、増幅産物の長さの違いによる増幅効率のバラつきが改善され、正確な結果を得ることが可能になり、標的DNAの検出感度低下を抑制することが可能となり得る。
【0053】
好ましい実施態様において、本発明の核酸増幅方法、試薬及びキット等は、200bp以上の増幅鎖長を有する標的核酸を増幅するために用いられる。本実施態様において、対象となる標的核酸の増幅鎖長は200bp以上である限り、特に限定されないが、好ましくは300bp以上、より好ましくは400bp以上(例えば、500bp以上、600bp以上)であり得る。本発明が対象とする標的核酸の増幅鎖長の上限は、本発明の効果を奏する限り特に限定されないが、例えば、1000bp以下であってもよいし、更には800bp以下であってもよいし、特定の態様では更に例えば500bp以下であってもよい。
【0054】
以下、本発明を実施例に基づき、より詳細に説明する。なお、本発明は実施例に特に限定されるものではない。
【実施例】
【0055】
参考例1 一般的なリアルタイムPCR試薬の評価
(1)DNAサンプル
DNAサンプルとして配列番号1に記載する人工合成DNAを使用した。人工合成DNAを10,000,000コピーから10コピーまで、1/10ずつ段階希釈し、鋳型として使用した。
そして、増幅される鎖長の長さが200bp、300bp、400bp、500bpとなるように配列番号2から6のようにプライマーを設計し、リアルタイムPCR反応によってPCR効率を測定した。配列番号2と3が増幅鎖長が200bpを、配列番号2と4が増幅鎖長300bpを、配列番号2と5が増幅鎖長400bpを、配列番号2と6が増幅鎖長500bpを増幅するためのフォワード及びリバースプライマーにそれぞれ対応する。
(2)リアルタイムPCR反応
リアルタイムPCR反応における増幅鎖長の違いによるCt値やPCR効率への影響を評価するために、下記試薬を用いてリアルタイムPCR反応を行い、PCR効率の評価を行った。ここで、PCR反応液に添加するプライマーの濃度条件は、各製品の添付文書の記載に従った。
・PowerUpSYBR Green Master Mix(ThermoFisher SCIENTIFIC)
・SYBR Premix Ex Taq
TM II (Tli RNaseH Plus)(TaKaRa)
リアルタイムPCR反応はCFX96 Touch Deep wellリアルタイムPCR解析システムを使用し、反応条件は初期変性95℃30秒、PCRサイクル95℃5秒-60℃ 30秒で40サイクル行った。引き続き融解曲線解析を行った。
(3)結果
その結果を
図1に示す。
図1は、各条件で二回実施した平均Ct値と、PCR効率E=10
[-1/slope]-1によって求められるPCR効率(%)の値を示す。ここで、Ct値は値が小さいほど増幅効率が高いことを示し、PCR効率の値が100%に近いほどPCR効率が高いことを示す。なお、図面においてNDは検出できなかったことを示す。いずれの試薬でも増幅鎖長が200bpまでの条件では、高いPCR効率を示すが、増幅鎖長が長くなるほどにCt値とPCR効率が低下していく結果となった。この結果から、増幅鎖長が、とりわけ300bp以上となると一般に核酸増幅反応の効率が落ちることが分かる。
【0056】
実施例1 1,2-プロパンジオール(1,2-propanediol)の評価
リアルタイムPCR反応における1,2-プロパンジオールの効果を検証するため、1,2-プロパンジオール無添加、または7容量%を添加しリアルタイムPCR反応を行い、PCR効率の評価を行った。
・PCR反応用試薬の調製
本実施例で使用するPCR反応用試薬は、以下の処方に従って調製した。ここで用いたフォワードプライマーとリバースプライマーは、上記参考例1と同じものを使用した。
10mM Tris-HCl(pH7.5)
40mM 酢酸カリウム
3mM 硫酸マグネシウム
0.3mM dNTPs
0.3μM フォワードプライマー
0.3μM リバースプライマー
0.05U/μL rTthDNAポリメラーゼ(TOYOBO)
0.4μg 抗Tth抗体(TOYOBO)
1/20,000 SYBR Green I(登録商標)
100mM 酢酸テトラメチルアンモニウム
リアルタイムPCR反応の条件は初期変性95℃30秒、PCRサイクル95℃5秒-60℃ 30秒で40サイクル行った。引き続き融解曲線解析を行った。
(3)結果
その結果を
図2に示す。1,2-プロパンジオール無添加の条件では、増幅鎖長が200bp、300bpでは増幅が可能であり、PCR効率が85%以上という結果となった。一方で増幅鎖長が400bp、500bpではCt値の低下が見られ、増幅効率が低下していることが明らかとなった。1,2-プロパンジオールを7容量%添加した条件では、増幅鎖長が200bp、300bpにおけるPCR効率の改善が確認された。また、増幅鎖長が400bp、500bpと長い場合でも、Ct値やPCR効率の低下はみられず高い増幅効率を維持することが可能であった。すなわち、増幅鎖長が200~300bpの場合でも1,2-プロパンジオールは優れた効果を示すが、増幅鎖長が長くなるほど、さらに好ましい効果を得ることができることが明らかとなった。
【0057】
実施例2 核酸増幅におけるジオール化合物の評価
核酸増幅におけるジオール化合物の効果を評価するため、各種ジオール化合物を用いてリアルタイムPCR反応を行い、核酸増幅感度及びPCR効率の評価を行った。具体的には、ジオール化合物として、1,2-プロパンジオール(1,2-propanediol)、1,3-プロパンジオール(1,3-propanediol)、1,2-エタンジオール(1,2-ethanediol)、グリセロール(glycerol)を用い、それぞれ7容量%の濃度を反応溶液に添加した。増幅鎖長が500bpとなる配列番号2と配列番号6のプライマーセットを使用し、その他の反応条件は、実施例1と同じ条件で実施した。
【0058】
その結果を
図3に示す。グリセロールを添加した場合にはCt値の上昇(増幅効率の低下)とPCR効率の低下が見られた。1,3-プロパンジオールを添加した場合では、鋳型量が少なくなるにしたがって到達蛍光強度が低くなる傾向が見られ100コピー以下は検出不可となった。一方で、1,2-エタンジオール及び/又は1,2-プロパンジオールを使用した場合にはCt値とPCR効率の改善が見られた。驚くべきことに、類似の化合物であっても効果が異なり、特に長鎖のターゲットを増幅する際に1,2-プロパンジオール及び1,2-エタンジオールでは特に顕著な改善効果が見られた。
【0059】
実施例3 核酸増幅における1,2-プロパンジオール濃度の評価
核酸増幅における1,2-プロパンジオール濃度の効果を評価するため、1,2-プロパンジオールを種々の濃度で添加した各種条件でリアルタイムPCR反応を行い、核酸増幅感度及びPCR効率の評価を行った。増幅鎖長が500bpとなる配列番号2と配列番号6のプライマーセットを使用し、その他の反応条件は実施例1と同じ条件で実施した。
【0060】
その結果を
図4に示す。1,2-プロパンジオールを3容量%以上添加した場合にCt値とPCR効率の顕著な改善効果を得ることができた。
【0061】
実施例4 核酸増幅における酢酸テトラメチルアンモニウムの評価
核酸増幅におけるテトラメチルアンモニウム塩の効果を評価するため、酢酸テトラメチルアンモニウム(tetramethylammoniumacetate(TMAA)無添加又は50、100mMのTMAA添加の条件でリアルタイムPCR反応を行い、Ct値及びPCR効率の評価を行った。1,2-プロパンジオールを7容量%添加した条件下で、酢酸テトラメチルアンモニウム濃度を0、50、100mMと変更した。更に、1,2-プロパンジオールも酢酸テトラメチルアンモニウムも含まない条件下での評価も行った。これらの各条件下で、増幅鎖長が500bpとなる配列番号2と配列番号6のプライマーセットを使用し、その他の反応条件は実施例1と同じ条件で実施した。
【0062】
その結果を
図5に示す。1,2-プロパンジオール及び酢酸テトラメチルアンモニウムをいずれも含まない場合、本試験条件下では核酸増幅反応が進行しない結果となった。1,2-プロパンジオールを7容量%含む条件下で核酸増幅反応を行う場合に、酢酸テトラメチルアンモニウムが存在しないと、鋳型量が多い場合はPCR反応が進行するものの、PCR効率が低い結果となった。一方、酢酸テトラメチルアンモニウムの量を50mM添加した条件では、Ct値の改善効果が見られ、酢酸テトラメチルアンモニウムの量を100mM添加した条件では、Ct値の改善に加えてPCR効率も改善されることが明らかとなった。この結果から、1,2-プロパンジオールのみでも核酸増幅反応の効率を改善させる効果があるが、酢酸テトラメチルアンモニウムと1,2-プロパンジオールを組み合わせて使用することで、より好ましい結果を得ることができることが分かる。また、本実施例で調製した酢酸テトラメチルアンモニウム及び1,2-プロパンジオールを含む核酸増幅反応用組成物は、室温下で長期間(3ヶ月)にわたり保存しても安定であり、保存用試薬としても使用可能であった。
【0063】
なお、上記開示した実施形態及び実施例はすべて例示であり制限的なものではない。また、実施形態及び実施例に開示された内容を組み合わせた実施形態及び実施例も本発明の範囲に含まれる。本発明の技術的範囲は、特許請求の範囲によって有効であり、特許請求の範囲の記載と均等の意味及び範囲内のすべての変更・修正・置き換え等を含むものである。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明は、例えば200bp以上の長鎖の標的核酸を増幅する場合であっても、核酸増幅反応の増幅効率や検出感度を高めることができ、例えば、長鎖増幅産物であっても効果的に核酸増幅させることを可能とできる。従って、生命科学研究分野のみならず、遺伝子診断、臨床検査といった医療分野、食品や環境の微生物検査等において有用である。
【配列表】